第003話 連続戦闘編


01 ティアグラの影


 琴太とアリス、ドロシーとウェンディ、セレナータ王子の五人は次の目的地を占ってもらうためにドゥナの居る、土の神殿にテレポートした。
 ドロシーがはすでに、土の神殿に行ったことがあるので、戻るのはあっという間の事だった。
「お待ちしておりました。次の目的地ですよね」
 ドゥナは状況を理解していたようだ。
 星見により、琴太の勝利とセレナータの加入はある程度、解っていたといっても過言ではない。
「次は6時22分の方向にお友達が居ると出ています。偲さん達ですが、残念ながら、力をつけるために、一時、身を潜めるようです。私からは場所が特定出来ません。これまで以上に危険な力を身につけてしまっています。恐らく、何かの化獣(ばけもの)が関わっているとしか……」
 1番の化獣ティアグラが関わっているかどうかはさすがのドゥナも解らなかった。
 ただ、7番の化獣ルフォス以外の化獣が関わっているというのが、解っただけでも、対処のとりようはあった。
 今の琴太の実力では化獣など夢のまた夢の実力差があるが。
 ドゥナの方はティアグラの力により、自身の星見の力が以前より霞みがかってしまっている事に気づいていた。
 ティアグラが原因というのはさすがに解らなかったが。
 以前であれば、友達の名前も解ったのに、今の星見では、名前も出てこない。
 ただ、友達が居るという事しか解らなかったのだ。
 明らかに自身の力が鈍っているというのは感じ取れた。
 見通せる範囲が狭くなっている――
 それは星見として、不安に思っていた。
 が、その悩みを琴太達に話しても何も解決は出来ないと思い、彼らに打ち明けてはいなかった。
 彼女とて完璧ではない。
 時には判断ミスをする事もあるのだ。
 結局、ドゥナは琴太達に、友達に会う前に立ち塞がる壁、敵の情報を何も伝えられなかった。
 その先に待つ悲劇も。
 そのまま、彼らを送り出してしまった。
 琴太達は、それまでの彼女の星見の的中率から彼女の言う事を完全に信用しきっている。
 まさか、困難が待ちかまえていようなどとは思ってもいなかった。
 アリス達の登場で、琴太は死を免れた。
 ――が、一度免れたからと言って、後は安心という訳には行かない。
 再び、三度、四度と命の危険が襲ってくるという可能性だってあるのだ。
 安心して旅を続けていたその一瞬の隙をついて、琴太は忽然と消えた。
「ちょ、ちょっと琴太、どこ行ったの?」
 アリスが慌てる。
 一瞬の事に何が起きたのか解らなかったからだ。
 だが、アリス、ドロシー、ウェンディ、セレナータの前から突然、居なくなった。
 あまりの突然の事にみんな反応が出来なかった。

 一方、消えた、琴太は――
「どこだ、ここは?」
 周りの状況を確認していた。
 琴太にとっては突然、景色が変わったのだ。
 岩場を歩いていたら、突然、草原に景色が変わった。
 土ばかりの星、テララにとっては異質な土地でもある。
「初めまして。琴太君。弟の吟侍君とは何度も会っているんだけど、君と会うのは初めてだよね」
 と声をかける者が現れた。
「誰だ、お前?」
 警戒心を強める琴太。
 目の前に居る存在が自分の想像を遙かに超える力を持っている事は解る。
 まともに戦って勝てる相手じゃない。
「君達には【ティアグラ】……そう言えば解るかな?」
「【ティアグラ】だと……?」
 琴太はその名前に戦慄を覚える。
 義弟の吟侍の心臓になっている7番の化獣ルフォスと互角の力を持つとされている化獣だからだ。
「正確には【ティアグラ】ではないよ。その残留思念のようなものだけどね」
 との答えに琴太は更に戦慄する。
 琴太は残留思念に対して想像以上の力を感じていたからだ。
 これが本物だった場合、どれほどの力を秘めているのか検討もつかないからだ。
「実はねぇ。僕は元々、【ティアグラ】の欠片核(かけらかく)だったんだけど、その力を君の大切な人に与えてしまってねぇ。今は殆ど無力なんだよ。出来れば、君を殺しておきたいところなんだけど、それも敵わない」
「大切な人ってのは誰の事だ?」
「野茂 偲(のも しのぶ)と言えばさすがに解るよね。彼女は今、僕の手の内だ」
「ど、どういう事だ?」
 琴太は動揺する。
 偲は確か、特殊な絶対者になったとドゥナから聞かされていた。
 それはティアグラの配下になったという事ではない。
 が、このティアグラの残留思念は、自らの手の内にあると言った。
 一体、彼女の身に何が起きているんだ?
 琴太は不安に不安を重ねられたような感じになった。
「君にも入っているよね、ルフォス君の欠片核。これで、野茂 偲と君とは完全な敵対関係になった。僕とルフォス君は相容れない存在だってこと解るよね?」
「て、てめぇ……」
「強がるのは良いけど、敵対した以上、君の実力を見ておきたいと思ってね。ティアグラ・ワールドを削って、ここに仮想の空間を作らせてもらったよ。仮想の空間だからね。勝っても負けても君は命を落とすこと無く、元の世界に戻れる。ただし、こちらで用意した三名の相手と戦ってもらうよ」
 と言った後、姿が掻き消えた。
 つまり、腕試しをさせられるということかと琴太は理解した。
 命を落とす事なくとは言われたが、ティアグラとは狡猾な性格をしているというのは理解している。
 やられたらそのまま命を落とすかもしれないし、例え助かっても五体満足で戻れるという保証は全くない。
 また、下手に実力を見せてしまったら、ティアグラに今後の対策を取られやすくなってしまうかも知れない。
 どちらに転んでもティアグラにとって有利となる事は解ったが、かといって死ぬかも知れない以上、手をぬく訳にも行かない。
(やるしかねぇか……)
 琴太は腹をくくった。


02 ティアグラ・ワールドでの戦い


 琴太は警戒しながら、ティアグラ・ワールドを進んだ。
 敵のテリトリーに一人で入っている以上、何が起きても不思議じゃない。
 しばらく行くと、何かの影が見えた。
 ドラゴンだった。
 最初の相手はこのドラゴンのようだと彼は判断した。
「まずは、相手にとって不足無し。かかってこい」
 琴太は身構える。
 ドラゴンはそれに答えるかのように攻撃を開始した。
 ドラゴンは無詠唱の魔法を次々と繰り出し、琴太に襲いかかって来た。
 時にはその口から火炎も出してくるし、巨大なしっぽによる攻撃には琴太も吹き飛ばされた。
 だが、ドラゴンの相手なら、ルフォスの世界、ルフォス・ワールドで、何度もしてきている。
 ただのドラゴンに後れを取るような琴太では無かった。
 とは言え、倒すのはこれが初めてでもある。
 キーアクションで、ドラゴンの心臓をつき、キーを回してドラゴンの能力を分解した。
「ふぅ。まずは、一つ」
 琴太は一息ついた。
 少し休んで、また、歩き出す。
 次に現れたのは巨人の女だ。
 胸の膨らみが六つに分かれているのでただの巨人ではないだろう。
 バンシーを思わせる悲鳴を上げながら、攻撃を開始してきた。
 正直、悲鳴がもの凄く耳障りだった。
 戦いに集中出来す、何度もやる気を削がれて、その度に強力な一撃を貰った。
 琴太は自らの心臓をつき、鍵十手を出して、対抗した。
 女性を殴るのは気が引けたが、そうも言っていられない。
 鍵十手を女巨人に突き立て、これも勝利した。
 また、しばらく行くと、一人の青年が立っていた。
 青年は蛇のような姿へと姿を変える。
「じゃあ、始めようか。我が名はセルパン・マルク。我が一名目だ」
 とのこと。
「一名目?」
 おかしな言い方をする。
 が、すぐに理解した。
 ティアグラは三名と言った。
 つまり、三つの名前という意味だ。
 最初のドラゴンと女巨人は名前を名乗らなかった。
 つまり、数には数えられていない。
 何ともティアグラらしい嫌らしいやり方だった。
 だが、そんな事を気にしても仕方がない。
 とにかく、名乗った三名を倒せばいいんだなと理解した。
 セルパン・マルクと名乗るこの怪物。
 昔、吟侍が関わったとされるグルヌイユ・マルクと関係があるのかも知れないと思った。
 グルヌイユ・マルクは蛙の怪物だったが、このセルパン・マルクは蛇の様な感じがある。
 となれば、三竦みで、蛞蝓(なめくじ)のような怪物もいるのでは?と思った。
 案の定、セルパン・マルクとにらみ合っていたら、横から攻撃を仕掛ける影があり、それを回避して、姿を確認すると蛞蝓のような格好をした怪物が現れた。
「私の名前はリマス・マルク。私も相手をさせてもらう」
 ティアグラは1対1でとは言っていない。
 当然、2対1、3対1もあり得ると理解した。
 が、3名目は出てこない。
 どうやら、複数の相手との戦い方を見たいようだ。
 そうと解れば、こちらも期待に応えてやろうと思う琴太だった。
 彼は指と指を交差した。
 すると、10本の指が全て、鍵の様な形になった。
「キーアクション・バージョン2ってとこだな」
 琴太はニカッと笑った。
 言うが早いか、彼は、その鍵状になった指で、セルパン・マルクとリマス・マルクに突き立てた。
「ミックスブレンド!」
 そう叫んだ琴太はセルパン・マルクとリマス・マルクの能力を混ぜた上でそれぞれに再分配した。
 能力というのはバランスを保っていて、初めて、通常の効果が発揮出来る。
 琴太はセルパン・マルクとリマス・マルクの能力を出鱈目に混ぜて、バランスの悪い形で分配した。
 なので、潜在的な能力は二名合わせても変わらないがバランスが崩れてしまって、二名とも使いこなせないという状態になった。
 言ってみれば、エナジードレイン、経験値を下げたと言った感じの方が解りやすいかも知れない。
 動揺した二名に琴太は強烈な一撃を与える。
 そして、そのまま、無力化させて倒した。
 それから、また、しばらく歩き、たどり着いた先はたくさんの食料が貯蔵されている倉の様な場所だった。
 その食料をガツガツと食べ続ける一つの影。
 その影がふり向き、声を上げた。
「よく、ここまでたどり着いたな。俺様の名前はコション・マルク。お前を倒す者の名だ。今の内に覚えておけ」
 むっくりと起き上がったその顔は豚のようだった。
 コション・マルクとは豚の怪物のようだった。
 構える琴太。
 このコション・マルクを倒せれば、元の世界に戻れるかも知れない。
「いくぜ!」
 気合い一閃。
 コション・マルクの心臓に向けて打撃を与える。
 鍵が出現する。
 後はこの鍵を回せば、コション・マルクの力は分解される。
 そう思った矢先、コション・マルクはものすごい勢いで、周りにあった食料を吸い込む。
 すると、せっかく出ていた鍵がまた心臓に戻ってしまった。
「残念だったな。俺様は食料を吸い込む事によって、身体の組織をゼロから組み換えられるんだ。どうやら、俺様の力を分解したいのだろうが、食料がある限り、俺様は何度も体内組織を組み替えられるし、傷ついても食料さえ吸い込めば、あっという間に修復できるんだよ」
 と息巻く豚の怪物。
 つまり、2アクションでは倒せないという事だ。
 1アクション目で鍵を出しても、その間に食料を吸い込み、それが無効化されてしまう。
 なかなかに手ごわい相手だった。
 セルパン・マルクとリマス・マルクの様にはいかないようだ。
 ならばと、1アクション目を自分の心臓をうち、鍵十手を取り出した。
 これで、鍵をかきだしてやろうと琴太は考えた。
 が、今度は分厚い脂肪に阻まれ、心臓部にまで鍵十手が届かない。
 そこで、琴太は距離を取り、助走して、再び近づき、やり投げの様に、鍵十手を投げた。
 ズビュンとものすごい音を立てて、コション・マルクの心臓に突き刺さる鍵十手。
 さらに追い打ちをかけるように、ダッシュして近づいて来た琴太は殴って鍵十手を心臓の奥に押し込んだ。
「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ……」
 コション・マルクは鍵を引き出されるのではなく、逆に押し込まれた事で反応が遅れた。
 そのまま、琴太は鍵十手を回した。
 ガギョンッ
 という音がしたかと思うと、コション・マルクの食料を吸い込んだら体内組織を一から組みなおせるという能力は分解された。
 鍵十手は心臓に押し込む事によって、キーアクションの鍵を出して、鍵を回すという2つのアクションを省いて、同じ効果を持たせる事ができるのだ。
 見事、コション・マルクも倒した。
(なるほどね。戦闘の応用力はそれなりにあるようだ)
 後には、ティアグラの声が響いた。
 やはり、琴太の力を推し量っていたようだ。
 用がすんだからなのか、琴太は再び、元の世界へと戻されるのだった。
「琴太お兄ちゃん、どこにいってたのぉ〜」
 セレナータが駆け寄り抱きつく。
「ちょっとな、ティアグラのやろうに挨拶されただけだ」
 と琴太は言った。
 が、その表情からはただの挨拶ではないことははっきりとわかった。
「ティアグラなの?」
 アリスが聞き返した。
「あぁ、ティアグラだ。クアンスティータじゃねぇ」
 と琴太は返した。
 アリス達にとっては、クアンスティータこそ、最も警戒すべき存在だ。
 相手が、クアンスティータの場合とティアグラの場合とでは緊張感がまるで違う。
 アリス達はひとまず安心した。


03 消えゆく能力者


 とりあえず、ティアグラの脅威から逃れた琴太達だが、その行く手に、立ちふさがる存在が居た。
 その者の名前はウォワリと言った。
 その男の能力は時間と空間を操る能力者。
 かなりの猛者とみて良い。
 その男は確かに言った。
「クアンスティータの誕生は近い。ならば、俺は過去へと帰る。未来にはいけないのだから過去に生きる……だが、帰る前にひと花咲かせたい。願わくば、その相手をしてもらいたい」
 と。
 どういう事かわからないでいる琴太とセレナータにアリスが説明する。
 クアンスティータが誕生するという事は時間を操る力は使えなくなるという事を意味している。
 クアンスティータが誕生する前の時代であれば、未来にも過去にも行ける。
 が、クアンスティータが存在していると時間は動かせなくなる。
 クアンスティータに影響するものは自由に変えられなくなるからだ。
 無理やり、時間をいじくれば、そこにパラドックスが生じる。
 クアンスティータの周りの時間は勝手に動かせないのだから。
 なので、クアンスティータ自身が時間を変更する、もしくは例外的な事以外は時間操作が不可能になる。
 同じように、空間的な力も、クアンスティータの周りの空間はいじれなくなる。
 それをやっても同様にパラドックスが起きるというのだ。
 つまり、時間や空間を操る能力者にとっては、クアンスティータの誕生と同時に店じまいをせざるを得ないという状況になる。
 過去へと渡ってきたアリス達もそれこそ、命がけで時間移動をしてきたのだ。
 それが嫌ならば、クアンスティータの誕生していない時代へ渡るしかないという訳だ。
 ウォワリという男はそれを選択するという事になる。
 ウォワリにとっては、この時代を生きたという証が欲しいため、それを実感させてくれる闘いの相手を探しているという事なのだろう。
 聞いているとどうやら紹介者はティアグラのようだが……。
 時間や空間を操る者ですら、このような選択をせざるを得ないほどの力を持つクアンスティータがどれほど、ものすごい存在なのかは見当もつかないという事になる。
 また、このウォワリの態度からしても、絵空事と思われてきているクアンスティータ誕生が現実味を帯びてきたとも言える状況となる。
 ウォワリは決闘の場として、荒野を指定した。
 琴太はクアンスティータから逃げるのは男らしくないとは思いつつも、彼の意見をくみ取って、決闘を了承した。
 どうやら、ウォワリは自分だけで、過去へ渡る訳ではなく、仲間を数名連れていく予定だという事で、決闘はウォワリチーム対琴太チームで行われるという事になった。
 琴太チームは、琴太、アリス、ドロシー、ウェンディの4名。
 ウォワリチームは、ウォワリ、グァンマレイ、ヴァートス、トリニューロの4名だ。
 奇しくも4対4の勝負となる。
 戦力外のセレナータは安全なところまで退避して、見学だ。
 勝敗の決し方は、相手の死ではなく、屈服させた時点で決まるというものだ。
 初めから時間と空間の能力者と名乗ってきているウォワリはともかく、他の三名の力は未知数だった。
 だが、琴太チームには解析能力に優れたアリスがいる。
 サテライトフォートレスで宇宙から、ウォワリチームの動向を常に探っていた。
 ウェンディは砂と同化した。
 たちまち、砂人間と化す彼女。
 荒野なので、あまり同化出来るものは少ない。
 が、それでも、ウェンディの力であれば、ある素材から同化出来るものを見つけ出して、それを力とする事は可能だった。
 ドロシーはサイコメトリーで辺りを探った。
 ウォワリの能力が時間と空間を操る能力である以上、過去や未来において、既に近くに来ていたという事も考えられる。
 その辺りに探りを入れていたのだ。
 それで、なんとなく、つかんでいた。
 ウォワリは時間を逆さまに移動する力があるのだと。
 つまり、普通の存在は時間が逆転すると行動がもとに戻っていくが、ウォワリは時間が戻っている状況、逆再生時に時を進める事が出来るという力の持ち主だった。
 これはものすごく厄介な能力であると言える。
 逆再生時、こちらの攻撃は戻ってしまうが、向こうは攻撃できるのだ。
 能力を使われたら、過去の時代に傷ついたという結果がいきなり突きつけられるという事になる。
 ほとんど反則技と言っても良いような能力を持っているのにそれでも、クアンスティータが怖いのかというとそれは肯定であろう。
 何しろ、その時の操作という力は吟侍でさえ、能力破壊という事で破る事が出来る。
 それに、琴太もキーアクションで、能力分解という事で、打ち破る事が不可能ではない。
 クアンスティータにとっては全く取るに足らない力でしかないのだろう。
 こういう手練れすらも恐れるクアンスティータとはいったい何なんだろうと思う、琴太だったが、今はそれを気にしていても仕方がない。
 今は、敵に集中するべきだと、気を引き締め直した。
 しばらく待っていると惑星テララを震わせるほどのエネルギーをアリスが感知した。
 グァンマレイによるガンマ線バーストが引き起こされたのだ。
 星の崩壊が始まる。
 ──が、すぐに、星が元通りになった。
 惑星ファーブラ・フィクタの近くにある四連星にはクアンスティータの影響が少なからずある。
 惑星の再生能力というのも少なからずあるのだ。
 近くの風の惑星、ウェントスも一度破壊されたが、脅威の再生能力で、星は瞬く間に再生した。
 恐らく、吟侍達の向かっていたウェントスでも何かがあったのだろう。
 そして、琴太の居る惑星テララでも同じように再生された。
 壊れた惑星がより強固になって元通りになる……
 これは明らかに異常な出来事だ。
 信じたくはないが、クアンスティータの誕生というのは近い。
 そう信じざるを得ない状況だった。
 アリスはグァンマレイの引き起こしたガンマ線バーストを解析。
 倍の出力でグァンマレイを狙い撃ちにした。
 が、今度は、惑星テララはびくともしない。
 明らかに強固になったという事の証明でもある。
 グァンマレイはそのまま、リタイアした。
 リタイアと言っても死亡ではない。
 それだけ、グァンマレイの耐久力も優れているという事だ。
「一人、一倒(いっとう)って事で良いわね。じゃあ、私は休ませてもらうわ」
 とアリス。
 続けて、ヴァートスによるブラックホールの生成が始まったが、ドロシーによる超錬金術、ブラックホールの逆生成により、無効化され、サイコキネシスによる追加ダメージで、ヴァートスは倒れた。
 続く、トリニューロによる毒性物質の雨による攻撃はウェンディは砂嵐となって全て吸収。
 目に見えない部分で、トリニューロの毒性物質を分解して、倒した。
 ウェンディは
「後はお前だけだ」
 と琴太に合図を送った。
 何となく味方についてくれていたが、アリス達はこの強敵を難なく倒すほどの力を持っている事に驚いた。
 クアンスティータに全滅寸前まで追い込まれたという事があるので、そんなに大したレベルではない印象が今まであったが、それは間違った解釈だった。
 彼女たちは相当強い。
 クアンスティータが強すぎるだけなのだ。
 敵の数はアリス達が減らしてくれたので、後は、琴太とウォワリの一騎打ちとなる。
 ウォワリの能力は時間と空間の操作なので、非常に厄介だ。
 クアンスティータが存在しなければ、かなりの強者として認識されていても不思議ではない。
 強者が強者ではなくなる時がやってくる──
 クアンスティータの誕生というのはそれだけの意味を持つのかと琴太は思った。
 ウォワリとの戦いは熾烈を極めた。
 そのままの技量では琴太は勝てず、何度も間一髪の危機を感じた。
 その事が彼の中に眠っていた7番の化獣ルフォスの欠片核の力を目覚めさせていた。
 目覚めたと言ってもまだ、パワーだけ。
 能力がどうのこうのという話ではない。
 だが、それでも時間の逆再生や空間の入れ替えなどの複雑な異能を用いて攻撃してくるウォワリの攻撃に対する耐性がついて来ているのを感じた。
 明らかに強くなっていっていた。
 琴太の生命の危機が彼の中の欠片核の活性化に繋がったのだ。
 そう、かつて、子供の頃の吟侍がルフォスの核を手に入れ、絶対者アブソルーターのジェンドやルゥオを追い払った時の様な覚醒が始まったのだ。
 残念ながら、核の本体は吟侍の心臓の部分だが、それでもそれに近いパワーを琴太の身体から発生していた。
 この力は本来の未来では偲に殺された琴太の中から取りだし、偲が利用し、吟侍を死亡に導いたという事になっている。
 トドメを刺したのはティアグラだとしてもその切っ掛けとなったものでもある。
 最強の英雄、吟侍を死に至らしめた原因ともなった欠片核が弱い訳がない。
 琴太の背中から大きなトゲのようなものが生える。
 これはルフォスの特徴でもある。
 欠片とは言え、ルフォスの力を手にしたという事でもあった。
 今は、非情に不安定な状態ではある。
 だが、ウォワリが警戒するには十分な力だった。
「何をした?」
 ウォワリが時間の逆再生を解いて、訪ねた。
「さあな。だが、ありがてぇ。ティアグラに対抗する目処はつきそうだ」
 と琴太は答えた。
 それでもティアグラには及ばないとは思う。
 だが、いくらか抵抗する力を持ちつつある――琴太はそう確信した。
 琴太は構える。
 が、そこに邪魔が入った。
 能力を解いたウォワリの背後から一撃を与えた影が一つ。
 琴太には面識がない存在だった。
 だが、偲達にはある。
 かつて、恐獣(きょうじゅう)と呼ばれた存在、その長であったクティノスだった。
 偲に心臓を潰されその下僕となった下位絶対者だった。
「て、てめぇ、何しやがる」
 突然の出来事、邪魔に琴太が咆える。
 不意打ちで相手の心臓に突き刺すなど、フェアプレイ精神に欠ける。
 琴太の最も嫌いな行為の一つだった。
 決闘とは言えそれなりのマナーがあると彼は思っているからだ。
「どうせ、消えゆく能力者だ。偲様への生け贄になれただけでもありがたいと思え」
 とクティノス。
 そこに、大気圏外から強烈な一撃。
 クティノスの頭を貫いた。
 アリスの衛星兵器によるレーザーショットだった。
「無粋よ、あんた」
 アリスはつぶやいた。
 が、時、既に遅し、クティノスの手により、ウォワリの能力は偲の元へと転送されたようだった。
 同じようにグァンマレイ、ヴァートス、トリニューロの力も他の恐獣に襲われ、力は偲の元へと転送された。
 恐獣達はドロシーやウェンディが始末したものの、それらはティアグラの指図か偲への力の転送だけが目的の使い捨てのコマとして利用されただけのようだ。
「偲様……だと?」
 琴太がクティノスの残した言葉に顔を歪める。
 どうやら、自分達は偲、そして、その裏に居るティアグラの手の上で踊らされているようだった。
 操られている偲が敵である以上、こちらは迂闊には手が出せない。
 それが解っているから、ティアグラは偲を利用し、対吟侍&ルフォス用の切り札として、琴太の中のルフォスの欠片核を上手く育てて、利用しやすい状態で取りだそうとしているんだという事が予測できた。
 琴太のスキルアップの役目を終えた者達はそのまま、偲の力として回収。
 それで、一石二鳥という事だろう。
 ウォワリ達はただ利用されただけだったのだ。
 ティアグラにより、適度に琴太を育てるためだけに利用され、切り捨てられた。
 何とも悲しい話である。
 同じ化獣でもルフォスに対しては結構、好意的な気持ちを持っていた琴太だが、ティアグラに対しては吐き気を及ぼす程の嫌悪感が先にたった。
 決闘を申し込まれたが、ウォワリ達は決して姑息な連中ではなかった。
 自分の生きた証を立ててそして、クアンスティータの居ない時代へと去っていこうとした、ただ、それだけの存在だったのだ。
 ――が、それは無惨にもティアグラに利用され、命を落とすことになった。
 吟侍からティアグラの狡猾さは聞いていたが、実際に目の当たりにすると曲がった事が大嫌いな琴太にとっては今すぐ、目の前に行って、ぶん殴ってやりたいくらいの気持ちがあった。
 琴太はティアグラを敵として認識した。
 が、今は友人を捜す事が先決。
 寄り道をしてしまったが、ドゥナの星見にあった場所にまで足を向けたのだった。


04 人食いアンドリューの悲劇


「彼女の行っていたのはここか?」
 琴太はとある村に着いた。
 ここはドゥナの星見で記されていた村でもあった。
 村とは言っても人の気配は一切無い。
 廃村なのでは?と一瞬思ったが、ついこの間までは生活をしていたというような生活感は残っていた。
 伝染病でもあって、村民がみんな批難したのかとも思ったが、アリスの分析によると伝染病が流行ったにしては空気などにも問題は一切無いと言う。
 何より、死体が全くないというのもどこかおかしい。
 墓もないのだ。
 このくらいの規模の村ならば、近くに墓地のようなものがあっても良いものなのに、それらしいものは見あたらない。
 この村の風習では、墓はつくらず、そのまま埋めるかなにかなのかと思ったが、地中に骨のある形跡は見あたらない。
 どこか不自然な村だった。
 生活感はあるのに、そこに生き物の気配がしないのだ。
 まるで、頭の悪い犯人がそこにあったという事を誤魔化すためにポンと村を作った。
 そんな感じがした。
 しばらく探っているといくつかのヒントとなりそうなものは見つけることができた。
 【アンドリュー】――その名前は村の至る所で記されていた。
 まるで、この村はアンドリューという人物の所有物であるかのように。
 アンドリューという何者かがこの村に関わっていることだけは何となくわかる。
「妙ね……?」
 ドロシーがサイコメトリーで探ったが、この地に人が住んでいたという記憶が残っていない。
 遠くの山を見る。
 別段、おかしな所はないように見えたが、ある時、フッと、山の奥に巨大な目が出現した。
 琴太達は警戒する。
 何かがおかしい。
 そして、何かが起きている。
 だが、それが解らない。
 しばらくすると、
「俺を訪ねて来てくれたのか?お前、琴太だろ?」
 という声が響いた。
「お前、アンドリューか?」
 琴太は聞き返す。
 【アンドリュー】と言う名前を聞いた時、思い当たる節はあった。
 記憶が確かなら、かつて攫われた友達の中に【アンドリュー】という名前はあったからだ。
「そうだ、アンドリューだよ。懐かしいな。お前、美味しく育ったなぁ……」
「何を言っている?助けに来たんだ、俺達は」
「助け?食べられに来たの間違いじゃないのか?」
「何で、俺達がお前に食べられなきゃならないんだ?言っている意味が解らん、説明してくれ」
「俺、人間食べる様になっちまったんだ。一緒に連れて来られた友達も何人か食べちまった。その味が忘れられねぇ。お前も美味そうだな」
「正気に戻れ、アンドリュー。何があったんだ?話してくれ」
 琴太は必死に訴える。
 が、アンドリューはもはや琴太達を食料としてしか見ていないようだ。
 何度、問いかけても返事は平行線をたどっていた。
 琴太達を食べる気持ちは変わらないと言った感じだ。
「美味そうだ。早く食べさせてくれ……」
「琴太、この男はもう駄目よ。恐らく脳の深いところまで浸食されている」
「ドロシー、何とかならねぇのか?」
 琴太はドロシーに救いを求める。
 彼女の錬金術ならば、何とかならないかと期待したが、首は横に振られた。
 これが義弟の吟侍ならば、あるいはアンドリューに巣食った何かと彼を分離させることも可能かもしれないが、琴太の持つ、能力分解は能力を分解するものであり、浸食されてしまったものまで分解することは難しい。
 自分の力不足を嘆いていても事は好転しない。
 自分に出来る最善を尽くす事しか出来ない。
 残った選択肢はアンドリューを安らかに逝かせてやる事しかないのか……。
 いや、まだ、能力分解ができないと決まった訳ではない。
 やっても見ない内に諦めるのは良くない。
 とりあえず、アンドリューを見つけて、彼の心臓を打ち、鍵を出せれば何とかなるかも知れない。
 琴太はそれにかけることにした。
「アンドリュー、俺を食べたければ出てきてくれ。決着をつけたい」
「言われなくてもそうするよ」
 琴太の申し出に素直に返事をするアンドリューだったが出て来たものは琴太が予想していた姿とは別物だった。
 姿形としては、よくわからない物体が集まったよくわからない物としてか形容できなかった。
 なんの意味があるのか、どのような力があるのか、その意図が全く読めない。
 その疑問に対して答えてくれたのはアリスだった。
「恐らく、魔薬 アブソルートを過剰投与されたのね。あれは、元々、絶対者アブソルーター達が自身の力を向上させるために編み出されたもの。だけど、その薬が完成するまでには様々な人体実験が行われたと思うわ。彼はモルモットの様に、アブソルートを打たれ、身体の変化を見る実験体として扱われたんだと思うわ。この薬が人間にはあっていないという事を証明するには、人間に投与して見ないとわからない。彼はその犠牲者ってところね」
「な、なんだと……」
 琴太はやり場のない怒りを覚える。
 友達が攫われてすぐに助けに向かえなかった事がこんな悲劇を生んでいた。
 友達は奴隷として攫われたと思っていた。
 不当な扱いを受け、苦しんでいるんだと思っていた。
 が、人体実験までされているとは思ってもみなかった。
 アンドリューは言った。
 友達を食べたと。
 友達を食べてしまったことが彼の精神を壊したのかも知れない。
 後はアブソルートの魔の力に浸食され、なんだかわからない存在へと変えられてしまった。
 許せない。
 こんな非道は許せない。
 が、アンドリューがこの状態では、彼をこんな状態にさせた者の事は解らない。
 怒りのぶつけどころが解らないのだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 琴太は吠える。
 アンドリューがこんな状態では心臓がどこにあるかもわからない。
 手あたり次第、殴って、鍵を出すしかないが、いくら殴っても鍵が出てこない。
 それは、心臓が見つけ出せてないからなのか、心臓が心臓ではなくなってしまっているのかもわからない。
 どこまで、打撃を与えればいいのかもわからない。
 打撃がアンドリューを苦しめているのかもわからない。
 八方ふさがりの状態だった。
 どの様に対処すれば良いのかまるで見えてこなかった。
 アンドリューだと推定しているものを殴りながら、琴太は涙した。
 友達を殴り続けなければならない苦しみ、解決策が見つからない苦しみ、自分が助けにならないという絶望感、怒りをどこにぶつけていいのかわからない焦燥感、等、様々な感情が入り乱れた。
 それを見ていたウェンディが、
「もう、良い、あたいがやる……」
 と言った。
 そして、アンドリューのようなものに同化し、組織を分解させていく。
 アンドリューだったものは小さな花に姿を変えた。
 合成能力者であるウェンディは彼を花に変える選択をしたのだ。
 脳まで浸食されてしまって彼の精神は元には戻らない。
 が、壊れたままでも基本的に動かない植物のままならばせめて、生きたまま──
 というのが、ウェンディが取れた最善の案だった。
 それ以上の案は彼女には思いつかなかった。
「身体で人間の部分は残ってなかった。だから、これ、仲間のところで埋めてやると良い」
 と言って、ウェンディは花に姿を変えたアンドリューを琴太の手に渡した。
「すまねぇ……すまねぇ……」
 琴太は声を絞り出す。
 それはつらい役目をさせたウェンディに言ったものなのか、こんな状態になったアンドリューに言ったものなのかはわからなかったが。
 琴太は男泣きした。
 ドゥナの星見ではこんな悲劇が起こるとは予想して居なかった。
 琴太はアンドリューを救えなかっただけじゃなく、アンドリューが食べてしまった友達の名前の確認さえ出来なかった。
 琴太達の行動は徒労に終わった。


05 VS偲


 ドゥナの居る土の神殿に戻ると丁度、神殿を襲おうとしていたエース達と鉢合わせした。
 土の神殿は絶対者アブソルーター達にとっては不可侵の契約が結ばれている場所でもある。
 だが、化獣であるティアグラにとっては関係ない。
 ティアグラの配下になっているエース達にとっても当然、関係なかったのだ。
 つまり、土の神殿は必ずしも安全な場所ではないという事だ。
 アリス達の活躍でエース達は撤退したが、これからの対策を練る必要が出てきた。
 アリスは偲との決戦を提案した。
「偲とか?」
 琴太は躊躇する。
 偲がどの状態になっているか解らない以上、アンドリューの時の様な悲劇がまた起こるかも知れない。
「避けていたらどんどん状況は悪くなるわよ。やるの?やらないの?」
「わ、解った。やろう」
 琴太は偲との決着を決断する。
 だとすると、ウォワリの時間と空間を操る能力を手に入れたと思われる偲への対策が必要になる。
 結局、琴太はウォワリの能力を敗れなかった。
 背後から来たクティノスがウォワリを倒さなかったら、果たして勝てていたかどうか解らなかった。
 だが、実は先に戦いを終えていた、アリスはウォワリの能力をスキャニングしていた。
 そのため、ウォワリがどのような能力を使っていたかある程度、解っていた。
 まず、時間を操る力――
 これは大きく分けて、二種類使っていた。
 まずは、逆再生能力。
 この力は例えば、一分間この力を使ったとすると、次の1秒後はいきなり60秒後になる。
 そして、周りの状況全てが逆再生の様に60、59、58……というように時間が逆に流れていき、3、2、1ときたら、次は61秒後に飛ぶ事になる。
 つまり、時の流れを入れ替える力だった。
 もう1つは、時間を遡る力だ。
 この力で恐らく、ウォワリは過去に去ろうとしていたのだろう。
 例えば、攻撃が当たりそうな次の瞬間、時間を10秒巻き戻すと同じ行動を取るが対処が取りやすくなるという力だった。
 また、空間の力としては、別の空間同士を入れ替えるワープの様な力だった。
 琴太の居る空間を入れ替えられると一瞬、方向感覚がつかめなくなり、隙を産むことになるし、ウォワリの居た空間を入れ替える事で、瞬間移動の様な効果がある。
 時間の力も空間の力も非情に厄介な力と言わざるを得なかった。
 まともにぶつかれば今の琴太に勝機はないと思われた。
 能力を使われる前に一気に倒す。
 それぐらいしか勝ち目は無いという結論になった。
 また、後ろにティアグラが控えている以上、どんな手段を使ってくるか解らない。
 その対処をアリス達が行う事になるだろう。
 なので、琴太の緊急なレベルアップは必要不可欠となった。
 意を決したようにウェンディが近づく。
「かなり、痛いぞ」
 と彼女は言った。
 言葉数が少ない彼女だが、その真剣な表情から、琴太は自分が何をされるのか想像がついた。
「よろしく頼む」
 琴太は理解したように、頭を下げた。
 ウェンディは琴太と同化した。
 そして、その上からドロシーが錬金術を仕掛ける。
 アリスが、外科手術を行う。
「ぐぅおおぉっぉぉぉぉぉぉっ……」
 琴太は苦悶の表情を浮かべる。
 想像していたよりもずっと痛い。
 全身を引っかき回されて、内臓にも直接ダメージを喰らっているような感覚だった。
 その苦痛は一時間以上にも及んだ。
 やがて、ウェンディも琴太から分離した。
 彼女も琴太と一緒に激痛を味わっていた。
 口には出さないがかなり辛かっただろう。
 アリスは
「後は、身体が慣れるまで安静にしているしかないわね。よく頑張ったわね」
 と言った。
「へへっ、ちょ、ちょっと休ませてもらうわ……」
 と琴太。
 ドロシーは
「無理に喋らなくて良いわよ。無理矢理、ルフォスの欠片核に適応出来るように身体を強制的に調節し直したんだから、並の人間なら激痛でショック死していてもおかしくないんだからね」
 とねぎらった。
 それからまもなくして、琴太は意識を失った。
 気を失う前に信じられない言葉を聞いた様な気がしたが、それを疑問に思える気力は彼には残っていなかった。
 琴太が、気になった言葉――
 それはセレナータの言葉だった。
 黙って琴太の調整を見ていた彼はこう言った。
「ぼ、僕にも何かして下さい。もう、琴太お兄ちゃんが苦しんでいる時に何も出来ないなんて嫌です」
 と。
 臆病な性格で、決して、前に出ようとしていなかったセレナータがそんな事を言うなど、俄には信じがたい事だったが、彼も琴太が必死に頑張って戦って来ている姿を見て、自分も変わろうと決意したのだ。
 が、正直、今のセレナータが戦力になるとは思えなかった。
 が、弱いなりにも何か出来る事はある。
 アリスは自身のコンピューターをフル稼働して、彼の役割について何億何兆通りものシミュレーションを行った。
 そして、
「解ったわ。普段から鍛えていないあなたに出来る事は少ない。だけど、それ故に、敵からはマークが外れているとも言える。1つ、もしくは2つの力だけに集中して特化するのであれば可能かもしれないわね」
 と言った。
 セレナータは
「はい、それでも良いです。お願いします」
 と答えた。
 彼が身につける力は2つ。
 一つは、アリスのレーザーショットのリフレクター能力。
 彼が、アリスのレーザーショットを反射出来れば、その分だけは、攻撃範囲に変化が起きる。
 もう一つはフリーズ効果の特殊能力だった。
 敵の動きを一瞬止める効果だが、それは敵に触れなくてはならない。
 能力的にはも能力浸透度が1なので、能力浸透耐久度が2以上の敵にはまるで効果がない。
 非情に微々たる力だ。
 だが、微々たる力とは言え、使い方次第では役に立つこともある。
 アリスはそれに賭けた。
 琴太が目を醒ました時、気のせいかセレナータがやつれている様な感じがした。
 が、セレナータの決意を知らない琴太は
「どうした、セレ坊、風邪でもひいたか?」
 と言った。
 セレナータは
「大丈夫だよ、琴太お兄ちゃん。頑張ろうね」
 と言った。
 彼が、やった行動は琴太にすれば、
「バカ野郎、王子なんだから、むやみに自身の身体を危険にさらすな」
 とか言って怒鳴りそうな事だったが。

 琴太の準備が整ったという事で、アリスは、衛星要塞から、偲の動向を探った。
 偲は、次の行動を移そうと企てている所だった。
 その場所はドロシーも一度、訪れた場所の近くだったので、ドロシーのテレポートで一気に近場まで飛んだ。
 飛ぶ瞬間、ドゥナが
「すみませんでした。お役に立てなくて」
 と言ったが、琴太は
「気にすんなって。帰ってきたらお茶でも出してくれ」
 と笑って言った。
 その言葉を聞いて、ドゥナは少しだけ救われた気持ちになった。
 アンドリューの事を予見出来なかった事を悔やんでいたのだ。
 ドロシーが飛んだ所から偲の居る場所まではそう遠くない。
 せいぜい、2キロと言ったところだろう。
 味方だった時も琴太の気配なら1キロ先でも知ることが出来ていたという偲ならば、少し近づけば琴太の気配を感じ、警戒するだろう。
 ティアグラの力を得ている以上、今、気配を察知出来ていてもおかしくない。
「来るわ!」
 アリスが叫んだ。
 次の瞬間、ドロシーは全員を連れてその場をテレポートジャンプをした。
 さらに次の瞬間、琴太達が居た場所に巨大なクレーターが出来た。
 一瞬遅かったら、その餌食になる所だった。
「何が起きた?」
 琴太は状況を確認しようとする。
 アリスは、
「何てことを……」
 とつぶやいた。
「何があった、アリス?」
 琴太は尋ねた。
 アリスは、
「……あのクレーターからは、ジャック・クローバーという人間の生体反応があり、掻き消えた」
 と答えた。
「どういう事だ?」
「つまり、考えられる可能性としては、ジャック・クローバーという人間から能力などを搾り取り、残りカスとなった身体を人間砲弾として打ち出したということが考えられる。……人のやる行為じゃない」
「な、何だと?」
 アリスの信じられない言葉に、驚愕する。
 人を人とも思わない非道にまで手を出してしまっている。
 一刻も早く、偲をティアグラの手から解放させなくてはと思った。
 が、対策を練っている暇はない。
 次の砲弾が襲ってくる。
 アリスは出来るだけ、この生体エネルギーの詰まった砲弾を確保したかったが、次の砲弾の後からまた、砲弾が飛んできて、衝突して、とり強い衝撃が走る。
 咄嗟の判断で、ドロシーは一気に遠くの場所にテレポートで飛んだ。
 アリスによると、これで、キング・ダイヤとクイーン・ハートの反応が消えたと言う。
 さらに、ジャック達の生体エネルギーは惑星テララを破壊出来る程、強大だった。
 にも関わらず、巨大ではあるもののクレーター程度ですんでいる。
 さらにテレポートで飛ぶ瞬間には既に再生し始めていた。
 惑星テララの耐性が明らかに異常な状態となっている。
 不死ならぬ不壊(ふかい)の星と化している。
 考えたくはないが、まさかの可能性が出てきた。
 それを物語るかのように、アリスのメーターが全て、乱高低を続けていた。
 まだ、計れるだけましかも知れない。
 これが振り切れば……
 偲だけじゃない、まさかあれでは?と疑いたくなるような何かの異常事態が起きていた。
 あれとは、最強の化獣(ばけもの)の事である。

 再び、さっきの場所にテレポートした琴太達の前に、偲とエースが居た。
 見ると、エースが大砲のようなものを抱えていた。
 とすると、先ほどの人間砲弾を撃ったのは偲ではなく、エースだと言う事になる。
 非道な行為をしたのが、偲では無かった事に少し安心した琴太だが、それでも、その行為をエースがしていたという事に更なるショックを受けた。
 エースが次の砲弾を込める。
 恐らく、他にも、力を搾り取られ、人間砲弾に変えられた、哀れな犠牲者がいるのだろう。
「偲の方は任せてくれ」
 琴太が言った。
 アリス達にはエースや、ゾロゾロ湧いて出てきた他の敵の排除を任せる事になりそうだ。

 偲と正面から向き合い、対峙する琴太。
 次の瞬間、偲が消えた。
 時の逆再生が始まった。
 琴太は何とか間一髪で必殺の一撃を交わす。
 逆再生の時間が10秒と短かったから何とか交わせたのだが、後1秒でも多くの時間を逆再生させられていたら、危なかった。
 やはり、ルフォスの力を覚醒させて、それを無理矢理身体に慣れさせたは良いが、能力を新たに引き出したとは言えない状態の今では何ともならない。
 そんな不安があった。
 が、
「避けなさい、琴太」
 とのアリスの声。
 瞬間的に避ける琴太。
 すると、偲の背後からレーザーショットを見舞った。
 セレナータのリフレクター能力による反射だ。
 油断をしていた偲は反応が遅れ、一瞬気がそれる。
 その瞬間、琴太が偲の心臓をつく。
 偲から鍵が飛び出す。
 後は回せば良い。
 偲の鍵に手を伸ばす琴太。
 が、一瞬遅く、時間を巻き戻され、回避されてしまった。
 着眼点は良かったが、ツーアクションであるキーアクションではダメだったようだ。
「おのれ……」
 不意を突かれて危なかった偲は再び、時の逆再生を使おうとする。
 が、
 ドックン……
 心臓の音のような感覚がして、強制的に時間が戻される。
「な、なんだ今のは?」
 琴太が驚愕する。
 アリス達は顔を歪め、
「く、クアンスティータ……」
 とつぶやいた。
 偲の時の能力が無効になる。
 それはすなわち、恐怖、不可能の代名詞、クアンスティータの誕生までのカウントダウンが始まった事を意味していた。
 あれだけ、自信たっぷりな態度だった、アリス達だったが、今は、まるで、捨てられた子犬の様に、意気消沈している。
 何か恐ろしい事が始まる。
 何が起きるかわからないが、とにかく恐ろしい。
 そんな感覚に包まれた。
 予想外の事態だったのか、偲達も撤退した。
 偲との決着はつかなかった。
 が、その後ろに居るティアグラ、それよりも遙かに恐ろしい化獣が生まれ出ようとしているという感覚だけはヒシヒシと伝わってきた。
 琴太はビックリするくらい急成長を果たした。
 が、その琴太の成長が全く意味をなさないくらい強大な何かの波動を感じた。
 琴太達はドロシーのテレポートで土の神殿へと戻り、次の対策を相談する事にした。


続く。




登場キャラクター説明


001 芦柄 琴太(あしがら きんた)
芦柄琴太
 テララ編の主人公。
 曲がった事が大嫌いな性格。
 義弟である吟侍(ぎんじ)の心臓になっている七番の化獣(ばけもの)ルフォスの世界で身につけた能力である、敵の弱点を突く事により出現する鍵を回す事により敵を倒す事が出来るキーアクションを得意とする。
 今回、新技鍵十手(かぎじって)も披露する。








002 野茂 偲(のも しのぶ)
野茂偲
 テララ編のヒロイン。
 忍術を得意とするくのいち。
 琴太の事が好き。
 仲間を思いやる優しい性格だったが、魔薬アブソルートを無理矢理飲まされ、特殊絶対者となってしまう。
 琴太のライバルとなるべく、ティアグラによって新たな力を授かることになる。









003 エース・スペード
エース・スペード
 吟侍の心臓、ルフォスの世界で左右の手のひらの間に空間を歪ませる能力を身につけた賞金稼ぎ。
 偲の手に落ちた後、ティアグラの配下となり、仲間を弾として扱うなど、非情な一面を持っている。













004 キング・ダイヤ
キング・ダイヤ
 吟侍の心臓、ルフォスの世界で10秒間の具現化能力を身につけた賞金稼ぎ。
 異次元空間に隠し持っている武器を具現化できる。
 偲の手に落ちた後、ティアグラの配下となり、力を絞り取られ、弾扱いされ、死亡する。













005 ジャック・クローバー
ジャック・クローバー
 吟侍の心臓、ルフォスの世界で自在に伸びる硬度を自在に変えられる鋭い爪手に入れた賞金稼ぎ。
 両手両足の20本の爪全てが自由に変化させられる。
 偲の手に落ちた後、ティアグラの配下となり、力を絞り取られ、弾扱いされ、死亡する。













006 クイーン・ハート
クイーン・ハート
 吟侍の心臓、ルフォスの世界で自在に動き、触れたものを溶かす溶解質の髪の毛を手に入れた賞金稼ぎ。
 溶解濃度は0から10まであり、変更できる。
 偲の手に落ちた後、ティアグラの配下となり、力を絞り取られ、弾扱いされ、死亡する。













007 ドゥナ・ツァルチェン
ドゥナ・ツァルチェン
 土の姫巫女。
 テララ編のヒロイン。
 琴太の危機をいち早く察知し、彼に危険を伝える。
 吟侍の居るウェントスに居る風の姫巫女に助けを求める。













008 アリス・ルージュ
アリス・ルージュ
 未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから来たスーパー人造人間。
 未来組織、新風ネオ・エスクのメンバー。
 衛星軌道上に攻撃要塞を持ち、未来の通信装備、サイコネットを装備する。
 幼い外見をしているが、レッド・フューチャーの中ではリーダー格。
 性格設定が子供になっているため、コミュニケーション能力は高いとは言えない。
 風の惑星ウェントスで芦柄 吟侍と勝負し、彼の頼みで琴太を助けるために土の惑星テララに助っ人に来た。
 琴太パーティーの新メンバーとなる。







009 ドロシー・アスール
ドロシー・アスール
 未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから来た特殊な人間。
 未来組織、新風ネオ・エスクのメンバー。
 左目の義眼を取り替える事により、超能力、魔法、錬金術などの能力を使い分けるスイッチファイター。
 三人組の中では一番大人であるため、話し合いなどは彼女が担当する。
 風の惑星ウェントスで芦柄 吟侍と勝負し、彼の頼みで琴太を助けるために土の惑星テララに助っ人に来た。
 琴太パーティーの新メンバーとなる。









010 ウェンディ・ホアン
ウェンディ・ホアン
 未来の世界の一つ、レッド・フューチャーから来た合成人間。
 未来組織、新風ネオ・エスクのメンバー。
 動植物や虫、魚、鳥類、鉱物にいたるまで、彼女は同化する事が出来、同化したものの能力を強化した形で使うことができる。
 口下手であるため、口数は少ないが、いざという時、居て欲しい場所に素早く駆けつけるなど気の利いた部分も持っている。
 風の惑星ウェントスで芦柄 吟侍と勝負し、彼の頼みで琴太を助けるために土の惑星テララに助っ人に来た。
 琴太パーティーの新メンバーとなる。









011 セレナータ・フェルマータ・メロディアス。
セレナータ・フェルマータ・メロディアス
 セカンド・アースのメロディアス王国の11番目の皇子。
 力量不足として、救出活動は置いていかれたが、それでも琴太の助けがしたくて、後からテララに追って来た。
 到着してすぐに、ルゥオ・スタト・ゴォルに襲われ逃げている内にスタッフともはぐれてしまう。
 今回、少しスキルアップを果たす。









012 ティアグラ
ティアグラ
 吟侍の心臓になっている7番の化獣(ばけもの)ルフォスと引き分けた1番の化獣。
 ルフォス同様に独自の宇宙世界を持っている。
 最強の化獣である13番のクアンスティータの力を欲している。
 今回、琴太に対し、ちょっかいをかけてくる。









013 セルパン・マルク
セルパン・マルク
 ティアグラの配下の怪物で蛇の要素を持つ。
















014 リマス・マルク
リマス・マルク
 ティアグラの配下の怪物で蛞蝓(なめくじ)の要素を持つ。
















015 コション・マルク
コション・マルク
 ティアグラの配下の怪物で豚の要素を持つ。
 ダメージを負っても食料を食べたらすぐに再生する特殊能力を持つ。
 分厚い脂肪を持つ。














016 ウォワリ
ウォワリ
 クアンスティータが誕生する前に過去の世界に行こうとしていた時間と空間を操る能力者。
 時間の逆再生など、厄介な力を持っていたが、殺害され、力を奪われる。














017 グァンマレイ
グァンマレイ
 クアンスティータが誕生する前に過去の世界に行こうとしていたガンマ線バーストを作り出せる能力者。
 殺害され、力を奪われる。














018 ヴァートス
ヴァートス
 クアンスティータが誕生する前に過去の世界に行こうとしていたブラックホールの生成能力者。
 殺害され、力を奪われる。














019 トリニューロ
トリニューロ
 クアンスティータが誕生する前に過去の世界に行こうとしていた毒性物質の雨を作る能力者。
 殺害され、力を奪われる。














020 人食いアンドリュー
人食いアンドリュー
 昔、琴太と同じ孤児院にいた元人間。
 魔薬 アブソルートを過剰投与されたため、人としての意識は無くなってしまっている。
 友達も食べていて、もはや、人間には戻れないため、ウェンディーにより、一輪の花に作り替えられる。
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