第004話 クアンスティータ・セレークトゥース編その1
01 クアンスティータ誕生
クアンスティータが誕生するまでのカウントダウンが進む。
……90、89、88、87、86……
その100秒足らずの間に芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)は出来るだけの事をしようと思った。
もはや何をしようがクアンスティータ誕生は避けられない。
だとしたら、クアンスティータ誕生による被害を極力無くす方向で、色々手を打つべきだ――そう判断した。
答えの力を駆使してクアンスティータ誕生に備える。
備えあれば憂い無しだ。
やがて、ニナ・ルベルの腹部がよりいっそう光りを増す。
殆どの存在が、動きを止める。
これから産まれてくるクアンスティータへの畏怖が動きを止めさせたのだ。
足が竦んで動けない――そのような感情がその者達の心を支配する。
吟侍は答えの力でクアンスティータに対する対抗策を考えている時、今まで未確定だった存在がクアンスティータの誕生と共に確定化する事を知った。
総全殿堂(そうぜんでんどう)――決して覆ることのない上位24名を指す言葉。
クアンスティータを第一位とするその存在達が現実のものとして現れる。
それは、クアースリータよりも強い。
クアンスティータばかりに注意をはらっていたが、他の総全殿堂が現れても超大問題と化す。
今まで数多くのbQを自称する者達が現れたが、それは本来、総全殿堂第二位のものである。
その評価も、クアンスティータ関係は全てひっくるめて第一位という事であるならばの話でのbQだ。
それを考えると今まで居たbQは騙りに過ぎない。
全てを圧倒していたクアースリータですら総全殿堂には含まれない。
そう考えると自称bQ達の自分こそがbQだという主張は相当におこがましかったと言える。
総全殿堂も含め、クアンスティータ誕生と共に何もかもが変わる――そんな答えを導き出した。
刻一刻と、クアンスティータ誕生の時は迫る。
クアンスティータ・トルムドアはまとわりついていた吟侍の元を離れ、ニナ・ルベルの側に寄る。
少々遅れて、最強の絶対者アブソルーター、エカテリーナ・シヌィルコがクアンスティータ誕生の現場に到着する。
「な、なんじゃ?何があった?」
エカテリーナは状況が把握出来ない。
彼女は圧倒的な気配の元にやってきただけで、状況がつかめていなかった。
だが、そんな彼女の内側から声がした。
「うむ、ご苦労。よきにはからえ」
と。
口調がエカテリーナ自身のしゃべり方と全く同じなので、区別がつかないが、エカテリーナは自身の切り札として得ていた力が意志を持って話し出したことに驚いた。
「何者じゃ?妾の中で何をしておる?」
「妾の名か?妾はオルオティーナ。クアンスティータ様の乳母だ」
「う、乳母?何を言うておる?」
「乳母がクアンスティータ様のご生誕に立ち会わねばかっこがつかんであろう。妾を運んで来てくれて感謝するぞ。小さき者よ」
「わ、妾を小さき者だと?」
「気にするでない。妾の古き力をお前に全てくれてやる。それで満足しろ。妾はこれよりお前と別行動を取る」
「な、なんじゃと……」
同じ【妾】という一人称を使ってはいるが、全くの別物であるオルオティーナという存在は怪物ファーブラ・フィクタの古い知り合いだった。
それこそ、神話の時代からの。
クアンスティータの力に惚れ込み、クアンスティータの乳母になることを望んだ存在――それがオルオティーナだった。
オルオティーナは、クアンスティータには従うが、その父である怪物ファーブラ・フィクタに従う事はない。
あくまでもクアンスティータに仕える存在だった。
怪物ファーブラ・フィクタは、
「久しいな、オルオティーナ」
と言った。
「息災であったか怪物ファーブラ・フィクタよ」
「俺には従わぬがクアンスティータには従うと言うのは本当の事のようだな」
「当たり前じゃ。何故、妾がそなたに従わねばならぬ。そちはクアンスティータ様の父親――ただ、それだけじゃ。妾が従う理由にはならぬ」
「変わった奴だ」
「そなたが言うか」
と返すオルオティーナ。
会話はそこまでだった。
いよいよ、クアンスティータ誕生のカウントダウンも無くなった。
……7、6、5、4、3、2、1……0……
ニナ・ルベルの腹部から、小さな手のようなものが飛び出す。
「……あうわう……」
それが、クアンスティータが発した最初の言葉だった。
エカテリーナから出てきたオルオティーナの手ににより、ニナ・ルベルの腹部より、クアンスティータは取り出された。
オルオティーナは産婆の役目も果たすらしい。
クアンスティータが誕生した時に同時にニナ・ルベルから出てきた異物は一つに集まり、【ファーミリアリス・ルベル】という存在となり、別の場所に飛んで消えた。
だが、それを気にする者は居ない。
それよりもクアンスティータ本体がついに誕生したのだから。
それどころではないのだ。
その場に居た陸 海空(りく かいくう)が次元崩壊札(じげんほうかいふだ)を投げつける準備をしながら、
「ふ、ふふ……ふふふ……ふふ……ふはははははははははは……」
と笑い出した。
自分の人生を台無しにするほど強大だと思っていたクアンスティータのパワーが余りにも大したことないのでおかしくなったのだ。
これでは、先に誕生したクアースリータの方がよっぽど強大だ。
そう思ったら笑いが止まらなくなった。
「この程度の奴を恐れていたというのか……バカにするなよ……」
怒りがこみ上げ、クアンスティータに突っ込んで行こうとする海空。
それを吟侍が
「バカ、わかんねぇのか?こいつは、クアースリータより遙かにやべぇ……自分の身体の異変に気づけ」
と言ってタックルで止めた。
海空がクアンスティータの事を大した事ないと思ったのは誤解で、実は、海空も含め、様々な存在はクアンスティータを感知する事を本能的に拒否したのだ。
そのため、何も感じなかったのだ。
感知していたら、今頃、存在して居なかった。
それだけ途方もないパワーの存在なのだ。
全宇宙自体がクアンスティータを直接、感知する事を拒否したので、何も無かったように思えたのだ。
だが、全ての存在の本能の方では確実にクアンスティータを恐れている。
海空は吟侍の軽いタックルでふらついた。
気づいた時には自身の身体がガクガク震えていたのに気づかされる。
自分が震えている事も解らなかったのだ。
クアンスティータの前には次元崩壊札など何の役にも立たない。
その事を認めたくない海空は涙を流し始めた。
どんなことをしようと全く届かない、全く影響出来ない、かすりもしない存在がここに誕生してしまった。
そのやりとりを見ていた怪物ファーブラ・フィクタは、
「……気が済んだか?」
と言った。
ニナ・ルベルはクアンスティータを産んだ疲労から、そのままにしておく事は出来ないため、安全な時空へと怪物ファーブラ・フィクタは転送した。
その後、
「俺はルーミスを産んでもらう準備に入る。後は任せたぞ」
とオルオティーナに言付け、怪物ファーブラ・フィクタは第二本体を産む次のニナ――ニナ・カエルレウスの元へと飛び立って行った。
「おぉ、愛しや、愛しや、まこと愛しや、クアンスティータ様。あなた様のお名前は第一本体クアンスティータ・セレークトゥース様ですぞ」
オルオティーナが抱きかかえた第一本体クアンスティータ・セレークトゥースに話しかける。
「……だぁだぁ……」
セレークトゥースは無邪気に笑う。
雰囲気は人間の赤ん坊と変わらない。
だが、確実に全ての存在を畏怖させる何かをこの赤子は持っているのだ。
「ずるい〜りーたちゃんもぉ〜」
とクアースリータがオルオティーナにすり寄る。
クアンスティータにさわりたくて近づく。
「クアースリータ殿、そなたはまだ若い。クアンスティータ様はこのオルオティーナめが、お世話するので、大人しくされるがよいぞ」
「りーたちゃんがおねーちゃんだもん」
とむくれるクアースリータ。
クアースリータも男であり女でもある、おんこという性別だが、感情的にはお姉ちゃんだという気持ちが強いようだ。
クアンスティータは、
「だぁだぁ……」
と言って、吟侍の方に手を伸ばそうとする。
産みの両親、ニナ・ルベルと怪物ファーブラ・フィクタがその場を去ってしまったので、代わりの親を求めるように、吟侍を求めたのだ。
吟侍の前世は怪物ファーブラ・フィクタであることから彼から父親と同じ匂いを感じ取ったのだ。
この時、クアンスティータ・セレークトゥースは、母、ニナ・ルベルの代わりとなる女性を求めて、吟侍の恋人、カノン・アナリーゼ・メロディアスの居る惑星アクアに身体を分けて出現させている。
産みの両親が居なくなった代わりの両親として、父の代わりに吟侍、それと母の代わりにカノンを求めたという事になる。
だが、セレークトゥースは全くパワーが減っていないので身体が別れた事は解らなかった。
もっとも、セレークトゥースのパワーは他の存在に全て把握出来る程小さくはないのだが――
しばらくするとまた、元の1つに戻ったので、解った者は誰も居なかった。
セレークトゥース誕生に動揺していてそれを気にしている余裕など全く無かったのだから。
吟侍も全く動揺して居ないと言うとそれは嘘になる。
吟侍の心臓は7番の化獣(ばけもの)ルフォスの核と同化している。
ルフォスの動揺が吟侍の全身を震えさせる。
ルフォスは元々、この最強の化獣(ばけもの)クアンスティータに対する絶対的な恐怖を克服するために吟侍との共存を選んだのだ。
吟侍が平気でもルフォスの怯え方は尋常ではなかった。
ルフォスは常日頃から、クアンスティータに勝ちたいと言っていた。
勝つという事は何らかの勝負をするという事になる。
だが、今はそれどころじゃない。
全く言葉が出ない程、動揺し、怯えている。
それこそ、小動物が、猛獣に怯えるように。
俺様的な気性だったルフォスが子供の様に怯えていて、息を潜めている。
それこそ、自分の存在を消すかのように――黙ったまま何も喋らない。
(ルフォス……ルフォス……どうしたんだ?……ルフォス!)
心の中で吟侍は必死に呼びかけるが、ルフォスは全くの無反応だった。
ルフォスの協力無しでは吟侍の力は極端に落ちる。
如何に超天才的な戦い方をしようと、ルフォスの核が吟侍の心臓を動かさねば彼は動けないのだから――
ルフォスの怯えを直に感じ取った吟侍はある決意をする。
(ルフォス、聞いてくれ……おいらは今までクアンスティータを倒そうと思っていた。聞いていた話じゃ、相当なわるだと思っていたからだ。だけど、よく考えたら、こいつは赤ん坊だ。何も知らない、無邪気な赤ん坊だ。こいつを倒すというのはなんか違う気がする――どうしても挑戦したいというのなら、おいらも協力する。だけど、勝ちは狙うが倒すのとは少し違う。そういう意味で、お前の意見が聞きたい、答えてくれ……)
ルフォスの反応を待つ吟侍だが、ルフォスの反応はない。
恐怖が先に立ち、言葉が出てこないのだ。
他の存在も恐怖を持って接している。
だけど、ルフォスの恐怖は伝わるが、吟侍自身の恐怖はない。
何故か?
それは、クアンスティータに対して少しでも害のある意志を持つかどうかが明暗を分けていた。
恐れたり、利用したり、とにかく、マイナス面でクアンスティータを捕らえようとすると鏡の反射の様に恐怖という感情で帰ってくる。
そんな気がするのだ。
敵意、悪意を持たずに、接すれば、決して怖い存在ではない。
答えの力がそう、告げている。
だから、クアンスティータが誕生する前に、吟侍はクアンスティータに対する敵意をやめた。
誠意を尽くし、礼には礼で答えるかのような接し方をしようと決めていた。
敵意をやめることで、クアンスティータの鏡の反射の恐怖から逃れたのだ。
クアンスティータには挑む――だけど、勝負という形で挑むだけだ。
戦いというよりはむしろ、スポーツ――そんな気持ちでいる。
屈服させよう、倒そうとは思わない。
まともにぶつかっても敵わないのだから。
クアンスティータにどれだけ通じるか、それだけを見てみたい。
吟侍は今、そう思っていた。
スポーツマンシップに乗っ取った様な感じの挑戦者という立場でクアンスティータに接する事で、誠実さを示した。
だから、吟侍には、恐怖という変化は無かった。
吟侍の恋人カノンも愛情を持って接しているため、彼女にも恐怖という変化は起きていない。
吟侍は、クアンスティータの力を直接感知するという事は出来なかったが、それでも、心の底から震えあがるという事は無かった。
怯える者達の多くはクアンスティータの事を絶対悪のように言う。
自分達の安全を脅かす悪い奴――そう捕らえていた。
だが、本当にそうなのか?
ただ、自分達の多かれ少なかれの悪事が通じなくなる――それが怖いだけではないのか?
少なくとも吟侍が知る限りでは、クアンスティータは悪いことはしていない。
産まれていなかったのだから当然だ。
海空の事も含め、クアンスティータに悪意を持つ者はクアンスティータの利権にたかっている存在の悪意により、憎しみを募らせた。
だが、クアンスティータは何もしていない。
こうして見ているだけでも、ただ、無邪気に笑っているだけだ。
後ろ暗い気持ちがある存在が、自身の後ろめたさに触れられたくないがために、クアンスティータという存在を恐怖している――そう、吟侍には見える。
知的生命体はなまじ知識があるから余計な事を考える。
現に動植物などは、クアンスティータに対して、恐怖している感じは受けない。
全く敵わないというのが解っているから、何か関わろうとはしないだろうが、怯えた様子も見られない。
自然体で居ることが、クアンスティータには一番良いことなのかも知れない。
全く何も出来ないかと思ったが、そうでもないと感じた。
(ルフォス……喋らないならそれでも良い、お前の力の主導権をおいらに渡してくれ……試したいことがある……)
吟侍はルフォスに訴える。
返事は相変わらず無い。
が、ルフォスの力の操作権が吟侍に渡った事が伝わってきた。
今ならば、試す事が出来る。
吟侍は答えの力との併用でルフォスの世界の力を使い、取り出したエネルギーをこねくり回す。
攻撃のためではない。
吟侍なりに、クアンスティータ用の離乳食のような物をイメージして作っているのだ。
やがて、それはフワッとした物体になる。
「――食うかな?おいらなりのもてなしだ。とりあえず、誕生おめでとう。クアースリータの分もある」
と声をかける。
クアンスティータを抱いているオルオティーナは、
「それを食せと申すのか?」
と言った。
毒でも仕込んでいるのではないかといういぶかしんだ表情だ。
吟侍は、
「毒なんて入ってねぇよ。正直な気持ちだ。戦うとかその前に、理解し合いたい。そう思っている。おいらは、クアンスティータ達の父親が転生した姿でもあるらしい。人間だけどな。父親は子供に食いもんを渡すもんだ。違うか?」
と言った。
「クアンスティータ様を前に、その肝の据わりよう、見事だな。良かろう信じようではないか。……さぁさ、クアンスティータ様、お口に合いますかどうか……」
「……うまうま……」
「りーたちゃんも!」
「では、クアースリータ殿もどうぞ」
「おいちーっ」
「どうやらお二方ともお喜びになられたご様子。褒美を取らす。何が望みだ?なんなりと申してみよ」
オルオティーナは上機嫌だった。
クアンスティータが喜ぶ事が何よりの喜びになる。
吟侍は、
「クアンスティータへの挑戦権をくれ。おいら達は自分の力を色々と試してみたい」
と言った。
「そういうのを身の程知らずというのだ。クアンスティータ様にかなう訳があるまい」
「かなうかなわないじゃねぇさ。ただ、試して見たい。それだけだ」
「何を試すというのだ?」
「このままでは、クアンスティータは恐怖の象徴のままだ。だけど、クアンスティータの他の可能性を見つけてやりたい。そう思っている。その手助けがしたい。もちろん、クアンスティータ相手に何が出来るかわからねぇ。だけど、やってみてぇ。その許可がもらいてぇ」
「何を訳のわからない事を――と言いたいところだが、お前とカノンという小娘はクアンスティータ様もお認めになられているご様子だ。目に余るようなら止めるが、やりたいというのであれば止めはせぬ。やってみるが良かろう」
「ありがてぇ」
オルオティーナと吟侍は納得したようだ。
そのやりとりを見ていたエカテリーナが
「おい、芦柄 吟侍、お前、何をするつもりだ?」
と声をかける。
強者を求めて常に戦いを愛するエカテリーナを持ってしても、クアンスティータは恐ろしい。
とてもじゃないが、何かを駆け引きするような相手じゃない。
そのクアンスティータを相手に吟侍が何かをしようとしているのが理解出来なかった。
吟侍は、
「わりぃ、ちょっと行ってくるわ……」
と答えた。
エカテリーナは言っている事の意味が解らず、
「行ってくるとは何処にだ?」
と聞くが、吟侍の姿は一瞬にして、消えた。
「あの……エカテリーナさん……」
頼りにしていた吟侍が居なくなり、フェンディナがエカテリーナの方にすり寄って来た。
「吟侍パパが居なくなっちゃった。じゃあ、私もどっか行こうっと」
と言って第一側体クアンスティータ・トルムドアも消えた。
偽クアンスティータ達も自分達の任務に戻ったので、この場には、クアンスティータ・セレークトゥース、クアースリータ、オルオティーナ、フェンディナ、エカテリーナ、陸 海空だけが残っている。
「あ、ああ……あああ……あああああ……」
海空は正気を保つのに精一杯で、何も出来そうもない。
気の弱いフェンディナが心の拠り所にするのはエカテリーナしか居なかったのだ。
エカテリーナもオルオティーナの古い力を得て、強くはなっているが、今のオルオティーナやクアースリータ、そしてクアンスティータには遠く及ばない。
挑めば間違いなく一溜まりもなく、けされるだろう。
取り残されたエカテリーナとフェンディナは心細い気持ちになった。
少しして、ステラ・レーターもやって来たが、彼女が来たからと言って、この状況が変わる訳では無かった。
一体、吟侍はどこに消えたのだろうか?
02 セレークトゥース・ワールド
消えた吟侍はクアンスティータの所有する宇宙世界の1つに来ていた。
セレークトゥース・ワールド――第一本体クアンスティータ・セレークトゥースが所有した宇宙世界だ。
「やっぱりな……」
吟侍はセレークトゥース・ワールドに招待された。
クアンスティータの所有する宇宙世界にはクアンスティータ・パスポートというものを得なければ入ることが出来ない。
だが、クアンスティータ自身に認められれば話は別だ。
許可さえ得られれば、入る事は可能だ。
吟侍はクアンスティータが脅威となっている原因の一つは、クアンスティータの所有する宇宙世界にあると考えていた。
例え、クアンスティータが相手を許しても、クアンスティータの所有する宇宙世界の勢力が許さなければそれは脅威となって帰ってくる。
クアンスティータの所有する宇宙世界の勢力はクアンスティータに対する悪意を許さない。
それこそ、偽クアンスティータ達が可愛く思えるくらいの勢力、もしくはそれを更に遙かに上回る勢力が牙を剥くだろう。
クアンスティータ自身が無邪気な赤子である以上、第一に警戒しなければならないのは、クアンスティータの所有する宇宙世界の勢力だ。
吟侍は答えの力でそれを見ていた。
クアンスティータを知るにはクアンスティータだけを見ていても始まらない。
それを取り巻く多くのものを見ていかないとクアンスティータと向き合った事にはならない。
まずは、セレークトゥース・ワールドがどのような所か見てみようと思い、クアンスティータに認められる様に行動したのだ。
吟侍の思惑通り、セレークトゥースに認められ、まだ、自我がはっきりしていないセレークトゥースの代わりにセレークトゥース・ワールドの方が対応する事になった。
セレークトゥース・ワールドの住民達は言ってみればセレークトゥースの行動の元になる代弁者のようなものだ。
セレークトゥース・ワールドの住民と向き合う事がクアンスティータと関わる事の第一歩と吟侍は考えた。
だが、見たところ、セレークトゥース・ワールドは、クアンスティータ同様にまだ、形作ったばかりという状況だった。
この宇宙世界はこれから何色にも染まっていく。
誠意を持って接すればとても素晴らしい宇宙世界になるだろうし、悪意を持って接すれば絶対的な敵意の宇宙世界へと染まっていくだろう。
つまり、これに上手く関わる事が出来たら、平和的な方向に進むのではないかと思っていた。
吟侍は答えの力でこの宇宙世界の特性を調べた。
答えの力を持ってしても全体を見ることは出来なかったが、僅かに解ったイメージはこの宇宙世界は超巨大なショッピングモールのような所が出来つつあるという事だ。
お店があるという事は何かを売れるという事になる。
試しに店を開いてみるか……そう思った。
だが、吟侍はクアンスティータの宇宙世界の通貨を持っていない。
また、クアンスティータの宇宙世界の中ではルフォスの所有する宇宙世界、ルフォス・ワールドにアクセスする事は出来ない。
となれば、持ち寄る物がない。
売れる物は何も持っていない――いや、たった一つある。
吟侍自身の生体データだ。
自分の生体データを元手に、クアンスティータの宇宙世界で店を出そうと結論づけた。
吟侍は辺りを見回す。
まだ、カオスの様な状況で、店らしいものも不確定、不完全な状態になっている。
が、不完全ながらも店を出している一店舗に目をつけ、そこに向かった。
「いらっちゃいまちぇ……」
たどたどしい言葉で店員らしい存在が出迎える。
「えーっと、この場合、質屋かな?――質屋を探してるんだけど、どこか知らないかな?」
「しちやってなんでちゅか?」
「えーっと、おいら自身のデータを売りたいんだけど、買ってくれるところとか知らないかなって事なんだけど?」
「かう?」
「そう、買う。あ、おいら、芦柄 吟侍ってんだ、よろしく」
「あたちは―――でちゅ」
と店員は答えた。
どうやら、まだ、名前は無いようだ。
それだと、不便なので、吟侍はその子に仮の名前をつける事にした。
「そうだな、名前がないと不便だな、おいらがつけて良いか?うーん、【ぴょこたん】なんてのはどうだ?なんとなく、そんなイメージだ」
普通の人間がそんな名前をつけられたら怒りそうなものだが、店員は気に入ったのか、喜んだ。
どうやら、【ぴょこたん】で良いらしい。
「わたちがかってもいいでちゅよ」
「そうか、じゃあ、ぴょこたん、おいらの生体データを受け取ってくれ。んでもって、【真似っこ吟ちゃん】という商品を作って欲しい、パートナー――えーっと、共同経営者にならないか?」
「よくわからないでちゅがいいでちゅよ」
「決まりだな、よろしく。一緒に店を大きくしていこう」
と言い、吟侍はぴょこたんと握手をした。
ぴょこたんは吟侍から説明を受け、吟侍の生体データをスキャニングして、複製の吟侍をどんどん生産していく。
吟侍ほどの力を持っていれば、複製を作るのは不可能に近いのだが、クアンスティータの所有する宇宙世界ではたまたま見つけた店員がそれを可能にしている。
それだけでもセレークトゥース・ワールドのポテンシャルの極端な高さを物語っていた。
【真似っこ吟ちゃん】の売れ行きは好調で吟侍とぴょこたんの店はあっという間に店が大きくなっていった。
普通、ここまで行くのに時間がかかるものだが、時や空間の概念の外にあるクアンスティータの宇宙世界ではすぐに展開していった。
「ぎんちゃんさん……」
ぴょこたんが吟侍に声をかける。
「なんだ、ぴょこたん?」
「これ、どうぞ、クアンスティータさまからでちゅ」
さすがに、【クアンスティータ】という言葉については幼児語ではないようだ。
クアンスティータを正確に発音出来ないのは失礼に当たるからか、【くあんちゅてぃーた】の様にはならない。
また、商品についても正確な発音になる。
商品を正確に発音出来なければ商売にならないからだろう。
普段の言葉は幼児語だが。
「これは?」
「クアンスティータ・パスポートでちゅ」
突然、渡されたクアンスティータ・パスポートは正直ありがたかった。
このクアンスティータ・パスポートがあれば、セレークトゥースの許可が無くても自由に、セレークトゥース・ワールドに行き来、出来る。
そういう便利なアイテムだ。
これは、正式にセレークトゥースに認められたという事を意味していた。
吟侍は短期間の間に、セレークトゥース・ワールドの住民と交流し、ある程度、顔役となって行った。
吟侍は知識を情報として与え、セレークトゥース・ワールドの住民達は、それを吸収し、色んなものを発売していくという循環サイクルができあがっていた。
それだけじゃなく、吟侍の方も段々とクアンスティータの所有する宇宙世界の事が解ってきた。
交流していく内に、クアンスティータの宇宙世界同士も一部は繋がっていることが解ってきた。
例えば、店舗の多い、宇宙世界であるセレークトゥース・ワールドだが、店頭に出す商品の多くは第三本体、クアンスティータ・レクアーレの所有する事になるレクアーレ・ワールドの工場や卸問屋から仕入れる事になっているらしい。
当然、クアンスティータ・レクアーレが誕生するまで、レクアーレ・ワールドは出現しないし、吟侍が現在、持っているのはセレークトゥース・ワールドのクアンスティータ・パスポートなので、レクアーレ・ワールド用のクアンスティータ・パスポートを手に入れないと工場などには行けない。
それには、更なる交渉が必要だ。
ここへ来て、吟侍は恋人カノンの主張していた交渉というのが如何に大切かを感じるのだった。
彼女は周りに反対されていたが、彼女のやろうとしていることは、吟侍がやっている事よりもある意味、凄いことなのだと思った。
自分には勿体ないくらい良い女性だと吟侍は改めて思った。
そう考えるとカノンに無性に会いたくなった。
彼女は今、どうしているだろうか?
無事だろうか?
ユリシーズ達が守ってくれているはずだから大丈夫だとは思っているが、それでも、心配だった。
だが、今は、クアンスティータと向き合わなければならない。
他の事を考えながらではクアンスティータと正面から向き合う事は出来ない。
だが、カノンの主張は正しかったと知った時、嬉しかった。
戦うだけが全てではない。
中にはこういった楽しみ――店を持ち、売ったり買ったりしたり、工場で生産する商品の事を相談したりすると言った事もクアンスティータと深く関わっていけばあるのだと知った。
ただ、強ければ、クアンスティータに対抗出来るという考え、そのものが間違いだったと知った。
やはり、クアンスティータは絶望の象徴ではないと吟侍は確信する。
ぴょこたんに店の運営の仕方や今後の展開などをレクチャーしてから、吟侍はクアンスティータ・パスポートを使って元の世界、現界(げんかい)に戻るのだった。
また、セレークトゥース・ワールドに戻ってくる事になるかも知れないが、今は、自然のままに、宇宙世界の成長を待とうと思った。
見るだけは十分に見たので、後は、現界に戻り、クアンスティータと向き合う事だと考えた。
吟侍がセレークトゥース・ワールドに行ってから戻ってくるまでの間、現界では1分に満たない時間だった。
03 神や悪魔の動揺
「オッス、今、戻った」
吟侍はあっけらかんとして戻ってきた。
「ぎ、吟侍さぁん、どこに、いらしてたんですか?」
フェンディナが泣きついてきた。
クアンスティータの前にほっとかれて不安だったのだ。
口には出さないが、エカテリーナやステラも同じ気持ちだった。
吟侍が帰ってくるまで、オルオティーナに「しばし、待て」と言われて全く逆らう事が出来なかった。
それこそ、蛇に睨まれた蛙のように。
クアンスティータがクアースリータとじゃれあって遊んでいる所を黙って見ているしかなかった。
これからどうなるんだと不安でしかたがなかったのだ。
「ちょっと野暮用でな、セレークトゥース・ワールドで軽く商売してきた、これ、土産な。
おめぇらのもあるぞ」
と言って、セレークトゥース・ワールドから貰ってきたお菓子を配った。
放心状態の海空や、クアンスティータ・セレークトゥース、クアースリータ、オルオティーナにもだ。
「芦柄 吟侍、貴様、こんな時に何をやって来ているんだ?」
「こんな時だからだよ。おいら、思ったんだ。誰かを倒す事に意味があるのか、どうか?それって割とどうでもいいことじゃねぇかってな。みんなでワイワイ楽しむのもありかなって思ってさ」
「何を言っておる?」
吟侍の言葉にエカテリーナは動揺する。
戦う事が全てであった彼女には理解しがたい感情だからだ。
「まぁまぁ、とりあえずは、この場を何とかしないといけないだろ。ここは、おいらに任せてくれねぇか?」
と吟侍に言われ、エカテリーナは思わず赤面する。
今まで、彼女にとって男とは情けないものだった。
だが、今は、これほど頼もしい存在が目の前に居る。
それが女の身として、嬉しさも感じ始めている。
エカテリーナにとっての初恋――それが今だった。
彼女は吟侍に対して恋している。
だが、恋愛に初な彼女はその感情がなんなのか解らなかった。
今はとにかく、吟侍に従う事が一番だと直感しながらもそれに身を任せるという事の戸惑いがあった。
「任せて大丈夫なのか?」
不安顔のエカテリーナ。
「大丈夫かも知れねぇ――わかんねぇけどな」
とウインクして見せる吟侍。
フェンディナとステラにも手を振って大丈夫だという事を示す。
エカテリーナ、フェンディナ、ステラの三名は明らかに吟侍に対して恋心を持っていた。
ここに、ソナタが居たら、きっと、ヤキモチをやくだろう。
「何かをつかんで来たようじゃな」
とオルオティーナ。
彼女は吟侍の変化を感じ取っていた。
明らかにセレークトゥース・ワールドに行く前の彼と自信の度合いが違っているのを感じていた。
修業や新たなパワーを身につけて来た――そう言ったものとは違う。
全くどうしたら良いのか見えて来なかったものが何となくではあるが、見えて来た。
そんな雰囲気を持っていた。
自信に満ちている――そんな感じだった。
一方、神と悪魔の勢力はクアンスティータ誕生によって右往左往していた。
「どうした?報告は」
「すみません。数値が不明なんです。マイナス数値かと思ったら……」
「生命体である限りマイナス数値になる訳がないだろう。ふざけるな」
「ふざけてなんかいません。い、今は、数値がへのへのもへじ……」
「こんな時に何を言っている。数値しかでないものになぜへのへのもへじが……」
「わ、わかりません。とにかく、何もかもが滅茶苦茶で……」
クアンスティータを測定しようとして、全てが失敗していた。
プラス表示しかされないはずの測定器がマイナス表示になったというのはまだ、良い方で、数字とは全く別の表示になったり、しゃべりかけてくる動画やイラストになったり、まるで、測定器をオモチャにして遊んでいるかのような表示になってパニックになっていた。
とにかく、現界を標準状態に戻そうと必死になっているが、そこにクアンスティータの情報を絡めると全く出鱈目な表示になってしまい、対処出来なかった。
神と悪魔の測定器には神と悪魔の最強戦力の数値も余裕で計れるものとなっている。
それで計れないという事は神と悪魔の最強戦力を持ってしてもクアンスティータには敵わない――その事を指し示していた。
少なくとも神や悪魔のレベルではどうにもならないという事だ。
それどころか、神や悪魔を遙かに超える~上立者(しんじょうりっしゃ)や~超存(しんちょうそん)を持ってしてもダメかも知れないという可能性をも示している。
神や悪魔の測定器で計れないというのは少なくともそれらの存在と同等以上であるという事をも示してもいるのだから。
神話の時代、怪物ファーブラ・フィクタが言い残していた台詞が神と悪魔達を改めて恐怖させる。
自分達では全く敵わない化獣――クアンスティータがついに誕生してしまった。
その絶望感に震え上がる。
知ろうとすればするほど、よく解らない答えが噴き出してくる。
対処のとりようがない。
次から次へと出てくる問題に完全にお手上げ状態だった。
これは吟侍の様に敵意を持たなければ解決する事ではあるのだが、残念ながら、神も悪魔もその答えにはたどり着いていなかった。
神や悪魔の動揺に反するように、吟侍だけはいたって冷静だった。
落ち着いている。
平静を保っている。
「クアンスティータ……いや、セレークトゥースと呼んだ方がいいのかな?おいらに見せてくれねぇかな?……あれは、何に見える?」
と言ってクアンスティータに話しかける。
エカテリーナ達は吟侍が何をしようとしているのか全く見えていない。
吟侍は生物の全く存在しない星を指して、クアンスティータに聞いていた。
それが何を意味するのか?
それは――
04 クアンスティータに挑む資格
セレークトゥースがその星を見ると、その星は小さなボールに変わった。
てんてんてん……と、まるで、そこが、空気のある星の地面の上で、跳ねて向かってくるように小さなボールはセレークトゥースの元に来て、手に収まった。
遠近感なども全くの出鱈目――エカテリーナ達は何が起こっているのか全然、解らない。
吟侍は、
「……すげぇな、これがセレークトゥースの代表的な力か……」
と感心した。
オルオティーナは、
「……知っておったのか、それは、セレークトゥース様のお力の一つ、【ミステイク・フィルタ】だ」
と言った。
「わかっちゃいたけど、実際に見てみるまで、半信半疑だったさ。ほんとにこうなっちまうんだな」
吟侍は驚かない。
この現象についてあらかじめ解っていたようだ。
そう――この力は吟侍がセレークトゥースにあえて使って貰ったものなのだ。
この力の事を解っていなければ、あんな、聞き方はしない。
クアンスティータという化獣――
たくさんの勢力を持っているという事も最強であるという事の理由の一つであるが、それ以外にも無数の特別な力を持っている事も最強たらしめている事である。
特に、クアンスティータの本体はそれぞれ、1つ以上の代表的な特別な力を持っている。
第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの場合、この【ミステイク・フィルタ】こそが、代表的な力となる。
では、【ミステイク・フィルタ】とはどのような力なのか?
それは勘違いの力である。
セレークトゥースが信じた通りの状態になるという力だ。
例えば月がボールに見えたら、月はボールとなって手元にやってくる。
月は消滅し、代わりにボールが現れる。
ミサイルが鉛筆に見えたら鉛筆に――
レーザー光線が紐に見えたら紐に――
超新星爆発が花火に見えたら花火に――
それぞれ、変わっていく。
例え嘘をつかれてもその嘘が本当になる。
悪人が自分がいい人だと言って近づいて来たら、強制的に身も心も善人に変わる。
それだけ、絶対的な強制力を持っている力なのだ。
その勘違いの前には、全く違う元素だろうがなんだろうが、強制的に変わってしまう。
そういう無茶苦茶な力だった。
クアンスティータの知らないものは全てうやむやにもなるから、策も労せない。
この力により、数多の策を準備してきた1番の化獣、ティアグラの策は全てうやむやとなった。
ティアグラ自身は狼狽え、何が起きたのか解らないまま、自身の所有する宇宙世界、ティアグラ・ワールドに逃げ去る事になっていた。
こんな力とはまともにぶつかれない。
もちろん、これは、第一本体だけの特殊な力だ。
第二本体以降もそれに匹敵、もしくはそれを超える特別な力を持っている。
吟侍はステラ達から聞かされていた力が本当の事だという事を確認した。
知れば知るほどとてつもない存在だ。
未来の世界の勢力、新風ネオ・エスク達が全滅させられかけていた第五本体、クアンスティータ・リステミュウムは、【謎の力】という更にとんでもない力を有していると言う。
ステラ達はこのリステミュウムと戦う事を吟侍に期待して来ている。
いくら吟侍でも全てのクアンスティータを敵に回したらどうしようもない。
味方に出来るクアンスティータが居るのであれば味方にしたい――そう考えている。
吟侍は【ミステイク・フィルタ】を、答えの力で理解しようとしたが、理解出来なかった。
全くわからない次元の力としか解らなかった。
クアースリータであれば、何とかなるかも知れないとは思えるが、クアンスティータ相手では全くそう思えない。
それが正直な感想だった。
だが、クアンスティータの力を直接、確認出来た――それがなによりの収穫でもあった。
吟侍はルフォスとティアグラにテストされた時の事を思い出した。
あの時は、瞬間移動のテストだった。
瞬間移動に見える状況を一万回繰り返したルフォス。
吟侍はティアグラにその回数を求められた。
普通であれば見えたとしても一万回と答えるだろう。
だが、吟侍は18回と答えた。
それ以外は、瞬間移動に見せかけたフェイクだったからだ。
位相空間を取り替えたり、ダミーを作り出したり、とにかく、瞬間移動に見えてそうでないものが多かった。
吟侍は正解し、クアンスティータへの挑戦権を得た。
このテストには意味がある。
それはクアンスティータの力についてだ。
正確に力の違いを見極める力が無ければ、クアンスティータの力は全てただ、不思議な力と映るだろう。
だが、本当は違う。
全く違う力をたくさん、クアンスティータは有しているのだ。
その違いさえ解らないような存在はクアンスティータに挑む資格は無い。
吟侍は瞬間移動の回数を正確に言い当てた事により、その資格を得たのだ。
05 再びセレークトゥース・ワールドへ
吟侍は、この場を納める手段を考える。
戦って回避する――あり得ない。
そんな事をすれば、吟侍達は誰も生き残れない。
たちまち、全滅するだろう。
全滅だけで済めば良いが、下手すると全滅する以上の状態になるかもしれない。
そんなのは全く得策ではない。
では、どうするか?
吟侍達はどのような行動をするにしろ、状況を立て直す必要がある。
仲間内で相談して、意見をまとめる必要がある。
だから、この場をどうしのぐかが大事だった。
【答えの力】で回答を探す。
だが、答えは既に出ているという結論が出た。
出した吟侍自身もその答えの意味が解らない。
その時、
「お前達も色々、相談する事があるのだろう。クアンスティータ様も下々の者達へのご挨拶がある。今はお前達とどうこうしているつもりはない。退くというのであれば、止めはせぬぞ」
とオルオティーナが申し出てくれた。
怪物ファーブラ・フィクタはこの宇宙世界を破壊しかねないような勢いだったから、焦っていたが、このオルオティーナという女性は少しは話がわかるのではないか?
吟侍はそう思った。
「そいつは助かる。おいらとしてもどう、この場をおさめようかと思っていたところだ。見逃してもらえるなら、遠慮無く甘えてぇ」
「見逃す?何か企んでおるのか?」
「企んでねぇよ。何もかもこれから相談して決める。今はまっさらだ。何もしねぇ」
「……まぁよいか。何をしようがクアンスティータ様に害なすようであれば、このオルオティーナが容赦せん。それだけは肝に銘じておけ」
「……謹んで……」
「……もう、よい、行け……」
「またな、クアンスティータ。今度はもっと遊ぼうな。おっと、クアースリータもな」
「あうぅ……」
とクアンスティータ。
「ばいばぁーい」
とクアースリータ。
クアンスティータとクアースリータが喜んで解放するのであれば、オルオティーナに反対する気持ちはない。
吟侍達はその場を一旦離れる事にした。
恐らく、どんなに離れようと、悪意のある事はオルオティーナ達に筒抜けだろうが、今は何より、エカテリーナ達が、この場を離れたという意識を持たせるのが一番だと思った吟侍はそうしたのだ。
「いやぁ〜何とかなったな〜」
吟侍はにこっと笑いながら言った。
「何とかなったではない、妾は肝を冷やしたわ」
「私もよ」
「私もです、吟侍さん」
ホッとしたのか、エカテリーナ、ステラ、フェンディナは矢継ぎ早に、吟侍に対して質問した。
どうやって助かったのか、いまいち解らなかったからだ。
吟侍はなるべく解りやすいように説明した。
とにかく、クアンスティータに対して、悪意や敵意はタブーであるという事。
誠実な行動をして、許可を得られれば、そんなに怖い存在でもないという事をゆっくりと説明した。
説明されたが俄には信じられないエカテリーナ達だった。
だが、信じようが信じまいがあの絶体絶命的な状況から逃げ帰れたのも事実。
「おい、海空、しっかりしろ……大丈夫か?」
海空を気遣う吟侍。
クアンスティータに敵意を向けていた海空は放心状態のままだ。
そのまま、連れてきたが、オルオティーナに消すまでもないと思われていなければ海空はこの場には居なかっただろう。
それは、クアンスティータの誕生を余計な血で穢したくなかったというオルオティーナの配慮もあったのだろう。
なんにせよ、最悪の形という結果は回避出来た。
吟侍達は、そのままゆっくり、ソナタ達の待つ宇宙ステーションまで進むのだった。
この後の行動をどうするかの話合いにソナタも参加させないと彼女が怒るだろうと考えたからだ。
出迎えたソナタ達。
「吟侍、どうしちゃったのよ?」
早速、ソナタが質問した。
吟侍は、エカテリーナ達に話した事をもう一度説明した。
ソナタ達の場合はクアンスティータ誕生も解っていなかったので、更に詳しく説明することになった。
同じ事を二度、説明していく内に、吟侍の頭の方も整理されて来て、これからの方針が見えてきた。
「みんな、聞いてくれ。おいらは、もう一度、セレークトゥース・ワールドに行ってこようと思う」
と宣言する。
ソナタは、
「せっかく生きて帰ってきたのに、あんた、何言ってんのよ、相手はクアンスティータなのよ。他の奴とは全然、違うのよ」
「解ってるよ、おそなちゃん。だからだよ。クアンスティータは何もかもが特別だという事がわかった。わかったからこそ、このままには出来ねぇ。もっとやるべき事が有るはずだ。おいらはやりきったつもりでいたけど、まだ全然足りてねぇ。おいらがやるべきことはクアンスティータの教育係……そんなもんになることだ。あの子が正しい方向に動いて行けるように道を指し示す。それがおいらがやるべき事――そう思ってる」
「教育係って、オルオティーナってのが居るんでしょ?だったら、必要ないじゃない」
「いや、オルオティーナは乳母だって言っていた。教育係じゃねぇ。むしろ甘やかすんじゃねぇか?子供が悪いことをしたら叱ってやる大人が必要だ。正しく導いてやる親が必要だ。悪いが怪物ファーブラ・フィクタの奴にはそれは任せられねぇ。あいつはおいらの前世ってのが恥ずかしいくらい、道を見誤っている。だったら、おいらがやるしかいねぇ」
「クアンスティータを叱るって何、言ってんのよ、そんなの命がいくつあったって足りないじゃ……」
「言ったろ、誠実に接すればクアンスティータは怖くねぇって……だから、大丈夫だ。曲がったことはしねぇ。ただ、まっすぐぶつかっていく。子育てってのは命がけだ。それが、人間の子供か、クアンスティータかって違いだけだ。なんも変わらねぇさ」
「人間の子供と一緒にしないでよ」
「一緒さ。あの子も親を求めていた。まだ、赤ちゃんなんだよ」
「そんなこと言ったって……」
「とは言っても、おいらに子育てなんてのはよくわからねぇ。クアンスティータには双子のクアースリータってのもいるし、おいらだけの手には余ると思う。誰か協力してくれると助かるんだけど、やっぱ、無理かな……」
吟侍のその言葉に女性陣が自分がやるという表情を見せる。
だけど、他の女性を気遣ってか、なかなか、自分がとは言い出せない。
そんな時、
「やっぱ、お花ちゃんにお願いするのが……」
と吟侍は言った。
【お花ちゃん】とは吟侍の恋人カノンの愛称だ。
その瞬間、
「私が……」、「私が……」と女性陣が手を挙げだした。
この場に居ないカノンに対するライバル心からだろう。
吟侍にはカノンという恋人が居るというのが解っていても、やはり、彼の隣には自分が居たいという気持ちの方が打ち勝った。
「あ、あんまり大勢で行っても……」
と吟侍は思わず、気圧された感じで言ったが、女性陣達は自分が行くと言って聞かなかった。
放心状態の海空をひとまず、安全な所に保護した後、吟侍と女性陣達による、セレークトゥース・ワールドでの冒険をするという事で意見はまとまった。
吟侍の持っているクアンスティータ・パスポートがあれば、吟侍と行動を共にしている限り、女性陣達もセレークトゥース・ワールドに行くことが可能だが、下心のある女性陣達では不安が残る。
恋愛感情に鈍い吟侍はその事に気づかなかった。
続く。
登場キャラクター説明
001 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)
ウェントス編の主人公であり、ファーブラ・フィクタのメイン主人公。
子供の頃、故郷、セカンド・アースを襲った絶対者・アブソルーター達を追い払った事から英雄と呼ばれる。
その時、心臓を貫かれるが、七番の化獣(ばけもの)ルフォスの核でそれを補い、以降、ルフォスの力を使える様になる。
勇者としての格は他の冒険者達より上だが、それだけに、他のメンバーより、強い敵を引きつける。
創作バトルを得意としていて、攻撃方法のバリエーションはやたら多い。
敵からすると最も厄介な勇者である。
ウェントスでの救出チームに参加する。
【答えの力】を身につけ、ティアグラに殺される未来も回避出来た。
002 ルフォス
吟侍(ぎんじ)の心臓となった七番の化獣(ばけもの)。
ネズミに近い容姿をしていて、最強の化獣である十三番、クアンスティータを異常に恐れていて、その恐怖に打ち勝つために、最も勇気を示した吟侍と命を同化する道を選んだ。
ルフォス・ワールドという異世界をまるまる一つ所有していて、その世界のものは全て彼の戦力である。
異世界には修行するスペースもあり、冒険者達の修行場として提供していた。
異世界にある三つの核、マインドコア(心核)、スキルコア(技核)、ボディーコア(体核)を合わせる事により、新しい怪物等を生み出す事も出来る。
ルフォス・ワールドはそれ以外にもロスト・ワールドという既に失われた世界をいくつも圧縮保存してある。
ルフォス・ワールドには大物が隠れ住んでいる。
クアンスティータ誕生により完全に萎縮してしまっている。
003 ソナタ・リズム・メロディアス
ウェントス編のヒロインの一人。
吟侍(ぎんじ)の恋人、カノンの双子の姉であり、共に行けない彼女の代わりに吟侍と共にウェントスの救出チームに参加した。
吟侍の事が好きだが隠している。
メロディアス王家の第六王女でもある。
王家最強術であるCV4という特殊能力を使う。
CV4は4つの声霊、ソプラノ、アルト、テノール、バスを器に入れる事により、特殊な能力を持ったキャラクターゴーレムとして操る能力である。
力不足を指摘されていたが、ルフォスの世界のウィンディス、ガラバート・バラガの助力により極端な力を得ることになる。
第一段階として、女悪空魔(めあくま)マーシモの力の覚醒、第二段階として、全能者オムニーアの外宇宙へのアクセスという力を得ることになる。
今回は吟侍の帰りを宇宙ステーションで待っている。
004 フェンディナ・マカフシギ
3名の姉(ロ・レリラル、ジェンヌ、ナシェル)達と別れて一人旅をしていた全能者オムニーアの少女。
戦闘向きではない大人しい性格だが、自身のポテンシャルは姉たちをも遙かにしのぐ。
また、そのポテンシャルの高さ故に脳に10番の化獣(ばけもの)ティルウムスを宿す事になる。
心臓に7番の化獣ルフォスを宿すという吟侍を探していた。
吟侍にティルウムス以外の何か秘密があると思われている。
潜在している力が覚醒すれば、偽クアンスティータよりも上回ると推測されている。
脳を支配している筈のティルウムスが、すぐ下の両方の瞳より下を異常に警戒している。
クアンスティータ誕生のショックで自身に秘めていた力が一気に解放されて、ショック状態になっていて、必要以上に怯えている。
005 エカテリーナ・シヌィルコ
風の惑星ウェントスに君臨している絶対者アブソルーターの一人。
2番の化獣(ばけもの)フリーアローラをその子宮に宿しているため、アブソルーターの中では最強と呼ばれている。
戦闘狂であり、奴隷達の支配よりも強い相手との戦いを求める。
突然のトラブルで出会った吟侍の事を気に入った。
切り札としていた力がオルオティーナという存在だという事が解り、彼女の古き力を得て、極端なスキルアップを果たす。
それでも、クアンスティータには遠く及ばず、萎縮してしまっている。
初めて男性(吟侍)を頼りになると思い、自身に芽生えた恋心に動揺している。
006 ステラ・レーター
未来の世界において、最強の化獣(ばけもの)クアンスティータと戦いを繰り広げて来た組織、新風ネオ・エスクの一員。
新風ネオ・エスクは大きく分けて三つの組織があり、レッド・フューチャー、グリーン・フューチャー、ブルー・フューチャーに別れる。
ステラはグリーン・フューチャーの一員で、かかしという超兵器を使う。
また、若くして亡くなった依良 双葉(いら ふたば)という吟侍の幼馴染みの生まれ変わりでもある。
力不足から、フェンディナやエカテリーナより、一歩遅れて戦線に出てくることになったが、役に立てなかった。
007 陸 海空(りく かいくう)
吟侍達が冒険の途中で会った謎の僧侶風の男性。
王杯大会エカテリーナ枠に出場出来る程の技量を持ちながら、勘が鋭い筈の吟侍にすらその力を悟らせなかった程の実力者。
気さくな性格のようだが、実際にはどうなのかは不明。
別の場所では鬼と呼ばれていた。
自己封印(じこふういん)という自分に、かける封印を幾重にもしている。
それは、クアンスティータ対策でもある。
封印術を得意とする。
クアンスティータの誕生で自身の復讐を果たそうとするも、そのあまりにも膨大な力にあてられ、放心状態となる。
008 ニナ・ルベル
空気のないところでも通る声、テレパス・ヴォイス、数千種類に及ぶ声質変化、1億オクターブを超える音階等の特徴を持つ宇宙のトップアイドル。
が、正体はニナ・ルベルというクアンスティータを産む運命にある女性。
いくつもの芸名を持っている。
アレマという芸名を現在使っている。
第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの出産で体力を使い果たし、安全な別次元へと夫、怪物ファーブラ・フィクタの手により送られる。
009 怪物ファーブラ・フィクタ
暗躍する神話の時代から生きる男。
最強の化獣(ばけもの)クアンスティータの父でもあり、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)の前世でもある。
目的通り、第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースをニナ・ルベルに産ませる事に成功し、第二本体、クアンスティータ・ルーミスを産ませるために、ニナ・カエルレウスの元に去っていった。
010 クアースリータ
ついに誕生した12番の化獣(ばけもの)。
クアンスティータを恐れる存在が集まって出来たロスト・ネット・ワールドという宇宙世界を持つ。
何でも特別な状態にするという力を持つ。
その力の強大さは、誕生時に、最強の化獣クアンスティータが誕生したと勘違いされる程のもの。
(第一本体)クアンスティータ・セレークトゥースの双子の姉であり兄でもある存在。
性別はおんこというものになる。
生まれたばかりで知識を得るなど、頭の回転は恐ろしく速いが、性格はてきとう。
時空重震(じくうちょうしん)という時空間で起きる地震を引き起こし、重震度(ちょうしんど)はそれまでの記録を大きく上回る9・7を記録する。
これは、震源地に当たる震源流点(しんげんりゅうてん)近くでは存在が存在を維持できず、分解と再生を繰り返す状態になってしまうほど巨大なものになる。
妹であり弟でもあるクアンスティータ・セレークトゥースが誕生したのを素直に喜んだ。
性別はおんこだが、クアンスティータに対し、お姉さんぶっている。
011 クアンスティータ・トルムドア
第一本体クアンスティータ・セレークトゥースの従属である第一側体。
本体であるセレークトゥースよりも先に誕生していた。
(誕生というよりは突然、出現した状態)
カノン・アナリーゼ・メロディアス第七皇女の生体データをスキャニングして、その生体情報を他のクアンスティータに送ったクアンスティータでもある。
直接、生体データを取ったため、最もカノンに容姿が似ている。
トルムドア・ワールドという宇宙世界を一つ所有している。
その力は、怪物ファーブラ・フィクタ、クアースリータ、吟侍、フェンディナの動きをいっぺんに止める程、大きい。
側体でも他の存在を圧倒する程、強大な力を持っている。
千角尾(せんかくび)や背花変(はいかへん)のように、クアンスティータである特徴を持っている。
カノンからの影響を強く受けていて、吟侍に対してイチャイチャしたいという気持ちが強くある。
基本的には男でも女でもないおんこという性別だが、カノンから受けている影響が強いため、どちらかというと女性よりである。
012 クアンスティータ・セレークトゥース
ついに誕生したラスボス、クアンスティータの第一本体。
セレークトゥース・ワールドという宇宙世界をまるまる一つ所有している。
【ミステイク・フィルタ】という代表的な特別な力を持ち、それは、勘違いの力と呼ばれ、セレークトゥースが都合良く勘違いしたものに事柄が変わってしまう。
セレークトゥースが認識出来ない事はうやむやにしてしまうという部分もあり、それにより、1番の化獣ティアグラの策はいっぺんに全て無効になってしまう程。
無邪気で人懐っこい性格をしているが、少しでも後ろ暗い行動を取る者には、鏡の反射の様に絶対的な恐怖という形で跳ね返ってくる。
悪意を持たない、もしくは自然体でいるものには影響が無く、吟侍は敵意を無くし、クアンスティータの恐怖を逃れる事に成功している。
現在は自我も確立されていない状態。
013 オルオティーナ
クアンスティータの乳母であり、産婆の役目も果たす、謎の女性。
エカテリーナが身につけた力の中に身を潜めていたが、クアンスティータ誕生と共に真の力を解放させ、表舞台に出てきた。
怪物ファーブラ・フィクタとは神話の時代からの顔なじみである。
クアンスティータには従うが、父、怪物ファーブラ・フィクタに従うという姿勢ではない。
二の腕と太ももの四カ所に袋を持っていて、その袋から色んなものを取り出せる。
その力は未知数だが、相当な力を持っている。
一人称はエカテリーナと同じ【妾】。
クアンスティータに身も心も従っており、クアンスティータを喜ばせる事が史上の喜びとする存在。
014 ぴょこたん
吟侍が、第一本体クアンスティータ・セレークトゥースの所有する宇宙世界、セレークトゥース・ワールドで初めて会った存在。
店の開店準備をしている事から、吟侍が自身の生体データを担保に【真似っこ吟ちゃん】の商品化を持ちかける。
吟侍が適当に選んだ相手なのだが、それでも吟侍のコピーを作り出せる程のポテンシャルを示す。
名前はまだ、無かったが、吟侍がその雰囲気から【ぴょこたん】と命名した。
吟侍の事を【ぎんちゃんさん】と呼ぶ。
幼児語【〜でちゅ】とかで話すが、クアンスティータや商品名の発音はしっかりしている。
吟侍とは共同経営者という立場になった。