第004話 ティアグラ・ワールドへ

テララ編004話挿絵

01 ティアグラの失敗


 土の神殿で、クアンスティータの誕生の相談をする事になった芦柄 琴太(あしがら きんた)達だったが、果たして、あの最強の化獣(ばけもの)に対して、何をどうすれば良いのかまるで答えが見つからなかった。
 少し前に身体の細胞が素粒子レベルにまで、分解する現象が起きていた。
 それは、クアンスティータの姉であり兄でもあるクアースリータ誕生による影響だと、土の姫巫女ドゥナ・ツァルチェンから聞かされた。
 クアンスティータではないのに、これだけの影響力を持つ化獣が他に誕生するとは思っても居なかった。
 クアンスティータとクアースリータは双子だとは頭では理解していても同じ日に生まれるという認識が完全に欠落していた。
 双子であれば当たり前の事だったのに、クアンスティータという名前の大きさに完全に失念していた。
 そして、クアースリータが誕生したという事はその日の内にクアンスティータも誕生するという事でもある。
 いつ、クアンスティータという想像を超えた本震がやってくるのかとみんなビクビクしていた。
 だが、いつまでたってもそれらしい事はやってこない。
「どうなっているんだ?クアンスティータは誕生しないのか?」
 琴太は思わず口に漏らす。
 クアンスティータを知っている筈のアリス・ルージュ、ドロシー・アスール、ウェンディ・ホアンの三人は口を閉ざしてしまっている。
 だから聞きたくても必要な答えを得られなかった。
 その代わりにドゥナが答えの様なものを言ってくれた。
「恐らく、クアースリータの誕生の時の様な振動はありません。考えたくない事ですが、恐らくは――クアースリータの時よりも恐ろしい状態になっています。クアースリータの時は、この宇宙空間自体の自然のエネルギーと反発して細胞の分解という現象が起きました。クアンスティータの場合は宇宙空間自体がクアンスティータに合わせて変わったとしか……私達自身も変わっています。大きな事では、感覚が遮断されています。感覚を閉ざす事によって、クアンスティータからの影響をかわそうと全ての存在の本能の部分から回避行動を取っている。……そうしないと壊れてしまうから……クアンスティータとはそれほどの存在です――なんと、恐ろしい……」
「……俺達の方が変わったって?」
 ドゥナの答えに対して疑問を浮かべる琴太だったが、言われて見れば自分の体感、感覚が今までと違っていて、何となくおかしい。
 何というか、外に向いていない。
 今までは外の自然環境にも感覚が向いていてそれをキャッチ、利用してスキルアップなどもしていたが、今は完全に感覚が身体の内側にだけ向いている感じだった。
 自身の成長のためには外の環境にも感覚を向けないと行けないのに、今は何故かそれをしようと思わない。
 いや、思えない。
 外に向けたら、全てが終わる――そんな脅迫観念が支配していた。
 感覚を外に向けられないという事が解ると、とたんに震えが来た。
 何が起こっているんだ?
 これは普通じゃない。
 明らかに異常な状態になっている。
 動揺する琴太を慰めるようにドゥナが言葉を続ける。
「落ち着いて下さい。どうやら、神々や悪魔がこの超異常事態を安定させようと動いているようです。しばらくすれば、感覚も戻ってくると思います」
「ど、どうなっちまったんだ、一体……」
 琴太達は一様に顔面蒼白になっていた。

 慌てているのは琴太達だけではなかった。
 様々な存在がこの異常状態にパニックしていた。
 それは暗躍していた1番の化獣、ティアグラも例外ではなかった。
 ティアグラは今まで、13番の化獣、クアンスティータを利用しようとして、幾重もの画策をしていた。
 それが、全て、水の泡、吹っ飛んだのだ。
 悪意を持ってクアンスティータに近づくものはクアンスティータの自動防御によって、全て排除される。
 今まではその悪意に対しては偽クアンスティータ達が対応していた。
 が、本物が生まれてからは本物のクアンスティータの自動防御が作動する事になる。
 その威力は偽クアンスティータの比ではない。
 偽クアンスティータの時代にはあった隙のようなものが全く無い。
 ティアグラが用意していた何億もの手段が一瞬にして、全て消し去られたのだ。
 どれが失敗しても良いように用意していた無数の手段が例外なく全て吹っ飛んだのだ。
 これを実際に体感したティアグラはたまらなかった。
 クアンスティータとはティアグラが思い描いていたようなレベルですらなかったのだ。
 もっと途方もなくとんでもない存在だった。
「何があった?状況を報告しろ」
「わ、わかりません。何故か、全て無くなりました。……一つもありません」
「バカな事を言うな、あれだけあったものが何で無くなる?」
「わかりません。ですが、クアンスティータに手を出すのは間違いだったのでは?」
「そうです。あんなものに手を出したらどんな事になるか……」
「こ、怖い――怖い……」
「お、恐ろしい……」
「……助けて下さい」
「どこに逃げたら……」
 全宇宙からかき集めていたティアグラの配下達は右往左往してパニックになっていた。
 主であるティアグラに罰を与えられるという事よりもクアンスティータという存在に手を出してしまった事への恐怖心が先に立っていた。
 統率された集団に教育していたつもりが、今では烏合の衆、いや、泣き叫ぶ子供の集まりの様にも見えるような状況となっていた。
「どこを間違えた……?」
 ティアグラは苦悩する。
 だが、答えは返って来ない。
 ティアグラの最大の失敗はクアンスティータを自分と同じ化獣としてとらえていたという所だった。
 両親である怪物ファーブラ・フィクタと魔女ニナが特別扱いをしている末っ子――ただ、それだけだと思っていた。
 だが、実際は違っていた。
 双子であるクアースリータとすら全く違う別次元の存在、それがクアンスティータだった。
 ティアグラレベルではせいぜい、クアースリータならば何とか関われる程度に過ぎなかった。
 クアンスティータには全く届かない。
 存在自体がとても重く、どんな効果もクアンスティータには通じない。
 何をしても徒労に終わる。
 下手に手を出せば、破滅する。
 それがクアンスティータだった。
 ティアグラは、7番の化獣ルフォスは勇気という気持ちを芦柄 吟侍を通して手に入れクアンスティータに挑戦しようと思っていると知り、彼らを小バカにしていた。
 だが、自分もバカだった。
 クアンスティータはどうこう出来るような存在ではなかった。
 利用さえ出来るような存在ではない。
 今更ながら、神や悪魔がこの存在の誕生を極端に恐れていたという事が身にしみてわかった。
 気が動転しているティアグラが出来ることと言えば、外に出していた自分の全戦力を自身の所有する宇宙世界ティアグラ・ワールドに引っ込め、自分もまた、ティアグラ・ワールドに退避する事くらいだった。
 クアンスティータの怒りを買ったら、消される。
 そう思ったティアグラはティアグラ・ワールドへ帰り支度を早急にはじめていた。
 ティアグラは様々な存在にもティアグラ・ワールドに来るように声をかけたが、多くの存在はすでに退避行動を取っていた。
 例えば、ティアグラの恋人と言われている【死の回収者ファイシャ】などは、【抜界(ばつかい)】と呼ばれる存在しない宇宙世界へと逃げ去り、すでに存在しない事になっている。
 今まで大物とされてきた存在が次々と小物へと変わっていく。
 それはクアンスティータの誕生と共に変わって行った。
 クアンスティータ誕生と共にそれまであった勢力図は簡単に何度も塗り変わる。
 こんな宇宙世界では覇権は望めない。
 そう思った存在は次々とその場の宇宙空間ごと、クアースリータの所有する宇宙世界と融合し、ロストネットワールドという巨大な宇宙世界となっていった。
 小さな石を池に落とすよりも大きな岩を落とした方が波紋が広がるし水しぶきも飛ぶ。
 クアンスティータという大きすぎる岩が誕生した事によって、かつて無い超巨大な波紋が広まったのだ。
 ティアグラはクアンスティータを利用しようと思って大失敗した。
 だが、彼の失敗はそれだけではなかった。
 いつか自分の寝首がかかれる事につながるかも知れない琴太を自身の所有する宇宙世界へと取り込んでしまったことも、それに当たるのだ。


02 ティアグラ・ワールド


 自分達の身に起きている事態を把握しようとしていた琴太達だったが、突然、感覚が戻った事に驚いた。
「どうなっている?感覚が急に戻ったぞ。神か悪魔が何とかしたのか?」
 疑問符を浮かべる琴太に対してドゥナが
「いいえ、どうやら別宇宙に取り込まれたようです」
 と答えた。
 ドゥナは惑星テララごと、巨大な力によって、別の宇宙に取り込まれた事を感じた。
 彼女の感覚もまた、戻ってきていた。
 星見をしながら、それを感じていた。
 クアンスティータという想像もつかないような恐怖から解放されたという安心感もある。
 クアンスティータであれば、いつこの宇宙にもやってくるかも知れないという恐怖はあるが、それでも直接同じ宇宙に居るという恐怖から比べれば遙かにマシだった。
 それを把握したのか、突然、アリス達が
「戻して。私達は芦柄 吟侍のサポートをしなくてはならないの」
 と叫びだした。
 今まで怯えていたのに、急にどうしたんだとは思ったが、彼女達は、未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから、吟侍の手助けをするために過去の世界であるこの時代に来ていた。
 琴太の死が吟侍の死に繋がるとして、彼女達は琴太のサポートに来ているのだが、例えどんなに怖くともクアンスティータに対して、吟侍がどのような行動を取るかを把握しておきたいのだろう。
 だが、琴太達はまだはっきりとは把握していないが、すでにティアグラ・ワールドに取り込まれている状態だ。
 把握したくてもすでに余所の宇宙世界となっている現界(もともと居た宇宙世界)の事は解らない。
 同盟を結んでいるグリーン・フューチャーとブルー・フューチャーの女戦士達は吟侍のサポートを続けているかも知れない。
 自分達レッド・フューチャーだけが、吟侍の居る宇宙世界から切り離されてしまうのが悔しかった。
 そのため、癇癪をおこしたようになったのだ。
 だが、そうも言っていられない。
 状況を把握し、この宇宙世界から脱出する手段を模索していくしかないのだ。
 琴太は
「恐らく、これはティアグラの野郎が取り込んだに違いない」
 と言った。
 琴太は以前、ティアグラ・ワールドに誘い込まれた事があった。
 その時の感覚に近いため、そう言ったのだ。
「僕達、どうなっちゃうんだろう……」
 セレナータ・フェルマータ・メロディアス王子が不安がる。
 人一倍臆病なこの少年はみんなの気持ちを代弁していた。
 どうすれば、この状況から脱出出来るのか見えて来ないのでみんな不安なのだ。
 だが、それでも、クアンスティータと直接対決する事に比べれば遙かにマシであることは解っている。
 安心したけど、不安でもあるという奇妙な感覚で、みんな、落ち着かなかった。
 琴太の感覚が正しかったとすれば、ここはティアグラ・ワールドという事になる。
 そこで、琴太達は改めて、ドゥナに星見をして貰う事を頼んだ。
 彼女の星見は吟侍や琴太のピンチを当てるくらい、的確だ。
 四連星テララ、イグニス、アクア、ウェントスの各姫巫女の中でもピカイチの力を持っていると考えても良いだろう。
 その彼女ならば、これからするべき行動を指し示してくれるかも知れない。
 そんな期待をよせた。
 だが、彼女とて、限界はある。
 ドゥナは自分の解る範囲で琴太達に説明した。

 彼女によると、この惑星テララも含む宇宙空間はティアグラ・ワールドでほぼ間違いないという事。
 そして、ティアグラもまた、かなりの戦力を連れて、このティアグラ・ワールドで身を潜めているという事。
 敵となるのはこれまで相手をしてきた存在とは比較にならない存在が出てくる可能性があるという事などが解った。
 そして、琴太が取り戻したがっている野茂 偲(のも しのぶ)は現在もティアグラの
手に落ちたままであり、エース・スペードの手により、ジャック・クローバー、キング・ダイヤ、クイーン・ハートの三名は既に故人となっているという事なども解った。
 エース達とはソリが合わなかったがエース以外亡くなってしまったという事を聞かされると何とかならなかったのかと悲しい気持ちになった。
 また、琴太には吟侍の心臓にもなっている7番の化獣ルフォスの欠片核というのが体内にあるが、それだけでは、ティアグラには勝てないという事も解った。
 パワー不足を補う何らかの力をこのティアグラ・ワールドで手に入れなければ、ティアグラには勝てないという推測だった。
 これまでの冒険では琴太達の相手は、基本的には絶対者アブソルーターがメインだった。
 だが、これからは、1番の化獣ティアグラが率いるもっと格上の敵が相手となるという事になる。
 琴太は7番の化獣ルフォスの所有するルフォス・ワールドでキーアクションという力を手に入れた。
 だが、相手は、そのルフォスと神話の時代、互角に戦ったとされるティアグラなのだ。
 このままでは、不十分な力だというのはドゥナに言われるまでもなく感じていた。
 まずは、力をつけなくてはならない。
 琴太達はそう決意した。

 琴太達の意見がまとまった頃、ティアグラの腹心、リオン・マルクが現れた。
 リオン・マルクは本来の姿ではなく、人間形態での登場だった。
 敵意は無いという事を示したいのだろう。
「なんの用だ?」
 琴太が尋ねる。
 リオン・マルクは、
「まさか、貴様らまで連れて来られてしまうとはな。あのお方はよほど動揺なさっていたのか……」
 と言った。
 明らかに厄介者が紛れ込んだとでも言いたげな表情だった。
「無理矢理、訳のわからねぇ所に連れてきておいてそれはねぇだろう」
「芦柄 吟侍の兄、芦柄 琴太だったな――貴様にはルフォスの欠片核が入っている。欠片核ごときで、あの方がどうなるという事は無いだろうが、とりあえず、目障りだから消えろ――と言いたいが、こっちも不足の事態でな、あの方にお前達の処分をお伺いしたいが、今は無理なようだ。そこでだ、お前達に適当な相手を用意するから、隅の方で、戦っていろ。あの方が落ち着かれてからお前達をどうするか決めていただく事にする」
 つまり、あの方――ティアグラは酷く動揺しているから琴太達の処分をどうするか決めている余裕がないから、処分保留にするので、適当に戦っていろと――そう言うことである。
 ティアグラの動揺はクアンスティータが関わっているのだろう。
 予定していた事が全て台無しにでもなったのだろう。
 策士策に溺れる――クアンスティータを前に策などいくらあっても意味が無かったという事だ。
 そう思うとティアグラの顔を見てみたいと思う琴太だったが、彼らにとってはこの状況は都合が良かった。
 ティアグラが自分達の事を相手にしていられないというのであれば、その間に力を得る事が出来るかも知れない。
 それは願ってもない好機と言えた。
 ティアグラが琴太達を生かして利用するか、それとも殺してしまうかを決めあぐねているのであれば、是非ともこのまま悩み続けてくれと思った。
 ある意味、クアンスティータに助けられたと言っても良いだろう。
 ティアグラはクアンスティータにどう対処しようかという事を第一に考えている。
 つまり、思考が琴太達には向いていないのだ。
 クアンスティータにとって琴太達など全く取るに足りない存在だろう。
 だが、ティアグラは違う――クアンスティータからしてみれば、中途半端に強い。
 クアンスティータに目障りだと思われるくらいに――
 だからこそ、対処を考えないとクアンスティータに狙われる可能性がある。
 だから、ティアグラはその対処を考えているのだ。
 ティアグラ・ワールドに引っ込んだと言っても、完全に安全だという保証は何処にもない。
 琴太は彼らにとって雲の上の存在であるティアグラですら、ここまで怯えるものなのかとクアンスティータの恐ろしさを改めて噛みしめたのだった。

 リオン・マルクは琴太達を生かしも殺しもしないという微妙な状態にしないと行けないので、全く情報も与えず、敵の前に放り出したら死んでしまうと考えたのか、これから戦う事になるとりあえずの敵や、ティアグラと同盟を結んでいる強者達の情報の一部を話して来た。
 そこで、世の中にはクアンスティータに次ぐbQを名乗る存在が数多く存在するという事を知った。
 最強――と言わないのはクアンスティータの力が余りにも飛び抜け過ぎているからだ。
 クアンスティータをさしおいて最強と名乗れば、逆にバカにされるのがオチだ。
 なので、クアンスティータを除けば一番強いという意味でのbQなのだろう。
 だが、琴太達はクアンスティータの姉であり兄であるクアースリータの誕生を感じている。
 bQを名乗る者達がクアースリータよりも強いとは俄には信じがたい。
 どうせ名乗るのであればbRにした方が良いのではないかと思ったのだった。
 だが、bQを名乗っている者が居るという事はティアグラよりも強い者も同盟を結んでこのティアグラ・ワールドに居るという事でもある。
 ルフォスの話を聞いた事がある琴太は、考える。
 ルフォスがクアンスティータに勝つために吟侍の持つ勇気を必要としていたのに対し、ティアグラは自身の力を磨く事よりも同盟や仲間に引き入れたりする事で、勢力を増やす事に尽力しているというのを聞いていた。
 だから、神話の時代は互角だったかも知れないが、今、ルフォスとティアグラが直接戦ったら、ルフォスの方が圧勝するのではないかとは思うが、その分、勢力面ではティアグラの方が遙かに上回るのではないかとも思っている。
 だから、このティアグラ・ワールドにはティアグラをも超える脅威が潜んでいるかも知れない――そう思うと戦慄が走った。
 元々、ティアグラやルフォスの様な化獣(ばけもの)は神御(かみ)や悪空魔(あくま)より強いという事になっているが、宇宙全体からするとそれ以上の存在はごまんと居るとされている。
 ファーブラ・フィクタ星系では神御、悪空魔、化獣が重要視されているが、他の星などではそれよりも重要視されている他の神話や伝説などは数多く存在する。
 それだけ存在するという事は琴太達の知らない強者達もまた数多く存在するという事でもある。
 ただ、化獣は勢力――、ティアグラ、ルフォス、クアースリータ、クアンスティータは宇宙世界を持っている事と、クアンスティータが13番目に在籍しているという事で、他の存在から特別視されているのだ。
 単独で強いという存在は数多く居るが、勢力を自身の力として所有しているという存在は結構珍しい。
 化獣だけが勢力を持っているというわけではないが、13核の化獣は全て、勢力という力を持っている。
 そこが、他の存在からすると珍しく、異質でもあるのだ。
 また、クアンスティータのブランド力に群がって利権を得ようと思う存在は数多く存在する。
 それだけ、クアンスティータという化獣は飛び抜け過ぎていた。
 他の星の神話などにもやはり、形を変えてクアンスティータという存在は恐怖の代名詞として語り継がれている事からも別格中の別格であると言える。
 そのため、数多くの存在がクアンスティータを恐れ、クアースリータの宇宙世界に救いを求めていった。
 クアースリータの宇宙世界に行けなかった存在は逃げだし、現界という宇宙世界から次々と離れていった。
 ティアグラと同盟を結んでいた強者達もまた、クアースリータの宇宙世界に行けずに、ティアグラ・ワールドに救いを求めてやってきたのだ。
 生まれたばかりの赤ん坊を恐れて数々の強者と呼ばれた者達が一目散に逃げ出した――なんともまぁ、滑稽じゃないか。
 今まで、ふんぞり返っていれば、返っているほど、無様に見える光景だろう。
 琴太達が相手をするのは、そんな逃げて来た存在に過ぎない。
 だが、それは相手がクアンスティータだったからだ。
 琴太達にとっては対峙するのも難しい強大過ぎる相手には違いなかった。
 なので、リオン・マルクから、その敵の名前を聞いた時、形容しがたい気持ちでその名を記憶した。

 琴太達がまず、相手にする事になる存在――その名は【ルツ】と言う。
【ルツ】は、恋人の一人として数えられる存在だった。
 彼女はティアグラの恋人と呼ばれているが、ティアグラには複数の恋人と呼ばれる存在が居る。
 琴太の義弟、芦柄 導造(あしがら どうぞう)が敵対している【死の回収者ファイシャ】と呼ばれる存在もまた恋人と呼ばれている。
 【ルツ】や【ファイシャ】意外にも複数の恋人がティアグラには居る。
 ただ、恋人と言っても、人間のように恋愛関係となるという事ではない。
 お互いがその力を認め合い、協力関係になる――そのような関係だ。
 ティアグラが認めた【ルツ】の力――それは、類い希なる出産能力だ。
 【ルツ】は食べたものの要素を取り込み、自身が産み出す子供を進化させて産み落とす事が出来るのだ。
 また、【ルツ】は雌雄同体であり、体内で自由に受精し産み出すことが出来るだ。
 受精から出産までは僅か数秒という短い妊娠期間も特徴としてある。
 【ルツ】は自らが生んだ子供を食べる事もあり、それによって、更なる進化を経た子供を産み落とす事も出来る。
 人間の常識では考えられない存在と言えた。
 【ルツ】の子供には出産能力は無いが、【ルツ】自身は際限無く出産する事が出来る非情に厄介な存在でもある。
 だが、パワーとしてはティアグラよりも数段劣ると言う。
 【ルツ】の出産能力を利用し、クアンスティータを子供として取り込めないかと画策していたティアグラだが、クアンスティータを相手には到底不可能だという事が解り、ティアグラとしては恋人関係を解消したがっていたという。
 つまり、【ルツ】を倒そうが、逆に倒されようが、ティアグラにとってはどちらも影響が無いという事になる。
 そのため、琴太達の相手として抜擢されたのだ。
 リオン・マルクやティアグラの考えは気に入らないが、【ルツ】を倒す事がティアグラの怒りを買わないという事であれば、琴太達にとっても都合の良い相手と言えるだろう。
 【ルツ】側には、琴太達を倒せば、ティアグラは話を聞くという事を伝えているらしい。
 なので、【ルツ】との戦いはティアグラ側に仕組まれた戦いと言って良かった。
 リオン・マルクは話をするだけしたら去っていった。
 その後、ドゥナが星見をしたところ、【ルツ】との戦いは好機を呼ぶことになると出た。
 それが解れば、【ルツ】との戦いは避けるべき戦いとは言えない。
 何か得るものがあるのであれば、戦うべきだと琴太達は判断した。


03 アリス達の動揺


 リオン・マルクの説明にあった【ルツ】はティアグラ・ワールドの端にその本拠地があった。
 正に隅っこに追いやられていたという感じだ。
 ティアグラにとっては必要の無い存在という事だろう。
 惑星テララからは随分、離れてしまった。
 惑星テララには偲が潜んでいるからドゥナ達を放っておくのは心配だったが、リオン・マルクは偲はティアグラの欠片核を持っているからティアグラの側に居るし、絶対者アブソルーター達は新体制となるため、今のところ動くことはないと言っていた。
 ティアグラの配下だから、琴太達を騙している可能性もあるが、今はそれを信じるしかない。
 琴太達は新たな力を得る事が必要なのだ。
 守ってばかりでは何も得られない。
 時には、前に進まなくてはならないのだから。
 絶対者アブソルーター達の中には、因縁の相手、ルゥオ・スタト・ゴォルが居る。
 敵とは言え、あの男は何となく、信用出来る――そんな気がしていた。
 ルゥオであれば、琴太達がいないのに、攻めてくるなどという事はしないだろう――そう思っていた。
 ドゥナの星見によれば、【ルツ】はティアグラとの交渉に使える切り札をいくつか持っている。
 その切り札を奪えれば、対ティアグラの大きな戦力にもなりうるとの事だった。
 【ルツ】の居る惑星グローには、琴太、アリス、ドロシー、ウェンディの4名だけで来ていた。
 セレナータはドゥナの居る土の神殿に置いてきた。
 残念ながら、彼の力では足手まといにしかならない。
 そう判断したからだ。
 選抜メンバーで事に当たる事にした。
 だが、その選抜メンバーにも不安が残る。
「少しは落ち着いたか?」
 琴太達は共に来たアリス達に声をかけた。
「まぁ、少しは……」
 アリスはばつが悪そうに答えた。
 アリスにはサイコネットという通信方法があり、惑星テララに居ながら、吟侍の居る惑星ウェントスを常に気にして居た。
 だが、ティアグラの力により、強制的にティアグラ・ワールドに惑星テララが引き込まれた。
 その時、テララのすぐ近くに待機させていた、衛星機動兵器は引き込まれなかった。
 衛星機動兵器を中継地点として、吟侍達との連絡手段としていたので、その衛星機動兵器が無くなると彼女は惑星ウェントスの情報を得ることが出来ない。
 また、衛星軌道上からのレーザーショットなどの攻撃も使えなくなるので、戦力としては半減した事になる。
 アリス達にとっては吟侍の活躍が全ての希望に繋がっていたので、吟侍と放されるという事は不安を煽る事にも繋がるのだ。
 未来の世界ではクアンスティータの第五本体とやりあっていたアリス達の本来の実力はもっと遙かに上だ。
 それこそ、ティアグラであろうがひけをとるような力ではないのだ。
 だが、クアンスティータが誕生したという事は時空操作の力がかなり制限されるという事も意味していた。
 強大なパワーのままでは過去へと渡る事は出来ず、未来の戦士達は皆、力を封じて、パワーを落としてから過去へと渡って来ているのだ。
 クアンスティータに対抗するためにより強くならねばならないのに、逆に弱くなっている。
 その事実がアリス達を気落ちさせていた。
 何とか、この時代で本来の力を取り戻したい。
 だが、本来の力を取り戻すという事は未来へ帰れないかも知れないという事も意味している。
 大きなパワーのままでは時空を飛び越える事は自力では出来なくなるのだから。
 アリス達は未来の世界にクアンスティータを倒したとまでは言わないまでも抑える事に成功したという報告をしたいと考えている。
 未来に戻るためにはこれ以上、パワーを上げる訳にもいかない。
 強くなりたいけど、強くなるには限度がある。
 そのジレンマを常に抱えていた。
 クアンスティータの誕生を防ぐために来たのに、結局、クアンスティータを誕生させてしまった。
 その後悔もあった。
 クアンスティータの母親を捜しだして暗殺する――その目的を恐らく、グリーン・フューチャーとブルー・フューチャーは失敗したのだ。
 そして、クアースリータが誕生し、続けてクアンスティータも誕生した。
 誕生してしまった以上、どうにもならない。
 クアンスティータは誕生を繰り返し、やがて、宿敵、第五本体クアンスティータ・リステミュウムも誕生していくだろう。
 クアンスティータ・リステミュウムの謎の力――思い出すだけでも恐ろしい。
 全く意味の解らない力だった。
 無数にいた軍勢が揃いも揃って何も出来なかった。
 味方だったはずの仲間が突然敵対したりもした。
 突然、状況がコロコロ変わる謎の力――数の有利などまるで役に立たない驚異的な力――
 何だったんだろう、あの力は?
 アリスはクアンスティータの力を思い出し、震えあがった。
 また、クアンスティータ・リステミュウムだけじゃない。
 クアンスティータの本体は全て――代表的な特別な力をそれぞれが持っている。
 第一本体、クアンスティータ・セレークトゥースにはミステイク・フィルタというこれまた、訳のわからない特別な力を持っている事も知っている。
 強大過ぎる力を持つ上に、それぞれがバラバラに動く――それがクアンスティータだ。
 そんなものに暴れられたら、周り全てはたまったものではない。
 どうしようもなくなって大パニックを起こす。
 アリス達はそれを未来の世界で一度経験しているのだ。
 ティアグラは、クアンスティータが思っていた存在とまるで違っていた事にパニックを起こしたが、アリス達はどうしようもない存在がついに産まれてしまったという意味で気持ちが混乱していたのだ。
 ティアグラが当面の敵という事は頭で理解していても自分達はこんな事をしている場合ではないという気持ちが先に立ち、どこか上の空という状態だった。
「ぼーっとしているようだったら、俺だけで行くが?」
 琴太は心配そうに言う。
「……心配ないわ。ちょっと思考が追いついてないだけだから。すぐに、落ち着くと思う……」
 とアリスは返すが、
「とてもそうは思えんが……」
 これが琴太の正直な感想だった。
 ウェンディは元々、無口だったが、今は、ドロシーもだんまりとしている。
 気配りの人だったはずの彼女が何も話さないところを見ると、この状況は正常ではないと思えてくる。
 ティアグラが混乱していてチャンスではあるのだが、琴太達もまた、混乱していて、そのチャンスを上手く、利用出来ていない状況だった。
 琴太だけは、クアンスティータの情報が薄く、衝撃は少なかったが、クアンスティータをよく知るアリス達の動揺もまた、ティアグラに負けないくらい大きかったのだ。


04 【ルツ】との駆け引き


 琴太達は惑星グローにたどり着いたが、アリス達が正常とは言えないので、彼女達を安全と思える場所に待機させ、琴太は単独で、周辺をさぐりに出た。
 リオン・マルクの情報とドゥナの星見で敵の名前は【ルツ】だという事は解ったものの、その【ルツ】がどのような存在なのかはよく解っていない。
 まず、その【ルツ】を調べることを優先させた。
 幸い、アリスが惑星テララの地上に隠していた兵器は一緒にティアグラ・ワールドに取り込まれたので、その中から、探索キットを持ってきていた。
 アリスから、操作の仕方を聞いていたので、琴太は探索キットを使って、情報収集をした。
 琴太はどちらかと言えば力押しタイプなので、探索などは得意ではない。
 だが、そうも言って居られない。
 アリス達が動揺している以上、琴太が頑張るしかないのだ。
 慣れない手つきで探索キットを使って周辺を調べる琴太はうっかり敵と遭遇してしまった。
 逃げても間に合わないと判断した琴太は戦う事にした。
「俺の名は芦柄 琴太。お前さんの名前は?」
「お前が芦柄 琴太か、我が母【ルツ】の敵。我が名は【ラダ】、お前を殺す」
 【ラダ】と名乗ったその男は、戦闘態勢を取る。
 琴太もそれに合わせて臨戦態勢を取った。
 【ラダ】の見た目は人間の男性だが、腕は直立したままで、地面に届く程長い。
 足の部分は毛で覆われている。
 手が長いという事は間合いがかなりあるという事だ。
 だが、際だって戦闘的なスタイルとは言い難い。
 どのような力を持っているのか不明だが、キーアクションで早々にかたをつける。
 そう思った。
 近くに他の仲間がいないとも限らない。
 仲間を呼ばれたら、不利になる。
 アリス達を助けとしては呼べない
 今は、琴太一人で何とかするしかなかった。
 【ラダ】が突っ込んでくる。
 身体をブルンブルン振り回し出鱈目なポーズで突っ込んできた。
 ズガンという大きな音を立て、ぶつかった岩場が崩れ去る。
 出鱈目ではあるのだが、動きが滅茶苦茶過ぎて、どう捌いたらいいのかが解らなかった。 明らかに人間の動きではない。
 一瞬、ひるんだ琴太だったが、戦いを数多く経験し、彼も大分成長した。
 冷静に判断して、出鱈目な動きの中の一瞬の隙を見逃さず、キーアクションをヒットさせた。
 ガチャンという音がなり、【ラダ】の能力を分解する。
 後は、戦意喪失して、琴太の勝ち――そう思ったが、違った。
 【ラダ】の身体は霧散し、別の場所に【ラダ】が再生し、再び出鱈目なポーズで突っ込んでくる。
「どういう事だ?」
 琴太はびっくりした。
 【ラダ】の能力が無効になっていない。
 まさか、不発?
 そう思ったが、突然、ウェンディが飛びだし、
「簡単、再構成したんだ」
 と言って、【ラダ】を消し飛ばした。
 だが、また、すぐに【ラダ】が再生した。
「またか……」
 琴太がつぶやく。
 ウェンディは、
「これは存在じゃない、場所だ。逃げるぞ」
 と言って琴太を引っ張っていった。
 【ラダ】を巻いた琴太は、ウェンディにどういう事かを尋ねる。
 ウェンディはその質問には答えず、代わりに、現れたドロシーが答えた。
「簡単に言えば罠よ。あの場所に迷い込んだ相手に対して発動する罠ね。だから、例えキーアクションで能力を分解しても分解された身体を全て捨てて、新たな身体を作り出してまた敵として戦いを挑んでくる。いくら戦ってもあの場所全てを破壊しない限り意味がないって事」
 と。
「お前さん達、落ち着いたのか?」
「落ち着いたと言えば嘘になるわ。全然、落ち着いていない。だけど、動揺してばかりも居られない。私達はあなたを守りに来たんだから。それは芦柄 吟侍と約束した大事な事。芦柄 吟侍にクアンスティータを何とかして欲しいのであれば、私達は全力であなたを守る。それは当然な事よ。クアンスティータは誕生してしまったでしょうけど、全てが終わってしまったという訳じゃない。終わってもいないのに諦める訳には行かないでしょう。でも、取り乱していたのは事実。それは認めるわ。ただ、一人で何とかしようとしているあなたの姿を見送っていたら、少し落ち着いたのよ。アリスも現在の装備を強化する事に考えを集中しているわ」
「そうか、なら、良い。正直、一人じゃどうしようもないなと思っていたところだ」
「とにかく、今なら少しは冷静に話せるわ。アリスと合流してこれからの事を相談しましょ」
「そうだな」
 琴太の行動で冷静さを取り戻した琴太チームはこれからの事を相談をする事にした。
 【ラダ】を見て解る様に、子供だからどうだという概念は存在しない。
 その時、その時の状況に合わせて、【ルツ】は産み分けている事が解った。
 アリスとの合流を果たし、改めて、アリスがステルス機能を持った偵察キットを使って偵察に出た。
 やはり、琴太の時と違って、アリスがやれば、敵に見つかる可能性は極端にすくなくなった。
 3班に分けて、偵察機を操作していたアリスは、有ることに気づく。
「……やっぱりね……」
「何だ、アリス、何か気づいたのか?」
「まぁね。どうやら、【ラダ】と名乗った場所の様な所は至る所に張り巡らされているわね。通常は敵の防御が厚い所が敵の本拠地に近いという事を現しているんだけど、微妙な配置で同じ様な配置を他にもしているから、敵の本拠地が見つけにくくなっている。防御力よりもむしろ、攪乱することで、本拠地を隠しているみたいね。もっと広範囲で何かしらヒントを見つけないと【ルツ】のところに行くのは難しいわね。そもそも【ルツ】という存在のデータが無いわ。現界であれば、未来にそのデータが残っていても不思議じゃないけど、ここは、ティアグラ・ワールドだろうから、生体データというのが残っていない。正体がわからないものを探すのはかなり骨が折れるわ。逆に、向こうには私達のデータがあるのかも知れない。それで、私達から隠れて、子供を増やしているのかも知れないわね。向こうは私達が攻めてくるのを知っている訳だし……」
「そうだな」
「強い反応はいくつか探知できたけど、それは【ルツ】の子供かも知れないわね。どれが【ルツ】だか解らないんじゃ、攻めようがないわね」
「じゃあ、私がサイコメトリーでさぐって見るわ」
「ドロシー、やってくれるか」
「えぇ、任せて」
 相談した結果、ドロシーがサイコメトリーで【ルツ】の記憶をさぐる事にした。
 こうしてみると、アリスもドロシーもウェンディも頼りになるなと琴太は改めて思った。
 これが、最初のパーティー、偲やエース達とのチームだったら、どうしようも無かった事だ。
 だが、今のパーティーはこうすればどうなるという解決案が比較的容易に出てくる。
 それだけ、アリス達が多才であるという事なのだろう。
 琴太は彼女達を派遣してくれた義弟、吟侍に感謝した。

 ドロシーのサイコメトリーの結果、【ルツ】がどのような存在か解った。
 ドロシーの思念をウェンディに送り、ウェンディは砂と同化して、【ルツ】の姿見を作り出したからだ。
 砂の塊ではあるが、これで、【ルツ】がどのような敵か大体解る。
 【ルツ】はティアグラの恋人と呼ばれるだけあって、女性型の怪物のようだ。
 子供を産む能力に長けているとは聞かされていたが雌雄同体とも聞かされていたので、どのような姿か解らなかったから、これで、目標が解る。
 姿形は女性型のフォルムに加えて胸元にもう一つ顔があるというものだった。
 これだけわかれば、特定しやすい。
 さらに、存在代行五角結界(そんざいだいこうごかくけっかい)という方法を用いて姿を消しているという事が解った。
 存在代行五角結界は五つの存在を倒さないとその結界を破る事は出来ず、中に隠れている存在を見つける事がかなわないというものだ。
 【ルツ】は全部で十五の存在代行五角結界を用意していて、その内の一つに自分自身を、四つをティアグラとの交渉に使う切り札を隠している。
 残り、十の存在代行五角結界はダミーであり、複数の刺客を隠した偽物となっている。
 これは、宝探しをするようなものとなるだろう。
 情報が洩れるのを恐れてか、【ルツ】自身も自分がどの存在代行五角結界に隠れているか認識していないらしい。
 自分自身でもわからないのだから、探す方としてみれば、的確な情報は得られないという事になる。
 この事からも【ルツ】とは非常に用心深い存在であるという事が推測できる。
 虱潰し(しらみつぶし)に手あたり次第、存在代行五角結界を解いて回るという手もあるだろうが、相手は兵隊となる子供を産む力に特化した存在だ。
 こちらの隙をついて、新たな子供を産んだり、存在代行五角結界を増やしたりすれば、手が付けられない。
 ここは【ルツ】のホームグラウンドだ。
 【ルツ】のやり方に合わせて戦っていたら、いつまで経っても【ルツ】にはたどり着かない。
 ティアグラやリオン・マルクは【ルツ】のこの性格を知っていて、琴太達の相手に選んだのだろう。
 目的である【ルツ】にたどり着けず、手をこまねいている状態が続く状態を作り出し、ティアグラが正常な判断を下せる時を待っているのだろう。
 何らかの打開策が必要だ。
 だが、琴太の頭では何も浮かばない。
 どうすれば良い?
 何か良策は思いつかないのか?
 気持ちだけが焦る。
 吟侍であれば、こっちがあっけにとられる程あっさりと解決策を思いつくに違いないが、琴太はそれほど、器用じゃない。
 思いつく事と言えば手分けして、当たるという事くらいだが、それだと必然的に戦力を分散して敵と戦うという事になる。
 そうなれば、敵にやられてしまう可能性が高くなる。
 いろいろ考える。
 だが、ダメだ。
 いくら考えても何も思いつかない。
 琴太は頭脳労働担当にはなりえない。
 こういう時に役に立つのはやはり、アリス達だった。
 アリスは体内データベースから吟侍の行動パターンを解析した。
 吟侍であればどのような行動を取るかという情報が未来の世界から来たアリスにはあったのだ。
 と言ってもあくまでも行動パターン分析なので、本物の吟侍がとる行動と同じという訳にはいかないのではあるが、それでも、事態を解決する妙案は出て来た。
 その方法は未来の世界においてデータが残っていた吟侍が過去に行った方法の一つだった。
 簡単に説明すれば、手品の様な方法で、様子を見に来た【ルツ】を騙して待ち構えるという方法だった。
 能力を駆使したマジック──そういうのが的確な答えだろう。
 琴太達はこの騙しのテクニックを使って、【ルツ】の刺客に倒されたという事を演出した。
 まず、適当に存在代行五角結界を一つ解き、その時の敵を分析しつつ、一時撤退する。
 一度、琴太達も身を隠し、その時、確認した敵のダミーを作り上げる。
 再び、その敵【ルツ】の子供と敵対し、瞬殺する。
 その瞬間、倒した【ルツ】の子供を隠し、変わりに用意した敵のダミーとうまく相打ちを演出する。
 敵の偵察部隊が出てくる前に、ドロドロに溶けて無くなったという事も演出した。
 ドロドロに溶けた部分には琴太達のDNA等を残しておけば、偽の相打ちの演出は成功。
 その上で、アリスの兵器の中から、【ルツ】の利点になりそうなものを用意する。
 落ちていた兵器を見た偵察部隊は【ルツ】への献上品として、そのアイテムを、持っていく。
 後は、見つからない様に偵察部隊を追跡する。
 偵察部隊も【ルツ】の隠れている存在代行五角結界は解らないから、適当に結界を解いて回る。
 偵察部隊は味方なので、存在代行五角結界が解かれても戦闘にはならない。
 そうやって、【本物】が出てくるのを待てば良いのだ。
 作戦は成功──そう思われたが、半分失敗してしまった。
 偵察部隊の反応が偽物を出した時と違ったので、一気に、琴太達は乗り込んだが、【ルツ】ではなく、【ルツ】が切り札として隠していたものの一つと当たったようだ。
 考えて見れば、【ルツ】が隠れている存在代行五角結界は一つだが、【ルツ】の切り札を隠している存在代行五角結界は四つある。
 必然的に切り札の方が当たる可能性が高いという事になる。
 琴太達はしまった、失敗した──とはあまり思わなかった。
 確かに、【ルツ】にはたどり着かなかったが、代わりに手に入れようと思っていた【ルツ】の切り札の一つが大した苦も無く手に入れる事が出来たのだから。
 棚から牡丹餅をもらったような気分だった。
 早速、ドロシーがその切り札をサイコメトリーで探りを入れる。
 もちろん、使い方を知るためにだ。
 それによるとその切り札の名前は【セパレーションマイセルフ】、直訳すれば、【分離した私自身】という事になる。
 仮に琴太が【セパレーションマイセルフ】を身に着けたとすると琴太は本体である自分自身以外にも琴太から離れて動く、自分の手足を持つという事になる。
 普通の人間は自分の身体と手足はくっついているため、どうしても、身体全体で動かないと手や足での作業はできないが、自分の脳波で動く手足があれば、その手だけ、足だけを飛ばして何らかの作業をさせる事も可能なのだ。
 しかも、これは、厳密には手足の事ではない。
 目の役目も鼻の役目も耳の役目も果たす事が出来る。
 つまり、自分の身体の部分と同じ機能を持つものを自由に飛ばして使う事が出来るというものだ。
 使い方は簡単。
 【セパレーションマイセルフ】を飲み込めばいいのだ。
 そうすれば、【ハンズ&フィート(略してHF)】と呼ばれる、遠隔操作が出来る手足の様なものを自動的に作り出してくれる。
 後は、【HF】の細かなフォルムを頭の中で想像すれば、琴太に適した【HF】を作り出してくれるというものだ。
 問題は果たして、これを琴太が飲み込んで自在に使いこなせるかという問題になる。
 【セパレーションマイセルフ】の特性から考えると肉体強化の一能力ととらえた方がよさそうだ。
 基本的に体力があった方が、【セパレーションマイセルフ】の強化もそれだけ、大きいい。
 となると体力タイプの者が身に着けるほうが良いだろう。
 琴太達4名の中で体力タイプは琴太とウェンディの二名だ。
 琴太はあれこれ、考えるようなタイプではないので、【セパレーションマイセルフ】の特性を活かせるかと言うと疑問が残る。
 その点、ウェンディも深く考えるタイプではないが、元々が合成能力を持っているので、複雑な脳波の操作を必要とする【セパレーションマイセルフ】はウェンディが使った方が良いという事になった。
「……あたいで良いのか?」
 ウェンディは琴太に尋ねる。
 自分が手にして良いものか迷っているのだ。
 琴太は、
「俺が使うより、お前さんの方がうまく使ってくれると思う。だから、遠慮なく使ってくれ」
 と言った。
 【ルツ】の切り札は後、三つ存在する。
 今回はウェンディに適していたが、他の切り札の中に琴太に適した切り札があるかも知れない。
 そう考えれば、ウェンディに譲ることなどなんという事もなかった。
 ウェンディが【セパレーションマイセルフ】を飲み込んだ。
「どう?何か変わった?」
 ドロシーが尋ねる。
 ウェンディは
「わからん……」
 と答えた。
 【ルツ】がティアグラとの取引に使おうとしていたものの一つだ。
 これが単なるどこにでもありそうなアイテムである訳がない。
 そんな期待を持ってみていたが、特に変化は見られなかった。
 それがある程度解る時――、その時は、敵がせめてきたという時だった。
 偵察部隊の失態により、琴太達に切り札の一つが渡ってしまったという事は【ルツ】の耳にも入った。
 激怒した【ルツ】は他の存在代行五角結界に指示を出し、結界を解く。
 中から現れた【ルツ】の子供達は琴太達から切り札の一つを取り返そうと向かってきた。
 ウェンディは
「あたいだけでやる。見ててくれ」
 と言った。
 手にした力を試してみるには実践に限る。
 そう思うのが彼女だ。
 とにかく使って見ないとどの様な力を発揮するのかがわからない。
 だから、彼女は先頭に立つ。
 【ルツ】の子供たちが琴太達の元にやって来た。
 どれも一癖も二癖もありそうな面構えだ。
 ウェンディは意識を集中する。
 すると彼女の肩甲骨の辺りに穴があいた。
 シュボッ…シュボッ…シュボッ…シュボッ…シュボッ…シュボッ…
 六回の音が鳴り、ウェンディの肩甲骨に空いた穴から、六つの何かが飛び出した。
 パッと見はこけしの様にも見える。
 頭の部分と身体の部分があるからだ。
 ウォンウォン音を立てるそれが【HF】なのだろうというのは解るがどんなものなのかがよくわからない。
 よく見るとものすごいスピードで回転している。
 【ルツ】の子供たちはそれを見て一瞬、ひるんだがすぐに一斉にとびかかる。
 その数、50名。
 とてもウェンディ一人では無理だと思ったが、【HF】はその飛びぬけた運動性を示す。
 【HF】は【ルツ】の子供たちに突っ込んだと思うと、その子供達を吸収し、力を変換、こけし状の形態だった【HF】は形を変え、それぞれが別の腕の様な形となって【ルツ】の他の子共達に襲い掛かる。
 獰猛──その表現がぴったりなように、【HF】は姿形を変えて、【ルツ】の子供達に次々と襲い掛かり、50名いた相手はあっという間に全滅した。
「どうやったんだ?」
 琴太が思わず、ウェンディに尋ねた。
「何も……、今までやってた事をちょっとやろうと思っただけだ」
 との答えが返ってきた。
 そう、確かにすごいが、【HF】で披露した力はウェンディが元々持っていた融合能力の応用に過ぎない。
 だが、それだけでもびっくりするほどの攻撃力を示した。
 ドロシーのサイコメトリーによると、これでも1%もこの【HF】の真の力を引き出していないらしい。
 思いがけない強大な力が手に入った。
 琴太達はそう思った。
 が、彼らがその力を使いこなせるようにならなければ、意味はない。
 ほとんど力を引き出さないままティアグラに挑んでもそれは敗北の二文字が返ってくるだけのことなのだから。
 また、今回切り札を引き当てた手段は一度きりのもの。
 同じ手は【ルツ】には通じないだろう。
 また、今まで刺客として現れた【ルツ】の子供達は【ルツ】が琴太達を侮っていた時のものだ。
 【ルツ】の切り札の一つを手にしてしまった以上、【ルツ】の方もこれまで以上に琴太達を警戒するし、より強い子供達を送り込んで来るだろう。
 これまでの戦闘は言ってみれば小手調べの様なものだ。
 【セパレーションマイセルフ】は手にしたが、【ルツ】には、これに匹敵する三つの切り札を持っているはず。
 【ルツ】が本気で向かってきたら、こちらに勝ち目はない。
 まだ、どこかで侮っているはずだから、その間に、他の切り札も手に入れて、打倒【ルツ】を目指す。
 そして、その先にはティアグラをはじめとする強者達とも戦わなくてはならないという運命が待っているはず。
 クアンスティータ誕生で一時、混乱はしたが、大分、冷静になって来た。
 後は、アウェーであるティアグラ・ワールドでいかに生きぬき、現界に戻る方法を探るかが今後のテーマとなるだろう。
 戦闘をウェンディ一人に任せる訳にもいかない。
 アリス、ドロシー、琴太もどこかでスキルアップしていかなければならない。
 それが、今後の課題だ。
 それを軽く相談した後、また、【ルツ】との間合いを取るため、琴太達は行方をくらましたのだった。
 敵は多い。
 多くの勢力を持ち宇宙世界を所有するティアグラを敵に回したのだから、それは仕方がないことではある。
 だが、何が何でも生きぬいてやる──
 そんな決意を密かにするのだった。
 偲の事もある──
 ルゥオとの決着もつけていない。
 やり残した事は山ほどある。
 敵はめまぐるしく変わっていく。
 そんな状況でも琴太達は生きていく事を諦めなかった。


 続く。



登場キャラクター説明


001 芦柄 琴太(あしがら きんた)
芦柄琴太
 テララ編の主人公。
 曲がった事が大嫌いな性格。
 義弟である吟侍(ぎんじ)の心臓になっている七番の化獣(ばけもの)ルフォスの世界で身につけた能力である、敵の弱点を突く事により出現する鍵を回す事により敵を倒す事が出来るキーアクションを得意とする。
 鍵十手(かぎじって)も使える。
 ルフォスの欠片核(かけらかく)を体内に宿す。
 更なるスキルアップを目指している。


002 ドゥナ・ツァルチェン
ドゥナ・ツァルチェン
 土の姫巫女。
 テララ編のヒロイン。
 琴太の危機をいち早く察知し、彼に危険を伝える。
 吟侍の居るウェントスに居る風の姫巫女に助けを求める。
 現界(げんかい)を離れた事で姫巫女としての勘を取り戻す。


003 アリス・ルージュ
アリス・ルージュ
 未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから来たスーパー人造人間。
 未来組織、新風ネオ・エスクのメンバー。
 衛星軌道上に攻撃要塞を持ち、未来の通信装備、サイコネットを装備する。
 幼い外見をしているが、レッド・フューチャーの中ではリーダー格。
 性格設定が子供になっているため、コミュニケーション能力は高いとは言えない。
 風の惑星ウェントスで芦柄 吟侍と勝負し、彼の頼みで琴太を助けるために土の惑星テララに助っ人に来た。
 琴太パーティーの新メンバーとなる。


004 ドロシー・アスール
ドロシー・アスール
 未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから来た特殊な人間。
 未来組織、新風ネオ・エスクのメンバー。
 左目の義眼を取り替える事により、超能力、魔法、錬金術などの能力を使い分けるスイッチファイター。
 三人組の中では一番大人であるため、話し合いなどは彼女が担当する。
 風の惑星ウェントスで芦柄 吟侍と勝負し、彼の頼みで琴太を助けるために土の惑星テララに助っ人に来た。
 琴太パーティーの新メンバーとなる。


005 ウェンディ・ホアン
ウェンディ・ホアン
 未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから来た合成人間。
 未来組織、新風ネオ・エスクのメンバー。
 動植物や虫、魚、鳥類、鉱物にいたるまで、彼女は同化する事が出来、同化したものの能力を強化した形で使うことができる。
 口下手であるため、口数は少ないが、いざという時、居て欲しい場所に素早く駆けつけるなど気の利いた部分も持っている。
 風の惑星ウェントスで芦柄 吟侍と勝負し、彼の頼みで琴太を助けるために土の惑星テララに助っ人に来た。
 琴太パーティーの新メンバーとなる。
 今回、【セパレーションマイセルフ】という力を得て【ハンズ&フィート(HF)】という移動する手足の様な攻撃能力を得る。


006 セレナータ・フェルマータ・メロディアス。
セレナータ・フェルマータ・メロディアス
 セカンド・アースのメロディアス王国の11番目の皇子。
 力量不足として、救出活動は置いていかれたが、それでも琴太の助けがしたくて、後からテララに追って来た。
 到着してすぐに、ルゥオ・スタト・ゴォルに襲われ逃げている内にスタッフともはぐれてしまう。
 少しスキルアップを果たすが実力不足のため、惑星テララでドゥナと共に留守番をする事になる。



007 ティアグラ
ティアグラ
 吟侍の心臓になっている7番の化獣(ばけもの)ルフォスと引き分けた1番の化獣。
 ルフォス同様に独自の宇宙世界を持っている。
 最強の化獣である13番のクアンスティータの力を欲している。
 全ての策が徒労に終わり、動揺している。
 ティアグラ・ワールドという宇宙世界の所有者でもある。



008 リオン・マルク
リオン・マルク
 ティアグラの腹心の怪物でライオンの要素を持つ。
 動揺しているティアグラに代わり、色々裏で動く。




















009 ルツ

 ティアグラの恋人に数えられる強者。
ルツ 出産能力に特化している。
 ティアグラに見限られる所だが、ティアグラとの交渉に四つの切り札を所有している。
 食べたものの要素を取り込み、自身が産み出す子供を進化させる事が出来る。
 自らの子供を食べて更なる強者を産み出す事もある。
 人間の常識では計れない存在。


010 ラダ
ラダ
 ルツに産み出された子供。
 子供ではあるが、存在というよりは場所であり、ダメージを受けた肉体は霧散し、再構成するという特徴と出鱈目な動きでのアクションを得意とする。
 両腕は立ったまま地面につく程ながく、足は毛むくじゃらという身体的特徴を持つ。