第五章


01

「許せない…殺してやる…」
 女が一人、呪いの言葉を吐く…。
 彼女は人を呪う…
 呪うと、頭に言葉が浮かぶ…。
 PANDORA…
 彼女はこれからパンドラという呪いになろうとしていた。

02
 少年の名前は向井 治(むかい おさむ)11歳。
旧作パンドラ五章1 両親と姉との四人暮らしだ。
 治は父親の勤(つとむ)の連れ子で、母と姉とは血がつながっていなかった。
 母、明美(あけみ)とその連れ子の姉雪実(ゆきみ)とは3年前から家族になった。
 家族間の仲はかなり良かった…
 …良かったはずなのに…












03
 この所、母、明美の様子がおかしい…。
 そう気付き始めたのは姉、雪実の12歳のバースデーを家族で祝った後だった。
「ふふふ、…後、一年…」
 ろうそくの炎を消した直後、不気味な声が聞こえた。
 家族全員が怯えたのを記憶していた。
 最初は隣の家のテレビの音かと思ったが、どうやらそうでもないらしいことがわかり、家族間での怖い話としてその日は忘れたのだが…
 翌日から、母の行動が段々おかしくなっていったのだ。

04
 治は父に相談したが、
「そんなことはないさ…母さんは普通だよ」
 と取り合ってくれなかった。

 絶対におかしいのに…。

05
 母の行動で変わった事…
 一つ目、人付き合いが悪くなった。
 前は人をたくさん家に招いていたのに、今は全然だった。
 二つ目、ブツブツ言うようになった。
 前は家族でいろんな事を話したのに今は一人でいることが多くなり、気付くと何かボソボソ言っていたりすることが多くなった。
 三つ目、人相が悪くなった。
 前は息子の治が思うのもなんだけど、天真爛漫って感じの母だった。
 でも、今は背後にたたれるとぞっとするような表情を常にしていた。

06
 四つ目、自傷行為。
 気付くと爪でかりかり自分の皮膚を傷つけていたり、髪の毛を何本か抜いたりしている。
 五つ目、言葉遣い。
 治の事を【ムーちゃん】と呼んでいた母が今は【坊や】に変わっている。
 六つ目、知らない知り合い。
 姉が12歳になる前には見たこともない人達が、母と話しているのを時々見かけるようになった事。
 見かけで判断するのもあれだけど、明らかに普通の人ではない人達だった。

07
 単純に羅列するだけでもこれだけおかしいのに父は普通だと言う。
 一体、母の何処を見ているんだと思っていた。
 どう見てもおかしいじゃないか…。
 治は言うが父は信じてくれない。
 姉は気付いているらしく、一緒に悩んでくれるが子供だけではどうしようもなかった。

08
「お姉ちゃん、お母さん、本当にどうしたんだろう?…怖いよ…」
「ムーちゃんもそう思うよね。私にもどうしたらいいのかわからないよ。どうしよう…」
 姉弟は今後について相談する。
「お母さん、お姉ちゃんの誕生日の後、おかしくなったんだよ。お姉ちゃん、何か知らないの?」
 治は自分より母といる期間が長い姉に変わった事は無かったか聞いてみた。
 すると、姉から、母の昔話を聞けた。

09
「…私が生まれるずっと前の話なんだけど…」
 姉は、母から聞いたという昔話を治に聞かせた。
 母、明美は今から約20年前に誘拐された事があるという…。
 犯人は何を要求するでもなく、約二週間で無事に戻ってこれたという。
 母自身にその時の記憶は無く、母の両親、つまり、雪実の祖父母によって聞かされたという。
 犯人は女で呪いをかけたと電話で伝えて来たが、結局その犯人は捕まらなかったという。

10
「二人とも…学校好き?」
 ある日、突然、母が聞いてきた。
「…う、うん…好きだよ。勉強はあんまり好きじゃないけど、友達とかもいっぱいいるし…好きだけど…」
「わ、私も…」
「そう…、でも勉強は嫌いなのよね…」
「…何でそんなこと聞くの?」
「何言っているの、お母さん、僕、学校行くから…」
 治は姉と家を飛び出した。
 母がおかしい…
 本当におかしい…

11
「よう、向井、今日、お前んち行って良いか?」
旧作パンドラ五章2 治は友達の菊池 裕太(きくち ゆうた)に声をかけられる。
「…え?」
 治は困った。
 友達とは遊びたいが、家に来られたらおかしくなった母を見られてしまう…。
「実はさー、俺、レアカード手に入れたんだよね〜。だからさ、みんなで一勝負しようと思ってさ〜」
「う、うん…」
「菊池君、ゴメンね、今、母が風邪ひいているから、またにしてくれる?」
 答えに困っているといつの間にか姉がいてフォローを入れてくれていた。

12
「は、はい…お姉さん」
「本当にゴメンね…」
 走り去る姉を見つめる裕太。
 頬を赤らめている。
「菊池君、どうしたの?」
「おい、向井、あれ、お前の姉ちゃんか?」
「そ、そうだけど…」
「可愛いな…」
「そ、そう?」
 治は何とか家に招かずにすんだ事にホッとした。
 治は気付かなかった。
 初対面のはずの姉が裕太のことを【菊池君】と呼んでいたことに…。
 突然、現れたのに裕太達が治の家に遊びに行くことを知っていた事に…。

13
 幸せになろうと思って一緒になった家族が段々、離れて行く…。
 まだ、幼い、治はその事を正確にはかれる程、人生経験は足りてなかった。
 おかしいのは母だけでは無かったのに…。
 あまりにも目立つ母の異常に隠れて見逃しがちだが、姉の行動にも矛盾が見え隠れしていた。

14
「君、ちょっと良いかい?」
 小野寺 勇治(おのでら ゆうじ)は治に声をかける。
 勇治は退魔師のグループに属しており、いくつかのパンドラの呪いを祓った事があった。

 パンドラ…千変万化する、複雑な悪意の呪い…。
 この呪いを追って、勇治達はパンドラという名前の呪いと戦ってきていた。
 勇治は治の中に、その呪いの気配を察知して近づいてきたのだ。
 だが、普通の人が見れば、怪しい男が声をかけているようにも見えてしまう。
 案の定…

15
「誰ですか、あなたは?警察を呼びますよ」
 姉の雪実が現れ勇治を睨む。
「ご、ごめん、怪しい者じゃないんだ、ちょっとこの辺できな臭い気配がしたもんで…って、これじゃ怪しいか…あ、そうだ名刺を渡しておこう。はい、これ!」
 そう言うと勇治は姉の雪実にではなく、弟の治に渡した。
「お姉さん、この名刺を破り捨てたかったら自分でやってね、決して弟さんにやってもらわないように…」
 勇治がそう言うと雪実は… 
「ぐ、ぐぅうぅぅ…」
 とまるで獣の様なうなり声をあげた。

16
「お、お姉ちゃん…?」
 治はキョトンとした。
「な、何でも無いわ…行きましょう、ムーちゃん…」
「い、痛いよ、お姉ちゃん…」
 雪実はまるで、大人、いや、それを通り越して獣の様な力で弟の手を引いて去っていった。
 それを遠目に勇治は…
「今回のはあの子で、間違いなさそうだな…」
 とつぶやいた。

17
 それからも日を追うごとに母の様子はおかしくなっていった。
 だが、勇治と会ってから、治は姉の様子もおかしいことに気付き始めた。
 まだ、はっきりとは認識出来ないが、母の異常は何だか、薄っぺらいもののような気がして、姉の方が深い異常を抱えているような気がしていた。
 そう、異変は姉の誕生日から…。
 姉の誕生日が家族の異常事態の発端なのだから…。

18
 それから、友達と遊ぶ約束をしたら、帰りに姉が現れ、約束を断り、その後で、また、偶然を装った勇治と会って、姉が歯ぎしりをして治を連れて帰るという日が何日か続いた。
 何となく、姉が現れるタイミングが遅くなって行って、勇治が現れるタイミングが早くなっていっている気がした。
 そして、一週間後には勇治の方が早く現れ、勇治の【治】の字は治と同じ漢字だと言う話で盛り上がった。
 勇治は何をするでもなく、ただ、話し相手になってくれていた。
 最初は怪しい人だと思ったが、話していく内に、もやもやした気持ちが薄らいでいく感じがしていた。

19
 そして、遅れて現れた姉が…
「ちょっと、何をしているの?」
 と怒鳴りこんで来た。
「何って話をしているだけさ。ただの世間話だよ。君も加わるかい?」
「結構よ!行くわよ、ムーちゃん!」
「お姉ちゃん、この人は多分、大丈夫だよ。お母さんの事、相談してみようよ」
「知らない人としゃべっちゃだめっていつもいっているでしょ」
「勇治さんはいい人だよ」
「何でわかるのよ。そんなことしているとどこかに連れて行かれてしまうよ」
「違うよ、勇治さんはここで、お姉さんと待ち合わせしているだけだよ。待っている間に話をしているだけだもん」
「じゃあ、明日から、違う道で帰りなさい」
「何で?」
「良いから…寄り道はいけないって先生に言われているでしょ」
「別の道で帰るのは寄り道って言わないの?」
「口答えしないの!」
 姉ともめる治。

20
 それを見ていた勇治は穏やかな表情で…
「なら、お姉さん、この名刺を警察に持っていくといい…ここに僕の顔写真も入っているし、怪しい人だと言えば、一発で僕は捕まるんじゃないかな?…もっとも、この名刺を掴むことが出来たらの話だけどね…」
 と言った。
「くそ野郎!」
 雪実は、今まででは考えられない表情で悪態をついた。
 治はびっくりした。
 少なくとも治の知っている姉は【くそ野郎!】等という暴言は吐かなかった。

21
「…じゃあ、こうしようか、今度、お父さんか、お母さん同伴でお話をするというのはどうだろう?お父さんとお母さんに僕の顔を見てもらえば何かあった時、警察に捕まえてもらえば良い。ここまでやっても、僕は怪しい人かい?」
「…それは、駄目!」
「何故、駄目なんだい?お父さんにかけた暗示が解けてしまうからかい?それともお母さんの秘密を知られたくないからかい?」
 穏やかな表情で語っているが、何らかの形で姉に対して攻撃を仕掛けているようだった。 だけど、それが、何なのか治にはわからなかった。

22
 お父さんにかけた暗示が解けてしまう…
 お母さんの秘密…
 何を言っているのか解らないが、それが、このおかしな環境を改善する事の様な気がしていた。
 そして、それを姉が極度に恐れている…。
 それだけははっきり解っている。
 家族として、姉が困るような事をしている勇治の事を信用してはならないような気もする。
 …気もするのだが、何故だか、何となく、勇治は正論を言っている…。
 そう、思えてならなかった。

23
 まだ、小学生で、何の力も無い自分を助けてくれている…そんな感じがした。

 その後も勇治は治に会いに来てくれて、話し相手になってくれていた。
 すると、不思議と母の周りに現れていた不振人物はその数を減らしていった。
 一時期は十人くらいいたのに今は二、三人が現れる程度だった。

24
「くそ、っくそっ、くそっ!!」
 姉はどんどん荒れてくる。
 もはや可憐だった面影は全くない。
 勇治との付き合いも、気付けば、半年を過ぎていた。
 姉の誕生日まで、後、三ヶ月となっていた。
 治はなんとなく、姉の誕生日で全ての決着がつくような気がしていた。

25
 その頃には姉はまるで、一時期の母のように、一人でブツブツ言うようになり、母は元の明るさを少しずつ取り戻しつつあった。
 その頃になってやっと気付いた事がいくつかあった。
 鈍いと言われたらそれまでだが、治も軽く暗示にかかっていたため、気付けなかったのだが、勇治との会話を繰り返す内に、いろいろと疑問点が浮かぶようになったのだ。

26
 まずは、あまりにも自然だったので、気付かなかったが、父と姉が直接会話していた事を見たことが一度もなかった。
旧作パンドラ五章3 まるで、父は姉を認識していないかのように…。
 それと、母の免許証を見せてもらって解ったことがあった。
 それは、母の年齢は24歳だということ。
 母が産んだとしたら、姉はいくつの時の子供だということだった。
 女の人は16歳になるまで結婚出来ない。
 姉はその前の子供ということになる…。











27
 まだ、ある…
 母方の祖父母の事だ。
 電話で話した時に思ったのだが、あれ?こんな声だったかなと思ったことが何度かあった。
 まるで、祖父母の役を誰かが持ち回りでやっていたかのように…。
 母の周りの不審者達に似た声の人間がいたことも…。
 今まで見えてなかった違和感がまるで温泉を掘り当てたかの様に噴き出してきた。

28
「治君、パンドラという言葉に心当たりないかい?」
 ある日、勇治が聞いてきた。
 心当たり…
 考えて見る…
 一つだけあった。
 姉の12歳の誕生日の時の誕生ケーキ…。
 確か、それを売っていたのが、パンドラという名前のケーキ屋だった。

29
 ケーキ屋パンドラと言えば、父と母が出会ったのもパンドラというケーキ屋だった。
 治の実の母を病で亡くし男手一つで治を育てていた勤が治の誕生日を祝うためのケーキを買いに立ち寄り、そこで働いていた母と恋に落ち、そして、結婚に至った。
 パンドラと言えば、家族の思い出のケーキ屋だった。
 家族になっても何かのお祝い事があれば、決まってパンドラのケーキが登場した。
 治自身も何度か、その店で母と一緒にケーキを選んだことがあった。
 店員は何となく薄気味悪い感じがしたが、ケーキが美味しかったので、気にせずにいつも買っていた。

30
 そうだった…。
 母の周りにうろついていた不振人物、その中の二、三人はケーキ屋の店員として働いているのを見たことがあった。
 治がそれに気付いた時、勇治は元凶に手が届いた事になった。

31
「そのケーキ屋さんのある場所を教えてくれないかな?もちろん、君は来なくて良い。何処にあるという事だけ、教えて欲しい」
「…わかりました。えーとですね、四丁目のさかやさやかという酒屋さんの角を左に曲がって三つ目にある八百屋さんを左に行って突き当たりの交番を左に曲がって5つ目のタバコ屋さんを左に曲がって…」
 治は場所を説明していく…。
 やたらと長い道のりを治はすらすらと言っていく。
 だが、勇治はその説明を全部聞き終わらない内に口を挟む。

32
「治君…そんな場所は無いんだよ…」
「え?でも…」
「聞いていると、君はずっと左に曲がるという言葉を続けているよ。普通、左にばかり曲がっていたら、ぐるぐる回ることになるよ」
「え…」
 確かにそうだった。
 治はずっと左にしか曲がるとしか説明していない。

33
「はい、退魔終了!幸せになってね」
 勇治はそう言った。
 すると…
「…おのれ退魔師めがぁ…」
 どこかでうめき声の様な恨み言が聞こえた。
 姉と呼んでいた女の声だった。

34
 治が家に帰ると…
「治、良いところに来た。紹介しよう、香坂 明美(こうさか あけみ)さんだ。三ヶ月後には向井 明美(むかい あけみ)になってもらう予定だ。父さん、なかなか、言い出せなかったんだが、結婚を前提に明美さんと付き合っていて…その…」
 父は母を紹介した。
(知っているよ。三年半前から家族だったもん…)
 治はそう思ったがあえて口には出さずに…
「初めまして。僕、向井 治って言います。よろしくお願いしますお母さん」
「治君…」
明美は涙ぐんだ。

35
 家族として過ごした三年半はリセットされてしまった。
 でも、治は覚えている、母のやさしさを。
「じ、実はな…治、もう一つ報告があってだな、実はお前に妹が出来る…」
 明美のお腹は膨れていた。
 7ヶ月だった。
「お父さん、お母さん、子供の名前、雪実(ゆきみ)ってつけて良い?」
 治がそう聞いてみると、
「こりゃ、驚いた。偶然だな、ちょうど、子供の名前は雪実にしようと決めていたんだよ。これは運命を感じるな」
「そうだね、僕もそう思うよ」

36
 雪実は治に不幸を運んで来たのかも知れない…
 でも、家族だったんだ。
 だから、家族として、やり直す時も雪実がいなくちゃ、家族じゃない…
 治はそう思った。

 向井家からはパンドラの驚異は去った。

37
 次のパンドラの呪いを探しに行こう…
 勇治はそう思った。
 そう、思った彼の前に、彼には行けないはずのケーキ屋が突然、現れた。
 店内に店員は一切いない…
 もぬけの殻だった。
 このパンドラの呪いは力を失いやがて消えて行くんだ…
 勇治はそう考えた。
 その時、誰もいないはずの店内から声が聞こえた…

38
「…小野寺 勇治君…君は勝ってはいないよ、これは引き分けだよ…」
「誰だ?隠れていないで出てきたらどうだ?」
 勇治は店内を見渡す。
 が、誰も見あたらない。
 だが…
「…ここだよ、さっきから目の前にいるじゃないか…」
旧作パンドラ五章4 という声が聞こえた。
 その声のする方を見ると、一体のビスクドールが置いてあった。
 3体目のビスクドールだった。
 そのビスクドールの口が開き、しゃべり始める。

39
「勇治君が担当したパンドラは消えたよ。そこは負けだ。素直に認めるよ。でも、この店のパティシエやパティシエール達は他の場所で呪いを振りまきその一つが成就した。その結果で、私が現れた…解るよね?私の出現は呪いの成就だって…」
 ビスクドールは薄気味悪い笑みを浮かべた。
 その表情が妙に人間ぽくて、気持ちが悪かった。

40
 ケーキショップパンドラ…、このタイプの呪いはスイーツを通して、呪いを振りまくタイプの呪いだった。
 売り上げたケーキの数だけ、呪いが振りまかれていたのだ。
「…なんて事だ…」
 勇治は歯噛みする。
 それをあざ笑うかの様に、謎の女が現れビスクドールを抱えて消えた。
 最後に…
「…ついにしゃべれるようになったよ。次は歩きたいな…」
 という言葉を残して…。

41
 では、成就された呪いとはなんだったのだろう?

 …それは、666人のケーキ交換という呪いだった。
 イベントを開き、ケーキ好きの男女が、お気に入りのケーキを他の誰かにすすめて、食べるというだけのものだった。
 ケーキショップの店員達はこのイベントの下準備などに奔走し、決まった店員が店内に残れなくなっていたため、雪実の祖父母役の店員がコロコロ変わっていたのだ。

42
 パンドラという呪いも退魔師達に隠れてその勢力を伸ばしている…。
 その拠点となっている店等の集まりが、世の中に点在していた。
 ケーキショップパンドラもその内の一つだった。
 店内では人を妬み、憎み、嫉む人間が集められ、パンドラとして育てられていった。

 勇治はその拠点の一つを潰したがパンドラの呪いは一つ成就されてしまい、スタッフは全国に散らばってしまったのだ。
 散らばったスタッフがまた、新たなパンドラを作って行く…。

43
「許せない…殺してやる…」
 女が一人、呪いの言葉を吐く…。
 彼女は人を呪う…
 呪うと、頭に言葉が浮かぶ…。
 PANDORA…
 彼女もまた、これからパンドラという呪いになろうとしていた。

44
 増えていく、パンドラの呪い…。
 消していく、退魔師達…。
 どちらが勝つのかは解らない…。

 だが、人に悪意を持つ人間がいるかぎり、呪いは増え続けるし、
 幸せを願う者達が、それを摘み取って行く…。

45
だが、希望のパンドラも確かに一つ存在する。
 それは、パンドラという呪いから解放されて、幸せを掴んだパンドラ…。
 向井 雪実(むかい ゆきみ)…かつて、パンドラという呪いだった女の子…
 でも、これからは優しい両親と兄との四人で幸せな家庭を築くだろう…。
 もしかしたら、彼女が希望のパンドラになるかも知れない…。
 誰にもそれは、解らない。
 彼女はまだ、母のお腹の中なのだから…。

46
「そこのあなた…ちょっと良いかしら?」
「…え、私ですか?」
「えぇ、今度、新しく商品になったパンドラボックスと言う商品なんだけど、試しに使って見ない?」
「え〜なんですかぁ〜?」
「お化粧セットなんだけど…どうかな?ほら、今年の新色も入っているし…」
「そうですねぇ、ちょっと興味ありますね…、でも、今使っているやつも気に入っているし…」
「六日間で良いんで試しに使って見ませんか?気に入らなかったらクーリングオフで返品してもらって全然かまわないし、お代はなんとこれだけ!」
「え、ほんとですか?やっす〜い。やります。試しに使ってみます」
「…そう、ありがとう。気に入ったのならここの口座に振り込んでね。それで、契約成立という事になるから…」
「はい、わっかりました〜。ラッキー!」
また、新たな呪いが始まる。

47
 悪意に対して無防備な女性がターゲットになってしまう…。

 だが…

48
「その化粧品、あなたにはちょっとね〜」
「元の化粧品の方が似合っているよ」
「え〜、何ですかあなた達は?」
「私?私は碓井 栄美(うすい えみ)!」
「私は里村 翔子(さとむら しょうこ)エクソシストで〜す。なんてね」
 今日もどこかで、助け船が出ている。

 絶対に、呪いには負けない…
 その強い意志の元に…
 救いの手はさしのべられる。

完。

第六章


01

「静那さん今日も来ちゃったわ…」
旧作パンドラ六章1 「いらっしゃい、暁さん」
 黒木 暁(くろき さとる)は今日も近松 静那(ちかまつ しずな)に会いに来た。
 静那は暁の元恋人、昨年亡くなった杉山 里桜(すぎやま りお)にそっくりだったため、つい勤め先のレストラン、ジョルジュにまで足を運んでしまうのだ。

02
 実はこの手の顔の女性を好きになるのは三度目だった。
 一度目は小学校の時に好きになった深山 鈴加(みやま すずか)。
 二度目が杉山 里桜、三度目がこの近松 静那だった。
 世の中には同じ顔の人間が三人はいると言われているが、暁が好きになったのはみんな同じ顔の女性だった。
 鈴加は小学校の時にだったが、成長したら、多分、里桜や静那と同じ顔になったのだろう…。

03
 静那は音楽鑑賞が趣味で、【ド】の音がたまらなく好きだと言う。
 鈴加はよくじゃんけんで【パー】ばかり出していたな…
 里桜は【ん】の発音がおかしかったな…
 出会った順番に印象に残った言葉をつなげれば【パンド】となる…。
 将来、もう一人好きになる女性が現れてその人の印象に残る言葉がもし、【ラ】なら、つなげると【パンドラ】になるな…
 なんてことを考えていたら、静那は写真を見せてくれた。
 写っていたのは静那と彼女によく似た外国人だった。

04
「どう?よく似ているでしょ。彼女はミシェルさんって言ってね仲良くなったんだ。彼女にLaとRaの発音の違いを教えてもらったんだよね」
 【ラ】だった。
 ミシェルの印象は【ラ】になった。
 思いがけなく、簡単に【パンドラ】が揃ってしまった。
 その瞬間、頭の中に…
(…後は見つけるだけ…)
 という声が響いた。

05
「静那さん、なんか言った?」
「ううん、何も」
「しーずなーっ!さぼってないで仕事しろ、仕事」
「ごめーん、仕事しまーす」
 静那はウェイトレスの仕事に戻った。
 後ろ姿を見送りながら、暁は静那と付き合いたいなと考えていた。
 里桜の事を忘れた訳ではないが、次第に気持ちは静那に移りつつあった。

06
 その頃、とある女子校では…
「絶対に見つけてやる…」
 暁の元恋人、杉山 里桜の姪に当たる花坂 里桜(はなさか りお)は行方の解らなくなっている暁を捜すと息巻いていた。
 同じ名前なので、杉山 里桜と花坂 里桜とするが、花坂 里桜の方は幼い頃から霊感が強く、霊媒師としての才能を見込まれ退魔師達とよくつるんでいた。

07
 同じ名前というのもあるが、花坂 里桜は叔母の杉山 里桜によく遊んでもらい、叔母の事が大好きだった。
 だから、パンドラという呪いを受けたと聞いた時、どうしても助けたかった。
 だが、呪いを受けていたのは叔母の杉山 里桜ではなく、その恋人だった暁だと知った時には時既に遅く、叔母は亡くなってしまった。
 それまでは、どこか他人事だった花坂 里桜の感情に、パンドラという呪いに対しての深い怒りが生まれた。
 そして、叔母の命を奪ったパンドラの呪いを叩き潰すつもりで行動を開始したのだ。

08
 だが、両親に悔しいのは解るが怒りの感情に包まれていてはパンドラの思うつぼだと諭され連れ戻されていた。
 だが、怒りはおさまらない…。
 彼女の師匠でもある里村 翔子(さとむら しょうこ)が、叔母の受けたパンドラの呪いの事を調べてくれた。

09
 暁の受けた呪いは同じ顔の女性四人と出会うこと…。
 四人の女性にはそれぞれ、【パ】、【ン】、【ド】、【ラ】の四つのキーワードが割り当てられ四人目の女性がターゲットと出会い、好意を持った会話を交わすと呪いが成就されてしまうというものだった。

10
 つまり、暁の場合、ミシェルとの会話が呪いの成就となってしまう。
 その前に、呪いに気付き、その呪いを憎み、ターゲットを助けたいという人物と会話を交わすと呪いは消えるという。
 それは、間違いなく花坂 里桜の事だった。
 彼女が、ミシェルより先に暁を見つけ出せればパンドラの呪いは消滅する。

11
 だが、花坂 里桜は叔母から聞いていて、暁の名前は知っていたが、彼の顔を知らなかった。
 ヒントになるような言葉はいくつか聞いていた気もするが、よく思い出せない。
 当時は暁の事は大して興味が無かったのだから…。

12
 花坂 里桜とミシェルの暁の命をかけたかくれんぼが始まった。

 分はかなり悪い。
 これは頭脳戦だ。
 花坂 里桜は頭に血が上っている。
 冷静に、暁を捜し出さなくてはならない。

13
 花坂 里桜はまず、ネットで調べた。
 だが、暁という名前はかなり出てきて絞れない。
 次に、叔母の家に行って叔母のアルバムを見た。
 だが、暁の写った写真は何故か、どれも首から上が消えてしまっていて中肉中背という事以外、特徴の解るものはなかった。
 次に、悪いとは思ったが叔母の日記を調べた。
 だが、暁につながるような有力な手がかりは見つからなかった。

14
 次に、祖父母に聞いてみた。
 叔母から、暁の事を何か聞いてないかどうかを…
 だが、情報は花坂 里桜と五十歩百歩といった程度のものしか得られなかった。
 次に、叔母の友人を訪ねた。
 だが、祖父母の時と変わらなかった。恩師の先生を訪ねても同様だった。

15
 ここまで来て解ったこと…
 それは、パンドラの呪いの力によって、叔母と暁の情報がわかりにくく変化をしているという事だった。
 そして、叔母の家を出ようとした時、メモ用紙を発見し、そこに
 【国名を発見】
 と謎の言葉が書かれていた。

16
 何のことだか最初は解らなかったが、次のメッセージで大体、どういう事か解った。
旧作パンドラ六章2 【県名を発見】
 とある喫茶店の窓に息を吹きかけて指で書いた文字が浮かんでいた。
 これは、パンドラのメッセージだ。
 段々、暁のいる場所に近づいているんだ。
 おそらく、【市名を発見】、【町名を発見】と続くのだろう…

17
 そして、暁は何県かに確保されたのだ。
 彼は、呪いが成就するか、助け出されるまで、その県から出ることは出来ない。
 パンドラは確保する場所を縮めていき、暁を見つけに行くのだ。

18
 負けられない…
 絶対に…

 県名を発見という事は日本であり、東京、大阪、京都、北海道では無いという事だ。
 何処なの…
 気持ちが焦る。
 叔母を死に至らしめたこのパンドラの呪いだけには負ける訳にはいかない。
 必ず、暁さんを助けるんだ。

19
 花坂 里桜は切に願った。

 あちこちを手当たり次第探す。
 だが、顔も知らない暁の手がかりは全くつかめなかった。
 気持ちだけがどんどん先走り、結果が全くついて来ない。
 絶対にやだ…。
 あんな呪いなんかに負けてたまるか…

20
「どこなの…」
 悔し涙がこぼれる…。
 いくら霊感が人一倍強くても、このパンドラには手も足も出ない…。
 そんな時…

21
「彼女ー、今、一人ぃ?」
 ナンパ?
 花坂 里桜は一瞬、そう思ったが、声は女性、しかも知った声だった。
「…ししょー」
 花坂 里桜の師匠、翔子だった。

22
 他にも退魔師仲間の松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)、小野寺 勇治(おのでら ゆうじ)、碓井 栄美(うすい えみ)、退魔師見習いの松村 俊征(まつむら としゆき)とその恋人、黛 玲於奈(まゆずみ れおな)と友人、大森 香月(おおもり かづき)、新人の七瀬 豊彦(ななせ とよひこ)もいる。
「一人でやることないよ…、人海戦術…みんなでやろ!」
「…はい…」

23
 パンドラの呪いは姑息で卑怯なものだ…。
 何も真っ正面から一人で立ち向かうことはない…。
 みんなで協力して、立ち向かえばいいんだ。

 形勢は逆転する。

24
 かつて、恋人の玲於奈を捜し出した経歴を持つ俊征の言霊はすばらしく、ミシェルが【市名を発見】というメッセージを花坂 里桜に見せる頃には町名どころか番地まで解っていた。
 後は、そこに向かうだけという状況でまた、形勢は再逆転した。

25
 パンドラの呪いに犯された人達が続出したのだ。
 一つ一つの呪いは大した事はないのだが、明らかに何らかのパンドラの呪いを受けていることが解り、放っておく事も出来ずに、その対処に追われてしまい、先に進めないのだ。
 退魔師達が一人一人祓っていく内に、呪われた一人の口から、
「…町名を発見」
 の一言を聞いてしまった。

26
 このままでは先を越される…。
 そう思った時に花坂 里桜がその天才ぶりを発揮する。

27
「みんな、目を醒ませぇー!!」
 プシュー…
 花坂 里桜は公園の水道に持ってきていたホースをつなぎ、ホースの先をつまんで、呪われた人達に水を吹きかけた。

28
 花坂 里桜の手を通す事によって水が聖なる力を含んだ。
旧作パンドラ六章3 簡易式の聖水シャワーだった。
 本当の聖水ではないので、強力な呪いには利かないが、足止めとして現れていた呪われていた人達はこれで、目を醒ました。














29
 呪われていた人達の人垣を超えて、目的地のレストラン、ジョルジュに向かった時、外国人と思われる女性が一足早く、店内に入るのを目撃した。
 勝ち誇った顔をしていた。
 四人目の女性、ミシェルだった。

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 だが、遅れて店内に入った花坂 里桜と退魔師のメンバー達が目撃したのは…

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「やぁ、花坂 里桜ちゃんだね。どことなく、叔母さんに似ているからすぐにわかったよ」
 元気な姿で花坂 里桜を出迎える暁。

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「ど、どういう事ですか?」
 花坂 里桜は思わず聞いてしまった。
 なぜ、暁が生きているのか不思議だったのだ。

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 結局、暁は叔母の事が忘れられなかったのだ。
 一度は静那に告白しようとした…。
 だが、杉山 里桜との思い出が甦ってきて同じ顔でも愛していたのは彼女だけだと気付いたのだ。

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 暁から、見れば、静那やミシェルよりも花坂 里桜の方が杉山 里桜に似ているという。
 はじめから何も心配する事は無かったのだ。
 暁の印象として強く残っているのは【ン】の部分の杉山 里桜だけだったのだ。
 そこに、そっくりさん、まして、パンドラごときが入り込む余地など全くなかったのだ。

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 花坂 里桜は枕元にたった叔母を思い出した。
 叔母は…
(心配しないで。暁さんは大丈夫だから)
 と言ってくれていたのに、逆に心配して暴走してしまった。
 私はまだまだ、未熟者だ。
 花坂 里桜はそう思った。

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 事件はまた、一つ解決した。
 だが、すぐにまた違う事件が起こる…

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「…まぁ、可愛いポメラニアン…そうね、この子にしようかな…良い?」
「良いけど、また、名前はパンドラにするの?」
「そうよ、いけない?」
「いけなくは無いけど、これで、10匹目だよ。ちょっと飼いすぎかな…って思うんだけどね…」
「…ちゃんと世話はしているでしょ。」

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「まぁ、そうだけどさ、犬ばっかりじゃないか」
「餌代はちゃんと私が払っているでしょ」
「そうだけどさ、子犬ばっかり13匹、飼いたいって言われても…」
 同棲中のカップルの会話…。
 田島 浩二(たじま こうじ)は峰岸 優花(みねぎし ゆうか)と一緒に暮らしている。
 将来的には結婚するつもりだった。

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 だが、半年前、ただでやっているセミナーに参加して帰って来てから彼女が子犬ばかり13匹飼いたいと言ってきたのだ。
 犬嫌いだった優花が犬好きの浩二と一緒に住むために克服したいと思ってパンドラと言う犬嫌いを治すためのセミナーに参加したのだ。

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 セミナーから帰って来た彼女はまるで人が変わったかのように犬を飼いたいと言い出し、ずっと飼いたいと思っていた浩二は二つ返事でOKサインを出した。

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 最初は楽しかった。
 だって、ずっと大好きだった犬が飼えたのだから…。
 だが、彼女はその後も別の犬を飼いたいと言い出し、買ってきた。
 その後もどんどん増えるので、さすがに心配になった浩二は大丈夫かと聞いた。
 実はペット禁止のマンションで大家さんに内緒で飼っていたのだ。
 あんまりキャンキャンほえられるとすぐに大家さんにばれてしまうから…。

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 その時、優花は一人で大家さんと話をしてくると言って出て行って、話はついたと言って帰ってきた。
旧作パンドラ六章4 大家さんも優花に負けないくらいの犬嫌いだったはずなのに…

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 そして、その後も子犬は増え続け、ついに10匹に達してしまったという訳だ。
 資金面から見ても、どう考えても10匹を育てる余裕は浩二と優花には無かったはずだったのだが、どうやら、彼女が参加したセミナーの主催者から何故か補助金が出て餌代等がかなり安くなるとの事だった。

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 どうも腑に落ちないと思ってはいるのだが、いたずらに彼女を疑って、気まずくなりたくない浩二は黙っていた。
 元々、犬好きの浩二にとっては嫌いな状況ではなかったからだ。

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「このチワワ可愛い。11匹目にどうかしら?」
「しばらく我慢するって言ったじゃん。10匹が問題無く飼えるって解ってから残る3匹、考えようって」
「…そう…だったわね…残念…」
 今日もペットショップの前を優花は浩二と通りたがった。
 そして、いつものように、浩二に子犬をねだる。

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 お金を出すのは優花なのだが、1匹目からずっと浩二の了解を得てから買っていた。
 同棲しているのだがら、相手の許可をもらってからというのは解らなくもないが、浩二はこの優花のおねだりが何故か、自分の身を切り売りしているように感じていた。
 何故か、自分の身体は後、3つしかない…そう思えてしまうのだった。

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「田島くーん、電話ー、また、彼女さんからー」
「あ、すみません」
 浩二の職場に今日も優花が電話をかけてくる。
 実は携帯電話が壊れてしまって修理に出すか買い換えたいが、今は持ち合わせが無いという状態だった。
(浩二君、今日何時に終わる?)
「今日は残業だって言っただろ、ペットショップには寄れないよ」
(そう、残念…。明日は早く帰って来てね)
「わかったよ。じゃあ、今日は忙しいからもう切るよ」
(…うん…)
 浩二の職場にまで、ペットショップに寄る話をしてくる優花。
 少し怖く感じた。

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 そして、三時間の残業を終えて帰宅すると、玄関には刑事が待っていた。

「田島 浩二さんですね…警察です。少しお話、良いですか?出来れば署までご同行願えませんか?」
「え?あの、どういった訳で…」
「話は署の方で…」

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 警察では衝撃の事実が浩二を待っていた。
 優花は死んでいた。
 それも半年前に…
 では、ずっと一緒に暮らしていたのは…?

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 浩二と一緒に寝食を共にしていた女の名前は峰岸 優花ではなく、パンドラというセミナーを開いていた主催者で、80歳を越える老婆、三宅 豊(みやけ とよ)だった。
 豊を優花だと思いこみ、ずっと暮らしていたのだ。

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 しかも、豊は人肉を優花や大家さんを自分の飼っていた犬に食べさせていたのだ。
 この事件もパンドラという呪いの影は退魔師達の活躍により、無事、祓ったが、猟奇的な殺人事件という事実は消せなかった。
 元々、パンドラの呪いにかかる人間は心に暗いものを色濃く持っている人間だ。
 パンドラの呪いが無くなったからと言って、起こしてしまった事件は消えなかった。

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 退魔師達としてはとてもやりきれない事件だった。
 退魔師達は悪霊は祓えるが、人の悪意までは祓えない…。
 人が受ける不幸の全てがパンドラではないのだ…。

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「あれ?これにもだ…なんだろ…」
 笹本 貴夏(ささもと きなつ)はパンドラブランドのグッズの収集家だった。
 着る服から歯ブラシまで、かなりの種類のパンドラグッズが彼女の部屋には置いてある。
 数えていないが、数百種類はあるのではないだろうか…。
 貴夏が変な模様だと気付いたのはパンドラグッズ…
 …ではなく他のメーカーの物だった。

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 貴夏は確かにパンドラグッズの収集家ではあるが、何から何までもパンドラのグッズかと言われるとそうではない…。
 少しだが、ちゃんとパンドラブランド以外の物も置いてある。
 だが、このところ、パンドラブランド以外の物が変なのだ。

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 パンドラブランドには女性の髪が靡いたようなシルエットのマークがある。
 どのグッズにもだ。
 そこを気に入って買っているのだが、問題は、パンドラブランド以外のグッズにもうっすらとだが、髪の靡いた女性のシルエットのマークが出てきたということだった。

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 最初は、パンドラグッズのマークが写ったのかと思ったが、もし、そうなら、シルエットが逆向きに写るはず…。
 でも、写っているのは他のパンドラグッズと同じ向きだった。

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 何だか、気持ち悪い…。
 だが、気持ち悪いのはパンドラグッズではなく、パンドラグッズ以外のグッズがだ…。
 貴夏は正確な判断がつかなくなっていた。
 確かに、変化していったのはパンドラグッズ以外のグッズだ。
 だが、しかし、他のグッズがパンドラのグッズに浸食されていったと考えるのならば、気持ち悪いのはむしろパンドラグッズの方なのだ。

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 この呪いは全てのグッズがパンドラグッズに変わった時に呪いは成就する。
 この呪いを祓うのも…

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「すみません、あなたの家にこのアロマキャンドルいかがですか?」
「えっ?」
「気分が優れない時は是非」
「どうしようかな…」
「きっと少しずつ、良いことがあると思いますよ」
「…うーん…」
「一人で悩んでいると気が滅入りますよ。たまには気分転換が必要だと思いますよ」
「…そうね、一ついただくわ」
「はい、あなたに幸せが訪れますように!」
「…ありがとう。…本当にありがとう…」
 栄美から退魔の効果があるアロマキャンドルを受け取り、帰宅する貴夏。
 気持ちはどこか晴れやかだ。

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「見てみて〜。格好いいでしょ、このタトゥー。PANDORAって言うんだよ」
「へー、良いねぇ…私もやってみようかな…」
 女の子達がファッションタトゥーを入れるかどうか相談していた。
「…それより、こっちの方があんたにはあっていると思うけど?」
 そこに割り込む一人の女性…
「何よ、あんた…」
「ちょっと待って智恵美(ちえみ)、この人、香月さんだよ。読モの」
「え?…あ、ごめんなさい、私ったら…」
 香月が入り口で食い止めた。

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「この漫画おもしれーんだよ」
「なになに?パンドラストーリー?何それ?」
「パラパラ漫画だよ。主人公のパンドラの動きがさーパラパラする度に違う動きをするんだよ」
「へー、どれどれ?面白そう…」
 パラパラ漫画のパンドラの物語が普及する。
「…面白くないよ。怖いよ、それ…」
 俊征がつぶやく。
「…何だあいつ?…あれ?ほんとに面白くない…」
「マジで?…ほんとだ…」
 俊征の言霊が呪いの普及を食い止める。

62
 パンドラの呪いは人の気持ちの隙間に忍び寄って来る。
 だけど、退魔師達はその邪悪な気配を察知して、対処する。

 人間の想いは強い。
 呪いなんかには負けない。

63
 人は助け合いながら、それを一つ一つ証明していく…。

 どんな状態になろうとも諦めなければそこに希望は残るのだから。

完。