B002話 グラン・ベルト編


01 さらばコーサン


 カミーロ・ペパーズは進む。
 愛する女性――魔形666号、コーサン・ウォテアゲと雌雄を決するために。
 コーサンは戻らない。
 もう二度と――
 元の愛らしい彼女には戻ることはない。
 それは解っている。
 だから、共に果てるためにカミーロは彼女に会おうとしている。
 コーサンは、カミーロと一定の距離を保ちつつ、彼を殺そうと刺客を差し向ける。
 彼女の力は記憶の力。
 たった一日の幻として、かつて栄えていた時代の強者達を呼び起こす。
 呼び起こされた強者達は、かつての栄光を取り戻そうと、その貴重な一日を使い、カミーロに勝負を挑んでくる。
 強者達は最期に一花咲かせようと必死で向かってくる。
 彼は今まで、その刺客達を退けてきた。
 アームベルト保持者。
 特別な栄光を与えられたその実力者達を撃退してきた。
 だが、これからは、更なる実力者――両腕のアームベルト保持者という刺客が彼を襲う。
 カミーロはピンチを迎えた。
 これまでのように勝ちを上手く見いだせない。
 それだけの実力者だった。
 戦いを重ねる内に、彼も大きく成長した。
 そして、辛くも勝利するのだった。
 先の先の先の先を読む心理戦だった。
 ギリギリの戦いでもあった。
 勝利するカミーロはコーサンを捕らえつつあった。
 ベルトの保持者は両腕のアームベルト保持者の上には、レッグベルト保持者、両足のレッグベルト保持者、ネックベルト保持者というランクがあり、その更に上に、グランベルト保持者という頂点が君臨している。
 だが、それらの実力者達の記憶はなかなか見つからない。
 そういう実力者達は、星を飛びだし、他の宇宙などでも活躍していた。
 故に、滅び行くその地に、記憶が残って居なかった。
 それらの存在が活躍していた地は既に消失してしまっている。
 無くなってしまったものからは記憶は読み取れない。
 もしも、グランベルト保持者を呼び出す事が出来れば、カミーロであっても勝てなかっただろう。
 だが、コーサンにそれを用意している余裕はない。
 元恋人はすぐそこまで迫ってきているのだから。
 コーサンは、カミーロとの決着を望んだ。
 ついに、カミーロの前にコーサンは姿を現した。
 カミーロは、
「コーサン……逢いたかった……」
 と愛おしそうに彼女を見つめる。
 カミーロは共に滅びる事で愛をしめそうとしている。
 コーサンの方は、
「………」
 無言だった。
 人の心を無くしている今の彼女は殺戮衝動と自らは生き残るという意志しかない。
 だが、それは許されない。
 カミーロがそれを許さない。
 彼女の手がこれ以上、血に染まる前に、彼女を眠らせてあげよう……
 そんな包み込む様な気持ちで彼女を見ていた。
 コーサンは身構える。
 この辺りのメモリーは探し尽くした。
 もう、ろくな記憶が残っていない。
 残ったどんな刺客も今のカミーロであれば、容易く倒すだろう。
 コーサンとしては、代わりの何かを用意しなくてはならない。
 コーサンは自らの左腕を切り落とした。
 彼女の四肢には、パワーを得るためにそれぞれ、至宝が埋め込まれている。
 コーサンは左腕を犠牲にして、コーサンの左腕に埋め込まれた至宝に埋め込まれたメモリーを呼び起こした。
 これにより、一日経つと、彼女の左腕は修理しない限り、使い物にならなくなる。
 だが、それをやってでも、生き残って殺戮を続けようという気持ちになっているのだろう。
 死ぬ気はないという事だ。
 コーサンの左腕に使われている至宝は三つ。
 肩と肘と手の甲に埋め込まれたものだ。
 つまり、三つの記憶があるという事になる。
 左肩の至宝の記憶は、イングリット王女のペンダント
 左肘の至宝の記憶は、マルガリータ王女のブレスレット
 左の手の甲の至宝の記憶は、ダリア王女のティアラをそれぞれ加工したものだ。
 この三名の王女は芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)達の育ての親、ジョージ神父が地球からセカンド・アースへの移民開拓時代に関わったとある星のとある時代の王家に関する宝石であり、その王家はそれぞれが既に滅亡している。
 この三つのアイテムは王家を滅ぼした曰く付きの呪われたアイテムとして、処理を依頼されたカミーロは浄化し、コーサンを構築するパーツとして利用したものだった。
 この三つのアイテムの事を別名、黙示録の宝石――アポカリプス・ジュエルと呼び当時の人々は恐れていた。
 宝石自体は念入りに浄化しているため、害は無いと言って良い。
 だが、宝石の持っている記憶は別だ。
 禍々しい時代の記憶がその宝石には今もなお、残っているのだ。
「ぐるるるるるるるるるっるるるるるるるっるるるるるるるるるる……」
「がるるるるるるっるるるるるるるるるっるうるるるるるるるるっるう……」
「しゃあああああああああああああああああああああああああああ……」
 獣のうなり声などがアポカリプス・ジュエルに反応して木霊する。
 浄化したカミーロだからこそ解る。
 アポカリプス・ジュエルの呪いは本物だった。
 当時のカミーロからしてみたら、まともにその宝石とぶつかっていたらやられていたと思えるだけの力がそれにはあった。
 ジョージ神父によってある程度呪力制御されていたからこそ、カミーロは浄化する事が出来たのだ。
 アポカリプス・ジュエルに引き寄せられて巨大な魔物が数体姿を現した。
 見るからに獰猛、凶暴、そして、残虐性を秘めていそうな魔物達だった。
 カミーロは早々に結着をつけることにした。
 これは、まだ、アポカリプス・ジュエルの本当の力ではない。
 ただ単に、アポカリプス・ジュエルの魔力に呼応して魔物が集まってきただけの事だ。
 カミーロは合掌し、その両手に息を吹きかける。
 すると、両の手のひらの間から、剣の様なものができあがる。
 魔物を浄化しやすいように剣の形にして、切り刻もうという考えだった。
 浄化剣を構えるとそこに魔物達が一斉に襲いかかってきた。
 カミーロは魔物達の攻撃を華麗に交わしつつ、浄化剣で斬って行く。
 魔物達は傷口から消滅していく。
 数体の魔物を始末するのに20秒もかからなかった。
 だが、これからが本番だ。
 三つのアポカリプス・ジュエルに反応するかのように、新たに九つのアポカリプス・ジュエルが出現する。
 アポカリプス・ジュエル同士は呼応し合い、呼び合ったのだ。
 カミーロが処理したのは三つだけだったが、アポカリプス・ジュエルとは元々、十二個存在していた。
 そして、その1つ1つが暗闇の使徒と呼ばれる12の超モンスターの心臓の一部を取り出して作られていた。
 アポカリプス・ジュエルは受肉していき、やがて12名の暗闇の使徒へと変貌していった。
 もちろん、これは、アポカリプス・ジュエルの記憶の中のものなので、実体を持つ幻ではあり、コーサンの力による1日の間だけの限定的なものではある。
 だが、カミーロにとっては、かなりの脅威となる戦力が現れたという事になる。
 今までは、コーサンの力はグラン・ベルトの住民達を利用してきた。
 コーサン自身もよく理解していない世界の記憶の力であり、それを十分に発揮出来たかというとそれは半分にも満たないだろう。
 しかし、今回用意したのはコーサン自身に割り当てられていた内なる力だ。
 はっきりと把握仕切れない力ではなく、十分、知り尽くした上での力の解放になる。
 相当な難敵になる事は間違い無かった。
 コーサンはこれで、左腕を失う事になるのだ。
 左腕を犠牲にしてまで、カミーロを倒す事に力を注いだという事になる。

 暗闇の使徒に従うかのように、更なる魔物達がどんどんと集まってきた。
 さっきまでの数体はただの前兆に過ぎない。
 本当の波はこれからやってくるのだ。
 数百、いや、数千の魔物がこの滅び行くグラン・ベルトに集まってくる。
 もの凄い怒号が響き渡る。
 聞いているだけで、おかしくなりそうだ。
 コーサンは残った右腕でコントロールしている。
 ここを決戦の地と決めたようだ。
 対するカミーロは、いたって冷静だった。
 状況は極端に不利ではある。
 だが、今までは、追ったら逃げていたのだ。
 今度は立ち止まってカミーロに向かってきている。
 それが、彼にとっては嬉しいことであった。
 コーサンは腕を上に振り上げ、すぐに振り下ろす。
 それが合図のように、数千の魔物が一斉にカミーロに向かって群がって来た。
 さすがのカミーロもこれだけの数を相手には敵わない。
(ここまでのようだね……)
 カミーロは覚悟を決め、自身の全身を光の粒子に代えた。
 これは、彼の決意の力だった。
 こうなってしまった以上、彼の身体は元には戻らない。
 今は、自身の力で全身は引きつけあってはいるが、自分の力が尽きる時、彼の身体は、霧散して消え果てるだろう。
 それが、彼の最期という事になる。
 元々、コーサンと共に最期を迎えるつもりだったのだ。
 後悔はなかった。
 共に、一から産まれなおそう――
 それが、彼の望みだったのだから。
 カミーロは自身の身体を使った魔物達の浄化を始めた。
 全身が浄化光の塊である。
 魔物達が触れれば、触れた先から、強烈な光で浄化されていく。
 勢いよく突っ込んできた魔物達は恐怖にかられ、逃げる者も出てくる始末だ。
 だが、彼は逃がさない。
 魔物達は次から次へと浄化されていく。
 だが、それは、カミーロの身体がどんどん削り取られて行く事を意味していた。
 魔物達を浄化するたびに少しずつ、自身の身体が消えていく。
 やがて、魔物達の数は十数体を残すのみとなった。
 ここでようやく、12の暗闇の使徒達が動き出した。
 魔物達と違い、触れただけでは浄化が出来ない。
 カミーロは自身の身体を使った打撃などで、体力を削るしかなかった。
 カミーロと12の暗闇の使徒達による壮絶な死闘が始まった。
 臆病な者が見たら気絶するような凄惨な死闘だった。
 光と闇の大戦争――正に、黙示録を彷彿とさせるような戦いだった。
 だが、多勢に無勢――カミーロの身体はどんどん削られていく。
 このままでは、カミーロが消えて無くなるのは時間の問題――
 そう思われた。
 だが、12の暗闇の使徒が突然、消えた。
 時間切れではない。
 コーサンがその能力の解放を閉じたのだ。
 突然の戦闘停止に、カミーロはコーサンの方をふり向く。
「――コーサン?」
 コーサンの方は自身がとった行動に動揺しているようだ。
 自分で何をやったのか、それが理解出来てないようだ。

 カミーロは戦闘中、身体をちらしながら戦っていた。
 それこそ、身を削りながら。
 その散った身体は、12の暗闇の使徒を直接操っているコーサンにも少しずつ当たっていた。
 その時、アポカリプス・ジュエルを通して、カミーロの愛の訴えが彼女に届いていた。
 アポカリプス・ジュエルをコーサンの身体の補強に使うため、カミーロがどれだけ心を砕いて来たか、それが、彼女の失われたと思われていた心に届いたのだ。
 コーサンを愛し、コーサンのためだけに仲間と別れて二人で終わらせようと思って、グラン・ベルトにやってきた、カミーロの悲痛な思いがコーサンの凍り付いていた心に届いてしまったのだ。
 カミーロの愛したコーサンの記憶が蘇る時、それは、今まで犯して来た事の罪の意識が彼女を苦しめる。
 私は彼の愛を受け取る資格が無い。
 私が彼を不幸にしてしまった。
 その罪悪感が彼女を絶望の淵にたたき込む。
 その絶望感が、おかしくなったコーサンの意識も再び呼び起こす。
 コーサン・ウォテアゲの善の心と悪の心が彼女の身体の中で戦う。
 善の心は一度、悪の心に負けてしまっている。
 だが、今度は負ける訳には行かない。
 カミーロの幸せのために、悪の心に屈してはならなかった。
 思いの強さで勝った、善の心は悪の心を制し、コーサンは元の清らかな心を取り戻した。
 それを感じ取ったカミーロは、
「コーサン、愛するコーサン。戻ったんだね、……よかった……なら、僕は君の罪を全て持って行こう――幸せになっておくれ……」
 と言った。
 彼は、自身の残った全ての浄化の力を使い、彼女を転生させようと決めたのだ。
 黙っていても、カミーロの身体は霧散する運命――ならば、元の心を取り戻した彼女のために、最高の人生をプレゼントしよう――そう決めた。
 だが、コーサンは、首を横に振り、
「違うわ。生きるのはあなた。私じゃない。あなたは、私のために全てをかけてくれた。それだけで十分過ぎるくらい――私は取り返しのつかない事をしてしまっている。それは取り消せない。だけど、あなたに人生を返す事は出来る。――今は、それが、私の最大の喜び」
 と言った。
 その次の瞬間、コーサンは自身の心臓部にある核を取り出し、それをカミーロの光の身体の中に入れる。
 カミーロは、
「なにを?そんな事をしたら……」
 と言った。
「そうね。私の人生はこれでおしまい……次の人生ではあなたの子供として、生まれて来たいかな。あなたはやさしいから――たっぷり甘えられそうだもんね――そんなの虫が良い話かもしれないけどね」
 にこって笑うコーサンの顔はどこか儚げだった。
 生きて、共に人生を歩めば、カミーロに迷惑がかかる。
 そう考えたコーサンは、自ら人生を終える事を選んだ。
 コーサンの最期の力により、カミーロの身体は再び受肉されていく。
 神形職人としての仕事ぶりを見てきたコーサンもまた、神形を作る力を持っていた。
 コーサンは、カミーロを新たなる神形として復活させようとしているのだ。
「そんな……やめてくれ、コーサン。君が居なくては、生きていても……」
「そんな事言わないで。私が作った神形という事になるんだから、大事に使ってね。壊しちゃだめよ」
「コーサン……コーサン」
「愛しているわ、カミーロ・ペパーズ……私が生涯ただ、一人愛した男性……」
「……コーサン……」
「新しく生まれてくる子供を私だと思って可愛がってくれるとう……れ……しい……な……」
「コーサン、コーサン」
「私の……分も……生……きて……ね」
「コォーサァーン……」
 コーサン・ウォテアゲはその短い生涯を終えた。

 大虐殺という犯罪を犯してしまったが、それでも最期には人の心を取り戻し、愛する人に看取られて旅立った。
 カミーロは、コーサンを倒すつもりで、このグラン・ベルトにやってきた。
 だが、この結末は違う。
 元の心を取り戻す事はないと思っていたから、共に滅びる道を選んだのだ。
 元の心を取り戻したコーサンだけが居なくなる結末を望んだ訳ではない。
 もはや、生きていても仕方ない。
 だが、コーサンからもらった命だ。
 粗末には出来ない。
 自分で自分の人生を終わらせる事は出来ない。
 だって、これは、コーサンに貰った命なのだから。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぃ……」
 カミーロは慟哭する。
 このまま黙っていても、このグラン・ベルトは崩壊していく。
 だが、コーサンは生きて帰る事を望んでいる。
 コーサンへの思いがカミーロを苦しめる。
 愛する人が殺戮者になってしまった時も苦しかったが、愛する人が居なくなってもなお、生き残らねばならない事の方がなお、苦しかった。
 グラン・ベルトに残っているガラスの欠片にカミーロの顔が映る。
 どことなく、コーサンの面影も残っているような気がする。
 コーサンの核で生まれ変わった彼は言ってみればコーサンの子供の様なものでもある。
 コーサンの子供を見殺しには出来ない。
 コーサンが居なくては何も希望が持てなくても生きなくてはならない。

 カミーロは新たな生きる目標を見つけなければやっていけない。
 だが、何がある?
 カミーロはソナタ王女やロック、ニネット達を捨ててこの地に来ている。
 今更戻った所で何が出来るんだと言う気持ちの方が強かった。
 向こうには芦柄 吟侍がいる。
 彼ならば、どのような相手だろうが、いずれは勝つだろう。
 それだけの才能を持った男だ。
 カミーロはそう思っていた。
 だから、ソナタ達の事は心配していなかった。
 だが、フッとカミーロは考える。
 どんな相手だろうと吟侍であれば、負けはしない――
 本当にそうか?
 もし、相手が、クアンスティータだったならばどうなる?
 クアンスティータに勝てる者など存在しない。
 クアンスティータが相手であれば、話は変わってくる。
 少しでも仲間を増やさないと対抗する事すら難しいだろう。
 吟侍の周りにはアピス・クアンスティータとかいう偽者のクアンスティータがうろついていた。
 それが、もし、本物のクアンスティータが登場する事にでもなったら、大変な事になる。
 なんだ、まだ、あるじゃないか。
 まだ、私を必要とするところはあるんだ。
 そう思うと、カミーロはもうしばらくだけでも生きてみる事を選択した。
「コーサン……もう、少しだけ、待っていて欲しい。私には、まだ、必要としてくれる仲間がいるようだ。だけど、このままでは戻れない。理由は力不足だからだ。私のレベルは芦柄 吟侍の力から見比べるとかなり見劣りする。だから、せめて、何らかの手みやげだけでも持っていかねばならない。私はやるよ。君に貰った大切な命――無駄には使わない。だから、勇気を下さい」
 カミーロはグラン・ベルトからの脱出を模索し始めた。
 コーサンの持っていた記憶を力とする能力――吟侍であれば、更なる力として、発展させてくれるのではないか?
 カミーロはそう考えた。
 カミーロはコーサンの力の記憶を持つ者として、吟侍の元に行こうとそう決めたのだった。
 カミーロは色々と調べ始めた。


02 グラン・ベルト崩壊


 カミーロはコーサンの持っていた記憶の力を応用し、様々な事を調べ上げた。
 調べて行くと、どうもクアンスティータ誕生というのは眉唾物の話ではないようだという事が解ってきた。
 裏では確実にクアンスティータ誕生に向けて事が進んでいる事が、現界から離れて見て、冷静に見ることが出来た。
 ならば、少しでも吟侍の手助けになるものを用意しなくてはならない。
 その一つとして、こんなのがある。
 カミーロがグラン・ベルトから現界に戻るには、直接、風の惑星ウェントスにという訳には行かない。
 そこから、近い星では、光の惑星ルーメンと闇の惑星テネブライの狭間にあるエネルギーを利用しなくてはならなかった。
 宇宙を飛び越える力を持たないカミーロが戻るには神と悪魔の力を借りるしかないからだ。
 ならば、ルーメンとテネブライの狭間に居る幻の妖精を吟侍にプレゼントするというのはどうだと思うに至った。
 その幻の妖精は、聖魔妖精(せいまようせい/セントイビルフェアリー)と呼ばれ、冒険の成功を意味する存在と言われているからだった。
 万が一、クアンスティータと出会ってしまったら、それこそ、運でも頼りにしないとやられてしまうだろう。
 吟侍の心臓――ルフォスの元の意味は【運】という事もある。
 幸運のお守りとしては丁度良いのかも知れないと思うのだった。
 聖魔妖精の特徴としては、光の属性と闇の属性に身体をチェンジする事が出来るとされている事が挙げられるが、詳しい事はあまり解っていない。
 大昔にはたくさん居たらしいが、乱獲があり、今では幻とされている。
 たくさんの存在がその幸運に縋った(すがった)という事はそれなりに御利益があるのかも知れないとカミーロは思った。
 最強の勇者、吟侍の手助け――そう考えるとカミーロのやる気も段々上がってきたのだった。
 生きる目標を得たカミーロの行動は早かった。
 戻る前に出来るだけの手みやげを持って帰るつもりで、色々調べ上げた。
 実は、グラン・ベルトと呼ばれていた宇宙世界は全部で、14存在し、それぞれのグラン・ベルトで様々な、伝説が残されている事が解った。
 それらのグラン・ベルトを渡り歩き、必要な素材を核の状態にして持ち帰る事にした。
 吟侍の心臓ともなっている7番の化獣(ばけもの)ルフォスの所有するルフォス・ワールドという宇宙世界では、様々な存在の核が散らばっている。
 それらは、大きく分けると心核(しんかく)、技核(ぎかく)、体核(たいかく)の三つに分類され、基本的に、その三つに属する核を混ぜ合わせると新たな存在となる。
 つまり、グラン・ベルトで失われつつある存在の核を持ち帰れば、ルフォス・ワールドで新たな生命体として、生み出す事が可能となるのだ。
 ルフォスの世界の戦力強化は、吟侍の戦力強化となり、それは、彼と行動を共にしているはずのソナタ王女達の戦力強化ともなるのだ。
 カミーロは、ロック・ナックルとニネット・ピースメーカーとともに三銃士として、ソナタ王女を守ってきたが、それでも限界がある。
 カミーロが現界を去る前、守るべき対象だった、ソナタ王女は大きく成長した姿を彼に見せてくれた。
 だが、大きな力を手に入れるという事は反面、更なる大きな敵も立ち塞がりやすくなるという事も意味している。
 三銃士だけでは、ソナタを守りきれない――そう思っている。
 それには、吟侍の力が必要不可欠だ。
 かつて、母なる星、セカンド・アースで、幼いながらにして、絶対者アブソルーター達の脅威から救った吟侍の高いポテンシャルが必要となる。
 吟侍には何処までも強くなってもらって、ソナタを守ってもらいたい。
 そんな願いもあった。
 吟侍の強化のサポートは、忠誠を誓ったソナタ王女を守るためでもある。
 そんな事、一度は主を捨てた自分が言うべき事ではないのかも知れないが……
 と思うカミーロだった。

 グラン・ベルトという世界を旅していると、実に、ルフォス・ワールド用の核に加工するのに適している世界だと思った。
 それは、精神的な強さに特化した心核、
 特殊能力等に特化した技核、
 体力、身体の頑丈さ等に特化した体核と言ったように、記憶から、グラン・ベルトの素材は加工しやすい事が解って来たのだ。
 通常の世界の場合、極端に、一種類か二種類の核の種類だけが豊富で、後はあまり無いというのが多いのだが、グランベルトはバランス良く、三種類の核の元となる素材が存在している。
 そこに、元々神形職人であったカミーロが訪れたという幸運も味方している。
 神形加工技術を応用して、核の状態にする事が容易く出来ている。
 また、滅び行く世界なので、敵らしい敵も殆どいない。
 ほぼ、邪魔が入らない状態で、核化作業に没頭出来るというのも良かった。
 コーサンに託された未来のために……
 そう思えば、カミーロは作業に集中する事が出来た。
 たまにくる敵も今のカミーロの力なら、全力を出さずとも勝てた。
 それだけ、世界が衰退しているということなのだが、滅び行く運命だったお宝を逃すまいとカミーロはせっせと作業を続けた。
 カミーロが現界を離れてから、現界では急展開を迎えていて、クアンスティータ誕生に向けて、強者が次々と登場しているのだが、グラン・ベルトと現界では時間軸が違っていた。
 なので、グラン・ベルトでいくら時間を使おうとも戻る時に、現界の丁度良い時間軸に戻れれば、何の問題も無いので、焦らず、作業をしていた。
 問題なのは、むしろ、グラン・ベルトの方がいつまでもつかという所だろう。
 グラン・ベルトが完全消滅する前に脱出しなくてはならないのだから。
 それを見誤るとカミーロは宇宙世界の狭間で、永遠とも言える時を彷徨うことになるかも知れない。
 それでは、コーサンに貰った命の意味が無くなる。
 それだけは、絶対に避けなければ、ならないとカミーロは思っていた。
 カミーロは作業を一時止め、小さな人形を作った。
 この人形には何の力もない。
 ただ、コーサンをイメージして作った人形に過ぎない。
 コーサンの魂が入っているという事もない。
 だが、せめて、これくらいは――
 コーサンが少しでも近くに居る気持ちになれたら――
 そう思って作ってみた。
 少し感傷に浸る。
「ふふっ……私らしくもないか。この人形にコーサンが宿っている訳でもないのに、何だか、少し温かい気持ちになれる――さて、作業を続けよう」
 カミーロは作業を再開した。
 何となく、作業ペースが少し上がったような気がする。
 誰も居ない、グラン・ベルトでの孤独な作業には、コーサンとの温かい思い出という毛布を被っていた方が、寂しさから逃げる事が出来た。
 カミーロは上を向く。
 涙が流れそうになったのを止めるためだ。
 自分が生きて行動しているという事は、コーサンとの共同作業をしているという事なんだと彼は思うようになった。
 自分の功績はコーサンの功績にもつながる。
 だったら、コーサンのために頑張ろう。
 カミーロは作業に集中した。

 どのくらい時が経っただろうか?
 一週間?
 一ヶ月?
 それとも一年?
 ひょっとして十年?
 時の概念が解らなくなるくらいカミーロは作業に集中していた。
 だが、それも限界。
 もう、グラン・ベルトはもたない。
 早く脱出しないと、カミーロは宇宙の狭間に取り残されてしまう。
 カミーロは脱出の準備を始めた。
 そして、一分だけ、準備を止める。
 黙って世界を見渡す。
 このグラン・ベルトはコーサン・ウォテアゲとの別れの世界だからだ。
 目を一回閉じ、
「じゃあ、行ってくるよ、コーサン……」
 と言って、グラン・ベルトを飛びだした。
 それから、数十秒して、グラン・ベルトが完全崩壊していく姿が確認出来た。
 静かだった。
 静かに、まるで、コーヒーに入れた角砂糖が溶けて行くかのように、すうっとグラン・ベルトは終焉に向かっていった。
 振り返ってももう、グラン・ベルトは存在していない。
 後は、元の世界に戻るために、進むだけだ。
 カミーロは、前を向いた。


03 聖魔妖精エクス/クェス


 カミーロは、現界にあるはずの光の惑星ルーメンと闇の惑星テネブライの間に位相を合わせようとした。
 だが、何か変だ。
 現界で何かが起きているのか、目標の地点の位相が確認出来ない。
 このままでは現界に戻れない。
 カミーロは、一時避難をして、別の宇宙世界に飛んだ。
 だが、ここも何か変だ。
 何だか通常の状態では無いような気がする。
 実は、現界ではクアースリータとクアンスティータの双子の誕生があり、様々な宇宙世界は、クアースリータの宇宙世界にひっついてロストネットワールドという超巨大な宇宙世界群を形成しようとしていた。
 カミーロが一時的に避難した宇宙世界もロストネットワールドに移動しつつある世界だった。
 宇宙空間自体を引っ張っていく力がある強大な何かの生命体に引っ張られる形で、移動している。
 宇宙空間を引っ張っている存在はグラン・ベルトの強者など、ゴミにも見えないくらいの力を持っている。
 それだけの存在が、まるで何かに怯えたように逃げ出している。
 明らかに異常事態に陥っていた。
 この宇宙世界からは多くの動揺の記憶が感じ取れた。
(な、何が起きているんだ?――)
 カミーロも状況の把握に努めたが、さぐる記憶全てが動転、動揺していて、状況が全くつかめない。
 焦れば焦る程、このよく解らない状況に巻き込まれる。
 もがけばもがく程、解決から遠ざかる。
 冷静になれ。
 冷静になるんだと自身に言い聞かせる。
 そんな時、カミーロの肩のところに何だかわからないものがしがみついているのを感じた。
 小さい。
 と、言っても、目に見えないくらいという訳じゃない。
 だいたい、カミーロの顔くらいの大きさだろうか。
 人型だ。
「君は?」
 カミーロが尋ねるが、その小さな人型もそれどころじゃない。
 宇宙世界自体を巻き込んだ異常事態をどうにかしないと話もまともに出来やしない。
 まずは、この状況から脱出するんだ。
 カミーロはそう思った。
 だが、何をどうすれば良いのか解らない。
 解らないまま、あらがえない程強力な引力に引っ張られ、ロストネットワールドに引き寄せられている。
 だが、この宇宙世界を引っ張っている謎の強者が、ロストネットワールドでも安心出来ないと思ったのか、突然、宇宙世界を引っ張るのをやめる。
 立ち止まってくれた事で、カミーロはその小さな人型と話す時間を貰えた。
 改めて尋ねる。
「君は誰だい?私は、カミーロ・ペパーズという者だ。元々は現界と呼ばれる宇宙世界のセカンド・アースという星に居た者なんだが、訳あって、グラン・ベルトという宇宙世界に行っていた。その宇宙世界はすでにないんだが、現界に戻ろうとしたら、何かの異常事態が発生していて、一時避難としてやってきたこの宇宙世界でもまた、異常事態だったみたいで、何かに引っ張られるように……」
 まずは、自己紹介からだと思い、説明を始めるカミーロの言葉を途中で遮るように、ペチンと頬を叩かれた。
 叩かれたと言っても、小さな人型の小さな平手で叩かれたので、殆ど痛くなかったのだが。
 よく見ると、小さな人型には、羽根が生えていた。
 妖精?
 カミーロはそう思った。
 その人型は、
「よくも、巻き込んでくれましたね。私もあなたに巻き込まれたんですよ」
 と小さな頬を膨らませながら文句を言った。
 ヒステリーを起こしているその小さな人型を何とかなだめ、事情を聞いた。
 すると、彼女はカミーロが後でルーメンとテネブライの狭間で見つけようと思っていた、聖魔妖精、セントイビルフェアリーであるという事が解った。
 カミーロが現界に戻る時、現界では大異変が起きていて、それから、逃げていた聖魔妖精と彼が一瞬、ぶつかって、そのままカミーロが現在居る宇宙世界に飛び、一緒に連れて来られてしまったというのだ。
 たまたま、戻る位相に設定していた場所が聖魔妖精が逃げていた場所だったという事になる。
 彼女の名前はエクスというらしい。
 聖魔妖精なので、聖の属性と魔の属性の二つの属性を持っている。
 魔の属性になった時の名前はクェスというらしい。
 エクス/クェスは、聖魔妖精の王女で次期女王候補だったらしいが、クアンスティータ誕生でその役割を果たせないと思って、逃げていたという。
 逃げてきたという言葉を聞いてちょっと残念に思うカミーロだったが、相手がクアンスティータであれば、それも仕方がないと思い直した。
 だが、それにより、現界では、クアンスティータがついに誕生してしまったという事が解った。
 いわゆる超緊急事態である。
 クアンスティータが誕生したとなると、一刻も早く現界に戻る必要がある。
 正直、クアンスティータはとても恐ろしい。
 だが、それでも、仲間は捨ててはいけない。
 どうしても戻る理由が出来てしまった。
 カミーロは気持ちが焦りだした。
 焦っても仕方ないのは解るのだが、クアンスティータが関わってくるとなると、冷静では居られなかった。
 何をどうしたらいいのかがまるで解らない。
 自分が、グラン・ベルトで仕入れてきた核やコーサンの記憶の力、エクス/クェスを届けても全く意味が無い可能性が高くなってしまった。
 行っても無意味、無駄――
 それでも戻らなくてはならない。
 クアンスティータと対すると考えると足が竦む。
 ガタガタと心の底から震えが来る。
 コーサンとの別れで、自分には、もう怖いものなど無いと思っていた。
 だが、それでも、やっぱり、クアンスティータだけは本当に怖い。
 誕生する事は無いと思いつつも、実際にいたら怖いとして聞かされて育ってきたのだ。
 その最強の化獣がついに誕生してしまったという事は絶対的な絶望と同意義であるとカミーロは感じている。
 それを少しでも覆すためには、エクス/クェスのような幸運を呼ぶ聖魔妖精が必要だ。
 カミーロは、このエクス/クェスを是が非でも吟侍の元に連れて行く気になった。


04 名も無き宇宙世界の消滅


 カミーロは説得して、エクス/クェスに会わせたい人が居るからついて来て欲しいと言った。
 会わせた人とはもちろん、吟侍の事である。
 彼女には吟侍に幸運を運んで来て貰わねばならない。
 次期女王候補ともなれば、素質は十分に期待できる。
 エクスは怖いから嫌だと聞かなかったが、クェスに変わったら、彼女は二つ返事で首を縦に振ってくれた。
 エクスにとってはクアンスティータと正面からぶつかるのが怖いという事なのだが、クェスにとっては、どこに逃げようとクアンスティータが存在してしまったのなら、変わらない――だったら、面と向かって――という考えの様だ。
 クアンスティータが怖いという事では共通していても前向きか後ろ向きかの差が有るようだ。
 普通は、光の属性のエクスの方が前向きで、闇の属性のクェスの方が後ろ向きに考えるのではと思ったのだが、どうやら、逆の様だ。
 何にしろ、クェスの状態になっている内に、共に、現界に戻る様にした方が良いと判断した、カミーロは事を急いだ。
 放っておくと、名前も解らない、この宇宙世界は謎の強者によって、再び、ロストネットワールドに向かって進んでいくかも知れない。
 宇宙空間自体を引っ張れる力を持っている存在となど、まともに戦える訳もない。
 関わらず、素通りするのが良策と言えるだろう。
 それにしても、それだけの存在を怯えさせるとはクアンスティータの恐ろしさは半端無いなと思うのだった。
 カミーロは現界へとつなぐ入り口を開こうとする。
 すると、現界イコールクアンスティータの居るところだと理解しているのか、この宇宙世界で、それを阻止しようとする者達が現れた。
 クアンスティータからのとばっちりはゴメンだという事なのだろう。
「おい、お前、何をしようとしている」
「まさか、とんでもない事をしようとしているんじゃないだろうな」
「クレイジーだ」
「バカかお前は……」
「迷惑なんだよ」
「気でも狂ったか?」
「させねぇよ」
 様々な存在が、カミーロに対して敵意を持っている。
 どの存在もクアンスティータに関わりたくないという顔だ。
 カミーロはどいつもこいつも……と思った。
 これらの存在はカミーロにとってはとても恐ろしい存在だが、みんな共通して、クアンスティータから逃げている存在だ。
 そう思うと情けなくなってくる。
 力の弱い自分達でさえ、震えるのを堪えて仲間の元にはせ参じようと思っているのに、こいつらはただ、自分達が安全な所に逃げる事しか考えていない。
 強がっていても、臆病者の集まりに過ぎないと思うのだった。
 それなら、それでとカミーロは考えた。
 人質――という訳じゃないが、相手が攻撃して来たら、その反動で、現界への入り口が開くような作り方をすればいいと思った。
 その作戦は上手く行ったようで、下手な刺激が現界への扉を開いてしまうと理解した、強者達は、カミーロとの距離を詰められずにいた。
 間違っても自分が原因で、扉を開く訳には行かないからだ。
 だが、黙っていても、カミーロは扉を開く別の作業を続けていた。
 強者達は何も出来ずにただ、黙って見るしかなかった。
 カミーロを止めるのが無理だと悟った強者達は、扉を閉じる準備をした。
 最悪でもカミーロ達が、現界に向けて出て行った後で、強制的にその扉を閉じれば、現界との繋がりは途切れる。
 そう判断したのだ。
 作業中――強者達の指すような視線があった。
 まるで、憎々しい者でも見るかのような表情だった。
 もっとも、カミーロを瞬殺出来ないようなレベルの強者であれば、今の現界に行けば、逆に瞬殺されるかも知れないが。
 それだけ、危険な可能性がある現界にカミーロ達は飛び込もうとしていた。
 全ては、仲間を救いたい。
 その一心でだ。
 その心――精神の強さで言えば、カミーロは周りの強者達を圧倒的に凌駕していると言えるだろう。
 カミーロは作業を続ける。
 周りにはギャラリーが増えていく。
 どのギャラリーもカミーロをまるで腫れ物でも見るような視線で見ている。
 早く出て行け。
 そう言いたげな顔をしている。
 カミーロに頑張れという応援の視線を送る者は少なくとも集まった中には一名もいないようだ。
 臆病者達が、保身のために、間合いを計っている――ただ、それだけの光景だ。
 素材としては、グラン・ベルトを凌駕する存在が多く居るこの宇宙世界だが、カミーロはこの世界の素材を持って帰る事をやめた。
 この宇宙世界には負け犬根性が染みついている。
 持って帰っても、足を引っ張ることはあっても、吟侍の助けになることはないだろうと思ったからだ。
 黙々と作業して、淡々と、進む。
 そして、扉を開き、カミーロはクェスと共に、現界に向けて飛び込んだ。
 そのすぐ後で、その宇宙世界の強者達は扉をふさぐ。
 強さという素材であれば、グラン・ベルト以上のポテンシャルを持つその宇宙世界だったが、得られるものは何もない――そこは、カミーロにとってとてもつまらない宇宙世界だった。
 ただ、逃げている事と、怯えている印象しか残らなかった。
 カミーロが去った後のその宇宙世界は再び動き出し、ロストネットワールドに向けて進んで行ったが、ロストネットワールドにひっついている他の宇宙世界から、拒絶され、消滅への道をたどっていた。
 同じ、クアンスティータを恐怖する宇宙世界でもレベルはピンからキリまであり、その宇宙世界は、ロストネットワールドの一部としても必要ないと判断されて、消えて行くことになったのだ。
 クアースリータ誕生とクアンスティータ誕生によって、そう言った、宇宙世界の淘汰があちこちで繰り広げられていた。
 カミーロは間接的にそれに関わったという事になる。
 前を向いて行こうという気持ちのない宇宙世界に関わっていても仕方がない。
 名前すら知らなかったのだ。
 カミーロは宇宙世界の狭間を進んでいった。


05 フランツ・グリューナーとの出逢い


 出口をすぐに閉じられてしまったので、現界までの飛距離が足りなかったので、カミーロ達はもう一つ、宇宙世界を経由する事になった。
 その宇宙世界は先ほどの宇宙世界の様に逃げ出したりはしていない。
 だが、その宇宙世界には殆どの生命体らしき存在の気配が感じられない。
 何も居ないのでは?
 と思わせるような宇宙空間だった。
 カミーロ達は、再び、現界へと繋がる扉を開こうと準備にとりかかった。
 今度は邪魔者も居ず、そのまますんなりいけるかと思った。
 せっせと準備を続けるカミーロだったが、そこに、声をかける存在が居た。
 さっきまで何も居なかったはずなのに、突然現れたその気配は、
「久しいな――お前から、間接的に、ガラバート・バラガの気配を感じる――」
 と言った。
 ガラバート・バラガという単語にカミーロは心当たりは無い。
 それもそのはず、ガラバート・バラガとは、吟侍の知り合いで、ルフォスの世界の奥に居る、【よそものの弟子】と呼ばれる存在で、カミーロとの面識は全く無いし、吟侍もカミーロに話していないので知りようが無いのだ。
 だが、声をかけた存在は、カミーロから関わっていた吟侍の気配を感じ取り、さらに、その関係していたガラバート・バラガの気配をも感じ取っていたのである。
 間接的な出逢いまで感じ取る力――それはただごとではない力と言えた。
 【よそものの弟子】とは【よそもの】と呼ばれる存在の弟子であり、【よそもの】とは、クアンスティータの中でも最強と呼ばれる第七本体、クアンスティータ・テレメ・デが関わるカミーロからしてみれば、全く見えない雲の上の上の上の上の上の〜……といつまでも続くような上の存在だ。
 カミーロが知っている訳もない。
 ただならぬ気配に動揺しているカミーロとクェスをなだめようとその声は話始めた。
「怯える必要はない。なにも捕って食いやしないさ――俺の名前はフランツ・グリューナーって言って、現界の出身者さ」
 フランツ・グリューナー――その名前を聞いて、カミーロは現界の昔話を思い出す。
 確か、大聖人とも大悪党とも呼ばれる偉人で、残した遺産は、後の世に多大な影響を及ぼしたとされる人物だ。
 既に故人とされているが、現界の長い歴史において、人間の身で最も頂点に近づいたと呼ばれている伝説の人間の事を指している。
 フランツは、数々のアイテムを残している。
 現在の現界における様々な強力なアイテムの殆どは彼が残したものを発展させたものとまで言われていた。
 そんな歴史上の人物がこんな所で何を?
 カミーロは素直に聞いて見た。
 フランツは、クアンスティータという名前に触れて、クアンスティータを追うようになったらしい。
 色々あり、偽クアンスティータに追われた事もあったらしい。
 その時、彼は、【よそものの弟子】であるガラバート・バラガに救われたらしい。
 ガラバートの取りなしで、命を救われたものの、クアンスティータ誕生の宇宙世界となる現界から追放されて、この名も無き宇宙世界にやってきたという。
 その後、この宇宙世界で様々な経験を経て、カミーロからガラバートの気配を感じ取る様なもの凄い感覚も手に入れたらしい。
 結果、この宇宙世界の存在は殆ど死に絶えたらしいが、それでも、フランツは生き残る事が出来たようだ。
 フランツは、カミーロにガラバートから聞いた知識を話して聞かせた。
 その情報では、出たらアウトの【よそもの】についても聞くことが出来た。
 カミーロは今まで、クアンスティータとはその存在そのものが恐ろしい存在だという認識だった。
 だが、それは違っていた。
 恐ろしさで言えば、クアンスティータが所有している宇宙世界にもクアンスティータに匹敵する存在は隠れているし、その筆頭となるのが、【よそもの】と呼ばれる存在であるという事も解った。
 クアンスティータが所有している勢力としては、第六本体、クアンスティータ・レアク・デが所有しているとされる話した物語が全て実体化する力を持つとされる【話祖(わそ)】が有名だったが、それ以上の存在が居るというのも解った。
 また、第六、第七本体に限らず、他の本体にも所有している勢力というのは存在するという事も聞いた。
 聞けば聞くほど、クアンスティータという存在は際限が無いという事が解った。
 これに勝とうという考え自体が間違っていると改めて思い知らされた。
 吟侍の心臓――ルフォスはこのクアンスティータに勝とうとしているというのを吟侍から聞かされたことがある。
 如何に、神話の時代、その力を示したルフォスであろうと、クアンスティータと戦ったら一溜まりもない。
 それだけの存在であるというのが解った。
 それどころか、クアンスティータの姉であり兄であるクアースリータにさえ、勝てるかどうか怪しいものだ。
 双子だと言うだけあって、クアースリータもまた、クアンスティータにつぐ、力を持っているはずなのだから。
 また、クアンスティータ誕生に至る悲劇も聞いた。
 神話の時代、レインミリーという少女が、人間では耐えられないような苦痛を一身に背負ったという悲劇。
 それは、コーサンの悲劇を遙かに上回る悲劇だった。
 こんな悲しい事があったのかと思わせるようなものだった。
 そして、その復讐によって、クアンスティータという存在は産まれるのだという事も解った。
 怪物ファーブラ・フィクタと魔女ニナが我が子、レインミリーの悲劇の復讐のために最強の化獣、クアンスティータを産み出そうとしていて、神や悪魔の勢力はその誕生を酷く恐れている。
 クアンスティータが誕生してしまえば、神と悪魔の威光は地に落ちる。
 クアンスティータには誰も勝てないのだから、神や悪魔の力を示しようがない。
 もちろん、フランツに聞いたクアンスティータの情報はこれだけ聞いても、ほんの極一部――氷山の一角でしかない。
 それだけ、底が見えない――いや、無い存在なのだ。
 カミーロは思う――
 自分は弱い。
 弱すぎる。
 クアンスティータに比べて、全くの無力に等しい。
 だが、そんな自分でもなんらかの好転の一役を担えれば――
 どんなに微力でも結果的に良いと思える方向に軌道修正出来れば――
 そんな思いを込めて、現界に向かう事にした。
 フランツとの出逢い――
 これにも少なからず意味があるのでは?
 そんな思いもある。
 今は、それがどんな役に立つのかは解らない。
 それが解る程、カミーロは全能ではないのだから。
 だが、前に進もうとしている限り、少しでも好転してくれるはずだ。
 前に進む気持ちを持つ――
 それが、人間が持つ美徳であり、長所でもあるのだから。
 フランツとの会話で聞けるだけの情報を得たカミーロは再び、扉を開く。
 開いた先には今度こそ、現界へとつながる道が開いていた。
 残念ながら、都合良く、風の星ウェントス近くに座標は持っていけない。
 だが、現界に戻ったら、騒ぎの中心に戻れば良い。
 その中心にはクアンスティータが居て、それに対峙する形で吟侍やソナタ達も居る可能性が高いのだから。
 カミーロとクェスは覚悟を決めて、限界へと繋がった扉に飛び込んだ。
 前の宇宙世界の時の様に、扉をすぐ閉める事をしようとする者は居ない。
 フランツはそんな野暮な真似はしない人間だ。
 だから、今度は妨げは何一つなく、現界へと繋がる道が出来た。
 後は、ひたすら、進むだけ。
 たどり着いた先は、待望の現界だ。
(コーサン……私は私の役目を果たしに行くよ。――それで、すぐに死んでしまうかも知れない。だけど、君に貰った大切な命だ。しっかりと意味のあるものに代えて来るよ。君を近くに感じられるようになってから、少し勇気が湧いてきたみたいだ。微力ながら、最強の勇者、芦柄 吟侍の助力をしに行ってきます。見守っていてください)
 カミーロは母なる宇宙世界、現界に戻って来た。
 戻った場所は風の惑星ウェントスからかなり離れた場所だ。
 だが、離れていても解る。
 この宇宙世界は、クアンスティータ誕生による混乱がまだ収まっていない。
 随分長く、他の宇宙世界に行っていたが、この現界の時間的には、カミーロが去ってからそれほど、時間が経過していないようだ。
 目的地まで道のりは遠い。
 カミーロの力では吟侍の元にたどりつくまでかなりかかってしまうだろう。
 だが、時間はかかっても同じ現界の中だ。
 ずっと進んでいけば、いつかはたどり着くはずだ。
 カミーロは、吟侍達の元に急ぐのだった。


 ウェントス編第005話に続く






登場キャラクター説明


001 カミーロ・ペパーズ
カミーロ・ペパーズ

 ウェントス編を離脱したキャラクターであり、元ソナタ・リズム・メロディアス第6皇女の側近である三銃士の一人だった。
 神形職人であり、自らを神形777号に改造した。
 元恋人であり、魔形666号となったコーサンを発見し、決着をつけるために共に、今は失われた世界の一つであるロスト・ワールドの一つグラン・ベルトにやってきた。
 コーサンとの結着を経てもとの現界に戻ろうと試みる。









002 コーサン・ウォテアゲ
コーサン・ウォテアゲ
 神形職人である元恋人に神形として生まれ変わるはずだった少女。
 実際には失敗し、魔形666号となって、人の心を失い、殺戮を繰り返す存在と成り果てた。
 死体をゾンビのようにして操る力を持つがそれは本来の力ではなく、あくまでも飾りの力に過ぎない。
 カミーロに今は失われた世界ロスト・ワールドの一つグラン・ベルトに連れて来られた。
 最期には、元の心を取り戻す。












003 聖魔妖精エクス/クェス
聖魔妖精エクス/クェス
 カミーロがグラン・ベルトから元の世界、現界に戻ろうとした時にひっかけて連れてきてしまった聖魔妖精(せいまようせい)の姫。
 聖魔妖精は光と闇の二つの姿を持ち、冒険者に幸運を運んで来るとされている。
 光属性のエクスはクアンスティータ誕生に恐怖し、逃げだそうとしていたが、闇属性のクェスは、クアンスティータが誕生した今、どこへ逃げても一緒だと思っている。


004 フランツ・グリューナー
フランツ・グリューナー
 吟侍の師匠であり、7番の化獣(ばけもの)ルフォスの所有する宇宙世界の奥の奥に住んでいるガラバート・バラガの古い知り合い。
 カミーロを通して間接的にガラバートの気配を感じ取る程、繊細な感覚を持っている。
 大聖人とも大悪党とも呼ばれる偉人で、残した遺産は、後の世に多大な影響を及ぼしたとされる人物で既に故人とされているが、現界の長い歴史において、人間の身で最も頂点に近づいたと呼ばれている伝説の人間でもある。
 以前、クアンスティータの名前を追っていて偽クアンスティータ達に追い詰められたが、ガラバートのとりなしで、現界追放という事で助かっている。