第002話 迷走

第一章 3級の敵


天使でも悪魔でもある少女、キャリア・フロント・バック――
 彼女は今日も戦い続ける。
 光の惑星ルーメン、
 闇の惑星テネブライ――
 この二つの惑星の無限ループに捕まってどのくらいの時が経っただろうか。
 彼女はこの二つの惑星で交互に神御(かみ)の軍勢と悪空魔(あくま)の軍勢と戦い続けているのだ。
 頼れる仲間は光の惑星ルーメン側には猫の女神キャトラ、闇の惑星テネブライ側には実力があるのに評価されていなかった12級使愚魔(しぐま)フォールのみだ。
 この2名はボンドボール(絆玉)によって仲間にすることが出来た。
 ボンドボールはあと4つあり、ルーメン側とテネブライ側で2名ずつ仲間にする事が出来る。
 後は、一日4時間の結界――
 これは中立地帯となり、キャリアと仲間以外は入れない。
 それだけが、現在における心の拠り所となっていた。
 キャリアもキャトラやフォールと共に戦いによるスキルアップを経ていたが、敵のレベルも徐々にアップしていき、今では神御の刺客、天上使(てんじょうし)、悪空魔の刺客、使愚魔共に4級や5級の猛者達が顔を出すまでになっていた。
 それらもまた排除していったら、ついに3級の刺客が顔を出すまでになった。

 今現在居るのは闇の星、テネブライ。
 味方はフォールのみ。
 テネブライなので、キャトラからの手助けは不可能だ。
 対する現れた敵は、3級使愚魔ブッソーだ。
 見た目は普通の男性と変わらない。
 だが、内からこみ上げるような殺意がただ者ではないと言っていた。
 見た目では解らない、彼を3級たらしめる何かを持っているのは明らかだった。
 向かってくるブッソー。
「休んでいろ、キャリア、俺がやる」
 多数で少数を叩く事を嫌うフォールが前にでる。
 彼も実力者だ。
 例え3級といえど、引けを取るものではない。
 土刀(どとう)にエネルギーを送り、刀身の形を変えながら切り裂きにかかる。
 が、次の瞬間――
 ドオン……
 というもの凄い大きな音がして、辺りが吹き飛ばされた。
 キャリアは寸前の判断で、横からフォールを抱え、その場を瞬間移動していた。
 自爆――
 ではなかった。
 爆発物と自分を一瞬にして入れ替える力――それが、ブッソーの力だった。
 恐らく、離れた位置に爆発物をたくさん隠し持っているのだ。
 それで、キャリア達がブッソーに向かって行った瞬間に自らの身体と爆発物を入れ替え、そのまま爆発させる。
 それが、このブッソーの戦闘スタイルだった。
「残念、これで終わったと思ったんだが……」
 ブッソーが再び姿を現す。
 自らの身体は安全地帯に飛び、逆に危険物を相手の前に出現させる――
 それは厄介な力と言えた。
 攻撃が当たる前に入れ替えられてしまってはどうにも出来ない。
 そう考えたキャリアだが、フォールは、
「もう、手を出すな。次は俺だけでいく」
 と言った。
「大丈夫なの?」
「今ので、奴が入れ替える力を持っているのが解った。ならば、入れ替わるよりも前に奴の懐に踏み込めば済む話だ」
 と居合いの構えをとる。
 ブッソーが危険物と身体を入れ替える前に切り裂こうという考えなのだ。
 一瞬よりも早く切り裂く。
 そんな事が可能なのだろうか?
 だが、フォールの実力は本物だ。
 彼ならばやり遂げるだろう。
 キャリアはそんな安心感を持っていた。
 これまで一緒に死線をくぐり抜けて来て、彼の実力は嫌というほど解っていた。
 彼なら出来る――
 その確信が彼女にはあった。
 そして、それは現実のものとなる。
 ブッソーが身体を入れ替えるより前に土刀の刃は敵の身体を両断した。
 ブッソーの身体は爆発物と入れ替わったが、入れ替わる前に切り裂いた手応えをしっかりと感じていた。
 また、キャリアに爆発物から助けられたが、無事にブッソーをしとめた。
 手を出して怒られるかと思ったが、
「すまん、また、手を煩わせた」
 と言われた。
 その反応は、かたくなだったフォールも少しずつキャリアと打ち解けている証でもあった。
「ううん、困ったときは助け合うのが仲間でしょ」
 と彼女は答えた。
 フォールは少し照れくさそうにしていた。
 こういう関係がくすぐったいのだろう。
 だが、彼にしてみれば、かなり前進した態度とも言えた。

 キャリアは結界を張り、打ち合わせをする事にした。
 3級が出てきた事に対する問題でだ。
「鬼さん、みごとニャ。あちしも負けてらんにゃいニャン」
 キャトラがフォールを褒める。
「猫、そっちにも3級が現れるやも知れん、油断するなよ」
 フォールがキャトラを激励する。
「任せるニャン」
 キャトラはガッツボーズをとる。
 結界でのやりとりも大分慣れてきた。
 キャトラとフォールは同じ星に居られないが、それでも結界を通して、話し合う事は出来る。
 このコミュニケーションもキャリア達の成長には重要な要素となっていた。
 戦いに参加出来ない方も気づいた事を結界で話すことにより、次の戦いでそれを活かす事に繋がる事も多かったのだ。
 続く、ルーメンでの戦いにもやはり、3級はやってきた。
 3級天上使ララルーだ。
 キャトラは神ではあるが、3級ともなれば、神クラスに近い実力を持っている。
 油断すればやられる恐れは十分にあった。
 ララルーの攻撃はその瞳にあった。
 普段は目を閉じているのだが、目をひらくと視界に収まる範囲全てにダメージを分散出来る。
 視界の全てにダメージを分配するので、一発一発は大したこと無いのだが、これも積み重なれば大ダメージとなる。
 また、見られたらダメージを負ってしまうので、時間が経てば経つ程、不利になる可能性がある。
 また、ララルーは全部で百羽いた。
 視界の全てに与えるダメージを作り出すのに、時間はかかるのだが、それでも力を貯めている間に他のララルーが攻撃したら、連続攻撃を受けているという事になる。
 スピード勝負。
 さっさとけりをつけるべき相手と認識したキャリアとキャトラは近くのララルーから順番に攻撃を仕掛けた。
 途中どうしても目を見開いたララルーの攻撃を受ける事になり、泥仕合のようにダメージを負いながらの戦いとなった。
 それでも、根性で押し切りララルーを全滅させるのだった。
 キャリア、キャトラ、それにフォール――
 3名は3級レベルの敵でも勝てるまでに成長していた。
 3名はまだまだ伸びる。
 身も心も伸び盛りと言った感じだった。
 かなりの適応力ですぐに3級の刺客でも問題なく倒せるまでに成長していた。


第二章 Fからの刺客


 キャリア達にし向けている刺客達が全滅し続けている神と悪魔達もただ、手をこまねいて見ているだけではなかった。
 キャリアの結界をヒントに神側の刺客も悪魔側の刺客も行き来できる、第三地帯である聖魔地帯(せいまちたい)の創造案が神、悪魔双方の案としてあがっていた。
 神と悪魔の円卓会議まで、もう、それほど、時間も無い。
 このままでは、大した成果もあげられず、あの恐怖の化獣(ばけもの)クアンスティータに対する議題の会議を行わなくてはならないことになる。
 神と悪魔のもっているどうしようもなく言い知れぬ不安を何とか払拭するためにも、何とかして、クアンスティータの力を弱めたという吉報を得たいというのが双方の希望だった。
 使える手段はなんでも使う。
 なんとしてでも、クアンスティータは最弱な力で誕生させたい――。
 それだけはなんとしても叶えたかった。
「ええい、如真(にょじん)の準備はまだなのか?」
 神御の一柱が天上使達に告げる。
「おぉ神御よ、どうか御静まり下さい。如真プロジェクトは間もなく完成を迎えようとしています。今しばし、今しばしのお待ちを」
 天上使が神御の気を静めようと必死だった。
 如真と言えば、神御よりも強い戦闘力を与えられし存在となる。
 万が一にでも神に背く事が無いように念には念を入れる必要があったのだ。
 例え、キャリアを始末したとしても神御に反旗を翻されてしまったら元も子もないのだから。
 これらの動きは神の星ルーメンだけでは無かった。
 悪魔の星テネブライでもまた、同じ様な動きがあった。
「化深(けしん)の調整はまだすまんのか?」
 悪空魔の一体が使愚魔に告げる。
「悪空魔様、もう少しで、化深の調整も終わります」
 使愚魔が悪空魔を宥める。
 神と悪魔の違いはあれど、やっている事は同じだった。
 着々と、キャリア達への次なる大きな刺客の準備が進んでいた。
 次の2級の刺客を突破した場合の彼女達に待ち受けるのは神や悪魔の力を超える0級と1級天上使と使愚魔、そして、同じく神や悪魔の力を大きく超える如真と化深が戦線に加わる事になりそうだった。
 同時進行で進められている聖魔地帯の完成と同時期となりそうだ。
 何名かの3級の刺客を倒したキャリア達の前からピタリと刺客が出なくなった。
 疲労を蓄積させて消耗させて倒すという方法から、強敵をさし向けて一気に倒すという作戦に神、悪魔の両軍が切り替えたためだった。
 キャリアだけにとどまらず、彼女の仲間となったキャトラやフォールの成長も著しく、もはや、数に物を言わせて押し切る作戦が通用するようなレベルではなくなったのだ。
 悪戯に刺客を送れば、それだけ、キャリア達を急成長させるだけだった。
 なので、彼女達の成長の糧となりそうな中途半端な戦力は必要ないどころか、むしろ妨げになると判断したのだ。
 だが、それさえも、神、悪魔双方の判断ミスと言わざるを得なかった。
 暗躍しているF――彼を何とかしないと、事態は彼の思い描く通りの筋書きを通っているのだ。
 敵がいないのであれば、Fが代わりに用意する――それだけだった。
「よぉ、久しぶりだな、小娘。敵がいなくなって暇そうだな?心配しなくてもそうなったらそうなったらで、相手は俺が用意する。準備しておけ、結界が解けたら俺が放つ刺客と戦う事になるからな」
 と告げる。
 敵がいなくなったら敵を作る――
 それでは、彼女は戦い続けなくてはならなくなる。
 Fは決して味方ではない……
 ただ、面白がって、私に試練を与え続けている――
 そう確信するのだった。
 キッとFをにらみつけるキャリアだったが、彼は全く意に介して無い様子だった。
 キャリア達など取るに足らない存在だとでも思っているのだろう。
 キャリアの態度を無視して、刺客の説明を始めた。
 その説明によると――
 神話の時代に様々な淘汰が行われていて、完全消滅にいたらなかった存在も封土(ふうど)と呼ばれる封印用の土に埋められたという歴史があるという。
 その封土から発掘されたのが進化石(しんかせき)と呼ばれる石化した存在で、とある事故により、四つの種族が一斉に復活したとのことだった。
 その四つの種族の一つがFのし向ける第一の刺客として現れると説明された。
 その一族の名前はチグウ族。
 神話よりも前の時代、神話前紀に居たとされる存在で、突出した能力こそ無いが、その身体は神話後紀の時代の存在より遙かに強靱であるとの事だった。
 そのチグウ族の族長、ラゾ、巫女のミヴ、戦士のカヂ、学者のリグの四名を倒せとの事だった。
 ファーブラ・フィクタ星系での戦いの考え方の一つに能力浸透度と能力浸透耐久度というものがある。
 能力浸透度とは相手に効果をもたらせる力の度合いを意味し、
 逆に、能力浸透耐久度は相手の能力に耐える力の度合いを意味している。
 能力浸透度が相手の能力浸透耐久度よりも上回れば、相手に効果を与える事が出来るし、逆に、能力浸透度が相手の能力浸透耐久度より下回れば、相手に効果を与えられないのはもちろんのこと、逆にダメージを負ってしまうという事もあり得る。
 チグウ族はこの能力浸透耐久度が非情に高く、肉体的なパワーやスピードが優れた一族という事になる。
 神話前紀において、消滅させられなかったとあるので、相当な耐久度であると言える。
 もちろん、そんな怪物とまともにぶつかっても勝てないので、Fの方でパワーなどを調節するとの事だった。
 説明を聞いているだけでも、Fという存在が神や悪魔のレベルの遙か先を行ったレベルであることが窺いしれた。
 Fの力を持ってすれば、大ッ嫌いだと推測出来る神や悪魔の軍勢など、物の数ではないだろうに、何故かそれをしない。
 あくまでもクアンスティータにやらせようとしている。
 クアンスティータと言えば、このファーブラ・フィクタ星系に入る前から噂になっている。
 本当に存在するかどうかも解らない。
 何しろ、生まれてもいないのだから。
 そんなものを神や悪魔は何故、異常なまでに恐れている。
 天使であり悪魔でもある彼女は地位的には神御や悪空魔よりも下だ。
 そんな自分の立場では窺い知れない何かがクアンスティータという化獣にはあるのだろうか?
 そんな事をチラッと考えたキャリアだったが、Fの話はそれで終わりではなかった。
 チグウ族を倒すのは当たり前ととらえているのだろうか、次の刺客の話も続けてしたのだ。
 次なる刺客は同じく進化石となっていた四つの種族の一つ、ツェヴァ身族(ツェヴァしんぞく)だ。
 何でも、クアンスティータの身体とはこのウェヴァ身族の身体を究極以上に高めたものであるらしい。
 クアンスティータとは全く違うとは言え、参考にしたというのであれば、相当なポテンシャルであると言える一族だろう。
 刺客となるのは、ラヴァン(白)、シャホール(黒)、アドム(赤)、カホール(青)、サゴール(紫)、ヤロック(緑)、ツァホーヴ(黄色)、フム(茶色)、アフォール(灰色)、シャニ(緋色)という。
 色で分別されており、クアンスティータにはこの色のイメージが活かされているらしい。
 このツェヴァ身族を倒しても終わりではない。
 次なる刺客が更に用意されている。
 刺客の名前は、シェアスール族と言う。
 やはり、進化石となっていた四種族の一つとなる。
 これは、四名の族主(ぞくしゅ)と呼ばれる代表者達のみが生き残っているらしい。
 森羅万象を司るとされていて、エアラッハ(春)、サウルー(夏)、フォーワル(秋)、ゲブルー(冬)と言うらしい。
 これまで、進化石として復活した三種族が相手だった事を考えると次の刺客も予想出来た。
 最後の四種族目となるワサト永族(わさとえいぞく)だ。
 生殖活動をしないこの一族は数を増やす事のない永遠の存在と呼ばれていて、一族は経った七名とされている。
 刺客としては族王(ぞくおう)であるワサト、
 立ち位置が前であるアマーム、
 立ち位置が後ろであるカルフ、
 立ち位置が右であるヤミーン、
 立ち位置が左であるヤサール、
 立ち位置が上であるアァラー、
 立ち位置が下であるアスファルだ。
 立ち位置とはワサト永族が神と呼ばれている時に描かれる位置の事だ。

 チグウ族、ツェヴァ身族、シェアスール族、ワサト永族と呼ばれる神話前紀の四大種族との戦いが終わった後は、ツイン・シスターオペレーションの三大成功例との戦いが待っていると告げられた。
 ツイン・シスターオペレーションとは、神話の中で最強の双子と呼ばれるクアースリータ、クアンスティータにあやかって、性質の違う双子を作りだそうというプロジェクトの事を言う。
 クアースリータとクアンスティータを真似ようと思ってもいざやってみると大失敗の連続だったという。
 無数の実験が行われ、成功例はたった3例だという。
 その3例を取ってみても本物のクアースリータ、クアンスティータには遠く及ばないらしいが。
 その成功例である、デクシア(右)、アリステラ(左)姉妹、
 プリュス(+)、モアン(−)姉妹、
 プラーミァ(炎)、リョート(氷)姉妹が相手になると言う。
 どの存在をとってみても、クアンスティータという大きすぎる存在からこぼれ落ちた存在であると言える。
 生まれてもいないのに、たくさんの存在を生み出す元となっていて、様々な影響を与えているクアンスティータ――
 考えれば考える程、現実感が無い存在だった。
 もし、そんなものが誕生したら、何もかもが終わりになってしまうのではないかとさえ思えてくる。
 何にしても、キャリア達に拒否権は無い。
 Fが用意する刺客を倒していくしかないのだ。
 キャリアは結界を早めに解くことにした。
 もし、Fからの刺客が途轍もなく強かったならば、一定の距離を取ったり、考えるための休息が必要となる。
 制限時間いっぱい使い切ってしまったらその手も使えなくなる。
 次に解放されるのはルーメンだ。
 とすれば、パートナーはキャトラという事になる。
 頼もしくなって来たとは言え、まだまだ、フォールに比べると、つめの甘い部分も多い。

 緊張が走る。
 慎重にキャリアは結界を解いた。
 目の前には四つの影が存在していた。
 見た目は原始人といったところか。
 だが、首の後ろから触手のようなものが生えている。
 ふくらはぎの部分からもしっぽのようなものが生えている。
 その事からも普通の人間ではなく、別の存在であるという事が理解出来た。
「こいつらが進化石による生命体……?」
 キャリアがつぶやく。
 四つの影の内の一つが動く。
 名前が解らない。
 だが、
「奴はチグウ族の戦士カヂだ。あっさりやられるなよ」
 とFが告げた。
 向かって来ているのが、カヂという存在なのは解ったがどんな力を持っているのか解らない。
 Fの話では肉体面では、今の時代の存在とは比較にならない程、強固であるという事らしいが、それ以外では全くわからない。
 キャリアとキャトラに戦慄が走る。
 今まで相手にしてきた神や悪魔の刺客ではない。
 それ以上の力を持つFという存在の解き放つ刺客なのだから。
 得体の知れない恐怖が彼女達を襲う。
 殺されるかも知れないという恐怖が普段の何倍にも感じられた。
 キャリアとキャトラは身構える。
 次の瞬間、カヂが距離を詰めてきた。
 瞬間移動を思わせるスピードだが、瞬間移動ではない。
 もの凄く早いのだ。
 殴りかかってくるカヂ。
 その拳をキャリアは受けようと思ったが、キャトラに押されて、吹っ飛んだ。
 仲間割れ――ではない。
 キャトラの獣としての勘から、受けたらバラバラにされると感じ、咄嗟に、キャリアを吹っ飛ばして交わさせたのだ。
 それは正解だったようで、キャリアが受けるはずだった場所には塵一つ残っていない。
 ただ、どでかい穴がポッカリと空いていた。
 その状況から攻撃を受けていたら、消し飛ばされていただろうというのがうかがえた。
 ゾッとなるキャリア。
 こんな恐ろしい膂力を持つ敵と戦わなくてはならないのかと恐怖を覚える。
 だが、恐怖よりもそれを上回ってやるという言い知れぬ高揚感の方が増す。
 体内にアドレナリンが分泌される。
 キャリアは頭上のハート型エンジェルハイロゥを超高速回転させて、ブーメランの様にカヂに投げつける。
 ギャリンという音がするが、カヂは無傷だった。
 エンジェルハイロゥの切れ味はもの凄いものだったはずなのに、相手の肉体には傷一つない。
 やはり、体力面では恐ろしく頑丈だ。
 キャトラの高速移動にも負けじとついてくる。
 単純に肉体的な強さではカヂには勝てそうもなかった。
 更に言えば、カヂは気の遠くなる程の長い化石状態からの復活でまだ、身体が慣れきっていない様子だった。
 慣れてくれば慣れてくる程、カヂの戦闘力は極端に上がっていった。
 このままでは、手に負えなくなるのも時間の問題と思われた。
 必死でカヂの猛攻に食らいついていくキャリアとキャトラ。
 死にたくないという気持ちが先行していて、時々攻撃が空回りもしていた。
 それでも、その勢いからか、強制的にスキルアップしている印象がキャリア達は感じていた。
 無理矢理レベルを上げられている――そんな感じだった。
 死にものぐるいで戦って、それでもなお、相手に合わせて、戦っていく。
 それは、ルーメンからテネブライに移り、パートナーがキャトラからフォールに移っても同様だった。
 カヂによる猛攻が続いた。
 カヂには神、悪魔の属性はない。
 なので、ルーメンにもテネブライにも出れるのだ。
 キャトラとフォールもキャリアのエンジェルハイロゥからエネルギーが供給されているのか、キャリアと一緒に極端なレベルアップを果たしていた。
 とても出会った時の気弱な女神と12級の使愚魔とは思えないレベルアップだった。


第三章 苦戦の中から生まれたあるイメージ


 Fによる強制強化に神と悪魔の勢力が焦りだしたのか、再び、神と悪魔の刺客の連続攻撃が始まった。
 ついには2級の天上使と使愚魔が戦線に加わる事になった。
 が、途中で中断されたとは言え、カヂとの強制レベルアップがあったので、普段であれば、大苦戦するであろう2級の刺客も大して脅威には感じなかった。
 とはいえ、2級と言えば神御(かみ)や悪空魔(あくま)に匹敵するようなレベルの刺客だ。
 簡単に勝てるという訳には行かなかった。
 カヂとの連戦が無ければ、恐らくはこの2級の刺客にやられていただろう。
 そういう意味ではタイミングよくカヂとの戦いが入ったと言わざるを得なかった。
 キャリア&キャトラ対2級天上使リリングの戦いがヒートアップする。
 リリングの能力は無数のリングを飛ばし、そのリングが無機物を囲むとそこに疑似生命体が生まれ、リリングの先兵としてキャリア達に攻撃を仕掛けてくるというものだった。
 擬似的とは言え、命を生み出せるというのは神の特権を与えられていると言っても良かった。
 リリングのリングはそのものを破壊しない限り、いくら疑似生命体を倒しても新たな無機物を取り囲み、新たな疑似生命体となる。
 さらに言えば、そのリングはとても鋭利で、簡単には破壊できないという厄介ぶりだった。
 キャリア達はリングの攻撃力に比べ、リリング自体の攻撃力が多少劣るのに気づき、リングへの対処よりもリリング本体への攻撃を優先させて戦った。
 リリングも段々、押され始めた頃、新たな2級天上使がリリングの助けに入ってきた。
 新たな2級天上使の名前はロロード。
 ワープを得意とする天上使で、別空間への移動を繰り返しながらの攻撃となる。
 別空間にあるものも持ってこれるので、ロロードに対して身構えていても突然現れるものがなんなのか解らないと対処をしようがない。
 あれこれ手をこまねいている内にルーメンからテネブライの時間になってしまった。
 カヂの時から、決着がつきにくくなっている。
 悪しき連鎖が続いている。
 ここらでルーメンにいるときはルーメンの、テネブライにいるときはテネブライの敵を一回で決着をつけていく流れに戻したいところだ。
 だが、テネブライでも2級の刺客がキャリアとフォールに立ち塞がる。
 2級使愚魔ブラドットと同じく2級使愚魔ボーンボが立ち塞がる。
 ブラドットは血液の能力を持つ使愚魔だ。
 その血液は猛毒で出来ていて、その血液に触れたら触れた所から身体が腐っていってしまうという。
 腐敗血液と呼ばれる血液で、下手に傷つけると返り血を浴びたとたんに致命的になってしまう。
 ボーンボは体中の骨が特殊な金属で出来ている使愚魔だ。
 骨が異様に硬いので、まともにぶつかってもダメージを負うのはキャリア達の方となる。
 ある意味カヂに近い身体の持ち主となる。
 だが、カヂは身体全体が異常に硬かったが、このボーンボは骨が硬いだけだ。
 上手く、肉を切らせれば、ダメージを与える事は出来る筈だった。
 だが、ブラドットとボーンボも連携で来られると非情に厄介であると言えた。
 能力的には大した事ない2体の使愚魔達だが、2級たらしめるのはその基本的な体力、戦闘力であると言えた。
 キャリアとフォールも連携で対処するが、ブラドットとボーンボには長年連れ添ったと思われる様な連携攻撃はキャリア達の連携を上回っていた。
 大分、連携技術もアップしてきたとは言え、キャリアとフォールはまだ出会ってそれ程経っていない。
 さらに、フォールは基本的に個人で戦うのを得意とするソロファイターでもある。
 連係攻撃というのを得意とはしていない。
 そのため、勝てそうなのになかなか勝てないという状況に陥り、テネブライでの戦闘は時間制限があるという焦りも手伝って、決着がつかないまま、また、ルーメンに戻ってしまった。
 ルーメンでもやはり、キャトラとの連携で奮闘するのだが、それでもリリングとロロードの連携には決定打とならなかった。
 そして、また、テネブライに戻される。
 今までは、ルーメンとテネブライの移動を有利に利用してきたが、今は逆に、リリングとロロード、ブラドットとボーンボに戦いの時間制限を逆利用されてしまっていた。
 何とか、攻略法が思いついても時間切れでルーメン、もしくはテネブライに送られてしまう。
 そこで、別の敵との戦闘中、戦っていない方の敵はキャリア達への対抗策を練って来て、次のバトルに活かされてしまっていた。
 さすがに2級ともなると、簡単には攻略できなかった。
 脅威には感じないのに勝つための決定打が打てない。
 それは、2級の刺客の戦い方が上手いという事もある。
 2級の敵との戦いが滞っているのがしばらく続くと、ルーメン側では更なる2級天上使ゾゾーンが加わる。
 テネブライ側でも更なる2級使愚魔ダミーダが加わった。
 ゾゾーンの力は特定の領域に入ると自動的に何らかの効果があるという罠の領域を作り出す事が出来る。
 ダミーダの力はダミーの身体を作り出す能力に長けている。
 あらゆる物を作り替えて見た目がダミーダに見える偽者を作り出せるのだ。
 簡単な動きであればその偽者を動かす事も出来る。
 動く偽者に惑わされる事にもなる。
 ダミーダはブラドットとボーンボの偽者も作り出せるから攻撃バリエーションがさらに増える事になる。
 そして、2級の刺客のサポートをするために3、4、5級の刺客達も現れた。
 2級の刺客の指示の元、3級から5級までの刺客が攻撃に加わる。
 これは、キャリア達もたまらなかった。
 思わず結界を張ってしまった。
「まずいわね」
 キャリアはつい愚痴をこぼしてしまった。
 このままでは体力が尽きた時、殺されてしまう。
 タダでさえ、ルーメンとテネブライでの連続的な刺客との戦いをしているキャリアだが、連携のとれた状態で向かって来られては対策が取りにくい。
 今までは数は居ても、連携がとれていない部分をついて、その隙を利用して勝ってきたのだ。
 連携をとられて、不足部分を補いあわれては、つけいる隙も少なくなり、勝ちにくくなる。
 圧倒的なパワーを得られていない状態の今では、活路が見いだせない。
 圧倒的なパワーを得るにはどうしたらいいか?
 それを考えても妙案は全く思いつかなかった。
 だが――
(ママ……)
 という言葉が突然脳裏に焼き付いた。
「何?なんなの?」
 突然のイメージにキャリアは何が何だか解らない。
 ママとはどういう事なのだろう?
 単純に思うイメージは【おかあさん】という意味での【ママ】がある。
 【元のママ】の【ママ】という事も考えられる。
 【おかあさん】の意味での【ママ】という言葉に心当たりはない。
 特定の男性とそういう事になる行為をした覚えがないからだ。
 では将来において、フォールあたりとの間に子供を作るという事か?
 いや、違う。
 それはないだろう。
 フォールは仲間だが、彼との間に恋愛感情はない。
 先の事は解らないとは言え、彼との間に子供を作るというイメージは湧かなかった。
 【元のママ】という意味ではどうだろう?
 これも全く意味が解らない。
 悩んでいると、フォールが
「一人で悩んでいてもしかたあるまい。何かあるなら俺にも話してみろ」
 と言ってきてくれた。
「あちしにもお願いニャン」
 とキャトラも言ってきてくれた。
 仲間とはありがたいなと改めて思うキャリアだった。
 彼女は二人に感謝しつつ、頭に強烈にイメージされた【ママ】という言葉について話した。
 三人は改めて考える。
 フォールが何かを思いつく。
「お前につきまとっているFという男、それは関係ないのか?」
「関係ないと思うわ。私の事をまるでゴミでも見るかのように見ている男だもの。私との間に子供をもうけるなんて思わないと思うわ。無理矢理手籠めにでもされない限り、私の方からアプローチをするなんて考えられないし」
「あの男は執着しているんだろ、あの化獣(ばけもの)の事を……それとは関係ないのか?」
 あの化獣とは【クアンスティータ】の事を指す。
 さすがのフォールも恐ろしくて、なかなか素直に【クアンスティータ】の名前が出せなかった。
「怖いこと言うニャン。本当に居るのかニャン?」
 キャトラも怯えている。
 神や悪魔の上層部は明らかにクアンスティータに対して警戒している。
 警戒しているという事は存在するという事でもあるのではないか?
 下っ端であるキャトラやフォールにはクアンスティータに対する事は詳しく説明されていない。
 神話の中でのフィクション。
 そう、とらえてきた。
 居るはずのない存在。
 そうは思うが、神や悪魔の上層部の異常で神経質なまでのこだわりは本当に居るのではないかと思えてしまう。
 ママとはこのクアンスティータが母親を求めているという事なのか?
 考えただけでもゾッとする。
 クアンスティータが実在するのであれば、その脅威はこれまでの神や悪魔の軍勢達の比ではない。
 絶望的なまでの圧倒的な力の化獣。
 クアンスティータとはそういう存在だと言われている。
 噂では、偽クアンスティータという存在が居て、クアンスティータに害なすものを始末にやってくるとも言われている。
 だからこそ、滅多な事では、クアンスティータの名前は出せないのだ。
 本物はいるかどうかは解らないが、偽者を名乗るクアンスティータは実在する。
 それが、常識となっていた。
 クアンスティータに対する恐怖心はこの偽クアンスティータ達が築いていると言っても過言ではなかった。
 噂では偽クアンスティータとは10種類存在すると言われている。
 その偽クアンスティータ達はキャリアの故郷である、地球上でも存在する生物の要素を取り込んでいると言われている。
 キャリアはファーブラ・フィクタ星系にたどり着くまでの間に偽クアンスティータ達が先頭になって組織しているクアンスティータ・ファンクラブという集団が居るというのを聞いて震え上がっていた時の事を思い出した。
 当時はクアンスティータというのは化獣の名前ではなく、組織の名前だと思っていた。
 とんでもない数の構成員が居る超巨大組織――
 そう、認識していた。
 だが、Fの口から聞かされた真実は違っていた。
 圧倒的過ぎるクアンスティータという存在のカリスマ性に惹かれて勝手に組織された集団であるというのが今の認識だ。
 クアンスティータという途轍もなくでかいブランドがもの凄い数のファンを取り込んだ。
 そして、クアンスティータに害する者を処分するために動いている。
 それが、クアンスティータ・ファンクラブだ。
 圧倒的過ぎる名前に群がり、好き勝手やっている連中。
 出来れば関わりたくない集団だ。
 だが、キャリアの【ママ】というイメージとそのクアンスティータ、いや、偽クアンスティータのイメージが重なった。
 本物のクアンスティータとは神話の時代、ニナという名前の魔女が産もうとしたが、産めずに終わったとされている化獣だ。
 なので、クアンスティータを産み落とす母親はニナという名前の女性であるという事になっている。
 対して、偽クアンスティータはどうだろうか?
 【偽者】であるのだから、本物と違い、母親は魔女ニナではない。
 クアンスティータの関係者から正式に偽者と認定されたクアンスティータであり、この偽クアンスティータ達には別に母親に当たる存在が居るはずだ。
 史実によると偽クアンスティータはある時代に突然現れ、勢力を急激に伸ばしていったとされている。
 どのような経緯で生まれたかというのは解っていない。
 解ってはいないが、偽クアンスティータ達にも母親となる存在が居たのではないか?と推測出来る。
 ファーブラ・フィクタ星系で育ったものであれば、母親から生まれていない存在も中にはあるというのが普通の常識としてあるのだが、地球育ちのキャリアにとっては母親とは必ず居るという考えがあった。
 だから、偽クアンスティータの母親はどうしたのだろう?という疑問にたどり着いた。
 【偽クアンスティータの母親】――まさかとは思うが、自分は偽クアンスティータの母親に選ばれたのではという一見、あり得ない様な考えが浮かぶ。
 そして、Fとは怪物ファーブラ・フィクタの事ではないだろうか?
 怪物ファーブラ・フィクタと言えば、魔女ニナの夫で、クアンスティータの父であると言われている存在だ。
 クアンスティータの名前が広まる前の実力者として有名である。
 本物のクアンスティータの父であれば、本物の真似をする偽者に対しては冷めた目で見るのも納得がいくし、それでも、我が子の名誉を守る役目を果たすのであれば、苦々しく思いつつも、偽クアンスティータという存在を認めるという事にも納得がいく。
 本物ではない以上、父親は怪物ファーブラ・フィクタである必要はない。
 要はクアンスティータをイメージ出来る存在であればいいのだから。
 偽クアンスティータを産む母親の相手は誰でも良いのだ。
 何をバカな事を――
 そうは思っても、この考えが消えなかった。
 何の根拠もない話であるはずのこの考えが頭から離れない。
 そのあり得ない考えが確信に変わる時――
 それはFが結界内に現れた事によるものだった。
「気づいちまったか……何の根拠もなきゃ、結論には達しないと思ったが、母親の勘ってやつか、理屈は全く通ってないのに、僅かな繋がりをくっつけて、その結論から離れられなくなったってとこか……」
 と言ってきた。
「な、何をしたの、私に」
 キャリアはFに質問する。
 すると、
「お前のエンジェルハイロゥ……そこには、偽クアンスティータを産み出す元が入っている。いっぺんに力を解放させてもお前の身体は耐えられない――だからこそ、お前は数々の死闘を通して、無理にでも出産に耐えうる身体を手に入れて貰わねばならん」
 という答えが返ってきた。
 キャリアの前世、それは、現在存在している偽クアンスティータを産み出した母体だったという。
 偽クアンスティータを産み出す要素を持って生まれたキャリアはFが見いだし、そのまま地球圏からファーブラ・フィクタ星系まで来るように導いていたという事も話し出した。
「ふざけないで。私は子供を産む道具じゃない」
 キャリアは反論する。
「前世でのお前では、どう頑張っても10種類の偽クアンスティータまでしか産み落とせなかった。今世でも、最低でも10種類は産んで貰うぞ」
 とFは告げる。
 冗談ではなかった。
 今まで必死で生き抜いてきたのは自分らしく生きたいと思っていたからであって、偽クアンスティータを産むためではない。
 神からも悪魔からも疎まれてきて今度は化獣の代わりを産み落とす道具として扱われる。
 そんなのは嫌だ。
 私は私らしくありたい。
 キャリアはそう決意した。
 だが、どう逆立ちしてもこのF(十中八九、この男は怪物ファーブラ・フィクタであろう)には勝てない。
 無理矢理、産まされるくらいなら戦って殺される方がマシだと思うがFに対する底知れぬ恐怖から前に出ることが出来ない。
 それを見てFが更に告げる。
「出産と表現したが、実際には出産する訳ではない。お前はエンジェルハイロゥを維持する事に集中すればいい。母体ではもたんから、仮の母体となる媒体が必要となる。お前の場合それが、エンジェルハイロゥであるという事になる」
「私のエンジェルハイロゥはそんな事のためにある訳じゃない」
「お前の今のレベルではカヂの肉体すら傷つける事は出来ない。それでは、偽クアンスティータは産み出せん。今の状態から化ける必要がある」
「そんな事を言っているんじゃない。私は私の意思で行動する。子供を産みたいと思った時に産むし、産みたくないと思った時は産まない」
「産むという言葉がお前のネックになったようだな。偽クアンスティータは産むというよりは作り出すのに近い。お前は母親ではなく、創作者という事になる」
「違う違う違う、私は……」
 キャリアは狂乱したように首を振る。
 これ以上話してもFとは会話がかみ合わない。
 もう、話を続けたくなかった。
 何もかもリセットしたい。
 そんな気持ちだった。
 少なくともFにはこの場を消えてもらいたい――そう思っていた。
 その願いが通じたのか、Fは、
「急用が出来た。お前との話はまた後だ」
 と言って、姿を消したのだった。
 Fが去った後は、どっと疲れがでて、そのまま眠り込むのだった。
 キャトラとフォールもキャリアの近くに居ながらFを前にして何も出来なかった。
 圧倒的な力の前にただ、黙って見ている事しか出来なかった。
 そんな二人がキャリアに対してどんな言葉をかけられようか?
 何も言えなかった。
 キャリア達に暗い影が現れた。
 キャリアはそのまま死んだように眠った。


第四章 天の上の存在


 一方、消えたFは別の空間に現れた。
 現れた場所は神ですら恐れ多いと近づかぬ究極の聖域と呼べる場所だった。
 そこにはある存在がいた。
 その存在を表現するのに神や悪魔から順を追って説明せねばならない。
 光の惑星ルーメンに君臨する神御(かみ)も含めた神の軍勢の頂点は真~(しんじん)と呼ばれている。
 その真~も含めた神という概念そのものを作ったとされている存在を最真~(または最深~/さいしんじん)と呼ばれている。
 同じように、闇の惑星テネブライに君臨する悪空魔(あくま)も含めた悪魔の軍勢の頂点は超魔(ちょうま)と呼ばれている。
 その超魔も含めた悪魔という概念そのものを作ったとされている存在を極超魔(または極頂魔/ごくちょうま)と呼ばれている。
 その最真~と極超魔とあわせて超越存在として数えられる第三の超越存在を総じて、三大超越存在(さんだいちょうえつそんざい)と呼ばれている。
 その三大超越存在の更に上、善悪をも超越した存在が居る。
 その存在は神の上に立つ者という意味で【~上立者(しんじょうりっしゃ)】と呼ばれている。
 最真~はこの~上立者を真似て神という概念を作ったとされている。
 そのため、神にとっても近づくのさえ恐れ多いという存在になる。
 悪魔や第三の超越存在にとっても目上の存在となる。
 正に天の上の存在と言えた。
 この16名の【~上立者】よりも上の立場は~超存(真超存/しんちょうそん)と呼ばれる存在しかないという正に上の上に存在する者達だった。
 例え、Fと言えども、この究極の存在を前にすると少なからず居竦んでしまう。
 それ程の存在だった。
 ~上立者達は自らの力を誇示したりはしない。
 すれば、宇宙が維持出来ないことが解っているからだ。
 ~上立者達が動ける場所――それは宇宙の何処にも存在しない。
 宇宙を超えた所にのみ存在する。
 それ故に、神や悪魔ですらも立ち入る事を恐れ多いとされている場所に存在した。
『悲しき存在よ、我らに何か用か?』
 ~上立者の一名がFに対して声をかける。
 声を聞いただけでも消滅してしまいそうな威圧感をもっている。
 が、それでも~上立者達はFを始末しようという考えではない。
 滅ぼすという事の虚しさを知っているのだ。
 むやみに、存在を消し去るような真似はしない。
 Fは冷や汗をかきつつも、
「いや、一度、会ってみたかった。神や悪魔の上に居る存在に。俺の子はあんた達をも超える。それだけを言いたかった」
 と言った。
 強がりではなかった。
 もし本当にクアンスティータが誕生するのであれば、その力は~上立者どころか~超存をも上回る。
 その確信があった。
 そのために、クアンスティータを究極の状態で産み出そうとしていたのだ。
 自分達をも超えるかも知れない存在を産み出そうとしている男(F)に対して、この超絶者達はどのような対応を取ろうとするのか?
 かつて、深~(しんじん)や頂魔(ちょうま)達が彼の娘、レインミリーを騙した様に、この~上立者達もまた、自身の保身のために、Fの行動を邪魔しようとするのか――
 それを確かめたかった。
 ~上立者達がその気になれば、Fですら、簡単に始末できるだろう。
 そうなれば、クアンスティータの誕生が無くなるかも知れない。
 だが、それでも確かめなくてはならなかった。
 彼の敵は神や悪魔にとどまるのか、それともそれ以上の存在にまで及ぶのか。
 それが知りたかったのだ。
 ~上立者の一名が、
『悩みがあるようだな……自分の行動に自信が持てない。それで迷い、他の存在を巻き込んでいる。何をすべきか、どういう結果を迎えるべきか、それが自分では見えていない……』
 と言った。
 Fの心の中をのぞき込んだのだ。
「ふっ、あんた達に隠し事をしても意味がねぇのは解っている。あぁ、そうだ、確かに俺は迷っている。どれが正解なのか、わからねぇ。このまま、あんた達に殺される結果となってもそれはそれでありだと思っている」
『娘への愛がお前を迷わせているようだな。ならば、一つだけ言おう、お前が娘を思うように、娘もまたお前を思っている。それは確かなことだ』
「そうかい、そいつは、良いこと聞いた。娘にどやされるかも知れねぇかと思ってもいたんだ。レインミリーも俺を見ていてくれているって事か」
『あまり、あの娘(キャリア)を苛めるな。お前の悩みはその娘ではなく、お前の後世が晴らしてくれる』
「芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)か?」
『解っているのなら、立ち去るが良い。ここはお前のような者が来る所ではない』
「そうさせてもらう。あんたと話していると足がガクガクするんでな」
 それだけの会話を済ませた後、Fはその聖域を離れた。
 何故、~上立者に会いにいったのか?
 それは、キャリアにとってのFがFにとっての~上立者に値するからだった。
 どう逆立ちしても逆らえない存在。
 常に、その存在に怯え、戦いを強要されて来たキャリアの気持ちを少し理解してみようと思ったからだった。
 キャリアだけでなく、先ほどの会話はFとしても彼女と全くかみ合っていなかったと感じていた。
 お互い、主張したい事が全く合っていない印象だった。
 混乱している彼女の顔を見て、自分の行いが正しいのかどうか疑問に思ったのだ。
 それで、無理をして、自分には手の届かない存在と会ってみよう――そう思ったのだ。
 キャリアと同じ立場でものを見て見たかったのだ。
 復讐をして、神や悪魔、人間達を全滅させて、果たしてその後、何が残るのだろう。
 何も残らない。
 虚しさだけが残るのではないか。
 それは何となく解っている。
 それが自分の弱さだという事も。
 解ってはいるが、深~と頂魔の企みを見抜けなかった自分の弱さが許せなかった。
 何か行動しなくてはならない。
 その衝動だけには逆らえなかった。
 行動するとしたら、彼には、クアンスティータを最強の形で産み出す――それしか無かったのだ。
 強さとは何だ?
 Fも解っている。
 本当に強い者は自分の力を誇示したりしない。
 誇示するのは中途半端に力を得た弱者のする事だ。
 自分の力に自信がないから、自分が強いんだという事を証明するために、他者を傷つけそれを証とする。
 それが新たな争いを生む。
 心の弱い者はそうやって、更なる強者に挑戦し、敗れ去っていくのだ。
 悪戯に争いを生んでいるFもまた、弱者に過ぎない。
 本当の強者ではない。
 それも解っている。
 解っていても止まらない。
 止められないのだ。
 自分は~上立者のように物事を達観出来ない。
 達観出来ないFは力だけでなく、心の内面においても~上立者には遠く及ばないのだ。
 F自身は超えられないが、クアンスティータならば、超えられる。
 自分が出来ない事を子供に託す。
 なんと小さい男だろうか。
 自分ではそう思う。
 そんな自分の脆い心を平静に保つにはクアンスティータ誕生に全精力を傾ける――
 それしか無かった。
 キャリアに対しては圧倒的強者を気取ってはいても、実際には、自分の行動に自信が持てない小さい男。
 何とも笑える話じゃないか。
 キャリアに対して、つまらない見栄を張っているという事になるのだ。
 か弱い少女に対して、自分は強いんですよと言って何が楽しいのだろうか?
 虚しかった。
 何をやっているんだと思った。
 キャリアだけでなく、Fもまた、自分の居場所がなく、もがいていたのだった。
 キャリアを見ている内に、彼女を通して、自分も同じような立場になっているという事を思い知らされていた。
 キャリアはもがき苦しみながら戦っていたが、それはFに対して全く届かなかったという訳では無かったのだ。
 合わせ鏡のように、Fの心にも訴えかけるものがあったのだった。
 Fは後悔する。
 キャリアに偽クアンスティータの事を話してしまったという事をだ。
 あのままとぼけることも出来た。
 だけど、真実を告げなくてはならないような気がしてつい話してしまった。
 キャリアが真実を知らないという事はFもまた、真実を知ることが出来ないと思ったからだ。
 答えが欲しい。
 何が正しいかという答えを。
 自分の行動が正しかったという答えを。
 その答えがわからないから、Fもまた、キャリアと同じように苦しみもだえるのだった。
 キャリアを見ながらFもまた、苦しんでいたのだ。

 続く。



登場キャラクター説明

001 キャリア・フロント・バック

キャリア・フロント・バック 地球圏から光の星ルーメンと闇の星テネブライまで流れてきた天使であり悪魔でもある少女。
 地球での居場所が無く、新天地を求めてやってきたが、最強の化獣(ばけもの)クアンスティータを更にどうしようもないレベルに引き上げる最悪の因果律を持つとして、神御(かみ)と悪空魔(あくま)に敵対視される。
 Fの力を借りて何とか生き残っているが……











002 F(怪物ファーブラ・フィクタ)
怪物ファーブラ・フィクタ
 この世界で暗躍する謎の存在。
 正体は最強の化獣(ばけもの)クアンスティータの父親。
 愛娘、レインミリーの無念を晴らすため、クアンスティータを最強の形で産みだそうと画策している。
 キャリアがその鍵を握るとして、彼女に協力する。












003 猫神 キャトラ
猫神キャトラ
 キャリアに最初に仲間として認められた猫の女神。
 ちょっと臆病な性格で語尾に【にゃん】がつく。
 臆病な割には戦闘能力は結構ある。


















004 はぐれ使愚魔(しぐま) フォール
はぐれ使愚魔フォール
 最低ランクに属する12級の使愚魔だが、実力的には4級、6級の使愚魔を瞬殺出来る程ある。
 正々堂々と戦う事からキャリアに仲間として認められた鬼。
 武器は金棒ではなく、特殊な闇の土で出来た刀、土刀(どとう)を駆使して戦う剣士タイプだ。
 この土刀はフォールの邪気をすって様々な形に変化する。













005 3級使愚魔(しぐま)ブッソー
ブッソー
 自らの身体と爆発物を入れ替える力を持った厄介な3級使愚魔(しぐま)。
 見た目は普通の男性と変わらない。




















006 3級天上使(てんじょうし)ララルー
ララルー
 普段は閉じている瞳をあけると視界に入る全てにダメージを与える事が出来る力を持つ3級天上使(てんじょうし)。
 百羽居る。


















007 ヂグウ族の戦士カヂ
カヂ
 神話より前の時代に活躍し、強靱過ぎる肉体のため、滅ぼす事が出来なかった4種族の一つ、ヂグウ族の戦士。
 進化石(しんかせき)という状態になっていたが、復活する。
 極端に高い能力浸透耐久度(のうりょくしんとうたいきゅうど)を持つ。
 原始人を思わせる容姿に首の後ろには触手、ふくらはぎからはしっぽのようなものが生えているのが特徴。












  
008 2級天上使(てんじょうし)リリング
リリング
 強靱な無数のリングを操る2級天上使(てんじょうし)。
 その力は神御(かみ)に匹敵する。
 生み出したリングが囲った無機物はかりそめの生命を得て刺客となる力を持つ。
















009 2級天上使(てんじょうし)ロロード
ロロード
 ワープを得意とする2級天上使(てんじょうし)。
 別空間にあるものを持ってこれる。
 その力は神御(かみ)に匹敵する。



















010 2級使愚魔(しぐま)ブラドット
ブラドット
 猛毒で出来た血液を持っていてその血液に触れたら身体が腐っていってしまうほど強力。
 悪空魔(あくま)に匹敵する力を持つ2級使愚魔(しぐま)。


















011 2級使愚魔(しぐま)ボーンボ
ボーンボ
 異様に硬い特殊な金属で出来た骨を体中にしこんでいる。
 悪空魔(あくま)に匹敵する力を持つ2級使愚魔(しぐま)。

















012 2級天上使(てんじょうし)ゾゾーン
ゾゾーン
 神御(かみ)に匹敵する力を持つ2級天上使(てんじょうし)。
 自分の領域を作り出し、その領域内に入ると何らかの効果が出てしまうという罠を作り出せる。

















013 2級使愚魔(しぐま)ダミーダ
ダミーダ
 悪空魔(あくま)に匹敵する力を持つ2級使愚魔(しぐま)。
 自分や味方のダミーを作ることに長けている。


















014 ~上立者(しんじょうりっしゃ)
~上立者
 神や悪魔、第三の超越存在を合わせて三大超越存在と呼ぶが、その三大超越存在をも超える存在。
 善悪を超越した存在でもある。
 16名存在し、これよりも高度な存在は~超存(しんちょうそん)と呼ばれる存在しかないとされる。
 Fをも震え上がらせる存在であり、物事を達観している超高位存在。
 戦いの虚しさを知っている存在でもある。