第一章




「…浩紀(ひろき)か?話があるんだ…来てくれないか…」
川瀬 浩紀(かわせ ひろき)は大して親しい訳ではなかったが、金持ちだと有名だった倉持 祥吾(くらもち しょうご)に呼び出されていた。
旧作パンドラ一章1 浩紀は苦学生。
北海道からはるばる上京して来たが、両親の仕送りだけでは、大学にも通えないので、日々をアルバイトに明け暮れる毎日だった。
対して祥吾は親からたくさんの小遣いをもらい毎日、遊び歩いているような男だった。
毎日、時計やらブレスレットやらをとっかえひっかえで身につけていて、隣にいる女の子も同じように会う度に違っていた。
それを鼻にかけていた。
正直、好きにはなれないタイプだった。


珠貴 羽住(たまき はずみ)…浩紀と一緒に上京して来た高校時代の彼女は、祥吾が親の借金をたてに無理矢理、あいつのフィアンセにさせられてしまった。
そして、彼女は祥吾との旅行中、亡くなったと聞いた。
葬式にも呼んでもらえず、彼女の死を知ったのはずいぶん後になってからだった。
本音を言えば、好きになれないどころか許せないタイプだった。


「何だよ…何か用かよ…」
祥吾の呼び出しに応じた浩紀は仏頂面で無愛想に用件を尋ねた。
「…彼女の…羽住が最期に持っていた形見なんだ…もらってくれないか…」
渡されたものは手のひらにおさまるような小さな物体だった。
「石棺…のミニチュア…か?」
そう思った。
縁起でもないと思ったが、ふと、祥吾の顔を見るとまるでもうすぐ死ぬかのように目の下に隈が出来て見るからに具合が悪そうだった。
その事からもふざけて渡しているようには見えなかった。
「…もらってくれないか?」
繰り返し祥吾は言った。
浩紀は祥吾の事は気に入らなかったがこれは大好きだった羽住の形見だと思い、もらうことにした。


「わかった…もらうよ…用件はそれだけか?」
もらうものはもらうがそれでも嫌いな男の前では笑顔になれない。
不機嫌な顔で答える。
「…あぁ…それだけだ…もう、会うこともないと思う…じゃあな…」
そう言い残し去っていった。
後で知ったのだが、祥吾の両親は事業に失敗、多額の借金を残し、首を吊ったとのことだった。
両親だけではなく親戚や友人も悉く亡くなっていたことも後で知った。
「羽住ぃ…今、行くよ…」
廃墟となったビルで祥吾は静かに瞳と人生に幕を下ろした。


浩紀はアパートに帰ってから、しばらく、小さな石棺を眺めていた。
妙に気になるのだ。
そして、少しいじりだした。
すると、カコって音がして石棺の中が少しのぞけた。
「!うぁ…!!」
中を除いた浩紀は思わず、投げてしまった。
石棺の中にあるモノと目が合った気がしたからだ。
気のせいかもしれないと思い、再び、石棺の隙間を除く。
ドクロ、しゃれこうべだった。
小さな骸骨が中に入っている。
しかも、禍々しい感じがする。
「気持ち悪りぃ…何だこれ…」


怖くなって捨てようとも思ったが、羽住の形見であるこの石棺を捨てるのも忍びないので共同で使っているアパートの物置にしまってしまおうと思った。
「ちゅう…」
「うぁ…何だ…ネズミか…脅かすなよ…」
物置をあけたとたんに出てきたネズミに少しビビったが、気を取り直して奥にしまって戸を閉めようと思った。
その時、ネズミが石棺の近くを通りかかったと思ったがフッと消えた。
心なしか石棺が大きくなったような気がした。
良く見たら、石棺がずれたままだった。
でも、怖くて見に行けない…
浩紀は忘れることにした。


「浩紀ぃ、今日、お前んとこ行っていいか?宴会やろ、宴会!」
「大介(だいすけ)か?無理だよ、俺、金ねぇし、割り勘なんだろ?」
「部屋、貸してくれたらお前はただでいいよ!」
「マジで?じゃあ、オーケーだ。待ってるわー」
浩紀の友達の大介が、アパートに来ることになった。大介の彼女の郁美(いくみ)に亮太(りょうた)と可憐(かれん)、恵里香(えりか)も来るらしい。
苦学生仲間だった。
みんな地方からやってきてサークルに入って仲良くなった友達だった。


「じゃあ、一時間くらいで、あたしと大介、可憐と亮太が抜けるから、後は恵里香、上手くやってね〜」
郁美は恵里香を浩紀をくっつけようと躍起になっていた。
「わかった。ありがと、郁美」
恵里香はずっと浩紀の事が好きだった。
だけど、浩紀には羽住がいたので、ちょっと尻込みしていた。
郁美達は奪っちゃえばいいとか言っていたが、恵里香は浩紀の性格はあんまり押しが強いとかえってどん引きされるとわかっていたから、きっかけがつかめないでいた。
だけど、羽住はもういない…
これは、チャンスと大介達を巻き込んでずっと練っていた計画を実行に移すことにしたのだ。


大介達はすでに酔っていた。
酔った勢いでという作戦だったからだ。
あらかじめ飲んで来たのだ。
「うぇ…、俺、吐きそ…」
「ちょっと、亮太、まだ、つぶれないでよ、これからなんだから…」
「そうだよ、大体、初っぱなから飲み過ぎなんだよ、お前は…」
「だって、しょうがねぇじゃん…俺、恵里香の事、好きだったんだから…」
「おいおい、だからって、邪魔しないでよ!」
「だれよ、こいつ誘ったのは…人選ミスじゃないの…」
「悪かったな、他にいなかったんだよ」
早くも内輪もめをし始めていた。

10
五人は浩紀のアパートの下まで来た。
「ちょっと、これでも食べて、少し酔いをさまして来なさいよ」
可憐が亮太にフライドチキンを渡した。
「こんなの食ったら吐いちゃうよ、俺…」
「少し吐いて酔いをさませって言ってんのよ」
「ちぇっ、わかったよ、そう邪険にすんなよ」
亮太は他の四人を待たせて一人物置のある所まで来ていた。
とりあえず、立ち小便をするためだ。

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見ると物置が少し開いている。
亮太は物置を除いた。
すると、月明かりに照らされて小さな石棺が見えた。
何だろうと思って近づくとうっかり持っていたフライドチキンを落としてしまった。
だが、落ちたはずのフライドチキンが何処にもない。
フッと見ると、石棺が少し大きくなっているように見えた。
もしかして、石棺が食べたのかな?と思った亮太はリュックに入れていたお菓子を石棺の隙間に放り込んだ。
やっぱり、石棺のところで食べ物が消えていた。
そして、少しずつ、石棺が大きくなった。
「おもしれー」
亮太は面白がって石棺にどんどん食べ物を放り込んでいったが、段々大きくなる石棺に次第に気味が悪くなり、物置から出ようと石棺に背を向けた。

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それから、亮太という一人の人間は陰も形も無くなっていた。
彼もフッと消えたのだ。

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「何やってんだよ、亮太ぁ」
大介が亮太の行った物置の方に近づいて来た。
いつまで待っても戻って来ないから呼びに来たのだ。
「そこか?」
物置が半開きになっているのを確認した大介は物置に近づいた。
シュッ!
すると黒い影のような手が飛び出し、一瞬で大介を飲み込んでしまった。

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「ちょっとぉ〜いい加減にしてよね〜」
女子三人も物置の近くにやってきた。
が…
「ひっ!」
僅かに恵里香のみ悲鳴に近い声は出せたが三人とも石棺から生える無数の手に飲み込まれてしまった。

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「遅いな…大介達…」
浩紀はいつまで待ってもやってこない大介達に連絡を入れたがみんな携帯が通じ無かった。
メールは入れておいたが、返事が来ない。
結局、いつまで待っても誰も来ないので浩紀は寝てしまった。

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「朝だよ、お・き・て!朝だよ〜起きなさぁ〜い!」
旧作パンドラ一章2 有名女優の声の目覚まし時計で浩紀は起きる。
朝はまだ、早い。夜も明けきっていない。
だが、浩紀は新聞配達のバイトに行かなければならなかった。
フッと昨日、石棺を捨てた物置が気になり物置を見に行った。
「うっ…」
浩紀は思わずうなってしまった。
石棺が人がすっぽり入れるくらいまでに大きくなっていた。
物置は半壊していた。
どう見ても石棺が這い出し、物置を内側から破壊したようにしか見えなかった。

17
薄気味悪い石棺…。
中をそっと覗いてみる。
「!ちょっと…!」
中には女性が入っていた。
裸だ。
石棺を完全にあけてさわってみると死んだように冷たい。
慌てて石棺のふたを閉めようと思ったが誤って割れてしまった。
これでは、しっかり閉まらない。
あわてて、近くにおいてあったビニールシートでくるんで、女性の遺体と思われるものを二階の自分の部屋に運ぶ。
「落ち着け…落ち着くんだ…とにかく帰って来てからだ。帰って来てから考えよう」

18
半分、錯乱していた浩紀はとりあえず新聞配達のバイトに出かけた。
一心不乱に働いた。
そして、大学の講義に出て、そのまま帰る気持ちになれず、夜までぶらぶらしてからアパートに戻った。
慌てて戻った。
遺体を部屋に放置したままだったからだ。
このまま誰かに見つかったら自分は犯罪者になってしまう…
そう、思ったからだ…。

19
そっと自分の部屋に戻ることにして部屋の前に来た。
すると、電気がついていた。
マズイ、誰かに見られたんだ…
逃げよう、何処へ?
そう、考えていたとき、ドアが開いて
「お帰りなさい。遅かったね…」
と声がした。
「!!」
浩紀は驚きを隠せなかった。
目の前で自分の帰りを待っていたのは紛れもなく、今朝まで遺体だった女だからだ…

20
「どうしたの?自分の家でしょ、入って」
女に促されて部屋に入る浩紀。
とまどいを隠せない。
「あ、あの…」
「あぁ、これ、借りちゃった。服が無かったからね。ゴメンね」
女は確かに浩紀のワイシャツを着ていた。
下着は着けていないようだ。
ドキドキする。ムラムラくる。
押し倒してしまいたい…。
よく見たらこの女は羽住に似ている…
羽住を更に美しく妖艶にした感じだ…。

21
「君は…」
旧作パンドラ一章3 浩紀は肌を合わせたい気持ちを我慢していた。
それで、何とか言葉を紬だそう、この女のことを聞きだそうと思うが、言葉が続かない。
それを見かねたのか
「パンドラよ、よろしくね」
と名乗った。
が、パンドラという名前は不思議とこの女を見たときに思い浮かべたイメージにぴったりだった。
まるで、自分が名付けたみたいに感じた。
それだけではない、パンドラは自己紹介を始めたが、それは、浩紀が聞こうと思っても言葉に出来ないでいた事ばかりでまるで、心の声を聞き取っているかのように答えていた。
だが…君は何者なんだ?…という心の質問には答えなかった。




22
一通り、パンドラが自己紹介を終えた時を待っていたかのように浩紀はパンドラに覆い被さり、男と女の関係になった。
その時の浩紀はまるで獣のようにパンドラの身体を貪った。
それは、自分ではないかのように…。

23
「今日は早く帰れるの?」
「…あぁ、講義が終わったらまっすぐ帰るよ…」
浩紀はパンドラとの同棲生活をはじめていた。
物置に放置されていた石棺はいつの間にか無くなっていた。
よく考えれば、パンドラには不自然な点が多すぎる。
だが、肉欲におぼれている浩紀にはそれを無かったことにしていた。
抱いても抱いても抱き足りない…。
出来れば一日中、一緒にいたい…。
そう、思っていた。

24
「今日、近所で爺さんが亡くなったみたいだな。葬儀屋みたいなのが来てたわ」
新聞配達のバイトで浩紀が新聞を配るとポストの前で、新聞を待っていた老人が変死していたことをパンドラに伝えた。
気分はもう夫婦だ。
「…そう。…それより、これ…」
「え?どうしたの?これ…」
浩紀は軽く驚いた。軽く100万くらいは入っている封筒があったからだ。
「…田舎の両親が仕送りしてくれたの…。お金、必要なんでしょ?使って…」
「え…もらえないよ、こんなに…」
「もらって欲しいの…私とあなたの仲じゃない…」
「パンドラ…」
暖めあう二人。
パンドラも自分を愛しているんだと思った。

25
パンドラにもらった100万円は全部は使わないで90万円は貯金に回した。
そして、毎月、1万円を食費に回すことにした。これで、大分楽になる。
バイトを一つ減らしても良いなと思った。
でも、二人の生活をもっと豊かにしたいから、少しはバイトをしなくてはならない。
「まだ、足りないの…?」
「いや、十分だよ。愛してるよ、パンドラ」
「私もよ…」
二人は今日も身体を重ねた。

26
「なんか、最近、知ってる人がよく亡くなるんだよなー…気持ち悪いよな…」
「…そんなことより…これ、見て」
「!どうしたの、これ?」
「時計でしょ?欲しかったんでしょ?」
「でも、これ、高いやつじゃん」
「…もらったの…」
「もらったの…って駄目だよ返してこよう」
「うそ。本当は拾ったの…」
「じゃあ、警察に…」
「…そう…」

27
パンドラの行動はどこかおかしい…。
まるで、行動の一つ一つを試しているようだった。
間違えるとウソだといって軌道修正しようとする。
それでも駄目だと押し黙る。
その繰り返しだった。
また、浩紀の周りでの亡くなる人の人数が異常と言って良いほど多かった。
今月に入って5人である。
だが、恋は盲目なのか、浩紀は気付かなかった。
いや、気付こうとしなかった。

28
「浩紀さん、あなたのお知り合い…全員知りたいな。あなたのことは何でも知りたいの…隠し事は無しにして…」
「全員か…ちょっと全員は難しいんじゃないかな?遠くにいる人だっているし…」
全員を教えると言うのは確かに無理な話だった。
知り合いぐらいならあちこちにいるし…人間である以上、人と支え合って生きていかないといけないから行動範囲が広がれば自然と知り合いも増えてくる…。
どんなに仲の良い夫婦だって人生で出会った知り合いを全員知っているかと聞かれれば全員が否と答えるのではないだろうか。

29
「浩紀君、お願いがあるんだけど、良いかな?」
「え?何?」
「私ぃ、彼氏とぉ、ちょっと旅行に行きたいんだよねー。悪いんだけどぉー3日間だけ家のエンジェルにエサやっていて欲しいんだけどぉ…駄目かなぁ」
「あぁ、いいッスよ。3日くらいなら…」
浩紀はバイト仲間の亜紀(あき)から白い鳩を預かることにした。名前の通り、天使のような翼を持つ綺麗な鳩だった。
「パンドラにも見せてやろう。喜ぶかな?」
意気揚々として家路につく浩紀。

30
「いやぁぁぁぁぁ!」
出迎えたパンドラは血相を変えて悲鳴をあげて後退った。
「どうしたんだ、パンドラ?」
「来ないでぇ!あっち行って!!」
駆け寄ろうとする浩紀が近づくのを拒むパンドラ。
(鳩?この鳩を嫌がっているのか?)
浩紀は鳩を玄関に置いてからパンドラに近寄った。
「殺して…あれを殺して!」
鳩を指さし、殺すように言うパンドラ。
「駄目だよ、あれは預かりモノだから、殺せないよ。それに殺すなんて言わないでよ」
「じゃあ、返してきて…」
「…わかったよ。パンドラがそんなに言うなら返してくるよ…」

31
鳩を嫌がるとは思わなかった。
鳥が苦手なのかな?
そう考えることにした。
その時、パンドラの背中が崩れかけていたのだが、鳩を遠ざけたらすぐにもどったので、浩紀は気付かなかった。
パンドラはポロポロと不自然な行動を見せている。
でも、やはり浩紀は気付かない。
パンドラに対する危険意識が欠落していた。

32
その日の内に鳩は亜紀に返した。
亜紀は残念がっていたが、仕方がないと言ってくれた。
だが、またしても旅行先で亜紀は彼氏と共に車で転落死した。
まただ。
また、浩紀の知り合いが亡くなった。
そして、その度にパンドラは美しく、そして魔性の魅力を感じさせるようになっていった。

33
「川瀬君…」
「え…何?、何ですか?」
突然、浩紀に話しかけたのは一つ上の先輩、榮一郎(えいいちろう)だった。
霊感が強いことで有名な先輩だった。
「その…、何て言うか…君の周りで大勢、知り合いが亡くなったりしていないかい?」
もちろん、図星だった。

浩紀の周りでは、認識しているだけでも、18人がここ2ヶ月の間に亡くなっている。
それも、殆どが変死だ。
「…いえ、…別に…」
浩紀はウソをついた。
パンドラがいれば何もいらない…。
そう思っていたのだ。
余計な詮索をされたくない。
そう思っていた。

34
「大変、言いにくい事なんだけど、君にかなり強い、死相が出ているんだ。相当にヤバイ何かに取り憑かれている気がするんだ…。何か心当たりはないかい?」
「何もありません…。急いでいるんで、失礼します」
「………」
浩紀はそそくさとその場を後にした。
榮一郎先輩は黙って浩紀の後ろ姿を見ていた。
パンドラは怪しくなんかないんだ…。
そう思っていた。
だが、誰もパンドラだとは言っていない。
頭の奥ではパンドラが怪しいと思っていたが、恋心がそれを邪魔していた。

35
3ヶ月目には26人もの知り合いが亡くなり、その中には浩紀の叔母と父親も含まれていた。
その頃には浩紀に近づくと死ぬという噂が大学中に広まり、殆ど誰も話しかけてこなくなっていった。
それまで、苦しい生活をしながらとは言え、青春を謳歌していた頃の浩紀はもういない。どんどん周囲から孤立していった。
それは人生が色あせていくような感じだった。
そう、人生を奪われているような感じだった。

36
変な噂がつきまとい、バイトは全部、クビになった。
おもしろ半分で都市伝説として、浩紀の事をネットで流した男も人知れず死んでいた。
浩紀の周りからパンドラ以外の人がどんどんいなくなっていった。
いつしか、浩紀はパンドラの入った石棺を渡して死んだ祥吾と同じ顔をしていた。
明らかにわかる死相。

37
「みんながね、パンドラの事、悪く言うんだ…」
旧作パンドラ一章4 「…そう…。」
「そんな奴ら…こっちから願い下げだ…」
「そうね…」
「パンドラ…君さえいれば、それで良い…」
「そうだね…」
パンドラにすがりつく浩紀。
パンドラは不気味に笑っている。
だが、浩紀はそれを美しい笑顔と認識してしまっている。
…重症だった。

38
「川瀬君。この前は悪かったね」
榮一郎先輩が再び声をかけた。
浩紀は怪訝顔で見返す。
「何ですか?俺、急いでいるんで…」
「それは悪かったね。実は、この前、変なこと言ったお詫びと言っちゃなんなんだけど、今度、僕の入っているマジックサークルで手品をやるんだ。良かったら、いや、是非、来てくれないか?」
「俺、彼女と暮らしているんで、そんな時間無いです…。いろいろやることがあって…」断ろうとする浩紀。
「なら、その彼女を連れて来ればいいよ。彼女を喜ばせたくないかい?」
「…それなら、考えて見ます」
パンドラが喜ぶなら…と浩紀は参加をするかどうかを彼女に聞いて彼女が参加しても良いと言えばマジックを見ることにした。

39
「マジック?…そうね…面白そうね…。浩紀さんのお知り合いもたくさん来るのだろうし…」
「そうか。じゃあ、先輩に参加するように言うよ」
「ふふふ…楽しみね…」
「そうだね、楽しみだね」
「一人一人、お名前、教えてね」
「あぁ、わかったよ」
パンドラもマジックショーの見学を認めた。
浩紀は解っていなかった。
名前をパンドラに教えて例え写真でも顔を見せたが最期、その知り合いには死が待っているという事を…。

40
日曜日になって使われなくなった学校の体育館でマジックショーは執り行われた。
浩紀はパンドラを連れてやってきた。
「おぉ…」
他にもお客さんは来ていてパンドラのあまりの美しさにどよめきのような声が漏れた。
浩紀は優越感に浸っていた。
これが俺の彼女だと。
パンドラは体育館に来ている人間を一人一人見て回った。
まるで、これから食事でもとるかのように舌なめずりをしながら。

41
マジックショーの前に前座として、漫才などがあり、ほどよく和んだところで、今日のメイン、マジックショーが執り行われることになった。
マジシャンは榮一郎先輩の友人、勇治(ゆうじ)先輩だった。
彼も榮一郎には及ばないが霊感が強いと言われていた。

42
カラカラと暗幕をかぶせた何かが客席の後ろと左右に運び込まれる。
浩紀はマジックの種か何かだと思った。
パンドラも同じように思っていた。
客席の後ろには榮一郎先輩が。
左側には栄美(えみ)先輩が。
右側には翔子(しょうこ)先輩がついた。全員霊感が強い事で有名な先輩だった。
そして、正面には勇治先輩がついて、彼はマジックショーを始めた。

43
次から次へと不思議な手品を披露する勇治先輩。
楽しい一時だった。
そして、最後の大マジックを残すのみとなった。
「皆さん、楽しんでいただけましたでしょうか?残すところは最後の大マジック。なんと、美女を土塊に変えるというマジックです」
「おぉー」
「いいぞー」
「川瀬君、彼女、お借りしていいかな?」
客席の後ろにいた榮一郎先輩が浩紀に声をかける。

44
あぁ、パンドラでマジックをしてくれるんだ…。
そう、思った。
粋な事をしてくれると素直に喜んだ。
「…良いですよ。よろしくお願いします」
「…そう、良かった。本当に良かった」
榮一郎は大げさに喜んだ。
ちょっとオーバーだなと思ったが浩紀は殆ど気にもしなかった。

45
「では、彼女さん、ちょっとよろしいでしょうか?お名前は?」
「…パンドラよ。よろしくね…」
不敵な笑みを浮かべるパンドラ。
もうすぐあなたは私がいただくわよとでも言いたげな顔だった。
にっこりと笑う勇治。
パンドラは促されて勇治の元に近づいた。
「では、よろしくお願いします」
「ふふふ、今度はどんなマジックかしら…」
「ええ、単純な手品なんですよ。このシルクハットを叩くとですね…」

46
バタバタバタ…
勇治がステッキでシルクハットを叩くと中から鳩が飛び出した。
いたってシンプルな手品である。
だが…
「ぎぃやぁぁあぁぁぁぁっ!!」
パンドラは苦しみ出した。
続けて勇治は服の中からありったけの鳩を出した。
全て白い鳩である。

47
たまらず客席に逃げようとするパンドラ。
すると今度は客達が隠し持っていた塩をパンドラに投げつける。
「な、何をするんだ!?」
浩紀は怒鳴る。
が、間一髪入れずに客席の後ろと左右に置かれたものから暗幕が外され中から大量の鳩が飛び出した。
四方から鳩が飛び出したことで、パンドラの逃げ場はなくなり、みるみる内に身体が崩れていく。
浩紀は何が起きたのか解らない。

48
すると、榮一郎先輩達が説明を始めた。
「…これには、川瀬君、君からパンドラを引き離すための許可を君自身からもらわなければならなかったんだ」
「それとパンドラが自ら名乗る事も必要だったの。弱点はいくつかあるみたいだけど、私達が知り得たモノはこのやり方だったのよ」
「この女は失われたはずの古代の呪術から生まれた悪鬼よ。だから、天使のイメージがある白い鳥や清めの塩等が苦手なの」
「騙して、悪かったね、でも、川瀬君、君を助けるにはこれしか無かったんだ。あのまま行くと君の知り合いは全て殺されて、君は絶望してひとりぼっちで死ぬことになっていたんだ。危ないところだったんだよ」
「そ、そんな…」

49
最初は動揺していたが、パンドラがぐずぐずに崩れ去るとまるで憑きものが落ちたかのように、パンドラに対する愛着が消えていた。
パンドラは死んでしまったのに悲しくもなんともない…。
それまで、パンドラ中心に生きていたのがウソのようにどうでもよくなっていた。

50
浩紀のアパートの畳の下に、無くなっていた思われた石棺がまるで植物の様に根付いていたが、塩を振りかけたらこの石棺も土塊にかえった。
浩紀は助かったのだ。

51
この呪術は無数の呪いの集合体だった。
まるで、神話のパンドラの箱のようにたくさんの呪いが集まって出来ている。

希望の光のようにそれぞれの呪いには弱点が必ず存在するがその呪いの種類は無数に存在する。
この呪術を仕掛けたのは現代の魔女、パンドラだった。
人の世、全てを憎み、人に不幸を撒き散らす魔女はまだ、どこかに存在する。

52
「すみませーん、写真撮ってくれませんか?」
ハネムーンで若い夫婦が凱旋門で写真を撮ってもらおうと女性に声をかけた。
外国語が不得意な夫婦は同じ日本人っぽい女性を見つけてお願いしたのだ。
「…良いですよ。…新婚旅行ですか?」
「えぇ、まぁ、二年の交際を経てようやくゴールインって感じです」
「…幸せですか?」
「そりゃあ、もう、あ、お願いします」
「…はい…、あ、このカメラ、壊れてますよ」
「え?おっかしいなー最新式のデジカメなんだけどな…あれ?本当だ、参ったなーどうしようかな…」
「…良かったら、これ使って下さい…」
女性はカメラを差し出した。

53
見たこともないカメラだった。
「いやぁ、悪いよ…それに操作方法とかわかんないし…」
「…これに住所とお名前を書いていただけますか?そうしたら、後で説明書をお送りいたします」
「…いや、悪いって…」
「…、いえ、私が壊したのかも知れないですので…それに、これは私からの結婚祝いだと思っていただければ…私は他にもカメラを持っていますし…」
「隆俊(たかとし)、良いじゃない、もらっちゃおうよ、私達の結婚祝いとしてさ」
「理彩(りさ)が、言うなら…じゃあ、ただでもらうのも何だからこれ、少ないけど…」
夫婦は女性にユーロで少しばかりの謝礼金を支払った。

54
会釈して去っていく女性。
隆俊は最後にもらったカメラのメーカー名を聞いたら女性は【パンドラ】というメーカーだと言い残した。
夫婦はその後、パンドラというカメラでいろんなものを撮しまくった。

55
三日後、ヴェネチアで理彩は失踪した。
まるで神隠しにでもあったかのように。
隆俊は知らなかったが、パンドラで撮した写真にたまたま写り込んだ人達も少しずつ失踪を初めていた。

56
そして、理彩を探していた隆俊は偶然、エクソシストと知り合うことができ、失踪事件を解決することが出来た。
カメラのレンズに杭を打ち込むことで大半の失踪した人は衰弱していたが帰って来たのだ。
だが、解決と言っても失踪した理彩は遺体となって帰ってきた。
無人のゴンドラにもがき苦しんだような形相で亡くなっていたという…
原因は写真にたくさん写り過ぎていたからだ。
エクソシストが退魔するころには生気を絞り取られ過ぎて命が尽きていたのだ。

57
姿形を変えて、パンドラという呪いは世界中に広まっていった。

「この詩、何か引き込まれるんだよね、ほら、この「あなたを虜にする」ってところ」
「知ってる、知ってる。パンドラって歌だろネットでも話題になっているよ」
「買いだね、これは」
「俺もダウンロードするわ〜」
パンドラという歌詞が広まる。

58
「ねぇ、携帯小説で、パンドラって話があるの知ってる?泣けるよねー」
「あぁ、切ねーよなぁ、俺も泣いちまったよ」
「続きが早く知りてー」
「本が出たら買うね、僕は」
パンドラという携帯小説が広まる。

59
「守谷(もりや)ぁゲームばっかしてねーで映画行くんだろ?」
「バカ、これ面白れーんだよ、お前もちょっとやってみろって」
「はぁ?俺、ゲーム嫌いだって…そうだな、面白いな…」
パンドラというゲームが広まる。

60
人々の生活に根付いた品物に姿形を変えて心の隙間に忍びよる…
それが、パンドラという呪いだった。
ターゲットは不特定多数。
手当たり次第。
とにかく、人を殺すための呪いだった。

61
「よろしくね、学(まなぶ)君。これはお近づきのしるしってことで…」
「良いの、杏子(きょうこ)ちゃん?大事にするよ!」
「だーめ、パンドラって呼んでって言ってるでしょ?」
「そうだったね、でも何でパンドラなの?全然名前と違うじゃん」
「…パンとどら焼きが好きだからよ。だから、パンドラ。ね、おかしくないでしょ?」
「もっと良いのがあると思うんだけど、例えば…」
「いいの!パンドラが良いの!」
「わかったよ。パンドラちゃん」
今日もどこかでパンドラという名の悪意が忍び寄るかも知れない…

不自然に自分をパンドラとアピールする者がいたらご注意を!


第二章


01

「い、いや、自分は…」
旧作パンドラ二章1 今日も遠慮する。一歩が前に出ない。
 松村 俊征(まつむら としゆき)は口べたで、人付き合いが苦手だった。
 頭の回転も早い方で、運動神経も良い…。クラスで重要な仕事をそつなくこなしもした…
 ただ、人との付き合い方がよく解らなくて、美味しいところは人に奪われ、いつも損な役回りをしていた。
 パーティーを開けば、不参加か、参加しても端の方で所在なげにただ突っ立っている…それが、俊征という人間だった。









02
「そんなこと言わないでさ、行こ、ね!」
 そんな俊征をいつも引っ張っていくのがショートカットの良く似合う黛 玲於奈(まゆずみ れおな)だった。
 ずば抜けて美人という訳では無いが、生来の明るさも手伝って男女問わず人気があった。 告白も両手の指でも足りないくらいされているが、いつも「気になる人がいるからごめんなさい」と断っていた。
 気になる人とはもちろん、俊征の事である。
 だが、奥手の俊征には玲於奈の好意には気付いていたが彼女の積極的なアプローチにどう答えて良いものか解らないでいた。

03
「ま、黛さん…」
「んもう、玲於奈で良いって言ってるじゃん。で、なぁに?」
 午後の昼下がり、二人は学校の屋上にいた。
「れ、…ま、黛さんは、何で自分にかまうんですか…?」
「楽しいから。一緒に居て落ち着くからだけど、トシは違うの?」
 玲於奈は俊征の事を【トシ】と愛称で呼ぶ。
 だけど、俊征は彼女の事を【黛さん】と呼んでいた。
 俊征は自分の事を脇役、玲於奈の事を主役だと思っている。
 自分と玲於奈は不釣り合い…。そう、考えていた。

04
「い、いや、そんな事は…」
「なら、良いじゃない。それより、今度の日曜日、空いてる?私ね、ちょっと行ってみたい所あるんだけど、付き合ってくれるとうれしいんだけど!」
「じ、自分で良ければ…」
「そ、ありがと」
 玲於奈は微笑む。
 それが、俊征にとってたまらなく愛おしい。
 玲於奈はそんな奥手の俊征だけど、誠実な所が好きだった。

05
「…ねぇ、トシ…」
「な、何、ですか?」
「んもぅ、その敬語は何とかならないの?私達、友達じゃん」
「ご、ごめん…」
「まぁ、良いわ。トシは何万人の中から、私を見つける事って出来る?」
「え?…さ、さぁ…」
「もーう、そこは、出来るって言ってよ、ウソでも良いから」
「ご、ごめん…」
「ふふ、でも、そこでウソをつけない所がトシの良いところかな?」
「あ、ありがとう…」
「お礼を言われるようなことじゃないよ、トシの良いところはみーんな知ってるつもりだよ。だから、トシも私の良いところ、見つけてね」
「う、うん」
「約束よ」
 俊征と玲於奈はそんな何気ない約束を交わした。

06
「玲於奈ぁーっ!」
 友達の大森 香月(おおもり かづき)が玲於奈に声をかける。
「………」
 だけど、玲於奈は無反応。まるで聞こえていないかのようだ。
「玲於奈ってば」
「あ、香月じゃない、どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ、何回も声、かけたじゃない」
「あ、私の事だったの?気付かなかった」
「気付かなかったって、あんた、玲於奈なんて名前、そんなに無いわよ」
「そ、そうね、どうしちゃったんだろ、私」
「もー、しっかりしてよね、それより、あんたの忠犬はどうしたの?最近、一緒にいないじゃない?」
「忠犬って?」
「松村君のことよ」
「あ、松村君ね…そうね、どうしたんだろ…」
「どしたの?喧嘩でもした?」
「喧嘩?してないよ」
「いつも、彼の事【トシ】って呼んでるのに今日は呼ばないじゃん。何かあったの?」
「何も無いわよ…それより、パンドラ聞いたよ。良い歌詞ね」
 香月はいつも、俊征の話を優先させる玲於奈が【それより】と言ったのが何となく引っかかったが、最近流行の流行歌、パンドラの話題に乗った。

07
 パンドラ…誰が、歌い始めたか解らない謎の歌。
 今ではかなりのアーティストがカバーして歌っていた。
 曲を何度も聞いている内に女の子はまるで別人のように綺麗になっていくと評判だった。
 その反面、今まで仲が良かった友達とも疎遠になっていくという事もあったが、美しくなるという事がそれを忘れさせていた。
 女の子は綺麗になると言われていて、男の子は辛い現実から離れられるメロディーとして人気があった。
 カバーしているアーティストの多くは謎の失踪や病死したりして、それが、いっそう神秘性を増していた。

08
「玲於奈ってさぁ、最近、髪、伸びたよね。でも、伸びるの早くない?」
 香月は妙に髪が伸びるのが早いと思って、その疑問を玲於奈にぶつけてみた。
「そう?私は気にしてないよ」
「まぁ、そういう体質なのかもね、それより最近、趣味変わった?何か、服、派手になってきてない?」
「気のせいよ…私は普通」
「そうかなぁ、最近、妙に暗い感じがするし…」
「気のせいって言ってるでしょ!!」
「もう、怒鳴らないでよ!玲於奈、変よ、前はそんなんで怒らなかったじゃない」
「そうね、ご、ごめんなさい」
 玲於奈は少しずつ変わってきていた。
 彼女はどこかおかしい。
 友人達もそうは思いつつも普通に玲於奈と付き合っていった。

09
「あ、あの、玲於奈…え、えーと、玲於奈って呼んでも良いかな」
旧作パンドラ二章2 俊征は精一杯の勇気を振り絞って玲於奈の名前を呼んだ。
 自分が不甲斐ないばかりに玲於奈が変わってしまったと思い、引っ込み思案な自分を直すべく、努力を初めていた。
「…良いんじゃない…別に…」
 玲於奈は連れない態度。
 彼女は最近、パンドラファンクラブに入っていて、いろんな事をおろそかにしていた。
 表情もどこか虚ろで、今までの様に俊征を見ていない…。
「あ、あの、自分、変わろうと思うんだ。れ、玲於奈に釣り合うように…なろうかと思って…」
「ふぅ…ん、ねぇ、あなた、私を抱きたい?」
「えっ、ちょ…」
 足を絡めて来た。
 突然の、玲於奈の誘惑に戸惑う俊征。

10
 頭の中で警告音がした。
 これは、彼女じゃない…。
 以前の彼女は積極的ではあったが、最後の決断は俊征に任せていた。
 断じて、これは彼女じゃない…。
 そう、思った。
「だ、誰だ、あんた…」
 【誰だ】という言葉を聞いて玲於奈の顔が引きつるのを感じた。
「だ、誰って、玲於奈でしょ…」
 明らかに動揺していた。
「玲於奈じゃない…君は誰だ?彼女はこんな事しない」
「お、女は変わるものよ」
「彼女はそんな変わり方しない」
「な、何で、そんなこと解るのよ…」
「ずっと見てきたから…ずっと好きだったから解る。彼女を何処に隠した」
 俊征は玲於奈の振りをしている者を睨んだ。

11
「ふ、ふふ、ふふふふふ…その通り、私はパンドラ…。玲於奈じゃないわ…でも、残念ね、彼女は見つからない。彼女はもう記憶を書き換えられて別の人間として生活している…。あなたに彼女を見つけることは出来ないわ。ほほほほほほ…」
 玲於奈改め、パンドラは勝ち誇る。
 彼女の忌み嫌う愛を一つ潰したと思ったからだ。
 だが…
「見つける。自分は彼女を見つける」
「ほほほ、見つけるですって?どうやって?この町だけでも何万って人間がいるのよ!どうやって?ほほほほほほ…」
「…約束したから…彼女と…何万人いようが必ず見つけるって…」
「ば、バカじゃないの、見つかるわけ…」
「見つける!」
 俊征は断言する。

12
「やめろぉぉぉぉぉぉ〜っ!!」
突然、狂ったように俊征に襲いかかるパンドラ。
だが…
「そこまでだ…」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 突然、現れた影の持っていたお札をおでこに貼られて苦しみ出した。
 現れたのは…
「榮一郎さん…」
 松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)、俊征の従兄弟だった。
「俊征君、久しぶり、元気だった?」
「あの、どういう…」
「あぁ、これ、僕が霊感が強いのは知ってるだろ?ちょっと、お札に霊力を込めてだね」
「いえ、そういう事では…」
「この女ね、…こいつはパンドラっていうやたらバカでかい呪いの一つさ。厄介なのは一つ一つ形が違うんだよね、こいつはね…」
 しゃべりながら、パンドラに塩をまく。
 すると、パンドラだった者はグズグズに崩れていった。

13
 呪いが育ってしまうと恐ろしいが、俊征の件の様に、比較的早期に発見出来ればパンドラという呪いは大した事が無かった。
 行方が解らなくなっていた玲於奈も目の不自由な老婆として入院していた所を俊征が発見し、無事に元の姿に戻る事が出来た。
 愛の前に敗れ去ったという感じだ。

14
「普通は一人であそこまで解決出来ないんだけどね…」
「え?あの、どういう…?」
 俊征は榮一郎の言う言葉の意味が解らなかった。
「パンドラという呪いに対し、人一人の力では対抗出来ないんだよ、普通はね。でも、君は一人でパンドラを追い詰めていた」
「そんな、事は…」
「君はパンドラに対して、何か対抗する力を持っているのかも知れないね」
「じ、自分にはそんなものは…無いと…思います…」
「謙遜しなくて良いよ、実際大したものだったよ。君のその、言霊というかね、呪いを打ち破る力を感じたよ」
「私はトシに助けられた時、暖かい力を感じたよ」
 玲於奈も俊征の自信につながるものが見つかったみたいで嬉しかった。
「そこでなんだけど、出来たらで、良いんだけどね、パンドラの呪いで困っている人達を助けてくれないかな?と思ってさ、駄目かな?」
 意外な提案だった。

15
 今までは、悪霊とかの問題が出てきたときは榮一郎がいつも解決していたのだが、その榮一郎が自分を頼って来た。
 助けてもらうことは何度もあったが、助けを求められるような事は無かったのだ。
 俊征にとって、榮一郎は格上の人間であって、自分が助けになるような人間では無かったのに…。
「…私はトシが困っている人を助けてくれたら嬉しいかな…。正直、危ない真似はして欲しくないっていうのもあるけど、今回、私、どうしようもなく怖かった。不安だった。トシが見つけてくれなかったらと思うと、今でも震えがくる…。他の人もあんな辛い思いをするのかと思うと助けられるのであれば、助けてあげて欲しいと思う」
「れ、玲於奈…」
「玲於奈って呼んでくれて嬉しいよ」
「え、いや…」
「最初に言ったのが私じゃなくてパンドラにだったってのがちょっと引っかかるけどね」
「それは、その…」
「その勇気を他の人にも分けてあげて。もちろん、私も協力するし」
「それは、危ないよ」
「トシが守ってくれるんでしょ。私は平気だよ」
「え、あ、うん…」
「はは、妬けちゃうね。とにかく、一度、考えてみてよ」
「は、はい」
 俊征は正直、迷ったが、玲於奈が薦めるのなら…と思った。

16
「大森 香月さんですよね」
「はい、そうですけど、どちら様?お花屋さん?」
「はい、フラワーショップフローラの店員です。小島っていいます。ファンです。頑張って下さい」
「ファンって言われても私はただの読モ(読者モデル)だよ」
「でも、ファンです。応援してます」
「…ありがと。それ、綺麗な花ね」
「はい、新種のバラでパンドラって言います」
「へぇ、パンドラ…、私はどちらかっていうとオーロラってつけたいな」
「そ、そうですか?」
「そうよ、だって、まるで、夜空の様な色の花びらにオーロラみたいなアクセントがついているじゃない?ほら、ここに!」
「そ、そうですね…でも、オーロラじゃなくてパンドラ…」
「わかってるわ、パンドラね。ありがとう、いただけるの?」
「は、はい、受け取って下さい」
「じゃ、一輪だけね」
「はい」
香月はお洒落な帽子に刺して持ち帰った。

17
「かづっち、どうしたの?最近、元気無いんじゃないの?」
 玲於奈は香月に尋ねる。
 玲於奈にとって香月は三歳の時からの親友。楽しい事も辛いことも常に二人で共有していた間柄だった。
 玲於奈にとっての香月も香月にとっての玲於奈も自分の半身のように思っている。
 だから、その親友の変化はどちらにとってもすぐに気付くことだった。
「何でもない…、それより、玲於奈、俊征君と仲直り出来て良かったね」
「それはね、かづっちにも心配かけたね」
「ううん、私とあんたの仲でしょ、結婚式には呼んでね、何てね…」
「かづっち、変!」
「何処が?私はいつもこんなでしょ?」
「そうだけど、何か変、かづっち、もしかして、パンドラって女の人、周りに居ない?」
「居ないわ。…どうして?」
「かづっちには話して無かったけど、私、パンドラって女に襲われたの。かづっちもそうなら、私、トシと榮一郎さん呼んでくるから」
「…大丈夫よ、それより、今日、撮影だから、行くわ。ゴメンね」
「え、う、うん、わかった。でも、パンドラって女には気をつけてね!」
「パンドラって言う女ね、わかったわ…」
 香月は玲於奈と別れて仕事に向かった。

18
 玲於奈はここで、一つミスを犯していた。
 玲於奈の周りには確かにパンドラという名前の女は居ない…。
 だが、パンドラという名前の花は少しずつ、香月の生気を奪っていた。
 玲於奈は榮一郎の言っていた言葉は100%理解していた訳では無かった。
 パンドラという女の呪いはいつも人の姿で現れるという訳では無い。
 形を変えてパンドラという名前の呪いが人を襲うのだ。

19
 日に日に香月はやせ衰えて行った。
 病院にも一緒に付き添ったが原因らしい原因は見つからず、ストレスからくるものだと判断された。
 それにしても、痩せ方が尋常ではない。
 艶々だった香月の肌が今では荒れまくってカサカサだった。

20
「お、大森さん、ですか?」
 榮一郎の所に行っていた俊征が一週間ぶりに香月とあってギョッとした。
 彼女が病的にやせ衰えていたからだ。
 一緒にいる、玲於奈は涙目になっている。
 まただ…。また、玲於奈が悲しんでいる…。
 原因は何だ…。そう考えた俊征は…
「あ、あの、今度、大森さんの部屋に上がらせてもらって良いでしょうか?」
 普段の俊征からは考えられない言葉だった。
 自分から、異性の部屋に遊びに行きたい等というのは…。
「あら、私は別に良いんだけど、彼女が何て言うかしらね、ねぇ、玲於奈」
 玲於奈は俊征に好意を持っている。
 彼女の親友とは言え、異性の部屋に遊びに行くと言って、彼女がいい顔をする訳がない。
 だが…。
「か、彼女も望んでいると思います。自分は行きます」
 俊征は言い切った。
 絶対に、香月の部屋に、原因となるパンドラが潜んでいる。
 榮一郎から、パンドラについての話を聞いてきていた彼は確信していた。
 玲於奈はそんな、俊征の言霊にまた、暖かさを感じた。
「行こう、かづっちの部屋に!」

21
旧作パンドラ二章3 香月の部屋はさすがに読者モデルをしているだけあってかなり、お洒落な部屋だった。 いつもなら、そわそわしてしまう俊征だったが、今は違う。
 部屋の中の違和感を探す。
 ベッドには…無い。
 机には…無い。
 クローゼットには…無い。
 タンスには…無い。
 テーブルには…無い…いや、ある、何だ、この花は?
「あぁ、それ?何て言ったかな、何とか君からもらったの。新種のバラよ」
 香月は何気なく答える。
「名前はパンドラですね!」
「そ、そう、パンドラ、よくわかったわね…」
「これだ、これが、原因だ!」
 俊征は元凶を見つけた。
「でも、これ、女の人じゃなくて花だよ?」
 玲於奈が俊征に尋ねる。

22
「パンドラって呪いは女の呪いだけど、いろんな物にも宿って人に悪意を撒き散らすって榮一郎さんが言っていたよ」
「じゃ、じゃあ、これが…」
「そう、これが、大森さんに襲いかかった悪意だ」
 俊征は敵を睨む。
「だ、駄目…!」
 とっさにパンドラの花を庇う香月。
 彼女はすでに、パンドラの虜になってしまっている。
「べ、弁償はします!」
 俊征は香月を振り切ってパンドラの花を握りつぶした。
「ぎぃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 どこかで、女の断末魔が聞こえた。
 すると、我に返ったのか、香月が泣き出した。
 俊征は香月もパンドラの魔の手から救い出した。

23
「ありがと、俊征君!」
「えぇ、あのちょっと、大森さん…」
 香月は俊征をそっとハグしてキスを…しなかった。
 さすがに、玲於奈の前ではちょっと出来なかった。
「ちょっと、かづっち!」
「ゴメン、ゴメン、でも、感謝の印くらいさせてよ!私も嬉しかったんだからさ!」
「そっか、そうだね、ゴメン、私も同じだったし…」
「私は親友の彼氏を取ったりしないわよ」
「ごめーん、疑って悪かった」
「サーティーフォーのデラックスソフトで勘弁してあげるわ」
「高ぁーい、まけて!」
「だぁめ、親友を疑ったあんたが悪い」
「だって、かづっちが変なことするから」
「冗談よ、私が奢るわ!あんた達が居なかったら私は今頃どうなっていたか…」
 再び、明るい雰囲気に包まれる。
 災難は再び去っていった。

24
 だが、玲於奈に引き続き、親友の香月まで…。
 パンドラという呪いはそんな身近な所まで迫っている…。
 それを実感せずにはいられない二つの事件だった。
「自分、榮一郎さんに言ってくる。自分に助けられる人がいるなら…って…」
「私もついて行くわ」
 俊征の決意に玲於奈も追随しようとする。
「なら、私も!」
 そして、香月も。
「え?大森さんも?」
「そうよ、悪い?パンドラはこの私に喧嘩を売ったのよ!このまま黙って引き下がるつもりはないわ!叩き潰してやるわ」
「だめよ、かづっちは、栄養失調気味なんだから、回復してからじゃないと…」
「平気よ、これくらい…」
「あ、あの、気持ちだけ…、後は、回復してから…」
「ふぅ、…わかったわよ、足手まといにはなりたくないしね、回復してからにするわ。回復してからにね、見てなさい、こてんぱんにのしてあげるから!」
「こわーい、パンドラよりかづっちの方が怖いよぉ〜」
「何ですって?!」
「ごめーん、お優しいお姉様!」
 いつもの調子を取り戻したようで、安心する俊征。
 だが、パンドラをこのままにはしておけないと思った。

25
 パンドラという呪いは最初は弱いが、放っておけば段々力をつけてくる…。
 榮一郎や俊征のように、近くに呪いを処理する人間がいればいいが、いない場合はどんどん呪いは育っていく…。
 そして、パンドラという呪いは世界中に広まっていた…。

26
「あったよー宏明(ひろあき)」
「へぇ…これが、例のお守りか…」
「そ、私と宏明に永遠の愛をもたらしてくれるお守り、【パン】よ」
「ほんとだ、パンみたいだ…」
「もう一つ、この【ドラ】のお札と重ね合わせると【パン】のお札が目の役割をしてドクロみたいに見えるでしょ。これはね、将来、二人の間に生まれる子供の頭って言われているの。これを満月の夜、午前2時に二人の間において眠ればどんな障害も二人を裂くことは出来なくなるの。ステキでしょ?」
「う、うん、おまじないみたいなものかな?」
「私のパパと宏明のパパ、すっごく仲悪いでしょ。だから、私達が付き合うのをいつも反対している」
「しょうがないよ二人はライバルだったんだし…」
「だけど、この【パン】と【ドラ】を合わせれば、ふふふ…」
「…そうだね…ははは…」
 田沢 宏明(たざわ ひろあき)と星野 美加(ほしの みか)のカップルはそれぞれの父親に交際を反対されていた。

27
「美加、また、あのつまらない男と付き合っているのか!パパは駄目だって言っただろう!」
 美加の父親は宏明との交際を反対した。
 いつもの事だ。
 美加はうんざりする。
「パパ、いい加減にしてよ。私はもう、子供じゃない。好きな人くらい出来るわ」
「まだ、子供じゃないか。それに、パパは恋愛が駄目だって言っているんじゃない、あの男が駄目だって言ってるんだ」
「パパの分からず屋!」
「美加!」
バシッ!
「撲った!」
「聞き分けがないからだ」
「パパなんか大っきらい!死んじゃえ!」
「親に向かって何てこと言うんだ。部屋で反省していなさい!」
 美加は部屋で泣いていた。

28
 すると、どこからともなく声が聞こえる。
「あの男が邪魔なのね…」
 と。
「…え?誰?誰なの?」
 聞き返す美加。
 だけど誰も答えない。
 しばらくすると母親の声がした。
「ちょっと、パパ、どうしたの、パパ!」
 せっぱ詰まった様な声だった。
 だけど、美加は父親と喧嘩中、様子を見に行けなかった。

29
「もしもし、夫が、夫が大変なんです…」
 何やら電話をかけた様子の母親。
 どうやら、救急車を呼んだみたいだった。
 まもなく、救急車が到着し、父親は病院に運ばれていった。
 母親も付き添いで出て行った。
 誰もいなくなった所で、美加はさっき父親と口論になったリビングに出る。
 当然、誰もいない。
 だが…
「邪魔者一人、居なくなった…」
 また、声が聞こえた。

30
 二時間後、病院に付き添った母親から電話があり、父親が亡くなった事を知った。
 心臓発作だった…。
 悲しくなり、宏明に電話する。
 宏明の反応はこうだった。
「え…、お前の家もか?」
 宏明の家の父親も別の病院で死亡が確認されたとのことだった。
 奇しくも同じ時間。
 宏明の父親は交通事故だったらしい…。
 偶然か、二人の交際を邪魔していた二人がいなくなった。

31
 それから、美加と宏明は順調に交際を始めた。
 まるで、お守りにでも守られているように二人のどちらかに言い寄る異性は事故や病気にかかり、二人の前からいなくなっていった。
 そして、交際も三年を過ぎた頃…
 二人は倦怠期に入り、交際もマンネリ気味で、それぞれ、別に気になる異性が出来ていた。
 二人の愛は冷め始めていた。

32
「えー、俺は、こっちが良いよ」
「私はあっちだって…」
「何だよ、もう…ちぇっ、…最近、お前と居ても楽しくないんだよね…」
「それは、私も一緒よ、会うと喧嘩ばっかりだし、趣味も全然違うし…」
「お前と居るより、別の誰かといる方が楽しいんだよね…」
「別れるんなら別に良いけど…」
「こっちも異存はないぜ」
「帰る…」
「あぁ、帰れ、帰れ…」
 この日も二人は喧嘩して帰ってきた。

33
 宏明には、横溝 佐和(よこみぞ さわ)という気になる女性が…
 美加には、高瀬 文規(たかせ ふみのり)という気になる男性がそれぞれいた。
 正式には付き合っていないが、お互い気が合うのは何となくわかっていた。
 それぞれ、会話しているととても楽しい気持ちになれた。

34
「佐和ちゃん、俺さ、彼女と別れようと思うんだ。そしたら考えてもらえないかな?」
旧作パンドラ二章4 「えー、どーしよーっかなー…」
「お願いします。俺、もう、美加の事どうとも思ってないんだよね…」
「ほんと?じゃあ、考えてみよっかなー」
「明日にでもそっこーで別れるからさ!」
「いいよ。きっちり別れたら付き合ってあげる」
「ほんと?やったー!」
 宏明はもうすでに次の恋愛の事を考えていた。
 美加との関係もこれまでにしようと思っていた。
 だが…

35
「…そんなの認めないよ…」
 宏明の耳元で空耳のような声が聞こえた。
「佐和ちゃん、何か言った?」
「ううん、何も。どうかしたの?」
「いや、気のせいかな…」
 宏明は佐和と別れて帰宅した。
 美加に電話して、明日話があると伝えて就寝した。
 その夜、佐和は通り魔に刺されて亡くなった。

36
 一方、美加は宏明との電話を受けた後、意中の文規に電話した。
「美加ちゃんは宏明とまだ、付き合っているの」
「…一応はね…でも、愛は無いよ。もう、どうでも良いよ、あんなやつ…。ただ、あいつにフラれるのは嫌。絶対、私からフッてやるんだ」
「じゃあ、明日、言われる前に言っちゃえば?私、もう、文規君と付き合ってますって…」
「あはは、そうね、そうしましょうか。私達、今から付き合っちゃおうか」
「へへ、そうする?良いよ僕は!」
「でも、別れてからにしようよ、本当に付き合うのは。私、そういうのはっきりさせておきたいタイプだし…」
「良いよ。待ってる。」
「好きよ」
「僕も」
 美加の方も文規との恋愛を楽しむ気満々だった。
 だが、またしても…

37
「認めないよ、そんなの…」
 電話から女の声が聞こえた。
「何?文規…そっちに女いるの?」
「え?居ないけど?そっちじゃないの?」
「え?混線してるのかな?」
「それはわかんないな…」
 不気味な感じがしたが、文規との会話を楽しむ事にした。
 その夜、文規のアパートで火事があり、焼け跡から文規と思われる焼死体が翌朝、発見された。

38
 それぞれに好きな相手が出来て、別れ話をという段階になって、好きな相手がそれぞれ、死亡したという知らせを受け、別れ話どころでは無くなってしまった。
 宏明も美加も三年前の父親の死を思い出した。
 あの時も二人の恋の邪魔をした父二人が死亡した。
 それに今回も、それぞれの浮気相手が死亡した。
 それだけじゃない…宏明と美加に近づく相手はみんな不幸にあっていた。
 さすがに気味が悪くなる二人。

39
 考えて見れば、二人の恋愛に協力的な人は無事だが、反対していた人は悉く不幸になっている。
 二人の周囲の不幸の原因がパンドラのおまじないだと言うことに気付くのにそれほど時間はかからなかった。
 宏明と美加は電話で待ち合わせして、その事を相談した。
 やはり、どう考えても偶然で片付けるには不自然過ぎる。
 パンドラのおまじないが生きているんだと…そう結論づけた。

40
「何とかならないのかよ…」
「何とかなったら、あんたなんかに相談しないわよ」
「あんなくだらないおまじないなんかするからだよ」
「あんただって乗り気だったじゃないのよ、人のせいにしないでよね」
「お前が先に言い出したんじゃねぇか」
「あんた、だって反対しなかったじゃない」
「あの時は仕方なかったんだよ、お前に嫌われたくなくて…」
「だから、責任をこっちになすりつけないでよ、男のくせに女々しいわね…」
「ふざけんなよ」
「ふざけてないわよ」
 やはり、二人が会えば喧嘩ばかりしていた。

41
「やっぱ、別れよう、相手なんて、関係ない。お前とは居られないわ」
「良いわよ、別れましょう。私だって、あんたといると虫ずが走るわ」
 立ち上がって口論になる。
 別れるのは決定的のようだ。
 その時…
「別れさせない…二人はいつも一緒…」
 また、不気味な声がした。
 そして、その時、竜巻が起きて近くにあった看板を破壊し、その破片が宏明と美加の身体を串団子のように刺し貫いた。
 看板の破片が二人の命を絶った。

42
「これで、二人はいつも一緒…」
 命が尽きようとする二人が聞いた最期の言葉だった。
 そして…
「呪い、成就せり…」
 不気味な声が木霊する。
 ついに、パンドラの呪いの一つが、誰の邪魔も受けずに成就してしまった。
 呪いの成就によりパンドラの呪いは更に強くなってしまう…。

43
 お守りの呪いは姿形を変えた。
 今度は人形だった。
 不気味な程美しいアンティークビスクドール。
   名前はパンドラ…。
 今度はその人形が、人々に悪意を運んでくる。

44
「ふ、ふふ…ふふふ…まず、1体目…後、12体…」
 ビスクドール、パンドラを手に取る謎の女…顔はくしゃくしゃの老婆。だけど、四肢はモデルのように美しい。
 ビスクドールを手にした謎の女のしわの数がいくらか減った。
 謎の女はビスクドールを集めていた。
 この女が13体のビスクドール(パンドラ)を集めた時、世界は終わる。

45
「はい、これ、誕生日おめでとう紫織(しおり)ちゃん」
「ありがと、大輔(だいすけ)、なぁに、これ?」
「綺麗になれるっていう噂のレースのハンカチだよ」
「何?私が綺麗じゃないって言いたいの?」
「ち、違うよ。綺麗だよ。ただ、もっと綺麗にって」
「冗談よ。開けて良い?」
「もちろん」
「ほんと、綺麗ねここにPandoraって刺繍がしてあるのね」
「今、人気でさ、手に入れるの結構苦労したんだよ」
 山里 紫織(やまさと しおり)は野沢 大輔(のざわ だいすけ)から破滅を呼び込むレースのハンカチを受け取った。

46
 紫織と大輔は幼なじみのカップルだった。
 家が隣同士で昔はよくお風呂にも一緒に入った仲だった。
 誕生日が紫織の方が、3ヶ月早いためか、彼女が主導権をいつも握っていた。
 今日もいつもの日課で紫織を迎えに隣の家まで行った。
 だが…

47
「生島(いくしま)…」
 大輔は目が点になった。
 表札には山里ではなく生島と書かれていたからだ。
 生島は確かはす向かいの…
 そう、思ってはす向かいの生島家がある方を見ると…

48
「あら、大輔君、いつも悪いわね、紫織ぃー起きなさいー大輔君、迎えに来たわよー」
 紫織の母親が出てきた。
「はーい、今、起きるわー」
 奥からは紫織の声も聞こえた。
 表札には山里と書かれている。
 隣ではなく、はす向かい…だったか?
 いや、そんな訳はない…
 だって、紫織の部屋と自分の部屋は窓を伝って行き来出来たはず…
 はす向かいじゃ出来ない…

49
 大輔が困惑していると…
「何、しょぼくれた顔をしているのよ!行くわよ、大輔!」
「え、あ、う、うん…」
 混乱したまま、一緒に学校に行く…。

50
 次の日も迎えに行く大輔。
 念のため、元々あった方の表札を見ると生島のままだった。
 仕方が無くはす向かいに行くと…
「田辺(たなべ)…」
 また、違う…
 田辺と言えば更に隣の家だった…。

51
 田辺家のあった場所に行くと…
「あら、大輔君、おはよう。紫織ー起きてー。大輔君、迎えに来たわよー」
「もう、起きてるわー」
 やはり、紫織の母親と紫織の声が聞こえた。
 …段々、遠ざかっている…?
 大輔はそんな不安にかられる。

52
 大輔の心配通り、日が経つ度に山里家は段々、野沢家から遠ざかっていった。
 そして、始めの頃は気付かなかったが少しずつ疎遠になって来ていた。
 今では、かろうじて恋人同士だが、幼なじみという部分は無くなっていた。
 おかしい、絶対におかしい…
 だけど、原因がなんなのかわからない…

53
 紫織は習い事があるため、大輔が一人、トボトボと歩いていると…
「パンドラという何かで奇妙な事があったら、こちらまでご連絡下さい」
 駅前で、数人の男女が駅前でチラシを配っていた。
 パンドラ…そう言えばレースのハンカチにそんな文字が…
 いやいや、だからって家が移動するなんて考えられない…
 そう、思いチラシは受け取らず帰宅した。

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 その後もどんどん家は後退していき、ある日、とうとう、恋人の座から降ろされた。
「えーと、どちら様かしら?紫織に会いに来たの?」
 紫織の母親にそう言われた時はショックだった。
 二人目の母親だとも思っていたのに…
「えーと、野沢君だっけ?私に何か用?」
 出迎えた紫織の発した言葉はもっとショックだった。
 恋人から紫織に言い寄る男に変わっていたからだ。
 呼び方も大輔から野沢君になってしまった。

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「ちょっと、紫織、今日もあのハンカチ持って行くの?」
「そうだけど、悪い?」
「悪いわよ。いい加減別のハンカチにしなさいよ。汚いでしょ」
「汚く無いわよ。綺麗よ」
 紫織は制服のポケットからパンドラのハンカチを出して顔を埋めてうっとりする。
 その顔は大輔から見て異常に見えた。
「紫織ちゃん、駄目だ、そのハンカチ捨てて!」
 大輔は自分がプレゼントしたそのハンカチが原因だと本能的に察知した。

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 バチン!
「捨てろですって?ふざけるんじゃないわよ」
 大輔は紫織に思いっきり平手打ちを食らった。
 紫織のパンドラのハンカチに対する執着は異常だった。
 毎日使い続けているのなら、もう、とっくに汚れているはずなのにずっと使い続けている。

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 紫織は大輔を置いて先に登校してしまった。
 途方に暮れる大輔。
 何か、何かないのか…。
 考えるが何も思い浮かばなかった。
 そんな状態で駅前に通りかかった時、チラシが一枚落ちていた。

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 見ると…
 パンドラに関する悩み事相談と書いてあった。
 そうだ、いつか数人の男女が配っていたあれだ…。
 パンドラ…正に、これじゃないか…
 大輔はチラシに書かれていた携帯に電話をかけた。

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「なるほど…お話はわかりました…では、早い方が良い…、いつお会いになれます?」
「明日の日曜日なら…」
 電話の先の話相手、松村 俊征と会う約束を取り付けた。
 彼は最後に…
「大丈夫、彼女は助かりますよ」
 と言ってくれた。
 その言葉を聞いた時、憑きものが落ちたかのようにすっとした。
 そして、自然と頬に伝うものがあった。
 涙だった。

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 翌日、大輔は俊征と待ち合わせした。
 俊征の横には女の子が寄り添っていた。
 彼の恋人、玲於奈だった。
「恋人…ですか?」
 大輔は俊征に尋ねる。
「あ、ま、その…はい…」
 俊征は照れて答える。
「良いですね…。僕も紫織ちゃんと同じ関係だったんです…でも、今じゃ赤の他人も同然で…」
「なるほど、それで、その紫織さんの今日のご予定ってわかりますか?」
「紫織ちゃんの友達の話だと、パンドラのハンカチがもう一つ手に入るみたいで…」
「まずいな…急ぎましょう。二つ目を手にしたら更に悪化しますよ」
「そんな…こ、こっちです」
 大輔は俊征達をハンカチ売りのいる所まで案内した。

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 見ると列をなしていた。
 三十人目くらいには紫織も並んでいた。
   俊征は列を飛ばしてハンカチ売りの所までスタスタ歩いて行き、売り子が持っていたハンカチにスポイトから水滴を一滴垂らした。
 ジュワアアアァァァァ…
 ギィヤアアァァァァァ…
 ハンカチが溶ける音とハンカチからの悲鳴が同時に聞こえた。

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 売り子達がすぅっと消えていく…。
 紫織が手にしていたパンドラのハンカチも悲鳴と共に溶けてしまった。
「それは…?」
 大輔が質問する。
「キリストの涙…聖水です」
 俊征は答える。
 今、日本の霊能者達の間では、対パンドラ用のアイテムとして、聖水と聖火が支給されていた。
 俊征も従兄弟の榮一郎から聖水を受け取って来ていたのだ。

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 静かに、霊能者達とパンドラの呪いとの全面戦争が始まろうとしていた。

 今日もどこかで、パンドラの呪いは浸透し、それを駆除するために霊能者達が動く。

「憎い…憎い…人の愛が憎いらしい…」

 パンドラの人の愛に対する憎しみはまだ、消えない…。