第十三章 エカテリーナ外伝


「強い、エカテリーナ選手。ウェントス王杯大会今年度の優勝者はエカテリーナ選手です」「エカテリーナ選手は代理ですので、アナスタシア様が今後四年間の支配権を獲得します」
王杯大会…テララ、アクア、イグニス、ウェントスの四連星のそれぞれの支配者を決める大会。
 星に君臨する絶対者・アブソルーター達がその実力を競う大会でもあった。
 周囲の観客は盛り上がっている様に見せかけられているが、支配される側にとっては誰が星の支配者になっても大して変わらないので、盛り下がっていた。
 本当に盛り上がっているのはほとんどアブソルーター達だった。
「退屈じゃ…妾は退屈じゃ。」
 エカテリーナはアナスタシアに愚痴をこぼす。
 気の弱いアナスタシアは絶対者としてはやっていけず、エカテリーナが代理を務めることによって、ウェントスの支配者に君臨できていた。
 だから、アナスタシアはエカテリーナには頭が上がらないのであった。
 エカテリーナにとってさしたる強敵もいないウェントスでは退屈で仕方なかった。
 強敵もいないというのは無理も無かった。エカテリーナは2番の化獣(ばけもの)フリーアローラの加護を受けていた。他のアブソルーターが彼女に勝てる見込みなど無かったのだ。
「平和なのは良いことよ。…テララかイグニスには救世主という者が現れてしまうかもしれないらしいし…」
 テララの支配者ルゥオとイグニスの支配者ジェンドからその事を聞かされていたアナスタシアはいつか自分も救世主に命を狙われるかもしれないと不安で仕方がなかった。
「何じゃ、救世主じゃと?面白い、その様な者、妾が蹴散らしてくれようぞ」
エカテリーナはいつも自信たっぷりだった。
 化獣の力を使う彼女は四連星の支配者達より飛びぬけていた。冒険者達がウェントスを指して不可能と呼ぶのもエカテリーナを示していた。
 エカテリーナの使う、フリーアローラの力…それはまるで、光の花畑にも見えるキラキラしたものにあった。
 その正体は【名無し】と呼ばれる怪物達であった。
 尋常ではない力を持つ名無しは名前を持たないが故に存在することが出来なかった。
 フリーアローラはその名無しに名前を与えることで、忠実な下僕として出現させることが出来るのだ。
 加護を受けるエカテリーナも同様のことが出来た。
 フリーアローラより格上である1番の化獣ティアグラ…。
 そのティアグラの所有する83に分かれた世界、八三間(はざま)の領域を侵さない限り、彼女に敵はいなかった。
 ティアグラ…1番の化獣…
 7番の化獣ルフォスと13番の化獣クアンスティータと共に三大化獣に数えられる過去を司る化獣…。
 圧倒的な力を誇っていたが、神話の時代、ルフォスと覇権をめぐり争い、その隙をついて、神御(かみ)と亜空魔(あくま)の連合軍により、残った2番から6番と8番、9番の化獣が倒され、ティアグラはルフォスとの相討ちにより化獣は滅びたとされている。
その時、ティアグラの所有していた世界は83の小世界に裂かれたとされている。
 83の小世界、八三間(はざま)…。それは、ティアグラが所有していた世界のなれの果てだった。
 83に分かれてもその1つ1つに強大な力を持つ怪物、いわゆるボスキャラが存在していた。
 リアルワールド…この世界は化獣、神御、亜空魔が頂点に君臨する…。
だが、ティアグラの所有する世界では別の存在が頂点として君臨しているのだ…。
不可侵とされている場所…それが、八三間だった。
そして、八三間の入り口は突然、冒険者達の前に出現し、彼らを異世界へと運んでしまう…。
 それが、四連星において、そこを支配する絶対者以上に恐れられている狭間への扉だった。
 エカテリーナは慢心からその恐ろしさを理解していなかった。
「その方、名は何と申すのじゃ?」
 エカテリーナは城を抜け出して身分を隠し(ているつもりで)、人々が暮す町へと繰り出していた。
 そこで、目が虚ろな町の人間とは思えない少女に出会い、話しかけてみたのだ。
「クリスティナ…」
「そうか、で、何をしておるのじゃ?」
「お願い…一緒に死んで…」
「??何じゃいきなり?いかれておるのかそなたは?」
 首をかしげるエカテリーナにクリスティナはいきなり切りかかってきた。
「何をする?無礼な!!」
「お願い…死んで…」
「たわけめがぁ!!」
 あっという間にクリスティナをねじ伏せるエカテリーナ。
 普通の人間なら即死の一撃…。だが、彼女はムクリと起き上った。
 首が180度曲がっていたがすぐに元に戻った。
「もののけか?そなたは…」
「死にたいの私…」
「死にたがりめ…胸糞悪いわ!」
 息一つ乱さず凄まじい斬撃を繰り出すクリスティナ。
 だが、エカテリーナにとっては大したことではなかった。
 首をはねる。が、クリスティナは首を拾って定位置に戻す。
「褒めてつかわす、人間!妾に力を使わせるとはな!」
 鏡が出現する。
 異能反転(いのうはんてん)…鏡に映った者の能力を反転させる力だ。
 鏡に映れば、不死の身体はたちまち死の身体となる。
 クリスティナを鏡で映しにかかるエカテリーナ。
 が、彼女をとらえることはなかった。
 突如、エカテリーナの前に現れる巨大な扉。
 町中に不釣り合いなほど大きい。
 狭間への扉…。それは突然現れ、冒険者を異世界へと運び、再び消える。
 エカテリーナもその餌食となってしまった。
 不覚にも一瞬気を失ってしまった。
 次に、エカテリーナが目を覚ました時、あたりはかなりの濃霧に包まれていた。一寸先は闇ではなく、霧だった。
 だが、ここは、風の星、ウェントスとは別の場所のようだった。
 エカテリーナはフリーアローラの名無しのかけら…、光の花畑を展開した。特殊な光により霧が晴れていく…。
 目の前には村らしき光景が広がってきた。
「ここはどこじゃ?」
 村人に訪ねてまわるエカテリーナ。
 どの村人も怯えて答えなかった。
 まるで、何かから隠れているようだった。
 それでも根気よく村人に声をかけ続けたエカテリーナはどうにか答えてくれる村人を見つけることができた。
 よく見ると、その村人にはちゃんと影があった。
 怯えている人間には皆、影がなかった。
「皆、自分に追いつかれるのを恐れているんだ…」
  少年はそう答えた。
「自分に追いつかれる?どういう意味じゃ?」
「八舞(やまい)のイフェメラだよ。知らないのお姉ちゃん?」
 聞けば、この迷い込んだ世界(小世界)は八舞という八体の怪物が人々を脅かしているという。
 イフェメラはその中の一体で、噛みついた者の影を切り離すという…。
 そして、影は、噛みつかれた者と同じ姿となって、追ってくるという。
 影に追いつかれた者は消滅し、影は、怪物の姿になってイフェメラに使える忠実な下僕と化すという…。
 ドッペルゲンガーのようなものを作り出す能力だろうか…。
 合わせ鏡の秘術…。フリーアローラの力を使えるエカテリーナは襲いかかってくるイフェメラが牙を突き立ててもガラスが割れるように実体をぼやかし猛攻をかわしていった。
が、エカテリーナの異能反転もイフェメラのスピードが速すぎて捕らえきれない。
 捕らえたと思ってもかげろうのようにゆらめきやはり実体を認識できない。
 一進一退の攻防が続いた。
 こんなやつが八匹もおるというのか…
 エカテリーナは自分と互角の力を持つものがこんなにも自分を脅かすと初めて知った。
 そして、自ら、距離を取り、鏡を通して、フリーアローラと対策を練ることにした。
 が、フリーアローラは現れない。
 名無しの花畑も消えてしまった。
 そう、ここは、ティアグラの世界。フリーアローラの力はかなり制限されているのだ。
 どうすればよいのじゃ…
 エカテリーナが考えあぐねていると
「あれ〜?ここどこだろ〜?」
 という間延びしたちょっと抜けた感じのする声が響いている。
「な、なんじゃ?」
 エカテリーナは幼女の姿を確認する。いや、ほとんど赤ん坊といってもいいくらいの年格好だ。おそらく、一歳か二歳といったところか…。
「だいじょーぶ!りーたちゃんはおねーちゃんだからだいじょーぶ!」
独り言を言っている。
 この幼女の事で解るのはこの子はエカテリーナの様に扉に引き込まれたわけではなく、突然、現れたということ。つまり、ティアグラの世界に易々と入ってこれる程、強大な力を持っているということだ。
 幼女は辺りをキョロキョロしだした。
 そして、エカテリーナを確認すると、近づいてきた。
「いらっしゃいませぇー」
 いきなり訳のわからないことを言い出す。
「な、なんじゃ、お前は?」
「りーたちゃんだよ〜いらっしゃいませぇ〜」
 りーたと名乗る幼女はニカッっと笑った。
 怪しく、不思議な童女。だが、イフェメラは彼女を恐れてか近づこうとしない。
「何者じゃ?」
「りーたちゃんだってば〜。2年後からきたの〜。お店屋さんだよ〜。だから、何か買って」
 どうやら、ごっこ遊びをしているようだ。彼女の話が本当なら時間旅行でもしてきたというのだろうか?
「じゃあ、この状況をなんとかせぇ…」
 エカテリーナは適当にあしらうつもりでなげやりに言ったつもりだった。だが…
「まいどー!30円になります」
 りーたは真剣に受け止めた。
「釣りはいらん、とっとけ」と鏡からガラス玉を作り出し、彼女にわたす。
「じゃー、これがしょーひんになりまーす」
 りーたはその辺の土から泥団子を作り出し、エカテリーナに手渡した。
「な、なんじゃ、これは…」
 渡されたのはただの泥団子のはず…。だが、とてつもないパワーを感じだ。
「なんとかせー玉になります」
 りーたはとってつけたようなネーミングで商品名を言った。
 だが、なぜか子供のお遊びのようなこの泥団子が他の何よりも頼もしく感じた。
 ぴろろろろ…
 おもちゃの携帯電話がなる。りーたが持っていた物だ。
「もしもーし。りーたちゃんですよー」
 何やら話しこんでいる。迷い込んだ異世界で苦もなく陽気に振る舞う幼女に唖然とするエカテリーナ。
 頭の中にお花畑でも広がってそうな会話に違和感だけが、実感できた。
「もう、しょーがないなーくーちゃんはー。りーたちゃんがいないと何もできないんだからぁ〜」
 ぷくぅと頬をふくらますりーた。
 どうやら電話口にいるのは妹らしい…。
「じゃあ、くーちゃんがさびしーって泣いてるからりーたちゃん帰るね〜」
 間延びした声と共に掻き消えるりーた。
 呆然とするエカテリーナ。
 まさか、さっきまでいたのが12番の化獣で、電話の先にいたのが13番の化獣だとは夢にも思っていなかった。
 最強と言われる化獣達にしてはイメージがマヌケすぎるからだ。
 りーたがいなくなってしばらくするとイフェメラが再び攻撃を仕掛けてきた。
 エカテリーナはとっさにさっきもらった泥団子を投げてイフェメラの目をそらそうと考えた。
 だが、彼女の思惑は大きく外れた。
 目隠しくらいに考えて投げた泥団子が、イフェメラを撃退してしまったからだ。
泥団子がいわゆるぴこぴこハンマーにかわり、ピコッピコッっと気の抜ける音を立ててイフェメラをたたく。
 バナナの皮になってイフェメラを転ばす。
 たらいになって頭に落ちる。
 牛乳のように白い液体になって、鼻から噴き出す。
 まるでコントを見ているような光景だったが、イフェメラはダメージを負っていき、ついに倒れてしまった。
 本当になんとかしてしまった…
 元の土塊に戻る泥団子。
 悪夢じゃ…
 エカテリーナはそう思った。自分を苦しめたイフェメラは冗談のような攻撃で撃退されてしまった。
「帰ろう…」
「いえっさー」
 ぼそっとつぶやく彼女に土塊に戻ったはずの土塊から返事が帰ってくる。
「もう、よいわー!」
 思わず叫んでしまった。コントに参加する気はない。
「う、うぇ…」
 突然ぐずりだす土塊。
「わ、わかった。わかったから泣くな…」
 やっかいなものを押しつけられた…扱いに困る…そう思った。
 土塊はティアグラの世界を無理矢理こじ開けて出口を作って見せた。
 これは、これで便利かもしれんな…
 エカテリーナは思った。
 いざ、出口をと思った時、背後にクリスティナが立っていた。
「…貴様か…妾はもう、用は無い。どこへなりとも消え失せるがよいわ」
 エカテリーナが吐き捨てると
「いえっさー!どこが良いですか?」
 土塊君がまた口を挟む。
 せっかく、かっこよく決めているのにすべて台無しだった。
「どこでもよいわ。イグニス辺りにでも捨ててこい」
「らじゃー」
 そういうと土塊君はエカテリーナを外へ出した後、狭間への扉をイグニスへと持って行った。
 ウェントスを後にする土塊君を見て一言。
「…泥太郎にするか」
 名前をつけた。
 土塊君改め泥太郎を自身の所有物と決めたエカテリーナだった。
「そう、それは良い経験をしたわね」
 鏡の中のフリーアローラが言った。
 今回、彼女の勢力、名無しはまるで役に立たなかった。ただ、ティアグラの世界の住人と訳のわからない闖入者に振り回されただけだった。
 城へと戻り、親友であり、ウェントスの支配者アナスタシアと三人でお茶を飲むエカテリーナ。仲の良い茶飲み友達だ。泥太郎も近くで泥遊びをしている。
 今回の事で、自分はまだ、最強ではないと知ったエカテリーナ。
 上には上がいる…。それが理解出来た。
「妾は刺激が欲しいのじゃ。アローラ、占ってはくれぬか?」
「良いわよ。楽しませてくれる存在がいるかどうか占って見るわ」
「えー、いいわよー私は刺激なんていらないわ。平和が一番」
「妾はいやじゃ。退屈じゃ」
 わいわいやりながら、フリーアローラの鏡占いを始めた。
 鏡に一人の少年が映る。
 名前は芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)。このウェントスにやってくる冒険者だった。
七番の化獣ルフォスを心臓に宿す男。
「噂の救世主とやらか…。ここに来るのか?」
 わくわくするエカテリーナ。逆にアナスタシアは嫌な顔をする。
「もしも、こうなったらってシミュレーションしてみるわよ…」
 もしも、吟侍が七番の化獣を心臓に宿さず、ただの人間だったら…。
 もしも、攻撃が全く効かない相手との相手だったら…というものだった。
 吟侍には全く勝ち目がない…そう思っていたら、吟侍は他の場所から武器を持って来て相手を倒してしまった。
「なんじゃ、これは?反則じゃ。よそから武器を持ってくるなど…もう一度じゃ!」
エカテリーナが言うと、今度は外部から全く遮断された世界でのシミュレーションで同じように戦わせてみた。
 すると、今度も相手の力をうまく利用して自滅に追い込んだ。
 攻撃しようとしていた右腕を蹴り上げて相手自身の顔面にぶち当てたのだ。
「………………」
「どうかしら?これが、吟侍という男よ。七番の化獣という強大な力を持っているけど、それが無くてもこれだけやれる」
「…面白い。おうてみたいわ!吟侍か、よし覚えたぞ。泥太郎支度せい!」
「らじゃー」
 エカテリーナは不思議な高揚感に包まれていた。
 いるではないか面白い男が…。
 楽しませてくれそうな男が…。
 強い者だけが、妾を満足させる…。
 彼女は楽しそうに旅の準備を始める。



第十四章 アリス外伝


 過去の時代の救世主、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)を求めて旅立った少女、ステラ・レーター。
 彼女がいた未来の世界、グリーン・フューチャー。それとは別の未来、レッド・フューチャーでのお話です。
 この世界でも、誕生したクアンスティータの五番目の本体の一つ、リステミュウムにより、世界は壊滅的な被害を受けた。
 この世界では、グリーン・フューチャーでの染色体の異常により男性が激減している状態にはなっていなかった。
 男性は存在することが全く出来なくなってしまった。
 つまり、男性は全くいない。
 子作りも女性同士で行い。力も男性と同じくらいはあった。
 男性が必要とされない世界。
 それが、このレッド・フューチャーだった。
「お目覚めなさい、アリス・ルージュ」
 人造超人アリスが起動する。
 出来る限りの科学の粋を集めた超人アリス。
 人々の希望となる超戦士アリス。
 衛星兵器を数多くもつ、要塞兵器アリス。
 星の一つや二つは軽々と破壊する力を持っている。

 でも、リステミュウムには遙かに遠く及ばない。
 でも、人々はその儚い希望にすがるしか無かった。

「止めなさいウェンディー!あなたの力はこの世界ではどうにも…ドロシー、彼女を止めて!」
 ヘテロ・ヒューマン。
 改造手術を受けた人間をそう呼んでいた。
 ウェンディー・ホアン…彼女はヘテロ・ヒューマンの一人、合成人間。
 動植物や物体と同化し、同化したものの力を使うことができる。
 が、クアンスティータ・リステミュウムに食い散らかされたこの世界に彼女と同化できるようなまともな動植物や物体は存在しなかった。
 つまり、ウェンディーはこの世界では全く戦力にならない…。
 リステミュウムに親兄弟の存在を歴史から抹消された彼女には家族の記憶がない。
 ウェンディー自身も突然、出現した存在という曖昧な立場になってしまった。
 明るかったウェンディー自身も感情表現が苦手となって、人とうまく対話出来ない。
 同じくヘテロ・ヒューマンの改造人間ドロシー・アスール…。
 彼女は恋人と普通にデートするごく普通の少女だった。
 当然、恋人は存在ごと消し去られ、彼女は片目を失った。
 しかも、彼女は生まれ育ったセカンド・アース人ではなく、遠い星から宇宙船に乗ってやってきた宇宙人ということになってしまった。
 体験したこともない経験が彼女の心に記憶としてすり込まれてしまっている。
 みんな体験してきた人生をめちゃくちゃにされていた。
 思い出もへったくれもあったものではなかった。
 すがる、大切な思い出が本当のことなのかどうか全くわからない。
 リステミュウムにより人間という存在は根こそぎ否定されてしまったようだ。
 みんなボロボロだった。

(ティータを止めて…リータの力をあげるから…)
 微かな声が聞こえる。
 だけど、まだ、誰もその声を聞き取れる者はいない…
 アリスだけは感じとれた。
 でも、アリスには心が無かった。まだ、心が無かったのだ…
「さぁ、アリス、これは何だ?」
「これはりんご…」
「ではこれは?」
「これはみかん…」
 アリスはまだ、機械的に聞かれたことしか答えられない…
 人とはまだ、呼べない…無機質、無感情な女の子だった。
「また、出たぞ、かけらだ…」
「くそ…何人目だ…」
「今度は突然変異だ」
「ちくしょう…どうなってるんだ…」
 かけら…消えたリステミュウムが残した残留思念だ。
 突然、現れ「遊ぼ…」という声と共に辺りに新たな驚異を撒き散らす。
 突然変異…さっきまで仲間だった者が突然、怪物化して、襲いかかる。
 打つ手が無い…。
 為す術が無い…。
 仲間がまた一人、また一人と減っていく。
「ウェンディー、ダメ!死んじゃう」
「だ、だいじょぶ…だい…じょ…」
 無理な融合を繰り返し、血反吐を吐き倒れるウェンディー。
 身体はガタガタなのに精神だけで、何とか持ちこたえていた。

(ミールクラーム・パールを探して…)
 また、謎の声がする…。
 でも、誰も聞き取れない…。
 クアンスティータ・ミールクラーム…リステミュウムと同じクアンスティータの四番目の本体の一つ。奇跡を起こす力を持つとされるクアンスティータ…。
 出てきてすぐ、リステミュウムに殺されたクアンスティータだった。

 クアンスティータ…。
 7つの本体と24の心を持つ最後の化獣(ばけもの)…。
 その力はあまりにも強大で神御(かみ)も亜空魔(あくま)も他の化獣(ばけもの)ですらひとたまりも無かった…。

 24の意志はバラバラで、リステミュウムの様に世の中全ての敵になる意志もあれば、味方になってくれる意志もあるはず…。
 人々はまだ、その事に気付かない…。

「ウェンディー…」
 アリスは療養中のウェンディーに声をかけた。
 アリスから何か行動することは初めてだった。
「アリス…何?」
「ミールクラーム・パールとは何ですか?データにありません…」
「知らない…あたい何も知らない…」
「そう…ですか…」
 会話はそれだけだった。
 次の日、ドロシーがウェンディーの病室を訪れた。
「おとなしくしてるウェンディー?」
「してるよ、あたい、おとなしくしてるよ…」
 ぶっきらぼうにウェンディーは答える。
「そう、何か変わったことあった?ま、…何も無いか?」
「あったよ。…アリスが昨日、来た」
「へー、あの感情のないアリスが?珍しいわね…あはは、でも、しゃべるのが苦手な二人の会話なんて想像がつかないわね〜、何話したの?」
 ドロシーは何気なく言った。が、ここから奇跡の連鎖は始まる…。
「ミールクラーム・パールは何かって…あたい何も知らないから…」
「ミールクラーム・パールねぇ…ごめん、私も知らないわ、今度友達にでも聞いて見るわ…」
 友達の多い、ドロシーはあちこちに聞きまくった。
 だが、誰も知らない…。
 だが、噂話には尾ヒレがつくもの…。
「違うわね、多分…これも違う…」
 いつしかこの話は、対リステミュウムにもなりうる奇跡のアイテムと呼ばれ、人々はパールのようなものを探し始めていた。
「遊ぼ…」
「また、かけらが現れたわ!」
「アリスだ、アリスが狙われている!」
「まずい、アリスが突然変異でもしたらこの一帯は壊滅するぞ!みんなアリスを守るんだ」
「お姉ちゃん…遊ぼ…」
「まずい、もう一つかけらが現れた」
 二つのかけらがアリスを襲う。
 まずい、取り憑かれる…
 その時…

 アリスが消える。
 その場にいたアリスは分身の術。いや、デコイだった。
 だが、かけらはリステミュウムの力を有している…不可能な事などあるのだろうか?
 デコイと関係のある者としてアリスを引き寄せた。
 関係者繋がりで捕まえる能力…もはや何でもありだった。
 これでは逃げようがない。
「この!」
 ウェンディーが石をかけらに投げつける。
 当然、そんなものがかけらに利くはずもない…
 あっという間に粉々になる。
 そして、中からパールのようなものが出てきて近くにいたアリスの口に入り、彼女は飲み込んでしまった。
「?」
 周囲の人々は目を疑った。
 アリスを捕らえていたかけらがもう一つのかけらに襲いかかり共倒れしたからだ。
 ウェンディーはアリスの服に落書きをしていた。
 リステミュウムなんか共食いでもしてろと…
 その落書きが消えている。もう一つ、アリスが友達になってくれますようにという落書きと共に…
「ウェンディー…心をくれてありがとう。私はアリス、あなたのお友達」
 感情の欠落していたアリスから発せられる心が込められた言葉と暖かなスマイル。
「ミールクラーム・パールだわぁー」
「わー!」
 人々に歓声が起きる。
 本当にあったんだ、ミールクラーム・パールは…
 人々に希望の光が灯る。
 人々はミールクラーム・パールを本格的に探し始める。
 そして、一つのパールをこの世界を変えて欲しいと強く願っていたドロシーが見つけ、 クアンスティータの姉、クアースリータが残していた世界の力を元にした生体ネットワークシステムがドロシーの友達、ラプンツェル・ホワイトによって発明されて、アリスに標準装備された。
 それによって、平行世界、パラレルワールドの存在が証明され、このレッド・フューチャーはグリーン・フューチャーとブルー・フューチャーという別の未来との交信が可能となった。
 それによって、グリーン・フューチャーチームは過去に芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)というリステミュウムを倒す可能性がある者とコンタクトを取るために過去にわたる準備をしていることを知らされた。
 風の星、ウェントスで活躍したという救世主…。
 風の星…風…なら、私達は新たなる風、ネオ・エスク(新風)と名乗ろう。
 それぞれの未来が自分達の世界を救うための行動を取ろう…。
 私達はネオ・エスクの名の下に打倒リステミュウムを誓おう。
 そう決意するアリス達レッド・フューチャーだった。
「グリーン・フューチャー、ステラチームはすでに過去にわたったみたいだわ。」
ドロシーが時間軸の歪を確認した。
「私達、三人もレッド・フューチャー、アリスチームとして過去に行くわよ」
チームリーダーを務めるアリスが、ドロシーとウェンディーに伝える。
「まずは腕試しよ。吟侍という男の力を見定める。その上で、私達も彼に、彼の冒険に協力する」
「わかった…あたいもやるよ…」
 また、一つ、希望の光を求めて過去へ渡るグループがあった。
 リステミュウムは強大で恐ろしい…
 でも、あいつを倒すためなら何だってやってやる…
 過去だろうが、未来だろうが、行ってやる…。
 アリス達の辛く、長い冒険も今、始まる。