第002話 歌優(かゆう)編


00 ブレセ・チルマとの交渉


「♪巡り逢う度に思慕い、深まり増す 貴方を求めるこの気持ち
時は今、過去、未来 貴方と過ごすその時に
私は女優になるの貴方だけの
場所はここ、どこ、そこ 貴方と過ごすその場所に
私はいつも向かうの貴方のそば
いつでもどこでも輪舞曲を舞うわ貴方のため
なんにだってなるわ私は本気だもの
巡り逢うほどにハート、痛みうずく 貴方がいないこの不安
巡り逢う度に思慕い、深まり増す 貴方を求めるこの気持ち……♪」

 カノンは自身のヒット曲を歌ってみせた。
 一曲だけではない。
「♪私は誰? 私は何? 私はどこ?私は海!
私の秘密(プロフィール)
私は誰で何する人?
私は海で調査する。
何をどうする?
海で調べる
全ては繋がっているから。
私は誰? 私は何? 私はどこ? 私は海!
私は研究者

私は誰? 私は何? 私はどこ? あなたは風?
私の秘密(プロフィール)
私の彼は何する人?
あなたは風で旅をする
何をどうする?
風で戦う
全てを解決するため
私は誰? 私は何? 私はどこ? あなたは風
あなたは開拓者♪」

 いくつかの歌を披露した。
「なるほどな。セカンドアースで歌姫とやらだというのは伊達ではないようだ。大した歌唱力だ」
 水の姫巫女、ミズン・スイートランドに扮していた上位絶対者ブレセ・チルマ・フェイバリットは感心した。
 ここは惑星アクアの水の神殿。
 本来、水の姫巫女が絶対者達に対して星見をし、対価として、奴隷として連れてこられた人々の安全を保証するという場所だ。
 だが、惑星アクアにおける人類の代表であるはずの水の姫巫女はブレセ・チルマが変装していた姿だった。
 アクア以外の四連星、土の惑星テララ、火の惑星イグニス、風の惑星ウェントスではそれぞれ土の神殿、火の神殿、風の神殿があり、そこでは人間が姫巫女となり安全地帯を確保しているがアクアでは違っていた。
 カノン達にした様に、神殿を移動させて、救済を求める人を拒絶するような事も、この水の神殿ではやっていたのだ。
 ブレセ・チルマとの交渉でカノンはその事を知った。
 それでは、連れてこられた人達の希望がないと訴えた。
 確かに、惑星アクアでは希望の地であるはずの神殿は存在しない。
 だが、その代わりとなる制度がこの星には存在した。
 それが【歌優(かゆう)】制度だ。
 歌優とは歌姫と女優、歌い手と俳優を合わせたような職業で、もちろん、歌を歌うのだが、演奏の他に、様々な表現を用い、楽しませるという職業だ。
 一年に一回、歌優合戦大会(かゆうかっせんたいかい)というものが行われ、それで優勝すると可能な限り、上位絶対者がその優勝者の願いを聞き入れてくれるというものだ。
 ブレセ・チルマの提案は歌優として、地方を回り、勝ち残って、歌優合戦大会に出場し、優勝すれば、願いを聞いてやらないことも無いとの事だった。
 歌優になるには、上位絶対者か、中位絶対者の承認が必要で、ある程度のレベルに達していないと承認されないとされている。
 その為、カノンは自分の持ち歌を歌ってみせたのだ。
 その結果、もちろん、彼女はブレセ・チルマの承認を得ることが出来た。

 実は、この歌優制度――
 上位、または中位絶対者達の間では一種の娯楽となっている。
 歌優の演出を楽しむのはもちろんだが、自分が承認した歌優が優勝すると鼻が高いのだ。
 だから、上位、中位絶対者達は優れた歌優を探し求めていた。
 惑星テララや惑星イグニスに比べ、奴隷達の立場がある程度優遇されているのはそのためだった。
 悪戯に殺してしまっては優秀な歌優が育たない。
 活かさず殺さずで、上手く、歌優だけを育てたいというのが絶対者達の狙いでもあったのだ。

 ブレセ・チルマは自身が承認した歌優達の中で優勝者を出した事はない。
 自分より格下の中位絶対者の中にも優勝者を承認した者はいるのに、彼女はない。
 他の六名の上位絶対者は全員、一人以上優勝者を出しているのに、自分にはそれがない。
 それが我慢できなかった。
 人々の希望であるはずだった水の神殿の姫巫女に扮していたのもその鬱憤を晴らすためもあった。
 奴隷達に対し、何故、自分には優勝者が寄りつかないのだという不満をぶつけるために、人々から希望の地を奪っていたのだ。
 元々、水の神殿はブレセ・チルマではなく、本物のミズン・スイートランドが取り仕切っていた。
 だが、彼女は第一回大会で優勝し、故郷の星に帰して欲しいと言う願いを申し出た。
 絶対者達としては表向き、その願いを聞き入れたが裏では苦々しく思っていた。
 ミズン・スイートランドを宇宙船で送り出すふりをして、宇宙船毎、彼女を始末したのだ。
 水の姫巫女が他の奴隷を見捨てて、自分だけ助かろうとした行為、そして、優勝者が死んでしまったという結果は奴隷達から希望の光を奪ってしまった。
 大事な労働力が死を選んでしまっては元も子も無いと思った惑星アクアの絶対者達は元々、一回だけの戯れ言として考えていた歌優を制度化した。
 今度は本当に願いを聞くという事を証明する為に、実際に殆ど参加しなかった第二回大会の優勝者の願い通り故郷へと送り返した。
 そして、信頼を無くしてしまった水の神殿にはブレセ・チルマが二代目ミズン・スイートランドとなることにした。
 絶対者自身が安全を保証するという事を立て前にしてのことでだ。
 集まってきた巫女達は虎の威を借る狐のように、権力者にしっぽをふるような女性ばかりで、水の神殿としては、本来の役目である旅の導きの場所としての機能は殆ど発揮されなかった。
 やってきた事はブレセ・チルマが思いついた事を巫女もどきの巫女達が実現させていくという事の繰り返しだった。
 イエスマンだけのくだらない組織。
 それが水の神殿の実態だった。
 そんな状態だったため、ブレセ・チルマとしては水の姫巫女として好き勝手やるという事には飽きていたのだ。
 いっこうに信頼を回復しない水の姫巫女としてよりも優勝歌優を承認した絶対者となる方が興味をひいていた。
 そこに飛び込んで来たのが、歌の才能あふれるカノンだったという訳だ。

 最初は、最強の化獣(ばけもの)クアンスティータに気に入られただけのただの小娘だと思っていた。
 だが、カノンはブレセ・チルマが容易した難題を解き、歌唱力も優勝を狙える程のものだった。
 交渉術も素晴らしかった。
 ブレセ・チルマの怒りを買わないようにしながら、提案しようとする。
 これは出来る。
 使える人間だ。
 ブレセ・チルマはそう判断した。
 それで、カノンに歌優になることを持ちかけたのだ。

 カノンとしても願いを聞いて貰えるチャンスを貰えるならそれに越した事はないとして、了承した。
 カノンとブレセ・チルマの意見は一致した。

「期待しているぞ。優勝を目指せ」
「はい。それが私が目指す道ならそうさせていただきます」
「まずは、私の支配地域での一番を目指せ、中立を保たねばならんから、協力は出来ん。だが、歌優とはそういう演出面でも評価される。自分の力で何とかするんだな」
「わかりました。演出もして良いのですね」
「そうだ。私を楽しませろよ」
「楽しませる事が歌優という職業なんですね。私も楽しくやらせていただきます。それでは早速、行動させていただきますので失礼します」
「面白い、小娘だ」
 カノンとブレセ・チルマの交渉は終わり、カノンはユリシーズとジャンヌと共に水の神殿を後にした。

 カノン達が水の神殿を見つけたので、別行動をしていた2チームはずっと水の神殿を探して回っているはずだった。
 まずは、この2チームと合流する必要があった。
 カノンはあらかじめ打ち合わせをしてあった通りにのろしを上げた。
 赤と青、そしてその中間色の紫の三色ののろしだ。
 カノンは成功したらこののろしを上げると別行動の2チームに伝えていた。
 後は、安全を確保し、仲間が来るのを待っていれば良かった。
 待ち時間の間、カノンはユリシーズとジャンヌと話をした。

「で、どうすんだよ、姫さん。あんな事引き受けてきちまって」
 ユリシーズは相変わらず不満顔だ。
 だが、上位絶対者との交渉を成立させた手腕は素直に評価していた。
「とにかく、歌優というのをやってみましょう。人気が出るという事は人々の気持ちを掴むという事でもあるし、みんながまとまるという点では一石二鳥にも三鳥にもなって私は嬉しいわ」
 カノンは満足しているようだ。
「だけど、いきなり、何の支援も無しでどうするのよ。歌で興味をひくって言ったって限度があるでしょ」
 ジャンヌも不満顔だ。
 意見としてはユリシーズと一緒で、よく解らない星で人の人気を集められるのかどうか疑問だったのだ。
「演出しても良いと言われたから色々試してみようと思っているわ」
「具体的にどうするのよ?案はあるの」
「あるわ。アイディアはね。でも、みんな集まったら、みんなで決めたいの。それで良いかな?」
 カノンはにっこり笑う。
 何か考えは持っているようだ。
「そのアイディアとやらをとりあえず言ってみろよ。くだらねぇアイディアならこの場で却下だ。」
 ユリシーズは反対するつもりでいる。
「じゃあ、ちょっとだけ言うね。それはねぇ、記念日を作るの」
 カノンは笑顔で答えた。
「記念日?」
「記念日?」
 ユリシーズとジャンヌは声を揃えて同じ言葉を言った。
 カノンの言う、【記念日】という意味が全くわからなかったからだ。
 ユリシーズはまた、このバカ女は何を考えたんだ?と呆れた。
 二人の冷めた気持ちとは逆に、ワクワクしながらカノンは説明を始めた。
「そう、記念日。何でも良いの。とにかく記念になる日を作るの。みんなで楽しく過ごせる日を。出来れば毎月最低1日は記念日を作りたいな。その日を目標にみんな頑張るの」
「バカ言ってんじゃねぇよ。何にも無いのに祝えるか。んなこともわかんねぇのか?」
「違うよ。何も無いんじゃない。これから作るの」
「あ?」
「そうねぇ、例えば、男の人が女装をして、女の人が男装する日っていうのはどう?記念日の名前は【交換の日】。あ、どうせ、交換するなら好きな職業にその日だけなれるっていうのも良いかもしれないな。他の人がやっているお仕事はこんなお仕事だって解ってもらえる良い機会になるかもしれないね。その象徴として、男装と女装をする。そう言う日にしよう」
 カノンは自分の考えをまとめる。
「なっ……」
「ちょっ……」
 ユリシーズとジャンヌは話についていけない。
 このお姫様は何てことを考えるんだと思ってしまう。
 だが、悪くない考えだだとも思ってしまう。

 無いのなら作ってしまえば良い。
 この考え方は彼女の恋人、吟侍の考え方に似ている。
 違うのは戦闘的かそうでないかの違いだ。
 カノンの考えは後者で常にみんな楽しく平和的に解決するためにはどうしたら良いかを考えている。
 こういう人物が作る国というのは幸せなんだろうな。
 そう思える。
 だけど、自分達はカノンの甘すぎる考えを正すために行動を共にしていると思っているユリシーズ達は表向き賛成する訳にはいかない。
 でもそんなあんただから守ってやりたくなるんだ。
 そう思うのだった。

 仲間が集合してから改めてミーティングを開いた。
 その時、今のカノンの考えも発表された。
 結論ではとりあえずやってみようという事になった。

 カノン以外のメンバーは友達を救出するために決死の覚悟でやってきていた。
 友達を助けるためになら、どんな手段を用いてもと思っていた。
 だが、カノンだけは違っていた。
 友達を救出するという事は、それまで労働力として使っていた者達から奪い取るという事でもある。
 捕られた事に対して捕りかえしたのでは、いたちごっこになる。
 なるべくなら交渉して平和的に解決する道を探す方が、遺恨を残さなくて良い。
 だが、そんなのは机上の空論であって、誰もそんな事をしようとは思わない。
 あの、セカンドアースを救った英雄、吟侍でさえもそれをしようとは思わないだろう。
 だけど、このお姫様は、違う。
 例え困難でも、それで、人命救助をしようと必死にもがいている。

 人々は様々な力を駆使して活躍する吟侍を勇者として認めるだろう。
 だが、それよりも困難な道で頑張る人間がここにいる。
 その真実を知る者達にとっては吟侍より素晴らしいと声を大にして言える。
 別ベクトルではあるが、彼女も間違いなく、勇者なのだ。
 カノンに同行したメンバーはそんな彼女が好きだった。
 馬鹿げた事かも知れない。
 不可能かも知れない。
 だけど、その無理を可能に変えて、カノンに喜んでもらいたい。
 それが、メンバーの本心でもあった。
 メンバー達もまた、彼女の暖かさに触れた人達なのだから。


01 歌優(かゆう)


「あはは、何それ、似合わな〜い」
 シアンは化粧をしているアーサーの顔を見て笑った。
「うるせぇなシアン、てめぇだって似合ってねぇぞ」
 アーサーはシアンに対してにらみつけた。
「そうねぇ。どうしても、この色気は隠せないもんねぇ」
「どこが色気だ。手前ぇの幼児体型のどこが」
「言ったわね」
「やんのかこら」
 シアンとアーサーの視線の先には火花がバチバチなっていた。
「二人とも、似合ってるよ。自信を持って」
 カノンが二人を宥める。
 正直、シアンの男装もアーサーの女装も似合っていない。
 どこか違和感を持っている。
 だが、そんな事を気にしても仕方ない。
 今日は記念日前に行うデモンストレーションなのだ。
 男装、女装を楽しまなくてはならない。
 カノンも当然、男装をしている。
 彼女は似合っている。
 可愛い男の子といった感じだ。
「お前は似合っているから良いが、恥かくのは俺らだぞ」
 ヘラクレスも恥ずかしそうだ。
「似合ってないお前らが悪い」
 テセウスは気に入っているようだ。
 元々美形の彼は女装しても美しいからだ。

 カノン達は新たな町に着いた時、まず、ビラをまいた。
 歌を歌って、人の注目を集めてからだったので、結構見てくれたが、男装、女装と書いてあったので、みんなどういう事なのか理解出来なかった。
 そこで、カノンのパーティーのみんなで男装と女装をやって、楽しく、イベントを開こうと言うことになったのだ。
 まずは、カノン達が楽しさを伝え、人々が楽しいと思ってくれるのを期待すると言った感じのイベントだ。
 一週間の予定で、かたくなに女装を拒否するユリシーズ以外のメンバーは男装女装でパレードを行い、楽しい演奏、演劇などを披露した。
 また、クラスチェンジをテーマとするために、毎日、男装、女装のテーマを変えた。
 それで、職業交換というイメージを植え付けた。
 お菓子も配り、子供達の気をひいた。

 最初は変質者を見るような目で見ていた奴隷達だったが、元々娯楽が少なかったという事もあって、少しだけだが、興味を持つ人達が確認された。
 交換記念日当日はお世辞にも大盛況だったとは言えなかったが、他の職業を気にかけるという趣旨は伝わったのか、祭の最後にはまたやりますか?と聞く人が数十人いた。
 カノンは最初から、上手く行くとは思っていない。
 こうやって、少しずつ、記念日に興味を持ってくれる人を増やして行って、いつかはみんなが楽しめるイベントにしたいと思っているのだ。
 毎月、最低1日は記念日にしようと思っていたのもこのためで、一つの記念日がダメでもこうやってくりかえし、毎月何かのイベントに向けて、頑張っていく姿を見せて、みんなの気持ちを一つにしようと思っているのだ。

 交換記念日の翌日、祭の片付けを終えた時、カノンは次の記念日の相談をした。
 今度はユリシーズ達、カノンのサポートメンバー達だけにではない。
 今回の記念日で興味を持った数少ない人達も誘い、来月の記念日の相談をしたのだ。
 今回、スタッフとしては蚊帳の外だった、奴隷達も次の記念日からは参加が出来ると知って、意欲的に参加を申し出る人もいた。

 ユリシーズはカノンに歌優の活動はどうするんだ?と聞いたが、彼女はこれが活動だよと言った。
 そう、この行動自体が歌優の活動なのだ。
 楽しいと思ってくれる人を増やし、それに歌を添える。
 それが、カノンが導き出した、歌優としての活動だった。
 闇雲にコンサートなどを開いても来る者は少ないかも知れない。
 ならば、歌は後で良い。
 まずは、演出。
 楽しい事を提供して、それから歌を聴いてもらい、歌優としての人気を集めるという方法だ。
 ブレセ・チルマには優勝すると言ったが、カノンにとっては自分が優勝しなくても良いと思っている。
 何も自分で無くても優勝した人がみんなが幸せになれる提案をしてくれるのならそれでも良い。
 そう思っている。
 だから、何が何でもという気持ちで歌優活動をしている訳ではない。
 カノンの目標は優勝する事ではなく、みんなが幸せになるために行動する事。
 その為に優勝出来ないのなら、それはそれで良い。
 そう思っているからこそ、自然体で、楽しいイベント作りに集中出来た。
 それが、良い意味で相乗効果をもたらしていて、少しずつではあるが、奴隷達の信頼を勝ち取ってきているのだ。
 欲にまみれた野望ではなく、みんなを幸せにしたいという優しい気持ちだからこそ、態度に滲み出て、人々も気づいたら、近づいて見たくなって行ったのだ。

 カノンは人々と相談し、今度の記念日は、【創作料理記念日】という事にした。
 これは、今まで食べていた料理ではなく、その日に考えた料理を作って、その中で一番を決めようという記念日だった。
 美味しい料理を作った人には最前列でカノンのコンサートを聴かせるという得点もつけた。
 今度は味覚と聴覚に訴えるイベントだ。
 これは大盛況だった。
 創作料理は大した料理は出なかったが、その分、カノンが頑張った。
 料理人全員を最前列に招き、コンサートを全力で行った。
 カノンの歌が余りにも上手いので、野次馬が集まり、アンコールの頃には周辺の町からも人が集まっていた。
 これが、近隣の町からもなんだか楽しげな事をやっているという噂になり、記念日を作ろうとしている人達がいるという評判になった。
 それが、うちの町でもやってくれという声となって返ってきて、どうせなら、町対抗で何かしようと言う話になった。

 その月の内に、第三回の記念日が行われた。
 今度の記念日は町対抗、運動会だ。
 優勝した町でカノンは歌を披露し、優勝出来なかった町からも彼女の歌を聴きに来る人が続出した。

 こうして、回を重ねる毎に人の輪を増やしていったカノンの歌優活動は三月目にはブレセ・チルマの支配エリアの他の歌優達も無視できないものとなっていった。
 個人的に活動していた歌優達もチームを組むようになり、カノンに対抗しようと動き出した。
 それだけ、他の歌優達にとって、カノンの活動は脅威だったのだ。
 ブレセ・チルマのエリア内でのカノン包囲網はあっという間にできあがり、カノンは孤軍奮闘して他の歌優達と歌や演出で戦う事になった。
 他の歌優達はブレセ・チルマに承認を得て歌優となった者達がチームを組んでいるため歌優としての戦力は二倍にも三倍にも跳ね上がっていた。
 対して、カノンは歌優としては一人であり、他の歌優との協力は得られなかった。
 歌優合戦大会に出場するためには、少なくともブレセ・チルマの支配エリアで上位にいなくてはならない。
 歌優としての工夫をカノンは求められる事になった。

 だが、カノンは余裕だ。
 彼女はアイディアマン。
 常に場を楽しませようと思っているため、新しいアイディアはいくらでも考えられるのだ。
 彼女はセカンド・アースでのトップスターであるのは伊達ではない。
 滲み出るスター性というのは歌優合戦大会で優勝出来ない者達が束になったくらいでどうにかなるようなレベルではなかった。
 だからこそ、ブレセ・チルマは彼女に期待したのだ。
 彼女なら、協力しなくても自らのスター性でなんとでもなると判断したのだ。

 ブレセ・チルマは勝たせたいと思う歌優には今までは裏工作で協力し、人気を左右させていた。
 これは自分の支配エリアだけでできることではあったが、自分の好みで勝敗を決めていた。
 それはそれだけ、彼女の支配エリアには飛び抜けた才能を持つ歌優がいなかったという事の裏返しでもある。
 だが、カノンは違う。
 裏工作をする必要はない。
 黙っていても、彼女は間違いなく、勝ち上がってくるだろうことは容易に想像がついた。
 それだけの才能を持ち合わせていたからだ。

 ブレセ・チルマにとっては安心して見守る事が出来、黙っていても次に今までに無い何かをしてくれるという事が楽しみだった。
 そのため、カノンの滞在する町には密偵を放っていたが、それは彼女の行動をブレセ・チルマが把握するためだけのもので、彼女の行動を手助けする、または逆に邪魔をするためのものではなかった。
 カノンは密偵の存在に気づいていたが、排除するような行為は一切しなかった。

 次にカノンが考えたのはパフォーマンスの強化だった。
 演出のスタッフとして、メンバーの助けは借りられるが、他のメンバー達は基本的に芸能活動は素人同然だった。
 なので、どうしてもカノンとメンバーの演出の差が出てしまって、ちぐはぐなものになってしまう。
 それでは、逆にカノンだけが浮いてしまい、観客の満足のいくものは提供出来ない。
 カノンにとっては彼女の演出にあった演出の出来る者が必要だった。

 ブレセ・チルマの支配エリアではカノンの実力を脅威と感じ、歌優同士が徒党を組んで、カノンに対抗しているという状況だった。
 そのため、他の歌優の協力者は期待できそうもなかった。
 人の協力を期待出来ないのであれば作ってしまえば良いというのがカノンの考えだった。
 カノンは発明家でもある。
 カノンの歌に合わせてコーラスやダンスが出来る人型のロボット、【オーケストラコーラスダンサロイド】の開発を開始した。
 メンバーはまた、無理をしてと思ったが、カノンはここでやめる訳にはいかなかった。
 なんとしても、今以上のパフォーマンスをと思って、頑張った。
 そして、たった1体ではあったが、【オーケストラコーラスダンサロイド】が完成したのだった。
 カノンはそのダンサロイドに【アリア】と名前をつけた。
 オーケストラコーラスダンサロイドはセカンド・アース時代から構想していた計画でカノンが出向けない場所に代わりに行って歌わせる為に考えていたアイディアだった。
 一応、惑星アクアの救出活動が終わったらすぐにセカンド・アースで活動するために、空き時間を利用して研究するために持ってきていたが、これを実際に動かす事になるとは夢にも思っていなかった。

 更に、カノンは女神御(めがみ)セラピアとしての力を使い、伝説のミューズ・アニマルを一匹召喚した。
 ミューズ・アニマルとは美しい音楽に惹かれて踊るマスコット的動物の総称だった。
 召喚されたのは【ピア】という種族だ。

 カノンはアリアとピアのトリオでのパフォーマンスを考えていた。
 これでカノン一人だけの時よりずっと幅広い演出が出来るようになる。
「ったく、次から次へと大したもんだ」
 タケルが感心する。
 凄い、姫さんだと心の底から思っていた。
「じゃあ、名前決めねぇとな」
 ジークフリートがつぶやく。
「なんの名前?」
 ジャンヌは首を傾げる。
「決まってんだろ、二人と一匹のパフォーマンスになるんだ、チーム名決めねぇとかっこつかねえだろうが」
 ユリシーズが言う。
 自分の手柄でもないのに、何となく誇らしげだ。
 カノンの活躍が嬉しいのだろう。
 当の彼女は疲れて寝てしまっているので、素直に喜んだのだ。

 ユリシーズ達はせめてグループ名だけでも自分達で決めてやろうと思って本人抜きで議論した。

 いろいろな案が出たが、カノンの気持ちを最も代弁していると思われた【アインマール】で決まった。
 【アインマール】はドイツ語で【いつか】という意味だ。
 何故、ドイツ語なのかは解らないがカノンは【いつか】みんな幸せになって、【いつか】吟侍と再開出来ると良いなと常日頃思っている。
 カノンが起きた時、そのグループ名を彼女に伝えると、
「嬉しい……ありがとう」
 と涙を流して喜んだ。
 ユリシーズ達は抱き寄せたい衝動を必死で抑えた。

 【アリア】の完成までの作業の為、多少出遅れたが、【アインマール】結成後のカノン達の活躍は破竹の勢いだった。
 次々と観客動員数の記録を塗り替え、一月後にはブレセ・チルマの支配エリアでの代表の一組は【アインマール】でほぼ間違いなしと誰もが認めるようになっていた。

 これには他の歌優達も黙っていなかったが、パフォーマンス性で考えると元々持っていたポテンシャルの違いがはっきりと出て、【アインマール】と他の歌優達の差はますます広がった印象だった。
 また、ただの人間の歌と比べてもカノンの歌声はセカンド・アースでの活動時代、【ミュージセラピー】と呼ばれていて、彼女が歌う事によって、癒される現象が科学的に証明されてもいた。
 癒されるのは人々だけではなく、様々な生き物でも確認されたし、自然現象も彼女の歌声によって活性化していた。
 自然全てに優しいメロディーを奏でる彼女に対して彼女を潰すためだけに組んだ寄せ集めのチームが対抗出来るはずはなかった。

 他の歌優達は刺客を雇い、カノンを襲わせ、声を奪うような計画も立てていたが、それらはユリシーズ達が内密に排除していた。
 悪い噂を流そうとも試みたが世論はカノンに味方していた。
 他の歌優達にとっては八方塞がり。
 打つ手無しの状態だった。

 嫉妬の目でカノンを見ようとする歌優達だったが、カノンの歌には憎しみを和らげる効果もあって、憎みきれないと言う状態だった。

 何もかも順調。
 カノンはこのまま何事も無くブレセ・チルマエリアの代表に選ばれる――
 そう思われたが、彼女を狙う不穏な影は少しずつ動き出していた。

「♪さあ、みんな動きだそうよ
ゴールは近いよ、力が漲る
ファイト、君、ファイトあなた
みんなありがとう
応援、エール感謝します
パワー全開、ダッシュで決める
w・i・n・n・e・r ウィナー♪」


 カノンはどんどん新曲を作っていく。
 すでに、アクアに来て、100曲以上作詞作曲をしている。
 もちろん、歌優活動をしながらだ。
 どんどん曲のイメージが出てくるので、暇さえあれば、メモをとったりしていた。
 コンサートを何度も開き、その度にその場に収まりきれない程の人が見に来ていた。
 ファンの数も100万人は確実に突破している。
 惑星アクアの総人数を考えればかなりの数だ。

 だが、ファンという存在は必ずしも、好意的であるとは限らない。
 中には邪な行動を取ろうとする輩も少なからず出た。

 そういう者達への対処はユリシーズ達がしていた。
 相手が殆ど人間なので、力加減はしていたが。

 人間相手ならば、問題とする事もそんなになかったかも知れない。
 だが、裏の繋がりで類は友を呼ぶのか、心ない人間達が連みだした。
 そして、それはカノンをつけねらっていたある化獣(ばけもの)を引き寄せるまでに大きくなりつつあった。
 ある化獣――
 それは、八番の化獣、オリウァンコと言った。
 神話の時代、神御(かみ)と悪空魔(あくま)の連合軍の前に敗れ去ったとされる最弱の化獣だ。
 圧倒的なパワーを持つ化獣の中で唯一、神御と悪空魔でも単独で戦う事が出来たとされていて、最弱であるが故に最強の化獣、クアンスティータの力を強く望んでいた。
 クアンスティータは制御不能の化獣である。
 だが、そのクアンスティータを眠らせる歌を歌えるとされる女神御(めがみ)がいた。
 それが、セラピアだった。
 女神御セラピアはカノンとして、生まれ変わっていた。
 オリウァンコはカノンごと、セラピアを取り込もうとしているのだ。
 そのため、カノンは幼い頃より、オリウァンコの影に怯えていた。
 言ってみれば、化獣のストーカーなのだ。
 幼い頃は七番の化獣ルフォスの核を心臓に持つ恋人、吟侍が追い払ってくれていたが、今は、長く一緒にいると体調を崩すという事もあり、別行動をしている。
 吟侍は今、風の惑星ウェントスにいるのだ。
 水の惑星アクアにいるカノンのピンチに駆けつけられるような状態ではない。

 吟侍に守ってもらっていた時はカノンは女神御セラピアとしての力は覚醒していなかった。
 今は、僅かではあるが、セラピアとしての力も使えるようになっている。
 【ピア】もその力で召喚したのだから。

 ただ、これが女神御セラピアの全力の力を使えたのであれば、オリウァンコに対抗する力もあったのかも知れない。
 だが、今の状態ではクアンスティータが来たら恐らく眠らせるだけの歌は歌えないだろう。
 彼女はまだ半覚醒とさえ呼べない状態なのだ。
 怖い。
 逃げ帰りたい。
 だが、カノンはそれを選択しない。
 人命救助、友達を助けるというのもある。
 それ以外にも惑星アクアを救いたいという気持ちもあるからだ。
 そう遠くない時期に、この惑星アクアはスーパーナチュラルという超自然現象に襲われる事が解っている。
 カノンがこの星に来る前に調べて解った事だ。
 出来ればそれも阻止したい。
 その為には惑星アクアの存在の気持ちを一つにする必要があると考えている。
 事を為そうとしている時に争っていては何も上手く行かないと思っているからだ。
 だからこそ、彼女は交渉術を利用しての人命救出という選択をとったのだ。
 人命救出と同時にアクアの住民達とも打ち解けるために。
 スーパーナチュラルの事はユリシーズ達も知っている。
 彼女が説明したからだ。
 危険だから、カノンは一人で人命救助に向かうと言ったが、ユリシーズ達は反対し、同行した。
 だからこそ、ユリシーズ達は手っ取り早く敵を倒して友達を救い出して、惑星アクアを去ろうと考えている。
 それがカノンの意見と真っ向からぶつかっている原因だ。
 ユリシーズ達にとっては惑星アクアの事などどうでも良いのだ。
 ただ、カノンが無事であるならそれで良い。
 カノンはそれを良しとせず、みんな救うつもりでいる。
 彼女が寝る間を惜しんで何かしているのは時間がないと思っているからでもある。
 そういう決意をしているからこそ、オリウァンコが怖いという個人的な理由で惑星アクアを離れる事など考えられないのだ。

 カノンは怖いという気持ちを押し隠して、【アインマール】として歌優活動を続けるのだった。


02 オリウァンコ来襲


 不穏な気配にもめげず、カノン達は歌優活動を続けていた。
 今回は30回目のコンサート。
 記念として、カノンは新曲をいつもより、多く披露していた。
 そして、コンサートも終盤になり、アンコールの声援があり、更に新曲を歌って締めくくる事になった。

「いつも応援ありがとうね〜。
感謝してます。
みんなの応援があるから、私達は頑張れるよ〜。
でも、今夜はこれが最後の1曲になります。
これも新曲です。
聴いて下さい、タイトルは【待ってられない I confess at last(あい コンフェス あっとラスト)私はついに告白する】です。」
「かにゅん、大好きだぁ〜」
「かにゅにゅ、愛してるぅ〜」
 すっかり、セカンドアースでの活動していた時の彼女のニックネームも惑星アクアで定着しつつあった。

「♪ねぇ あなたと私ってなんなのかな
ともだち…それとも…
はっきりしてよ 不安なの

私の気持ち、わかるでしょ
あなたは私の宝物。
私の元気の源(もと)

神様がくれた大切なチャンス
私はこの機会を逃さない。
あなたが告白(こ)ないなら私からいく。

待ってられない。
少しでも長くいたいの、そばにいたいのよ。
距離をちぢめたい。
私の願い。

もどかしい

待ってられない
I confess at last 私はついに告白する。
待ってなさい
私はあなたを虜(つか)まえる

まずはありがとう。
あなたに逢えてうれしかった。♪」


 本日、最後の曲を歌い終え、最後にお辞儀をして、コンサートは幕を下ろした。
 観客も満足し、興奮を隠せないまま帰宅していった。

 観客達の安全を確認し、最後に、裏方として頑張ってくれていたメンバーとの打ち上げをしようとしていた時、声をかける者がいた。

「あの、カノンさん、大ファンです。サインして下さい」
「私もお願いします。三回目からずっと来てました」
「俺も俺も」
 彼女のサインを求める若者達だ。
「ありがとうございます。いつも応援ありがとうね。感謝です」
 カノンは快く対応し、サインを書いたり握手をしたりした。
 疲れてはいるが、ちゃんとファンサービスも忘れない。

 心地よいコンサートの余韻――
 最初はそんな感じだった――

 だが、その幸せな一時は不心得者達の集団の手によって破られた。

「カノンは俺の女だ。汚い手でさわるんじゃねぇ」
「いや、俺んだ」
「何言ってんだよ、僕だよ僕」
 心ないファンの集団だった。
 和やかなムードだったファンとのふれあいが一瞬にして凍りつく。

「あの、争いは止めて」
 カノンは仲裁を計る。
 だが――
「手前もなんで、こんなやつらと握手なんかしてるんだよ。俺にサービスしろよ」
 カノンの髪の毛を掴み、心ないファンは咆える。
「ぶっ殺す」
 ユリシーズ達はそれを見て激昂する。
 ファンサービスと思って油断してたら、とんだトラブルメーカー御一行様の来襲に頭に血が上ったのだ。
「やめて、私は平気だから」
 ユリシーズ達を止めようとするカノン。
 だが、一触即発状態だ。
 カノンが本気になれば、この程度の輩をぶちのめす事は容易いだろう。
 だが、ファンとのふれあいを考えている彼女はそれを良しとしない。
 だから、こういうクズにつけ込まれるんだ。
 そう思ってユリシーズ達はイライラをつのらせていた。

 ユリシーズ達が心ないファン達を締め上げて終わりかと思われた現場だったが、予想しない事態となった。
 心ないファンの中に潜んでいたフードをかぶった一人の男の手により、ユリシーズ達の方がのされたからだ。

「ば、ばかな……」
 状況が飲み込めなかった。
 ユリシーズ達は素人にやられる程弱くはない。
 能力を使わなかったとしても指一本で全滅出来る程の力を持っているはずだった。
 だが、現実にはたった一人の男に倒されて面食らっている状態だ。

「俺達を舐めていると痛い目みるんだよ」
「そこで寝てろよばぁ〜か」
 心ないファン達はユリシーズ達を倒した男の代わりに毒づいた。

 それを見ていたユリシーズ達を倒した男は
「お前達はもう良いよ。道案内ご苦労。安心して死んでいけ」
 というと心ないファン達の首を残らず飛ばした。

「きゃあぁぁぁぁぁっ」
「いやぁぁぁぁぁ」
 サインを求めてきたファン達がこの凶行に対し、悲鳴を上げる。

「に、逃げて」
 カノンは叫ぶ。
 あってはならない事が起きてしまった。
 ショックを受けるカノン。
 だが、放心している場合ではない。
 とにかく、ファン達を逃がさなくてはならない。
 この殺人鬼から引き離さなくてはならないのだ。

「久しぶりですね、カノン姫」
 フードをとったその顔には見覚えがあった。
 間違いない。
 オリウァンコだ。
 カノンを追って惑星アクアまでやって来たのだ。

 決して良いとは言えない行動を取っていたとは言え、自分のせいで、人が殺されたという事実がカノンの胸を刺す。
 動悸が止まらない。
 自分の行動が間違っていたのかと思って後悔した。

「う……うぅ……」
 涙が止めどなく流れてくる。
 その涙を止めたのは……
「困りますねぇ。カノンさんを泣かせるなんて感心しませんよ」
 大ピンチの状況に、にっこりと笑顔で登場したのはふざけたピエロこと、ゼルトザームだった。
 カノン達の不甲斐なさに見かねて出てきたのだ。

「ひ、ひぃ……お、お前は……」
 ゼルトザームの姿を見て怯えるオリウァンコ。
 本能的に、ゼルトザームがクアンスティータの関係者だと解ったのだ。
 ゼルトザームはカノンに対して話しかける。
「カノンさん、これは貸しです。後で返してくださいね」
 そう言うと時間が遡っていく。
 頭では通常に時間が流れているが、行動が巻き戻しのように巻き戻っていく。
 頭の認識と現実の時間にズレが生じる。
 オリウァンコに首を飛ばされた心ないファン達の首は元通り繋がり、命を拾った。
 だが、この事は心ないファン達も理解しているのか、ゼルトザームに対して恐怖の表情を浮かべる。
 ゼルトザームはにっこりと笑い、心ないファン達にこう告げる。
「あなた方の善意に期待します。僕はカノンさんのように優しくはないですからね。気に入らない真似をすれば何処にいようとわかりますよ。今度はもっと無惨な屍をさらす事になりますので、気をつけて下さい。余生は安らかにお過ごしくださいな」
 と。
「ひ、ひぃぃぃ……」
「た、助けて下さい……」
 心ないファン達は得体の知れないゼルトザームに対して心底怯えていた。
「助かりたかったらその後の行動はわかりますよね?」
「は、はいぃぃぃ……」
「もうしません、もうしません……」
 涙と糞尿で醜態をさらした。
「なら、立ち去って下さいな。このままあなた方を見ていると自分の行動を後悔したくなりますので」
 相変わらずの笑顔だが、それはまるでくだらないものでも見ているかのような目であった。
「し、しつれいしましたぁ……」
「ひぃ……」
 心ないファン達は腰が抜けながらでも這って立ち去って行った。
 彼らは命こそ助かったが、その後の人生はずっと怯えて暮らすだろう。

 カノン達は黙って見ている事しか出来なかった。
 やり方はともあれ、ゼルトザームはこの場をおさめて見せた。
 カノンのやり方を通したら、心ないファン達は死んでいた。
 それだけは事実だ。
 だから、ゼルトザームのやり方が間違っていると反論する事は出来ない。
 このままゼルトザームが駆けつけなかったら、心ないファン達はもちろん、ユリシーズ達もオリウァンコの手によって殺されていたかも知れないからだ。
 自身の無力感に苛まれるカノン。
 自分の何処がいけなかったのか、自分の何処がダメだったのか――
 それを繰り返し考える。
 だが、答えは出ない。
 固まっているカノン達をよそに、ゼルトザームはオリウァンコと交渉する。

「さて、オリウァンコさん、僕は吟侍さんの代わりって事になります。彼の代わりにカノンさんをお守りする立場にあります。ですが、吟侍さんと違うのは筋さえ通していただければ、僕は見守るだけですよ。カノンさんをどうにかしたいのであれば、作法を守ってお越し下さい」
「ここでひけば見逃してくれるのか?」
「見逃すも何も僕はオリウァンコさんに興味はありませんよ。カノンさんに興味があるだけです。ただ、ちょっと意図しない事をされたので、ムッときた。それだけですよ」
「解った。退く」
「今回はカノンさん側とあなたの痛み分けということで良いんじゃないですか?あなたは目的を果たせませんでしたが、カノンさんも心に傷を負いました。これ以上はお互いまた、今度という事にしませんか」
「りょ、了解した」
 ゼルトザームは見事、オリウァンコを追い払ってみせた。
 言い方ややり方は賛同しかねるが、それでも見事解決して見せたのだ。
「それでは、カノンさん、僕もこれで。良い旅を」
 最後まで笑顔で去っていった。

 幸い、誰も死ななかった。
 死ななかったが、かなり遺恨が残った。

 カノンは正直、いい気になっていた。
 やることなす事全てが上手く行っていたので、何とでもなると思っていた。
 だが、実際には違っていた。
 自分の知らない所で負の感情は生まれ育ち、予期しない所で爆発し、自分達はそれに対応出来なかった。
 上手く行っていた物事が躓いた時の脆さを露呈した。

 世の中には自分達の思い通りにならない事はいくらでも転がっている。
 それが、現実に壁として立ち塞がった時、なんて自分達は無力、非力なんだろう。
 今回の事件は、そう思わざるを得ない出来事だった。

 カノン一行は挫折を味わうのだった。

 ここから立ち上がって行くこと。
 それが、カノン達に架せられた試練だ。

 カノンはまだ、未熟者。
 時には失敗し、時には挫折も味わう。
 そこからどうやって立ち向かっていくか――
 それで彼女の真価が問われる事になる。

 彼女の惑星アクアでの冒険は始まったばかり。
 最初は、綺麗な手だと言われた。
 苦労していない世間知らずの手だとバカにされていた。

 だが、彼女は困難に何度もぶつかり、強くなっていく。
 強くなって自分の望みを叶えるために行動していく。
 彼女の望み、それは全ての人が幸せになれること。

 常識から考えたら無謀な事。
 叶うはずがない事だ。
 だけど、それで諦めていたら、何も始まらない。

 不可能かも知れない。
 でも、それで諦めていたら、何も願いは叶わない。

 人は夢を持つ。
 だけど、夢を夢のままにしていたら、望みは叶わない。
 夢を叶える為に努力と工夫を繰り返し、失敗も何度も経験していく。
 その苦しみの果てに夢を現実に返る結果が待っているのだから。

 夢を叶えるまでは、彼女はひたすら努力を続ける。
 カノンはこれから強くなっていく。


続く。



登場キャラクター説明


001 カノン・アナリーゼ・メロディアス
カノン・アナリーゼ・メロディアス
 アクア編の主人公で、ファーブラ・フィクタのメインヒロイン。
 メロディアス王家の第七王女にして、発明女王兼歌姫でもあるスーパープリンセス。
 恋人の吟侍(ぎんじ)とは彼女が女神御(めがみ)セラピアの化身であるため、同じ星での冒険が出来なかった。
 基本的に無法者とされる絶対者・アブソルーターを相手に交渉で人助けをしようという無謀な行動をする事にした。
 発明と歌、交渉を駆使して、攫われた友達救出作戦を実行する。
 今回、歌優(かゆう)という新職業に就くことになる。





002 ユリシーズ・ホメロス
ユリシーズ・ホメロス
 不良グループ七英雄のリーダー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、【浮かび上がるタトゥー】、【反物質の盾】、【トリックアートトラップ】という三つの異能力を得る。











003 アーサー・ランスロット
アーサー・ランスロット
 不良グループ七英雄のサブリーダー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、気の粘土【クレイオブマインド】という異能力を得る。












004 ジークフリート・シグルズ
ジークフリー・シグルズ
 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、槍降らせの雲【スピアクラウド】という異能力を得る。












005 テセウス・クレタ・ミノス
テセウス・クレタ・ミノス
 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、怪物達を虜にするフェロモンを身につけ、化け物後宮【モンスターハーレム】という異能力を得る。











006 クサナギ・タケル
クサナギ・タケル
 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、様々な奇剣を得た剣士。











007 ヘラクレス・テバイ
ヘラクレス・テバイ
 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、第三の腕という異能力を得る。
 力自慢。











008 ジャンヌ・オルレアン
ジャンヌ・オルレアン
 不良グループ七英雄のメンバーでは紅一点。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、不思議な羽衣を得る。











009 パスト・フューチャー
パスト・フューチャー
 カノンの親友。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、【契約のサイン】という特殊能力を得る。
 野球のサインなどの様に一定の動作をする事で自然現象などに効果をもたらす事が出来る。
 一度、使ってしまうと、そのサインは無効となり、再契約する必要がある。










010 シアン・マゼンタ・イエロー
シアン・マゼンタ・イエロー
 カノンの親友。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、魔法の糸を得る。
 魔法の糸は10本の指に一つずつ結ばれていて、普段は見えない。












011 ブレセ・チルマ・フェイバリット(二代目ミズン・スイートランド)
ブレセ・チルマ・フェイバリット
 水の姫巫女。
 ミズンは偽名で、正体は、アクアの星を支配する7名の上位絶対者・アブソルーターの内の1名、ブレセ・チルマ・フェイバリット。
 正体を隠して、水の神殿に修行に入り、姫巫女にまでのぼりつめた。
 頭が良く、カノンと知恵比べをする。
 今回、カノンが歌優(かゆう)になることを承認する。











012 ゼルトザーム
ゼルトザーム
 クアンスティータのオモチャと呼ばれるふざけたピエロ。
 実力の方は未知数だが、少なくともカノン達が束になってかかって行っても勝てる相手ではない。
 主であるクアンスティータがカノンを母と認めた事から、彼女を見守る様につかず離れずの立場を貫く。
 ブレセ・チルマとは顔見知り。










013 アリア
アリア
 カノンがセカンド・アースから持ち込んでいたオーケストラコーラスダンサロイドという人型ロボット。
 その1号機にあたる。
 カノンの歌のサポートをするために今回、完成させた。
 カノンとピアとトリオを組みチーム【アインマール】として動く。














014 ピア
ピア
 カノンが女神御セラピアの力で召喚したミューズ・アニマル。
 美しい音楽に惹かれて踊るマスコット的動物。
 カノンとアリアとトリオを組みチーム【アインマール】として動く。














015 オリウァンコ 
オリウァンコ
 カノンをつけねらう不届きなファンに引き寄せられてやって来た八番の化獣(ばけもの)。
 化獣の中では最弱で神御(かみ)や悪空魔(あくま)でも単独で戦える力。
 最弱であるが故に最強の化獣クアンスティータの力を欲している。
 そのため、クアンスティータを眠らせる歌を歌えるとされる女神御セラピアの化身であるカノンを彼女が幼いころからつけねらっていたストーカーでもある。