第005話 第一側体 クアンスティータ・トルムドア編

第005-01話挿絵

01 カノンの状況


 カノン・アナリーゼ・メロディアスは現在、ついに誕生してしまった最強の化獣、クアンスティータの第一側体、クアンスティータ・トルムドアが所有する宇宙世界、トルムドア・ワールドに連れて来られている。
 惑星アクアの冒険で一緒だったパストやシアン、七英雄達とは1人、はぐれてしまっている。
 今までは彼ら彼女らのさりげない助けがあったからこそ、カノンは交渉という無茶な手段でもやってこれた。
 だが、これからは、トルムドア・ワールドに一人で挑まねばならない。
 それに、カノンは全くの一人という訳では無い。
 【カノンママ】と彼女を慕う、(クアンスティータ・)トルムドアによって、無くしていたぬいぐるみ、まめぽんを持ってきてもらい、命まで与えてもらったし、カノンの芸能活動の範囲を極端に伸ばしてくれるハーフバーチャルボディ【クァノン】もプレゼントしてもらった。
 カノンはトルムドアから、トルムドア・ワールドの事も含めていろいろと多くの情報を得た。
 その内の一つとして、他のクアンスティータの側体ともこのトルムドア・ワールド内でコンタクトが取れるという事がわかった。
 それを知ってから、カノンはクアンスティータの意思を統一するためにも他の側体とも会おうと決意した。
 それは、危険な道でもある。
 なぜならば、トルムドアはカノンを気に入ってくれたが、他の側体もカノンを気に入っているとは限らない。
 クアンスティータとはバラバラの意思を持つ複数の体を持つ化獣だからだ。
 だが、カノンの決意はかたい。
 早速、【クァノン】を使って、現界(げんかい)という宇宙世界に置いてきた忘れ物を取ってきてもらったのだ。
 もちろん、その決意を実現させるために必要な忘れ物をだ。
 その途中で、カノンは【クァノン】の歌を通じて、離れていた仲間達に自分の安全を伝える事も出来た。
 仲間達には惑星アクアなどにさらわれた友人達の捜索をお願いするとして、カノンはクアンスティータと正面から向き合う事を決意した。
 他の側体との交流の妨げになる恐れもあるので、この旅にトルムドアは連れて行けない。
 目指すは17の側体との【コンタクト・ポイント】だ。

 【クァノン】に持ってきてもらった忘れ物――
 一つ目は、【オーケストラコーラスダンサロイド アリア】達だ。
 二つ目が、【ミューズ・アニマル ピア】。
 【アリア】と【ピア】とカノンの三名で【アインマール】というチームを組んで芸能活動を惑星アリアでやっていたが、それを再開させようと思ったからだ。
 今回は【オーケストラコーラスダンサロイド】1号機の【アリア】の他に、2号機の【オペレッタ】、3号機の【リート】も持ってきている。
 これらに【クァノン】を混ぜた新生【アインマール】として活動しようと思って居るのだ。
 三つ目が、【カノニウム】だ。
 カノンがクアンスティータ学を使って発見した謎の多い、新金属だ。
 惑星アクアでその貴重な【カノニウム】を大分使ってしまったが、発明の技量が上がったいまならば、増やす事も応用する事も出来るだろう。
 今は非力な彼女だが、カノンには――
 歌曲がある。
 発明がある。
 愛がある。
 優しさがある。
 交渉がある。
 それらを駆使して旅立とうと思っていた。
 カノンの孤独(?)な冒険が今、始まろうとしていたのだ。


02 クアンスティータ・トルムドアとの【コンタクト・ポイント】を目指して


 旅立ちの準備を整えるカノンの元に、トルムドアが来た。
 やっぱり、同じトルムドア・ワールド内とは言え、離れるのが寂しいのだ。
 トルムドアは、
「あの……ね、カノンママ、本当に、本当に行っちゃうんだよね?」
 と言った。
 顔全体で寂しいと表現しているような表情だった。
 カノンは、そんなトルムドアの頭を優しく撫でて、
「トルムドアちゃん。前にも言ったでしょ。永遠のお別れじゃないのよ。だって、あなたは私の娘なんですもの。例え離れていたって私とトルムドアちゃんの絆は不滅だよ。戻って来るから――大丈夫、大丈夫――」
 と言った。
 とは言われてもトルムドアにとっては、他の側体クアンスティータの管轄にいずれ足を踏み入れようとしているカノンの事が心配だった。
 殺されてしまうかも知れない――と。
 シュンっとなるトルムドアにカノンは、
「そんなに、心配しないで。それじゃ、ママ、行けないじゃない。よい子にして待ってて。必ず帰るから」
 と言ってにっこり笑った。
 トルムドアは、
「ホントだよ。ホントに帰ってきてよ」
 と言った。
 カノンは、
「ホント、ホント」
 と言う。
 だが、トルムドアは自分と同じ力を持つ他の側体クアンスティータが甘くないという事は十分に承知していた。
 だから、心配だったのだ。
 カノンは、
「心配性だなぁ〜。じゃあ、トルムドアちゃんの力を込めた物、一つ貸してもらえるかな?必ず返しに帰るから。それで良い?」
 と言った。
 カノンはその預かる物を使おうとは思って居ない。
 あくまでも自分の力でなんとかしようと思っている。
 だが、トルムドアの心配を解消出来るのであれば、お守り代わりに預かっておこうと思ったのだった。
 トルムドアは、
「ちょっと、待ってて、今、とっておきのを持ってくるから」
 と言って、一旦その場を離れた。
 カノンとしては、大したものでなくてよかったのだが、トルムドアがそれで気が済むというのならば、そうさせておこうと判断した。
 これも一種の交渉である。
 トルムドアを置いて、冒険に出るという事での。
 この交渉はうまく行ったようだ。
 トルムドアは結局どれを渡せば良いのか迷ってしまい、カノンの最初の冒険がトルムドアとのコンタクトポイントなので、そこに着くまでに選んだアイテムを届けるという事で話しはついた。
 トルムドアに見送られ、さぁ、カノンの冒険の始まりだ。


03 沖椰子 ゆのあ(おきやし ゆのあ)との出会い


 カノンはトルムドアと別れ、トルムドアとの【コンタクト・ポイント】である地点を目指して進んでいた。
 【コンタクト・ポイント】と一口に言っても、それぞれの【コンタクト・ポイント】はそれぞれ、現界よりも大きな宇宙の中に存在するので、生身のままでの行動では不可能だ。
 そこで彼女は早速、一つ目の発明をする。
 クアンスティータ学を応用して考えた【飛行移動装置】を作ったのだ。
 簡単に説明すれば、キャンピングカーのような【飛行移動装置】だった。
 材料として、トルムドア・ワールドの物を使用しているので、現界で作る発明品とはスケールが違った。
 現界では不可能であることもこのトルムドア・ワールドでは可能となっていた。
 これで、普通に生活をしながら、目的地まで進む事が出来る。
 【オーケストラコーラスダンサロイド】は小さくして収納する事が出来るために、カノンは3機とも小さなバッグに収納して運んでいる。
 右肩には、【ミューズ・アニマル】の【ピア】、左肩にはまめぽんを乗せてがカノンの基本スタイルだ。
 つまり、現時点のメンバーはまとめてカノンと一緒にくっついて行動しているという事になる。
 その状態で【飛行移動装置】を動かして進んでいるのだが、それだと、カノンは研究や発明が出来ないので、普段は自動運転にさせている。
 しばらく自動運転にさせたままにしていると、確認アラームが鳴った。
 確認アラームとはカノンが【飛行移動装置】に取り付けた機能の一つで、この装置に取り付けられたAIが自動検索をしながら飛行し、カノンが興味を持ちそうなものや危険などが起きた場合、この確認アラームが鳴るようにセットされていたのだ。
 カノンは就寝中だったが、すぐに起きてモニターを確認する。
 すると、遠方に未確認飛行物体があるとの事だった。
 トルムドア・ワールドに居るのだから、全ての飛行物体が未確認なのだが、この場合の未確認とはトルムドア・ワールド以外から来た何かの反応を示していた。
 同じ空気とは言わないが、トルムドア・ワールドの中のものはある程度、同じ要素が混じっている。
 これもトルムドア・ワールドの全てを知っている訳では無いので確実ではないのだが、それでも、カノンが今までトルムドア・ワールドで見聞きしていた要素と別の要素があるのは確実だった。
 カノンはトルムドア・ワールド内の素材を使ってこの【飛行移動装置】を作る事により、トルムドア・ワールド外から来た要素に反応する様に確認アラームシステムを作っていたのだ。
 つまり、完全にとは言わないが、遠方にある未確認飛行物体がトルムドア・ワールド以外から来た可能性があるという事を示している。
 それは通常ではあり得ない事だった。
 カノンは特別にトルムドアによってトルムドア・ワールドに招待されたが、そうでない場合は、クアンスティータ・パスポート(QP)という物が必要となる。
 これはクアンスティータの所有する宇宙世界への通行、存在許可証のようなもので、これがあるとクアンスティータの宇宙世界に行けるのだが、クアンスティータが所有する宇宙世界の数は、24存在する。
 つまり、【QP】の数も24あるのだ。
 外部の者がトルムドア・ワールドに入りたければトルムドアの【QP】を取得する必要がある。
 だが、それも例外はあれど、基本的にはトルムドアが出す物なので、それを持っているというのはそれだけで何かある存在であると言えるのだ。
 すると、どういう理由でトルムドア・ワールドに来たかが、気になる。
 トルムドアは何も言っていなかった。
 言い忘れていただけかも知れないが。
 カノンが感じたトルムドアの印象は結構うっかり屋さんという印象だった。
 結構、思いつきで行動する節があったので、この事もうっかり言い忘れていたのかも知れない。
 カノンはとりあえず、目の前の未確認飛行物体に近づく事にした。
 危険かも知れない――一瞬それもよぎったが、カノンは思い直す。
 カノンはトルムドアに歓迎されてこのトルムドア・ワールドに来ているからだ。
 そんな彼女に害をなそうとする存在を招き入れるとは到底、思えなかったのだ。
 話せばわかるかも知れない――
 それがカノンのモットーだ。
 これは再三、七英雄達などにその考え方は危険過ぎるから止めろと言われているのだが、基本的にカノンは相手を信じたいタイプなのだ。
 この考え方はカノンがクアンスティータに気に入られて居なければ破綻していただろう。
 それだけ危うい考え方だ。
 相手を信じるという事はクアンスティータという絶対的なバックがあるからこそ、成立している事と言っても良い。
 話しても通じ合わない存在など、山ほど、星の数ほどいるのだから。
 カノンは相手に好かれやすいという才能を持っているからこそ成立している事とも言える事でもある。
 だから、それを止める役目を果たす者が必要だった。
 ――今までは。
 だが、今は居ない。
 カノン一人で判断して行動しなくてはならない。
 何が起きてもそれは彼女の責任。
 その責任を背負って行かなければならない。

 カノンは、
「もしもし、聞こえますか?言語が通じますか?」
 とマルチ通信で未確認飛行物体に声をかける。
 すると、
「通じます」
 と答えが返ってきた。
 カノンはすかさず、
「私の名前はカノン・アナリーゼ・メロディアスと言います。現界(げんかい)という宇宙世界にあるセカンド・アースという星の出身で、メロディアス王国の第七王女です。あなたはどこのどなた様でしょうか?よろしければ教えていただけませんか?」
 と言った。
 相手は、
「私は沖椰子 ゆのあ(おきやし ゆのあ)と言います。ひょっとして表歴史(おもてれきし)の方ですか?私、裏歴史(うられきし)の者です。【ゆのあ】とおよびください」
 と返ってきた。
 カノンは、
「わかりました【ゆのあ】さん。では、私の事も【カノン】とおよびください。すみません、【表歴史】と【裏歴史】というのはいったい……?」
 と聞き返した。
 【ゆのあ】は、
「あ、そうですね、表の方はあまり意識されてないのですよね。実は現界と呼ばれる宇宙世界は表の歴史と裏の歴史が存在するのです。この二つの歴史は本来交わる事は無いのですが、ある存在を介して表と裏の歴史がつながってしまったのです」
 と言った。
 ますますわからない。
「ある存在?」(カノン)
「あなたもこのトルムドア・ワールドに来ているのであればわかると思いますが、クアンスティータという名前です」(【ゆのあ】)
「え、くーちゃん?」(カノン)
「くーちゃんと呼ぶという事はかなり親しいのですね?そうです。クアンスティータと一部の例外だけが、表と裏の歴史に共通する存在なのです。元々、クアンスティータとは裏の歴史の存在でしたが、あまりにも大きな力のために、その力が表の歴史にも漏れ出して……」(【ゆのあ】)
 と言っていた。
 カノンが聞いていた話とずいぶん違うようだ。
 【ゆのあ】の言っていた話をまとめると、現界の表の歴史とは全く交わらない裏の歴史というのがあって、その中にもクアンスティータは存在する。
 そのクアンスティータの関係者も表の歴史とは異なる存在らしい。
 クアンスティータという存在がさらなる広がりを見せているという事なのだろう。
 【ゆのあ】はカノン達の居た現界からすると裏歴史という所の出身であり、裏歴史もまた、表の歴史と平行して、クアンスティータが誕生したという事になっているらしい。
 そして、【ゆのあ】もまた、裏の歴史でカノンと同様に認められ、トルムドア・ワールドに招待されたという事らしい。
 カノンのケースとはまた別の事情の様だが。
 どういった事情があるにしても、カノンとは同じトルムドア・ワールドでの異邦人という事になる。
 旅は道連れ世は情けじゃないが、これも何かの縁。
 一緒に行動しませんか?と声をかけてみた。
 すると、【ゆのあ】は少し考え――
「そうですね。よろしくお願いします」
 と言ってきた。
 まだ、【ゆのあ】の立場などもはっきりと聞いていない。
 道すがら、少しずつ聞いて見ようと思うのだった。


04 【ゆのあ】との交渉


 カノンは同行しているまめぽん達を紹介した。
 それに対して、【ゆのあ】も簡単に自己紹介した。
 彼女は吟遊詩人であり、歴史学者でもあるようだ。
 そして、クアンスティータが最大の研究テーマであるようだ。
 彼女もまた、クアンスティータに認められて来ている様だが、事情が表の歴史と裏の歴史という違いがあるようだ。
 例えば、クアンスティータだ。
 クアンスティータは表の歴史では13番の化獣(ばけもの)と呼ばれているが、裏の歴史では13番の大化稀(おばけ)と呼ばれている。
 13番という数字は大化稀の中では同じように最終数字らしいが、1から12番の数字に該当する大化稀はティアグラやルフォス、クアースリータなどは含まれていない。
 また、裏歴史の規模は表歴史の20分の1とされているが、一般的な存在の平均的な実力は2000万倍とされている。
 つまり、基本的に表歴史の者が裏歴史の者に挑戦してもまず勝てないほど実力が上だという事になる。
 現に、【ゆのあ】から感じるオーラの様なものもカノンのものよりもかなり大きい。
 規模は小さいが力があるという裏歴史には裏の神話なども存在する。
 また、クアンスティータの誕生により、存在が確定化した総全殿堂(そうぜんでんどう)も裏の歴史には別の総全殿堂が存在を確定化させたようだし、それに継ぐ実力者であるQOHも裏のQOHがちゃんとある。
 現在のカノンは認識していないが、表のQOHにはクアンスティータの姉であり、兄でもある12番の化獣、クアースリータが含まれているが、当然、裏のQOHには、クアースリータは含まれていない。
 別の存在がその座についている。
 また、表と裏の総全殿堂以外にも第三の総全殿堂も存在しかけているのだが、【ゆのあ】の話には出てこなかった。
 彼女の研究もそこまでは到達していない。

 裏の歴史などについては道すがらおいおい聞いていくとして、まずは、お近づきの印としてお食事会を開こうと思ったカノンは、次の目的地を決めた。
 幸い、トルムドアに途中までの主な場所を聞いていたので、その中の一つ、小規模なショッピングモールに立ち寄ることにした。
 そこで、食材を買って料理しようと思ったのだ。
 トルムドアが第一本体クアンスティータ・セレークトゥースの側体であるため、セレークトゥース・ワールドのショップエリアの支店のような店がトルムドア・ワールドでも出店しているのだ。
 ショッピングモールはその支店がある所だと言われていたのだ。
 残念ながら、セレークトゥースは誕生したばかりであまり品揃えが無いと言われていたが、食べるものくらいは置いてあるだろうと思ったのだ。
 ショッピングモールに着いてみるとその規模の大きさにカノンは面食らった。
 トルムドアにはとても小さなショッピングモールと聞かされていたからだ。
 だが、ショッピングモールの中の小売店自体かカノンの目には大型店舗の様に広かった。
 小規模と聞かされていたので全く予想して居なかったのだ。
 だが、これは思っても無い事だ。
 それならそれでショッピングを楽しむだけだ。
 【ゆのあ】にも着いてきてもらって、何を食べるか相談しようと思った。
 カノンが品物を選んでいると、【ゆのあ】は、
「へぇ〜カノンさんってお買い物も上手なんですね」
 と聞いてきたので、思わず、
「え?」
 と聞き返した。
 すると、【ゆのあ】は、
「あ、気に障ったらごめんなさい。お姫様だって聞いたから、てっきりこういう事はしないのかと……」
 と答えた。
 カノンは、
「あ、そうですね、一般的な王女のイメージはそうかも知れませんね。実は私、幼なじみがいて、よくままごととかしたんですよ。ライバル――、恋のライバルって事になるのかな?ふーちゃん――双葉ちゃんっていう幼なじみがいて、私と彼女は吟ちゃん――吟侍くんっていう男の子を好きだったんですけど、よくお母さん役を取り合ってもめたんですよね。その時、吟侍くんにどちらがお母さんにふさわしいかって判断してもらっていたんですけど、お買い物対決ではいつも負けていたんです。お花ちゃんは――あ、私のことですけど、お買い物の相場がわかってないって言われて――悔しくて、ふーちゃんに頭を下げていろいろ教えてもらったんです。どういうものが旬の食べ物で、どこが安く仕入れられるか。そういう事をいろいろと……その時の経験はその後の研究などでも大変役に立ってます。大変貴重な経験でした」
 と昔を懐かしむ様に言った。
「その幼なじみさんとは今でも?」(【ゆのあ】)
「吟侍くん……」(カノン)
「吟ちゃんでいいですよ。その方が呼びやすいんでしょ?」(【ゆのあ】)
「あ、じゃあ、吟ちゃんとは念願叶って恋人同士という事になりました。でも、ふーちゃんは遠いお空で見守ってくれています」(カノン)
「あ、ごめんなさい」(【ゆのあ】)
「いえ、良いんですよ。ここへ来る前の連絡によるとふーちゃんの生まれ変わりの女の子が居たって教えてくれて……」(カノン)
「そうですか、それは良かったですね。ところで吟侍さんは今は?」(【ゆのあ】)
「実は私達、友達を救出する活動をしている途中で、吟ちゃんは惑星ウェントスという星に私達は惑星アクアという星にいたんですが、トルムドアちゃん――クアンスティータ・トルムドアちゃんに連れて来られて少し寄り道をしている所なんです」(カノン)
「なるほど……」(【ゆのあ】)
「あの……本当はお食事をしながらでもと思ったんですが、今、言いますね。もし、良かったらなんですが、一緒に、くーちゃん――クアンスティータちゃんの側体の【コンタクト・ポイント】を回りませんか?くーちゃんの事を研究なさっているのであれば参考にさせていただきたい事などもあるかも知れませんし、私としては大変、助かるのですが……」(カノン)
「良いですよ。ご一緒しましょう」(【ゆのあ】)
「本当ですか?ありがとうございます」(カノン)
 という具合に、カノンは【ゆのあ】と同行することが決まった。


05 ドリーム・ルーム


 簡単なお食事会を済ませ、打ち解けたカノンと【ゆのあ】は、トルムドアの【コンタクト・ポイント】に着く前に体験しておくべき事をやってみることにした。
 それは、【ドリーム・ルーム】の体験である。
 カノンはトルムドア・ワールドに招かれたが、彼女はトルムドア・ワールドの大きな特徴の一つである【ドリーム・ルーム】を体験していない。
 では、その【ドリーム・ルーム】とは何なのか?
 ――それは、文字通り夢を見る部屋の事を指す。
 もちろん、ここはクアンスティータの宇宙世界の一つであるので、ただ夢を見るという訳では無い。
 夢の中で得た経験値やアイテムなどはそのまま夢を見た者が所有する事も出来るという反面、夢の中の死亡もまた肯定されるという所でもある。
 夢であって夢ではない、実体験をする夢を見るところでもある。
 トルムドア・ワールド内には数多くの脅威が存在する。
 【ドリーム・ルーム】とは、そういった脅威を避けて、自分のペースでスキルアップなどが出来るという場所でもあるのだ。
 実力が足りない者の多くが利用しているという部屋を意味している。
 言ってみれば、トルムドア・ワールド内の弱者の味方となるべき場所であるとも言えるのだ。
 カノンと【ゆのあ】(とオマケのまめぽん)は、【ドリーム・ルーム】を体験してから、トルムドアとの【コンタクト・ポイント】に向かおうと思っているのだ。
 トルムドアとはすでに会ってコンタクト済みだが、これは、他の側体と会う前の練習でもある。
 他の側体との【コンタクト・ポイント】に行く前の道のりで、目的の側体と交渉に使えそうな何かをつかんでから行くという練習なのだ。
 トルムドアとのコンタクトを初めてと仮定すれば、トルムドアとの交渉のために必要な材料をさがすため、トルムドア・ワールドの大きな特徴である【ドリーム・ワールド】は避けては通れない道であるのだ。
 トルムドアの場合だけ、初めから答えを教えてもらっているような状態で体験することが出来るが、次の、第二側体、クアンスティータ・ソリイントゥスからは、特徴となる素材をゼロから探さなくてはならないのだ。
 【ドリーム・ルーム】は下手をすると死んでしまったりするという恐怖はあるが、それでも答えがわかっている分だけ、ましなのだ。
 カノンは、【ゆのあ】に【ドリーム・ルーム】というものがあり、それがどのようなものかをわかっている範囲で説明し、体験するかどうか聞いて見たら彼女も是非、体験してみたいとの事だったので、つられて手を上げたまめぽんと三名でそれを体感しに行くことにした。
 【ドリーム・ルーム】はトルムドア・ワールド内に点在するチェーン店の様なもので、トルムドアとの【コンタクト・ポイント】に向かう、この道の途中にもちゃんと存在していた。
 彼女達が向かうのは【ドリーム・ルーム】二十九万八千三百四十七号店だった。
 その店の店長の名前は、【にきゅうはちさんよんなな】といい、お店の号数がそのまま名前となっている。
 店長の名前を聞けば、そこが何号店なのかがわかるという仕組みになっている。
 カノン達は心の準備を済ませ、深呼吸した後、【ドリーム・ルーム】二十九万八千三百四十七号店に来店した。
「いらっしゃいませ、【ドリーム・ルーム】二十九万八千三百四十七号店へようこそ。私、店長の【にきゅうはちさんよんなな】と申します」
 と出迎えられた。
 普通の客はスキルアップ用の夢を見るか理想の相手との夢を見るかが一般的だったが、カノンと【ゆのあ】は別の夢を選択した。
 カノンは裏歴史の――【ゆのあ】は表歴史がわかる夢を選択した。
 そうすることで、お互いの歴史についてもっと理解し合おうとお食事会で決めていたのだ。
 また、【まめぽん】はただの楽しい夢を選択した。
 ほとんどの存在が経験値を欲しがるので、選択するものはトルムドア・ワールドでは滅多にいないが、ただ、楽しいだけの夢というのも存在する。
 カノン、【ゆのあ】、【まめぽん】はそれぞれの夢を見るために個室へと入っていった。
 そこでそれぞれの夢を見ていくことになる。


06 裏歴史


 カノンが見た夢は現界での裏歴史――カノン達表の歴史の存在とは本来接点の無い歴史をたどっていくというものだった。
 表歴史と裏歴史――それは時間で考えると縦時間と横時間の様な関係となる。
 同じ時間軸で時が流れておらず、同じ宇宙世界でありながら、交わることの無い二つの現界――それが表歴史と裏歴史という形でそれぞれの時を刻んでいる。
 全く別の時間で動くため、通常の場合、同じ存在は存在出来ないとされているので、クアンスティータや一部の例外を除き、表歴史にいるものは裏歴史には存在せず、逆に裏歴史にいるものも表歴史に存在することはない。
 表歴史にあった神話の時代によるクアンスティータ誕生にまで至るいきさつは裏歴史にはないのだ。
 クアンスティータが属しているという事になっている化獣(ばけもの)も裏歴史では語られておらず、代わりに、クアンスティータは大化稀(おばけ)というものの部類に属するとされている。
 また、表の歴史ではクアンスティータを生み出したのは【魔女ニナ】という事になっているが、裏の歴史においてクアンスティータを生み出したのは【魔女ニィナス】という存在になっていた。
 【魔女ニィナス】もまた、宇宙世界を27持っていて、その内の24が子供であるクアンスティータに引き継がれたという事になっていて、残り3つが【魔女ニィナス】自身が所有しているという事になっている。
 表歴史の【魔女ニナ】は残る三つの宇宙世界を1番の化獣ティアグラ、7番の化獣ルフォス、12番の化獣クアースリータに割り振っているが、裏の歴史では【魔女ニィナス】は他の大化稀などに割り振らなかった。
 クアンスティータは表の歴史の【魔女ニナ】から24の宇宙世界を、裏の歴史の【魔女ニィナス】から24の宇宙世界を受け継いでいる。
 そのため、表の歴史で宇宙世界を引き継いだティアグラ、ルフォス、クアースリータと違い、クアンスティータの所有する宇宙世界は表と裏の二重構造になっているという事がわかった。
 それで、クアンスティータの所有している24の宇宙世界は別名として二重宇宙世界(にじゅううちゅうせかい)とも呼ばれているという。
 このトルムドア・ワールドも例外ではなく、二重構造の宇宙世界となっており、【ゆのあ】は裏のトルムドア・ワールドから表のトルムドア・ワールドへ迷い込んで来たという事になる。
 これがわかったのは裏の歴史側からはある程度、表の歴史を意識しているためであり、表側からは裏の歴史についてはその存在すら知られていないという場合がほとんどで、裏の歴史の情報はほとんど伝わっていない。
 臭い物には蓋ではないが、基本的な実力が遙かに上である裏の歴史の存在を本能的に意識したくなかったというのが答えのようなものであろう。
 カノンは【ドリーム・ルーム】で初めて裏歴史の事を理解し始めたというところだった。
 いっぺんに全部の情報を詰め込むことは難しいと判断した彼女は、後、1つ――表の歴史の化獣に相当する存在、【大化稀】の事だけはある程度、理解しておこうと考え、彼女が見ている夢をプレゼンしてくれていたプレゼンターに、
「あの、プレゼンターさん、【大化稀】について簡単に説明していただけますでしょうか?」
 と尋ねた。
 プレゼンターをしていた向日葵の様な形をした存在は、
「了解しました。では、簡潔にまとめてお伝えしましょう」
 と言った。
 向日葵型のプレゼンターの説明によると――

 ――【大化稀】――

 表の歴史の化獣は勢力を持っているという事が共通項目となっていた。
 宇宙世界を持っていない化獣も勢力という集団を自身の力として所有していてそれが、特別視されていた。
 裏の歴史でもクアンスティータがその名に連ねているだけあって【大化稀】とは特別な存在だった。
 勢力という形では24の(裏の)宇宙世界を所有している13番の【大化稀】、クアンスティータのみだが、【大化稀】には他に共通する特徴があった。
 それは、【超特別属性(ちょうとくべつぞくせい)】だ。
 13の【大化稀】は独自の【超特別属性】を持っているのだ。
 12番の【大化稀】までは1つずつ、例によって13番の【大化稀】クアンスティータは無数の【超特別属性】を持っている。
 では、この【超特別属性】とはなんなのか?
 それは、その存在だけの【属性】を意味している。
 他の存在は用いないその存在だけの【属性】――それが【超特別属性】だ。
 例えば、この【超特別属性】でのダメージを受けると他の何もかもが通用しないお手上げな状態となる。
 クアンスティータだけは他の12の【大化稀】の【超特別属性】に対しても代用が効くが、基本的には対処が全く取れない【属性】――それが【超特別属性】となる。
 そのため、それを持っている【大化稀】は特別視されるのだ。
 表の歴史の化獣の場合はその勢力の収納能力を評価されていて、他にももっと強い存在がごまんと居るのだが、裏の歴史の【大化稀】の場合はその力の恐ろしさを評価されているので、クアンスティータ以外の他の12の【大化稀】も特別視されている。
 【超】がつかない【特別属性】と言うのもあり、それはピンからキリまで存在し、その内、下等な【特別属性】が表の歴史にも流れていた。
 それが現界においては謎の惑星ファーブラ・フィクタでのみ、存在する事が出来る6種類の特別属性原素(とくべつぞくせいげんそ)と呼ばれている。
 表の歴史においては、大きく分けて7種類の属性原素(ぞくせいげんそ)があるとされ、6種類の特別属性原素と合わせて13種類が存在している。
 だが、裏の歴史ではそれとは比較にならないほど膨大な数の属性が存在しているとされている。
 裏の世界においては、いかに多くの属性を手に入れるという事が1つの強さのバロメーターでもあるのだ。
 その属性の頂点とも言える稀少属性が【超特別属性】であり、それを所有している【大化稀】達が如何に恐れられているかは想像に難くないだろう。
 宇宙世界を24も所有している事だけでも凄いのに、さらにそれがそれぞれ二重構造になっていたり、【超特別属性】を無数も持っていたりと、知れば知るほど、クアンスティータの奥深さを感じるカノンだった。
 クアンスティータと交渉するには、できうる限りクアンスティータの事を知らねばならない。
 だが、調べれば調べるほど、後から後から情報が吹き出してくる。
 手のかかる子供ほど可愛いとは言うが、クアンスティータの場合は異常に調べる事などが多い。
 一筋縄でも二筋縄でも行かないなとカノンは気を引き締めるのだった。

 カノンがこの【ドリーム・ルーム】で知った事はほんの僅かでしかない。
 クアンスティータにはまだまだ隠された秘密があふれている。
 だが、先に進むためにはここで一旦、区切らねばならない。
 彼女は【夢】を中断し、目を覚ました。
 個室を出て来た時、【ゆのあ】もちょうど出て来た所だった。
 彼女は彼女で表の歴史について知り、同じようにクアンスティータの底なしさ加減を知ったのだろう。
 どこか惚けたような表情をしていた。
 それはカノンも同じ事だったが。
 恐らく、【ゆのあ】もこの先に進むため、【夢】を中断して来たのだろう。
 カノン自身も知らない表の歴史のクアンスティータの情報も見聞きしたのかも知れない。
 楽しそうだったのはひたすら良い夢を見てきた【まめぽん】くらいのものだろう。
 【まめぽん】は、
「まだまだ見たりないタヌ。もっとみたいタヌ」
 と言っていた。
 彼はそれで良いのだろう。
 カノン達が見た事は、純粋な小動物【まめぽん】は知らなくても良いことだ。
 とりあえず、トルムドア・ワールドでの目的である【ドリーム・ルーム】を体感出来たカノン達は、先に進む事にした。
 まだ、第一の目的であるトルムドアとの【コンタクト・ポイント】にすらたどり着いていない。
 これはまだ、他の側体との交渉の練習となるトルムドアと会うための旅にすぎないのだから。
 カノン達はそれぞれ、【飛行移動装置】に乗り込み、出発した。


07 【シンガーファイター】体験


 カノンは、次の立ち寄り場所に着く前に【ゆのあ】に歌を披露した。
 タイトルは【それでも僕は……】だ。
「♪誰かが言った
 そんな努力はやめろと
 僕は聞く
 何故だい?と
 誰かは答える
 どうせ、努力は実を結ばない ズルするやつが勝つ世の中なのさと
 僕は答える
 なるほど 確かにそうかもしれない だけど
 それでも僕は努力を止めない
 確かにズルする奴が勝つかもしれない
 だけど、僕は勝ちたいんじゃないんだ
 強くなりたいんだ
 ズルする奴は勝てるかも知れないけどズルするたびに弱くなる
 大事な部分が弱くなる
 積み上げた努力は消えない
 大事な部分が強くなっていく

 誰かが言った
 勝てなきゃ意味は無いと
 僕は聞く
 何故だい?と
 誰かは答える
 どうせ、勝てなきゃ馬鹿にされる ズルするやつが褒められるのさと
 なるほど 確かにそうかもしれない だけど
 それでも僕は努力を止めない
 確かにズルする奴が褒められるかもね
 だけど、僕は褒められたいんじゃないんだ
 強くありたいんだ
 ズルする奴は努力する知らない力を持つ者が怖いんだ
 だから努力を止めさせようとする
 ズルする奴が持てない力を
 確かに僕は持っている♪」
 というものだ。
 【ゆのあ】は、
「うまい、うまい。やっぱりプロでやっている人は違うね」
 と褒めてくれた。
 だが、カノンは【ゆのあ】に褒めてもらいたくて歌った訳では無かった。
 【ゆのあ】も吟遊詩人なのだから歌は得意なはずだ。
 別の理由があったのだ。
 それは、トルムドア達との会話で出て来た【奉崇歌(ほうすうか)】についてもう少し詳しく知ろうと思って、それに関する場所に次に立ち寄ろうと思っていたのだ。
 【奉崇歌】の第一段階としては体から音や歌詞がにじみ出てくるというもので、それくらいならば無言歌まで出来たのだからカノンも出来るのでは無いかと言われていたのだ。
 出来れば、第二段階の本人の体以外の他の場所などからメロディなどが勝手に舞などに合わせて出てくる様になってみたいがまずは第一段階だ。
 【奉崇歌】と言われてもコツがわからないのでどこかそのあたりを教えてくれる所を探して寄ってみたいと思っているのだ。
 それで、【ゆのあ】に相談したのだが、彼女はまずは、基本的な歌唱力が知りたいと言ってきたので歌ってみせたのだ。
 【ゆのあ】はその後、情報を集めてくれて、
「とりあえず、基本中の基本っていう【ラウルハーン部門】で挑戦してみればどうかな?」
 と言った。
 【ラウルハーン部門】とは、基本的に歌詞をつけずに【ラ】と【ウ】と【ル】と【ハ】と【ー(音引き)】と【ン】のみで歌うという部門で、それらの言葉を体からにじみ出させるという言ってみれば発声練習をするような大会と言える。
 トルムドア・ワールドにおいては、通常の歌を聴いて、力が沸いて来るような気がするというのではなく、実際に歌は追加エネルギーとして対象者に本当に付与される。
 通常の歌の場合は聴く者全てに影響するが、【奉崇歌】の場合は、特定の相手(自分も含む)にエネルギーを追加させる事が出来る付与能力として確立されている。
 【奉崇歌】も立派な攻撃補助能力としてトルムドア・ワールドでは普及をしていて、【奉崇歌】を歌いながら自身の力を強化して戦う【シンガーファイター】という職業も存在している。
 カノンはこの【シンガーファイター】としての登竜門ともなっている【ラウルハーン部門】で戦って見るという事になったのだ。
 本格的な【シンガーファイター】はいろんなバリエーションでの戦いがあるらしいのだが、カノンが挑戦するのは相手をエリアの外に押し出せば勝ちというものだ。
 【ラ】と【ウ】と【ル】と【ハ】と【ー(音引き)】と【ン】だけを体からにじませるようにして音を出し、そのエネルギーを付与したカノンが相撲の様に相手を押し出したりすれば良いという事になる。
 相撲と違うのは、土俵ではなく、立方体の空間から押し出すという形のものになるのではあるが。
 戦う前に基本的な音の出し方から学び、その成果を試す大会という形で、【ラウルハーン部門】というのがあるのだ。
 カノンは【ゆのあ】達の付き添いで、道場に通い、基礎的な音の出し方を学んだ。
 覚えて見れば、確かに無言歌を歌えたカノンにとっては簡単だった。
 最初、コツをつかむのに多少、苦労したがコツさえつかんでしまえば余裕だった。
 カノンが参加したのはバトルロイヤル形式の戦闘スタイルだった。
 とにかく【奉崇歌】で自身の力をアップさせて押し出すというものでカノンを含めて37名が参加していた。
 みんな【シンガーファイター】の卵達だ。
 カノンと同じ新米ファイター達の間での戦いだ。
 試合開始と同時にそれぞれの【シンガーファイター】達は【奉崇歌】を体からにじみ出させていった。
 みんな基本に忠実だった。
 基本とは【ラ】と【ル】と【ー(音引き)】だけを用いて歌うという方式だ。
 これならば、
「♪ララルーララルーララルラララルーラーラー♪」
 とか、
「♪ラララーラ ラーラララーラルールルルー♪」
 等の様にこれだけの組み合わせでもいくらでも基礎的な【奉崇歌】をアレンジ出来る。
 カノンだけは、他の選手と同じ事をしていては勝てないと考え、
「♪ハー……ララルーン
 ルーン ルーン
 ウウウウウウウ
 ラララララルルルルーン
 ルルルルルラララ
 ラララルルル
 ウウウウウウウ
 ララルーン ルーン ルーン

 ララルーン
 ルーン ルーン
 ウウウウウウウ
 ラララララルルルルーン
 ルルルルルラララ
 ラララルルル
 ウウウウウウウ
 ララルーン ルーン ルーン
 ラララララ

 ルルルルルラララ
 ラララルルル
 ウウウウウウウ
 ララルーン ルーン ルーン
 ララララララララララ……♪」
 と出来るだけの音を使って表現した。
 それが功を奏したのか、カノンの一人勝ち状態となった。
 多くの音を表現した事でより多くの力が彼女に付与されたのだ。
 やはり、同じルーキーでもカノンの場合は歌姫などでの舞台度胸が備わっていた分、思いっきりやれたという所だろう。
 この大会はカノンの優勝となったが、これはあくまでも基礎中の基礎の大会である。
 他の大会も同じように行くとは限らない。
 それはカノンも承知している。
 今回のはあくまでも体験しただけに過ぎない。
 これからこの【シンガーファイター】でどうのこうのするという話ではない。
 トルムドアと会う時のために話題作りのために体験したのだ。
 トルムドアとは勝手知ったる仲にはなりつつあるので問題は無いが次のソリイントゥス以降はこうやって、側体との【コンタクト・ポイント】にたどり着く前に側体の特徴となるものを経験する事がその後の交渉の重要な材料となり得るのだ。
 それを練習する意味でもトルムドアとの会話で出ていた【奉崇歌】関係の体験をしたのだった。
 簡単ではあるが、体験も果たしたので、いよいよ、最初の目的地であるトルムドアとの【コンタクト・ポイント】を目指した。


08 クアンスティータ・トルムドアとの再会


 いくつかの体験をして、ようやく、第一側体クアンスティータ・トルムドアの【コンタクト・ポイント】の場所近くまでたどり着いた。
 トルムドアの【コンタクト・ポイント】は肉眼で確認出来るくらいにまで近づいていた。
 この地点から見る【コンタクト・ポイント】は大きな胸像の様に見えた。
 これは第十三側体であるクアンスティータ・ヒアトリスからの影響が強いとされている。
 第七本体クアンスティータ・テレメ・デを眠らせる役目を持っている側体の1核、ヒアトリスは宙に浮く巨大な胸像の様な姿をしていると言われて居る。
 トルムドアはこのスタイルを気に入っていて、自分の宇宙世界であるトルムドア・ワールド内での他の側体との【コンタクト・ポイント】はこの形にしようと思ってそう作ったらしい。
 側体自身はこの【コンタクト・ポイント】にはないが、それぞれの【コンタクト・ポイント】にある巨大な胸像が他の側体と通じて居るので、カノン達はこの胸像と交渉をしていくことになるのだ。
 【コンタクト・ポイント】にたどり着くとトルムドアの胸像の目が光り、
「待ってたよーカノンママ。それと【ゆのあ】ちゃん」
 と言ってきた。
 どうやら、トルムドアの方も【ゆのあ】の事を認識しているようだ。
 不法侵入者という事ではないという事だ。
 カノンは、
「お待たせ、トルムドアちゃん。ママねぇ、ここへ来る前にちょっといろいろ体験してきたんだよ」
 と娘に話して聞かせるように会話を始めた。
 いろいろやり方は側体によって変わるとは思うがトルムドアに対してはこのやり方で間違いないと思って居る。
 もちろん、交渉事はカノンだけでは無い。
 裏歴史から来ている【ゆのあ】にとっても話す事はあるだろう。
 だから、【ゆのあ】と譲り合いながら側体達と会話していく事になる。
 カノンが交渉している時には邪魔をして欲しくはないが、【ゆのあ】が交渉している時は逆に邪魔にならないようにしなくてはならない。
 それが、表と裏の歴史から選ばれて来た二人に共通するマナーだった。
 トルムドアにとってはカノンは母親の様な立場、【ゆのあ】は友達の様な立場となっている。
 親目線と友達目線――
 そこはそれなりに変わってくる。
 楽しかった事。
 辛かった事。
 悲しかった事。
 怒った事。
 そんな日常的な会話をしながら、カノンと【ゆのあ】はそれぞれの立場で要所要所では必要な情報を聞き出していった。
 出発時には決められなかったカノンへの手土産も用意して渡してくれた。
 どうやら、小さな箱のようだ。
 箱を開けてみると、更に小さな包み紙に包まれた四角いものが16個入っていた。
 印象からするとキャラメルか何かの用にも見える。
 なんなんのかはよくわからない。
 トルムドアが言うには、
 【お守り】との事だったが。
 それは追々わかって来るだろう。
 また、知りたいことは山ほどあったが、トルムドアの機嫌を損ねない様に注意しながら情報を引き出していった。
 カノンも【ゆのあ】もトルムドアの好感は得ている。
 問題は無い。
 問題とするのは次からだ。
 次からは未知の領域となる。
 次からは勝手知ったるトルムドア・ワールドという訳には行かないのだ。
 次は、第二側体クアンスティータ・ソリイントゥスの所有する宇宙世界、ソリイントゥス・ワールドのミニチュアバージョンとなるエリアを旅しなくてはならない。
 一応はトルムドア・ワールド内に位置しているとは言え、そのエリアの状態はトルムドア・ワールドと大きく異なる。
 トルムドアにはソリイントゥス・ワールドのミニチュアエリアに移る前に、どのような世界観のエリアか聞き出したかった。
 トルムドアによると、ソリイントゥス・ワールドとは【芸術】の宇宙世界であると言う。
 絵画や彫刻などが数多く存在する場所らしい。
 【ゆのあ】は、
「へぇ〜なんだか、美術館や博物館巡りみたいな感じになるのかしらねぇ?」
 ――と、のんきな事を言っていたが、相手は側体でもクアンスティータなのだ。
 ただの【芸術】であるはずが無い。
 ただの絵画や彫刻であるはずがない。
 間違い無く何か他にあるだろう。
 そのことは覚悟して行かなければならない。
 【ゆのあ】の方もその事は先刻承知のようだ。
 先ほどの台詞は場を和ませようと言っただけのようだ。

 巨大胸像のトルムドアとの交渉――というよりは交流をして行ったがいつまでもそうしている訳には行かない。
 次のエリアに進む時が近づいて来た。
 トルムドアの巨大胸像は、
「二人ともまた、行っちゃうの?」
 と寂しそうな声を上げた。
 せっかく再会したのにもうお別れだと思っているのだ。
 カノンは、
「出発する時、言ったでしょ。必ず戻って来るって」
 と言って、【ゆのあ】は、
「そうそう。だから【さようなら】じゃなくて【またね】だよ」
 と言ってウインクして見せた。
 トルムドアの巨大胸像は、
「約束だよ。また戻って来るって」
 と泣きそうな声で言った。
 カノンは、優しく微笑み
「うん。約束だね。約束は守らないといけないよね。また、会おうねトルムドアちゃん。絶対に戻って来るからそれまで元気でね」
 と言い、【ゆのあ】は、
「私も約束。戻って来るよ。約束は破らない。また、今度ね」
 と言った。
 トルムドアの巨大胸像は、涙声で、
「……ぐすっ……うん。わかった。じゃあ、約束だよ、二人とも……」
 と言い、目の光が消えた。
 トルムドアが巨大胸像から意識を離したのだろう。
 トルムドアの巨大胸像との交流を通して、大体、他の側体との交渉の手順もわかった。
 後は、これを実践していくだけだ。
 カノンは、
「じゃあ、次のエリアに行きましょうか」
 と言い、【ゆのあ】は、
「そうしますか。じゃあ、改めてよろしくお願いします」
 と言った。
 カノンは、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 と言い、それぞれ、【飛行移動装置】に乗り込み、移動を開始した。
 次に目指すは第二側体クアンスティータ・ソリイントゥスとの【コンタクト・ポイント】だ。
 そこへ行く前に、ソリイントゥスのエリアで交渉などに必要な情報を得てくる必要もある。
 カノン達はトルムドアのエリアで最後の買い物を済ませてから出かけるのだった。


続く。








登場キャラクター説明

001 カノン・アナリーゼ・メロディアス
カノン・アナリーゼ・メロディアス
 001 カノン・アナリーゼ・メロディアス

 アクア編の主人公で、ファーブラ・フィクタのメインヒロイン。
 メロディアス王家の第七王女にして、発明女王兼歌姫でもあるスーパープリンセス。
 恋人の吟侍(ぎんじ)とは彼女が女神御(めがみ)セラピアの化身であるため、同じ星での冒険が出来なかった。
 基本的に無法者とされる絶対者・アブソルーターを相手に交渉で人助けをしようという無謀な行動をする事にした。
 発明と歌、交渉を駆使して、攫われた友達救出作戦を実行する。
 歌優(かゆう)という新職業に就くことになったり、惑星アクアを救ったりして活躍し、惑星アクアにとっては英雄扱いを受けるようになる。
 惑星アクアからトルムドア・ワールドに連れて来られ、それぞれの側体クアンスティータとの交渉をすることになる。
 今回は【奉崇歌(ほうすうか)】の基礎を学ぶ事になる。


002 クアンスティータ・トルムドア
クアンスティータ・トルムドア
 誰もが恐れる最強の化獣(ばけもの)。
 その第一側体。
 第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの従属にあたり、カノンから生体データを抽出して、他のクアンスティータに送ったのはこのクアンスティータ。
 トルムドア・ワールドという宇宙世界を所有している。
 トルムドア・ワールドにあるそれぞれの側体との【コンタクト・ポイント】を目指そうとするカノンを心配して、キャラメルの様な謎の箱(16個入り)のお守りを彼女に届ける。
 カノンにとっては娘、【ゆのあ】にとっては友達の様な関係となっている。


003 クァノン
クァノン
 クアンスティータ・トルムドアがカノンにプレゼントしたハーフバーチャルボディでカノンの意のままに動く複合多重生命体の元の様なもの。
 カノンに少し似ているが足元まで伸びる長いお下げ髪が特徴。
 クァノンの登場により、その場に居なくともカノンの歌を届ける事が出来る様になった。


004 オーケストラコーラスダンサロイド アリア
アリア
 カノンの歌のサポートをするアンドロイドの一号機。


005 オーケストラコーラスダンサロイド オペレッタ
オペレッタ
 カノンの歌のサポートをするアンドロイドの二号機。


006 オーケストラコーラスダンサロイド リート
リート
 カノンの歌のサポートをするアンドロイドの三号機。




























007 ミューズ・アニマル ピア ピア
 カノンの歌のサポートをする生物。




















008 まめぽん
まめぽん
 冒険に出る前に吟侍がカノンに送ったぬいぐるみ。
 行方不明だったが、クアンスティータの公式キャラクターとして、生命を得ていた。
 吟侍と同じ様に一人称が【おいら】である。
 語尾に【タヌ】もつく。
 強者とは無関係な小動物。


009 沖椰子 ゆのあ(おきやし ゆのあ)
沖椰子 ゆのあ
 トルムドア・ワールドでカノンと出会った現界の裏歴史出身の吟遊詩人であり、歴史学者でもある少女。
 裏歴史においてカノンと同じようにクアンスティータ・トルムドアに認められ、招かれている。
 元々、二重構造になっているトルムドア・ワールドの裏側で招かれていたが、カノンが招かれた表側に迷い込んでカノンと出会う事になった。
 その後は意気投合したカノンと行動を共にすることになる。
 研究テーマはクアンスティータであり、クアンスティータの事をよく知ろうとする。


010 巨大胸像トルムドア
巨大胸像トルムドア
 トルムドアとのコンタクト・ポイントに設置してあるトルムドアの顔に似せた巨大な胸像。
 これにはクアンスティータ・トルムドアが意識を飛ばして話す事が出来る。
 また、転送も可能で、カノンに渡すお守りをこの巨大胸像トルムドアの元にトルムドアが飛ばしている。
 目が光る事で会話が可能となる。
 これは、第十三側体クアンスティータ・ヒアトリスの姿からヒントを得ている。
 一人称は【私】、カノンの事は【カノンママ】と呼び、【ゆのあ】の事は【ゆのあちゃん】と呼ぶ。