第002話 怨嗟(えんさ)の書編


01 忍び寄る影


「ねぇ……一人?」
 一人夜風に当たっていたエース・スペードに影が一つ近づく。
テララ編002話01 「誰だ?……ってかお前かぁ……偲(しのぶ)」
 近づいて来た影は野茂 偲(のも しのぶ)……仲間だ。
 敵に捕まったと聞いていたのにどうやら逃げてこれたようだとホッと胸をなで下ろす。
 実はエース、彼は偲の事が気になっていたのだ。
 何とか、偲といい仲になりたい――そんな下心があって芦柄 琴太(あしがら きんた)のチームに参加した。
 賞金稼ぎ仲間のジャック・クローバーとキング・ダイヤも偲を狙っているらしく、彼と同じ目的で参加していた。
 クイーン・ハートはエースに興味を持っているらしく参加しているようだが、彼にとってはそんな事は知ったことではない。
 それより問題は偲は琴太のために動いているという事が気に入らなかった。
 偲は琴太の事が好きだというのはサルでも解る。
 気づいてないのは思い人たる琴太くらいなものだろう。
 手の届かない雲の上の存在のカノン姫。
 琴太はそのプリンセスに敵わぬ恋心を抱いて、義弟の為に身を引こうとしている。
 その事に対し、エースはくだらないと思っている。
 弟なんか押しのけて奪ってしまえば良いじゃないかと考えていた。
 それでも諦めるっていうのなら遠くの女より、近場のいい女、偲を抱けばすむこと…… そう思っていた。
 エースは英雄視されている芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)の事も弟に遠慮している琴太の事も好きじゃなかった。
 エースだけじゃなく、ジャックやキング、クイーンも同じだろう。
 彼は綺麗事を言っている人間が大嫌いだった。
 人間はもっと泥臭い生き物。
 自分がはい上がるために、他人を平気で蹴落とす、それが人間だ。
 他人を土台にして、のし上がる事が人間としての幸せなんだ。
 それが、彼のポリシーだった。
 好きなものを奪うためなら何でもやる。
 エースは偲を奪うつもりでいた。
 今は、戻って来た偲をどうたらし込むか……それだけを考えていた。
「私ねぇ……捕まった時、思ったんだぁ……」
 偲が話を続ける。
 どうやら、向こうもその気があるのでは?
 そんな期待があった。
 エースにとっては恋人になるならないはどうでもいい。
 ただ、身体だけの関係でも全然問題なかった。
 気持ちいい事が出来ればそれで良かったのだ。
「何を思ったんだ?俺の事でも思ったか?」
「そうねぇ……思ったわぁ……」
 偲の声がなまめかしい。
 これは脈有りか?
 期待が膨らむ。
「――誘っているって事でいいんだよな……」
「ねぇ……目を閉じて……口をこっちに向けて……」
 そういう性癖なのかと思い、エースは黙って従う。
「じらすなよぉ……俺はもうたまらねぇんだからよぉ」
「ちょっと待ってねぇ……今、行くわぁ」
「早くしてくれよぉ、俺はもうギンギンなんだからよぉ……おぐぅおぉぉっ」
 エースの唇に寄せられたのは偲の唇ではなく、右腕だった。
 エースの口に右腕を突っ込む。
 突然の事に反応が遅れるエース。
 一呼吸でいい――。
 一回呼吸をしないと動けない。
 それだけ、彼は無防備だった。
 呼吸をしようともがくエース。
 だが、偲が呼吸を許さない。
 彼女を突き飛ばそうとするが、女の身とは思えない強力でそれを阻止する。
 そうこうしている間も偲は右腕を喉の奥へ奥へと突き進める。
 やがて、心臓の部分まで彼女の腕は届き、エースの心臓は握り潰された。
 絶命するエース。
 が、すぐに起き彼女に従うしもべとなる。
 心臓を食べながら……
「まずは、一人……」
 偲はにたぁっと笑った。
 月夜に照らされその身を血で染める偲の姿は見る者が見たら美しいと映ったかも知れない。
 だが、大概の者はこう思うだろう。
 恐ろしいと……。

「おい、エース、いつまでさぼってんだよぉ」
 戻りが遅いエースをジャックが呼びに来る。
 エースは偲の影に消え、後には血糊を拭き取った偲が残される。
「彼はちょっと用があって、席を外したそうよ」
「お、偲じゃねぇか。お前、無事だったのか?」
「えぇ。無事よぉ」
 偲は次のターゲットに向けて妖艶な笑みを浮かべた。

 三十分後、戻って来ないエースとジャックを心配する琴太は……
「二人とも、何処行ったんだ?偲救出の作戦をたてるから集合だって言ってんのに」
 といらついていた。
 一刻も早く助けに行きたい気持ちを抑えていたのだ。
 メンバーがバラバラに動けば二次被害が出ないとも限らない。
 焦っているからこそ、落ち着いて話す必要があると吟侍の戦いぶりを間近で見ていた彼は学んでいた。
 探しに行くという琴太にキングが制止した。
「あんたが行っても無意味だろ、喧嘩するのがせいぜいだ。俺が行くよ」
「すまねぇ。じゃあ、キング頼む」
「あぁ面倒くさっ」
 いやいや、探しに行くキングを見送る琴太。
 彼はこの時、判断ミスをした。
 彼を一人で探しに行かせるべきでは無かった。
 その日、キングも戻らなかった。

 朝になっても戻らない三人に業を煮やした琴太は行方を占ってもらおうと土の神殿に向かい、ドゥナにあった。
 ドゥナの答えは深刻なものだった。
テララ編002話02 「残念ながら、三人はすでに偲さんの手に落ちています。このままでは殺されます。冷静に行動して下さい」
「な、何を言っているんだ、偲が裏切ったとでも言うのか?」
「裏切りではありません。全く別の存在になってしまいました」
「悪いが冗談に付き合っている暇は……」
「冗談ではありません。本当なんです。信じて下さい」
「それを信じろって言われても……」
「救いの手は必ずさしのべられます。お願いですから、時を待って下さい」
「……解った。あんたの話を信用する訳にはいかない。だけど、あんたもふざけているとは思えない。何かが起きている様な感じも確かにしている。だから、時を待つ、それだけはさせてもらう。だけど、三日だ。それ以上は待てない。飛びだして助けに行きたい気持ちを我慢出来るのはそれが限界だ」
「はい。それでかまいません。とにかく、クイーンさんと一緒に……」
「私はごめんだね。誰があんたなんかと一緒に。エース達が敵になったんなら私もそっちにつくよ。じゃあね」
「待って下さい。このままではあなたも……」
「望むところだよ……」
 聞く耳持たないと言った感じでクイーンは出て行った。

 土の神殿の外に出たクイーンは待っていたエース達と再会した。
「どこ、行ってたんだい?琴太のバカと手を切るなら言ってくれれば私も……」
 エース達に羽交い締めにされ、突然現れた偲がクイーンの口に手を突っ込む。
「おごおごぉおごぉっ……」
 苦しそうにもがくクイーン。
 後悔しても後の祭り。
 彼女の心臓も偲に握りつぶされた。

 こうして、琴太のパーティーは琴太一人となった。
 琴太に偲の魔の手が近づこうとしていた。

 琴太は自分の気持ちを押し殺し、一日、また一日と土の神殿内で待ち続けた。
 そして、三日目に――
「三日経った。ドゥナさん、悪いが動かせてもらう。俺は一人でも行く」
 と言って出て行く準備を始めた。
「はい。この三日は命をつなぐ三日でした。御武運を。道は開けます」
 ドゥナはいくらか安堵の表情を浮かべていた。
 最悪の状況だけは脱した。
 そんな感じの表情だ。
 正直、三日待ったくらいで何がどう変わるというのは解らないが、それでも占ってもらう事がこのテララという星では必要不可欠な事になるのだろうと思っている琴太に後悔の念は無い。
 ただ、自分を信じて、偲を助けに行くのみだった。

 ドゥナの占いでは、獣の沼というところを根城にしていると聞いていた琴太は真っ直ぐそこに向かって歩を進めた。
 獣の沼には敵らしい敵は何も存在していなかった。
 なんだかんだで助けたのか、偲とエース、ジャック、キング、クイーンの五人だけが待っていた。
「何だよ、みんな無事だったのかよ。心配したぜ、ったくよぉ」
 琴太は胸をなで下ろす。
 仲間の無事を確認したからだ。
 偲達が敵に回ったというのはドゥナの勘違いだった。
 そう思った。
「寂しかったの……」
 偲はそう言った。
 こんな事を言う女の子では無かったはずだとは思いつつ、人を信じる事を心情としている琴太はチラッと感じた迷いを断ち切った。
 敵に捕まって心細かったんだろうと思った。
 抱擁を求める仕草をした偲に近づいた。
 今は黙って抱き寄せようと思ったからだ。
 このままではエース達同様に偲によって命を奪われる様な状況になってしまった。
 それを阻止したのは
 ドキュウゥゥゥン
 一つの狙撃だった。
 偲は察知して、琴太と距離を取る。
「だ、誰だ?」
 琴太は警戒する。
「心配しなくて良いよ。少なくともあんたの敵じゃないつもりだし」
 女の子の声がした。
 だけど姿が見えない。
 気づいたら偲達も姿を消していた。
 一分ほどして、三人の女の子が姿を現した。
「何者だ?」
「何者だはないでしょうに、せっかく助けてあげたのに、あのままだったら、あんた、殺されていたわよ」
 三人組みのリーダーと思われる女の子が答える。
 どう考えても三人の中では一番年下だと思われるが、雰囲気からリーダーだなと判断できた。
「敵なんか居なかったが?」
「とんだお人好しね。芦柄 吟侍が心配していたわよ」
「何で吟侍の事を知っている?」
「彼に頼まれたからねぇ。あんたを助けてって」
「何だと?」
「私はアリス。アリス・ルージュ。こっちがドロシー・アスールでそっちがウェンディ・ホアン。私達は未来の世界から来た助っ人よ、よろしくね」
「よろしくって、偲を狙撃したのはお前だろ?そいつを味方と思えって言われてもな」
「はぁ……、なるほど……」
「何がなるほどなんだよ?」
「芦柄 吟侍に直接聞いた訳じゃないけど、彼はどちらかというより、義弟の芦柄 導造(あしがら どうぞう)より、芦柄 琴太、あんたを心配していたわ」
「何で俺が導造より心配されなきゃならねぇんだよ?」
「決まっているでしょ。芦柄 導造は確かに臆病な人間ね。でも自分という者を解っている。だから危険に対しては敏感だし、やばいと思ったら逃げる事が出来る。でもあんたは違う。立ち向かうでしょ」
「だったら何だ?それが俺のやり方だ」
「それが犬死にするって事だって言っているのよ。敵でも殺さず、情けをかける。それが当たり前の人間、それがあんた。だけど、そのやり方は回りの人間も窮地に立たせる。現に、野茂 偲が敵に回ったことで、冒険の初っぱなから全滅するところだった」
「全滅って……」
「敵になったか正気でいるかも判断出来ないあんたのパーティーはすぐに終わるって言っているの。あんたは弱い。冒険者としての力では芦柄 導造にも劣るわ」
「言って良い事と悪いことがあるぞ。お尻ペンペンでもしようか、お嬢ちゃん」
「私が小さいと思って舐めているのね。どうしようもないわね。じゃあ、選びなさい。私達の誰と戦うかをね。芦柄 吟侍は私達三人相手にも全く引けを取らなかったわ。でもあなたには一人で十分。弱すぎるもん、あんた」
「舐めやがって、じゃあ、アリスとかいうお前で良い。かかってこい、摂関してやる」
「呆れた。本当に何も見えてないのね。かかってこいか……あくまでも上から目線って事ね。良いわ、軽く遊んであげる。その思い上がった根性をたたき直してあげるわ」
 カチンときたとは言え、相手は女の子。
 琴太は軽く力の差を見せつけてやって終わりにするつもりだった。
 だが、結果は――
「どうしたの?こんなのも避けられないの」
「ぐっ、ば、ばかな……」
 衛星軌道上から放たれるレーザーショットの直撃を受けてダメージを負う琴太。
 空を気にしているとアリスに掴まれ電撃を放たれる。
「死なないように出力を絞ってあげているって解っている?芦柄 吟侍との時の戦いの出力でやっていたら、あんた、すでに14回は死んでるわよ」
 そう、琴太は14回も攻撃を受けている。
 琴太の得意とするキーアクションで力の分解を狙う訳にもいかない。
 相手は女の子。
 女の子の心臓をつく訳にはいかない、そう考えていた。
 が、アリスは攻撃を制限して勝てるような相手では無かった。
 全力でやっても少なくともかなり苦戦するだろう。
 結局、ボロボロになるまで攻撃を受け、琴太は敗北した。
 それに対して、アリスは――
「女に対して攻撃を遠慮したってとこだろうけど、そんなんだから、全滅しかけるのよ。そんなの優しさでも何でもない。男のエゴよ。女はそんなに弱い生き物じゃない。もっとしたたかで男よりずっと強い精神を持っているのよ」
 と言い放った。
「………」
 結果的にボロ負けした琴太には何も言えなかった。
 アリスは続けて言う。
「野茂 偲はこの戦いの中、助けに来なかったみたいね。ドロシーとウェンディが睨みをきかせていたというのもあるけど、彼女はあんたを殺すチャンスを窺っていたみたいよ。ここ、敵地のど真ん中だし……それでも仲間だって言うの」
 と。
 かえす言葉がない。
 自分の考えが間違っていて、そのため、偲は敵になってしまった。
 その事実だけが琴太を苦しめた。
 自分の考えの甘さが偲を苦しめたのかと自分を責めた。
 ボロぞうきんの様になった琴太とアリス、ウェンディを連れて、ドロシーはテレポートする。
 彼女は超能力者だ。
 テレポートはお手の物だ。
 と言っても一度行ったことがある場所に限られるのではあるが。

 ドロシーがテレポート先に挑んだ場所は、土の神殿だった。
 ドゥナが出迎える。
「良かった。ご無事で……」
 結果、ドゥナが予測した事は的中してしまった。
 偲達が敵に回り、三日待った事で、ドゥナから状況を聞いた、アリス達が助っ人に間に合ったのだ。
「……一人にしてくれないか……」
 琴太はトボトボと別室に向かった。
「はい……。別室には誰も居ません。声も遮断できます」
 ドゥナは解っていた。
 彼は一人になって男泣きするんだと。
 自分の情けなさを悔やみ、そして、また、一つ、成長するのだと。
 琴太は別室で大声で泣いた。


02 VS怨嗟(えんさ)の書


 一晩泣き腫らした後、別室にテレポートして入ってきたドロシーが背中を向けたままで固まっている琴太の背中に向けて話しかける。
「すっきりした?――ごめんね。アリスは子供だからああいうきつい言い方しか出来ないのよ。あ、ふり向かなくて良いわ。涙は見せたくないんでしょ?」
「……すまん」
「ウェンディは口下手だからね。こういう役目は私ってことになっているんで、少し話をさせてもらうわね」
「……あぁ……」
「今居る強敵とされている連中は結局、小手先の誤魔化しをして強く見せているだけなの。本当の強者はもう少し後に現れてくるわ。強者から見たら、今の連中は全く大したことない」
「その小手先の連中に俺のパーティーは全滅にまで追い込まれたって訳か」
「……本当に強い者っていうのはある程度分別があるの。だから、強いけど、怖さはあまり感じない事も多いの。だけど、怖いのはかりそめの強さを身につけた弱者。分不相応な力を持て余した奴らは必ず、破滅への火種を作る。それがどういった結末を迎えるか考える想像力が決定的に欠落しているの」
「………」
「未来の世界ね……クアンスティータっていう最強の化獣(ばけもの)に壊滅状態にされているんだけど、火種を作ったのは弱者。第五本体クアンスティータ・リステミュウムの友達を殺したのよ、自身の欲求を満足させるためにね」
「殺した?」
「つまらない男がつまらないプライドを守るために、何の落ち度もなかったその友達を殺したの。なぶり殺しにしてね。ただ、殺されたリステミュウムの友達はそのつまらない男の使用人だった。だから、まわりの者もつまらない男の方をかばった。それによってリステミュウムは友達を殺した男とそれを守る全てを生きとし生ける全てが友達を殺したと判断したの。つまらない人間達の保身のために、全ての存在が巻き添えを食ったって訳」
「なっ………」
「解る?強者を気取る弱者が全てを台無しにしたの。後で、その事に気づいてそのつまらない男を私達の方でも裁こうと思ったけど、すでに、リステミュウムによって、血族全てが存在全てを消し飛ばされた後だったわ。恨み言の一つでも言ってやりたかったけど、本人達はすでに元から存在しなかったことになっているから、何にも出来ない。でも、強者をたきつけるのはいつだって勘違いした弱者だってこと。強者は元々強いから自分の住み分けは出来ているの。力をつけた弱者達がそれを荒らしていくの」
 ドロシーは悔しさを滲ませた表情になる。
 未来での惨状を思い出したからだ。
 続けて、ドロシーは語り出す。
「そして、私達も弱者。自分達の弱さのために、取り返しのつかないミスを繰り返してきた。強者が本当に怒ったら、弱者は何も出来ない。ただ、怯えているだけ」
「あんた達でさえ弱者なのか?……」
「そうよ。でも、あなたは違う。あなたは強者になれる資質を持っている」
「あんた達の一人に負けた俺が何で強者なんだ?」
「私達は未来の世界から、芦柄 吟侍のサポートをするためにやってきている。だけど、今はあなたのサポートをしにウェントスからテララに移って来た。――何故だか解る?」
「わからねぇ。俺を手助けしたって吟侍の助けになるとは思えないし」
「なるのよ、それが。あなたの死は芦柄 吟侍の死につながる。だからあなたを死なせないために私達が来たの」
「意味がわからねぇな」
「そう、普通に考えれば、あなたが死んでようが生きてようが、戦力的には芦柄 吟侍にそれほど影響するとは思えない。でも、あなたが死ぬことによって、あなたの遺体を野茂 偲が悪用するの。今はその力を活かしていないけど、ルフォスの世界であなたは欠片核(かけらかく)を飲み込んだでしょ?」
「欠片核?」
「そう、神話の時代、ルフォスはティアグラと壮絶なバトルを繰り広げた。それはお互いの核、そのものが欠ける程の。その後、ルフォスは欠けた欠片を養分に本体の核の修復をした。本体の核は再生したので、欠けた欠片は用が無くなった。そして、そのまま、ルフォスの世界に存在し続けていたの。そして、その後、修行でルフォスの世界に入ったあなたは修行中、誤って、ルフォスの核を飲み込んだ」
「飲み込んだって……あ、あれか?あの時の黒い塊」
 琴太は思い出した。
 かつて、ルフォスの世界で修行をしていた事を。
 その世界での滝壺でおぼれかけた時、誤って黒い何かを飲み込んだ事を。
 あれが、ルフォスの欠片核――
「欠片とは言え、ルフォスの核。利用価値はごまんとあった。野茂 偲は芦柄 吟侍がティアグラとの戦闘中、背後から忍び寄り、あなたの遺体にあった欠片核を使って芦柄 吟侍の心臓部になっていたルフォスの核を引きつけた。その一瞬の隙をつかれて、ティアグラの一撃で芦柄 吟侍は死亡したの」
「俺が足手まといに……」
「逆に、あなたが生きて、欠片核の力を解放した時、あなたは芦柄 吟侍の頼れる戦力になる。文字通り強者としてね。どう、少しは自信ついた?」
「お、俺にそんな力が……」
「あなたの生き死にで運命はガラッと変わるの。だから、私達はあなたのサポートに来た。これ以上の理由があるかしら?」
「ねぇな。サンキューお姉ちゃん。お陰で力が沸き立つ感じがするわ」
「今のあなたに足りないのは勝利と自信。今のあなたでは野茂 偲には勝てない。まずは一勝、別の相手に挑む事を薦めたいんだけど……」
「正直、まだ、モヤモヤは残ってる。だが、あんた達に負けた事でちょっとスッキリした所もある。俺はまだまだ強くなれる。それが解っただけでも俺は前に進める」
「それと、私はドロシー。仲間になるんだから、名前くらい覚えてよね」
「すまん、ドロシー。アリスにウェンディだったな、よし、覚えた」

 別室からドロシーと共に出てきた琴太は一回り大きくなった印象だった。
「もう気は晴れたの、泣き虫さん」
「俺は琴太だ、アリス。今度は負けねぇからな」
「知ってるわよ。あんたの尻拭いしにきたんだから」
「はは、わりぃな、恩に着る。ウェンディもよろしくな」
「お前の弟に胸揉まれた」
「なんだと、あいつ、お花ってもんがいるのに。あとでぶん殴ってやらねぇとな」
 お花とは吟侍と離れて惑星アクアに向かった恋人のカノンの事だ。
 一悶着はあったが、晴れて新生琴太チームとなり再出発するのだった。

 琴太は自己紹介でアリスがスーパー人造人間、ドロシーが超能力者であり、錬金術師であり、魔法使いでもあるスイッチファイター、ウェンディが合成人間だという事を聞かされた。
テララ編002話03 アリスの装備の一つであるサイコネットでは、衛星軌道上の要塞から情報を得ることが出来る。
 それで惑星テララの情報を調べてもらう事にした。
「何かわかったか?」
 琴太はアリスに尋ねる。
「琴太は【狂気の書】って知ってる?」
「【狂気の書】?なんだそりゃ?」
「神御や悪空魔になれなかった存在が絶対者、アブソルーターと呼ばれるんだけど、それは何も人型に限った事じゃない。怪物のような姿をしていたりもするし、物というのもある。それが、【怨嗟の書】らしいわね」
「【怨嗟の書】?さっき、おめぇ【狂気の書】って言わなかったか?」
「言ったわよ。【狂気の書】の方が有名だからね」
「書って事は本だろ?本がどうしたんだよ?」
「【怨嗟の書】っていうのは違うとは思うんだけど、【狂気の書】で言えば、見た目は普通の小説なのよ。恋愛小説だったり、時代小説だったりSF、ファンタジー、推理物……いろいろね。だけど、それにはノンブル(ページ)の所に白くして見えにくくしてあるドクロのマークが刷ってあって、その小説を全部読み切ると読んだ人間は殺人鬼になるっていう都市伝説よ」
「じゃあ、怖くて本なんか読めねぇじゃねぇか」
「あくまでも都市伝説だからねぇ。サイコネットの情報によると【怨嗟の書】っていうのは【狂気の書】に近い物とされているわ。ちょっと危なそうだし、これを退治しにいくっていうのはどう?」
「どうって言われてもなぁ……まだるっこしいのは苦手なんだよな」
「今のあんたじゃ上位絶対者にも勝てそうもないし、これくらいが丁度良いと思うんだけどね。もちろん、舐めてかかれる程、弱くはないと思うわ」
「まぁ良いか。じゃあ、それで行こうか」
 相談の結果、その【怨嗟の書】があるとされる町に行くことになった。
 一番近くの町までテレポートして、その後は目的の町まで徒歩で向かった。

 町に着くとそこは地獄絵図だった。
 大勢の町人達が血を流していて、中央の噴水の前ではそれを笑う男が一人いた。
 その男の左腕には書物が一つ。
 恐らく、こいつが【怨嗟の書】なのかという事は容易に想像がついた。

「悪いが、お前達は手を出さないで貰えるか?これは俺の復帰戦だ。一人でやりたい」
「言われなくてもそのつもりよ。これくらい一人で何とかしてよね。そういう相手を選んだんだから」
 アリスが憎まれ口をたたく。
 が、琴太は以前のようにむかついたりはしなかった。
 アリスはこういう性格なのだろうと割り切ったからだ。
「見てろよ、一分でけりをつけてやる」
「頑張って」
 ドロシーは素直に応援する。
「負けたら許さない」
 ウェンディもウェンディなりに応援した。
「よっしゃ、やるか。女の前でかっこ悪りぃとこは見せらんねぇからな」
 やる気満々の琴太。
 状況からしても目の前の男が悪党なのは丸わかりだ。
 傷つく人間を見て高笑いをしているような奴に話し合いが通じるとも思えない。
 力づくでも【怨嗟の書】をぶんどって、ビリビリに破いて終わらせるつもりでいた。
「やぁ、僕はシビル、この町の支配者様さ。後は全て家畜。僕のエサなんだ」
「あぁ、解った。お前がクソ外道だって事はな。悪いが一分でけりつける約束したんでな、覚悟決めな」
「僕を倒せると思っているのかい?あまいねぇ」
 ニタニタ笑うシビルは頭を大きく振る。
 頭垢(ふけ)か?と思ったが、違った。
 ミリ単位の大きさの殺人虫が数千匹、飛びだしたのだ。
 この虫は体内に侵入し、エボラ出血熱のような症状を作り出す。
 致死率も恐ろしく高い危険な能力だ。
 敵の攻撃を受けるタイプの琴太には分が悪い相手だった。
 だが、それは少し前までの話だった。
 今の琴太は敵の攻撃を受ける戦い方はしない。殺人虫の合間をかいくぐり、シビルの心臓をつく。
 すると、心臓から鍵が現れ、躊躇無く、琴太はその鍵を回す。
 敵の能力を分解する琴太の特技、キーアクションだ。
 能力分解されたシビルの殺人虫達はろくな見せ場も無く、消滅する。
 一分どころか十秒にも満たずに決着がついた。
 力を失うシビル。
 後は【怨嗟の書】を奪って引き裂くだけだった。
「ひゅーこー……」
 呼吸困難気味のシビル。
 何か言いたげだ。
「その本渡せ。破いて仕舞いだ」
「ひ、ひへへ……強いね、君……」
「俺はまだまだ弱い。お前が弱すぎるだけだ」
「そうだね。弱すぎた。次はもっと強くならなきゃ……」
「次はねぇ」
「あるさ。次もね」
「黙ってろ。よこせ、その本」
 負け惜しみを言うシビルとの会話を打ち切り本を奪った。
 見ると中身は白紙の本だった。
「何だこりゃ?」
 本をビリビリに破く琴太。
「ひゃぁはぁ。無駄だよ。もう次の主に移った」
 妙なことを言うシビル。
「何言ってんだ、こいつ?」
 琴太は怪訝顔だ。
 その疑問にアリスが答える。
「そいつの言っている事は多分、本当。次の奴の名前は多分、シビよ」
「何言ってんだ、アリス?何で名前まで解るんだよ」
「そいつが11番目の主だからよ。次は当然12番目。あんたはしとめそこなったって訳。爪が甘いわね」
「もっと解りやすく説明してくれよ」
「そのシビルという名前の男は【怨嗟の書】に取り憑かれたタダの人間ってこと。本の絶対者である【怨嗟の書】は自分を持ち運びしてくれる主が常に必要ってことね。手近な所でこの町の人間が選ばれているって訳。町人は被害者であり、同時に加害者にもなる可能性があるってこと。下手すると町人全員が全滅するまで続くわよ、これ」
「な、何とかならねぇのか?」
「今、次の主に移るシステムを解析中。残念ながら、シビが出てこないとそれはわからない。解決出来るのは早くてもその次の13番目、シプサムの時ね。つまり後、最低、二回は戦わないとダメって事」
「何てこった」
「簡単に倒せるアブソルーターはいないってことね」
「くそったれ」
「つべこべ言わずにシビを探して」
「解ったよ」
 一分で倒すはずが、敵の能力に翻弄される琴太。
 自分の未熟さ加減を痛感するのだった。
 時間だけが悪戯に過ぎていく。
 探しても探しても辺りにはけが人ばかり。
 シビルの能力は消えたがそれでもそれまでの傷が消えるという事はない。
 よく見ると、けが人達の傷の付き方も何種類か確認出来る。
 シビルにやられた者以外にも大火傷を負っている者、皮がめくれている者、一部が腐って壊死している者、身体が一部溶けている者、色々だ。
 恐らく、シビルの前の主達の攻撃による負傷だろう。
 町人達が協力して、【怨嗟の書】の主達を倒していったのだろうが、その次の主は生き残りの誰がなるか解らない。
 味方だったはずの誰が敵になるか解らない状態でいつ終わるとも解らない【怨嗟の書】の主達の出現。
 何時しか町人達はあらがうのを諦めたのだろう。
 人々の顔には絶望の色が浮かんでいる。
 それを見て楽しんでいる【怨嗟の書】は人でなしだ。
 本だから人ではないのだが、それでも筋の通らない真似をしている。
 琴太の中に沸々と怒りがこみ上げてくる。
 許せねぇ。
 お天道さんが許してもこの俺が許せねぇ。
 そう思って、必死に探した。
 必死の捜索の結果、ついにシビ誕生の瞬間に立ち会った。
 【怨嗟の書】はまだ、五体満足な状態で物陰に隠れてやり過ごそうとしている人間を捜していた。
 そして、無事な状態だと確認すると無理矢理腕に取り憑き、次の主にするのだ。
 けが人でも出来るかどうかは正直、解らない。
 だが、自由に身体を動かすにはやはり、傷ついていない身体を探すのが一番なんだと読んだ。
 次の主、シビは身体が大きく変化していく。
 元々の人間はスラッとした体型だったが、シビは筋肉質なボディとなっている。
 どうやら、元の人間とは関係ない変化をするらしい。
「ブハハハハ。俺は強いぜぇ〜」
 見るからに体力自慢っぽい体つきをしているが、その能力は不明だ。
「あたいが相手してるから……」
 突然、ウェンディが現れ、シビと力比べをした。
 言葉の足りないウェンディだが、どうやら自分が相手をしているからアリス達と相談してこいという事らしい。
 ウェンディの能力は何かとの融合。
 融合する事で超人的な力を使うという。
 ウェンディは野良猫と融合して、猫の俊敏さを手に入れた。
 力では、シビに負けたが、上手く、攻撃を交わしている。
「ウニャンッ、早く行け」
 ウェンディが叫ぶ。
「スマン、頼んだ」
 琴太はアリスの元についた。
 アリスはすかさず脳内スキャンして、琴太の見た情報を解析する。
 その間、2分。
「よし、解った。次のシプサムで決着をつける。とりあえず、シビを倒して来て」
「了解、よっしゃあ、いくぜぇ」
 踵を返し、シビの元に急ぐ琴太。
 琴太が戻ってくるのを確認するとウェンディは引く。
 ウェンディの実力ならシビは余裕で倒せたが、これは琴太の戦い。
 だから、彼女は身を引いた。
 シビが追撃しようとするが、ウェンディは鳥と同化してその場を離れた。
「手前の相手は俺だよ」
 琴太が殴りかかる。
 また、必殺のキーアクションを狙って、シビの心臓を狙う。
 シビがどんな能力を持っていようが、キーアクションで能力分解してしまえば関係ないからだ。
「おっと、そいつはくらえねぇな」
 シビは外見に似合わない俊敏な動きで、心臓への攻撃をかわす。
「観念しろ、この下種野郎(げすやろう)」
「誰がするか、俺の能力を見せてやるよ」
 言うが早いか全身の毛穴から針を出した。
 全身とげとげになっている。
「ブハハ、これなら殴れねぇだろうがぁ」
 拳で殴れば串刺しは確実。
 心臓の部分からもとげが生えているため、直接は殴れない。
 とげ人間と化したシビ。
 早くも勝ち名乗りをあげようとする。
 が、琴太は冷静だった。
 琴太は自身の胸を叩いた。
 すると、敵がなったように琴太からも心臓部から大きな鍵が飛びだした。
 違うのはその鍵を回さないで引き抜いた事。
 琴太の心臓の鍵はそのまま、彼の武器になる。
 キーアクションは敵の心臓を叩くだけではないのだ。
 自身の心臓の鍵を使って武器にもなる。
「鍵十手(かぎじって)……」
 琴太がつぶやく。
 時代劇で言えば岡っ引きの十手にあたるのだろう。
 惑星テララの風紀を取り締まろうとする琴太にはぴったりの武器だった。
「ふん、なんだそんなもん」
 どうってことないという表情のシビ。
「耳かっぽじって良く聞け、俺は非道はゆるさん。誰であろうと筋が通らねぇことをする奴は誰であろうと俺が取り締まる!誰であろうとだ」
 啖呵(たんか)を切る琴太。
「黙れ、下等生物」
 激昂するシビ。
「その下等生物にやられるんだ、てめぇはぁ」
 回転して突っ込んでくるシビに鍵十手でガードする琴太。
 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ
 ガリガリ音を立てる。
 衝撃はかなりのものだ。
 競り勝ったのは――
「ば、バカなぁ……」
 驚愕するシビ。
 琴太の鍵十手は無傷。
 逆にシビのトゲは根こそぎ折れた。
「仕置きの時間だ」
「まだだよぉ。俺のトゲは何度でも出せるんだよぉ」
 ニタリと笑い、再び新しいトゲをだすシビ。
「だから、強度として、重みがねぇんだよ」
 琴太は冷静に再生したトゲも全て折り、シビの心臓に鍵十手を突き刺した。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ……」
 もがき苦しむシビ。
「キーアクションのように甘くはねぇぞ。この鍵十手は言わば俺の信念だ。俺の信念と手前ぇの邪念がぶつかり合って手前ぇの心臓を中心に暴れ回る。邪な精神の手前ぇじゃさぞかし苦しかろうよ」
「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぶばばぁぁぁぁぁぁっ」
 苦悶の表情を浮かべるシビ。
 魂の勝負では邪な心は真っ直ぐな精神には敵わない。
 シビの精神が浄化の炎に焼かれる。
「だっだだだだだじげで……」
「手前ぇはやり過ぎた。後悔先に立たずだ」
 町の人達に対する非道。
 それを見た琴太は簡単には許さない。
 それ相応の報いを受けてもらうつもりでいた。
 だが、このシビも【怨嗟の書】に取り憑かれた被害者でもある。
 命まで取ろうとは思わない。
 【怨嗟の書】が色を失い白紙になっていく。
 さっきもそうだ。
 これは次の主を捜しに行く合図。
 次のシプサムに移った時が【怨嗟の書】の最後だ。
 アリスは先回りして、シプサムで【怨嗟の書】の負の連鎖を断ち切るワクチンを作っている。
 ワクチンをアリスから受け取りシプサムに打ち込めば、これで終了だ。
 琴太はまた引き返し、アリスの元へ急いだ。
 途中でドロシーが待っていてテレポートで彼をアリスの居る位置にまで運んでくれた。
「琴太、これが合成ワクチン、リペアリバースAからCよ。Aが赤、Bが青、Cが黄色になっている。必ずA、B、Cの順番に打ってよ。順番を間違うと効果がないから気をつけて」
「了解。三発打てば仕舞いってこったな。ドロシーまた、頼む」
「解ったわ」
 琴太はドロシーに頼んで、テレポートで次々に移動を繰り返した。
 ドロシーは一度行った事のある地点になら何処にでもテレポート出来る。
 琴太がシビと戦っている間、あちこちを回ってもらっていた。
 連携が上手く取れているという事だ。
 一人で戦うというのは無しだ。
 阿吽の呼吸で連携攻撃をすることに決めている。
 52回のジャンプでシプサムと思われる人物を発見、ドロシーが近くに琴太を下ろす。
「手前ぇがシプサムか?」
「そうだ。僕がシプサムだ」
「そうか、じゃあ、覚悟決めな。手前ぇで最後だ」
 琴太は戦闘態勢を取った。
 右手には先ほどの戦いから持ったままの鍵十手、左手にはワクチンの入った赤の注射器を持っている。
 青と黄色の注射器はポケットにしまっている。
 まずは、シプサムの能力の確認が必要だ。
 どんな攻撃をしてくるかで対処の仕方も変わってくるからだ。
 様子を窺ってくるとシプサムは自分の心臓の部分を叩いた。
 すると、琴太の時と同じように鍵の様な物が出てきて、シプサムはそれを抜いた。
「こいつ……俺の真似を……」
 琴太は警戒する。
「こいつは良い素材を手に入れた。能力は元の人間の資質が少なからず影響する。この元の人間は何故だかお前の事を熟知していた」
「何だと?」
「どういう事か解るか?」
「まさか……」
 琴太を知っているという事は知り合いがなっているのかと考えた。
 琴太はこの惑星テララに人命救助のために来ている。
 となると知っている人間と言えば、攫われた友達か一緒に宇宙船に乗ってきた時のスタッフかという事になる。
 琴太はセカンド・アースで友達が攫われた後、ルフォスの世界で修行をしている。
 だから、友達は琴太の能力を知っているはずがない。
 ではスタッフか?
 それもない。
 スタッフに琴太は能力は見せていない。
 琴太のパーティーのメンバーだったエース達にも鍵十手は見せていない。
 偲でもない。
 となると該当者がいないのだ。
(誰だ?……誰なんだ?)
 シビの例からも解るがシプサムと化した状態では元の人間と外見が変わってしまっていて、解らない。
 自分の事を知っている人間と戦う事になるのかという事に不安になる琴太。
「ドロシー!」
 琴太は近くで戦いを見ているドロシーに声をかける。
「どうしたの?」
「すまねぇ、アリスに確認したい事が出来た。また、送ってくれないか?」
「良いけど、どうしたの?」
「都合が良い話かもしれねぇがこいつは俺の知り合いかも知れねぇ……」
「あぁ……」
 ドロシーは納得した。
 知り合いを傷つけてしまうかも知れない事が不安なんだという事を。
「逃がすと思うか?」
 シプサムは琴太を逃がすつもりは無かった。
 そのまま偽鍵十手で攻撃を仕掛ける。
 鍵十手はその者の魂の結晶だ。
 下手にぶつかれば相手の魂を傷つけてしまう可能性がある。
 だから、攻撃を受ける事が出来ない。
 攻撃をかわすしか出来ない琴太。
 それを助けてくれたのはウェンディだった。
 植物と同化した彼女は蔓(つる)をのばし、シプサムの動きを止める。
「長くはもたない。早くしろ」
 ウェンディは目配せする。
「すまねぇ、ウェンディ。頼む」
 琴太はドロシーの元にかけよった。
「うぐぐ……きさまぁ……」
 シプサムは歯ぎしりする。
「アリスは多分、あそこね」
 ドロシーは琴太を連れてテレポートする。
 アリスはけが人の手当をしていたので、被害者の多い、噴水の前に居た。
 琴太は事情を話した。
「大丈夫よ。殺さない限り、元の人間に戻るはずよ。殺すつもりならワクチンは一つで十分。【怨嗟の書】と切り離すから三つワクチンがいるのよ」
「そいつを聞ければ安心だ。ドロシーまた頼む」
「はい、じゃあ、捕まって」
「今度こそけりつけてやる」
 ドロシーがまた、ウェンディが足止めしているシプサムの元にテレポートした。
「世話が焼ける……」
「わりぃ、今度、何か奢るわ」
 琴太が到着したのを見計らって蔓をとくウェンディ。
「やられに戻ったのか?」
 憎まれ口を叩くシプサム。
「冗談じゃねぇ。トドメをさしにきたんだよ」
「ふん。できるものならやってみろ」
「できるもんだからやりにきたんだよ」
 にらみ合う琴太とシプサム。
 しばしの沈黙の後、飛んできた空き缶が地面に落ちるのを合図に二人は一気に間合いを詰める。
 偽鍵十手を振り回すシプサムの連撃をかわしつつ、赤のワクチンを打ち込む琴太。
「何だこれは?全然痛くもかゆくもない」
「そうか?んじゃ、こいつはどうだ?」
 琴太はポケットから青の注射器を取り出す。
 さして気にも止めずに攻撃をしかけるシプサムに青の注射器も突き刺さる。
「バカかお前は?きかないと言っているだろ」
 シプサムは余裕顔だ。
「こいつが最後だ。こいつがお前を倒す」
 黄色の注射器を出して構える。
「仮にこいつがやられても新しい主を捜すだけなんだよぉ〜」
 余裕顔のシプサムは偽鍵十手で斬りかかる。
「そうは問屋が卸さねぇっつうんだよぉ〜」
 シプサムの剣技は既に見切っていた。
 攻撃の合間をかいくぐって最後の黄色の注射器を刺した。
「あがぁがぁあぁっぁぁぁぁぁ……」
 苦しみだすシプサム。
 持っていた【怨嗟の書】の色が落ちていかない。
「な、何故だぁ、何故出て行けないぃ……」
「手前ぇは自身の能力を過信しすぎたんだよ。やられても次があるってな。その油断が手前ぇの首をしめたんだよ」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 最後の断末魔を上げ、【怨嗟の書】がボロボロになっていく。
 【怨嗟の書】の最後だった。
 シプサムだった者は元の姿へと戻っていく。
 戻った時の姿は可愛らしい女の子……に見えた。
テララ編002話04 「お、お前ぇ、せ、セレナータじゃねぇか……なんでここに?」
「あーん、琴太お兄ちゃん、怖かったよぉ〜」
 ガバッと琴太に抱きつく。
 女の子に見えるが彼はセレナータ・フェルマータ・メロディアス第11皇子。
 カノンやソナタの弟だった。
 性格は女の子っぽいなよなよしたもので、琴太の苦手なタイプだった。
 全くの力不足なのでセカンド・アースにおいてきたのだが、どうやら琴太を追ってテララまでやってきたらしい。
 相手は男だとは解っているのだが、容姿が女の子のようなので、まるで女の子に抱きつかれているように感じてしまう。
 カノンやソナタについてきて琴太達の居た孤児院を訪れた時、暴漢に襲われかけた時があって、琴太が助けた事があるのだが、それ以来、琴太にベッタリだったのだ。
 琴太を追って、テララを訪れたは良いが、上位絶対者ルゥオ・スタト・ゴォルの襲撃にあい、連れてきたスタッフともはぐれてさまよっているうちに、この町にたどり着いたらしい。
 そしてフラフラと歩いていると【怨嗟の書】に捕まったらしい。
「この大馬鹿野郎」
 琴太は怒鳴り散らした。
 運が良かっただけで、殺されていても仕方ない状況だったからだ。
「まぁまぁ、良いじゃない。助かったんだから」
 ドロシーが庇う。
「お前らは黙っててくれ、こいつには誰かがビシッと言ってやらねぇといけねぇんだ」
「怒らないでよぉ〜」
 思わぬお荷物が増えた状態になったが、琴太は絶対者アブソルーターに対して初勝利を上げた。
 とは言え、【怨嗟の書】は下位絶対者に過ぎない。
 本当の戦いはこれからだった。

 一方、偲の元でも一つの出来事があった。
 偲が新たに仲間を増やそうと襲いかかった男――
 それは恐ろしい存在だった。
 1番の化獣(ばけもの)ティアグラだ。
 特別な絶対者となった偲だが、ティアグラの力には遠く及ばない。
 あっという間にねじ伏せられていた。
テララ編002話05 「やれやれ……野蛮だなぁ。もっと品位を持って欲しいな。野茂 偲君だね。君には良いプレゼントがあるんだ。ちょっと勿体ない気もするけど、君にあげるよ。受け取ってもらうよ」
 ティアグラは薄ら笑いをする。
 ティアグラが偲に渡したもの――
 それは、ティアグラの欠片核だった。

 神話の時代、ティアグラはルフォスと激闘を繰り広げ、ルフォスは核を傷つけられて、ルフォスには欠片核が出来た。
 そして、それはティアグラも同じ事。
 ティアグラもまた、核を傷つけられて欠片核が出来た。
 ルフォスと同じ様に、欠片核を養分にして、本体の核は再生しつつある。
 ティアグラの計画では偲を使って、琴太を殺害し、琴太からルフォスの欠片核を奪って、吟侍の隙を作って、ルフォスごと始末する計画だった。
 事実、アリス達のいた未来ではそれは成功していたのだが、アリス達の介入により、琴太は生き残る事になった。
 計画の狂ったティアグラは自らの欠片核を使って、偲に琴太を殺させる事を画策し始めたのだ。
 運命の歯車は狂い出す。
 それは最強の化獣、クアンスティータとの事にも大きく影響して来る。
 どんな未来になるかは誰も解らない。
 未来は分岐してしまった。
 これから起こる事は新たな未来なのだから……。

続く。





登場キャラクター説明


001 芦柄 琴太(あしがら きんた)
芦柄琴太
 テララ編の主人公。
 曲がった事が大嫌いな性格。
 義弟である吟侍(ぎんじ)の心臓になっている七番の化獣(ばけもの)ルフォスの世界で身につけた能力である、敵の弱点を突く事により出現する鍵を回す事により敵を倒す事が出来るキーアクションを得意とする。
 今回、新技鍵十手(かぎじって)も披露する。








002 ルゥオ・スタト・ゴォル
ルゥオ・スタト・ゴォル
 惑星テララを支配する6名の上位絶対者・アブソルーターの内の1名。
 かつて、琴太(きんた)の故郷、セカンド・アースを襲撃した事がある。
 当時は、吟侍の身につけたルフォスの力に退散を余儀なくされたが、今は力をつけ、星を支配するまでになっていた。
 吟侍との再戦を望むも叶わず、琴太達の事は相手にしていない。








003 野茂 偲(のも しのぶ)
野茂偲
 テララ編のヒロイン。
 忍術を得意とするくのいち。
 琴太の事が好き。
 仲間を思いやる優しい性格だったが、魔薬アブソルートを無理矢理飲まされ、特殊絶対者となってしまう。
 琴太のライバルとなるべく、ティアグラによって新たな力を授かることになる。








004 エース・スペード
エース・スペード
 吟侍の心臓、ルフォスの世界で左右の手のひらの間に空間を歪ませる能力を身につけた賞金稼ぎ。
 賞金稼ぎグループではリーダーをつとめる。
 琴太と反発している。













005 キング・ダイヤ
キング・ダイヤ
 吟侍の心臓、ルフォスの世界で10秒間の具現化能力を身につけた賞金稼ぎ。
 異次元空間に隠し持っている武器を具現化できる。
 琴太と反発している。













006 ジャック・クローバー
ジャック・クローバー
 吟侍の心臓、ルフォスの世界で自在に伸びる硬度を自在に変えられる鋭い爪手に入れた賞金稼ぎ。
 両手両足の20本の爪全てが自由に変化させられる。
 琴太と反発している。













007 クイーン・ハート
クイーン・ハート
 吟侍の心臓、ルフォスの世界で自在に動き、触れたものを溶かす溶解質の髪の毛を手に入れた賞金稼ぎ。
 溶解濃度は0から10まであり、変更できる。
 琴太と反発している。













008 ドゥナ・ツァルチェン
ドゥナ・ツァルチェン
 土の姫巫女。
 テララ編のヒロイン。
 琴太の危機をいち早く察知し、彼に危険を伝える。
 吟侍の居るウェントスに居る風の姫巫女に助けを求める。













009 アリス・ルージュ
アリス・ルージュ
 未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから来たスーパー人造人間。
 未来組織、新風ネオ・エスクのメンバー。
 衛星軌道上に攻撃要塞を持ち、未来の通信装備、サイコネットを装備する。
 幼い外見をしているが、レッド・フューチャーの中ではリーダー格。
 性格設定が子供になっているため、コミュニケーション能力は高いとは言えない。
 風の惑星ウェントスで芦柄 吟侍と勝負し、彼の頼みで琴太を助けるために土の惑星テララに助っ人に来た。
 琴太パーティーの新メンバーとなる。





010 ドロシー・アスール
ドロシー・アスール
 未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから来た特殊な人間。
 未来組織、新風ネオ・エスクのメンバー。
 左目の義眼を取り替える事により、超能力、魔法、錬金術などの能力を使い分けるスイッチファイター。
 三人組の中では一番大人であるため、話し合いなどは彼女が担当する。
 風の惑星ウェントスで芦柄 吟侍と勝負し、彼の頼みで琴太を助けるために土の惑星テララに助っ人に来た。
 琴太パーティーの新メンバーとなる。








011 ウェンディ・ホアン
ウェンディ・ホアン
 未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから来た合成人間。
 未来組織、新風ネオ・エスクのメンバー。
 動植物や虫、魚、鳥類、鉱物にいたるまで、彼女は同化する事が出来、同化したものの能力を強化した形で使うことができる。
 口下手であるため、口数は少ないが、いざという時、居て欲しい場所に素早く駆けつけるなど気の利いた部分も持っている。
 風の惑星ウェントスで芦柄 吟侍と勝負し、彼の頼みで琴太を助けるために土の惑星テララに助っ人に来た。
 琴太パーティーの新メンバーとなる。








012 怨嗟(えんさ)の書
怨嗟の書
 本の形をとっているが、絶対者アブソルーターでもある。
 下位絶対者であるため、琴太の自信回復の為、対決に選ばれる。
 下位とは言え、その能力は厄介で、怨嗟の書は主となる人間に取り憑くことで、元の人間が持っている資質が多少影響する力を与える事が出来る。
 主とは言え、実際は主従が逆転していて、怨嗟の書の操り人形と化す。
 怨嗟の書の影響からか取り憑かれた人間は全て残虐な行動を取るようになる。







013 11(シビル)
11シビル
 怨嗟の書に取り憑かれた11番目の人間。
 髪の毛の中に大量の頭垢(ふけ)と間違うような虫を飼っている。
 この虫は相手の体内に入るとエボラ出血熱のような症状を引き起こす大変危険な生物。
 琴太の逆鱗に触れ、倒される。












014 12(シビ)
12シビ
 怨嗟の書に取り憑かれた12番目の人間。
 筋肉質な身体をしていて、攻撃方法はさらに全身の毛穴から針を出し、圧倒的なパワーで突進してくる。
 琴太の新技で倒される。












015 13(シプサム)
13シプサム
 怨嗟の書に取り憑かれた13番目の人間。
 何故か琴太の情報を知っていて、琴太の新技をそっくりコピーする。
 正体は琴太の知り合いの人間だという事になり、琴太は攻撃を躊躇する。
 が、アリスにワクチンを作ってもらい撃破する。












016 セレナータ・フェルマータ・メロディアス。
セレナータ・フェルマータ・メロディアス
 セカンド・アースのメロディアス王国の11番目の皇子。
 力量不足として、救出活動は置いていかれたが、それでも琴太の助けがしたくて、後からテララに追って来た。
 到着してすぐに、ルゥオ・スタト・ゴォルに襲われ逃げている内にスタッフともはぐれてしまう。












017 ティアグラ
ティアグラ
 吟侍の心臓になっている7番の化獣(ばけもの)ルフォスと引き分けた1番の化獣。
 ルフォス同様に独自の世界を持っている。
 最強の化獣である13番のクアンスティータの力を欲している。
 今回少しずつ、暗躍しているのが明らかになっていく。