第三章 フェンディナ外伝


 ファーブラ・フィクタの世界全域に驚異をもたらす13核の化獣。
 その全てを生み出した魔女ニナ…
 そのニナを神として崇める魔女の一族がいた。
 マカフシギ家がそれだ。
 マカフシギ家は外宇宙に存在し、全宇宙を支配するとされる全能者・オムニーアの頂点に君臨する有頂天10家の1つにまで上り詰めていた。
 10家の中から唯我独尊と呼ばれる統率者、支配者が選ばれ、全宇宙を統治していた。
「レリラル姉様、本気なの?ティルウムスを使うなんて…」
 マカフシギ家の次女ジェンヌが姉、レリラルに駆け寄る。
 魔女ニナが生み落とした10番目の化獣(ばけもの)ティルウムス…
 スペシャル・アカシック・レコードを持つジェンヌには万物のありとあらゆるものが大体、理解できる。
 その彼女は危険信号を出しているのだ。
 ティルウムスと言えば世界を司る力こそは無いが、1番の化獣ティアグラと7番の化獣ルフォスに匹敵する力を秘めている危険な化獣だと。
 ティアグラとルフォス、そして、最も恐ろしいとされる13番の化獣クアンスティータは13核の化獣の中でも過去、現在、未来を司る三大化獣として別格視されている。
 この3核の化け物と12番の化獣だけ、世界そのものを司る力を持っている。
 だから、特別視されるのはその4核だけなのだが、10番と11番の化獣も実はティアグラやルフォスに匹敵する力を持っているのだ。
 世界を持っていないというだけで、化獣は皆、集団、勢力を所有している。
 化獣1核の力を手にするということは不死身の怪物の大軍勢を率いることになるのだ。
 ティルウムスの力が使えれば今度の唯我独尊になれるのは間違いないだろう…。
 ティルウムス…10番の化獣。
 ニナのいた神話の時代、暴れた化獣は9番の化獣まで…。
 歴史上、10番から13番の化獣が暴れた記録はない…。
 つまり全くの謎なのだ。
 そのため、アカシック・レコードには全く記述されていない…。
 ジェンヌには不安があったのだ二桁番号の化獣には何かある…と。
「姉様、せめて、オリウァンコにしましょう。オリウァンコならば、比較的容易に手に入れられます」
 ジェンヌは最弱の化獣という不名誉な称号を持つ、8番の化獣の捕獲を提案する。
「手ぬるいわ。私はティルウムスで行きます。ナシェルとフェンディナを呼びなさい」
 ジェンヌの忠告には耳をかさず、三女と四女を呼ぶように言った。
 マカフシギ家四姉妹が揃うとき…それは狩りの合図だった。
 姉妹は配下の千人もの魔女を連れてティルウムスの捕獲に乗り出した。
「ここが、ティルウムスの巣…たいしたこと無いわね…」
 レリラルがつぶやく。
 宇宙の果てに位置する無名の星、そこにティルウムスの巣と呼ばれる場所があった。
 彼女達は配下の魔女を千人連れて、そこへ向かって歩き出した。
 圧倒的な大きさの巨木で作り上げられた密林には体長数十メートルにはなろうという恐獣(きょうじゅう)と呼ばれる怪物達が無数生息していた。
 恐獣はファーブラ・フィクタの世界でも生息してはいるが、それよりも巨大で力も強かった。
 が、有頂天であるレリラルは全くものともせずに、一睨みで、気性の激しい恐獣をおとなしい草食動物へと変えていった。
 彼女には相手の設定、プロフィールを変更する力があるのだ。
 レリラルだけではない、ジェンヌもナシェルもフェンディナも凶暴極まりない恐獣を涼しい顔をして蹴散らしていく。
 彼女らは宇宙最強の魔女の家系。
 そこいらにいる様な怪物程度では歯が立たないのだ。
 ジャングルを抜けると何もない岩場があり、恐獣より巨大な山の様な大きさをもつ超巨大生物の巣だった。そこの生物達は巨竜とよばれるスーパードラゴンだった。
 人語も解しレリラル達の能力にある程度耐性も持つドラゴン達は彼女達も多少苦戦した。が、ねじ伏せるまでの時間はそうかからなかった。
 配下の魔女たちも全宇宙の頂点の家系につかえているだけあってかなりの使い手だった。
 千もの魔女を相手にしては生息している怪物達では手に負えなかった。
 いよいよ、ティルウムスの巣という事になった一行だが、拍子抜けしてしまっていた。
 美しい自然に包まれた。動物達にとっていかにも住みやすい広い土地だったからだ。
 周りには見たことは無いが、可愛らしい小さな珍獣達がぴょこぴょこと歩いていた。
「何なの?ここは…」
 戦闘モード全開で訪れたそこは、まるで楽園の様だった。
 姉妹三人が気を抜こうとしている中、ジェンヌだけは警戒を解かなかった。
 この場所への違和感をひしひしと感じていたからだ。
 まず、姉妹が戦う気で、訪れたなら、小動物など、逃げる前に圧倒的な気の前にショック死するはず。でも、ここの珍獣達は相変わらず、ぴょこぴょこと元気に動き回っている。
 次に、巨大な力を持っていたスーパードラゴンだ。あんな、何もない岩場より、すぐ近くのこの場所の方が遙かに住みやすい。ここは、岩場よりも広くて住みやすいのだから。
 ドラゴン達にとって、こんな珍獣を追い出すのは訳はないはず…。
 何かある…ここには何かある…。
 そう考えていた。
「きゅいん…」
 かわいい鳴き声を上げ、ナシェルに近づいてくる一匹の珍獣。
「あら、かわいいわね…二、三匹飼っても良いかしら?」
 顔をほころばせ珍獣を抱き上げる。
「ナシェル、ダメ!!」
 ジェンヌが叫ぶ。
「ぐっ」
 可愛らしい珍獣の擬態から凶悪な顎が顔を出す。ナシェルを丸呑みする。
 ナシェルは得意の結果をねじ曲げる力により、今の状態を無かった事に、リセットをした。
「あ、危ない、何なのこいつ…」
 警戒をする四姉妹。
「さっきまでのとは訳が違うわよ。こいつらは全部、ティルウムスが放った怪物達よ。」
「きゅいん…」
 さっき、ナシェルに近づいた珍獣の姿に戻り、再び、ナシェルに近づく。
「…所詮は、獣か、同じパターンを…!?」
 油断するナシェルはギョッとする。今度は別の姿となったのだ。全身針の塊の怪物と金属の玉、醜悪なスライムのような液状の何かが一匹の珍獣から分裂変化した。
 その数も正体も全くわからない何か…。
 しかも恐ろしく強かった。さっきのドラゴンがかわいく見えた。
 気付けば、配下の魔女達は一人も残っていなかった。
 こんな名もないような珍獣に全滅させられたのだ。
「なめるな、雑魚が!!」
 怒ったレリラルが珍獣を一掃した。が、今度は、草木が、石ころが、川が怪物に変化して襲いかかって来た。
 宇宙最強の四姉妹が全力で相手をしていた。
 そして、疲労困憊になりながらも殲滅したレリラル達の前に、身体の透き通った少年が現れる。
 幽霊?いや、違う!ティルウムスだった。
「よく頑張ったな!」
 ティルウムスが口を開く。
「よく、頑張ったですって?無礼な!」
 レリラルがくってかかる。
「誰が、お前達に言った。ワシはこやつに言ったまでよ。」
 レリラル達が見たのは一匹の毛虫だった。
 レリラル達が今まで必死で戦ったのは毛虫一匹だった。
 ティルウムスは自身の能力を貸し与える事が出来る。
 自分の持つ勢力を自由にカスタマイズすることが出来るのだ。
 レリラル達は毛虫一匹に大苦戦を強いられていたのだ。
「なっ…」
 二の句がつけなかった。宇宙最強と謳われた姉妹が毛虫一匹に虚仮にされていたとは…。
「とは、言え、生き抜いたのは見事だ…ワシの力が欲しいか?身の程知らず共よ…」
 微笑する10番の化獣…。
「ティルウムス、私に、このレリラルに力を…」
 言い終わらぬ内に、
「ダメだな。お前は生意気だ。そうだな…、控えめなお前が良い!!」
 ティルウムスが向けた視線の先には四女、フェンディナがいた。
 姉三人の様に特別な大きな力を持たない彼女はいつも姉の後につき黙って従っていた。
 そんな自分が姉達をさしおいてティルウムスの力を手にすることなどできなかった。
「私は…!!」
 フェンディナの反論は許されなかった。ティルウムスは彼女の頭に進入し始めた。
「あぁぁぁぁぁぁ…」
 苦しみ始める彼女の口から、ティルウムスの言葉が発せられる。
「もちろん、ただではない。ワシの力に耐えられればお前のものになってやろう…」
「貴様、フェンディナから、妹から出ていけ!」
 激昂するレリラル。
「うるさい魔女どもだ…少し遊んでやるか…」
 フェンディナからは今まで見せたことのない邪悪な笑みが見て取れた。
 臨戦態勢をとる姉三人。
 フェンディナ≒ティルウムスの背後から本棚のようなものが出現する。
 その中から適当に三冊を選ぶとレリラル達の前に放り投げた。
「…使え。体力は回復するしお前たちも我が力の一部が使えるようになるぞ」
「どういう意味?何がしたいの、お前は?」
 ジェンヌの問いにティルウムスは「余興だ」と答えた。
 ジェンヌは慎重に本のようなものを調べた。
 結果はアーカイブと出た。
 データなどを記録しておくような物だった。
 一冊のアーカイブには物語が一つずつ入っていた。アーカイブと同化することにより、 その者はその物語の登場キャラクターの中から好きな者に自由になることができるらしい。
 ティルウムスは世界を持つまでの力はないが、架空の物語をいくつも所有しその中のキャラクターがすべてティルウムス自身の戦力となるのだ。
 さっきの毛虫もこのアーカイブで力を得ていたのだ。
 怪物辞典…そのような感じのアーカイブで…。
 恐る恐るアーカイブと同化をする姉三人。
「な、何?このパワーは?」
 融合されたと同時に以上に高いパワーを感じ始める三人。
 三人をしり目にさらに別の本棚が出現し、その中から一冊を取り出す。
「それは言ってみればワゴンセールのようなものだ。こっちは安いとは言え定価で売っている物だぞ」
 どうやらアーカイブの持っている力の差を言っているようだ。取り出した一冊が千体の魔女の遺体を吸収し、異形の怪物へと変化を始める。
「なんなんだ…」
「力の差は歴然…チームワークとやらで乗り切ってみせろ!」
 ティルウムスは神話を再現しようとでもいうのだろうか?
 かつて、神御(かみ)や亜空魔(あくま)力で勝っていた化獣(ばけもの)を力を合わせて倒したという。
 化獣同士は決して協力しあうことはしなかったという。
 ティルウムスは力を合わせなくても勝てると証明したいのだろうか?
 それとも…?
 だが、レリラル達もどちらかと言えば魔女の家系、化獣を生み出したニナの家系である。
 力を合わせるのが得意な訳ではない…
 レリラル、ジェンヌ、ナシェルの三人は次々に姿を変えて千体の魔女の遺体から生まれた異形の怪物に立ち向かっていった。
 最初はバラバラに戦っていたが、全く歯が立たず、次第に力を合わせて戦うようになっていった。
 それをティルウムスに乗っ取られたフェンディナが面白そうにみている。
 異形の怪物も異空間からさまざまなアイテムを取り出し、器用に操ってレリラル達を翻弄していった。
「くっ!」
 ナシェルが歯噛みした。力を合わせても3対1くらいでは勝てそうもない…。
 怪物には何度もとどめを刺されそうになりながら、寸止めで止められるという屈辱を味合わされていた。
「ははは、ウケるぞ、お前たち」
 笑い始めるフェンディナ。
 勝てない…どうやっても勝てなかった。
 三人とも悔し涙が出ていた。
「もう、いいよ…後は好きにやれ…」
 フェンディナがそう言うと怪物は本の形にもどり、本棚へと戻っていった。
 三人は…生かされていた…。

 ティルウムスはレリラル達のような存在をずっと待っていたのだ。

 自分の参加していない神話で、化獣(ばけもの)は負け犬扱いされていた。
 戦ってもいないのに敗者とされていた。
 それが、気に入らなかった。

 だが、敗者として神御(かみ)や亜空魔(あくま)に挑戦はしたくなかった。
 自分は【究極】の存在でなければならない…。
 自分は王者であり、自ら挑む挑戦者であってはならないのだ。

 だから、じっと火種が現れるのを待っていたのだ。
 ティルウムスの力で覇権を求める愚か者を…。

 自分はあくまで愚か者に力をかしているだけ…。
 王者の地位も結果として手に入れただけ…

 そうすれば、神御や亜空魔が止めにくる。
 そうすれば、自分は王者として神御や亜空魔を叩き潰せる。
 そうなれば、自分は化獣の頂点として君臨できる。

 ティルウムスはそう考えていた。
 ティルウムスは自分の都合の良いように動く手駒が欲しかったのだ。
 ティルウムスの意図が全く分からないまま、フェンディナは再び昏睡状態になった。
 形はどうあれ、ティルウムスの力は手に入った。
 だが、この力をこのまま利用するには危険すぎた。
 何か、手を打たないとこのままでは…
「何か、何か無いの?」
 レリラルは激しく後悔した。
 自分の傲慢がまねいた不幸。
 妹のフェンディナが地獄の苦しみを今も味わっている。
 ティルウムスになど手を出すべきでは無かった。あれは、自分たちの言うことを聞くような輩ではない…。気まぐれに力を貸すそぶりを見せ、力を望む者をもてあそぶ化獣なのだ。悔しかった。
 あれの持つ勢力は恐ろしく強く、ただそこいらで捕まえた毛虫にまでいいようにあしらわれてしまった…
「レリラルお姉様、心配しないで…。私は自分で…」
 健気なフェンディナ。
 邪悪なティルウムスの姿はその表情にはない。
「そんな身体でどこへ行く気なの!じっとしていなさい」
「大丈夫。ティルウムスはそんなに意地悪じゃない。ヒントをくれました」
 力なくほほえむ末の妹。
「ヒント?」
「ティルウムスは10番の化獣。当然、他の化獣も存在します」
「!そうね。他の化獣をその身に宿す者がいるかも知れない…。そいつを捕らえて…」
 マカフシギ四姉妹のティルウムスとの戦いはこの日から始まった。
 すでに知っている8番の化獣オリウァンコでは解決策は見いだせなかった。
 全宇宙を調べ上げ、化獣の所在を洗いざらい探した。
 そして、彼女達は芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)というヒントにたどり着く。
 7番の化獣ルフォスを心臓に宿す吟侍は頭にティルウムスを宿してしまったフェンディナと同じような立場だった。
 ルフォスの持つ身換え(みがえ)という能力もティルウムスのアーカイブによく似ている。
「レリラル姉様、ここは、私とナシェルで…」
 ジェンヌが提案するが、
「いいえ、ここは、私が出向くわ。今回は、このレリラルのミス。自分の尻くらい自分で拭くわ」
 妹の提案を突っぱねたレリラルは力押しではなく、吟侍に近しい者に自分を割り込ませる事にした。
 吟侍の孤児院、セント・クロスの仲間?いや、近すぎる。もう少し遠くから、様子を見るんのよ。
 セント・クロスに双子の姫が出入りしているメロディアス王家?ここだ…ここが良い。
 今から、私は第四王女シンフォニア。王位継承権第一位の王女。
 見事にメロディアス王家の姫君としてとけ込むレリラルであったが、一足遅かった。
 セント・クロス孤児院に訪問したシンフォニア王女は異母妹のソナタ王女と共に吟侍という男は、風の星、ウェントスへ向かったという…。
「姫様、吟侍にどのようなご用で?」
 ジョージ神父が当然の質問をする。
 ソナタ王女とカノン王女が吟侍を尋ねてくるのはわかる。三人は幼なじみだから…。
 だが、シンフォニア王女と吟侍は何の面識もなかったのだ。
「いえ…、妹から、聞いていたもので、どんな殿方か、見によったのです」
「それは申し訳ありませんでした。先ほども申し上げましたように、ソナタ姫様と一緒に ウェントスの方に向かいまして…あの子達には、無理だと判断したら、すぐに帰ってくるようには言っているのですが、よく、無茶をする性分で…」
 ジョージ神父の言葉はすでに耳には入っていなかった。
 どうする?
 王位継承権第一位の王女がわざわざ平民の少年に会いに他の星に出向くには無理がありすぎる。
 思案に暮れるレリラル。
「俺を雇わないか?」
 目の前には褐色の肌の青年が立っていた。レリラルはすぐに、この青年と自分の位置を別の場所に移し替えた。存在位置設定を変えたのだ。
「ほーう…神御の化身ともあろうものが、この私に雇われると?」
 青年は神御の化身。瞬時に正体を見抜く。
「解っているのなら話は早い。人としての名はハザードだ。見ての通り、平民の出で、星を渡る資金が無い」
「つまり、私にその資金を出せと?陰で何をこそこそしておる神御め!!」
 マカフシギ家は化獣を生み出したニナを崇拝する家系、つまり、化獣を倒したとされる神御とは敵対関係にある。
「我々は平和を望んでいるだけだ。お前の妹はティルウムスに取り憑かれているんだろ?これ以上、化獣に近い立場の者をあの星の周りに近づける訳にはいかない。それだけだ」
 ハザード達、神御の化身達はいまだ、誕生していない12番の化獣と13番の化獣の核のある惑星ファーブラ・フィクタに化獣が近づくのを極度に恐れていた。
 ファーブラ・フィクタ…ニナと共に13核の化獣を生み出した存在と同じ名をもつ星…そこに最後の化獣の核は存在した。
 現在、ファーブラ・フィクタに最も近い位置にある風の星、ウェントスには2番の化獣フリーアローラが隠れ潜み、7番の化獣ルフォスを宿す吟侍が向かった。そして、ウェントスを含む四連星には1番の化獣ティアグラの気配で満ちている。
 これ以上、危険な火種を向かわせる訳にはいかないのだ。
 レリラルにしてもティルウムスの例もあり、うかつに化獣に近づけない。下手に手を出そうと近づけば、フェンディナのように命の危険にさらされる…。
二人の利害は一致した。
 再び神父のいたセント・クロス前に存在位置を戻すレリラル。
「ジョージ神父様、紹介しますわね。彼はハザード、私の代理で、この度、四連星へ救出活動にいってもらおうと思っていますの…」
 レリラルの設定変更能力により、彼女の昔からの部下として組み込まれたハザード。
「おお、これは、これは、吟侍達も心強いと思います。どうかあの子達を助けてあげていただきたい」事情のわからない神父だったが、自分が育ててきた子供達を助けに行ってくれるとの言葉に素直に喜んだ。
「はい。僕もウェントスに向かおうと思っています。吟侍君にあったら、神父さんが心配していましたとお伝えしておきますよ」
「彼なら私も安心です」
 ハザードもレリラルも性格設定が変わっていた。二人の元の性格は紳士でも淑女でも無かった。神御や魔女なのだ。
 吟侍という少年は、幼い頃、七番の化獣の力を使い、侵略者を撃退したという事が解っている。
 つまり、化獣と力を共存することが出来るという事だ。
 まずは、吟侍を捕らえて…それからだ、後のことを考えるのは…。
 目指すは風吹く星ウェントス。
 たしか、神御(かみ)や亜空魔(あくま)になれなかった絶対者とかいう半端者が掬う星。ふん、そのような者、我ら全能者の敵ではない。
 そう思うレリラルだった。
「ごめんなさい…お姉様方…、私、ウェントスに行きます…」
 アーカイブで、自身の身代わりを用意して、一人、重い身体を引き摺りながら、セカンド・アースを後にするフェンディナ。
 また一人、吟侍を求めて少女が旅に出る。
 吟侍の周りにドラマが集まって来る。



第四章 野茂 偲外伝


「やっほー、琴太(きんた)君」
「おう、偲(しのぶ)か?お勤め御苦労さん」
「へへへ、それが、忍の辛いところかな?」
「お前ぇらが影で見守ってくれてるから、この町も平和なんだ。感謝してるぜ」
 野茂 偲(のも しのぶ)は忍者だった。いわゆる、くのいちだった。
 元々はエージェントと呼ばれていたが、メロディアス王家の第七王女、カノンを救った吟侍(ぎんじ)にあやかって吟侍の名前の国、地球の日本という国の忍者というものを取り入れようと吟侍贔屓(ぎんじびいき)のブルース国王が始めた制度だった。
 知識ゼロの状態から始めたので、厳密には本物の忍者とは違っていた。
 例えば、火遁(かとん)の術や、水遁(すいとん)の術などがあげられる。
 元々は、遁走術(とんそうじゅつ)…逃げるためのものであるのだが、セカンド・アース式は撃退用の攻撃術として認識されていた。
 メロディアス王家近辺の町の警護、それが、忍者に与えられた使命だった。
 吟侍が子供の頃に始まったものなので、全員、下忍だった。
 琴太と偲の出会いは、今から二年前の春。偲が修行が辛くて逃げ出した晩だった。
「あんたも夜桜を見に来たのかい?」
 隠れていた偲の気配に気づき、琴太は声をかけた。
 忍は影。人に見つかるなどもってのほかだった。
「私、やっぱり忍に向いてない!」
 目に涙を浮かべる偲。
「そんなのまだわかんねえだろう?」
 琴太はつぶやく。
「向いてないよ。私、逃げて来たんだもん」
「奇遇だな、俺もちょっと逃げて来たところだ。でも、すぐに戻るつもりだ」
 琴太は弟である吟侍(ぎんじ)が作り出す不思議な世界で修行中、辛くて逃げ出して来たんだと言う。
 だけど、桜を見ているうちにもう一度、帰る決心がついたという。
 そう、自分は息抜きに桜を見に来たんだ。それだけだと、思いなおしたのだ。
「綺麗だろ…」
「う、うん…」
 二人は桜を見入った。
「ここの桜はな、城のどこの桜よりぶっとくて立派なんだ」
「そうなの…」
「だからよぉ、俺がまだガキの頃、城に献上ってやつをされそうになったんだよ…」
「………」
「でもな、俺達、三兄弟と城の姫さん二人で頑張ってな、この桜を守ったんだ」
 偲は琴太の顔を見た。
 なんて優しい顔をしているんだろう…。そう、思った。
「初めて、守れたんだ。大切なもん、守れたんだ…嬉しかったなぁ…」
「………」
「だからかな…ここへ来るとまた、頑張れるんだ。また、あの時の感動を味わいてぇ…そう、思えるんだ…」
 涙が頬を伝う琴太。
「泣いているの?」
「てやんでぃ、泣いてねぇよ、俺を誰だと思っていやがんでぃ、芦柄(あしがら)三兄弟の長男、琴太様だぜ!」
「うそ。泣いてた」
「泣いてねぇって言ってんだろ」
「ふふふ、うそ」
 お互いを励ましあった夜から、二人の距離は近づいていった。
 と言っても恋愛と呼べるものではなかったが、何となく、一緒にいて居心地が良い。
 そんな関係だった。
 偲は途中から、忍術の修行の旅を吟侍の世界でやらせてもらっていた。
 化獣ルフォスの作り出すその世界は過酷な旅だった。
 だが、人生の限りある時間に修行のための時間をプラスする事ができる吟侍の世界は鍛えるにはこれ以上ない環境だった。
 身体をより戦闘向きに挿げ替えていく怪物達の力は凄まじく、命の危険は常に隣り合わせだった。
 吟侍の世界、それは必ずしも吟侍にすら味方はしない。
 容赦なく牙を向いて来た。
 だからこそ、力をつけることが出来たのだ。
 現実の世界とは違った世界観。
 吟侍の世界は住んでいた世界とは全く違っていた。
 住んでいる人、食物、怪物。全てが違っていた。
 神話の時代、魔女ニナが生み出したとされる13核の化獣。
 その中でも1番の化獣ティアグラ、12番の化獣クアースリータ、13番の化獣クアンスティータと吟侍の心臓となっている7番の化獣、ルフォスだけが、異世界そのものを所有するという…。
 この4核の化獣を相手にするということは冒険のクライマックスに登場するボスキャラ。その集団を含めた世界そのものを相手にすることだという…。
 琴太の弟はそんなとてつもない存在と共存しているのだ。
 弟に比べれば、自分の人生などたかが知れていると琴太は言う。
 でも、偲にとっては琴太も小さな時から過酷な世界に身を置いている雲の上の存在に見えた。
 自分のずっと先をいっていると…
 追いつきたい。隣にいたい。背中を預けたい。
 それが、偲の願いだった。
 だから、今日も修行する。
 今日も城下町を見守る。
「待ちやがれ!」
 琴太が侵入者を追いかける。
 侵入者は邪教の信者。
 麻薬、ドリームフォールを服用している。
 夢と現実の区別がついていない…。
 夢なら何をしても良いと思っている。
 無関係な人が3人も犠牲になった。
 ドリームフォールに侵された者は自分の身体も破壊しながら暴れまわる。
 狂気の薬だ。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ…ううぇぇうぇうぇ…」
 まともにしゃべることも出来ない…末期の症状だ。
「まともに話が聞けるような状態じゃねぇみてえだが、神妙にしろ!」
「げげげ…じねぇぇぇ!」
「この野郎!」
 襲いかかる狂信者。応戦する琴太。
「観念しろ!」
 琴太にとって十手があれば、鬼に金棒だった。
 すぐに取り押さえる。狂信者は暴れてもがく。
「ぐぎゃぐぎゃぐぎゃ…」
「おとなしくしろ!…ぐっ…」
 取り押さえていた琴太を後ろから鈍器で殴りつける者がいた。
 邪教の教主だった。
「困りますねー、芦柄さんでしたっけ?我が信者の邪魔をしてもらっては…」
 頭を押さえて倒れる琴太は自分が囲まれていたことに気付いた。
 狂信者の群によって包囲されていた。
「このどサンピンが、何の真似でぃ!」
「この国の国王には私こそがふさわしいと思いませんか?死をも恐れない僕を数多く抱える、この私こそが!」
「何、寝言をぶっこいてやがんだ、この悪党が。手前ぇが国王になっちまったらこの国は終わりだよ!ブルースのおっさんで十分でぃ」
「残念ですよ、芦柄さん。ご理解いただけなくて…でも、この薬であなたもすぐに私の言う事が理解できるようになりますよ」
 邪悪な笑みを浮かべる教主。
「木遁(もくとん)、乱れ桜の術!」
 突然、辺りが桜の花びらに包まれる。
 琴太をいつの間にか抱えた偲が現れた。
「誰かと思えば、くのいち一匹ですか、どうという事はない。やってしまいなさい、お前達、あれは夜食です。食べられますよー!」
 食人の指示を出す教主。
 教主が食べられると信じ込ませれば、狂信者はたとえ泥でも食べつくす。
「うがぁぁぁ…」
「ぎょげぇぇぇ…」
 奇声をあげながら一斉に襲い掛かってくる狂信者。
「石遁(せきとん)、号零夢(ごうれむ)の術!」
 偲は石を動かし、人の形に見せかけた。
 ゴーレムだ。
 石の兵士は堅い拳で狂信者達を殴りつける。
 顔が半分潰れる信者。それでもなお、ひるまずに襲い掛かる。
 最早、まともな人間ではなかった。
「偲、悪ぃ、助かった、俺はあのクソ野郎をぶちのめす!」
 立ち上がり、狙いを教主に定める琴太。
 教主を止めれば、信者もおとなしくなる。
「ひっ…」
 逃げ出す教主。
「待ちやがれ、この外道が!」
 追いかける琴太。
「手前ぇは獄門台に送ってやる。覚悟しろぃ」
 教主を追い詰める琴太。
「い、良いのですか、彼女を一人にして?こ、殺されてしまいますよ」
 何とか、逃れようとする教主。
 そうは問屋が卸さない。
「あいつならしんぺーねぇよ。あいつになら俺は背中ぁ預けられっからよ」
「ひひひ、私は占いもしてましてね…。あなたは、彼女に殺される。そう出ていますよ」「その占いとやらで手前ぇの年貢の納め時はわからなかったのかよ」
「ひひひ、私の占いは当たるんですよ…」
 ガスッ!
「そうかよ!」
 教主を捕える琴太。
 邪教は教主もろとも壊滅した。

「ひひひ、私の占いは当たるんですよ…。あなたは彼女に殺される」
 教主のたわごとが頭をかすめた。
 気にするこたぁねぇ…。俺の相棒はあいつしかいねぇ…。
 琴太はそう考えた。
「なぁ、偲…」
「なぁに、琴太君?」
 琴太には珍しくもじもじしている。
 偲は何だろうと思った。
「俺と一緒に、まぁ、その、何だ…テララに行っちゃぁくれねぇかな?」
「誘っているの?…ひょっとして…」
「何だよ、悪ぃかよ…」
「悪くない。行く」
「そうか…」
 友人の救出活動…。土の星、テララに行く事になった琴太と偲。
 教主の不吉な予言はあるが、気にしねぇ、気にしねぇ!
 俺は琴太だ。自分の信じた道を行く。
「ふふふ」
 偲は笑い出した。
「何だよ、気持ち悪ぃな」
「何でもない、ただ、夢がちょっと叶ったかなーって思っただけ」
「何だよ、夢って?」
「だから、何でもないってば」
 隣にいたい。背中を預けたい。
 夢が叶った偲。
 だが、行く先、テララでは彼女に不幸が襲う。
 そんな未来を知らない二人は今ある幸せをかみしめるのだった。