第004話 オリウァンコ編その4

アクア編挿絵004−04

01 オリウァンコの居城へ


 七英雄達がそれぞれ、7つの扉を突破した――
 その情報は自らの居城にいる8番の化獣(ばけもの)、オリウァンコの耳にも入ってきた。
 元々、オリウァンコは7つの扉に用意した刺客達の中で意に添わない者は自らが始末していた。
 そのため、七英雄達が居城に向かってくるのも既に理解していた。
 オリウァンコは、
「八化身(はちけしん)、後はお前達にかかっている――奴らを迎え撃ちなさい」
 と命令した。
 八化身という名前を聞いたら七英雄のリーダー、ユリシーズ・ホメロスは不愉快に思うだろう。
 彼の切り札の名称は七化身(ななけしん)なのだ。
 聞いているとまるでセットのように思えてしまう。
 オリウァンコの方の八化身にもちゃんと意味はあった。
 オリウァンコには最強の9名の部下が居た。
 その9名をオリウァンコが使える8つの化身体(けしんたい)と融合させているのだ。
 そのため、八化身と呼ばれているのだ。
 名称としては、化身体を使えるオリウァンコの方が正式と言えるだろう。
 化身体は化獣を中心とした超越的な存在が自身の身体を傷つけたくない時に代わりの身体として使うものの事を指すのだが、ここで、一つ疑問が残る。
 オリウァンコの最強の部下は9名居た。
 なのに八――化身だ。
 それは、化身体を融合させる時、9名の内、2名を一緒に融合させたからだ。
 8が好きなオリウァンコは無理矢理にでも8にしたがっていたので、9名居た最強の部下は8名にさせられたのだ。
 優秀な部下の数を減らしてまで8にこだわるオリウァンコの性質は異常とも言える。
 だが、それは、神話の時代より最弱の化獣と蔑まされて来たオリウァンコの固執だった。
 8という数字を最強に――それが、オリウァンコの強い執念でもあった。
 そのため、最強と呼ばれる存在には強い執着があった。
 最強と言えば、13番の化獣――クアンスティータだ。
 化獣の中だけに限らず、何処へ行っても最強の座が全く揺るがない。
 それ故、神や悪魔がその誕生を極端に恐れていた。
 クアンスティータに出しゃばられたら神や悪魔の権威は地に落ちるからだ。
 だが、とうとう、生まれてしまった。
 神話の時代に生まれなかった最強の化獣が――
 生まれてしまったら、全てが終わりだとされて来た、クアンスティータ――、実際に生まれて見るとそれ以上の脅威を感じさせる存在だった。
 まだ、何もしていないのに強烈過ぎる存在感を醸し出している。
 あらゆる存在がクアンスティータを恐れ、右往左往しているのをオリウァンコも目の当たりにしている。
 そんなオリウァンコもその例に漏れない。
 どうしようもなくなって、一度は全てを諦めた。
 だが、ゼルトザームの言葉を信じるのであれば、クアンスティータの気に障る様な行動をせず、正しく動いて居れば、害はないらしいという言葉を聞いて、ホッとした。
 生き残れるのであれば、まず、する事は、自分がクアンスティータと同じ化獣という区分に属する存在であるという事のアピールだ。
 そのためには、人間共にその力を示す必要がある。
 そこで、目をつけたのが、クアンスティータ誕生に割と近い位置に居た、ユリシーズ達七英雄達だった。
 彼らに勝利する事で、自分の権威をクアンスティータに示そう――それが、オリウァンコの真意だった。
 要するにクアンスティータに対し、オリウァンコなりに媚びを売ろうとしていたのだ。
 そのため、基本的に卑怯な手は使えず、1対1のさしの勝負で勝利を得なくてはならなかった。
 もちろん、これはオリウァンコが勝手に決めたルールだ。
 筋は通っている様で通っていない。
 巻き込まれる者達の事など、全く考えに入っていないと言える。
 だが、オリウァンコの思考ではこれこそがクアンスティータに示す誠意なのだった。
 自身の正義のために行動をしているという事だ。
 自分勝手と言えば、相対する七英雄達も同じだ。
 カノンは止めたのに、自分達の満足のために、オリウァンコの喧嘩を買ったのだ。
 言ってみれば自分勝手対自分勝手の戦いでもあると言えるだろう。
 この戦いで死亡してもそれは自業自得――そんな戦いだ。

 オリウァンコの居城に着いたユリシーズ達の前に、8つの影が現れた。
 八化身だ。
 ユリシーズ達に対して、敵意むき出しの表情だ。
 ガン付け合戦ならユリシーズ達も負けていない。
 にらみ合いで一触即発の雰囲気だった。
 八化身のリーダーであり、元々は2名の存在がオリウァンコの化身体と融合した陰陽(いんよう)という男だけが、オリウァンコを守るために城の奥に引っ込み、残る7名の八化身が七英雄達と戦うためにこちらに向かって歩いて来た。
 つまり、1対1ずつの7対7の戦いとなる。
 そんな戦いを一つずつ戦いを追っていこう。


02 ジャンヌ・オルレアンVS八化身 ミクス


 七英雄の紅一点、ジャンヌ・オルレアンと戦う事になった八化身の名前はミクスという。
 ミクスは特殊な肉体を持っている。
 その肉体は恐ろしく硬く、恐ろしく弾力性もあり、恐ろしく柔軟性もあり、恐ろしく耐久性を持っている――
 普段なら両立しない性質を併せ持っている特別な肉体の持ち主だった。
 自然発生が考えにくい肉体の持ち主、それが、ミクスだった。
 ミクスは、
「俺好みの女だ。どうやって嬲(なぶ)ってやろうか」
 と舌なめずりをしながら言った。
 どうやら品位には欠けているようだ。
 対するジャンヌは、
「残念だね、あんたは全然、あたしの好みじゃないよ」
 と帰す。
「お前の気持ちなんぞ、どうでも良い。要は俺が好みか好みじゃないかが問題だ」
「主(オリウァンコ)が下種(げす)だと部下も下種だね。クソみたいなカス同士似合っているよ」
「言ってくれるじゃねぇか。――まぁいい、すぐに言うこと聞かせてやるよ。俺に×××してくださいとか▲▲▲頂戴とか言わせてやるよ」
「放送禁止用語垂れ流してんじゃねぇよ。今、その薄汚ねぇ口きけねえようにしてやるよ、ゴミ野郎」
「こいよ、雌豚ぁ〜」
 汚い言葉でのののしりあいが続く。
 ジャンヌは目の前の相手を心の底から軽蔑している。
 ミクスの方はどうやって従順にさせようかを考えている。
 ジャンヌは不思議な羽衣を使って衣をミクスの顔に押し当て窒息させようとするが、ミクスの強引な力でビリビリに引き裂かれた。
 ジャンヌは、
「ちっ」
 と舌打ちする。
 どうやら、不思議な羽衣では勝てそうもない。
 切り札である【森羅万象陣(しんらばんしょうじん)】の出番が必要になりそうだ。
 また、ジャンヌは、幻妖斉(げんようさい)との戦いで、彼が使用する【森羅万象盆(しんらばんしょうぼん)】も受け取っている。
 【森羅万象陣】は地面に紙を敷き、その上に砂でイラストを描き、【森羅万象盆】はそれがお盆になって居て、同様に砂でイラストを描く事でそのイラストと同じ変化が実際に起きるという力だ。
 【森羅万象盆】の方は今回使用するのは初めてだが、同種の力であるため、感覚としては、しっくり来る。
 二つの【森羅万象】を駆使して、ミクスを迎え撃つ事にした。
 ミクスは、
「なんだ?お絵かきかぁ?」
 と言った。
 ジャンヌは、
「片方は、あんたの仲間だった爺さんの力だ。仲間なら、それくらい把握しておけよ」
 と返した。
「ふっ、どうせ、そいつは負け犬なんだろぅ?負けた奴の事なんてどうでも良いんだよ。犬のクソ程の価値もねぇ」
「あんたもその負け犬になるんだよ。――それに、少なくとも、幻妖斉の爺さんの方はなかなか好感が持てたよ、あんたと違ってね」
「幻妖斉ってのか、その負け犬?」
「呆れた――仲間の名前も知らなかったのか?」
「俺より格下の奴の事なんか気にする必要はねぇんだよ」
「ぷっ……」
「何か可笑しい事でもあったのか?」
「格下とか言って、見下してるけど、あんたの主だって、クアンスティータにビビって命乞いしてたんだぜ、それ解ってる?」
「な……クアンスティータはみんな怖いだろうが。そんなのと比べるんじゃねぇよ」
「あたしが好きな男のライバルはさぁ、そのクアンスティータと戦おうってバカなんだよね。好きな男のライバルだから、あんまり良い事言いたくねぇんだけど、そいつと比べるとあんた、随分、かっこ悪いねぇ、笑っちまうよ」
「このクソビッチが。ヒイヒイ言わしてやる」
「言うことなす事かっこ悪いねぇ。反吐がでらぁ」
「もう殺す」
「あんたみたいなタイプはいつも言うこと一緒だねぇ。思い通りに行かないと殺す――そればっかり、幼いねぇ、子供だねぇ――あ、あんたと一緒にされたら子供に迷惑か。失礼しましたぁ〜」
「この、腐れアマがぁ〜」
 激昂するミクス。
 口喧嘩はジャンヌの方が優勢なようだ。
 その肉体面での絶対の自信から、真っ直ぐにジャンヌの方に向かっていくミクス。
 ジャンヌを嬲り殺すつもりだ。
 だが、ジャンヌの方は居たって冷静だった。
 二つの【森羅万象】で戦うつもりだったが、ミクスとのののしりあいで、気持ちが変わった。
 ミクスは、幻妖斉の遺品【森羅万象盆】の方で倒そうと決めた。
 お前なんぞ、幻妖斉の爺さんに比べたら取るに足らない雑魚だと言わしめるように。
 ジャンヌは【森羅万象盆】の砂絵を駆使して、ミクスの身体的特徴を利用する形で、自滅するように持っていった。
 ミクスはその特別な力を持っていたが故に、自滅をする事になっていった。
 【森羅万象盆】の動きに合わせて、ミクスの顔を彼自身の両腕がふさぐ。
 その圧迫感から、呼吸が出来なくなる。
 力を緩めたいが、その肉体はミクスの頭脳から来る信号を拒否するかのように締め上げて行く。
 顔の力だけで振りほどきたいが、両腕の力は顔の力を遙かに凌駕する。
 そのため、ミクスは、自身の身体に自由を奪われる形で、窒息死した。
 【森羅万象盆】はミクスの肉体を自然物ととらえ、その力に逆らわない様に利用する事にした。
 力ではジャンヌはミクスには敵わない。
 だが、己の力を過信しすぎたミクスは、ジャンヌに力を利用され、自滅の道をたどったのだ。
 勝利を確信したジャンヌは今は亡き、戦友、幻妖斉に向けて、
「あんたがくれたお盆で勝てたよ――」
 と言った。
 これは、幻妖斉に敬意を払った行為だった。


03 ヘラクレス・テバイVS八化身 ザックリ


 七英雄の1人、ヘラクレス・テバイと戦う事になった八化身の名前はザックリという。
 ザックリの力は、存在を曖昧にする事だった。
 存在している、していないの境界線をゆらゆらと変化していて、その境界線を境に攻撃が当たったり、当たらなかったりする。
 ザックリはその境界線を行き来し、自身の攻撃を当て、相手であるヘラクレスの攻撃は当たらないようにする力の持ち主だった。
 対するヘラクレスの力は7番の化獣ルフォスの宇宙世界で身につけた超剛力を誇る第三の腕とゼルトザームとの特訓で身につけた女体分裂の二つだ。
 パワー重視とスピード重視という違いはあるが、どちらの力を使うにも、基本的には猛ラッシュを主体としている。
 勢いに任せてそのまま勝利するというのを必勝パターンとしている。
 ザックリとの戦いも同じように猛ラッシュと行きたいところなのだが、ヘラクレスの攻撃が当たらない。
 ザックリの身体を突き抜けてしまうのだ。
 つい、ヘラクレスも、
「この野郎……幽霊みたいにフラフラと……」
 と愚痴をこぼしてしまう。
 どんなに強大なパワーを持ってしても、攻撃が当たらないのでは意味がない。
 スピードでと思い女体化して分裂して攻撃してみるがやはり当たらない。
 持てる力を駆使しても攻撃が当たらないので、イライラが募る。
 だが、敵の攻撃はヘラクレスに確実にヒットし続けている。
 幸か不幸か、攻撃力はヘラクレスにとっては大したことがない。
 だが、攻撃力が低くとも、攻撃が当たり続ければダメージも蓄積されていく。
 このまま、根比べすれば、ヘラクレスが負けるというのは明らかだった。
 このままではダメだ。
 何か変えないとやられてしまう。
 ヘラクレスは気持ちばかり焦る。
 だが、体力自慢の彼にとって、頭脳戦は苦手である。
 七英雄同士の模擬戦でもパワーでは勝っていても、他の七英雄達が頭脳戦に持ち込んで、やられてしまう事も多かった。
 ヘラクレスは圧倒的なパワーを持てば、その欠点もカバー出来ると考えていた。
 今まではそれで上手く行っていた。
 だが、今回の敵は攻撃が当たらない。
 当たれば一発で倒せそうな日和(ひよ)った様な相手なのに、肝心の攻撃が全く当たらない。
 相性としては最悪の相手と言えた。
 ヘラクレスは彼なりに何とか弱点を引きだそうと、
「おい、お前、逃げてばかり居てもしかたねえだろ。そんなんじゃ、俺は倒せねぇよ。男なら、このヘラクレス様とパワーとパワーの一騎打ちをしたらどうなんだ」
 などと話しかけるが、相手の土俵で勝負するほど、目の前の敵は都合良くない。
 そもそもこんな言い方では、敵はますます警戒するだろう。
 普段、あまり話さないタイプのヘラクレスがザックリに話しかけ、ザックリの方は完全無視という状態が続いた。
 ザックリは返事をする代わりに、攻撃を仕掛けている。
 攻撃自体はいたって地味だが、何発もくらい続けるとさすがのヘラクレスもダメージが蓄積されていく。
 何かないかと足りないおつむで考えるヘラクレス。
 だか、それでも思いつかない。
 諦めて、ここでやられるのかと思った時、カノンの事を思い浮かべた。
 この絶体絶命の状態の時、カノンだったらどう答えるだろうと思った。
 カノンの事だから吟ちゃんだったら、こうするよという様な感じで恋人の吟侍を立てる言い方をするだろうなと思った。
 その時、吟侍だったらこうするというアイディアを思いついてしまった。
 悔しかったが、吟侍がヘラクレスと同じ条件で戦っていたら、こうするだろうというのがはっきりと思いついてしまった。
 ヘラクレスは、
「まったく、あのクソ吟侍だったら、こうするって思いついちまった、胸くそ悪い……」
 と悪態をついた。
 実力は認めているが、カノンの恋人、吟侍はカノンに思いを寄せるヘラクレスにとっては恋敵――恋敵の発想を利用するというのが本当に悔しかった。
 悔しかったが、カノンを救い出すため、こんな所で負けていられない。
 その思いついた唯一のアイディアを試すために、ザックリの様子をじっくりと見た。
 その間に何度も攻撃をされて、どんどんダメージは蓄積されていく。
 ヘラクレスは攻撃にジッと耐えて、ある一瞬のタイミングを見ていた。
 その一瞬に全てを賭けるために。
 ザックリの攻撃は続き、どんどん、ヘラクレスは傷ついていく。
 すでに、ザックリの攻撃は3桁以上ヒットしていた。
 塵も積もればじゃないが、これだけ攻撃を受けるとヘラクレスもタダではすまない。
 何度か膝を地につく場面もあったが、必死に耐えた。
 そして、待ち続けたそのタイミングが訪れる。
 ザックリの攻撃が、真っ直ぐ、ザックリの身体と一直線上になった。
 その時、ザックリの繰り出した右手の攻撃に対し、ヘラクレスは合わせて、その右腕に目がけて攻撃した。
 敵の攻撃が当たるというのであれば、敵が攻撃に使っている部分は当たるという事でもある。
 ならば、その当たる一点に合わせて、ヘラクレスも攻撃したのだ。
 それはゼロ距離であり、力が入れにくい距離ではあったが、身体のバネをフル活用して、渾身の一撃を放った。
 ザックリの攻撃に当てる事により、ヘラクレスの攻撃はザックリの身体全体に浸透した。
 元々、吹けば飛ぶような相手だったので、この一撃は敵、ザックリへの強烈な一撃となった。
「ぶるろわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
 という叫び声を上げて吹っ飛ぶザックリ。
 ヘラクレスは、
「やった、やってやったぞ」
 と息を切らせながら叫んだ。
 ヘラクレスは地に落ちたザックリを確認する。
 ザックリは動かない。
 ヘラクレスはたった一回のチャンスをものにしてみごと勝利したのだ。
 この方法以外、ヘラクレスは勝ちようが無かった。
 それだけ、ギリギリの戦いだった。
 勝利を確信し、ヘラクレスは、
「うぉぉぉぉぉぉぉっ」
 と男泣きした。
 それだけ、嬉しかったのだ。


04 クサナギ・タケルVS八化身 バーブル


 七英雄の1人、クサナギ・タケルと戦う事になった八化身の名前はバーブルという。
 バーブルの力は、泡だ。
 泡と言っても泡自体が危険だという訳ではない。
 泡の中の空気の部分に様々な毒性要素を隠し、泡が破裂すると中から毒性要素が出てくるというものだ。
 泡自体はその毒性要素を運んでくる運搬としての力がある。
 そう言った意味での泡使いがバーブルという男だった。
 対して、タケルの力は、7番の化獣、ルフォスの宇宙世界で取得した、様々な奇剣を保管する異空間倉庫とゼルトザームとの修業で身につけた圧縮天体の二つだ。
 圧縮天体で攻防一体の構えを維持しつつ、奇剣でも追加攻撃を仕掛けるスタイルを基準とする。
 圧縮天体にしろ、奇剣にしろ、毒性要素に対抗する要素はどちらも持っている。
 直接、毒性要素を吸ったり触れたりしなければ、さして問題は無いと踏んでいた。
 だが、バーブルの泡は変幻自在に動いた。
 そのため、隙あらば、毒性要素でタケルに対して強力なダメージを与えようという攻撃は予想外にきつかった。
 毒と一口に言っても様々な要素があるので、一種類の毒に対する抵抗力のある行動をとっても、別の毒には無効となる。
 そのため、攻撃側に回っている泡の方が圧倒的に有利だった。
 相対するタケルの方は毒に対する対抗策をその度に変えて行かなければならなかったからだ。
 タケルは思わず、
「やるねぇ、おたく……」
 と言った。
 これは、タケルなりの賞賛と言えた。
 バーブルを強いと認めたのだ。
 タケルの方も攻撃に回れば、バーブルを追い詰める自信がある。
 だが、じゃんけんは、敵であるバーブルが先に出してしまった。
 タケルは、自身の力を過信していて、敵の出方を窺ってしまっていた。
 先にやったもん勝ちではないが、やはり、先に攻撃を仕掛けた方が戦況は有利に運んでいった。
 何とか、自分の攻撃に移りたいが、戦いのリズムはバーブルが完全に取得してしまった。
 バーブルが攻撃を仕掛け、
 タケルが、その攻撃に対する対抗策をとるという攻防がしばらく続く。
 バシュッズバッゴッドッズチャッベチャッバシュッズバッゴッドッズチャッベチャッバシュッズバッゴッドッズチャッベチャッバシュッズバッゴッドッズチャッベチャッバシュッズバッゴッドッズチャッベチャッバシュッズバッゴッドッズチャッベチャッバシュッズバッゴッドッズチャッベチャッバシュッズバッゴッドッズチャッベチャッバシュッズバッゴッドッズチャッベチャッバシュッズバッゴッドッズチャッベチャッ……
 明らかに剣と剣の斬撃、やりとりの音ではない。
 基本的に剣士であるタケルにとっては何とか、剣で結着をつけたいが、敵がそれをさせてくれない。
 余裕を見せるために、タケルは軽口を聞いていくが、次第に、その軽口も余裕の無いものになっていく。
 タケルは、
「お、おたく……しつこい……ね……」
 と、かなり弱気な発現をするようになっていった。
 このままでは負ける――そのイメージがよぎる。
 今の戦いは完全にバーブルのペースで進んでいる。
 タケルの方は防ぐだけで精一杯。
 反撃に移る余裕が無かった。
 次第に、口数も減っていき、ついには、黙ってしまった。
 それを境に、今度は、バーブルの方がしゃべり出す。
 バーブルは、
「どうした?急にしゃべらなくなって?しゃべる余裕も無いか」
 と挑発する。
 反論したいところだ――
 だが、悔しいかな、その通りだ。
 しゃべる分の思考を対抗策を考え、錬る方に回しているので、しゃべっている余裕は一切ない。
 バーブルは挑発を続ける。
 タケルが激怒して、冷静さを欠くのを狙っているのだ。
 生来、短気でもあるタケルは悪口を言われ続けるのに耐えられないと思われていた。
 バーブルは、勝ちを確信していた。
 タケルの顔がみるみる紅潮して言ったのを確認したからだ。
 怒りが貯まっている。
 暴走するのも時間の問題だと考えていたのだ。
 タケルは、
「ぶっ殺す」
 と言って、突っ込んでいった。
 バーブルはチャンスとばかりに泡による罠を作り、四方八方を毒の泡でかためてタケルに降り注いだ。
 バーブルは、
「勝ったぁ」
 と叫んだが、毒の海に沈んだタケルは幻だった。
 圧縮天体で蜃気楼に似たものを作りだし、幻影を見せていたのだ。
 タケルは激怒して居なかった。
 いたって冷静だった。
 どうすれば、勝てるか、ひたすら冷静に考えていた。
 自分に対する誹謗中傷は自分の不甲斐なさ故だと受け止めた。
 そして、対に、勝利につながるルートを導きだした。
 蜃気楼で、タケルが怒ったように見せかけ、油断させ、バーブルが勝利を確信した時に出来る一瞬の隙を見逃さなかった。
 伸縮自在の奇剣を使用し、見事、バーブルの首を討ち取った。
 タケルは、
「あんたのお陰で俺は更に上を目指せた。礼を言うぜ」
 と言った。
 敵の力を素直に認めたのだ。
 強敵だったと認めたのだ。


05 テセウス・クレタ・ミノスVS八化身 ビースク


 七英雄の1人、テセウス・クレタ・ミノスと戦う事になった八化身の名前はビースクという。
 ビースクは、人形遣いだった。
 主に、人形やマネキン、ぬいぐるみを操る事を主体とした男だった。
 力は非情に弱く、オリウァンコの部下の中で最強とされる八化身としてはふさわしくない男とも言える。
 だが、それでも最強とされる8名に選ばれたのは、主であるオリウァンコのえこひいきが関係していた。
 最強というものに強い執着を持つオリウァンコは、最強の化獣(ばけもの)、クアンスティータに対して強い興味を持っていた。
 魔女ニナによって赤子として誕生すると言われていたので、赤子をあやす意味でも人形やぬいぐるみを使ってクアンスティータの興味を惹こうと言う考えを持っていた。
 そのため、ただの人形使いであったビースクは八化身の一角として選ばれたのだ。
 とは言え、他の八化身からは明らかに実力が劣っている。
 元々、八化身には9名が集まっていたので、このビースクを数えなければ、そのまま八化身として成立するはずだった。
 それを無理して、ビースクを八化身の一角に数えるにはそれなりの力を与える必要があった。
 そのため、ビースクが操る人形の1体に対してもオリウァンコの化身体を一つ同化させたのだ。
 つまり、ビースクはビースク本人に加え、彼が操る人形1体もオリウァンコの化身体と同化をしているという事になる。
 化身体2体との戦い――それが、テセウスに与えられた試練だった。
 そのテセウスの力と言えば、7番の化獣ルフォスの宇宙世界で手に入れたモンスターハーレムだ。
 その他にもテセウスが新たに身につけた2つの力──急速な進化をする超越進化と身体を元に戻す逆退化がある。
 その力を駆使して、ビースクと戦う事になる。
 ビースクは大量の人形やぬいぐるみを解き放つ。
 その全てに凶器が握られている。
 こういう手合いの相手はファーブラ・フィクタ星系には割とよく居る。
 対して珍しくない傀儡(かいらい)系能力者と言えた。
「こんなもの……」
 そう言ったテセウスは体術でいなしていく。
 多勢に無勢にとはならなかった。
 いくら大量とは言え、中味はタダの動く人形達だ。
 ここまで死線をくぐり抜けてきたテセウスの力量であれば、なんの事はなかった。
 ビースクは人形やぬいぐるみでは相手にならないと考えたのか引っ込ませた。
 続いて用意したのは同じ人形やぬいぐるみでも大きさは熊ほどもある人形やぬいぐるみ達だった。
 パワーで言えば、それまでの人形などの10倍、スピードも上がっていて、3倍以上のスピードで動けるようだった。
 その人形達が数十体襲いかかる。
 まるで、今度はさっきまでのようには行かないとでも言いたげだ。
 だが、テセウスは同じ体術でかわした。
 そして、
「茶番はいい――本気で来い」
 と言った。
 ビースクは相手を最小戦力で倒そうとしていたようで、力を出し惜しみしていたようだ。
 それを見抜いた、テセウスは死ぬ気でかかってこい!――
 そう言ったのだ。
 ビースクは、
「後悔するなよ」
 と言ったが、元々が小者であるので、大した迫力もなかった。
 ビースクはオリウァンコの化身体と同化させている人形を出した。
 そして、その人形と自らも同化した。
 これで、ビースクは二つの化身体を持つ身体となった。
 ビースクは、
「これまでの俺と同じと思ったら、大間違いだ。これから地獄が始まる」
 と言った。
 だが、テセウスは冷静にこう返した。
「ひとつ、教えておいてやる、お前達は、オリウァンコの化身体と同化している事を自慢したいようだが、それは自慢になっていない。――なぜなら、見たところ、お前達の化身体は少しもお前達になじんでいないからだ。恐らく1パーセントも化身体の力を引き出せていない。本来出せるはずの力も出せずにやられていく――そう思うぞ」
 と。
 そう――八化身とたいそうな名前を貰ってはいるが、少なくとも七英雄と戦っている7名で、化身体の力を引き出している者は誰も居ない。
 引っ込んだ陰陽が使いこなすかどうかはまだ、不明だが、現在、七英雄が戦っている7名の八化身に対して言えば、本来、オリウァンコのサポートを得られる前の実力では戦えているかも知れないが、オリウァンコの化身体の力が機能している様子は全くと言っても良いほど見られない。
 だとすれば、八化身とは名ばかりのただの敵に過ぎない。
 テセウスはそう分析した。
 化身体の力が引き出せていないのであれば、化身体2つと同化する事で八化身入りを果たしたというビースクはただの雑魚――取るに足らない敵に過ぎなかった。
 1つも2つも関係ない。
 力を引き出せていないのであれば意味は無いのだ。
 それを証明するかの様に、テセウスは次の一撃でビースクを倒した。
 使った力は、超越進化だ。
 今回は、気を進化させた。
 八卦掌の様にして、手のひらに気を込めて解き放つが、気が当たった瞬間に見えない爆発を起こすという進化だ。
 また、その爆発の中から更なる爆発、そのまた中から更なる――と言うように、四重、五重の爆発をさせた。
 ボンボンボンボンボンと連続して発生した衝撃により、ビースクは一撃で倒された。
 これが、オリウァンコの化身体を何一つ活かせていない何よりの証拠となった。
「出直して来いとは言わない。お前はもう終わりだ」
 その言葉が、ビースクに向ける最後の言葉となった。


06 ジークフリート・シグルズVS八化身 ジャーム


 七英雄の1人、ジークフリート・シグルズと戦う事になった八化身の名前はジャームという。
 ジャームの力は、マシン浸透という。
 自然物であろうが、何であろうが、ナノマシンを浸透させ、急速に機械化して操るという能力だ。
 対するジークフリートの力は7番の化獣ルフォスの宇宙世界で身につけた槍を降らせる雲、スピア・クラウドとゼルトザームとの修業で身につけた能力預金だ。
 ジークフリートは先制攻撃としてスピア・クラウドを作りだし、大量の槍を降らせた。
 だが、ジャームは、突き刺さった槍をも機械化し、自身の手足の様に操って反撃した。
 早々に結着をつけるつもりでいたが、ジャームは、思ったよりも強敵、難敵だったようだ。
 ジークフリートは、
「ちっ、面倒臭ぇな」
 と舌打ちした。
 能力預金の超異能力を引き落とししたいが、スペシャルスキルの事を考えれば、次の戦闘を考えて、セーブしておきたいところだ。
 前回の戦いで大きな異能力を使ってしまったので、使ってしまうと、次に大きな異能力をおろすために、スキルを貯めて行かなければ使用出来ない可能性が出てくる。
 出来れば、スピア・クラウドでしとめたいというのがジークフリートの希望だった。
 出し惜しみは命取りにも繋がる。
 だが、この相手、ジャームには勿体ない。
 使いたくないという気持ちの方が強かった。
 その気持ちの遅れがジークフリートにピンチを運ぶ。
 スピア・クラウドで降らせた槍の一部が、ジークフリートにヒットしたのだ。
「ぐっ……」
 槍が左腕を貫通したようだ。
 ただ、貫通しただけであれば、さして気にしないが、これは、ジャームのナノマシンで機械化された槍だ。
 そのナノマシンが、ジークフリート自身にも襲いかかる。
 左腕からナノマシンが浸食してくる。
 もう、後には引けない。
 ここで出さなければ確実に敗北する。
 そう、覚悟を決めたジークフリートは能力預金で超異能力を引き落とした。
 今回引き落とした力は、【天空よりの救いの手】という力だ。
 もの凄い大きな黒雲が出現し、その中から巨人のものより更に大きな腕が出てきた。
 出てきた腕は2本。
 右手と左手だ。
 右腕はジークフリートの所に降りてきて、ナノマシンの進行を止めてくれた。
 左腕はジャームの元に降りてきて、ジャームを握りつぶした。
 ジャームの死により、ナノマシンはストップした。
 勝つには勝ったが、一歩間違えば、死んでいたのはジークフリートの方だった。
 ためらいがジークフリートをピンチにしたのだ。
 その事を胆に命じるのだった。
 ジークフリートは、
「あっぶねぇ〜」
 と言った。
 勝利の喜びよりも、下手をすればやられていたという恐怖心が彼を襲っていた。
 軽く震えが来た。
 だが、勝つには勝った。
 ――が、ペタンとそこに尻餅をついたジークフリートに勝利者らしいかっこよさは無かった。


07 アーサー・ランスロットVS八化身 マーラード


 七英雄の1人、アーサー・ランスロットと戦う事になった八化身の名前はマーラードという。
 マーラードの力は、所有者の判子という力だ。
 その判子に押された場合、右腕に押されれば右腕が、左足に押されれば左足がマーラードの所有物となる。
 アーサー自身の身体であってもその判子が押された部分を動かせるのはマーラードという事になる。
 この力は能力浸透度と能力浸透耐久度が影響する。
 判子の能力浸透度が、アーサーの能力浸透耐久度を上回ればマーラードが押した判子の力は有効となる。
 逆に判子の能力浸透度が、アーサーの能力浸透耐久度を下回ればマーラードが押した判子の力は無効となる。
 状況から考えると前者、判子の能力浸透度の方が上の様だ。
 だが、能力浸透度と能力浸透耐久度の差がそのまま強さという訳ではない。
 例え、能力浸透度や能力浸透耐久度が低くとも、相手を上回る戦闘力を持っている者はたくさんいる。
 実力的には、アーサーはマーラードに負けてはいなかった。
 お互いの体捌きから見ても互角以上の戦いをしていた。
 つまり、いくら、能力浸透度が高くてもマーラードの判子が当たるのを防ぎ続ければ、アーサーは負けることは無いという事だった。
 だが、勝負は時の運もかかってくる。
 実力では僅かにアーサーが勝っていても、戦い方次第では、状況は簡単にひっくりかえるのだ。
 対するアーサーの力は7番の化獣ルフォスの世界で身につけた気の粘土、クレイオブマインドとゼルトザームとの修業で身につけた成立言霊がある。
 この二つの力は、所有者の判子の異能力に決して負けていない。
 アーサーの二つの異能力もまた、能力浸透度が、マーラードの能力浸透耐久度を上回っている。
 つまり、お互いの異能力がヒットすれば、それは致命の一撃になりうる勝負と言えた。
 マーラードで厄介なのは、所有者の判子が一つではないという事になる。
 マーラードの印が押された判子はいくつあるのか見当もつかない。
 マーラードに誘い込まれて、足を踏み込もうとしていたら、地面にマーラードの判子が上を向いて設置してあったという事もあった。
 どうやら、マーラード自身が持っている必要は無いらしい。
 所有者の判子を押せればその身体の部位の所有権はマーラードに移動する。
 対するアーサーも負けて無かった。
 クレイオブマインドで作り出した気の粘土での連続攻撃に、成立言霊の言葉の力を乗せて追撃する。
 勝負は罠を張り合うという戦いになった。
 結着はギリギリだった。
 アーサーはマーラードの罠にかかり、両足の所有権をマーラードに奪われたが、ギリギリの所で、成立言霊で、マーラードに死のイメージを植え付けた。
 マーラードの死により、両足の所有権はアーサーに戻ったが、一歩間違えれば、やられていたのはアーサーだった。
 紙一重の差による勝利だった。
 アーサーは、
「こいつ、強えぇ……」
 と言った。
 素直な感想だった。


08 ユリシーズ・ホメロスVS八化身 スデトゴミオ


 七英雄の1人、ユリシーズ・ホメロスと戦う事になった八化身の名前はスデトゴミオという。
 スデトゴミオの力は、肉体改造だ。
 スデトゴミオはまるでフランケンシュタインの怪物の様に、つぎはぎだらけの身体をしている。
 それは、今まで倒して来た相手の強い部分を自分の身体に移植して行った結果だ。
 それにより、スデトゴミオは強大な戦闘能力を得て来た。
 対するユリシーズの力は、7番の化獣ルフォスの宇宙世界で身につけた3つの力、動き回るタトゥーと反物質の盾とトリックアートトラップとゼルトザームとの修業で身につけた2つの力、セカンド・サイトの悪鬼と七化身の合計5つと多才だ。
 七英雄達の中でも頭一つ飛び抜けた実力を持っているユリシーズ。
 スデトゴミオもなかなかの実力者ではあったのだが、ユリシーズの敵ではなかった。
 セカンド・サイトの悪鬼の力であっという間にスデトゴミオを討ち取った。
 そこには、命ギリギリのやりとりなどは一切無かった。
 圧倒的な戦闘力の差でねじ伏せるという感じの勝利だった。
 ユリシーズは、
「……邪魔だ……」
 の一言を言って、勝利宣言とした。
 こうして、七英雄達は八化身の7名を各個撃破していった。
 中には苦戦した戦いもあったが、また、全員、勝ち残った。
 後は、八化身最後の一角にして、最強の陰陽とその主である8番の化獣オリウァンコを残すのみとなった。
 やはり一番のりに敵を倒していたユリシーズが他の七英雄達が八化身の刺客を倒すのを待って、7名全員が揃ったのを確認してから、動いた。
 これは1人も欠ける事無く、勝つという意味での七英雄同士の絆でもあった。
 オリウァンコの居城を進む七英雄達の前に陰陽が現れた。
 元々、2名だった者がオリウァンコの化身体との融合で一つにされた存在だ。
 持っている雰囲気もそれまで倒した八化身とは異様なものを持っていた。
 陰陽は、
「まとめてかかってこい」
 と言ったが、ユリシーズは、
「俺がやる。手を出すな」
 と言った。
 あくまでも一対一でやるつもりだ。
 オリウァンコの刺客が1名ずつで来ているのに、ユリシーズ達が複数で戦う訳には行かない。
 それでは、七英雄としての筋が通らないと判断したのだ。
 最も、化獣であるオリウァンコとの決戦では別の話にはなるであろうが。
 こうして、他の七英雄が見守る中、ユリシーズは陰陽と対峙した。


09 おいら、まめぽん


 七英雄達がオリウァンコとの最終決戦を間近にしていた頃もカノンは彼らが自分の偽者、ダミーカノンを救い出すために戦っているという事を知らなかった。
 カノンと七英雄達の間に流れている時間は全く別のものとなっている。
 カノンの方は、第一側体クアンスティータ・トルムドア達に案内された【あそこ】と呼んでいた神殿の様な場所で、カノンの生体データを元に作られた半分データ、半分生身の存在、【クァノン】を作ってもらってプレゼントされていた。
 【クァノン】はカノンの可能性を更に引き延ばす存在と言えた。
 とりあえず、最初の目的である【あそこ】には案内されたので、次に何をするかという事になる。
 カノンとしては、七英雄達やシアンやパスト達がどうしているのかがまず気になるところではある。
 カノンが突然、居なくなったので、心配して探しているのではないかと思っていたが、それは代わりを置いて来たと説明されたので、とりあえずは安心した。
 その身代わりがどんな行動をするのか気にならないではないが、カノンそっくりだという事で少し安心したのだ。
 少なくともカノンが居なくなって不安に思うという事が無かっただけでも、それは良いことだと判断したからだ。
 このトルムドア・ワールドでの次の行動を考えていると、(クアンスティータ・)トルムドアが、
「じゃぁ〜ん、これ、なぁんだ?」
 とあるものを見せてきた。
 カノンは、
「そ、それは……」
 と言った。
 彼女には心当たりがあったアイテムだったからだ。
 それは、まめぽんのぬいぐるみだ。
 冒険に出る前に吟侍にプレゼントされたぬいぐるみだった。
 カノンの双子の姉、ソナタはセンスが悪いと言っていたが、カノンにとっては吟侍にプレゼントされた大事な物だった。
 冒険当初は、不安で、吟侍を思って、そのぬいぐるみと一緒に寝ていたが、ある時、突然、無くなったのだ。
 どこに行ったのかと思って必死に探したのだが、ついに見つからなかったものだ。
 まめぽんのぬいぐるみは思い人とをつなぐアイテムで、無くなった時、思い人との運命の糸をたぐり寄せるために働いているという与太話を吟侍からされていたので、カノンはそれを信じて、吟侍に思いを届けてくれているとして、探すのを諦めたのだ。
 それがどういう訳かトルムドアが持っていた。
 トルムドアは、
「可愛いので、クアンスティータ公式キャラクターにしちゃいましたぁ」
 とにっこり笑って言った。
 まさか、こんな所でまめぽんのぬいぐるみと再会するとは思っていなかったので、カノンはポカ〜ンとなった。
 そして、じんわりとカノンは吟侍も別の場所でクアンスティータと向かい合って居るんだという事を感じ取った。
 まめぽんの存在が吟侍の気配を運んでくれる。
 不安で不安でたまらなかったのだが、まめぽんのぬいぐるみがカノンの心を癒してくれた。
 冒険の先には吟侍との再会が待っている。
 そんな期待が持てた。
 トルムドアもカノンを安心させるために、このぬいぐるみを出したようだった。
 カノンは、
「トルムドアちゃん、ありがとうね」
 と言った。
 それを聞いたトルムドアは、何だか照れくさそうにもじもじした。
 お礼を言われたのが本当に嬉しいのだ。
 カノンは思った。
 ここに居るのは、あらゆる存在が恐れた恐怖の代名詞、クアンスティータじゃない――義理でも何でも父や母を求めて甘えてくる可愛い娘なんだと。
 カノンはここで確信する。
 クアンスティータは倒すべき存在じゃない。
 わかり合う、
 理解し合うべき愛しい存在なんだと。
 だとすれば、七英雄達の事は心配だが、娘をほっぽり出して帰る訳には行かない。
 クアンスティータと――
 まずは、(第一側体)トルムドアと触れ合ってコミュニケーションを取っていこうと思った。
 七英雄達にはそれぞれ、仲間が居る。
 だが、目の前のトルムドアにはまだ、自分しかすがる者がいないのだ。
 ならば、受け止めて抱きしめてあげよう――
 カノンはそう決意した。
 そんな時、ぬいぐるみのまめぽんがいきなりしゃべり出した。
「こんにちは、カノン姫、おいら、まめぽん、よろしくタヌ」
 と。
 カノンはびっくりした。
 吟侍にプレゼントされたまめぽんはただのぬいぐるみのはずだったからだ。
 コンピューターを搭載して、しゃべれるようにする事は難しい事ではない。
 だが、トルムドアがそうやったとは思えなかった。
 まめぽんはまるで生き物のようにしゃべった。
 それも科学を用いれば難しいことではないが、まめぽんのしゃべり方には感情のようなものが見えたのだ。
 まるで本物の生きている生命体のような瑞々しい気を感じた。
 しかも、恋人、吟侍と同じ、自分の事を【おいら】と言うのもにくい演出だ。
 カノンは、
「こんにちは、まめぽんちゃん。お久しぶり。元気だった?突然、いなくなっちゃったから心配したんだよ」
 と返した。
 まめぽんは
「それはごめんタヌ。おいら、トルムドア様に命を貰ったのがうれしくってつい遊びまわっちゃったんだタヌ」
 と返した。
「そうなんだ?じゃあ、これからは遊びに行くときは教えてね」
「うん、解ったタヌ」
「じゃあ、これからも改めてよろしくね、はい、握手」
「よろしくタヌ」
 とまるで子供と会話するように話した。
 こうして、カノン、トルムドア、清依 美架(きよい みか)に加えて、まめぽんも一緒に案内する事になった。
 【クァノン】の方はカノンが既に異空間に収納している。

 トルムドアは、
「えーと、ねぇ〜次はどうしよっかなぁ〜」
 と言った。
 カノンとまだまだ遊び足りないのだ。
 どんどんカノンと触れ合おうとしている。
 カノンも全面的にその気持ちに答えようという気になっていた。
 このトルムドア・ワールドに来てからのトルムドアの態度を見ていると、カノンに喜んで貰おうと、トルムドアなりに必死に何かをしようという気持ちが伝わって来ているからだ。
 カノンは、
「案内してくれるのは嬉しいけど、私はトルムドアちゃんの事も知りたいな。トルムドアちゃんの事も教えてくれると嬉しいな。いいかな?」
 と聞いてみた。
 トルムドアは、満面の笑みを浮かべて、
「うん、じゃあ、話す話す」
 と言った。
 トルムドアの容姿はカノンそっくりなので、まるで、本当の娘が出来た様に思えるのだった。
 年頃はカノンと同じ様に見えてもトルムドアもまた、まだ、子供。
 いや、第一本体クアンスティータ・セレークトゥースと同じ、まだ赤ちゃんなのかも知れないと思った。
 とりあえず、【クァノン】が誕生した【あそこ】での立ち話も何だし、落ち着いて話せる場所に案内してもらおうとその旨を伝えた。
 美架は、
「じゃあ、トルムドア様、私が、良いところを案内しますよ。ここから、割と近い所にパフェとスムージーとパンケーキとサラダが美味しいお店を知って居るんですよ」
 と言って、女子会の場所を案内する事にした。
 女子会と言っても、まめぽんはオスではあるが。
 カノン達は、美架の案内で、その店に向かった。
 美架はトルムドア・ワールドのクリエーター、もう一つの全能者、アナザーオムニーアの富吉の夢の中の存在ではあるが、富吉の夢はこのトルムドア・ワールドがベースになっているため、美架の行きつけの場所も同じ位置にあるのだ。
 店の名前は、【チャーミング】――
 富吉の夢の中ではバイトに入っている店だった。
 見た感じ、カノンの印象ではちょっと変わっているなというものだったが、これはこれでありかなという外装だった。
 近い表現をすると、空中にぷかぷか浮かんでいるトマトに似た野菜のような店の中に様々なフルーツをイメージした席などが設置されている感じの店内だ。
 カノンは、
「なかなか良い感じのお店ね」
 と言った。
 美架は、
「でしょ〜。私もそこが気に入って夢の中で週に一回バイトしてるんだぁ。本業はアイドルだけどね」
 と答えた。
 思えば、冒険に来てから、親友のシアンやパストとさえ、女子トークをしていた記憶がろくになかった。
 それだけ、友達の救出活動に真剣だったというのもあるが、友達を救い出せたかというといまだ成果はない。
 惑星アクアでの交渉は上手く行っていたが、肝心の友人達を奴隷から解放させるという所までは行けていなかった。
 その交渉を行う前にクアンスティータの騒ぎが発生したからだ。
 それもカノンの心残りではある。
 だが、まずは、トルムドアだ。
 このカノンそっくりなクアンスティータとどう接していくかが最優先項目と言えた。
 カノン達は着席し、店員のお勧めを注文した。
 さぁ、これから、トルムドアの事を聞かせてもらおう。
 カノンはそう思った。


続く。




登場キャラクター説明

001 カノン・アナリーゼ・メロディアス
カノン・アナリーゼ・メロディアス
 アクア編の主人公で、ファーブラ・フィクタのメインヒロイン。
 メロディアス王家の第七王女にして、発明女王兼歌姫でもあるスーパープリンセス。
 恋人の吟侍(ぎんじ)とは彼女が女神御(めがみ)セラピアの化身であるため、同じ星での冒険が出来なかった。
 基本的に無法者とされる絶対者・アブソルーターを相手に交渉で人助けをしようという無謀な行動をする事にした。
 発明と歌、交渉を駆使して、攫われた友達救出作戦を実行する。
 歌優(かゆう)という新職業に就くことになったり、惑星アクアを救ったりして活躍し、惑星アクアにとっては英雄扱いを受けるようになる。


002 ジャンヌ・オルレアン
ジャンヌ・オルレアン
 不良グループ七英雄のメンバーでは紅一点。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、不思議な羽衣を得る。
 今回、ゼルトザームの修業で森羅万象陣(しんらばんしょうじん)という地面に敷いた紙に砂絵で絵を描く事で自然現象を促す力も得る事になる。







003 ヘラクレス・テバイ
ヘラクレス・テバイ
 不良グループ七英雄のメンバーでメンバーの中では最も力が強いパワー自慢。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、超剛力を誇る第三の腕を得る。
 今回、ゼルトザームの修業で女性体4体に分裂し、スピード重視の戦い方も出来る様になる。













004 クサナギ・タケル
クサナギ・タケル
 不良グループ七英雄のメンバーでメンバーの中では奇剣を重視した剣士でもある。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、空間の歪みに倉庫を持ち無数の武器を保管出来るようになっている。
 今回、ゼルトザームの修業で様々な要素を持つ小さな10個の圧縮天体(あっしゅくてんたい)を出し入れし自在に操れる様になる。













005 テセウス・クレタ・ミノス
テセウス・クレタ・ミノス
 不良グループ七英雄のメンバーでメンバーの中では最もモテる男でもある。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、特別なフェロモンを得て、怪物達を虜にし、モンスターハーレムに住まわせる事が出来ている。
 今回、ゼルトザームの修業で激痛と引き替えに急激な身体の進化を促す超越進化と元に戻る逆退化の力を得た。


006 ジークフリート・シグルズ
ジークフリート・シグルズ
 不良グループ七英雄のメンバーでメンバーの中では最もせっかちな男。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、槍を飛び出させる雲の塊、スピア・クラウドを作り出せるようになっている。
 今回、ゼルトザームの修業でスキルを貯める事により、強大な力を使う事が出来る能力預金(のうりょくよきん)という特殊能力を持った。


007 アーサー・ランスロット
アーサー・ランスロット
 不良グループ七英雄のサブリーダーでメンバーの中では最も喧嘩慣れしている。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、気の粘土、クレイオブマインドという特殊能力を得ている。
 今回、ゼルトザームの修業で言いくるめる事により、その言った言葉を成立させる力、言葉に力を込める力の成立言霊(せいりつことだま)という特殊能力を得た。








008 ユリシーズ・ホメロス
ユリシーズ・ホメロス
 不良グループ七英雄のリーダーでメンバーの中では頭一つ実力が飛び抜けている。。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、見え隠れする動き回るタトゥーと反物質の盾とトリックアートトラップという三つの能力を得ている。
 今回、ゼルトザームの修業で更に二つ、ユリシーズの視界に怪物を出現させる力、セカンドサイトの悪鬼と、赤、青、黄、緑、白、黒、紫の七つのイメージカラーの化身体(けしんたい)となる力、七化身(ななけしん)という特殊能力を得ている。


009 ゼルトザーム
ゼルトザーム
 クアンスティータのオモチャと呼ばれるふざけたピエロ。
 実力の方は未知数だが、少なくとも今のカノン達が束になってかかって行っても勝てる相手ではない。
 主であるクアンスティータがカノンを母と認めた事から、彼女を見守る様につかず離れずの立場を貫く。
 ブレセ・チルマとは顔見知り。
 今回ユリシーズ達の修業に協力する事になる。


010 オリウァンコ
オリウァンコ
 神話の時代、カノンの前身、女神御(めがみ)セラピアのストーカーをしていた、8番の化獣(ばけもの)。
 最弱の化獣と呼ばれているが故に最強とされるクアンスティータに執着をしていて、クアンスティータに影響力を持つ存在、カノンにも興味を持つ。
 クアンスティータの誕生により、姑息な手段でのカノンへのちょっかいは出来なくなり、正式な形として、ユリシーズ達に決闘を申し込み、カノンへのプロポーズへの足がかりとしようとしている。









011 クアンスティータ・トルムドア
クアンスティータ・トルムドア
 誰もが恐れる最強の化獣(ばけもの)。
 その第一側体。
 第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースの従属にあたり、カノンから生体データを抽出して、他のクアンスティータに送ったのはこのクアンスティータ。
 トルムドア・ワールドという宇宙世界を所有している。


012 ダミーカノン(ファーミリアリス・ルベル)
ダミーカノン
 クアンスティータ・トルムドアがカノンを攫う時、カノンの身代わりとして作った彼女のダミーの存在。
 カノンの行動を真似ている。
 元々は、クアンスティータが誕生時に出てきたクアンスティータ以外の部分(人間の出産に例えれば羊水や血液などに当たる存在)で、ニナ・ルベルから出てきた事から本来の名前は【ファーミリアリス・ルベル】という。
 カノンの代わりに、ユリシーズ達と行動を共にする。


013 聖依 美架(きよい みか)
聖依美架
 トルムドア・ワールドには現実世界と夢の世界の二つがあり、夢の世界には現実世界で生きる存在にとっての理想の存在となる、存在する夢、イグジスト・ドリームが居る。
 聖依 美架(きよい みか)はもう一つの全能者アナザーオムニーアの富吉(とめきち)にとってのイグジスト・ドリームに当たる。
 本来はトルムドア・ワールドの現実世界には出てこれない存在だが、アナザーオムニーアの力で現実世界に出現する。







014 クァノン
クァノン
 クアンスティータ・トルムドアがカノンにプレゼントしたハーフバーチャルボディでカノンの意のままに動く複合多重生命体の元の様なもの。
 カノンに少し似ているが足元まで伸びる長いお下げ髪が特徴。
 クァノンの登場により、その場に居なくともカノンの歌を届ける事が出来る様になった。










015 まめぽん
まめぽん
 冒険に出る前に吟侍がカノンに送ったぬいぐるみ。
 行方不明だったが、クアンスティータの公式キャラクターとして、生命を得ていた。
 吟侍と同じ様に一人称が【おいら】である。
 語尾に【タヌ】もつく。