第004話 オリウァンコ編その2
01 ヘラクレス・テバイの戦い
ヘラクレス・テバイは8番の化獣(ばけもの)、オリウァンコが用意したステージを進む。
ジャンヌ・オルレアンの時の様に、関所のようなものが8カ所ある。
8という数字に強いこだわりをもつオリウァンコはその行動に8に関する事を絡めたがる。
刺客としても8を強調したいのだが、都合良く8名揃うという事はまず、ない。
なので、ジャンヌの時と同様にどうしても8という数字に合わせるために数合わせとして参加させている刺客がいるのは仕方がなかった。
最初に立ち塞がったのはシャロムという男だった。
簡単に言ってしまえば、この男は単なる力自慢というような刺客だった。
確かにパワーはなかなかのものなのだが、ただ、それだけだった。
動きとしては単調過ぎて、攻撃パターンが丸わかりだった。
小技もいくつか使ったようだが、それも特別、際だったという感じでもない。
無視しても良いようなレベルでしかなかった。
怪力と言えば、ヘラクレスもまた、力自慢でもある。
七英雄で最大のパワーを誇ってもいる。
だからといって、七英雄の中で最強かというとそうでもない。
七英雄同士がもし戦ったとしたら、勝ち残るのは恐らく、ヘラクレスではないだろう。
戦い合うお互いの相性というのもあるし、勝負としては、時の運なども複雑に絡んでくるだろう。
だが、十中八九、ヘラクレスは負ける。
勝ち残れない。
それはヘラクレス自身も解っていた。
芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)の心臓ともなっている7番の化獣ルフォスの宇宙世界でヘラクレスが身につけた力は第三の腕だ。
これもまた、超剛力を有する能力だった。
だから、ヘラクレスは敵によく、パワーだけの男と言われる事が多かった。
彼にとって、それが屈辱でもあった。
自分はパワーだけの男ではない。
だが、パワーに匹敵する何かを持っていたわけではなかった。
だから、ゼルトザームの修業ではパワー以外の力を身につける事に集中した。
自分がパワーだけではないという事を証明するためにも。
それで身につけた力が女体分裂(にょたいぶんれつ)という力だ。
筋肉質であるヘラクレスの身体は重い。
成人女性4人分くらいある。
この力は女性4人分の体重を四等分して、スピードを重視する4人の女性として分裂するという力だ。
女性の身体になれば、体重も軽くなり、その分、スピードが増す。
これはゼルトザームの持っている不思議な力の手助けも借りて身につける事が出来た力でもある。
パワー重視の男性体、スピード重視の4名の女性体に交互になることで、攻撃に変化をもたらせるというものだ。
女性体4名で敵を攪乱し、男性体のパワーで一気にしとめるというスタイルを主軸とする戦い方にヘラクレスはシフトチェンジしていったのだ。
男性体はパワーが優れている、女性体は複数になるという事とスピードが優れているという利点がある反面、男性体は小回りが利かず、女性体は、身体が複数になったため、コントロールが難しく、攻撃もその分、軽くなるという弱点を持つ。
それぞれの長所と短所を上手くコントロールして、戦うという事なり、スイッチタイプのバトルスタイルをとるという事で、男性体、女性体に限らずどちらも、今までよりも遙かに集中力を必要とした。
集中し続ける練習をしてきたからこそ、ヘラクレスは動きに繊細さが生まれていた。
だから、男性体の時だけでも、パワーだけの相手であれば、体捌きで、上手くいなす事が出来た。
がさつな戦い方をすると言う評をいつも受けていたヘラクレスにとってはもの凄い成長と言えた。
シャロムはろくに良い所も見せずに撃破された。
勝利したヘラクレスだが、今までだったらガッツポーズを取り、はしゃぎ回っていただろう。
だが、今の彼は落ち着いていた。
この程度の相手であれば勝って当たり前。
手放しで喜ぶことでもないと言わんばかりの表情だった。
続く第2の刺客の名前はガンゾという男だった。
この男もまた、シャロムと似たり寄ったりの数遭わせ要員に過ぎなかった。
力自慢が速度、スピード自慢に変わったくらいの違いだった。
ヘラクレスは4体の女性体になって対応した。
今までの彼であれば、敵の動きについてこれずに右往左往してやられてしまうという事もあっただろう。
だが、今の彼は、スピードという武器を得た。
身体も4体に増えた。
だが、気をつけなければならない事がある。
女性体はあくまでも仮の身体なので、時間制限があるのだ。
更に、もし、仮に女性体の1体が消滅してしまうなどの事があると、男性体に戻った時の彼の体重は元の体重の4分の3になってしまう。
もちろん、2体やられてしまえば、半分、3体やられてしまえば、4分の1になり、4体ともやられてしまえば、男性体も消滅する。
別の身体のように見えても男性体と女性体は連動しているという事なのだから。
そういう意味では慎重に戦わなければならない。
だが、そういう緊張感もヘラクレスにとっては嬉しかった。
今までは七英雄の一角には数えられても、リーダーであるユリシーズ・ホメロスばかりが目立ち、彼は影に隠れた立場だった。
同じようにカノン・アナリーゼ・メロディアス第七王女を想い、彼女につかえては居ても、やはり目立つのはユリシーズだった。
ユリシーズもまた、カノンの恋人である吟侍に嫉妬していたが、それでも、吟侍は一緒に冒険に出られないという状況になった時、一番近くに居た男性はユリシーズだった。
だが、今は、七英雄全てが、別々の扉の中で戦っている。
それぞれが、それぞれの正義のために戦い、それぞれが主役という立場だ。
そう、この場にはユリシーズも居ないのだから。
この戦いはヘラクレスの全責任で行い、自分の信念のために前に進んでいるのだから。
リーダー(ユリシーズ)が居るとどうしてもリーダーに頼ってしまう。
他に仲間のいないこの状況だからこそ、彼はフルパワーで戦う事が出来た。
水を得た魚の様に、生き生きとし、ヘラクレスは第二の刺客も撃沈した。
「うるるるぁぁ〜、どんと、こぉい〜」
ヘラクレスは雄叫び、次へと進む。
次の相手にはサイコロの6をイメージした入れ墨が彫ってあった。
どうやら、無理矢理8名にされたが、元々は6名の集団だったらしい。
となれば、ここからが本番という事になる。
だが、そんなのは一切関係ない。
彼はこれまでの2戦と同様に戦うのだった。
6の男、エドアールとの戦いが始まった。
エドアールの力は、炎を重視するタイプの戦士だった。
様々なタイプの効果を付与した炎を操りエドアールは攻撃を繰り出していった。
明らかに戦闘能力がこれまでの2名よりも上だったのだが、それでも高揚しているヘラクレスには関係なかった。
男性体と女性体による攻撃パターンの個人連携で猛ラッシュ。
ついには、エドアールも撃破するのだった。
次の5の男は風の力を操る男、オルドリッジだ。
真空を作り出し、測定不能を思わせるような風圧で攻撃を繰り出してくる。
だが、ヘラクレスはかまわず突っ込んで行ってズドンという感じでオルドリッジを倒した。
殆ど瞬殺だった。
次の刺客は4の女、ハミルトンだ。
ハミルトンの力は水。
ここまで来ると残る3名の刺客の能力の推測もついてくる。
恐らくは、後は土に関する能力者がいるだろう。
後、2名は光と闇ではないだろうか?
このファーブラ・フィクタ星系での謎の惑星ファーブラ・フィクタ以外の惑星と同じ属性を持っているのではないかという推測がついた。
激流を生み出し、ヘラクレスを飲み込むハミルトン。
だが、ヘラクレスは水圧にも負けず、どんどん前に進み、水が途切れた瞬間に、女性体に代わり、四方からハミルトンを攻撃して、撃破した。
彼の新しい美学として、男は男性体、女は女性体でトドメを刺すという事に決めたようだ。
続く3の男は、エフレムという男だ。
予想通り、土に関する力を持っていた。
残る2名も予想通りだとすると少し残念に思うヘラクレスだった。
もっと、自分を高揚させてくれとどんどん高ぶっているのが自分でもわかるのだった。
敵もそれに答えてくれなくては困るというのが本音だった。
土人形を作ったり、地震を起こして攻撃してくるエフレム。
だが、戦闘狂のベルセルクと化した彼を止めるにはいささか素材不足と言えた。
あっという間に詰め寄り、エフレムを殴り飛ばすのだった。
2の男の名前はヴィトス。
やっぱり予想通り、闇の力を使う男だった。
こうなってくると最後の1はほぼ間違いなく光の属性を持つ刺客だろう。
パターンが読めるような相手では、今のヘラクレスを止めるに値する敵とは言えなかった。
「うるうるうぃぃぃぃぃぃぃぃっ……」
魔族化し、攻撃力を増すヴィトスだが、ヘラクレスにとってはだから何だという状況だった。
そんなもの、悪空魔(あくま)と戦っていると思えば何でもなかった。
なんのひねりも無い、ただの敵――そうとしか彼には映って居なかった。
ズドン、ズドン、ズドン。
強烈な三撃をヴィトスにお見舞いするヘラクレス。
だが、ヴィトスは強力な再生能力を駆使して、身体が再生していった。
ひょっとして、不死身なのか?
だが、ファーブラ・フィクタ星系で戦っていれば、不死身の身体を持つ相手に会う事はたまにある。
それに不死身の敵の倒し方は結構、ポピュラーでもある。
ヘラクレスもまたその方法の一つを会得していた。
彼は一点集中して、ヴィトスの核の様な部分に打撃を当てた。
素粒子レベルからの破壊――
それで、如何に不死身の力を持っていようと再生は不可能になるのだった。
この世界では不死身を遙かに超える存在も多数存在する。
不死身であるという事は武器としてはやや、不足であると言えた。
ヴィトスも撃破した事により、残すは、1の男、クロイトのみとなった。
クロイトも予想通り、光の力を有する特殊能力者だった。
光の羽根による連続放射――
光の刃による連続放射――
光のエネルギーによる連続放射――
どれをとっても連続放射であり、ヘラクレスにとっては、何の変化もない攻撃に過ぎなかった。
とにかく手数で勝負という感じの勝負だった。
ヘラクレスは多少傷つくのもかまわず突進し、クロイトも倒した。
8戦全て、力押しというヘラクレスの体力を持ってしてようやく可能となる戦い方で勝利をおさめた。
勝つには勝ったが、ヘラクレスにとってはつまらない戦いとなった。
楽勝とは決して言えない。
随分、傷ついた。
体力自慢のヘラクレスで無ければ、途中でやられていたかも知れない。
だが、そんな勝利であってもヘラクレスにとってはまだまだやれるという戦いだった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ……俺はまだまだやれるぞぉ〜……」
再び、叫ぶ。
だが、それを聞いている者はその場には居ない。
ヘラクレスは次なる戦いを求めて、先に進むのだった。
02 クサナギ・タケルの戦い
クサナギ・タケルの前には、8つの関門が立ち塞がる。
やはり、8にこだわるオリウァンコは何でも8に結びつけたいようだ。
繰り返しになるが、無理矢理、8に数を合わせているので、余計な存在も多少、混じっている。
そのため、初戦というのはどうしても、大した相手とはならないようだ。
タケルの相手もまた、大した事がない感じがした。
タケルは剣士でもある。
7番の化獣ルフォスの宇宙世界で身につけた異空間倉庫を持っていて、その空間の狭間に、様々な奇剣を隠し持ち、それを取り出し、剣で戦う男でもある。
だが、剣があって初めて成立する彼の戦い方ではやはり限界があり、ゼルトザームの訓練で、タケルもまた、新たな力を身につけていた。
ただ、初戦の相手はそれを使うに値しない実力であるため、タケルは剣士として戦う事にした。
初戦の相手の名前はヘムサスというらしい。
向こうも剣士の様だ。
計らずとも剣士対剣士の戦いという事になった。
タケルは間合いを計った。
それに合わせてヘムサスも間合いを計る。
間合いの計り方から見ても、そこそこは出来るようだ。
タケルは異空間倉庫から剣を取り出した。
タケルには珍しく倉庫内にある数少ない普通の剣だ。
タケルの倉庫には奇剣とされるさまざまな特徴を持つ剣は多く保管されているが、普通の剣は意外と少ない。
恐らく100振りも無いだろう。
100振りというと、多い気もするが、タケルの倉庫に入っている剣の数は、現在では数兆本以上収まっている。
その数から考えると100以下というのはやはり少ないと言って良いだろう。
奇策はとらず、正攻法で、ヘムサスの力量を計って見ることにしたのだ。
お互いが間合いをジリジリと詰める。
風に動かされ、別の場所で、ガンという音がする。
それが合図のように二人は剣を交える。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン……
何度も何度も剣を交える。
見たところそこそこ腕はあるようだ。
だが、プラスアルファが感じられない。
凄腕の剣士――ただ、それだけの感じがした。
ただの剣士であれば、今のタケルが負ける要素は無い。
次第に腕の差がはっきりとし始める。
タケルは今まで本気じゃなかったのだ。
それでも、今なお、本気にはなっていない。
ギアを入れ替えるようにちょっとずつ、実力を出してきているのだ。
「おいおい、そんなんじゃ、俺には勝てねぇぜ。それ以上、何もねぇってんなら、俺は無駄な殺生は好まねぇ。去る者は追わずだ。退くんなら今の内だぜ」
と余裕ぶって見せる。
無駄な殺生は好まないというのは今だから言える台詞だった。
少し前までのタケルであれば、敵対する者は徹底的に完膚無きまでに追い詰める。
それが、彼のスタイルだったからだ。
実力を上げ、誰彼かまわず倒すという事が良いとは思わなくなったのだ。
それだけ、精神的に彼が成長したという事でもある。
だが、ヘムサスは、
「かまわないで貰おう。貴殿を倒さねば、我が命は無い。そういう契約だ」
と言った。
タケルは、
「へぇ、背水の陣ってやつか。退路を断って戦いに挑む――良いね、嫌いじゃない」
と答えた。
実際には、ここで、逃げ出せば、ヘムサスはオリウァンコに殺されるという意味だったのだが、タケルは少し勘違いしたようだ。
それはお互いの意思疎通は難しいという意味でもある。
ヘムサスは構えを変えた。
どうやら、剣技における奥義を披露するつもりのようだ。
それに返礼する形でタケルも構える。
剣を右手に持ち、肘を軽く曲げ、左に倒す。
左手は倒した剣に添える。
タケルなりの奥義の様だ。
剣技の奥義に対して、剣技の奥義で返す。
それが、やったらやり返すが流儀のタケルとしてのルールだった。
再び、間合いを計る二人。
しばらくそのままじっとしている。
数分くらい時が止まったかのように動かなかった。
そして、また、音がして、それを切っ掛けに二人は動き出す。
勝負は一瞬にしてついた。
「み、見事なり……」
最後にその台詞を良い、ヘムサスは崩れ落ちる。
タケルが勝った。
タケルの構えは奥義ではなかった。
ただ、それっぽく見せようと思って構えただけの出鱈目な構えだった。
それでも元々の力量が彼の方が圧倒的に上だったので、奥義を出してきたヘムサスを撃破する事が出来た。
ヘムサスは実力的には、タケルには遠く及ばないが、その精神は立派だった男と言えた。
余裕を持っての勝利を得たタケルの前に次に立ちはだかったのはグレイザーという男だった。
グレイザーもまた、実力的にはタケルには遠く及ばない男の様だ。
雰囲気で解った。
グレイザーの実力でもまだ、タケルには遠く及ばない。
タケルは引き続き同じ剣で戦う事にした。
グレイザーは獣人の様だ。
特徴としては、その牙や爪が武器っぽい気がした。
何の獣の獣人なのかはよく解らなかった。
あまり見たことのないタイプの獣人と言えた。
「しゃーごぉっ」
グレイザーは威嚇する。
だが、タケルは動じない。
あくまでもまるでハント(狩り)をするかのような気持ちでいた。
相手は獣。
そうとらえているようだ。
身体を左右に揺らしながらもの凄いスピードでタケルに突っ込んでくるグレイザー。
だが、タケルは、
「チェストー」
まるで薩摩の剣士の様な強烈な一撃でグレイザーをしとめるのだった。
もんどり打って倒れるグレイザー。
しばらくもがいた後、動かなくなった。
それを見てから、タケルは、
「さて、次、行くか」
と言って、第三の関門の所まで歩いて行った。
次なる敵の名前はウルダ。
右腕が鞭のようになっていて、左手は盾のようになっている男だった。
恐らく左手の盾でしのぎながら右腕の鞭で攻撃するタイプの敵だろう。
普通の剣では少々、間合いが足りないようだ。
それだけ、右腕の鞭は極端に長かった。
また、右腕の鞭は5本に別れている。
複雑な動きをするのではないかという推測がついた。
タケルは剣を持ち変える。
今度はタケルの本領発揮となる奇剣だ。
鞭のような腕を持つ相手には、こちらも鞭のような剣で対抗するだけだとばかりに、剣先と柄の間に長い鞭状のものがついている奇剣だった。
「さぁて、始めますか」
とタケルは呑気に言う。
命のやりとりを楽しんでいるようだ。
カノンと一緒だったら、出来ない事だからだ。
本来、血の気が多い彼はこういうやりとりを好む。
だが、カノンに嫌われたくない彼は普段、抑えていた。
猫を被るではないが、本性を隠していた。
今は、カノンを救うというお題目が加わったので、遠慮していても彼女は助ける事は出来ない。
なので、思う存分、暴れようという気持ちになっていた。
勝負はまたしても一瞬、タケルは、ウルダの首を鞭でもぎ取った。
絶命するウルダ。
敵として向かってくる以上、こういう最期が訪れる場合も覚悟して戦わねばならない。
これはウルダに限ったことではない。
タケルもまた、逆の立場になる可能性を秘めているのだから。
覚悟の面で言えばそれはお互い様だった。
4番目に彼に立ち塞がるのはギセラという女だった。
女だからと言って、手加減する気持ちはタケルにはない。
彼が一歩退いた気持ちで接するのはカノンや同じ七英雄のジャンヌ達仲間だけだ。
敵として向かってきた以上、遠慮する気はない。
男の敵と同様に戦って倒すだけだった。
ギセラの力は、【ぶれ】だった。
色んなものをぶれさせる力を持った相手だった。
ぶれてしまうので、急所などには狙いにくいという特徴を持っていたが、心眼殺法(しんがんさっぽう)という剣術で見事急所を狙い倒した。
5番目に彼に立ち塞がったのはヒルベルトという男だった。
ヒルベルトは認識から外れるという特殊能力を持つ難敵だった。
苦戦はしたが、それでも奇剣を駆使して何とか倒す事が出来た。
ヒルベルトの実力はそれまでの4名とは明らかに違っていた。
そろそろ、奇剣以外の切り札を出すときだと考えたタケルは次の6番目からもう一つの力を使う事にした。
タケルのもう一つの力――
それは、圧縮天体(あっしゅくてんたい)という力だった。
正確には天体ではないのだが、圧縮天体と呼ばれる10個の玉には様々な効果要素が中に渦巻いている。
小さいが重力も存在し、呼び出した圧縮天体はお互いを影響しあっている。
タケルを中心にして、公転もしているし、圧縮天体自身も自転をしている。
この惑星をイメージした配置は、タケルの結界の様なもので、それぞれの圧縮天体同士が、影響しあい、新たな変化を作り出す事が出来る。
その新たな変化こそが攻撃にも防御にもなるというものだ。
6番目の男の名はガーガリアンという。
ガーガリアンの特技は色の封印だった。
例えば、赤を指定すると赤い部分が、青を指定すると青い部分が封じられる。
つまり、特定の色の部分を一定時間止める事が出来ると言う能力だ。
それはなかなかに厄介な力と言えた。
だが、タケルの圧縮天体はガーガリアンの色封印の力を終始圧倒した。
そして、圧縮天体による変幻自在な変化に対応していると合わせ技の奇剣による連続攻撃に対応出来ない。
圧縮天体と奇剣の組み合わせ、コンボはガーガリアンには対処できなかった。
続く、7番目の男の名前は、カルポビッチという男だった。
カルポビッチの力は、亡霊術と呼ばれる呪法だった。
死者の魂を呼び出し、敵を呪い殺すタイプの戦い方をする男だった。
だが、その力を持ってしてもタケルの敵ではなかった。
8番目の男の名前は、マヤールという男だ。
マヤールの力は、ドッペルゲンガー化という力だ。
戦う相手に触れる度に相手の姿形に少しずつ似てくるというものだ。
完全に同じ姿になった時、相手が死亡するというやはり呪詛を基準とした能力者だった。
だが、それでも、タケルの牙城は崩せなかった。
圧縮天体と奇剣によるコラボレーションスタイルでサクサクと8番目の敵も撃破した。
タケルは、
「なんだ、もう終わりか……つまらん……」
と言って、先に進むのだった。
03 テセウス・クレタ・ミノスの戦い
テセウス・クレタ・ミノスの前にもやはり8つの関門が立ちふさがる。
何が何でも8で通すのは8番の化物であるオリウァンコの流儀の様だ。
無理やり8つの関門にしているので、実力が足りない者もやはり、多少混ざっている。
第一の門番であるジャングレコという男もまた、実力不足と言った感じの敵だった。
七英雄きっての色男であるテセウスは、直接戦うというタイプではない。
テセウスはモンスターハーレム(化物後宮)を持っている。
この後宮には怪物の雌がひしめいている。
テセウスは特殊なフェロモンを7番の化獣、ルフォスの宇宙世界で身にまとった。
そのフェロモンにより、怪物の雌を虜にし、自身の手足として戦わせるのだ。
そのため、戦闘力で言えば、七英雄中最弱と言われる事もあった。
どうしても、直接戦わないので、成長するのは使役する怪物の方で、テセウス自身の成長度は低いと思われて来た。
だが、テセウスは、影で努力をしてきていた。
格闘技などを多く学び、自身のスキルをアップさせてきた。
ちょっとした小悪党くらいならば、格闘技だけで、全滅させる事が出来るくらいには強い。
だが、他の七英雄の異能力と比べてしまうと、やはり、対等とするのは、モンスターハーレムとしての力になってしまう。
なので、ゼルトザームとの修行では他力ではなく、本人の──自身の力の強化に集中した。
テセウスが新たに身につけた力──それは、超越進化(ちょうえつしんか)という力だった。
生命体の多くは、そこに住むために、長い時をかけて、その環境に適合した身体を手に入れる。
テセウスの場合はそれをものすごく短期間でするという力になる。
人間から人間以上の存在に進化していく。
それは、簡単な事ではない。
無理をしているのだから、それなりにダメージも負っていく。
少なくとも激痛からは逃げられない。
また、進化したものの合わないと判断したら、逆退化(ぎゃくたいか)という方法で、元に戻る事も可能だが、それでもやはり激痛は襲ってくる。
また、何度も進化や退化を繰り返していると細胞が壊れてくる。
そのため、使用限界がどうしてもある力と言えた。
だから、実力の足りない相手に無理して超越進化や逆退化は使わない。
モンスターハーレムと自身のクンフー等を駆使して戦うのを基本スタイルとしていた。
テセウスは、最初の刺客ジャングレコの相手は、自身の格闘技を駆使して戦う事にした。
ジャングレコの力は、手品――つまりマジシャンだった。
トリックを駆使して、テセウスに挑んできた。
見た目の不思議な技の数々を披露するジャングレコ。
だが、どんなに不思議に見えても、ジャングレコの場合は、マジックとしてのタネがある。
本当に不思議な力を使っている訳ではなく、目の錯覚などを利用した攻撃なのだ。
テセウスは冷静に対処し、次のマジックのパターンを上手く読み、ジャングレコを撃破した。
マジックのタネを読まれるようではマジシャンとしては二流と言わざるを得ないだろう。
続く第二の刺客の名前は、エーデルハイトという男だ。
エーデルハイトの力は心中人形(しんじゅうにんぎょう)という。
この人形に抱きつかれると死亡してしまうという危ない力だ。
だが、捕まらなければどうという事はない。
心中人形を上手く交わし、エーデルハイトを倒した。
続く第三の刺客の名前は、カールスンという男だ。
カールスンの力は、巨大化だ。
手当たり次第無機物を食べて身体を大きくして、向かってきた。
テセウスは自身の力だけで戦っているので、あまり身体を大きくされてしまうとそのままでは勝てなくなる。
そうそうにけりをつけようと思って向かって行ったが、間合いを取られ、近づけなかった。
そして、隙を見ては食べて身体を大きくするという事を繰り返した。
一定時間経つと、消化されて身体が小さくなるようなので、カールスンは絶えず、間合いを取っては何かを食べて身体を大きくして突っ込んでくるというヒットアンドウェイ戦法を取ってきた。
さすがに20倍以上の体格になられた時には、生身ではどうしようもないので、モンスターハーレムの怪物を呼び出し、倒した。
カールスンの実力から見ても、この後の敵からは、少なくともモンスターハーレムの力を使わねば太刀打ち出来ないとテセウスは判断した。
第四の刺客の名前は、グッダルという男だ。
グッダルの力は、騒音だった。
聞いているとおかしくなるようなノイズを作り出し攻撃する。
聞いているだけで、気持ち悪くなる迷惑極まりない力と言えた。
テセウスはモンスターハーレムから怪物を早々に呼び出し、喉を食いちぎり撃破した。
第五の刺客の名前は、ウィスラーという男だ。
ウィスラーの力は、盗賊の翼という能力だ。
この力は、左右の小さな翼を1セットとする能力で、鷲のように獲物であるターゲットに襲いかかるというものだ。
この1セットの盗賊の翼は1つ、テセウスの身体から何かを盗んでいく。
それは、身体の一部分であったり、能力であったり様々あるが、無数の盗賊の翼により、少しずつ、自身の力を削り取って行くという能力だ。
正に、獰猛な鳥に襲われるような印象を受ける能力でもある。
盗賊の翼は一撃でトドメを刺すという力ではないが、大きさが鳩サイズであるため、小回りが利く。
1セットであれば、かわすのはそれほど難しいことではないが、有に100セット以上はある。
これだけ多くの盗賊の翼に襲いかかられてはたまらない。
かわしてもかわしきれるものではない。
モンスターハーレムから怪物を呼び出しても、敵の攻撃はテセウス自身に襲いかかってくる。
このままではまずいと判断したテセウスは、新たな力、超越進化を使う事にした。
超越進化は諸刃の剣とも言える力だ。
使いどころを間違えば、テセウス自身を大きく、傷つける事にもなる。
「ふぅ……」
と息を吐き、意識を集中させる。
意識を右手に持っていく。
右腕だけの限定進化だ。
「ぐぅぅぅぅぅぅ……」
激痛がテセウスを襲う。
この激痛に耐えなければ、進化は無い。
そうしている内にも盗賊の翼が彼を襲う。
もう後には引けない。
やるしかないのだ。
盗賊の翼を何とかかわしつつ、テセウスは右腕を進化させた。
今回の進化は、右腕がまるで、細長い花瓶のようになっている。
「シュゴオォォォォォォォォ……」
という音をたて、まるで掃除機の様に、盗賊の翼を吸い込んでいく。
盗賊の翼は既に、テセウスからいくつか身体の動きを奪っていた。
それを吸い込む事によって、盗賊の翼から奪われた力や身体の一部を取り返していったのだ。
更に言えば、テセウスから身体の一部などを奪い取った盗賊の翼を吸い込んだ場合は元の身体を取り戻すだけだが、まだ、テセウスから何も奪って居ない盗賊の翼からは、ウィスラーの身体の自由自体を奪っていた。
形こそ違えど、盗賊の力と同じ様な力をテセウスの右腕は持っているという事になる。
全くの同質の力ではないが、お互い、相手から力や身体の一部をもぎ取るという能力を持ったという事で、テセウス対ウィスラーの身体の一部や力の奪い合いが始まった。
相手から奪ったと思ったら、奪われるという繰り返しだった。
捕ったら捕られ――
奪われたら奪い返す――
その応酬が続く。
二人はムキになって互いの身体から奪い合う。
ウィスラーは複数の盗賊の翼を操っているのに対してテセウスは右腕一つだ。
最初の内はウィスラー有利という状態だった。
だが、テセウスが盗賊の翼をどんどん吸い込んで行くので、ウィスラーが操る盗賊の翼の数はどんどん減って行った。
次第に形成は逆転し、テセウスが競り勝った。
相手から奪うだけ奪って勝利をもぎ取ることに成功した。
勝利した後、テセウスは逆退化で右腕を元の腕に戻す。
今回はウィスラーに対抗するために進化を使ったが、吸い込んで、相手の力を削り取るという能力は効率が悪い。
ウィスラーの力に対しての対抗策としては有効だが、他の敵に対しては、与えるダメージとしては効果が薄いとして、戻したのだ。
超越進化と逆退化を使った事で、テセウスの右腕には激痛ともなっている鈍痛が走っている。
痛みがしばらくひかない。
だが、立ち止まっている事は出来ない。
敵はまだいるのだから。
テセウスは右腕はグーにしたりパーにしたりして、自分の思い通りに動くのを確認した。
「……よし、大丈夫だ。――次、行くか……」
テセウスはまた、歩き出し、次の関門へと足を進めた。
第六の刺客の名前は、ガロッドという男だ。
ガロッドの力は、動く水域だ。
ガロッドの周りには半径10メートルに渡って、水があり、ガロッドは腰まで水に浸かっている。
これは、その場所に水があるのではなく、ガロッドの周りに水が集まっているのだ。
もちろん、これはただの水ではない。
多くの生命が海から生まれたように、ガロッドの水域からも多くの何かが生まれてくる。
よく見ると水の底に多くの玉のようなものが沈んでいて、その玉が、ガロッドの水域を通して、急速に進化して、何かの形になって、テセウスに襲いかかってくるのだ。
進化と言えば、テセウスが新たに身につけた力もまた進化(と退化)だ。
今回の戦いは進化対決と言ったところになるだろう。
ガロッドの水域は、それだけではない。
もしも、その水域に捕まれば、テセウスはその特別な水に絡め取られ、足を封じられる事になるだろう。
その敵を前にして、テセウスは考える。
ガロッドは自身の領域に居る玉の様な物を急速進化させる様だ。
ならば、テセウスも自身が所有しているモンスターハーレムの中の怪物達を進化させる事が出来ないか?と……
モンスターハーレムと超越進化のコラボ。
それが出来れば、テセウスは更なる戦闘力を得ると言う事になる。
試した事はもちろん、無い。
虜にしている怪物達の事はテセウス自身は常に感謝の気持ちで接している。
怪物の彼女達が居るからこそ、テセウスは今まで勝って来れたのだ。
その怪物達に対して、テセウス自身が進化する時に味わう激痛を与えるという事はためらわれたのだ。
自分自身であれば、その激痛にも耐えられる。
だが、自分のためにつくしてくれる怪物達にその激痛は――
そこがためらわれた理由だった。
だが、テセウスのためであるというのであれば、怪物達は喜んでその進化を受け入れるだろう。
全ては、テセウスの気持ち次第だった。
だが、強くなるためには避けては通れない事でもある。
テセウスが選択したのは痛みを分け合うという事だった。
進化させる怪物と感覚を共有し、進化による苦痛を半分に分け合う――
それが、テセウスが怪物達に示す、誠意だった。
痛いのは自分も一緒だ。
だから、耐えてくれ。
心では涙を流しながら、テセウスは怪物を進化させた。
進化させた怪物はテセウスのそんな優しさに答えるかのように、ガロッドを瞬殺した。
続く第七の刺客の名前は、フォルセルという男だ。
フォルセルの力は、幻を作り出す能力だ。
幻影術というやつだ。
幻であるが、幻で起きた事を脳に強烈に認識させる力を持っているので、幻は幻でも現実にあった事とほぼ同じダメージを負う事になる。
テセウスは苦戦したが、やはり、同じ様に怪物を超越進化させ、フォルセルも下した。
最後の第八の刺客の名前は、ブレシアという女だ。
ブレシアの力は、催眠フェロモンだ。
相手を虜にさせてしまう力がある。
テセウスもまた、フェロモンをその力とする男だ。
男と女のフェロモン対決という事になった。
怪物を虜にするテセウスに対し、ブレシアの催眠フェロモンは細かい設定が出来た。
何々の効果を持つフェロモンという感じで、条件を指定して虜などにする事が出来るのだ。
誘惑に頭がクラクラしつつも、虜にするフェロモンはテセウスの十八番でもある。
負けるわけには行かなかった。
ブレシアのフェロモンで怪物達がモンスターハーレムから抜けだそうとするのをテセウスのフェロモンが必死に防ごうとする。
立ちこめる香りでむせかえるようになる。
苦しい戦いとなったが、最後はテセウスが、根性を示した。
ブレシアはテセウスの虜となった。
ブレシアもまた、怪物の要素を持つ女だった。
テセウスはブレシアをモンスターハーレムに招き入れた。
敗北者はオリウァンコに始末されるのだが、テセウスはモンスターハーレムにブレシアを取り込む事によって、それを未然に防ぐ事に成功した。
テセウスは歩き出す。
次なる戦いを求めて。
04 奉崇歌(ほうすうか)
七英雄達の決死の戦いをカノン・アナリーゼ・メロディアスは知らなかった。
彼女は一人、第一側体、クアンスティータ・トルムドアの所有する宇宙世界、トルムドア・ワールドに連れて来られていたからだ。
第一本体クアンスティータ・セレークトゥース誕生時に出た、クアンスティータ以外の部分、ファーミリアリス・ルベルが変化した存在、ダミーカノンが彼女の代わりにオリウァンコの人質として捕まっている。
七英雄達はそのカノンの偽者を助けるために必死で頑張っているという事になる。
本物のカノンがクアンスティータ・トルムドアによって、パーティーから引き離されたとも知らずにだ。
本物のカノンは、クアンスティータ・トルムドアに案内され、トルムドア・ワールドの中を回っていた。
(クアンスティータ・)トルムドアは、カノンに対して、好意的で、カノンの事を【カノンママ】と呼んでいる。
それは、トルムドアが、カノンの生体データをスキャニングして、生体情報を他のクアンスティータにも送ったという事からそうなった。
元々、無性生命体?であるクアンスティータが【おんこ】という男でも女でもない第三の性別になったのは、カノンの生体情報が大きく影響している。
どちらかというと女の子よりであるクアンスティータはカノンの要素を多く持っているからでもあるのだ。
そのため、トルムドアは性別を与えてくれたカノンを母と同様に扱っていた。
現在、その場には、トルムドアの他に、もう一つの全能者――アナザーオムニーアというこの宇宙世界のクリエーターのような存在によって作られた理想の存在、清依 美架(きよい みか)という女の子も加わっている。
美架は、アナザーオムニーアの富吉(とめきち)という者の理想の存在となる。
このトルムドア・ワールドでは、対象者の夢の中に存在する理想の存在を作り出す事が出来るという。
富吉の夢の中の理想、それが、彼女なのだ。
夢の宇宙世界でもあるトルムドア・ワールドでは、現実とは別に、対象者だけの夢の世界というのも存在する。
対象者のためだけに存在する夢の世界は理想的で、夢の世界にどっぷり浸かってしまう者も後を絶たないという。
アナザーオムニーアはそんな夢の世界だけの住民をトルムドア・ワールドに自由に作り出すことが出来る。
そうして、富吉により、彼女はトルムドア・ワールドの地に作り出されたのだ。
トルムドアと美架は、【あそこ】という場所にカノンを案内しようとしている。
【あそこ】とは何処なのか?
それは、解らない。
【あそこ】とは、【ここ】、【そこ】、【あそこ】の【あそこ】なのだから。
カノンは聞いてみたが、トルムドアは、
「着いてからのおっ楽しみぃ〜」
と言って答えてくれなかった。
それは、黙って着いて言っても結果的には解る事であるし、逆らっても、今のカノンではトルムドアには到底、敵わない。
カノンは逆らわず、着いていく事を選択した。
途中、黙っているのも良くないと思ったので、世間話をする事にした。
まずは、自己紹介からだ。
カノンは自身の生い立ちやこれまでの冒険について話して聞かせた。
惑星アクアでの冒険ももちろん入っている。
カノンは、無言歌により、何とか、惑星アクアの住民達の心を一つにまとめる事が出来た事なども謙遜しつつ、話した。
それを聞いた、美架は、
「ふぅん……無言歌も出来るんだ?だったら、【奉崇歌(ほうすうか)】も出来るんじゃない?」
と言った。
カノンは、
「【奉崇歌】?って?」
と聞き返した。
初めて聞く単語だったからだ。
美架は、
「人間は声に出して歌わないとダメだと思っていたから、無理だと思っていたんだけど、無言歌――つまり、歌わなくても伝わったんでしょ?なら、次の段階としてあるのが奉崇歌だよ」
と言った。
その説明では解らないので、カノンは、
「あの……良かったら、その奉崇歌について説明してもらっても良いかな?」
と再度聞き直した。
カノンもこれまで冒険をしてきたが、まだまだ、満足行く成長をしたとは言えない。
力不足により、涙した事も数多くあった。
だからこそ、成長出来る機会があれば、どんどん成長していきたいと思っていた。
自身の成長が仲間達を助ける事にも繋がるのだから。
そのための情報なら得られるというのであればではあるが、知りたいと思うカノンだった。
とは言っても、交渉術というのは対等の条件を提示して初めて成立する。
なので、これは交渉というよりはお願いと言った感じだった。
だが、美架は快く引き受けてくれた。
トルムドアも楽しそうに見ている。
トルムドアもオーケーという事のようだ。
このトルムドア・ワールドではクアンスティータ・トルムドアが絶対の存在となる。
つまり、トルムドアから許可を得たという事はトルムドア・ワールド全体での許可を得る事と同じ意味だった。
美架は説明を始める。
【奉崇歌】とは――
一口に言ってみれば、身体から出てくる音楽だ。
もちろん、音だけじゃない、歌詞のついた歌もだ。
人の身ではまず不可能な事と言えた。
奉崇歌は基本的に二段階あり、一段階目は歌わなくても身体から音や歌が滲み出てくるというものになる。
二段階目としては、本人の身体以外、他の場所――つまり、周りなどからメロディなどが勝手に舞などに合わせて出てくるというものだ。
簡単に表現してしまえば、曲や歌を召喚しているようなものだ。
歌には力があり、元気にしてくれるものもあれば、怒りや悲しみなどを代弁してくれる力もある。
だが、歌いながらだと、どうしても戦闘には不向きだ。
声が口から出ている以上、どうしても呼吸などの影響もあり、歌いながらだと戦闘面では歌い手には、あまり期待ができない。
だが、少なくとも第一段階の身体から音や歌が滲み出てくるようになれば、戦闘面に不安を残すことなく、戦闘にも専念することが出来る。
もし、これを会得する事が出来たら、カノンの戦力は大幅にアップするだろう。
それを聞いてワクワクするカノンだが、美架はさらに、
「トルムドア様は三段階目以上の【奉崇歌】がつかえるけど、さすがにそれは無理っぽいね」
と言った。
なんと、更に上があるというのだ。
トルムドアは、
「えっへん」
と鼻高々だったが、トルムドアにその三段階目がなんなのか尋ねると、トルムドアは困った表情を浮かべた。
実は、知らないのだ。
美架は出来ると断言したのだが、トルムドア自身はそれがなんなのか解らないのだった。
トルムドアは、美架に答えを求めるような表情を見せた。
美架はトルムドアに対して失礼な事をしたと思って謝罪し、説明をした。
それによると、三段階目の【奉崇歌】は光速を超える伝わり方をするというものだった。
【奉崇歌】も歌――つまり、音である以上、光の速さには敵わない。
つまり、相手が光速以上で逃げ続ければ【奉崇歌】は届かないという弱点がある。
だが、トルムドアの力を持ってすれば、その【奉崇歌】に光速以上の伝達力を持たせる事も可能だというのだ。
また、音が伝わる範囲も宇宙世界全体にまで伝える事も可能だという。
音も超大音響にするのではなく、どの距離でも均等に心地よい音色にしてだ。
つまり、これは人間の力ではまず、不可能な能力という事になる。
トルムドアは知らなかっただけで、知れば使えるはずなのだ。
ちなみに、この【奉崇歌】は四段階目以降もあるという。
それだけ、途方もない力だった。
カノンも頑張れば、二段階目の【奉崇歌】までなら会得できそう――
その事を美架は言いたかったようだ。
カノンにとっては雑談のつもりで話した事だったのだが、歌い手である彼女に更なる目標が出来た事でもあったようだ。
何気ない会話一つとってもここはクアンスティータの所有する宇宙世界だけあって、規格外な事柄がどんどん飛びだしてくるのを感じたカノンは度々驚いた。
今までは惑星アクアでも凄い冒険だと思っていたが、惑星アクアでの冒険など、全く霞んでしまうような色んなものがこのトルムドア・ワールドという宇宙世界にはたくさんあった。
歌い手であると同時にたくさんの特許を持つ、発明家でもあるカノンの好奇心はどんどん増していった。
初めは、怖い宇宙世界に来たと思っていた。
全く知らない宇宙世界にただ一人、連れて来られて不安だらけだった。
だが、自分にとって雲の上の雲の上の雲の上の……そのまた雲の上……といつまでも続きそうなくらい上過ぎる存在であるクアンスティータも話せば、よい子――そんな感じがした。
研究者でもあるカノンにとって、自分を高めてくれる存在というのは大変、興味を惹かれるものだ。
彼女は今まで、何年かはクアンスティータ学という学問を学んできて、新たなる発見を繰り返してきた。
クアンスティータ学とはクアンスティータを学ぶ学問の事だ。
クアンスティータを研究することにより、多くの発見もした。
彼女はクアンスティータ学を通して、カノニウムという特別な金属を作り出した。
カノニウムを使って、惑星アクアでの最初の交渉を成功させてきてもいるのだ。
そう言った意味でもクアンスティータには大変、お世話になっていると言えるだろう。
カノンは少し考える――
このまま、現界(げんかい)に戻っても、今のままの彼女であれば、仲間達にとっては足手まといになる部分も多い。
それよりは、今しばらく、このトルムドア・ワールドにとどまり、得られるものは何でも得てきて、成長してからの方が、パーティーにとっては良いだろうと判断した。
現状としては、七英雄やシアンやパストなどの協力は無い。
彼女達は現界に居るはずであるからだ。
今、居る彼女の味方は彼女自身だけ。
頼れるのは己の身、一つだけだ。
トルムドアは好意的だが、何時、機嫌を損ねてカノンに敵意を持つか解らない。
トルムドアに敵対視されたら、恐らく、そこで、カノンの旅は終わりを迎えるだろう。
だから、敵対する訳にはいかない。
生き残って戻るために行動しなくてはならない。
今まで、カノンは人のために行動してきた。
だが、今回は違う。
カノンは自身を生かすために、行動しなくてはならない。
死んでしまったら、そこで全てが終わりだ。
人の思い出には残るかも知れないが、現実としての変化はそれ以降は無くなるという事を意味している。
それは嫌だ。
カノンはまだまだやり残した事があるからだ。
こんなところで全てを終わりにしたくはない。
なので、彼女は自分自身の戦いを始めるのだった。
生き残るためには、トルムドアを中心とした、このトルムドア・ワールドの住民達との交渉をしていかねばならない。
どんな結果も自分の行動次第となる。
そのためには、どんな事でもやっていこうと誓うのだった。
まずは、【奉崇歌】だ。
この不思議な歌の力を会得する事がカノンの成長の第一歩だ。
仲間達に、急成長した姿を見せて帰るために、彼女はたった一人での戦いを始めるのだった。
カノンはトルムドアと美架と共に進み、【あそこ】を目指すのだった。
続く。
登場キャラクター説明
001 カノン・アナリーゼ・メロディアス
アクア編の主人公で、ファーブラ・フィクタのメインヒロイン。
メロディアス王家の第七王女にして、発明女王兼歌姫でもあるスーパープリンセス。
恋人の吟侍(ぎんじ)とは彼女が女神御(めがみ)セラピアの化身であるため、同じ星での冒険が出来なかった。
基本的に無法者とされる絶対者・アブソルーターを相手に交渉で人助けをしようという無謀な行動をする事にした。
発明と歌、交渉を駆使して、攫われた友達救出作戦を実行する。
歌優(かゆう)という新職業に就くことになったり、惑星アクアを救ったりして活躍し、惑星アクアにとっては英雄扱いを受けるようになる。
002 ヘラクレス・テバイ
不良グループ七英雄のメンバーでメンバーの中では最も力が強いパワー自慢。
交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、超剛力を誇る第三の腕を得る。
今回、ゼルトザームの修業で女性体4体に分裂し、スピード重視の戦い方も出来る様になる。
003 ゼルトザーム
クアンスティータのオモチャと呼ばれるふざけたピエロ。
実力の方は未知数だが、少なくとも今のカノン達が束になってかかって行っても勝てる相手ではない。
主であるクアンスティータがカノンを母と認めた事から、彼女を見守る様につかず離れずの立場を貫く。
ブレセ・チルマとは顔見知り。
今回ユリシーズ達の修業に協力する事になる。
004 オリウァンコ
神話の時代、カノンの前身、女神御(めがみ)セラピアのストーカーをしていた、8番の化獣(ばけもの)。
最弱の化獣と呼ばれているが故に最強とされるクアンスティータに執着をしていて、クアンスティータに影響力を持つ存在、カノンにも興味を持つ。
クアンスティータの誕生により、姑息な手段でのカノンへのちょっかいは出来なくなり、正式な形として、ユリシーズ達に決闘を申し込み、カノンへのプロポーズへの足がかりとしようとしている。
005 クサナギ・タケル
不良グループ七英雄のメンバーでメンバーの中では奇剣を重視した剣士でもある。
交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、空間の歪みに倉庫を持ち無数の武器を保管出来るようになっている。
今回、ゼルトザームの修業で様々な要素を持つ小さな10個の圧縮天体(あっしゅくてんたい)を出し入れし自在に操れる様になる。
006 テセウス・クレタ・ミノス
不良グループ七英雄のメンバーでメンバーの中では最もモテる男でもある。
交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、特別なフェロモンを得て、怪物達を虜にし、モンスターハーレムに住まわせる事が出来ている。
今回、ゼルトザームの修業で激痛と引き替えに急激な身体の進化を促す超越進化と元に戻る逆退化の力を得た。
007 クアンスティータ・トルムドア
誰もが恐れる最強の化獣(ばけもの)。
その第一側体。
第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの従属にあたり、カノンから生体データを抽出して、他のクアンスティータに送ったのはこのクアンスティータ。
トルムドア・ワールドという宇宙世界を所有している。
008 ダミーカノン(ファーミリアリス・ルベル)
クアンスティータ・トルムドアがカノンを攫う時、カノンの身代わりとして作った彼女のダミーの存在。
カノンの行動を真似ている。
元々は、クアンスティータが誕生時に出てきたクアンスティータ以外の部分(人間の出産に例えれば羊水や血液などに当たる存在)で、ニナ・ルベルから出てきた事から本来の名前は【ファーミリアリス・ルベル】という。
カノンの代わりに、ユリシーズ達と行動を共にする。
009 富吉(とめきち)さん
トルムドア・ワールドに住む全能者オムニーア。
もう一つの全能者アナザーオムニーアと呼ばれる。
宇宙世界のクリエイター的立場で、様々な強者を際限なく作り出せる。
010 聖依 美架(きよい みか)
トルムドア・ワールドには現実世界と夢の世界の二つがあり、夢の世界には現実世界で生きる存在にとっての理想の存在となる、存在する夢、イグジスト・ドリームが居る。
聖依 美架(きよい みか)はもう一つの全能者アナザーオムニーアの富吉(とめきち)にとってのイグジスト・ドリームに当たる。
本来はトルムドア・ワールドの現実世界には出てこれない存在だが、アナザーオムニーアの力で現実世界に出現する。