第十一章 ソナタ外伝


ファーブラ・フィクタ外伝
ソナタ編一月だけの学校生活

1 いつもの風景

「ちょっと待ちなさい吟侍(ぎんじ)!そこに座りなさい」
「勘弁してよ、おソナちゃん、おいらもう限界」
「ウソおっしゃい、あんたまたそうやってさぼる気でしょーが」
 今日も吟侍とソナタの追いかけっこは続く。

2 吟侍の背景

 今は三月1日。
 来年の四月から晴れて高校生…にはならない。
 高校生活の三年間、それでも無理なら大学生活の四年間もプラスして芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)とソナタ・リズム・メロディアスは人命救助に当たるからだ。

 そのために義務教育の終わる中学卒業までに高校卒業資格を取らねばならなかった。
 幸い、このメロディアス王国では睡眠強化学習制度と卒業試験により、高校卒業資格と大学卒業資格を短期間で取得する事が可能だった。

 吟侍の義理の兄と弟の琴太(きんた)と導造(どうぞう)はこのシステムを利用して高校卒業資格を得て、一足先に他の星へ人命救出作戦に参加している。
 天才と呼ばれているソナタの双子の妹で吟侍の恋人のカノンはこれに頼ることなく、この国の三大大学を主席で卒業している。
 もちろん、飛び級でだ。
 是非、大学院へと呼ばれているがそれは丁重に断っている。
 そして、自ら発見した金属、カノニウムを手にやはり人命救出作戦に参加する予定だ。

 人命救出作戦は四つ部隊があり、琴太は土の惑星テララ、導造は火の惑星イグニス、カノンは水の惑星アクアへ向かうことになっており、宇宙での探索訓練に入っている。
 ただ一つ、風の惑星、ウェントスへの部隊の出発の準備が遅れていた。
 原因は部隊のメインメンバーである吟侍の卒業資格が取れていないことだった。

 普段はぼんくらのような吟侍だが、彼は幼い頃、テララとイグニスからの侵略者を撃退している。
 こう見えてちょっとした英雄様なのである。
 そう、吟侍は救出作戦の中核を担っていた。

 だからこそ吟侍の作戦参加は最優先なのだが、彼は、睡眠強化学習制度を嫌がり、勉強をさぼってばかりいた。
 大食い大会で優勝出来るくらい食べるのだが、彼は好き嫌いが激しい偏食家だった。
 冒険のための身体を作らないといけないのにそれも上手くいっていない…。
 吟侍のためのスケジュールが全く上手くいっていなかった。

 ソナタはすでに、睡眠学習システムを利用して高校及び大学の卒業資格を得ていたが同じ部隊の吟侍を心配して学生生活に付き合っていた。

 簡単に言うと吟侍はすねていたのだ。
 せっかく恋人になれたカノンと一緒に作戦に参加出来ないことに。
 一月に正式発表されたのだ。吟侍の特殊能力がカノンの体調を崩すと…。
 吟侍が強くなればなるほどカノンの体力を奪っていくのだ。
 吟侍とカノンは相反する力を持っていてそれが反発しあうらしい…。
 いくら好きあっていても、近づけないなら意味はない。
 国を救った英雄とプリンセス…、一時は盛り上がりを見せたのだが、今はその過去がかえって虚しさを増していた。

3 悪友

「ちょいと、そこのバカ旦那」
 悪友のチャックが吟侍に声をかける。
「ん?チャック、どした?…ってバカ旦那はねぇだろ」
「お前がいつまでも卒業資格を取らねぇからだって。簡単なやつならサルでも出来るって聞くぜ、出来ねぇのはお前のおつむが足らねぇからじゃねーの?」
「ほっとけ!おいらは寝るときゃ自由に夢みたいんだよ、勉強なんて冗談じゃねーっての」
「ま、良いか、それより旦那、良いブツが入ってやすぜ、1枚200でどうですかねぇ?」
「ほー、どれどれ?」
 チャックはよくこの年頃の男子が興味ありそうなモノつまり、女の子に関するアイテムを仕入れて来ていた。
 吟侍や導造も良くお世話になったが琴太に見つかるとビリビリに破かれたり燃やされたりしていた。
 琴太は不真面目なのが嫌いなのだ。
 だけど、今は琴太もいない。
「どうだい、旦那ぁ、良いブツ揃ってんでしょ?」
「ん?…ふぅ…出せ!全部処分だ」
 写真には全部ソナタが写っていた。中には際どいのもある。
「ちぇ、連れねぇなぁ、お前に見せるんじゃ無かったわ〜良いじゃんよぉ〜別にお前の彼女って訳じゃねーんだし…」
 ブツブツ言いながら、チャックはデジカメのデータを処分する。
「将来の姉さんになるかも知れねぇからな、身内のこんな写真は駄目だ!解れよ」
「お前、まだ、そんなこと言ってんのか?カノンちゃんとは相性合わねぇんだろ?ソナタちゃんにしとけよ、どっちかってーと彼女の方がお前と合ってるって」
「おソナちゃんとはそんなんじゃねーって。大事な姉ちゃんみてぇな…だなぁ、そのなんだ…」
「何してるのあんた達?」
 吟侍がソナタとの微妙な関係を説明しようとしていたら、ソナタがひょこっと顔を出した。
「な、何でもねぇよ」
「…怪しい…何か隠したでしょ?見せなさい!あ、エッチなモノね?お仕置きが必要かしらねぇ」
「ち、違うって!」
「だったら見せなさい」
「何でもねぇって…」
 吟侍はその場を立ち去ろうとし、ソナタが後を追っていく。
 それを見ていたチャックは…
「やっぱ、お似合いだって、お前ら」
 そう、つぶやいた。

4 ソナタ・リズム・メロディアス

 妹のカノン・アナリーゼ・メロディアスのように飛び抜けての天才という訳ではなかったが、ソナタも学年一位を取る位の成績だった。
 スポーツも何でもそつなくこなした。そして超美人で自分がプリンセスという事に鼻もかけないで誰にでも気さくに声をかけてくれる。
 極めて優秀な生徒だった。
 だから、学校では一番もてた。
 学校内では全く手の届かない雲の上の存在、人間国宝になってしまっているカノンよりむしろ人気があった。
 そんな彼女が頭では英雄だと解っているものの、見た目問題児な吟侍の事を気にかけるのは幼なじみだからだと思う者も少なくなかった。
 出来の悪い弟を叱る姉の様な立場を取っていると、大半の生徒にはそう思われていた。

5 ルフォス

 吟侍は屋上の給水塔近くで仰向けに寝そべった。
 「なぁ、ルフォス…」
 吟侍は自分の心臓に話しかける。

彼は、幼い頃、侵略者を撃退した折、心臓に穴を開けられ絶命寸前のところをルフォスと呼ばれる化獣(ばけもの)の核で補うことにより、命を拾っていた。
 幼かった彼が英雄として祭り上げられたのもそのルフォスの核のお陰であった。
 尋常ではないその秘めたパワーが侵略者達を退けたのだ。
 それから、吟侍はルフォスと命を共にしている。
 ルフォスの方もティアグラと呼ばれる同格の化獣との相打ちで殆どの力を失って核だけになっていた。
 ティアグラと引き分けたことにより、まだ、誕生すらしていない最強の化獣クアンスティータへの恐れを感じたルフォスは人間にあるとされている恐怖に打ち勝つ勇気、そして、弱い故の工夫を得るために吟侍との同化を望んだ。
 吟侍とルフォスは一蓮托生となっていた。

『何だ、小僧、気安く話かけるなと言っているだろうが!』
 ルフォスは冷たくあしらおうとしている。
 クアンスティータに勝つためだとは言え、ゴミカスのように思っていた人間とのコミュニケーションはどこかプライドが邪魔して打ち解けにくくしていた。

「…、まぁ、そう言うなよ、お前さ、確か世界を司っている化獣って言ってたよな?」
『…それがどうした?』
「…お前の力でさ、パパッと勉強したことにしてくれねーかな?」
『ふざけるな!いつも言っているだろうが!貴様の仕事はこの俺に勇気を示すことと工夫することだ!!つべこべ言っていないでとっとと勉強しろ!』
「えー?」
『俺も万能じゃない!それに、俺はティアグラの奴との戦いで力の大半を失っている!貴様の期待に応えられるような力は無い!』
「あっそ、でも、何か違うんだよな〜、学校生活ってそーゆーんじゃねーと思うんだよな〜…」
 吟侍は青空を見ながらつぶやいた。
 吟侍はこのまま、仲間を助けるために他の星へ救出作戦に出かけることに疑問を感じていた。
 仲間とは吟侍が幼い頃、侵略者達に連れ去られた友達の事だ。
 侵略者達は追っ払ったが、連れ去られた友達はそのまま、他の星の奴隷として攫われたままだ。
 侵略者達の力は強大だった。
 だからこそ、吟侍の力がいる。
 救出部隊のメンバーの半分以上は吟侍の中にいるルフォスの作り出す世界の中で修行を積み、人の力を超える力を身につけていた。
 救出部隊は吟侍の部隊と呼んでも良かった。
 だが、思春期に入っている吟侍にとって、このまま、仲間を助けるために時間を使ってしまって良いのか悩んでいた。
 友達を助けるのは必要な事だ。
 だが、それは、自分達が行くべき事なのか?
 吟侍は、そして、救出部隊の大半は未成年だ。
 基礎から能力を身につけるのに、成熟してしまっていた大人より、発達中だった自分達の方が適していたのは解るが、何故、自分達が…  そんな疑問が残る。
 自分の存在が、救出メンバーを死地に追いやっているのでは無いのか…。
 そんな思いにかられていた。

6 相談

「じゃあ、あんたは何がしたいの?」
 寝っ転がっている吟侍をまたいでソナタが仁王立ちする。
 面倒臭いのが来たと思い、ルフォスは黙る。
「…そうだなぁ、今しか出来ねーことしてぇなぁ…恋愛とかも良いかもなぁ…でもお花ちゃん、居ねぇしな〜代わりの事ってぇと何だろうな〜」
 吟侍は考え込む。お花ちゃんとは吟侍の恋人、カノンの事だ。
「…良いわよ、他の事なんて考えなくて。要は、あんた、恋愛がしたいのね?」
「いや、だから、肝心のお花ちゃんが…」
「…そうね、他の子との浮気は駄目よ!だから、私としましょ!」
「え…、いや、それは…」
 いろいろ不味いのでは…と言う言葉を吟侍は飲み込む。
 ソナタはカノンの双子の姉、基本的に吟侍の好きな顔だ。
 だからと言って、カノンに黙って、そんなことは…後でドロドロの三角関係に…
 そんなことを考えていると…
「か、勘違いしないでよ。私はただ、…そうだ!ちょっと待ってなさい!」
ソナタは一旦、席を外そうとした。
「おソナちゃん…」
「何よ?」
「白はロマンだな…」
 吟侍は親指を立ててにんまりする。
「は?…って、ちょっと何処見て言ってんのよ、スケベ!」
「おぐぉ!!…きいたぁ…」
 ソナタはスカートを押さえ、上履きで思いっきり吟侍の腹を踏みつける。
 吟侍はたまらず悶絶する。

7 ソナタの能力

 パタパタとソナタが戻ってきた。そして、儀式を執り行った。
「我、契約者ソナタ・リズム・メロディアス!いでよ声霊(せいれい)ソプラノ!!」
 ソナタの契約文言に従って一つの光が現れた。
 ソナタはソプラノ、アルト、テナー、バスという四つの声霊と契約を交わしている。
 文字通り声の精霊で、彼女はそれを物に憑依させる事により自分の手足のように動かせるゴーレムを作り出し動かすことが出来るのだ。
 元々は、メロディアス王家に伝わる秘術だが、ルフォスの世界で、強化してきたソナタだけの能力だった。
『はぁーい、ソナタ様!お呼びによりソプラノ、参上しましたぁ〜』
 やがて、軽めの声が響き渡る。
 見るとうっすら光のようなものが見える。
「ソプラノ、今から私がイメージするキャラクターになって一ヶ月、学生として過ごしてもらいます」
『は〜い、わっかりましたぁ〜』
 ソナタは持ってきた練習用木偶人形にソプラノを誘導する。
 たちまち、木偶人形は人間の可愛らしい女の子へと姿を変えた。
 声霊は本来なら、戦闘用の人形等に憑依させるのだが、これは、動かす事を練習するための戦闘能力が皆無なタイプだ。
「さぁ、次はあんたの番よ!」
ソナタは吟侍に向かって笑いかける。

8 どういう事?

「えーと…どういう事?」
 吟侍が尋ねる。
 彼の疑問ももっともだ。
 これでは、何がしたいのかが解らない。
「そ・れ・は・ね〜…」
 ソナタは実に楽しそうに答える。
 吟侍にもルフォスの能力の一つで、自分の意のままに操れる兵隊を作り出せる能力を持っている。
 つまり、ソナタの作り出したキャラクターと吟侍の作り出す兵とで疑似恋愛をさせるというものだった。
 ソナタと吟侍はそれぞれが作り出したキャラクターの友人として、その恋愛に参加するというものだった。
 言ってみればリアルお人形さんゴッコだった。
「ちょっと、待ってよ、おソナちゃん、これは、恥ずかしいって…」
「恋愛がしたいんでしょ?だったらやるのよ!これは命令よ!あんたのせいで私達のチームが出遅れているんだから、さっさとすっきりして卒業資格取りなさい!じゃあ、はい、これ!」
 ソナタは吟侍に世界人名字典を渡した。
 それから、キャラクターに名前をつけろという事だ。
 孤児である吟侍はこのやり方で自分の名前を手に入れた。
『ふざけるな!この俺の能力をそんな事に使えるか!』
 たまらず、ルフォスが口を挟む。
「ちょっと、人の恋路を邪魔する気?」
『黙れ!人間!殺すぞ!』
「私を殺したら吟侍が黙って無いわよ!クアンスティータってのに勝つためには必要なんでしょ!吟侍の勇気とアイディアが!」
『この、クソ女が…』
「お生憎様、私はレディーよ、クソではないわ、玉っころのタマちゃん。クソに近いのはむしろあんたの方よ」
『あぁ言えばこう言いやがって…』
 言いくるめられるルフォス。
 口ではソナタに勝てない。

9 キャラクター作成

 吟侍とルフォスは渋々男性キャラクターを作ることにした。
「で、どんなのを作れば良いんだろ?…」
『決まっている!他の奴らもビビるような屈強を怪物を作ってやる!腕力はそうだな…とりあえず、ゴリラの100倍くらいで良いか!』
「…まぁ、妥当かな?」
「ちょっと、駄目よ、あんた達!真面目に恋愛する気あんの?」
 恋愛音痴の吟侍とルフォスの相談に一抹の不安を感じたソナタが注意する。
『無いに決まっているだろうが』
「おいらも無いな…」
 口をそろえて無いと答える一人と一核に彼女は正拳突きをお見舞いした。
「恋愛を舐めるな!」
「…はい…」
 もしかして、恋愛をしたいのは自分達ではなく、ソナタの方なのでは…という気持ちを吟侍は押し殺した。

 それから、何度も駄目出しをくらい吟侍達はようやく男性キャラクターを完成させた。

『…非力だ…』
「…そうだな…非力だな…これじゃすぐにやられちまう…」
 吟侍とルフォスはキャラクターの出来にいまいち納得していない…。
 だが、恋愛をするのに腕力が無くても別に支障はない。
「そこ、文句言わない!そうねぇ、シチュエーションが大事よね、どうしようかしら…」
 何だかソナタは楽しそうだ。
 まるで、自分の恋愛の様な気持ちにでもなっているかの様だった。

 男性キャラクターの名前は櫻野 泰寿(さくらの たいじゅ)、女性キャラクターは田中 遥佳(たなか はるか)に決まった。
 日本語の名前を気に入っている吟侍に合わせて双方のキャラクターは共に日本名となった。
 泰寿は吟侍達が小さい頃守った桜の大樹から、遥佳は遙か彼方からもじったものだ。

 こうして、疑似恋愛がスタートした。

10 シチュエーションでの躓き

 ソナタはいくつかシチュエーションを模索して見ることにした。
 彼女はまず、遥佳にハンカチを落とすようにさせた。

 それをすかさず吟侍が拾い
「あ、おソナちゃん、ハンカチ落としたよ!」
 と声をかける。
 まるで、「気が利いているだろ、おいら」とでも言いたげな得意顔だ。
「あんたが、拾ってどうすんのよ!」
「え?駄目なの?」
「あんた、趣旨を理解してる?」
「いや、よくわかんねぇな…」
「あんた、その内、カノンに捨てられるわよ!」
「え?何で?」
「こういうのに疎いからよ!」
「疎いって?難しい言葉使うなよ」
「…もう、いいわ…次行きましょ、次」
 そう言うと、ソナタは新たな声霊アルトを呼び出し、新たな木偶人形に憑依させ、キャラクター名を三尾 津久紫(みお つくし)と決め、遥佳と泰寿の仲を取り持つ橋渡し役にすることにした。
 それを見た吟侍は…
「お、助っ人か?こっちも負けてらんねぇなぁ、よし、ルフォス、こっちはラグビー部員を出そう」
『任せろ!だが、俺は相撲部が良いと思うが…あの程度の奴なら簡単に押しつぶせるぞ』
「いや、それは、不味い!殺しちゃなんねぇ。それならレスリング部に…」
「余計なことすんなぁっ!」
「あいたぁ!」
 ソナタは吟侍をひっぱたいた。
 ちょっと泣けてきた。
『何しやがるクソ女!手前ぇが助っ人を連れて来やがるからこっちもだなぁ』
「そういうんじゃないわよ、この朴念仁共!バトルじゃないのよ、バトルじゃ!」
「だけどさぁ、おソナちゃん、泰寿の設定は弱すぎてさぁ、仲間連れて来られたら負けちまうんだけどなぁ」
「だから、戦うんじゃないって言ってるでしょーが!」
「え?だって、おソナちゃん、前に確か恋愛とは戦いだって…」
「意味が違うわぁ!何処までバカなの、あんた達はぁ!!」
『バカとはなんだ、バカとは、俺をこのバカと一緒にするな!』
「あ、知ってっか?バカって言った奴がバカなんだぜ!」
「あほーっ!!」
「うぉわっ!」
 ソナタは自分も吟侍とルフォスのおバカな会話に巻き込まれたのが恥ずかしくなって思わず突き飛ばした。

11 何とかさまに…

 吟侍とルフォスの恋愛音痴ぶりは相当なもので、裏方のソナタはかなり苦労をしたが、二日目、三日目と日を重ねる内にさすがに少しまともになってきた。
 そして、四日目の朝に、津久紫の紹介で、遥佳と泰寿が出会うというシーンをなんとか完成させることが出来た。
 たったこれだけのシーンに四日もかかってしまった。
 その頃には恋愛には駆け引きも必要よ。が詰め将棋と一緒だな…くらいには理解出来るようになっていた。
 それでも、泰寿と遥佳の間に座ってソナタに首根っこ捕まれて引きずりだされたり、遥佳と津久紫の名前を間違えてしゃべらせたりなど時々ミスはおかすものの、大分、ソナタにひっぱたかれる回数は減っていた。
 ここまで来るまでに、ソナタは吟侍を300回以上こづき回していた。
「漫才やってるんじゃないのよ」
 と言いたくなるのも無理は無かった。
 殆どどつき漫才をやっているような気分になっていた。
 そんな状態だから、ギャラリーも日に日に増えてしまった。
 二人だけの世界を演出したかったのにどうも上手く行っている気がしない…。
 ギャラリーには「この夫婦漫才面白い」とか言われてしまっている。
 止めようかな…そんな気持ちになっていた。
「いい加減にしろ!もう、終わりにしろ!!」 
 そんなソナタの状態を見て、彼女の親衛隊、ロック・ナックルは泰寿を破壊して終わりにしようと思い、殴りかかる。

 ドガッ!
「ぐぇっ!」
「お、おい…」
 ロックのボディーブローは泰寿をかばった吟侍の腹にまともにヒットした。
 泰寿を破壊しようと思って放ったパンチなので、相当利いた。

「…痛ってぇ…や、やっとコツを掴んで来たんだ、邪魔すんなよ、ロック!」
 ふざけていると思っていた。
 恋愛ゴッコなんてばからしくてふざけていると…。

 でも、吟侍はそんな奴じゃ無かった。
 こっちが真面目にやっているのにふざけた態度で返すような奴じゃなかった。
 ソナタが真剣にやっているのに吟侍はふざけた態度で返す訳がない。
 彼は筋が通った人間だった。
 礼には礼で返す。決して失礼で返したりしない。
 吟侍は吟侍なりに恋愛と言うものを理解しようとしていたのだ。
 ただ、人には滑稽に映っていただけなのだ。
「お、お前…」
「へへっ、さ、おソナちゃん、続けよっか。次はどんな事すんだ?」
「それより、あんた、ロックのパンチ受けたんだから治療しないと」
「大丈夫だ。こんなの屁でもねぇさ…ってて」
「大丈夫じゃないわよ、ちょっと見せて…」
「いいって、それより続きを…」
「見て大丈夫なら続けるわよ、ほら、早く見せて…」

 キャラクターを操っての恋愛は全然駄目だが、ソナタとの関係はなかなか良い線をいっていた。
 良い感じの距離感だった。

「すみません、ソナタ様、俺もそんな気は…」
 ソナタに詫びを入れようとするロック。
 それを同じ、ソナタ親衛隊の一人、ニネット・ピースメーカーが止める。
「ロック、あなたも駄目よ、姫様の邪魔をしちゃ!」
「ちぇっ!俺はあんな奴、反対だぜ。ソナタ様にはなぁ、もっと…」
「妬かない、妬かない!邪魔者は退散しましょ。ほら、野次馬も帰った、帰った!」
 ニネットはギャラリーに散るように言った。

12 順調な交際

 何とかコツを掴んで来た吟侍は上手く泰寿を操れるようになり、遥佳との交際も順調に進んで行った。
 苦手教科を教え合う勉強会。
 二人で、お互いの似顔絵を描いて似てる似てないと笑い合ったり、部活をして疲れた泰寿に家庭科で作ったクッキーを差し入れたり。
 吟侍がちょっとつまみ食いしたのはご愛嬌。
 他にも一緒に下校したり、お弁当を作ってきたりと楽しい時間を過ごしていった。
 そして…
「よし、次は水泳の授業をやろうか。ドッキドキの密着プレイ」
「バカ言わないでよ。今三月よ、季節を考えなさい。それに何よ密着プレイっていやらしいわね」
「そうかな?あ、そうだ、温水プール」
「内の学校にそんな物ないわよ」
「それもそうだな…どうしたもんだろうなぁ…」
「学校にあるものを利用しなさいよ。お金はかけないの」
「誰かにおごってもらうとか?」
「私の事言ってるの?いやよ」
「ケチ」
「ケチって何よ、男だったらあんたが甲斐性みせなさいよ」
「え〜…」
「えーじゃない」
 という様にとんちんかんではあったものの、吟侍は自分からシチュエーションを提案出来るようになっていた。
 最初は嫌々、始めたのだが、二人の清い交際を見ている内に吟侍はこういうのも良いかなと思うようになっていた。

 そして、あっという間に半月がたった。

「そろそろ、キスじゃねぇ?」
 悪友、チャックが吟侍に話かける。
 キスとは泰寿と遥佳のキスシーンのことである。
「キスかぁ、どんなだろ?」
「お前、まだ、カノンちゃんとしてねぇの?」
「そんな、簡単に出来ねーって、向こうはお姫さんだぞ!」
「でも、お前、国王公認の付き合いなんだろ?やっちゃえば良かったじゃん…」
「いや、お花ちゃんに嫌われたくなくてさ、タイミングを見計らっていたら、つい…」
「何が、つい…だよ、意気地がねぇな!男ならガバーって行っちまえよ、ガバーって」
「そうは、言っても今は直接逢えなくなっちまったしなぁ…」
「お前がもたもたしてっからだよ。英雄様のくせにだらしねぇな〜」
「へへっ、何となく、おいらには勿体ねぇ気がしてな…」
「じゃあ、ソナタちゃんはどうなんだよ?彼女、絶対、お前の事が好きだぜ!」
「んなことねぇだろ?」
「んなことあるって。じゃなけりゃ、恋愛回路がショートしまくってるお前にここまでつきあわねぇって」
「いやいや、姉弟みてぇなもんだからなぁ…おソナちゃんもそう、思ってると思うよ」
「罪作りな奴だなぁ…」
「何が?」
「何でもねぇよ、ボクちゃん!」
「あ、バカにしてるな、お前!」
「そこは解るんだ?」
「何だよそれ」
「何でもねぇってばよ。それよりエッチシーンになったら俺も呼んでくれよ!」
「呼ばねーって…」
「そりゃそーか、まぁ、頑張れや、じゃあな!」
「おう、また明日!」
 チャックと別れて帰宅中、彼の言ったキスシーンというのを思い出し、急に心臓がバクバク言い出した。
 正確には心臓はルフォスの核が補っているので、ルフォスがバクバク言い出したのだが。

13 とまどい

『お、おい、吟侍、何だこの感情は?何の戦いが始まるんだ?この緊張感は何だ?』
「…何でもねぇって…」
『何でもねぇってこたぁねぇだろーが!こりゃ、尋常じゃねぇぞ!緊急事態か?』
 眠っていたルフォスが飛び起き、心臓の位置から仕切りに吟侍に声をかける。
 ルフォスには人を愛するという感情は無い。
 だから、吟侍のドキドキは身の危険が迫った緊急事態ととらえていた。
 ちょうど、カノンを思う吟侍の気持ちに触れた時も同じ状態だった。
 愛や恋が解らないルフォスにとってこれは、驚異に映っていた。
 クアンスティータ以外に自分を脅かす何かが存在すると思っているのだ。

 ドキドキしながら、吟侍は自分の住む、孤児院セント・クロスへと帰り着いた。
 すると、そこには、父親代わりのジョージ神父と先に寄っていたソナタが待っていた。
 ソナタにとって、カノンと共に幼い頃から通い詰めのセント・クロスは第二の我が家も同然だった。
 だから、しょっちゅう王宮には戻らずにセント・クロスにも泊まりに来ていた。
「遅いわよ、吟侍、何してたのよ。また、チャックとエッチな事でも考えてたんでしょ!」
「ち、違うって…その、キスシーン…」
「え?…キ、キス?…」
 吟侍のとまどいが伝染したかのように、ソナタも真っ赤になってうつむいてしまった。 ソナタも何となく気にしていたのだ。
 キスとかどうしようと…。
「はは、二人共、お年頃だな!さ、帰ってご飯にしよう。スープが冷めてしまう」
 ジョージ神父は吟侍とソナタの肩を抱き、セント・クロスの中に誘った。

 子供達がソナタに話かける。
「ソナタ様、今日は泊まっていくの?」
「え?…んーん、ゴメンね、今日は帰るわ」
「えー、残念」
「ゴメンね、また今度ね」
 ソナタもキスシーンを思い浮かべ、ドキドキし出した。
 彼女もキスは未経験。
 それを、吟侍とするからだ。
(正確には、吟侍の操る泰寿とソナタの操る遥佳なのだが…)

14 すれ違い

「どうしたんだよ吟侍?お前、目に隈が出来てっぞ」
 チャックが心配した。
「あぁ、いや、ちょっと眠れなくってさ…」
 吟侍はキスシーンが気になり一睡も出来なかった。
 本来なら、一晩どころか二、三日眠れなくても吟侍なら全然平気なのだが、ドキドキ感が必要以上にルフォスを刺激して、必要以上に疲れていた。
 フルパワーで一晩中、戦っていたような状態になってしまっていた。

「姫様、今日はお休みになられた方が…」
「大丈夫よ、ニネット。心配しないで…」
 ソナタも同じように眠れなかったようだ。

「はは、すげぇ顔だな…」
「…あんた、こそ…」
 吟侍とソナタは必要以上に相手を意識していた。

 それからというもの泰寿と遥佳の恋模様もどこかギクシャクしだした。
 心がこもっていないようなイベントシーンが続いた。
『ソナタ様、ソプラノ、ちっとも楽しく無いですぅ!』
「ご、ゴメン、ソプラノ…おかしいわね、今日は調子が悪いのかしら…」
『吟侍、何だこの茶番は?手前ぇ、おちょくってんのか?殺すぞ、貴様』
「い、いや、そんなつもりは…変だな、上手くいかねぇなぁ…」

 そして、それから、理由を作ってはキャラクターに別の友達と過ごさせることが多くなっていった。
 泰寿と遥佳の逢わない時間が増えていく。
 自然と、キャラクターと行動を共にしている吟侍とソナタも逢わなくなっていった。
 これでは、何のためにキャラクターを作ったのか解らなかった。
 すれ違いが続いた。

15 大ピンチ

「ゴメン、ソプラノ、私、ちょっと保健室で休んで来るわ…」
『ソナタ様…』
 いつしかソナタは遥佳の事をソプラノと呼んでいた。
 もう、キャラクターに感情移入出来なくなっていた。
 キスシーンという言葉に翻弄されてしまって、キャラクターを操るどころではなくなってしまっているのである。
 自分と吟侍のキスシーンをイメージしてしまって頭から離れない。
 ソナタは遥佳の機能を自動モードに切り替えて休む事にした。
 でも、まだ、ドキドキして、しっかり休めない。

 一方、一人トボトボと廊下を歩く遥佳。
 そこへ…
「ちょっと良いかな?」
 ガラの悪そうな生徒が3人、近寄って来た。
 とても友好的な表情には見えなかった。
 下心がありますよ、という顔だった。
 そして、残念なことに、遥佳には捕まれた手を振りほどく程のパワーを装備されていなかった。

「嫌、止めて」
「うるせぇな!人形のくせに、いっぱしの口きくんじゃねぇよ」
「俺にもさわらせろって、うはは、柔けぇ、とても人形には思えねぇなぁ」
「今がチャンスだからよぉ、たっぷり楽しませてくれよなぁ、お人形さんよぉ」
 体育館裏では、八人の不良が我先にと代わる代わる遥佳にさわって来ていた。
 遥佳は全身に鳥肌が立つのを感じていた。
 気持ち悪い。
 さわらないで。
 そんな気持ちだったが、相手は八人、為す術が無かった。
 抵抗しても力でねじ伏せられてしまっていた。
 本来なら、遥佳の元であるソプラノには戦闘能力を持たせているため、手が出せないが今は恋愛仕様。遥佳に抵抗する力は無い。
 さらに、ソナタは体調を崩していて保健室で寝ている。
 親衛隊も側に待機している。
 頼みの綱の吟侍とはギクシャクしてしまっている。
 不良達にとって、これは絶好のチャンスだった。
 ソナタが作っただけあって、遥佳は人形にしておくのが勿体ないくらい魅力的だった。
「やめてぇ!」
「うはは、さぁて、服の中はどうなっているのかなぁ…」
 不良達が歓喜の声を上げる。その時…
「おい!」
「何だ?うぁ、ぎぎぎ吟侍…君…」
 不良達は一斉に怖じ気づく。
 そこには怒りの形相の吟侍が立っていたからだ。
 まともにいったら八人がかりでも吟侍は指一本で叩きつぶせるだろう。
 だが、今の吟侍の攻撃行為は凶器として認識されている。
 不良とは言え一般人に手を出す訳にはいかない。

16 泰寿

 そこで、吟侍は泰寿を使う事にした。
 遥佳は泰寿の恋人なのだ。
 ここで出るべきは自分ではなく泰寿なのだ。
 だが、泰寿も恋愛仕様。
 とても、不良八人を相手にする力は無い。

 だが、吟侍はここで本領を発揮した。
 泰寿に的確なアドバイスをしていったのである。
 まず、一対八を一対一×8にするために睨みをきかせた。
 複数で泰寿を攻めれば自分も手を出すと言った。
 そして、不良の弱点を見抜き、それに一点集中攻撃させる事によって、ボロボロになりながらも6人までを倒させて見せた。
 だが、泰寿の体力も限界、後、二人を残して気を失ってしまった。
 勝ち誇る残った不良二人。
 後は吟侍にさえ見逃してもらえれば良い、それに、吟侍は一般人には手が出せない。
 そう思っていた。
 だが、吟侍は一瞬だけ殺気を二人に向けた。
 失神する二人。
 普段から吟侍の影に怯え、集団でしか、悪事を働けないような小悪党だったので、侵略者を退けさせた程の気魄を持っている吟侍なら一人や二人、失神させるのは訳は無かった。
 そして、倒れている泰寿に肩を貸した。
「ヒーローはお前ぇだ、泰寿。恋人を守るってのはこういう事か…。倒れても、倒れても好きな子のために向かって行く…おいらも訳のわかんねぇ運命って奴からお花ちゃんを、おソナちゃんも守りてぇ!すっげぇ参考になったよ。ありがとう」
『へっ、吟侍、お前も変わってんな、泰寿はお前が作った出来損ないの玩具じゃねぇか…そんなもんに頭下げるなんてよ』
「出来損ないなんかじゃねぇさ、泰寿はな!少なくとも、好きなもんに対する気持ちは断然おいらの上をいってる。ルフォス、お前ぇも参考にした方が良いんじゃねぇか?これも強くなる秘訣ってやつかもしんねぇぞ」
『けっ、誰が!』
「良いもんは良いと素直に認められねぇようじゃ、お前ぇもまだまだだな。成長しねぇぞ!おいらは良いと思うものは何でも利用する。答えがその場になけりゃ、よそから持ってくりゃいい。それが、お前の言う工夫ってやつだと思うぜ」
『ふん、そう、上手くいくものか!』
「いくさ、おいらは常に考えているからな。」
『どうだかな?恋愛ってやつは全然駄目だったみてぇじゃねぇか』
「あっちは、専門外さ。おいらにゃやっぱ、悪りぃ事してる奴をぶったおす方が性に合っているのかもな」
 吟侍は泰寿を遥佳の側に運んで二人を置いて立ち去った。
 不良達を全員、引きずりながら。
『おい、吟侍、何やってんだよ?』
 「これ以上、おいら達があの二人を観察すんのは野暮ってもんだろ。余計なもんは退散、退散っと」
『野暮?何だそれは?』
「何でもねぇよ、お前のご希望通り、おいらも成長したって事さ」
 吟侍とルフォスの背後では泰寿と遥佳が唇を重ねていた。

17 吟侍の気持ち

「おソナちゃん、具合どうだ?」
「う、うん、大丈夫…」
 保健室に急に吟侍が現れソナタはどうして良いか解らずにいた。
 気持ちの整理がまだついていないからだ。
 吟侍の顔がまともに見れない。
「最後にさ、どっか行かないか?」
 逆にすっきりした顔でソナタを見る吟侍。
「…どうしたの?」
 ソナタは怪訝顔で尋ねる。
「サンキュー、おソナちゃん。恋愛シミュレーションってやつ、楽しかったよ。心配かけたけど、もう、大丈夫だ。ちゃっちゃとやっちまおうか、睡眠学習。んでもって、とっとと人攫い共から友達助けねぇとな!」
「どうしたの?」
 ソナタはもう一度尋ねる。
 だけど、今度は嬉しそうに。
 吟侍の気持ちの整理がついたのに気付いたのだ。
 ソナタの好きなまっすぐ前を向いている吟侍に戻ったのに気付いたのだ。
「正直、おいらにゃ、恋愛ってぇのはまだ、よくわかんねぇ…。だけどさ、守りてぇものがあるってのには気付かされた。立ち止まってなんて、いらんねぇ!おいら達を待っている奴らがいんだ、一秒だって惜しい!おいらはやるぜ!」
 ソナタは満面の笑顔で答えた。
 何となく【大好き】と言われたような気がして吟侍はちょっとドキドキした。
「…ったく、長いのよ、スランプが。私の知ってる吟侍はどんな困難にも立ち向かって行ったじゃん、何、勉強なんかで躓いてんのよ」
「悪りぃ」
「ほら、行くわよ」
「へ、何処に?」
「あんたでしょ、最後にどこかに行かないかって聞いたのは。…遊園地か何かで良いわよ。発想がお子様なあんたが楽しめるところっていったらそれくらいしかないでしょ」
「お、おう、すまねぇな…」
「良いわよ、恋愛シミュレーションも元々あんたのスランプ脱出が目的だったんだしね」
「へへっ、何か、おソナちゃん、いつもより可愛く見えるな」
「何言ってんのよ、おだてても何も出ないわよ」
「おだててねぇって、本当だって…」
「ほら、早く行くわよ、準備して!」
「ちぇっ、解ったよ」
「…ありがとね…」
「え?なんつったの今?よく聞こえなかったけど」
「何でもないわよ。よそ見しているとぶつかるわよ」
「痛っ!今、押したじゃねーか」
「うるさい!早く行くわよ」
「何なんだよ〜」
 吟侍は泰寿を、ソナタはソプラノとアルトを回収して最後に二人で遊園地デートに行った。
 それを見送ったチャックは…
「お似合いだと思うんだけどな、あの二人」
 とつぶやいた。

18 いざ、救出作戦へ

「カノン!」
「ソナタ姉さん?…どうしたの?」
 惑星アクアへの救出作戦に向かおうと宇宙船に乗り込む準備をしているカノンのもとへソナタが尋ねて来た。
 吟侍も来たかったが残念ながら、カノンの体調を考えれば直接来れない。
 スタートが出遅れたため、吟侍とソナタの出発する惑星ウェントス行きの宇宙船の出発は翌日となっていた。
 惑星テララ行きと惑星イグニス行きの宇宙船はすでに出発していて、惑星アクアも出発まで、後30分を切っていた。
 ソナタは吟侍から預かった物をカノンに手渡す。
「はい、あのバカからよ」
「…開けて良いかな?」
「…良いんじゃない?」
 カノンは小さな包み紙を開けた。
 中には不細工なぬいぐるみが入っていた。
 どうやらタヌキらしい。
「…これは?」
「あのバカ、もっと気の利いた物、考えつかなかったのかしらね。三ヶ月分の小遣いで買ったんだって」
「…この子、お名前あるのかな?」
「…【まめぽん】だって、よせばいいのにこの前、ぼったくりの行商人から買ったのよあいつは」
「この前って、どこかに行ったの?」
「遊園地にね…あいつお子様だからさ…その帰り」
「そっか。…楽しかった?」
「…まぁね…ゴメンね、彼氏借りちゃって…」
「ううん。いい。…大事にするって伝えてね、ソナタ姉さん」
「雑に扱って良いんじゃない?時々、居なくなるらしいから、それ」
「どういう事?」
「思いを伝える伝言ぬいぐるみなんだってさ、それ。居なくなっている間は相手の所に伝言を伝えに行っているんだってさ。胡散臭いったらありゃしない」
「ステキだよ。よろしくね、まめぽんちゃん」
「…変わったカップルよね、あんた達は。逢えないのにどこか信じ合っているみたいだし…」
「うん、信じ合ってるよ。約束したもん、【いつか、二人で笑おうね】って」
「はいはい、負けたわよ、あんた達には…行ってらっしゃい、気をつけてね」
「ソナタ姉さんもね。無理はしないでね」
「それは無理かもね?やたら無茶するバカが約一名居るし」
「へへっ、そうかもね」
「ふふっ、そうよ」
「お姉ちゃん…」
「なぁに?あんたが【お姉ちゃん】って言う時は何か頼み事があんのよね」
「あたり。吟ちゃんの好き嫌い、なおしてあげてね。あれは、多分…」
「ただの食わず嫌い…でしょ!」
「へへっ。うん、だから、お願い。吟ちゃん、好き嫌いなおしたらもっと強くなるよきっと」
「ったく、贅沢な奴よね、プリンセス二人にここまで心配かけさせるなんてね」
「でも、それが吟ちゃんだよ。最後には期待に答えてくれる」
「不本意だけど、そうかもね…」
「うん。…じゃ、行ってきます」
「またね」
 ソナタはカノンを見送った。
 カノンになら、妹になら吟侍を譲っても良いかなと思った。

19 次のステップへ

「どうだった?お花ちゃん、気に入ってくれただろ?」
 見送りから帰って来るとそわそわしていた吟侍が出迎えた。
「…いらないって」
「えぇ!何で?」
「…ウソよ。大事にするって」
「そっかぁ、やっぱ、おいらのプレゼント選びのセンスを信じて良かったよ」
「うぬぼれるんじゃないわよ、あんなダメダメなもんあの子じゃないと喜ばなかったわよ。あの子はあんたからのプレゼントなら何でも喜ぶでしょ。そういう子でしょうが、あの子は」
「へへっそだね」
「このぉ、妬けるわね」
ソナタは照れ隠しに吟侍にヘッドロックをかける。
「おわっ、おソナちゃん、おっぱいが当たる、いや、当たってる」
「ちょっ、何意識してんのよ、いやらしいわね」
「そりゃないだろ、おソナちゃん。誘惑しておいて」
「してないわよ、誘惑なんて!」
「してるって」
「してないったら」
「いや、してるって」
「あんまりしつこいと椎茸食べさせるわよ」
「ご、ごめんなさい。もう言いません」
「なら、良し…ぷっ、あっはは」
「へへっ、何かいつもの調子に戻ったな、おいら達の関係はこうでなくちゃな」
「そうね。…ほらっ、ボサッとしてないで、私達も行く準備するわよ。友達はクビを長くして待ってるんだからね」
「あいよ!」

 真打ちは最後に登場する…一足遅く、吟侍達もウェントス行きの宇宙船に乗り込む準備を開始した。
 


第十二章 オルオリ外伝


注・これはパラレルワールドでのお話です。

「…これだけですか?」
 一番最初に生まれたクアンスティータ・オルオリは愕然とする。
集まったのはゼルトザーム、ハティール、デベラール、リズリタート、そしてパヴォールの五名。
 全員着ぐるみを着てはいるが、いずれも1番の化獣ティアグラ、7番の化獣ルフォスの持つ世界では大ボスやラスボスと言っても良い実力者達だ。
 が、クアンスティータの世界においてはせいぜい中ボス止まりの猛者に過ぎない…。
 しかも、クアンスティータはティアグラやルフォスのように一つの世界をもっているのではない。
 24もの世界を持っているのだ。
 にも関わらず、世界を代表するクラスのボスは一名も参加していなかった。
「言っておきますがオルオリさん、最も弱い第一本体であるあなたには本来、七世(なぜ)はもちろん、我々一七世(いなせ)の住民をもコントロールする力はないのですよ」
 司会進行役を務める道化ゼルトザームが非情な言葉を紡ぐ。
「何が望みだ?言ってみろ!お前もクアンスティータの端くれ、聞ける願いならば聞いてやる」
 五名の中では最強の力を持つパンダ姿のパヴォールが情けの言葉をかける。
「リステミュウムを止めたい…このままだと…」
 オルオリは神妙な面持ちで答える。
 クアンスティータ・リステミュウム…第五本体の一つだった。
 クアンスティータ…7つの本体と24の意志を持つ最強の化獣(ばけもの)、24の意志はバラバラに動く。
 オルオリと同じ第一本体であるティオラとラトゥーナーですら、オルオリとは別の意志を持ち、行動する。
 オルオリが味方した者を他の意志が味方するとは限らないのだ。
 そして、戦況を簡単に塗り替えるその強大過ぎる力…
 さらに、圧倒的過ぎる勢力である24の世界そのものを所有する…
 彼女を世に解き放つということは世の中全てを巻き込んだ超大混乱となる…
 一人や二人はおろか百や二百、いや、千や二千の勇者が現れようととても攻略出来るようなレベルの怪物では無かった。
 それが、神話の時代においても母である魔女ニナがその誕生を躊躇した最後の化獣、クアンスティータだった。
「諦めるんだな…おそらくリステミュウム様がご乱心されるのも第七本体の影響…どうにもならぬ」
 うさぎ姿のハティールが諦めるように促す。
 神御(かみ)や亜空魔(あくま)は、クアンスティータ・リステミュウムの持つ謎の力を恐れている…。
 だが、有るのだ、クアンスティータには…その謎の力をも超える力が…。
 第七本体の持つその力こそ、クアンスティータ24の意志の頂点に立つ意志の証明だった。
「私はあるお兄ちゃんから学びました。諦めなければ、必ず活路は見いだせると、あるお姉ちゃんから学びました。幸せにする言葉があると」
 クアンスティータ・オルオリは五名の中ボス達に自分の意志をはっきりと示した。
 あるお兄ちゃん…芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)とあるお姉ちゃん…カノン・アナリーゼ・メロディアスと過ごした過ごした一年が彼女の希望となっていた。
「りーたお姉ちゃん、しゅごーい」
「えっへん、りーたちゃんは何でもできるのです」
 生まれたばかりの双子、姉クアースリータと妹クアンスティータ(・オルオリ)は大の仲良し。
 僅かに先に生まれたリータが妹のティータに覚えたての力を教えるという図式が当たり前のように出来ていた。
 ティータはまだ、一つ目の身体が誕生したばかり、残る六つは核のまま。とても頼りない存在だった。
 姉のリータは時間旅行を覚えたてで、よく過去に行き、歴史を書き換えて遊んでいた。
良くないことだが、事の善し悪しがまだわからないリータは遊戯としてとらえていた。
「どーやったらティータも出来りゅの?」
「それはね〜うーってやってたーってやったら出来るんだよ〜わかった?」
 リータは感覚で物を言っていた。
「うん、わからないけどわかったよ〜」
 根拠がない得意げなリータ。意味もわからずわかったと答えるティータ。
 似たもの姉妹だった。
「ほら、これ見てくーちゃん、フェアリーってゆーんだって」
「ふぇあり?」
「そう、フェアリー。ちっちゃくてかわいーんだよ〜。」
「ティータも、見たいな〜」
「くーちゃんはちっちゃいから無理かもね〜」
「じゃあ、ティータ、おーきくなるよ〜」
「そーだね〜おーきくなったら見に行こうね〜」
 リータが持ってきた妖精の本を楽しそうに見るティータ。
 その内飽きたのかリータはまた時間旅行に行こうと思った。
「じゃあ、くーちゃん、りーたはお店屋さんだから、二年前に行ってきます」
 意味のわからない事を言ってリータは過去に言ってしまった。
 また、ティータはお留守番。
 だんだん寂しくなる。
「ふぇーん」
 とうとう泣き出したティータはリータの用意したおもちゃの携帯でリータを呼び出す。
「リータお姉ちゃん、さびしーよ〜」
「もう、しょーがないなーくーちゃんはー。りーたちゃんがいないと何もできないんだからぁ〜」
 電話口でぷくぅと頬をふくらましたリータがティータの家に帰ってくる事になった。
「くーちゃん、帰ったよ〜」
 帰って来たリータはティータがいない事に気がついた。
「あれ〜、どこいったんだろ〜?もーう、くーちゃんどこー?」
 リータは探し回ったがすぐ飽きた。
「らんらん、るんるん、たったー♪すてきなおじーさまがりーたちゃんを助けにきてくれるのぉ〜らんららんらら〜ん♪」
 過去の世界から持ってきたアニメに夢中になる。
 ちなみに【おじーさま】は【王子様】の間違いである。
 頭の中がメルヘンで出来ているリータはすぐに自分の世界に入っていった。
 一方、ティータは10年以上前に来ていた。
 見よう見まねで姉と同じ時間旅行をしたのだ。
 姉に会いに来たが、姉とは違う時間にたどり着いたのだ。
「えーん、えーん」
「ん?お前ぇ、どーしたんだ?」
 草むらで泣いていたティータを少年が見つける。
 幼い頃の吟侍だった。
 ティータは警察に届けようと言うことになったがジョージ神父が反対した。
 神父は食堂にあるルフォスの核が異常に反応することからティータがただの赤ん坊ではないことに気付いていた。
 ティータのそばにある六つのかけら…これがとてつもなく恐ろしく感じた。
 届け出れば、大騒ぎになると直感でわかったのだ。
 かといって殺す訳にもいかず、とりあえず、孤児院でしばらく預かることになった。
 ティータは誰にも懐かず、泣き出すと地震が起きたり、大雨が降ったりするため、子供達は不気味に思い近づかなくなっていった。
 それでもカノンやソナタ、芦柄三兄弟を始めとする一部の子供は変わらずティータをあやし続けた。
 中でも特に、カノンは吟侍を誘ってママゴトをし、カノンはお母さん役、吟侍がお父さん役でティータを子供役にしてよく遊んだ。
 いつしかティータも【はてな】と名付けられ、吟侍やカノンに懐くようになっていった。
 中でも大きな桜の木の下でやるママゴトは特にお気に入りで恥ずかしがる吟侍を誘ってよくカノンと三人で遊んでいた。

「まぁま、ぱぁぱおちょいでしゅね」
「そうね、はてなちゃん。パパおちょいでちゅね〜」
「今、帰ったぞぉ〜」
 いつもの様に桜の木の下でママゴトを始める三人。
 ティータはご機嫌だ。
 だが…
「ここかね?千年桜というのは…おぉ確かに立派だな。神父さん、一億で買いましょう」
「いえ、ここは子供達の憩いの場でして、お売りする訳には…」
「神父さん、孤児院の経営、お苦しいのでしょう?」
「権造さん、あなたって人は…」
 悪徳商人、阿久野 権造(あくの ごんぞう)の魔の手が桜の木に伸びようとしていた。
 300人の子供を抱える孤児院、セント・クロスを維持するには莫大な費用がかかった。
 メロディアス王家が寄付金を集めてなんとかやってきているがそれでも、少しずつ借金は増えてきていた。
 そこをメロディアス王家に取り入ろうとしていた阿久野権造が目をつけた。
 セント・クロス内の千年桜は桜好きで有名なブルース国王が欲しがっているのを知っていた権造は借金を肩代わりし、さらに、一億で桜を買うと言ってきたのだ。
 桜を売れば確かに生活は少し楽になる。
 だが、憩いの場が一つ失われてしまう。
 ジョージ神父には契約書に判を押すしか道が無かった。
 カノンとソナタも父、ブルースに相談したが、権造のことは自分にはどうすることも出来ないと言われた。
 大人達は諦めていた。
 だが、子供達は諦めなかった。
 町中でお手伝いをし、そのお駄賃で紙と鉛筆を買い、ビラを作って町中に配った。
 署名運動もした。
 権造の家と千年桜の前に座り込みもした。雨の日も風の日も。
 ティータはそれを、その運動を間近でずっと見ていた。
 いつしか、町の外にまで噂がひろまり、当面の間、セント・クロスを維持するだけの寄付金が集まった。
 それでも、金に物を言わせて桜を奪おうとする権造だったが、子供達の真剣な態度に根負けしてついに諦めた。
 そう、力の無い子供達が桜の木を守ったのだ。
 ティータはそれを間近でずっと見ていた。
 例え、力が弱くても力を合わせて諦めなければ何とかなるということを知った。
 ティータは他にも吟侍やカノンから大切な事を教わっていった。
 ママゴトだけではなく本当のお父さんとお母さんのように…。
「いた、くーちゃん、いた」
 一年後、リータはティータを迎えに来た。
 非情にアバウトなティータ捜索だった。
 ティータがいなくなってから一時間後に探し始め、適当な時間を適当に検索したため、 ティータが到着した過去の時間から一年後に発見し、そのまま迎えに来たのだ。
「りーたお姉ちゃん…」
「もー心配したんだよーくーちゃんたらさー」
 ウソである。ついさっきまでアニメを見て楽しんでいた。
 本当に調子の良い子供である。
「誰だ、お前ぇ?」
 突然、現れたリータにティータを心配して見に来た吟侍達が怪訝そうに伺う。
 それほどにリータの出で立ちは怪しかった。
 どう見てもイカレた格好の幼女にしか見えなかった。
 アニメのコスプレだったのだが…
「もーう、めんどっちーなぁ…りーたとくーちゃんのきおく、無くなっちゃえー!」
魔法少女のようにステッキを振り回し、リータは吟侍達からリータとティータの記憶を掻き消した…つもりだった。

 3日後…
「お花ちゃん、それは?…」
「うん、はてなちゃんの…もう、天国に行って二年になるね」
 千年桜の根元に小さなお墓をたてたカノンが寂しそうに答える。
「え?はてなは里子にもらわれたんじゃなかったっけ?それに確か半年…」
「もう、吟ちゃん、何いってんの?こんな時にふざけないで…」
「え?いや、ふざけてなんか…あれぇ、おっかしーなー?」
 リータの記憶消去は非常にてきとーだった…
 カノンには死んで二年、吟侍には里子にもらわれて半年という記憶が残った。他の子供達にも本当にてきとーな記憶が残ってしまった。
 こうして、はてなことクアンスティータ・オルオリは吟侍達の中では謎の幼馴染として記憶に残った。
 まさに、はてなという名前にぴったりな思い出として…
 一方、オルオリはリータの目を盗んで過去に色々と足を運ぶことが多くなった。
 戻ってくるたびに大きく成長しているのであるが、リータは妹が自分の倍の身長になってもおかしいとは全く思わなかった。
 思うような賢さはまだなかった。
 やがて、オルオリの中でティオラとラトゥーナーも目覚め、クアンスティータ第一本体としては完全体へと成長をとげた。
 吟侍達との生活がティータの人間性も上げていた。
 このまま、まともに育ってくれれば…
 全ての人が幸せになるのに心強い味方になってくれるはずだった。
 だが、世の中そう甘くはなかった。

 オルオリは過去への旅で、彼女自信も気づかない内に出会ってはいけない存在に目をつけられてしまっていた。
 その名は【からっぽ】、神話の時代の名前は【ファーブラ・フィクタ】に…
 からっぽは神話の時代、核のままだったために注げなかった自らの力の殆どをオルオリを通して6つのかけらに注いだのだ。
 真の最強の化獣(ばけもの)となるための力を…

「俺の力は殆ど注いだ。だから、俺には何も残っちゃいない…今日から俺はからっぽだ。 クアンスティータ、俺の代わりに暴れまわれ!」

 純粋な良い子だったクアンスティータに狂気の種がまかれたのだ。
 オルオリはそのことに気付かないでいたが、共にあった6つのかけらの1つが第二本体として誕生するために鼓動を開始した時、全て気付いた。
 最後の最後、第七本体はとてつもない超化獣になることが。
 第五本体で味わう恐怖が可愛く見える程の力を第七本体は秘めている…
 決して世に解き放ってはいけない…
 希望なんて微塵もなくなる…
 自分が原因だ。自分が本当のパパに会ってしまったから…
 パパ(吟侍)やママ(カノン)が死んじゃう…
 人としての心を持ったオルオリの戦いはこうして始まる事になった。
 オルオリは東奔西走し、クアンスティータ本体とクアンスティータが所有する24の世界はそれぞれ独立した意志を持つことにたどり着いた。
 クアンスティータ本体の暴走はクアンスティータの所有する世界の意志を統合すれば何とかなる…
 そう、考えたのだ。
 だが、現在、集まった世界の意志、ボスキャラクター達はたったの5名。
 それも、世界を代表する程の力を秘めるラスボス達は1名も参加していない。
 だけど、いつか必ず、世界の意志を統一して第七本体の暴走を止めるんだ。
 吟侍達が外側から世界を救うのであれば、娘である、自分(オルオリ)は内側からクアンスティータの暴走を止める。
 少しでも多く、ティータの暴走を止める戦力をためるんだ。
 そう心に決めた。
「良いですか、皆さん?世の中には素晴らしいことがいっぱいあるんです」
 クアンスティータ・オルオリは今日も世界を代表するボスキャラ達に世の中のあり方を説いて回る。
 そうすることによってティータの世界の住民に世界を守るという意識を高めるのだ。
 諦めないという事は吟侍から…
 対話はカノンから学んだ。
 必ずやり遂げてみせる。私は吟侍とカノンの娘なのだから…
 そう思うのだった。