第004話 オリウァンコ編その1

アクア編挿絵004−01

01 第一本体クアンスティータ・セレークトゥース誕生


「姫さん」
「カノン」
「姫さん」
 気を失っているカノンにユリシーズ達がかけよる。
 それを見て、ゼルトザームはカノンを下に下ろした。
「心配ありませんよ。大分お疲れですが、基本的には気を失っているだけです」
 ゼルトザームはみんなに伝えた。
 それを聞いたユリシーズ達は安堵する。
 間違っても彼女には死んで欲しくないからだ。
 ゼルトザームは、そのまま、自身の背後に向かって声をかける。
「どうします?いよいよあの方もご生誕なされる時が近づきました。あの方が誕生されたら、あなたの好きなようには絶対にさせませんよ、オリウァンコさん」
 と。
 【オリウァンコ】と言う言葉を聞いて、一同騒然となる。
 オリウァンコと言えば、8番の化獣(ばけもの)を指す名称だ。
 化獣の中でも最弱とされ、それ故に最強の力を持つ、クアンスティータの力を欲する化獣だ。
 神話の時代はカノンが化身となっている女神御(めがみ)セラピアのストーカーをしていた化獣だ。
 今世ではカノンにつきまとっているが、ゼルトザームがそれを悉く退けてくれている。
 ゼルトザーム無しには勝てない相手、それがオリウァンコでもある。
 ゼルトザームにはお見通しというのが解ったので諦めたのか、隠れていたオリウァンコは出てきた。
「私は殺されるのか……」
 半ば諦めたようにゼルトザームに質問する。
 ゼルトザームはクアンスティータのオモチャと呼ばれる怪物だ。
 彼の言葉はクアンスティータの代弁をする事と判断しても良い。
「あなたと違ってあのお方はそんな理不尽な事はされませんよ。ちゃんと手順を踏んで正式のものであれば、カノン様に対して害がないと判断すれば、何もされませんよ」
「信用して……」
「良いと思いますよ。僕はあの方ではないのではっきりと断言はできませんが」
 ゼルトザームの言葉に一安心したのか、ゼルトザームはユリシーズ達に正式に勝負を申し込んだ。
 カノンは攫うのではなく、正式に客人として招待する。
 その上で取り戻したくば、オリウァンコの用意する刺客達を突破して見せろとそう言うのだ。
 ユリシーズ達にとって見れば、そんな勝負、正式だろうがなんだろうが、受ける理由は無い。
 黙っていれば、クアンスティータに気に入られたカノンがオリウァンコに何かされる心配はないのだから。
 だが、ユリシーズ達にとっては、一度、オリウァンコの殺戮を味わっている。
 ゼルトザームによって無効にはなったが、苦い思いをした記憶はちゃんと残っていた。
 ユリシーズ達は、正直、カノンの戦わず、交渉によって事を納めるという考え方には賛同していない。
 やはり、気に入らない奴はブッ倒して通る。
 それが、七英雄として今までやってきた方法だ。
 売られた喧嘩は買うのが流儀なのだ。
 シアンとパストは反対したが、七英雄は総意で、オリウァンコの勝負を了承した。
「ちょっと、あんた達、カノンに相談も無しに何、勝手に決めてんのよ」
 シアンが怒る。
 パストも同意見だ。
「うるせぇな、これは俺達が売られた喧嘩なんだよ。姫さんは関係ねぇ。心配ならお前らは姫さんについてろ。後は俺達が助けにいくまで黙って見物でもしてろ」
 とアーサーが言った。
 多数決でオリウァンコとの勝負は受けるという事に決まってしまった。
「これは正式な勝負だ。例え殺されるとしたって、文句は言わせねぇ。姫さんにもな」
 とジークフリートが言う。
 七英雄は全員が抗戦賛成派だ。
 シアンとパストが何を言っても聞かなかった。
 ゼルトザームも正式にこの勝負を認めてしまったので、反対しきれなかった。
「後で正式に迎えを出す」
 と伝え、オリウァンコは去っていった。
 意見を違える七英雄とシアン、パストの両者。
 だが、それを気にしている状況ではなくなる。
 しばらくすると、
「だぁだぁ……」
 という声がした。
 その声に対し、ゼルトザームは
「ご生誕、おめでとうございます。クアンスティータ様、このゼルトザーム、心よりお待ち申し上げておりました」
 と言った。
 フッと上空を見ると、小さな何かが見える。
 その小さな何かは少しずつ降りてきて、やがて肉眼でも確認出来るようになった。
 見ると赤ん坊だった。
 生まれたばかりというよりは、生まれて少し経って髪の毛なども生えて来た頃の姿形をしているが、確かに赤ん坊だ。
 宙に浮かぶ赤ん坊という所からも異常ではあるが、問題はその赤ん坊の気配が一切感じないという事だった。
 力を全く感じない――いや、違う、ユリシーズ達がその気配を感じる能力を絶っているのだ。
 だから、全く何も感じないのだ。
 明らかに知ることを拒否している。
 その場に居る絶対者アブソルーター達もまた同じ反応だ。
 確実に理解する事を恐怖している。
 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……
 誰とも無く、歯をカチカチ鳴らし震えて来ていた。
 怖い――とにかく、その赤ん坊が怖い――
 逃げ出したいけど身体が動かない――
 そんな絶望感が支配した。
 やがて、その赤ん坊は建物の影に隠れた。
 物陰から顔を出しては、引っ込める。
 また、顔を出しては、引っ込めるというのを繰り返す。
 どうやらかくれんぼをして遊んでいるようだ。
 無邪気に遊ぶその赤ん坊をゼルトザームと眠っているカノン以外は恐れていて動けない。
 無限とも思える時だったが、実際には数分後、カノンは目を醒ます。
「みんな、どうしたの?」
 カノンは辺りをキョロキョロと見回す。
 そして、物陰に隠れてかくれんぼをしている赤ん坊を見つけてほほえみかける。
「あら、可愛い。――おいで」
 と赤ん坊に声をかける。
 その声を聞いた赤ん坊は、
「まんまっ……」
 と言ってカノンの元にフワッと浮いたまま近づいてきた。
 その赤ん坊の名前は第一本体、クアンスティータ・セレークトゥース――本物のクアンスティータだった。
 実は同時刻、吟侍達の前にもこのクアンスティータ・セレークトゥースは出現している。
 クアンスティータにとって、存在は一つという概念は存在しない。
 その気になれば、全く変わらないパワーのまま身体を複数に分けることなど、造作も無いことだった。
 この場合、クアンスティータ・セレークトゥースは芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)とカノン・アナリーゼ・メロディアスの二人に会いたいと思ったから、身体を二つに分けたのだ。
 カノンと吟侍が別の場所に居たからセレークトゥースも身体を二つにした。
 ただ、それだけの事だった。
 吟侍の居る方ではクアンスティータの産みの母、ニナ・ルベルは役目を終え、別次元へと姿を消した。
 父、怪物ファーブラ・フィクタは第二本体クアンスティータ・ルーミスを産ませるため、ニナ・カエルレウスの元へと去っていった。
 産みの父母が姿を消したので、吟侍とカノンに父母の代わりを求めてやってきたのだ。
 吟侍は怪物ファーブラ・フィクタの後世の姿であり、カノンは生体データをクアンスティータに提供したため、もう一人の母と言って良い存在。
 だからこそ、二人を求めてクアンスティータ・セレークトゥースはやってきたのだ。
 そういう意味からある意味、母でもあるカノンはクアンスティータに対する恐怖心は無かった。
 むしろ、何者にも代え難い程の愛おしさを覚えた。
 クアンスティータを抱くカノン。
 その表情は聖母の様だ。
「くーちゃん……」
 カノンから言葉が漏れる。
 何となく、これがクアンスティータだと解ったため、その愛称として【くーちゃん】と言ったのだ。
 周り全てが恐れるクアンスティータに対し、目に入れても痛くないくらいの愛情が湧いて出てくる。
 この子は悪い子じゃない――。
 ただ、強すぎて、他の悪い人達に狙われやすいだけ――。
 守ってあげなきゃ――。
 そんな気持ちが強くなった。
 カノンの愛情を受け満足したのか、クアンスティータはすぅっと消えた。
 元の身体と一つになったのだ。
 クアンスティータ・セレークトゥースは消えたが、代わりに現れた存在が居た。
 その存在もやはり、クアンスティータだった。
 第一側体、クアンスティータ・トルムドア――第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースに従属する本物のクアンスティータだった。
 元々、このクアンスティータ・トルムドアがカノンから生体データを抜き取り、他のクアンスティータに情報を送ったのだ。
 そういう意味ではカノンと因縁深いクアンスティータと言えた。
 容姿はカノンそっくり。
 それがクアンスティータ・トルムドアだった。
「あのね、お話があるの……」
 とクアンスティータ・トルムドアはカノンに告げた。
「何かしら?」
 と答えるカノン。
「こっち、こっち……」
 手招きするクアンスティータ・トルムドア。
 カノンはふらっとトルムドアが手招きする方に歩いていく。
 すると、カノンがそれまで立っていた位置から、もう一人のカノンが現れた。
 クアンスティータ・トルムドアはカノンと話をするために、カノンのダミーを用意したのだ。
 それはゼルトザームでさえも気づかない見事な手際だった。
 後に残されたカノンをその場に居る全ての存在が本物だと思いこんだ。
 カノンのダミーはカノンだったらこう行動するという動きをするだろう。
 だからこそ、カノンがその場を離れてしまった事に誰も気づかない。
「あなたは……?」
 問いかけるカノン。
 クアンスティータ・トルムドアは、
「ようこそ、トルムドア・ワールドへ。カノンママ、ご招待するよ」
 と告げた。
 こうして、カノンは人知れず、一人でクアンスティータ・トルムドアが所有する宇宙世界、トルムドア・ワールドへ連れ去られた。
 物語は、本物を余所に進んで行く。


02 オリウァンコからの挑戦状


 本物のカノンはトルムドア・ワールドへと消えて行ったが、ダミーカノンを本物と思いこんでいるユリシーズ達はオリウァンコに対しての問題に触れる。
 クアンスティータ・セレークトゥースの誕生で一旦は中断したが、ユリシーズ達、七英雄は、オリウァンコの挑戦を受けている。
 それを後で聞かされたダミーカノンは抗議したが、ユリシーズ達は断固として聞かなかった。
 そのまま、オリウァンコの招待を受けてくれと言われて渋々納得した形で、ダミーカノンは招待とは名ばかりの人質になる運命を受け入れた。
 カノンのその反応に、一応は、納得したのだが、ユリシーズやシアン達は全員、どこか違和感を覚えた。
 彼女はこういう行動をするか?という疑問符が心のどこかに浮かんだが、それはすぐにかき消された。
 クアンスティータ・トルムドアが僅かな疑問は消える様に思考を操作し、そうし向けていたからだ。
 一瞬、抱いた疑問はそのまま掻き消えた。
 そして、ダミーカノン、シアン、パストの三人はオリウァンコの居城へと招待され、ユリシーズ達は修業をした後、オリウァンコの城へ向かうという事になった。
 修業と言っても、時間がかかる事ではなかった。
 クアンスティータ・セレークトゥースに分けて貰った特別時間を利用して、ゼルトザームが修業をある程度サポート。
 特別時間が終了したら、ゼルトザームはオリウァンコの城に一足早く行き勝負の立ち会い者として、役目を全うする事になっている。
 ゼルトザームがユリシーズ達を鍛えるのは、このままだと、オリウァンコに有利過ぎるからだった。
 ある程度、ユリシーズ達にも反逆の力を与えないと勝負としては成立しないとして、修業を手伝うことにしたのだ。
 勝たせようと思って手伝うわけではないので、オリウァンコに勝てるかどうかはユリシーズ達の頑張りしだいという事になるだろう。
 一方、オリウァンコの方は、ユリシーズ達全員を倒したら、正式にカノンにプロポーズさせて欲しいと思っていた。
 大事なのはカノンの気持ちなのだが、それでは、オリウァンコに希望はない。
 なので、強引だが、ユリシーズ達に勝つという形でプロポーズを正式なものとして成立させたかったのだ。
 カノンと夫婦になれるという事はカノン、そして、女神御セラピアが持つとされているクアンスティータを眠らせる歌の力を手にする事でもある。
 最弱の化獣であるオリウァンコとしては、その力はどうしても手に入れたい事だった。
 愛情ではない。
 だからこそ、カノンはオリウァンコには決して靡かないのだろう。
 それはオリウァンコも解っていた。
 問題のすり替えだろうとなんだろうと卑怯な手を使わなければ、それで良い。
 何となく、正式だと判断されるのであれば、それにのっとって、勝ちを狙う。
 それが、オリウァンコの描いた筋書きだった。
 とは言え、化獣の中で唯一、神御(かみ)や悪空魔(あくま)でも単独で戦えるくらいとされているオリウァンコは勢力としての力もそれほど、強力な手駒が居るというわけではなかった。
 だが、自身の勢力を総動員させれば、かなりの戦力となる。
 オリウァンコは自身の勢力から精鋭をかき集める事にした。

 実際には目的となっている本物のカノンはそこには居ない。
 彼女はトルムドア・ワールドへ連れ去られたのだから。
 その事には気づかない双方は本命の居ない虚しい戦いに全力を注ぐのだった。
 オリウァンコは自身の持つ最強戦力8つを緊急招集した。
 8番の化獣であるオリウァンコにとって8という数字は特別な意味を持つ。
 この8つの勢力に自身の持てる全てを注入しようとしていた。
 オリウァンコの強力な加護を得て、力を増す8つの勢力。
 8つの勢力の内、bPの勢力はオリウァンコの警護に回し、残り7つは、その周りの各地に配置した。
 七英雄はその文字の通り7名なので、七英雄達は各最強戦力1つずつとぶつかる事になる。
 絶対者アブソルーター達はカノン救出に名乗りを挙げたが、今回は七英雄対オリウァンコの勝負だという事で参加は認められなかった。
 ゼルトザームに本気で反対されれば、刃向かう術はない。
 が、それでも、惑星アクアの代表者達である絶対者アブソルーター達を通して、住民達に情報が渡った。
 住民達はみんな、カノンの無事を祈った。
 惑星アクアを救ったカノンはもはや、英雄として、聖女として奉り上げられていた。
 なぜなら、クアンスティータの双子、クアースリータ誕生による被害を最小限に抑えたのはカノンの力が大きいのだから。
 七英雄達がカノンを救うと聞いて、激励の言葉をかけに各地からやってきた。
 ユリシーズ達は胸がチクリと痛くなった。
 表向きはカノンを救うために、ユリシーズ達が戦いに行くという事になったが、カノン自身はこの戦いは望んでいない。
 むしろ、これは、ユリシーズ達がカノンの了承も得ずに戦いを勝手に始めたことなのだから。
 そういう後ろめたさはあった。
 だけど、オリウァンコはカノンを悲しませたというのは事実。
 そんな相手を野放しにしてはおけない。
 それがユリシーズ達の行動理由だった。
 迷いを吹っ切り、ユリシーズ達はそれぞれ割り当てられた戦場へと赴くのだった。
「よく来たな人間共……」
 その場にはオリウァンコが待ち構えていた。
 オリウァンコの背後には七つの扉がある。
 それぞれの入り口から入り、待ち構えている刺客を倒して、カノン(ダミーカノン)達が招待されていて、オリウァンコとオリウァンコの最強の刺客達が守る城にやって来いという事を説明した。
 まずは、招待という形で、カノン(ダミーカノン)、シアン、パストの三名を迎えに来たのだ。
「みんなの事、信じているから……」
 とダミーカノンは本物のカノンだったら言うだろうと思われる台詞を言った。
 誰も、ダミーカノンのセリフだとは思っていない。
 カノン本人の言葉として受け取っている。
 仲間達がカノン本人と信じて疑っていないダミーカノンとは何なのだろうか?
 その正体は【ファーミリアリス】と呼ばれる存在だという事はこの場に居る誰も気づいていない。
 【ファーミリアリス】とはクアンスティータが生まれる時に出てくるクアンスティータ以外の部分の事を言う。
 人間に例えれば、赤ん坊が生まれる時に母親の胎内から出てくるのは赤ん坊だけではない。
 それ以外の部分も存在する。
 羊水や血液なども出てくる。
 クアンスティータの場合、それが、そのまま寄り集まって、意思を持って動くという事になる。
 ニナ・ルベルから生まれたのでこれは【ファーミリアリス・ルベル】という事になる。
 クアンスティータ・トルムドアはこの余った部分を有効利用して、カノンの生体データを【ファーミリアリス・ルベル】に流し込んだのだ。
 元々がカノンの生体データであるので、他の者にはカノンと区別がつかない。
 こうしてダミーカノンは作られた。
 カノンそっくりな容姿をしているが、中身は全くの別物……それが、ダミーカノンとなる。
 あくまでも、カノンの容姿と行動パターンを真似ているだけだ。
 だが、カノンの深い感情までは真似しきれない。
 そのため、一旦は、違和感を覚えていたのだ。

 ダミーカノン達を丁重に招待したオリウァンコが去った後、七つの扉が開いた。
 それは、七英雄には一人一つずつ、扉の中を進んでいけという事を意味している。
 一応、正式という名目がある以上、姑息な手段はオリウァンコの首を絞めることにもつながるからそれはしないだろう。
 だが、その代わり、オリウァンコが用意した最強の刺客達がそこで待っているという事になる。
 激戦になる事は容易に想像がついた。
「お前ら、覚悟は良いか」
 ユリシーズが他の6名に檄を飛ばす。
「おぉっ!!」×6
 他の七英雄達が吠える。
 7名はそれぞれの扉へと向かって行った。


03 ジャンヌ・オルレアンの戦い


 七英雄達は各扉へと入って行った。
 七英雄の紅一点、ジャンヌ・オルレアンもまた、扉の一つへと入って行った。
 扉の中には、巨大な一本道があった。
 道の端から端までが見えない。
 それくらい広かった。
 基本的にオリウァンコは所有する宇宙世界を持たない化獣だ。
 勢力を収納する空間のスペースはあるが言ってみれば勢力を住まわせておく部屋のようなものでしかなく、とても戦える空間スペースを持っているとは言えない。
 なので、空間を作る能力のある者の力を借りて疑似的に作ってもらっているという事になる。
 オリウァンコの配下にその力を持つ者がいるという事だろう。
 ジャンヌは不思議な羽衣で望遠メガネを作り、道の先を見た。
 関所と思われる場所が八カ所見える。
 オリウァンコという化獣は8という数字にこだわる事で有名だ。
 自身が8番の化獣なので、その数字を重要視する。
 他に、クアンスティータの関連数である13や24にも固執しているが、最も重視している数字は8だ。
 なので、自身の勢力に8の意味を持たせる事が多い。
 この八カ所の関所もその内の一つなのだろう。
 最弱であるが故に、自身の存在感を必死にアピールするという事でもある。
 要はこの八カ所の関所を突破しろ――そういう事なのは容易に想像がついた。
 だが、8に勢力を合わせるのには無理がある。
 八カ所の内、数カ所は単なる数合わせという可能性が強い。
 最初の内は肩慣らしか……ジャンヌはそう判断した。
 実際、その通りだった。
 最初の関所に居た男――その男は名前を名乗っていたが、ジャンヌは記憶していない。
 記憶するまでもないと思っている。
 その男は獣面棒(じゅうめんぼう)という棒を操る格闘家だった。
 獣面棒はその先端が獣の首になっていて、攻撃すると、その顎が動いて、敵に噛みつくというものだが――ただ、それだけだ。
 ジェンヌは修業の成果を発揮するまでもなく、軽くいなし、倒した。
 続く二カ所目の男も記憶に無い。
 印象が薄い。
 トゲのついた鞭の先が鎖鎌のようになっている武器を使う男とだけ記憶した。
 瞬殺だったので、他に何も覚えていない。
 三カ所目は、女だった。
 だが、それだけだ。
 印象はやはり薄い。
 武器はつけ爪、ごつごつした何かを爪に盛っていた――それくらいの印象しかない。
 最初の三名は単なるオマケ――そんなところだろう。
 問題は次の四カ所目の関所……ここからが本番だ。
「あんたの名前は……?」
 ジャンヌは尋ねる。
 さっきまでの刺客とはまるで雰囲気の違うこの刺客の名前はとりあえず覚えておこうと思った。
 今までの三名は元々持っていた能力、不思議な羽衣の力で難なく倒してきている。
 だが、今度の相手は一筋縄ではいかないかも知れない。
 そんな予感がした。
「人にものを尋ねるときは自分から名乗るもんだ」
「そうかい、それは悪かったね、あたしの名前はジャンヌ・オルレアン。七英雄ってグループの紅一点って事になっている者だよ。あんた達の主に喧嘩売られてね。喜んで買わせてもらってここに来たんだけどね」
「俺の名はバンゴ。お前を殺す者だ」
「ふぅーん、出来たら良いね」
「……恐怖は無いのか?」
「少なくとも、あんたにゃ無いね。クアンスティータは正直、おっかなかったけど」
「……クアン……」
 ……スティータと続けるのをバンゴはためらった。
 バンゴの主であるオリウァンコがしきりに気にする最強の化獣――その名を迂闊に口に出すわけにはいかないという事なのだろう。
 バンゴはどれだけの実力を持っているかは知らないが、それでもクアンスティータを恐れている存在であるという事は間違いはない。
 不思議な事に相手がどんなに実力を持っていようが、それが、クアンスティータを恐れていると聞くと何だ、そんなもんかと思えて来てしまう。
 クアンスティータの誕生時に同じ宇宙世界に居たという事の影響なのだろうが、強い相手に挑む勇気を貰えるというのはありがたい事でもあった。
 バンゴがどんなに強敵だろうが、自分は実力以上の実力を発揮してでも勝つ。
 そうジャンヌは思った。
 バンゴの見た目は浅黒い肌の男性という割と普通に見かけるタイプだ。
 これまでの関所に居たのは全員、武器を携帯していたが、見たところ、バンゴにそれはない。
 この扉の刺客の共通点は武器かと思ったが、違うのか?
 そう思ったが、仕掛けて来たバンゴの腕がジャンヌに伸びた瞬間、体内に隠された隠し分銅が彼女を襲う。
 不意を突かれたので、避けきれなかった。
 ちょっとかすった。
 どうやら、体内に隠し武器を持っているようだ。
 半分生命体、半分、からくり人形といった感じだ。
 体内のあちこちに隠し武器を装備している、それがバンゴという男だった。
 バンゴは手を伸ばす。
 またか、これは隠し分銅が出てくるんだろとジャンヌは思ったが、出てきたのは、毒針だった。
 元々避けるつもりだったのでかわし切れたが、思っていた武器と別の武器が出てきた。
 からくり人形ではないのか?
 ジャンヌは多少、戸惑った。
 それを見たバンゴは、
「始めに言っておいてやろう。俺の身体はスーパーナノマシンで絶えず肉体改造が行われている。つまり、同じ動作でも別の攻撃となるのだ。攻撃パターンが読めない、それが俺の戦い方だ」
 と自画自賛した。
 自分の特性を言うという事はよほど自信を持っているのか、それとも、力を持て余しているだけの雑魚なのか、それはわからない。
 だが、前の三名よりは強敵であることは間違いなかった。
 ジャンヌは不思議な羽衣を構えた。
 強敵ではあるが、従来の不思議な羽衣でも戦える――そう、判断した。
 不思議な羽衣は敵に巻き付かせる事によって、羽衣にしみこんだ毒性物質を与え、ダメージを与えるという事を基本攻撃パターンとしている。
 通常の敵を倒すのであれば、それで問題とはしない。
 だが、今回の敵はそれだけでは倒せそうもない。
 技量が今までの敵よりも数段上だからだ。
 だからといって不思議な羽衣が全く使えないかと言うとそうでもない。
 不思議な羽衣は伸縮自在なので、それを丁度良い大きさに縮小させ、両方の手のひらに巻き付かせる事で、手ぬぐい型の武器として使える。
 ジャンヌはバンゴの攻撃を交わしつつ、背後に回り、背中合わせになった状態で、不思議な羽衣をバンゴの首に巻き付かせた。
 グギンッという音がしてバンゴの首が折れた。
 だが、体内のスーパーナノマシンがバンゴの身体を修復する。
 それは、ジャンヌも承知していたのか、動きの止まったバンゴの身体を不思議な羽衣で包み込む。
 ミイラ男のような状態になり、バンゴを拘束するジャンヌは、そのまま、不思議な羽衣にしみこんだ毒素を使って、バンゴのスーパーナノマシンを破壊していく。
 やがて、毒素が、スーパーナノマシンの改造力を上回り、バンゴは絶命する。
 なかなかの強敵だったが、ジャンヌの方が一枚も二枚も上手だった。
 続く5つ目の関所で待っていたのは、ラボズという男だった。
 見た目は四つの瞳、三本の角などの特徴がある。
 肌は、赤い。
 武器はブーメランだ。
 このブーメランは手元に戻ってくる時はブーメランに戻るが、敵であるジャンヌに攻撃時には、別の形状になる。
 言ってみれば形状記憶ブーメランだ。
 ジャンヌ攻撃時には様々な形に変わるので、これもまた対処に困る。
 また、そのブーメランは一つではない。
 30ものブーメランを次々に放つので、隙がなかなか見えて来ない。
 だが、ジャンヌは冷静に判断し、形状記憶ブーメラン1つ1つを不思議な羽衣に取り込み、地道に破壊して勝利に持っていった。
 6つ目の関所では誰も待っていなかった。
 スナイパーが遠距離からジャンヌを狙って狙撃した。
 ジャンヌは前回の戦いで取り込んだブーメランを加工して、スナイパー用に改造し、見事、逆狙撃で敵を倒した。
 倒したが、相手が遠距離だったので、名前までは聞けなかった。
 7つ目の関所で待っていたのは、大鎌を持った女戦士だった。
 名前は、タリテ。
 なかなかの強敵ではあったが、このタリテまでは不思議な羽衣を駆使して勝利をおさめる事が出来た。
 最後の8つ目に待っていたのは幻妖斉(げんようさい)と呼ばれる老人だった。
 両手には石を持っている。
「ひょっほっ……綺麗なねーちゃんじゃのう。じゃが、わしも最後の関所を守る者として負けられんでの。まずは、儂の武器を使うに足る者かどうか計らせてもらうで、ええの?」
 と言った。
 石は本来の武器ではなく、あくまでもジャンヌの実力を試すためのものであるらしい。
 目の前の敵は年寄り、しかも手に持っているのはただの石――大した相手ではないとふんで向かっていったジャンヌだが、幻妖斉は巧みな技を繰り出し、石でもジャンヌに大ダメージを与えた。
「じ、じじぃ……」
「口の悪いねーちゃんじゃのう。もう少し愛想を振りまいた方が男も喜ぶと思うで。ほれっいうてみぃ」
「バカにしやがって……」
「すぐ、そうやって頭に血が上る。お前さんじゃ儂には勝てん」
「だまれ、片足だけじゃなく、両足棺桶に突っ込んでやる」
「無理無理……儂はお前さんの動きが丸見えじゃからのぅ。ほーれ、スぅリスリ……」
 攻撃を交わしながら、ジャンヌにすり寄る幻妖斉。
 ジャンヌは思わずゾワッとなる。
 吹けば飛びそうな年寄りなのに何で攻撃が当たらない。
 ジャンヌは焦る。
 恐らくはこういうのを達人と呼ぶのだろうが、彼女にはそれを理解している余裕はない。
 頼みの綱にしていた、不思議な羽衣もあっという間に奪われてしまった。
 残念ながら、相手の方が数段上の実力を持っているようだ。
 不思議な羽衣ではこの老人には勝てない。
 この老人は強い。
 そう認めたジャンヌは一旦、幻妖斉から離れ、呼吸を整えた。
「……ふぅ……」
「……どうやら、ようやく、その気になったようじゃな。儂も油断していると足元すくわれかねんな。どうやら、こちらも切り札を出さねばならんようじゃな……」
 お互いがお互いの実力を認めた。
 出し惜しみはもうない。
 次からはお互い、全力を尽くすのみ。
 幻妖斉が出したのは丸いお盆のようなものだった。
「【森羅万象盆(しんらばんしょうぼん)】……儂の切り札じゃ……」
 対するジャンヌが出したのは、
「奇遇だな、あたしの切り札の名前は【森羅万象陣(しんらばんしょうじん)】って言うんだ」
「どうやら、元は同じ原理のようじゃ。どうじゃ?勝った方が二つの切り札を所有するというのは?」
「……良いね、初めて気があったなじーさん」
「惜しいな、目上の者に対する口の利き方さえ何とかなれば儂の好みなんじゃがな」
「悪いね、好きな人いるんで。ごめんなさいってことで」
「年寄りだからと言わないのはお前さんの優しさだと受け取っておくか」
「あんたもオリウァンコなんかの手下じゃなければ、良い話し相手にはなったかもな」
「ふっ……お互いの立場というのもある」
「意外と気が合うんだな。考えている事は一緒か」
「いくぞ、小娘……」
「こっちもいくぜ、じじぃ……」
 一瞬の間の後、一気に相手に向かって突っ込んでいく両者。
 幻妖斉の持つ【森羅万象盆】にはイラストが描かれている。
 大自然のイラストだ。
 そのイラストは細かい砂の集まりで、その細かい砂が変化して、別のイラストに変わる。
 すると、そのイラストに影響されて、自然現象が変化するという力を持っている。
 ジャンヌの【森羅万象陣】は地面に紙をしく。
 その紙の上に砂で描かれたイラストを描く。
 砂絵は絶えず変化し、【森羅万象盆】と同じ働きをする。
 形こそ、違えど全く同種の能力のぶつかり合いとなった。
 力も五分と五分。
 勝敗を分けたのは若さ――ではなく、自身の力に対する信頼度だった。
 幻妖斉の方は、色々と考えすぎた。
 そのため、真っ直ぐ、その力を信じきって向かってきたジャンヌの【森羅万象陣】の方が競り勝ったという形となった。
「儂もまだまだ、修業不足じゃったという訳か……」
「……少なくともあんたはあたしがタイマンで戦った中じゃ一番の実力者だったよ。やるな、じーさん」
「持っていけ。小娘なんぞに負けた今、儂はお払い箱じゃ。後は気ままに暮らすだけじゃ」
「……ありがたく貰っておくよ。あんたには敵としては会いたくなかったよ。オリウァンコの部下にしちゃ、なかなかのきれもんだしな」
「ありがとな……ぐふっ……」
 話をしていた幻妖斉が突如、血をふいた。
 ジャンヌの攻撃によるものではない。
 オリウァンコが敵とわかり合った幻妖斉を始末しようとしたのだ。
「おい、じじい。しっかりしろ」
「最期にお前さんと戦えて良かった……」
 そのまま絶命する。
 ジャンヌは幻妖斉だけは殺すつもりはなかった。
 戦いながら、その人柄の良さを感じ取り、倒しはするが、殺さずという結果に持っていこうと思っていた。
 だが、オリウァンコはそれを良しとしなかった。
 負け犬には死を――、それがオリウァンコの配下のルールだった。
「オリウァンコ、てめぇ――」
 怒りが沸々と湧くジャンヌ。
 その怒りのまま、彼女は先に進むのだった。


04 トルムドア・ワールドへ


 少々、時を戻す。
 クアンスティータ・トルムドアによってカノンはトルムドア・ワールドに連れてこられた。
 クアンスティータは24もの宇宙世界を所有している。
 本体と側体が1つずつ宇宙世界を所有していくとされている。
 トルムドア・ワールドはその中の一つである。 
 クアンスティータの所有する宇宙世界にはクアンスティータ・パスポートと呼ばれる通行手形のようなものを得ないと渡れない。
 だが、トルムドア自身が認めれば、トルムドア・ワールドに入る事が可能となる。
 カノンはクアンスティータ・トルムドアに認められ、トルムドア・ワールドへ入る事が許された。
 カノンは無邪気そうにはしゃぎながら、自分を連れ出したクアンスティータ・トルムドアに尋ねる。
「あなた、お名前は?私がカノンだという事は解っているみたいだけど、私はあなたの事知らないの。だから教えてくれないかな?」
「あ、名乗って無かったね。私はクアンスティータ、第一側体クアンスティータ・トルムドアだよぉ〜」
「あなたもくーちゃんなの?見た目が私とかわらないように見えるけど、赤ちゃんじゃないの?」
「本体はね、ずっと赤ちゃんなんだよ。でも、側体に赤ちゃんの時期は無い。初めからこの年のままでいるの」
 トルムドアの言葉を聞き、カノンは目の前の存在が噂に聞いていたクアンスティータだと確信した。
 クアンスティータ学を研究してきた彼女だからこそ理解出来たと言える。
 調べて行く内に、クアンスティータは時や空間の概念の外にいる存在だという事が確認出来ていた。
 もっと遙かに高次元の何か。
 いや、何かという言葉も適切でないのかも知れない。
 そのため、成長するという考え方とは別の存在だと仮定していた。
 その仮定が当たったという事となる。
 カノンは恋人である吟侍が7番の化獣ルフォスを心臓に宿しているという事からも化獣についても調べていたが、比較すれば比較するほど、クアンスティータという化獣だけは他の化獣のパターンとはかなり異質な結果を出していた。
 分解して考えると全ての化獣の名前に意味があり、例えばルフォスの名の意味する所は【運】や【運命】に行き着く。
 クアンスティータと関わるという【運命】を持っていたと考えれば、しきりにクアンスティータを気にしていたルフォスの気性も理解出来た。

 クアンスティータの双子の姉であり兄でもあるクアースリータの意味は【質】、クアンスティータは【量】を意味する。
 クアースリータは力の本質、精度が非情に優れた化獣である。
 対してクアンスティータは圧倒的なまでの物量を意味する化獣だ。
 調べれば調べる程、色んなものが噴き出してくる化獣――それがクアンスティータだ。
 クアンスティータを調べていけば、いくほど、色んな事が発見され、さらに説明出来ない事が色々と出てくるので、新しい言葉や定義などを考え出して当てはめていかねばならない。
 広大な宇宙空間そのもの――カノンは当初、そう位置づけていた。
 だが、調べて行けばその宇宙空間をも遙かに凌駕する力をクアンスティータは持っている事が解った。
 調べていけば調べていく程、謎が増えてくる不思議な存在、クアンスティータ――
 その内の一核が目の前にいる。
 側体でも今のカノンのレベルでは、一瞬にして消されてもおかしくないパワーを持っている。
 全ての存在がその誕生を恐れていたとされる化獣――
 その化獣が何故か自分とそっくりな容姿をしている。
 何故、自分なのか?
 そこが解らなかった。
 何故、自分の容姿が選ばれたのか?
 聞きたいことは他にも山ほどある。
 だが、聞いて答えてくれるものなのか?
 天才的頭脳を持つカノンであっても頭が混乱する。
 さっぱり解らない。
 解っているのはこのクアンスティータ・トルムドアはカノンに対して敵意が無いという事だ。
 それは、カノンが生きていることが何よりの証拠だ。
 敵意が有れば、カノンは既に消滅していてもおかしくはない。

 自分がどうしたらいいのか全くまとまらずに居たカノンにクアンスティータ・トルムドアは一つ一つ質問に答えてくれるような姿勢を示した。
「このトルムドア・ワールドはねカノンママ、夢の宇宙世界なの。人間も夢って見るでしょ。存在が見る夢とリンクしている宇宙世界なんだぁ。全てのクアンスティータの宇宙世界の基本になる宇宙世界なんだよぉ〜。宇宙世界はカノンママにも一つもらってもらおうと思っているんだぁ〜」
「それは、どういう事なのかな?」
「カノンママには第七本体を眠らせるっていう大事なお役目があるの。だから、最強の側体、第十七側体クアンスティータ・オムニテンポスの力を受け取って欲しいんだ。それでね、それでね、【テレメ・デ・ディア】を作って欲しいんだ〜」
 嬉しそうに話すトルムドア。
 だが、トルムドアの言っている意味が全くわからない。
 クアンスティータ・オムニテンポス?【テレメ・デ・ディア】?第七本体を眠らせる?――突然出てきた単語にカノンは混乱する。
 深呼吸をして、何とか冷静にその言葉を分析する。
 第七本体とは恐らく、クアンスティータの七番目の本体の事を指すのだろう。
 今は第一本体が産まれたばかり――だとすると、まだ先の話になる。
 クアンスティータは七つの本体と17の側体で1つの存在という事になっている。
 本体の最強は七番目、側体の最強は17番目という事になっている。
 それは、神話の時代、怪物ファーブラ・フィクタがそう予言したとされている事でもある。
 第十七側体クアンスティータ・オムニテンポスとは言葉通り、側体最強のクアンスティータという事になる。
 それが、何故、カノンと関係あるのかは全くわからない。

 未来から来たアリスという人造人間が吟侍を尋ね、協力者となった事から、アリスのサイコネットを通じて、ある程度、他の惑星の情報を共有する事が出来ていたため、カノンも多少、他の星での出来事や会話が耳に入って来ていた。
 だから、未来の世界において、全ての世界を壊滅状態にしたクアンスティータが第五本体だという事は聞いて知っている。
 第七本体とはその二つ後に出てくるクアンスティータではないのか?
 最強とは言われていても第五本体よりも脅威となる存在なのだろうか?
 カノンは思考をフル回転させて考えていた。
 それをトルムドアの言葉が遮る。
「パパが言っていたよ。第五本体が出れば要は事足りる。第七本体が産まれ出る必要はない。あれは眠らせておくのが一番だって」
 と。
 トルムドアの言う【パパ】とは怪物ファーブラ・フィクタの事を指す。
 全ての神や悪魔、人間達に怨みを持つこの男はクアンスティータによる全ての壊滅を望んでいるが、その怪物ファーブラ・フィクタをもってしても第七本体を出すのはやり過ぎだと感じている。
 だが、今のカノンはそんな事は知るよしもなかった。
 続けて言ったトルムドアの台詞で更に混乱する。
「吟侍パパが余計な事をする前にとも言っていたよ」
 【吟侍パパ】と【パパ】が別人を指すという事は解るが、【パパ】とは誰なのか?
 【吟侍パパ】とはカノンの恋人、芦柄 吟侍の事を指すのだろうか?
 吟侍はこのクアンスティータ・トルムドアと会っているのか?
 会っているとしたら、自分にそっくりな容姿を持つこの子を見て彼はどう思ったのだろうか?
 何となく、吟侍がクアンスティータと関わる運命だという事はずっと感じていた。
 そのクアンスティータの一核がカノンそっくりな容姿をしている。
 その事だけでも不安を覚えた。
 吟侍がもっと遠い所に行ってしまう。
 そう感じると切なくなってくる。
 本物のクアンスティータはどのクアンスティータも宇宙世界を持っている。
 吟侍がその宇宙世界のどこかへ行ってしまったら二度と会えなくなるのでは?
 タダでさえ、吟侍と共に冒険出来ないのに、違う宇宙世界へと離れてしまう。
 そう考えると不安で不安で仕方なかった。
 だけど、クアンスティータにも不思議な愛情を覚えてしまう。
 クアンスティータとはどのような存在なのか?
 どこから来てどこへ行くのか?
 膨大過ぎて解らないことだらけだ。
 こうしていると、どんどん考える事が増えてしまう。
 カノンはとりあえず、解る事から理解していこうとトルムドアに質問する。
「トルムドア・ワールドというのは夢を司る宇宙世界だというのは解ったわ。みんな、夢を見ているの?」
「えっとねぇ〜、普段の生活と眠りの生活の二つがあるよ。眠りの生活の方は、みんな理想の相手を作ってそれを大事にしたりしているかな?存在する夢、ドリーム・イグジストって呼んでるかな……」
 理想の相手――そう聞いて一瞬、吟侍の顔が浮かんだ。
 自分だけの理想の相手を自分の夢の中に囲い込む。
 そういう意味ではアイドルやスターなどよりも凄い存在を自分の夢に持つという事になる。
 そうなったら、もはや、自身の夢の虜になってしまう者が続出するだろう。
 夢に骨抜きにされる者もたくさん出てくるだろう。
 そういう意味でも恐ろしい宇宙世界と言えた。
 他のどんな宇宙世界よりも強大かつ強力なクアンスティータの宇宙世界の一つ、トルムドア・ワールドを体感するカノン。
 トルムドアは無邪気に説明するだけだが、人の身の彼女にとっては驚きの連続だった。
 突然、何者かが現れる。
 びくっとするカノン。
「全能者、オムニーアの富吉(とめきち)さんだよぉ〜」
 トルムドアに紹介されて、ぺこりとお辞儀をする冨吉。
 親しみやすい名前だが、この存在はトルムドア・ワールドの強者達を作り出している存在でもある。
 全能者オムニーアとは元々、現界(げんかい)に住んでいる他の存在の名称だったが、1番の化獣ティアグラによってその名称を生け贄として差し出されたものを使っている。
 なので、全能者オムニーアであって、全能者オムニーアではない、もう一つの全能者、アナザーオムニーアと呼ぶべき存在だった。
 アナザーオムニーア達が存在する限り、トルムドア・ワールドでは無制限に強者が産まれて来るという事になる。
「見て見てぇ〜、これ、ぜぇんぶ、冨吉さんが作ったものだよぉ〜」
 とトルムドアが紹介する。
 カノンの目の前には他の宇宙世界では完全にラスボスクラス、もしくはそれ以上の存在が山ほど現れる。
 見渡す限りの強者の群れにカノンは思わず圧倒される。
 同じ場で立っているだけで、威圧で気を失ってしまいそうだ。
 トルムドア・ワールドに居るアナザーオムニーアはもちろん、冨吉だけではない。
 他にも無数存在する。
 その無数のアナザーオムニーアが一斉に、これほどの強者達を作り出すことを考えると恐ろしかった。
 この宇宙世界の勢力と他の宇宙世界の勢力がまともにぶつかったら、他の宇宙世界の存在など、一溜まりもなく消される。
 全く勝負にならない。
 あっという間に蹂躙されるだろう。
 どんなに優れた勇者がラスボスを倒しても、それが絶えず、際限無く新たなラスボスが現れたら勝ち目など微塵もない。
 どんな優れた集団もこの圧倒的戦力の前では手の打ちようがない。
 それだけの存在感をカノンが紹介された強者達は醸し出していた。
 ゼルトザームが可愛く見える程だ。
 たったこれだけの紹介で、カノンはクアンスティータという存在の底なしさ加減をかいま見た。
 だが、それでも、このトルムドア・ワールドからしてみれば、極一部を紹介しただけに過ぎないのだ。
 さらにその宇宙世界が24もクアンスティータは持っている。
 どれだけ、理解するのにかかるのか、カノンは見当もつかなかった。
「富吉さん、あれ持ってきてぇ〜」
 トルムドアは冨吉に合図する。
 すると、冨吉は光の塊を出現させる。
 その光はスライムのようにぷにょぷにょした感じがする。
「何……?」
 カノンはその光に目を向ける。
 すると、その光はふよふよと形を変えて行き、女の子の様な姿になった。
「これはねぇ〜冨吉さんの理想の女の子だよぉ〜。普通は出来ないんだけど、冨吉さんは全能者オムニーアだからこっちでも作れるんだよぉ〜」
 こっちとは、トルムドア・ワールドの現実世界の事を指す。
 普段はトルムドア・ワールドの夢世界でのみ存在する女の子を出したのだという事を言いたいのだ。
 驚いているカノンの反応を見て、トルムドアは喜ぶ。
 トルムドアの反応は子供がお絵かきをして、それを母親に見せるようなものだった。
 ねぇ、すごいでしょ、と言って、すごいすごいという反応を期待しているのだ。
 言葉に出さなくてもカノンの反応を見ればそれがすごいと思っている事は明白だったので、喜んだのだ。
 冨吉が出した女の子は、
「私、聖依 美架(きよい みか)よろしくね」
 と言った。
 ちゃんと名前もあれば、自我もある。
 作り物とは違う生命力のある感じがした。
 トルムドアは、
「じゃあ、美架ちゃんも一緒にカノンママを案内しよぉ〜」
 と言った。
 冨吉は、
「トルムドア様、では、あっしは、そろそろ……」
 と言った。
「うん、ありがとう。お仕事、頑張ってねぇ〜」
「へい、失礼しやす……」
 どうやら、何かを作り出している途中で呼び止めていたらしい。
 冨吉はどこかに去り、その場には、カノンとクアンスティータ・トルムドア、聖依 美架の三名が残った。
「じゃあさぁ〜どこ行こっか?」
 トルムドアは友達と遊びに行く相談をするかのような感覚で、カノンと美架に話しかける。
「トルムドア様、あそこはどうですかね?」
 と美架。
「あそこか〜、良いね、あそこ行こう」
 と返すトルムドア。
 【あそこ】では、カノンだけがそこが何を意味しているのか解らない。
 ここは、トルムドアの支配するトルムドア・ワールドだからこそ、そこに存在する美架の気持ちは、答えを聞かずとも何が言いたいのか解るのだろう。
 カノンは、虎穴に入らずんば虎児を得ず――
 とりあえず、トルムドアと行動を共にして、このトルムドア・ワールドがどのようなところなのかをさぐる事にした。
 元の世界に残して来たユリシーズ達が心配じゃないと言えば嘘になる。
 だが、心配してもこの状況は変えられない。
 今できるベストを尽くしてカノンは事態を好転させようと思うのだった。
 トルムドアの言った、クアンスティータの所有する全ての宇宙世界の基本になる宇宙世界がこのトルムドア・ワールドであるのであれば、このトルムドア・ワールドを理解する事がクアンスティータの所有する宇宙世界を理解する第一歩となるのではないかとカノンは考えている。
 トルムドアは、どうやら、カノンに何かをやらせたいらしいという事は解っている。
 解っている事はそれくらいだ。
 解らない事は山ほどあるトルムドア・ワールド――
 千里の道もまず、一歩から。
 前に進み出ないと何も変わらない。
 カノンは最初の第一歩を踏み出すのだった。
 カノンそっくりな容姿を持ち、まるで、カノンの無邪気な部分を強調したかのような性格を持っているクアンスティータ・トルムドア。
 今まで、彼女のサポートをしてきてくれたユリシーズ達は今は居ない。
 別の宇宙世界で、カノンとは別の時空で何かをしている。
 ユリシーズ達は自分が居なくてもちゃんと人命救助をやってくれるだろうか?
 シアンやパストと喧嘩しないだろうか?
 絶対者アブソルーター達はどうなっているのだろうか?
 クアースリータ誕生時に一応和解した形にはなったが、彼ら彼女らが、ユリシーズ達とまた、もめないとも限らない。
 そういう面で心配していたが、今は何をやってもそれは届きそうもない。
 絶対的な力を持つ、クアンスティータの宇宙世界に囲われてしまったのだから。
 今は生き残る事。
 それが、明日の希望に繋がる。
 カノンは恋人、吟侍からそれを教わっている。
 生きている限り、希望はある。
 何も見えなくてもいつかは見えるようになる。
 その事を最愛の恋人の背中を通して、ずっと見てきたのだ。
 カノンは吟侍を信じ、トルムドア・ワールドを生き抜く事を誓うのだった。

 続く。





登場キャラクター説明

001 カノン・アナリーゼ・メロディアス
カノン・アナリーゼ・メロディアス
 アクア編の主人公で、ファーブラ・フィクタのメインヒロイン。
 メロディアス王家の第七王女にして、発明女王兼歌姫でもあるスーパープリンセス。
 恋人の吟侍(ぎんじ)とは彼女が女神御(めがみ)セラピアの化身であるため、同じ星での冒険が出来なかった。
 基本的に無法者とされる絶対者・アブソルーターを相手に交渉で人助けをしようという無謀な行動をする事にした。
 発明と歌、交渉を駆使して、攫われた友達救出作戦を実行する。
 歌優(かゆう)という新職業に就くことになったり、惑星アクアを救ったりして活躍し、惑星アクアにとっては英雄扱いを受けるようになる。


002 ジャンヌ・オルレアン
ジャンヌ・オルレアン
 不良グループ七英雄のメンバーでは紅一点。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、不思議な羽衣を得る。
 今回、ゼルトザームの修業で森羅万象陣(しんらばんしょうじん)という地面に敷いた紙に砂絵で絵を描く事で自然現象を促す力も得る事になる。









003 ゼルトザーム
ゼルトザーム
 クアンスティータのオモチャと呼ばれるふざけたピエロ。
 実力の方は未知数だが、少なくとも今のカノン達が束になってかかって行っても勝てる相手ではない。
 主であるクアンスティータがカノンを母と認めた事から、彼女を見守る様につかず離れずの立場を貫く。
 ブレセ・チルマとは顔見知り。
 今回ユリシーズ達の修業に協力する事になる。


004 オリウァンコ
オリウァンコ
 神話の時代、カノンの前身、女神御(めがみ)セラピアのストーカーをしていた、8番の化獣(ばけもの)。
 最弱の化獣と呼ばれているが故に最強とされるクアンスティータに執着をしていて、クアンスティータに影響力を持つ存在、カノンにも興味を持つ。
 クアンスティータの誕生により、姑息な手段でのカノンへのちょっかいは出来なくなり、正式な形として、ユリシーズ達に決闘を申し込み、カノンへのプロポーズへの足がかりとしようとしている。









005 クアンスティータ・セレークトゥース
クアンスティータ・セレークトゥース
 誰もが恐れる最強の化獣(ばけもの)。
 その第一本体。
 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)の側で誕生したが、カノンにも会いたくて、全くパワーを減らさず、身体を二つに分けて、現れた。
 母であるニナ・ルベルが別次元に消えたため、母の代わりになるカノンに甘えに来た。
 セレークトゥース・ワールドという宇宙世界を所有している。


006 クアンスティータ・トルムドア
クアンスティータ・トルムドア
 誰もが恐れる最強の化獣(ばけもの)。
 その第一側体。
 第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの従属にあたり、カノンから生体データを抽出して、他のクアンスティータに送ったのはこのクアンスティータ。
 トルムドア・ワールドという宇宙世界を所有している。


007 ダミーカノン(ファーミリアリス・ルベル)
ダミーカノン
 クアンスティータ・トルムドアがカノンを攫う時、カノンの身代わりとして作った彼女のダミーの存在。
 カノンの行動を真似ている。
 元々は、クアンスティータが誕生時に出てきたクアンスティータ以外の部分(人間の出産に例えれば羊水や血液などに当たる存在)で、ニナ・ルベルから出てきた事から本来の名前は【ファーミリアリス・ルベル】という。
 カノンの代わりに、ユリシーズ達と行動を共にする。


008 バンゴ
バンゴ
 オリウァンコが対ジャンヌ用に用意した刺客の4番目の関所に登場する男。
 浅黒い肌をした半分からくり人形の戦士。
 絶えず肉体改造がスーパーナノマシンによって行われていて、同じ動作でも違った動きを見せる戦いにくさを持っている。

















009 ラボズ
ラボズ
 オリウァンコが対ジャンヌ用に用意した刺客の5番目の関所に登場する男。
 四つの瞳に三つの角という特徴を持ち肌は赤い。
 手元に戻ってくる時以外は形を変える形状記憶ブーメランを武器に持つ。

























010 幻妖斉(げんようさい)
幻妖斉
 オリウァンコが対ジャンヌ用に用意した刺客の8番目の関所に登場する老人。
 ジャンヌを凌駕するほどの達人。
 森羅万象盆(しんらばんしょうぼん)というお盆型の武器を切り札として持つ。
 能力は森羅万象盆に描かれた砂絵を変化する事で大自然にも影響する力を発揮するというもの。











 
011 富吉(とめきち)さん
富吉さん
 トルムドア・ワールドに住む全能者オムニーア。
 もう一つの全能者アナザーオムニーアと呼ばれる。
 宇宙世界のクリエイター的立場で、様々な強者を際限なく作り出せる。















012 聖依 美架(きよい みか)
聖依美架
 トルムドア・ワールドには現実世界と夢の世界の二つがあり、夢の世界には現実世界で生きる存在にとっての理想の存在となる、存在する夢、イグジスト・ドリームが居る。
 聖依 美架(きよい みか)はもう一つの全能者アナザーオムニーアの富吉(とめきち)にとってのイグジスト・ドリームに当たる。
 本来はトルムドア・ワールドの現実世界には出てこれない存在だが、アナザーオムニーアの力で現実世界に出現する。