第003話


 第六章 転生外法(てんせいげほう)




 イーストのトドメをさしたのは、僕らの王水じゃなかった。
 これだけ派手に戦っていたのだから、起きても当然と言えば当然だったけど、【特別眷属】の【シュトリ】が目を醒まし、イーストの首を食いちぎったのだ。

「うるさいな〜ねむれないじゃんか」
 オオカミの口で【シュトリ】がつぶやく。
 と同時に姿形が変わる。
 今度はタコのようなボディーに馬の様な顔をしている。

 こいつの姿を見ると、つくづく、ベネディクトは適当に名前をつけているんだなと思わずにはいられない。
 名前に全く意味が無い。
 名は体を表すというがベネディクトの眷属達は適当に名前をつけられているため、その姿でいることにこだわりがない。
 タコ馬の姿が気に入らなかったのか、すぐさま、河馬の身体に蛙の様な顔の怪物に変わり、更に、カラスの身体に蛇の顔のモンスターに変わった。

 それにも満足出来ないのか、今度は三つの首を持つ人間の様な姿になった。
 その姿はまるで、デートに着ていく服を選んでいるかのような感じだった。

「さて、眠りをじゃましてくれた……」
「さて、眠りをじゃましてくれた……」
「さて、眠りをじゃましてくれた……」
 三つの口が同じ事を言う。
「俺が言うよ、お前らだまってろ」
「はいはい、任せたわ」
「じゃあ、お願いするわな」
 今度は別の台詞を言う。
 どうやら、三つの脳は独立して物を考えられるようだ。

 ベネディクトの眷属らしく適当そうな性格は変わらない。

 だけど、解る――さっき感じた戦慄はイーストからのものではなかった。
 この【シュトリ】から感じ取ったものだった。

 イースト達は【特別眷属】に勝つつもりでいたらしいけど、この【シュトリ】から発生される威圧感――それは【上位眷属】とすらさらに別格のものだった。
 ベネディクトの力を分け与えられているだけあって、他の眷属達とは底力がまるで違うのがはっきりと感じ取れた。
 まるで、ベネディクトが目の前にいるかのようだ。
 【上位眷属】と戦っているような感覚で戦えば間違いなく殺される。
 ここへ来て、力の差を無理矢理理解させられた感じだ。

 やはり、僕らの力では寝首をかくことくらいしか出来ない。
 問題は僕らが二人がかりで手こずったイーストを瞬殺する力を持つ【シュトリ】からどう撤退するかだった。
 まともな方法では逃げる事すら出来ない。

 動けない……
 蛇に睨まれた蛙とはこのことかと思わざるを得なかった。
 シャーロットも同じ気持ちだ。
 彼女とは一部の感覚を共有しているので、彼女の焦りは感覚として伝わってきている。
 そして、僕も同じく焦りで混乱している。

 【シュトリ】は舌なめずりをして、腕を振り上げ、そのまま、僕らの方に斬撃を放つ。
 萎縮してしまって動けない僕ら。

 やられる――
 そう思った時、僕らの前に立ち塞がった影が斬撃を防いでくれた。

「……全く、だから、女子供に参戦は無理だと言ったんだ」
「ふ、フレデリック兄様!」
「フレデリック……さん?」
 僕らを助けてくれたのは長兄、フレデリックさんだった。
「シャーロット、お前は大人しく跡継ぎを産んでいれば良いんだ」
「兄様、ですが、私だって」
「戦える……か?眷属ごときにこのザマでか?」
「うっ」
「ふん、まぁ良い、話はこのゴミを片付けてからだ」
「に、兄様……」

 僕らはフレデリックさんと【シュトリ】との戦いを見ている事しか出来なかった。
 言うだけあって、フレデリックさんは強かった。

 僕とシャーロットは連携して初めて、【錬想】を有効に使えるのに、彼は、一人でも僕達以上に使いこなしていた。
 ベネディクトの眷属の特徴である変幻自在の攻撃に対しても、冷静に対処していた。
 何より、凄いと思ったのは同時に三つの【錬想】が出来た事だ。

 僕らは一つ一つがやっとで、それをシャーロットとの連携により連撃として成立させているけど、彼は、一人での連撃が可能だった。

 僕らが萎縮する程の力を持つ【シュトリ】に対して、常に優勢に事を進め、見事に、倒して見せた。
 さすがに、口では【ごとき】と言っていたとは言え、【特別眷属】だけあって、フレデリックさんも大分、傷ついた。
 だけど、今の僕らは、逆立ちしても、フレデリックさんの実力には遠く及ばない。
 才能の差というのをまじまじと見せつけられた感じだった。

 フレデリックさんでこうだという事は彼と近い実力を持つというリチャードくんや最強とされるアルバートさん、クレアちゃんとも天と地ほどの力の差があるのかとショックを隠せなかった。

 こんな凄い才能を持つ兄弟達に挟まれたシャーロットの劣等感を思うと僕も胸がチクンと痛んだ。
 結果、解った事は僕らの実力で何とかなるレベルは【上位眷属】までで、それ以上、【特別眷属】になると手も足も出ないレベルだという事だった。
 【特別眷属】はそうそう増やせないが、【上位眷属】まではいくらでも増やせる。
 僕らが倒せるレベルの敵はいくらでも増えるという事だ。
 つまり、僕らは居ても居なくても同じレベルでしかないという事を突きつけられているのと一緒だった。

 その後、フレデリックさんが僕らには――シャーロットには戦闘は向いていない等という事を延々と言っていた様な気がするけど、あまりにもショックがでかくて、殆ど耳に入らなかった。
 僅かに覚えている部分からも彼が妹、シャーロットの事を大事に思っていて、だからあえて厳しく接している事は解った。
 だけど、それが、かえって悔しくて大粒の涙を流しているシャーロットに僕は何も出来なかった。

 僕らは弱い。
 命を助けてもくれた大事な人、彼女を守るには僕は弱すぎる。
 強くなりたい。
 だけど、僕ではこれ以上強くなるのは……

 僕も悔しくて悔しくて、泣けてきた。
 自分が情けなくて自分を殴ってやりたい気持ちだった。
 泣いている彼女に優しい言葉の一つもかけてやれない甲斐性無し。
 彼女を逃がしてやることも出来なかった意気地無し。
 震える彼女を支えてやれなかった根性無し。

 次々と、自分を責める言葉が思い浮かぶ。
 それだけ、力が無かったって事だと感じた。

 そして、彼女の行動が僕に更なる力を身につける決意をさせた。

「兄様、強くなりたい。強くなりたいんです。お願いです。私から、参戦を取り上げないで下さい」
 シャーロットは土下座した。
 プライドが高い彼女がだ。
 人一倍プライドが高く、頭など殆ど下げた事のない彼女がだ。
「頭をあげろ、シャーロット。お前はそんな事をする女ではないはずだ。高貴なる後継者を産む者がそのような……」
「兄様、私は戦いたいのです、兄様!」
「お前の為を思うからこそ……」
「私のためを思うなら、どうか、どうか……」
「……そこの男……」
「は、はい、僕ですか」
「僕ですかじゃない。何故、貴様はそんなに弱い。貴様はシャーロットの【剣】ではないのか?」
「す、すみません……すみま……」
「道久を誘ったのは私です。私が強くならねばなりません。なのに私は……」
「しゃ、シャーロット……」
「す、すまん、道久、私が弱いばかりに……」
「い、いや、僕の方が……」
「もう、良い、私は認めん。それだけだ」
「兄様」
「うちに帰れ。お前には母親が似合っている」
「兄様!」
「くどい!」
 立ち去っていくフレデリックさん。
 悔しくても僕は何も言い返す事が出来なかった。

 強くなったと思っていた。
 でも、それは、僕の思い上がりだった。
 僕らはまだまだ、全然、弱い。
 弱すぎるんだ。
 少なくとも【上位眷属】までなら瞬殺出来るレベルにならないと話にならないんだ。

 途方に暮れる僕らの前に、アルバートさんが音もなく現れた。

「やれやれ、兄さんも素直じゃないんだから……」
「あ、アルバートさん……」
「アルバート兄さん……」
「僕には君達の試験を合格させた責任があるからね。いい話を持ってきたよ」
「いい話って?」
「君らを少なくとも兄さんやリチャードクラスにまで一気に引き上げる方法さ。ただし、簡単に入ると思ってもらっては困る。文字通り命がけの方法さ。やるかい?」
「あるんですか?そんな方法?」
「転生外法(てんせいげほう)と言ってね。正規のやり方じゃない邪法さ。それを使うしか今の君らの力を上げる方法はないな」
「やります。兄さん。それはどうやったら……」
 アルバートさんはしばし考えてから――
「……準備はしてある……だけど、正直、言ってはみたものの成功率はかなり低い。意志の力も大きく関係している、今の精神状態のままではただ、死ぬだけだ。まず、精神を鍛えないといけない。それが出来て、初めて【心技体】の【心】が揃う。その後に【体】、【技】の順番に得ることになる。」
「心技体……」
「正しい心技体じゃないよ。あくまで邪法による心技体だ。だから、いくつかほころびもあると思う。だけど、基礎的な力は今とは比べものにならない力は手に入ると思うよ」
「やります、やらせて下さい兄さん。あ、でも、道久の……」
「どこまでも、着いていくよシャーロット」
「……決まったようだね。じゃあ着いてきて」
「はい。恩に着ます兄さん」
 僕らはアルバートさんに着いていった。

 こうして、僕らは邪法による【心技体】を覚える事になった。
 まずは、【心】だ。
 【技】と【体】を使いこなす為には絶対必要な条件でもある。

 案内されたのは、【恐呪の墓】と呼ばれる墓地だった。
 その地は普通の精神では一分も居られない呪いに満ちた土地だった。
 そこで、僕らは一ヶ月を黙って過ごす事になる。
 発狂したらもちろんダメ。
 平静を保たなくてはならない。
 そこでは寝ることも出来ないため、起きてずっと一ヶ月過ごさねばならない。

 【恐呪の墓】では様々な悪夢を最凶の悪霊達が息つく暇もなく見せてくる。
 僕らはギリギリの精神を保ちながら、何とか一ヶ月半を乗り切った。

 一ヶ月半――最初は一ヶ月と言われたのに半月伸びたのには訳がある。
 あえて期限を延ばす事によって、僕らの絶望感をあげたんだ。

 次に、【体】だ。
 これが、【転生外法】と呼ばれる儀式だ。
 文字通り生まれ変わるのだ。
 身体を丸ごと作り替えるため、生存率は極端に低い。
 一回の生存率は口に出すのもためらわれる程低い。
 その通常一回の儀式を僕達は限度とされる十三回行った。
 十三回行えば、十三倍強くなるのではなく、転生によっては失敗もあり得る。
 また、形が上手く取れなかったら、そのまま、魂が切り離され死に至る。
 文字通り命がけの修練だった。
 だけど、僕らは本当に死ぬ気で頑張った。
 頑張ったという表現もおかしいけどとにかく、何度も死ぬ気になった。
 そして、ついに【体】も手に入れた。

 最後に【技】だ。
 これは特に技術を身につけるというものじゃない。
 ただ、単に、邪法によってなじまされた身体と心に既に使えている能力をなじませるという事にある。
 正しくない成長をしていることによって、まともに使えば、様々な能力は以前とは比べものにならない程、弱くなり、さらには、自らをも傷つける。
 要はそうならない要に、【技】すなわち能力もそれになじませるという事でもある。
 そうする事によって、例えば、同じ【錬想】でも以前のものより遙かに精度の高いものが作れるようになる。

 だけど、所詮、邪法は、邪法。
 確かに、基礎的な力は遙かに増したけど、それぞれの能力の究極の形には絶対になれない。
 究極という部分を手放したという事での高い能力でもある。
 これは最強という道が完全に途切れたという事でもある。
 元々、最強になる才能が無かった僕らにはあまり関係の無いことでもあるけど。

 それだけではなく、邪法によって、思わぬ弱点が産まれたかも知れないんだ。
 それが何だかは全くわからない。
 それは正規の身体では無くなったという事でもあるのだから、当然の事なんだろう。

 どんな弱点が出るかもわからない状態で戦って行くという不安も常につきまとう。
 そして、もう一つ。
 僕らからは生殖能力が失われた。
 もう、子供は作れない。
 温かい家庭を持つことが出来なくなったんだ。

 だからこそ、アルバートさんはためらったんだ。
 だけど、僕らはそれを承知で選択した。
 今の僕らにはそれが、全てだったからだ。

 リチュオル家を殲滅したら、二人で生きていこう。
 そう、シャーロットと誓ったのだから。

 紆余曲折を経て、僕らは、自分達が身につけられる最強の力を手に入れた。



 第七章 エドワードの眷属



 それまでとは比べものにならない圧倒的な力を手にした僕らの前に立ち塞がったのはベネディクトの眷属じゃ無かった。
 宿敵の真祖はベネディクト一体じゃない。
 他にも五体、もしかしたら六体目もいるかも知れないんだ。

 次に、僕らの前に立ち塞がったのはオーストラリアを根城にしていたエドワードの眷属達だった。
 ――と言うのも【転生外法】を行った地域がこの近くだったので、必然的に、ベネディクトの眷属からエドワードの眷属のエリアに入り込んでいたんだ。

 エドワードは眷属に分かり易い名前をつけている。
 その辺がベネディクトとの性格の違いなのだろう。
 奴には、【特別眷属】は十体いる。
 【上位眷属】は九十体いる。
 【中位眷属】と【下位眷属】もそれにならっている。
 きっちりした数でないと気が済まないのだ。

 【特別眷属】の名前はbO〜bX、【上位眷属】はo\〜k繽\九だ。
 ここまで言えば予想がついたと思うけど、【中位眷属】には三桁の数字でuS〜k纒S九十九、【下位眷属】には四桁の数字のp轣`k辮迢纒S九十九の名前が与えられている。
 それ以外が全員h齧怩ニいう事になっている。

 僕らにやられて欠員が出ると情報が伝えられ、直ちに欠員を補充するか、ランクが繰り上がる。
 【特別眷属】の補充はきかないと思うけど、それ以外はエドワードが増やせるからだ。

 つまり、エドワードの眷属は常に一万+予備が存在する事になる。
 例えば、uSは何代目かのuSかも知れないという事だ。
 欠員が出来たらすぐに補充するから、いたちごっこでエドワードの眷属の欠員は減らない。
 少しでも減らしたかったら、【特別眷属】を倒すしかないという事だ。

 名前の番号だけど、伊達についている訳じゃない。
 番号が若い程、強い。
 例えば、同じ位の眷属でも番号の若い方、bXより、bWの方が強いという事でもあるんだ。

 僕らが目をつけたのはエドワードの【特別眷属】の中では最下位、bXだ。
 最下位とは言え、特別な力が与えられている眷属だ。
 油断は出来ない。

 それに、ベネディクトの様に、適当に作った眷属じゃない。
 もっとしっかりした力の持ち主だ。

 bXで注意するべき能力は爪が状態変化して発射される破壊光線だ。
 通常の生物で、これに対抗出来る耐性を持ったものは存在しない。
 【上位眷属】ですら、かすっただけで、蒸発する程のものらしい。

 それともう一つ、後からbWが合流する事になっているらしい。
 僕らの狙いはbX、bWとの二対二のタッグバトルだ。
 後から不意に合流されるより、合流させてしまってから、叩いた方が、都合が良いと判断して、僕らはbWが現れるのを待っている。

 長身であるbXに対して、bWは小男のような外見をしているという情報もある。
 が、その小ささとは裏腹に口の中は異空間とつながっていて、その中から様々なものを取り出すという。
 bXの印象だけど、ベネディクトの眷属達がつかみ所のない雲のような雰囲気だったのに対し、こいつは王国の騎士と言ったイメージだ。
 ベネディクトの眷属をならず者の集団とすると、こいつらは正規軍という印象が強かった。

 あれこれ、思案している内に、bWらしき影が現れた。
 小男とは言え、どことなく威厳が感じられ、司祭と言った感じの雰囲気を醸し出している。

 この二体――恐らく、【シュトリ】より強いかも知れない。
 この二体を倒して、あの時の挫折を僕達は振り切れる――そんな気がした。

 敵も、僕らの気配は先刻承知のようで、真っ直ぐ、僕らの隠れている方を見ている。
 心配だから、アルバートさんはついていようか?と言ってくれた。
 だけど、いつもでも彼に頼っている訳にはいかない。
 僕らは意を決して、死闘に参戦する事にした。

 bXとbWは、【上位眷属】以下を下がらせる。
 今の僕らを相手にした時、奴らでは戦力にならない事が解っているからだ。

 僕は男だから、bWを――
 シャーロットはbXをメインの相手として戦う事になった。
 臨機応変で、相手が変更されれば、それなりの動きを取るけど、基本的には僕が強い方を叩く事にしている。

 戦闘は、お互いにゆっくりと歩みより、そして、いきなりスタートした。

 まずはbXの攻撃だ。
 奴は右手の人差し指の爪を形状変化させて、散弾の様な破壊光線を放った。
 【上位眷属】以下を下がらせたのはこれが理由だろう。
 下手に加われば、破壊光線の餌食になってしまうだけだからだ。

 シャーロットは冷静に汚水防御を行った。
 本来であれば、聖水も使えるようになっているので、聖水防御という形になるけど、僕らは邪法。
 防御も穢れに満ちた属性の防御となる。
 聖水の清らかさで祓うのではなく、超汚水の濁りを利用して、破壊光線を中和したんだ。

 僕も負けてられない。
 僕はbWに先制攻撃を仕掛けた。
 超高速移動で出来た残像を動かし、bWに波状攻撃を仕掛けた。
 技に名前をつけるなら【ミラージュダンス】だ。

 bWはそれに対して口からヘドロで出来たヒドラを多数作り出して反撃してきた。
 更に、口から赤さびにまみれたバズーカ砲の様なものを取り出し、追撃する。
 僕はこれで確信する。
 bWはまず、口を封じた方が良いと判断した。

 僕は辺り一帯に【エアシール】を貼り付ける。
 【エアシール】――それは前に戦ったイースト戦からヒントを得て考えた僕のオリジナル技だ。
 粘着質の気を練り込み、空気に混ぜる。
 それによって、敵にまとわりついて動きを鈍らせるという能力だ。

 これは風の動きも読んでやらないと僕らの動きが鈍ってしまう。
 もちろん、骨伝導通信によって、僕はシャーロットと打ち合わせ済みだ。
 徐々に、bWの動きが鈍っているのを感じる。
 さすがに、【特別眷属】の動きを鈍らせるには何重にも貼らないといけないようだ。
 【上位眷属】までなら、二、三重くらいで身動きが一切取れないくらいまでに絡み取れると自負しているんだけどな。

 予想では、既に九重くらいはまとわりついているはずだけど、それでも僅かに動きが鈍る程度でしかないみたいだ。
 オマケに、【エアシール】の気配に気付いたのか、なかなか網にかからなくなっている。
 さすがは、【特別眷属】と言われるだけはある。
 簡単には勝たせてもらえないみたいだ。

 シャーロットの方は――

 鞭の様にしなりながら攻撃してくる破壊物質の爪による連続攻撃を様々な防御で防いでいるけど、元々、戦闘能力の低い彼女はなかなか攻撃に転じられていない。
 彼女には、もう少し、実戦経験が必要と言った感じだろうか。
 だけど、防御二十回に対して二、三回程度だけど、彼女もちゃんと攻撃をしている。

 妹のクレアちゃんの攻撃方法の一つ、【セント・ビー・アタック】のダークネス版、【カオス・ビー・アタック】で攻撃を仕掛けている。

 【セント・ビー・アタック】は二撃必殺の毒針攻撃だ。
 毒と言っても怪物達にとっての毒、超聖水での攻撃でもある。
 【錬想】で作り出した、架空蜂で刺すというものだ。
 ブレンド形式で、刺す架空蜂によって違う聖水となる。
 どの架空蜂に刺されるか解らないので、敵が耐性を持って対応するという事はまずはあり得ない。
 【カオス・ビー・アタック】はそれが、本物の毒という事だけの話だ。
 超猛毒のブレンドで作り出される攻撃は敵にとっても有害だ。
 作り出せるのは【セント・ビー・アタック】の十分の一とは言え、それでも数百匹の架空蜂がbXに攻撃をしかける。

 既に一撃は食らわせているらしく、必殺の二撃目を狙って攻撃を仕掛けている。
 だけど、敵も攻撃をしながら解毒を試みているようだ。

 完全に解毒される前に二撃目を刺せるかどうかで、勝敗が決まるという所だろう。
 僕も負けていられないな。

 僕はルーン文字を応用して作った造語、デミルーン文字の逆さ捕縛結界魔法陣をいくつも作りだしbWを追い詰める。

 これは、破綻魔法陣と言って、結界というよりは侵入者を巻き込んで大爆発を起こす、未完成結界で、リチャード君が考えた能力と言われている。

 眷属達との戦いはいかに手数を多く持っているかでも勝敗は左右される。
 僕も日々、研鑽を積んでいるんだ。
 大丈夫、押している。
 倒せる。
 僕らは勝てるんだ。

 そう思って突っ込もうとしていた僕らに思わぬ邪魔が入った。

 それは、アルバートさんだった。
 彼が、両脇に僕とシャーロットを抱えて現場を離れてしまった。

「何故ですか」
 僕は思わず、声を荒げた。
 倒せていたかも知れない相手と決着をつけずに逃げたのだから、虫の居所が悪かったんだ。
「慌てないで、これを見て」
 アルバートさんが見せてくれたのは上空の雲を利用した超高精細のカメラで取った一枚の写真雲だった。
 写真の様に映し出されたそれには、僕らが戦っているすぐ近くに接近してきたであろう三つの影だった。
「これは……」
「小さくて見えづらいけどbP、bQ、bRだよ、この距離では見えないけど、後方にはbOとエドワードも迫って来ていたんだよ」
「え……それじゃ」
「六体の【特別眷属】にエドワードが加わってしまったら、僕が君らに協力してもまず勝てない。撤退は絶対条件だったと思うけど?」
「そ、そんな……」
「エドワードは用心深い男だ。だから、迂闊には叩けない。【特別眷属】が一体も減っていないのはそのためだ。時には引くことも大事だ。エヴァーロードとリチュオル家の戦いはそんなに簡単には終わらない。ずっと長い間続いてきたんだから。少しずつ、戦力を削る事も必要なんだよ。焦っちゃダメだ。慎重に行ってくれないか。頼むから」
 神妙な面持ちでアルバートさんが告げた。
 確かに彼の言うとおりだった。
 ずっと長い間、続いて来た、戦いがそんなに簡単に終わる訳がない。
 恐らく、戦線を離脱した眷属達が知らせに行ったのだろう。
 速攻で倒しておくべきだった。
 慎重に行きすぎたみたいだ、僕達は。
 押しては引いて、引いては押しての繰り返しでずっと戦ってきたんだから。

 僕は自分の考えの甘さを知った。
 それは、【特別眷属】を倒せなかった事よりもショックが大きかった。
 【特別眷属】と渡り合える力を得た……
 それだけでも、今は良しとするべきなのだろう。

 とにかく、エドワード自身が出張ってきた以上、【特別眷属】を狙っての僕らの奇襲が成功する確率は低い。
 エドワードの眷属を狙うのは一旦、諦めて、他の地に行くべきだと判断した。
 リチュオル家との戦いはこういう悔しい思いの連続と、それを励みに替えて、いつか、倒す事を夢みて、日夜、スキルアップに励むしかない。
 それが、エヴァーロード家の宿年なのだから。
 僕らはオーストラリアを離れた。




 第八章 セシリアの眷属との戦い




 オーストラリアを発った僕らは中国の山奥へ来ていた。
 ここは、セシリアの支配地域だ。
 セシリアの眷属達との戦いが待っているはずだ。
 セシリアの眷属は殆ど名前を持たない。
 【上位眷属】であろうともだ。
 唯一、【特別眷属】のみ名乗る事を許される。
 最強の配下以外は名乗ることすら許さない、絶対の女帝だ。
 緩い感じだったキャサリンとは別の印象の女の真祖だ。

 【特別眷属】の名前は二十二ある。
 名前の由来は十干と十二支だ。
 だから、名前は――
 【甲】・【乙】・【丙】・【丁】・【戊】・【己】・【庚】・【辛】・【壬】・【癸】と
 【子】・【丑】・【寅】・【卯】・【辰】・【巳】・【午】・【未】・【申】・【酉】・【戌】・【亥】となっている。
 ただ、【辛】と【壬】、それに【巳】と【午】と【未】の五体は本物がアルバートさんやクレアちゃん、歴代の戦士達にやられているので、今は偽者の【上位眷属】が数合わせで在籍しているらしい。
 戦力的には十七体と言って良いと思う。


 親であるセシリアが占い好きなのでそう言った経緯でこの名前がついているらしい。
 【特別眷属】の中でも十干の派閥と十二支の派閥とで対立しているらしい。
 名前からくるライバル心といった感じだろうか。
 数が若干多い為か十二支の方が、少し上の立場であるようだけど。

 僕らの現在居るエリアは【癸】が守護しているはずのエリアだ。
 見たところ、男のようなので、僕はちょっとホッとした。

 と言うのも、別の意味で危険かも知れなかったからだ。
 真祖の内、二体は【特別眷属】が全て女性型だという事を聞いていたからだ。
 一体はリチュオル家六真祖の中で最強と言われているジュリアスという事が解っていたので、残る一体は女性真祖のどちらかだという事になっていたんだけど、どうやら、キャサリンの方がそうらしい。
 女性型の【特別眷属】はヴァンパイアらしくとても美しい美女揃いだと聞いていたので、シャーロットが嫉妬してくれたのか、僕に、
「女だからと言って、情けをかけるなよ、絶対に」
 と釘を刺して来たのだ。
 嫉妬してくれるのは男冥利に尽きるというか何というか……
 シャーロットがプンプン怒りながらそれを伝えた時、思わず抱きしめたくなってしまったけど、それは彼女には言ってない。

 それより、そんな冗談を言っている場合じゃないな。
 敵はセシリアの大幹部でもある【特別眷属】達だ。
 僕らはまだ、一体も倒せていないんだ。
 ここらで何とか一体は倒したいところだ。

 とにかく、セシリアにとって、【上位眷属】以下は使い捨てのコマにしか過ぎない。
 それはそれで、その該当者達にとっては辛い立場だと思うけど、敵にそんな情けをかけていられる程、僕達には余裕はない。
 他の真祖にも言える事だけど、セシリアにダメージを与えるには、少なくとも【特別眷属】を倒さないといけないんだ。

 まずは、この【癸】を何とかしないといけない。
 セシリアはエドワードの様に、自分の配下に気を配ったりしないタイプだ。

 配下の方もそれが解っている様で、僕達エヴァーロード家にやられないように、配下同士、定期的に連絡を取っているらしい。

 だから、この【癸】を倒すには速攻でかたをつけなくてはならない。
 僕らは切り札を使う事に決めていた。

 切り札――とっておきの秘策だ。
 それは、クレアちゃんと違って僕らは使用回数制限がある力なんだけど、【レインボーオーロラカーテン】の使用だ。
 これは中庸属性で、聖なる力を持つクレアちゃんも邪法による力を得た僕らにも使える力ではあるのだけど、僕らには生涯において三十四回しか使えないというハンデがある。
 真祖や【特別眷属】の数から考えると無駄撃ちは一切出来ないというものでもある。

 しかも、僕らがやる場合は大がかりな仕掛けが必要で、成功率もそれだけ、低くなる。
 万全に万全を来してようやく放てるというものなんだ。

 僕らそのものの力ではなく、あくまでも借り物の力で一発放つのにスタッフが一万人以上で十二年の制作時間がかかる。
 それだけかけても確実に成功するとは限らないものでもある。
 スタッフにとってもたくさんの人員と時間をかけている一発一発が大切なものでもあるんだ。
 だから、仕掛けもいらず、制限無く放てるクレアちゃんの才能が恨めしいと思うよ。
 そんな力だから、僕らはいつもよりずっと慎重に事を運んでいる。
 敵の配置をよく計算して、絶好の機会を狙って、そのただ一発に全ての意識を集中する。
 僕らだけじゃなく、スタッフ全員の気持ちが込められた一発だからだ。

 【レインボーオーロラカーテン】――これは、七色のオーロラで敵の四方を囲む事により、敵を削り取るというもので、これだけ大がかりな仕掛けにもかかわらず、対一体用の力だ。
 だからこそ、小物には使えないし、外すわけにも行かないものだ。
 説明がくどくなったけど、それだけ、僕らは緊張して、事に当たっている。

 クレアちゃんの【レインボーオーロラカーテン】と違って、手動でそれを動かさなくてはならない。
 四方向なので、四名必要だけど、生憎、今、それが出来るのは僕とシャーロットしかいない。
 それでも、それぞれ、二方向はカバー出来るので、僕達は【癸】を挟み込む形でやるしかない。
 僕とシャーロットは【錬想】で作り出した精度の高い分身を一体ずつ用意して、合わせて四名となり、それぞれ、配置についた。

 ――ごくっ

 緊張が走る。
 失敗は許されない。
 その時が来るのは隠れてじっと待つ。
 一秒が何時間にも感じる。
 その極度の緊張が続いて、ひたすら待った、その一瞬――

 僕らは実行に移した。
 【癸】は反撃する間も無く、消滅。
 僕らはやっと、一体【特別眷属】を倒した。

 倒したといっても、自分達以外の力を借りて、隙をついて倒しただけ――
 全く味気ない結果だった。
 だけど、どんな方法にせよ、僕らはその手で【特別眷属】を倒せたんだ。
 その事実は変わらない。
 紛れもない、事実なんだ。

 僕達は抱き合って喜んだ。
 あまりに喜び過ぎて、他の敵に気づかれて危うく取り囲まれる所だったけど、それはご愛嬌。
 嬉しすぎたのではしゃぎすぎただけだ。
 とにかく――
 やった。
 やってやった。
 本当に勝ったんだ。
 僕は打ち震えた。
 骨伝導通信が無くても彼女も同じ気持ちなのは解った。

 これで、本当の意味での初勝利となった。
 ちょっとだけ、自信がついた。

 反対に激怒したのはセシリアだ。
 全くのノーマークだった、格下だと思っていた相手に、自分の【特別眷属】がやられたんだ。
 それも無理はない。

 連絡を受けた時、連絡して来た配下の眷属を八つ裂きにして、それでも飽きたらず、【丙】と【丁】を追っ手として差し向けた。

 だけど、やってしまえば、こっちのものだ。
 僕らはさっさと退散した。
 追っ手を振り切るために、【迷い風車】というアイテムも用意してある。
 準備にぬかりはない。

 追っ手を振り切った時、喜びの余り、シャーロットとキスをした。
 情熱的で濃厚なキスだった。
 その日の夜、僕はシャーロットと身体を重ねた。

 【特別眷属】を倒したら――
 という約束だったからだ。

 僕達はその夜、獣になった。
 抱き合っても子供は出来ない――
 だけど、僕らは愛し合った。
 それはお互いを求めたかったから。
 ただ、それだけだ。

 夜が明けて、朝日を迎えた時、隣に彼女が寝ていて――
 勝ったんだ……
 と自覚した。
 そして、戦いに明け暮れる日常の合間に二人だけの時間を作ろうと思った。
 これは僕らのライフワークだ。

 一生の仕事だ。

 だから、長続きさせなきゃいけない。
 時には、心を休める事も必要だ。
 ――等とこれからについて僕らは話あった。

登場キャラクター紹介

001 倉沢 道久(くらさわ みちひさ)
倉沢道久
 半身不随に天涯孤独となり、自ら命を絶とうとした少年。
 エヴァーロード家の長女、シャーロットと知り合い、やがて、自分探しの旅に出て、成長していく事になる。
















002 シャーロット・エヴァーロード
シャーロット・エヴァーロード
 道久を自らの剣とする事で、リチュオル家との戦いに参戦しようと思っているエヴァーロード家の長女。
 才能的には兄妹達の中では最弱。
 そのため、参戦は認められていなかったが、パートナーを得て参戦を試みるようになる。
















003 アドルフ・エヴァーロード
アドルフ・エヴァーロード
 エヴァーロード家現当主で、シャーロット達の父親。
 かつては力のある存在だったが、末子クレアが産まれた時、力を失う。
 次の後継者としてシャーロットを選ぶが、それは戦線から離れる事を意味している。
















004 アルバート・エヴァーロード
アルバート・エヴァーロード
 エヴァーロード家の次男でエヴァーロード家では最強と目されている青年。
 心優しい性格で、シャーロット達の事も気にかけている。
 天才と言われているだけあり、かなりの実力を秘めている。
















005 フレデリック・エヴァーロード
フレデリック・エヴァーロード
 エヴァーロード家の長男で、女性の参戦には反対している。
 女性は家庭を守るべきと思っている。
 実力はシャーロットより遙かに上の実力を持っている。
















006 リチャード・エヴァーロード
リチャード・エヴァーロード
 エヴァーロード家の三男で、妹のクレアに対するシスターコンプレックスを持っている。
 実力的には長男フレデリックに近いものを持っている。
















007 クレア・エヴァーロード
クレア・エヴァーロード
 次男、アルバートに匹敵する才能を持つエヴァーロード家の次女。
 最強はアルバートだが、リチュオル家が最も恐れているのはクレアだとされている。
 彼女だけの技も数多く持っている才媛でもある。
















008 ジュリアス・リチュオル
ジュリアス・リチュオル
 リチュオル家の本拠地を守る、リチュオル家最強真祖。
 彼の使徒は正規軍とされている。
 上位にいるのは全て女性型使徒。
















009 エドワード・リチュオル
エドワード・リチュオル
 きっちりした性格の真祖。
 使徒はナンバー制になっている。
 統制の取れた使徒達を持つ。

















010 デイヴィッド・リチュオル
デイヴィッド・リチュオル
 自分とキャサリンの事が大好きなナルシストの真祖。
 上位の使徒は全てデイヴィッドかキャサリンに似せて作っている。
 キャサリンにアプローチをしている。
















011 ベネディクト・リチュオル
ベネディクト・リチュオル
 適当な性格の真祖。
 自分の使徒に対して無頓着。
 キャサリンにアプローチをしている。

















012 セシリア・リチュオル
セシリア・リチュオル
 占い好きで、執念深い真祖。
 特別眷属は十干と十二支の名前を使っている。
 道久とシャーロットに恨みを持つ。

















013 キャサリン・リチュオル
キャサリン・リチュオル
 適当な性格の真祖。
 その力はジュリアスに匹敵し、二強の一角を担う。
 他者に対しての興味は薄い。
















014 ネームレス(レス)
ネームレス
 存在自体が疑われていたリチュオル家の七番目の真祖。
 その力は他の6名の真祖を遙かに凌駕する。
 絵画に背を向けた状態で封印されているとされている。
















015 ななしのごんべい
ななしのごんべい
 クレアとコンビを組む事になる謎の少年。
 記憶喪失になっていて、自分が誰か解らない状態。
 クレアの運動能力についていくというポテンシャルを示す。