第005話


 第十二章 クレアを追って




 その後もクレアちゃんを追って、ヨーロッパの各地を訪れた。
 気付けばもう三ヶ月近く探している。
 ヨーロッパも今居る、オランダが最後だ。
 クレアちゃんや心配しているリチャード君には悪いけど、道中、何となく新婚旅行をしているような気分でいる時もあった。
 ここ、オランダでもアムステルダムの風車を見て楽しんでいたりしている。

 僻地での戦いに明け暮れていた日常から一転、一枚の絵画を探すために都会を回る事が多かったので、申し訳ないとは思いつつ、その旅を楽しんでいる自分がいた。
 こんな僕をシャーロットをどう思っているんだろう?

 僕らの行動が変わったのはフランスでのあの夜の話があってからだ。
 僕らはある決心をした。
 それは、シャーロットにとっては辛い決断でもある。
 僕もそうだ。
 彼女にずっと付き添って来た僕だって辛い。
 だけど、二人で決めた事だ。

 クレアちゃんと会った時――

 よそう……今はクレアちゃんを探すのが先決だ。
 彼女を捜さないと話は何も進まない。
 全ては彼女と会ってからだ。

 僕らは三ヶ月ずっと戦わなかった訳じゃない。
 イギリスのストーンヘンジ、ベルギーのサン・ミッシェル大聖堂、イタリアのコロッセオ、スウェーデンのミレスゴーデン彫刻庭園では、ジュリアスの追っ手【上位眷属】を合計十数体撃破しているし、スペインのマドリード王宮前とスイスのマッターホルンでは、セシリアとエドワードの追っ手をそれぞれ退けている。

 だけど、何となく力が抜けたという感じがする。
 更なる強敵とという感じじゃない。
 仕掛けてきた刺客を火の粉を払うように、倒した。
 そんな感じの倒し方だった。

 やる気がなくなった訳じゃない。
 僕らにだって使命がある。
 それは何が何でもやり遂げる。

 だけど、力が抜けて、変な気負いも無くなって、僕らはスッキリとした戦いが出来るようになったような気がする。
 それは気のせいかも知れないけど、前の様に、ビクビクオドオド戦う事は無くなった。

 吹っ切れた。

 そう表現するのが一番かも知れない。
 自分に出来るベストを尽くす。
 僕達は主役じゃなくて良い。
 だけど、主役達が気持ち良く戦っていけるように最善を尽くす。
 その事に尽力する事にしたんだ。

 協力家系の皆さんも固さが抜けて、むしろ強くなったんじゃないかと褒めてくれた。
 それは、素直に嬉しい。
 自分達の弱さを認めた事で、それまで以上の力が引き出せたのかも知れない。

 僕らはこの後、中国へ向かう。
 中国は、セシリアの支配する地域だ。
 彼女の【特別眷属】である【癸】を僕らは倒している。
 だから、セシリアは僕らに恨みを持っている。

 奴らは、スペインまで刺客を送っているくらい執念深い。
 だけど、僕らはその後、モンゴル、中国、韓国の転送装置を通って、日本を目指す予定だ。

 日本――僕とシャーロットが出会ったスタートの地でもあり、一つのゴールかも知れない地だ。
 新情報として、日本のとある場所に例の絵画が置いてあるのを見たという情報が入ったからだ。
 僕らはそこを目指して行動する。
 モンゴルと中国、韓国の転送装置を通るのには訳がある。

 その三国を通って、クレアちゃんがネームレスを追っていて、途中で、ネームレスの眷属を撃破しているという情報も入っているからだ。
 僕らはその爪痕も見に行くからだ。

 クレアちゃんが、今、立ち向かっている強大な敵、ネームレスの片鱗だけでも見ておこうと思っているからだ。
 僕らはネームレスについては殆ど知らない。
 そんな状態でクレアちゃんと会っても何も言えないかも知れないからだ。

 僕らには彼女が戦っているものを見定める義務がある。

 そう、思っている。
 だから、遠回りでもそのルートを通る事にしたんだ。
 当然、中国のエリアではセシリアとぶつかる可能性が高い。
 だけど、そこを通ってクレアちゃんに会いに行く。
 そう、決めたんだ。

 まずは、モンゴル。
 ここでは敵に遭遇しなかったけど、クレアちゃんとネームレスの眷属の戦いだと思われる場所に来て、動揺した。
 正直、瘴気(しょうき)がこんなに残っているとは思わなかった。
 まるで、二強の【上位眷属】と相対した時のような瘴気がまだ、くすぶっている。
 普通の人間がそこにいると人格が変わってしまいそうな程だ。

 次に、中国。
 やはり、待ちかまえていたのかセシリアの刺客が僕らに襲いかかって来た。
 【特別眷属】からは【丑】と【寅】が参戦してきた。
 丑虎と言えば、日本で言えば鬼門だ。良くないコンビとも言える。
 生憎、まともに相手をしている暇は僕らにはない。
 もたもたしていると、クレアちゃんはまた、日本も発ってしまうかも知れないからだ。
 僕らは手っ取り早く、離脱して、クレアちゃんとネームレスの戦いの爪痕だけ確認して、そのまま、中国を出た。

 次は、韓国だ。
 日本と近いが僕は行ったことが無い国でもあった。
 白羊寺という所からそう遠くない位置に、その爪痕はあった。
 セシリアの追っ手も気になるので、僕らはそそくさとその地も後にした。

 三カ所回って見て、解った事――

 それは、ネームレスという真祖はジュリアスやキャサリン以上に禍々しい力を持っているだろうという事だった。
 そんなのは放っておけない。
 野放しなんかに出来ない。
 エヴァーロード家としては何とかしなくてはならない。

 それを、クレアちゃんが一手に引き受けようとしているんだ。
 なんて子だ。
 僕はまだ、会っていないクレアちゃんの凄さを感じ取った。

 僕らは死線は何度もくぐり抜けて来たつもりだった。
 だけど、クレアちゃんが通ってきた道に比べれば、まだまだ、甘かったんだ。
 それが痛感させられた旅だった。

 だけど、そんな僕らの旅もゲートをくぐれば最終目的地、日本にたどり着く。
 僕は、シャーロットと目を合わせ、そして、真っ直ぐ、歩を進めて、日本へジャンプした。




 第十三章 クレア




 目を開けるとそこは日本だった。
 狭い日本とは言っても北は北海道から南は沖縄まである。
 僕らがたどり着いたのは横浜だ。
 僕の故郷は東京郊外だ。
 だから、少し、目的地とは離れている。
 今は横浜スタジアムのすぐ側にいる。

 だからといって、のんびり野球観戦という訳にもいかない。
 早くクレアちゃんと会わなくては。

 僕とシャーロットはすぐに電車に飛び乗った。

 電車の中ではそれまでの疲れが出たのかつい、二人ともウトウトと眠ってしまった。
 戦いの連続の疲れはなかなか取れない。
 気が緩むとつい、眠気が襲ってくる。

 肩を寄せ合って眠る僕達は他の人から見るとカップルに見えるのだろうか?
 戦いを避けて、平和に暮らす。
 次の世代を産む事をアドルフさんに託されていたシャーロットにはその選択肢もあった。
 だけど、彼女は僕と共にそれを拒否し、戦いの場へと赴いた。
 そして、自分達の甘さを何度も何度も再認識させられてきた。
 絶望、挫折、希望、絶望、挫折、希望……の繰り返しだった。

 我ながら、よく生きて、日本に戻れたと思う。
 大変だった。
 辛かった。
 逃げ出したかった。

 でも逃げなかった。
 自分達なりに、何とかやりきった。
 そして、ここまで来た。

 目的がクレアちゃんに会うという事に変わってしまったけど、僕らは、目標まで後少しという所まで来たんだ。

 僕らが目を醒ました時、電車は東京に入っていた。
 これからまた、乗り換えが待っている。
 僕らが目指すのは東京郊外のエヴァーロード邸だ。

 そこにはアドルフさんが待っているし、おそらく、クレアちゃんも来ている。
 僕らはただ、真っ直ぐ、そこに向かって進むだけだ。

 そして、僕らはついにエヴァーロード邸に着いた。
 出迎えてくれたのはアドルフさん。
 そして、可愛らしい感じの美少女が一人。

 おそらく、この娘がクレアちゃんなのだろう。

「お帰り、お姉ちゃん……」
「大きくなったな、クレア」
「うん。――その人が?」
「うむ、そうだ、私の剣となって戦ってくれた私の半身だ」
「そうなんだ……」
「クレア……」
「何、お姉ちゃん?」
「お前の戦いを見せてくれ、それが私達の……」
「……うん……」
 お互い、本心を口にしないシャーロットとクレアちゃん。
 だけど、これは、僕も含めて解っていること。
 あえて口に出さなくても理解していることだ。

 姉妹の会話が途切れるのを見計らって、アドルフさんが、屋敷内に結界を張った。
 これで、普通の人は入って来れない。

 僕達、エヴァーロード家だけの世界となる。
 クレアちゃんは一枚の絵画を持ってきた。
 例の絵だ。

 真っ黒な背景から飛びだして見えるポニーテールの絵――間違いない。
 クレアちゃんが追っていた絵だ。
 だけど、僕も含めてこれが本物じゃない事は解っている。
 贋作、偽物だ。
 本物に見せかけた紛い物に過ぎない。

 モンゴル、中国、韓国で戦った、眷属と同じものだ。

 クレアちゃんもまだ本物にはたどり着いていない。
 だけど、この戦いには意味がある。

 僕とシャーロット、アドルフさんが、彼女の戦い方をテストするという大きな意味がだ。

 今まで、リチャード君が心配した様に、クレアちゃんが無謀な戦い方をしないように、保護するつもりでずっと彼女を追って来た。
 だけど、彼女は常に、追いかけている僕らより冷静だった。
 逆に保護しようとしている僕らの方が未熟だった。

 それに、敵、特に、ネームレスは放っておく訳にはいかない程、強大な存在だ。
 このまま、誰も向かって行かないという訳にもいかない。
 誰かがやらなくてはならない。

 それは、一族最強とされるアルバートさんかも知れない。
 クレアちゃんかも知れない。

 僕らはそれを見定めるために、彼女に会いに来たんだ。
 これを最後に僕とシャーロットは引退する。

 だけど、僕らが戦ってきたバトンを誰かにつながなくてはならない。
 それは、アルバートさんなのか?、クレアちゃんなのか?
 それが、解らないから、見極めるんだ。
 彼女とアルバートさんを。

 アルバートさんの凄さは今までの共闘で解っているつもりだ。
 だけど、クレアちゃんの戦いはよく解っていない。

 アルバートさん以上に【レス】にとって、脅威となりうる存在だという事しか聞かされていないからだ。

 今、彼女の真価が問われる時なんだ。

 クレアちゃんの手元を離れた絵画は十倍以上の大きさになった。
 後ろにたなびくポニーテールが禍々しくうごめく。
 後ろと言っても正面画ではなく背面画だから、ポニーテールは前面に出ている。

 黒い背景からは無数の黒い腕が出てきた。
 その後を追うように――
 巨大な目玉が十数個飛び出す。
 さらに巨大なカラスと蛇が顔を出す。
 更に油の塊の様な何か。
 更に触手の塊。
 河馬と象を足して二で割ったような怪物。
 髪の毛の塊。
 ウニの化け物。
 巨大なアギト。
 不思議な箒。
 悪魔の書。
 化け猫。
 ケルベロス。
 訳のわからない物体。
 等数え切れない程の黒くて不気味な何かが黒い背景からあふれ出ている。

 まるでパンドラの箱から様々な悪夢が飛びだしたような状態だ。
 後から後からあふれ出る、それにはただただ恐怖しか感じない。

 それだけの相手をしながら、クレアちゃんは冷静だった。
 クレアちゃんは歌を歌い始める。
 それと同時に十本の指先から数本ずつ、光の糸状のものが出て、それが音色を奏でる。
 どうやったら、こんな音が出せるのかと思うほどの美しい旋律だった。

 おそらくそれが、噂に聞いたクレアちゃんが七体の真祖それぞれにダメージを与えられるという【七色の鎮魂歌】、【セブン カラーズ オブ レクイエム】だ。
 もの悲しく、そして、荘厳なイメージの曲だった。

 見た目ではもはや数え切れない程の禍々しい怪物や魔道具などが次々と昇天していく。
 それでもまだ、どんどん背景から黒い物は飛びだして来る。

 だけど、どのくらいだろうか。
 一曲分くらいだろうか?
 そのくらいまで時間が経った頃、真っ暗だったネームレスの絵画の背景は灰色になっているのを確認出来た。
 魔の物が出てくる勢いも多少、勢いが無くなった感もある。

 クレアちゃんは一曲が終わっても手を――口を――休めなかった。
 続けて、別のテンポの曲に変わる。

 どうやら、【セブン カラーズ オブ レクイエム】は七曲全てが、それぞれ、組曲みたいになっているようだ。
 いくつかの楽曲を組み合わせて連続して聴かせるようになっているらしい。

 さっきまでとはうって変わり、今度はアップテンポな曲になっている。
 これを聴いていると僕らの力が増している感じを受ける。
 逆に、絵画の方にダメージが蓄積されていくような感じもする。

 二つ目の楽曲が終わる頃には、背景は真っ白になり、魔の物も底をついたようだ。
 今度はポニーテールの後ろ髪がウネウネと動き回り、クレアちゃんに襲いかかる。

 クレアちゃんはそれを避けながら三つ目、そして、トドメとなる四つ目の楽曲を聴かせた。

 ネームレスの眷属は沈黙し、そして、砂の様に消えた。
 だけど、まだ、禍々しい気配は残っている。

 モンゴル、中国、韓国で見た光景と同じだ。
 だけど、段々、その力が弱まっているのも感じた。

 そう、少しずつ、浄化されて来ているんだ。

「【セブン カラーズ オブ レクイエム】はまだ、完璧じゃない。それは私の人生経験がまだ足りないから……。もっとスキルアップして、いつかは本体も倒したいと思ってる」
 ネームレスの眷属を沈黙させた彼女がそう僕達に宣言した。
 その瞳は力強さを秘めていた。
 僕らなんかより、ずっと強い。

 彼女なら、本当に何とかしてくれるんじゃないか……
 そう思うのに十分な印象を受けた。




最終章 姉から妹へ




「確かに見せてもらったクレア」
「お姉ちゃん……」
 シャーロットとクレアちゃんがお互いを見つめ合う。

「………」
「………」
 そのまま、二人はしばらく沈黙する。
 僕も、アドルフさんもそれを黙って見守る。

 先に口を開いたのは姉のシャーロットだった。

「私はな、クレア、リチャードやお前に、特に同姓であるお前の方に対して、常に劣等感を持って生きてきた」
「それは……」
「姉が弟や妹に負けるのは悔しいもんだ。特に妹にはな。だから、私より先に戦闘に参加出来るお前を見てとても悔しかった。醜い私はお前に対して嫉妬した」
 シャーロットは今まで、内に隠して来た事を吐きだした。
「だからだな。お前と更に差がついたのは」
「そんな……」
 否定するクレアちゃんを更にシャーロットは首を振りそれを否定する。
「いいや、常に真っ直ぐに前に進んできたお前に対して、私達は常に後ろを振り返り、時に立ちすくみ、たくさんの人に助けられ、支えられ、何とか生き残ってきた。――いや、生き残ったという言い方はおかしいな。生かされたというべきか。生かしてもらったと言った方が良いな」
「お姉ちゃんが凄く頑張ったっていう情報は私も聞いていたよ」
「いや、お前が歩んできた道に比べれば、ずっと色あせたものにすぎん。私は最近になって己の弱さを知った。知ることでやっと少し強くなれた。そして、自分の限界をも知った」
「お姉ちゃんはまだまだ、やれるよ」
「ありがとう。だが、もういいんだ。そして、邪法によって、穢れた身体。もう子供は産まれないと思っていた……」
 その言葉を紡ぐシャーロットの頬を涙が伝う。

 そして、言葉を続ける。
「出来たんだ。――出来たんだよ。私にも子種が。まだ、小さい。産まれてもいない。だけど、この身に感じたんだ。この命を守るためなら私は喜んで引退する。ただ、私の思いを託す相手、バトンを渡す相手を誰にするか決めあぐねていた。だけど、今は違う。お前の力を見て、お前の真っ直ぐな信念を見て、託せるのはお前しかいない。クレア、後を頼む。平和な世の中を作ってくれ。そして、私の子供達が安心できる世界にしてくれ。お前なら出来る。私はそう信じている」
 シャーロットは握手を求める。
「へへ、じゃあ、私、もうすぐおばちゃんだね。甥っ子か姪っ子のために、頑張らないとね」
 クレアちゃんはそれに答える。

 ずっとわだかまりがあって、会わずにいた姉妹が和解した瞬間でもあった。
 姉から妹へ、バトンは確かに渡された。

 やれやれ、僕も引退か。
 まだ、早いと思っていたけど、パートナーが退くなら僕も退くしかないよね。

 僕は、最愛の相手と一緒に戦線を退いた。
 後は、才能のある後継者達が安心して帰ってこれる、安住の地を守るだけだ。

 敵を倒す事だけが、戦いじゃない。
 その活躍している誰かのサポートをする事も
 大切な場所を守る事も
 立派な戦いだ。

 みんなの息がぴったりあって、初めて最大限の力を発揮できるんだ。
 これからはサポートに回る。
 だけど、それも立派な戦力だ。

 穏やかな気持ちに支配される。
 クレアちゃんが対ネームレスの眷属戦で歌ってくれた【セブン カラーズ オブ レクイエム】は思わぬ幸運も運んでくれた。
 僕と、シャーロットの身体が浄化されてきているって事だ。

 すぐにという訳ではなく、僕とシャーロットとの間の第一子が産まれる頃には元の様な身体に戻れるという診断結果が出た。
 ちょっと残念な部分を言えば、戦闘能力は極端に落ちてしまうらしいけどね。
 でも、それは元々、邪法によって、身につけた、邪道的な力だ。
 今の僕らにあっても百害あって一利無しだ。

 もう、僕も、シャーロット、いや、妻も余計な力はいらない。
 ただ、幸せな家庭を作る力さえあれば、それでいい。


 ――時は少し移り物語の主人公は僕とシャーロットから君とクレアちゃんに移る。
 新しい、新たな物語が始まる。




◆◇◆◇◆




 ――いてて……ここは何処だ?
 俺って誰だっけ?
 うーむ、思い出せん。
「すみません、大丈夫ですか?」
 お、可愛い子!
 誰だ、俺の彼女とかだったりして?
「あ、あんたは?……」
「本当にごめんなさい。私急いでて、あ、私の名前ですか?私はクレアって言います。クレア・エヴァーロードです。よろしく。貴方は?」
「ひょっとして、俺の名前?」
「えぇ、そうですよ」
「えーと……名前かぁ……ごんべー……かな?」
「へぇ、ごんべーさんていうんですか。どういう字を書くんですか?」
「いや、名無しのごんべーって言うか、何て言うか……」
「え、どういう?」
「記憶が無いんだ。どうしよう?」
「どどど、どうしようって言われましても……困ったな、急いでるんだけど」
「とりあえず、俺もそこに連れてってくれ。用事を済ませたら一緒に考えてくれ」
「えー……そういうのはお医者さんに……」
「あんたは困っている人間を見て何とも思わねぇってのか、そんな冷たい人間なのか?」
「そ、そんな……本当に困ったな、ちょっと一般人の人についてこられちゃまずい所に行くんで、その……」
「大丈夫、俺は誰にも言わねぇから」
「そ、そういう意味では……危険なんで……」
「何?危険?じゃあ、か弱い女の子一人に行かせる訳にはいかねぇな。決めた。やっぱり、俺もついていく」
「だから、ついて来られたら困るって……あの、後で、何とかしてあげますから、そこで待ってて下さい」
 そう言うとクレアちゃんは走って行った。

 俺か?

 俺はもちろん、追いかけた。
 そして、一部始終を見てしまった。

 彼女は、クレアちゃんは妖怪退治みたいな事をしていた。
 うーん、それにしても綺麗な歌声だ。
 心が洗われるようだ。

「ブラボー、良い歌だったぞ」
「い、ご、ごんべーさん、居たんですか?」
「おう、俺もついて行くって言ったからな。てめえの言葉にはちゃんと責任を取らねぇとな。約束は守る男だぜ、俺は、多分な」
「まいたつもりだったのに、一体どうやってついて来たんですか?」
「走って追いかけてきたぞ」
「そういう事じゃなくて。一体、何者ですか?その人間離れした身のこなし、ただ者じゃありませんね?」
「いや、ただ者だと思うぞ、俺は」
「嘘です。人間の動きじゃありません。私の動きについてこれるなんて」
「いや、女の子の足だからな。俺じゃなくても追いつけるだろ」
「……私は普通の女の子の動きをしていたつもりはないんですけどね」
「そうなのか?」
「誰ですか?正体を現して下さい」
「だから、俺は記憶喪失だって」
「そ、そうでしたね……でも怪しい……」
「そんな事より、何とかしてくれるんじゃねぇのか?」
「そ、そうでした。でも、本当にあなたは何者なんですか?」
「だから、知ってたら言ってるって」
「うーん」
「男がこまけーこと気にすんなって」
「私は女の子です」
「そうだったな。悪かったな、つい、パンツに見とれて……」
「きゃあ、どこ見てるんですか」
「だってよ、そんな高い位置に居たら、その――、見えちまうじゃねぇか」
「覗かないで下さい」
「覗いたんじゃねぇよ、見えちゃったんだよ」
「同じです」
「同じじゃねぇって、俺のは不可抗力だ」
「……エッチ」
「エッチじゃねぇよ、そういうのは嫌いじゃねぇけどな」
「やっぱりエッチじゃないですか」
「男はそういうのは気になっちゃうもんなんだよ。だからだな」
「だから、何ですか?」
「男がそういうのに興味が無くなるとだな、人類は衰退するっていうかだな」
「もう、良いです。解りましたから忘れて下さい」
「もう、良いって目してねぇじゃねぇか、絶対ぇ、根に持ってんじゃねぇか」
「早く記憶から消して下さいと言ってるんです」
「あ、解った、プリントパンツを見られた事を気にしてんのか?もうちょっと大人のパンツをはけるようになると良いな。早く卒業しろよ熊パンツ」
「ネコさんです」
「あぁ、あれ、ネコなのか?熊かと思った」
「良かった。クマさんとネコさんの区別がついてないって事は良く見てないんですね」
「まあな、プリントパンツをはいている事しか見えなかった」
「って、やっぱり見てたんじゃないですかぁ〜」
「いていて、やめろって。解った、忘れるから、そんなに怒るなよ」
「もう、怒ってませんよ。犬にでも噛まれたと思って私も忘れますから」
「んなことより俺の記憶の方、何とかしてくれよ、あんた魔法使いか何かだろ?ヤブ医者に頼むよりよっぽど頼りになりそうだ」

 謎の少年ごんべーとクレアが道久とシャーロットの物語を継承する。
 二つの話は長い悠久の時を戦い続けるエヴァーロード家の長い歴史の一部分。
 エヴァーロード家は戦う。
 リチュオル家を駆逐するまでは。


登場キャラクター紹介

001 倉沢 道久(くらさわ みちひさ)
倉沢道久
 半身不随に天涯孤独となり、自ら命を絶とうとした少年。
 エヴァーロード家の長女、シャーロットと知り合い、やがて、自分探しの旅に出て、成長していく事になる。
















002 シャーロット・エヴァーロード
シャーロット・エヴァーロード
 道久を自らの剣とする事で、リチュオル家との戦いに参戦しようと思っているエヴァーロード家の長女。
 才能的には兄妹達の中では最弱。
 そのため、参戦は認められていなかったが、パートナーを得て参戦を試みるようになる。
















003 アドルフ・エヴァーロード
アドルフ・エヴァーロード
 エヴァーロード家現当主で、シャーロット達の父親。
 かつては力のある存在だったが、末子クレアが産まれた時、力を失う。
 次の後継者としてシャーロットを選ぶが、それは戦線から離れる事を意味している。
















004 アルバート・エヴァーロード
アルバート・エヴァーロード
 エヴァーロード家の次男でエヴァーロード家では最強と目されている青年。
 心優しい性格で、シャーロット達の事も気にかけている。
 天才と言われているだけあり、かなりの実力を秘めている。
















005 フレデリック・エヴァーロード
フレデリック・エヴァーロード
 エヴァーロード家の長男で、女性の参戦には反対している。
 女性は家庭を守るべきと思っている。
 実力はシャーロットより遙かに上の実力を持っている。
















006 リチャード・エヴァーロード
リチャード・エヴァーロード
 エヴァーロード家の三男で、妹のクレアに対するシスターコンプレックスを持っている。
 実力的には長男フレデリックに近いものを持っている。
















007 クレア・エヴァーロード
クレア・エヴァーロード
 次男、アルバートに匹敵する才能を持つエヴァーロード家の次女。
 最強はアルバートだが、リチュオル家が最も恐れているのはクレアだとされている。
 彼女だけの技も数多く持っている才媛でもある。
















008 ジュリアス・リチュオル
ジュリアス・リチュオル
 リチュオル家の本拠地を守る、リチュオル家最強真祖。
 彼の使徒は正規軍とされている。
 上位にいるのは全て女性型使徒。
















009 エドワード・リチュオル
エドワード・リチュオル
 きっちりした性格の真祖。
 使徒はナンバー制になっている。
 統制の取れた使徒達を持つ。

















010 デイヴィッド・リチュオル
デイヴィッド・リチュオル
 自分とキャサリンの事が大好きなナルシストの真祖。
 上位の使徒は全てデイヴィッドかキャサリンに似せて作っている。
 キャサリンにアプローチをしている。
















011 ベネディクト・リチュオル
ベネディクト・リチュオル
 適当な性格の真祖。
 自分の使徒に対して無頓着。
 キャサリンにアプローチをしている。

















012 セシリア・リチュオル
セシリア・リチュオル
 占い好きで、執念深い真祖。
 特別眷属は十干と十二支の名前を使っている。
 道久とシャーロットに恨みを持つ。

















013 キャサリン・リチュオル
キャサリン・リチュオル
 適当な性格の真祖。
 その力はジュリアスに匹敵し、二強の一角を担う。
 他者に対しての興味は薄い。
















014 ネームレス(レス)
ネームレス
 存在自体が疑われていたリチュオル家の七番目の真祖。
 その力は他の6名の真祖を遙かに凌駕する。
 絵画に背を向けた状態で封印されているとされている。
















015 ななしのごんべい
ななしのごんべい
 クレアとコンビを組む事になる謎の少年。
 記憶喪失になっていて、自分が誰か解らない状態。
 クレアの運動能力についていくというポテンシャルを示す。