第003話 スーパーナチュラル編


01 カノンの苦悩


「……もう、良いのかよ?」
 ユリシーズ・ホメロスは気遣った。
「あ、うん、ありがとう。もう大丈夫……」
 カノン・アナリーゼ・メロディアスはコーヒーを受け取り、力なく微笑んだ。
 8番の化獣(ばけもの)オリウァンコの襲撃事件は少なからず、カノンに影を落とした。
 謎の道化、ゼルトザームの助けが入って、なかった事になったものの、一度は、心ないファン達は無残にも惨殺された。
 命が元に戻ったから良いだろうという話にはならない。
 この事を吹っ切ろうとカノンはがむしゃらに活動した。
 それこそ、寝る間も惜しむように。
 ――が、それでも彼女の手が届かないという事はどうしても出てくる。
 カノンの知らない所で、ネダコという絶対者アブソルーターとユリシーズ達はぶつかることになった。
 ネダコは中位絶対者であり、数多くの下位絶対者を従えていた。
 途中からその騒動に気づき、カノンは奔走するが、誤解が誤解を生んだまま、絶対者ネダコは命を落とした。
 ネダコはただ、人間達にも悔い改めて欲しい事があっただけで、危害を加えるつもりは無かった事をカノンは調べ上げていた。
 にも関わらず、人間達に害なす絶対者アブソルーターとしてユリシーズ達に殺されてしまったのだ。
 カノンは慌てて、泥まみれになっていたネダコを抱き寄せた。
 そして、
「ゴメンネ……ゴメンネ……気づいてあげられなくて、ゴメンネ。……もっと……もっと早く気づいてあげるべきだった……」
 とカノンも泥まみれになって涙した。
 ネダコは
「ありがとう……あんただけでも気づいてくれて……嬉しい……よ……」
 と言って絶命した。
 それを、上位絶対者ブレセ・チルマ・フェイバリットに利用され、彼女は、一挙に、トップ歌優(かゆう)として認められたのだ。
 絶対者ネダコの死を美談として報じられたのを見た、カノンはブレセ・チルマに抗議。
 だが、ブレセ・チルマは
「基本的に絶対者はお前の敵なのだろう?敵の心配をしてどうするんだ?」
 と言った。
「敵とは思っていません。彼は、話し合いを望んでいました」
 と返したが、それならば、歌優で優勝したら、友達とやらを返すという約束は無かった事にさせてもらうと言われ、苦渋の選択で作られた美談を認めるしかなかった。
 その後もユリシーズ達が下位絶対者達を倒すという話を誇張した形で盛り込まれていった。
 ユリシーズ達は歌優カノンのスタッフとして認識されている。
 そのため、惑星アクアの奴隷達の間では、カノンはカリスマ的な人気を持つようになって来ていた。
 ユリシーズ達はカノンの評判が上がるのは嬉しいので、反対する理由はない。
 が、カノン本人は誰かの死の上に上がる人気など欲しくはないのだ。
 まるで、歯車が狂ったかのようにカノンの思惑と違った方向で人気が上がっていた。
 大勢の人気を得るために少数は切り捨ててもかまわない。
 その考え方がカノンは嫌だった。
 あれこれ悩んでいる内に心労が重なり、ついに倒れてしまったのだ。
 心の迷いが出ているからか、その後もあまり作詞出来ていない。
 不安定な状況では、ポジティブな歌を作る事は出来なかった。
 作れても悲しい曲がメインとなってしまう。
 それでも、人気は上がっているが、彼女のテンションは悪循環を繰り返し、逆に下がっていた。
 だが、悩んで立ち止まっている余裕は彼女にはない。
 【スーパーナチュラル】……超自然現象が迫っているのを感じるからだ。
 恐らくは、水……、他の4連星と比べても水の量が圧倒的に多い惑星アクアは近い将来【スーパーナチュラル】と呼ばれる超自然現象で崩壊の危機に見舞われると彼女の計算では出ている。
 もはや、絶対者アブソルーター達と人間達が、主導権を求めていがみ合っているような状況ではないのだ。
 多くの人間が絵空事と考えているクアンスティータ誕生――
 それは、かなりの確率で、あり得る事だとカノンは推測していた。
 恋人の吟侍(ぎんじ)や七番の化獣ルフォスも十三番の化獣クアンスティータは誕生すると思っている。
 カノンも同意見だった。
 クアンスティータは確実に生まれる。
 例え、どんなに絶望的な力を持って生まれてこようと生まれて来る赤ん坊に罪はない。
 むしろ、その強大過ぎる力を悪い大人が利用しようとするだろう。
 そのような者達から守り、正しく生きられるように教育すること。
 それが重要だと考えている。
 クアンスティータも正しく教え、導けば、よい子に育ってくれる。
 カノンはそう考えている。
 周りはみんな、クアンスティータを恐怖の代名詞、不可能、絶望の象徴のように考えていて、警戒しているが、カノンは違っていた。
 誰も、好き好んで、そういう風に生まれてくる訳ではない。
 クアンスティータだって、そうだ。
 強すぎた力を持って生まれてくるという事は、その力を悪意を持つ他者に利用されやすいという事でもある。
 そういう意味では不幸な子供だとも思っている。
 優しく包んであげたい。
 カノンはそう思っていた。
 不思議とクアンスティータに対する恐怖はなかった。
 そんなカノンだからこそ、色眼鏡で見ないカノンだからこそ、クアンスティータの方もお気に入りとして認めたのだ。
 そういう意味では真っ正面からぶつかっていこうとする吟侍とは別の意味で認められたという事になる。
 だが、その事実を知る者は今のところいない。
 クアンスティータは非常に怖い存在――
 これが、この世界の常識となっている。
 地球で例えれば、天動説が一般的な時に地動説を唱えるようなものなのだ。

 話は戻るが、カノンはクアンスティータ誕生によって、恐らく、【スーパーナチュラル】は引き起こされると推測している。
 だが、それは、クアンスティータには罪はない。
 クアンスティータ自身の影響が周りの星に影響されてしまうのはクアンスティータのせいではない。
 カノンはどんなに激しい戦いも、戦い方に次第では、周囲の環境に被害が出るのはある程度、抑えられると考えている。
 衝撃を一点集中して、ターゲットとなる相手にぶつける事で、被害は他に広まらず、最小限に抑えられると考えているという事だ。
 それを可能にするには、絶対者アブソルーターレベルの力ではまだ、かなり足りないと考えている。
 ――が、クアンスティータならば、教え込めば、自身の衝撃を他に影響させないような力のコントロールは可能だと考えていた。
 とは言え、生まれて間もないクアンスティータにそれを求めるのは酷というもの。
 しっかり、カノンの言う事を理解できるように育ってから、覚えて貰えばいい。
 そのためには、クアンスティータ誕生による【スーパーナチュラル】の被害を最小限に抑える必要がある。
 クアンスティータは決して危険な存在ではないと周囲の理解を得るためにも。
 どんなに強大な力も上手く制御できれば、最低限の被害で済むんだという事を証明したい。
 カノンはそう考えていた。
 そのためにはまず、【スーパーナチュラル】の研究を始めなくてはならない。
 カノンは歌優としての活動をしながら、【スーパーナチュラル】の研究も始めた。

 まずは、水について考えた。
 水と言えば、色んなものと混ざりやすい性質のものでもある。
 水に何かを混ぜる事によって、分離するのはとても難しくなってくる。
 ビーカーの中だけというのならまだしも、惑星アクア全体の水に何らかの物質などが混ざる事により、分離は殆ど不可能と言っても良いだろう。
 クアンスティータ自身は可能かも知れないとは思うが、カノンの実力ではまず、出来ない芸当と見て良い。
 惑星セカンド・アースの時から、カノンはクアンスティータの事について興味を持っていたので、色々、研究していた。
 最初は吟侍達の保護者であるジョージ神父の研究からの引継ぎだったのだが、徐々に新しい発見をしていった。
 研究中、色々な発見をして、惑星セカンド・アースにとってのノーベル賞に当たる、ベルノー賞をたくさん取ってきたが、それは、殆ど、クアンスティータ学と呼ばれる学問を研究していてその過程で偶然、発見されたものがほとんどでもある。
 だから、カノンにとって、クアンスティータとは近寄りがたいものではなく、むしろ、身近な研究対象でもあったとも言える。
 そのクアンスティータ学では本来、クアンスティータ自身では【スーパーナチュラル】は起きないと出ていた。
 起きてしまったら想像を絶する被害がでるので、本能的にクアンスティータは外部との直接の接触を遮断しているはずだと結論付けられている。
 では何故か?
 それが起きてしまうのはクアンスティータが双子だからである。
 クアンスティータが誕生する少し前にクアンスティータの姉(兄)であるクアースリータが誕生する。
 すぐ側で、クアンスティータが誕生するため、クアースリータは自身の誕生時、生命維持のため、過剰反応をする。
 その時、起きるのが【スーパーナチュラル】であると推測出来ていた。
 原因となるのはクアンスティータではあるが、それを引き起こすのは実際にはクアースリータ。
 それがカノンが導き出した答えだった。
 仮に【スーパーナチュラル】がクアンスティータが引き起こすと考えるとその時点で、この宇宙は終わってしまうと出ている。
 誕生する以上、本能的に宇宙崩壊を認める訳がない。
 必ず自身が誕生する宇宙を保護するような何かをして生まれてくるはずだ。
 なので、クアンスティータより、力の劣る、クアースリータが引き起こすと考えられたのだ。
 クアンスティータは様々な複数の特別な力を持って生まれてくるとされているが、クアースリータにも特別な力はある。
 カノンはクアースリータの特別な力は文字通り、特別な力だと考えている。
 簡単に言ってしまえば、普通の力を特別にする力だ。
 つまり、クアースリータの力は何でも特別な力となる。
 クアンスティータ学で、クアンスティータの名前は【量】から来ていて、クアースリータは【質】から来ているという。
 そう、クアースリータは【質】を上げる力を持った化獣なのだ。
 つまり、クアースリータの特別にする力の影響を受けた惑星アクアの水が過剰反応を起こし、【スーパーナチュラル】を引き起こされる。
 それが、【スーパーナチュラル】と呼ばれる超自然現象の構造となるとカノンは読んでいた。
 だが、原因がわかったとしても、それに対する解決策は今のところ、思いついていない。
 クアースリータが誕生し、それによって引き起こされる【スーパーナチュラル】のタイミングも解らない。
 それらを推測するために、カノン自身の身体に秘める、女神御(めがみ)セラピアの力を使って、無数のシャボン玉状の体感物質を作りだし、それを惑星テララ、惑星イグニス、惑星ウェントスに送った。
 少しでも他の星の状況を把握しておかないとクアースリータとクアンスティータの事は解らない。
 恐らく、この双子が誕生するにあたって、何かしらの異常事態が各惑星で起きているはず。
 それを感知して、分析すれば、クアースリータ誕生が推測出来ると考えたのだ。
 だが、強者達がひしめき、思惑が錯綜するこの四つの星の状況を把握するという事は簡単な事では無かった。
 並大抵の事という訳にはいかなかった。
 惑星ウェントスに居る吟侍の中のルフォス、惑星テララの琴太の中のルフォスの欠片に反応し、カノンはかなりダメージを受けた。
 彼女が吟侍と冒険を共にしなかったのは、彼の心臓ともなっているルフォスとカノンの中のセラピアが異常反応して、彼女の体力を奪っていくからだと思っていたが、何かが違うとカノンは考えている。
 なぜなら、ルフォス以外の他の化獣、例えば、八番の化獣オリウァンコにはそんな反応がないからだ。
 オリウァンコからのストーカー被害にあっていたカノンだったが、狙われはしたものの、カノンに拒絶反応というものは一切なかった。
 同じ化獣であるはずのオリウァンコとルフォスにそんな違いがあるとは思えない。
 原因はルフォスとセラピアというよりは、むしろ、カノン自身にあるのではないのか?
 自分の気づいていない何かがあり、それによって、カノンが拒絶反応を起こしているのではないかと思っている。

 実は、原因については解明できていないが、カノンのその推測は当たっていた。
 彼女は将来において、クアンスティータの力が与えられることになっている。
 そのクアンスティータ属性が、未来からルフォスに反応して、拒絶反応を起こしているのだ。
 現在においてはクアンスティータの力が無いため、カノンは拒絶反応という形でルフォスからの影響を回避しているのだ。
 オリウァンコとの違いはルフォスの場合、宿主である吟侍と恋仲であるため、カノンがルフォスの力を受け入れる恐れがあったためで、ストーカーだった、オリウァンコを受け入れる可能性は無かったため、オリウァンコには無反応だったのだ。
 今、現在無いものはさすがにカノンも解明できないが、真実には近づきつつあったのだった。
 カノンと吟侍、ルフォスとクアンスティータは深い繋がりがこれから出てくる。
 だが、今は真実は霧に包まれていた。


02 カノンの戦い


 歌優活動を続けながら【スーパーナチュラル】の研究も続けていたカノンに新たな問題が出た。
 上位絶対者のブランク・ジャンキーがカノンに勝負を持ちかけて来た。
 ブランク・ジャンキーは実力絶対主義者。
 彼よりも劣る力の者の話は聞けないと言われたとブレセ・チルマから告げられたのだ。
 ブレセ・チルマとしてはカノンが歌優の大会で優勝すれば、奴隷を解放すると約束したが、それはブレセ・チルマが支配している奴隷達の事で、他の絶対者達が支配している奴隷達にまで責任は持てないと言われたのだ。
 それは、カノンとしては寝耳に水の状況だったが、ブレセ・チルマの影響力のある奴隷だけでも解放出来れば、それは一歩前進、第一歩と考えても良いと思っていた。
 ――が、彼女の事をを聞きつけたブランク・ジャンキーがカノンに勝負を申し込んできたのだ。
 交渉のための待った無し、言うことを聞かせたかったら、ブランク・ジャンキーとの一騎打ちで自分を倒して見せろと言って来たのだ。
 今まで、出来るだけ、戦わずに済ませて来たカノンだったが、奴隷解放のためには、カノンが代表として、ブランク・ジャンキーを倒すしかない。
 だが、今のカノンの実力はユリシーズ達よりも更に実力は劣っている。
 戦わずに来たのだ。
 戦闘能力がアップする訳はない。
 普通の人よりは強い、その程度だ。
 彼女が強くなる方法、それは女神御セラピアの力を完全解放させるという事だ。
 人を傷つける事を良しとしない彼女はそれでもセラピアの力でブランク・ジャンキーを圧倒して叩き伏せなくてはならない。
 彼女は苦悩する。
 これと言った妙案も浮かばないまま、ブランク・ジャンキーとの勝負の日になってしまった。
 ユリシーズ達は
「姫さん、俺が出るから」
 とか言ってくれたがこれはカノンが挑まれた勝負。
 例え代理の誰かに頼み、その誰かが、ブランク・ジャンキーを叩き伏せたとしても彼は納得しないだろう。
 ブランク・ジャンキーは代表者たる彼女に勝負を挑んできたのだから。
 ブレセ・チルマとしても、優秀な歌優を失う訳には行かないので、その勝負に立ち会う事にした。
 もしもの時は助けに入るつもりだったのだ。
 思う所はそれぞれあった。
 だが、実際、ブランク・ジャンキーの城に着いた時、予想外の事態が起きていた。
 ブランク・ジャンキーも含めた城の者が全員倒れていたのだ。
 中には歌優らしき人間達もいた。
「ま、まさか、これは……【隔離結界(かくりけっかい)】!」
 カノンは慌てて、周囲に【隔離結界】という結界を張った。
 これは、特定の相手を閉じこめるもので癒しの女神御セラピアの力でもあった。
 この力の使いどころは相手の暴走を止めるためと、もう一つは伝染病などが起きていたら、患者を隔離するためのものだ。
 そして、今回は後者だった。
「カノン、何の真似だ?」
 一緒に閉じこめられたブレセ・チルマは尋ねて来た。
「ご、ごめんなさい。まさか、こんなに進行しているとは……」
 カノンは明らかに動揺していた。
 【隔離結界】をした理由をカノンはまだ元気で立っている仲間達とブレセ・チルマに話して聞かせた。
 簡単に言うと【スーパーナチュラル】、その影響が出始めていた。
 ブランク・ジャンキー達が倒れているのはそのためだと言う。
 クアンスティータとクアースリータは卑怯者を嫌う化獣でもある。
 そのため、【スーパーナチュラル】ではその選定が行われる。
 この現象は自身の【うしろめたさ】に反応する病だという事だ。
 クアンスティータやクアースリータを除く、その者が最も恐れている者に襲われるという不可思議な病だった。
 病と言う言い方をしているが、実際には病とは別の何かだろう。
 敵は自分自身が作り出しているので、逃げることは全く出来ない。
 その者が最も恐れる存在はその者の記憶の中でしか存在しないため、通常では割って入る事は出来ない。
 正に、自分自身に殺されるという現象が起きると言うのだ。
 さらに、言えば、これはあくまでも前兆に過ぎず、近い内に本当の波がやってくるという事をカノンは告げた。
「バカな、何を……」
 と疑うブレセ・チルマだったが、すぐに、彼女も自分自身が作り出した最も恐ろしい者に襲われだし、倒れてうなされ出した。
 立っていたメンバーの中ではやはり、絶対者アブソルーターであるブレセ・チルマが最も【うしろめたさ】を感じる度合いが強かった。
 そのため、すぐに影響が出たのだ。
 これはまだ、ブランク・ジャンキーとの一騎打ちの方が楽な状況だ。
 この城にいる全ての存在がこの厄介な病の治療対象となる。
 カノン一人だけでは荷が重い状況だった。
 そこへ、
 パチパチパチ……
「さすが、カノンさんですね。クアンスティータ学を研究されているだけあって、瞬時にこの状況をご理解なされたようですね」
 ──とまた、ゼルトザームが現れた。
 彼はクアンスティータのオモチャと呼ばれる存在。
 クアンスティータの属性である彼自身にはこの状況は何の影響もないのだ。
「ゼルトザームさん、これは……」
 カノンは答えを求めるようにゼルトザームに視線を向けた。
「お察しの通り、これは、脳や記憶とは別次元の特殊な病ですので、脳をどう、治療しても無意味です。癒しの女神御のお力を持つあなた様なら、病の侵攻は抑えられるかもしれませんが、根本的な解決にはなりませんね。さて、どうなさいます?」
 との答えがかえってきた。
 その言葉は、彼はカノン以外の者を助けるつもりが無いという事を意味していた。
 その後ろでは七英雄達も次々、バタバタと倒れていった。
 カノンのためと言いつつも、カノンの思惑と別の行動をしていた彼らもまた、【うしろめたさ】を感じて行動していたのだ。
 このままだと、シアンやパストが倒れるのも時間の問題だ。
 カノンはとっさに無言歌(むごんか)によるホーリーソングを歌いだした。
「♪…………………………………………
……………………………………………………
………………………………………………………………
……………………………………………………
…………………………………………
…………………………………………
…………………………………………
………………………………
…………………………………………
………………………………
……………………
…………………………………………
…………………………………………
………………………………♪」

 なぜ、無言歌なのか?
 それは、それぞれの存在によって、最も心に響く言葉のキーワードが違うからだ。
 全員に共通させて、癒すためには、言葉として発しない、無言歌が最も効率的なためだ。
 効率的と言っても、その無言の歌に様々な意味を乗せて歌い上げるため、その重圧と疲労は普通のホーリーソングとは比較にならない。
 また、このホーリーソングはドレミファソラシ以外の音も複数、出しているため、人の身であるカノンには相当な負担となっている。
 さらに、それを歌いながら、同時にこの事態の解決策を考えながら、さらに隔離結界を維持しなくてはならないという離れ業は想像を絶する程、過酷すぎる状況だった。
「さすが、カノンさんですね。このゼルトザーム、脱帽です」
 カノンの姿を見て感動を覚えたような表情を浮かべるゼルトザーム。
 それを見ていた、シアンが
「冗談を言っていないで、カノンに協力しなさい、ゼルトザーム」
 と言った。
 親友のカノンのために出来る事と言えば、このクアンスティータのおもちゃに対し、カノンに協力するように強く言う事くらいしかない。
 例え、まともに戦って、勝てる相手ではないとしても、強く言えないカノンの代わりに自分達が言うしかない。
 シアンも同意見で、彼女の得意技、24色の魔法糸を出している。
 パストも得意の契約のサインの準備をしている。
 どちらもルフォスの世界で身に着けた力だが、ゼルトザームの力には遠く及ばない。
 勝てないとわかっていても彼女達に出来る事はカノンのために体を張る事くらいしかないのだ。
 命を賭けてでもゼルトザームにカノンの手助けをさせる。
 シアンとパストはそんな悲壮感漂う決意をしていた。
 が、ゼルトザームの答えは思ったものとは違っていた。
「シアンさんに、パストさんでしたね。あなた方はそれでもカノンさんの親友ですか?何故、彼女の力を信じてあげられないのですか?本当に危ないと感じたなら、オリウァンコさんの時のように、僕は手を貸しますよ。手を貸さないのは彼女ならば、このピンチを切り抜ける力があると信じているからですよ。あの方のお気に入りのカノンさんには、不可能の一つや二つ超えてもらいませんとね。我々は、あの方の事をお任せしたいと思っていますので、頼りになるような存在になってもらいませんといけませんのでね。甘やかす事だけが、カノンさんのためになるとは思いませんのでここは黙って見定めさせていただきますよ、本当に彼女はあの方に選ばれた者なのかどうか」
 と言った。
 シアンとパストは「え?」とつぶやいた。
 彼女達でさえ、もうダメだと思われていたこの状況にこの道化はカノンを信じていた。
 ゼルトザームだけじゃない。
 カノン自身もそうだ。
 彼女の瞳は諦めたというようなものじゃない。
 目の前の危機を必死で解決しようという決意の色が見て取れる。
 カノンは【スーパーナチュラル】が原因の謎の病に対し、病で倒れた者一人一人のサポートに徹する事にしたのだ。
 病は気から――。
 病に打ち勝つのは本人でなくてはならない。
 カノンは城の兵の一人に至るまで名前を理解し、一人一人名前を呼んで同時に語りかける。
 癒しの女神御(めがみ)セラピアの化身である、彼女にしか出来ない事だ。
 時には優しく、時には強く、病で倒れた者達を励ましていった。
 途中、とうとう、シアンとパストも病に倒れたが、彼女達へのフォローも忘れてはいない。
 心が弱っている彼ら彼女らに対し、カノンはフワッと包み込むような支援を続けた。
 比較的、【うしろめたさ】の度合いが低かった者はすぐに自信を取り戻して回復した。
 それでもなお、病に倒れる他の者に対して優しく包み込むような語りかけを行っているカノンを見た者達は、
「おぉ……女神様……」
 と涙を流した。
 彼女の姿は神々しく映ったのだ。
 彼女はなおも無言歌を歌い続ける。
「♪………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
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………………………………………………
………………………………………………………………
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………………………………
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………………………………………………
………………………………………………………………♪」

 無言歌と一口に言っても、様々なバリエーションが感じられた。
 歌っているのは無言の歌であるはずなのに、様々な感覚が感じられたのだ。
 無言歌は無言歌でも次々と異なる無言のリズムが刻まれる。
 時には優しく、
 時には厳しく、
 時には悲しく、
 時には麗しく、
 時には寂しく、
 時には楽しく、
 時には眩しく、
 様々な変化をカノンの無言歌は演出した。
 カノンの周りに城にいた者達が集まってくる。
 女神、聖母へ救いを求めるかのように。
 歌は聞こえないのに聞こえる様な不思議な感覚があった。
 もはや、人の歌ではない。
 神の歌だ。

 カノンがふらつくと、
「負けないで女神様」
「負けるな」
「頑張って」
「俺達がついてる」
「頑張れーっ」
 と次々と声が上がる。
 カノンの無言歌により、城にいた者達の心が一つになろうとしていた。
 中にはライバルである歌優達もいる。
 負けられないはずのカノンに対して、本当の救いを得たかのような感涙の表情を浮かべていた。
 次々と病を克服し、回復した者達が更なるカノンの力となるべく、応援の声を上げる。
 この場に立っている者達で彼女を敵とする者はいなかった。
 七英雄達も復活し、後は、最も【うしろめたさ】を抱えていた、上位絶対者アブソルーターの二名、ブレセ・チルマ・フェイバリットとブランク・ジャンキーを残すのみとなった。
 この二名は惑星アクアの頂点に君臨していただけあって、それ以上の脅威を知っていた。
 故に、この二名を襲う悪夢も一筋縄ではいかなかった。
 それでも、カノンは優しさを二名に送る。
 思えば、ブレセ・チルマもブランク・ジャンキーも情けというものを受けた事はなかった。
 常に、支配者という立場に居た二名は、下からはい上がって来る者を警戒し、ずっと緊張の連続だった。
 トップであるが故に、弱音も吐くことが出来なかった。
 孤独感と常に共にいた。
 同じトップ同士であっても、それは腹の探り合い。
 心を許せる友など、誰もいなかった。
 その二名にカノンの温かさが染み渡る。
 時間はかかったが、やがて、自分達への【うしろめたさ】に打ち勝った。
 いや、打ち勝ったという言い方は正しくはない。
 受け入れたのだ。
 それは自分達の背負った業、過ちだと。
 ブレセ・チルマとブランク・ジャンキーもやがて目を醒ました。
 と、同時にカノンが倒れた。
 精魂使い果たしたのだ。
 そのまま死んだように眠った。
 次に目を醒ました時は3日が経っていた。
 目を醒ました場所はブランク・ジャンキーの特別寝室だった。
 看病はブレセ・チルマとブランク・ジャンキー自身が自ら買って出ていた。
 つまり、カノンは最重要の国賓として迎え入れられていたのだ。
 カノンはカノンなりの戦い方で見事勝った事を意味していた。


03 心を一つに


 目を醒ましたカノンはブランク・ジャンキーへの謁見を願い出て受理された。
 ブランク・ジャンキーとしてもカノンの優しさに触れた事により、少なからず、彼女に気を許していた。
 彼女に直接、一言でも、礼を言いたい。
 それが彼の本心だった。
 病を通して、彼女の心の温かさに触れたためだ。
 すっかり、彼もカノンのファンになっていた。
「その、なんだ、すまなかった。れ、礼を言いたいと思ってな」
 素直ではないが、彼なりの誠意だった。
 カノンは、
「ブランク・ジャンキーさん。お願いしたい事があります。ブレセ・チルマさんにもお願いしたいです。事は急を要します」
 と言った。
 お礼を言われる事をしたという気持ちよりも、疲れて三日も寝てしまったという事にカノンは焦りを感じていた。
 カノンは惑星アクアが陥っている状況を説明した。
 それはクアンスティータ学から始まって、的確に、惑星アクアが危機的状況になっていることを説明した。
 カノンの提案はこうだった。
 上位絶対者アブソルーターである、ブレセ・チルマとブランク・ジャンキーが声を上げれば、他の上位絶対者達も気持ちは動くのではないかとの事だった。
 今までのカノンの関係していた上位絶対者はブレセ・チルマだけだったため、例え、彼女が声を上げたとしても、他の上位絶対者は耳を貸さなかっただろう。
 だが、こうして、二名の上位絶対者が声を上げることによって、他の上位絶対者も無視することは出来ないのではないかとカノンは考えていた。
 この惑星アクアを支配しているのが上位絶対者であるのであれば、その影響力は星中に広まるのではないかと考えているのだ。
 惑星アクアは水の星であるが故に、何かが伝達しやすい状況になっている。
 その惑星アクア上での諍いがクアンスティータとクアースリータの双子の誕生時に影響し、クアースリータは不快感から、【スーパーナチュラル】を引き起こすのだとカノンは言いたいのだ。
 クアースリータの誕生が近づくに従って、惑星アクアの水はクアースリータの不快感を伝えやすくなっている。
 カノンはクアンスティータ学を駆使して、クアースリータの不快感を和らげる行動をとっていくので、それまで、休戦という形でも良いから、惑星アクアから争いというものを無くして欲しい。
 クアースリータ誕生が落ち着くまでの間でもかまわないので、争い事を遠ざけて欲しいと言いたかったのだ。
 それでも戦いたかったら、歌優制度があるので、歌優として戦ったり応援したりして欲しい。
 そのための助力ならいくらでもする。
 例え、僅かな期間だけであっても心を一つにして穏やかであって欲しい。
 憎む気持ちがあっても一時で良いから心の奥にしまっておいて欲しい。
 それがカノンの提案だった。
 惑星アクアに居る存在全ての気持ちを一つになど出来るわけがない。
 普通で考えればその様な答えが返ってくる。
 無理を言っているのはわかる。
 無理だと解っていても言わずにはいられない。
 一時で良いから争いを無くして欲しい。
「私を助けて下さい」
 カノンは切に願った。
 彼女を喉から手が出る程欲しくなったブランク・ジャンキーはカノンが彼の元に来るのであれば、争いを止めても良いと言いたかった。
 だが、同じように彼女を欲して自身の歌優として手にしているブレセ・チルマとの争いに発展するだろう。
 なので、それは、ブランク・ジャンキーにとってもブレセ・チルマにとっても難しい選択だった。
 それに、カノンの言葉はクアンスティータとクアースリータの名前を出している。
 誰もが避けて通る問題と彼女は真っ正面から立ち向かおうとしているのだ。
 あの恐ろしいクアンスティータの名前を出してひるまない存在が目の前にいる。
 こんな事はブランク・ジャンキーにもブレセ・チルマにも出来ることじゃない。
 彼女と何らかでも、繋がりを持ちたい。
 持ちたいが、恐ろしい。
 三日前まで襲っていた、恐ろしかった病よりも遙かに、ずっと恐ろしい化獣(ばけもの)と立ち向かおうとしているのだ、このカノンは。
 ここで彼女と関係を絶ってしまえば、カノンはずっと先を行ってしまう。
 遠い所へ行ってしまう。
 嫌だ。
 離れたくない。
 放したくない。
 だけど、クアンスティータは恐ろしい。
 心の底から震えがくる。
 雨の日に捨てられた子犬のように自分が震えてくるのを感じるブランク・ジャンキー。
 クアンスティータをどうにかしようなんて考えはバカのやることだ。
 ずっとそう思ってきた。
 だけど、そのバカな事を本気でやろうとしている者がいる。
 それも、軽く撫でれば壊れてしまいそうな華奢な女の子がだ。
 ブランク・ジャンキーは言葉が出なかった。
 カノンに対して、なんと言ったら良いのか全くわからなかったからだ。
 彼女が納得するような答えを自分が持っていないのが悔しくてたまらなかった。
 自分では届かない。
 届きようがない。
 ブランク・ジャンキーは初めて、他者に対して無力感を感じた。
 それは、立場こそ、違えど、ブレセ・チルマとて同様だった。
 彼女は今までカノンを利用する事だけを考えて来た。
 が、彼女の真っ直ぐな行動を前にすると、なんて自分はちっぽけなんだと思えてくる。
 ブランク・ジャンキーもブレセ・チルマも悩みに悩んでいた。
 それを見ていたユリシーズは、
「やるのか、やらねぇのか、どっちだ?」
 と言った。
 ユリシーズとて、クアンスティータはちびりそうなくらい怖い。
 が、どれだけ、かっこ悪い思いをしようが、彼はカノンについて行く事に決めている。
 吟侍には負けたくないからだ。
 吟侍だったら、クアンスティータを前にしても、カノンを放り出してバックレるなんて事はないだろう。
 他の七英雄やシアン、パストも同様だった。
 彼ら彼女らはカノンの足を引っ張るためについて来た訳じゃない。
 例え、微々たる事だったとしても彼女の助けになればと思ったからこそ、決死の覚悟で危険な救出活動についてきたのだ。
 最低でもカノンだけは死なさないように。
 それだけは譲れないとして。
 彼女について来たメンバーはいずれもカノンに助けられた経験がある。
 彼女に返しても返しきれないくらいの恩ならずっと受けてきた。
 大なり小なり、みんな悩みを抱えて来た。
 それを一緒に考えてくれたのは、一緒に悩んでくれたのはカノンだ。
 英雄と呼ばれた吟侍でもない。
 彼女だ。
 だからこそ、自分達はカノンの救出活動に参加したのだ。
 交渉で友達の救出活動なんて馬鹿げていると誰もが思ったのに、それでも、そんな事のために彼女を死なせたくなくて、これだけ集まったのだ。
 彼らだけじゃない。
 人数制限のために救出活動に参加出来なかった協力志願者は何万人もいた。
 そんな中、七英雄達はカノンの救出作戦には反対だった。
 イエスマンじゃない。
 反対意見だったのにそれでも、作戦メンバーにカノンは選んでくれた。
 ここで動かなきゃ何の意味がある。
 七英雄達はそう思っていた。
 救出作戦の参加メンバーだけじゃない。
 カノンはこれまで惑星アクアで色んな存在の心を開こうと一生懸命努力してきた。
 工夫もしてきた。
 涙もたくさん流した。
 血だっていっぱい出してきた。
 泥も被ってきた。
 そんな彼女だったからこそ、最初はかたくなだった、住民達は次々と心を開いてきてくれた。
 時には失敗もした。
 上手く行かず悩んだりもした。
 だけど、その失敗も彼女のあふれんばかりの優しさを際だたせた。
 トップスターであり、天才でもあり、発明家でもあり、皇女でもあった彼女は惑星セカンド・アースに残っていれば、幸せは十分手に出来ていたはずだ。
 だけど、不幸にさらされている人達を見て見ぬふりは出来ないと、彼女は危険な救出活動に自ら志願した。
 理由は吟侍にふさわしい女性になりたいからだと言っていたが、惑星アクアの救出作戦に名乗り出ただけでも、十分、それは果たしている。
 だけど、彼女はそれを良しとはしなかった。
 才能に頼る事無く、絶えず、人より努力して、挫折と向き合ってここまで来たのだ。
 ユリシーズ達は一番近くからそれを見てきたのだ。
 どうだ、これが、俺達の姫さんだ。
 他の奴にこんな一文の得にもならないようなバカな真似が出来るか?
 彼はそう言って胸を張りたいくらいの気分だった。
 本来ならば、生意気な口を利いたユリシーズの首を跳ねようとしてもおかしくないブランク・ジャンキーだったが、彼の言葉は重くのしかかった。
 カノンに比べて、自分はなんて小さいんだと思えた。
 しばらく、考えて――ブランク・ジャンキーは、
「……俺は何をすれば良い……?」
 と言った。
 出来るだけの協力は惜しまない。
 それが彼の意思となった。
「右に同じ……」
 ブレセ・チルマも同意した。
 こうして、ブランク・ジャンキーとブレセ・チルマによる、一時的な不戦宣言は惑星アクア中に広まった。
 これ幸いと攻めて来ようとする他の上位絶対者達に対してもカノンは必死で説いて回った。
 とにかく、時間がない。
 まもなく、【スーパーナチュラル】は起きる。
 三名目の上位絶対者アブソルーターである、グラン・マスタスが攻め込んで来た時、カノンは決して攻撃をせず、防御だけをした。
 カノンに助けて貰った者達が助っ人に入り、油断していたグラン・マスタスに大きな隙が生まれた時も彼女は攻撃はせず、ただ説いた。
 それを見た時、グラン・マスタはブランク・ジャンキー達の時と同様に抱えていた【うしろめたさ】から、自身の恐怖に殺される病にかかった。
 そして、また、カノンは無言歌による救済行動を取った。
 グラン・マスタスはその時、惑星アクア中に響いていた、謎の無言歌の出所がこのカノンであった事に気づいた。
 そう、ブランク・ジャンキーでの城の中での出来事は惑星アクア中に広まっていたのだ。
 病を克服し、立ち上がるグラン・マスタス。
 目の前には同じように力を使い果たしたカノンがしゃがんでいる。
 そんなカノンの前にブランク・ジャンキーがたった。
「グラン・マスタス、この女を殴りたければ俺を殴って気を済ませろ。この女を傷つける事は許さん」
 と言った。
 カノンは、
「ブランク・ジャンキーさん……」
 と言った。
 何とか意識を保っているようだと安心した、ブランク・ジャンキーは
「安心しろ、一時、争いを止めると言った事を撤回するつもりはない。例えここでくたばろうともな」
 と言った。
 カノンのためになる。
 そう感じたら、このまま殺されるのも悪くない。
 ブランク・ジャンキーは感じていた。
「何を勝手に美味しいところを持っていこうとしているのかしら?」
 とブレセ・チルマも現れた。
 どうやら、彼女もブランク・ジャンキーと同じ事をしようとしていたらしい。
 一人の少女のために身体を張る上位絶対者が二名もいる。
 その事実に驚くグラン・マスタス。
 が、その気持ちもわからなくもなかった。
 自分が本当にピンチの時に助けに来てくれる者などいない――彼もそう思って生きてきた。
 だが、彼も、二名の上位絶対者達と同様にカノンの温かさに触れたのだ。
 一瞬にして、彼もまた、カノンの慈愛に心を奪われてしまった。
 やがて、グラン・マスタスも不戦宣言をする事になる。
 惑星アクアの支配者層たる上位絶対者が三名も不戦宣言をすると噂が広まり、いよいよ、ただごとではないという状況になってきた。
 上からだけではない。
 いままで、カノン達が地道に活動を続けて来た成果がここに来て生きてくることになる。
 心を開いてくれた奴隷達もカノンのために運動をする事になったのだ。
 上と下からの【不戦運動】の広がりにより、その中間層にも影響が出てきた。
 カノンの無言歌の影響と度重なる自身の恐怖による病の影響でクアンスティータ誕生の噂が広まってきたのだ。
 そして、助けてくれるのは英雄として噂を広められていた、吟侍ではない。
 聖女として、広まったカノンであると信じられるようになってきた。
 神として、カノンを崇める者が出てきたのだ。
 女神御の生まれ変わりであるカノンは神そのものでもあるのだが、彼女はそんな事でふんぞりかえったりするような女性ではない。
 彼女は、惑星アクアの住民を一人でも多く救いたい。
 ただ、それだけなのだ。

 運動は広まり、争いは全く無くなった――とは言わない。
 だが、限りなくゼロに近づいたという奇跡の様な状況ができはじめていた。
 
「あの、姫様、これ使ってください。一生懸命編んだんです」
「俺、ファンです。あの、……サインもらっていいですか?」
「あ、握手してくれるとありがたいんだけど……」
「一緒に写真撮ってください」
「僕、大好きです」
「あんたのことは孫のように思っているよ」
「俺、忘れません」
 次々とカノンに会いたいと言ってくる者達が増えた。
 カノンは忙しいがそれでも可能な限り、対応して行った。
 【スーパーナチュラル】の回避には一人でも多くの協力がいる。
 誰、一人としておろそかにはできないのだ。
 みんな大切な仲間。
 助け合って、この危機を乗り越えよう。
 カノンはそれだけを願っていた。
 今までコツコツ積み上げてきた事がまるで天高くそびえ立つ塔の様に組み上がって行く。
「あの、また歌ってくれますか?あの何だかわからないやつ」
 一人の少年が言った。
 カノンはにっこり笑い、また無言歌を歌う。
「♪………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………………………………………
………………………………
………………………………………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………
………………………………
………………………………………………
………………………………………………………………
………………………………
………………………………………………」

 言葉にはなっていない。
 だが、それでも、それぞれの存在の思いに深く繋がるキーワードがそれぞれ伝わってくる。
 全く声が聞こえないのに、それでも感動から涙がこぼれてくる。
 カノンは無言歌を歌いながら、クアンスティータ学を駆使して、【スーパーナチュラル】の膨大過ぎるエネルギーを外に逃がす仕掛けを作っていった。
 ――そう、誰も実際に起きている事を実感出来ずにいるが、今現在、既に【スーパーナチュラル】は起きていた。
 ただ、ごく自然に流されているから、上位絶対者達以外、誰も起きていることに気づかないのだ。
 本来ならば、【スーパーナチュラル】は時空をも簡単に歪める大惨事になっていた。
 だが、惑星アクアの殆どの者が心静かにカノンに協力してくれているために、歪みは極僅かなものになっていたのだ。
 大惨事どころの騒ぎではなかったはずのものが、極自然な、自然現象に姿形を変えている。
 その現実を目の当たりにした、上位絶対者達はこれを【聖女カノンの奇跡】とよんで賞賛した。
 【スーパーナチュラル】が起きているという事は恐らく、惑星ファーブラ・フィクタあたりでは、クアースリータ誕生で大騒ぎになっているだろう。
 だが、最も影響が出るはずだった惑星アクアでは、静かにその時を過ごせている。

 ブレセ・チルマは以前思っていた。
 クアンスティータのおもちゃたるゼルトザームがなんで、カノンのような小娘をそれほど、気にかけるのだと。
 だが、気にかけるのも無理はなかったと今は思える。
 起きてしまったら、誰にもどうしようもないと思われてきた、クアンスティータとクアースリータの双子による影響で起きた事をこうして防いでみせたのだから。
 頭が下がる思いとはこのことだと思った。
 ブレセ・チルマは奮闘中のカノンの所に現れ、
「疲れているところスマンが、一度で良い。私のために、お前の歌を聴かせてくれないか?クアンスティータ誕生の前に聴いておきたいんだ」
 と言った。
 カノンはやはり、優しく微笑み、
「♪………………………………………………………………
………………………………………………
………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………………………
………………………………
………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
………………………………………………
………………………………♪」

 同じ様に無言歌を歌った。
 それを黙って聴いていたブレセ・チルマは、
「誰に対しても、分け隔てなく、やってくれるんだな。――負けたよ。敵わないよ、お前には。私はお前ほどの器じゃない」
 と素直な感想を述べた。
 これは偽りのない言葉だった。
 出会った時は騙し合いのような形であったが、今は素直に言葉がでる。
 クアンスティータという圧倒的過ぎる脅威が迫っているからなのか、それともカノンの心に触れたからなのか、初めて、自分の素直な感情を表に出せる事の喜びを感じている。
 そして、それは決して、嫌な感情ではない。
 むしろ、心地よい。
 しばらくするとカノンが意識を失った。
 それを優しく抱きかかえる存在が。
 ゼルトザームだった。
「――お疲れ様です。まもなく、あのお方、クアンスティータ様がご誕生なさいます。カノン様はやはり、クアンスティータ様をお任せするにふさわしいお方だと確信いたしました。後はこのゼルトザームめがやりますので、今はお休みください」
 そう言って、ゼルトザームは腕を振り上げた。
 それと同時に、くすぶっていた【スーパーナチュラル】の歪んだエネルギーが霧散した。
 それを見たブレセ・チルマは
「いつから気づいていたんだ?」
 と言った。
 気づいていたとはカノンの可能性のことだ。
 ゼルトザームは
「最初からですよ。僕は確認作業をしていただけです」
 とにっこり笑った。
 ブレセ・チルマ
「喰えん奴だ……」
 とつぶやいた。

 ほんの僅かな期間、一時とは言え、惑星アクアの住民達は心を一つにした。
 その事実は確かだった。
 例え、その後で、血で血を洗うような凄惨な戦いが待っていたとしても。
 クアンスティータ誕生を前に、星は丸ごと一つの意思を持った。
 恋人、吟侍だけではなく、カノンもまた、一つの伝説となった。

 彼女は疲れてまた、眠ってしまっている。
 今はしばしの休息。
 彼女が目覚めた時、彼女の新たな平和への戦いが待っている。
 今はただ、眠る。
 事なきを得たという実感をかみしめて。

続く。





登場キャラクター説明


001 カノン・アナリーゼ・メロディアス
カノン・アナリーゼ・メロディアス
 アクア編の主人公で、ファーブラ・フィクタのメインヒロイン。
 メロディアス王家の第七王女にして、発明女王兼歌姫でもあるスーパープリンセス。
 恋人の吟侍(ぎんじ)とは彼女が女神御(めがみ)セラピアの化身であるため、同じ星での冒険が出来なかった。
 基本的に無法者とされる絶対者・アブソルーターを相手に交渉で人助けをしようという無謀な行動をする事にした。
 発明と歌、交渉を駆使して、攫われた友達救出作戦を実行する。
 今回、歌優(かゆう)という新職業に就くことになる。





002 ユリシーズ・ホメロス
ユリシーズ・ホメロス
 不良グループ七英雄のリーダー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、【浮かび上がるタトゥー】、【反物質の盾】、【トリックアートトラップ】という三つの異能力を得る。











003 アーサー・ランスロット
アーサー・ランスロット
 不良グループ七英雄のサブリーダー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、気の粘土【クレイオブマインド】という異能力を得る。












004 ジークフリート・シグルズ
ジークフリー・シグルズ
 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、槍降らせの雲【スピアクラウド】という異能力を得る。












005 テセウス・クレタ・ミノス
テセウス・クレタ・ミノス
 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、怪物達を虜にするフェロモンを身につけ、化け物後宮【モンスターハーレム】という異能力を得る。











006 クサナギ・タケル
クサナギ・タケル
 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、様々な奇剣を得た剣士。











007 ヘラクレス・テバイ
ヘラクレス・テバイ
 不良グループ七英雄のメンバー。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、第三の腕という異能力を得る。
 力自慢。











008 ジャンヌ・オルレアン
ジャンヌ・オルレアン
 不良グループ七英雄のメンバーでは紅一点。
 交渉で救出作戦をするという無謀な行動にでたカノンが心配で、彼女を守るために、救出チームに参加する。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、不思議な羽衣を得る。











009 パスト・フューチャー
パスト・フューチャー
 カノンの親友。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、【契約のサイン】という特殊能力を得る。
 野球のサインなどの様に一定の動作をする事で自然現象などに効果をもたらす事が出来る。
 一度、使ってしまうと、そのサインは無効となり、再契約する必要がある。










010 シアン・マゼンタ・イエロー
シアン・マゼンタ・イエロー
 カノンの親友。
 吟侍(ぎんじ)の心臓であるルフォスの世界で修行を積み、魔法の糸を得る。
 魔法の糸は10本の指に一つずつ結ばれていて、普段は見えない。












011 ブレセ・チルマ・フェイバリット(二代目ミズン・スイートランド)
ブレセ・チルマ・フェイバリット
 水の姫巫女。
 ミズンは偽名で、正体は、アクアの星を支配する7名の上位絶対者・アブソルーターの内の1名、ブレセ・チルマ・フェイバリット。
 正体を隠して、水の神殿に修行に入り、姫巫女にまでのぼりつめた。
 頭が良く、カノンと知恵比べをする。
 今回、カノンが歌優(かゆう)になることを承認する。











012 ゼルトザーム
ゼルトザーム
 クアンスティータのオモチャと呼ばれるふざけたピエロ。
 実力の方は未知数だが、少なくともカノン達が束になってかかって行っても勝てる相手ではない。
 主であるクアンスティータがカノンを母と認めた事から、彼女を見守る様につかず離れずの立場を貫く。
 ブレセ・チルマとは顔見知り。










013 ネダコ
ネダコ
 中位絶対者アブソルーター。
 絶対者には珍しい平和主義者。
 が、誤解が誤解を生み、死亡する。
 その事がカノンの美談として、語られる事になる。 










014 クアンスティータ
クアンスティータ影
 誰もが恐れる最強の化獣(ばけもの)。
 カノンだけはクアンスティータは怖い存在ではなく、導いてあげるべき存在として認識している。
 直接ではないにしても超自然現象【スーパーナチュラル】の原因とされている。










015 クアースリータ
クアースリータ
 最強の化獣(ばけもの)クアンスティータの姉であり兄である12番の化獣。
 カノンによって、このクアースリータこそが、超自然現象【スーパーナチュラル】を引き起こすとつきとめられた。













016 ブランク・ジャンキー
ブランク・ジャンキー
 上位絶対者アブソルーター。
 実力絶対主義者。
 カノンに勝負を挑むもその前に【スーパーナチュラル】の影響で病に倒れた。
 それをカノンに救われ、彼女を認めるようになる。










017 グラン・マスタス
グラン・マスタス
 上位絶対者アブソルーター。
 【スーパーナチュラル】の影響で病に倒れる。
 カノンに救われ彼女を認めるようになる。