第004話 クアンスティータ・セレークトゥース編その3
01 シェリル姫の森
芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)達は第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの所有する宇宙世界、セレークトゥース・ワールドに来ている。
そのセレークトゥース・ワールドでもメインとなる二つのエリアの内の一つ、ショップエリアでの買い物を済ませ、もう一つのヒストリーエリアに来ている。
ヒストリーエリアには主に、プリンセスと道化をイメージしたテーマパークのようなものが広がっており、その中でも規模が小さいとされるシェリル姫のエリアに来ていた。
とはいえ、シェリル姫の森とされるどこまでも果てしなく続く森だけで、現界の宇宙空間の数倍の大きさだというのだから、セレークトゥース・ワールドの規模の大きさが如何に広大かが、うかがい知れるというものだった。
また、樹木の一本にいたるまで現界では考えられない程の柔軟性と耐久力を持っており、星を爆発させる力を持ってしても小枝一本折るのに一苦労する。
拍子抜けするくらい壊れないのだ。
また、折れた木もすぐに再生する。
これは、惑星ファーブラ・フィクタの影響を受けていたファーブラ・フィクタ星系の状態に近いものがある。
それだけでも、この一帯はただの森ではないと言えた。
吟侍は6名の女性を伴っている。
メンバーはソナタ・リズム・メロディアス第六王女
ステラ・レーター
フェンディナ・マカフシギ
エカテリーナ・シヌィルコ
片倉 那遠(かたくら なえ)
レスティーだ。
6名とも強引に吟侍の旅についてきている。
限界では相当な力を持つ者に分類される力を持つ者もいるが、このセレークトゥース・ワールドにおいては力不足を否めない。
現に、ソナタ、ステラ、フェンディナ、エカテリーナの実力者4名が森に腕試しに入ったが、瞬殺されそうになって帰ってきた。
【桁外れのメイクポーチ】で実力を大幅にアップしていたというのと【緊急離脱カプセルセット】を飲み込んでいたので、助かったが、ごっそり4カプセルずつ消費してしまった。
4名が油断していたというのもあるが、暗殺術に長けた存在がこの森の中には潜んでいるというのが解った。
今度は、留守番していた、吟侍、那遠、レスティーの3名も加わり、7名で森に入る事にした。
那遠とレスティーの戦力には不安が残るが、彼女達は、アイテムや治療のスペシャリストでもある。
いざという時は彼女達の治療が必要になるかも知れないとの判断で一緒に行くことにしたのだ。
吟侍達は、まだ、シェリル姫の城にまでたどり着いていない。
セレークトゥース・ワールドのヒストリーエリアの中では比較的レベルの低いエリアと聞かされていたのに、これだ。
それだけ、クアンスティータの所有する宇宙世界のレベルは極端に高いとも言える。
ソナタは、
「気をつけてね、吟侍、さっきは、知覚するより早く何かされた気がしたわ」
と言った。
フェンディナは、
「私の中に眠る力が発動するよりも早く暗殺されてしまった気がします。それ程のスピードを有しています」
と付け加えた。
ステラは、
「樹木が、ガンマ線バーストでも焼き切れなかった。この森は普通じゃない」
と言い、
エカテリーナは、
「妾としたことが油断したわ。今度は同じ様にはいかん、あやつは妾が倒す」
と悔しそうな顔をした。
話を総合すると4名を襲撃したのはたった1名だという事になる。
1名でソナタ達4名を知覚するより早く攻撃するとはただ者ではない。
相当な手練れだというのが推測ついた。
吟侍は、
「知覚出来なかったらどんな奴か解らないか……」
と言ったが、エカテリーナは、
「そんなことはないぞ、何も出来ずに、戻ってくるのも悔しいからな、姿形だけは確認してやった。サルの様な動きを恐ろしく速くした様なものじゃったが、しかと、見てやったわ。――そうじゃな、首の長い人間の様な姿をしておったわ」
と答えた。
「ろくろ首みたいな?」
と吟侍は昔見た、地球の資料の一つとして、妖怪図鑑に載っていた、首が伸びる妖怪を例に挙げた。
が、そんなこと、エカテリーナが知るわけもないので、答えの力でイメージを彼女に与えた。
エカテリーナは、
「――ほう、これが、答えの力か、便利じゃな。確かにイメージは少し似ているかもしれんな。だが、こんなトロくさいイメージではなかったぞ。首はこれほどは長くなく、もっと、戦闘向きな感じじゃな」
と言った。
とりあえず、吟侍はエカテリーナ以外にも自分がイメージした映像を女性陣達に、送った。
イメージを共有させた方が良いと思ったからだ。
だが、その目的としていた暗殺者は大勢の仲間と共に、遺体となって転がっていた。
ソナタ達を狙ったのが単独犯だったのに、何故、仲間だと思ったかと言えば、姿形が、エカテリーナがイメージしたものとそっくりな姿形をした遺体が転がっていたからだ。
その暗殺者達の遺体はゆっくりと森の中に吸い込まれていった。
森が栄養として遺体を食べたのだ。
その暗殺者達の遺体が取り囲む様に中心には一つの影があった。
単純に考えれば、暗殺者達を始末したのはその影という事になる。
そして、実力は暗殺者達を大きく凌駕すると言えるだろう。
吟侍は、
「みんな、油断するな」
と声をかけた。
吟侍に言われるまでもなく、女性陣達は緊張の糸を緩めていない。
影はゆっくりと動き出す。
バサァっと白い翼を広げて飛び上がる。
天使?かと思ったが、違っていた。
良く見ると翼は背中からではなく、二の腕から生えている。
エンジェルハイロゥも無い。
下半身も違う。
三つ脚がある。
三つ目の脚は股間ではない。
男性ではなく、女性のような容姿をしている。
警戒した吟侍が答えの力で戦闘力を推測する。
すると偽クアンスティータに近い実力があると出た。
吟侍は、
「な、何だ、こいつは……?」
とつぶやいた。
現界に居たときの偽クアンスティータ達のインパクトはもの凄かった。
偽者とは言え、クアンスティータの名前を冠するだけあって、相当な力を感じさせた。
だが、限界においては極めて稀なケースだった。
滅多に出会わない脅威としてとらえていた。
だが、このセレークトゥース・ワールドにおいては、その辺にいる様な一般キャラクターにもこれだけの力を誇っている存在がいるのかと恐怖を覚えた。
偽者にも驚愕していたが、偽者と本物ではまるで違う。
本物を見てしまった後では偽者など、紛い物にも満たないと言える。
その戦闘力に脅威を感じた吟侍だが、同時にある答えも導き出した。
「手を出すな、みんな。手を出さなければ安全だ、こいつは」
とみんなに見解を伝える。
翼と三本脚を持つ、この怪物は、森の警察官のような存在と言える。
名前は、【ルウファ】。
暗殺者はいきなり攻撃を仕掛けるので危険な存在として、排除したのだ。
【ルウファ】によって森の秩序は守られているらしい。
黙ってみていると、
「ファーッ」
という鳴き声は放って飛んでいった。
恐らくは、次なる無法者を始末しにいったのだろう。
エカテリーナは、
「な、何だったんじゃ、今のは、せっかく妾がリベンジしようと思っておったのじゃが、これでは、怒りを何処に向けてよいのやら……」
と言ったが、内心、少し、ホッとしていた。
【ルウファ】の巨大な戦闘力を前に少なからず萎縮していたからだ。
オルオティーナにより、彼女の古き力を与えられたエカテリーナだが、まだ、その殆どを引き出せていないため、以前の戦闘力のイメージが強く残っており、【ルウファ】の戦闘力に圧倒されていたのだ。
とは言え、以前の戦闘力ですら惑星をキャッチボールをしてブラックホール化させる力を持っていたエカテリーナでさえ萎縮するようなレベルである。
この森の化け物達の戦闘力は異常とも言えた。
また、【ルウファ】や暗殺者達だけに限らず、この大きすぎる森には数多くの化け物が潜んでいる。
吟侍達は超危険地帯に足を踏み入れているのだ。
【ルウファ】が去った後も相変わらず緊張が続く。
吟侍は、那遠とレスティーに
「二人とも、おいらから離れるな」
と言った。
二人の実力では、この森は、荷が重いと思えてきたのだ。
那遠は、
「ぎ、吟侍さん、雇いましょう。この特別な金貨で」
と言った。
このまま、森の化け物と戦闘を続けるよりも強い化け物を特別な金貨で雇った方が安全に進めると思ったからだ。
エカテリーナ辺りは反対しそうだったが、このまま危険な森に那遠とレスティーを置いておくには危険過ぎると判断して、スタートの町でバイトして手に入れた特別な金貨を使って森の化け物を雇う事にした。
このエリアの目的はあくまでもシェリルの城を目指す事だ。
シェリルの森で化け物と戦う事ではないのだ。
相談した結果、一番反対しそうなエカテリーナも含め全員納得した上で道案内役の化け物を雇う事にした。
02 雇った化け物
いざ、化け物を雇うとして、この森を安全に進むためにはある程度、力の強い化け物を雇う必要がある。
あまり弱い化け物を雇ってもより強い化け物が出てきた場合、安全に進むことが出来るかどうか解らないからだ。
なので、雇う化け物選びは慎重には慎重を重ねる形で選ぶ必要がある。
バイトで得た特別な金貨にも限りがある。
ハズレばかり引いていたらたちまち特別な金貨はなくなってしまう。
また、化け物を雇うまでは、立ち塞がって来た化け物との戦闘という事も考えられる。
迅速かつ的確な人選ならぬ、化け物選をしなくてはならなかった。
とは言っても答えの力でも化け物達の戦闘力をさぐるのは容易ではなかった。
説明玉のシャリラを呼び出し、相談すると、先ほどの【ルウファ】の女王にすれば無難ではないかとの事だ。
【ルウファ】の女王を雇うのに必要な特別な金貨は、72枚だ。
吟侍達がバイトでかき集めたのが75.5枚だからギリギリ雇える金額だ。
雇う交渉に失敗すると雇うのに必要な分の1割から5割の特別な金貨を持って行かれる場合があるとの事なので、失敗は出来ない。
下手をすると、交渉決裂なのに36枚も特別な金貨を持って行かれる場合もあるという事だからだ。
【ルウファ】の女王の名前は【クイーンルウファ】で、特徴は、【ルウファ】と同じく二の腕から生えた翼があるが、三本の脚ではなく、二本脚だと言う。
その代わりに、背中から大きな翼(両翼ではなく片翼)が生えているらしい。
この背中の翼の羽根、一本一本が【ルウファ】へと姿形を変えるらしい。
吟侍達はその【クイーンルウファ】を探しに行った。
だが、【ルウファ】は割と見つかりやすいものの、その女王となるとそう簡単には現れなかった。
【ルウファ】でさえ偽クアンスティータに近い戦闘力を有しているので、その女王の戦闘力の高さは折り紙付きと言えるだろうが、そのレア度も高かった。
様々な化け物との戦いとなり、それを回避するだけで、【緊急離脱カプセルセット】の数が少しずつ減ってきていた。
吟侍も女性陣を守りきれなかった。
気づけば、【緊急離脱カプセル】もそれぞれ一桁になっていた。
吟侍には【緊急離脱カプセルセット】が無いが、その代わりとして、【Dボール】があった。
【Dボール】の【D】はディフェンスの【D】だ。
10個の【Dボール】が吟侍の周りに周回していて、吟侍の刺客にあたる部分をきっちり自動ガードしてくれるという物だ。
これにより、吟侍の隙は極端に少ないのだが、それでも、このシェリルの森の化け物は的確にその少ない僅かな隙をついてくる。
吟侍はフェンディナとの冒険で彼女に貰ったラッキーフレンドの能力を使った。
これは、目的に合わせて幸運をもたらせてくれるというものだ。
セレークトゥース・ワールドでどこまで通用するか疑問だったが、効果は一応、あったようで、【クイーンルウファ】へのルートが見えて来た。
吟侍は更に、【セレークトゥースの加護】と呼ばれる首飾りをした。
これは、吟侍用にあつらえたアイテムで、通常の状態であれば、このセレークトゥース・ワールドでは吟侍の心臓にもなっている7番の化獣(ばけもの)ルフォスの所有する宇宙世界、ルフォス・ワールドとはろくにリンクが出来ない。
【セレークトゥースの加護】をする事ではじめて、現界での状態と同じ様にルフォス・ワールドへのリンクが可能となる。
吟侍は早速、ルフォス・ワールドの管理者、ウィンディスを呼び出した。
「ウィンディス、聞こえるか?」
ウィンディスが現れ、答える。
「吟ちゃん、どうなっているのよ?ルフォスのやつ、引きこもってしまって動かないのよ」
どうやら、クアンスティータの誕生以来、ショックを受けているルフォスは、ルフォス・ワールドに引きこもってしまっているようだ。
それで、吟侍の呼びかけにもろくに反応しなかったのだ。
吟侍は、
「そいつは、恐らく、クアンスティータが思ったよりもずっと強くてまともに感じ取ったらしくて、ショックがでけえんだ。それより、恐らく、とんでもねぇレベルのやつをそっちに取り込みてぇんだけど、大丈夫か?」
と言った。
吟侍は【クイーンルウファ】をルフォス・ワールドに取り込み、自身の戦力にしようと考えているのだ。
九頭大蛇(くずおろち)をルフォス・ワールド属性に変えた時とは訳が違う。
本物のクアンスティータの勢力を吟侍/ルフォスの戦力に取り込もうとしているのだ。
ウィンディスは、
「わ、わかんないけど、納得ずくの事なら、そんなに大変じゃないとは思うけど、無理矢理だと難しいわよ」
と言った。
吟侍は、
「特別な金貨ってのがあって、それは契約を意味するものらしいから契約が上手く行ったら、そっちに送りてぇ。頼めるか?」
「ちょ、ちょっと、もしかして、クアンスティータの勢力を取り込もうっての?」
「そうだと言ったら?」
「ルフォスがどうなるかわかんないわよ」
「そこを何とか頼む」
「頼むって言われても……」
「ウィンディスなら出来るって信じてっから」
「解ったわよ。無茶なお願いね」
「恩に着る」
ウィンディスの許可を得たので、他の女性陣にも同様の話をした。
女性陣達は反対しなかった。
もし、クアンスティータの勢力が吟侍の所に来てくれるのであればこんなに心強い事はないからだ。
後は、この先に待っている【クイーンルウファ】との交渉をどうするかだ。
答えの力を使ってどこまでやれるかが勝負だった。
吟侍は答えの力で【クイーンルウファ】の言語に合わせる。
吟侍とレスティーの答えの力があったので、言語に関するアイテムは用意されていない。
という事は、答えの力が有効だという事を意味している。
吟侍に合わせて、レスティーも答えの力で会話に加わる。
吟侍とレスティーの二人による必死の説得で【クイーンルウファ】は特別な金貨72枚と引き替えに無事、契約を結ぶ事が出来た。
このまま、【クイーンルウファ】を出したままにせず、一旦収納したかったので、吟侍は【クイーンルウファ】をルフォス・ワールドに取り込んだ。
少し、時間はかかるかも知れないが、特別な金貨での契約は一時的なものに過ぎないがルフォス・ワールドの属性をつけられれば、シェリル姫のエリアの後も戦力として、【クイーンルウファ】を所有する事が可能となる。
吟侍達はいつまでもシェリル姫のエリアに居る訳にはいかないので、どうしても、やりたかった事でもあった。
吟侍達は、その足で、一旦、スタートの町にまで戻る。
後はウィンディスの腕に任せるだけだ。
ウィンディスが【クイーンルウファ】をルフォス・ワールドに属する手続きを取るまではバイトをする事にした。
特別な金貨も3.5枚しかないので、今後、新たな化け物を雇う意味でもバイトは必要だと判断したからだ。
幸い、セレークトゥース・ワールドは時間を飛ばせる。
バイト時間を飛ばせばあっという間に稼いでくれるのだ。
今度はもっと稼ぐ事にした。
大分、バイト先に身体を貸し出し、体感的にはあっという間だったが、特別な金貨は合計1340枚までたまった。
それでもまだ、ウィンディスから返事がなかったので、吟侍達は、一旦、ヒストリーエリアを離れ、ショップエリアに戻った。
吟侍は、自身の貯金を使って、【緊急離脱カプセルセット】を更に注文しておくことにした。
ヒストリーエリアを冒険した結果、このアイテムは多いに越したことは無いと判断したからだ。
シェリル姫のエリアですら、あっという間に【緊急離脱カプセル】は減っていった。
この先、大量に必要になる事は容易に推測がついた。
今度は吟侍の分も買って、1人辺り、10セットずつ、合計70セットも買った。
1セットあたり24カプセルあるので、相当数買ったと言っても良い。
だが、これでもセレークトゥース・ワールドで冒険するには足りないくらいなのだ。
買い物を済ませ、ヒストリーエリアのシェリル姫のエリアへと戻った時、丁度、ウィンディスの方も【クイーンルウファ】のルフォス・ワールドへの属性手続きが済んだという連絡を入れてきた。
そうとなれば、準備万全、今度はシェリル姫の城を目指す事にした。
シェリル姫の森では、十数種類の化け物と契約し、それを同じようにルフォス・ワールドに送っていった。
ウィンディスは、
「こき使うわね」
と言っていたが、ようやく本来の仕事が出来ると張り切っていた。
吟侍はルフォス・ワールドから【クイーンルウファ】を改めて呼び出し、シェリル姫の森の道案内を頼んだ。
【クイーンルウファ】がついているという事もあり、シェリル姫の森ではあまり、敵は襲いかかって来なかった。
03 シェリル姫の城へ
【クイーンルウファ】の案内もあって、何とか無事にシェリル姫の城についた。
いや、正確には、城にまだ、たどり着いていない。
たどり着いた所は、城下町になる。
その城下町も含めて、ここはシェリル姫の王国という事になる。
城下町と言っても、かなり広範囲を占める。
スタートの町と違い、この城下町では割高なバイトもあった。
一旦、この町にたどり着けば、もっと効率的に特別な金貨を稼ぐ事も出来る。
吟侍達の視線の先には大きな城がある。
そこがシェリル城という事になる。
だが、このシェリル城はある特徴がある。
蜃気楼のようにかなり遠くにまで城の映像が映っているところだ。
現界の宇宙空間より広いシェリル姫の森のスタート地点でもシェリル城は見えていた。
だが、見えていた場所にシェリル城は無い。
もっと遙かに遠くまで映り込んでいたのだ。
それは、このシェリル城の城下町においても同じ事が言える。
城下町の大きさはその辺の惑星の全面積よりも大きいのだ。
それこそ、時間の節約を使わねばたどり着かない程大きい。
シェリル城は見えている場所のずっと先にあるのだ。
だがそれは、シェリル城に限ったことではない。
途轍もなく広いセレークトゥース・ワールドにおいて、目的地と別の目的地が近いという事はあまりない。
なので、めぼしい場所などは、存在感を示すため、遠くの場所まで、その様子が見えるようになっているのだ。
那絵は、
「はへぇ〜……おっきい町だなぁ〜」
と言った。
ちょっとしたお上りさん気分だった。
だが、それは、彼女に限った事ではない。
王族として生きてきたソナタや、支配する城を持っていたエカテリーナやフェンディナでさえも大きな町に映っていた。
現界での事とは規模も何もかもが違いすぎた。
ステラは、
「ここでも何か仕入れられないかしら?特別な金貨もまだ650枚は残っているし」
と言った。
未来の世界において、戦場ばかりに居た彼女はショッピングなども楽しみたいという気持ちがあった。
ショップエリアに訪れた時の彼女の目は宿敵であるはずのクアンスティータの所有する宇宙世界であってもどこかキラキラした眼で見ていた様だった。
ステラはずっと迷っていた。
クアンスティータは未来の世界を崩壊寸前にまでした宿敵だ。
だが、この時代においてはそれを実行している訳ではない。
ステラ達が過去へ来た事により、未来は大分、変わっているはずだ。
吟侍は本来彼女が居た未来では1番の化獣、ティアグラに暗殺されているはずだった。
少なくとも、クアンスティータの所有する宇宙世界の中を旅しているなどとは伝わってきていない。
だが、今はこうして、ステラ達と共にセレークトゥース・ワールドを冒険している。
クアンスティータが所有する宇宙世界の事は間接的に知ってはいたが、恐ろしい存在がうようよ居る所だと認識していた。
確かに、恐ろしい存在はたくさんいるようだが、それだけとも言えなかった。
澄み切った雰囲気で言えば、明らかに現界のものよりも神聖であると言える。
未来の世界でのクアンスティータの暴走も、先に手を出したのは他の存在達の方だったと聞いている。
それに怒り、クアンスティータは崩壊寸前にまで破壊して回ったとも聞いていた。
それは、ある意味、先に手を出したのが悪いとも取れる。
吟侍がセレークトゥース・ワールドに行くと言い出した時から、ステラの中でもクアンスティータに対する思いが少しずつ変わっていったようにも自分自身で感じていた。
そんな事を考えているステラに吟侍は、
「スーちゃん、何か欲しい物でもあんのか?」
と聞いてきた。
ステラは、首を振り、
「ううん、ただ、ちょっと見て回って見たいかな……なんて……」
と答え、自分の発言にビックリした。
今まで、存在を賭けてギリギリの戦いをしてきた自分が、何故?とも思ったが、自分の行動に疑問を持ち始めていることにも薄々気づき始めていた。
今までは失った仲間達の仇として、クアンスティータを見てきたが、このクアンスティータはまだ、破壊行為を行っていない。
仇である存在はまだ、何もしていない。
何が正しくて、何が正しくないのかが解らなくなってきたのだ。
吟侍はそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、
「そうだな、少し、考える時間ってのも必要かもな。とりあえず、町ん中回って見て落ち着ける所探して、休憩すっか」
と言った。
他の女性陣も賛成し、城下町を見て回る事にした。
城下町には、英雄達も多く居た。
それぞれが武勇伝を自慢していたが、このシェリル姫のエリアでの英雄達は、力不足のため、シェリル姫の影に勝てないという設定になっている。
テーマ上は引き立て役という事になるだろう。
だが、その気配からも英雄達の力はただのかませ犬とは到底思えない程、強大な気を持っている者が多数いた。
もっともそういう連中は自慢などしていなかったが。
自慢しているのはもっぱら、腕に自信が無く、ハッタリで自分を大きく見せているようだが、この町では相手にされていない。
恐らく、そういう輩が、化け物を雇い、シェリル姫の影と共倒れをしたのを良いことに、シェリル姫に求婚し、【ルリェシ】と化したシェリル姫に食い殺される役割をもっているのだろう。
そういう意味では鷹の爪を隠している英雄達よりは、必要な人材であるのかも知れない。
とは、言え、やはりタメになる話を聞けるのは、力を隠している実力者の方だ。
吟侍達は、エセ英雄達にはかまわず、本来の力を隠して大人しくしている者達に話かけ、話を聞くことにした。
聞くことはもちろん、シェリル姫の事だ。
この町で、彼女はどういう噂になっているのか聞こうと思ったのだ。
シェリル姫の元に行ったら、影との戦闘になるのかどうか、町の英雄達の話を聞いて少しでも参考にしようと思ったのだ。
会話の素材さえ手に入れれば答えの力で推測が立つ。
そう、判断しての行動だった。
だが、その役目は、吟侍とレスティーが居れば事足りる。
他の女性陣5名は、バイトをしつつ、ショッピングなどを楽しんだ。
ショッピングを楽しむとは言っても、このエリアで買った買い物はシェリル姫のエリアでしか通用しないので、本当に欲しい物はヒストリーエリアではなく、ショップエリアで吟侍に買って貰うしかないのだが。
ある程度の情報を得た吟侍達は集合し、いよいよ、シェリル姫の居る、シェリル城へ向かう事にした。
04 泉に眠る少女姫
シェリル姫の居城に行く前におさらいとして、シェリル姫の情報を整理する事にした。
吟侍はまた説明玉を高く投げ、シャリラを呼び出し、改めて尋ねた。
「なぁ、シェリル姫ってのはこのセレークトゥース・ワールドにとっての何なんだ?」
との質問に、シャリラは、
「セレークトゥース・ワールドにおけるシェリル姫のお立場は、このようになっています」
と言った。
それと同時に、図が表示され、解りやすく説明されている。
それによると、まず、セレークトゥース・ワールドはショップエリアとヒストリーエリアに大きく二分される。
これは、元々知っていた情報だ。
他にもエリアがあるが、大きなエリアはショップエリアとヒストリーエリアの二つとなる。
シェリル姫はプリンセスなので、ヒストリーエリアに属する事になる。
ヒストリーエリアには無数のプリンセスにまつわるストーリーをイメージしたエリアが存在し、そのエリアを基本的に道化達が行き来してプリンセス同士の交流などを行っている。
道化達は、土産話という形で他のプリンセスの話をプリンセス達に話して回る。
つまり、ヒストリーエリアとは無数に点在するプリンセスのエリアを道化達が回っているエリアになるのだ。
もちろん、例外はいくつもあるが、全体の90%以上はプリンセスのエリアを道化が回るという事で成立しているエリアと言える。
シェリル姫はプリンセスであるから例外ではなく一般的なタイプと言えるだろう。
次に、プリンセス達の上下関係はどうなっているかだが、今現在は上中下の三段階あるという事になっているが、実際には中と下の二段階だと言ってよい。
上に当たる13姫(じゅうさんき)は現在において該当プリンセスが居ないという事になっている。
つまり、今現在は存在していないのだ。
中に当たるのは100姫(ひゃっき)と言われている。
中の100姫に群がる形で下の無数のプリンセス達は派閥を作っているという。
シェリル姫は下のプリンセスに該当し、【泉に眠る少女姫】という100姫の内の1姫の派閥に属するという。
ちなみに、中と下のプリンセスの位の差は空かないが、上と中の間はこの後、別のレベルがどんどん加わって来るという事なるらしい。
それは、クアンスティータ・セレークトゥースの成長に合わせて、プリンセスも上の位がどんどん出現していくという事になるが、てっぺんは、13姫で変わらないため、13姫と100姫の間の位がどんどん開いていくという形になる。
上中下と表現したのは今現在、3段階しか存在していないため、それですんでいるだけの話だった。
また、上の13姫、中の100姫も正式名称ではなく、プリンセスの数を表現しているだけなので、成長するに従って名前も決まってくるという。
そう、セレークトゥース・ワールドはまだ、誕生してそれ程経っていないのだ。
これから、段々と固まっていくという事になる。
決まっていない事は聞いても答えられる訳がないので、解っている事だけでも知ろうと言うことになった。
とりあえず、シェリル姫が入っている派閥の長、中の100姫の内の1姫、【泉に眠る少女姫】についても聞いて見た。
シャリラはシェリル姫担当なので、その上の立場のプリンセスの事まで詳しく解るという訳では無いが、解る範囲で説明してくれた。
――【泉に眠る少女姫】――
別名、【泉に浮かぶ少女姫】とも【泉に映る少女姫】とも【泉で歌う少女姫】とも言われているが、【泉】と【少女姫】というキーワードだけは変わらないようだ。
プリンセス達の物語の中には悪役が暴走してどうしようも無い状態に陥る場合も少なからずあるらしい。
だが、それらの暴走した悪役達が最期にたどり着くのは【泉に眠る少女姫】の泉だと言われている。
悪役達はその泉に映っている少女姫に心を奪われ、やがて、泉の中にすぅっと消えて行く。
そして、浄化されて元に戻って行くという事になる。
これは、基本的には純粋無垢であるクアンスティータ・セレークトゥースに悪の因子を植え付けないように働いているセキュリティーの様なものだった。
【泉に眠る少女姫】を含む100姫には他の下のプリンセスの力を遙かに凌駕した力が与えられている。
そのため、他のプリンセスの物語で手に負えない状況が出てきてしまっても、その上の位である100姫により、粛正されていくという図式ができあがる。
下のプリンセスの中には派閥に属さないプリンセスも居るには居るが、ごく少数で、殆どの下のプリンセスが中の100姫の傘下に入っているという事になる。
シェリル姫としてもルリェシとしての力の暴走が極端になってしまうと、【泉に眠る少女姫】の泉に吸い寄せられるようにして向かい、浄化され、元のシェリル姫の物語の登場キャラクターとして、生活をしていくことになる。
もっとも、シェリル姫の物語も生まれたばかりだから、暴走はまだ一度も無いとの事だった。
その話を聞いた吟侍達はセレークトゥース・ワールドの層の厚さを改めて認識したのだった。
クアンスティータの勢力として重要なのは、第五、第六、第七本体の宇宙世界に属する存在達だと思っていたが、そんな事は決してない。
第一本体の宇宙世界から、かなり、もの凄い勢力をクアンスティータは有しているのが解った。
ステラ達から第五本体クアンスティータ・リステミュウムを特に注意するように言われていたが、何のことはない、第一本体クアンスティータ・セレークトゥースですら、放っておけばとんでもない事になる勢力を有していた。
吟侍達は、知れば知るほど、底なし感が増すクアンスティータとは一体何なのだろうと思うのだった。
05 接客レストラン
吟侍達は、シャリラの説明を聞き、シェリル姫の事を理解し直した状態で、シェリル姫の居城に足を踏み入れた。
お城では夜のシーンになっていて、巨大過ぎる城の中では舞踏会が開催されていた。
舞踏会と言っても、最初は武闘会(ぶとうかい)の様なもので、シェリル姫の影を静めた者のみがシェリル姫と踊る権利を得るというものだった。
吟侍達は招待客としてではなく、挑戦客というくくりでの参加になるので、シェリル姫の居る位置からは随分離れた場所で待機させられていた。
見ると周りには屈強そうな男達がずらっと並んでいる。
それを見たエカテリーナが、
「何じゃ、このむさ苦しい男共の群れは?」
と言った。
ソナタも、
「ほんとだわ。レディーも居るんだからちょっとは考えてよね」
と文句を言った。
吟侍は、冷静に、
「恐らく、シェリル姫への求婚者達だろ?」
と答えた。
だが、そんな事は、エカテリーナやソナタも百も承知だ。
それが聞きたいのではなく、暑苦しい男達の中に、自分達を入れるなと言いたいのだ。
答えの力を持っていてもそういう乙女心は吟侍はてんで解らないのだった。
シェリル姫の居る場所では求婚者達と影とのバトルが行われている様だったが、周りの男達の身長は唯一の男である吟侍の身長よりも高い者ばかりだから、吟侍も含めて、シェリル姫の影の戦いは見えなかった。
唯一、那遠だけは行列に並ぶのに慣れているが、他の6名はこの待っているだけの時間に耐えられなかった。
レスティーが
「うぅ……男の群れに悪酔いしちゃった感じだわ。ここから出たいんだけど身動きが取れないし……」
と言った。
どうしようかと思っていたら、那遠が、
「整理券もらってきましたよ。順番が来るまで時間がありますから、外で何かしていましょう」
と提案してきた。
シェリル姫への求婚者の数が多すぎるために整理券を配っていたのだ。
並ぶことに慣れている那遠だけが気づくことが出来たのだ。
那遠が居なかったら、延々とこのむさ苦しい男の海の中をただひたすら順番が来るまで待つしかなかった。
そういう意味でも那遠の参加に感謝する6名だった。
時間が空いたので、時間を飛ばしても良いのだが、せっかくだから他の事をして過ごそうと言う事になって、吟侍が【接客レストラン】に行ってみたいと提案した。
【接客レストラン】とは地球で言えば【キャバクラ】や【メイドカフェ】に近いものだった。
吟侍以外は【接客レストラン】がどのようなものか知らなくて、彼に聞いたとたんに、
「不潔です、吟侍さん」(フェンディナ)
「あんた、カノンに浮気してるって言うわよ」(ソナタ)
「欲求不満なら妾が相手をしてやってもよいぞ」(エカテリーナ)
「やらし〜」(レスティー)
「一人エッチ用のアイテムならご紹介しますけど……」(那遠)
「どういうつもり?」(ステラ)
と矢継ぎ早に返事が返ってきた。
吟侍は地球屋の那遠から地球にはメイドカフェというものがあってそれは楽しい所であるという事を聞いた事。
それに近いものとして、【接客レストラン】という形で商売する事にしたという事。
サービス業だから、実際に体験してみないとどんな感じのものか解らないという事等を必死で説明した。
自分の趣味に走っているとは口が裂けても言えなかった。
それほど、女性陣の目が怖かった。
目が笑って居なかったのだ。
体感として、1時間くらい女性陣を必死で説得して、女の子も楽しくなる筈だと言う事を理解して貰ってから、ようやく、【接客レストラン】に行くことが決定した。
ソナタは、
「で?どうすんのよ?ここ、ヒストリーエリアじゃない。【接客レストラン】ってショップエリアにあるんでしょ?」
と言った。
言葉にも呆れ感が少しこもっている。
吟侍は、
「だ、大丈夫なはずだ、【接客レストラン】がメイドカフェよりも便利な所は、席を分離して、移動してサービスする事が出来る事だ。セレークトゥース・ワールド内であれば、例え、ヒストリーエリアでも予約すれば、来てくれるはずだ」
と説明した。
あれこれ説明するよりも実際に来てもらって体感して貰った方が楽しさが伝わるはずだと吟侍はさっさと予約を入れる事にした。
吟侍はQP(クアンスティータ・パスポート)を使って、ショップエリアにある【接客レストラン】の内の1軒、【ふんわりふわふわ】に連絡を入れた。
「あ、【ふんわりふわふわ】さんですか?おいら、芦柄 吟侍って言います。実はおたくのサービスを予約したくって、空いてますか?え?人数ですか?人数は男1女6の7人です。女の子でも楽しめるサービスを希望したくって、出来ればおいらも楽しみたいななんて……」
などと、サービスの予約をした。
次の瞬間、目の前に巨大な球体が出現する。
【ふんわりふわふわ】の移動座席だった。
ミョイーンという音がして、球体に穴が空く。
穴の中にはきらびやかでファンシーな感じの座席が用意されていた。
見ると中には15名くらいの男女がいた様に見えたが全員女性だった。
男装をしている女性で執事風の格好をしている。
【ふんわりふわふわ】は女性店員だけの店なので、吟侍の女性客でも楽しめるようにとの要望に応えて男装して来てくれたらしい。
見ると、執事風の格好をしている女性は12名居て、何かのコスプレ風の格好をしているのが3名いるので、女性陣には2名ずつがついて、吟侍にはコスプレ風の格好をしている女の子が対応してくれるようだ。
吟侍は、振り返り、
「さ、さあ、みんな、楽しもうじゃねぇか」
と言った。
そして、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが始まるのだった。
吟侍達は未成年なのでアルコールが飲めないが、セレークトゥース・ワールドでは酔う以外に気分の良くなる飲み物も数多く存在した。
それらは麻薬の様に危険なものではなく、フルーツジュースの様な甘くて美味しいものだった。
この食べ物や飲み物からも味覚とは別の味覚の様な感覚を味わう事が出来た。
人間としては味わえない、知らない謎の感覚が刺激されてそれが大変気持ち良かったのだ。
もちろん、吟侍達についている2、3人ずつの女の子達も盛り上げてくれた。
最初は渋々参加していた女性陣達もそれぞれの気持ちを組んだ接客態度で次第に気分が良くなっていった。
終わって見ればみんなワイワイ楽しくやっていたという事になったのだ。
吟侍は、
「な?楽しかったろ?」
と女性陣に聞いて見た。
ソナタは、
「そうね、楽しくなかったと言えば嘘になるけど、あんた一人で行っちゃだめよ。行くときは私同伴、これ、決定事項ね」
と返した。
吟侍は、
「いや、たまには息抜きというか、一人で楽しみたいな〜なんて……」
と言ったが、ステラが、
「却下。行くときは私も行くから」
と言った。
吟侍としては、女性陣に楽しみだけ教えて、後は個人的に自分の趣味の設定で楽しもうと思っていたのだが、目論見が外れてしまったようだ。
彼の下心は既に女性陣に見透かされているようだ。
06 お城の舞踏会
そんなこんなで時間つぶしも終わり、吟侍達はいよいよ、シェリル姫の影の戦いが見える位置にまで進んでいるという知らせが届いた。
整理券を持っているので、そこまで、一気に飛ぶ事が出来るのだ。
整理券は整理券でもこのセレークトゥース・ワールドではただの整理券ではないのだ。
無駄な時間は一気に省く事が出来るというアイテムなのだ。
余計な時間を作らなくて良いというのはこのセレークトゥース・ワールドの良い部分と言えた。
人間、慌ただしく予定ばかり入れていると疲れてしまうというのもあるが、吟侍達にとっては余計な時間はなるべく作りたくなかった。
そういう意味では、時間を飛ばせる便利なアイテムがこの宇宙世界には色んな所にあふれていて便利だった。
お城の舞踏会も進み、シェリル姫の影が英雄や王子達を次々となぎ倒しているシーンが見て取れた。
さすがにシェリル姫の物語で重要な役割をしているキャラクターだけあって、吟侍達の目から見てもシェリル姫の影は相当な実力を有していた。
英雄や王子達は決して弱い訳ではない。
このシェリル姫の居城に来ているだけあって、相当な手練れだと言える。
吟侍達と戦ったとしても相当、苦戦させられそうな実力を持っていると推測出来た。
にも関わらず、その英雄や王子達がまるで紙切れの様に、シェリル姫の影に吹き飛ばされているのを間近で見て戦慄を覚えた。
だが、本来、これくらいで驚いているようではこのセレークトゥース・ワールドではやっていけないのだ。
もっと凄い事はこれからいくらだって起きてくるのだから。
英雄や王子達と影との戦いはシェリル姫の物語としては序盤に当たる。
英雄や王子達では影には決して勝てないので物語は完結には向かえない。
そこで、英雄や王子達はシェリルの森の化け物達を雇って自分達の代わりに戦ってもらう事を選択するのだ。
物語の演目も進み、誰も勝てないという事が周囲に知れ渡る事になる。
そして、英雄と王子達は一度引っ込み、化け物を各々が連れて来て再び姿を現す。
吟侍達は既に化け物を雇っているので、この後半パートの出場者として認識されることになる。
吟侍達は、前半パートから並んでいたので、後半パートでは割とトップの方での参加が許された。
実際の物語になぞらえると、後半の最後の挑戦者に選ばれないと影には勝つ化け物は用意出来ていないという事になる。
とは言え、仮に最後の挑戦者に選ばれたとしても、影を倒した後、ルリェシに殺されてしまうという結末が待っているので、出来れば物語に沿ったキャラクターにはなりたくない所だ。
だとすると、イレギュラーという形でシェリル姫の物語に参加するしかないのだが、何をどうすれば良いのかが今のところ見えてこない。
通常のストーリーと異なる展開を用意しないと恐らく、シェリル姫には勝てない。
だが、答えの無い所から答えを持ってくるのは吟侍が最も得意とするところでもある。
何をどうすれば、別の展開になるかの筋書きは既に見えているのだった。
吟侍が選んだ筋書きは――シェリル姫やその影に挑戦するのではなく、シェリル姫の影に勝つ化け物を雇った男を先に見つけ出し、影に挑戦する前にその男に吟侍が挑戦するというものだった。
そうすれば、シェリル姫の影が化け物に敗れるという結末が消える事になり、また、別の展開が始まるということになる。
それは、新たな影を倒せる化け物が出現するという事も考えられる。
それを、更に答えの力で防ぐ方向に持っていくというものだった。
更に、吟侍は化け物は雇ったが化け物を使わず影も倒すという困難極まりない答えを導き出した。
シェリル姫は、化け物がないがしろにされ、それをし向けた英雄が漁夫の利を得る事を怒って英雄を食い殺したのであるから、その事実を消してしまえば良いという結論になったのだ。
吟侍が出した答え――
それは、シェリル姫の影を倒す化け物を用意した英雄に挑戦して倒す。→シェリル姫の影を吟侍の手で倒す。→シェリル姫とダンスを踊る――というルートだ。
07 VS英雄ダンダンテ
吟侍は早速、後半の舞踏会参加者達が連れている化け物の中で最も強い気配を持つ化け物を探した。
その化け物が十中八九、シェリル姫の影と相打ちになるからだ。
幸い、シェリル姫の影の戦いは見ているので、シェリル姫の影と互角の力を持っている化け物を探せば良いのでそう、難しくは感じ無かった。
行列の後方に陣取っていたその化け物を雇っている英雄の名前はダンダンテという名前の男だった。
正直、今のところ、ダンダンテの嫌な所は見ていない。
ストーリーとしては雇っていた化け物を見捨てて、それが原因でシェリル姫に殺される役なのだが、シェリル姫に殺されるよりは吟侍に負けた方がまだいくらかましだと言えるだろう。
正直、こちらから喧嘩をふっかけるというのは気が進まない。
それでも死よりは物語に関係のない吟侍への敗北の方がいいだろうとして吟侍はダンダンテと勝負する切っ掛けを作る事にした。
喧嘩をふっかける切っ掛けは、吟侍がシェリル姫の影を倒す化け物を残りの特別な金貨で雇うと言うものだった。
ダンダンテとしてはせっかく大枚はたいて雇った化け物が吟侍が用意したはした金で雇いなおされるなど、あってはならないことだといえる。
影を倒せる化け物は当然、吟侍が雇う事は出来なかったが、ダンダンテの怒りを買うには十分な材料となった。
ダンダンテは、
「この下郎、そこへなおれ、成敗してくれる」
と激昂した。
お怒りごもっともである。
吟侍は、
「いや、ゴメンって。悪気は無かったんだよ」
と一応、謝ってはいるが、そんな気持ちはさらさら無い。
何とかして、シェリル姫の影を殺さない様に持っていこうと思っているのだ。
吟侍はダンダンテのプライドを微妙に刺激して、戦いに持っていこうとしたが、ここはシェリル姫の舞踏会――関係ない戦いをする者は出て行けとばかりに吟侍とダンダンテは追い出された。
吟侍は、
「ありゃりゃ……思っていたのとちょっと結果が……」
と言った。
ダンダンテは、
「き、きっさまぁ〜」
と今にも向かって行きそうな勢いだ。
吟侍は、
「まぁまぁ、怒んなって、あんたの命も助けた事になるんだからさ」
と宥めようとしたが、向かって来た。
ダンダンテは残像剣の使い手だった。
彼が振り回した剣の残像は消える事無く、まるで意志でも持つかのように勝手に動き出し、相手を斬りつける。
なかなかの剣技だ。
だが、ただそれだけだ。
このセレークトゥース・ワールドにおいては、その他1名と数えられる様な存在でしかない。
そういう実力しか無いからこそ、資金力にものを言わせて強力な化け物を雇ったというのがダンダンテという英雄だった。
何でも金で解決する英雄――それが彼だった。
実力としては英雄達の中でも下の下の下と言った所だろう。
シェリル姫の気持ちになって考えて見ると、こんな実力の無い者が金の力だけで、影を倒し、シェリル姫との結婚にこぎ着けようと思っていると知ったら、そりゃ、ムカつくだろうなと吟侍は思った。
とりあえず、向かってくる以上、相手をしなくてはならない。
だが、本気にもなっていない吟侍の一撃でダンダンテはあっさりと沈んだ。
「ぐぅぅぅ……こ、こんなはずで……は……」
といううめき声を上げたが、吟侍としては拍子抜けも良いところだった。
「こんなちょろいのまでいんのかここは……」
と言った。
少々、セレークトゥース・ワールドを過大評価しすぎていたようだ。
何から何まで吟侍が驚く存在ばかりいると思っていたが、中にはダンダンテのような情けない存在もいるんだなと思い直した。
ダンダンテは端役とは言わないまでも、メインキャストのシェリル姫にとってはどうでも良い相手である。
どうでも良いという事はどうでも良い実力しかなくてもかまわないという事なのだろう。
ダンダンテが雇った化け物、【レズハミナ】は主人が気絶した事に戸惑った。
契約ではシェリル姫の影と戦うという事だったので、吟侍との戦いには加勢しなかったが、ダンダンテが気絶したらシェリル姫との影との戦いも無くなってしまう。
吟侍は、
「【レズハミナ】ってのか、あんた――あんたはもう自由だ。何処へなりとも行って良いと思うぞ」
と言った。
吟侍は、契約はあくまでもダンダンテがシェリル姫の影との戦いが成立するときにのみ有効であり、それ以外のイレギュラーが起きた場合は契約は無効になると言いたかったのだ。
【レズハミナ】は吟侍に軽く会釈すると姿を消した。
去りゆく、【レズハミナ】を見送っていると女性陣達が舞踏会会場の中から出てきた。
追い出されたのは吟侍とダンダンテだけだったので、彼女達は今まで会場に居たのだ。
ソナタは、
「どうするのよ、あんた、追い出されちゃったじゃない」
と聞いて来た。
――そう、ダンダンテとの戦いはあくまでもオマケなのだ。
シェリル姫の影との戦いこそが本番。
それにはまず、舞踏会会場に戻らなくてはならない。
吟侍は、
「さて、どうしよっか?」
と聞き返した。
この後、どうしたらいいのか、自分でもよく解らないからだ。
吟侍は上を向き、ちょっとだけ途方に暮れた。
続く。
登場キャラクター説明
001 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)
ウェントス編の主人公であり、ファーブラ・フィクタのメイン主人公。
子供の頃、故郷、セカンド・アースを襲った絶対者・アブソルーター達を追い払った事から英雄と呼ばれる。
その時、心臓を貫かれるが、七番の化獣(ばけもの)ルフォスの核でそれを補い、以降、ルフォスの力を使える様になる。
勇者としての格は他の冒険者達より上だが、それだけに、他のメンバーより、強い敵を引きつける。
創作バトルを得意としていて、攻撃方法のバリエーションはやたら多い。
敵からすると最も厄介な勇者である。
ウェントスでの救出チームに参加する。
【答えの力】を身につけ、ティアグラに殺される未来も回避出来た。
002 ルフォス
吟侍(ぎんじ)の心臓となった七番の化獣(ばけもの)。
ネズミに近い容姿をしていて、最強の化獣である十三番、クアンスティータを異常に恐れていて、その恐怖に打ち勝つために、最も勇気を示した吟侍と命を同化する道を選んだ。
ルフォス・ワールドという異世界をまるまる一つ所有していて、その世界のものは全て彼の戦力である。
異世界には修行するスペースもあり、冒険者達の修行場として提供していた。
異世界にある三つの核、マインドコア(心核)、スキルコア(技核)、ボディーコア(体核)を合わせる事により、新しい怪物等を生み出す事も出来る。
ルフォス・ワールドはそれ以外にもロスト・ワールドという既に失われた世界をいくつも圧縮保存してある。
ルフォス・ワールドには大物が隠れ住んでいる。
クアンスティータ誕生により完全に萎縮してしまっている。
003 ソナタ・リズム・メロディアス
ウェントス編のヒロインの一人。
吟侍(ぎんじ)の恋人、カノンの双子の姉であり、共に行けない彼女の代わりに吟侍と共にウェントスの救出チームに参加した。
吟侍の事が好きだが隠している。
メロディアス王家の第六王女でもある。
王家最強術であるCV4という特殊能力を使う。
CV4は4つの声霊、ソプラノ、アルト、テノール、バスを器に入れる事により、特殊な能力を持ったキャラクターゴーレムとして操る能力である。
力不足を指摘されていたが、ルフォスの世界のウィンディス、ガラバート・バラガの助力により極端な力を得ることになる。
004 フェンディナ・マカフシギ
3名の姉(ロ・レリラル、ジェンヌ、ナシェル)達と別れて一人旅をしていた全能者オムニーアの少女。
戦闘向きではない大人しい性格だが、自身のポテンシャルは姉たちをも遙かにしのぐ。
また、そのポテンシャルの高さ故に脳に10番の化獣(ばけもの)ティルウムスを宿す事になる。
心臓に7番の化獣ルフォスを宿すという吟侍を探していた。
吟侍にティルウムス以外の何か秘密があると思われている。
潜在している力が覚醒すれば、偽クアンスティータよりも上回ると推測されている。
脳を支配している筈のティルウムスが、すぐ下の両方の瞳より下を異常に警戒している。
クアンスティータ誕生のショックで自身に秘めていた力が一気に解放されて、ショック状態になっていて、必要以上に怯えている。
005 エカテリーナ・シヌィルコ
風の惑星ウェントスに君臨している絶対者アブソルーターの一人。
2番の化獣(ばけもの)フリーアローラをその子宮に宿しているため、アブソルーターの中では最強と呼ばれている。
戦闘狂であり、奴隷達の支配よりも強い相手との戦いを求める。
突然のトラブルで出会った吟侍の事を気に入った。
切り札としていた力がオルオティーナという存在だという事が解り、彼女の古き力を得て、極端なスキルアップを果たす。
それでも、クアンスティータには遠く及ばず、萎縮してしまっている。
初めて男性(吟侍)を頼りになると思い、自身に芽生えた恋心に動揺している。
006 ステラ・レーター
未来の世界において、最強の化獣(ばけもの)クアンスティータと戦いを繰り広げて来た組織、新風ネオ・エスクの一員。
新風ネオ・エスクは大きく分けて三つの組織があり、レッド・フューチャー、グリーン・フューチャー、ブルー・フューチャーに別れる。
ステラはグリーン・フューチャーの一員で、かかしという超兵器を使う。
また、若くして亡くなった依良 双葉(いら ふたば)という吟侍の幼馴染みの生まれ変わりでもある。
力不足から、フェンディナやエカテリーナより、一歩遅れて戦線に出てくることになったが、役に立てなかった。
007 レスティー
吟侍にひっついてセレークトゥース・ワールドにやってきた調治士(ちょうちし)の少女。
調治士とは化獣(ばけもの)等の超越的存在の医者のようなもの。
彼女は吟侍の専属医の様な存在となる。
吟侍から【答えの力】を受け取り、彼女も少ないながら【答えの力】が使える様になっている。
008 片倉 那遠(かたくら なえ)
吟侍にひっついてセレークトゥース・ワールドにやってきた地球屋(ちきゅうや)の少女。
地球屋とは地球の製品を売り歩く商売の事を指す。
元々、吟侍の育ての親であるジョージ神父の大ファンだったが、その最強の後継者である吟侍の大ファンにもなっている。
地球出身でもある。
009 クアンスティータ・セレークトゥース
ついに誕生したラスボス、クアンスティータの第一本体。
セレークトゥース・ワールドという宇宙世界をまるまる一つ所有している。
【ミステイク・フィルタ】という代表的な特別な力を持ち、それは、勘違いの力と呼ばれ、セレークトゥースが都合良く勘違いしたものに事柄が変わってしまう。
セレークトゥースが認識出来ない事はうやむやにしてしまうという部分もあり、それにより、1番の化獣ティアグラの策はいっぺんに全て無効になってしまう程。
無邪気で人懐っこい性格をしているが、少しでも後ろ暗い行動を取る者には、鏡の反射の様に絶対的な恐怖という形で跳ね返ってくる。
悪意を持たない、もしくは自然体でいるものには影響が無く、吟侍は敵意を無くし、クアンスティータの恐怖を逃れる事に成功している。
現在は自我も確立されていない状態。
010 ぴょこたん
吟侍が、第一本体クアンスティータ・セレークトゥースの所有する宇宙世界、セレークトゥース・ワールドで初めて会った存在。
店の開店準備をしている事から、吟侍が自身の生体データを担保に【真似っこ吟ちゃん】の商品化を持ちかける。
吟侍が適当に選んだ相手なのだが、それでも吟侍のコピーを作り出せる程のポテンシャルを示す。
名前はまだ、無かったが、吟侍がその雰囲気から【ぴょこたん】と命名した。
吟侍の事を【ぎんちゃんさん】と呼ぶ。
幼児語【〜でちゅ】とかで話すが、クアンスティータや商品名の発音はしっかりしている。
吟侍とは共同経営者という立場になった。
011 シェリル姫
第一本体クアンスティータ・セレークトゥース所有する宇宙世界、セレークトゥース・ワールドのヒストリーエリアの下の位に属するプリンセス。
自身の影に悩んでいて、影を倒してくれる勇者を待っているという設定だが、自身の名前が反転すると影以上の化獣になる。
012 ルウファ
シェリル姫の森の警察的な役割を果たす化け物。
二の腕から生えた翼と三つの脚を持つ。
その戦闘力はかなり高い。
【ファー】という鳴き声をする。
013 クイーンルウファ
シェリル姫の森に住むルウファの女王。
その戦闘力は桁外れ。
吟侍がルフォス・ワールドに属性変換して取り込むことになる。
二の腕から生えた翼と背中に1つ翼を持ち、背中の翼の羽根からルウファを作り出せる。
014 ウィンディス
吟侍のルフォス・ワールドの管理者。
ルフォスの宇宙世界への属性変換などは彼女が取り仕切っている。
元全能者オムニーアの生き残りで吟侍と契約してルフォス・ワールドに住んでいる。
015 英雄ダンダンテ
シェリル姫への求婚者の一名。
実力はたいしたことないが、シェリル姫の影と相打ちになる【レズハミナ】の雇い主でもある。
016 レズハミナ
シェリル姫の影と相打ちになる設定のもの凄く強い化け物。
英雄ダンダンテとの契約でシェリル城に来ていた。
017 シェリル姫の影
シェリル姫の影となっている怪物。
仮面を取ると、見た者によって姿形が変わるという特性を持っている。