第七章


01

「素敵なメロディーですね」
旧作パンドラ七章1 熊谷 拓人(くまがい たくと)は山登りですれ違った男性に、声をかけた。
 男性の吹く口笛がとても魅力的に思えたのだ。
 魅力的と言っても、今まで、拓人は男性の演奏等に聴き惚れた事はない。
 どちらかと言うと女性の出す高音の歌声に魅力を感じる方だった。
 だが、男性の口笛は、まるで魔力でも持っているかのように拓人を惹き付けた。

02
「気になるのかい?」
 男性が返答してくれた。
 拓人が声をかけて口笛を吹くのを邪魔してしまったがどうやら、男性は気分を害してはいないようだった。
「あ、はい。つい…」
「…そうかい…」
「あの、何て曲なんですか?」
「この曲は【パンドラの抱擁】という曲だよ」
 聞いたこともない曲名だった。

03
「【パンドラの抱擁】ですか…良い曲ですねぇ。俺も吹いてみたいな、なんて…」
「なら吹けば良いよ…」
「あ、俺、口笛吹けないんですよ。不器用で…。何度か教えてもらったことはあるんですけど、上手く吹けなくて…」
「これは吹けるようになるよ」
 男性は優しい言葉をかけてくれた。
 そして、口笛を吹いて見せてくれたのだった。

04
「あれ?さっきの曲と違うような…?」
 拓人は首をかしげた。
 男性が吹いて見せた曲はさっき拓人が気に入った【パンドラの抱擁】とは異なるメロディーだったからだ。
「そう。実は、元々、私も口笛が吹けなくてね。知り合いから教えてもらったんだよ。この【パンドラの囁き】をね」
 拓人はちょっと残念がった。
 確かに【パンドラの囁き】も悪くは無いが、拓人が覚えたかったのは【パンドラの抱擁】であって、【パンドラの囁き】では無い。

05
「…あの、俺…」
「わかっているよ。君が吹きたいのは【パンドラの抱擁】だろ?」
「え…まぁ…」
「だけど、この【パンドラの抱擁】は頭の中の女性に恋い焦がれなくては吹けないんだよ。この曲に行き着くまでには二つのステップが必要なんだよ」
「…二つのステップ…ですか?」
「そう、それがまず、この【パンドラの囁き】であり、次のステップである【パンドラの告白】なんだよ」

06
 男性がその前の知人から聞いた話はこうだった。
 【パンドラの口笛】と呼ばれるこの曲は4曲あり、拓人の気に入った【パンドラの抱擁】は三番目の曲だと言う。
 みんなこの【パンドラの抱擁】の虜になってこの曲を覚えたがるのだ。
 そして、繰り返し、前の人間に教わる【パンドラの囁き】を必死で吹き続ける。
 すると、ある時、頭の中に声が響くという。
 その声に【パンドラの告白】のメロディーを教わる事になる。
 そして、また、【パンドラの告白】を必死で吹き続けることになる。
 そうやって、やっと【パンドラの抱擁】が吹けるようになるという。
 【パンドラの抱擁】はまるで、美しい女性が側にいて、ずっと抱いていてくれるような心地よさを感じるという。

07
 だが、究極の感動は最後の【パンドラの口づけ】が吹けるようになった時に訪れるのだと言う。
 それが何であるかはわからないが、拓人はどうしても【パンドラの口笛】を覚えたくなった。
 それが、怪しいとは思わない。
 いや、思えなかった。
 拓人の思考は既に麻痺していた。
 拓人は男性の手ほどきを受けて【パンドラの囁き】を覚えて帰った。

08
「お…あはははは…こ、これが【パンドラの口づけ】かぁ…これは良い…」
 その後、拓人に口笛を教えた男性の行方を知るものは誰もいない…誰も…。

09
「お、拓人、また、その曲吹いてんの?よっぽど、好きなんだね、その曲、なんてったっけ、それ?パンダの…」
「【パンドラの囁き】だよ、からかうつもりならあっち行けよ」
「いーじゃん、別にあたし、いちおー彼女だよ」
 拓人の彼女、秋吉 水面(あきよし みなも)はむくれた。
 最近、拓人がかまってくれないからだ。
 何かと言うと【パンドラの囁き】を一人で練習している拓人。
 ろくにデートもしていない。

10
「俺は、【パンドラの口笛】を完全制覇するのに忙しいんだよ」
「何よ、男の癖に変なおまじないにこっちゃって…」
「おまじないじゃない、口笛だ」
「わかったわよ。そうそう、パンドラって言えば、あたしの中学時代の友達にパンドラって名前を異常に嫌っている子がいるんだよね〜」
「何だよ、それ?そんな奴紹介するなよ」
「わかってるわよ、里桜(りお)可愛いからあたしも紹介したくないし。どっかの誰かが変な浮気心とか出すかも知れないしね〜」
「知るか!」
 ちっとも話にノッてこなかった。

11
 本当に浮気されても困るのだが、元々浮気性な拓人が可愛いという言葉に全く無反応なのが面白く無かった。
 何となく、女性に対する興味を無くしてしまったような…
 いや、むしろ、夢中にさせている女がどこかに潜んでいるような気がした。
 水面の女の勘だった。
 確かに潜んでいる女がいた。
 ただ、それは普通の女では無かったが…。

12
「みなちゃん、久しぶり、元気?」
旧作パンドラ七章2 「あれ、里桜じゃん!どしたの?がっこ、こっちじゃないじゃん」
「まぁね、それより、みなちゃん、ここら辺で怪しいパンドラは見なかった?」
 水面は学校の帰りに中学時代の友達、花坂 里桜(はなさか りお)にあった。
 相変わらずのパンドラ嫌いだった。
 怪しいパンドラといえば、拓人の口笛がそうだが、水面としては里桜と拓人を会わせたくない。
 外見に少しコンプレックスのある水面は可愛らしさでは里桜に敵わないと思っていたからだ。

13
 なるべく、拓人に綺麗な子を紹介したくない。
 だから…
「怪しいパンドラなんて、そうそう、転がっている訳ないじゃん!そんなことよりイケメン知ってたら紹介してよ。合コンやろ、合コン」
 と言って誤魔化した。
「合コン?そんなもんやる暇があったら一匹でもパンドラをぶっ潰す!」
「はいはい、あんたはそうだよね。そうやって、貴重な乙女の時間を無駄に使ってて頂戴。いい男はあたしに回してね〜。」
「じゃ、私、パンドラ探してるから、これで!」
「ばいば〜い!」

14
 水面は悪い虫を拓人から遠ざけたと思って満足した。
 だが、これが失敗だった。
 里桜は天才的な霊能力の優れた少女だったからだ。
 もしかしたら、パンドラの呪いから拓人を救い出してくれたかも知れない…。
 行いの悪さと言ったらこれまでだが、拓人は普段の女癖のわるさが禍して助け船を一つ乗り過ごしてしまった。

15
 拓人はその後も病的に【パンドラの囁き】を吹き続けた。
 同じ曲ばかり吹き続けるため、周りに迷惑がられてもいたが、それでもかまわず、ずっと吹き続けた。
 そして、ある日の午後…

16
(…初めまして拓人君。私はパンドラ…)
 ついに、パンドラの声が頭の中に響き渡った。
 最初は気のせいかとも思った。
 だが…
(ずっと吹いてくれてありがとう…だけど、他の曲も吹きたくない?…【パンドラの告白】っていう曲なんだけど吹いて見たくない?)
 更なる言葉がパンドラという女性の存在を確認させる。

17
「俺、拓人です。ずっとあなたの声、聞きたかったです…」
(私もよ…ずっと遭いたかった…)
 パンドラの甘い声が拓人を更なる深みへと誘う。

「…そうですね…俺もそう思います…」

「俺もです…」

「…俺も好きです…」

18
 他の人には独り言を言っているようにしか見えなかった。
 だが、拓人の耳には、パンドラの妖艶な声が囁いて来る。
 一人でいるときは拓人の視線は焦点が定まっていない。
 完全に目がイッている…。
 誰の目にも異様に映るはず…。
 だが、拓人は人前では普通に振る舞った。
 まるで、普通だと言うことを装うかのような態度だった。

19
 拓人は次第にやつれていった。
「拓人、おかしいって、その口笛、絶対おかしいって…」
「おかしくない…。これ以上言うなら別れるぞ!」
 さすがに水面もおかしいと思いはじめた頃、心配するが、何を言っても拓人は全く聞く耳を持たなかった。
 里桜に相談しておけば…
 確か、霊能者のグループに入ったと言っていたから相談に乗ってくれるかも知れない…。
 そう思い、ついに、里桜に相談した。

20
 里桜は快く相談に乗ってくれた。
 大好きだった叔母をパンドラによって奪われた彼女はパンドラという呪いに対して強い怒りを持っていた。
 だから、すぐに祓うと言ってくれた。
 彼女は仲間と連絡を取り拓人に会う事にした。
 霊能者達のグループは何度もパンドラの呪いを祓ってくれたから大丈夫…。
 だと、思っていた。
 だが…

21
「初めまして、熊谷 拓人です。彼女の言う事は気にしないで下さい。彼女はあなたがパンドラという言葉に反応するのが、面白くってからかってやろうとしているんですよ。俺は止めろって言ったんですけどね。全く、何をやっているんだか…」
「………」
「俺は何処もおかしくないですよ!至って普通です。パンドラ?なんですか、それ?聞いたこともない…」
「…そう、ですか…」
 里桜達が拓人に会いに来た時には拓人は普通の体型に戻っていた。
 何処も、やつれたようには見えない。

22
 里桜達はパンドラの痕跡を探したが、何処にも見あたらない…。
 パンドラとついた物も無ければパンドラという女の気配もない…。
 これでは、水面が言うパンドラの呪いにかかっている見たいだという事を疑わざるを得なかった。
「そんな事ないよ、良く見てよ」
 水面は里桜達に食い下がる。
「…良く見たけど、何処にもおかしいところは…」
 リーダー格の松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)も首をかしげざるを得なかった。

23
 そう、このパンドラの呪いは見えないという所が特徴だった。
 口笛を吹くことによって、呪いの症状が悪化する。
 口笛を吹かないと呪いの症状が消える…。
 まだ、呪いの力の弱い【パンドラの告白】までなら、霊能者達はその呪いを見抜く事が出来る。
 だが、拓人の呪いは【パンドラの抱擁】にまで進んでいた。
 【パンドラの抱擁】になったことによって、呪いは隠密性の特性を身につけた。
 拓人が出会った男性もこの隠密性の特性を得ていたため、男性の症状がおかしいとは傍目にはわからなかったのだ。

24
 【パンドラの抱擁】を吹くようになったことで、拓人の呪いは見えづらくなると共に、新たなる犠牲者を惹き付ける魔性の魅力が口笛に宿る事になった。
(…4人に教えて…そうしたら最後の曲が理解出来るわ…)
 拓人の頭の中のパンドラがそう彼に囁く…。
 拓人は町を俳諧する…。
 新たなる犠牲者を見つけるために…。

25
「良い曲ですね…」
 拓人は知らない人に声をかけられる。
 新たなるターゲットは女性だった。
 拓人は山で出会った男性に聞いたように知らない女性に【パンドラの囁き】を教える。
 その女性と別れて、二人目の男性にも同じように教える。
 そして、三人目に教えようとした時…

26
「確認しましたよ」
 一人の青年が拓人に声をかける。
 青年の名前は松村 俊征(まつむら としゆき)、榮一郎の従兄弟で彼には強力な言霊の力を持った退魔師の見習いだった。
 彼には、見えにくい物を見つける力もあった。
 拓人の面会に行った榮一郎から聞かされていた俊征は直感に従って、拓人をつけていた。
そして、拓人が一人目の女性に【パンドラの囁き】を教えているのを目撃していた。

27
 言霊の力により、女性を呪いから解放して、二人目の男性を仲間にたくし、三人目のターゲットと話している拓人を止めに来たのだ。
「ギ…ガガ…」
 奇っ怪な声をあげ、逃げる拓人。
「待って…」
 不意をつかれ逃げられる俊征。
 趣味の山歩きをしている拓人は運動神経にも自信があった。
 まんまと俊征を振り切った…と思ったら…

28
「天誅ぅっ!」
ビタン!
「痛ってぇ〜…なんだ?」
 拓人に突然現れた里桜の平手打ちが炸裂する。
 里桜の両の手のひらには浄化の力が宿っている。
 彼女のビンタが拓人を悪夢から目を醒まさせる。

29
 この呪いは特殊能力に特化した分、浄化に対する耐性は驚くほど弱かった。
 張り手一発で呪いは跡形も無く消え去った。
 拓人の件は一件落着した。
 だが、拓人に口笛を教えた男性が彼の前に教えた3人の呪いは放置されたままだ。
 また、更に前、その前の呪いには手が届かない。
 この呪いは力は弱いがネズミ講のように呪いの連鎖が広がっていく。

30
 そして、1000人目が【パンドラの口づけ】を吹けるようになった時、四体目のビスクドールが出現した。
 1000人目は拓人に口笛を教えた男性が2人目に教えた男性から連なる呪いで、四代下の呪いで成就してしまった。

31
(ふふ…ふふふ…ふふふふふ…これで、四体目…後、九体…)
 謎の女の声が木霊する。
 その声は榮一郎達、退魔師達にも届いた。
 パンドラの呪いは既に彼らを敵視している。
 パンドラがビスクドールをそろえる度に、その事を逐一彼らに報告してくる…。

32
  四体目のビスクドールが増えた時、ビスクドール達は瞬きが出来るようになった。
旧作パンドラ七章3 少しずつ人間に近づいて来る人形…。
 そして、段々と他の呪いの力も強くなっていく…。
















33
 無力感に苛まれる退魔師チーム。
 少しずつ、13体のビスクドールが揃うという最悪の結末に近づいている…。
 パンドラの書では、13体全てが出現してしまうと書かれている。
 そして、物語の結末は破かれていて、わからない…。
 人類が勝つのかパンドラの呪いが勝つのか…
 それが、わからないのだ。

34
(ふふふ…一人も生かしておかないわ…)
 パンドラの悪意が広まっていく。
 今日もどこかで、新たな呪いが誕生し、人々を苦しめていく…

35
「何だよ、今日の合コン…一人除いてハズレばっかじゃねーか」
 新倉 行成(にいくら ゆきなり)は愚痴をこぼす。
 行成は彼女に内緒で合コンに参加していた。
 だが、参加者の中に彼の好みの女性はいなかった。
 一人を除いて…。

36
 行成のお眼鏡にかなった女性、妹尾 和那(せのお かずな)は彼のさえない友人がお持ち帰りしてしまった。
 ちょっとした浮気心で参加した合コンだったが、和那が行成にとってど真ん中のストライクな女性だったので、友人に奪われたのが悔しくてたまらなかった。

37
 行成はどちらかと言うと明るい女性が好きだったが、和那はどことなく影がある雰囲気だった。
 無口で殆どしゃべらず、合コンでも脇役に徹していた。
 美人なのに何故か誰も彼女に声をかけなかった。
 影が薄いのかとも思ったが、印象はかなり不思議な女性だった。

38
 誰も狙わないのなら自分がとお持ち帰りをするために、身だしなみをチェックしようと一旦、トイレに…。
 二人で抜けだすつもりで、トイレに行く前に、彼女にメモを渡したのだが、彼女はいくら待っても来なかった。
 しびれを切らして、合コンの場に戻って見ると、数あわせで参加してもらっていた友人と一緒に帰ったと言われた。

39
(林田(はやしだ)の奴、後で覚えてろ…)
 行成は出し抜いた友人を逆恨みした。
 だが、その友人、林田はその後、行方をくらまし、誰も見た人はいなく、知らない内に大学も退学していた。

40
 しばらくしてから、行成は夢を見た。
 林田と和那が幸せそうにしている夢だ。
 夢の中とは言え、行成は嫉妬に狂った。
 そして、その夢は毎晩見るようになっていた。

41
 行成には彼女がいる…。
 川上 柚璃(かわかみ ゆずり)という彼女が…。
 元々、柚璃に惚れた行成が何度もアタックしてやっと彼女に出来た女の子だ。
 釣った魚になんとやらで、柚璃を彼女にしたとたん、行成の態度はころっと変わった。
 手に入らない女の子を欲しがり出したのだ。
 そして、今の気持ちも柚璃から和那に移りつつあった。
 完全に和那へ気持ちが移った時、彼には死が待つとも知らずに…

42
 夢の中では、和那は偽名を使っていることになっていた。
 彼女の本名を言い当てる事が出来れば、和那は行成の元にやってくる。
 そう、囁かれていた。
 だから、行成は毎日夢の中で彼女の本名だと思う名前を連呼する。
 連呼する度に、何故か、柚璃に対する気持ちが薄れていく様な気がした。
 と同時に反比例するかの様に和那の本名に近づいている気がした。

43
 そう、これもパンドラの呪いだった。
 和那の本名はパンドラ。
 この名前を言い当てる頃には行成の柚璃への気持ちが完全に無くなり、そして、孤独な死が待っている。
 そういうタイプの呪いだった。
 人の気持ちの隙間に入り込んでくる嫌らしい呪いだった。

44
 このまま、行けば呪いは成就してしまう…。
 だが…

45
「行成…」
「なんだ、柚璃か…」
 パシャッ!
 柚璃が持っていた水を行成の顔にぶっかけた。
「バカ、行成!頭を冷やせ!」
「つ、冷て、な、何だよ、柚璃…」
「聞いたわよ、浮気したでしょ!」
「してないって…」
「彼女がいるんだから合コンなんか出なくて良いでしょ!」
「あれは、ただの付き合いだって…」
「別れる…」
「そ、そんなこと言うなよ、ゴメンって、もう参加しないからさ」
「信じられない…」
「信じろって、見ろよ、このまっすぐな目!」
「…濁ってる」
「機嫌なおしてくれよ、あ、そうだ、柚璃、この前、あれ欲しいって言ってたじゃん、あれ買ってやるよ」
「ほんと?マジ?」
「マジ、マジ、大マジ!」
「…じゃあ、今回だけは大目に見てやるか、次やったら針千本ね」
「はいはい、わかりました」
「はいは一回」
「はーい」
 薄汚い呪いはカップルのちょっとした愛情表現で簡単に霧散する。

46
 柚璃がかけた水は聖水だった。
 最近、行成の行動が気になった柚璃は占い師に占ってもらいに行った。
 そこで、手渡された物が聖水の入った香水だった。
 柚璃はバケツに水を入れてもらった香水を混ぜて、持って行って行成にかけたのだ。

47
 始めは占いも半信半疑で効き目を信じていた訳では無かったが、嘘の様に、行成の浮気癖は直り、この秋、婚約することが出来た。
旧作パンドラ七章4 就職先も決まったし、来年の六月には結婚もする。
 行成の心にはもう、和那はいない…。
 代わりにいるのは、もちろん愛する柚璃だ。
 順風満帆なスタートだった。
 彼と彼女にはパンドラの悪意はもう、届かない…
 彼らにはもう、お互いしか見えないから…。
 醜い呪いは退散するしかない…

48
(憎らしい…愛が憎らしい…)
 パンドラは愛を憎み恐れる…。
 人が相手を思いやり、愛し合っていれば、パンドラの入り込む余地は無いのかも知れない。
 人を憎むのも人ならば、人を愛する者も人。
 人に危害を加えるのも人ならば、人を助けるのも人。
 どちらを選択するのかはその人次第…。

 人を憎めば、相手も憎む…
 人を好きになれば、相手も好きになってくれるかも知れない。

 その答えを出せる頃にはその人の運命も決まるのかも知れない…

完。

第八章


01

「助けて下さい。パンドラから…パンドラから…友達がどんどんパンドラの餌食になって…」
旧作パンドラ八章1 松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)は近所に住む専門学生、本多 初(ほんだ うい)に相談を受けた。
「落ち着いて下さい。落ち着いて、まず、どんなパンドラの呪いを受けたかお話下さい」
 榮一郎はまず、初に少しでも落ち着いてもらうことにした。












02
 恐怖にかられると人はあわてふためき支離滅裂な事を口走ったりする…。
 初も御多分に洩れず焦り、動揺し、なかなか話したいことも聞けない状態だった。
 パンドラの呪いの相談をよく聞いていた榮一郎だが、この追い詰められている状態の女性からその呪いの内容を聞き出すのは苦労した。

03
 何とか聞き出せた呪いの内容はやはりパンドラに関するものだった。
 呪いの内容は携帯電話にパンドラと名乗る女から「お前の友達を全員消してやる…」というものだった。
 始めは悪戯電話だと思っていたという。
 だが、次の電話で友達の一人の行動を報告してきたという。
 初は気持ち悪いと思ったという。
 新手のストーカー?とも思った。

04
 その次の電話でも更にその次の電話でも友達の行動が逐一報告された。
 危ない女…。
 そう思った初は報告にあった友達に何気なく、気持ちの悪い電話の話をした。
 その時、友達は青ざめた。
 そのパンドラと名乗る女の報告通りの行動をしていたからだ。

05
 犯罪に巻き込まれては困るとして、警察に相談したが、何故か、携帯にその女の履歴は残っていなかった。
 警察はこれでは捜査出来ないと言われた。
 不気味な電話はその後も続いた。
 電源を切っていてもかかって来る気持ちの悪い電話が…。

06
 そして、最初の電話を除き、42回目の電話を受け取った時、その友達を殺したという電話が来たという。
 友達はその通りに殺されていたという。
 その後、別の友達をターゲットにしたという電話が入り、また、その友達の情報を伝えて来た。
 そして、また、42回目の時、友達が死んだ。

07
 三人目も四人目も一緒だった。
 怖くなって携帯を三回、買い換えたが、そのたびに新しい携帯電話に不吉な電話がかかってくるのだと言う…。

08
 今は五人目、神崎 志保(かんざき しほ)の名前があがっているという。
 ここまで、聞き出すのに二時間かかってしまった。

09
 この呪いはパンドラの書に、パンドラが意外な所に潜んでいると書かれていた。

 パンドラの書…小説形式でパンドラの呪いの全てが書かれている悪意の書…

 パンドラの呪いはこのパンドラの書を元に起きている。

10
 パンドラの書にはそれぞれの呪いに対する有効な手段などは書かれているが、正確な呪いについては書かれていない。
 書かれていれば、未然に防ぐことも可能だが、それが出来れば苦労はない…。
 パンドラの書の著者はそれがわかっていて書いているのだ。
 人々が苦しむのを見て喜んでいるのだろう…。

11
 榮一郎はとりあえず、初から携帯を預かって、調べたがおかしいところは何処にもない…。
 至って普通の携帯電話だった。
 問題ないと判断して、携帯を初に返しに行くと、彼女は家の固定電話の方に電話がかかって来ていたという。
 呪いは続いていたのだ。
 既に志保の事の電話は20回を越えているので、榮一郎は仲間である碓井 栄美(うすい えみ)と里村 翔子(さとむら しょうこ)に頼んで、初についていてもらった。

12
 男性である榮一郎よりは女性の方が行動を共にすることが可能だからだ。
 だが、それをあざ笑うかのように、ちょっと目を離した隙にパンドラの呪いは度々、初にコンタクトを取って来た。
 テレビをつけていたらドラマの中の携帯電話からというものまであった。
 40回目を聞いてしまった後、初についていても埒があかないとふんだ、栄美と翔子は初ではなく、志保についた。
 呪いを直接防ぐために…。
 だが、SPでもない彼女達が志保にずっとついていることは難しく、隙を疲れて呪いは進行し、彼女は亡き者とされた。

13
 何処に潜んでいるのかわからないパンドラ…。
 いたちごっこが続き、呪いがどんどん最悪の結末に向けて近づいていく…。
 6人目の友達も犠牲になってしまった時、犯人であるパンドラは初の友達の中にいると考えた。

14
 彼女の特に親しい女友達の数は19人。ちょうど、この呪いの数と合致する。
 彼女の友達の中の誰かが彼女と自分以外の18人を殺して4219=【死に行く】という呪いを成就させると考えた。4219の42は42回のコール…19は殺害される人間の数だ。
 パンドラの書の小説の中ではこの19人の中にパンドラと名乗る呪いのいると書かれていたが、それが誰かまでは書かれていなかった。

15
 退魔師チームは20人体制で、初の友達を張り込んだ。
旧作パンドラ八章2 だが、その友達の誰もがアリバイがあり、7人目の犠牲者を出した。
 7人目だけではすまなかった。
 8人目、9人目、10人目と次々と犠牲者が出る中、なすすべなく、いいように呪いを進行させてしまった。

16
 これだけ犠牲者が出たため、警察も動いてはくれたが、連続、殺人鬼として捜査していた。
 呪いとは無関係な捜査が進む。
 警察に呪いという事で捜査しろという方が無理があるのかもしれないが、それが、かえって、退魔師チームの行動の妨げになってしまった。

17
 退魔師というのは一般にはあまり認知されていない…。
 だから、警察に怪しい奴として、逆に目をつけられてしまうのだ。
 そして、保護のやりにくさをあざ笑うかのように11人目、12人目と犠牲者の数は増えていった。

18
 現在は13人目…。
 ビスクドールも4体までが出現しているため、その影響で呪いの方も巧妙かつ強力になってきていた。
 現在の退魔師チームの手に余る呪いと化していた。
 やはり、希望となる味方のパンドラを探さなくてはならない…
 そんな気にさせていた。

19
 犯人は初の関係者…そんな気がするのだが、全然しっぽを出さない。
 何か見落としがあるのでは?
 そうも思うが、榮一郎には全く見当がつかなかった。
(何処だ…何処にいる、パンドラ…)
 気持ちだけが焦っていた。
 このまま、パンドラが見つからないまま呪いが成就してしまう…
 そう思っていたが、仲間の大森 香月(おおもり かづき)が有力なヒントとなる疑問を口にした。

20
「その初って人なんだけど、ほんとにパンドラから電話来てるの?」
 香月にとってはなかなか見つからないパンドラについ、愚痴を言ってしまっただけなのだが、改めて考えて見ると、誰も、彼女が電話でパンドラと話している所を見ていない…。
 いつも、彼女から、こんな伝言があったと聞かされただけで、誰もパンドラの声を直接聞いていなかった。
 他の被害者と同じようにパニックになっていたから気付かなかったが、冷静に考えれば、最初はわかりにくく話していたのに、犠牲者が増える度に、段々分かり易く説明するようになっていた。

21
 慣れて来たから…そうも思ったが、果たして、犠牲者が増えるという事に慣れるだろうか?
 本来なら、犠牲者が増える度にせっぱ詰まってくるのではないだろうか?
 そう思った退魔師チームは疑惑の目を初に向けた。

22
 表立っては初には他の友達を守るためと伝えていたが、実際は初の素性を調べることにした。

23
 調べていくに従って、本多 初の怪しさが明らかになっていった。

 まず、19人以上、親しい友達を増やさなかった。
 友達の友達の紹介でという人間関係は一切無視していた。
 他にも、家族の気配が全く無かった。
 本人は一人暮らししているからと言っていたが、会話に家族の話は全く出てこなかった。 友達は家庭の事情だと思っていたが、家族の話になると初は決まって話題をそらした。
 昔の思い出の話も全く無かった。
 まだある。
 彼女が彼女であるためのステータス。
 趣味のようなものも全くなかった。
 部屋の中にあるものは19人の友達と友達でいるために必要なものばかり…
 言ってみれば、【自分】というものが一切感じられなかった。

24
 ただ、19人と友達でいるために生活している…
 そんな感じだった。
 歯ブラシすら無く、最近になって、友達が歯も磨かないのと言ったので、買いそろえたぐらいだ。

25
    そして、初を探っていたメンバーが初の人間離れした動きを目撃した。
 まるで猫のようにしなやかに屋根から屋根に飛び移る初…
 人間の動きでは無かった。

26
 何とか追いかけたメンバーが目にしたのは13人目のターゲット、下泉 恭子(しもいずみ きょうこ)の様子をうかがう初の姿だった。
 そして、彼女は恭子の様子を電話で聞いたと榮一郎に電話で報告をしてきた。
 間違い無かった。
 初がパンドラだった。

27
 最初の印象で彼女も被害者だと思いこんでいたが、よくよく考えれば怪しいことばかりだった。
 疑念は一気に確信へと変わった。

 後は、初=パンドラをどうやって仕留めるかだ。

28
「本多 初さん…パンドラは見つかりましたよ…」
 榮一郎は初に話しかけた。
「本当?何処にいたの?」
「目の前に…。パンドラはあなたです」
「くそがぁあぁぁぁぁっ!」
突如、榮一郎に襲いかかる初、いや、パンドラ。

29
「取り押さえろ!」
旧作パンドラ八章3 榮一郎は仲間と協力して、パンドラ捕縛用のネットをパンドラにかぶせる。
 このネットには聖水がしみこませてあって、パンドラは悲鳴をあげた。
身体が崩れていくパンドラ…。
最後の言葉は…。
「恭子に伝えて…あなたとは絶交だって…」
 だった。











30
 12人もの犠牲者を出してしまったが、何とかこの呪いを食い止める事が出来た…。
 メンバーは誰もがそう思っていた。
 だが、この呪いには続きがあったのだ。
 初だったパンドラは最後に下泉 恭子と絶交した。
 そう、関係を絶ったのだ。
 それで、初の呪いに必要な19人の親友が一人足りなくなった。
 そして、生き残った親友の中に第二のパンドラが潜んでいたのだ。

31
 初の14人目の友達である網島 小雪(あみしま こゆき)が初の呪いを引き継ぎ、友達を二人増やして呪いを続行したのだ。
 今度は携帯メールだった。
 やはり42回目に友達が死ぬというメッセージが入り、今度は直接被害者の元にメールが送られて来るという形を取った。

32
 しかも、同時に六人の被害者にメールが送られて来ていて、六人とも初の事件に連動した悪質な悪戯だと思っていた。
 退魔師チームも呪いは消したと思いこんでいて完全に油断していた。
 気付いた時には呪いは進行していた。
 ほぼ、同時期に、更に六人犠牲になり犠牲者の数は合計17人。
 さらに、新しい友達を拉致した小雪は監禁しながら、42回、その友達にメールを送り、強引に呪いを成就させた。
 
33
 呪いを引き継ぐという荒技を使われ、対応出来ずに呪いが成就されてしまった。
現れる五体目のビスクドール。
 右腕をバタつかせはしゃいでいるようにも見える。

34
「あーははははははははは…これで、五体目。後、八体…」
 パンドラの高笑いが響き渡る。
またしても、パンドラの呪いに負けてしまった。
 退魔師チームに悔しさがこみ上げる。

35
 そして、今日も新たな呪いが誕生する。
 人々に悪意を運ぶパンドラという名の呪いが…。

36
「パンドラさん…次の呪いなんですが…パンドラさん?」
 パンドラの呪いの手助けをしている男がパンドラと呼ばれた女を見つめる。
 男は盲目的に従う女の奴隷だった。
 パンドラのためなら死をも厭わないだろう…。
 パンドラの呪いはパンドラだけで成り立つものではない…。
 それを手助けする悪意のある人間達もいて成立する。
 退魔師達に祓われても新たな呪いを作り出し、いたちごっこを続けて、呪いの成就を願う…。

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男はパンドラの次の指示を待つ。
旧作パンドラ八章4 だが、パンドラは全裸で横たわる女性を見つめ、黙ったままだ。
 女性の部屋にはビスクドールが置いてあった。
 五体ある。

38
 五体のビスクドールはパンドラの呪いの成就の結晶だった。
 パンドラの呪いは成就する度にビスクドールが一体出現し、この部屋へと運び込まれる。
 そう、ここは、パンドラの呪いの本拠地だった。
 男が言う女は他のいくつもあるパンドラではない…。
 老婆の顔にモデル並のスタイル…パンドラの呪いの本体だった。
 そして、横たわる全裸の女性こそ、退魔師達が必死で探している希望のパンドラだった。 悪意の本体と希望は共にいたのだ。

39
「ボックス…次を用意しなさい…」
 パンドラの本体はしばらく希望のパンドラを見つめた後、ボックスと呼ばれた絶対服従の男に次の呪いの指示を出した。
 また、絶望がばらまかれる…

40
「…まただ、誰だろ?」
 今井 明道(いまい あきみち)は差出人不明の手紙を受け取った。
 これで、三通目だった。
 悪戯か何かかと思ったが、明道に対する思いが綴られていて悪い気はしなかったので、つい読んでしまっていた。
 一週間に一度、月曜日の朝になると、明道の家の玄関の下に置いてある不思議な手紙だった。

41
 ペンネームはパンドラと書かれていた。
 明道は恥ずかしがり屋なのかと思いさして気にしなかった。
 その後も手紙は続き、6通目の時に、【会いたい】と書いてあった。
 明道はどんな子なのか気になったので、彼女の指定したピープルという喫茶店に行くことにした。

42
 だが、パンドラは現れなかった。
(なんなんだよ…)
 悪戯かと思って明道は悔しがった。
 だが、翌日の火曜日にまた、パンドラからの手紙が来た。

43
【昨日はごめんなさい。恥ずかしくて出てくることが出来なかったの】
 とお詫びの言葉と、また、明道に対する熱い思いが書かれていた。
 そして、それからは毎週火曜日に手紙が届くようになり、12通目の時にアンティークという骨董屋で待ち合わせがしたいと書かれていた。
 今度こそはと思い、待ち合わせ場所に行ったが、またしても現れなかった。

44
(ふざけんな!)
 怒りをあらわにする明道。
 だが、翌日の水曜日にまた、お詫びと明道に対する熱い思いが書かれた手紙が送られて来た。
 破り捨てたいとも思ったのだが、手紙には不思議な魔力でも宿っているのか、読んでしまった。
 そして、読んでいく内に、パンドラの事を許してしまうのだった。

45
 その後は水曜日に毎週手紙が届く様になり、18通目にまた、ネクストというゲームセンターで会いたいという内容の手紙が届いた。
 そして、またしても会いに行き、また、会えずに激怒して戻って来る。
 翌日の木曜日にまた、お詫びと明道に対する思いが書かれた手紙を受け取り、24通目で、ドッグアンドキャットというペットショップで待ち合わせをする。

46
 そう、これはパンドラの呪いという名の罠だった。
 明道はその後も金曜日の手紙の30通目でオレンジショップというコンビニで待ち合わせをして、土曜日の手紙の36通目でレインボーパークという公園で待ち合わせをする。
 このまま、行けば、彼は日曜日の手紙の42通目の手紙に書かれた待ち合わせ場所でパンドラに会うことが出来るだろう…
 あなたの家という最後の待ち合わせ場所で…。

47
 パンドラの指定する待ち合わせ場所は【ピープル】、【アンティーク】、【ネクスト】、【ドッグアンドキャット】、【オレンジショップ】、【レインボーパーク】、【あなたの家】の七つ。
 頭文字を集めると【P・A・N・D・O・R・A】→【PANDORA/パンドラ】になる。
 この呪いはパンドラという文字を待ち合わせ場所で作る呪いだった。

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 幸い、この呪いは退魔師の仲間小野寺 勇治(おのでら ゆうじ)が寸前で気付き、明道の家に泊まり込んで手紙を破り捨てて消滅した。
 だが、手を替え品を替えパンドラという悪夢は人々の気付かない内に忍び寄って来る…。

49
「はいはい、みんな聞いてー。今日のホームルームでは、パンドラパズルについて話し合います」
 小学校教諭、高梨 亨(たかなし とおる)は今、子供達の間で問題になっているパンドラパズルを議題にあげた。

50
 子供達の下校中に知らない男がパンドラパズルと呼ばれるオモチャを手渡される。
 パズルを完成させると子供達が首を吊って自殺すると問題になっているのだ。
 パズルは全部で666ピースあり、1ピース事にパンドラを褒め称え、友達の悪口を一つずつ言うという遊び方だと言う。
 666ピースが完成するに近づいていく内に、段々、死後の世界が見えるようになって来ると評判になっているのだ。
 666ピースを揃えてしまうと死んでしまうが、665ピースで止めた者は大金を手に出来るという噂が広がり、子供達の間で、やりたがる者が続出したのだ。

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 今では10人近くが犠牲になっていて、事を重く見た教育委員会が学校側に注意を促したのだ。

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 だが、子供というのは止めなさいと言われると隠れてでもやりたがるもの…。
 先生方の注意も虚しく、犠牲者は後を絶たなかった。
 665ピースで止めれば良い…。
 その安易な気持ちが子供達を悪夢へと誘っていった。
 亨がいくら言っても子供達は隠れて遊んでいた。
 亨は悲し…

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…んではいなかった。
 むしろほくそ笑んでいた。
 そう、亨はパンドラの回し者
 彼は変装し、自ら子供達にパンドラパズルを配っていた。
 パンドラパズルを止めようというホームルームの議題も子供達の悪戯心を刺激し、かえって煽るためのフェイクだった。

54
 人の不幸は蜜の味…。
 そう思う人間は少なからずいる…。
 そんな人間がいる限り、パンドラの悪夢は終わらない、止まらない…。
 駆逐されても、新たな悪夢を考え出し、その度に人々に不幸を撒き散らす。
 今日も亨はパンドラパズルを配るために変装して、子供達に近づいて行く…

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 だが…
「高梨 亨さんですね、ちょっと聞きたい事があります。ちょっと署までご同行願えますか?」
「い、いや、俺は…違います…違うんです…」
「話は署の方で聞くから…あ、こら待て、逃げるな!」
 悪い事というのは長く続かない。
 ずっと同じ悪事を続けていたらきっと足がつく。
 悪事を働く人間の多くはそれを予想する想像力がない…。
 亨もそのタイプの人間だった。

56
 亨は逃亡中、ビルの屋上から飛び降りて死亡した。
 亨の部屋からは大量のパンドラパズルが発見された。
 警察は亨の犯行を見抜いていた訳では無かった。
 彼の教え子の一人がスーパーで万引きして、亨に指示されたと嘘をついたのだ。
 それで、警察は万引きする子供の言うことだから信用した訳ではないが、一応、亨に事情を聞こうと思って声をかけただけだった。

57
 因果応報…
 悪意を人に振りまく人間には別の悪意が降りかかる。
 亨は自分のしている事の後ろめたさから人生にピリオドを打つことになってしまったのだ。

58
 高梨 亨とは何者だったのか…?
 彼はただの人間、ただ、ボックスにそそのかされ、悪事の片棒を担いでしまった哀れな男だった。

59
 人が幸せになるか、不幸になるか…
 それは、その人の日頃の行いが深く関わって来る…。

 笑う門には福来たる…
 常に笑顔を振りまく人間には幸福は近づいて来る…。
 人を呪わば穴二つ…
 人を憎めばそれはいつか自分にも帰って来る…。

 どちらを選択するのかはあなた次第…。

完。