A001話 ジェネシス・フィアス編


00 ロスト・ワールドへ……


「はっ!……ここは?」
 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)は意識を取り戻した。
 確か、自分は惑星ウェントスで戦っていたはず。
 ソナタ達との冒険中、突如、現れた強敵、アピス・クアンスティータと戦っていたが、絶体絶命のピンチになって意識が飛んだ。
 気づいたら碁盤の目のような光の筋が入っている不思議な空間を浮遊していた。
『気づいたか、吟侍』
 心臓部と同化している七番の化獣(ばけもの)ルフォスが声をかける。
「ルフォス、ここは何処なんだ?」
 吟侍はルフォスに状況説明を求めた。
 ルフォスは事情を知っていそうだったからだ。
『時間がねぇから手短に説明するぞ』
「頼む」
 吟侍はルフォスの説明を聞いた。
 それによると彼は今、ルフォスの力によって、時間を遡っている。
 現在ある世界は三十四界、虚無六界、抜界のみで、かつて無数あった世界の殆どは三十四界の一つ、ロストネットワールドに取り込まれているとされていた。
 だが、それを良しとせず、歴史の中で滅びた世界も数多くあった。
 それらの世界はロスト・ワールドと呼ばれた。
 かつて存在し、今は存在していない世界の事を総じてロスト・ワールドと呼んだのだが、それを勿体ないと思った存在がいた。
 それが、ルフォスだった。
 滅びた世界の中には今では手に入らないものや力も数多く存在していたからだ。
 ルフォスは過去へと渡り、自身の持っているルフォス・ワールドの中にロスト・ワールドを残らず全て、圧縮保存していたのだ。
 全て、滅び行く運命にある世界だが、失われるまでにその力等を取り出せたらと思っていた。
 だが、通常の時間軸ではその失われた世界に行くことは出来ない。
 ルフォスはいざという時のため、吟侍に時間貯蓄をさせていた。
 それは余暇貯時間管理(よかちょじかんかんり)として、暇を持て余しているような無駄な時間を幼い頃より貯蓄していったのだ。
 ルフォスはその貯蓄した時間をロスト・ワールドでの冒険のために使える時間に変換していたのだ。
 吟侍は幼い頃より、よく行方不明になっていたが、それは余暇貯時間管理で時間を貯めていたので、存在そのものが消えていたのだ。
 全ては今、この時に使うための時間だった。

 これから吟侍は余暇貯時間の貯まった時間の中から使用時間を決めなくてはならない。
 使用時間は余暇貯時間を引き延ばした時間が割り当てられる。
 使用時間は多すぎても少なすぎてもいけない。
 多すぎれば無駄な時間を過ごす事になってしまうし、少なければ目的を達成出来ずにその世界を去ることになる。
 長居しすぎれば、滅びに巻き込まれて消滅するという危険性もあるのだ。
 細かい調整は利かない。
 あくまでも自分で時間を最初に決めて、その時間内で何とかするしかないのだ。
 貯めた余暇貯時間はロスト・ワールドでは1分を1日に引き延ばす事が出来る。
 貯めれば貯める程、ロスト・ワールドでの活動時間がのびるが、その分、疲労度が増す。
 ロスト・ワールドでの一日分が一分に圧縮して身に降りかかるので、普通の人間ではまず不可能、耐えられない。
 ルフォスとの同化をしている吟侍の強靱なボディだからこそ可能な反則技だった。
 吟侍は3時間を担保にした。
 つまり、ロスト・ワールドでの活動時間は180日分与えられる。
 この時間が多いか少ないか、もしくは丁度良いかは、吟侍のロスト・ワールドでの行動にかかっている。
 吟侍は無数にあるロスト・ワールドの中から行き先を一つ選び、そこへと向かった。
 現実世界の惑星ウェントスで、アピス・クアンスティータ戦で作れたチャンスは一瞬しかない。
 これから向かう世界で失敗してもやり直すチャンスは恐らく無いだろう。
 全てをかけてこれから向かう世界で力を得るしかないのだ。
 その世界の何処に飛ばされるかは全くわからない。
 飛ばされた場所からロスト・ワールドでの物語が始まるのだ。
 選んだ世界への入り口に到達すると吟侍の意識は再び飛んだ。


01 ジェネシス・フィアス/赤の国


「う、う〜ん……どこだここは?」
 吟侍が目を醒ます。
 真っ暗で何も見えなかった。
 だが、触り心地の良さそうな感触がある。
(こ、これは、もしや……)
 吟侍は焦る。
 これは、漫画やアニメの世界ではよくありがちなラッキーな展開では。
 吟侍は瞬時に判断した。
 アリス達との戦いでも回避するためだとは言えウェンディーの胸を揉んでしまった吟侍としてはこれをお約束としたくないのだ。
 恋人のカノンに合わせる顔が無くなってしまうというのが主な理由だ。
 だが、運命はそれを良しとはしてくれなかった。
 吟侍はその場から離れるために、背後に飛ぼうとしたが、何かの突起物に後頭部をぶつけた。
「ぐぇっ」
 激痛でそのまま前方に倒れる。
 倒れた先には先ほどの柔らかい物体が。
プチュッ!
 柔らかい何かに口からぶつかる。
「なっ……」
「う、うわっ……」
 咄嗟に避ける。
 すると薄明かりが見えた。
 目の前には女体が一つ。
 下着姿の女の子だ。

 真っ暗だったのは厚手のシーツの中だったから。
 後頭部をぶつけたのは天蓋つきベッドの柱だ。
 ベッドには女の子が寝ていて女の子の胸元にキスをしてしまった。
 薄明かりはベッドにつけられたランプの光だった。
 吟侍が現れたのは就寝中の女の子のベッドの中だった。
 意図せず夜ばいをかけたような状態になっていた。

「いや、あの、その……」
 狼狽える吟侍。
 敵に対しては無類の強さを発揮する彼も事、女の子とのトラブルに対してはからっきしの無力だ。
「ま、まさか、そんな……」
 女の子の方も慌てている。
 見ず知らずの男がいきなり現れたのだから、それは無理もない。
 が、突然現れた間男吟侍に対してというよりも何か別の理由のようだった。
「す、すんませんでしたぁ。煮るなり焼くなり好きにしてもらってですね……」
 ベッドから飛び降り土下座する吟侍。
 とにかく、詫びを入れるしかない。
 そう判断して、ひたすら平謝りしていた。

 が、女の子はそれを一切気にしていない。
 彼女の方も戸惑い、何かの儀式に使いそうな道具取りそろえて何やらやっている。
 しばらく、吟侍はひれ伏し、彼女は儀式のようなものをベッドの上でやっていた。
 その光景は異様だった。
 さらに言えば、それとは別に何か作り物の様な違和感を感じたのだが、今はそれどころではなかった。

 やがて、儀式のようなものが上手くいかなかったのか、女の子は肩を落とし、落胆したような表情を浮かべる。
 しばしの沈黙――
 沈黙に耐えかねたのか頭を上げない吟侍に向かって女の子は声をかけてきた。

「はぁ……あなた、名前は?」
「あ、はい、芦柄 吟侍っていうケチな野郎でして……」
 吟侍はひたすらへりくだろうとしていた。
「やってしまったのは仕方ないわ。あなたには責任をとってもらうから」
「そ、それは……」
 吟侍の脳裏に恋人カノンの事が浮かぶ。
 カノンとの楽しかった思い出が全て台無しになるのかというショックを隠せない。
「そそそ、それは結婚してという……」
 しどろもどろになる吟侍。
 現実世界の英雄も形無しだ。
「何言っているの?結婚制度は半年前から廃止されたでしょ」
「は?」
 吟侍は目が点になる。
 結婚制度が廃止というのがよく解らない。
『小娘、俺達はここの世界の者じゃない。説明しろ』
 吟侍の胸からルフォスが顔を出した。
「あ、バカ……」
 吟侍がルフォスを引っ込めようとする。
 人の胸から怪物が顔を出したらみんな驚くだろうと思ったからだ。
「説明はするけど、貴方たちも何者か説明しなさい」
 女の子は警戒した。
 無理もない。
 彼女のベッドに進入した者は自分の世界の住民ではなかったのだから。

 吟侍はルフォスと共にこれまでのいきさつを説明した。
 それを聞いて、女の子も少し安心したのか、自分の紹介やこの世界の事を説明してくれた。

 女の子の名前はバラオーナ・カルダンという。
 天空の祈集師官(きしゅうしかん)という立場だという。

 順を追って説明しよう。
 ここはジェネシス・フィアスという世界。
 20年後に完全消滅が決まっている世界だという。
 そのため、半年前より子供を作る事を禁止し、結婚制度も半年前廃止となったという。
 終末論が囁かれる中、聖者とされていたテリー・ゴールドマンという男がこう予言した。
 ジェネシス・フィアスは20年後に完全崩壊する。
 助かるのは同じ顔が居なくなった唯一の顔の持ち主達のみ。
 助かる者はヴィラへと誘われると。

 ジェネシス・フィアスには元々、同じ顔の人間が三人ずつ存在していた。
 それが、普通の事だったし、誰も気にしていなかった。
 だが、テリーの予言では、同じ顔の人間が他に居ると、20年後に死ぬ。
 それを避けるには同じ人間を殺せと言っているのだ。
 テリーは同じ顔をしていた二人を殺害し、髪の毛の色が緑に変わった。
 と、同時に、ジェネシス・フィアスの他の住民達の髪の毛の色が赤と青と黄色に変わった。
 同じ顔の三人はそれぞれ、赤、青、黄色の髪の毛に色分けされたのだ。
 他の色で同じ顔の二人を殺害した者は髪の毛の色が緑となり、やがて姿を消していった。
 それはテリーの言うところの安全地帯ヴィラへと向かっていったという事になる。

 テリー以外の少数の人間達がそれを実行し、髪の色が緑となり姿を消すという事を目撃した他の住民達は次々に赤髪、青髪、黄髪に別れて争いを始めた。
 それはやがて一つだった国を三つに分けた。
 三つの国は超兵器を一種類ずつ所有し、戦争を始めたそうだ。

 やがて、それぞれの国は戦力強化のために、平等だった民は役割分担を始めた。
 バラオーナは祈集師官という役職を割り当てられ、現在にいたるという事だ。

 祈集師官とは超兵器を管理する巫女のような存在だった。
 一応、国毎の最高指導者として奉り上げられてはいるが、実際には暗殺を恐れ、戦闘の表舞台に出てこない本当の権力者達の傀儡として敵の矢面に立たされている存在だった。
 超兵器を管理する者は真っ先に他国に命を狙われる存在だ。
 誰もそんな立場に立ちたく無かった。
 必然的に弱い立場の人間から選ばれる事になる。
 それが、バラオーナだった。

 バラオーナは最強の力を得ているが、それを自由に使えない。
 超兵器の使用には二人の承認が必要だからだ。
 彼女はパートナーとなる者を選ばなくてはならなかった。
 そのため、水浴びで身体を清め、裸に近い形で、寝ていたのだ。
 彼女の寝ていた天蓋付きベッドには運命の相手を占う為の仕掛けがしてあり、7晩、身体を清めて寝ることによって、その運命のパートナーを指し示されるとされていて、今晩が七日目だったのだ。
 その七日目に現れたのが吟侍だった。
 慌てて、バラオーナは取り消そうとしたが、後の祭りで、運命の相手として認識されてしまったのだ。
 本当は七日目に示された相手をバラオーナが判断し、ダメだと思えば、儀式をやり直しするはずだった。
 彼女は今まで数回、この儀式を行い、占いに出た相手と面会し、その度にやり直しをしていた。
 結婚制度がないとは言え、運命のパートナーとは結婚するようなものだったから、こんな儀式で選ばれたような相手を選びたくなかったのだ。
 彼女がもし、承認するのであれば、胸元にキスさせるというのが正式作法だったが、吟侍の場合は占いで名前が示されたのではなく、本人がいきなりあらわれ、いきなり彼女の胸元にキスしてしまったのだ。
 責任を取ってもらうという事は彼女のパートナーとして、超兵器を承認する作業を行うということでもあった。

 吟侍とバラオーナ――
 運命の相手と言えば言えなくも無かった。
 バラオーナは天空の祈集師官として、超兵器を使用するためのパートナーを必要としたし、吟侍は現実世界での対アピス・クアンスティータ戦を何とかするために、新たなる力を探してこの世界に来たのだから。

 一応、相思相愛のような状態ではあるのだが、彼女にとっては素直に喜べない状況だったのだ。
 彼女は国の代表者としての立場だが、他の二国と争いたくない事情があるのだ。
 それは、彼女と同じ顔をした二人と争いたくないという理由でもある。
 実は最後まで、国が三つに分かれるのを反対していたのはバラオーナと彼女と同じ顔をした二人だった。
 幼い頃から同じ顔の三人は仲良くしていた。
 それこそ周囲もうらやむ程の仲だった。
 ずっと一緒に居ようと約束した仲だった。

 だが、聖者テリーの予言により状況は一変、三人は引き離される事になった。
 そして、それぞれの国で、敵対国からの最大の攻撃目標となる祈集師官という立場に無理矢理させられたのだ。
 赤の国の天空の祈集師官にはバラオーナ・カルダンが、
 青の国の大海の祈集師官にはポルタレオーネ・ケレルという少女が、
 黄の国の大地の祈集師官にはブレア・コヴァントンという少女が。

 最高の立場という皮をかぶった最低ランクの立場の人間達に出来る事はパートナーを決める儀式を先延ばしにして、争いを食い止める事だけだった。

 だが、それもバラオーナが超兵器の使用が出来るようになったら微妙なバランスが崩れる事になる。
 青の国と黄の国も超兵器の使用の為の儀式を推し進める必要が出てきてしまったのだ。
 バラオーナ達が最も恐れていた最悪の事態と言うことになる。

 バラオーナがとる手段としては選ばれてしまった吟侍を殺害し、儀式を無効にすることだけだが、元々、人が殺し合うのに反対していたバラオーナがそれを選択したら本末転倒だ。

「あぁ……どうすれば……」
 バラオーナは頭を抱える。
 吟侍もどうしたら良いのか解らない。
 いつもなら、良いアイディアが浮かぶのだが、彼らしくなく気が動転しすぎているのか何も思い浮かばない。
 打つ手無しの二人。
 だが、ルフォスは違っていた。
『俺に考えがある……』
「ホントか、ルフォス?どんな考えだ?」
『吟侍、お前も腹くくれ!こいつは俺達にとっても小娘達にとっても妙案だ』
「本当ですか、それは?」
「教えてくれ、おいらに出来ることなら何でもする」
 吟侍とバラオーナはルフォスの言葉にすがった。

 だが、ルフォスの考えとは吟侍が素直にはいやりますと言いにくいものだった。
 ルフォスの案はこうだ――

 バラオーナは吟侍との儀式を取り消したいがそれには彼を殺すしかない。
 が、吟侍としても黙って殺される訳にはいかないのでそれは却下だ。
 だとすれば、バラオーナとの儀式を有効にしたままバランスを保てる状況にすればいい。
 元が同じ国なのだから、他の二国の儀式のやり方も同じはず。
 つまり、吟侍が青の国と黄の国に向かい、ポルタレオーネとブレアに対しても、同じ事をすれば良いのだ。
 そうすれば、三国とも超兵器が使えるようになる。
 祈集師官だけで超兵器は動かせないから吟侍とのパートナーシップが必要となる。
 吟侍は何処の国にも属さない。
 三国のそれぞれの超兵器の使用権利を得て、この世界を去る。
 吟侍とルフォスも超兵器を三つ全部使えるようになるし万々歳という筋書きだ。

 確かに妙案ではあるが、それは、吟侍に夜ばいを後二回行えと言っているようなものだ。
 カノンの事がある吟侍は首を縦に振る訳にはいかない。
 だが、人命がかかっている以上やるしかない。
「ちょっと待て、何なんだ、そのアイディアはぁ〜」
『だから、腹くくれっつったろうが。お前ぇが首を縦にふりゃ、全てまるくおさまるんだ』
「私からもお願いします。平和的に解決できるのなら、それが一番だ」
「う、うぅ……」
 吟侍は後でカノンに詫びを入れる事にした。
 土下座でもなんでもして、許して貰おうと思った。
 罪悪感は残るがやるしかない。
 吟侍は渋々了承した。
 だが、何かが変だ。
 自分が自分じゃない――そんな感覚だ。

 一応、儀式が成功したという事にして、占いでは吟侍達がジェネシス・フィアスに滞在できるギリギリの時間まで発表するなとあると嘘をつくことになった。
 吟侍達は180日以内に二つの国で目的を果たさなくてはならない。

 また、ルフォスとしては、肝心の超兵器とやらが、実際には使い物にならないのでは、話にならない。
 対アピス・クアンスティータ戦で戦況を覆すだけの戦力になってもらわないと話しにならないのだから。
 少しで良いから起動して見せて欲しいと願い出た。
 バラオーナはジェネシス・フィアスで暴れたらすぐに解ると一度断ったが、ならば、ルフォス・ワールドでと申し出た。
 超兵器はジェネシス・フィアスの主要なエネルギー全てを司っていて、それを324に分け、108ずつ3つの国に分担されているため、僅かな時間しか起動できないと言われた。
 世界のパワーそのものを司る超兵器という事には大きな期待を持てるが、実力を試す時間はあまりなさそうだ。
 バラオーナは吟侍達とともにこっそりと寝所を出て、超兵器が置いてある神殿最奥部の間へと向かった。
 いざという時のため、彼女の寝所から最奥部の間まで直通の通路が用意されているのだ。
 まだ、起動できないと思われている超兵器を護衛している者はそう多くはない。
 108体の超兵器はバラバラに保管されているので、警備の手薄な所に向かった。

「これが、超兵器?」
 吟侍はバラオーナに尋ねる。
 彼が目にしたのは透明の棺とその中に横たわる女の子の姿だったからだ。
 バラオーナは無言で頷く。
 その通りだという事を意味していた。

 ジェネシス・フィアスの超兵器は三国によって異なり、赤の国の場合は女性型の超兵器グランバグドーラーと呼ばれている。
 青の国の場合は衛星型の超兵器スターフォルムフォートレス、
 黄の国の場合は獣型の超兵器ハードディープギフトと呼ばれているらしい。

「エルクラーヌ・ユニット、起きなさい」
 バラオーナはつぶやく。
 バラオーナはそのまま吟侍の右腕をとり、自分の胸元に導く。
 吟侍とバラオーナの中に熱いものがこみ上げてきて、やがて、エルクラーヌ・ユニットと呼ばれた女性型超兵器が目を醒ます。
 ルフォスはそのまま、ルフォス・ワールドにエルクラーヌ・ユニットを取り込み、宿主である吟侍、それと説明を受けるためにバラオーナも続けて取り込んだ。
 後にはルフォスの核だけが残される。
 ルフォスは吟侍がルフォス・ワールドから返って来るまで核のままで動けない。

 一方、ルフォス・ワールドに入った吟侍はその時だけはルフォスと別の身体になれる。
 吟侍、ルフォス(分身)はバラオーナとエルクラーヌ・ユニットとともに、ルフォス・ワールドに降り立った。
『ウィンディス、居るか?』
 ルフォスはルフォス・ワールドの管理者である全能者オムニーア、ウィンディスを呼んだ。
「どうしたの?」
 ウィンディスは姿を現した。
 状況が読めずキョトンとした顔をしている。
『悪いが、ここで力試しをする。この辺一帯のものは全て撤去しろ』
「なんだか解らないけど、オーナーの頼みじゃ聞かない訳にはいかないわね。了解」
 ウィンディスはその場にあったもの全てを移動させた。
 今回は吟侍も見ているだけだ。
 ルフォスの分身がエルクラーヌ・ユニットと戦って判断する。
 分身とは言え、ここはルフォスの世界。
 ルフォスにとってはホームグラウンドだ。
 逆に、エルクラーヌ・ユニットにとっては不利な状況だ。
 この逆境に対してどこまで善戦出来るかが判断基準だった。

 バトルは突然始まった。
 猛攻を仕掛けるルフォス。
 自身の所有する世界の優位性を利用して、手加減無しの攻撃だ。
 が、それを余裕で交わすエルクラーヌ・ユニット。
 見たところ、アピス・クアンスティータに匹敵する運動能力を有しているようだ。
 力比べはどうだ?
「………」
『や、やるじゃねぇか』
 全力で突っ込むルフォスに対して全く動じていない。
 単純なパワーで言えば、十分偽クアンスティータとも渡り合えそうだった。

 後は特殊能力といきたい所だが、下手な能力の解放はルフォス・ワールドを傷つける事にも繋がりかねない。
 少なくとも膂力は偽クアンスティータと対等と見て良い。
 それが解っただけでも収穫だった。
 後は、アピス・クアンスティータとの実戦で試すしかない。
 なにより、エルクラーヌ・ユニットをジェネシス・フィアスから長時間、離す訳にはいかない。
 もう、戻さなくては、怪しまれてしまう。

 吟侍、ルフォス、バラオーナ、エルクラーヌ・ユニットは急いで踵を返し、ジェネシス・フィアスに戻った。
 エルクラーヌ・ユニットがこれだけ出来るという事は他の107体のグランバグドーラーも十分期待出来るし、グランバグドーラーと同等の超兵器とされているスターフォルムフォートレスとハードディープギフトにも同様に期待出来る。

 180日以内のこのオペレーションが上手く行けば危機を乗り越える起死回生の一撃を放つことも可能だと判断した吟侍とルフォスは腹をくくった。

 気は進まないが、ポルタレオーネとブレアの胸元にキスをする。
 そう、決めたのだった。

 バラオーナに一旦、別れを告げ、次の目的地、青の国へ向かった。


02 ジェネシス・フィアスの真相


 長い道のりを一気に進み、次の目的地、青の国に進入した吟侍はとりあえず、青の国の状況を探ることにした。
 殆ど滞在しなかったとは言え、赤の国で感じたイメージと同じ感じがした。
 それは、髪の毛の色こそ、青になったが、基本的に赤の国と同じ顔をした人間が青の国にもいるのだ。
 そう、錯覚してもおかしくはなかった。
 だが、やはり何かがおかしい。
 違和感はますます強くなる。
 だが、今はそれを気にしている暇は無い。
 目指す、青の国の祈集師官はポルタレオーネだ。
 青い髪でバラオーナと同じ顔をしているはずだ。
 彼女に理由を話してスターフォルムフォートレスの使用許可を得るための儀式として、胸元にキスさせて貰わなくてはならない。
 だが、恋愛音痴の吟侍にとっては最も困難な難行でしかなかった。
「どうしろって言うんだ……」
 途方に暮れる。
 貴女の胸元にキスさせて下さいなんて言える訳がない。
『腹くくれっつったろうが。英雄色を好むっつうだろうが、お前も一応、英雄様って呼ばれてんだから、やれよ。何でそこだけ意気地がねぇんだ?』
 煮え切らない吟侍の態度にルフォスが文句を言う。
 ルフォスに言われて、そこが妙に引っ掛かっていることに気づく。
 だが、何でそこが気になるのかが解らない。
「んなこと言われたって、おいら、そういうのは苦手で……」
『じゃあ、そん時、俺に身体の主導権をよこせ。女の胸元に突っ込んでいってやっから』
「ちょちょちょ、待ってくれ」
『待たねぇよ。とっととやってとっとと帰るんだよ』
 吟侍とルフォスはもめた。
 それに反応したのか、青の国の警備システムが起動した。
 青の国の超兵器、スターフォルムフォートレスに模した球形警備システム、バスター・ボールがこっちに向かってやってきた。
「まずい、来た、ルフォス、その話は後だ」
『とりあえず焼き払ってやる』
 逃げる姿勢の吟侍。
 逆に、ルフォスは口からデストロイ・ブレスでバスター・ボールを焼き払おうとしている。
「バカ、やめろ、騒ぎになる」
『もう騒ぎになってる。邪魔だから消すだけだ』
「出来れば、穏便にすませたい」
『なら、女の胸元に口つけられるな』
「うっ……」
『はっきりしろ、お前がやる気ないなら、俺は力づくという手段を選択する』
「わかった。わかったから」
 吟侍はルフォスを抑えるためとは言え、ポルタレオーネの胸元にキスする事を約束させられた。
 精神的においつめられる吟侍。
 カノンにどれだけひっぱたかれれば許されるのだろう?
 それにまた、違和感を感じた。
 何かがおかしい。
 何かが変だ。
 だが、それが解らない。
 今は行動するしかない。
 そう考えるのだった。

 吟侍は位相転換(いそうてんかん)という方法での瞬間移動を用いてその場から別の場所へと移って難を逃れた。
 やってきたのは男子禁制、女子の園、青の国最大の総合美容エステ、スキンクィンの施設のまっただ中だった。
 女体の群れに恐れをなし、吟侍はこそこそと逃げ回る。
(ルフォス、お前、わざとやっているんじゃないのか?)
 吟侍はルフォスに文句を言う。
 人間である吟侍には無理なので、位相転換での移動先はルフォスが管理していたからである。
《良い機会だ。女に慣れとけ。カノンがいないんだ、やりたい放題だろ?》
(やっぱり、わざとか。おいらはそういう不誠実な事はしないんだよ)
《意気地がねぇだけだろ》
(うるさい。とにかくまた、移動を……)
《嫌だね、ここで何とかしろ》
(何とかしろっつったって、どうしろと)
《そうだな、とりあえず、奥手なお前には大して期待してねぇよ。まず、女体観察でもしろよ。少しずつ女の身体の事をレクチャーしてやってもいいぜ》
(なな、なに言ってんだよ、お前)
《お前はセカンド・アースじゃ英雄って呼ばれているが、冒険と言えば、俺の世界での冒険だった。色んな修行をしてきたし、命の危険だってかなりあった。だが、何もピンチってのは命の危険だけじゃねぇんだぜ。今回の女の件がその一つの例だ。お前、タジタジじゃねぇか。この際、色々経験して、スキルアップしろ。命のやりとり以外じゃ、お前はまだまだひよっこ以下だってこった》
(………)
 吟侍は言葉が出なかった。
 言葉と言っても、ルフォスとは繋がっているので、心の中での会話だったが。
 確かに、ルフォスの言うとおり、バトル等の命のやりとりだけ突出して経験値の高い吟侍だが、それ以外については経験不足は否めなかった。
 敵をどうすれば倒せるという事やゲームなどの遊びについてなどは色々思いつく事もあるが、女性の扱い方やエスコートなどについては幼稚園児以下と言って良かった。
 カノンとの付き合いも進展しないまま、別々の星に救出活動に入ってしまったが、普通のカップルなら別れてもおかしくない状況だ。
 吟侍と一緒にいるとカノンの体調が崩れるからという理由をつけてはいるが、本音の部分では一国のプリンセスでもあるカノンとどう付き合って行けば良いのか解らないというのもある。
 二人の付き合いはカノン主導でという感じで、カノンとしてももう少しリードして欲しいという気持ちもある。
 吟侍大好きのカノンだから、不満は口にしないが――

 吟侍の心臓と同化しているため、ルフォスは二人のもどかしい関係を見てきた。
 根本的な原因は女慣れしていない吟侍にあると思ったルフォスはこの機会に女に慣れてもらおうと思っていたのだ。
 全てはルフォスの親心のようなもの。
 それは感覚を共有した吟侍も解っているのだが……
(うわぁ……こっちにも居た)
 こそこそ逃げ回っていた。
 こんな姿はカノンに見せられないなと思った。
 吟侍は追い詰められプールの所まで来ていた。
 水着に着替えた女性達がぞろぞろと入ってくる。
《観念しろ》
 ルフォスは吟侍に諦めるように言う。
 女慣れしろと言い聞かせるように……。
 だが、何かがおかしい。
 ルフォスも違和感を感じた。

 吟侍とはこんな奴だったか?
 これではまるで、吟侍の義弟、導造(どうぞう)のようなヘタレっぷりではないか。
 確かに、吟侍は女の子達に対しては奥手な所があったが、ここまで情けない男では無かったはずだ。
 何かある――

 ――ルフォスがそう思った時、悪夢が覚める。
「戻ったか?」
 吟侍がルフォスに尋ねる。
 ルフォスは辺りを見回す。
 あたりの景色はプールではなく、森の入り口付近にいた。
『どうなっている?』
「どうやら、思考や記憶の書き換えをやっている奴がいるみてえだな。赤の国の時からすでにおいら達もやられていたみてぇだな。自分の行動が自分じゃねぇ感じがしたんで、ずっと道化を演じながら、探ってた。おいらは違和感に気づいたからすぐに解けたが、お前ぇはずっと戻らなかった見たいだから、どうしようかと思っていたんだ」
 ルフォスは思わず赤くなる。
 そうだ、よく考えたら、確かに吟侍は女慣れはしていないが、女に狼狽えるようなたまでは無い。
 純情というよりは女の子に対して無頓着というのが正しい分析だろうか。
 ウェンディーとの戦いでは危険を回避するためとは言え、胸を揉んでいるのだ。
 純情な少年はそんな真似は出来ない。
 吟侍は記憶操作と性格操作を受けているふりをしながら敵の出方を分析していたのだ。
「3国の問題なんだけど、おいらはこの記憶操作をしている奴が黒幕だと思う」
 吟侍はルフォスに自己分析を伝えた。
 赤の国でバラオーナに聞かされた聖者テリーという者の話だが、信憑性に欠けていると見ていた。
 果たして、テリーが同じ顔の二人を殺害して、緑色の髪に変化して、ヴィラという聖地へと誘われたと言っていたが、二人を殺害してみせた者をそのまま聖者として全員が認めるか?という疑問が残る。
 バラオーナ達祈集師官以外の者が全て、手のひらを返したかの様に、髪の毛の色ごとに殺し合いを始めるというのも疑わしい。
 何か裏があるのではないか?
 吟侍はそれをずっと考えていたのだ。
 ルフォスはそのまま良いように騙されていた自分が恥ずかしくなった。
 よくよく考えれば、吟侍を気遣っての親心で女の子の世話をする?
 ふざけるな、俺がそんな真似する訳ねぇだろ!!
 心を書き換えられる所だったルフォスは激怒した。
『ぶっ殺してやる』
「精神操作に関して言えば、この黒幕はおいら達より数段上だ。素直にこいつの力を評価するべきだと思うぞ」
 吟侍は冷静だ。
 素直に敵の力を認めている。
『気にいらねぇ』
「とりあえず、ポルタレオーネって子のとこ、行こうぜ、理由を話してキスさせてもらおう。それで、ひっぱたかれるのも仕方ねぇし、お花ちゃん(カノン)には後で説明すれば良いだろ」
 吟侍はこういった。
 ルフォスは思い出した。
 あぁ、こいつはこうだった。
 吟侍は恋愛音痴。
 女の子の気持ちに対しては鈍い所がある。
 女の子に対して臆病では無かった。
 何となく悔しいので、後でカノンに吟侍がしたことを大げさに言ってやろうとルフォスは思うのだった。
 手際よく、ポルタレオーネの寝所に忍び込んだ吟侍は
「悪りぃなぁ、ちょっとあんたの胸元にキスさせて貰っていいかな?」
 と言った。
「何ですか、貴方は?」
 バチンッ!
 ポルタレオーネは吟侍をひっぱたいた。
 この辺の配慮が足りないのは本当の事だなとルフォスは確認した。
 ひっぱたかれた後で吟侍は理由を説明した。
 吟侍は理由はともかく、女の子にそういう事をするのは悪いと思って、まずはひっぱたかられる事を選択したのだ。
 それが、吟侍が考える誠意だった。
 ポルタレオーネは最初戸惑ったが、バラオーナとのいっけんを話すと了承し、契約の口づけを了承してくれた。
 と言っても実際にバラオーナの時の様に胸元にキスをする訳ではない。
 吟侍は効果を組み替える事が出来る。
 ポルタレオーネの体質変更をさせてもらい、彼女の額に吟侍の右手の人差し指と中指を当てれば、胸元にキスをしたと同じ効果が出るようにしたのだ。
 感覚としては胸元にキスされるのと変わらない感覚だろうが、それでも実際には彼女の額に指を当てるだけだ。
 問題はないだろう。
 これが吟侍という最強の勇者としての真骨頂でもある。
 例えば、どっちかが死ななくては両方死んでしまう薬を作られていて、どっちかを助ける選択をしなくてはならない状況でも第三の選択として、その条件を無効にしてどちらも助けるという選択肢を作る事が出来るのだ。

 本来の調子を取り戻す吟侍達。
 二日目にして、赤の国と青の国の超兵器の使用権利を得るのだった。
『この調子で黄の国の契約も取るか。180日は多すぎたな』
 ルフォスは順調に進む状況に余裕の表情を浮かべた。
「いや、少ないかも知れねぇぞ。とにかく、契約のキスは早めに済ませた方が良い。本当の戦いはその後にあるかも知れねぇ」
『どういう事だ?』
「何か裏がある。ここは、どこまでが本当でどこまでが嘘かわからねぇ。ゴール間近でスタートに戻される事だってあり得るかも知れねぇぞ」
『俺の苦手なタイプだ』
「おいらも苦手だ。なかなか本物にたどり着けない、そんな感じの敵だ。早い内にとっつかまえておいた方が良い。こっちも何かの手を打たねぇとな」
 吟侍とルフォスは再び位相転換での瞬間移動をした。

 吟侍とルフォスは三日目にして、すでに黄の国に来ていた。
 ここでは祈集師官最後の一人、ブレアの胸元にキスと同様の儀式をしてもらう必要がある。
 この国の超兵器は獣型、ハードディープギフトだ。
 黄の国の自然に放しているらしく、見つけるのは至難の技。
 ハードディープギフトを懐かせるにはブレアとの契約が必要となる。
 時間が惜しい吟侍はブレアの待つ寝所に忍び込む。
 青の国のポルタレオーネにした時と同様に最初にひっぱたいてもらい、後で理由を説明して、額に二本の指を当てれば同じ効果が出るようにしようと吟侍は思っていた。
「悪りぃ。訳あってあんたの胸元にキスさせてもらいてぇんだわ」
「くせ者!」
 バチンッ!
 ここまでは青の国と一緒。
 後は説明して、と思ったが、ブレアが居ない。
 いつの間にか姿が見えなくなっていた。
 これでは殴られ損。
 だが、そんな事はどうでも良い。
 ブレアとの契約を交わさなくては三国のバランスを取ったことにならない。
 恐らく、ジェネシス・フィアスに暗躍していた黒幕が、段取りを無視してあっさり事を進めていく吟侍に対して、別の手段をとろうと思ったのだろう。
 ブレアとの契約が済んでしまえば、吟侍達は目的を果たした事になり、このジェネシス・フィアスから立ち去ってしまう。
 黒幕はそれを阻止したいのだろう。

 ゲームは始まったばかり――。
 勝ち逃げは許さないとでも言いたげな感じだった。

 突然、景色が歪む。
 恐らく、今までの出来事をリセットしようという魂胆だ。
 軽く車酔いしたような感覚に襲われる。
「そうは行くか」
 吟侍はその歪みを止める。
 言ってみれば時空変化反転術といった所だろう。
 吟侍が多くの支配者から恐れられる理由の一つは敵が切り札として持っている特殊能力などに対して、対抗する能力を瞬時に作り出せるという事にある。
 これこそ、吟侍の創作バトルスタイルだった。
 敵が自信を持っていた特別の能力が相殺される。
 これほど、敵にとって嫌な勇者は居まい。
 ジェネシス・フィアスの黒幕も当然、そう思った。

 黒幕の名前はオルフ・ファーネスと言う。
 ジェネシス・フィアスとは全く関係ない他の異世界から来た少年だった。

 オルフの居た世界には何も無かった。
 無かったが故に、他の世界を欲した。
 そこで目をつけたのが、ジェネシス・フィアスという世界だった。
 オルフはテリー・ゴールドマンとしてこの世界に進入し、人心を掌握していった。
 人の気持ちや記憶を自在に操るオルフにとっては簡単な事だった。
 世界自体が強大なパワーを秘めているという事、人々が疑いを持たないという事実はオルフにとっては都合が良かった。
 ただ一つ、滅びの時が迫っているという事実以外は――

 オルフはその事実を知った時、ジェネシス・フィアスから立ち去ろうとしていた。
 だが、オルフは超兵器の使用権を全て取得していたため、逆にそれが足枷となり、この世界から抜け出る事が出来なくなってしまっていた。
 他者を圧倒する力を得る代わりに、この滅びる世界から抜け出る事が出来なくなっていたのだ。

 オルフは焦り、ジェネシス・フィアスの理を探求した。
 そこで行き着いた結論は自分の身代わりを用意するという事だった。
 滅びるギリギリまで、その身代わりとの契約を引き延ばし、その間に他の異世界を支配下に置き、滅びる寸前に、契約を結ばせ自分は新たな支配下においた異世界に向けて脱出するつもりでいた。
 そこに飛び込んで来たのが、吟侍とルフォスだった。

 吟侍達は最初、別の世界を目指していたが、オルフは目的を変更させて、ジェネシス・フィアスに来るように誘導したのだ。
 何も知らない吟侍とルフォスはのこのこその世界に来てしまった。
 だが、無理矢理誘導された事により、吟侍は違和感を感じるようになったが――

 獲物を捕らえたら後は、時間まで先延ばしにするイベントを用意すれば、良い。
 そう思って、三国の対立を用意したのだ。
 筋書きでは三つの力を手に入れるまではこの世界を脱出出来ないという事にして、長居させるつもりだった。
 性格と記憶も操作して、ハプニングを演出し、物事を曖昧なまま先延ばしにしていくつもりだった。

 が、目論見に反して、吟侍はオルフの罠をあっさりと突破した。
 イベントを組み直そうと思ったがそれを阻止された。

 そして、ついには彼が隠れていたヴィラに吟侍達は現れた。

「お前ぇか。こんなくだらねぇ真似をしてたのは?」
 吟侍が尋ねる。
 尋ねてはいるが、どこかオルフが黒幕だと確信しているような表情だ。
 吟侍とルフォスはのらりくらり逃げ回ろうとしている相手を一刻も早く捕まえるつもりでいる。
「ひょっとして勝ったつもりでいるのか?」
 オルフは不敵な笑いを浮かべる。
 吟侍は構える。
『何か来るぞ』
 ルフォスは吟侍に忠告する。
 吟侍も先刻承知のようだ。

 ブウウゥゥン
 という音と共に現れたのは球体の物体だ。
 恐らく、スターフォルムフォートレスだろう。
 オルフも使用許可を持っている。
 吟侍とルフォスが赤の国で得たグランバグドーラと青の国で得たスターフォルムフォートレスの使用許可はオルフが用意した一時的なものに過ぎない。
 正式な契約は既に、オルフが済ませている。
 主導権から考えると仮契約者の吟侍達がオルフ以上に超兵器を扱う事は出来ない。
 それこそがオルフの余裕だったのだ。
「紹介しよう、スターフォルムフォートレスの一つ、スパヴェンタ・クォリティーだ。これだけじゃないぞ」
 オルフは手をかざす。
 すると、そこに一匹の珍獣が現れる。
 大きな耳がある珍獣で、耳の配置が頭と腰に一つずつという変な配置についている。
「可愛いだろう、これは君が契約するはずだった、超兵器、最後の一つ、ハードディープギフトの一つ、セレール・ファクトさ」
 オルフはにやつく。
「まだ、あるよ。一昨日、ちょっと戦ったろ、出てこいよ」
 オルフが呼ぶとそこに現れたのは女性型の超兵器、グランバグドーラーのエルクラーヌ・ユニットだった。
 パワーはアピス・クアンスティータに匹敵する程の力を見せた、超兵器。
 それと同等と思われるスパヴェンタ・クォリティーとセレール・ファクト。
 この三つを同時に動かされたら吟侍達は一溜まりもない。
 立場は逆転する。
 吟侍達は逃げ回る事を選択せざるを得なかった。
 セレール・ファクトの攻撃を受けた時、それを確信する。
 セレール・ファクトのパワーは可愛い見かけに反して、エルクラーヌ・ユニットで感じたパワーに全くひけをとらなかった。
 エルクラーヌ・ユニット、スパヴェンタ・クォリティー、セレール・ファクトによる波状攻撃が開始された。
「うあっ、こりゃ、たまらん」
 吟侍はひたすら逃げる。
 ジェネシス・フィアスの力そのものである三種類の超兵器はどんな攻撃をしてもジェネシス・フィアス内ではゼロに戻り、ジェネシス・フィアス自体には何のダメージも無い。
 だが、異物である吟侍達には容赦無い大ダメージが襲う。
 スピードもかなりのもので、吟侍の優れた体術でも交わすのがやっと。
 ダメージはどんどん蓄積されていった。
 オルフは追撃の手を止めなかった。
 エルクラーヌ・ユニット以外のグランバグドーラー。
 スパヴェンタ・クォリティー以外のスターフォルムフォートレス。
 セレール・ファクト以外のハードディープギフトも容赦無く、投入していった。
 殺そうと思えば、殺せたはず。
 でも、オルフは吟侍達を殺さない。
 予定通り、世界の終わりまで引き延ばし、寸前で契約を吟侍に移し、自分は脱出するつもりだったからだ。

 だが、吟侍も狙いは同じ、引き延ばしをしていた。
 タダではやられない。
 それが、吟侍だ。
 吟侍は逃げながら、このジェネシス・フィアスの仕組みそのものを変更していたのだ。
 ジェネシス・フィアスが滅びてしまうのは残念ながら避けられない。
 それが、この世界の運命ならば、それを甘んじて受けるしかない。
 だが、それ以外の事は別だ。
 助かりたい命もある。
 吟侍はそれを救おうとしていた。

 意図こそ違うが吟侍とオルフはお互い、戦いの引き延ばしを行っている。
 だが、引き延ばす時期も違う。
 オルフは20年、吟侍は180日だ。
 つまり、吟侍の方が、先にタイムリミットは訪れる。
 吟侍はその時までに、逃げながら、ジェネシス・フィアスの仕組みを変更する。
 1日、また、1日と追いかけっこは続き、吟侍の考えているタイムリミットまで近づいて来た。
 そして、リミットの三日前――

「間に合った」
 吟侍が声を上げる。
 既に身体はボロボロだったが、オルフも生かさず殺さずにするつもりだったのが読めていたので、命に別状は無かった。
 オルフはただ、時間の引き延ばしをしていたが、吟侍は違う。
 しっかりと目標を定め、そのために作業を続けていた。
 その行動の違いが明暗を分けた。

 気づいた時には三つの超兵器全ての主導権は全て吟侍が握っていた。
 気づいた時には、オルフは丸裸状態にさせられていた。
「ば、バカな……」
 絶句するオルフ。
 何が起きたのか解らない。
 思うように、三つの超兵器を動かせない。
 ちょっと前までは自由自在に動かせていたものが今は全く動かせなかった。
「この世界を去りたかったんだろ。望み通り、去っても良いぜ。主導権はおいらに移った。だけど、お前の野望も諦めてもらう。お前は別の世界を支配するために、超兵器の一部を使いを出していたな。それも全ておいらの主導権にさせてもらった。世界を支配しにいくんじゃない。受け入れてもらいに行けよ。お前の人の心と記憶を変える力、使い方によっては人の役に立つ。傷ついた心を癒す方向で考えればお前は立派な名医になる」
 吟侍はそうオルフに告げた。
 吟侍はオルフを一発殴る。
 吟侍の拳には情拳効果(じょうけんこうか)がある。
 情拳とは心に作用する拳。
 殴り合う事により、冷めた心を温める効果がある。
 とは言え、一発殴ったくらいで、オルフが改心するとも思えない。
 これは吟侍なりの餞別だった。
 オルフが新しい世界で生きていくための。

 オルフは無言でジェネシス・フィアスを去っていった。
 彼がどのように生きるかは解らない。
 新たなる悲劇を生み出すのか、それとも――

 残されたジェネシス・フィアスの中では吟侍がその世界を見渡した。
 辺り一面にはカプセルでコールド・スリープをしている人々が見えていた。
 このジェネシス・フィアスの住民達は数年前より共に滅びる事を覚悟して、眠りについていたのだ。
 それをオルフという侵略者により、操り人形として、吟侍を騙す道具として使われたのだ。
 元々、赤の国、青の国、黄の国というのも存在しない。
 あったのはヴィラという一つの国のみ。
 ヴィラで安息の眠りについていただけだったのだ。
 ジェネシス・フィアスでの戦闘も幻でしかなかった。

「悪りぃな。騒いじまって。もう一つ、悪いが、三つの超兵器、使わせて貰うな」

 誰も聞いて無いカプセルに向かって声をかけた。
 それを聞いたからか、一つのカプセルから一人の少女が目を醒ました。
 カプセルに書かれているネームプレートを見ると【バラオーナ・カルダン】と書いてあった。
 そう、赤の国の天空の祈集師官と同じ名前だ。
 良く見るとカプセルが壊れているようだ。
 不安そうな表情の彼女に吟侍は声をかける。
「良かったら、おいら達の世界に来るかい?」
 残りの三日間、話をして、吟侍はルフォスワールドにその少女を取り込む事にした。
 望んだ力を手に入れた吟侍は元の世界に戻る為に、ジェネシス・フィアスを後にした。
 ジェネシス・フィアスという世界は残り20年弱となった短い余生を静かに過ごす。

 吟侍は再び、戦いに戻る為に、元の世界に戻るのだった。

 →【ファーブラ・フィクタ】吟侍/ウェントス編第002話後編に続く。




登場キャラクター説明


001 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)
芦柄吟侍
 ウェントス編の主人公であり、ファーブラ・フィクタのメイン主人公。
 子供の頃、故郷、セカンド・アースを襲った絶対者・アブソルーター達を追い払った事から英雄と呼ばれる。
 その時、心臓を貫かれるが、七番の化獣(ばけもの)ルフォスの核でそれを補い、以降、ルフォスの力を使える様になる。
 勇者としての格は他の冒険者達より上だが、それだけに、他のメンバーより、強い敵を引きつける。
 創作バトルを得意としていて、攻撃方法のバリエーションはやたら多い。
 敵からすると最も厄介な勇者である。
 ウェントスでの救出チームに参加する。



002 ルフォス
ルフォス
 吟侍(ぎんじ)の心臓となった七番の化獣(ばけもの)。
 ネズミに近い容姿をしていて、最強の化獣である十三番、クアンスティータを異常に恐れていて、その恐怖に打ち勝つために、最も勇気を示した吟侍と命を同化する道を選んだ。
 ルフォス・ワールドという異世界をまるまる一つ所有していて、その世界のものは全て彼の戦力である。
 異世界には修行するスペースもあり、冒険者達の修行場として提供していた。
 異世界にある三つの核、マインドコア(心核)、スキルコア(技核)、ボディーコア(体核)を合わせる事により、新しい怪物等を生み出す事も出来る。
 ルフォス・ワールドはそれ以外にもロスト・ワールドという既に失われた世界をいくつも圧縮保存してある。



003 バラオーナ・カルダン
バラオーナ・カルダン他二名
 失われた世界ロスト・ワールドの一つ、ジェネシス・フィアスに住む少女。
 赤の国で天空の祈集師官(きしゅうしかん)という立場にいる。
 祈集師官は超兵器を動かす巫女の様な存在。
 青の国では大海の祈集師官ポルタレオーネ・ケレル、黄の国では大地の祈集師官ブレア・コヴァントンという同じ顔をした少女が居る。




004 オルフ・ファーネス
オルフ・ファーネス
 聖者テリー・ゴールドマンという幻想をつかいジェネシス・フィアスを影から操ろうとしている少年。
 人の心と記憶を変える力を持っている。
















005 エルクラーヌ・ユニット
エルクラーヌ・ユニット
 吟侍が既に失われた世界ロスト・ワールドの一つ、ジェネシス・フィアスで手に入れて来た女性型超兵器グランバグドーラーの一体。
 その膂力はアピス・クアンスティータに匹敵する。












006 スパヴェンタ・クォリティー
スパヴェンタ・クォリティー
 吟侍が既に失われた世界ロスト・ワールドの一つ、ジェネシス・フィアスで手に入れて来た星型超兵器スターフォルムフォートレスの一体。
 そのパワーはアピス・クアンスティータに匹敵する。












007 セレール・ファクト
セレール・ファクト
 吟侍が既に失われた世界ロスト・ワールドの一つ、ジェネシス・フィアスで手に入れて来た獣型超兵器ハードディープギフトの一体。
 その力はアピス・クアンスティータに匹敵する。