第三章


01

「て、てめぇ、何で生きていやがるんだ!」
旧作パンドラ三章1 宮本 京平(みやもと きょうへい)は目の前の女性に怯える。
 女性の名前は須藤 瑛子(すどう えいこ)、一応、京平の【彼女】という事になっている。
 京平は確かに、瑛子を殺して埋めた。
 だが、その瑛子は目の前にたっていつもと変わらぬ笑みを浮かべている。
 薄気味悪い笑みを…

02
 話は少し遡る。
 京平はお世辞にも素行の良い男では無かった。
 殺人以外は何でもやったし、女癖も悪かった。
 友達の女は平気で寝取るし、飽きたら簡単に捨てていた。
 だから、人望は最悪。
 だが、喧嘩はめっぽう強く、綺麗な顔をしていた。
 そのため誰も表だって文句は言えなかった…

03
 そんな京平が瑛子に目をつけた。
 彼女は今にも死にそうな顔の根の暗そうな男の彼女だった。
 京平はいつものように男を脅して、無理矢理引き離そうとした。
 だが、その男はまるで、憑きものが落ちたかのような晴れやかな顔で
「ありがとう…これで楽になれる…」
 といって、簡単に身を引いた。
 京平はその男が我が身かわいさに女を売ったと勘違いした。
 その後、その男は自殺したと聞いたが元々、冷徹な正確の京平は気にもとめなかった。

04
 京平は瑛子の身体をむしゃぶり尽くした。
 彼女の肉体はまるで、砂漠の中のオアシスのように京平の欲望を刺激した。
(この女はしばらく飽きねぇ…当分囲っておくか…)
 そう考えた京平は彼女と恋人関係になった。

05
 その時、彼女は薄笑いを浮かべていたが、京平は気付かなかった。

 そして、抱けば抱くほど、京平は瑛子の身体に夢中になった。

 まるで、数人の女を抱いているかのように抱く日によって抱き心地やにおい等が微妙に変化した。

06
 だが、半年もすると飽きっぽい京平はしだいに他の女に目がいきだした。
 むしろ、半年もよく飽きずにもったという方が正しい。
 たいてい一月前後で飽きて捨てる男だったからだ。

 京平はまだ、瑛子と別れるのは惜しいと思っている。
 だが、他の女ともやりたい…。

07
 こんな時京平は大抵、二股、三股をかける。
 後でドロドロの修羅場になろうが関係なかった。
 面倒臭くなったら、全員と別れる。
 女性を性欲のはけ口としか考えていない京平にはそれが当たり前だった。

08
 瑛子にばれるのもおかまいなく平然と浮気をする京平…。
 瑛子はそれを知っていてもにっこりとして笑顔を崩さなかった。
 他の女性とは違う…。
 今までの女性なら、ここで修羅場になるか、泣かれるかしたのだが、何も聞いてこない。「悪いが、俺はあの女も気に入ったんで」
 全く悪びれず、浮気を宣言する。
「そう…」
「何か、文句でもあるのか?」
「無いわ…」
 瑛子はただ、そう答えた。

09
 数日後、京平の浮気相手が変死体となって発見された。
 顔を根こそぎえぐり取られた遺体だった。
 人の手で出来ることではないので、熊か何かに襲われたとして処理された。

10
 浮気相手の死を知り、多少、気分が悪くなった京平はとりあえず、瑛子を呼び寄せ、いつものように抱いた。
 だが、一瞬、瑛子の身体から、殺された浮気相手の味がした気がした。

11
「瑛子ぉ、お前、12日の午前2時何処にいた?」
 何となく、京平は瑛子に聞いてみた。
 ただ、何となくだ…
「あなたといたじゃない…あなたに右の乳房をかまれていたわ…」
「…そう、だったな…」
 そう、死亡推定時刻であるその頃は京平は確かに瑛子を抱いていた。
 だから、瑛子に浮気相手を殺せる訳がない…。

12
 訳はないのだが、もしかして、瑛子が浮気相手を食べたのでは…?
 そんなバカな考えが京平の頭をよぎった。
 何を怯えているんだ…
 言い知れぬ不安を京平は頭をふってかき消そうとした。
 それを薄ら笑いを浮かべて見つめる瑛子…

13
 瑛子とはその後も付き合い続けたが、次から次へと京平は浮気を重ねるが、その浮気相手も次から次へと変死を遂げてついに、京平と関係を持つと死ぬという噂が広まってしまた。
 正確は最悪だが、顔だけは良い京平に女性が近づかなくなってしまった。

14
「ちっ、面白くねぇ…」
旧作パンドラ三章2 京平は悪態をついた。
 京平に関わった女性ばかり死ぬため、京平と瑛子が警察に疑われていて、今日も何度目かの事情聴取を受けて来たばかりだった。
 瑛子には完璧なアリバイがあり、彼女はすぐに解放されるが、普段から素行の悪い京平は警察から目の敵にされていた。

15
ドガッ!
「うっ…」
「何で、てめぇはすぐに帰れるんだよ!」
 京平は警察での取り調べの鬱憤を瑛子を殴ることではらそうとした。
 瑛子は抵抗しなかった。
 しばらく殴った後、ある程度すっきりした京平はそのままぐっすりと寝た。
 顔中を腫らしながらも薄ら笑いを浮かべる瑛子の姿は不気味だった。

16
「…朝か…」
 朝、…というより昼過ぎに目を醒ます京平。
 自堕落な生活をしている京平は睡眠もデタラメにとっていた。
「…おはよう…寝顔がステキだったわ…」
 瑛子は顔を腫らしたまま京平をただ、見ていた。
「不細工な顔を見せんじゃねぇよ…」
 自分で殴っておきながら瑛子の腫れ上がった顔が気に入らない京平。

17
 だが、昨日、殴った箇所と微妙に違う場所が腫れているような…
 そんな気がした。
 興奮していたので、思い違い…そう思って大して気にしなかった。

18
(私の名前はね…本当はパンドラって言うの…)
 京平は寝ている耳元で瑛子にそうささやかれたような気がする…
 だが、それが何だと言うのだ…
 京平は小さな疑問も無視した。
19
「宮本 京平さんですね…」
「何だてめぇは?」
 京平は道ばたで知らない男に声をかけられた。
 全く見覚えの無い男だ。
 何故か、自分の名前を知っている。
「失礼しました。自分、松村 俊征(まつむら としゆき)っていいます。実は、あなたに死相が出ていまして…あ、いきなりこんな事言って怪しまれるのも当然ですよね、ですが…」
「もう、いい…」
「え?」
「いっぺん、死んどけやーっ!」
「ま、待って、がっ!!」
 京平は俊征を殴り倒した。

20
「二度と俺の前に顔見せるな!」
「そ、そうじゃないんです…待って…」
 捨て台詞を吐いて立ち去る京平。
 ボコボコにされた俊征が残される。
「もう、ムカツク奴ね。あんな奴助けることないんじゃない?」
 京平の事が怖いので隠れていた黛 玲於奈(まゆずみ れおな)が俊征を介抱する。
「そんなこと言わないで欲しい…。彼はこのままだとパンドラに殺されてしまう…。」
「ゴメン、わかってる。でも、トシがやられちゃったからちょっと頭にきたんだよ。それにあいつで六人目、あいつが死んだら、あのパンドラの呪いは完成しちゃうもんね」
 俊征と玲於奈はパンドラの呪いを調べていて京平の受けている呪いにたどりついていたのだ。

21
「宮本さん、お願いです。話を聞いて下さい」
「また、てめぇか…」
 すぐに殴ろうと思ったが思いとどまった。
 近くには交番がある。
 殴れば現行犯で捕まってしまう。
 もちろん、俊征はそれを考えに入れて、タイミングを見計らって声をかけたのだ。

22
「あなたの近くにパンドラという名前の物か人はありませんか?」
 俊征にそう言われた時、京平は耳元で瑛子が自分はパンドラだと言っていた事を思い出すが、それを俊征に言ういわれは無い。
「知らねぇよ。そんな奴は…」
「パンドラという呪いは必ず、被害者にパンドラという事をどこかで認識させないといけません。だから、どこかで、あなたはパンドラという単語を耳にするか目にするかしているはずです…」
「知らねぇっつってんだろ!また、ボコるぞ、てめぇ!」
「お願いです。耳を傾けてください。」
「うるせぇ、消えろ!」
 京平は走って、俊征から離れた。

23
「今回も空振りだったね…」
 玲於奈も出てきて残念がる。
「そんなことないよ。彼にパンドラという呪いは認識させたはずだし、彼は、パンドラの呪いの事を【そんな奴】と言った。だから、今回のパンドラは物ではなく人の形をしたタイプだというのがわかったよ」
「すっごーい、名探偵!たった、あれだけでそこまでわかっちゃったの?」
「そんな、別に大したことじゃ…」
「榮一郎(えいいちろう)さんが太鼓判を押すのもわかるよ」
「そうだ、榮一郎さんに相談しよう。まだ、素人の自分達じゃ手に負えないかも知れない」 俊征は従兄弟で、霊能者、退魔師の先輩でもある松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)に相談する事にした。

24
「あームカツク、ムカツク、ムカツクーっ!!」
 京平は部屋中の物に当たり散らしていた。
「…どうしたの?」
 心配そうに瑛子が尋ねる。
「おかしな野郎がかぎ回ってやがんだよ!何がパンドラだ!一人でやってろ、サイコ野郎が!」
「…そう…邪魔ね…その人…」
「あぁ?何言ってんだ、てめぇ?…そういや、てめぇ、夜中に耳元で自分はパンドラとか言ってやがったな、ありゃ、どういう意味だ?」
「…別に何でもないわ…ただのおまじないよ…幸せになれる…」
「はっ、てめぇもまじないか、ムカツクんだよ、このオカルト女が!」
 京平はまた、瑛子を殴りつけた。
 もはや、八つ当たり以外のなにものでもなかった。
 とにかく、面白くなかったのだ。

25
「じゃあ、また、彼に話しかけるから玲於奈は隠れていて…」
旧作パンドラ三章3 「うん、無理しないでね…」
 京平に話しかけるために玲於奈を隠そうとする俊征。
 彼を助けるためとはいえ、彼の性格の最悪さは俊征も理解していた。
 下手に、玲於奈を近づければ、彼女に手を出してこないとも限らないからだ。
「見ぃーちゃった。可愛い彼女連れてるねぇ、君…」
 最悪だった。
 京平に見られてしまった。
「彼女は関係ない…」
「話聞いてやるからさぁ…その女、抱かせてくんない?」
 京平は嫌らしい笑みを浮かべて、玲於奈をねめ回した。






26
 玲於奈の全身に悪寒が走る。
 顔が綺麗でも生理的にこの手の輩は受け付けなかった。
「だから、彼女は関係ないと言っている」
「関係ねぇなら良いじゃねぇか…決まり。早くホテル行こうぜ。もちろん、ホテル代はてめぇが持てよ」
「玲於奈、逃げてくれ!」
 彼女の身の危険を感じた俊征は京平の前に立ち塞がり、逃げるように言う。
「玲於奈ちゃんっていうのかぁ…どんな味かなぁ〜」
「やめてよ。キモイ」
「嫌がる女を抱くってのも結構気持ち良いんだよね〜」
「嫌…」
 走って逃げる玲於奈。
「逃がさないぜ」
 追いかけようとする京平。

27
「ここは通さない…」
 立ち塞がる俊征。
「てめぇはおよびじゃねぇんだよ」
 京平は俊征に跳び蹴りをかます。
 俊征が吹っ飛ぶ。
「いや…」
「へへへ、待てよぉ〜」
 追いかける京平。
 逃げまどう玲於奈。
「彼女は渡さない…」
 京平の足にすがりついて、止めようとする俊征。
「寝てろよ、てめぇは!あの女とは俺が寝てやるからよぉ〜」
 倒れている俊征になおも蹴りつける京平。

28
「やり過ぎよ、あんた…」
 ふと、背後から声がする…
 ふり向こうと後ろを見る京平の顔面に何者かの後ろ回し蹴りが炸裂した。
「がっ…」
 吹っ飛びうめき声を上げる京平。
 今まで、人をぶちのめす事はあったが吹っ飛ばされた経験のない京平は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
 そして、目の前には整った顔立ちの見知らぬ女が仁王立ちして京平を睨んでいた。

29
「かづっち!」
 玲於奈は仁王立ちをしている女性に声をかけた。
 彼女は、パンドラの呪いを受けてしばらく休んでいた、玲於奈の親友、大森 香月(おおもり かづき)だった。読者モデルであり、空手の有段者でもあるスーパーウーマンだった。
「お待たせ、玲於奈。私もパンドラ退治に参戦するよ!」
「俊征君、ずいぶんやられたね〜大丈夫かい?」
 もう一人、榮一郎も来ていた。
「平気です。それより、彼…です…」
「…みたいね…」

30
「な、何だ、てめぇらはーっ」
「怒鳴らないでくれる?正直、君みたいな人は助ける気持ちが結構、薄れちゃうんだけど、でも、人として、理不尽な呪いで困っている人は見捨てられない…例え、君の様な人でもね…」
「何なんだ…」
「初めまして、僕は君がボコボコにした俊征君の従兄弟で、松村 榮一郎って言います。君を助けに来ました」
「はぁ?助けだぁ…俺は別に助けてもらう事なんてねぇんだよ…」
「…今は、そう思っているだろうねぇ…だけど、困る時が必ず来るよ。その時はここに連絡してね。助けてあげるから」
「ふざけるな!」
「ばいばーい!」
立ち去る京平。
見守る一同。

31
「榮一郎さん、…助けられますかね?…」
「…わからない…。彼のパンドラはもう、最終段階に入っている…。オマケにあの性格だ…こっちは最善を尽くすしかないよ…」
「榮一郎さん、どうして、無理矢理乗り込んで退治しないの?」
「それはね、大森君、パンドラの呪いにはそれなりのルールがあるからだよ…やり方を間違えれば呪いはあっという間に進行してしまう…。共通するのは被害者が助かりたいという気持ちを信号にして出す事とそれを拾い上げて協力して的確な処理をする事。パンドラの呪いは千変万化する呪い。だから、下調べと地道な努力が必要なんだよ…」
「ふーん、面倒臭いですね…」
「でも、現在確率されている対処法では一番有効な手段なんだよ…」
パンドラの呪いと榮一郎達の静かな戦いは始まっていた。

32
「…お帰りなさい…」
 瑛子が京平を出迎える。
「…何だ、まだ、居たのか…もうてめぇとはこれっきりだ…どっかいっちまえ!」
 京平は別れ話を切り出した。
「大丈夫よ。私と居れば…大丈夫よ…」
「あぁ?消えろっつったんだよ、俺は!目障りだ、とっとと消えろ!」
「今日は機嫌が悪いのね…、また今度にするわね…」
「今度はねぇっつってんだよ。帰れ!」
 軽くひっぱたく。
 瑛子はそれで、口を少し切ってしまった。

33
 そして、いらつく京平はついに取り返しのつかない事をしてしまう。

 殺人…だった。

34
 しつこく瑛子が京平の家に居座ったから、ついカッとなって殴りすぎて、瑛子の首の骨を折るまで殴ってしまったのだ。
 香月と違い、京平は格闘技を習ってはいない…。
 だから、加減もわからず、やり過ぎてしまったのだ。
 むしろ、今まで、人が死ななかったのが奇跡に近かったのだ。
 加減を知らない無法者…それが京平だった…。

35
 さすがに不味いと思った京平は夜中に瑛子の遺体を埋めに山奥まで出かけ、スコップで穴を掘り埋めて来た。
 だが、翌朝には…

36
「おはよう…よく寝ていたわね…」
 瑛子が変わらぬ笑みを浮かべ京平を見つめていた。
「て、てめぇ、何で生きて…」
「…何のこと?ご飯は出来ているわ、さぁ、召し上がれ…」
「!そうか、夢か、夢だったんだな!」
 夢…そう、思いこむ事にした。

37
 普段の調子を取り戻し普段の横柄な態度に戻る京平。
 だが、懲りない男というのは何処にでも居るもので京平はまた、瑛子を殺してしまった。
 今度は、些細な誤解。
 瑛子が浮気をしたと思って殴りつけたのだ。
 自分の浮気は平気でするくせに、相手の浮気は許せない…
 京平はそんな男だった。
 興奮して、エスカレートした京平は脅しのために包丁を持ち出した。

38
 もちろん、ただのはったり。脅しに使うためだったが、瑛子は自ら飛び込み包丁は彼女の胸を刺し貫いた。
「な、何やってんだ…、て、てめぇ、いかれてやがる…」
 腰を抜かしそうになる…。
 救急車を呼ぼうとも考えたが出血がひどく、彼女はすでに息絶えていた。

39
 再び車で山奥へ瑛子を運ぶ京平。
 前に瑛子を埋めた山と同じ山だ。
 そこで、前と同じような所に埋めた。
 そして、帰りに、前に瑛子を埋めた場所を通ったので、気になって確かめてみた。
 すると…

40
 埋まっていた…。
 前の瑛子がしっかりと!
 腐りもせずに…

41
「な、何だ…どういう事なんだ?」
 慌てて、二度目の瑛子を埋めた場所に戻り確認すると…

 やはり、瑛子の遺体が埋まっていた。

42
「ふ、双子…だったのか?」
 気が動転して、二人の瑛子の遺体を持ち帰ってしまった。
 もうすぐ朝だ…
 再び、埋めに行っている時間はない…。
 今度は海にでも捨てよう…
 そんなことを考えていた。
 とにかく、一度、仮眠を取って、それから、夜に処理をしよう…
 そう考えていた。
 だが、部屋に入ると…

43
「お帰りなさい…何処に行っていたの?」
 三人目がいた…
「うあぁぁぁぁぁぁっ」
 京平は衝動的に三人目の瑛子の首を絞めていた。
 三人目も殺してしまった。

44
「はぁはぁはぁ…ど、どうすりゃ良いんだ…」
(困る時が必ず来るよ。その時はここに連絡してね。助けてあげるから…)
 一瞬、榮一郎が言った言葉を思い出すが、すぐに否定した。
 京平がやってしまったのは殺人。パンドラの呪いではない…。
 このままでは、三人を殺した凶悪犯…捕まれば死刑は免れない。
 どこかに高飛びしよう…
 何処が良い…?
 そう考えている京平に新たな恐怖が襲う…

45
「…ちょっと、お買い物に行ってて…待っててね、今、朝ご飯作るから…」
 四人目の瑛子が現れた。
 ふと見ると五人目と六人目の瑛子が玄関の外から無表情のまま、こちらを覗いていた。
「な、何人いるんだ…」

46
 床には三人目の瑛子の遺体が転がっていた。
 車のトランクには一人目と二人目の瑛子の遺体がある。
 なのに…、それが見えていないかのように、キッチンで四人目は鼻歌交じりに朝ご飯を作っていた。

47
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 京平はたまらず、その場から逃げ出していた。
 一心不乱に…
 脇目もふらずに逃げていた。
 そして、信号を無視してそのまま、乗用車にひかれていた。
幸い、走り出したばかりだったので、大事には至らなかったが入院を余儀なくされた。

48
「ここは…?」
 京平が気付いた時は病室だった。
 榮一郎達が見舞いに来ていた。
「…何があったか話してくれないか?」
「な、何もねぇ何も知らねぇよ、俺は関係ねぇ…」
 京平はすっかり怯えてしまっていた。
 以前の憎たらしいまでの不貞不貞しい態度は息を潜めてしまっていた。
 まるで、別人のようだった。

49
「すみません、患者さんが怯えていますので…」
「…すみません…」
 看護師が榮一郎の発言を控えるように言った。
 京平の顔はそれほどまでに顔面蒼白だったのだ。

50
 京平は自分が捕まるのも時間の問題だと思っていた。
 自宅に遺体を残して来てしまったのだから…。
 自分の人生を諦めてしまっていた。

 ところが、何日経っても刑事が来るような事は無かった。
 とっくにばれてもおかしくないのに…。

51
 しばらくすると、また、榮一郎達が見舞いに来た。
「退院すると、悪夢はまた、始まる。それまでに、助けを呼ばないと君は死ぬかも知れない。だから、助けを求めて欲しい…」
「し、知らねぇ…俺は何も知らねぇ…看護師さん、こいつら追い出してくれよぉ…」
「心を開かないとそれが、君の命取りになる…」
「患者さんに何を言っているんですか、迷惑ですから、出て行って下さい」
 看護師に追い出される。
 ホッとする京平…。
 だが、これが、自ら助け船を拒絶している事になっていたとは夢にも思っていなかった。

52
 それから、数日の内に京平は退院することが出来た。
 まだ、足を多少引きずっているが、日常生活には大して支障はない。
 だが、彼は、学校を去ることになった。
 入院したことと、普段の素行の悪さによるものだった。
 休学という処置を学校側は認めてはくれなかった。

53
 もともと、学校には何となく通っていただけなので、さしてショックは受けなかった。
 これからは食いぶちを探すことになる…。
 田舎の両親とはすでに絶縁状態。
 孤独な独り身となっていた。
 家には誰もいない。
 そう、思いこんでいた…
 だが、彼を待ち受けていたものは…

54
「お帰りなさい。退院おめでとう…」
 瑛子が待っていた。
 無理矢理忘れようとしていた悪夢が再び舞い戻って来た。

55
 考えて見れば、瑛子が傷を負った時、他の瑛子も同じ傷を作っていた。
 一人を装うために…
 だけど、それは微妙に違っていて、小さな違和感となって残っていた。
 抱いた時もそうだった。
 抱き心地が微妙に違っていた。
 始めから複数の瑛子を抱いていたのだ。

56
「退院おめでとう…」
旧作パンドラ三章4 「退院おめでとう…」
「退院おめでとう…」
「退院おめでとう…」
「退院おめでとう…」
「退院おめでとう…」
 六人の瑛子が出迎える。
 遺体になっていた瑛子もいつの間にか甦っていた。
 部屋の様々な位置に陣取り、不気味な笑顔を京平に向ける瑛子達…

57
「お、お前らの名前はパンドラってのか?」
 京平は思い切って聞いてみた。
「…そうよ、愛しているわ京平君」
「…そうよ、愛しているわ京平君」
「…そうよ、愛しているわ京平君」
「…そうよ、愛しているわ京平君」
「…そうよ、愛しているわ京平君」
「…そうよ、愛しているわ京平君」
 同じ返事が六回帰って来る。
 それが、気持ち悪かった。

58
「で、出て行けー!今すぐ、俺の部屋から出て行け!」
 京平は怒鳴る。
「…嫌よ…いつものように愛して、京平君」
「…嫌よ…いつものように愛して、京平君」
「…嫌よ…いつものように愛して、京平君」
「…嫌よ…いつものように愛して、京平君」
「…嫌よ…いつものように愛して、京平君」
「…嫌よ…いつものように愛して、京平君」
 返事がやっぱり六つ帰ってくる。
 恐怖に駆られる京平。

59
「…ラストナイトよ、京平君…」
「…ラストナイトよ、京平君…」
「…ラストナイトよ、京平君…」
「…ラストナイトよ、京平君…」
「…ラストナイトよ、京平君…」
「…ラストナイトよ、京平君…」
 六人の瑛子が近づいてくる。
 恐怖で足が竦み、動けない京平。

60
 六人の瑛子改めパンドラに精気を搾り取られる京平…

 死に様は餓死した老人のようだった。

61
「ふ、ふふ、ふふふふ…これで二つ目…後、11体…」
 不気味な声が死体となった京平の部屋に木霊する。
「お、遅かった…」
 駆けつけた榮一郎達。
 だが、全てが遅かった…。

62
 京平が入院中、榮一郎達は様々な手を駆使した。
 だが、悉く、京平の拒絶にあい、全て失敗していた。
 退院してしまった事を知った榮一郎達は駄目元で、聖水と聖火を持って京平の部屋を訪れたが手遅れだった。
 後には二体目のビスクドールが転がっていた。

63
「榮一郎さん…」
 俊征が声をかける…
「みんな、良い機会だ、見ておくといい…現れるぞ、呪いの中心、パンドラの悪霊の本体が…」
「え?」
 急に、室温が下がる。

64
 しばらくすると、ビスクドールを拾う半透明の謎の女が現れた。
 顔は老婆、身体はモデルの謎の女だ。
 謎の女は不気味に笑うとしわがいくつか消えた。
 そして、ビスクドールを手に消えてしまった。
 今回は、榮一郎達の負けだった。

65
「全ては、このパンドラの書に沿って呪いが行われている…」
 榮一郎は俊征達に古びた書物を見せた。
 パンドラと書かれた書物だった。
 明治時代に無名の作家が書き残した小説だった。
 少し斜め読みすると、俊征達が体験した呪いも書いてあった。

66
 そして、この小説には13体のビスクドールが揃ったとき、世界が終わると記されていたのだ。
 13種類の病が人類を死に至らしめると書いてあった。
 全てはこの小説から始まっていたのだ。

67
「悪意の創作物…か」
 俊征はつぶやく。
 絶対に負けられない…。
 負けたら…。
 榮一郎達とパンドラの戦いはまだ続く…


第四章


01

 (私(希望)を探して…)

 パンドラの箱には希望が一つある…

02
「今度は安藤(あんどう)君だって…」
旧作パンドラ四章1 「またぁ…何人目よ…」
「10人目…何人続くのかしら…」
 女生徒達が噂する。
 気の弱い…男子生徒達の失踪事件…
 居なくなったのは、みんな奥手でどちらかというとあまりはしゃいだりしないタイプの男子ばかりだった。
 居なくなった男子に共通するのは最近、好きな女の子が出来たらしいということ…。
 ただ、誰も、その対象となる女の子を見たこともないし、当然、名前も知らない…




03
(あ…いた。…あの子だ…)
 永友 靖(ながとも やすし)は家から一時間半をかけて通学している大人しい草食系の男子だ。
 女の子とはろくに話せないはにかみ屋でもある。
 だから、当然、彼女も居ない。
 だからといって女の子に興味が無いわけではない…。
 ただ、話をする勇気が無いだけだ。

04
 靖は通学中、気になる女の子を見かけていた。
 ポニーテールのよく似合う、可愛らしい女の子だった。
 名前は知らない。
 話しかけられないので、わからなかった。
 その女の子も誰か友達とでもしゃべってくれれば、名前なんかを知ることが出来るのに…
 そう、思っていた。
 靖自身が話しかける…
 それは前提には入っていなかった…

05
 見たこと無い制服だけど何処の学校に通っているのかな?
 何処に住んでいるのかな? 
 休日はどんな事して過ごしているんだろう?
 誰か付き合っている人とかいるのかな?
 聞いてみたいことは山ほどある…
 でも、フラれたら嫌だから声をかけられない…
 靖はそんな意気地のない男子だった。

06
 満員電車での通学をしている靖だったが、何故か、ポニーテールの女の子は彼が見つけやすい位置にいつも立っていた。
 どんなに混んでいても、例え、一本電車に乗り遅れても、間違えて早く電車に乗ってしまっても、病院に行って三時間遅刻して乗っても、不思議と彼の見やすい位置に彼女は立って居た。
 そして、彼が降りる一つ手前の駅で彼女は降りていた。
 決して、彼の方は見てくれない彼女だったが、毎日顔を合わせる靖は虜になっていった。

07
 (…今日も可愛いなぁ…)
 靖は今日もポニーテールの女の子をチラチラと見ていた。
 視線を向けたと思ったら、そらし、また、向ける…。
 そんなことを繰り返していた。
 大抵の女の子なら、普通、気付いても良さそうなわざとらしさがあった。
 にも関わらず、彼女は全く彼に視線を返さない。
 昨日も、そして、今日も彼女は靖の降りる駅の一つ前で降りて行く…。

08
(あれ?まただ…)
 ある日、靖は首をかしげる事になった。
 ポニーテールの女の子が昨日乗ってきた駅の一つ前の駅から乗車して来たからだ…。
 3日おきくらいに彼女はそれまでに乗車していた駅の一つ手前の駅から電車に乗ってくる。
 最初に見かけた時は、一駅分しか乗っていなかったのに、もう、靖が乗り換えてる駅にまできてしまった。
 靖は家から学校まで、3回、電車を乗り換える。
 彼女は学校に着く前に最後の乗り換えをする駅で、彼と一緒に電車の到着を待っていたのだ。

09
(ひょっとして、僕の事を意識している?)
 靖はそんな期待をした。
 彼女も自分に好意を持っていて…
 靖と話すきっかけを探している…
 そんなことを思っていた。
 冷静な人が見たら、その女の子はおかしい…
 そう、気付くはずなのに、靖は気付かなかった…

10
「…ちょっと、良いかな?」
 靖は大学生に声をかけられた。
 大学生は、松村 俊征(まつむら としゆき)と名乗った。
 俊征は靖同様、あまり、人と話すのが、得意ではなさそうな印象があった。
 お互い口べた同士…。
 だから、会話は弾まなかったが、俊征は【パンドラと名乗る女の子を見なかったかい?】と尋ねて来た。
 パンドラ…、そう言われても知り合いにそんな女の子は居ない…
 そもそも、女の子の知り合いなんて、年の離れた従姉妹がいるくらいで、後は、母親くらいなものだった。

11
「そんな人、知りません」
旧作パンドラ四章2 靖は俊征にそう答えた。
「そうか…、もし、怪しい女の子が居たら気をつけて…」
 俊征はそう返した。
「知りませんってば。…失礼します」
 靖はその場を立ち去った。
 俊征は靖に死相が出ていると言っていた。
 だから、怪しい宗教の勧誘だと思ったのだ。

12
(今日も可愛いなぁ…)
 靖はポニーテールの女の子を今日ものぞき見ていた。
 今日は二つ目の乗り換え駅まで一緒になっていた。
 彼女と同じ電車を乗り継ぐのが気持ちよかった。
 段々、彼女と一緒の時間が長くなる…。
 そして、最後の電車に乗ろうとした時…

13
「やぁ…、君もこの電車?」
 俊征が話しかけて来た。
 白々しい…。
 今まで、居なかったじゃないか…。
 靖は不機嫌になる…。
 ふと、ポニーテールの女の子を確認する。

14
 居ない…。
 本当なら靖の降りる駅の一つ手前の駅まで一緒だったはずなのに…
 この人だ。
 この人のせいで、彼女は居なくなったんだ。
 靖は逆恨みをする。

15
「…何なんですか?」
 靖は不機嫌そうに言う…。
「いや、しばらくこの電車で通おうと思っていて…」
 ウソばっかり…
 自分をつけて来たんだ。
 ウザい…
 靖はそう思った。

16
 俊征は次の日もその次の日も最後の電車に乗り込んで来た。
 そして、靖に話しかける…。
 靖は鬱陶しく思っていた。
 だって、俊征が現れると彼女は消えてしまうのだから…

17
 俊征の存在が邪魔だ。
 片思いに狂った靖は俊征を追い出してポニーテールの女の子と会う方法を考えた。
 その方法はすぐに思いついた。
 彼女は自分が乗る電車に合わせて乗ってくれる…。
 なら、俊征をまくために、時間と乗る場所を変えてしまえば良いんだ…。
 靖は翌日は、二本、乗る電車を早めた。

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 思惑通り、俊征と会わずにすんだ。
 そして、彼女もそれに合わせて、同じ電車に乗ってくれた。
 そして、今までと同じように、靖が降りる一つ前の駅まで、一緒になった。

19
 一緒に俊征という障害を乗り越えたという連帯感と達成感から、靖に少し勇気が湧いてくる。
 いつか、彼女に告白しよう…。
 まずは名前を聞き出そう…
 そう、思うようになって来た。

20
「最近、永友君、変わったね…」
「そうだね、でもさ、噂だと、暗かった男の子が明るくなるのって失踪の前兆だって言うよ」
「そうそう、謎の女、パンドラが連れ去るってね」
「こわーい!」
「パンドラって名前の女の都市伝説…まだ、あるよ、他にもね…」
 クラスの女子が靖の噂を始めた。
 まさか、本当に行方不明になるとは思っていないので、みんな面白半分だった。
 靖もそんな、女子の噂が聞こえてはいたのだが、無視していた。

21
 自分には彼女が居る…
 他の女子なんかどうでもいい…
 靖はそう思っていた。
 そうして、どんどん、クラスから靖は浮いていった…。

 そして、ついに、彼女は同じ駅から乗車してきた。
 もう、間違いない…
 彼女は自分に気があるんだ…。
 そう、思わずには居られなかった。

22
 だが、そんな天国のような気分も招かれざる客の登場で、台無しにされる…。
 俊征だった。
 靖は頻繁に乗る場所と時間を変えていたため、しばらく鉢合わせせずにすんでいたのだが、ついに、俊征は靖を突き止めた。

23
「い、居た…、やっと見つけた…」
 俊征は安堵の表情を浮かべる。
 だが、逆に靖は不機嫌だった。
「放っておいて下さい。…何、つきまとっているんですか…何なんですか、あなた…」
 悪意のこもった視線を俊征に向ける。
 憎しみさえこもった目だ。

24
 理由は、当然、ポニーテールの女の子が居なくなってしまうからだ。
 靖は周りを見渡す…。
 ほら、居ない…。
 また、彼女は居なくなってしまった…
 この人のせいだ…。
 靖は俊征をにらみつけた。

25
「悪かったよ…。自分が悪かった。君が受けている呪いへの対処法を間違えていた。実は…」
 俊征は謝る。
 そして、弁解を始める…。
 だが、彼の言葉は靖の耳には入らない…。
 靖は俊征を突き飛ばし、別の車両に乗り込んだ。
 すると…

26
 良かった、彼女も乗っていた。
 ホッとする靖。
 俊征は突き飛ばされたため、電車には乗れなかった。
 邪魔者は居ない…。
 安心する靖に信じられない事が起こった。

27
「…やな人よね、あの人…」
旧作パンドラ四章3 ポニーテールの女の子が、靖に近づいて来て話しかけてくれたのだ。
 彼女は俊征の事を嫌な人と言っていた。
「そ、そうだね、やな奴だね…」
 会話はそれだけだった。
 その後は、お互い、彼女が下車するまで、終始無言だった。
 だが、靖にとっては天にも昇る気持ちだった。
 彼女から話しかけてくれた…。
 それだけで飛び上がるくらい嬉しかった。

28
 次の日、朝早く起きると駅に着く前に彼女に会った。
 軽く会釈をしてきたので、会釈で返す。
 それだけ、だった。
 だが、靖にとっては嬉しくて、嬉しくてたまらない。
 絶対、彼女は自分に気があるんだ…
 そう思えて仕方無かった。

29
 それから、少しずつ、家の近くで彼女と会うようになり、軽く会釈をしあう。
 その後で、仲間を連れてきたらしい俊征から隠れて電車に乗り、一駅前で別れる。
 そんなことを繰り返していた。

30
(明日、彼女に会ったら、彼女の名前を聞こう…)
 靖はそう、決心していた。
 もう、大分、顔見知りになっているし、名前くらい聞いても良いはずだ…。
 そう思っていた。
 名前を聞いた時が最期だとも知らずに…。

31
 その日、学校から帰ると、俊征が家まで来ていた。
 探偵まがいの事をして…
 家まで調べるなんて…
 俊征は殺意を覚える。
 靖には俊征が悪魔のように思えた。

32
「永友君、聞いてくれ、このままでは君は死ぬ」
 俊征は心配そうに言う。
「うるさい!どっか行け!」
 靖は邪険にする。
「聞いてくれ。自分達はずっと君にだけつく訳にはいかない…。だから、女の子の名前を聞かないで欲しい…。名前を聞いた時、君は死ぬ。だから…」
 世迷い言を…。

33
 俊征を追い払おうとした時、ちょうど家に帰って来た母親が彼を代わりに追い払ってくれた。
「何なの?あの人?」
 当然と言えば当然の反応だった。
 誰でも、自分の息子が死ぬとか話している男を怪しいと思うのは…。
 俊征は警察を呼ばれそうになったため、退散した。
 去り際に、
「決して名前を聞いてはいけないよ。時が来るまで待つんだ!そうすれば、君は助かる…」
 という言葉を残して…
 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ!
 靖は心の中でそう吐き捨てた。

34
 翌日、気持ちを切り替えて、ポニーテールの女の子に名前を聞く。
 彼女は、ニタァ…と笑い、こう答える。
「私の名前はパンドラ…あなたを殺しに来ました…」
「え?…今なんて…?」
 靖の人生はそこで終わった。
 明日への希望も、昨日の後悔も何もない世界へと旅だってしまった…
 残念ながら俊征の救いの手は彼には届かなかった。

35
 永友 靖は11人目の行方不明者となった…。
 また、一つ、パンドラの呪いが成就に近づこうとしていた…。
 俊征の言霊もパンドラには届かなかった…。

36
 俊征達が、靖とずっと居られなかった理由…
 それは、靖と同じパンドラの呪いにかかっていると思われる人間が後、二人いたからだった…
 12人目と13人目…
 このパンドラの呪いは13人目の呪いが成立した時点で、呪いのビスクドールを一つ、作ってしまう…。
 そう、パンドラの書に書かれていた。

37
 パンドラの書…。パンドラの呪いが全て書かれた悪意の創作物。
 ギリシャ神話のパンドラの箱が元になっているパンドラという呪いにはたった一つ、希望に相当する味方のパンドラが存在する…。
 俊征の従兄弟である、霊能者、松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)達、主要メンバーは、そのパンドラを探していた。
 パンドラの呪いに打ち勝つために…
 そのたった一つのパンドラが必要だとして…

38
 パンドラの呪いは多種多様で、その呪いが成就すると一体のビスクドールが出現する。
 そして、そのビスクドールが13体揃ってしまうと世界が終わるとされている。
 現在の所、ビスクドールは2体出現してしまっている…。
 いずれのビスクドールもパンドラの呪いを成就させてしまって出来た悪意の結晶だった…。
 パンドラの呪いに対抗するにはパンドラの書に書かれている呪いを全て祓うかあるいは味方のパンドラを見つけるか…
 そのどちらかしかない。

39
 榮一郎達には味方パンドラを探すという大役がある。
 そのため、ここは多少、無理をしてでも、俊征達は一つ一つ、パンドラの呪いを潰していくしかないのだ。
 榮一郎達が呪いを気にせず、希望のパンドラを見つけるために…
 今は、ビスクドールを出さないために、パンドラのターゲットとなっている12人目と13人目を救い出すことが先決だった。

40
 12人目のターゲットは奥村 一馬(おくむら かずま)、13人目は七瀬 豊彦(ななせ とよひこ)、どちらも、都内の学校に通う学生だった。
 11人目の靖と同様に、通学中、気になるが名前の知らない女の子が気になっている奥手な少年達だった。

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「ちょっと…聞いているの?」
旧作パンドラ四章4 「………」
 黛 玲於奈(まゆずみ れおな)の話を一馬は無視した。
 玲於奈は俊征の彼女で、以前、パンドラの呪いに巻き込まれた事があった。
 玲於奈の親友、大森 香月(おおもり かづき)は豊彦についている。
 俊征、玲於奈、香月は協力して、パンドラの呪いの被害にあっていそうな少年を助けるために奔走していた。
 パンドラの呪いが許せないと思って集まった退魔師の仲間である。

42
 だが、一馬も豊彦も靖と同様、玲於奈や香月の言うことを聞きはしなかった。
 靖の時は、一人ずつ助けようと思って、三人で靖の乗る電車を探したりしたが、逆効果で、彼はますます、殻に閉じこもってしまった。
 そして、靖にかまっていたため、一馬と豊彦の呪いも進行してしまった。
 事態は悪い方にと進んでいた。

43
 三人だと、手が足りない…
 だけど、他の仲間は他のパンドラの呪いにかかりきりで、手は借りられない…。
 悔しいがパンドラの呪いの勢いは増すばかりだった。
 何とかしたいが、味方が足りない…。
 何とかしたいが、良い方法が思いつかない…。
 そんな焦燥感さえある…。

44
 俊征達が担当しているパンドラの呪いはその存在を知る第三者がいることで、呪いを予防することが出来る。
 そして、ある一定期間、名前を聞かなければ、呪いは自然に消滅する。
 そして、7人助ければ、この呪いは消えて無くなる…
 パンドラの呪いとしては弱い方の部類に入り、古くからある呪いでもあり、今までは他の担当者がいた。
 新米の退魔師が経験を積むために担当する部類の呪いだった。

45
 退魔師としては新米に当たる俊征達がそのため、この呪いを担当することになったのだ。
 だが、ビスクドールが2体、出現したという事もあり、少しずつ、呪いが強くなって来ていたのだ。
 今までは1人ずつだったターゲットが3人いっぺんになってしまったため、俊征達にとって手に余る呪いと化して来たのである。

46
 他の退魔師達の受け持つパンドラの呪いも同様で、次第に強くなってきていた。
 そのため、俊征達に手を貸したくても貸せない状況になっていた。
 これ以上ビスクドールを増やせば、呪いは更に強くなる…。
 それは、メンバーの誰にも想像がつくことだった。
 だから、みんな必死だった。

47
 だから、手は借りられない…。
 自分達でやるしかない…。
 俊征達で何とかするしか無かった。

48
 一馬はショートカットの女の子、豊彦はパーマをかけた女の子がパンドラだった。
 このパンドラはターゲットとなる少年の好みに合わせて姿形を変えられるらしい…。
 それに、分裂することも出来るらしい…。
 そして、ターゲットと微妙な距離を取り、視界に入るような位置を常に陣取る。
 それから、段々、ターゲットと一緒に居る時間が長くなり、少しずつ、少しずつ家の近くから出現する。
 そして、家の前まで来た時に名前を聞いていなければ自然に消える。
 だが、それまでに名前を聞いてしまうとあの世へと引きずりこまれてしまう…。
 そういう呪いだった。

49
 これまでに3人が助かっており、3人とも、その後、退魔師のメンバー入りをはたしていた。
 後、4人助ければ、この呪いは消える…。
 だが、次の犠牲者が出れば、呪いにリーチがかかってしまう…。
 だから、助けたかった…。
 でも、健闘虚しく、一馬はパンドラの餌食となった。
 玲於奈が一馬と打ち解けるより早く、彼は消えてしまった。

50
 一馬は思ったよりもずっと早く、名前を聞いたのだ。
 対策の取りようが無かった。
 早すぎたのだ。
 まだ、3分の1…家までの道のりは3分の2も残っていたのに…

51
 人は思った様には行動しない…。
 一馬はそのため予定より早く死期をむかえた。
 これは、パンドラの呪いではなく、一馬の行動によるものだった。
 だからと言って、一馬の行動が良くなかったと言えば、それは違う。
 一馬は勇気を出して話しかけたのだから…。
 たまたま、それは相手が悪かったというだけだった。
 一馬の行動は決して悪くはない…
 だからこそ、命を奪ったパンドラが許せなかった。

52
 だが、予定外の行動は悪いことばかりではない…。
 13人目のターゲット、豊彦は助かったのだ。
 男勝りな香月は業を煮やして、豊彦をひっぱたいたのだ。
「この、軟弱者がぁ!!」
 と。

53
 それは、豊彦の恋心を新たに火をつけた。
 豊彦は香月の事が好きになり、パンドラは名乗る前に悲鳴を上げて消え去った。
 誰かを好きになるという気持ちがパンドラの呪いに打ち勝ったのだ。
 人の想いは無力では無かった。

54
「お、お友達になって下さい!!」
「あー、わかった…わかったからつきまとわないでよ…」
「そんなぁ、つきまとっていたのは大森さんじゃないですか。僕はその気持ちに答えただけです」
「私は、あんたを助けただけよ。勘違いしないでったら…」
「どこまでもついて行きます。師匠!」
「誰が師匠よ?!」
「あなたです」
「止めてったら…」
 豊彦が、新たに、退魔師の仲間に加わった。

55
 退魔師はこうやって一人、また、一人とパンドラに対抗するための仲間を増やして行く。
 七瀬 豊彦を含めた四人で俊征達はパンドラの呪いに挑む事になる。
 13人目のターゲットの豊彦が助かったことで、このパンドラの呪いから助かったのは4人となった。
 が、この呪いはまだ、終わっていない…
 豊彦の代わりとなる新たなる13三人目のターゲットがどこかにいるのだ。

56
 四人はまた、ターゲット探しから始めることになった。
 探す基準は目の下に尋常じゃない隈をつくっていること…。
 どこか虚ろな表情。
 時折見せる引きつった笑い等だ。
 新たなる13人目のターゲットはそれから、まもなく見つかった。

57
 名前は服部 頼武(はっとり らいむ)。
 やっぱり、元々の豊彦や靖同様に大人しい少年だった。
 頼武は自宅から学校までの通学時間は約40分。
 電車だと、一回乗り換えするだけで、着いた。
 その途中にパンドラは乗り込んで来る…

58
「あ、あのさ…君、呪われてるよ…」
 豊彦は頼武に声をかける。
「バカ、少しは考えろ!ご、ごめんね、こいつが変な事言って…」
 香月がフォローする。
 豊彦はまだ、勝手がわからない…
 彼女がサポートする必要がある。
 それにまだ、高校生…。活動範囲に限りがある。

59
「さ、さよなら…」
 頼武は立ち去ろうとした。
 人付き合いは苦手で、話しかけられると何を話したら良いのかわからないのだ。
 俊征達新米退魔師も同じだ。
 どう行動したら、良い結果につながるかわからない。
 おっかなびっくり手探りで解決策を探していくしかない…。

60
 パンドラという呪いを消すまでは、少しずつ仲間を増やして、少しずつ、呪いを浄化していくしかない…。
 いつか、完全にパンドラという呪いを追い詰め、消し去るその日まで…。

61
(…おのれ人間めぇ…)

 今日もどこかで人を恨む邪な悪意が身を潜める…