第五章 ユリシーズ外伝


 同窓会…懐かしい友達が集う会…
 ユリシーズ・ホメロス…彼も来ていた。
 七英雄の一人にしてリーダーの彼は、本来、このような会に来る男ではない。
 手のつけられない不良…。それがユリシーズという男だった。
 だが、この同窓会もただの同窓会ではなかった。
 参加者はたった六人、全員男。
 共通点はいくつかある。
 全員、孤児院セント・クロス育ち、カノン姫の事が大好き、とある世界で修行を積んだことだ。
 同窓会とはそのとある世界で修行を積んだ仲間という意味だった。
「よろしくね、ユリシーズ君」
「あっち行け、女となれ合うつもりはない…」
 カノン姫とユリシーズの出会いは最悪だった。
 ユリシーズの徹底的な拒絶。カノンは苦笑い。
 それだけだった。
 カノン姫と姉のソナタ姫が政(まつりごと)の一環でセント・クロスを訪れたのが気に入らなく、ユリシーズは徹底して拒絶した。
 特に、誰にでも優しく声をかけるカノンの行動は鼻についた。
 当時、まだ、英雄的活躍もしていない吟侍だったが、カノンと仲が良いということで、吟侍も目の敵にしていた。
「やめろ、ユリシーズ!弟に手を出すんなら、俺が相手になるぜ」
 義兄の琴太にかばわれる吟侍。
 当時は吟侍をことある事に殴りつけていた。
 吟侍はただ、殴られ続けた。
 決して手を出して来なかった。
 怖くて手が出せない臆病者…。ユリシーズは吟侍をそう評価していた。
 八方美人のやな女、ユリシーズはカノンをそう評価していた。
 心は荒み、同じく荒れていた他の孤児院の仲間を作り、曲がった事が大嫌いな琴太達のグループとよく対立をしていた。
 ユリシーズは仲間になったアーサー・ランスロット、ジークフリート・シグルズ、クサナギ・タケル、テセウス・クレタ・ミノス、ヘラクレス・テバイ、Jをチームリーダーとする七英雄というグループを作った。
「ユリシーズ、これ以上続けるつもりなら私としても考えなくてはならない…」
セント・クロスを運営しているジョージ神父が最後通告を彼に告げる。
 だが、それを聞くような成長はしていなかった。
 あちこちで暴れまくるユリシーズ達。
 だが、不思議と被害届は少なかった。
「よーし、今日はこの店で暴れてやろうぜ」
「へへ、そうだな」
「お前ら、いい加減にしとけよ。」
 ユリシーズが悪巧みの相談をしていると琴太が口を挟んできた。
「うるせえな!てめえにゃ関係ねーだろ…」
「関係あんだよ、弟とお花が火消しに回ってんだからな。手前らのガキっぽい悪戯の尻拭いして回ってんだよ、俺は止めろっつったんだけどな」
「けっ、だったら何だ?俺らは別に頼んじゃいねぇぜ。勝手にやってるあいつらがバカなだけだろ?」
「そうだ、あいつらはバカだ。手前らみてぇな腐った奴らは力づくで黙らせりゃいいんだよ」
「へっ、やんのかよ?」
「やらいでか!」
「お前ら手を出すな、こいつは俺がやる」
 琴太とユリシーズのタイマン。
 勝負はなかなかつかなかったが、一時間の激闘の末、ユリシーズが琴太をねじ伏せた。
「ばいばーい、負け犬ちゃん」
 とどめの一撃をいれようと琴太を蹴ろうとすると突然出てきたカノンがかばい、ユリシーズはカノンの顔を蹴ってしまった。
「あうっ…」
「ば、ばか…」
 さすがに、一国の姫君を蹴ってしまい、焦るユリシーズ。
「あんた達、何してんの!!」
 異変に気付いたソナタがSPと一緒に駆け寄る
「貴様、今、自分が何をしたか解っているのか!」
 SPに胸ぐらをつかまれるユリシーズ。
「…い、いいの、ちょっと転んだだけだから…」
 カノンがユリシーズをかばう。
「転んだって、あんた、鼻血出ているじゃない…」
 ソナタが心配して妹に駆け寄る。
「行くぞ、お前ら」
 バツが悪そうに帰っていく七英雄。

 その夜、集会に吟侍が一人現れた。
「お花ちゃんとあんちゃんに謝ってくれ…」
「寝ぼけてんのか、手前?何で謝らなきゃなんねーんだよ」
「おいらは、大事な人が悲しむのは見たくない…だから、せめて謝ってくれ…」
「誰が、詫び入れるかよ」
 アーサーが吟侍を殴りに向かって来た。
 吟侍は七英雄の悪事の火消しに被害者達から殴られたりしてボロボロだ。
 それでも、アーサー達は容赦がない。
「ぐっ…」
 腹を抱えてうずくまったのはアーサーだった。
 一発、それだけだった。
 アーサーと言えば、ユリシーズに続いて、七英雄のbQの実力を持っている猛者だった。
 それが、一発でのされてしまった。
「手前!」
「頼む、謝ってくれ…」
「誰が、謝るかよ!」
 束になって吟侍に襲いかかる。
 吟侍はボコボコにされながらもその全員を倒してしまった。残ったのはJとユリシーズだけだった。
 Jが殴りかかったのをよけてタックルする吟侍。
「!」
 何かに気付いたのか突然、動きを止める。
「や、やろう!」
 Jのパンチが吟侍の顔面にヒットする。
 しばらく殴られ続ける吟侍。
 そして、落ちていた紐をつかみそれを殴られながらもJを近くの大木にくくりつけた。
「放せちくしょう!」
 Jの本名はジャンヌ・オルレアン。女の子だ。
 ジャンヌはユリシーズの事が好きで近づきたかったが、ユリシーズは有名な女嫌いで仲間も女の子は一人もいなかったため、男装していたのだ。
 女の子は殴れないため、動けないようにしたのだ。
 ジャンヌにしこたま殴られ体力を著しく消耗した吟侍。
 後には体力がほとんど回復しているユリシーズがいた。
「俺には一度も勝ててねぇんじゃねぇのか?」
「関係ない、おいらは謝ってくれれば、それで良い…」
「俺を倒して名をあげるつもりか?」
「あんた達が黙っててくれれば、おいらは何もしゃべらない…」
「かっこいいねぇ…それが気に入らねぇんだよ!」
 吟侍を叩きのめすユリシーズ。
 だが、倒されても倒されてもユリシーズにまとわりつき
「謝ってくれ…」を連呼する吟侍。
 次第に、殴っているユリシーズの方も疲れて来た。
「てめ、いい加減に…」
「頼む…謝って…」
 殴り続けるユリシーズ。それでも吟侍は彼を放さない。
 チャッ
 銃口をユリシーズに向け現れたSP。
 彼は、カノン姫を蹴ったユリシーズを許してなどいなかった。
 闇から闇へユリシーズを葬ろうと引き金を引く。
 ガォン!
 弾はユリシーズを大きくそれた。
 吟侍がSPにつかみかかり軌道をそらしたからだ。
「に、逃げてくれ!…殺されちまう」
 さっきまで、倒そうとしていた男を逃がそうというのか?
 ユリシーズは脇目もくれず逃げ出した。
「小僧、カノン様のお気に入りだからと言っていい気になるな」
 SPが吟侍を怒鳴る。ユリシーズの始末の邪魔をしたのが許せないのだ。
「おいらも、あんたのしたことは忘れる。だから、あんたも…」
「解っているのか?あの小僧は姫様を蹴ったのだぞ」
「解っている。聞いたから…痛てて…だけど、殺すようなことじゃない。お花ちゃんもそれは望まない…」
「くっ…勝手にしろ」
 引き返すSP。それを見て安心したのか吟侍は大の字に寝っころがる。
「お花ちゃん、これで良いんだよな…」
 その後、吟侍もカノンもユリシーズももやもやとした日を過ごしていた。
 だが、ユリシーズは吟侍が時々、強くなっているような気がしていた。
 そんなある日、あの侵略者達、絶対者(アブソルーター)のジェンドとルゥオが人攫いに現れた。
 次々とセント・クロスの仲間がさらわれて行く。
 七英雄というグループ名にもかかわらず、ユリシーズ達は何も出来なかった。
 ユリシーズより強いと噂されていたウィルとフォルセすらさらわれてしまい、神父も日に日にボロボロになって行く。自分は震えていることしか出来なかった。
 あの時のSPも侵略者達に殺されてしまった。
 そんな時、活躍したのはあの吟侍だった。
 見事に侵略者達を退けてみせた。
「なぁ、あんた…あいつは一体、何なんだ?」
 気付いたらユリシーズはカノンに相談していた。
 カノンはにっこり笑って
「私が好きになった人。そして、あなたのお友達ですよ、ユリシーズ君」
 と答えた。
「俺は…、俺はどうすれば良い?」
 ユリシーズは一番毛嫌いしていた女の子に答えを求めた。
「自分史…作って見る?」
 彼女はそう答えた。
 カノンはユリシーズ達に自分のしてきた事を見つめ直すために自分史を作らせた。
アーサー達は露骨に嫌がった。
「うるせぇ、黙ってやれ!」
 ただ一人、ユリシーズだけは、それまでの態度とはうって変わって自分史に真剣に取り組んだ。
だけど、内容ははっきり言って無かった。
 やってきたことは悪いことばかりで、物語にならないのだ。
 支離滅裂になる内容。全く筋が通っていない。
 改めて、自分のしてきたことの愚かさを思い知らされる。
 だけど、カノンはユリシーズ達と行動を共にして自分史の内容として成立するイベントを増やしてくれた。
 楽しい、思い出が増えていったのだ。
 悪いことをするのは簡単。でも、それで人を動かすことは出来ない。
 良いことをするのは一見難しいが意外に簡単。そして、時には大きな力になる。
 信頼を得るのは良いことをしていた場合だけ。
 悪い事をしていたら、疑心暗鬼になっていつも心はひとりぼっち。
 そのことを少しずつ体験し、理解していった。
 気付いた時にはまっとうな人間…とはならなかった。
 そんなに簡単に人は変わるものではない。
 カノンの意見にも100%賛同している訳ではない。
 でも、吟侍やカノンは死なせたくない。
 俺たちが守るんだ。
 そう、思えるようにはなっていた。
 ある日、バタッとカノンが倒れた。
 調べた結果、吟侍の中にいる化獣(ばけもの)がカノンに悪影響を与えているらしかった。
 いくら好きでも一緒にいられない。
 いれば、カノンの命を削ってしまう。
 侵略者が攻めてきた時、手に入れたルフォスという化獣の力。
 カノンには猛毒のようなものだったのだ。
 ルフォスは今や、吟侍の命をつなぎ止めている心臓そのもの…。
 生きている限り、二人は一緒になれないのだ。
 吟侍はカノンを守れない…。
 その事を知った時、ユリシーズが動いた。
「吟侍、お前、ウェントスに友達助けに行くんだってな!姫さんはアクアで…」
「…一緒にはいられないからね…」
「…俺に、俺たちに姫さんを守らせちゃくれねぇか?」
「え?どういう…」
「お前が、俺たちを信用できねえのは解る。だが、俺たちはお前らに借りを返してえんだ。頼む」
 ユリシーズが土下座をした。
「お、おい、ユリシーズ…」
 近くにいたジークフリートは驚いた。ユリシーズは決して、他人に頭を下げるような男では無かったからだ。
「お前の心臓の化獣の作った世界、そこで、お前は強くなったんだろ?頼む、俺たちにもその力をくれ!姫さんを守りてぇ!!死なせたくねぇ!」
 ユリシーズは、カノンの、そして、吟侍のためにプライドをかなぐり捨てた。
 強くなるためには見下した男にも頭を下げる。
「あいつはでけぇ事をやる。だが、俺たちも負けねぇ!」
 ユリシーズは同窓会のメンバー、他の五人にそう告げる。
 他の五人も吟侍やカノンに思い入れがある。ユリシーズのように、二人に何らかの恩を受けた五人だった。
 一人、一人が自分の信念に従って行動を開始する。
 ユリシーズは七英雄の主要メンバーと共にカノンのサポートを選択した。
(姫さん、ほんとはずっとあんたの事が…)
 やめておこう…俺は俺のやり方で姫さんを守る。
「行くぜ、手前ぇら、気合い入れろ!邪魔な奴は潰せ!」
「ダメよ、ユリシーズ君、お話しましょ。お話」
「うるせぇ、気に入らねぇ奴は全部叩き潰す!ぶっ潰す!そんだけだ」
「だから、ダメだってば…。お話すれば、きっと解ってくれるから…」
「嫌だね、俺は殴る!」
「…もう!」
 カノンとユリシーズ達は意見の平行線をたどる。
 カノンは対話と交渉で友達を助けるつもりだ。
 話し合いでうまくいくもんなら世の中にゃ、戦争はねぇ!
 姫さんのダメなとこは世の中の汚ねぇ部分を知らねぇって事だ。
 綺麗事だけじゃ世の中回らねぇ…。
 そこんとこ指導してやんねぇとな…
 そう、思うユリシーズだった。
 J…ジャンヌが女だったのを隠してたのを許せたのも姫さんがいたからかな?

 姫さんとあいつにはマジ、借りばっかあるな…

 いろんな事、気付かせてくれた…

 ちったぁ返さねぇと、かっこ悪くて好き勝手できねぇじゃねぇか…

 …ったく面倒臭ぇな…とっととさらわれた奴ら助けて帰ろうぜ、なぁ姫さん!




第六章 ブリジット外伝


「逃げたぞ、あっちだ」
「女狐めぇ…してやられたわ」
 怪盗レディース…神出鬼没。どこから現れるか解らない泥棒。
 正体は女である事以外誰もわからない。
 今夜もどこかでアイテムが消えていく。
「そんなぁパーラちゃん…」
「ごめんね、騙すつもりじゃなかったんだけど、つい…あの、優しいから…ごめんなさい」
 彼氏の元へと去っていくパーラ。
 導造(どうぞう)は途方に暮れる。…いつものことだが…。

「どーちゃん、何人目?節操がないよ…」
 下の兄、吟侍(ぎんじ)が哀れみの目で導造を見る。
「うるさい、吟兄(ぎんにい)にはこの気持ち、解るもんか!僕は好きでやっているんだ、ほっといてくれ」
「導造、お前、女のケツばっか追っかけてねぇで、ちったぁ修行しろ!」
 上の兄、琴太(きんた)が末弟をしかる。
 芦柄三兄弟…本当の兄弟ではないのだが、三人は孤児院セント・クロスではセットで認識されている。
 兄二人は数々の武勇伝を打ち立てていた。
 特に、次男の吟侍は侵略者を追っ払ったとして、セント・クロス内では英雄扱いを受けていた。
 導造が大好きだったカノン姫も吟侍が彼女にした。
 導造は出来損ないの三男と陰口をたたかれていた。
 吟兄はセント・クロスを救ったからカノン、お花ちゃんは彼女になったんだ。
 そう、言い聞かせた。
 実際には吟侍が活躍する前からつきあっていたので、全然、そういうことではないのだが、導造はふられた理由が欲しかった。
 自分も頑張れば、お花ちゃんみたいないい女が彼女になってくれる。振り向いてくれる。
 そう、思って、自分をかっこよくみせていろんな女の子にアプローチをしかけたが、全部ダメだった。
 そんな導造を見かねてか、カノンは
「吟ちゃんは吟ちゃん、導ちゃんは導ちゃんだよ。自分らしくしていれば、きっと見てくれる女の子はいるよ」
 と言ってくれた。
 自分らしくって何?
 導造は悩んだ。彼は、いつも琴太や吟侍の真似ばかりしてきた。
 いつも、二番煎じ、三番煎じだった。
 だから、自分らしくというものが解らなかった。
 とりあえず、優しくしてみた。
 悩んでいる女の子の力になろうと頑張った。
 だけど、女の子はいつも彼氏がいることを隠して、自分を利用し、彼氏の元に去って行く…。
 カノンは言ってくれる。
「見返りを求めた優しさは本当の優しさじゃないよ」
 でも、やっぱり解らない。
 あー、解らない、解らない。
「ちょっと良いですか?」
「え?僕?…君、僕に声かけたの?」
「え?えぇまぁその…そうですけど」
 パァァァ
 導造の脳裏にパラダイスが浮かんだ。花畑が咲き誇った。
「芦柄 導造(あしがら どうぞう)15歳、見ての通り君とお似合いのお年頃です」
「そ、そうですか…あの、あまり、がっつかないで…ね」
「は、はい、その、あの、お名前お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい、名前は…、そうですね…マリアン…そうお呼びください」
「マリアさんですね。解りました」
「い、いえ、マリアン…マリアで良いです」
 名前を間違えるという致命的なミスを犯す導造。
 だが、間違えたままの名前で良いとは…。
 この女性はおかしい…とは気付かなかった。
 舞い上がり過ぎていたのだ…
「この辺に芦柄吟侍さんという方はいらっしゃいませんか?」
 マリアン改めマリアは導造に何気なく尋ねてみた。
 吟侍の武勇伝は外にも及んでいるため、話としては無難なものだった。
 …無難なはずだった。
 どよよよん…
 みるみる暗い顔になる導造…。吟侍に対するコンプレックスを持つ彼に次兄の話はタブーだった。
「…吟兄に何か?」
「あ、いえ…、ちょっと耳にしたものですから、どんな方かな〜って…。てっきりあなたがそうなのかと…」
 マリアは分かり易過ぎる導造の顔を見て慌てて取り繕うとする。
「吟兄なら、お花ちゃんってゆー彼女がいますけど?二人はラブラブですから今からあっても…」
 マリアは思った。だからもてないのよと。
「実は男の人の優しさに飢えている女の子がいるんですよ」
「ほんとー?」
 導造は歓喜した。
 マリアは吟侍に会いたかったのだが、まず、将を射んとすればまず馬からということで、弟と思われる導造に近づくことにした。
(ダメ人間っぽいけど、まぁ、この際、この男に近づいて様子を…)
 マリアの本名はブリジット・コルラードといった。このメロディアス王国の人間ではない。同じセカンド・アースの三大大国の一つニックイニシャル帝国のエージェントだった。
 任務は近々四連星へと冒険に向かうという吟侍という男を調べ上げること。
 メロディアス王家のブルース国王にも認められた吟侍という男の使う、レア・フォースの一つ、情拳(じょうけん)…。
 殴った者の心を揺さぶるとされる謎の拳…。
 セント・クロスの子供達がこぞって習っているとされるその技の秘密を探ってくる。
 それが、ブリジットに与えられた任務だった。
 隙あらば吟侍をガーデン王国に連れ帰る。そのためなら色仕掛けだろうがなんだろうがやるつもりでいた。
 だけど、隙がない…。馬鹿をやっているように見えて吟侍はかなりの切れ者だということは多くの人を見て来たブリジットにはすぐにわかった。
 琴太は色仕掛けに応じるような男ではない。
 だとすれば、必然的にこの抜けてそうな男、導造に近づくのが一番と判断したのだ。
「彼女がそう、ジェニファーよ」
「え?…彼女?」
 マリアが紹介したのは80歳近くのお婆さんだった。
 夫のトーマスとは死に分かれ、現在、息子さんと二人暮しだった。
 息子のショーンはジェニファーさんを虐待している疑いがかかっているけど、ジェニファーさんは息子は良い子だと言っているので、誰にもどうも出来なかった。
 だけど、毎日、同じ服を着ていて服の隙間には叩かれたと思われる痣が所々に見え隠れしていた。
「彼女のお友達になって欲しいんだけど…」
「お友達?…いや、でも、話とか合いそうもないし…」
「ひどい…彼女をフルの?いつもフラレているあなたなら、それがどんなにつらいことかわかると思ったのに…」
 両手を顔で覆い泣きまねをするマリア。
「わかった…わかりました。じゃあ、まずお友達から!」
「そう?ありがとう導造君、好きよ」
「ほんと?わぁ〜うれしいな」
 導造はうれしそうな顔をした。
「えーと、僕、導造って言います。茶飲み友達になってください」
「導造さんですか…よろしくお願いしますよ。ジェニファーです。ごめんなさいね、こんなお婆ちゃんで…」
「あ、いえ…えーと…」
 会話が続かなかった。そもそも年の差60歳以上で何を話して良いのかもわからなかった。沈黙があたりを支配する。
 そんな時、
「ババァ、てめえここに居やがったのか、早く帰って来いっていっただろ」
 突然、現れた恰幅のいい中年がジェニファーを蹴った。
「ちょちょちょ、ちょっとあんた、いきなり何すんだよ?」
 導造は慌てる。一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「うるせーな、これは教育なんだよ。人の内の事にごちゃごちゃ口出すんじゃねぇガキが」
「え、あ、す、すみません」
 つい、謝ってしまった。
 だが、何なんだ、この理不尽な男は?
「導造さん、息子のショーンです。だから、心配しないで…ね」
「ババァ、てめえ、勝手にしゃべんじゃねぇよ」
「痛い、痛い、ごめんなさい、ごめんなさい」
 髪の毛をつかまれ引きずられていくジェニファー。
 ふつふつと怒りがこみ上げる導造。
 だけど、勇気が足りなくて兄二人のように行動出来ない。
「誰かー、この人、お年寄りに乱暴しているわー」
 マリアが大声で叫ぶ。
 野次馬が集まる。
「ち、帰るぞ」
 さすがにまずいと思ったのか、ジェニファーの髪の毛を放すショーン。
 黙ってジェニファーがついていく。
「…全然ダメね…」
 マリアが導造に白い目を向ける。
 導造はその夜、眠れなかった。
 兄達との決定的な差、それは、理不尽なことに対する少しの勇気。
 力に自信がなければ、マリアのように、周りの人を呼ぶことも出来た。
 でも、自分は思いつきもしなかった。
 琴兄と吟兄なら多分、なんとかした…。
 自分は何も出来なかった…。
 何か、何かないのか…
 一晩中考えた。
 次の日の晩も、その次の日の晩も…
 そして、結論が出た。
「吟兄、僕をルフォスの世界に送ってくれ…」
 コンプレックスの原因である吟侍にものを頼むのは嫌だったけど、そんなことは言ってられなかった。
 あのお婆さんと息子の問題を解決するには情拳が必要だ。
 だけど、吟兄の中にいる化獣、ルフォスが怖くて今まで冒険の世界に行けなかった。
 セント・クロスの仲間は連れ去られた友達を助けるために、吟兄の作りだす世界に旅立ち見る見る力をつけているというのに、自分はひとり、見かけだけを気にしてた。
 でも、それじゃダメなんだ。
 僕も情拳を身につけるんだ。
 マリアさんのためでもない、ジェニファーお婆さんのためでもない。
 自分のために。自分が強くあるために…
 導造は決意を決めた。
 導造が旅立ったのは吟侍の作り出す世界の中でも一番優しい場所だった。
 それでも、泣き叫びながら、修行を続けた導造。
 そして、現実世界では一週間、導造が旅立った世界で言えば一年がたった。
 マリアは導造が消えた一週間、吟侍に付きまとった。
 が、のらりくらりとかわされ必要な情報は何も得られなかった。
 ちょっとせまってみたが、自分にはお花ちゃんがいるからと断られた。
 心臓の方はクアンスティータが気になっているみたいだけどと付け加えられて…。

 クアンスティータ…確か、セカンド・アースの神話で神御(かみ)と敵対した最後の化獣の名前…。
 何を言っているんだか…またはぐらかされてしまった。

 私が滞在出来るのもあと二、三日が限度、収穫は無しか…と諦めていた。
「ジェニファーさん。実はお別れを言いに来ました。私、ちょっと遠くに引っ越すことになって…」
「そうですか、マリアンさん…さびしくなります…」
「ジェニファーさん、息子だろうと、いえ、息子だからこそ、自分が悪いことをしているんだと認めさせないと…」
「息子は悪くないんです…私が悪いんです…」
「それは違いますジェニファーさん…」
 マリアはやり残した事、ジェニファーとショーンとの関係をどうにか出来ないかと思い、残りの二、三日は、せめて二、三日だけでもショーンの暴力からジェニファーを守ろうとしていた。
「ババァ、勝手に出歩くなつってんだろーがよぉ」
 仕事がうまくいかないのを親にあたる息子がジェニファーを連れ戻しにやってきた。
 ジェニファーにはまた、痣が増えている。
 仕方ない…しばらく動けないようにでもするか…
 マリアがそう思った時、
「お母さんを泣かせるなバカ息子!」
 導造が後ろから現れた。見るとあちこち傷だらけだった。
「いつかのガキか、黙ってろっつったろーが!殺すぞ、てめぇ」
「が、ガキはお前だ!親のありがたみも知らないバカ息子!」
 導造は孤児院育ち。親はいない。だけど、親のありがたみ、大切さは知っている。
「このやろー!」
 導造に殴りかかるショーン。
 導造はよけられずまともに受ける。
 吹っ飛ばされる導造。
 でも、すぐに起きた。
「目を覚ませバカ野郎!」
 何度も殴られながら、導造はショーンにビンタを決めた。
 目をパチクリさせるショーン。
 そして…
「俺だって、俺だって辛かったんだぁー」
 子供のように泣きじゃくるショーン。
「バカ野郎、お母さんの方がもっと辛かったんだ!そのくらいわかれ、バカ」
 ショーンを一括する導造。
 決まった。
「情拳…?」
 マリアは思った。これが情拳?…まさかね?
 情拳は心を揺さぶる奇跡の拳…でも、今のビンタを強くしたものが…情拳…なの?
「ジェニファーさん大丈夫?」
 導造は優しくジェニファーに声をかける。
 ジェニファーは…
 バシッ、バシッ!
「痛、痛、何するんだ、ジェニファーさん?」
「この、この、あんまり私の息子をバカバカいうんじゃないよ!」
「えー?ちょっと待って…ジェニファーさぁん…」
持っていた杖代わりの棒でジェニファーは導造を叩いた。やっぱり決まらない。
「…お袋…ごめんな…俺…」
「良いんだよ…良いんだよ…」
 ジェニファーに連れられて帰っていくショーン。
 これで、解決するとは正直思えない…。でも、何かのきっかけにはなったかも知れない…。
「そりゃないよ、ジェニファーさん…」
 涙目の導造。
 一週間、必死で修行して勇気を持って立ち向かったのに、受けた仕打ちがこれじゃぁ…。
 いつものように途方に暮れる導造。
 でも、いつもと違う事が起きた。
 チュッ
「へ?」
「かっこ良かったぞ、導造君」
 マリアが導造の頬に祝福のキスをした。

 カノンは言った。
「自分らしくしていれば、きっと見てくれる女の子はいるよ」と。
「マリアさん…」
 顔を真っ赤にして喜ぶ導造。
「ごめんね〜、私、本当はブリジットって言うの!また、会いましょう」
 マリア改め、ブリジットは導造から去っていった。
 でも、確かに言った。
「また、会いましょう」と。
「ブリジット・コルラード、任務御苦労。さて、次の任務だが…」
 上官が次の任務を告げる。
 次は、冒険者として四連星の探査に向かうこと。
 メロディアス王家での拉致事件を受けての四連星への潜入捜査だった。
「私はイグニスにさせてもらいます。良い男がそこに行くもので私も…」
 ブリジットは怪盗でもやってあの子にちょっかいでもかけて見ようかしらとふっと思った。
 そして、宇宙船に乗りこみ火の星、イグニスへと向かった。