第005話 第三側体 クアンスティータ・ファムトゥ編
01 カノン達の足跡
カノン・アナリーゼ・メロディアスは、現在、仲間達とはぐれ、第一側体クアンスティータ・トルムドアが所有する宇宙世界トルムドア・ワールドに来ている。
元々は、さらわれた友人達を救うため、惑星アクアで救出活動をしていたが、トルムドアに気に入られ、トルムドア・ワールドへと一人、招かれた。
仲間達――シアン・マゼンタ・イエローやパスト・フューチャー、七英雄達には、トルムドア・ワールドで提供されたハーフバーチャルボディ【クァノン】という存在を通して、無事だという事は知らせている。
友人達の救出活動は仲間達に任せて、カノンは側体達の意志の統一を目指すべく、トルムドア・ワールドに点在する各側体との【コンタクト・ポイント】を目指す事にした。
【クァノン】に【オーケストラコーラスダンサロイド】や【ミューズ・アニマル】を連れてきてもらったカノンはトルムドアに命を与えられた狸のぬいぐるみ、【まめぽん】も連れだってトルムドアとの【コンタクト・ポイント】を目指す。
途中で現界(げんかい)という宇宙世界の裏の歴史から来たという吟遊詩人の少女、【沖椰子 ゆのあ(おきやし ゆのあ)】と知り合い、意気投合し、共に【コンタクト・ポイント】を目指すようになる。
【コンタクト・ポイント】にあるトルムドアの巨大胸像との交渉に成功した彼女達は、次なる交渉相手、第二側体クアンスティータ・ソリイントゥスの巨大胸像との交渉に挑む事になった。
様々な体験をし、変わり者だというソリイントゥスの巨大胸像との交渉もまた成功し、【ミューズ・アニマル ピア】に獣人の姿になる変身能力を付与してもらった。
ソリイントゥスとの交渉にも成功したカノン達は次の交渉相手、第三側体クアンスティータ・ファムトゥの事について知っている事を教えてもらうが、ファムトゥはいわゆる戦闘狂であり、拳でものを語るタイプだと言われ不安を持った。
不安だらけだが、次なる目的地を目指し、ファムトゥのエリアに入るのだった。
02 カメレオン世界
カノン達はファムトゥのエリアを進んでいた。
まずは、お約束の情報収集からだ。
このエリアの事を知らなければ話は進まない。
戦いをふっかけられるのではないかと内心ビクビクしながらカノン達はコンサートを開いたり、発明品などを売りながらファムトゥのエリアの人々に接触を試みる。
会う人、会う人、勝負を挑まれるかと少し警戒していたが、そんな事はなく、一般人は普通だった。
だが、エリアは普通ではなかった。
住民達の話だと、このファムトゥのエリアは余所のエリアからは【カメレオン世界】と呼ばれているらしい。
【カメレオン世界】とはどういう事なのか?
それは別名【三色世界(さんしょくせかい)】とも呼ばれ、このエリアは全く同じ位相空間(いそうくうかん)に3つの視点座標(してんざひょう)があるというのだ。
どういう事かと言えば、全く同じ場所に居ながらある視点ではA氏が別の視点ではB氏がさらに別の視点ではC氏が存在することもある。
それらの存在は現界で言えば表歴史と裏歴史の関係のように接点がない。
視点を変える事によってA氏が出現したり、B氏が出現したり、C氏が出現したりするエリアなのだ。
バトルが一般化しているこのエリアにおいてはそれを回避する方法の一つとして、位相空間の視点座標を変えるという方法がある。
これを変える事によって、例えばA氏と戦いたくなかったら、B氏やC氏が見える視点座標に変えればA氏とは基本的に会うことはないというものだ。
ファムトゥ・ワールドでは、【七色世界(ななしょくせかい)】と呼ばれ、位相空間の視点座標は七つ存在する。
ファムトゥのエリアはその小型版なので【三色世界】の3つの視点という形を取っているのだ。
一見、関係ない事にも思えるが、考えようによっては、苦手な対戦相手との戦いを避ける方法としては有効であると言えるだろう。
この視点変更はファムトゥのエリアに入ればほとんどの存在が感覚的に出来るらしい。
試しに、カノンと【ゆのあ】は視点を変えてみた。
すると、カノンと【ゆのあ】の姿はお互いが出たり消えたりした。
三色なので、【赤色世界】、【青色世界】、【黄色世界】で区別されていて、カノン達が入った時は【赤色世界】だった。
カノンと【ゆのあ】の姿が消えたりしたのは、【赤色世界】だった場合、相手が【青色世界】か【黄色世界】に視点変更したり、【青色世界】だった場合、相手が【赤色世界】か【黄色世界】に視点変更したり、【黄色世界】だった場合、相手が【赤色世界】か【青色世界】に視点変更していたという事である。
つまり、視点を同じ色に設定すれば、相手の姿が見えるようになり、視点を別の色に設定することによって相手の姿が消えるというものだ。
感覚的に出来るのでコツとかそういうのは関係なかった。
カノンも【ゆのあ】もやればそれは普通に出来るのだ。
この特徴はトルムドア・ワールド内については、ファムトゥのエリアだけの特徴となる。
という様にエリアに入ってすぐに、特別な事を知ったことになった。
だが、基本的にはまだ体験と呼べる体験はそれくらいしかしていない。
何かあるのはこれからだ。
03 発明大会
カノン達は情報をファムトゥのエリアで集め続けた。
すると、少しずつこのエリアの特徴がわかってきた。
ファムトゥは第三本体クアンスティータ・レクアーレの従属でもあるので、レクアーレ・ワールドの特徴も僅かながらこのエリアにも反映されているようだ。
レクアーレは物作りのクアンスティータと呼ばれる本体だ。
第一本体クアンスティータ・セレークトゥースの所有する宇宙世界、セレークトゥース・ワールドにあるショップエリアで売られている品物の卸問屋や工場などがあるのがレクアーレ・ワールドとなる。
他にも商品を作るというだけでなく発明も行われている。
ファムトゥのエリアでも小規模ながら、発明を発表する発明大会というのが開かれているのだ。
バトルと言われても正直、どう対応したら良いのかわからないので、カノンはまずは、得意分野の一つでもある発明から触れてみようと思った。
【ゆのあ】にも納得してもらい、カノン達は【発明大会】に参加する事にした。
出来る事から始めるという事でだ。
現在、ファムトゥのエリアで行われている【発明大会】は数十万大会ある。
それぞれ、【発明】のテーマがあり、それに沿った大会となっている。
数ある大会からカノンが選んだ【発明】のテーマは、【覆水盆に返らず】だ。
意味にある【一度起きてしまった事は決して元に戻す事は出来ない】という事を覆す(くつがえす)【発明】を求めるというものだ。
元に戻らないものを戻せるという【発明】であれば、他のテーマは何でも良いというものだ。
普通に考えれば、【不可能】な事だったが、カノンには【クアンスティータ学】もある。
【クアンスティータ学】とは、クアンスティータを研究する学問であり、それ故に、【不可能】を【可能】に変える知識もまた存在するのだ。
【クアンスティータ学】は正確には、クアンスティータの力ではなく、クアンスティータを知るための学問だ。
なので、クアンスティータの所有する宇宙世界に居る存在が使う事の無い学問でもある。
そのため、このエリアの存在が考えもしなかったアイディアがカノンにはあるのだ。
カノンは持ってきている彼女の名前から名付けられた特殊な金属、【カノニウム】を取り出した。
この【カノニウム】を使って、新たな発明をしようと言うのだ。
だが、単純にすぐに思いつく訳では無い。
【不可能】を【可能】にするのだから、そんなに簡単に思いつく訳が無い。
こういう時はカノンは頭の中にある単語の引き出しをひっくり返す。
ひっくり返して混ぜる。
混ぜて、混ぜて、混ぜ捏ねて、別の要素と別の要素を組み合わせて想像する。
違う。
違う。
違う。
違う。
これも違う。
あれも違う。
別の可能性を探そう。
違う。
違う。
違う。
違う。
やっぱり違う。
これもだめ。
角度を変えて考えよう。
あれも駄目。
これも駄目。
それも駄目。
どれなら良い?
頭を知恵熱が出るほどフル回転させる。
違う。
違う。
これも違う。
これはどう?
いや、だめだ。
あれはどう?
これもだめだ。
それはどう?
だめだ。
だめだ。
だめだ。
なにも思いつかない。
気分を変えよう。
違う。
違う。
違う。
違う。
これも違う……。
カノンはひたすら長い時間考えた。
いろんな可能性を試しては失敗し、角度を変えて考えてまた失敗を繰り返した。
時には気分を変えて歌ったり、踊ったりもした。
いろんな人達と話し、新しい発想を吸収したりもした。
これだと思う事があったら、実験して、形を試した。
失敗。
失敗。
失敗。
失敗の連続。
これもだめ。
あれも駄目。
それもダメ。
なかなか成功しない。
それでも諦めない。
という試行錯誤をひたすら続けて行った。
そして、実際にはトルムドアの時間で2週間くらいだが、カノン本人の感覚的にはどれくらいかかったかわからなくなるほど考えて、一つの大きな発明をした。
カノンが発明したのは、【保留液(ほりゅうえき)】と言う。
これはこの液体を振りかけることによって、振り返られた物体がもしも壊れた時に、その物体の時を戻し文字通り【覆水盆に返らず】ではなく、【腹水盆に返す】状態を作るというものだ。
この【保留液】は限定条件がつき、このファムトゥのエリアでしか効果がないという事と、対象となる無機物が80パーセント有機物が65パーセントの成功率という不完全なものだが、彼女が参加した大会で優勝をもぎ取るくらいの【発明】にはなった。
それを見ていた【ゆのあ】は、
「カノンさん、本当に凄いね、あなた……」
とあっけにとられていた。
余りにも凄い発明だったので驚いたのだ。
カノンは、
「これは未完成で、ファムトゥのエリアの【三色世界】という条件の下で無ければ成功しないんだ。三色より数の多いの世界になってもダメだし、未満でもダメ。【三色世界】だけに通じるという限定的なものなんだけどね。このエリアを出たら全く意味の無いものになるわ」
とやはり謙遜した。
自分の発明に納得いっていないようだ。
【ゆのあ】は、
「それでも凄いよ。普通、思いつかないもん、そんなの」
と言った。
カノンは、
「ありがとう。うれしいわ」
とお礼を言った。
――と、ここまでは、カノンの得意分野でもあったので問題なく進んだ。
これからは違う。
このファムトゥのエリアではカノン達が苦手とする【バトル】の視点で見ていかなければならないのだ。
ここからが正念場の一つと言えるだろう。
カノン達は戦う事も覚悟して次に進むのだった。
04 鉱物巨兵(こうぶつきょへい)
カノン達はファムトゥのエリアでは一般的になっている【バトル】についての情報を集める事にした。
地球には【運命の赤い糸】という将来、結ばれる相手との間につながっている見えない糸があるという話があるが、ファムトゥのエリアでは【宿命の紅い糸】というものがあり、これは将来的に戦う運命にある血で出来た見えない紅い糸があるという話があった。
しかも言い伝えではなく、実際にあるというのだ。
【運命の紅い糸】が添い遂げる相手なのに対し、【宿命の紅い糸】は生死を賭けた戦いをする者同士を表現している。
この事からもこのファムトゥのエリアはかなり、好戦的なエリアと言えるだろう。
もちろん、戦う相手と言っても存在事にその強さに強弱があるだろう。
弱者は強者との戦いが宿命づけられている場合、ただ、殺されるのを待つだけなのか?
いや、それは違った。
弱者は弱者なりに強者との戦いに備えて準備出来るものがいろいろとあった。
その最たるものが【鉱物巨兵(こうぶつきょへい)】と呼ばれるものだ。
これは鉱物で出来たロボットの様なものと答えるのが最も近い回答であると言えるだろう。
正確にはロボットではなく、ファムトゥのエリアに存在する特殊な鉱物の効果で動くものなのだが。
化獣(ばけもの)の勢力の中でその巨体で有名なのはなんと言っても4番の化獣クルムレピタークの所有する巨大生物兵器、【巨獣徒(きょじゅうと)】であり、もっとも数が多いとされるゴブリックは大体4、50メートルくらいの体長があるとされている。
【鉱物巨兵】もそれと同等の大きさから倍の100メートルくらいの大きさまであると言う。
【バトル】は正式な【死合い(しあい)】として行われ、弱者が強者と戦う場合、この【鉱物巨兵】を操縦して戦う事も認められているという。
ファムトゥのエリアでの弱者とは普通に暮らしている住民達の事を指し、強者とは何らかの力を持った存在を指す。
つまり、一般人もまた、【バトル】をする場合もあるという事だ。
聞いて見ると一般人も基本的には【バトル】を恐れていない。
それよりも雌雄を決する神聖なものだととらえている者の方が多かった。
――そう、ファムトゥのエリアにおいての【バトル】とは野蛮なものではなく、聖なる儀式としてとらえられているのだ。
郷に入っては郷に従え――カノン達もファムトゥのエリアにとっては神聖なこの【バトル】を挑まれたら避けるのは難しい事であるのかも知れなかった。
百聞は一見にしかずとも言う。
まずは、【鉱物巨兵】というものがどのようなものかを見てみる事にした。
カノン達が勝負を挑まれた場合、やはり、この【鉱物巨兵】を利用する事になる場合も考えられるからだ。
利用できるハンデはこの【鉱物巨兵】だけではないが、やはり、大きさから考えて相当インパクトの強いものだと思ったカノン達はやはり、【鉱物巨兵】を先に見ておき、後で、それ以外のハンデ装備などを見る事にした。
一般の住民が使える【鉱物巨兵】はそこらの施設で展示されていた。
やはり、【バトル】が一般的であるこのエリアでは必要に応じて、いつでも使用出来るようになっているようだ。
だが、一口に【鉱物巨兵】と言ってもピンからキリまで存在する。
当然と言えば、当然のことだが、【鉱物巨兵】の中にも強弱があり、強い【鉱物巨兵】ほど、使う事は困難となっている。
カノン達が最初に見た【鉱物巨兵】は、【スタートボックス】と呼ばれる初心者用のものだった。
イメージとしては地球で言う中世時代のナイトという感じだろうか?
全く一緒のイメージではないが、何となくそれを彷彿とさせる様な形をしている。
ロボット物が好きな男子などは興奮するようなフォルムをしているが、女の子であるカノンや【ゆのあ】はいまいち、この【スタートボックス】の良さは伝わってこない。
かっこいいというよりも怖い兵器という印象の方が強いのだ。
【ゆのあ】は、案内してくれた人に、
「これ、動いているシーンなどの映像はあるんですか?」
と尋ねた。
すると、案内人は、
「あるにはあるが、【バトル】が嫌いだって人には酷かもしれんぞ。なにしろ、映っているのは、殺し合いだからな」
と言った。
カノン達がおっかなびっくりな態度だったので、からかって見たくなったのだろう。
カノンは、
「どうする、【ゆのあ】さん?」
と聞いて見た。
【ゆのあ】は、
「これ知らなきゃ先、進めないんでしょ?じゃあ、見るしかないんじゃないかな?」
と同意を求める答えを返してきた。
決定するにはちょっと怖いのだ。
カノンは、
「そ、そうね。見てみましょうか……」
と言った。
すると、案内人は、
「ははっ、おめえさんたち、ちびっちまっても知らねぇぞ」
と言って、施設の奥から映像キットを持ってきた。
そして、壁に【鉱物巨兵】の戦闘シーンを映し出す。
映し出されたものは【鉱物巨兵】対【鉱物巨兵】の【バトル】シーンだった。
どちらも【スタートボックス】ではなく、案内人もなんて名前の【鉱物巨兵】か教えてくれなかったので、【鉱物巨兵A】と【鉱物巨兵B】という事にする。
この二体の【鉱物巨兵】同士の戦いは二体だけでも戦争をしているかのようなものすごい戦いだった。
【鉱物巨兵A】が刀の様なものを振りかぶり振り下ろすと近くの木は風圧だけで吹っ飛んでいた。
もちろん、これは戦いではない。
【バトル】はこれから始まるのだ。
ガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガインガイン……
と独特の音を立てながら両者が近づいて来る。
ぶつかったと思ったら、衝撃波で家が吹っ飛んでいた。
それから、壮絶な殴り合い――というか壊し合いだった。
案内人の説明によると、この二体の【鉱物巨兵】は格闘戦に特化したものらしい。
拳の先からドリルが出ていたり、肘に突起物が出ていたり、人間に例えると凶器を体に埋め込んで戦っているようだった。
これが重火器などを装備しているタイプや刀などを装備しているタイプなど様々あり、そのタイプによって戦い方は異なってくるらしいが、この格闘戦に特化したタイプの戦いを見る限り、どのタイプでも恐ろしい戦いになっているのだろうとは予想がついた。
結果は65分の死闘の末、【鉱物巨兵B】が【鉱物巨兵A】を下し勝利した。
【鉱物巨兵B】は【鉱物巨兵A】のコクピットから操縦者を引きずり出し、握りつぶすシーンまであり、その時はカノン達は思わず吐き気を覚えた。
こういうシーンになるとある程度予想出来て居たので、【まめぽん】には、【飛行移動装置】で留守番をしてもらっていた。
ソリイントゥスの巨大胸像に聞いていたので、それなりに予想していたとは言え、余りに凄惨なシーンで胃の中のものを戻しそうになるカノン達だったが、ここではこれらの戦闘は正当化されている。
敗れた者の魂はまた赤子として転生すると信じられている。
カノン達には受け入れがたくてもここではこれが当たり前なのだと割り切ろうとは思うのだが、思考と気持ちが一致しなかった。
頭では理解していても気持ちの上では納得出来なかったのだ。
案内人は、
「この程度で気持ち悪くなってちゃ話になんねぇぜ。まだ、映像あるけど、見れるか?それとも止めとくか?」
と聞いてきた。
カノンは、
「も、もう、お腹いっぱい……でも、あるのなら、見ます。【ゆのあ】さん、辛かったら、私だけで……」
と言い、【ゆのあ】は、
「いや、付き合うわ。こうなったら、覚悟を決めるわ。毒を食らわば皿までもよ……」
と言った。
どうやら、二人ともこのエリアに慣れるために、もう少し映像を見ることに決めたようだ。
案内人は、
「ダメなら言ってくれ。すぐに映像を止めるからよ。だがよぉ、これからはさっきまでのように生やさしくはねぇぜ。覚悟は良いな?」
と言った。
カノンと【ゆのあ】は、一瞬、
「「えぇっ?」」
と言ったが、すぐに。
「「お、お願いします」」
と言い換えた。
よく見ると二人は手をつないでいる。
少しでも不安を解消したいらしい。
それを見た案内人は、
「あんまり無理しないようにな……」
と言って二人の少女をねぎらった。
それから、映像を見た二人はほとんど阿鼻叫喚(あびきょうかん)状態だったが、なんとか用意された映像を見切った。
【ゆのあ】は、
「ははっ、何でもござれよ」
と感想を述べ、カノンも、
「ううぅ……しばらく、ご飯がおいしくないかも……」
と嘆いた。
中には人間を食べるシーンなどもあり、彼女達には大変ショッキングな事だった。
弱肉強食の世界と言ってしまえばそれまでだが、人間が食べられるシーンなど正直見たくはなかった。
ものすごく、辛かったが、一応、【鉱物巨兵】の事は理解した。
その後で、他のハンデについても説明を受けた。
これを体験しただけでどっと疲れた二人は【飛行移動装置】に戻ってから仮眠を取ったのだが、悪夢でうなされるという踏んだり蹴ったりの状態となった。
カノン達はトルムドア・ワールドに来て一番辛い体験をした。
これは、まだ、小規模なファムトゥのエリアだけの話だ。
本格的なファムトゥ・ワールドでの【バトル】シーンなど想像もしたくなかった。
考えるだけで、体の芯からゾッとなりそうだった。
これで、【バトル】についても知ったカノン達は、次にファムトゥ・エリアの特徴のようなものがないかまた、住民達に聞いて回る事にした。
05 調治士(ちょうちし)と強化師(きょうかし)
カノン達は再びファムトゥのエリアで情報収集をして言った。
戦闘が日常的にあるというのだから、当たり前なのだが、それを治す存在がいないとこのファムトゥのエリアは成り立たない。
つまり、医者が必要となる。
人間の場合は医者でかまわないのだが、傷を負ったものが、なんだかよくわからない存在であった場合、その役は医者では務まらない。
その場合、調治士(ちょうちし)という役職が必要となる。
調治士とはよくわからない存在の事を調べ、適切な処理をする存在で、カノンの恋人、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)はすでに、レスティー(本名セレスティーニ・ファーストラスト)という優秀なフリーランスの調治士と契約している。
吟侍もまた、よくわからない存在である7番の化獣ルフォスを心臓に持つ人間であるため、傷ついた場合、通常の医者ではわからない事が多い。
そこで、レスティーの力を借りて治療することで医者の代わりになってもらっているのだ。
ファムトゥのエリアの強者達もよくわからない体の構造をしている者が数多く居て、やはり、戦闘で傷ついた場合、調治士のお世話になるという事になる。
レスティーは別だが、通常の調治士は、医者でいう病院にあたる、【調治院(ちょうちいん)】という所に勤めている。
ちなみに人間で言う患者にあたるのは【患存者(かんそんしゃ)】と呼ばれている。
また、調治士にはランクがあり、医者で言えば【名医】にあたる存在を【名調(めいちょう)】と呼んでいる。
【名調】の中にも三つのランクが存在し、下から普通の【名調】、【名調】一千万名に一名いるかどうかという凄腕の【特名調(とくめいちょう)】、さらに全歴史上、たった34名しか出ないとされているのが、【究名調(きゅうめいちょう)】と呼ばれている。
レスティーは、【特名調】に分類される。
【究名調】34名の中でbPの腕を持つ者を【最究名調(さいきゅうめいちょう)】と呼んでいて、誰だか不明だが、クアンスティータを診る事が出来る唯一の存在とされているらしい。
カノンとしてはクアンスティータと関わってくるとしたら、この【最究名調】とも会っておくべきだと言うところだろう。
このファムトゥのエリアではさすがに【究名調】や【最究名調】は居ないが、レスティーと同じ、【特名調】は3名居るらしく、その内の1名と会って詳しく話しを聞くことが出来た。
クアンスティータに関わらず、吟侍と付き合うのであれば、やはり、ルフォスの問題も避けては通れないので、この【特名調】との会話はカノンに取って大変有意義なものとなった。
治すものが居れば、コーチや監督の様にその存在を強化する者もこのファムトゥのエリアには存在した。
それらの職業をここでは、【強化師(きょうかし)】と呼んでいる。
対象者の力を引き上げる事に特化した存在で、力の弱い者などは利用する事が多いらしい。
戦いをメインとして活動するつもりはないので、カノン達はここでは、さわり程度だけ、話を聞くことにした。
聞いて見るとカノン達が思いもつかなかった強化法などを数多く知っていて、これはこれでためになる話だった。
味方を強化するにはうってつけの方法なども数多くあったからだ。
06 フェラリス・ミシェオ
カノン達は更に情報を集める。
すると、第三側体ファムトゥの特殊性などについても知る事が出来た。
それは【外様(とざま)モンスター】や【研修願者(けんしゅうがんしゃ)】などと呼ばれる存在の事だ。
本来、クアンスティータは他の宇宙世界などから自身の所有する宇宙世界に他の存在を招き入れる事は無い。
カノン達は気に入られた事で特別に招待されただけであり、本来、門戸は開いていないのだ。
だが、ファムトゥ・ワールドは別だった。
【外様モンスター】はクアンスティータとは関係ない存在がクアンスティータに忠誠を誓う事によりそう呼ばれる存在だが、それでもクアンスティータの宇宙世界へ渡る許可は得られない。
それよりも上、クアンスティータのために何らかの貢献をしている【外様モンスター】などの事を【研修願者】と呼び、それらはファムトゥ・ワールドに招き入れている。
だが、【研修願者】として、クアンスティータに忠誠を誓って入って来た存在がその後、心変わりして、クアンスティータに反旗を翻すまではいかないまでも指示に従わない存在となる場合がある。
クアンスティータ・ファムトゥはそれらの存在を狩る事を楽しみの一つとしているのだ。
戦う理由を作るためにあえて、余所から異分子を招き入れるクアンスティータ――それが、ファムトゥだった。
だが、それらの存在が直接、ファムトゥと戦えるようになるかというと実はそうでも無い。
その前に立ちふさがる壁が存在するのだ。
その壁となる存在──穢れ(けがれ)、不吉なことを混ぜるという意味を持つ【フェラリス・ミシェオ】という謎の存在が立ちふさがるのだ。
ファムトゥに挑むのにふさわしい力量があるかどうかを見る存在でもある。
挑戦者達は【フェラリス・ミシェオ】に力を試される。
それに合格した者だけがファムトゥに挑めるのだが、残念ながら【フェラリス・ミシェオ】の壁を突破した者は皆無だという。
ファムトゥのエリアは一枚岩ではなく、いくつもの集団が存在しているらしく、それらの代表を集めて武道会のようなものも開かれるらしいが、【フェラリス・ミシェオ】はその大会には出場しない。
あくまでも余所の存在に対する存在の様だ。
カノン達がもし、仮にファムトゥに挑もうとするのであれば、この【フェラリス・ミシェオ】とぶつかる事になるのだが、これはあくまでもファムトゥ・ワールドの話であり、このトルムドア・ワールドのファムトゥのエリアでは、【研修願者】の様な存在は居ないらしい。
ファムトゥがいくら許してもここはあくまでもトルムドアが所有する宇宙世界だ。
トルムドアの方で異物となる存在はシャットアウトしているので、このエリアでは住民達にある予備知識として伝わっていた。
――と、このようにして、第一から第三側体までのエリアを渡り歩いているカノン達だが、それぞれに個性があり、特徴となるものがあった。
やはり、みんな一緒という訳には行かない。
別のクアンスティータになれば、それに合ったやり方というものがあるだろう。
トルムドアやソリイントゥスで通用したやり方はファムトゥには通じない。
その感じだけはヒシヒシと伝わって来ていた。
一歩間違えば【死】だけではすまないという危険性をはらんでいる。
カノン達はそれまでトルムドアやソリイントゥスのエリアでは感じた事がないくらいのプレッシャーを感じるのだった。
恐らく、次の第四側体クアンスティータ・レマ以降も同じような危険性をはらんでいるのだろう。
カノン達は改めて気持ちを引き締めなおした。
カノン達の挑戦はまだ続く。
07 まだまだあった知らなかった事
カノン達はある程度、ファムトゥのエリアでも情報を集めたので、そろそろ、ファムトゥとの【コンタクト・ポイント】を目指す事を考えるようになった。
その前に、もう一カ所だけ行って、それから、ファムトゥの巨大胸像が待つ【コンタクト・ポイント】を目指す事にした。
カノン達が最後の立ち寄り場所に選んだのは、【ダンス演舞大会】の会場だった。
誰かと対決するのは苦手としていても演舞としてならば、カノンは吟侍にオリジナル演舞ではあるが手ほどきを受けた事がある。
【ゆのあ】も護身術程度には武道を学んでいた。
なので、カノンと【ゆのあ】はペア演舞の部門で出場した。
小さな大会とは言え、さすがに、付け焼き刃で優勝出来るほど甘くはないが、特別敢闘賞というのをいただいた。
紆余曲折あったが、やることはやりきった感が出て来たので、いよいよカノン達は【コンタクト・ポイント】を目指したのだが、たどり着く前にもう一つ、イベントが割り込んできた。
それは【クイズ大会】だった。
ファムトゥのエリアに関する問題を答えて行くというもので、【コンタクト・ポイント】に行く進路上でやっていたので、ついでに参加する事にした。
これまでカノン達がファムトゥのエリアで見聞きしてきた事の答え合わせをする意味でもちょうど良いと思ったからだ。
参加してみると、結構マニアックな問題が多く、如何にカノンが天才的頭脳の持ち主でも答えられないことが多かった。
なので途中で脱落となったが、興味があったので、優勝者が決まる最後まで見学していくことにした。
優勝はどこかのおばさんだったが、そんな事よりも、クイズの問題を通して、まだまだ、知り得なかった事の多さにカノン達は驚いた。
しっかりと情報収集したつもりでいたが、まだまだ不十分だったと反省した。
知らなかった事と言えば、このファムトゥのエリアでは経験値がお金で買えるというもの等があった。
一定の金額を払う事により、修行した経験値などを提供してくれたりするのだ。
よくあるパターンとしては飲食物に経験値を上げる元などを混ぜて食べるパターンや注射などもある。
また、奥義の書かれた衣服をまとう事で奥義を身につけられるというのもあった。
他にも一定の勝利をあげると名前をある建物の壁面に書く事が出来るという風習や偉大な功績を出した強者は死亡時にデスマスクを取り、あるお城の中に飾るという風習なども知らなかった。
そういったイベントなどの情報もクイズを通して知る事が出来た。
考えてみれば、それぞれの側体のエリアは現界よりも広いのだ。
何日か回ったくらいで全部を把握しろという方が無理な話であると言えた。
さらに、人間で言えば【偉人】にあたる、ファムトゥのエリアでの【偉存(いそん)】の情報なども知らないことが多かった。
聞けば聞くほど奥が深いエリアであると言える。
恐らく、このクイズ大会で出た問題の答えだけが、このファムトゥのエリアの全てでは無いはずだが、それでも思ったよりは情報を得ることが出来たのは儲けものだった。
カノン達は満を持して、ファムトゥとの【コンタクト・ポイント】に向かった。
08 クアンスティータ・ファムトゥとの【コンタクト・ポイント】
カノン達は、ファムトゥのエリアでの最終目的地、ファムトゥへの【コンタクト・ポイント】に着いた。
ここにはやはり、トルムドアやソリイントゥスの時と同様にファムトゥの巨大胸像がデンっと置いてあった。
見るからに威圧感のありそうな胸像である。
カノンは、
「初めまして、クアンスティータ・ファムトゥさん。トルムドアちゃんやソリイントゥスちゃんは【ちゃん】づけで話しているのであなたもファムトゥちゃんで良いかな?怒らないで聞いてね。私はカノン・アナリーゼ・メロディアスと言います。トルムドアちゃんに招待を受けて、トルムドア・ワールドに来ています」
と言い、【ゆのあ】は、
「初めまして。私の名前は、【沖椰子 ゆのあ(おきやし ゆのあ)】と言います。私もトルムドアちゃんに招待を受けてトルムドア・ワールドに来ています」
と言った。
まずは、様子見で軽い挨拶という感じだ。
すると、それに反応したのかファムトゥの巨大胸像の目が光り、
「私の名前はクアンスティータ・ファムトゥ――戦いをこよなく愛すクアンスティータだ。
私に何か様があるのであれば、まずは戦いを見せてもらおう。話すのはそれからだ」
と言う答えが返って来た。
と、同時にファムトゥの巨大胸像の影から二つの影が現れる。
ファムトゥの巨大胸像がこの時のために用意した対戦相手、【天位族(てんいぞく)】と【地伏族(ちふくぞく)】の戦士だ。
ファムトゥは一方的な虐殺などは好まない。
なので、カノンや【ゆのあ】に見合った対戦相手を用意したのだ。
【天位族】の戦士は、
「私の名前は、【ティエン】だ」
と名乗り、【地伏族】の戦士は、
「俺の名前は、【ジィメン】だ」
と名乗った。
【天位族】の戦士【ティエン】はカノンと、
【地伏族】の戦士【ジィメン】は【ゆのあ】と向き合った。
どうやら、それぞれの対戦相手を決めたようだ。
ファムトゥのエリアにおいて戦いを挑まれた場合、基本的には断れない。
なので、カノンも【ゆのあ】も覚悟を決めて、戦うしか無かった。
【まめぽん】達は勘弁してもらえたらしいが一行の代表者であるカノンと【ゆのあ】は戦いを拒む事が出来ない。
この戦いがファムトゥの巨大胸像に認められれば、交渉の余地が出てくると言う事になる。
やるしかない――
カノンと【ゆのあ】は戦闘服に着替え、戦闘準備を始めた。
今までは出来るだけ戦闘を避けてきた二人だが、今回は避けられない戦いの時が来たようだ。
二人は戦うのが苦手だが、戦えないという訳では無い。
基本的に平和主義である二人は戦わなくて済むのであればそれで良いと思うタイプなだけだ。
だが、どうしても戦わなければならない時が来た時、二人は戦う事も辞さない。
それだけの覚悟を持って、このトルムドア・ワールドに来ていた。
09 カノン対【天位族】【ティエン】、【ゆのあ】対【地伏族】【ジィメン】
カノン達はファムトゥの巨大胸像が見えるこの地点で、戦う事にした。
カノンは【天位族】の【ティエン】と【ゆのあ】は【地伏族】の【ジィメン】と向かい合い、構えた。
構えたのを確認した【ティエン】はまっすぐカノンに向かって来た。
攻撃開始だ。
【ティエン】は両腕に無数の小さな翼を持つ存在だ。
その小さな翼は単独で動き、カノンに攻撃を仕掛ける。
特別に凄いという力ではないが、その辺の絶対者アブソルーターあたりでは瞬殺されるようなレベルの攻撃力を持っている。
対するカノンは女神御(めがみ)セラピアの力を解放させる。
女神御セラピアは神御(かみ)の中でも七大主神に数えられるほどの女神御だ。
クアンスティータを眠らせる歌を歌えるという事では有名な女神御でもある。
だが、女神御セラピアの力はそれだけでは無い。
七大主神が二柱いれば、化獣に対しても優勢に勝負を持ち込む事が出来るくらいの実力は持っている。
ただし、化獣は化獣でも神話の時代に敗れた2、3、4、5、6、8、9番の化獣についてでの意味ではあるが。
1番の化獣ティアグラと7番の化獣ルフォスは共倒れになっていたし、10番の化獣ティルウムス以降は神話の時代には生まれて居ないからだ。
実際に戦ったという意味での分析だ。
カノンは【シンガーファイター】としての経験も活かし、【奉崇歌(ほうすうか)】で自身の力を上げた上で、【フォース・ハグ】という力を使った。
これはカノンがまとう特殊な気で相手を包み込むと言うものだ。
本来は相手に改心を促すものだが、【天罰】を与えるという意味でも使う事が出来る。
カノンから放出される【フォース・ハグ】に取り込まれると【ティエン】が放った無数の小さな翼は次々と落ちていった。
カノンは気のコントロールをして、さらに【フォース・ハグ】の範囲を広げ、あっという間に【ティエン】本体も取り込む。
【フォース・ハグ】としての特徴は天罰用として複数の能力を付与する事が出来る。
カノンは複数の能力付与効果を持って【ティエン】を瞬殺した。
いざ、戦うという事になったら、彼女は力を試し出し惜しみする様な事はしない。
すぐにでも決着をつける。
それは、長く戦っていたらそれだけ、相手を傷つけると思っているからだ。
言ってみればそれが彼女の優しさでもある。
決着をつけなくてはならない時は全力を持って、それ以上傷つかない様に配慮して、瞬殺(と言っても殺す訳では無く、気を失わせるなどの行為をとるという意味)する。
それが余計に傷つけない最良の道だと思っているからだ。
倒したのを確認した後で、すかさず、カノンは癒やしの歌を歌い、対戦相手だった【ティエン】を回復させる。
【ティエン】には恨みも何もない。
【ティエン】の方もファムトゥの巨大胸像に言われて戦っただけだ。
だったら傷つける理由は無い。
本来であれば傷つけた事を謝罪したいカノンだったが、それは飲み込んで我慢した。
このファムトゥのエリアでは戦いとは神聖なもの。
それで詫びを入れるという事はその神聖さを侮辱する行為にもなると思ったからだ。
カノンの考えは甘いと言われるかも知れない。
だが、これが彼女のやり方なのだ。
後はこの行為をファムトゥの巨大胸像はどう判断するかだ。
一方、【ゆのあ】の方は、【ジィメン】と戦っている。
【ジィメン】は特殊な変身を使ってくる存在だ。
マトリョーシカの様に中から新たな姿を現して行くというスタイルの変身で、中から出て来た存在は体が膨らみまた、その中から別の存在がというようにどんどん姿を変えて行く。
中の存在が出て来た後は外側の殻の部分は爆発物へと形を変えてどんどん爆発していくという戦闘スタイルだ。
際限無く次から次へと繰り返すので、このままではらちがあかない。
【ゆのあ】は覚悟を決めて、相手を倒す事にした。
彼女は裏歴史の秘術を使う事にした。
【ゆのあ】は両手の拳を握り、グッと力を込め、ゆっくりと開いていく。
すると、手のひらの中に小さな小宇宙が現れた。
左右の手のひらの小さな小宇宙を混ぜるとブワッと膨らむ。
【ゆのあ】は叫ぶ。
「【ヒストリーコピー】!!!!!」
と。
【ゆのあ】は何をやっているのか?
それは、小さな小宇宙を作り出し、その中に裏歴史の情報を流し込み、擬似的に宇宙を作り出し、その中からエネルギーを取り出したり、召喚したりして戦うというスタイルだった。
ただでさえ、裏歴史出身という事で表歴史の現界の存在よりも強い【ゆのあ】だが、こんな裏技を隠し持っていたのだ。
【ゆのあ】は頭上に作り出した小宇宙から様々な攻撃を繰り出し、カノン同様にあっという間に【ジィメン】を追い詰めた。
そして、倒したのを確認すると、カノンの場合の【ティエン】に対する処置と同様に、【ジィメン】にも回復処置をするのだった。
カノンも【ゆのあ】も戦いを苦手としているが、決して弱い訳では無い。
戦うつもりになれば、二人ともかなり強いと言える。
だが、二人とも相手を傷つける事は好きでは無いのだ。
戦わずに済むのであれば、そうしたい――それが彼女達の本心だ。
戦わなければならない場合は、必要最小限で済ます。
下手に躊躇(ちゅうちょ)すれば、かえって相手を傷つける事もある。
だから、相手が戦意を喪失するギリギリまで攻める。
その見極めが重要だった。
痛めつけてしまった場合は、出来れば回復もする。
それが、彼女達が選択した方法だ。
ただ、それだけなのだ。
カノンと【ゆのあ】は歌う。
癒やしの歌を。
「「♪らーららららーらららーらー
らーららら ららら ららら らら
らーららら ららら ららら らら
らーららら ららら ららら らら
らーららら ららら ららら らら
らーららら ららら ららら らら……♪」」
二人の歌声がファムトゥの巨大胸像の周りの殺伐とした空気を和ませて行く。
この歌には、【ティエン】と【ジィメン】への癒やしという目的もあるが、ファムトゥの巨大胸像に対しても戦いたいという気持ちを少しでも鎮めて欲しいという願いを込めた歌でもあった。
ファムトゥの巨大胸像が用意した相手は一度倒した。
後はファムトゥの巨大胸像がどう思うかだ。
歌い終えたカノンと【ゆのあ】はそれぞれ、ファムトゥの巨大胸像の方に注目した。
10 その名は【ファムトゥーナ】
ファムトゥの巨大胸像の目が再び光り、
「戦いを見せてもらった。なかなかの実力だ」
との声がした。
これはもちろん、お世辞だ。
ファムトゥがその気にならなくてもカノンと【ゆのあ】が力を合わせて戦ったとしてもファムトゥには遠く及ばない。
ファムトゥ・ワールドではファムトゥは侵入者に対して、良い勝負をするためにわざと力を落として対応したりする。
なので、他のクアンスティータの様に、クアンスティータ以外の存在の力など、どれも一緒に見えるという訳では無く、弱い存在は弱い存在なりの個性というのを認めているようだ。
なので、カノンの力も【ゆのあ】の力もファムトゥには面白味がある力として評価してもらったようだ。
評価してもらったという事は交渉に応じてくれるという事でもある。
先ほどの戦いが本番ではない。
ここからが――この交渉からが本番なのだ。
早速、カノンと【ゆのあ】はそれぞれ自身の話術でファムトゥの巨大胸像と会話した。
カノンはやはり、基本的にファムトゥのエリアで体験して来た事などを中心に会話を組み立てて話し、【ゆのあ】は現界の裏の歴史の話題を中心に話を組み立てて会話をしていった。
どちらも得意のスタイルでの会話となる。
しばらく会話していく内にだんだん、ファムトゥとも打ち解けて言った。
トルムドアやソリイントゥスがカノンの事を【カノンママ】と言っていたという事を聞いたファムトゥの巨大胸像は彼女の事を【カノン母上】と呼ぶ事にしたらしい。
ちなみに、【ゆのあ】の事は【ゆのあ殿】だ。
それぞれに対して敬意を持ってそう呼ぶ事にしたらしい。
というのも、カノンも【ゆのあ】も、ファムトゥが知らなかった事なども教えていたため、それで尊敬の意を持って対応するようになったのだ。
これだけ気を許してもらえれば、後は本題だ。
トルムドアとソリイントゥスにも歌を歌う存在を提供してもらったので、ファムトゥにもその存在を提供してもらいたいという事を伝えるとファムトゥの巨大胸像は、
「そう言われましても私は歌を得意としていませんし……柄じゃ無いので……困ったな……」
と言った。
どうやら、歌う事は得意では無いというか苦手なようだ。
戦いが趣味だから、あまり歌なども聞かないのだという。
これは予想をしていなかったかというと実は違った。
ちゃんと予想していた。
側体のクアンスティータと言っても17核も居れば歌が得意ではないクアンスティータも居るだろうという事はしっかり想定内の範囲として予想済みだった。
そんな時のために【クァノン】に持ってきてもらったのが、【オーケストラコーラスダンサロイド】だった。
これには変換能力が付与してある。
【オーケストラコーラスダンサロイド】にファムトゥの力を送ってもらい、それを歌えるように作り替えようと思っていたのだ。
【オーケストラコーラスダンサロイド】は1号機の【アリア】、2号機の【オペレッタ】、3号機の【リート】がある。
ファムトゥの巨大胸像に何号機にするか決めてもらい、それに力を送ってもらって、新たに作り替えるという方法をとる事にした。
ファムトゥとの相性を見た所、3号機の【リート】との相性が良いのでは無いかという事がわかったので、ファムトゥの巨大胸像から【リート】にパワーを送ってもらった。
するとファムトゥの力(と言ってもファムトゥからすればほんの僅かな力)を吸った【リート】の姿がみるみると変わって行く。
新生【リート】は【オーケストラコーラスダンサロイド】としての力を有したまま、ファムトゥの属性も有する事になった。
【ゆのあ】が、
「名前も変更した方が良いんじゃ無い?」
と言ったので、カノンは、
「そうね、じゃあ、【リート】、あなたはこれから、【ファムトゥーナ】よ。ファムトゥちゃんから名前をもらったわ」
と言った。
【リート】だった【オーケストラコーラスダンサロイド】は【ファムトゥーナ】として生まれ変わった。
これで、第三側体クアンスティータ・ファムトゥとの交渉も成功したという事になる。
後は次の側体である第四側体クアンスティータ・レマについて知っている事をファムトゥの巨大胸像に聞いてから、レマのエリアに進む事にした。
カノンは、
「ファムトゥちゃん、知っている範囲でかまわないんだけど、レマちゃんについて何か知っている事があれば教えてくれないかな?」
と言い、【ゆのあ】は、
「特徴とか何かないかな?」
と聞いた。
ファムトゥの巨大胸像は、
「私が知っている範囲で言えば、第四本体が人見知りが激しい気性で生まれてくるので、第四側体のレマはその代行をよくやるという事ですね」
と答えた。
レマは第四本体クアンスティータ・ミールクラームの代行者としても動いているらしい。
となると、結構しっかり者のクアンスティータかも知れないとカノン達は思うのだった。
それを聞くと、ファムトゥのエリアに行く時の様な不安は無かった。
ちょっと安心したと言っても良いだろう。
情報を得たカノン達はファムトゥの巨大胸像に別れを告げ、次なるエリア、レマのエリアを目指して進むのだった。
レマのエリアと言えば、ソリイントゥスのエリアで行けなかった【光車(こうしゃ)】というのもある。
光の速度でなければ見れないという超絶景ポイントというのが数多くあるはず。
ちょっとした旅行気分にもなれるのではないかとカノン達は期待もした。
はてさて、どうなることか?
続く。
登場キャラクター説明
001 カノン・アナリーゼ・メロディアス
001 カノン・アナリーゼ・メロディアス
アクア編の主人公で、ファーブラ・フィクタのメインヒロイン。
メロディアス王家の第七王女にして、発明女王兼歌姫でもあるスーパープリンセス。
恋人の吟侍(ぎんじ)とは彼女が女神御(めがみ)セラピアの化身であるため、同じ星での冒険が出来なかった。
基本的に無法者とされる絶対者・アブソルーターを相手に交渉で人助けをしようという無謀な行動をする事にした。
発明と歌、交渉を駆使して、攫われた友達救出作戦を実行する。
歌優(かゆう)という新職業に就くことになったり、惑星アクアを救ったりして活躍し、惑星アクアにとっては英雄扱いを受けるようになる。
惑星アクアからトルムドア・ワールドに連れて来られ、それぞれの側体クアンスティータとの交渉をすることになる。
【奉崇歌(ほうすうか)】の基礎を学んでいる。
今回は女神御セラピアの力として【フォース・ハグ】という天罰を与える力を披露することになる。
002 クアンスティータ・トルムドア
誰もが恐れる最強の化獣(ばけもの)。
その第一側体。
第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの従属にあたり、カノンから生体データを抽出して、他のクアンスティータに送ったのはこのクアンスティータ。
トルムドア・ワールドという宇宙世界を所有している。
トルムドア・ワールドにあるそれぞれの側体との【コンタクト・ポイント】を目指そうとするカノンを心配して、キャラメルの様な謎の箱(16個入り)のお守りを彼女に届ける。
カノンにとっては娘、【ゆのあ】にとっては友達の様な関係となっている。
003 クァノン
クアンスティータ・トルムドアがカノンにプレゼントしたハーフバーチャルボディでカノンの意のままに動く複合多重生命体の元の様なもの。
カノンに少し似ているが足元まで伸びる長いお下げ髪が特徴。
クァノンの登場により、その場に居なくともカノンの歌を届ける事が出来る様になった。
004 オーケストラコーラスダンサロイド アリア
カノンの歌のサポートをするアンドロイドの一号機。
005 オーケストラコーラスダンサロイド オペレッタ
カノンの歌のサポートをするアンドロイドの二号機。
006 ファムトゥーナ
カノンの歌のサポートをするアンドロイドの三号機だった【リート】にファムトゥ巨大胸像のパワーを送り、生まれ変わったもの。
オーケストラコーラスダンサロイドとしての特性を持ちながらファムトゥの属性も得た。
007 ミューズ・アニマル ピア
カノンの歌のサポートをする生物。ソリイントゥスの巨大胸像の力で獣人のような姿に変身する事が出来るようになり、歌う事も出来るようになった。
008 まめぽん
冒険に出る前に吟侍がカノンに送ったぬいぐるみ。
行方不明だったが、クアンスティータの公式キャラクターとして、生命を得ていた。
吟侍と同じ様に一人称が【おいら】である。
語尾に【タヌ】もつく。
強者とは無関係な小動物。
009 沖椰子 ゆのあ(おきやし ゆのあ)
トルムドア・ワールドでカノンと出会った現界の裏歴史出身の吟遊詩人であり、歴史学者でもある少女。
裏歴史においてカノンと同じようにクアンスティータ・トルムドアに認められ、招かれている。
元々、二重構造になっているトルムドア・ワールドの裏側で招かれていたが、カノンが招かれた表側に迷い込んでカノンと出会う事になった。
その後は意気投合したカノンと行動を共にすることになる。
研究テーマはクアンスティータであり、クアンスティータの事をよく知ろうとする。
今回、【ヒストリー・コピー】という擬似的に小宇宙を作り出し、その中に裏歴史の情報を与えて擬似的な宇宙を作り出し、そこから攻撃を仕掛けるという裏技を披露することになる。
010 天位族(てんいぞく)の戦士ティエン
ファムトゥの巨大胸像がカノンへの試練と用意した対戦相手。
両腕に無数の小さな翼があり、それを飛ばして攻撃するスタイルを取る。
011 地伏族(ちふくぞく)の戦士ジィメン
ファムトゥの巨大胸像が【ゆのあ】への試練として用意した対戦相手。
マトリョーシカの様に体の中から新たな体をどんどん作り出し、外側の殻が爆発物に代わるという戦闘スタイルを取る。
012 巨大胸像ファムトゥ
クアンスティータ・ファムトゥとのコンタクト・ポイントに設置してあるファムトゥの顔に似せた巨大な胸像。
これにはファムトゥが意識を飛ばして話す事が出来る。
また、転送も可能で、カノンが用意した【オーケストラコーラスダンサロイド】の三号機の【リート】にパワーを送っている。
目が光る事で会話が可能となる。
これは、第十三側体クアンスティータ・ヒアトリスの姿からヒントを得ている。
一人称は【私】、カノンの事は【カノン母上】、【ゆのあ】の事は【ゆのあ殿】と呼ぶ。