第001話 吸血鬼 クロス・ファントム編


01 IQ300のバカ女

「いいか、こんな馬鹿げた事いつまでも続かねえよ。絶対ぇ後悔する…」
アクア編01話01 ユリシーズ・ホメロスはカノンに言う。
 それを受けたカノンの答えは…
「ありがと。心配してくれてるんだよね。でも、大丈夫だよ、後悔は多分、しない…大丈夫」
 だった。
(バカ女が…)
 ユリシーズは心底そう思った。
 バカ女と言ってもカノンのIQは300超えの超天才であり、ユリシーズよりは遙かに頭が良い。
 むしろ、落第寸前だった彼らに学校の卒業認定を受けさせて見事認定を受けさせたのだから、バカ女とは言えない。
 彼が言っているバカ女の【バカ】とは行動がバカだという事だった。
 カノンはその知能指数に加え、王女にして、国一番の歌姫という肩書き、数々の発明をしているという事、オマケに美人だ。
 セカンド・アースに残って、幸せになるための要素はこれでもかという程、持っていた。
 だが、彼女はその栄光を全て捨てて、水の星、アクアでの人命救助に来ていた。
 人命救助と言っても要人の救助ではない、ユリシーズと同じ孤児院出身の友達の救出だ。
 確かにそれは、美談ではあるのだが、彼女にとってのメリットはあまりないと言ってよかった。
 それを解っていて来ているのだ。
 カノンにとって、今はメロディアス王家の時期女王になるための大事な時期でもあるのだ。
 彼女は現在、第七王女であるのだが、王位継承権は英雄王女と呼ばれる、第四王女シンフォニアに次いで第二位である。
 歌姫としての活動と発明をどんどんしていけば、シンフォニアを抜いて第一位になることも夢ではない。
 アクアになど来ている暇などないはずなのだ。
 だが、彼女は言う。
「人命に勝る事なんてないよ」
 と。
 解っている…
 解っているのだ。
 人がやらない損な役回りを進んでする…
 そんな彼女だから、ユリシーズは守ってやりたいと思ってついてきたのだ。

02 カノン王女

 ユリシーズとカノン王女はいわゆる幼馴染みという間柄である。
アクア編01話02 彼女が政の一つとして、幼い頃、ユリシーズの住む孤児院に訪問して来たことから付き合いが始まった。
 彼は最初、カノンの事が好きでは無かった。
 どこか、自分達を見下している…
 そんな風に見ていたからだ。
 カノンは姉である第六王女ソナタの影に隠れていた。
 彼女の方も本心からユリシーズ達に近づこうとはしていなかった。
 だから、すぐに、付き合いも無くなる…
 そう、思っていたが、1人の少年との出会いが彼女を変えた。
 その少年の名前は芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)、現在、彼女の恋人という事になっている少年だった。
 吟侍との出会いがカノンをどんどん魅力的な少女に変えていった。
 カノンにその事を聞いた事があった。
 すると彼女は
「内緒!」
 と言った。
 何があったかは詳しくは解らない…
 だが、吟侍との付き合いで、確実に彼女は変わっていった。
 発想が吟侍に似てきたように思えた。
 ユリシーズ的に言わせれば、吟侍の【バカ】がうつったのだ。
 【バカ】になった時、彼女は内に秘めていた才能を一気に開花させた。
 いくつものベルノー賞(セカンド・アースでのノーベル賞のようなもの)を取り、心を揺さぶる歌声ではたちまち国民のみならず、海外の人々の心をも捕らえた。
 すましていた頃にはとても達成出来たとは思えない偉業を次々とこなしていった。
 後で解った事だが、彼女は女神御(めがみ)セラピアの化身、生まれ変わりであり、才能はそれによる所が大きいようだ。
 当の彼女はというとそんな事に対して興味がなさそうだったが…
 ただ、吟侍と一緒にいたい…
 その気持ちだけが強かった。
 化獣ルフォスの心臓を持った吟侍と一緒に居られない事が解った時は人目もはばからず大泣きしたものだった。
 大泣きした後、ただ、吟侍と同じ事がしたいとアクアの救出作戦に参加したいと言った時の彼女の瞳の力はとても強かった。

03 カノンの行動

「今日は何色のパンツ履いてるの?」
「きゃっ、こいつぅ〜やったな〜」
 カノンはスカートめくりをした男の子を追いかける。
 早くもアクアの星の住民達となじんでいる様だ。
 カノンの親友パスト・フューチャーとシアン・マゼンタ・イエローは温かい目で見ている。
 対照的に、ユリシーズ・ホメロスをリーダーとする七英雄達は白い目で彼女を見ていた。
 パスト達はカノンの誰にでも打ち解けていく事を素敵だと思って見ていて、ユリシーズ達は敵の星に来て何をやっているんだという目で見ていた。

 カノン達は最初からこの星の人(奴隷)達に受け入れられた訳ではなかった。
 むしろ、思いっきり警戒されていた。
 メンバー達が身構える中、カノンだけは違っていた。
 まず、歌を歌ったのだ。
 彼女の持ち歌ではなく、即興で、オリジナルソングを作りアカペラで歌ってみせたのだ。

「〜耳をすませて、
 目をぱっちりとさせて見てよ
 春は何処にもでもあるよ
 見えなくても
 隠れているかもね
 ほら、あっちにも
 ほら、こっちにも
 楽しくなるね、ほらあそこにも〜」

 久しく、歌など聴いた事が無かった人々は何だと思って集まってきた。
 集まって来たが、警戒心は解いてはいなかったが…

 次に、彼女が取った行動は、七英雄の男達を使ってサッカーをさせたのだ。
 ただ、ユリシーズが拒否し、ジャンヌ・オルレアンは女性なので、サッカーをするメンバーはアーサー・ランスロット、ジークフリート・シグルズ、テセウス・クレタ・ミノス、クサナギ・タケル、ヘラクレス・テバイの5人になってしまった。
 そこで、カノンも加わり、6人でサッカーをする事にした。
 だが、七番の化獣、ルフォスの世界で肉体強化をしていた七英雄の五人がプレイすると力と力のぶつかり合いが強調されすぎてかえって恐怖心を与えそうだった。
 そこで、カノンは考え、七英雄の力を封印術で制御し、チームを2チームではなく3チームに変更し、ゴールも3つ、ボールは2つという変則サッカーにした。
 また、ボールに色を塗り、転がると不思議な模様が出来るようにした。
 それと、カノンが一緒になってプレイするのだが、基礎体力の差から、彼女は転んでばかりで、泥だらけになったりしていた。
 すると、幼い子供達が興味出てきて、一緒に遊びだした。
 形勢不利なカノンチームに入り、彼女を勝たせようとしたのだ。
 ひとしきりわいわい騒いだ後、カノンはあらかじめ持ってきていたからくり人形に彼女が作ったおにぎりを運ばせた。
 おにぎりの具はお肉からおかか、野菜など様々な具材を入れていて、それにカレーペーストをバターの様に塗り食べるというもの、動植物の形にかたどったいなり寿司、オリジナルソースで作った野菜等だった。
 カノンが最初に食べて見せて安全だというのを確認した人達は先を争っておにぎりを求めた。
 カノンは歌と娯楽、美味しい食べ物を提供する事によって人々の心を掴んでみせたのだ。

04 町の抱える問題

 町の人達とある程度打ち解ける事が出来て初めて、少しずつ情報を聞くことが出来た。
 人捜しをしていると伝えたら、知っている情報を提供する代わりに解決して欲しい問題があると言われた。
 どうやら夜な夜な腕に自信のある男性や、美女が襲われる事が度々起こっているらしい…
 襲っているのはこの辺りを根城にしている下位絶対者、吸血鬼・クロス・ファントムという者らしい。
 絶対者・アブソルーターには大きく分けて、三つのレベルが存在し、それぞれ、上から上位絶対者、中位絶対者、下位絶対者に別れているという。
 基本的には元々下位絶対者なのだが、魔薬・アブソルートという薬を飲むことにより、適応すれば、中位以上の絶対者になれるという。
 中位絶対者は神御(かみ)もしくは悪空魔(あくま)の加護があるとされ、上位絶対者は化獣(ばけもの)の加護を得ているとされている。
 それほど大きくない、このクロスシティーには上位または、中位絶対者は支配下に置いていない…。
 下位絶対者が時々、見回りに来るという程度のものである。
 それは、このアクアの地形も影響していた。
 水の惑星と言われるだけあって、星の大半が、海や湖で覆われていて、陸地はかなり少なく、転々としている。
 そのため、星の支配者である上位絶対者達の目も届きにくい地帯があるのだ。
 このクロスシティーもそんな中の一つだった。
 アクアの上位絶対者の数は7名、中位絶対者の数は23名で、足りない部分は下位絶対者が見回るという事で統制していた。
 土の星、テララや火の星、イグニスに比べると支配体制はそれほど厳しくないとは言え、それでも、まともな1人の人間としては見ていてくれてはいない状況下にいる人(奴隷)達は、より、弱い者を虐げるという事で不満を解消させていた。
 この町でもネロという少年が苛められているのを目撃し、カノンは止めに入っていた。
 ネロは一言で言えば容姿が醜く、それが原因で人々から虐待を受けていた。
 暴力を振るわれているネロは薄気味悪く笑うのと、翌日には傷が治っているということで気味悪がられ、繰り返しイジメは行われていた。
 いくつかの状況証拠を集めて推理した結果、カノンはすぐに、ネロがクロス・ファントムでは無いかと気付いていた。
 恐らく、昼間、苛められた鬱憤を夜、人々を襲う事で解消させているのだろう。
 こんな関係は不健康だとカノンは思っていた。
 人々はクロス・ファントムに襲われるという不安を常に抱え、ネロは人々に昼間は苛められるという悪循環を繰り返している…
 何とかこの負のスパイラルを止められれば…
 そう思った彼女は考え込むのだった。
 そして出した結論は…

05 ネロとの会話

「お、おらになにかようだでか…」
 カノンはネロと接触する事にした。
 話してみないと解らない…
 そう思ったからだ。
アクア編01話03 カノンはネロとお茶をした。
「【おら】…か、私の好きな人も自分の事【おいら】っていうんだ。なんだか、似ているね。親近感わいちゃったな」
「だ、だから何なんだ…」
「うん、何でもないよ。ただ、少しお話出来ないかと思って、共通点とか探しているの」
「共通点?」
「そう、共通点。人は何で人を傷つけるのかと思って…人は心が弱いから、不安だから自分と違う人を排除しようとする…そう思ったの。なら、共通点を探せば良いと思ってね。自分も他の人も同じ部分を持っていれば良いのかな〜なんて思って、あなたと私の共通点。一緒の部分を見つけようと思っているの」
「…あんたみたいな綺麗な顔をした奴になんかおらの気持ちはわからないよ…」
「どうして?まだ、私達、出会ったばかりじゃない。始めからあわないなんて決めつけるのはよく無いわ」
「…見てたよ、あんた輝いてる。いっぱい色んな事が出来て…昼間はコソコソしているしかないおらの気持ちはあんたには…」
「理解出来ないかな?あなたは私を輝いていると言ってくれたけど、私も最初から今のように出来たわけじゃないわよ。どこか、冷めた目で回りを見ていて…はっきり言ってしまえば【嫌な女】ってやつだったわ。でもね、私、ちょっと変われたかなって今は思うんだ。何で変われたと思う?」
「し、知らないよ、そんな事…」
「それはね、さっきも言った【好きな人】が出来たからかな。へへっ、ちょっと恥ずかしいけどね。人に限らず、好きになることから始めると色々楽しくなるよ。そうすると見えてくる景色も変わってくると思うけどな〜」
「な、何が言いたいんだ、あんた…」
「弱い者イジメをしても本当の意味での幸せってこないと思うんだ。昼間、酷いことをあなたにしていた人達も、夜、あなたがしている事も…」
「き、気付いて…」
 自分の正体が気付かれたと思ったネロはとたんに表情を変える。
「待って…私は争うつもりはないわ。もちろん、あなたにだけ、何かを強制するつもりもないし、町の人達とも同じ話をしてくるつもり。まずは、強い方…あなたとお話をさせてもらおうと思って来ました。あなたは力も強いし、こうして、お話を聞いてもくれる心のゆとりを持っている。主導権はむしろ、あなたの方にあると私は思っているわ」
「な、なら知ってるだろ、おらは吸血鬼だ。生きていくには人の血を吸わないといけないんだ。人間とは馴れ合えない…」
「そんなことはないと思うよ。吸血鬼が血を吸わないと生きていけないって誰が決めたの?」
「な、何を言って…?」
「必要な栄養分を他で摂取出来ればすむ話だよね?いきなりだけど、唾液を採取させて貰えないかな?出来れば、髪の毛か爪も少し…」
「あ、あんた…な、何をするつもりだ?…」
「言葉通りです。あなたに新しい食材を提供します。その代わり、町の人達と仲良くなって欲しいの。駄目?」
「駄目って、あんた、出来もしない事を…」
「私は諦めてないよ。可能性があるなら何でも試してみたい。好きな人から私はそれを教わりました。それが、今の私の生きる原動力」
「ふ、ふざける…」
 ふざけるなと言いかけたネロの言葉が止まる。
 彼の目にもカノンがふざけていない事が解ったからだ。
「私は発明するという特技を持っています。この特技を持ってこの星の人達と交渉をしにきました。あなたもその1人です」
「うっ」
「交渉は私1人では出来ません。町の人達の協力も必要ですし、もちろん、あなたの協力も必要不可欠です」
「ば、バカげてる…」
「あなたに新しい食材を用意出来たら信じてもらえますか?」
「で、出来る訳がない…」
「では、出来るか、出来ないかそれを証明するための挑戦権を私に下さい」
「ちょ、挑戦権?」
「証明するためにはまず、あなたの唾液が必要です。それをいただくにはあなたにまず、信用してもらうしかありません」
「だ、唾液って、おらの唾だぞ」
「はい、唾です」
 ネロは俄には信じられなかった。
 カノンの様な綺麗な女性が自分の唾を欲しがっている…
 何か裏があるのでは…
 そう思えてならなかった。
「信じられる訳ないだろ…」
 ネロはそう言うと席を立った。
「明日も会いに来ます」
 カノンはそう言った。

06 ネロの承諾

 翌日、ネロのところに予告通り、カノンはやってきた。
 彼女の手にはネロが飲み残したコップがあった。
 彼はしまったと思った。
 彼女に唾液を盗まれた…
 そう考えた。
 だが、カノンは…
「これは、あなたが、昨日、飲み残したお茶です」
「そ、それをどうするつもり…」
「お願いします。この唾液を使わせて下さい」
アクア編01話04 「は?」
 ネロは目が点になった。
 ネロの不注意により、カノンは昨日の時点で、唾液を採取する事は出来たのだ。
 ネロにことわり来る必要など全く無いのだ。
 わざわざ、ご丁寧に許可をもらいに来たとでもいうのだろうか…
 だとしたらバカなんじゃないのかこの女は…
「駄目かな?」
「駄目って、そんなもんいらないよ…勝手に使えば…」
「ほんと?わぁ、ありがとう」
 ネロの唾液の入ったコップを嬉しそうに見つめるカノン。
 変な女…
 ネロはそう思った。
 だけど…
「ほら…髪の毛と爪…いるんだろ?」
 ネロは髪の毛と爪も渡した。
 ちょっとは信じて見てもいい…
 そう思った。
「うん、ありがと。頑張って、見つけるからね」
 カノンは嬉しそうに言った。
 その姿を見たネロは…
「…キラキラしてるな、あんた…」
 とつぶやいた。
 それは、カノンには聞き取れないくらいの小さな声だったが…
「え?ゴメン、聞こえなかった、何て言ったの?」
「な、何でもない…期限は一週間だ…それ以上は待てない」
「うん、わかった。一週間だね。よーし、頑張っちゃうぞぉ〜じゃあ、時間が惜しいから早速、実験してくるね。楽しみにしててね〜」
 カノンは飛ぶような駆け足で、帰って行った。
 
 ベースキャンプに戻るとパストやユリシーズ達が待っていた。
「カノン、大丈夫?」
「うん、ありがと、パスト。大丈夫、思ったより早く、唾液を提供してくれたよ」
「1人で大丈夫?手伝おうか?」
「ううん、シアン、これは、ユリシーズ君達の信頼を勝ち取るための私の戦いだからね。私1人でやらなくちゃ意味が無いわ」
「でもさ…」
「大丈夫、私を信じて。次からみんなにも手伝ってもらうからさ」
「うん…」
 実は、カノンが1人で行動しているのには理由があり、ユリシーズに言われて、1人で解決して見せろとも言われていたのだ。
 ユリシーズもまた、彼女のやり方に異を唱える1人だった。
 だから、カノンは協力的だったパストやシアンの手も借りずに1人で交渉に当たっていたのだ。
 これは、カノンの交渉術が有効だという事を証明するための交渉でもあった。
 だから、彼女1人でやりきらなければならない。

 カノンはその後、昼間は町の人達と話しをしに行き、夜は寝る間を惜しんで女神御の力を使って、ネロの唾液や、爪、髪の毛の分析をした。
 そして、三日後には早くもヒントを見つけたのだが…
「だめ…これじゃ…もっと何か…1から見直さなくちゃ…」
 せっかく見つけかけたネロの新しい新食材の元だったが、彼女は納得せず、1から考え直した。
 彼女がその食材を止めた理由…
 それは、ネロだけの食材だったからだった。
 カノンはネロも食べられて、町の人達、人間も共通して食べられる食材を探したかったのだ。
 食材は多くて困ることはない…。
 だが、一つ目はどうしても町の人達とネロが共通して食べられるものを提出したかったのだ。
 タダでさえ、少なかった睡眠時間をさらに1時間削って、カノンは研究を続け、7日目のギリギリになってようやく、鉄分を多く含み、人間の体質にはビタミンに、ネロにとっては活動するエネルギーに代わる食材にたどり着いた。

07 ネロと町の人との交渉

「ネロ君。約束通り、見つけました」
「ほんとに…?」
「これです。でも少量しか…」
「これが、本当にそうだとしても、これだけじゃ足りない…悪いけど時間切れだ…」
「待って下さい。利子をお払いします。それで、もう少しだけ待っていただけませんか?その後で取りに行ってきますので」
「利子ってなんだ?」
アクア編01話05 「私の血を吸って下さい。そうすれば、少しは持ちますよね?その後で取ってきます」
「なに言ってんだ、あんた、フラフラじゃないか、そんな状態で血なんか吸ったら…」
 ネロは動揺した。
 なぜ、カノンがこんなに一生懸命なのか理解出来ないからだ。
 離れた場所で見ていたユリシーズは
「あのバカ、何考えてやがる…」
 と言った。
 他のメンバー達も見ていたが同じ気持ちだった。
「大丈夫。こんじょーだよ。何とかなる」
 ガッツポーズを取ってみせる。
 が、今にも倒れそうだった。
「出来る訳…」
 ネロが言いかけた時…
「なら、俺のを吸えよ…俺は健康だぜ」
 1人の青年が言った。
 彼の名前はビリー。
 ネロを昼間苛めていた1人だった。
「いや、ワシのを吸ってくれ、その子は言ってくれた。みんなが幸せになるようにしたいと。体力が衰えているその子から吸うことはない…」
「私のも良いわ。みんなのを少しずつ吸えば十分足りるでしょ」
「その子は僕達に生きる希望をくれた。その子の力になりたい」
「ネロ、その女の子は言ったよ。あんたが体質改善したら、この町を守ってくれるって。本当だろうね?」
「…今まで苛めて、悪かったな、むしゃくしゃしてたんだ…ゴメン…」
「我々はお前さんを哀れと思って来たんじゃない。何となくその子に力を貸してやりたい…そう思ったから来ただけだ」
 次々と人々が現れ、血を吸えと手を差し出す。
 思っている事、言っている事はみんなバラバラ…
 でも、みんなカノンのために動いてくれたのだ。
 カノンの一生懸命さに心が打たれたのだ。
 何も考え方を完全に一つにする必要はない…
 ただ、同じ目標に向かってその気持ちだけを一つにする事はそう難しくはない…
 1人1人がほんの少しだけ歩み寄ればいいのだ。
 わだかまりが無いと言ったら嘘になる…
 でも、少しずつ許し合って、この微妙な…でも、貴重な信頼関係はカノンを通して、築かれていった。
 ネロは町の人達の血液を少しずつもらい、飢えをしのぎ、カノンが見つけた新たな食材、赤色ほうれん草と黒大豆、芥子味噌、紫グレープフルーツを7対1対3対9の割合で混ぜたものに餅米を混ぜた吸血団子の材料と作り方を教わった。
 吸血団子を完成させる前に吸血鬼だけが食べられる食材のレシピも同時におそわり、合計8種類の食べ物と3種類の飲料水がある事が解った。
 同時に食材の見つけ方も教えているので、この先、レパートリーを増やしていく事も可能だろう。
 何より、吸血団子、人も食べられるだけでなく、吸血鬼が血液より美味しいと感じる事が出来るというのが、凄かった。
 オマケに美容効果も多少あり、少しずつであるが、ネロのカサカサの肌のスキンケアにもつながっていた。
 ネロの醜い容姿に対するコンプレックスも少しはおさまるだろう。
 カノンが努力と交渉、発明を駆使してもぎ取ったカノンなりの初勝利だった。
 町の人とネロがたどたどしくではあるが、普通に会話しているのを見届けると気持ちが切れたのか、カノンは意識を失い、倒れ込み、寝息を立てた。
「ったく、バカ女が…てめぇそれでもプリンセスかよ、こんなとこで寝るんじゃねぇ!」
 悪態をつきながらカノンが頭を打たないように支えたユリシーズ。
「やったね、カノン」
「それ、みなさい、あんた達、カノンはやるときゃやるのよ」
 パストとシアンもかけよる。
「俺は認めねぇからな」
 ユリシーズは相変わらずだった。
 彼にとってはこんなのはまぐれ…たまたま上手くいっただけの事。
 たまたま、みんな善人だったから好転しただけの話だ。
 中には話し合いが全く通じない相手だっている…。
 話が出来たって、こんな回りくどいやり方がそうそう続くとは思えない。
 必ず、悪意を持った誰かにやられてしまう…。
 そう、思うからこそ、彼はカノンのやり方を反対し続けるのだった。

08 カノンの歌

「♪あなたはこっちを向いていたかもしれないけど
 君はあっちを向いていたね
 あなたはこっち
 君はあっち
 いつになったら向き合えるんだろうね
 ちょっと向きを変えてみてごらん
 あの子もこっちを見ているかも知れないよ
 いないいないばぁ
 いないいないばぁ
 あなたも私もここにあらわれた
 隠れてないで出ておいで♪」

 カノンはまた、即興で歌を歌った。
アクア編01話06 この町を題材にした歌だ。
 カノンはこうやって、交渉が成功した所へ歌を送っていこうと思った。
 歌は気持ちを明るくもしてくれる。
 幸せな気分にさせてもくれる。
 時には力をもらい…
 時には涙する…
 それが、カノンの歌だった。
 彼女はここで即興で作った歌以外にも自分の持ち歌を何曲も歌ってみせた。
 彼女の歌声が引きこもっていた人達も表に誘い、彼女の周りにどんどん人が集まって来る。
 歌い終わる頃にはみんなカノンのファンになっていた。
 カノンは人々に楽しむ娯楽を持ってきてくれた。
 美味しい食べ物のレシピも教えてくれた。
 珍しいおもちゃも持ってきてくれた。
 困っている人を助けてくれた。
 仲違いをしている間を取り持ってくれた。
 これで、どうして嫌えようか。

「♪待っていてくれる人がいる
 それは幸せなこと
 待っている人がいる
 それも幸せなこと
 人と人との繋がりは
 会いたいと思うかどうかでもひと味違う
 一緒に進める人がいる
 それは幸せなこと
 今は別の人もいる
 それも時には幸せなこと
 人と人との結びつき
 優しさと相手をおもいやるかでひと味変わる♪」

 カノンの中からどんどんメロディーが浮かぶ。
 彼女がノッている証拠だ。
 たくさんのアンコールと惜しまれる声で、彼女のコンサートは終了した。

09 ゼルトザーム

「俺は絶対ぇ認めねぇからな…」
「もう…そればっかり。ちょっとは認めてよ。頑張ったんだから」
「疲れ果てててめえが気絶してたら世話ねぇよ」
「…そうなんだよね〜もっと体力つけないと」
「んなこと言ってんじゃねーんだよ」
「じゃあ、どんなこと言っているの?」
「ちったあ、手前ぇの身体の心配もって何言わすんだよ」
「ふふ、ありがと」
「俺は、手前ぇの心配なんざしてねぇんだよ。ただ…」
「ただ?」
「何でもねぇっつってんだろ、はったおすぞ、こらっ」
「えぇ〜?何で?」
「何でもねぇよ、行くぞ、ほらっ」
「もう…」
 ユリシーズは相変わらず、カノンのやることは認めていない。
 他の七英雄達も様子を見ている感じだった。
 でも、みんな、何となく彼女を心配しているのはカノンにも解った。
 今はその気持ちだけで十分だった。
 その気持ちがわかれば、次もまた、頑張れる。
 そう思って、カノン達は惜しまれつつ、クロスシティーを後にした。

 しばらく歩くと一行は突然立ち止まり…
 アーサーが口を開く。
「そこのつけてる奴、何モンだ手前ぇ」
 そう、カノン達を町の中からずっと尾行している者が居たのだ。
「あら、バレちゃいました?すみませんね、尾行なんて生まれて初めてで。どうやって良いのか見当もつかなかったもので。やっぱり解らないようにやるのが礼儀ですよね〜」
 尾行していた男はそう答えた。
アクア編01話07 まるで、尾行がいつバレようと全然かまわなかったように。
「あの、どちら様でしょうか?私達は…」
「まて、こいつ怪しい…」
 カノンが訪ねる。
 続けて、自分達の事を名乗ろうとしたが、テセウスに止められる。
「申し遅れました。私、ゼルトザームというケチな者でして、はい…」
 ゼルトザームと名乗る男は軽い口調で答えた。
 だが、言葉とは裏腹にこの男がただ者では無く、全く底知れない力を持っていることはメンバー全員が気付いていた。
 まるで、いきなりラスボスでも現れたかのようだった。
 それだけの雰囲気をゼルトザームは持っていた。
 戦闘態勢に入るメンバー。
 それをカノンは手で制す。
「私達は戦うつもりはありません。出来れば話し合いでと思っています。ですから…どうか…」
「ほほほ、心配には及びませんよ。私も全然戦うつもりは、ありませんので。ただ、あなたに興味持ったんですよ、カノン・アナリーゼ・メロディアスさん」
 カノンの名前を言い当てる。
 それを聞いたユリシーズは
「手前ぇ、何故、姫さんの名前を知っている?答えろ」
 と威嚇した。
 それを見ても全く動ぜず、
「まぁまぁ、落ち着いて。私はとあるお方の下で働く者なんですが、私の主がカノンさんを大層お気に召されましてね〜」
「主ってぇのは誰だ?はけ!」
「ユリシーズ君、喧嘩腰は駄目。ごめんなさい、彼、口が悪くて。私達に敵意はないわ。よかったら、あなたのこと教えて下さい。どうして私を知っているの?」
「話せる事だけでしたら、お話しますよ」
「ありがとうございます。助かります」
「私の主は訳あってまだ、姿を見せられないんですよ。でも、とても大きな力を持っています。あなた方が想像もつかない程の」
「想像がつかないってクアンスティータじゃあるまいし…」
 シアンがつぶやくのも無理も無かった。
 クアンスティータとはこの世界では最強とされる化獣(ばけもの)の事で、神話の時代から語り継がれているが、実際にはまだ、誕生していない事になっている。
 もし、ゼルトザームの言う主がクアンスティータだとするのなら、訳があって姿を見せられないというのはまだ、誕生していないからという事になる。
 だが、誕生していないものがカノンに対して興味を持つかという点で矛盾する事になる。
 何でもありのクアンスティータならば、それもありかとも思えるが…
 クアンスティータでは無いとするならば、何なのかという事になる。
 クアンスティータ以外の化獣で言えば、ユリシーズ達が特殊能力を身につけてきた世界の所有者でもあるルフォス、そのライバル、ティアグラ等が有名であるが、ルフォスは吟侍の心臓に同化しているので、ここにいるはずがない。
 姿を現せないというのも納得がいくが、ルフォスはそんなややこしい真似をするタイプではない。
 どちらかと言えば単純バカ…そういうタイプの化獣だった。
 だから、ルフォスという可能性も無いだろう。
 ティアグラはどうだろうか…。
 結構前から、吟侍にはちょっかいをかけていたようだが、カノンには不思議とアプローチを仕掛けていなかった。
 だから、ティアグラの可能性も無いだろう…。
 ならば、他の化獣か、神御(かみ)または悪空魔(あくま)か…
 どちらにしてもそれくらいのクラスのものでないと想像以上の力を持っているというのは当てはまらないだろう。
「怪しいな…」
 ジャンヌもつぶやく。
 カノン以外はみんな警戒心を解いていない。
「怪しいですか?なら、姿形を変えましょう」
 ジャンヌの言葉に反応して、ゼルトザームは姿形を別の男性の姿に変えて見せた。
「こいつ…」
 ジークフリートが身構える。
「おやおや、これも駄目ですか?ならば別の…」
「いや、いい…なおさら信用出来なくなる…」
 タケルが変身を断った。
 怪しいとは思いつつ、七英雄が飛びかからない理由…
 それは、飛びかかれば、十中八九、全滅する事が解っているからだった。
 潜在能力がカノン達とはまるで違っていると感じるのだ。
 殺そうと思えば簡単にできるのにそれをしない…。
 そういう相手だと言うのが解った。
 緊張感が一気に走る。
 だが、それを遮ったのは
「やめましょうよ、お互い戦意は無いという事で良いじゃないですか。私はこういう性格ですので、誤解もあるでしょう。職業が道化師なもので。ふざけたピエロとでもお呼びいただいても結構ですよ」
「ふざけたピエロ…ですか…」
 カノンはキョトンとした。
 考えている事が解らないのは吟侍で慣れているはずなのだが、自らの事を【ふざけた】と呼ぶ相手にあった事はない。
「キャラクターの名前ですよ。私の役割です。本当にふざけている訳ではないんですよ。テーマパークに勤めていましてね。私は【ふざけたピエロ】という役割で、お客様にちょっとした悪戯をするのがお仕事なんですよ」
「あ、なるほど。お仕事大変ですね」
「いえいえ、好きでやっていることですから」
 緊張感の無かったカノンはゼルトザームを信用した様だ。
 だが、他のメンバーは信用出来なかった。
 それに気付いている様で話やすさからカノンと会話をする事にしたようだ。

10 次の目的地

「どちらに行かれるのですか?」
「はい、水の姫巫女様にお会いしに行こうと思っています」
「バカ、言うなって」
「ユリシーズ君、まず、相手の人を信用する事から始めようよ」
「手前ぇは解ってねぇんだよ、全然」
「もう…、少し黙ってて。ごめんなさいね、気を悪くしないでね。私達は人捜しをしています。それを占ってもらおうとこの星の姫巫女様の元に行こうと思っています」
 カノンはクロスシティーの町の人達に教わった水の神殿に向かう事を告げた。
 たまらず、ユリシーズが口を出す。
「アホか手前ぇは、少しは疑え」
「大丈夫よ、ゼルトザームさんが私達を殺そうと思ったら、すぐにでも殺せたのにそれをしなかった。私達はこの星に来たばかりで、この星の人達とも接点はほとんど無い。友達以外はね。だから、彼に私達を利用して得する事なんてなさそうだもの」
「んーなのわかんねぇだろうが、俺たちが知らない何かがあるのかも知れねぇじゃねぇか」
「疑っていたらきりがないよ。私は相手の方に信用してもらう事がこの旅を成功させる秘訣だと思っているわ。信用してもらうにはまず、こっちも相手を信用しないと始まらない。だから、私はこの人を信じる事にしたの」
「人じゃねぇだろ、こいつはどう見ても」
「私にとっては人、支え合って生きる、人よ」
「話にならねぇ…」
「理解して欲しいけど、それが無理なら、せめて、信用を失うような事だけはしないで、お願い」
「ちっ、勝手にしろ…」
「私は信用されていないみたいですね…」
「ご、ごめんなさい、本当に申し訳ないです」
「いえいえ、彼の言うことももっともです。私は正体不明の怪しい奴ですからね。信用しろという方が難しいと思いますよ」
「そんな…すみません…」
「悲しい顔をなさらないで下さいな。我が主はあなたを母の様に思っています。母上様が困る事は我が主も望みません」
「ゼルトザームさん、お優しいですね、すみません、その様な方を疑うような真似をして…」
「!そうだ、こうしましょう。私は時々、ご様子を窺いに来ます。その時、それまでの事を少しお話下さい。私の方はそれで結構です」
「そんなお気を使われても…かえって申し訳ないです…」
「私がいるとお仲間も緊張されるようですし、私の方はお話だけ聞かせていただければそれで結構ですから」
「すみません本当に…」
「では、これで、失礼します」
「はい、お元気で」
「あなた方も、旅のご無事をお祈りしてますよ」
 そう言うと、ゼルトザームの姿は掻き消えた。
 去り方もやはり、ただ者では無かった。

 消えたゼルトザームは次の瞬間、カノン達の次の目的地、水の神殿に着いていた。
アクア編01話08 それを水の姫巫女、ミズン・スイートランド(Mithen・Sweetland)が出迎えた。
 彼女には別の名前があった。
 水の星、アクアの支配者の一角、上位絶対者の一名、ブレセ・チルマ・フェイバリットという名前が…
「わが主のお気に入り…カノンさんがここを訪れます。優しくしてあげて下さいね…」
「ふん、クアンスティータのオモチャが何用かと思えば、そんな事か。どうかな…貴様が関わっているとなると簡単には会いたく無くなったな。何者じゃ、そやつは?」
「女神御セラピアの生まれ変わりですよ。もっとも、我々が興味あるのはそのさらに奥の資質ですけどね…」
「セラピア…クアンスティータの子守歌…あの化獣を眠らせる力を持つという女神御か…面白い…そやつと遊んで見たくなったわ」
「吟侍さん、同様にカノンさんも我が主のお気に入りですからね。くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ」
「ふん、いちいち、誕生もしとらん奴の事など気にしてられるか」
「我が主のご生誕を阻止なさるおつもりなら止めた方がいいですよ。主に何か出来るとしたら吟侍さんかカノンさんだけです…他の方には…」
「わかっておるわ。あんなどうしようもない化獣をどうこうしようなどとは思うておらんわ」
「解っていただけて、何よりです」
「聞かせろ、その女の何処が良いんだ?」
「カノンさんはこのアクアに攫われたお友達を救出に来ています…」
「それが、何だ?」
「その方法が、他の星に救出に向かった者と違っていまして、彼女は交渉でそれを行おうと思っているようです」
「はっ、バカかその女は?そんなやり方でどうなると言うのだ…」
「ブレセ・チルマさん、そこが、あなたと彼女の違う所ですよ…」
「何?」
「彼女は大まじめです。本気で交渉で救出活動をしようと思っています」
「ふはは、そんなやり方で出来る訳が…」
「…我々が手を貸せばどうですか?」
「…本気で言っているのか?そんな茶番に手を貸すと…」
「我が主にも出来ない事がありましてね…」
「………」
「無血解決…素晴らしいじゃないですか。もっとも、クロスシティーでは多少血は流れましたが、意味の上では無血解決と言って良いのではないかと思いますよ」
「…言っておくが、私は交渉には応じないぞ」
「でしょうね…我々もカノンさんの交渉術が見たいので、彼女の交渉の妨げになるような事はしませんよ。あくまでも、彼女には交渉で頑張ってもらいます」
「なら、まず、私を交渉の舞台に立たすんだな。話はそれからだ」
「ふふ、私も楽しみです」
「道化が…」
 そんなミズン(ブレセ・チルマ)とゼルトザームのやりとりがあったとは露程も知らなかったカノン達一行は、水の神殿があるとされている場所にたどり着き、そこに…
 【引っ越しました】
 という張り紙がしてあるのを見て途方にくれていた。
 星見で占ってもらうはずの姫巫女が水の神殿毎、引っ越していたのだ。
 無理もない話だった。
 仕方なく、カノン達は近くの集落か何かを探して、水の神殿について聞くことにした。

11 水の神殿を探して…

 カノン達は水の神殿のヒントが無いかと思って近くの町を訪れた。
 残念ながら、町の人達は突然、無くなったという事しか解らなかった。
 だが、旅の占い師という者が現れ、タダで占ってくれた。
 その結果は…
「水の神殿はその地図に示した場所のいずれかに瞬間移動する事ができるようだ」
「示した場所って、手前ぇ、百カ所以上あるじゃねぇか」
「ユリシーズ君、もう少し、丁寧な言葉で言ってよ。この方は占って下さっているんだから」
「何言ってんだ、これじゃ何処探したら良いのかますます、わからねぇじゃねぇか」
「そんなことはない…水の神殿の移動は大きなエネルギーを使う。一度移動すれば、一週間は動けないはずだ…先回りすれば…」
「なるほどね…水の姫巫女と知恵比べしろって事かしら?」
「もう、パストまで…ただ、お引っ越ししたって事でしょ」
「そうかな?引っ越すにしてはタイミングが良すぎるわ。簡単には会わないって事じゃないの?わざわざ、引っ越したって置き手紙まで書いて…」
「…うーん…そう言われると…」
 パストの言葉にカノンも悩み出す。
 確かに、引っ越したというのは誰かにあてた手紙だと思ってしまう。
 張り紙だとすぐにはがれ落ちるという可能性もあるのだ。
 近いうちに水の神殿を訪れる者のために残したとしか思えない。
 ひょっとして、試しているの?
 そうも考えられる。
 だとすればどうすれば良いのか…
 例え手分けしても移動した場所は百カ所以上のどこかだ。
 ビンゴ!と言う訳にはなかなかいかないだろう。
 だとすれば、動きを読む必要がある。
 相手の裏をかくには…
 それを考えたカノンは班を三つに分けた。
 一つはカノン、ユリシーズ、ジャンヌの班
 二つ目はパスト、アーサー、ジークフリート、テセウスの班
 三つ目はシアン、タケル、ヘラクレスの班だ。
 パストの班もシアンの班も手当たり次第探し回った。
 だが、カノンの班は部屋にこもったり買い物をしたりして、大して動き回らなかった。
 そうこう、している内に、また、一週間が経過した。
 そして、カノンの班は元々、水の神殿があった場所に来ていた。
 そこには、水の神殿が現れていた。
 カノンは考えた…
 水の神殿のある候補地は無数にある…
 ランダムに動き回れば見つからない可能性の方が高いがそれでも見つかってしまうという可能性も0ではない…。
 だとすれば、どうすれば、見つかる可能性を極力減らせるか…
 それは、元あった場所に戻れば良い…
 引っ越したと書いたのだから、誰も元の場所に戻るとは思わない…
 そう考えた。
 探す方は100カ所以上ある水の神殿を片っ端から探すが元の場所は自然と探さない。
 だから、元の場所に戻って来てしまえば当分、見つからない…
 ミズンはそう考えると思って戻ったのだ。
 そして、カノンの考えは見事的中し、水の神殿は元の位置に戻って来たのである。
 カノンの大手柄だった。
「すげぇ…何で解ったんだ…?」
アクア編01話09 「へへー、吟ちゃんがね、かくれんぼでよく使う手なんだよね〜。一度探した場所は探さない…。それを逆手に取って隠れるの。みんな見つからない見つからないって言ってたけど、一緒に隠れていた私は知ってたの。だから、吟ちゃんは私が鬼の時はつかわないんだよね〜」
「ちっ、また、吟侍のアホか。しかし、いい年こいてなにやって遊んでんだ、ガキか、お前ら」
「あ、かくれんぼ、結構楽しいんだよ。見つかるんじゃないか、見つかるんじゃないかってドキドキしてね…」
「んなことどうでも良いんだよ…乗り込むぞ」
「もう…これからが良いところなのに…頼もう…なんてね」
「バカ言ってないで行くわよ」
「ジャンヌちゃんもノリが悪いんだから」
「あんたのバカにいちいち付き合うつもりはないわ」
「バカって言う方がバカなんですぅ」
「…ガキ…」
「もう…」
「早くしろ、バカ女」
「はい、わかりました…ごめんください」
 雑談をやめてカノン達は水の神殿に乗り込んだ。
 それを遠巻きに見ていたミズンは…
「…ただのバカではないようだ…それなりに知恵もまわる」
 と言った。

12 水の姫巫女との対面

「さて、どうしたものか…このまま、居留守を使うという手もあるが…ここは一つ、どんな女か見るのも一興か…」
 ミズンはしばし、考えた後、カノンと会うことに決めた。
 クアンスティータが興味を持つ女…
 それが何者か興味があったのだ。
 そして、奥の間でカノンを待つことにした。
 しばらくしてカノン達は奥の間に通された。
 そこに待っていたのはミズンと思われる人影が20程あった。
 20名のミズン達は一斉に声を出した。
「この中の誰が、ミズンはおわかりかな?」×20
 ここでもカノンを試すつもりだった。
「また、訳のわからねぇ事を…」
 短気なユリシーズはいらついてきた。
 それを手で制したカノンは落ち着いていた。
 彼女は20名を見比べて20名の内の誰か…
 にではなく、カノン達を奥の間に連れてきた女性に話しかけた。
「【この中】というのはもちろんあなたも含みますよね、ミズンさん」
アクア編01話10 「ほう…何故、私が、ミズンだと?」
「あちらの方々は皆さん、ある方向を見ていました。あなたの居る方向を。まるで、指示を仰ぐみたいに…」
「…なるほど…面白い女だ…もう良い、下がれ、大根共」
「も、申し訳ありません」×20
 ミズンは偽物20名を下がらせた。
「姫さん、この女…」
「解っています…ミズンさん…いえ、上位絶対者さんとお呼びした方が良いですか?」
「…何のことか…」
「…では、ミズンさんで…私達は交渉に来ました。友達をかえしてもらうために…」
「そうか、それは知らなんだ…」
 とぼけるミズン。
 だが、直感的にカノンがこのミズンも友達を攫った絶対者、アブソルーターの仲間だと悟っていた。
 彼女の交渉術が何処まで通用するかはわからない…
 だが、やるしかない状況だという事をカノンは肌で感じるのだった。
「頑張って下さいな…期待していますよ…」
 それをカノン達に気付かれないようにゼルトザームが見ていたのだった。

登場キャラクター説明


001 カノン・アナリーゼ・メロディアス

カノン・アナリーゼ・メロディアス アクア編の主人公で、ファーブラ・フィクタのメインヒロイン。
 メロディアス王家の第七王女にして、発明女王兼歌姫でもあるスーパープリンセス。
 恋人の吟侍(ぎんじ)とは彼女が女神御(めがみ)セラピアの化身であるため、同じ星での冒険が出来なかった。
 基本的に無法者とされる絶対者・アブソルーターを相手に交渉で人助けをしようという無謀な行動をする事にした。
 発明と歌、交渉を駆使して、攫われた友達救出作戦を実行する。







002 ユリシーズ・ホメロス

ユリシーズ・ホメロス 不良グループ七英雄のリーダー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、【浮かび上がるタトゥー】、【反物質の盾】、【トリックアートトラップ】という三つの異能力を得る。









003 アーサー・ランスロット

アーサー・ランスロット 不良グループ七英雄のサブリーダー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、気の粘土【クレイオブマインド】という異能力を得る。











004 ジークフリート・シグルズ

ジークフリート・シグルズ 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、槍降らせの雲【スピアクラウド】という異能力を得る。











005 テセウス・クレタ・ミノス

テセウス・クレタ・ミノス 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、怪物達を虜にするフェロモンを身につけ、化け物後宮【モンスターハーレム】という異能力を得る。










006 クサナギ・タケル

クサナギ・タケル 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、様々な奇剣を得た剣士。











007 ヘラクレス・テバイ

ヘラクレス・テバイ 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、第三の腕という異能力を得る。
 力自慢。










008 ジャンヌ・オルレアン

ジャンヌ・オルレアン 不良グループ七英雄のメンバーでは紅一点。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、不思議な羽衣を得る。











009 パスト・フューチャー

パスト・フューチャー カノンの親友。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、【契約のサイン】という特殊能力を得る。
 野球のサインなどの様に一定の動作をする事で自然現象などに効果をもたらす事が出来る。
 一度、使ってしまうと、そのサインは無効となり、再契約する必要がある。









010 シアン・マゼンタ・イエロー

シアン・マゼンタ・イエロー カノンの親友。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、魔法の糸を得る。
 魔法の糸は10本の指に一つずつ結ばれていて、普段は見えない。












011 クロス・ファントム(ネロ)

ネロ 下位絶対者・アブソルーターである。
 昼間はネロと名乗り、醜い容姿のために迫害を受けていた。
 夜は吸血鬼クロス・ファントムとして、人々を襲っていた。
 自分の容姿にコンプレックスを持っている。
 話しかけてきたカノンに戸惑う。











012 ゼルトザーム

ゼルトザーム クアンスティータのオモチャと呼ばれるふざけたピエロ。
 実力の方は未知数だが、少なくともカノン達が束になってかかって行っても勝てる相手ではない。
 主であるクアンスティータがカノンを母と認めた事から、彼女を見守る様につかず離れずの立場を貫く。
 ブレセ・チルマとは顔見知り。









013 ミズン・スイートランド(ブレセ・チルマ・フェイバリット)

ブレセ・チルマ・フェイバリット 水の姫巫女。
 ミズンは偽名で、正体は、アクアの星を支配する7名の上位絶対者・アブソルーターの内の1名、ブレセ・チルマ・フェイバリット。
 正体を隠して、水の神殿に修行に入り、姫巫女にまでのぼりつめた。
 頭が良く、カノンと知恵比べをする。