第004話 オリウァンコ編その3

アクア編挿絵004−03

01 ジークフリート・シグルズの戦い


 ジークフリート・シグルズは、8番の化獣(ばけもの)、オリウァンコが用意したステージを進む。
 他の七英雄達の時の様に、関所のようなものが8カ所ある。
 8という数字に強いこだわりを持つ、オリウァンコはその行動に8に関する事を絡めたがる。
 刺客としても8を強調したいのだが、都合良く8名揃うという事はまず、ない。
 なので、どうしても8という数字に合わせるために数合わせとして参加させている刺客がいるのは仕方がなかった。
 ジークフリートに最初に立ち塞がる男の名前は、ガイフォードという。
 ガイフォードの力は、妖精による狙撃だった。
 ガイフォードは思念で妖精8体を精神支配していて、妖精の視線とガイフォードの視線はリンクしている。
 その支配した妖精達をどこかに潜ませて、ガイフォード自身が囮となって敵を油断させ、背後から急所を狙撃させるというバトルスタイルをとる。
 そのため、ガイフォードは自分が妖精を操っているという事はジークフリートには伝えていなかった。
 自身が使う武器、トマホークの使い手として、ジークフリートの前に出た。
 だが、喧嘩が百戦錬磨のジークフリートはガイフォードが何かを隠しているというのを瞬時に見抜いていた。
 何かあると理解した上で、自身の力である、槍を降らせる雲――スピア・クラウドの準備を始めた。
 スピア・クラウドは、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)の心臓になっている7番の化獣(ばけもの)ルフォスの支配するルフォス・ワールドで身につけた力だ。
 今回はそれ以外にゼルトザームとの修業で身につけた新たな力も使えるようになっているのだが、今はその時ではないと判断した。
 ガイフォードの実力であれば、スピア・クラウドで十分だと思っている。
 トマホークをブンブン振り回して攻撃を仕掛けてくるガイフォード。
 その動きから見ても付け焼き刃だというのが丸わかりだった。
 チンピラが素人剣法でブンブン出鱈目にそれらしく見せているだけにしか受け取らなかった。
 ジークフリートは、
「お前、何か隠してるだろ?」
 と核心を突いた。
 ガイフォードはドキッとした。
 秘密がばれたと思ったからだ。
 だが、妖精を隠しているとは思わないはず。
 ならば、このまま隙を見て狙撃させるだけと判断して、
「何を言っている?俺はこのスタイルの戦い方で1000もの敵を倒して来た」
 と嘘をついた。
 バレバレの嘘だった。
 この程度のトマホーク捌きで、1000勝も出来る訳がない。
 出来たとしても、取るに足らない敵ばかり相手にして来ただけだと判断したジークフリートはあまりにもガイフォードの実力が低いので、バトルに付き合っているのが馬鹿馬鹿しくなった。
 最初は出方を見るつもりだったのだが、茶番に付き合うのも限界だった。
 ガイフォードの上空に雲が出現する。
 もちろん、ジークフリートが作り出した雲だ。
 準備は万全。
 後は槍を降らすだけ。
 上空から無数の槍が降り注ぐ。
 それは、ジークフリートの隙を窺っていたガイフォードの頭上から襲いかかり、めった刺しにした。
 倒したガイフォードに向かって、ジークフリートは、
「何かするなら、とっととやれや。待ってるのも時間の無駄なんだよ」
 とつぶやいて、次の関所に向かった。
 結局、ガイフォードは妖精による狙撃さえ行えなかった。
 何の力を得意とするのか確認する前に倒してしまった。
 ジークフリートは七英雄一、せっかちな男でもある。
 出し惜しみしていると、力を披露する前に結着がついてしまう。
 ガイフォードは自身の力の使いどころを見誤ったという事になる。
 第2の刺客の名前は、スティードという男だった。
 スティードの力は、ドーピングだ。
 様々な薬を服用し、その効果で戦うタイプの戦士だった。
 ガイフォードとの戦いを見ていたスティードはジークフリートがさっさと結着をつけるタイプの相手だと判断して、ジークフリートが彼の守る第2の関所を訪れる前に、いくつもの薬を服用して肉体強化していた。
 そのまま、問答無用で襲いかかる。
 出会ってすぐの戦闘だ。
 だが、それはジークフリートにとってはありがたい事でもある。
 気に入らない奴はすぐにブッ叩くが流儀である彼は目が合ってムカつけば、即、戦うという方が性に合っている。
 ジークフリートの方もガイフォード戦で使っていた雲をそのまま移動させて来ていた。
 同じようにスティードの頭上から槍の雨を降らせる。
 スティードはもの凄い身体能力でかわすのだが、それでも降り注ぐ槍の数が多すぎる。
 地面に突き刺さった槍に進行を妨げられ動きが止まった所を串刺しにされた。
 ジークフリートは、
「二丁上がりぃ〜」
 と言って、次なる戦いに歩を進めた。
 第3の刺客の名前は、チュレンヌという女だった。
 チュレンヌの力は、大きな胸だった。
 彼女は自分のものとは違う、巨大な乳房を召喚する事が出来る。
 男はその巨大な乳房から発散される香気に誘われ、乳房に引き寄せられる。
 そして、その大きな胸に挟まれ圧死するという力の持ち主だった。
 ジークフリートにもその香気が襲う。
 フラフラとその巨大な胸に引き寄せられて行く。
 このままでは圧死だ。
 だが、せっかちなジークフリートはチュレンヌに出会う前から、更に上空に巨大な雲を作り出し、そこから大きな槍を降らせていた。
 チュレンヌも出会い頭に巨大な胸を召喚していたが、ジークフリートも香気にかかる前に槍を降らせていたので、大きな槍はチュレンヌの身体を貫いていた。
 チュレンヌが倒れた事により、召喚された胸も消失し、事なきを得た。
 さっさと結着をつけるつもりになっていなかったら危ない戦いだった。
 同じ七英雄であるテセウス・クレタ・ミノスであれば、誘惑系の力に対して強い耐性を持っているが、色恋ざたに弱いジークフリートにとっては相性の悪い相手と言えた。
 結着がついた後になって、その危うさに気づき、胆を冷やすのだった。
 これまでの3戦は面倒臭いから適当にあしらうつもりで戦って来たが、これからは、慎重に戦っていかねば足元をすくいかねられんと思うのだった。
 第4の刺客の名前はオッケヘムという男だった。
 オッケヘムの力は、記憶の改ざんだ。
 オッケヘムは味方だと認識させてから背後でブッスリとナイフなどで突き刺すようなやり方を得意とした姑息な男だ。
 正に、8番の化獣オリウァンコの配下としてはふさわしい男と言えよう。
 記憶の改ざんは視線を合わせる事で完了する。
 この能力が効く効かないは、能力浸透度(のうりょくしんとうど)と能力浸透耐久度(のうりょくしんとうたいきゅうど)が適用されるだろう。
 オッケヘムの能力浸透度がジークフリートの能力浸透耐久度を上回れば、ジークフリートの記憶は改ざんされる。
 逆に、オッケヘムの能力浸透度がジークフリートの能力浸透耐久度を下回れば、ジークフリートには効果はないだろう。
 だが、少なくとも、オッケヘムはオリウァンコに選抜されたメンバーの1人である。
 オッケヘムの能力浸透度は結構、高いと見て良いだろう。
 だが、これも能力を披露する前に結着が着くことになる。
 出会い頭にジークフリートはチュレンヌ戦で振ってきた槍をオッケヘムに向かって投げていた。
 こうして、またしてもせっかちに危ない戦いを救われたのだった。
 せっかちであるという事は良いことばかりではない。
 時には失敗してしまう事もある。
 だが、今回の戦いにおいてはじっくりと行っていたら、逆にやられていただろうと思える事も多かった。
 ジークフリートが戦っている場所は相手を騙したり誘惑したりする敵が多かったが、せっかちな彼を相手にするのは相性が悪いと言えた。
 第5の刺客の名前はキリーロフという男だった。
 持っている雰囲気がこれまでの4名よりも大物感漂っていた。
 それは、第5の関所に来る前のジークフリートも察知していた。
 残る4名は強敵だ。
 これまでの様に、スピア・クラウドで作り出した槍による単調な攻撃では勝てないかも知れないと感じていた。
 今こそ、新たに身につけた力を使う時だと判断した。
 スピア・クラウド以外のメインとなるジークフリートの新たな力――
 それは、能力預金(のうりょくよきん)という力だった。
 この力は能力を貯めておく力となる。
 お金に当たるのはジークフリート自身の特別なスキルとなる。
 ジークフリートのスキルが一定量、貯まったら、そのスキル量に値する能力をまるで、貯金を下ろすかのように使う事が出来る。
 特別なスキルが貯まらないと貯蓄している能力は下ろせないし、下ろしてしまった能力を使ってしまったら、その分、特別なスキルは減る事になり、また、貯蓄して行かなければならない。
 これは、特別なスキル――スペシャルスキルが無いと話にならないので、ジークフリートはゼルトザームとの修業ではこのスペシャルスキルを貯蓄する事に力を注いだ。
 貯蓄している能力は特別に、ゼルトザームによって、ジークフリートの身体に入れておいてもらったものだ。
 ジークフリートは自身の身体に貯蓄してもらっている能力の中から一つを選び、スペシャルスキルを担保に下ろす。
 もちろん、使えるのは一回ずつだ。
 二回目以降、使いたかったら、また、スペシャルスキルを担保に下ろさなくてはならない。
 そのため、いつまでも使えるという力ではない。
 使える回数が有限である貴重な力と言えた。
 なので、攪乱などの無駄玉は撃てない。
 一回、一回が貴重な力と言えた。
 今回、使った能力は因果律の操作だ。
 ゼルトザームくらいのレベルにでもならない限り、通常使える力ではない。
 ジークフリートはこの貴重な一回を使って、第5の刺客キリーロフと次の第6の刺客ウォルカーズという男を宿敵同士の運命にした。
 仲間という立場から、お互い憎しみ合い、つぶし合う間柄に変えたのだ。
 これは、オッケヘムの記憶の改ざんとはレベルがまるで違った。
 運命そのものをねじ曲げてしまう超強力な強制力を持った力だった。
 ジークフリートを尻目にキリーロフとウォルカーズの戦いが始まった。
 キリーロフが得意とするのは体術だった。
 達人の格闘家タイプの敵と言えた。
 技量的にはどう見てもジークフリートの上をいく。
 ウォルカーズは魔法使いタイプと言えた。
 様々な超常現象を操り、戦うタイプだ。
 技量としては、僅かにウォルカーズの方が上という感じがする。
 だが、ジークフリートの因果律の操作はこの2名が同士討ちで引き分けになるように運命を操作している。
 多少の実力差ならば、調節が可能なのだ。
 それだけ、反則技的な力と言えた。
 そして、運命に操られるかのように、激戦を繰り広げていたキリーロフとウォルカーズは、お互いの胸を刺し貫き、共に果てた。
 この2名の戦いを見る限り、まともに戦っていたら、どちらもかなり苦戦していただろうというのが解った。
 それだけの強敵達だった。
 棚から牡丹餅的な展開で第5、第6の刺客を撃破したジークフリートは続く第7の関所に向かった。
 第7の刺客の名前は、ウォーレンという男だった。
 ウォーレンの力は、空間の歪みに爆発物を隠すトラップファイターだった。
 この力は吟侍も使える力といえる。
 吟侍の場合は創作バトルの一つでエアポケットマジックという。
 吟侍は空間の歪みの中に、様々な魔法効果を隠す事で同じようにその歪みの所を通った時に発動するトラップを貼ることが出来る。
 吟侍は、エアポケットボム、エアポケットサンダー、エアポケットグラビティー〜……などの様に多種多様使いこなしていたが、ウォーレンの場合はエアポケットボム――歪みに爆発効果を隠す事のみの様だ。
 技量として、ウォーレンは吟侍よりも遙かに劣る。
 だが、戦い方の一つが吟侍と共通しているというのであれば、疑似的に吟侍と戦っている気分を味わえた。
 ウォーレンに勝ったから吟侍に勝てるという訳ではない。
 だが、それでも勝った気にさせる戦いになるとジークフリートは喜んだ。
 吟侍には美味しいところをいつも持って行かれていたので、ここで、一泡ふかせたい気持ちになったのだ。
 なので、能力貯金は封印して、スピア・クラウドで戦う事にした。
 ジークフリートはウォーレンのトラップをかわすために、至る所に槍を投げた。
 槍がトラップを通過すると爆発が起こり、そのトラップは消失する。
 ウォーレンが罠を作ってはジークフリートが罠を解除するという戦いが続き、我慢くらべとなったが、根性でジークフリートが勝利した。
 この第7戦でかなり疲労したので、第8戦はいきなり能力預金を使う事にした。
 早々に結着つけて、一旦、休みたかったからだ。
 第8の刺客の名前はカイヤットという男だ。
 カイヤットの力は、もの凄く巨大な武器を複数使うという武器使いだったが、ジークフリートは、能力預金から、新たな特別な力を下ろし、一発でしとめた。
 勝利したジークフリートは、
「ふぅ。何とかなったな……」
 と言って、一息ついた。
 もちろん、軽く疲れをとったら、また、次の戦いに向けて進むつもりだ。


02 アーサー・ランスロットの戦い


 七英雄のサブリーダーでもあるアーサー・ランスロットの前には8つの関所が立ち塞がっていた。
 他の七英雄同様に、8名の刺客が彼を待ちかまえている。
 8名なのは、8番の化獣であるオリウァンコが好きな数字だからだ。
 当然、数遭わせに参加している刺客も混じっているので、最初は実力不足の相手と戦う事になる。
 第1の関所で待ちかまえていた男の名前は、オーマンという男だ。
 オーマンは、猛獣使いだ。
 様々な猛獣を操り、敵となるアーサーを迎え撃とうと待ちかまえていた。
 対するアーサーは、ルフォスの世界で身につけた気の粘土、クレイオブマインドで戦おうとしている。
 アーサーも他の七英雄の例にもれず、ゼルトザームとの修業で新たな力を身につけている。
 だが、それはこの戦いでは披露する程ではないと判断していた。
 気の使い手であるアーサーは気を錬れば錬るほど、気によって様々な創作物を実体化させる事が出来るのだ。
 気の粘土による創作物でオーマンと戦うつもりだ。
 オーマンは、
「おーよしよし、お前達。目の前に居る男は不味そうだが、お前達の今晩の餌だ。味わって食べるが良い」
 と言った。
 どうやら、猛獣にアーサーを食事として与えるつもりのようだ。
 アーサーは、
「やめとけよ、俺を食ったら腹壊すぜ。もっとも、簡単に食わせるつもりはねぇけどな。それよりは、大事なペットが死んじまうぜ、飼い主として、責任もって、俺にやられろよな」
 と返した。
 お互いがお互いを小馬鹿にしている。
 舌戦は互角と言えるだろう。
 だが、この戦いは口喧嘩ではない。
 実際の実力が物をいう。
 オーマンは猛獣を全てアーサーに向けて差し向ける。
 だが、アーサーは気合いだけで、猛獣を圧倒した。
 獣達は、敵わないと理解し、腹を見せて敵意が無いことを示す。
 オーマンは、
「な、なんと……」
 と言って驚愕した。
 アーサーは、
「口だけはなかなかのものだったが、実力が伴ってなかったな。んな訳で、じゃあな」
 と言って、気の粘土をオーマンの顔にぶつけた。
 気の粘土によって、オーマンは呼吸が出来ずに窒息した。
 あっさり結着がつく。
 アーサーは第2の関所に向かった。
 第2の関所には、エンツラーという男が待っていた。
 エンツラーの力は、真似だ。
 敵の動きを真似る事を得意とした。
 当然、エンツラーはアーサーの動きを真似した。
 アーサーが気の粘土をこねたらエンツラーも気の粘土をこね出した。
 クレイオブマインドはルフォスの宇宙世界で身につけた力ではあるが、これと同種の力は現界にはわりとあふれていた。
 だから、真似しようと思ったら、真似は出来た。
 ただし、クレイオブマインドはこねればこねる程、力を増す能力でもある。
 これは真似しようがなかった。
 見た目は同じ様な力でもアーサーのクレイオブマインドとエンツラーの真似では質の面で天地の差があった。
 ただ、気の粘土を雪合戦のように投げ合っただけでもその差は歴然。
 気の粘土と気の粘土がぶつかり合えば、消失するのはエンツラーの真似した気の粘土の方だった。
 気の質がまるで違っていた。
 クォリティーがアーサーの気の粘土の方が数段優れていた。
 アーサーはここに来るまでもずっと気の粘土をこね回していたのだ。
 ここへ来た時に真似ただけの気の粘土とは精度がまるで違う。
 猿真似に負けるようなアーサーではなかった。
 エンツラーもあっさりと撃破する。
 第3の関所には、ガイルという男が待っていた。
 ガイルの力は、エネルギー変換能力者だった。
 ガイルは食べたもののエネルギーを変換して、砲弾のように敵に対して放つ事が出来るのだ。
 しかも食べてから放つまでのスピードは僅か0.01秒という短さだった。
 どんどん、食べながら次々とエネルギー変換して、アーサーに対して放つガイル。
 だが、アーサーは冷静に気の粘土による盾を作ってかわしつつ、ガイルの口に練り込んだ気の粘土を放り込んだ。
 そこからは気の勝負だった。
 ガイルのエネルギー変換の力が勝つか、アーサーの気の操作が勝つかだ。
 この勝負はアーサーが完勝した。
 アーサーの気の粘土で内部崩壊してガイルは倒された。
 アーサーは、
「こいつの口の中に俺の気が入っていたかと思うとちょっと気持ち悪いな」
 と言った。
 冗談を言えるくらいの余裕があるという事だ。
 第4の関所には、カドルナという女が待っていた。
 カドルナの力は、悪夢のささやきという力だった。
 相手をネガティブにして死へと誘う悪魔のささやきだ。
 この敵を前にして、アーサーは、ゼルトザームとの特訓で得た、もう一つの力を使う事にした。
 その力は成立言霊(せいりつことだま)という。
 成立言霊は、言葉に力を込める力だ。
 言いくるめる事により、その言った言葉を成立させる力でもある。
 奇しくも、お互いが言葉に力を持つ能力同士の激突となった。
 かたや、人を破滅に向かわせる呪いの言葉――
 かたや、正しく生きるもの、真っ直ぐ生きる者に活を与える力ある言葉――
 正と不の言霊同士の戦いだ。
 言ってみれば力を持った弁論大会とも言える。
 カドルナは世の中の不条理を説いて聞かせれば、アーサーは世の中を作ってきた情熱を説いて聞かせた。
 ネガティブVSポジティブ――
「全て滅んでしまえばいい」
「叶わなねぇ夢はねぇんだよ」
「呪い殺してやる」
「コツコツやってきゃ、何とかなっていくもんなんだよ」
「必ずいるのよ、足をひっぱる存在っていうのは」
「んなもん、まっすぐな信念を持っている奴からしてみれば、どうでも良いカスだよ。大成すりゃ、そんなのは気配を消す」
「必ず不幸は訪れるのよ」
「人間、生きてりゃ沈む時もあらあな。だがよ、沈むって事はまた、浮くって事だ。要は浮くときに勢いつけりゃいいんだよ」
「ばかじゃないの」
「バカを笑う奴は大成しねぇよ。世の中作っていってるのはその道のバカばかりよ」
「死ねば良いのに」
「相手の不幸を願っている内は小さく縮まっているだけなんだよ。夢に向かって真っ直ぐな奴はキラキラしてるぜ、お前と違ってなぁ」
 等々、正と不の応酬は続いた。
 やがて、カドルナはいたたまれなくなってその場を立ち去った。
 勝因はアーサーは幼い頃からの吟侍を見てきた事だった。
 吟侍は常に真っ直ぐ進んできた。
 それこそ、小さき者のつまらない嫌がらせなど、はね除けて行った。
 そんな吟侍を見てきた。
 口では悪態ついていたが、アーサーは吟侍の力を認めていた。
 その内から秘める強さを語っただけ――それが、アーサーの勝利に繋がったのだ。
 勝つには勝ったが、吟侍の前では絶対に使いたくない力だとアーサーは思った。
 この力は吟侍をイメージする事でわき出てくるものだからだ。
 その場を立ち去ったカドルナはオリウァンコによって殺害された。
 それを目撃したアーサーは、
「オリウァンコ、てめぇ……」
 と怒りを滲ませた。
 心の中では吟侍を認めているアーサーは芦柄三兄弟の様に曲がった事が嫌いだった。
 カドルナは戦意喪失していた。
 戦いを捨て、逃げる者を殺すのは、アーサーの中の正義が許さなかった。
 理不尽に殺される者がいるのを見て、我慢がならないのだ。
 続く第5の関所にはナートという男が待っていた。
 ナートの力は、何本もある腕だ。
 千手観音を思わせるような複数の腕が生えていて、それが、様々な道具(法具)を持っていて戦うスタイルのようだ。
 アーサーはこの難敵も成立言霊で撃破した。
 今度はカドルナの様にいたたまれなくなって戦意を喪失させるのではなく、物理的なダメージを成立させて倒した。
 中途半端に生かして帰しても、オリウァンコに始末されるのであればきっちりと倒して行こうと判断したのだ。
 続く第6の関所にはウェッジという男が待っていた。
 ウェッジの力は、影渡りの能力だった。
 影から影へ身を潜めての暗殺を得意とするアサシン(暗殺者)だ。
 この敵にはクレイオブマインドで対応する事にした。
 敵との相性を考えると成立言霊よりもクレイオブマインドの方が適していると判断したのだ。
 七英雄のサブリーダーをしているだけあって、実力はリーダーのユリシーズに次ぐアーサーは特攻隊長とも呼ばれていた。
 喧嘩があったら先頭に立って、向かっていった。
 そのため、不良時代、七英雄の中で最も喧嘩の場数が多かった。
 喧嘩を繰り返していると大体、どんな相手なのか見えてくる事がある。
 その経験を活かしてアーサーはウェッジの力量も計った。
 その結果、この敵には言葉の力は聞きにくいという判断となったのだ。
 気を練り込み、じっと構え、ウェッジの動きを見極めるアーサー。
 盲点から盲点を移動する敵に対し、自分の盲点に気の粘土を罠として配置した。
 その罠にウェッジは捕まり、その一瞬の隙を突き、別の気の粘土で作ったバットを振り下ろす。
 ウェッジは沈黙し、アーサーが勝利した。
 続く第7の関所には、ケレンツァという男が待っていた。
 戦闘スタイルはバリバリの喧嘩殺法だ。
 アーサーにとっては願っても無い相手と言える。
 本気での殴り合いが出来る――
 それが素直に嬉しかった。
 ケレンツァの喧嘩殺法はただの喧嘩殺法ではなかった。
 肉体が特別な金属で出来ているので、ただ殴っただけでも凶器で殴られたと同じ事になる。
 それに対して、アーサーは気の粘土で作ったメリケンサックを装着して対抗する。
 アーサーは、
「行くぜ、おらぁ〜」
 と言って突っ込んでいった。
 喧嘩は喧嘩でもタダの喧嘩ではない。
 一撃一撃が必殺の威力を持つ大げんかだった。
 殴り殴られ、また殴る。
 その応酬だった。
 攻撃を喰らっているアーサーの顔は腫れ上がっていく。
 だが、決してひるまない。
 気力で負ける訳にはいかないのだ。
 殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴りまくる。
 そして、次第に勢いで負けたケレンツァは力尽きた。
 ボロボロになったが、アーサーは勝利をおさめた。
 最後の第8の関所には、ジョシュアという男が待っていた。
 ジョシュアは人造人間でもある。
 様々な歴史上の名格闘家の情報をインストールする事により、その戦い方を再現出来るという力を持っている。
 この戦いには複数の歴史上の格闘家のデータを持ってきている。
 つまり、様々な格闘技を使いこなす達人達と戦うような者だ。
 プロの格闘家の力を再現できるジョシュアに対して、アーサーは雑な喧嘩殺法――
 まともに勝負すれば、アーサーには勝ち目が無い。
 だが、アーサーには、クレイオブマインドと成立言霊がある。
 この二つの力を駆使して、見事、ジョシュアを倒すのだった。
 倒すには倒したが、精も根も尽き果てた感があったアーサーは、
「ふぃ〜、疲れたぁ〜」
 と大の字になった。
 ちょっと休むが、他の七英雄同様に再び、前に進む。
 七英雄は例外なくみんな負けるのが嫌いなのだ。
 オリウァンコに売られた喧嘩はなんとしても勝つ。
 その気持ちでまた、向かって行く。


03 ユリシーズ・ホメロスの戦い


 七英雄のリーダーにして最強の使い手、ユリシーズ・ホメロスの前には他の七英雄達と同様に8つの関所が立ち塞がっていた。
 繰り返しになるが、8つという数字はオリウァンコが好きな数字であるため、関門の数も無理矢理揃えた感が否めない。
 そのため、最初は実力不足の相手と戦わざるを得なかった。
 最初の関所でユリシーズを待ちかまえているのはサアイードという男だ。
 サアイードの力は限定条件の力だ。
 特定の条件を満たすと無類の強さを発揮する能力者でもある。
 対する、ユリシーズは、動き回るタトゥーで対抗することにした。
 ユリシーズの身体には見え隠れするタトゥーが刻まれている。
 そのタトゥーはまるで生き物のようにユリシーズの肌を動き回る事が出来る。
 そして、ユリシーズの肌を飛びだして、外に出て実体化する事も可能だ。
 他の七英雄達は元々1つずつフェイバリットアビリティーを持っていて、ゼルトザームとの修業でもう1つずつ身につけたが、ユリシーズのフェイバリットアビリティーは元々これ1つではない。
 他にも反物質の盾とトリックアートトラップという合計3つのフェイバリットアビリティーを持っていた。
 ユリシーズは七英雄のリーダーとして、他のメンバーを引っ張って行かなければならないと常々思っていた。
 なので、他のメンバーの3倍は努力する事を心がけていた。
 ルフォスの宇宙世界での修業もそうやって、3つの力を得てきたのだ。
 ゼルトザームとの修業でも他のメンバーよりも頑張った。
 それにより、さすがに3倍という訳には行かなかったが、新たに2つのアビリティーを得てきたのだ。
 つまり、合計すると今は5つのフェイバリットアビリティーを持っているという事になる。
 それでも、ライバル視している吟侍と比べれば全然少ない。
 負けず嫌いのユリシーズはまだ足りないとして、どんどん力をつけて行っている。
 その努力が自他共に認めるリーダーという立場を得ているのだ。
 サアイードとの戦いは自身の力を大きくさせようと画策するサアイードに対して、ユリシーズは常に冷静だった。
 条件を満たさないサアイードは雑魚と言って良かった。
 だが、ユリシーズはサアイードに条件を満たさせた。
 その条件を満たす事により、サアイードは大きな力を引き出したが、その上からねじ伏せる形で動き回るタトゥーで始末した。
 有無を言わせぬ圧倒的な勝利だった。
 感想はない。
 ただ、目の前の敵を倒しただけなのだから。
 続く第2の刺客はセッハルトという名前の男だ。
 セッハルトはトラップを駆使して戦うタイプの傭兵だ。
 様々なトラップを仕掛けて来たが、全て反物質の盾で無効化させて行った。
 仕掛けるトラップが全て反対の物質で無効化されるので、セッハルトは恐怖にかられた。
 怯えるセッハルトを盾でそのまま殴り倒した。
 勝利したが、やはり、感想は無かった。
 内心はつまらん相手だと思っている。
 コメントするまでもない相手だと思っているのだ。
 続く第3の刺客の名前は、ブラドキーという男だ。
 ブラドキーの力は、多種多様な殺人ウィルスによる攻撃だ。
 だが、これも反物質の盾により、悉く無効化され、殴り倒した。
 倒し方が、他の七英雄の時の様な危うさはない。
 もの凄く強引な力でねじ伏せるような感じだった。
 続く第4の刺客の名前は、ミノーグという男だ。
 ミノーグの力は、特別な土だ。
 特別な土に特殊な種を植える事で、土の中からまるでびっくり箱のように、驚かせる様な何かが出てくるというバトルスタイルを持っている。
 対するユリシーズは、トリックアートトラップという力を使った。
 これは、目の錯覚を利用した、不思議な罠であり、敵は見た目に騙されて引っ掛かる。
 ミノーグの力を逆に利用して、自滅させた。
 ここまでの4戦は全く危なげなく勝利した。
 余りにも強いので、続く、第5の刺客はその次の第6の刺客を連れて現れた。
 1対1ではなく2対1で倒そうと考えたのだ。
 これはクアンスティータに対するルール違反と言えた。
 オリウァンコはあくまでも1対1ずつでの勝負を持ちかけたのだ。
 それを察知してか、オリウァンコは自ら、この2名を殺害した。
 第5の刺客の名前はダヴィットという男で、使う力は、無数の虫型のマシーン、第6の刺客の名前はハンツマンという男で、使う力は、無数のゴーストに特殊な武器を持たせるというものであったが、いずれも披露する前に始末されてしまった。
 漁夫の利を得て勝利した形になったが、これは、ユリシーズが余りにも強すぎたからこそ起きた事だ。
 そういう意味ではユリシーズは実力で勝ったと言っても過言では無かった。
 続く第7の刺客の名前は、ブルンベルクという男だ。
 ブルンベルクは遺体使いだ。
 これまで、この隔離空間で始末してきた挑戦者達の遺体などを動かして使う。
 ゾンビではない。
 殆どが骨になっているからだ。
 ゾンビ使いというよりはスケルトン使いと言った方がしっくりくるだろう。
 もっとも、ゾンビの様になっている遺体も少しは、混じっているので、どちらとも言えないのではあるが。
 多勢に無勢状態となるユリシーズ。
 敵は、この空間で挑戦して来た者達の遺体なので、当然、それぞれが特別な力を持っていたりもする。
 そういう相手にはと、ユリシーズは、ゼルトザームとの特訓で新たに身につけた2つの力の内の1つを使うのだった。
 その力の名前はセカンド・サイトの悪鬼だ。
 ユリシーズが見ている状態で出現する鬼のような存在が出てきた。
 これはユリシーズが目を閉じると消える。
 つまり、ユリシーズの視線の中に現れる存在となる。
 悪鬼とは表現したが、その姿はドラゴンの様だったり、巨大魚のようだったりと様々な姿をしている。
 ゼルトザームとの修業の最中、最初に成功したのが悪鬼のような姿だったため、セカンド・サイトの悪鬼と名付けたのだ。
 その後、色んな存在を作り出せると解ったが、ユリシーズは名称を訂正しなかった。
 あくまでも最初に見た印象から、悪鬼と定義づけた。
 セカンド・サイトの悪鬼はユリシーズが瞬きすると一瞬消える。
 人間である以上、瞬きは避けては通れない。
 そこがセカンド・サイトの悪鬼の弱点とも言えた。
 敵にトドメを刺す時は、見ていなければならないのだ。
 だが、上手く付き合えば、相当強力な力と言えた。
 ユリシーズのイメージが作り出す化け物(悪鬼)により、ブルンベルクが用意した動く遺体は蹴散らされていった。
 また、視界の範囲に収まれば、作り出せる悪鬼は1体である必要はない。
 複数の悪鬼を作り出し、ついには、ブルンベルク自身をもぶちのめした。
 こうして、7つの関門を突破したが、ここまでくるまではあっという間な印象があった。
 それだけ、全く手こずらずにユリシーズは勝ち上がって来た。
 最後の第8の関所で待っていたのは、ストリードという名前の男だった。
 ストリードの力は、架空隕石の落下だ。
 上空に架空の隕石を作り出し、落下させて攻撃するというものだ。
 その衝撃は一撃一撃がもの凄いものとなる。
 確かにもの凄い。
 だが、パワーの面では、風の惑星ウェントスでの戦いの方が遙かに上だと言えよう。
 時間にして少し前に行われていた王杯大会エカテリーナ枠ではエカテリーナVSカルン・ナーブという選手の戦いで、惑星を使ってのキャッチボールが行われ、その衝撃で玉として使われていた惑星はブラックホールを引き起こしている。
 スケールの面では完全に負けているだろう。
 だが、それはユリシーズも解っている。
 吟侍は更に上の戦いをしている事など百も承知だ。
 だからこそ、彼はどんどん上を目指す事をやめなかった。
 少しでも追いつき、やがては追い越したい気持ちでいっぱいだった。
 ユリシーズは、どこまでも力をつけるつもりで貪欲に力を求めた。
 その気持ちで強く求めた力が、彼がゼルトザームとの修業で身につけたもう一つの力だった。
 その力の名前は、七化身(ななけしん)という。
 化身体(けしんたい)――主に化獣(ばけもの)などが、自分の本体を傷つけないために、仮に動かす身体として、使っている仮のボディーだ。
 ルフォスを心臓に持つ吟侍は当然使えるが、ルフォスの宇宙世界で修業しただけのユリシーズ達では到底身につかなかった力でもある。
 ユリシーズは人の身に限界を感じていた。
 ルフォスの力を有する吟侍ならまだしも、現界に潜みし、強敵達との戦いをしていくには、人間の身体では脆弱過ぎる。
 そう思っていた彼は、限界以上の力を引き出せる身体を欲した。
 そして、ゼルトザームに土下座までして手に入れた力――それが七化身と呼ばれる、化身体の劣化版の様な力だ。
 劣化版とはいえ、人間の身体と比べれば、遙かに高い戦闘能力を秘めている。
 普通で考えれば化身体とは化獣本体よりも弱い身体の事を指すが、七化身はユリシーズ自身よりも強い、七つの化身体と言えた。
 本物の化身体は無数に存在し、使い捨てにも出来るものでしかない。
 だが、ユリシーズにとっての七化身はたった7つしかない、己を極限まで高めてくれる身体と言えた。
 この七化身はゼルトザームの協力があって、初めて作り出す事ができた。
 その七化身を作る際、7つの身体それぞれのイメージカラーを決めて欲しいとゼルトザームに言われた。
 クアンスティータにあやかってつけたかったので、ユリシーズは頷いた。
 だが、クアンスティータに色を合わせると、赤、青、黄、緑、白、黒と続き最後は桃色――ピンクとなるので、それはユリシーズのイメージに合わないとして、7つ目の桃色だけ、紫に変更した。
 つまり、赤、青、黄、緑、白、黒、紫の七つのイメージカラーを選択した事になる。
 ストリードが作り出す、架空の隕石に対して、ユリシーズはその内の一つ、赤の化身となった。
 化身化(けしんか)する事で、ユリシーズの本体は空間の歪みに保管され、代わりに空間の歪みに隠し持っていた、赤の化身が姿を現した。
 姿形はユリシーズそっくりだが、全身赤い身体の化身だ。
 それ故に赤の化身と呼ばれている。
 同様に、他の化身となった時もイメージカラーが全身の色となる。
 赤はユリシーズにとっては怒りの赤だ。
 怒りのパワーで降ってきた隕石群を悉く粉砕した。
 人間の限界を超える圧倒的なパワー――
 だが、それでも彼は満足していない。
 これはあくまでも到達点ではない、通過点だ。
 どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも〜……時間が許す限り上を目指す。
 それが、ユリシーズの決意だった。
 こんなところでオリウァンコの刺客ごときに手こずっている暇はない――
 その気持ちが強いユリシーズは、その勢いのままにストリードにつめより、彼を粉砕した。
 ユリシーズを待ちかまえていた敵も途中から、強くなっていたのだが、それも最初の頃の雑魚と区別がつかないくらいにあっさりと全員、ユリシーズに倒された。
 ユリシーズは一切躊躇せずに、淡々と敵を撃破していったのだ。
 そのため、他の七英雄達が戦って来た相手のような戦闘的な盛り上がりは無かったと言えた。
 それだけ、ユリシーズはオリウァンコの刺客を圧倒したのだ。
 他の七英雄達はそれなりに苦戦もしたが、ユリシーズだけは全く苦戦せずに、ねじり伏せる形で勝利をもぎ取って行った。
 こうして、七英雄達は全員、その場に立ち塞がった8つずつの関所をそれぞれが撃破して行ったのだった。
 突破する時間はそれぞれ差があるが、それでも1人も欠ける事なく、オリウァンコの刺客達を倒した。
 その戦いはダミーカノンと共に、カノンの親友であるシアン・マゼンタ・イエローとパスト・フューチャーも見ていた。
 シアンとパストもルフォス・ワールドで特別な力を身につけてはいるが、七英雄達の気魄にただただ、驚いていた。
 カノンのふりをしているダミーカノンも一応、驚いた表情は見せてはいるが、本物だったならば、驚いただろうと判断したから驚いているように見せかけていただけで、内面的には全く驚いていなかった。
 ダミーカノンは第一本体クアンスティータ・セレークトゥースが生まれる際に、出てきた余分物、ファーミリアリス・ルベルなのだ。
 底力が人間レベルでは無いのだ。
 この程度に驚くような存在ではない。
 それこそ、七英雄達を鍛えたゼルトザームよりも力は遙かに上なのだから。
 ダミーカノンは今の所、何を考えているのか解らない。
 ただ、第一側体クアンスティータ・トルムドアに攫われた、カノン・アナリーゼ・メロディアスのふりをしているだけなのか?
 それとも何か他に目的があるのか?
 事態はユリシーズ達が思っているよりも複雑になっているのだ。

 また、8つずつ7集団の刺客は突破して扉を出たが、まだ、オリウァンコの最強の刺客である8名――bPの刺客集団達はオリウァンコの居城を守るために配置されていて残っている。
 後、8名を倒さないとオリウァンコと戦う事も出来ないのだ。
 そこには、これまで戦って来た強敵以上の敵が待ちかまえているはずだ。
 一番最初に扉を突破したユリシーズは他の6名の七英雄達が突破してくるのを待って、7名全員が揃ったところで、オリウァンコの居城に向かった。


04 【あそこ】とは……


 ユリシーズ達七英雄の激闘を本物のカノンは知らない。
 彼女は(クアンスティータ・)トルムドアにトルムドア・ワールドに連れて来られてしまっていたからだ。
 彼女もまた、彼女自身が生き残るための戦いを繰り広げていたのだから。
 とは言ってもバトル――実際に戦うという意味での戦いではない。
 仮にそういう戦いをしていたら、とっくに消えて無くなっていただろう。
 それほど、クアンスティータ・トルムドアという存在は飛び抜けて強いのだから。
 そうではなく、自分の持てる全てを駆使して、生き残るための戦いしていた。
 トルムドア達との雑談を通して、奉崇歌(ほうすうか)などの次に身につけるべきスキルなどの情報を収集していたカノンはトルムドアと清依 美架(きよい みか)と共に、彼女達の言う【あそこ】に向かっていた。
 ちなみに美架とはトルムドア・ワールド内で出現する、夢の中で暮らしている理想の存在の事だ。
 本来は各存在の夢の中の特別な存在なのだが、美架はトルムドア・ワールドのクリエーター的存在――もう一つの全能者、アナザーオムニーアの富吉(とめきち)という存在の理想の存在であり、アナザーオムニーアは自分の夢の中だけの存在を実際の世界であるトルムドア・ワールドに作り出す事が出来る。
 その富吉によって、道案内のために美架はトルムドア・ワールドに出されたのだ。

 現在、向かっている【あそこ】はトルムドアと美架だけが解っていて、カノンは見てのお楽しみとして、内緒にされている。
 つまり、着いて見るまで何のことか解らないのだ。
 着こうと思ったら、トルムドアは一瞬で、たどり着かせる事も可能なのだが、道中を楽しみたいのか比較的、ゆっくりと案内していた。
 確かに、色んなものを紹介されてそれらの全てが珍しく映った。
 発明家でもあるカノンにとっては、好奇心をそそられる案内でもあった。
 移動中の話も興味を惹かれるものが多かった。
 例えば、秘奥曲歌(ひおうきょっか)と呼ばれる歌曲の話だ。
 秘奥曲歌は究極の歌曲とされていて、第六本体クアンスティータ・レアク・デや第七本体クアンスティータ・テレメ・デを眠らせる効果があるとされている。
 基本的には、究極の力は第五本体、クアンスティータ・リステミュウムとされ、それを遙かに超える力を持つとされている第六本体と第七本体は眠らせておく事がベストとされている。
 究極以上の力は使う必要が無いという考えだ。
 秘奥曲歌は誰でも歌えるというものではなく、第七本体を監視する役目を持っている第十二側体から第十七側体(クアンスティータ第十二側体 クアンスティータ・イスクリア、第十三側体 クアンスティータ・ヒアトリス、第十四側体 クアンスティータ・フィーニス、第十五側体 クアンスティータ・イティニウム、第十六側体 クアンスティータ・ウェンインティオ、第十七側体 クアンスティータ・オムニテンポス)までの側体のクアンスティータと第七本体自身のみが使いこなす力であるらしい。
 どのような歌曲なのかは謎に包まれていて、一種類の歌曲ではないとされていて、一説には、人の言葉の歌でも人が演奏出来る楽器での演奏でもないとされている。
 だが、それは第一側体であるトルムドアでも噂程度でしか認識できない事らしい。
 つまり、クアンスティータはクアンスティータでもそれぞれ、更に上の事柄が存在しているという事になる。
 同じクアンスティータでも奥が深い話である。

 秘奥曲歌以外にも次々と新情報をただの雑談から得られているので、カノンにとっては決して無駄な時間とは言えなかった。
 クアンスティータを理解していく上では避けては通れない事の一つととらえていた。
 なので、積極的にトルムドアや美架に聞いては見たものの、あんまり、この二名が気前よくポンポン話すものだから、カノン自身も整理仕切れなくなっていった。
 それだけ、膨大な情報を得られたという事になる。
 それだけ、得てもまだまだ、クアンスティータには隠された秘密が存在し、きりがないようにも思えた。
 正に、クアンスティータは途方もない【量】を司る存在と言えた。
 話も弾みに弾んだので、ゆっくり進んでいた道案内も気づいたら目的地の少し手前まで来ていた。
 美架は、
「もう少しだよ」
 とカノンに言った。
 カノンはいよいよねと思った。
 情報収集はそこまでと区切って、今度はどんな事が来ても冷静に対処できるように心構えをする事にした。

 そして、目的地である、【あそこ】に着く。
 【あそこ】とは、まるで、神殿のような場所だった。
 正確には、このトルムドア・ワールドに居る存在が作り出される場所の一つであるらしい。
 トルムドアは着いて早々、女性の係員のような者に何やら話しかけていた。
 時折、カノンの方を向いて彼女を指さしたりしていたが、何を話しているのか見当がつかなかった。
 係員はカノンの方をチラッと見やると、そのまま、奥に向かっていった。
 トルムドアは、
「さぁさぁ、カノンママ、私からのプレゼントだよ。受け取ってくれると嬉しいな」
 と言った。
 プレゼントと言われても何のことだか、さっぱり解らない。
 カノンは、
「あの……トルムドアちゃん、もう少し、詳しく話してくれると……」
 と聞こうとした時、背後の大がかりな機械のようなものがガタンと動き出し、その場所――バースエリアが起動した。
 パイプオルガンでも出せないような荘厳な音楽が鳴り響く。
 何やら複雑な仕掛けが起動して、電気の様なものがそこを縦横無尽に動き回っているのが、見て取れた。
 突然、大きなモニターが映し出され、そこには、カノンの顔や全身を映した映像が流れる。
 3Dで撮影したかのようにカノンの映像がくるくる回る。
 オーケストラでも聴かされているような音が鳴り響き、ビビビビビビ……と何かが実体化していくのが見えた。
 それは、まるで3Dプリンターで立像でも作るかのようにカノンを再現していく。
 その再現中に、トルムドアは、
「うーん……このままだったら面白くないか……ちょっと変えちゃえ」
 と言った。
 それに合わせるかのように、カノンの要素を持ちつつ、少し外れたデザインの姿に映像が切り替わる。
 その姿は、カノンに雰囲気が似ているが、随分長い三つ編みをしていた。
 足元まであるのではないかと思えるくらいだ。
 これをほどいたら、相当長い髪の毛になるだろうと思えるくらい長かった。
 カノンは、
「これは一体……?」
 と尋ねた。
 トルムドアは、
「これは、カノンママをモデルにしたハーフバーチャルボディだよ」
 と答える。
 ハーフ――という事は半分という意味でもある。
 トルムドアは、バースエリアでカノンをモデルにした実体にも虚像にもなるバーチャルキャラクターのようなものを作りだそうとしていたのだ。
 美架は、
「これで、一度にたくさんの存在に歌を聴かせる事が出来るようになりますよ」
 と付け足した。
 カノンは歌い手としてはかなりの実力を持っている。
 だが、それでも、宇宙全体からすれば、トップにはほど遠い。
 その理由の一つとしては、カノンの身体が1つだという事だ。
 どうしても、複数の身体を持つ、複合生命体の歌手と比べると活動範囲もそれだけ狭められる。
 第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの産みの親であるニナ・ルベルは複合生命体だったために、宇宙のトップアイドルにまで登り詰めた。
 実力では決して負けていないカノンが叶わないのもそうした、人間以上の能力を持っているか持っていないかの差が大きかったのだ。
 カノンの生体データを直接コピーしていたトルムドアはカノンの歌はもっと広めるべきだと思ったので、カノンの歌唱力をそのままにした仮想ボディーを作らせたのだ。
 このハーフバーチャルボディは複製がカノンの意志で自由に出来るため、幅広い活躍が出来るというものになる。
 トルムドアは、このカノンに近いイメージのハーフバーチャルボディの名前を
「さぁ、目覚めなさい、【クァノン】」
 と呼んだ。
 カノンの了承も無く勝手に、【クァノン】と名付けた様だ。
 【クァノン】はトルムドアの呼びかけに反応して、目を開けた。
 そして、カノンと目が合う。
 すると、カノンから気の塊の様なものが光り、それが、【クァノン】と繋がった。
 この儀式で、【クァノン】はカノンの自由意志で、出したり消したり増やしたり減らしたりが可能となった。
 これで、カノンの代わりに芸能活動をさせる事も出来るのだ。
 もちろん、ずっと【クァノン】を見張っている必要はない。
 【クァノン】はカノンが行動する様に行動するのだから。
 カノンは出し入れだけすれば良いという事になる。
 こうして、またまた、カノンは歌姫としての実力をアップしていくのだった。
 最初は驚いたカノンだったが、【クァノン】は使おうと思えば使えるキャラクターだとすぐに理解した。
 この【クァノン】を現在、トルムドア・ワールドを出られないカノン自身の代わりに応援に向かわせる事だって出来るのだ。
 もちろん、トルムドア・ワールドの中ではトルムドアの許可が必要ではある。
 だが、カノン本人が居るという事であれば、トルムドアは断る理由は無いようにも思える。
 とすれば、上手く話し合えば、現界で頑張っている七英雄達や、他の星で頑張っている吟侍達の応援だって出来るようになると考えついてカノンは何だか嬉しくなるのだった。
 活動範囲が広がるというのが何より嬉しかった。
 そういう意味では、この【クァノン】もまた、これからのカノンの戦いには必要な素材と言える。
 カノンは、
「ありがとう。素直に嬉しいわ」
 と言ってにっこり笑った。
 話合いするにしてもまずは笑顔からが彼女のやり方だ。
 彼女はこれからについてもトルムドア達と話をするのだった。


続く。




登場キャラクター説明

001 カノン・アナリーゼ・メロディアス
カノン・アナリーゼ・メロディアス
 アクア編の主人公で、ファーブラ・フィクタのメインヒロイン。
 メロディアス王家の第七王女にして、発明女王兼歌姫でもあるスーパープリンセス。
 恋人の吟侍(ぎんじ)とは彼女が女神御(めがみ)セラピアの化身であるため、同じ星での冒険が出来なかった。
 基本的に無法者とされる絶対者・アブソルーターを相手に交渉で人助けをしようという無謀な行動をする事にした。
 発明と歌、交渉を駆使して、攫われた友達救出作戦を実行する。
 歌優(かゆう)という新職業に就くことになったり、惑星アクアを救ったりして活躍し、惑星アクアにとっては英雄扱いを受けるようになる。


002 ジークフリート・シグルズ
ジークフリート・シグルズ
 不良グループ七英雄のメンバーでメンバーの中では最もせっかちな男。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、槍を飛び出させる雲の塊、スピア・クラウドを作り出せるようになっている。
 今回、ゼルトザームの修業でスキルを貯める事により、強大な力を使う事が出来る能力預金(のうりょくよきん)という特殊能力を持った。


003 ゼルトザーム
ゼルトザーム
 クアンスティータのオモチャと呼ばれるふざけたピエロ。
 実力の方は未知数だが、少なくとも今のカノン達が束になってかかって行っても勝てる相手ではない。
 主であるクアンスティータがカノンを母と認めた事から、彼女を見守る様につかず離れずの立場を貫く。
 ブレセ・チルマとは顔見知り。
 今回ユリシーズ達の修業に協力する事になる。


004 オリウァンコ
オリウァンコ
 神話の時代、カノンの前身、女神御(めがみ)セラピアのストーカーをしていた、8番の化獣(ばけもの)。
 最弱の化獣と呼ばれているが故に最強とされるクアンスティータに執着をしていて、クアンスティータに影響力を持つ存在、カノンにも興味を持つ。
 クアンスティータの誕生により、姑息な手段でのカノンへのちょっかいは出来なくなり、正式な形として、ユリシーズ達に決闘を申し込み、カノンへのプロポーズへの足がかりとしようとしている。










005 アーサー・ランスロット
アーサー・ランスロット
 不良グループ七英雄のサブリーダーでメンバーの中では最も喧嘩慣れしている。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、気の粘土、クレイオブマインドという特殊能力を得ている。
 今回、ゼルトザームの修業で言いくるめる事により、その言った言葉を成立させる力、言葉に力を込める力の成立言霊(せいりつことだま)という特殊能力を得た。









006 ユリシーズ・ホメロス
ユリシーズ・ホメロス
 不良グループ七英雄のリーダーでメンバーの中では頭一つ実力が飛び抜けている。。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、見え隠れする動き回るタトゥーと反物質の盾とトリックアートトラップという三つの能力を得ている。
 今回、ゼルトザームの修業で更に二つ、ユリシーズの視界に怪物を出現させる力、セカンドサイトの悪鬼と、赤、青、黄、緑、白、黒、紫の七つのイメージカラーの化身体(けしんたい)となる力、七化身(ななけしん)という特殊能力を得ている。


007 クアンスティータ・トルムドア
クアンスティータ・トルムドア
 誰もが恐れる最強の化獣(ばけもの)。
 その第一側体。
 第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの従属にあたり、カノンから生体データを抽出して、他のクアンスティータに送ったのはこのクアンスティータ。
 トルムドア・ワールドという宇宙世界を所有している。


008 ダミーカノン(ファーミリアリス・ルベル)
ダミーカノン
 クアンスティータ・トルムドアがカノンを攫う時、カノンの身代わりとして作った彼女のダミーの存在。
 カノンの行動を真似ている。
 元々は、クアンスティータが誕生時に出てきたクアンスティータ以外の部分(人間の出産に例えれば羊水や血液などに当たる存在)で、ニナ・ルベルから出てきた事から本来の名前は【ファーミリアリス・ルベル】という。
 カノンの代わりに、ユリシーズ達と行動を共にする。


009 富吉(とめきち)さん
富吉さん
 トルムドア・ワールドに住む全能者オムニーア。
 もう一つの全能者アナザーオムニーアと呼ばれる。
 宇宙世界のクリエイター的立場で、様々な強者を際限なく作り出せる。


010 聖依 美架(きよい みか)
聖依美架
 トルムドア・ワールドには現実世界と夢の世界の二つがあり、夢の世界には現実世界で生きる存在にとっての理想の存在となる、存在する夢、イグジスト・ドリームが居る。
 聖依 美架(きよい みか)はもう一つの全能者アナザーオムニーアの富吉(とめきち)にとってのイグジスト・ドリームに当たる。
 本来はトルムドア・ワールドの現実世界には出てこれない存在だが、アナザーオムニーアの力で現実世界に出現する。





011 クァノン
クァノン
 クアンスティータ・トルムドアがカノンにプレゼントしたハーフバーチャルボディでカノンの意のままに動く複合多重生命体の元の様なもの。
 カノンに少し似ているが足元まで伸びる長いお下げ髪が特徴。
 クァノンの登場により、その場に居なくともカノンの歌を届ける事が出来る様になった。