第一章 ファーブラ・フィクタ序章
これは、十歳の少年が異星からの侵略者を追い払った物語…。
「その子を、お花ちゃんを放せ!」
少年は叫ぶ…好きな女の子を助けるために…
「小僧…何がお前をそこまで…」
「ヌシは…」
侵略者の二人は強大な力を手にした少年に圧倒される。
だが、圧倒されたのは、少年の力にではない、子供とは思えぬ少年の気魄にだった。
女の子の名前はカノン。彼女をお花ちゃんと呼ぶ少年は吟侍と言った。
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「やっぱ、琴太はすげぇなぁ〜」
「いや、フォルセだよ。」
「違うってウィルだよ。」
ジョージ神父が父親役をやっている孤児院セント・クロスは孤児院としてはとても大きく、メロディアス王家の援助もあって300人以上の孤児が彼を父と慕い、暮らしていた。
子供がたくさん集まれば、それはいくつかのグループが生まれるもの。また、誰が一番強いか?リーダーは誰か?
そんなものを決めたがるものだ。
今、セント・クロスではリーダーが卒院したため、新たなるリーダーを決めるべく、小競り合いが頻繁に起こっていた。
300人もいれば、ジョージ神父一人では面倒はみきれない。神父の見えないところで、けんかは日常茶飯事だった。
今のところリーダーに一番近い位置にいるのは、吟侍の義理の兄、琴太とフォルセ、ウィルの三人だった。
吟侍はどちらかと言うと義理の弟の導造と同じく、琴太に守ってもらわないといじめられるかもしれない立ち位置にいた。
実は、近々、メロディアス王家の双子の姫君がセント・クロスを来訪することになっていて、それまでに、リーダーを決めようとみんな必死だった。
リーダーになれば、直接、お姫様とお話ができる。そう信じている子供達は男の子、女の子の区別なく、本当はリーダーになりたかった。
お姫様と言えば憧れの存在だったからだ。
今現在、セント・クロスにいる子供の大半が双子のお姫様と同じ年頃でもあり、大いに盛り上がっていた。
「へへへ、そうかなぁ…?」
「何だよ、吟の字、お前、また、そんな玉っころに話しかけてんのかよ、気持ち悪りぃやつだなぁ」
リーダー決定戦に一人、我関せずを決めてブツブツ言っているのをみていた琴太は吟侍に話しかけた。
彼が、セント・クロスの食堂に飾ってある黒い玉によく話しかけているのはほとんどの子供がみていてちょっとおかしな子として吟侍はみられていた。
「ソナタ姫とカノン姫って名前だってさぁ〜、やっぱ、かわいいんだろうなぁ〜楽しみだなぁ〜」
導造がにへら笑いを浮かべながら近づいてきた。彼は女の子に弱かった。
セント・クロスの子供達からは、この琴太、吟侍、導造を合わせて芦柄三兄弟と呼ばれていた。
ここには訳ありでくる子供が多く、芦柄三兄弟は名前が無かったり本名を名乗れなかったりしたため、ジョージ神父が用意した、【世界の人名字典】から名前を選ばせた。
そこで、三人は【芦柄】の姓を選んだのだ。
名字が同じになったため、そこで、義兄弟となった。
神父はそこから金太郎を連想し、郎を取って金太とつけた。下の二人が銀二、銅三という名前を仮につけてそこから三人が、それぞれ、同じ読みの違う漢字を当てはめて、芦柄 琴太、吟侍、導造と名乗ったのだ。
吟侍が七歳になってしばらくすると、政(まつりごと)の一環で、メロディアス王家から第六王女、ソナタ・リズム・メロディアスと第七王女、カノン・アナリーゼ・メロディアス王女が訪れた。
次代の王は王女が全員、成人したとき、その中でもっとも民に慕われていたものが女王として即位することになっていた。
そのため、王女達は民のために様々な政策を打ち立てアピールしていた。
王女は七名おり、何の実績もなかったソナタとカノンの王位継承権は年の順通り、第六位と第七位だった。
ソナタとカノンが孤児院を訪れてまわるのもそのことの一つだった。
勝ち気なソナタとおっとりしたカノン…
実はこの二人、孤児院を訪れるのはセント・クロスが三軒目だった。
前の二カ所はソナタの「うっさい、だまれ、へーみんども!」の一言で、関係を悪化させてきている。
つまり、失敗してきているのだ。
「うっわぁー人形みてぇだな…」
「かわいー。」
セント・クロスの子供達は双子姫をもてはやし始めた。
だが、ソナタはこの言葉が大嫌いだった。
なにかバカにされた気がするからだ。
今回もやはり我慢をし始めるソナタ。みるみる顔が紅潮していく…
双子姫とセント・クロスの子供達の感情に温度差が生まれ始めた。
ソナタの我慢も限界に近づく…そんな時、
「ソナタお姉様。私、この方にニックネームというものをいただきましたわ。お花ちゃんですって、かわいいでしょう?」
満面の笑みを浮かべる妹。本当にうれしそうだった。
双子ということもあり、ずっと、ソナタに付き添い、オロオロするだけだった妹が初めて普通の人との交流を喜んでいる。
見ている姉もフッと気持ちが緩んでいく。
ニックネームを考えたのは吟侍だった。
カノンの名前の由来は別なのだが、彼は漢字で【花音】と置き換え、そこから【お花ちゃん】と呼んだのだ。間違ったニックネームかもしれないが漢字の名前を持つ彼ならではの愛称だった。
「へぇー、じゃあ、私のは?」
ぼそっとつぶやくソナタ。
しまった…考えてない…
カノンのことばかり考えていてソナタのことを考えていなかった吟侍。
言いにくそうにもごもごと
「え、えーと、…おそなちゃん…」
由来は【お供え物】からだった。
ポカッ!
「私は神仏か何かか!」
「あいたっ!」
そのツッコミが子供達には大きくウケた。これが、きっかけで双子姫は子供達とうち解けることができたのだ。
双子姫はセント・クロスの子供達と交流を深め、時はあっという間に三年が経過した。
その頃にはソナタはガキ大将、カノンはみんなのアイドルという立場を得ていた。
さわさわ…
「ぎーんちゃん。」
「うわったっと…なんだ、お花ちゃんかぁ…」
孤児院セント・クロスの裏庭にある大樹、ホープウッドによじ登り、寝ていた吟侍にカノンが声をかける。
【お花ちゃん】とはカノン→花音→お花ちゃんで吟侍が勝手につけた彼女の愛称だ。
カノンは一国のプリンセス、吟侍は孤児院育ち。いわゆる身分違いではあるが、二人は恋人同士だった。
「また考え事?」
「寝てたの。急に話しかけるから落ちそうだったよ」
「うそうそ、吟ちゃんいっつも半分起きてるもん」
「いやいや、寝てたって」
「うーそ。それより、ぎんちゃん三日ぶりだね。元気だった?」
「え?昨日も会ったんじゃないの?」
「ううん。吟ちゃんとは三日ぶり」
「え…あ、そうだっけ?」
「そうだよ。初めて私に愛称をつけてくれた人は間違えられないよ」
この頃の吟侍にはセント・クロスの子供達には内緒にしている秘密があった。
それは偽物とすり替わっていたことだ。
ずっと食堂にある黒い玉と会話し続けていた吟侍はある時、お手伝いのマリアさんの三面鏡を使って異世界、パラレルワールドの三人の吟侍に会うことが出来た。
はじめは黒い玉の言う冗談かと思ってはじめたおまじないだったのに、本当に自分のそっくりさんが出てきた時にはびっくりした。
三人の吟侍は当時の吟侍と違い、とても優秀で、幼いながらももう、冒険者として活躍していた。
そして、黒い玉は話を持ちかけたのだ。この三人に変わり、異世界で冒険し、カノンにふさわしい男にならないか?と。
吟侍は首を縦にふり、偽吟侍達と度々入れ替わり、冒険をして、心と体を鍛えていったのだ。
吟侍達四人はできの良いと思われる方から【1号】、【2号】と呼び合い、本物は【4号】、つまり、一番格下だったが、他の吟侍との実力差を埋めようと必死だった。
一方、普段の吟侍のように振る舞う偽吟侍達に子供達は全然気がつかなかった。
だが、カノンだけは、吟侍の微妙な違いに気づいていたようで、偽吟侍に対しては【吟侍君】と呼び、本物に対してだけは【吟ちゃん】と呼び変えていた。
二人はまだ、十歳。幼いけど、二人は恋人と呼んでもおかしくないくらいお互いを知り合っていた。
だが、運命は二人を切り離すために動き出そうとしていた。
「…ここか?」
「はい。そのようです」
「行くぞ…」
「はい」
10数人の黒ずくめの集団がセント・クロス孤児院前に来ていた。
悪い予感がしたジョージ神父が黒ずくめ達に訪ねる。
「何だね、君たちは?」
「やあ、ジョージ神父。それともサンジェルマン伯爵とお呼びしようか?あるいはソロモン王、アグリッパ、ラスプーチン…いろいろあるな…第二の地球の居心地はいかがかな?」
集団のリーダーらしき男の軽口に顔色が変わる。
この男達は自分の素性を知っている…もしやあれが狙いか?…
「な、何者だ…」
「尋ねるのはこちらだよ神父。ルフォスの核、持っているんだろ?どこだ?」
「知らん。知っていても君たちに話すつもりはない!」
ルフォスの核…食堂にある黒い玉のことだった。やはり、こいつらはあれを狙っていた…
「そうか…では古典的だが、ここの子供達に聞くとしよう。やれ…」
リーダー格の男の指示で数人の黒ずくめが神父の近くにいた子供をさらって姿を消した。
一瞬のことだったので、ジョージ神父には何も出来なかった。
「子供達をどこへやった?」
「我々の星では奴隷不足でな…死ぬまで大事に使ってやるさ…」
「貴様ぁ!」
リーダー格の男に飛びかかったがあっという間に一蹴されてしまった。
「ぐぅっ…」
はいつくばる神父。
「今日のところはこれで帰る。明日、また来るぞ。答えなければ、また、子供が消える…それだけだ」
黒ずくめは笑いながら消えていった。
何も出来なかった。
「ねぇ、アレックスは?」
「メアリーもいないよぉ」
消えた子供達のことを聞いてくる残った子供達。
神父は「ちょっと、出ているんだ。すぐに戻って来るよ」としか言えなかった。
ジョージ神父は、地球という星で様々な名前と姿で長い刻を生きてきた。
良いこともした。
悪いこともだ。
その結果、名前は多少残せたが、他には何も残らなかった。虚しさだけが残った。
気付いた時にはジョージ・オールウェイズと名前を変えて、移民船団に乗り込み、様々な星を旅した。
流れ流れて、この星にたどり着き、ここを第二の地球、セカンド・アースと呼び余生をおくることにした。
世界王家の国王にならないかとも誘われた。
でも、ジョージは丁重に断り、神父となり、孤児達を孤児院で育てることによってやっと人としての幸せを感じはじめていた。
感じはじめていたのに、あんな物を見つけてしまったばかりに…
ルフォスの核…これを見つけた時、経験から、これをこのままにしてはまずい…そう思ったが神父の手に余る物だった玉は何も出来ずに食堂に隠しておくしか出来なかった。
ルフォスの核は神父の医術の助けにもなりすっかり安心しきっていた。
神霊医術が広まり、それを聞きつけた者が、本来の禍々しい力を狙って現れる。
予想出来なくはなかったことなのに…
「待ってくれ、せめて、時間をくれ!」
「やれ!」
考える力等与えてはくれなかった。
日に日に子供達がさらわれていく。
だが、ルフォスの核を渡したらこんな事ではすまなくなる…
(神よ、これは私に対する罰なのですか?)
神父は苦悩する。
そんなある日、ソナタとカノンが久しぶりにセント・クロスを訪れた。
本物の吟侍が冒険から帰って来る。それが今日なのだ。
「あれ?何か人数減ってない?」
ソナタが首をかしげるのも無理は無かった。残っている子供は200人をきっていた。
1/3以上がいなくなった計算だ。
セント・クロスのbPを競っていたフォルセやウィルももういない。
琴太や導造はいるが、他の子供同様に青ざめた顔をしている。
みんなもう知っていた。毎日、次々と子供達がさらわれていっていることを…
みんなもう知っていた。相手は悪い大人、子供である自分達ではとてもかなわないことを…。
「どういう事だ?1番達は何やってたんだ?」
冒険から戻ったと思われる吟侍も驚いた顔をしていた。
そこへ黒ずくめ達がまた現れる。
「お前達、下がっていなさい…」
ジョージ神父が五回目になる命がけの特攻を仕掛ける。すでにボロボロだった。
黒ずくめの男達はすでに人間ではないこともわかっていた。
近くの星から来た絶対者・アブソルーター。人の身では逆立ちしても勝てなかった。
「やめてください」カノンが神父をかばう。が、逆に捕まってしまった。
彼女を守るSP達も簡単に殺されてしまった。
絶望的な状況だった。
「お、おじさん達、おいらと賭をしないか?」
突然、吟侍が黒ずくめに近づいて話しかけた。
「なんだと、小僧!」
黒ずくめは怒鳴るが、毎日、同じように子供達をさらっていくのに飽きていたリーダー格の男は
「かまわん、どんな賭だ?言ってみろ小僧」
と吟侍に対して多少興味を示した。怯える子供達の中でまだ、自分達に臆せず行動出来る者がいたのが良かったのだ。
「おいらがクイズを出すよ。それに答えられたら仕方ないけど、答えられなかったらこのまま帰ってくれない?」
「そうか、そうか。では、答えられなかったら考えてやろう。ただし三択問題で、こちらは二つまで答えられる。それ以上は譲らぬ。良いな!」
「じゃ、じゃあ、その子、お花ちゃんは何番目のお姫さんだ?1、第三王女、2、第四王女、3、第六…い、いややっぱり…」
「小僧、声がうわずっているぞ、はっきり言え!」
「1、3番目、2、4番目、3、7番目!どうだ?」
黒ずくめ達はにやにや笑っていた。3の答えが6番目から7番目と言い直している。ということは1か2が答えだろう…そう考えていた。
だが、答えは3、カノンは第七王女だった。見事に黒ずくめ達を不正解に導いて見せた。吟侍は安堵する。
「…よし、考えてやったぞ。だが、やはりダメだな!」
リーダー格の男の無情の一言が発せられた。
はじめから約束など守るつもりはなかったのだ。
「そこの小娘を放してやれ」
リーダー格の男はカノンを解放するように命令する。だが、これは優しさではなかった。
「この小僧と小娘以外を連れて行け!いつもの倍だ」
冷酷な命令が下される。
子供達をさらうため触手を伸ばす黒ずくめの一人。
吟侍が前に出て触手に絡みつき防ごうとする。
黒ずくめは振り回し吟侍をふりほどこうとするが、噛みついて放さない。
不格好だが、必死で友達を守ろうとしていた。
他の黒ずくめは…やはり吟侍に防がれていた。
「分身の術?」
他の子供達にはそう見えた。吟侍が四人に見える。
元々からいた格好悪い吟侍はともかく、後から来た三人の吟侍は黒ずくめ達を次々と倒していった。
あっという間に黒ずくめの集団は三人にまで減らされた。残るのは吟侍が相手をしているウネウネとした触手を持つ黒ずくめとリーダー格の男、その背後にいるもう一人だけだった。
「連れてきた部下はこの体たらく…無様だなジェンド…」
背後の一人がリーダー格の男ジェンドに話しかける。口調からするとこの男はジェンドの部下ではない。
「ふん…ルゥオよ、もはやこいつらは我が部下とは認めん」
吟侍が相手をしていた黒ずくめを手刀で切り刻み、四人の吟侍を見据えるジェンド。
「その子供、ただのガキではない」
再び、カノンを捕らえたルゥオ。
「見ればわかる。だが、どうということではあるまい…」
言うが早いか、ジェンドは吟侍の心臓に人差し指を突き入れた。
プシューッ!
指を抜くと血が噴き出す。即死しなかったのは奇跡に近かった。
血の雨とともに意識が遠のいていく吟侍。
このまま死んでしまうのか?…いや、違った。
1番の吟侍がいつの間にか食堂にあったルフォスの核を持ってきていた。
2番の吟侍はジェンドのそばから4番の吟侍を運び出し4番に尋ねる
「俺たちは受け入れた…お前はどうする?」
「普通じゃねぇ人生か、殺されて終わりかどっちか選べ!」
3番の吟侍が二択を迫る。
「おいらは…」
ルフォスの核を自分の心臓に近づける4番。
「!!!」
声にならない悲鳴をあげ痙攣をはじめる吟侍。
一同が見守る中、吟侍の意識は別のところに飛んでいた。
『ようこそ、我が血肉殿…』
どこかから、声がする。
だけど、何もない。何も見えない。ただ薄暗いだけの空間がそこにあった。
(どこだ、ここ…おいらいったい…)
辺りを見回す。やっぱり何もない。
『ここはルフォスの世界。リセットしちまったから、今は何もねぇが少し前までは、いろいろあったんだぜ、三大美女から超破壊兵器までいろいろな…』
「あんた、誰?戻してよ。おいらはお花ちゃんを助けに…」
『誰って連れねぇこと言うなよ相棒。お前をずっと鍛えてやってたじゃねぇか。お花ちゃんにふさわしい男になりてぇんだろ?』
声の主は幼い頃から吟侍と話していた黒い玉、ルフォスだった。
「あんた、玉ちゃんか?」
『ルフォスと呼んでくれ』
「ルフォス、おいら戻らねぇとさ…」
『心配しなくても戻してやるさ、誓いさえたててくれればな』
「誓い?それより早く戻してくれ、みんなさらわれちまう…」
『時間を割り込ませているから、戻れば一瞬の出来事さ。俺がいろんな力を持っているのはお前もよく知っているだろ?』
「そうか、じゃあ、誓いってのを早く…」
『慌てるなよ。いい男ってのはドンと構えているもんだぜ!こっちもせっかく育てたお前に逃げられるわけにはいかねぇからな。ある程度理解してもらってから誓いを立ててもらう。いいな?』
「ああ、わかった」
ルフォスが語り出した。
それは、セカンド・アースやその近辺の星に伝わる神話だった。
地球には神という畏敬の念で崇められる存在があるようにこの星にも神御(かみ)と呼ばれる存在があった。
良い神→41神御とされ、41柱の神御が万物を分けて司っているとされていた。
また、地球には悪魔や邪神のような聖なる存在への敵対者がいるように神御にも敵対者がいた。亜空魔(あくま)である。
神御と亜空魔は地球の神と悪魔のように敵対しているが、かつて、協力して強大な存在を倒したことがあるとされていた。
倒された存在の名前は化獣(ばけもの)といった。
13核あったその化獣は強大な力を持ち敵わなかったが41柱の神御と42体の亜空魔が協力して1核1核倒したという。
この話は吟侍も聞いたことがあった。ジョージ神父がよく地球の神話と比べたりして寝る前に話して聞かされていたからだ。
その倒されたとされる化獣の1核がルフォスだった。
化け物ではなく化けた獣と書く化獣には最初に血肉を持ったものから順番に番号と名前が与えられていた。ルフォスという名前も7番目の化獣として存在した。
神話では13番までの化獣まで全てが神御と亜空魔により血肉を奪われ、核(コア)に戻されたとされていた。
だが、真実は違うとルフォスは言った。
神御と亜空魔に倒されたのは2番から6番と8番、9番の7核のみ。
7番のルフォスは1番のティアグラという化獣と相打ちになり、10番から13番ははじめから血肉すらもっていない核(コア)のままの状態だったという。
1番、7番、そして13番は順番から考えると最初と中央と最後となり、それぞれ、過去、現在、未来を司る三大化獣とされ、ルフォスは化獣としての覇権を巡って1番のティアグラと争ったのだそうだ。
1番の化獣、ティアグラには勝つ自信はある!だが、13番の化獣は違った。
まだ、生まれてもいないその化獣がルフォスはどうしようもなく怖かった。
恐怖とは無縁のはずの化獣にさえ恐れさせる13番に打ち勝つためには、同じく恐怖というものを知り、勇気というものにより恐怖に打ち勝つ事が出来る存在、人間の力が欲しかったのだ。
騙して利用するという手もある…だが、そんなことをされた人間に勇気は期待出来ない。だから、ルフォスは幼い頃から吟侍の中の勇気の部分を徹底的に鍛えたのだ。
ルフォスは13番に打ち勝つための勇気が欲しい…
吟侍はカノンや友達を助けたい…
化獣と少年の利害は一致した。
化獣の手を借りるということは神御側の人間であり、自分を育ててくれたジョージ神父を裏切る事にならないか?
でも、こんな時、神御は手をさしのべてくれない。
たとえ化獣でも助けになってくれるのなら…
吟侍は悩んでいた。
『悩んでいるところで悪いがもう一つ話す事がある。お前が助けたがっているお花ちゃんは、ありゃぁ女神御(めがみ)の化身だ。いずれ、力に目覚めたら俺の血肉となるお前は一緒にはいられなくなる…それでも誓うか?』
「えっ…」
カノンと一緒にいられなくなる…その言葉が10歳の少年の肩に重くのしかかる。
どちらを選択しても吟侍にとってはつらいものになる…
『さぁ、選べ!俺の血肉となってカノンを助けるか、死んで楽になるか?』
「おいらは…」
「くたばったか…」
痙攣の止まった吟侍を見下ろすジェンド。
次の瞬間、とても子供のものとは思えない圧倒的な気魄を持った吟侍が立ち上がった。
気圧されるジェンドとルゥオ。
吟侍は一歩一歩カノンを捕まえているルゥオに近づく。
ルゥオはカノンを解放する。
「小僧、名は?」
「芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)」
「我は、惑星テララの絶対者(アブソルーター)、ルゥオ・スタト・ゴォル、向こうは惑星イグニスの絶対者、ジェンド・ガメオファルアだ。」
「他に二つ、アクアとウェントスと合わせた四連星にお前の友はそれぞれ運ばれた。還して欲しくば、奪いに来い!」
二人の絶対者は立ち去った。
6年後、吟侍達は4班に分かれて友達を助けるための旅に出ることになる。
これは、その前の序章…13番目の化獣クアンスティータが出てくる前の物語。
第二章 ステラ外伝
FC (フューチャー センチュリー)23年セカンドアースは滅亡まで後四年という時を過ごしていた。
セカンドアースだけじゃない…多分、全宇宙がだ。
FC20年、人類は神御(かみ)や亜空魔(あくま)にも対抗できるだけの科学力を有していた。
そして、神御や亜空魔も力をつけ、あの化獣(ばけもの)とも渡り合えるだけの力を持ちつつあった。
13核の化獣…力は強大でも力を合わせれば十二分に渡り合える…そう思われていた。
最強の13番目の化獣、クアンスティータが現れるまでは…。
クアンスティータ…幼い女の子…。見た目はそうだった。
だが、その力はすさまじく、他の12核の化獣ですら彼女の足下にも及ばない程の膂力を有していた。
彼女はいわゆる複合生命体、7つの本体と24もの意志をもつ怪物だった。
24の意志はバラバラで統一されておらず、ある意志は神御に、ある意志は亜空魔に、ある意志は人間に味方した。
どの意志、どの体のクアンスティータも強大な力を持っていて、味方にすればこの上なく心強く、敵に回せば圧倒的超驚異となった。
最初に現れた第一本体にはオルオリとティオラ、ラトゥーナーという3つの意志が内在していた。
かなりのパワーだったが、それでも神御や亜空魔はそこそこ戦えた。
だが、5つの意志を内在させた第二本体、6つの意志を内在させた第三本体、5つの意志を内在させた第四本体…と新しい本体が出る度にそのパワーは桁違いに上がっていった。
そして、FC20年、ついに3つの意志を内在させた第五本体が生まれた。
第五本体は何でも作り出す力を持つとされるレクアーレと対象者のもっとも願った望みを奇跡という形でかなえる力を持つミールクラームがいるとされていて、神御、亜空魔、人間、その他多くの者が待ち望んで生まれてきた本体だった。
だが、残る一つの意志にリステミュウムがいた。
クアンスティータ・リステミュウムの力は凄まじく、神御と亜空魔があっという間に全滅した。
全く意味がわからない謎の力だった。
リステミュウムが拍手したら、星がかけ、地軸がずれた…
にっこり笑ったら時間が逆行した…
上を向いたら近くの星がみんな融合した…
気付いたら、他の星の神や悪魔など、大宇宙の有力な戦力はほとんどリステミュウムと敵対していた。
いつの間に戦火がこんなに飛び火したのかも全く解らなかった。
攻撃の予想もへったくれもない全く対処の出来ない力だった。
強大な敵を前に「逃げろっ!」という言葉はよく聞かれた言葉だったが、
「諦めろ…どうしようもない…」という言葉が横行したのもこのリステミュウムが初めてだった。
三ヶ月にわたり好き勝手に暴れ回ったリステミュウム…
他の化獣も自身であるはずの他のクアンスティータも殺されてしまっていた。
地獄なんて光景が完全に色あせるような状況が続き、リステミュウムはとあるポスターを見て、7年後に飛んだらしかった。
【27年完成 スカイタワー】
27…ニナ…それはクアンスティータを含む13核の化獣を産んだとされる魔女の名前だった。
そう、リステミュウムは母親を求めて7年後に跳んだのだ。
リステミュウムは消え、後には彼女の残した数々のトラップが残された。
更なる地獄を引き起こすリステミュウムズ トラップが…
ただのハエがドラゴンより強く大きくなり、生態系もめちゃくちゃになってしまった。
人間もその内の一つに引っかかり男性がほとんど生まれなくなってしまった。
長くなったが、これはそんな未来での物語である。
「やったじゃないステラ」
「ステラじゃない私は双葉(ふたば)よ舞依(まい)」
「そうだったね、でも、ラエルにステラに双葉、名前が三つあると面倒臭いわね」
「私は依良 双葉(いら ふたば)一つで十分。他はいらないわ」
私はル・エル。またの名前は空知 舞依(そらしる まい)。マルチドール戦闘部門エル部隊の一員。
マルチドール…時にはアイドル、時にはメイド、時には娼婦と何でもこなすエキスパート集団。男性を守り、男性に尽くすためだけの集団。
ちょっと前までには考えられなかった事。だけど、今は男性がほとんど生まれない。男性はみんな生きているだけで、王様になってしまった。男性が貴重な存在となってしまった以上仕方ないのかもしれないけど、こうなって四年、私はまだなれない…。
マルチドールは大きく分けて、二つの部門がある。
男性を喜ばせることを主とする愛妾部門と男性を危機から回避する事を専門とする戦闘部門の二つが。
顔やスタイルに自信のある子は愛妾部門を選ぶがそうでない子や私やステラのように、男性に尽くすのを良しとしない子は戦闘部門を選択する。
戦闘部門も二つのグループに分かれ、私たちのように、名前に【エル】のつく、エル部隊と【イル】のつくイル部隊が存在する。
私たち、エル部隊は一応、エリート部隊で精鋭が集められている。
私は実力的にはイル部隊だったけど、部隊のbSラ・エルであるステラの推薦によりエル部隊にあげてもらった。
ステラは私に日本語を教えてもらいたかったらしい…。だから、日系だった私を推薦してくれたのだ。
ステラ・レーター、彼女には前世の記憶があるらしい。名前は依良 双葉。日系の子供だ。
孤児院で育ち、吟侍(ぎんじ)という名前の子供と仲が良かったらしい。前世でも今でもその子供の事が好きらしい。
前世ではステラは里親にもらわれその先で病気にかかり死んでしまったらしい。
本来なら、ふーん、そうなの…で終わりな話しだけど、違っていた。
その吟侍という子供、成長して、7番の化獣と命を共有して様々な武勇伝を打ち立てていったらしい…。
途中で、7番の化獣と仲違いをして吟侍は死亡したらしい。
でも7番と共に生きていて、そのまま成長していったと仮定したら、あのリステミュウムに勝てた可能性が0.03%あったという事がわかったの。
たかが、0.03%…されど0.03%…
その一例以外は全て完全な0%、もしくはそれ以下だった…
まるで、藁でもつかむような話しに私たちグリーンフューチャーは歓喜した。
この時、滅亡まで【あと数年しかない】が【まだ数年ある】に変わった。
そして、ステラのいるエル部隊は男性と同等の権利を得た。
私もその恩恵を預かっている。
今、ステラを中心に七つ道具計画が進められている。これを持ってステラ達は過去に渡る。
成長した吟侍という少年に会うために。
完成した七つ道具の一つ、通称【かかし】の実戦投入が今度行われようとしている。
ただ、相手が私たちのかつての仲間、ミイル部隊であるのは本当に遺憾だ。
ミイル部隊…イル部隊の一つだ。
気の良い連中だった。でも、今はおそらく、リステミュウムズ トラップにかかり、吸血鬼化しているらしい…。らしいというのは現場に行った者は全て、戻らないため確認がはっきりととれてはいないためだ。
リステミュウムズ トラップ。どんな物でどんな事をするとトラップが作動するかはみんなバラバラだ。うかつなことをすれば、みんなかかってしまう。今回はディスクを調べていたらかかってしまったらしい。
「ラエル君、ここで、君を失う訳にはいかないんだ。聞き分けてくれ」
科学部主任フィオナがステラの出動を止めに入る。
当然だった。今や、ステラはセカンド・アースの希望の星。こんな事で彼女を危険にさらす訳にはいかなかった。
「実戦なくして成長なしよ。私は行くわ。それに、仲間の始末なんて汚れ役、誰もやりたくない…。私だけ特別扱いは嫌」
「ジュエル、君からも止めてくれ。彼女にはGINJIを連れてくるか、GINJIとの間の子供を産むかの大事な役目があるんだ」
エル部隊bP、部隊長のジュエルも困った顔をしている。
bQのシエルとbRのリュエル、bTのフィエルにbUのノエルもみんな同じ顔だ。
相手はリステミュウムズ トラップにかかり、怪物化した強敵…一人でも多くの仲間が必要だ。
ここで、ステラが抜けるのは正直、きつい。だけど、ステラを無事に過去に送らなくてはならない。
「ステラ、悪いけど、ここは一つ、みんなのために残って」
ジュエルがステラに言い聞かせようとする。
「…みんなもそう思っているの?」
ステラは周りを見た。周りは黙って頷いた。
私たちはステラを残して出撃した。
通称、かかし。正式名称は魔導合金兵器アバターは科学と魔法が融合した超兵器だ。
基本形態が、日本という国にあった案山子に似ていることからそう呼ばれていた。
生身での行動がトラップの餌食になりやすいとして、本人の変わりに念で動く兵器が考え出された。
基本形の案山子のような状態から、様々な形態に形状変化することが出来る。実験段階では、ステラがもっともうまく使いこなしていたが、この際仕方がない。
「ここが現場か?」
私たちは現場の森だった場所にたどりついた。
だったというのは今は海に変わり、すぐまた、ビル街や砂漠に変わったからだ。まるで、スライドショーのように…。
空間が歪んでいて景色が安定していないのだ。リステミュウムにつけられた傷跡の一つだ。別に珍しいことじゃ無かった。今じゃ、あちこちにある。
「可能性は限りなくゼロだが、まずは生存者の確認だ。確認はかかしでやること。決して生身では近づくな!」
ジュエルが命令を下す。
エル部隊はステラがいないので、33人だった。11人ずつ3チームに分かれて、生存者の確認を開始した。
34である私はジュエルのいるチームにいた。
「た、助け…て…」
声が聞こえた。ミイル部隊にいたジャイルの声だ。
「ジャイルか?大丈夫か?今、どこにいる?」
ヴァエルが声をかける。
「たたたた…たずげでぐでぇ…」
!!…様子が変だ!
「ヴァエル、そこから離れろ!」
ジュエルが叫ぶ。ヴァエルはすぐに離れる。
間一髪、ヴァエルがいたところの空間を破ってジャイルが出現する。
…え?…
ジャイルよね?でも、ゲイルでもありリイルでもある…いや、そう見える。
目がおかしいの?頭に三人の顔が浮かぶ。でも一人しかいない…。
「全員、ジャイル、及びゲイル、リイルを敵対者と見なし、かかしによって排除しろ!」
ジュエルの号令が響き渡る。残り2チームのいた辺りでも大きな物音がする。
おそらく、向こうでも戦闘が始まったのだろう。
敵対者ジャイル(仮に命名)の討伐が始まった。
かかしの力は絶大で、生身での場合の数百倍の戦闘力を発揮した。
にも関わらず、ジャイルは互角に渡りあっている。
生前のジャイルは生身のエル部隊より格段に実力が劣っていたはずなのに…
変幻自在のかかしに対して、ジャイルも姿形を変形させながら応戦してくる。完全に怪物と化している。
千切れたた肉片が別のジャイルとなり数が増えてくる。
このままではいずれ負けてしまう…
「完全に消滅させろ!」
ジュエルの号令で、圧縮ガンマレイバーストを発射させ、ジャイルは肉片一つ残さず消滅した。
宇宙最大の爆発ガンマレイバースト…リステミュウムはケロッとしていたけど、どうやらジャイルには効果があったようだ。
良かった…。
他の二チームも敵を片付けて戻って来た。
敵はやっぱりジャイルだった…。
ジャイルだけで、こんなに大変なのか…吸血鬼なんて生やさしいものではなかった…
次に現れたのはジョイルだったものだった。ぶくぶくにふくれあがった状態でどこに隠れるところがあったのかというくらい巨大な姿をしていた。エル部隊の半分にはがりがりにやせて蚊のような大きさに見えていたらしい…。
どちらもジョイルの面影は全く無かったがなぜかジョイルだと認識出来た。
私たちはこの現象をリステミュウム現象と呼んでいる。
ボイル、ドイル、ザイル…次々とかつての仲間だったものを跡形もなく消していった。
後はミイル、ニュイル、ベイルの三人、いや、三体だけとなった。
幸い、エル部隊に犠牲者は無かった。
だが、ここまでだった…
「うあぁぁぁ…」
疲弊していたナエルとウィエルから本人とは別の手足が生えてきた。味方の体内からベイルが現れ二人を捕食し、二体のかかしを操り応戦してきたのだ。沼の中からはニュイルも現れる。
仲間を二人欠いた状態で、今までは一体だった敵対者が二体に増えたのだ。人数では31対2でも大ピンチだった。
向こうは元気だが、こっちは疲労が激しい。
このままでは全滅も考えられた。
現に、こちらにはほとんど抵抗する力が残っていないし、ベイルとニュイルから感じられるパワーはこれまでの敵対者より遙かに大きく感じられた。
ここまでか…
そう思った時、目の前にステラが立っていた。
「ナエル、ウィエル…間に合わなくてごめん…」
「何で来たの?あなたは…」
「吟侍はここで黙っている女になんて決して振り向かない…」
ステラの中に吟侍という男が見えた気がした。吟侍という男なら、本当にリステミュウムに勝てるかもしれない…。そう思えた。
ステラはかかしを百体持ってきていた。そう、ステラだけが、かかしを複数体扱える。
あっという間にベイルに奪われた二体のかかしを無力化した。続けて、仲間の体内に侵入しようとしていたベイルをあっさり焼き払う。
強い、強すぎる…ステラ、まさか…
「あなた、オペを…」
「待機するかわりに受けていた。全部」
私たち、エル部隊は七つ道具を使うために強化手術をいずれ受ける予定だった。
一つ目のかかし用のオペは10分で終わったけど、ひどい激痛をともなった。
ステラは残り、六つのオペを全て受けて来たと言ったのだ。
根性とか我慢とかでどうにかなるものじゃないのに…。
ニュイルはパワーが格段に上がった。
まだ、こんな力を隠し持っていたの…
球状になりみるみる大きくなっていく…まさか、星になろうとしているの?
こんなところで星が出現したら、セカンドアースは終わりよ…
ステラは…涼しい顔をしている。
「七つ道具は全部完成している訳じゃなかったから、私は二つしか持ってこれなかった。かかしとこれだけ…」
とりだしたのは木刀だった。いや、木刀に見える剣か…
確か、ドリームレインボーソード…。七つの効果を持つ剣…。
ステラはバットを振る要領で、ドリームレインボーソードを振り切った。
アビリティーキャンセラー。敵対者の能力を一つ奪う効果がある。みるみる元の異形に戻りはじめるニュイル。
戻ったところで、圧縮ガンマレイバーストの集中砲火。
ニュイルも消滅した。
ステラは振り向き、フィエルに向かって叫ぶ。
「そんなところで高みの見物?正体現しなさいミイル!!」
bTフィエルだったものの姿がみるみる変わっていく…
「あら、このまま、ホームまで戻って遊んであげようと思っていたのに…わかっちゃったみたいね…」
「フィエルはどこ?」
「いるわよ、ちゃんとここに」
ミイルは自分の心臓を指した。
信じられないがいつの間にかフィエルの体に完全に同化させて潜んでいたのだ。
これまでの敵対者とは違い、はっきりとした敵対の意志が感じとれる。
今までとは別格の相手だ。
性格も以前のミイルとは全く別だった。別の新たな意志があるとしか思えない…
心までも作り出せるのかリステミュウムは…
「返すわ…」
フィエルとの同化を解くミイル
「か、体が…」
体は分離したがミイルの支配下から解けないフィエル。
仲間を襲いだした。
シャッ!
一閃。アビリティーキャンセラーで、ミイルの支配をフィエルから取り除くステラ。
「ごめん、ラエル、あたし…」
すまなさそうな顔をするフィエル。
「いいよ。それより無事で良かった」
これで、ミイルに対するアビリティーキャンセルは使えなくなった。
頭もいい。
でも、今度はステラの番だった。
次々と仲間に斬りかかる。
でも、逆に仲間の体力は回復していった。
ドリームレインボーソードの二つ目の能力、ライフポイントチャージだった。
味方の体力をあらかじめためておけるという優れものだった。
傷は治らないがそれでもありがたい。
全員で攻撃すれば…
「私、一人でやるから、みんなは離れてて…」
どうして?みんなでやれば…
「悔しいが、今の我々は足手まといになる。下がるぞみんな!」
ジュエルが声をかける。そうか、そうだよね…。
ミイルは自分の腕を細切れにして、肉片を怪物に変化させてステラに襲いかからせた。
シャッ!
ステラが一振りで、怪物を全滅させた。いや、一振りに見えただけで、実際には何万回も斬りつけたのだろう…。
「あんたも!茶番はいいから…」
ミイルをにらみつける。
「あら、そう…」
失った右腕を再生させて、ニタつくミイル。
それからのステラとミイルの戦いは正直、見えなかった。
早すぎて目が追いつかない。
でも、次に見えた時、どちらが優勢か、わかった。
ミイルは下半身がもう無い。
「ぐっ…いい気になるなよ」
悔しがるミイル。
「いい気になんてなってないわよ…むしろ、あんたみたいな下っ端中の下っ端にこれだけ苦戦している自分が歯がゆくて仕方ないわよ」
そう、私たちの最大の目標はリステミュウムを倒すこと。トラップにかかっただけの犠牲者に手こずっている場合ではない。
「ひひひ…」
ミイルの体が薄くなっていく…変わりに四本腕の屈強そうな怪物が現れた。
まさか、こいつ、七番の化獣が得意にしていた身換え(みがえ)が出来るの?
身換え…身体を取り替えて戦うことが出来るというこの能力、これがある限り、体力の心配は全くない。次々と身体を取り替えてしまえばいいのだから…。ボディのストックがあったのか、こいつ…
「がぁぁぁぁぁ…」
突然、苦しみ出すミイル。
「浸透毒(しんとうどく)というものらしいわよ」
ステラはすでにミイルの本体に致命の一撃を入れていた。
ドリームレインボーソードの三つ目の能力。クロニクルスラッシュ。
過去の時代において発見されたり物や使われた技を一発分だけ、メモリーさせることができる。
浸透毒、昔、吟侍が発見した対不死身の怪物に効果があったとされる敵を殺し続ける超猛毒だった。
さすが、吟侍オタクのステラ。そんなものまで用意していたのか…
「とどめよ!」
再び出てきたミイルの本体に最後の一撃。
目標は完全に沈黙した。
「行くの?」
過去へと渡るステラを見送る私。残念ながら実力が足りないため、私は過去へはいけない。
「そうね、行ってくるわ」
にっこり笑って返すステラ。
「もう日本語はばっちりねステラ」
「ステラじゃなくて私は双葉よ」
「もう、任務なんだから、あなたはラエルよ。次に本名のステラ、双葉は一番優先順位低いわよ」
「良いの。好きな人に会うんだもん。一番の名前で会わなくちゃね」
「知らないわよ、後で怒られても」
「大丈夫よ。何しろ、希望を連れてくるんだもの」
「…行ってこい!そして、男捕まえてこい!」
これまでで一番の笑顔でタイムマシンに乗り込む彼女が無事に戻ってくるのを期待しながら私は次の任務へと戻ることにした。
私たちの本当の敵はクアンスティータ・リステミュウム。
そして、考えたくはないが、更にその上に第六本体と第七本体という驚異もある…。
戦いはまだ終わらないのだ…