第十五章 はてな外伝


 ここは深淵…ルフォスの世界…

 ファーブラ・フィクタにこの人ありと謳われた救世主、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)の心臓の代わりをしているルフォスは異世界を一つ所有する化獣(ばけもの)だ。

 現実から隔離された異世界…それはいくつかの層に別れていた。
 まだ、力の未熟な吟侍は表層部にしか干渉できない…深淵部には関われない…。
 だから、この最深部は吟侍も知らない世界…。
 そこにはたった一つの魂が住んでいた。
 【はてな】と呼ばれた少女の魂が…

『おう、小娘、今日の分の土産だ。あのバカの映像だ…』
 ネズミの様な顔をした第七の化獣ルフォスの本体が最深淵部にやってきた。
『ありがとうるーちゃん。いつもありがとね』
『ちっ、るーちゃんと呼ぶなっつってんだろうが、俺様にはルフォスという名前があるんだ。ルフォス様と呼べ』
『わかったよ、るーちゃん』
『…わかってねえじゃねーか…』
 ルフォスは毎日、吟侍が寝た頃を見計らってはてなに彼の活躍している姿を届けていた。
 はてなは、幼なじみである吟侍の映像を見るのを楽しみにしていた。
 現実としての彼女は、死んだことになっている。
 幼なじみである吟侍やカノン達にとっての悲しい思い出だ。
 幼い頃、たくさん遊んで、泣いて、笑って、そしてお別れした。
 吟侍達は勇者となるべき存在。
 そして、彼女は倒されるべき存在だから…。
『あはは、吟侍お兄ちゃんったら…』
『あ、すごーい!』
『やったね、吟侍お兄ちゃん!』
『そうだね、すごいね吟侍おにいちゃん。』
 吟侍の一挙手一投足にも一喜一憂するはてな。
 とても大切な者を見る様な瞳で、ルフォスの持ってきた映像を見ている…
『…良いのかよ…』
『え?なぁにるーちゃん?』
『このままで良いのかよ?お前…』
『何で?幸せだよ、私…』
『じゃあ、何で泣いてんだよ!』
『…これはね、うれし泣きって言うんだよ…吟侍お兄ちゃんが教えてくれたんだ』
『このまま、俺と吟侍が強くなったら、いつかお前だって倒してしまうかもしれねぇんだぞ?』
『うん、待ってるよ。そうして…』
『何でだよ!俺様にとってお前は恐怖の対象で…』
『ごめんね、怖がらせて…』
『くそ…何でだよ…』
ルフォスは苦悶の表情を浮かべる…。
 少女の名前ははてな…でも、これは吟侍とカノンにつけられた名前…
 本当の名前はクアンスティータ…最強の化獣の分離された魂…。
 大好きな吟侍やカノンはいずれ、自分の身体を倒しに来る。
 そういう宿命…
 でも、幸せだよ…
 嬉しいこと、楽しいこと…みんな教えてくれたから…
 はてなは懐かしそうに思い出を語る。
 川へ魚釣りに行ったこと。
 一匹も釣れなかったこと。
 隣町で迷子になったこと。
 ずっと、離れないで手をつないでいてくれたこと。
 砂遊びをしたこと。
 トンネルを掘って、開通したこと。
 ブランコに乗ったこと。
 一緒に乗ってくれたこと。
 缶蹴りをして遊んだこと。
 鬼に見つかって捕まっているのを助けてもらったこと。
 それは楽しそうに、嬉しそうに語る…
《バカたれが…助けてって言葉も教わっただろうが…何で言わねぇ…》
 とルフォスは思う。
『…きっと私の身体は吟侍お兄ちゃん達に迷惑かけちゃうから…だからさ、言えないよそんなこと…』
『心の中で思った事に答えるな!』
『…ゴメンね』
『…だからってこのまま黙って正体も明かさずに殺されるつもりか?』
『…吟侍お兄ちゃん…優しいから…私だってわかるとさ、…ね、わかるでしょ?』
『わかんねぇよ!くそったれが…』
『あ、吟侍お兄ちゃん、また一つ強くなったよ、頑張って!』
 少女は願う…
 大好きな人に自分を倒してもらう事を…

 悲しいお願いを…

 吟侍やカノンは知らない…
 知れば無理をして、少女を助けるから…
 誰にも言えない…ルフォスとはてなだけの秘密…
 人知れず…いなくなろう…
 はてなは吟侍を見誤っている。
 彼はきっと気付くだろう…
 そして、君を助けてくれる…。

 彼は、いつか少女の本当の願いを叶えてくれるから。



第十六章 ブルー・フューチャー外伝


ブルーフューチャー編


「惑星ベヘモスと惑星リヴァイアサンの男性が全滅したらしいわ」
「またぁ?どんどん、男の人が減っていくじゃないの…どうなっちゃうわけ?」
 女性戦士達が噂をしている。
 世の中から男性が消えていっている。それだけではない。どんどんいろんなものが破壊されて行く。
 クアンスティータ・リステミュウム…。この名の化獣(ばけもの)が現れた時、全宇宙マルチバースは油断していた。
 いや、なめていたと言っても過言では無かった。
 だが、実際、それは途轍もない化け物だった。
 リステミュウムは同時に無数の場所に出現していた。全宇宙の主立った戦力と同時に敵対していたのだ。
 そして、それぞれのリステミュウムは一発ずつの光の弾を飛ばし消えた。母であるニナを探すために…。
 突然現れ、突然消えたリステミュウムに拍子抜けする各勢力だったが、驚愕するのはこの後からだった。
 リステミュウムが放った光の弾はまるで生き物のように動き、何度も姿形を変え、分裂を繰り返し、勢力全体に襲いかかった。
 魔法陣をいくつも作りだし、異形の怪物達を生み出したかと思えば、何でも溶かす液体に変化し、また、勢力の猛者達にそっくりだが、何百倍もパワーが上回る偽物に変化し、空から巨大な剣山の雨が降ってきた。
 そう、リステミュウムはたった一発の光の弾に全宇宙を攻撃する全てを詰め込んでいたのだ。
 そして、宇宙の外側ではインフレーションが連続で起こり、信じられない規模で宇宙は広がりを見せていた。今まで見えていた星が急速に遠ざかっていた。
 それまで、当たり前だった勢力図が悉く何度も簡単に塗り替えられた。
 見たことも無い猛者、化け物が出現し強者達を捕食していった。

 セカンド・アース/ブルー・フューチャーも例外ではなかった。
 凄絶な生存競争があり、星内の食物連鎖の頂点にはピューパ・チャイルドが君臨することになった。
 ピューパ…蛹の名をもつ小さな怪物はリステミュウムの光の弾によって生み出された新勢力だった。
 外見は人間の子供に近かった。肌の色等多少違うがそれほど大きな違いはない…
 無邪気に遊びまわり、笑う。泣く。
 が、ストレスを与える事が一切出来ない。ストレスを与える度に身体が硬直し、完全に硬直すると蛹と化し、メタモルフォーゼされた超モンスター、幻蝶(げんちょう)が蛹の中から無数に顔を出す。
 幻蝶は自身のエリアを持つ怪物だった。
 本体の周り半径数キロに渡り幻蝶のエリアとなる。
 周りの環境が幻蝶のためのエリアと変わり果て、異物を吐き出そうと他の存在にとっての過酷な環境となる。
 幻蝶は飛び回っているだけで、環境が次々と破壊されていくのだ。
 そんな幻蝶の元となるピューパ・チャイルドが一つの町に何百人もいる…それが、ブルー・フューチャーの抱える問題だった。
 追い出すことも出来ずにそのまま放置するしかなかった。
「グラナテ、ペルラ、ラピスラスリ、クアルソ、トパシオ、トゥルケサの六名は従来通り、あの少女の警護に当たってもらう」
 トライ・ライフの司令官、テソロは部下である六名の女戦士達に命令を下す。
 隊員もかなり減ってしまった。
 残る部下は他に5名。
 ディアマンテ、ルビー、サフィロ、トゥルマリナ、エスメラルダには別の任務を与えようと思っていた。
 過去の世界へとある少年、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)という人物との接触、連れ帰る事が任務だ。
 この世界の説明にはまず、トライ・ライフという存在を説明せねばなるまい。
 異世界の強者等との存在をダブらせる、存在同期(そんざいどうき)をすることで、このブルー・フューチャーの世界ではどう考えても作り出せないパワーのある存在になる研究が行われた。
 ベースとなるのは人間の少女。
 その少女に異世界の怪物やその他の有望な物質などを二つ以上召喚合成することで、存在が同期され全く新しい存在へと生まれ変わる。
 そうして生まれた存在をトライ・ライフと呼んだ。
 始めはベースとなる少女を含めた3つの存在を合わせるという意味でつけられた名前だが、研究が進むに当たって、2つ以上の何かと存在同期をすることになったので、意味は試みるの方になった。
 人道に外れた実験だが、そうしなければ過酷過ぎる状況をどうすることも出来なかったのだ。
 トライ・ライフの実験は失敗も多く、かなりの数の少女達が命を落とし、生き残っても廃人のようになったりもした。
 数少ない成功例がトライ・ライフと呼ばれたのだ。それでも最初は100の星に一億はいた。
 その成功例から推測される亡くなった者の数は計り知れない。
 だからこそ、その希少性から宝石の名前が成功者達に与えられた。
 そして、トライ・ライフの人体実験はある奇跡を起こしていた。他の平行世界でも、リステミュウムの驚異にさらされていて、それを打開しようとあがいている存在がいる事が解ったのだ。
 そして、レッド・フューチャーという世界にいるアリス・ルージュという人造人間との更新に成功し、打倒リステミュウムの鍵は過去の人物、芦柄吟侍という少年が握っていることが解った。
 リステミュウムに対抗する能力を持っているとされる少年、吟侍。
 その少年が、このブルー・フューチャーでも希望の光となった。
 アリスのお陰で、他にもグリーン・フューチャーという世界も動いている事が解っているが、他の平行世界は残念ながら解っているものは全て壊滅したらしいことがわかっていた。
 壊滅させたのは駄目なレベルの怪物、余想者(よそもの)という存在だという。
 クアンスティータ自身ではない。クアンスティータの所有する世界にいる怪物の事だった。
 抵抗する術は全くない。余想者が出現したと同時にアウトらしい。
 世の中はリステミュウムの驚異に怯えているが、この世界を本当に滅ぼしにくるのはその中の一体、イクスミーニという名の怪物らしい…
 そのことを司令官テソロは自分を殺したFという男から聞いていた。
 そう、司令官テソロはすでに殺されている。
 殺されている上で、新たに命を与えられ生かされている。

だから、自分を殺したF、いや、ファーブラ・フィクタという名の男の恐ろしさとその男が語る話が真実だということが嫌というほど解った。
 ブルー・フューチャーはこの男によって潰されるということが…。
 つまらない男がFの逆鱗に触れ、Fはこの世界を潰すことに決めたらしい。
 それを撤回する方法は自分たちの正義を指し示すこと。それがFに伝われば、あるいは…が、可能性は0に近い…
 すでに一度死んでいるテソロに出来る事は、最強の精鋭となった5人のトライ・ライフをサポートシステムを含めて無傷なまま過去に送ること。
 それに、自分と6名の部下はFの心を一度揺り動かした小花という少女を命をかけて守るということだった。
 小花が死ねばFはこのブルー・フューチャーに対する興味を一切無くす。
 そうなればFはためらいなく駄目なレベルの怪物、余想者のいる世界との境界線を破壊するだろう…
 それだけは、絶対にさせない。させる訳にはいかない…。
 希望の光を連れて、5人が戻ってくるまでにブルー・フューチャーを潰させる訳にはいかないのだ。
 もうすでに、この世界の大半の者がその研ぎ澄まされた牙を折られてしまっている。
 自分達がこの世界を守る最後の砦なのだ。自分達が守るしかないのだ。
 そのためにはまず、ピューパ・チャイルドの駆除が先決だ。これがいる限り、小花は常に、幻蝶の恐怖にさらされる。
 なんとしても、小花を生かすんだ。
 小さな灯火を消してはならない…
「げっげっげっ…」
「痛い、痛い…」
 ピューパ・チャイルドが笑いながら、小さな女の子の髪の毛を引っ張っている。女の子は痛がっている。頭から血も滲んでいる。
「くっ…」
 現場に駆けつけたラピスラスリは歯噛みする。小さな子供はこれからの未来を担う大切な存在。一人たりとも失う訳にはいかない。
 だが、相手はピューパ・チャイルド。
 ストレスを一切与える事が出来ない。
 下手すると、幻蝶になってこの辺り一帯は死のエリアに変わる。
 小花もそれで死ぬだろう。
 だが、このままでは秩序も何もあったものではない…。
「どうすんだ?お嬢ちゃん?」
 気付くとFが来ていた。
 だが、女の子を助ける気配はない。
「お、女の子を助けていただけないでしょうか?」
 司令官からFの恐ろしさを聞いていたラピスラスリは頭を下げた。
 こうするしか手が思いつかないからだ。
 Fならば、ピューパ・チャイルドの一匹くらいあっという間に消し去れるだろう。
「…断る」
 Fからは冷たい返事が帰ってきた。
「何故だ!…ですか?あなたは小花を助けたと聞いています。あの女の子は駄目なんですか?」
「別に、駄目じゃねぇが、お前さんの態度が気に入らない。だから駄目だ。俺はやらねぇ」
「この下種がぁ!」
 ラピスラスリはメタモルフォーゼし、Fに斬りかかる。
 が、Fが指をパチンとならすと五体はバラバラにされ、首が彼の手のひらに乗った。それでも、ラピスラスリは生きている。
「…お話が駄目なら今度は力づくか?発想が貧弱だな…」
「殺せ!その代わりあの女の子を助けろ!」
「ははは、見上げた根性だなお嬢ちゃん。嫌いじゃねぇが、あのおチビちゃんのトラウマになっちゃうぜ、お前さんは」
「それでも、死なれるよりはマシだ!」
「まぁ、いいや、その強引な申し出、了解した」
 ラピスラスリはどろどろに溶け、絶命した。
「まぁ、約束は守ってやらねぇとな…」
 Fはピューパ・チャイルドもどろどろに溶かしラピスラスリと同じ方法で葬った。
 Fとしてのラピスラスリに対する敬意の現しだった。
「ラピスラスリはどうした?」
 司令官テソロはペルラに尋ねた。現場に後から来たペルラが女の子を保護したが、先に来たはずのラピスラスリがいないからだ。
「そいつならくたばったよ!ほら、証拠」
 Fはただ一つ残しておいたラピスラスリの右の目玉をテソロに放った。
「何があった?」
 テソロはFに尋ねた。
「なかなか見事な最後だった。だが、いまいちでもあった。それじゃ俺の心は動かんな…」
「あんた、何を!?」
 怒鳴るペルラ。
「よせ、ラピスの死を無駄にするな!彼女は正義を全うした。そう信じよう」
「だけど、司令官!」
「頼む…」
「………」
 口ごもるペルラ。
「知りたきゃ教えてやるよ。あの女は、てめぇの命と引き替えにピューパ・チャイルド一匹の駆除を申し出た。命は大事に使わんとな〜。一つしか持ってねぇんだろうからな…」
「貴様が殺したのか…」
「よせ、ペルラ、頼む!後生だから…」
「司令官!!」
 司令官テソロも悔しさに涙している。それを見たペルラもじっと堪えた。
 テソロにはきっと考えがあるからだと思ったからだ。
 その夜、ラピスラスリの葬儀があり、そのまま、今後についての会議が行われた。
「弔い合戦だ!Fを倒しましょう。元はと言えば、奴の娘、クアンスティータがこの状況を作り出したんだ。クアンスティータは倒せなくてもせめてFだけでも…」
 トライライフ一気性の荒いトパシオが打倒Fを提案する。
「落ち着けトパシオ。Fの力だって相当なものだ。我々では勝てない。犬死にするだけだ」
 テソロの言葉は正論だった。まともに向かって行っても勝てないのは解っていた。
「ですが、しかし…このままでは泣き寝入りじゃないですか…」
 怒りで身が震え出すトパシオ。
「やっぱり、ディアマンテ達の手を借りないと…」
 クアルソが精鋭5人の手を借りようと提案する。
「例え、ディアマンテ達が加わったとしてもクアンスティータにもFにも勝てないのは 解っているはずだ。彼女達には彼女達の使命がある」
 テソロは却下する。
「ですが、ラピスラスリはトゥルマリナの親友ですよ!せめて、彼女の死を伝えないと…」
 トゥルケサも意見を言った。
「駄目だ。任務に支障を来す…」
「司令官!!」
 トライ・ライフのメンバー達の自分への批難は解っている…。だが、心を鬼にしなければならなかった。
 トライ・ライフのメンバーは強い。そこそこの敵が相手なら負けることはまずないだろう。
 だが、それは本来ある力ではなく、後天的に授かった力だ。
 そのためか力に対して制御する心が伴っていない…。
 自分以上の力を持つ敵に対して予想以上の精神的脆さを路程させてしまっている。
 それでは、より強くなることなんて出来ない。
 殺される前のテソロもそうだった。
 だが、蘇生されてFの中の感情のような者に触れた時、彼の心にある吟侍という少年の強さに触れた。
 彼も始めから強かった訳ではない。むしろ彼の周りには彼より強いものがどんどん現れ、行くてに立ち塞がった。
 だけど、彼は、いつも新たな発想によって足りない何かを補って行き、壁を退けて来た。
 吟侍の前に立ち塞がった最初の難関は縄跳びだった。
 幼稚園で彼は確かに持ってきたはずなのだが、無かった。が、友達が自分の縄跳びを使っているのを見てこれが自分のですと答えた。
 孤児院育ちの彼の事を信じる者は誰もいなかった。
 だが、彼は、孤児院に帰って無いのを確かめてくるといって幼稚園を飛び出した。
 もちろん、孤児院に帰ったからといって吟侍の縄跳びが無いという証明にはならない。 大人が考えると全く意味のない行動にも思える。
 だが、吟侍の縄跳びを盗んだ友達は自分がやりましたと先生に告げた。
 吟侍の行動が盗んだ友達の心に響いたのだ。
 先生に言われ、友達は吟侍に謝り、吟侍はそれを許した。
 年端もいかない子供がそれをやってのけたのだ。
 心の強さ…。吟侍という少年は幼い頃から壁に立ち向かう心を持っていた。
 心があれば、時には自分の何倍もの力を持つ相手にも立ち向かえるのだ。
 けど、彼女達トライ・ライフにはそれがない。
 テソロはそう思っていた。
 彼女達に吟侍の様な心が備われば…。
 司令官テソロはそれを願っていた。
 ヒントが欲しい。勝利への連鎖反応を起こすという心の強さを得るためのヒントが。
 そんなことを考えていた夜更けに…
「司令官、トパシオとクアルソが!」
 ペルラが言うには、トパシオとクアルソがこんなところでやっていられるかと言って出て行ったという。
 何で、こんな時に…頭を抱えるテソロ。
 だが、トパシオとクアルソは仲違いをした訳では無かった。
 命をかけてFと取引をしに行くためにブルー・フューチャーを抜けたのだ。
 心配させないために。
 ただそれだけのために一芝居うったのだ。
 「…今度は二人か?次は何を魅せてくれるんだ?」
 Fがトパシオとクアルソを出迎える。
 【見せる】では無く【魅せる】なのはFが何となく、期待しているのを意味していた。
 「トパシオなんで…」
「クアルソ…あんたこそ…」
 二人は芝居をしたが、お互いの行動は知らなかった。
 Fに会いに行くのは自分だけだと思っていた。
「考えることは一緒か…」
「そうね!…Fさん、1対1の勝負を申し込みます。…出来れば他の星で…」
「ふーん…1対1ね…2対1じゃねぇの?」
「1対1だ。片方が戦っている間は何があってももう片方は手を出さない」
「異議なし」
 決意の表情を浮かべる二人の戦士。Fの性格を理解しているのだ。
 ある一定の礼を尽くせば、この男は礼で返す。
 そこにトライ・ライフのつけ込む隙がある。
「…なるほどね、俺をこの星から少しでも遠ざけようって訳か…。俺の性格をよく解っているようだな…。良いだろう…乗ってやる。ただし、俺が相手をするのは一人だ。もう一人には一緒に連れて行くこの町全てのピューパ・チャイルドを幻蝶に変態させたものと戦ってもらう。お互いの戦いには手を出さない。それがルールだ。この町のピューパ・チャイルドが全部いなくなるんだ。良い取引だろ?」
「願ってもない…」
「望むところよ」
 二人の決意は揺るがない。これで、しばらくは時が稼げる。
「オーケー、良い返事だ。好きだぜお前ら!」
「あんたに好かれても嬉しくないわ!」
「右に同じ」
「ははは、それだよ、それで良い。愛してるぜ、お前ら!」
 町から一夜の内にピューパ・チャイルドが消えた。
「グラナテ、ペルラ、トゥルケサ…それに私。四人でどうしろと言うんだ…」
 苛つきを隠せないテソロ。
 昨夜は寝ていない。
「司令官、クアルソもトパシオも戻って来ます。信じて下さい」
 トゥルケサが心配する。
 だが、テソロの表情は曇ったままだった。
「私は無能な司令官だ…」
「…そうだな、確かに無能だな、手前ぇの部下も信じられねんだからな」
 また、Fが現れた。手にはまた眼球を握っていた。今度は二つだ。
 瞳の色からそれが、トパシオとクアルソのものだったのが解った。
「こいつらも立派な男気を魅せたぜ。まぁ、女なんだけどな!」
「な、何をしたんだ!?」
「解らねぇか?この町からピューパ・チャイルドが消えてんのが?ピューパ・チャイルドから幻蝶になっちまって今頃は他の星よぉ。奴らは帰巣本能がねぇからここに戻ってくる可能性は低いな!」
 テソロはその時、初めて理解した。
 強くなっている…心が…ちゃんと。
 ちゃんと、吟侍の様に自分に出来るベストな選択をしていた。
 隊員達は弱くなんかない。
 立派な勇気と知恵を持っている。
 そうだ、勇気は人から教わって身につけるものではない。
 危機を回避するための知恵も自分で工夫しないといけないのだ。
 吟侍だけに頼っていてもこの状況は回避出来ない…
 一人一人が勇気をもって、考えてそれをまとめ上げて初めて奇跡というものは起こせるのだ。
 前向きでない人間が何人いようと力にはならないが、小さな力でもまとまれば大きな力になる。
 なんで、こんな簡単な事に気付かなかったんだ。
 テソロに力が湧いてきた。
 トップの気魄は下の者にも伝染する。
 残ったグラナテ、ペルラ、トゥルケサも今まで見たことの無い気魄が漲っていた。
「おーっ良いねぇ、みんな気魄十分。じゃあ、最終決戦と行こうかねぇ…」
 パチンと指を鳴らすF。
 すると空間が割れる音が次々にした。
 聞いたこともない音だった。
 そして、空間を一枚隔てたところに何かの陰がうっすらと映った。
 余想者の陰だった。
 イクスミーニの陰だった。
 イクスミーニは世界を破壊する力があるがクアンスティータの世界では何処にでもいる言ってみれば雑魚キャラのようなものだった。
 だが、空間一つ隔てているにも関わらずその威圧感は圧倒的だった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁっ」
 とある星では、最後の超大物とされた男が我先にと子供のようにその場から遠ざかろうとした。
「けひっけひっけぇひぃぃっ」
 また、ある星では、修羅場を何度もくぐった過去を持つ生き字引の老人が一気に老け込み錯乱した。
 猛者も裸足で逃げ出す威圧感が全宇宙に広まり、ショック死する者が後を絶たなかった。
 全ての生きとし生けるものがイクスミーニの陰にただ怯える…訳では無かった。
 足腰はガクガク、ブルブル震えながらもテソロは構えを解かなかった。

 テソロだけではない。
 ペルラもグラナテもトゥルケサも握った拳を広げ無かった。
 涙と鼻水で顔はくしゃくしゃ…。
 でも、顔を背ける者はいなかった。
「いやぁ、さすが、さすが。…本能的にあれはやばいと解るだろうに…それでも、一歩も引かない。見事だ。お前達」
「わわたわたたしたひは、ひかにゃい!」
 思いっきりかんでいた。
 が、その言葉には強さがあった。
「…朗報だ!これから、女王幻蝶を一匹出す。こいつには余想者のいる空間に穴を開けるように命令してある。こいつを倒せたら俺はこの世界から手を引く。娘はくるかも知れねぇが、当面の安息は確保出来るはずだ。…せいぜい、頑張んな」
 Fは通常の幻蝶の数十倍の体長を持つ女王幻蝶を召喚した。
 でかい。あまりにもでか過ぎた。
 女王幻蝶の一仰ぎで山の形がごっそり変わった。
 幸い他の幻蝶の様にエリアを変質させる力は無いようだったが、とても勝てる気がしなかった。
 グラナテがメタモルフォーゼして巨大化し、幻蝶に取り付く。
 が、女王幻蝶からしたら、体長は100分の1にも満たなかった。
 振り回されながらも場所を変え、場所を変え、殴りつけていく。
 ウィークポイント、弱点を探しているのだ。
何度も叩きつけられ身体はボロボロだったが、それでも掴んで放さない。
 ペルラとトゥルケサもメタモルフォーゼして連携して攻撃している。
 テソロは自分がFに生かされていることを利用して、Fの身体にリンクを仕掛けている。 Fの能力を借りて女王幻蝶に致命の一撃を入れるつもりだった。
 だが、Fがそんなことを許すはずも無く、全く生体リンクが出来ない。
 それでも、生かされている以上、どこかで、Fとリンクをしているはずだと手を換え品を換えリンクを試みる。
 拒絶されてものすごい激痛がテソロを襲う。
 ペルラ、グラナテ、トゥルケサもかなりの激痛を感じていた。
 だが、その激痛こそが、イクスミーニの恐怖を忘れさせてくれていた。
「…しつけーぞ」
 リンク能力そのものを奪おうとするF。
 だが、その一瞬、テソロは生体リンクを女王幻蝶に合わせた。
 適当に能力を全部奪ってしまおうとしていたFは誤って女王幻蝶の飛行能力まで奪ってしまった。
 力はFより遙かに劣るトライ・ライフ達はまんまといっぱい食らわせたのだ。
「なっ?!」
 Fは初めて自分の思い通りにならなかったことに軽く驚いた。
 その時…
 パァン!
 能力を失ったテソロがFに平手打ちを食らわせた。
 目をぱちくりさせるF。
「これが、人間の力だ。思い知ったか、化け物め!」
 勝ち誇ったテソロ!
 次の瞬間、八つ裂きにされた。
 悔しさに顔を歪めるF。
 たかが人間に良いようにしてやられた…
 司令塔を失うグラナテ、ペルラ、トゥルケサ。
 だが、彼女達は戦いを諦めない。
 グラナテは、押しつぶされ圧死した。
 だが、女王幻蝶の羽を一枚もいでみせた。
 ペルラは爆死した。
 だが、もう一枚の羽を道連れにした。
 残ったトゥルケサも満身創痍。だが、女王幻聴の目を潰していた。
「…残ったお前を処分すれば、終わりだな人間!」
「ちょっとかっこ悪いですよ、あなた。私達を倒してもあなたには屈辱感が残りますね」
「黙れ!」
「黙りません!あなたは人間をなめすぎです。人間は数多くの失敗を糧に…」
「黙れってんだよ!」
 トゥルケサが言い終わらない内に彼女を消滅させるF。
 だが、すぐに、彼女を再生させる。
「…私を殺してもあなたの悔しい気持ちは取れません。人間を見下してばかりいないで、あなたも少しは成長したらどうですか?」
「…てめぇ…」
 憤怒の表情のF。だが、トゥルケサはひるまない。
 自分達の信念を通しているという自信が彼女を強くする。
「ちっ…やめだ、止め!…俺の負けだ!…手を引いてやるよ人間。お前達は確かにこの世界を救った。認めてやる」
「上から目線ですか?…負けたくせに…」
「うるせぇな、くたばった6人の命は再生してやるから、大目にみろ!」
 そう言うと死亡したはずの司令官テソロ、それにグラナテ、ペルラ、ラピスラスリ、クアルソ、トパシオが立っていた。
 実は、Fは自分の認めた戦士の死は保留にしておいたのだ。
 ただ、殺すのは惜しいと思っていたため死という定義をいつでもリセット出来る状態にしておいたのだった。
 考えて見れば、恐ろしい力をいくつもつかう相手だった。
 だが、自分達はそんな相手に勝ったのだ。
「ディアマンテ達よ、そっちは無事か?…セカンド・アース…きっちり守り抜いたぞ。次はお前達だ」
 司令官テソロは拾った命をかみしめながら天を仰ぎ、過去へ向かった五人に向けてつぶやいた。
「えっちゃん、吟侍様ってどんな人なんだろうねぇ?」
 ディアマンテがエスメラルダに声をかける。
 二人は他に三人と一緒に過去にタイムワープしている最中だった。
 別の時間に行くことをブルー・フューチャーではタイムワープと呼んでいる。
「ちょっと、はしゃがないでよ、ディアマンテ。私達は遊びで行く訳じゃないのよ」
「ぶぅー、わかってますよーだ。つれないねーさっちゃん」
 エスメラルダに怒られたディアマンテはサフィロの同意を求める。
「少しは最強のトライ・ライフだって自覚を持てってことよ」
「ぶぅー、さっちゃんもイジワル!」
「そこ、騒がない。見えてきたよ、吟侍様のいる時間が」
 ルビーが過去の世界への到着が近い事を告げる。
 居残り組の第一ラウンドは一時的に終わった。
 次は出立組の、五人の精鋭達の第二ラウンドが始まる。
 ディアマンテ、サフィロ、エスメラルダ、ルビー、トゥルマリナの五人の前には何が立ち塞がるのか?
 それは、まだ、解らない。
 ここは、得体の知れない化け物が数多くいる世界。
 何があるのか、何をするのかはまだ、決まっていない。
 それを決めるのは彼女たち五人の戦士だから…。