B001話 グラン・ベルト編
01 グラン・ベルトの記憶
「静かだ……」
カミーロ・ペパーズは何もない世界を見てまわる。
見渡す限り何もない土地があるだけの世界だ。
彼は自らの主としたソナタ・リズム・メロディアス第六皇女の成長を見届け、自分がいなくとも、彼女ならばやりたい事をやり遂げるだろうと確信して、この地に来た。
元恋人でもある、コーサン・ウォテアゲはもはや人だった頃の心は持ち合わせていないただの殺戮人形と化してしまっている。
コーサンを魔形(まぎょう)へと変えてしまったのはカミーロ自身だ。
彼は、神形職人(しんぎょうしょくにん)として名声を得ていた。
自信もあった。
その自信が彼女を魔形へと変えてしまった原因の一つであったとも言える。
カミーロの慢心が最高の神形となるはずだった彼女を最悪の悪魔へと変えてしまった。
後悔しても遅い。
彼女はすでに多くの人を殺めてしまっている。
彼女を元に戻しても彼女の罪はもはや消えない。
だから、彼女を生み出してしまった者の責任として、
彼女を愛していた者の責任として、
彼は、共に滅びよう──そう選択した。
ソナタが愛した、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)ならば、この考えは間違っているというかも知れない。
だが、カミーロにとってはコーサンとの残された時間が全てとなっていた。
命の終わりを愛する女性と一緒に居たい──それが例え殺しあう状況であったとしても。
カミーロが渡ったこのロスト・ワールドはすでに存在していた者達は、死に絶えている。
仮に何か出てきてもそれは、敵となるコーサン、魔形666号の作り出したものに過ぎないのだ。
魔形666号の気配はない。
共にこのグラン・ベルトにやってきたのはほぼ間違いないが、どうやら見える範囲にはいないようだ。
彼女はゾンビを作り出す力を持っていた。
が、それは魔形666号としての本来の力ではない。
それは彼女を作り出してしまったカミーロがよく分かっている事でもある。
彼女の本当の力はメモリー、思い出だ。
一時の夢として、その土地の記憶を呼び起こす力を彼女は持っているはずだ。
それは、カミーロが彼女との思い出を大切にしたかったので与えた力だった。
よもや、それが悪用されるとは思ってもみなかったが、考えてみるとそれは非常に厄介な力とも言える。
なぜならば、何もないこの地にもかつて栄えた伝説が残っている。
語る者が居なくなって久しいが、伝説の存在はこの地の記憶が覚えている。
一見、何もないこの地だが、カミーロはこの地の伝説とも戦わねばならない可能性がある。
だが、その力は別に、この地に限ったことではない。
あのまま、風の惑星ウェントスで闘ったとしてもその時は、ウェントスの地に記憶された伝説と戦う事になる。
ならば、何処で戦おうとも同じことだ。
向こうにはロック・ナックル達、仲間がいたが、正直、コーサンとの間には入って欲しくはない。
彼女との決着は元恋人である自分が、自らの手で行いたいからだ。
そう──これはカミーロとコーサンとの間の問題だ。
例え苦楽を共にした仲間であっても邪魔されたくはない。
滅びゆくこの地で殺し(あいし)あおうコーサン。
カミーロはこれから殺しあうというのに穏やかな表情で歩みだした。
歩いていくと、次第に、何もない荒野の様だったこの地に少しずつ町のようなものが現れてくる。
恐らく、コーサンが力を使ったのだろう。
この地のかつて栄えた記憶が現れてくる。
カミーロは当然、このグラン・ベルトという世界の事は知らない。
滅びゆく世界だから選択しただけの事なのだから、当然だ。
だが神形777号でもあるカミーロは土地の記憶を読む力がある。
数多く、神形を作った彼だが、魔形666号と神形777号だけに共通する力として、思い出を題材にした力を持たせていた。
他の誰にも入っていけない。
自分とコーサンだけの力として。
土地の記憶を読んでみるとカミーロの居るこの土地にはあまり、大した伝説は残っていない。
土地の記憶を操るコーサンとしては、この地では実力は発揮できない。
だから、彼女はもっと強い伝説の残る地をこのグラン・ベルト内に探している。
カミーロの実力では、このグラン・ベルト全ての伝説より強いという訳にはいかない。
カミーロの手に余る伝説が彼に牙をむいた時、彼は危機を迎えるだろう。
カミーロとしてはコーサンがもの凄い伝説にたどり着く前に、決着をしないと勝ち目はない。
勝つことが目的ではないが、ただ、やられたのでは意味がない。
せめて、いや、願わくば相打ちというのが彼の理想だった。
記憶を読む力があるカミーロにとっては、囮とは言え、コーサンが力を使ってくれたのは大変ありがたいことでもあった。
少なくともこの地を足掛かりにコーサンの記憶を追う事が出来る。
後は、コーサンの行動に追いつけば済む話だからだ。
怖いのはコーサンがこのグラン・ベルトを脱出するためのヒントを記憶から読み取ってしまうことだった。
脱出されてしまっては、この地に連れて来た意味がない。
あくまでも、この地を終焉の地としてもらわなくてはならない。
カミーロは歩みを早めた。
それに呼応するように町がどんどんできていく。
彼の歩みの邪魔をするように影がどんどんできていく。
その影はまるで人が立っている時に出来るような影だ。
やがて、影は人の様な姿を映し出していく。
人の様な姿が完全に現れた時、影は跡形もなくなった。
影の無い人型が次々と現れた。
人の様に見えてもこれは実体ではない。
コーサンが作り出した、制限時間の存在する幻に過ぎない。
1日だけの幻──その実体のある幻が消えた時、土地の記憶からもその幻は抹消される。
非常に儚い存在、幻影だ。
かつてこの地に住んでいた存在の幻が、コーサンの手足となり、カミーロを襲う。
殺戮衝動の虜となり果てている彼女にとって、生きているカミーロの存在がこのグラン・ベルトで唯一、欲求を満たせる存在となっている。
あらゆる手段を用いて、彼女はカミーロを殺しに来るだろう。
この幻影はその先兵だ。
だが、カミーロとて、ソナタの護衛任務を任されるだけの実力の持ち主でもある。
ただの住民の幻影などに後れをとる彼ではない。
例え、束になってかかってこられようとそんなに簡単にやられるようなたまではないのだ。
カミーロは襲い掛かる幻影と次々に握手をする。
カミーロの握手には鎮魂の効果がある。
握手された幻影達は次々と満足して、昇天していった。
正直、この地の刺客ではカミーロにとっては大した時間稼ぎにはならない。
襲い掛かる住民全てを昇天させて、彼はコーサンの記憶をたどって行き、次の目的地に向けて進んでいった。
次の目的地は大きな森だった。
見渡す限り、木、木、木、大木、木、木、木、大木、木、木、木……
ところどころ、大きな大木があり、周囲には木で埋め尽くされている土地だった。
この地では伝説──と呼ぶにはまだ、ふさわしくないが、それなりの強者達が住んでいた記憶が残っていた。
少なくともさっきの町よりは強敵が待ち受けている。
この地にはフィンガーベルトというのをしている者が存在した。
フィンガーベルトは指輪のようなものの事を良い、指につけるベルトなのでフィンガーベルトというらしい。
記憶を調べていくと、この辺りではまず、実力があるものはフィンガーベルトをはめる事になる。
10本の指全てにフィンガーベルトをつけると今度は足の指10本にフィンガーベルトをつけることになる。
手足の合計20本の指にフィンガーベルトをつけるとはじめて今度はブレスレットのような腕のベルト、アームベルトをつける事を許される立場になるらしい。
腕は二本だから、二つのアームベルトをつけると今度はレッグベルトを二つつける立場になる。
その後は首輪のようなベルト、ネックベルトをつける立場になり、最後に腰に巻くベルト、すなわちグラン・ベルトをつける事で一つの頂点を極めた事になるらしい。
この世界がグラン・ベルトと呼ばれるのもかつてこの風習が広く伝わっていたかららしい。
この地がかつて星の形をしていた時には各惑星には最低1名のグラン・ベルト保持者が存在し、それぞれ、しのぎを削っていたらしい。
フィンガーベルトとは伝説の駆け出しのような存在で、各惑星にたくさんいたらしい。
実力的にはかなり腕が上がるだろうが、まだ、カミーロの手に負えないような相手ではないだろう。
とは言え、油断出来る相手ではないというのが、彼の出した結論だった。
そのフィンガーベルトを一つ所有していた存在が、この森には三名存在していた。
つまり、三名、強敵かも知れない幻影が作り出されるという事になる。
だが、カミーロにとっては、この地でゆっくり戦っている暇はない。
彼が会いたいのはこの森の強敵ではなく、コーサンなのだから。
例え、幻影達にとって、1日しかない活動期間だとしても、それら全ての相手をしている余裕はないのだ。
森が作られたという事はこの地をコーサンが訪れているという事の証明でもある。
コーサンは訪れてもいない土地に幻影を作り出す事は出来ないのだから。
幻影達を突破していった先に、コーサンが居る。
それが解っているからこそ、敵地だろうが、何だろうが押し通る価値がある。
幻影とは言え、1日は実体があるので、木の枝を伝って進む事が出来る。
森の中では下を行くのは危険が多い。
木の中に身を隠しながら進む方が安心できた。
それでも、敵は目ざとくカミーロを見つけ、木の枝を伝って襲って来た。
軽業師の様に身の軽い敵を相手に、これまでの様に握手をするという訳にもいかない。
カミーロは自身の影を光の様に変えた。
言ってみれば光影(こうえい)だ。
光の影には邪悪な存在に対する浄化効果がある。
影を変質化させ、光の刃で、敵を浄化して行った。
神形777号──それはカミーロ自身でもあり、神形職人としての集大成を詰め込んだ最高傑作でもある。
カミーロの身には詰め込めるだけの力を持たせているのだ。
敵対する相手に対する対抗手段の多さで言えば、彼は、同じ三銃士仲間のロック・ナックルやニネット・ピースメーカーを遥かに凌駕していた。
多彩な芸術家とも呼ばれていたことがあったくらいだ。
今はその手数の多さが彼の自信でもあった。
どんな敵が来ても彼は自身の身体に秘められた力を駆使して戦う事が出来る。
力でこそ敵わないものの、攻撃バリエーションの多さで言えば、芦柄 吟侍にも引けはとらない自身もあった。
森の中ごろを行ったところで、指にベルトをした敵が現れた。
恐らく、この森の実力者の一名だろう。
フィンガーベルトの保持者が攻撃を仕掛ける。
が、そこにカミーロはいない。
神の力ともいえる光の力を使いこなすカミーロは光の屈折を利用して、彼自身も幻を作り出したのだ。
本物の彼は敵の数メートル先を進んでいた。
そのまま、フィンガーベルト保持者を交わして、先を進むカミーロ。
出てくる敵全てと戦う必要はないのだ。
全ての相手をしていたらカミーロの身体は持たない。
倒さなくては通れないような相手が出て来た場合のみ、相手をしていけばそれで良いのだ。
しばらく行くと、残り二名のフィンガーベルトの保持者らしき存在も現れたが、同じ要領で彼は敵を交わした。
同じ手に乗るところからももし、戦ってもそれほど苦戦はしなかっただろう。
本当の強敵ならば、同じ手で逃げられるような事はなかっただろうからだ。
その後も雑魚とも言える敵が次々と現れたが、彼は必要最低限の攻撃をしただけで、後は、振り切ってその場を後にした。
やがて、森も抜けた。
カミーロの足止めという役目を終えてしまった、森は静かに、消滅していった。
カミーロはなおも足を進めた。
しばらく行くとまた、次の目的地となった。
次なる幻影が彼の行く手に立ちふさがったのだ。
次は一見、のどかな田園風景だ。
立ちふさがったのは、巨大な熊のようにも見える大男だった。
見ると、フィンガーベルトを二つしている。
さっきの森はフィンガーベルトが一つだった事を考えるとさっきよりは実力が上がっているが、それでも大した戦闘能力ではないだろうと推察できる。
この辺りは過疎化が進んでいた地帯なのだろう。
まだ、本当の大物らしき存在は現れていないと思っても良い状況だ。
大物が多く集まる地でコーサンは陣地を構えるつもりなのだろう。
どんどん、大物が出てきそうな地を模索しているような形跡がある。
大男の攻撃は思ったよりも早かった。
カミーロの神速にもついてこれるくらいの反応速度を持っていた。
が、技能面では単調な攻撃が続いている事からもあまり大したことはなさそうだ。
このグラン・ベルトは芦柄 吟侍が選択するような巨大な力を秘めたロスト・ワールドではない。
世界自体の力がもともと弱かったため、滅びの道を選択せざるを得なかった世界に過ぎない。
なので、全体的なレベルから考えてもびっくりするような強敵が存在する世界ではないのかも知れない。
だが、それでも、この世界にとっての強者というのはかなりの実力を持っているはずだ。
その世界の全員が大したことないという事は考えられない。
世界の中で飛びぬけた実力を持つとんでもない存在がいなきゃ不自然だ。
目の前の大男がそれだという事はないだろうが。
カミーロは大男の攻撃を見定めていく。
このまま、交わすという手もあるが、この男のスピードならば、追いかければ、次の障害に足止めされた時に追いつかれて挟み撃ちになる可能性がある。
だとすれば、この男は倒して行った方が無難だと彼は判断した。
スピードだけでなく、パワーもかなりあるみたいなので、まともに力比べしてもしかたない。
カミーロは単調な動きから、大男の隙を見極め、背後に回り、そこから、耳元に息を吹きかけた。
天使の息吹──カミーロの吐く息にも沈静効果がある。
握手をすれば、大男のパワーで鎮魂の前にカミーロの手を握りつぶされる恐れがあるが、耳元から吹かれるこの優しい息吹は大男を脱力させ、彼から力を奪っていく。
おとなしくなった大男に握手をして、昇天させた。
大男を突破したカミーロは次の目的地に向けて足を向けた。
コーサンの姿はまだ見えない。
だが、ずいぶん、追いついて来た感覚は残っていた。
とは言え、まだ、コーサンとは距離がある。
このままのペースでも追いつくにはまだ、時間がかかるだろう。
カミーロは先を急いだ。
次なる目的地にはコーサンが居た。
いや、違う。
コーサンを真似た、別物だ。
偽者のコーサンがカミーロに立ちふさがった。
コーサンを愛しているカミーロにとってはこれは侮辱とも言える行為だった。
コーサンをただ、真似ているだけであれば、彼は何とも思わなかった。
だが、偽者のコーサンはカミーロを誘惑してきた。
まるで、偽者に惑わされろとでも言いたげだった。
それまで穏やかだった彼に怒りの感情が芽生えた。
バカにするな。
お前など、コーサンでもなんでもない。
姿形を真似ただけの紛い物だ。
そう思った彼は光の影で偽者を細切れにした。
続いて現れたフィンガーベルトの保持者達も彼の怒りを鎮めるために犠牲となるだけだった。
彼は更に歩を進める。
当然、行く先には壁となる存在の幻影達が次々と現れる。
だが、カミーロは次々と撃破していった。
フィンガーベルトの保持者では例えいくつ保持していようが、彼の敵ではないようだった。
もはや、大して、時間稼ぎにもならなかった。
ほぼ素通りの状態で、次から次へと難関を突破していくカミーロ。
彼は完全に勢いづいていた。
快進撃が続き、彼の勢いを止める事はそれまでの土地の記憶に居る幻影では役に立たなかった。
コーサンを追い出してから、彼女との距離は3分の2以上は縮まっていた。
彼女との距離も後少しという状況になってから、突然、刺客が出てこなくなった。
コーサンの方で、刺客を用意して足止めするよりも、記憶をたどって、大物が出てくる地に向かって行った方が良いと判断したのだろう。
突然、途絶える足掛かり。
カミーロが立ち止まる。
コーサンは気配を消す事に集中したらしい。
大分、距離は縮まったのは解るが、それでも、彼女を発見できるくらいまでにはまだ、近づいていない。
気配を消されてしまっては探しようがない。
が、それでも、コーサンが自分を意識して、気配を消しただろうというのが解って、少し嬉しかった。
まだ、コーサンには相手を意識する心が多少なりとも残っていたのかと思うと、敵として扱われているとは言っても嬉しくないと言ったら嘘になる。
まだ、やり直せるかも知れない。
そんな気持ちも目覚めてしまう。
だが、彼女はやりすぎてしまったのだ。
後戻りはできない。
残された道は破滅しかない。
その現実に立ち返り、また、絶望する。
希望と絶望を繰り返す。
まるで、恋愛をしているようだった。
自分達はどういう結末を迎えるのが正解なのか?
それは全くわからない。
実際に彼女と戦わなければならなくなった時、本当に戦えるのか?
情けをかけて彼女に殺されてしまい、本当の意味での彼女の魂を救う事が出来なくなってしまうのではないか?
そんな不安も出て来た。
だが、答えはいつか出さなくてはならない。
いつかは追いつくのだから。
追いついて彼女と戦う時になって答えを出さなくてはならないのだ。
迷っていられるのは追いかけている今の内だけだ。
カミーロは再び、歩を進める。
今度は道しるべとなるべく、立ちふさがる障害が見えない。
完全に、手探りでコーサンを探すしかない。
考えろ。
考えるのだ。
コーサンならばどう動く?
まともな心を無くしてしまったとは言え、相手は愛するコーサンなのだ。
彼女ならば、どう動く?
ずっと彼女を見て来た自分であれば解るはずだ。
考えろ。
考えるのだ。
カミーロは思考を巡らせた。
今までの彼女の行動からも彼女の動きの癖みたいなのは出ている。
彼女の気持ちになって、次の行動を予測する事に集中した。
すると彼女の間合いのようなものが見えてきた。
恐らく、しばらくは、気配を絶って辺りを探索し囮となる幻影を遠距離で作った後、その死角となる位置に移動する。
それが彼女の行動予想パターンだった。
だとすれば、彼女の本命――とまでも言わないまでもかなりの強者を見つけるのが先だ。
それから囮となる位置まで移動し、幻影を作ってから、元の位置まで移動し、目をつけた強者の幻影をじっくりと作っていく。
ならば、幻影が現れた所は無視してそこから死角となる位置をあぶり出して、そこへ向かう。
そうすれば、彼女との距離は一気に縮まるだろう。
その強敵さえ時間をかけずに倒せれば、彼女はもうすぐだという事になる。
カミーロの予想通り、しばらく、コーサンはなりを潜めた。
カミーロもその地その地に残された記憶を読み取る力はあるので、彼の方でも様々な地を渡り歩き、彼女が選びそうな地を探す。
運良く、彼女が見つけそうな強敵の記憶の残る地に先回り出来ればそこで、彼女を迎え撃つ事も出来る。
元恋人との命を賭けたかくれんぼは熾烈な頭脳戦となった。
如何に、相手の心を読み取り、先回り出来るかがこの戦略を勝利へと導くだろう。
探しに探し回り、カミーロはコーサンが選びそうな強者の記憶の残る地を見つけることが出来た。
だが、この地をコーサンが見つけるかどうかは解らない。
もうすでに見つけて囮の地を探しているかも知れない。
それとも、また別の地にもっと良い候補がいるのかも知れない。
グラン・ベルトの伝説がはっきりとは解らない以上、これは勘に頼るしかない。
スタート地点からはゆうに百キロ以上は進んだだろうか。
そろそろ、強者の集まる地が増えていてもおかしくはない。
見つけたとは言ってもカミーロは一つだけ発見したに過ぎない。
ここだけだという保証はない。
待っていたら、コーサンは遠くに行ってしまうかも知れない。
だからといってせっかく見つけた強者の記憶が残る地を離れるのはチャンスかも知れない場所を逃す事になるかも知れない。
不安からか、神形であるはずのカミーロから汗のようなものが出てくる。
これは、体内の水分が気候に反応して出てきたものなのかそれとも気の焦りからくるものなのかは解らない。
だが、不安に思って居ることは変わらない。
完全にコーサンの心が解っていれば、彼女の心の悲鳴を感じ取り彼女が魔形へと変貌するのを防げたかも知れない。
全ては彼女の心を読み切れなかったカミーロの傲慢さが招いた事態でもある。
彼女の犯した罪はカミーロの罪でもある。
彼女を魔形に変えたのは彼なのだから。
コーサンの心の全てを解れというのも傲慢なのかも知れない。
だが、せめて、彼女の悲鳴でも聞き取れていれば彼は今、悩んでいなかったかも知れない。
もし、そうだったら、彼はソナタ姫の従者として、惑星ウェントスにも行かなかっただろうし、今まで出会った人達の殆どとも出会わない、もしくは違った関係になっていたかも知れない。
起きてしまった事はもうどうしようもない。
後は起きた事に対して責任をとっていく事くらいしかカミーロには出来ない。
こうして、コーサンを待っているのはまた、間違いかも知れない。
彼女はまた別の行動をしていて、すれ違いになっているかも知れない。
だけど、彼には今の自分の行動を信じるしかない。
彼女ならこう動く筈だ。
そう信じて、彼女を待ち続ける事しか出来なかった。
どれくらい時間が経っただろう。
一時間?それとも一週間?
時間感覚が無くなってしまっている。
神形である彼は故障してしまったのだろうか?
いや、違う。
その地、その地の記憶をたどっている内に時間感覚がなくなってきたのだ。
待ち続ける間、色んな事を考えた。
全てコーサンに関係する事だ。
カミーロにとってはコーサンこそが全てだったからだ。
来て欲しい――
その彼の願いは叶えられた。
コーサンが現れたのだ。
現れたと言ってもまだ、近くまで来た訳ではない。
コーサンの微かな気配が感じられたのだ。
間違いなく、彼女は近くまで来ている。
待っていた。
この永遠とも言える時を。
コーサン――今すぐ会いに行きたい。
飛び込んで行きたい。
だが、彼は待った。
この距離で近づけば彼女は逃げ出す可能性が高かったからだ。
もっと近く。
最低でも肉眼で確認出来るくらいまでは近づかないと彼女は逃げてしまう。
だから、自分の気持ちを押し殺して待った。
逢いたい衝動を抑えて待った。
一歩、また一歩と彼女の気配が近づいてくるのを感じる。
彼女は人の心を失っているため、カミーロよりも感覚が鈍い。
だから、今はカミーロの間合いでコーサンの間合いではなかった。
彼の方だけが彼女を感じとれていた。
今だけは特別な時間。
彼女が近づくのを待つ、鼓動を抑えるのに必死な時間。
もうすぐ――
もう少し、待てば彼女はここにやってくる。
間違いなくここにやってくる。
カミーロは確信した。
そして、また、しばらく待つとようやく彼女の姿が見えてきた。
カミーロは光の屈折を利用して見えない状態になっている。
コーサンはまだ彼に気づかない。
前に現れた偽物じゃない。
本物のコーサンだ。
人ではなくなってしまったが、微かに、恋人だったころの雰囲気を残す魔形――
愛しくて愛しくてたまらない存在――
だけど、倒さなくてはならない存在――
二人を待つのは悲劇の結末しかないのだろうか?
だが、二人の消滅は二人にとって不幸な事なのだろうか?
生まれ変わってまた、一緒になろうという気持ちもある。
生まれ変わって浄化されてまた、無垢な赤ん坊として再生しよう。
二人で再生しよう。
カミーロは切ない気持ちに包まれた。
出会えば、殺し合わなくてはならない運命(さだめ)――
だけど、二度と会えなくなるよりは良い。
二人はまじわえるのだから――
コーサンとの距離は500メートルを切った。
カミーロの目であれば、表情の細かな所まで確認出来る距離だ。
だが、コーサンの方もようやくカミーロの残す微かな気配に気づいたようだ。
コーサンが身構えた。
慌てる形で幻影の実体化を始める。
コーサンが実体化する幻影はあらかじめ調べている。
アームベルトを持つ強者。
それが、この地に記憶された存在だ。
そいつを倒せば、後は彼女と向き合える。
カミーロは不思議な高揚感を得た。
絶好調――
だが、計算違いが生じた。
アームベルト保持者の実力を見誤っていた。
「うぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」
雄叫びを上げて突っ込んでくるアームベルト保持者。
少なくともフィンガーベルト保持者達とはレベルが全く違っていた。
カミーロはあっという間に吹き飛ばされた。
咄嗟に光の防壁を何重にもはりめぐしたが、一発で全ての防壁が破壊された。
まともにパワーでは立ち向かえない程の力の差を感じた。
幸い、何とか防壁がクッションの役目を果たしてくれたので、カミーロにダメージはほぼ無い。
だが、この隙にコーサンは別の地へと逃げてしまった。
せっかくのチャンスをイージーミスで逃がしてしまった。
こんな事ならカミーロの方からもっと近づいておくんだった。
――と後から後悔しても遅い。
まずは、このアームベルトの戦士を何とかしなくてはコーサンを追えない。
この戦士の情報は地の記憶から解っている。
この戦士の名前はゾイズマ。
この地でトップになった事のある戦士だ。
生前は、とても好戦的な性格で、強い者を見つけると衝動的に勝負を挑んでいた。
得意な攻撃は破壊攻撃だ。
破壊攻撃と言っても何かを破壊するという事ではない。
自らの肉体を破壊する程の衝撃を攻撃時に作り出すパワーがあるのだ。
壊れた身体はゆっくりと再生する。
不老不死の力もあるのだ。
肉体のリミッターが無いから力の限りぶん回す。
まともにぶつかれば、カミーロの身体が持たない。
パワー重視タイプの戦士だが、関節技や柔術などで対抗してもパワーで押し返される恐れがある。
ここは冷静に相手のパワーを利用して相手の身体を更に破壊し、再生しきる前に対処するというのが攻略として適切な手段だろう。
そう判断したは良いが、スピードもかなりのものなので、タイミングを合わせるのは至難の業だ。
一呼吸する間に信じられないくらい前に進み出てくるので、避けるだけで精一杯だった。
これだけエネルギッシュに動き回れば間接とかに無理が生じてくるのだが、再生能力のあるゾイズマはそんな事を気にする必要もないだろう。
後から後から再生するのだろうから。
圧倒的パワーの不死身の相手。
だが、吟侍と行動を共にしていたカミーロは不死身の相手を倒す手段も身につけていた。
不死身くらいの相手にいちいち驚いていては吟侍のパーティーのメンバーはやっていられなかったからだ。
能力浸透度の低い不死身くらいならば、カミーロでも十分倒す事が出来る。
再生速度から考えてもゾイズマの能力浸透度や能力浸透耐久度はそれほど高くない。
カミーロは合掌のポーズを取る。
彼の対不死身用の技を繰り出すためだ。
【完全浄化(かんぜんじょうか)】だ。
再生能力を持つ不老不死はそこに異物が少なからず混ざっているものである。
再生している内に外部の異物を取り込む事になるからだ。
カミーロの【完全浄化】は異物を一切取り除くというものだ。
不死身の能力も異物と判断して取り除かれる。
残るのはパワーだけもの凄い、再生能力の欠如した肉体だけが残される事になる。
そうなれば後は自滅していくだけだ。
身体の破壊を全く気にしない戦い方に慣れたゾイズマはそんなに簡単にはパワーを抑えられない。
必ず身体に無理な行動を取り、身体が破壊されて行動不能となるのだ。
カミーロは合掌した両手に息を吹きかける。
そして、両手を離し、それを一瞬動きの止まった、ゾイズマの両胸に押し当てた。
じゅわわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……
ゾイズマは両胸からどんどん浄化されていく。
後は計算通り、ゾイズマは自らの身体を壊していった。
「うががかぁぁぁぁぁぁっ」
叫び声はするが、ゾイズマにカミーロを圧倒するような戦闘力はすでにない。
後は、放っておいてもゾイズマにはカミーロの邪魔になるような行動は取れない。
黙っていても一日経てばゾイズマは消えるが、武士の情けとして、カミーロは【完全浄化】の手のひらを頭にも押し当てトドメをさした。
思わぬ強敵だったが、ゾイズマを撃破したカミーロはコーサンを追いかける。
ゾイズマとの戦闘で時間を取られ、彼女を完全に見失ってしまった。
また、一から探さないと行けない。
今度は彼女も警戒するだろう。
同じ手が通じるとは思えない。
滅びていっているとは言ってもまだ、グラン・ベルトの世界は広い。
距離を置こうと思っている相手を探すのには骨が折れる。
向こうは一定の距離を置くだろう。
幻影を作り出すにしても一日経てば消えてしまう。
ならば、一日以内でカミーロに接触出来る距離を保つだろう。
コーサンの行動を推測すれば、恐らく、ゾイズマかそれ以上の存在の記憶が残る地をいくつかキープするだろう。
これまでのような単発では、カミーロが突破すれば、すなわち、コーサンにとってのピンチとなる。
複雑に強者を織り交ぜた方が、カミーロにとっては脅威となる。
カミーロとて無敵ではない。
このグラン・ベルトの伝説で彼の勝てない存在が居るはずだ。
そうなったら、彼はどうするのか?
逃げる?
いや、一時撤退すると言った方がいいかも知れない。
一度引くが再びコーサンの元に進む。
どんな強敵を用意しても一日あれば彼女の幻影は消えてしまうのだから。
生きてさえいればいつか彼女にたどり着く。
これはカミーロとコーサンの根比べでもある。
どちらが先に音を上げるか、その勝負でもある。
カミーロには諦めるつもりは全くない。
あるとすれば、コーサンの方が諦めてカミーロとの決着をつけにやってくるという方であろう。
コーサンにとっては、カミーロを幻影を使って倒す事が優先されるだろう。
彼女の方は、カミーロを強敵として認識しているようだから。
カミーロの方も油断はしない。
アームベルト以上の保持者はカミーロにとって強敵だと認識した。
束になってかかって来られたら彼に勝ち目は薄くなる。
ゾイズマ戦を経て、カミーロとコーサンはお互いをよりいっそう意識するようになった。
カミーロはなおもコーサンを追いかける。
コーサンとの決着は相打ちしかないのか?
それはまだ解らない。
彼の中で結論となる答えは用意出来ていないからだ。
最終的にどういう決着に持っていくのが正解なのかは全くわからないが、とにかく前に進むしかない。
例えそれが、奈落の底に落ちるような結末だとしても。
ゾイズマの記憶から、この辺りにはゾイズマ以上の強者はいないという事が解っている。
ゾイズマがこの辺りを仕切っていたのだから。
だとすれば、コーサンのコマとなるような存在がいないという事になる。
なら、コーサンは逃げていった方向からさらに西もしくは北か南の方向に強者を見つけに行ったと推測出来る。
コーサンから見てカミーロは東に居たので東には行っていない。
彼女には瞬間移動等の能力が無いことは彼がよく知っている。
逃げた方向から三方向に見れば良い。
だが、西か北か南、その方向のどこかまでは解らない。
仮に北だった場合、南に向かえば離れて行ってしまうことにもなる。
コーサンがこの地に見切りをつけたのはわかるが、何処へ向かったかまではわからなかった。
コーサンは準備が出来たら、カミーロを誘い出すために何らかのアクションを起こすだろう。
コーサンはただ逃げているだけではない。
カミーロとの間合いを計っているのだ。
彼を殺すために。
相手を殺すという事で言えば、カミーロとコーサンは両思いであると言って良い。
かつては愛し合う関係だったが、今は殺し合う関係。
それが今の二人の関係だ。
コーサンの方はどうだか、知らないが、カミーロは今でもコーサンを愛している。
愛しているからこそ、このままのコーサンでいさせる訳には行かない。
誰も居ない地に来たとは言え、中味が殺人鬼のままではいさせられなかった。
「私は今でも愛しているよ、コーサン……」
カミーロは独り言を言う。
それは、自分の気持ちを確認する行動でもあった。
コーサンを倒すが、彼女を愛している。
その事は自分で再確認しておきたかった。
三方向の内、カミーロは西に絞った。
彼女は真っ直ぐ、カミーロから離れた。
離れて距離を取り、また、戻ってくるために。
そう考えたのだ。
その読みはまたしても当たっていた。
しばらくすると、彼女のアプローチがあった。
間違いなく、この先に彼女は待ちかまえているだろう。
居ない方向からは彼女のアプローチはないのだから。
再びアームベルトの保持者が立ち塞がる。
このアームベルト保持者を誘いに使うのだから、恐らくはそれ以上のものを見つけたという事だろう。
とにかく、まずは、このアームベルト保持者を排除する事に集中することにした。
カミーロはまた記憶をたどった。
現在までは干上がっていたが、ここはかつて大海原だった場所だ。
コーサンの力で海が再現されている。
立ち塞がるのはこの海域を支配していた強者だ。
名前はスパンキャ。
能力としては、海水使いといった所か。
海の水そのものが武器であれば、この場所は厄介でもある。
辺り一面、塩の水であるこの場所はスパンキャにとっては水を得た魚のようなものだ。
海の中での戦闘はカミーロにとって自殺行為でもある。
だとすればカミーロは上空に逃げるのみ。
スパンキャの海水を使った攻撃がカミーロを追う。
飛行能力の無いカミーロは神形職人としての能力を使い、簡単な飛行機を作り、その揚力で何とか浮いていられている状態だ。
飛行機が海に落ちる前に決着をつけなくてはならない。
残念ながら、一日中浮いている事はエンジンのついていない飛行機ではあり得ない。
落ちる前にスパンキャをしとめる必要がある。
カミーロは光影で切り裂こうとするが、スパンキャは海底深くまで潜ってしまっていて、光がそこまで届かない。
だが、攻撃のためには、スパンキャは浮上してくるはずだ。
その少ないチャンスに攻撃を当てなくてはならない。
カミーロは飛行機から飛び降りた。
いや、飛び降りた様に見せかけた。
光の屈折を利用して、カミーロが海上に落ちた事を演出して見せたのだ。
誘いに乗って、スパンキャが浮上する。
そのチャンスをものにして、カミーロは簡易飛行機を刃に変えて突っ込んだ。
見事急所に当て、スパンキャを倒す事に成功した。
大事に飛行すればチャンスはいくつかあったかもしれないが、最も油断するのは最初の囮に引っ掛かった時だと判断した彼は最初のチャンスに全てをかけて、簡易飛行機に全てを賭けて勢いよく突っ込んだのだ。
簡易飛行機には【完全浄化】の効果を与えていたので、スパンキャの急所に当たったのはそれで致命の一撃となった。
勝つには勝ったが一歩間違えればカミーロの方が倒されていたかも知れない戦いだった。
刺客を倒した事によって、コーサンの待っている方向が確定した。
この先、西に進めば、コーサンが待ちかまえているだろう。
どのくらい進めばコーサンにたどり着くかは解らない。
コーサンにたどり着くまでにはいくつか壁が立ち塞がるかも知れない。
だが、それらの先には彼女が待っている事は確かだろう。
カミーロは再び歩みを進めた。
しばらくすると辺りは闇に包まれた。
周りの景色がよく見えない。
闇色の霞、闇霞(やみがすみ)といったところか。
カミーロは慎重に歩を進める。
かすかな気配が三つ。
土地の記憶をたどるとどうやら今までと違う年代の強者のようだ。
時代から考えてみると今まで出て来た強者の年代よりも数百年は昔の年代だ。
そう──同じ土地でも歴史が違えば、関わってくる強者も違う。
例えば、同じアームベルト保持者でも時代によっては実力が激しく上下する。
強い時代もあれば弱い時代もあるのだ。
気配から力量を推測すると今までの時代よりも多少レベルが落ちるようだ。
だが、相手は三名いる。
しかも、恐らくは三名ともアームベルト保持者。
単純に考えてもまともにぶつかればちょっとまずい事になる。
個別に撃破していくのが良いだろうとカミーロは判断したが、どうやら、この時代は太陽の光がほとんど届かなかった闇の時代のようだ。
敵は闇夜に目が慣れているが、カミーロは慣れていない。
また、光の力を使うカミーロであれば、自身から発光することも可能だが、それだとかっこうの的になってしまう。
何とか相手に蛍光物質を塗って、それで見極めようとカミーロは考えた。
再び合掌のポーズをとり、手のひらに蛍光物質を作り出す。
これだと、合掌の隙間からあふれ出る光で敵が寄って来てしまうが、攻撃の寸前で交わし、相手に蛍光塗料を塗りたくれれば勝機はある。
カミーロは意識を集中させる。
完全な闇という訳ではない。
近づけば何とか見えるくらいには明るさがある。
だが、ものすごいスピードでこられたら、確認する前に攻撃を受けてしまう。
ならばと、目を閉じ、気配探知に意識を集中させる。
辺りはシーンと静まり返っている。
気配は今のところ感じられない。
敵も警戒し、息をひそめているのがわかる。
カミーロは空気の流れを読む事に集中した。
いかに敵の気配が消えようとそこに微妙な空気の流れは存在する。
静止している物に当たる空気と動くものに当たる空気ではほとんどわからないほどだが、微妙に違う。
敵も攻撃するためには間合いを詰めなくてはならないのだ。
かならず、敵は動く。
その時がカミーロにとってのチャンス。
心眼を研ぎ澄ませる。
どのくらい時が経っただろうか。
一瞬ともまる一日とも思える時間がカミーロには感じ取れるようになっている。
今は仲間が居ない。
誰も助けてくれない。
頼れるのは自分だけ。
自分の力だけが全て。
ならば、自分の全てをかけて戦おう。
カミーロは三つの気配の内の一つの動きを察知した。
気づかれたと判断した気配はまっすぐカミーロの方に突っ込んで来る。
間一髪──
攻撃が当たるその一瞬前にかろうじて交わし、なおかつ、蛍光塗料をその気配に塗る。
気配の一つは目視できるようになった。
その蛍光塗料は特別性だ。
水で洗ったくらいではまず取れない。
塗られた相手には、カミーロに挑んで来るか撤退するかを選択してもらう事になる。
目視できる敵はしばらく動きが止まり、やがて、再び動き出す。
どうやら、挑んで来るつもりらしい。
自らを囮として、他の二つの気配の盾にでもなるつもりなのだろう。
どのみち、敵には、一日しか時間が与えられていない。
結果を出さなければ、一日で、幻は消えてしまうのだから。
敵もそれが解っているからこそ、勝負を選択したのだろう。
目視できる敵は左右に飛びながら近づいて来る。
フェイントをかけているつもりなのだろう。
カミーロもそれは解っている。
わかっているからこそ、更に集中した。
このフェイントは囮。
かならず、死角から残る二つの気配が襲い掛かってくる。
光の届かないこの状態では光の屈折による幻はカミーロには作れない。
姿をぼやかすというよりは、敵の動きを読んで真っ向勝負。
それがカミーロの選択だった。
目視できる敵から、敵が黒い服などを来ているのが解った。
暗い上にさらに黒いかっこうをされていてはますます見えない。
だが、見えないなら見えないで、目を頼りにしなければすむ事だ。
蛍光塗料を塗ったのはカミーロにとっての囮だ。
蛍光塗料はあくまでも敵の姿を一旦、確認したかっただけ。
その蛍光塗料をあてに目で追うつもりは全くない。
敵は、カミーロが蛍光塗料を塗られた相手に集中していると考えて、塗られていない二名が攻撃のかなめとして連携してくるはず。
だが、カミーロは囮役に興味はない。
あくまでもその後ろに隠れている二つの影に意識を集中させていた。
油断して攻撃して来たところを逆に叩く。
それがカミーロの考えだった。
カミーロの読みは見事的中した。
蛍光塗料を塗られた男は攻撃してこようとせず、一定の間合いを保ち、壁になる事に徹していた。
攻撃してこないならば、用はないとばかりに、カミーロはその囮を踏み台にして、影に潜む二名の内の一名に致命の一撃を与えた。
敵は一瞬、ひるんだ。
なぜ、囮役を攻撃してこないのかと驚いた。
その一瞬の隙をついて、今度は囮役に必殺の一撃を当てた。
残すは、姿の見えない一名のみ。
戦術を間違えた時点で、カミーロにとって有利に事は運んでいたのだ。
カミーロは意識を集中するのを一瞬、解いた。
敵はカミーロが敵を全て倒して油断したと思った。
そして、攻撃を仕掛けてくる。
が、それもカミーロによる罠だった。
緊張を解いたと思わせて、すぐに再び意識を集中し、飛び込んで来る敵の空気の流れを読んでとどめの一撃を与えた。
三名を倒した後、闇が晴れて来た。
難敵ではあったが、今のカミーロはコーサンとの決着のためにかつてない程、意識を集中している。
実力を大きく上回る実力が出ている状態だった。
今のカミーロは普段の数倍は強いと言えた。
何者もコーサンとの決着の邪魔はさせないという決意がカミーロをよりいっそう強くしていた。
戦いを重ねる程、戦いの中から何らかのスキルアップをどんどんしていっていた。
戦えば戦う程、カミーロはより強くなっていった。
疲労よりも戦いによる高揚感――ゾーンのようなものが彼の身体を絶えず成長させていった。
コーサンの方ももはやフィンガーベルト保持者ではカミーロの相手にはならないと判断したのか、刺客があまり現れなくなった。
出てくる刺客はアームベルト保持者ばかりだった。
闇の中の刺客以降も様々な時代のアームベルト保持者達が刺客としてカミーロの前に立ち塞がった。
数も1名ではなく、複数名で来るようになっていた。
最大、12名での連携攻撃にはさすがのカミーロも多少危なかったが、戦闘経験を積むと大分慣れてきたのかアームベルト保持者が束になってかかってきても決して引けを取らない戦闘力を身につけていた。
そして、刺客を送るコーサンの方にも変化があった。
ついに、片腕ではなく、両腕のアームベルト保持者が刺客として現れた。
刺客の名前はスダロベ。
これまでのアームベルト保持者とは格が違う存在だった。
だが、アームベルト保持者数名と互角以上に戦えるようにまで成長していたカミーロはこの強敵に対しても決して引けを取らない戦闘力を有していた。
スダロベの特徴は3秒毎に身体が完全に崩れるという事だ。
身体が完全に崩れた後、次の3秒でまた元に戻る。
攻撃を当てに行ってもタイミングがあわず、身体がグズグズに崩れてしまう。
その上でまた、再生を繰り返すので、固定化された相手に対する戦い方とは攻撃の間合いが全く違ってくる。
カミーロ自身、この様な相手と戦うのは初めてなので、勝手がわからず苦戦した。
光影で切り裂こうにも勝手に崩れるので、手応えが無い。
【完全浄化】しようにも浄化した部分を切り離してしまうので、決定打にはならない。
だが、スダロベにとってもカミーロは厄介な相手と言える。
カミーロの【完全浄化】はスダロベの身体を少なからず浄化してしまう。
なので、その部分を切り離して対抗しているが、切り離せば切り離す程、スダロベの身体は小さくなる。
戦い始めた頃にはカミーロの三倍はあった体格も今では二倍を切っている。
カミーロに迂闊には攻撃出来ないので、間合いを計って攻撃をしているがこちらも決定打にはならない。
スダロベには時間が一日しか与えられていない以上、状況を打破しないといけないのはスダロベの方だった。
カミーロとの決着をつけるべく、スダロベは分裂した。
二つに肉体を分けて、挟み込む形でカミーロに襲いかかった。
だが、冷静さを欠いた攻撃がカミーロに通用する訳も無かった。
カミーロは冷静に一体ずつスダロベに今度こそ決定打となる【完全浄化】を打ち込み、スダロベを倒した。
勝ったとは言え、両腕のアームベルト保持者は今のカミーロと互角近くの力を持っている。
だとすれば、これにレッグベルトを保持している者が現れるとカミーロでも勝つのは難しくなって来るという事でもある。
だが、後には引けない。
今勝てないのであれば、更に強くなっていけばいいだけだ。
カミーロはそう思っていた。
スダロベの浄化を確認したカミーロは再び、歩を進めるのだった。
連続して刺客を差し向けているという事はコーサンは焦っている――
そう、カミーロは感じていた。
早くコーサンを安心させてあげたい。
だが、安心させるという事は共に永遠に眠りにつくという事でもある。
愛の形は人それぞれではあるが、カミーロとコーサンの愛の形はこういう形でしか成就出来ないのだろうか?
悲しくも思える運命の時は近づいている。
カミーロは愛する女性と戦うために更に前に進むのだった。
続く。
登場キャラクター説明
001 カミーロ・ペパーズ
ウェントス編を離脱したキャラクターであり、元ソナタ・リズム・メロディアス第6皇女の側近である三銃士の一人だった。
神形職人であり、自らを神形777号に改造した。
元恋人であり、魔形666号となったコーサンを発見し、決着をつけるために共に、今は失われた世界の一つであるロスト・ワールドの一つグラン・ベルトにやってきた。
002 コーサン・ウォテアゲ
神形職人である元恋人に神形として生まれ変わるはずだった少女。
実際には失敗し、魔形666号となって、人の心を失い、殺戮を繰り返す存在と成り果てた。
死体をゾンビのようにして操る力を持つがそれは本来の力ではなく、あくまでも飾りの力に過ぎない。
カミーロに今は失われた世界ロスト・ワールドの一つグラン・ベルトに連れて来られた。
003 ゾイズマ
魔形666号コーサン・ウォテアゲの能力により、一日だけ限定で蘇った記憶の戦士。
グラン・ベルトにかつて君臨していた片腕のアームベルト保持者。
再生能力があり、自らの身体を破壊しながら攻撃を仕掛けてくる。
004 スパンキャ
魔形666号コーサン・ウォテアゲの能力により、一日だけ限定で蘇った記憶の戦士。
グラン・ベルトにかつて君臨していた片腕のアームベルト保持者。
海の支配者として君臨していた。
005 スダロベ
魔形666号コーサン・ウォテアゲの能力により、一日だけ限定で蘇った記憶の戦士。
グラン・ベルトにかつて君臨していた両腕のアームベルト保持者。
身体が崩れたり戻ったりを繰り返すため、実体を捉えるのが極めて困難な戦士。