第004話


 第九章 デイヴィッドの眷属との戦い




 僕らは中国も離れ、インドに来ていた。
 今まで、訪れた土地を楽しむ余裕も無かったから、今度こそはと思って、インドの町並みを見学し、楽しんだ。
 インドの食文化にも触れた。
 正直、せっかくのインド料理も僕らは邪法によって出来た身体となってしまっていて、味覚もどこかおかしいのかあまり美味しく感じなかった。
 だけど、インドの人達の生活にも触れ、親しくなった子供も出来た。
 とは言え、去るときはやはり記憶を消して行かなくてはならなかったけれど。
 名残惜しさを少し残しつつ、その後、僕らはタール砂漠を目指した。

 そこでは、ベネディクトと共に、キャサリンにアプローチをしていたデイヴィッドの眷属が支配するエリアがどこかにある。
 砂漠と言えば、過酷な環境だけど、僕らは人の力を超えてしまっている。
 広大な砂漠もどうという事は無かった。
 少なくとも、そう感じるくらいにはなっていた。
 しいて難をあげるなら、風で砂が口の中に入ってじゃりじゃりする事くらいだろうか。

 デイヴィッドの眷属は、やはり、【特別眷属】と【上位眷属】は特別扱いされているのが解る。
 それは、容姿がデイヴィッドに似ているからだ。
 ナルシストでもある奴は、キャサリンを別にすれば、自分の容姿に絶対の自信をもっている。
 だから眷属達でも自分で産みだした【特別眷属】と【上位眷属】だけは、自分に似せて作っている。
 【特別眷属】に二体、【上位眷属】に五体の女性型眷属が混じっているけど、それはキャサリンに似せている。
 それ以外の配下は基本的に認めないといった感じだ。

 名前は【特別眷属】の場合――
 男性型は【デイヴィッドジュニア何々】か【キャサリンジュニア何々】とついていて、【上位眷属】も【デイヴィッド三世何々】もしくは【キャサリン三世何々】とついている。
 どれだけ、自分とキャサリンが大好きなのかと言いたい。
 僕は、【デイヴィッドジュニア】とか【キャサリン三世】とかをつけて呼びたくはないので、つけないで呼ぶ事にするけど、【特別眷属】と【上位眷属】の名前には全員、それが着いていると思って欲しい。
 本物との違いはデイヴィッドが赤髪、キャサリンが金髪なのに対し、【特別眷属】は黒髪、【上位眷属】は白髪だという事だろうか。
 後は目玉――デイヴィッドが金色、キャサリンが銀色なのに対し、【特別眷属】や【上位眷属】達は別の色の目玉をしている。
 それ意外は肌の色とかも一緒だ。
 そっくりさん眷属と言っても良いかも知れない。

 だけど、似ているからこそ、まるで、デイヴィッドやキャサリンを相手にしているようで怖い。
 力もそれなりにあるのがなお始末に悪い。
 見た目の恐怖で言えば、他の眷属より圧倒的に威圧感がある。

 だけど、逆に考えれば、いつかは真祖も倒したいと思っている。
 その為の予行練習と思えば良いか――
 それにしても、本当にそっくりだ。
 偽者とは解ってはいても、最初に僕らに恐怖を与えたデイヴィッドやキャサリンに似ているので、思わず足が竦みそうになる。
 恐怖に打ち勝たなくては先に進めないのは解っている。
 解っているからこそ、乗り越えないといけない壁なのかも知れない。

 【地】、【水】、【火】、【風】、【楽】、【苦】、【命】という七体の【特別眷属】(それぞれ【デイヴィッドジュニア地】等の名前だけど、長いので省略する)と【ヘリウム】や【リチウム】等の元素記号の名前を冠する【上位眷属】をメインにデイヴィッドの眷属は構成されている。
 デイヴィッドにとっては、【デイヴィッドジュニア〜】や【キャサリン三世〜】等以外は大した意味を持たない。
 ベネディクトとは違った意味で適当に名付けられている。
 つまり、【火】と名付けられているから【火】属性の力を使うのではないし、【プルトニウム】等に対しても同じ事が言える。
 デイヴィッドかキャサリン以外の部分の名前についてはオマケに過ぎないみたいだ。
 ベネディクト同様、その辺が適当だから、同じく適当っぽい似たもの同士のキャサリンに惹かれたのかも知れない。
 敵の恋愛感情など、僕らにとってはどうでもいい話ではあるけどね。

 それよりもこの地でもやっぱり、僕らは【特別眷属】の始末が仕事だ。
 デイヴィッドの【特別眷属】は【水】が歴代の戦士にやられていて、欠番になっている。
 それ以外の六体は健在だから、その中の一体の始末を請け負っている。
 だけど、真祖のデイヴィッドはキャサリンを追っているので、居ないことは解っているものの、この地は調査員も少なく、有力な情報があまりないらしい。
 一体か二体の【特別眷属】が常に常駐しているのではないかという事以外は殆ど解らない。
 そのため、情報収集から始めなくてはならない。
 もらって来た資料によると面が割れているのは三体で【地】、【火】、【風】だ。
 これは、【水】を倒した時に居合わせたメンバーだったので、解ったみたいだけど、残る【楽】、【苦】、【命】については顔すら解らない状態だ。
 恐らくはデイヴィッドかキャサリンに似ているのではないかと思うけど確かにそうだという確証は全くない。
 ひょっとしたら全く違う顔かも知れない。

 つまり、現場にその三体が居ても、僕らにはその実力でしかその存在を確認する術がないんだ。
 面が割れてない眷属には細心の注意を払って行動した方が良いという事でもある。

 僕は【錬想】で砂型の超小型、偵察機を作り出した。
 残念ながら、砂漠の砂よりずっと大きな砂粒で、一目見れば、一発で異質のものだと解ってしまう駄作だ。
 だけど、砂嵐の強い状態で見れば、パッと見、解らないと思う。
 ただし、それは、こちらにとっても不利な状況でもある。
 僕らにも画像が鮮明に送られないからだ。

 また、画像を送っている間は、最低でも三粒の偵察機でレンズを作り出して送らなくてはならないため、大きく映せば映す程、バレてしまう危険性が高い。
 だけど、知らない土地で知らない生物型の偵察機を作るよりはよっぽど良いと判断して、この砂型の偵察機にしたんだ。
 偵察機は全部で、百二十粒ある。
 三点投影でやれば、最大四十カ所の映像を同時にこちらに送ってこれる。

 その偵察機だけど、僕はそれを操らない。
 そういう繊細な事はやっぱり、シャーロットの方が上手いからだ。
 操縦権を彼女にバトンタッチして、僕は無防備となる彼女の護衛に回る。

 操縦権の委任は身体を重ねて初めて可能になった力だ。
 以前は出来なかった。
 それだけ、お互いを信頼するようになったって事だ。

 でも、僕は恐れている――
 いつか、この関係が壊れてしまうのではないかと。
 彼女は僕を見て優しく微笑む。
 だけど、それが、余計に不安をかき立てる。
 失いたくない。
 この笑顔を。

 どちらかがやられてしまったら、共倒れか、少なくとも永遠の別れをする事になるんだ。
 負ければ即、孤独な死が待っている。

 そう、思うと、ずっと隠れていた僕の臆病な部分がまた、顔を出してきた。
 僕は、怖いんだ。
 今の関係が崩れるのが……

 偵察は順調に進んだ。
 現場に居るのは【火】と複数の【上位眷属】と思われる数体。
 その中で、【特別眷属】の疑いがあるのは二体。
それらは容姿がそれぞれデイヴィッドとキャサリンに似ていたからだ。
 そんな所だった。
 念のため、辺りも探ったけど、近くに、その気配はない。

 砂嵐が凄いので、精度的には七十%という所だろうか。
 後は、疑わしい二体をどう探るかだ。

 綿密に調べた結果、解った事――それは、その二体は【特別眷属】じゃなかった。
 【上位眷属】だった。
 だけど、調べていく内に気付いた。
 見えない位置にもう一体いる。
 それは、風の衣をまとって姿を見えなくしている【風】だ。

 現場には【火】と【風】の二体が潜んでいる。
 僕らはそう確信した。
 【火】も【風】もデイヴィッドの顔に筋骨隆々の猛者と言った感じの風貌だ。
 視線――その眼光からもただ者ではない雰囲気が醸し出されている。

 今度は【癸】の時のように、不意打ちで【レインボーオーロラカーテン】を狙う事は出来ない。
 あれは、あくまでも僕らの場合は一体に対して有効な手段だ。
 二体目標が居る場合は、一体目の後の準備時間のロスがあって、どうしても隙が生じる。
 すると、無防備で、二体目と相対することになり、僕らの方が、やられてしまう危険性がかなり高い。

 なら、どうする?

 僕らは別の手段を選択する。
 戦って、勝つという選択肢だ。

 僕らは邪法により、かなりのレベルアップがされている筈だ。
 だけど、一撃で倒した【癸】ではその実力を証明する事ができなかったし、bWとbXの時も途中で撤退している。
 だから、今回が初めての実戦証明という事になる。

 緊張を隠せない。
 だけど、そんなのは何度も超えてきた。
 今度も大丈夫だ。
 僕の隣にはシャーロットが居る。
 二人ならやれる。

 そう思って、実戦に挑んだ。
 まずは、先手必勝。
 こちらから仕掛けた。
 砂嵐に紛れ込ませて運んできた、たくさんの王水を使っての【王水シャワー】で、敵の戦力を大きく削る。
 不意をつかれた奴らはパニックを起こしている。

 その中を切り抜けて来たのは【上位眷属】と【特別眷属】のみ。
 僕らはスタッフと連携して、冷静に、一体一体、【王水シャワー】を抜け出た順番に【錬想】で作り出したたくさんのトラップで仕留めていった。

 それらを更に抜け出たのが二体の【特別眷属】、【火】と【風】だ。
 これはあらかじめ想定内だ。

 僕らにとって、二体の【特別眷属】と相対する時、他の眷属達が邪魔だったため、早々に始末させてもらったんだ。

 スタッフは危険だから、既に退避してもらっている。
 つまり、残っているのは二対二、僕とシャーロット対【火】と【風】だ。
 この形にするのが、僕らの最初の狙いだ。

 それは見事に成功した。
 後は、二人で、奴らを倒すだけだ。
 デイヴィッドの他の眷属が来る前に倒してしまわないといけない。
 だから、戦いを楽しんでいる余裕はない。
 とっとと、決着をつけるだけだ。

 僕は出し惜しみはしない。
 前もって【錬想】で作ってあった【百万武器】、それを砂の中から一斉に引き出す。
 そして、シャーロットが作り出した【磁気嵐】で【百万武器】を【火】めがけて飛ばしてもらう。
 僕とシャーロットのツープラトンアタックだ。
 百万種類の武器が一斉に【火】めがけて飛んでいく。
 炎で焼き落とそうとしていたようだけど、百万もある武器を早々全部、焼き切れる訳はない。
 【火】はそんまま串刺しになって絶命。
 【風】も台風を起こして、武器の進行を止めようとしていたけど、コンマ三秒遅かった。
 僕らの攻撃は見事にヒットしていた。
 【風】もいくつかの武器を受けてダメージを負っている。
 ――が、風圧の防御で致命傷は避けているようだ。
 さすが、【特別眷属】だけあって、今の最大の攻撃で、二体まとめて倒すという結果には結びつかなかった。

 手負いとなった【風】は戦線を離脱しようと試みる。
 僕らは追った。
 トドメを刺すために。
 トドメを刺さない限り、奴らはいつか僕らに逆襲してくる。
 だから、力の限り追った。

 結果は残念ながら、タイムアップ。
 伏兵の【楽】が現れ、【風】に加勢してきたからだ。
 顔は知らなかったけど、顔もデイヴィッド似だったし、こいつが【楽】というのは何となくわかった。

 【風】は倒せなかったけど、少なくとも【火】は倒せた。
 それだけでも良しという事にした。

 だけど、まだ、僕らは【特別眷属】とまともに渡り合える力を得ているのか自信がなかった。
 敵が油断している間に、一気に攻め立てるというやり方でしか勝利を得ていないからだ。
 まともにぶつかれば、少なくとも苦戦はするという事は何となく解っていた。
 今までは、僕らはノーマークだったから敵も油断していた。

 だけど、それなりに実績を残してきているこれからは敵も僕らに対しても警戒するだろう。
 これまでの様に上手く行くという保証は全然ないんだ。

 いけない――
 また、暗い気持ちになる。
 生きているのも辛かったあの頃じゃないんだ。
 僕らは人間として存在を証明するために、戦っているんだ。
 勝ち続けている間は僕らはその価値を認めてもらえるんだ。

 認めてもらえる?

 誰に?

 僕はふと、自分の戦いに疑問をもってしまった。
 これで良いのか?
 不意打ちで敵を倒していって、自己満足しているだけじゃないのか?
 もっと、堂々と出来ないのだろうか?

 戦いが終わり、インドを発つフェリーでそんな考え事をしていた。
 シャーロットもそれが解ったのか、ただ、ずっと側に寄り添ってくれた。

 疑問を持っちゃいけないのだろうか?
 本当に僕らの戦いは正しいのだろうか?

 そんな事を気にしていた時、静寂はまるで、流れ星が落ちて来たかのような衝撃と共に、破られた。




 第十章 二強と真の最強者




「リチャード?」
 そのフェリーの甲板に落ちてきた影――男性を見るなり、シャーロットは顔面蒼白でつぶやいた。
「り、リチャード君なの?」
 僕は初対面だったので、彼がリチャード君だかは解らなかった。
 リチャード君と言えば、ずっとクレアちゃんと一緒にいるっていうエヴァーロード家の三男だ。
「ど、どうした、その怪我?」
 シャーロットが心配するのも無理は無かった。
 彼は【錬想】で代用を作っているけど、明らかに、右肩から先がもげている。
 左足も変な方向に曲がってしまっている。
 あちこちの打撲にくわえ、たくさんの切り傷。
 一目で重傷だという事がわかる。
「お、俺の事は良い、クレアを――妹を止めてくれ、あいつ一人で……」
 それだけ言うと彼は気絶した。

 幸い、このフェリーはエヴァーロード家の管理するものだったので、大騒ぎにはならなかった。
 だけど、リチャード君の容体が気になるところだ。
 彼は昏睡状態が続いた。
 スタッフの手厚い看護があったので、何とか峠を越えた。
 だけど、彼の戦線復帰はほぼ不可能だろう。

 リチャード君と言えば、フレデリックさんと近い実力の持ち主だと聞いている。
 そんな彼をここまでにするなんて、一体、誰が?

 全ては、彼がある程度回復してからだと思っていたんだけど、クレアちゃんの事がよっぽど心配なのか、スタッフにシャーロットを呼ぶように言ってきた。

「頼む、早く、止めてくれ」
「落ち着け、リチャード。傷に響く。それより、まず、詳しく話せ、何があったんだ?」
 シャーロットはリチャード君を落ち着かせようとする。
 僕とシャーロットはセットなので、僕も同席させてもらって彼の話を聞くことになった。

「君をこんなにしたのは誰なんだい?」
 僕はまず、質問した。
「俺をやったのはジュリアスだ」
「ジュリアス――最強の真祖ね……」
「さ、最強は奴じゃねぇ、他にいる」
「まさか、誰なの?」
「……まず、俺達は戦力を勘違いしていた。六体の真祖の力はみんな一緒だと」
「ど、どういう事?」
「六体の内、二強と言われているのがいる。そいつがジュリアスとキャサリンだ」
「じゃあ、最強ってのはキャサリン……」
「それも違う、更に上がいる」
「え?まさか……」
「そうだ、七体目がいたんだ、本当に」
「そんな……」
「四体、つまり、エドワード、デイヴィッド、ベネディクト、セシリアと二強、ジュリアスとキャサリンの違いは眷属にもある……うっ……」
「無理をするな、お前はまだ……」
「時間が無いんだ。説明はする。だから、早く止めてくれ」
「わ、わかった。話を聞こう」
 リチャード君の顔は相当せっぱ詰まった顔をしていた。

「同じ眷属でも四体の眷属より、二強の眷属の方がワンランク上だ」
「?」
「……四体の【特別眷属】と同じ力を二強の【上位眷属】が持っている。つまり、そういう事だ」

 リチャード君の話が本当だとすると――
 四体の【中位眷属】レベルの力を二強の【下位眷属】が、
 四体の【上位眷属】レベルの力を二強の【中位眷属】が、
 四体の【特別眷属】レベルの力を二強の【上位眷属】が有しているという事になる。
 そして、二強の【特別眷属】は更にその上の力を持っているという事でもある。

 そんな……せっかく、まともな戦力になると思っていたのに……更に上のレベルが存在するなんて……

「エンシェントサーガ家が断絶した」
「まさか、エンシェントサーガ家が?嘘だ」
「嘘じゃない。事実だ」
「そんなバカな事が……」
 シャーロットとリチャード君が言ったエンシェントサーガ家というのは僕は最初、解らなかった。
 説明を聞くと、エンシェントサーガ家はエヴァーロード家と同じく、吸血鬼から人間になった家系の一つで、同じく、怪物退治を生業としているらしい。
 その他にもいくつか同じ様な家系が存在し、エヴァーロード家もその内の一つだったという事だ。
 僕はずっとエヴァーロード家だけで、リチュオル家と戦っていたんだと思っていたけど、違っていたんだ。
 エンシェントサーガ家はその中でも、最古参の家系で、規模もかなり大きな家系だったそうだ。
 戦える人材はエヴァーロード家の二十五倍もいたらしいので、その家系が断絶したという話は俄には信じがたいものだったみたいだ。
 エンシェントサーガ家縁のスタッフも全体の八パーセントいたので、その損失はかなり大きいらしい。

 断絶させたのは七体目の真祖らしい。
 それ程の力を持っている奴みたいだ。

 僕らじゃ手の届きそうもない相手という感じだ。
 そんなのが奥に潜んでいるのか?
 僕は未来に対し、絶望感を覚えた。

 いるかどうかも疑わしかった七番目、【ネームレス】の存在が僕らに影を落とす。
 キャサリン、ジュリアス、そして、ネームレスを叩かないと本当に真祖を【レス】を叩いた事にはならないんだ。

「クレアはネームレスを倒すために奴を探している。だが、ネームレスは強すぎる。今のクレアが挑んでも殺されるだけだ。だから、止めてくれ。俺の妹を……」
「心配するな、私の妹でもあるんだ、クレアは。大丈夫だ。私達が止めてくる。お前は心配しないで、傷を治せ」
「姉貴……」
 リチャード君の残った左手を握りしめるシャーロット。
 この辺は本当の兄弟じゃない僕には入っていけない世界だ。

 だけど、クレアちゃんを止める事には僕も賛成だ。
 彼女を無駄死にさせる訳にはいかない。
 ショックを受けている場合じゃない。
 クレアちゃんを――家族を助けに行くんだ。
 僕とシャーロットはリチャード君をスタッフに任せ、【転送術】で一気に、飛んだ。
 【転送術】――それは、各地にセットしてある、ワープ専用装置を利用しての場所移動だ。
 もちろん、これはその装置が設置してある場所にしかワープ出来ない。
 だけど、クレアちゃんがいそうな場所の近くは大体解ったので、そこから、近い地点にワープしたんだ。

 僕はクレアちゃんに会った事がない。
 だから、顔は知らない。
 エヴァーロード家で修行していた頃にアルバムとか見ておけば良かったんだろうけど、修行で忙しくて見ている余裕は無かった。
 肖像画が立てかけてあるのを見たけど、まだ、小さい頃の姿で、今のクレアちゃんはシャーロットじゃないと解らない。

 だから、探すのはシャーロットが頼りだ。
 僕じゃ、見つけても通り過ぎてしまうかも知れない。
 シャーロットの目を頼りに探す事にした。

 今、居るのはドイツのノイシュヴァンシュタイン城近くのマリエン橋から9キロ離れた位置だ。
 彼女はヨーロッパのどこかに居るらしいことは解っているけど、それだけで、後はどの国にいるのかも解らない。
 
 ヨーロッパと言えば、吸血鬼で有名なドラキュラ伯爵のモデルになったヴラド・ツェペシュのいたとされるルーマニアも含まれる。
 だけど、そこは恐らく、【レス】の聖地とされている。
 そこにはネームレスではなく、ジュリアスが居たことが解っている。
 その地でリチャード君はやられたんだから。

 聖地と聞いたからには真っ先に疑って向かった筈だ。
 クレアちゃんを追いかけて行ったリチャード君は彼女とすれ違って、ジュリアスに遭遇してしまったらしい事は彼から聞いている。
 ジュリアスの口から目障りだったクレアちゃんがヨーロッパを中心にネームレスを探し回っている事を聞かされた。
 始末に動く所だったと聞かされ、彼は無謀にも一人でジュリアスに挑んで重傷を負ってしまったんだ。
 つまり、敵の主戦力が今、クレアちゃんを狙っているんだ。

 天才と言われてはいても、それはか弱い女の子だ。
 僕らが助けに入ってあげなくてはいけないと思う。

 僕らはエヴァーロード家縁のスタッフだけでは足りないと思って、他の有力家系、クロスセンテンス家とマスターフィールド家、ライトニングフォード家にスライスフェザー家などにも応援を頼んだ。
 クレアちゃんのファンはそれらの家系にもいるみたいで、みんな心良く引き受けてくれた。
 今はとにかく、クレアちゃんの人命が第一。
 一刻も早く彼女を保護しないといけない。
 僕らはくまなく探し、クレアちゃんの有力情報を得た。

 彼女はフランスのルーヴル美術館にいるらしい。
 彼女が探しているのは一枚の絵だ。
 真っ黒な背景から飛びだしたように見える長いポニーテールの女性の絵だ。
 それこそが最強の七番目、【ネームレス】だからだ。

 クレアちゃんはジュリアスの眷属から、その情報を得て、世界中の有名な美術館を探し回っているらしい。
 だけど、該当する絵は見つからず、転々としていて、今はルーヴル美術館にたどり着いているという。

 僕らは急いで向かったけど、一足違いで彼女は美術館を後にしていた。
 だけど、フランスと言えば、芸術の都パリが首都である国だ。
 美術品というのはあふれている。
 だから、立ち止まって、探しているはずだ。
 ネームレスが絵画なら、ここを重点的に探すはずだからだ。




 第十一章 ジュリアスの眷属




 僕らはクレアちゃんを求めてフランスの各地を探し回った。
 だけど、残念ながら、彼女を見つけるまでにはいたっていない。
 おそらく、ジュリアスが差し向けた刺客達を避けながら、行動しているらしい事は解った。
 刺客を避けながら、親玉であるネームレスを討つべく、捜索をしているのだろう。
 隠れながらの捜索活動をしているために、僕らにも彼女を見つける事が出来ないんだ。
 当然、同じ女性を捜しているので、ジュリアスの追っ手と鉢合わせするのも時間の問題だった。

 ついに、僕らの目の前にもジュリアスの刺客である【上位眷属】達と出くわした。
 【上位眷属】とは言え、他の四体の真祖で言えば、【特別眷属】クラスの力を持った奴らだ。
 決して、油断して良い相手じゃない。
 僕らは本気でかからないと逆にやられてしまう。

 ジュリアスの【上位眷属】――こいつらは植物の名前をもじっている。
 目の前の刺客の名前は――
 クリセンサマム、日本語では菊だ
 ロータス、日本語では蓮だ
 ウィスティアリア、日本語では藤という名前だと名乗っている。
 三名とも女性型だ。
 どうやら、噂通り、幹部は全て女性型らしい。

 ネームレスを除けば最強と言われているジュリアスの配下の特徴はプライドが高いという事もある。
 多勢に無勢というのが気に入らないのか、常に、自分達の方が少数で向かってくる習性があるらしい。
 対する、僕らはシャーロットや協力してくれた家系の戦士を足せば、十七人だ。
 家系によって、使われている技術が異なるため、連携こそ取りにくいけど、それでも力強い味方には違いなかった。

 僕らは僕らの戦い方をして、倒す事に集中させてもらうだけだ。
 僕らの担当する敵はウィスティアリアだった。
 他にもマスターフィールド家のアンドリューさんとチャールズさんが手伝ってくれている。
 二人もフレデリックさんクラスの実力の持ち主だ。
 二人が僕らに加勢してくれているという事だけでも安心して戦う事が出来た。

 気付いた時には、刺客三体を見事に葬っていた。
 負けたとは言え、戦い方を見る限りでは敵ながら天晴れと言いたい程、潔い戦い方だった。

 パチパチパチ……

 そして、それを黙って見ていた影が二つあった。
 ジュリアスの【特別眷属】の二体だ。
 僕らにとっては未知の領域の力の持ち主達でもある。

 奴らの名前は――
 クォドラングル、日本語では四角だ
 スフィア、日本語では球だ

 やはり、礼儀正しく自ら名乗る。
 こいつらもやはり、女性型だ。

 ジュリアスは例外として、キャサリンや二強の【特別眷属】や【上位眷属】は最強者であるネームレスの姿形を真似ているとされているらしい。
 だから、女性型なんだとチャールズさんは教えてくれた。

 見た目こそ、女性型だけど、それに惑わされてはダメだ。
 あれは男を騙すための擬態に過ぎない。
 中身は別物なのだから。
 とアンドリューさんが言っていた。

 女は魔物という言葉もあるけど、女の姿をした魔物が目の前に居る。

 僕は敵と割り切って戦う決意をした。

 二体は目配せをして、クォドラングルと名乗った方が前に出た。
 どうやら、そっちが一体で僕らと戦うつもりなんだろう。
 舐められたものだ。

 どうやら、奴らには勝つという事より、また、命より、その戦い方を重視するらしい。
 相手が格下だと見下したいんだろう。

 僕に言わせれば、そんな戦い方はナンセンスだ。
 勝たなきゃ、おしまいだ。
 勝って終わらせなきゃならないんだ、こっちは。
 勝ち方になんてこだわっていられない。

 そっちが、一体で来たいのなら一体で来れば良い。
 僕らは十七人で当たらせてもらうだけだ。

 僕らは一斉に、クォドラングルに向かっていった。

 それを見てもスフィアは動く気配がない。
 どうやら、本当にクォドラングル一体で相手になるつもりらしい。

 各家系の最強技が次々に飛び交う。
 クォドラングルはそれを次々とはたき落とす。

 さすがに言うだけあって強い。
 強かった。
 まだ、実力を見せてないのに、この余裕。
 他の四体の【特別眷属】とはひと味もふた味も違う大物感が漂う。

 だけど、これだけ、仲間がいるなら、出来る。
 僕らも切り札の【レインボーオーロラカーテン】の準備をした。
 精密分身を作り出し、四方向に配置し、準備する。
 他の家系の皆さんが上手く誘導してくれたので、安心して――

 斬っ――

 必殺の一撃を放つ。
 【レインボーオーロラカーテン】は見事命中し、クォドラングルを――

 何?……そんなバカな……

 耐えた。
 耐えきった。
 そんな……

 【レインボーオーロラカーテン】は確かに命中したのに――
 確かに、大ダメージを受けたみたいだけど、生きている。
 生きて、続けて、他の家系の皆さんと戦っている。
 思ったより、強力だったと思ったのか、少し焦っているようなそぶりを見せてはいるけど、致命の一撃になっていない……。
 僕とシャーロットは動揺を隠せなかった。

 【レインボーオーロラカーテン】は僕らにとって切り札のようなものだったからだ。
 これが破られるような相手には何をやっても通じない。
 勝てない。
 勝てる訳がない。
 そんな思いが僕らの脳裏を交差した。

 邪法で身につけた身体は究極にはなれない……

 その言葉が僕の心に突き刺さる。
 才能という壁が僕らの前に立ち塞がる。
 どうやっても勝てない相手がいる。
 僕らはそれを誰かが倒してくれるのを見ているしかない。

 戦闘中にもかかわらず、震えが来た。
 震えが止まらない。
 どうしよう。
 何をやったらいいのかわからない。
 僕もシャーロットもみっともなくあたふたするだけだった。

 その時――

「しっかりしろ!敵はまだ、生きて居るんだ」
 という言葉が耳に入った。
 名前もまだ聞いていない他の家系の人だった。

「あ、はい!」
 僕らは慌てて返事をして、本日、二発目の【レインボーオーロラカーテン】の準備をして続けざまに放った。

 さすがに、二発も食らったため、何とか、クォドラングルを倒すことは成功した。
 だけど、まだ、スフィアがいる。

 怖じ気づく、僕らにさっき怒鳴った人が――
「よくやった。後は任せろ、ロックスクランブルの準備だ」
 と言った。
 続けて――
「こっちは、圧縮レーザーの用意だ」
「負けるなマシンジュピターを出せ」
 等の声が飛び交う。
 それぞれの家系の秘密兵器を出してきたのだろう。

 残ったスフィアとも激闘の末、倒した。
 こちらは両足を失った人が一人、
 腕を折った人が二人、
 右目が失明した人が一人だ。
 だけど、誰も死んでない。

 勝った。
 勝ったんだ。
 ダメかと思ったけど、勝てたんだ。

 諦めちゃダメだったんだ。
 諦めたらそこで終わる。
 諦めず、次につないで勝機を得る。
 それが、正しい僕らの戦い方なんだ。

 後で、怒鳴った人が――
「すまなかったな、怒鳴ってしまって」
 と謝ってきた。
 その人の名前はクロスセンテンス家のフィリップさんと言っていた。
 名前を覚えておこうと思った。

 彼には、感謝こそすれ、悪いとは思っていないと答えた。
 彼らの協力無くしてジュリアスの刺客は倒せなかった。
 とにかく、感謝あるのみだ。

 そして、僕らはそのまま、しばらくフランスに滞在する事になった。
 クレアちゃんは相変わらず見つからない。
 リチャード君も心配しているし、早く見つけて保護しないと。

 その夜――

「道久、話がある」
「なんだい、シャーロット?改まって……」
「大事な話だ」
「そっか、奇遇だね。実は、僕も大事な話があるんだ」

 僕はシャーロットと二人でこれからについて話をした。

登場キャラクター紹介

001 倉沢 道久(くらさわ みちひさ)
倉沢道久
 半身不随に天涯孤独となり、自ら命を絶とうとした少年。
 エヴァーロード家の長女、シャーロットと知り合い、やがて、自分探しの旅に出て、成長していく事になる。
















002 シャーロット・エヴァーロード
シャーロット・エヴァーロード
 道久を自らの剣とする事で、リチュオル家との戦いに参戦しようと思っているエヴァーロード家の長女。
 才能的には兄妹達の中では最弱。
 そのため、参戦は認められていなかったが、パートナーを得て参戦を試みるようになる。
















003 アドルフ・エヴァーロード
アドルフ・エヴァーロード
 エヴァーロード家現当主で、シャーロット達の父親。
 かつては力のある存在だったが、末子クレアが産まれた時、力を失う。
 次の後継者としてシャーロットを選ぶが、それは戦線から離れる事を意味している。
















004 アルバート・エヴァーロード
アルバート・エヴァーロード
 エヴァーロード家の次男でエヴァーロード家では最強と目されている青年。
 心優しい性格で、シャーロット達の事も気にかけている。
 天才と言われているだけあり、かなりの実力を秘めている。
















005 フレデリック・エヴァーロード
フレデリック・エヴァーロード
 エヴァーロード家の長男で、女性の参戦には反対している。
 女性は家庭を守るべきと思っている。
 実力はシャーロットより遙かに上の実力を持っている。
















006 リチャード・エヴァーロード
リチャード・エヴァーロード
 エヴァーロード家の三男で、妹のクレアに対するシスターコンプレックスを持っている。
 実力的には長男フレデリックに近いものを持っている。
















007 クレア・エヴァーロード
クレア・エヴァーロード
 次男、アルバートに匹敵する才能を持つエヴァーロード家の次女。
 最強はアルバートだが、リチュオル家が最も恐れているのはクレアだとされている。
 彼女だけの技も数多く持っている才媛でもある。
















008 ジュリアス・リチュオル
ジュリアス・リチュオル
 リチュオル家の本拠地を守る、リチュオル家最強真祖。
 彼の使徒は正規軍とされている。
 上位にいるのは全て女性型使徒。
















009 エドワード・リチュオル
エドワード・リチュオル
 きっちりした性格の真祖。
 使徒はナンバー制になっている。
 統制の取れた使徒達を持つ。

















010 デイヴィッド・リチュオル
デイヴィッド・リチュオル
 自分とキャサリンの事が大好きなナルシストの真祖。
 上位の使徒は全てデイヴィッドかキャサリンに似せて作っている。
 キャサリンにアプローチをしている。
















011 ベネディクト・リチュオル
ベネディクト・リチュオル
 適当な性格の真祖。
 自分の使徒に対して無頓着。
 キャサリンにアプローチをしている。

















012 セシリア・リチュオル
セシリア・リチュオル
 占い好きで、執念深い真祖。
 特別眷属は十干と十二支の名前を使っている。
 道久とシャーロットに恨みを持つ。

















013 キャサリン・リチュオル
キャサリン・リチュオル
 適当な性格の真祖。
 その力はジュリアスに匹敵し、二強の一角を担う。
 他者に対しての興味は薄い。
















014 ネームレス(レス)
ネームレス
 存在自体が疑われていたリチュオル家の七番目の真祖。
 その力は他の6名の真祖を遙かに凌駕する。
 絵画に背を向けた状態で封印されているとされている。
















015 ななしのごんべい
ななしのごんべい
 クレアとコンビを組む事になる謎の少年。
 記憶喪失になっていて、自分が誰か解らない状態。
 クレアの運動能力についていくというポテンシャルを示す。