第七章 ルーメン編 序章
(佳暖(かのん)…)
異世界の吟侍(ぎんじ)の一人、仁義(じんぎ)は死に別れた彼女を想う。
異世界では仁義は大皇帝の息子。佳暖は親のいないろくにしゃべれもしないストリートチルドレンだった。
次の大皇帝の玉座を巡って他の兄弟にいつ命を狙われるか解らない立場にいた仁義はストレス発散のおもちゃとして、奴隷商人から彼女を買った。
最初、仁義は佳暖をぞんざいに扱った。
だが、撲たれても撲たれても笑顔を向ける彼女に仁義は心を許していった。
いつしか、かけがえのない存在となっていった。
仁義は彼女を将来、皇后として向かい入れるつもりだった。
でも、死んでしまった…。仁義の世界のカノンはもう、戻らない。
仁義はたった一人で光の星、ルーメンのめぼしい絶対者を倒して回っていた。
たった、三日でルーメンの支配者と呼ばれていた絶対者フルム・ハラマをも圧倒してみせた。
「…お前は勘違いをしている…。この私、絶対者、フルム・ハラマはこの光の星ルーメンの真の支配者ではない」
フルム・ハラマは不敵な笑みを浮かべる。
が、仁義はさして驚いた風でもなくこうつぶやいた。
「…知ってるよ。この星は神御(かみ)が支配する星なんだろ?オレはまず、神御に会いに来たんだ。あんた達に用はねぇさ…」
と。
「神御はお前が思っている程、容易くはないぞ…」
フルム・ハラマはそういうと自らの力の源、宝玉を仁義に差し出した。
これで、41個目、神御の頂点、メジャーゴッドと同じ数。
これを大聖堂の最奥にあるパイプオルガンに取り付けられた穴にセットし、演奏を開始した。
光の星、ルーメンはみるみるその姿を変えていき、浮世離れしたその真の形となった。
神御の星、ルーメンがその神々しい姿を見せた時、無数のエンジェルとマイナーゴッドが現れ、侵入者、仁義に襲いかかった。
人の想像もつかない不可思議で強大な力を見せつけるエンジェル達。
が、仁義はそれを花吹雪や布、野菜や発泡スチロールなどに次々と変えていく。
それは謎の力…いや、違った。むしろ、その逆。謎を解く力だった。
そう、未来において、13番目の化獣(ばけもの)、クアンスティータが猛威をふるう謎の力。
その謎の力に唯一、対抗できる可能性のある力、答えの力だった。
が、その力も謎の力同様に現時点においては正体のわからない力でしかなかった。
クアンスティータと戦うにはまだ、儚すぎるその力はエンジェル達に対して圧倒的な力を示した。
天使としての偉大な力が意味のないものに変えられていく…。
が、マイナーゴッド達はその巨体を生かし、力押しで仁義を攻める。
名も無き神御…。だが、腐っても神御。仁義は力負けした。
「天に唾吐く愚か者…」
マイナーゴッドの1柱が言う。
さすがに多勢に無勢…、たった一人では、勝てなかった。
ボロ雑巾の方がいくらかましに見えるような状態にされ、放り投げられる仁義。
また、元のルーメンに戻っていく。
いや、以前のルーメンより強大な存在がうごめく世界に塗り替えられていた。
「…だ、ダメか…まだ、力が足りない…」
仁義はこうやって身体をいじめぬき、敗北を繰り返して、強くなっていった。
強くなっていくと佳暖が甦って笑いかけてくれる…そんな気がしていた。
「あ、いた。一人で何やってんのよ、もう…」
「心配したんだから…」
ボロボロになった仁義を彼についてきた二人の少女、ディアナとローラが見つけ出し駆け寄る。
彼に思いを寄せる二人。
彼女達には彼が全て。
でも彼には佳暖しか見えない。
(そんなんじゃダメだよ…それじゃイスクリアは佳暖になってあげられないよ)
薄れゆく意識の中で仁義が見た存在。いや、幻か…
それは、実体がまだない声だった。
でも、仁義には解る。
これもクアンスティータだ
。
七つの本体を持つクアンスティータの内、四番目の本体の一つ、、神御の中に隠れているとされるクアンスティータ・イスクリアだ。
そう、イスクリアだ。
完全に誰かになることができるというクアンスティータだ。
答えを知る事ができる仁義には解る。イスクリアは偽物、まがい物ではない、完全な本物の佳暖になることができる。全世界、全宇宙で失った存在を取り戻せるたった一つの例、それがクアンスティータ・イスクリアだった。
7つの本体と24の意志を持つ最強の化獣(ばけもの)クアンスティータ…。
人々に恐れられると共に、強く求められる怪物…。
仁義もまた、それを強く望む者の一人であった。
希望があるから、頑張れる。
それが、どんなに僅かな希望でもそれにすがらねば、仁義は生きている意味がない。
佳暖は仁義にとって夢であり幸せであり全てだった。
仁義にとって、神御もまた通過点…
その先にある佳暖を求めて今日も無茶をする。
「…さて、一休みしたから、次行くか…」
「何バカなこと言ってるのよ死にかけているじゃない」
「もう、やめてよ」
仁義、それにディアナとローラはまだ、心を通わせていない…
通じ合うのはこれからの冒険…
第八章 テネブライ編 序章
「危ねぇ!」
レア・フォースを駆使し、襲いかかる怪物を一撃で倒す禁司(きんじ)、彼は、異世界の芦柄吟侍(あしがらぎんじ)だった。
この世界の吟侍と紛らわしいので禁司と名乗っていた。
禁司はもう一人の吟侍と旅をしていた。
そのもう一人もやはり、異世界の吟侍で銀史(ぎんし)と名前を変えていた。
さらにもう一人、別の星にいる仁義(じんぎ)とあわせて三人の異世界の吟侍はこの世界の吟侍に呼び出され、この世界で冒険を続けていた。
三人の吟侍はそれぞれ、元いた世界の最愛の女性、カノンと死に別れていた。
だからか、元の世界には興味がなく、カノンの存在するこの世界での冒険を選んだ。
この世界の吟侍同様に7番の化獣(ばけもの)ルフォスの力を持つ、三人の吟侍達もまた、神御の化身として生を得ているカノンには近づくことが出来ない。
三人もまた、カノンに近づく方法を冒険で探そうと必死だった。
「………」
禁司に助けられた少女、ニーナ・アレクサンドラは無口だった。
いや、これでも出会った頃よりはいくらか表情は出てきた方だった。
彼女には何もなく、ボロ布をまとっていた。
禁司と銀史は孤児院セント・クロス流のやり方で、人名字典から名前を探し、それぞれ、 ニーナとアレクサンドラと名付けた。
素性も解らなければ、感情も無かった少女を禁司達は引き取ることにした。
というのもこの星はテネブライ…闇の星。
信用にたる者がいるのか解らなかったからだ。
解らないことだらけのニーナ。
だが、彼女と旅をする上で出てきた単語があった。
それが華堕物(けだもの)だった…
華堕物(けだもの)…化獣(ばけもの)に対抗するために亜空魔(あくま)が作ろうとしている怪物の名前だ。
この闇の星、テネブライでは亜空魔が暗躍し、華堕物を想像する計画を立てている。
そんな噂だ。
神話の時代、魔女ニナは謎の怪物ファーブラ・フィクタとの間に108の核を産み落としたと言われている。
その内の13が化獣の核と呼ばれ、集団、勢力の力、中には世界を司る力を持つ1番から13番までの化獣となったとされている。
そして残る95の核は神話から忘れ去られているのだ。
亜空魔はその内の一部を持ち去ったと言われている。
華堕物を作るために…
行く先々でニーナは華堕物の女と呼ばれた。
ニーナが華堕物の僕なのか?
それとも華堕物の生け贄なのか?
ひょっとして華堕物自身なのか?…それは解らない。
だが、これだけは言えた。
ニーナを攫いに多くの敵が現れる。
これは間違い無かった。
禁司は姉の可温(かのん)を数多くの敵に食い殺されていた。
銀史は命の恩人の夏縁(かのん)を病気で亡くしている。
どちらの吟侍もカノンを守れなかった。
今度は違う。この世界のカノンもこのニーナも守ってみせる。
熱い性格の禁司とクールな銀史。
そっくりだけど、性格の違う二人の吟侍が守りたいと思うのは同じだった。
「その女をよこせ!」
新たな刺客が禁司達を襲う。
「うるせぇな、手前ぇにくれてやる女なんていねぇよ、これでも食らってな」
禁司は七番の化獣ルフォスによる力、レア・フォースの一つ、サーチで応戦する。
これが、各星の絶対者達を震え上がらせることになる。相手の弱点属性を探る能力だった。
四人の吟侍は全員、これが使える。
吟侍と長く戦えば、彼に弱点属性を察知され、敗北を喫することは確実なのだ。
レア・フォースは成長するとあのクアンスティータに対抗することができる可能性を持つ力、その辺の刺客が相手になるものでは無かった。
「なぜ、この子を狙う?」
倒れた刺客に銀史が近づき、尋ねる。
「ジヒヒ、ジヒジヒ…俺様はただの足止め、もっと多くのもっと強い刺客がお前達を狙っている。せいぜい足下を掬われ…」
ゲシッ
「ふん、カスの言うことはいつも同じだな…」
禁司がトドメに足蹴にした。
「禁司、この肉塊の言っていた事は間違ってはいない…」
「んなこたぁ解ってるよ、銀史。その内、亜空魔や華堕物が出てくるってことは…」
芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)が背負うにはこの世界は敵の層が厚すぎる。
異世界の吟侍達が少しでも露払いしていかなければ、とてもじゃないが、冒険の成功はあり得なかった。
お姫様(カノン)を救えなかった自分達は脇役で良い。
でも、この世界の吟侍にはカノンと幸せになって欲しいと願うのだった。
「あっち…」
ニーナが西の方の空を指さした。
見ると黒い雲に囲まれているテネブライにおいてさらに黒い雲がこちらに向かってやってきている。
その雲は闇雲(あんうん)。
亜空魔が作り出した怪物を生み出す闇の雲であり、このテネブライ全土のいたる空に存在する。
次から次へと闇の軍団は沸いてくる。
「ふー、やれやれ…」
「おちおち休憩も出来ねぇな…」
二人の吟侍が謎の少女と共に闇の勢力に挑む。