第九章 からっぽ外伝


 自分時間(じぶんじかん)…その能力を使った者しか存在しない自分のためだけの時間と空間。
 そこにたたずむ男がいた。
 ファーブラ・フィクタ…彼は太古の昔、そう呼ばれていた。
 自分時間もその男が考えた能力だった。
 彼は恐ろしく強かったが彼自身がもっとも自慢にしていたのは新たなる力を生み出す発想力だった。
 人も神も悪魔も彼の驚異的な発想力を欲しがった。
 これはそんな男の話である。

「スピドとパワ…お前達兄弟のスピードとパワーはなかなかのモノだ。参考にさせてもらったよ」
ファーブラ・フィクタは速度自慢と力自慢の兄弟を相手にスピード対してスピードでパワーに対してパワーでねじ伏せた。
「ファーブラ・フィクタ、おとなしくわが主、リアル様の軍門に下れ」
スピドの言うリアルとは絶対神、唯一神と言われる存在だった。
「嫌だね。俺は型にはまるのが嫌いだ。俺は自由に生きる。誰にも邪魔はさせない…」
「悪いようにはせぬ。英雄、いや、神の座も用意するとリアル様はおっしゃている」
パワもファーブラ・フィクタに説得を試みる。
「英雄に神か…どうでもいいな俺にとっては…」
「世界の頂点の一柱に加えると言われているのだぞ」
「狭いんだよ。それ…」
「なんだと?」
「例えば、英雄だ…怪物を倒した、病原菌から国を救ったことでそう呼ばれるんだろ?」
「何が言いたいんだ?」
「黙って聞いとけよ。だが、病なら空気感染、いや、空間感染する病原菌…そりゃ、もう病原菌とは呼ばねぇか…そんなようなものはどうだ?リアルの奴のように時空に亀裂を入れて病原菌のようなものを取り囲んで隔離するか?そりゃ、もう、人間に出来ることじゃねぇよな」
「貴様…」
「なら、こんなのはどうだ?同じ次元に存在するものを一瞬にして消滅させる怪物は?英雄譚うんぬんになる前に全部終わりだよな」
「そんなものがいるわけない」
「そう、それだよ、狭いと言っているのは…」
「なんだと?」
「ダメなレベルの事があるだろ?神(リアル)にも人(英雄)にも…。俺には常に見えているんだぜ、そういうレベルの事が…」
「やはり、貴様は危険だ」
「危険思想だ。我々は排除する」
 ファーブラ・フィクタの考えに驚異を感じたスピドとパワが臨戦態勢を取る。
 人には人の、神には神の、それであるために必要な弱さというものがある。
 それを踏み越えようとするもの…。
 それは、自分たちの存在を脅かす危険なモノ…。
 存在自体が危険だ。
 唯一神、リアルはスピドとパワに命令を下していた。
 懐柔できないときは消せと。
「ははは、やって見ろよ。出来るモノならなぁ」
「全軍、出陣!この愚か者を討て」
 パワの号令に従い、空間の狭間に隠れていた天使の兵が動き出す。
 その数、5000億。たった一名を相手にするような数ではない。だが…
「共通点は空間に隠れていた天使…」
 ファーブラ・フィクタは兵の共通点を指摘し、一瞬にして全滅させた。
「な、なんだ?何をした?」
「何なんだ…」
 スピドとパワは驚愕する。
「リアルの一味って共通点でも良かったんだけどな、とりあえず、後悔する奴が必要だろ?」
「な、何を…」
「言ったろ?お前らは狭いって。俺はお前らの許容範囲の外側にいる。俺を捕らえることは出来ねぇさ」
「ば、化け物め!」
「そう、化け物(化獣)だ。俺の力を継がせようと思っているのは。そして、俺自身は半分だけ、人間に転生しようと思っている。俺の発想力の半分だけ持った人間にな。俺の力が勝つか?発想が勝つか?残り半分は楽しく見物させてもらう。お前達の出る幕はねぇ。安心して消えな」
「ただでは死なぬ」
 決死の特攻を仕掛けるスピドとパワ。
 だが…
「がががががっががががっがががががががががが…」
「ぴぴぴぉぴぴぴぴぴぴぴいぴいぴぴぴっぴぷぉ…」
「ははは、お前達の世界では存在しない痛みだ。どう反応していいか、わかんねぇだろ?」
ファーブラ・フィクタはパワの存在意味に傷をつけていた。
スピドには魂に異物を混ぜていた。
 唯一神リアルが恐れたもの。それは、ファーブラ・フィクタの発想力。彼から次々と理解できない力が生み出されていく。
 そんなモノが世に出回ったら対処の取りようが無かった。
 だから管理が必要だった。
 だが、それも無理な話だった様だ。
 リアルが次の刺客を差し向けようと思案に暮れていた時、ファーブラ・フィクタが目の前に現れた。
 奇妙な物体を二つ、リアルの前に放り投げる。
 元はスピドとパワと呼ばれていたモノだ。
「取引だ。俺は、自分の事以外、興味がない。俺の存在を忘れてくれるなら、お前達の時 代から姿を消そう。ダメならここで消えてもらう。どうする?」
 取引とは名ばかりの脅しだった。
 リアルは苦々しく承諾した。
 ファーブラ・フィクタは姿を消し、リアルに植え付けられた恐怖という感情が悪魔を生み出した。
 そして、太古の神と悪魔の時代が始まった。
 そこに、ファーブラ・フィクタの姿はない。

 やがて、太古の神と悪魔の時代は終わり、ファーブラ・フィクタは自分時間の中から顔をだし、魔女ニナと出会い、化獣(ばけもの)を生み出す。
 その後、化獣を倒したものが神御(かみ)と亜空魔(あくま)と名乗り、三強時代に突入する。

 そして、更に時は流れ、ファーブラ・フィクタの力の象徴、13番目の化獣、クアンスティータが生まれ、ファーブラ・フィクタの半分の発想力を持つ芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)と出会うようになる。
 太古に存在したファーブラ・フィクタという危険な男の思想が近い将来、クアンスティータという悪夢となって現世に舞い戻る。
 それを阻止するのもやはり、ファーブラ・フィクタの意志を継ぐ者…。
 ファーブラ・フィクタという男が何を考えているかはわからない。
 わからないからこそ、それを恐れた世界から排除されたのだから…。

 吉と出るか凶と出るかは人の心を手に入れたファーブラ・フィクタ、吟侍の行動次第。

 ファーブラ・フィクタ…物語は段々と大きくなっていく…。



第十章 小花外伝


 ドサッ!
「きゃあぁぁぁぁっ」
「てめぇ、誰に断ってその醜い面でここにいんだよぉ」
 幼少の時、やかんを頭からかぶった少女、小花(シアオホワ)は顔がただれている。
最強の化獣(ばけもの)クアンスティータ・リステミュウムが暴れ回った世界では、治療技術も人々の記憶から消し飛ばしてしまったため、ろくな治療が行われていなかった。
 男性の数もほとんど存在せず、残り少ない男性はみんな暴君の様に女性に対して振る舞っていた。
 この地を治める、ゴーマン・レイコックもその内の一人だった。
 醜い心のゴーマンは美人以外はその存在価値を認めないという男であり、つい先日、この地を支配していた別の男性を殺害し、この地の支配者におさまっていた。
 前の支配者は情が深く、不憫に思った小花を身の回りを世話をする侍女として雇っていた。
 ゴーマンのそばにいるのは、見た目は美しいかもしれないが、長いものに巻かれるイジメッ子タイプの女性ばかりだった。
 ゴーマンに取り入るためにターゲットとなる相手を決め、それを集団で暴力を振るいそれを一緒に虚仮にして笑う…そんな女性達だった。
「わ、私はお側係として…がっ!!」
 小花が言い終わらぬ内にゴーマンの取り巻きの女性に蹴り飛ばされる。
「何で、お前みたいなのが生きてんだよって言ってんだよ!!…ねぇ、ゴーマン様ぁ」
「そうだな、とりあえず、お前、死んでみろよ!ぎゃはははは!」
「そんな…」
「おら、ゴーマン様が死ねとおっしゃったんだ、さっさと死ねよ、ブス」
「そうだよ、死んじゃいなよ!きゃははははは」
「俺様に醜いものをみせたんだ、死ぬのは当然だな!」
 ゴーマンと取り巻きの女性達の罵声が小花に降りかかる。
 小花は悔し涙をこらえていた。泣けば、連中をつけあがらせるだけだ。
 くやしい時は笑ってやれ。そう思った小花はにっこり笑って見せる。
 ドガッ
「ギャンッ」
「何がおかしいんだ!こいつ!!泣けよ、喚けよ、つまんねぇだろうが」
「そうよ、そうよ!」
 ゴーマン達に理屈は通じない。
 小花は我慢の限界が来て、涙した。
 その時、がれきの山のてっぺんから声がした。
「醜いものを見せたから死ぬのは当然か…同感だな!」
 すました顔の男性だった。
 容姿に自信のないゴーマンを敵意をむき出しにする。
「な、なんだてめぇは!!」
「とりあえず、Fとでも名乗っておくか…じゃあ、Fってことで…」
「何が、Fだ!てめぇ俺様のやることに文句でもあんのか?」
「そうよ、ゴーマン様の言う通りよ」
「ゴーマン様のような色男に文句でもあるの?バカ男」
 容姿は完全にFの方が勝っているのだが、どちらが強そうかと言えばゴーマンの方が上だった。
 だから、殺し合いになればゴーマンが勝つと思い、取り巻きの女性はゴーマンを擁護した。
「あんたらのやることに文句はねぇさ。クズはクズなりに楽しみたいんだろ?何が楽しいのか解らねぇがな。だがな、お前らの醜い自慰を俺が見ちまった。どうしてくれるんだ?飯が不味くなんだろ!ゴミはゴミなりに陰でコソコソやるのが礼儀だとは思わんのか?」
「て、てめぇ、黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!降りてこい!ぶっ殺してやる!!」
「言われなくても降りてやるよ…ってか面倒臭ぇから、お前があがってこい!」
Fがそう言うと地面が盛り上がり、ゴーマン達のいた場所はFと同じ高さまでせり上がった。
「…妙な能力だ…」
「大した力じゃねぇよ…」
ゴーマンにもFにも余裕が感じられる。
「そうだな、大した力じゃねぇ!俺様にとっちゃなぁ!!てめぇ、俺様が何で、あのクアンスティータとか言う化け物から生き延びたか知らねぇだろ!」
「…たまたまだろ…」
「違うねぇ、俺様は全宇宙最強の防御能力と不死身の能力を持っているからさぁ!加えてこのパワー!!」
 ドドド…
 ゴーマンが突進する。Fはひらりとかわした。
「つまり、防御能力と不死身の能力、それにパワーを取っちまえば、ただのバカのできあがりだってことだな」
「バカはてめぇだ!能力が取れれば世話ないって…ギャアアアアアッ!」
 ゴーマンの右腕が巨大な蟻の首に変わり、左足から草が生えた。もちろん、ゴーマンの能力ではない。勝手に変わったのだ。
「…取り替えておいたから…無敵の防御能力とやらとは右腕が一番最近殺した生き物の首に変わる能力と不死身の身体とやらは左足に植物を取り込む力に…」
「な、何しやがった…」
「だから説明したろ!聞いてなかったのか?」
「ふ、ふざけ…ぴろっ!!」
 ビンタをくらい口を切って血が流れる。だが、超回復するはずの口から、血が絶えず流れている。
「お前さんは出てくる舞台を間違えたんだ。俺の歴史に出てくるべき男じゃない。そろそろご退場願おうか…」
「ひっ…たっ助け…」
 力の差を理解し命乞いを始めるゴーマン。が、彼の前には無数の亡霊が…
「そいつはこいつらに言うんだな。お前が今までの人生で殺してきた全ての生き物の霊だ。頑張って命乞いしてくれ」
「や、やめて…ひぎゃああああっ!」
 霊に取り殺されたゴーマン。醜い肉の塊と化した。
「…さっきはごめんなさい…ゴーマンの奴が怖くて…仕方なかったの」
「この豚野郎!よくも、あたし達に好き勝手やってくれたわね!」
ゴーマンの取り巻きの女性達は手のひらを返しゴーマンの死体に唾を吐きかける。
そして、Fに腕を絡ませ胸を押し当てる。彼女達は次のご主人様を決めたようだ。
「………」
 Fの反応は無い。
 小花はスコップで土を掘り返し始めた。
 それを見かけたFは小花に尋ねる。
「何をしているんだい、お嬢ちゃん?…」
「はい、この人のお墓を…」
「そいつはあんたに死ねっていってたやつだけど?」
「でも、無くなったら仏様です」
「!良いね〜君、良いね〜」
 Fはここに来て初めて笑顔になった。
「F様ぁ〜こんなの放っておいて、向こうで楽しみましょうよぉ〜」
「………」
 Fはあいかわらず、取り巻きの女性達には無反応だった。
「あ、あのお邪魔なようでしたら、この方のお墓を作ったら私出て行きますんで…」
 気を遣う小花。
「…実はさぁ、君にプレゼントがあるんだよ!」
「プレゼント?ですか…」
「そう、プレゼント!」
 言うが早いかFは取り巻きの女性達から顔のバランスを奪い、それを小花に与える。すると小花は目鼻立ちのくっきりした美人へと生まれ変わる。
 反対に取り巻きの女性達は残らず顔が醜くただれだした。おまけに身体のバランスも崩れてしまって立つこともしゃべることも出来なくなった。
「そ、そんな、この人達を元に戻してあげて下さい」
 小花は取り巻きの女性達を元に戻すように懇願する。
「ちっちっち!俺は悪党だからそれは聞けないな!やりたいことをやるだけさ!あんたを綺麗にしたのも俺の気まぐれさ!明日には気が変わるかもしれない!じゃあな、お嬢ちゃん」
「Fさん…」
 呆然と立ちつくす小花。Fはどこかへ消えてしまった。
 F…ファーブラ・フィクタはこのブルー・フューチャーに暗躍を始めた。