C001話 グレイテスト・ビック編


01 強者を求めて


 余暇貯時間管理(よかちょじかんかんり)を担保に芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)は再び、ロスト・ワールドの選択をすることになった。
 今回はフェンディナ・マカフシギも一緒だ。
 【答えの力】という強大な力を得た吟侍はあまり、ロスト・ワールドでの冒険でのスキルアップは望めなくなってしまっている。
 大概のロスト・ワールドは吟侍の【答えの力】を持ってすれば余裕とまではいかないまでも、比較的容易にクリアする事が出来るからだ。
 滅多に出ない確率の強敵を求めて、ロスト・ワールドを冒険するのは効率が良くない。
 なので、せっかく身につけた【答えの力】だが、このロスト・ワールド内では封印するつもりでいた。
 【答えの力】抜きでのスキルアップが【答えの力】を取り戻した時の更なるスキルアップの呼び水にするという考えだからだ。
 ただ、最初の4、5回はフェンディナを鍛える――というよりは、自分の力を自覚して、戦える気持ちを作ってもらうのが目的なので、その間だけは、あくまでもサポートとして、使うつもりでいた。
 最初の主役は吟侍ではなく、フェンディナなのだから。
 共に異空間にやって来た時のショックで気を失っているフェンディナを吟侍は肩を揺さぶって起こす事にした。
「フェンディナ、そろそろ、起きてくれ。説明する」
「う、う〜ん……はっ、ぎ、吟侍さん?こ、ここはどこですか?」
「ここはルフォス・ワールドの中の何でもない所だ。これからあんたと一緒に冒険するロスト・ワールドを決める。おいらがサポート出来る時間を決めなくてはならないんだけど、最初の冒険は何日くらい欲しい?」
「え?どういう事ですか?」
「おいらがロスト・ワールドに居られる時間ってのは入る前に決めておかねぇといけねぇんだ。担保に出来るのは1分が1日分に膨れあがる時間の事になるんだけど、それは、子供の頃から貯めていた時間でどのくらい時間が今、どのくらい貯蓄できているかは正直わかんねぇ。ただ、結構あると思う。おいらは繰り返し、ロスト・ワールドの中で貯蓄している時間を冒険時間に割り振っていく。まずは、最初の一回、あんたとの冒険だ。かなりあると思うから、好きな時間を行ってくれ」
「あの……どのくらいの時間を言えば良いのでしょうか?」
「そうだな、基準になる単位が必要だったな。おいらが前回冒険したジェネシス・フィアスってところでは180日分使った。だけど、これは、一つの冒険として使うとしたら少ないと思う。せめて、この倍は欲しいところだな」
「360日ですか?でも、大丈夫なのでしょうか、そんなにのんびりしていて」
「大丈夫だ。今回の冒険にかかる実際の時間は一瞬だ。一瞬を例えば、360日分に引き延ばして冒険する事になる。4、5回の冒険をするなら5秒くらいで済むと思うぞ」
「そうですか、なら安心して、冒険できますね。それでは360日でお願いします」
 吟侍とフェンディナは相談して、最初の冒険は360日の時間制限を設けて冒険する事にした。
 この360日が経ってしまうと、冒険半ばでも強制的に冒険は終了してしまう。
 360日以内に得るものは得てこなくてはならないのだ。
『相談は済んだか?じゃあ、行くぜ』
 ルフォスも準備万端だった。
 吟侍とフェンディナは光に包まれ、ロスト・ワールドの一つに入って行った。

 二人がたどり着いた場所は、大きな樹木のある場所だった。
「どこでしょうか?」
 フェンディナが尋ねる。
 だが、吟侍にもそれは解らない。
 何でも解る世界で冒険したのでは意味が無いのだから。
「さぁな……まずは、辺りをさぐってみよう」
「はい」
 素直なフェンディナに吟侍はちょっと驚いた。
 今まで冒険を共にしていたのがソナタ・リズム・メロディアス第六皇女達だったので、冒険の主導権はソナタが握る事が多かった。
 吟侍の意見に対して反対される事も多かった。
 なので、彼の言うことを素直に【はい】と答える反応が珍しかったのだ。
 なんか少しくすぐったい気持ちになった。
 出会い方が違っていたら恋人になっていたかも知れない様な感覚を持った。
 それだけ、フェンディナの容姿を吟侍の好みでもあった。
 だが、自分にはカノン・アナリーゼ・メロディアス第七皇女という恋人がいるのだ。
 彼女に対して不誠実な事は出来ない。
 なので、可愛いと思ってはいてもフェンディナに対してアプローチをするという事は無かった。
 フェンディナはあくまでも冒険をする上での協力者。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 吟侍は美少女と行動を共にする時の浮気心をシャットアウトした。
 そんな吟侍の心の葛藤を知ってか知らずか、フェンディナは吟侍を頼りにしていた。
「吟侍さん、あの方は一体、何をなされているのでしょう?」
「う〜ん、なんだろうな?充電……しているようにも見えるけど……聞いてみるか」
「そうですね」
「すんません、おいら達は旅の者なんだけど、あんた達は一体、何してんのかな?」
 吟侍は見ず知らずの少女に声をかける。
 その少女も含めて、複数の人間らしき存在が吟侍達の近くに居るが、全員、しっぽのようなものが生えていて、それを目の前の大きな木の根っこの部分に突き刺している。
 大きな木は光っていて、その光がしっぽのある人間達に注がれているような印象を受けた。
 吟侍の質問に、聞かれた少女が答える。
「私達は充命人(じゅうめいじん)という種族です。このマザー神樹(しんじゅ)に一ヶ月分を過ごすためのエネルギーをいただいて生活をしています」
「へぇ〜、そうなんだ。あ、おいら、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)っていうんだ。こっちは、フェンディナ」
「フェンディナ・マカフシギです」
「私はプレミアと申します」
「プレミアさんか、よろしくな。おいら達は冒険者としてこの世界に来たんだけど、何か冒険っぽいものとかはないかな?」
「冒険……ですか?」
「あぁ、そうだ」
「申し訳ありませんが、そのようなものは存じ上げません。ただ……」
「ただ?」
「非情に困っている事はあります。旅のお方にするようなお話ではないのですが……」
「何だ?こうして出会ったのも何かの縁だ。おいら達に出来ることなら協力するよ。話してくれ」
 プレミアが困っていると聞き、吟侍は彼女の悩みを聞く事にした。
 彼女の話だと、この惑星圏には複数のマザー神樹があり、充命人と呼ばれる人達が一ヶ月分の命を充電、いや、充命し生活している。
 その充命人にとっては、マザー神樹は無くてはならないものであり、重要な生命線であると言って良い。
 だが、そのマザー神樹を不法に刈り取りしている者達がいるのだという。
 マザー神樹はとても美しく、それは滅び行く運命のこの世界、グレイテスト・ビッグの宇宙で高く取引がされるらしい。
 それを宇宙商人ゲスデゲスと言う悪徳商人が目をつけ、次々と伐採しているらしい。
 聞いていると、ゲスデゲスというのはただの人間らしいが、その資金力で、かなりの大物を雇い入れているため、誰にも逆らえない状態になっているという。
 ここは一つ、吟侍が懲らしめてやってもいいのだが、この世界にはまず、フェンディナの精神を鍛え直すのを第一の目的として来ている。
 吟侍が倒してしまっては意味がないのだ。
「フェンディナ、行けそうか?」
 吟侍はフェンディナに聞いた。
「え?どういう事でしょうか?」
 フェンディナが聞き返す。
 どうやら、この世界に来た趣旨をあまり理解していないようだ。
「おいらが戦ってもいいんだけど、ここはフェンディナにやってもらおうと思っている。充命人達を守ってくれ。守るための戦いならあんたにも戦う理由が出来るだろ?」
「あ、そういう事ですか。わ、解りました。私に出来るかどうかは解りませんがやってみます。悪い人達からあの木を守るんですね」
「そうだ。お膳立てはおいらがやるから、あんたは戦う役目を担って貰う。おいらはこの世界ではサポートに徹する事にする。どうしても無理なら手助けするけど、それはギリギリのギリギリまでやらねぇつもりだ。あんたにはどうしても戦闘意識を高めてもらいたい。だから、ホントのギリギリまでは手助けはしない」
「わ、わかりました。怖いですけど、頑張ってみます」
「おぉ、頑張ってくれ。おいらは手助けはあんたのためにならないと思って、手助けは極力しない方向で行く」
「は、はい」
「よし、こっちの話はついた。で、プレミアさん、あんたとの話だが、この件の解決をおいら達は引き受けさせてもらう」
「あ、ありがたいお話なのですが、話しておいてなんなんですが、私達にはお礼できるようなものも……」
「おいら達は修業に来ているんだ。強敵を用意してもらえればそれで良いよ。だから、気にすることはねぇ。ギブアンドテイクってやつだ。あんた達が困っているのを何とかして欲しい気持ちとおいら達の修業したいって気持ちがぴったりあった。ただ、それだけの事だ。困った時はお互い様ってもいうしな。あんた達はして欲しい事、おいら達はしたい事が一致しているんだから、お礼とかは無しで良い」
「で、ですが……」
「気にすんなって。利害は一致してるんだからさ」
「は、はい……」
「とりあえず、ゲスデゲスって奴の事を知っているだけ教えてくれ」
 吟侍はプレミアからゲスデゲスの情報を聞けるだけ聞いた。
 プレミアの情報によるとゲスデゲスは他の星に違法伐採をしに来ているらしい。
 プレミアの星以外にもこの辺りの人の住む星はみんな充命タイプの生命体が多く住んでいて、端の方の星から順番に、根こそぎ刈り取っているらしい。
 プレミアの星にゲスデゲス一行が来るまで待っていると何時になるか解らない。
 ならば、現在刈り取っている星にまで乗り込んで行くだけだと吟侍は判断した。
 吟侍とフェンディナはプレミアの星を後にした。
 吟侍は7番の化獣(ばけもの)ルフォスの力で、フェンディナは元々、全能者オムニーアの生き残りなので、宇宙空間でも自由に呼吸が出来る。
 星を飛び出すという事は大した問題にはなっていない。
 そもそもこの世界に来る前に戦っていたのは風の惑星ウェントスを飛びだした超空洞ヴォイドでだ。
 宇宙空間での戦闘はすでに慣れている。
 吟侍達はあたりの星を見渡した。
 するとしばらくして、遠くの星が爆発した。
 【答えの力】から、それがゲスデゲス一行の仕業だと解った。
 どうやら、戦うのを遠慮するような善人ではないようだ。
 恐らく、刈り取ったので、用の無くなった星は根こそぎ破壊という指令を出したのだろう。
 吟侍はこれからの行動をフェンディナと相談してから、爆発のあった方向に向かった。
 爆発した星からそう遠くないところにもう一つ星があり、ゲスデゲス一行が乗っていると思われる宇宙船はその星に向かっていったのが確認できた。
 吟侍達はそれを追った。
 降り立った星には、プレミアの星と同じように大きな木が転々とそびえ立っていた。
 恐らく、その近くには充命人かそれに近い種族が住んでいて、マザー神樹から命のエネルギーを貰って生活しているのだろう。
 悪人による非道は許さないと、吟侍達はゲスデゲス一行の宇宙船の前に立ち塞がった。
「なんだ、お前達は?」
 醜い顔の男が声をかけてきた。
 恐らく、この男がゲスデゲスだろう。
 プレミアもそうだったが、充命人達は戦闘力がほとんど無い生命体だ。
 どんなに強くても、グレイテスト・ビッグの強者をバックにつけているゲスデゲスの脅威となるような者はいない。
 だから、ゲスデゲスは安心して、マザー神樹の品定めを直接しに来ていた。
 高く売りさばくために、一本一本、マザー神樹の美しさを確認しに来ているのだ。
「わ、私はフェンディナと言います。あの……お願いがあります。マザー神樹の伐採をやめていただけないでしょうか?」
 口を開いたのはフェンディナだ。
 吟侍は黙っている。
 どこか、気弱なフリをしてうつむいている。
 もちろん、これは演技だ。
 彼はチャンスを狙っている。
 ゲスデゲスは、
「何を言っているのかな?」
 と言った。
 普段で有れば、文句を言う者が居たらその場で射殺命令でも出していたところだが、フェンディナが美しいので、話そうとスケベ心を出したのだ。
「マザー神樹は充命人さん達にとっては生命を維持するのに必要なものなんです。マザー神樹を刈り取るという事はその人達の命を奪う事と同じ事です」
 フェンディナは必死に訴えかける。
 だが、このゲスデゲスという人物は生まれ持っての悪党とも言うべき心の持ち主だ。
 充命人達が死のうがなんだろうが、彼の心は全く痛まない。
 そんな事よりも、どうにかして、フェンディナを自分の愛人にしようと思考していた。
「こっちも商売なんでね。ただで、伐採をやめろと言われてやめる訳にはいかないのだよ。それなりの見返りというものがないとね」
 ゲスな笑みを浮かべるゲスデゲス。
「どうすれば良いのですか?」
「そうですね……賭けでもしましょうか。そこの後ろに居る男が私が用意する戦士10名に勝ったら、考えなくもないですね。もし、その男が負けたらあなたは私の愛人になるというのであれば良いですよ。いひゃひゃひゃひゃ……」
 後ろに居る男とは吟侍の事を指す。
 気弱そうに見える吟侍を殺して残ったフェンディナを愛人にしようという魂胆だ。
 何処までもゲスな考えだった。
「彼は関係有りません。戦うのであれば私が戦います」
 フェンディナは吟侍の代わりに自分が戦うと言った。
「あなたが……?」
 ゲスデゲスが更に思案する。
 要はゲスデゲスが用意した選手が勝てば良いのだから、殺さないで選手に軽くいたぶらせれば従順になるのではないかと考えた。
「どうですか?」
 フェンディナが尋ねる。
 ゲスデゲスは、
「良いでしょう。その賭けに乗りま……」
 「す」と言った瞬間に、吟侍が瞬間移動で、ゲスデゲスの真後ろに出現し、【答えの力】の力を込めた人差し指と中指をゲスデゲスの頭に突っ込んだ。
「言ったな。これで契約完了だ」
 と吟侍が言った。
 実は、こうなることは【答えの力】であらかじめ解っていた。
 ゲスデゲスは当然、約束など守る気持ちは微塵も無かったが、それでも、口に出して、フェンディナと約束をした。
 吟侍はフェンディナと交わした約束を破る時、ゲスデゲスの脳に激痛が走るようにしたのだ。
 つまり、フェンディナがゲスデゲスの用意した10名の選手を全員倒せば、この約束は正式に受理された事になる。
 約束を破れば、苦しむのはゲスデゲスの方になる。
「な、何をした?」
 と聞くゲスデゲスに、吟侍はゲスデゲスがおかれている状況を説明した。
 こうなってしまったら、ただの人間に過ぎないゲスデゲスに出来る事はフェンディナでも勝てないような刺客を用意するくらいの事しかない。
 気弱なふりをしていた吟侍がとんだくわせものだったことを知ったゲスデゲスは歯ぎしりをして悔しがった。
 決して油断をしていた自分が悪いとは思わない。
 悪いのは全て相手。
 自分は絶対に正しい。
 それが、ゲスデゲスという男の考えだった。
 充命人の弱さに油断していてそんなに強い強者を用意出来て居なかったゲスデゲスは一旦、自分の惑星に戻る事にした。
 そこで、選りすぐりの強者10名を選抜して戻ってくるつもりだ。
 だが、ここに戻って来られてもこの星の人達に迷惑がかかる。
 吟侍はフェンディナを伴って、ゲスデゲスの宇宙船に乗り込んだ。
 ゲスデゲスに雇われた兵達が抵抗したが、吟侍が軽くのして見せたら、元々金で雇われているだけの兵達は尻込みして抵抗しなくなった。
 ゲスデゲスは【この役立たず共め、帰ったら処刑してやる】と思いつつ、吟侍達を乗せたまま、母星へと戻っていった。
 決着はゲスデゲスの母星でつける事になる。
「あの……吟侍さん、よろしいのでしょうか?」
 道中フェンディナが吟侍に問いかける。
「ん?何が?」
 吟侍は質問の意味が解らない。
「いえ、無理矢理乗り込むみたいな真似をしてしまって……」
「あぁ、それか、話して解る奴なら、お願いしたけど、あのゲスデゲスって男は話して解るような人間じゃねぇからな。そういう奴にはそれなりのやり方ってもんがあると思うぞおいらは」
「そ、そうなんですか?」
「遠慮ばっかしてたら、欲しいものは何にも手に入らねぇと思うぞ。やる時はやるって感じの方が良いことあると思うぞ」
「は、はぁ……」
 フェンディナは吟侍の行動にビックリした。
 正直、真っ直ぐに生きている人だと思っていた。
 曲がった事が大嫌いで、あくまでも正攻法で立ち向かう勇者。
 そんなイメージで居た。
 だが、実際の吟侍は正攻法にはこだわっていない。
 結果的に最良であれば、途中の手段は邪道であってもそれを押し通す。
 【答えの力】というのはあの最強の化獣クアンスティータに対抗出来るかも知れないと言われている力だが、そんな彼だからこそ、身につけられた力なのかも知れないと思うのだった。
 ゲスデゲスの宇宙船では度々、吟侍達を暗殺しようと刺客が襲ってきた。
 だが、吟侍は元々来るのが解ってましたと言わんばかりの対処で、敵船の中にもかかわらず比較的快適に過ごしていた。
 驚く事はあったが吟侍という人間の行動は、よりよい結果に向かって行動している様に見えた。
 改めて、フェンディナは吟侍の事を尊敬した。
 最初は、化獣に身体を浸食されている者同士、悩み事とかを相談出来ればと思って近づいたのだが、今では憧れの様な感じになって来ていた。
 ビックリする事の連続だが、吟侍との冒険は楽しいと思えるようになっていた。
 そんな彼が今は自分のために修業に付き合ってくれていると思うと嬉しくなった。
 吟侍はその後もゲスデゲスの宇宙船の食料のある所を突き止めたり娯楽設備で遊んだりした。
 まるで、初めからそこに何があるのか解るかのように行動する吟侍。
 あらかじめ答えがわかるというのが【答えの力】なのだ。
 その力の凄さをフェンディナは再確認した。
 ゲスデゲスの宇宙船は人間であるゲスデゲスを運んでいるため、移動速度が思ったよりも速くはない。
 なので、ゲスデゲスの母星まではしばらくかかる事になった。
 その間に吟侍とフェンディナは何度も雑談した。
 吟侍は自分の育った環境は冒険の切っ掛けなんかも話したし、フェンディナも自分の姉達の事なども話した。
 最初は遠慮がちだったフェンディナも大分、吟侍に心を許してきていた。
 ゲスデゲスの方も刺客は全く意味がないと思い、吟侍達を母星に着くまで放っておく事にしたらしい。
 なので、宇宙船旅行の後半は楽しく過ごせた。
 楽しい宇宙旅行だったが、それで、貴重な10日も使ってしまった。
 吟侍達に設定されている時間は360日なので、後、350日しかない。
 こういう事もあるので、吟侍は多めに時間を取ったのだ。
 過ぎてしまった時間を後悔しても仕方ない。
 まずは、フェンディナを鍛える事が第一だ。
 それにはゲスデゲスの用意した10名の刺客を倒さなくてはならない。
 これには、吟侍は手を貸せない。
 あくまでもフェンディナの実力で勝っていって貰わなければならないのだ。

 ゲスデゲスは席を外し、強力な戦士をかき集め出した。
 10名の戦士全員が揃うまでに更に5日待たねばならなかった。
 滞在期限まで残る345日となった所でようやく、戦う時が来た。
 ただ待っているのも無駄なので、吟侍はフェンディナと軽くスパーリング程度はしていた。
 フェンディナは元々、秘められた力は相当あるので、吟侍の練習相手としても十分役に立つレベルではあった。


02 フェンディナの連戦


「待たせたな」
 ゲスデゲスが戻ってきた。
「あぁ、結構待ったな」
 吟侍は軽口だ。
「い、生きて帰れると思うなよ」
「生きて帰るよ。こんな所で死んでられねぇからな」
「その小娘の後はお前だ。覚悟しておけ」
「おいらはやらねぇよ。あんたらの相手はフェンディナがする。おいらがやるとしたら後処理くらいなもんだ」
「今の内に粋がっておけ。私が用意した選手のレベルの高さにビビって謝っても今更許さないからな」
「元々、お前さんに、人を許す度量があるとは思えねぇけどな。まぁ、こっちも命がけで成長しに来たんだ。期待はずれな奴は出すなよ」
「あぁ言えばこういう……殺してやる。後で絶対に殺してやるぞ」
「おぉ、怖い怖い……」
 ゲスデゲスの言葉に全く臆することなく、軽くあしらう吟侍。
 軽くあしらわれているのが解るのでゲスデゲスは更に怒りを増幅させる。
 本来ならば総攻撃でなぶり殺しにしてやりたいところだが、吟侍の【答えの力】により、これから始まるこの戦いは絶対ルール化されてしまっているため、ゲスデゲスとしても1名ずつ、フェンディナと戦わせるしかなくなってしまっていた。
 違反すれば、ゲスデゲスの頭に激痛が走るのだ。
 ゲスデゲスとしてもフェンディナを倒すまではこのルールから外れる行動を取る訳にはいかない。
 ゲスデゲスは自身の財力で雇えるより抜きの戦士達を集めた。
 ゲスデゲスは下卑た笑いを浮かべ、
「いきなりで悪いねぇ〜いひゃひゃ……彼はあのルックマン教授の幻の41番目の生徒なんだよ、どうだね?怖いかねぇ。後悔しても遅いんだよ」
 と言った。
 ルックマン教授というのがどのような者を言うのかフェンディナはさっぱり解らなかったのだが、吟侍の方は【答えの力】でゲスデゲスの記憶からそれが何を指すのか探り当てていた。
 ルックマン教授というのは故人で既に居ない。
 生前、ルックマン教授のあふれ出るような才能に嫉妬した者達によって、暗殺されたとされている。
 だが、ルックマン教授には40名の生徒が居た。
 彼の遺志を継ぐ40名の生徒はこの世界の全てを憎み、このグレイテスト・ビッグの世界を破壊して回ったと言う。
 生徒達はこのグレイテスト・ビッグという世界が滅び行く運命になった要因の一つと考えられている。
 ゲスデゲスはこのルックマン教授の生徒に41番目の生徒が居て最初の選手はその男だと言いたいらしい。
 だが、吟侍の【答えの力】の分析力によるとこの男は偽物だ。
 有名な存在になると偽者も出てくる事があるがどうもそれらしい。
 確かに、幻となる41番目の生徒は居るらしいが、この男ではない。
 生徒は出席番号で数えられて幻と考えられている者の出席番号は割とありがちだが、0番が割り当てられている。
 目の前に立っている男の様に出席番号41番ではない。
 大物の偽者を名乗るくらいだからそれなりには力があるのだろうが、結果からみれば、
「ハズレか……」
 と吟侍はつぶやいた。
 そもそも、目の前に居る男が本物であれば、切り札として、大将くらいやっていてもおかしくはない。
 それが先鋒として出てくるという事は実力的には中途半端なのだろう。
 何も最後に出てくる者が最強だとは限らないが、目の前に居る男からは偽者臭がぷんぷん匂って来ていた。
 そういう事情がわからないフェンディナは、
「あの……ルックマン教授という方はどのような方なのでしょう?」
 と聞いていた。
 吟侍は、
「気にすんな。そいつは本物じゃねぇ」
 と軽くアドバイスをした。
 それが聞こえたのか、目の前の出席番号41番が、
「偽者だと言いたいのか?このバスター様を……」
 と言った。
 吟侍にとっては、偽者の名前がバスターだろうがバスタブだろうが関係なかった。
 大方、金に目が眩んで雇われたという口だろう。
 ルックマン教授の生徒というのはある程度ポリシーを持って活動しているらしいから、事の善悪はともかくとして、バスターのような小者ではないのだろう。
 吟侍はとりあえず、このゲスデゲスの件が片付いたら、今度はルックマン教授の生徒ってのを追って見るかと考えていた。
 まずは、偽者の排除だなと、
「フェンディナ、ちゃっちゃとぶっ飛ばしちまえ」
 とたきつけた。
「後悔するなよ、そこの男、この小娘の後は貴様の番だ」
 とバスターは言ったが、それはすでに、彼の雇い主のゲスデゲスから同じ台詞を聞いたばかりだと呆れるのだった。
 小悪党ってのは個性もないのか?と思ったからだ。
 バスターが力を貯める。
 それに反応してか近くの星々が動く。
 バスターは引力と斥力を操る戦士だ。
 それにより、星々をヨーヨーの様に飛ばしたり出来るのだ。
 なかなかの力の持ち主だが、フェンディナのポテンシャルを考えれば全く大したことはない。
「おいおい、バスターよ、この母星を傷つけるなよ」
 勝ち誇った顔でゲスデゲスがバスターに言う。
「解ってますよ。力の差ってやつを見せつけてやっているだけですよ」
 バスターがゲスデゲスに答える。
 向こうは向こうで、自分達の力に自信があるようだ。
 吟侍は、
「フェンディナ、とりあえず、あのちょろちょろ動いている星、何とかできるか?」
 と言った。
 フェンディナは、
「はい、それくらいなら……」
 と答えた。
 吟侍にとってもフェンディナにとっても星を動かして見せることに対して驚く程の事だとは全く思っていない。
 フェンディナはバスターの能力設定で引力と斥力操作の力を無効にした。
 この力は彼女の一番上の姉、ロ・レリラル・マカフシギの力でもある能力設定を変えるという能力だ。
 フェンディナは姉達の力を保管する力も持っている。
 姉達からいざという時はこの力を使いなさいと言ってあらかじめ彼女達の能力をフェンディナは貯蓄させて貰っていた。
 回数には限りがあるが、その力があれば、偽者ごときに遅れを取るようなフェンディナではなかった。
 とっておきの力を空気をよじ登る事が出来る力に変更させられたバスターは戦意を喪失した。
 ギブアップを宣言して、まずは、フェンディナの1勝となった。
 期待していたバスターの不甲斐なさにゲスデゲスは、
「ぐぬぬぬぬぬ……」
 と歯ぎしりした。
「次は?」
 と吟侍が対戦相手を請求する。
 正直、今の戦いでは肩慣らしにもならないと思っている。
 今度はまともな相手を用意してくれと思った。
 ゲスデゲスは、
「つ、次だ、ロドーロを連れてこい」
 と言った。
 これも吟侍は【答えの力】で情報をカンニングする。
 どうやら、実験の失敗で生まれた特殊な単細胞生物のようだ。
 とにかく手当たり次第、吸収して消化してしまうので、商売敵の惑星などに、投棄して、惑星ごと吸収させてしまうという事に使っていたらしい。
 知性は無い。
 これを選手と呼べるのかどうかはともかく、何とかしないと危ないというのは確かだ。
 フェンディナはロドーロに触れて意識を集中させる。
 その圧倒的な貯蔵量を誇る彼女の身体の中の倉庫から、彼女の手を通って化学物質を大量に放出していた。
 それで、化学変化を繰り返し、最終的には比較的無害な水溶性の生物へと作り替えて見せた。
「こんなのでどうでしょうか?」
 吟侍に回答を求める。
 吟侍は親指を立てて見せた。
 それで良いんじゃないかという合図だ。
 それを見てフェンディナはにっこりと笑う。
 ゲスデゲスは対照的に醜い顔を更に歪ませる。
「何をしている、次だ、次は、ダンディスを連れてこい」
 ダンディスとはゲスデゲスが主催している武闘大会の統一王者だ。
 主催している大会は100種類以上もあるが、それは、ゲスデゲスが、裏で手を回して、ダンディスの優勝に手を貸している。
 ダンディスは広告塔として、ゲスデゲスの儲け話に荷担している。
 だが、ゲスデゲスのえこ贔屓による統一王者の実力などたかが知れていた。
 開始早々、ダンディスの背後に回ったフェンディナは手刀で彼を気絶させた。
 あっという間にフェンディナの勝利だった。
 ここまでの三連戦をフェンディナはろくに実力を発揮する事無く勝利している。
 これでは、修業にならない。
 吟侍はそう判断した。
 いっそのこと、残る7名を一気にバトルに参加させてとっとと終わらせようか――そう考えてもいた。
「なぁ、ゲスデゲスさんさぁ、後の奴もこんなレベルなのか?」
 吟侍は試しに聞いて見た。
 ゲスデゲスは、
「ふ、ふざけるな。ここからが本番だ。おい、奴らを連れてこい」
 と言って部下に命令した。
 部下は、
「や、奴らとはアーウン四兄弟の事でしょうか?」
 と言った。
 かなり怯えている様子だ。
「そうだ。奴ら以外に誰がいる。それと、残る3名は、解っているな」
 とゲスデゲスは命令した。
 どうやら、切り札中の切り札をようやく連れてくる事にしたらしい。
 残る7名の中でフェンディナに勝つ者を出さないとゲスデゲスはマザー神樹を諦めなくてはならなくなるので、必死なのだろう。
 吟侍の方は残る3名の事の方が気になったので、アーウン四兄弟戦はとっとと終わらせたいと思った。
「フェンディナ、ちょっと良いか?」
「なんでしょうか?」
「アーウン四兄弟ってのと4対1で戦って見てくんねぇかな?ダメか?」
「そうですね……今までのレベルくらいであれば、私は別にかまいませんが……」
「そっか、サンキュー、じゃあ、それで行こう、おーい、ゲスデゲスさん、一回チャンスをやるよ、フェンディナがアーウン四兄弟ってのと4対1で戦ってくれるそうだ」
 とゲスデゲスに提案する。
 ゲスデゲスにとっては、フェンディナを倒すまたとないチャンスだ。
 吟侍にとっても退屈な試合をさっさととばせて時間の節約になると考えた。
 彼の興味はゲスデゲスに対してはあまり無くなっていた。
 それよりもゲスデゲスの記憶からさぐったルックマン教授の教え子達を探してバトルした方が良いような気がしていた。
 だが、途中で投げ出すという訳にもいかない。
 これで棄権でもして負けたなら、ゲスデゲスにマザー神樹を刈り取らせるのを許してしまうことになるからだ。
 これはこれで決着をつけてから次に進まないといけない。
 まずは、アーウン四兄弟を片付けて、その後の3名にも勝利してこの件は終了と考えていた。
 しばらくしてアーウン四兄弟と思われる4名が現れた。
 どの面も邪悪そうな面構えだった。
 【答えの力】で素性をさぐるとアーウン四兄弟とはゲスデゲスが雇ったは良いが、傍若無人な振る舞いをされて、ゲスデゲス自身も困り果てている存在らしい。
 強過ぎるので、ゲスデゲスも文句が言えず、好き勝手を許してしまっている言わば、ゲスデゲスにとっても邪魔者の四兄弟だった。
 アーウン四兄弟が勝っても良し、もし負けるような事があっても、あわよくば、フェンディナに排除して貰えれば丁度良いと考えたようだ。
 アーウン四兄弟には彼らの事を悪く言っている者がいるので懲らしめて欲しいとでも言ったのだろう。
 それはアーウン四兄弟のしゃべっている事からも推測がついた。
 アーウン四兄弟の力は素粒子よりも小さいレベルからの破壊だ。
 とにかく細かすぎるレベルからの破壊をされてしまっては普通の生命体にとってはどうしようもない。
 破壊されれば二度と戻らないという恐怖が対戦相手にはつきまとう事になる。
 だが、フェンディナにとってはどうだろうか?
 4対1で戦うという事を聞かされてアーウン四兄弟は激怒した。
 自分達が舐められたと思ったからだ。
 だから、アーウン四兄弟は最初長男だけがフェンディナに向かっていった。
 舐めるなとでも言いたげに。
 だが、吟侍の指示で、フェンディナはとにかく長男の攻撃を交わし続けた。
 4名で向かって来ない限り手は出さないとばかりに交わし続けた。
 次第に、2名、3名と戦いに加わって行き、最終的には吟侍の望む通り4対1での戦いとなった。
 アーウン四兄弟はこれまで戦ってきた3名よりも数千段は強かった。
 だが、それでも4対1で何とかフェンディナと渡り合っているレベルだ。
 これが、王杯大会エカテリーナ枠での戦いだった場合はかなり良い線行くレベルと見て良いだろう。
 それだけのポテンシャルをアーウン四兄弟は1名、1名が持っていた。
 それにも増してポテンシャルが高いのはフェンディナの方だった。
 海空も言っていたがまともに戦っていたら優勝したのはフェンディナだったくらいなのだから。
 吟侍の許可が出て攻撃に転じたフェンディナは体術だけで、アーウン四兄弟を黙らせた。
 なかなかの相手だったが、それでもフェンディナの相手をするには少々役不足だった。
 だが、肩慣らしくらいにはなったようだ。
 少し、フェンディナの息が上がっていた。
 それだけ、激しい攻撃だったという事だ。
 アーウン四兄弟に勝ったことで、フェンディナは7勝した事になる。
 後、3名に勝てば、マザー神樹は守られた事になる。

「まさか、アーウン四兄弟までが敗れてしまうとはね……だが、これで、私の方も本気を出す決心がつきましたよ」
 とゲスデゲスが言う。
 吟侍は、
「ずいぶんなスロースターターだな。後、3名で終わりだぞ」
 と言った。
「ふん。今まではお前達の実力程度で本気を出すまでもないと思っていたからだ」
「その油断が命取りになるぞ」
「安心しろ。残る3名こそ、私の本当の意味での切り札だ。お前達に勝ち目は無い。万が一にもな」
「じゃあ、今度こそ期待して良いんだな?」
「そのバカにした口調もすぐに黙らせてやる」
「解った、解った。で?次はどんな奴なんだ?」
「残る3名の起動には主である私の代償が必要なんでな。だから、動かしたくはなかった。たかだか商売なんかのために私が代償などを払いたくは無かったんでな。だが、お前達は私を本気で怒らせた。だから、代償を支払ってでもお前達を倒してやる」
「なるほどね。代償を払いたくなかったから、アーウン四兄弟に好き勝手を許してたって訳か。まぁ、誰だって、傷つくのは好きじゃねぇとは思うけどさ。安全な位置から見下ろしているだけじゃ、本当に欲しいものは手に入らねぇと思うぜ」
「黙れ、……さぁ、動き出せ、私の貴重な血液を使ってやるんだ。必ず勝てよベリーフィット」
 そう言うとゲスデゲスは小さなナイフで、親指をちょっと切って一滴、運ばれて来たぐるぐる包帯巻きのミイラのようなものに垂らした。
 吟侍は血液一滴を惜しんでいたのかとちょっと呆れたが、血液を吸って立ち上がったベリーフィットと呼ばれる者の気配を察知して警戒した。
 ゲスデゲスが切り札と言うのも無理はない。
 恐ろしく高い気を持っている。
 血を吸うから吸血鬼――という訳ではない。
 血はあくまでもゲスデゲスがベリーフィットと血縁関係になるための儀式に過ぎない。
 なので、ゲスデゲスの血液がベリーフィットの栄養になるかと言うと答えはノーである。
 ゲスデゲスの血液に存在の力を高める様な成分は含まれていない。
 ミイラのようだった肉体に膨らみが出てきた。
 ベリーフィットは今までの選手と違い、女性だった。
 そう言えば、ゲスデゲスは、フェンディナを愛人にしたがっていた。
 大方、スケベ心を出して、収拾したら、それがたまたまゲスデゲスの切り札となるような存在だったということなのだろう。
「おおお、お父様。ご命令を……」
 ベリーフィットがゲスデゲスに傅く。
 どうやら、血を与えた者の娘という立場になるらしい。
「おぉ、可愛いベリーフィット。私を困らせる奴らが居る。まずは、あの小娘を倒して来ておくれ。次は後ろでふんぞり返っている小僧だ」
「解りました。お任せ下さい」
 ゲスデゲスに従順にベリーフィットは従うようだ。
 恐らく、死ねと言ったら、自ら命も絶つのではないだろうか。
 ベリーフィットに主は選べなかった。
 どんな下種でもゲスデゲスは主なのだ。
 主には逆らえないだろう。
 吟侍であれば、ゲスデゲスの呪縛からベリーフィットを解放する事も出来る。
 ウィークポイントレシピか何かでゲスデゲスとベリーフィットの主従関係を断ち切る事が出来るだろうから。
 フェンディナも姉、ロ・レリラルの設定を変更する力を駆使すれば、あるいは同じ事が出来るかも知れない。
 だが、設定変更能力の本来の使い手、ロ・レリラルと違って、フェンディナに細かい所までの設定変更能力は無い。
 やはり、本家と比べると同じ能力でもいくらか劣ってしまう。
 そのレベルのフェンディナの力でベリーフィットを呪縛から解き放つ事が出来るかどうかは疑問だ。
 それよりも、ベリーフィットの戦闘能力はさっき戦ったアーウン四兄弟のものよりも遙かに高い。
 親切心を出して解き放つ事を考えるよりも先にこの難敵に勝たなくてはならないのだ。
「殺す……」
 ベリーフィットは殺意をフェンディナに向ける。
 相手はフェンディナを殺す気で向かってくる。
 情けをかけているような余裕はない。
 ベリーフィットの攻撃に反応して空間が大きく歪む。
 これはベリーフィットの攻撃に空間を歪ませる能力があるという訳ではない。
 ベリーフィットの攻撃力が高すぎて、空間が影響して歪んでいるのだ。
 ベリーフィット自身の能力という事ではないのだ。
 単純な戦闘力で言えばフェンディナよりも数段上だ。
 まともな力比べでは負けてしまう。
 フェンディナは攻撃を避けるが、周りの空間の歪みに引っ張られて、寸前で避けても巻き込まれてしまい、ダメージを負ってしまっていた。
 いわゆる大ピンチというやつだ。
 それでこそ、フェンディナをこのロスト・ワールドに連れてきた意味がある。
 楽して、勝てる冒険では意味が無いのだから。
 フェンディナにはたっぷり苦戦をしてもらわないといけない。
 フェンディナにはかなりの眠っている力があるが、それが目覚める気配はない。
 本当の意味ではピンチになっていないと身体の奥底が判断しているのだろう。
 ならば、表面上でも力を覚醒していってもらわねば、フェンディナの成長は見込めない。
 包帯女ベリーフィットの猛攻は続く。
 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ……と息つく暇もない攻撃の連続だった。
 フェンディナとしては間合いを取りたいがそれをしている余裕もない。
 吟侍もアドバイスをしたいが、フェンディナの方にアドバイスを聞いている余裕がない。
 ならば、フェンディナ自身の判断で、この危機を乗り切ってもらうしかない。
 ベリーフィットの超スピードが多くの残像を作り出す。
 だが、その残像もただの残像では無かった。
 残像が質量を持って、再びフェンディナに攻撃を仕掛ける。
 質量を持った分身の術がフェンディナを襲う。
 更に、体内の成分を変えて、炭素よりも硬い身体となり、突っ込んでくる。
 まさに全身凶器と言った戦闘スタイルがフェンディナを襲う。
 フェンディナは体内宝物庫から対抗手段を探す。
 彼女の身体には多くの宝が眠っている。
 そこから、一つの操り人形を出す。
 その操り人形はベリーフィットをコピーし、そっくりとなる。
 フェンディナがベリーフィットそっくりな操り人形を操作する形だ。
 ベリーフィット対ベリーフィット人形は互角。
 フェンディナはベリーフィット人形にベリーフィットの動きをトレースする様に操作している。
 その戦いを見ていた吟侍は感心する。
 なんだ、フェンディナも色んな力を使えるんじゃねぇかと思ったのだ。
 同じ動きをするベリーフィットとベリーフィット人形だが、ベリーフィットがベリーフィット人形の相手に手間取っている隙をつき、三番目の姉、ナシェルの力を借りてフェンディナは結果をねじ曲げた。
 つまり、ゲスデゲスとの血の契約を無かった事にしたのだ。
 それにより、ベリーフィットはミイラの状態に戻った。
 フェンディナがベリーフィットを倒したという結果だけが維持された。
 大分、苦戦したが、難敵、ベリーフィットを倒した。
 これで、8勝。
 後、2勝すれば、マザー神樹と充命人達は自由の身となる。
パチパチパチ……
 吟侍はフェンディナの勝利に拍手を送る。
 吟侍の目から見ても見事な勝利だったからだ。
 この世界にくるまではアピス・クアンスティータ戦と陸 海空(りく かいくう)戦をフェンディナは戦っていたが、どちらも敗北している。
 だが、フェンディナはやれば出来るのだ。
 実力を上手く引き出せれば、強敵相手にも勝つことが出来る少女なのだ。
「や、役立たずめが……」
 お約束でゲスデゲスが悔しがる。
 彼にしてみれば、血の一滴の代償で済むベリーフィットで勝負を決めたかった所だったのだが、フェンディナに敗れてしまっては残る2名の内のどちらかを出すしかない。
 だが、残る2名も代償を必要とする。
 それもベリーフィットの様な簡単な代償ではない。
 1つは全財産の10分の1の財を、もう1つは10年分の寿命を代償としている。
 他人がどれだけ傷つこうと全く気にしないが自分が少しでも傷つくのはもの凄く気にする器の小さい男であるゲスデゲスは何とか、残る2名を使わずに済ませたかった。
 が、そうも言っていられなくなった。
 10分の1の財か、10年分の寿命か――
 しばらく考えを巡らせ、10分の1の財を代償とする事にした。
 10分の1も財を失うのは惜しいが、マザー神樹を全て売り払えばおつりが来るくらいだと判断したのだ。
「10分の1もくれてやるんだ。これで勝てなければお払い箱だからな。目覚めろマージン」
 2名目の切り札が目覚める。
 これもやっぱり女性型だ。
 このパターンで行くと3名目も恐らくは女性型だろう。
 マージンと呼ばれた女性型の切り札は、上半身は女性、下半身は球状の物体となっていた。
 黒い雪だるまの頭の部分が女性の上半身になっているという状態だ。
「イエス。マイマスター」
 マージンが起動する。
 どうやらナノマシンレベルのロボットタイプの様だ。
 マージンは上半身を球状の身体に収納し、でっかい玉のような状態になり、そのまま転がりながら突っ込んできた。
 かなりの速度で向かってきている。
 当たったら吹き飛ばされるのは必至だろう。
 あまりの威力にやっぱり、ベリーフィットの時と同様に移動する度に空間が歪む。
 フェンディナは体内宝物庫から何かを取り出した。
 存在接着剤の入ったチューブだ。
 超強力な接着剤でどこかにくっつけて動きを止めようという考えだった。
 狙い通り、ゲスデゲスの母星にマージンのボディをくっつける事に成功した。
 だが、マトリョーシカのように中から1サイズ小さいマージンの身体が現れ、再び、回転して、フェンディナを襲う。
 今度は存在接着剤に注意を払っている。
 簡単には、捕まらないだろう。
 それに、超高速で回転しながら、もの凄い早さでマージンの上半身が飛びだし、何らかの攻撃を絶えず仕掛けていた。
 フェンディナの攻撃は球の回転力で防いでしまっている。
 マージンもなかなか厄介な敵と言えた。
 だが、フェンディナはタイミングを見事合わせて、一瞬飛びだしたマージンの上半身を捕まえた。
 これで放さなければ、マージンが再び球状になって攻撃することも無いとふんでいたのだが、そこにフェンディナの油断があった。
 マージンのボディの上半身が出ていない部分から別の上半身が現れ、フェンディナに背後から攻撃を仕掛けたのだ。
 これは、マージンの上半身が一つしかないと判断したフェンディナのミスだった。
「う、うぅ……」
 思わぬ深傷を負ってしまうフェンディナ。
 吟侍は助っ人に入ろうか迷ったが気持ちを押し殺して我慢した。
 ここで助けてしまったら、フェンディナの成長には繋がらない。
 この危機を乗り切ってこそ、フェンディナの成長は見込めるのだから。
「頑張れ……」
 吟侍はフェンディナにエールを送った。
 吟侍にとってはどんなに大変でも自分で戦った方がいくらか気が楽だった。
 味方の勝利を信じてただ、待つという事がこんなにも辛い事なのか改めて知った。
 フェンディナの方は傷ついたものの、吟侍の応援が届いていたのか、体内宝物庫から新たな何かを取り出して一発逆転をはかった。
 彼女が取り出したのはフラフープ状の円環型超兵器だった。
 フェンディナの周りを回転し、彼女に害する者を自動で切り裂く兵器、オートサークルだ。
 オートサークルはただの兵器ではない。
 構成物質が、対象物の反物質となり、対消滅を引き起こす超強力な兵器だ。
 オートサークルでマージンの二つ目の上半身は粉々に切り裂かれた。
 そのまま、一つ目の上半身にもフェンディナはつっこむが間一髪交わされた。
 距離を取るマージンにフェンディナは複数のオートサークルを投げつける。
 交わし続けるが、その内の一つがマージンの丸いボディに引っ掛かった。
 それはまるで、土星の輪の様だった。
 オートサークルの特性はフェンディナが身につければ、彼女を守る防御壁となる。
 敵にとりつけば、その輪が縮み、敵を切り裂く兵器と化す。
 凶悪な兵器でもあるのだ。
 一つ捕まえたら、後から後から続けざまにオートサークルがマージンの周りを取り囲む。 何重にもフラフープをしている様な状態になり、やがて、オートサークルによって、マージンの身体はバラバラに切り裂かれた。
 何もここまでしなくても……とフェンディナ自身は思ったのだが、攻撃を受けて焦って、何とか状況を打破しようと思っていた彼女は必死だったのだ。
 敗れないようにするには徹底的に倒すしかないと思ってやったのだ。
 やらなければやられていた。
 それが、この戦いだった。
 この戦いはフェンディナが望むような結果とはならなかったが、辛くも勝利した。
 これで、残す1戦を勝てば、フェンディナは10勝した事になる。
 一方、ゲスデゲスの方はこれで本当に後が無くなった。
 後は10年分の寿命を代償とする切り札しか残っていない。
 10年の寿命かマザー神樹の伐採による儲け……そのどちらかを諦めるしかない。
 吟侍は、
「フェンディナ、怪我は大丈夫か?すまねぇ、無理させちまっているとは解ってるんだが、あんたの成長を考えるとどうしても……」
「気にしないで下さい、吟侍さん。私も納得してやっていることですから……」
「だけど、女の子にこんなひでぇ戦いをさせるなんて、おいらやっぱり最低だな……」
「違いますよ、吟侍さん。女の子だって戦う時は戦うんです。私としては見守って下さっているだけでも大変ありがたいですよ」
「無理なら次の戦い、棄権しても……」
「いえ、やります。後、一回勝てば終わりですからね。私も何かを守れるんだっていう自信が欲しかったですし、最後までやりとげます」
「本当に危ねぇと判断したら、助けに入るから」
「それはやめて下さい。助けて貰えると思ってやったら、本当の成長はしません」
「そ、そうか?」
「そうです。吟侍さんに安心して見て貰えるように次の戦いも頑張ります。女の子も結構強いんですよ」
 そういうとフェンディナはにっこりと笑った。
 それを見て、吟侍は思わずドキッとしてしまう。
 カノンという恋人が居なかったら、どうなっていたかわからないなと思うのだった。
 フェンディナは吟侍とは結ばれないかも知れない。
 だが、相手を慕う事は自由だ。
 相手を想う力がパワーになるのであれば、それもまたありかも知れない。
 ずっと姉達に守られて過ごしてきたフェンディナにとっては、吟侍と出会い、一緒に冒険することはかなり成長出来たなと思える事でもある。
 気になる相手と一緒に成長していける事が嬉しいのだった。
 吟侍の期待に応えたい。
 それが今のフェンディナの力となっていた。
 泣いても笑っても後はゲスデゲスの最後の切り札との戦いを残すのみ。
 この戦いに勝てば、フェンディナは一つ目標をクリアしたことになるのだ。
 そういう意味でフェンディナの気持ちはスッキリしていた。
 10年の寿命を担保にするかどうかを深刻な表情で悩んでいるゲスデゲスとは大違いだった。
 ゲスデゲスにとっては、その10年の寿命を代償とする最後の切り札、フリーサイズ以上の切り札はない。
 フリーサイズで勝てなければ、ゲスデゲスにフェンディナから勝利をもぎ取るコマは残っていないのだから。
 フェンディナの方は気合い十分だった。
 後は決戦を待つのみ。

 続く。

登場キャラクター説明


001 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)
芦柄 吟侍
 ウェントス編の主人公であり、ファーブラ・フィクタのメイン主人公。
 子供の頃、故郷、セカンド・アースを襲った絶対者・アブソルーター達を追い払った事から英雄と呼ばれる。
 その時、心臓を貫かれるが、七番の化獣(ばけもの)ルフォスの核でそれを補い、以降、ルフォスの力を使える様になる。
 勇者としての格は他の冒険者達より上だが、それだけに、他のメンバーより、強い敵を引きつける。
 創作バトルを得意としていて、攻撃方法のバリエーションはやたら多い。
 敵からすると最も厄介な勇者である。
 ウェントスでの救出チームに参加する。


002 ルフォス
ルフォス
 吟侍(ぎんじ)の心臓となった七番の化獣(ばけもの)。
 ネズミに近い容姿をしていて、最強の化獣である十三番、クアンスティータを異常に恐れていて、その恐怖に打ち勝つために、最も勇気を示した吟侍と命を同化する道を選んだ。
 ルフォス・ワールドという異世界をまるまる一つ所有していて、その世界のものは全て彼の戦力である。
 異世界には修行するスペースもあり、冒険者達の修行場として提供していた。
 異世界にある三つの核、マインドコア(心核)、スキルコア(技核)、ボディーコア(体核)を合わせる事により、新しい怪物等を生み出す事も出来る。
 ルフォス・ワールドはそれ以外にもロスト・ワールドという既に失われた世界をいくつも圧縮保存してある。


003 フェンディナ・マカフシギ
フェンディナ・マカフシギ
 戦闘能力に反して、気弱な性格であるため、吟侍に誘われて共にロスト・ワールドにやってきた全能者オムニーアの少女。
 マカフシギ四姉妹の末っ子で、極端に高い潜在能力を持っている。
 10番の化獣(ばけもの)ティルウムスに脳を浸食されているが、それでもティルウムスの傀儡に成り果てないのは彼女の両目にあるとされている。












004 プレミア
プレミア
 ロスト・ワールドの一つ、グレイテスト・ビックのとある星に住んでいる少女。
 充命人(じゅうめいじん)と呼ばれる種族で、しっぽがついている。
 充命人とはマザー神樹と呼ばれる命の元となる大樹からエネルギーを一月分ずつ供給を受けて生活している。
 力は非情に弱く、侵略者達からの脅威に怯えて生活をしている。












005 ゲスデゲス
ゲスデゲス
 ロスト・ワールドの一つ、グレイテスト・ビックでその資金力にものを言わせて違法な商売をしている悪徳商人。
 金でグレイテスト・ビックの強者達を雇い、無法の限りを尽くしている。
















006 バスター
バスター
 ゲスデゲスに雇われている男。
 グレイテスト・ビックで脅威とされている【ルックマン教授の教え子】の一人というふれこみでいるが偽者。
 引力と斥力を操る力を持ち、星をヨーヨーのように操ることが出来る。
















007 ロドーロ
ロドーロ
 ゲスデゲスが所有している単細胞生物。
 何でも消化してしまうという性質を持つ。
 星をあらかた刈り尽くした後、証拠隠滅のために、送り込んでいた。










008 ダンディス
ダンディス
 ゲスデゲスが関わっている100以上の大会での統一王者。
 ゲスデゲスの贔屓もある。
 実力よりは金を持っている者に取り入る力の方がある男。
















009 アーウン四兄弟
アーウン4兄弟
 ゲスデゲスも手を焼いている、乱暴な四兄弟。
 素粒子よりも小さいレベルからの破壊をする事が出来、彼らに攻撃されたものは不死身ですらも再生が難しいとされる。



010 ベリーフィット
ベリーフィット
 ゲスデゲスの切り札その1。
 元々は包帯だらけのミイラ状態だが、ゲスデゲスが一滴の血液を与える事によって、彼と擬似的な親子関係となる。
 ゲスデゲスの命令はなんでも聞くようになる。
 特殊能力ではないがその戦闘力の高さから行動に影響されて空間が歪むという現象が起きる。
 また、残像が再び攻撃する、身体を炭素よりも硬いものに変えたりするなどの力も持っている。













011 マージン
マージン
 ゲスデゲスの切り札その2。
 女性の上半身に黒い雪だるまのような下半身を持つ。
 ナノマシンレベルのロボット。
 ゲスデゲスの全財産の10分の1を担保に動かす事が出来る。
 上半身を球状の下半身に収納して、回転しながら、攻撃をしていく。
 ただの球状形態ではなく、もの凄い早さで、上半身が回転している球形から飛びだして、攻撃も仕掛けてくる。
 身体を再形成して、マトリョーシカのように身体の中にワンサイズ小さい身体を作る事が出来る。
 また、下半身に収納されている上半身は一つではなく、複数収納されていて、同時に出す事も出来る。






012 フリーサイズ
フリーサイズ
 ゲスデゲスの切り札その3。
 ゲスデゲスの寿命10年分と引き替えに動かす事が出来る。
 ゲスデゲスにフリーサイズ以上の切り札は存在しない。