第004話


第七章 延長最終戦




「ど、どういう事ですか?」
 花梨はレフェリーに詰め寄る。
 理由は花梨の試合がもう一戦行われる事が決まったからだ。
 辛い思いをして、やっと勝ち残ったと思ったら、この仕打ち。
 当然、納得出来る訳もない。

「で、ですから、最初にお伝えしておいたじゃないですか。もう一戦あるかも知れませんと」
 レフェリーが花梨を宥めようとする。
「そ、それは言われましたけど、なんで、もう一回戦う必要があるんですか?」
「大会の参加申し込みの際にもお伝えしておいたと思いますが?」
「どういうこと?私、聞いてない」
 当然だった。
 この大会への参加は覇仁が決めた事。
 参加申し込み時の事を彼女が知るわけもない。
「忘れておった。確かに、そんな事を言われたわい」
 覇仁が思い出したかの様に口を開く。
「どういう事よ、おじいちゃん?」
「うむ。実はのう――」
 覇仁が語り始めた。

 覇仁が参加を申し込んだ時、様々な理由で参加申し込みに間に合わない場合、敗者復活戦に参加出来るという説明を受けていた。
 敗者復活戦には自分の不得意競技などで負けた場合も考慮して、申し込みが間に合わなかった選手と合わせて、別大会を行い、それに勝ち上がった選手のみ、戦いの途中参加を認めるというものだった。
 復活出来る選手は、各予選大会に一名ずつ選ばれ、それぞれの予選大会のベスト4に選ばれた四名の選手の中から一名を選び、選ばれた選手との入れ替え戦を行えるというものだった。
 そして、この関東大会で敗者復活戦を勝ち上がって来た選手はベスト4が選ばれる四つの最終戦を見て、入れ替え戦の相手に花梨を指名したのだ。
 譲の前にも千佐子との入れ替え戦をやったのに、何でまた自分だけと思う花梨だった。

 ――が、ルールはルール。
 認めるしか無かった。

 花梨は渋々、延長最終戦を了承した。

 さて、延長最終戦の相手だが、向こうは、花梨の戦いを見てから戦いに参加する。
 それでは、向こうに有利で不公平だ。
 だから、花梨も相手選手の情報を得るために予選のVTRを見ることが許されている。
 ジャネットとの戦いが不完全燃焼だったというのもあったし、花梨はこの相手に勝ってすっきりした気持ちで全国大会に参加する事にした。
 幸い、延長最終戦は一週間後だ。
 その頃には、花梨のスキルアップは完了している。
 軽く修行する時間もあるくらいだ。
 実力がアップした花梨の力を試すには逆に良いかも知れない。

 花梨は別室で、覇仁と共にVTRを見た。

「えーと、何々……資料によるとティアマトって選手が勝ち上がった事になるのね?」
「うむ、種族は古代兵器か」
「メンテナンス不良で参加が遅れたらしいわね」
「めんてなんすとは整備不良のことか?難しい言葉を使うな」
「メンテナンスは難しい言葉じゃないと思うけど」
「お、始まるぞ、静かにせい」
 等と言ったりしていたが、VTRを見た花梨は絶句した。
 それは、関東大会など、オマケの様な激戦だったからだ。
 隠れた実力者が何十人も登場し、花梨と最終戦を戦っていてもおかしくない選手がゴロゴロいたからだ。
 組み合わせの妙や、種目の巡り合わせで不幸にも負けてしまった選手がこんなにいたかのかと思うと戦慄を覚えた。
 そして、その中でも圧倒的な力を示し、際だっていたのが、古代兵器ティアマトだった。

 花梨とジャネットの戦いを見て、何て温い戦いだと憤慨したと聞いていたが、このVTRを見れば、それは納得いった。
 この激戦に比べれば、花梨対ジャネットの戦いなど、茶番も良いところだろう。
 少なくともティアマトにはそう見えていてもおかしくない。

 実力から言えば、これまで戦って来た中で一番強い、譲ですら霞んでしまう程の力をこのティアマトは秘めていた。
 覇仁が心配したのも無理もない。
 譲戦の状態での花梨が戦えば、瞬殺されていただろう。

 花梨は気を引き締めた。

 花梨はその後、体力が戻り、スキルアップを果たしたが、その力に納得がいかず、延長最終戦が行われる一週間後まで修行をする事にした。

 ――負けたくない。
 ただ、それだけを思い必死で修行した。

 そして、時間はあっという間に過ぎていき、ティアマトとの延長最終戦の時がやってきた。

「ぎりぎりまで修行しておったが、大丈夫か?」
「うん……納得がいくまでやりたかったからね」
「そうか、ならば、~術、無の術、痛いの痛いの飛んでいけ〜」
「ありがとう。でもいつも思うけど、ふざけたネーミングよね、その技」
「何を言うか、罰当たりもんが。これは神聖なる回復術じゃぞ」
「そうなのは解るけど、ホント、恥ずかしい技よね、~術って」
「何を言う」
「だけど、その~術が、私をここまで勝ち上がらせてくれた。ありがとう。感謝してるよ、おじいちゃん」
「うむ。母の無念、お前が晴らすのじゃぞ」
「うん。そういう事にしておくね。本当は違うけど」
「風彦との結婚であろう」
「私にとっては佐和義くんだけどね」
「行ってこい。まずは、全国大会出場じゃ」
「行ってきます」
 覇仁からの激励を受け、花梨は延長最終戦に臨んだ。

「我はティアマト。弱者は去れ」
「おあいにく様。私は一週間前の私じゃありません」
「………」
「よろしくお願いします。強者さん」
「……別人になったのか?」
「なって来ました」
「ならば、相手にとって不足無し」
「こちらこそ」
 リングを挟んで見つめ合う花梨とティアマト。
 ジャネット戦の時の様な刺々しさはない。

 相手の実力を認めるからこそ、花梨は冷静でいられた。
 正々堂々と勝負して、全国大会へ進むんだという気持ちでいられる。

「それでは、関東大会、延長最終戦、神田 花梨選手対ティアマト選手の戦いを行います。両者リングへ」
 レフェリーがコールして、二人の強者はリングへと上がる。
 泣いても笑ってもこれが、予選の最終戦。
 後は全力を尽くすだけだった。

「ファイッ!」
 レフェリーが開始の合図をして、ゴングが鳴る。
 と、同時にお互い、距離を取り、間合いを計る。
 セコンドは、花梨には覇仁が、ティアマトには彼女を発掘してメンテナンスした科学者らしい男性がいる。

 まずは、お互いの力試し。
 それぞれヒットアンドアウェイでの攻防が続く。
 パワーは多少、ティアマトの方が上だ。
 だが、それでも十分、花梨は善戦している。
 パワーで劣る分、スピードと攪乱でカバーしていた。
 基礎的な戦闘能力ではほぼ互角といって良かった。
 後は特殊技能の勝負となる。

 古代兵器の能力と花梨の~術。
 この優劣がそのまま戦いの勝敗になって行く。

 再び距離を取るふたり。
 相手を見ながら息を整える。
 次のステージでの戦いに備えているのだ。

「~術、紅蓮撃」
 仕掛けたのは花梨だった。
 今までは相手の出方を見てから対処していたが、それでは、この相手には遅れを取ってしまう。
 だからこその先手必勝。
 先に【火】の属性の攻撃を放つ。

「ブラックボックス」
 ティアマトは炎の一撃を空間に突然出現した黒い歪みで吸収した。
 そして、次の瞬間、花梨の背後に黒い歪みが出現して紅蓮撃の炎が彼女を襲った。
 が、間一髪、交わした。
 【~術、虚影身】だ。
 存在を曖昧にして、炎を通り過ぎたのだ。

 お互い、一歩も引かなかった。
 攻撃はティアマトに移る。
「スケルトンボール」
 ティアマトが叫ぶと上空に無数の丸い物体が浮かんできた。
 それが、そのまま、花梨めがけて飛んでくる。

 リングにぶつかるとその丸い物体ははじけ飛び、中から酸が飛び散る。
 当たったら危ない攻撃だ。
「~術、風神舞」
 花梨はすかさず、風を起こし、酸をはじき飛ばす。

 そして、花梨は続けて――
「~術、雷神戟」
 雷属性の一撃を放つ。
 ――がティアマトは、
「シールドサークル」
 盾で防いだ。

 更に、ティアマトが
「スネークチェーン」
 蛇の様にウネウネと動く、鎖と呼び出し、花梨を絡め取ろうとする。

 花梨は――
「~術、邪腐」
 鎖を腐らせて交わす。

 その後も花梨が攻撃を繰り出せば、ティアマトが攻撃を交わし、続けざまにティアマトが攻撃を繰り出し、花梨が交わすという攻防が繰り返された。

 どちらも攻撃に決定打が欠ける状態だった。
 お互いが相手を警戒し、攻撃しているため、少し、腰が引けた状態での応酬のため、技が決定打として決まらないという状態だった。

 が、相手の攻撃を受ければ、大ダメージは避けられないとして、腰の入った一撃はお互いなかなか出せずにいた。

 このままでは決着がつかないと判断した二人は三十数回目の攻防の後、さらに距離を取った。
 体力を無駄に削るより、大技のコンボで何とか一撃を入れようという考えだった。

(つ、強い……)
 花梨は強敵と認めた。
 譲戦でも七、八回は決着がついたような戦いだ。

 それだけ、倒しにくかった。
 だが、それは相手も同じ。
 この状況を打開するべく思考をフル回転させて、戦術を組み立てていた。

 動きとしては何もない沈黙が続く。
 だが、イメージの中では熾烈な戦いがそれぞれの思考の中で行われていた。
 相手の先手を取ろうと心理戦が行われていた。

 ぶわっっと汗が噴き出る花梨。
 古代兵器であるティアマトには疲労の色はない。
 このままいけば、体力の尽きる花梨が負けてしまう。

 ――が、火事場のバカ力と言うべきか。
 体力が無くなる分、余計に思考をフル回転させて花梨は一手、二手、三手先の展開を読んでいく。

 そして、勝利への方程式が見えた瞬間――

 花梨が動く。
 それを見抜いていたかの様に、ティアマトが連撃を仕掛ける。
 花梨は避けていたが、あまりのラッシュに避けきれず、ついには攻撃を喰らってしまう。
 それでもなお、追撃が続く。
 手加減を知らないという訳ではない。

 ティアマトは勝利を確信出来ていないからだ。
 花梨の目は死んでいないのだ。
 何かを狙っている。
 そして、そのチャンスをひたすら待っている。
 そんな感じがしているのだ。
 だから、ティアマトは攻撃の手をゆるめない。

 攻撃を止めた瞬間に、何かが来る。
 ――それは、ティアマトに敗北をもたらせるかも知れない何かかも知れない。
 そんな不安が彼女のラッシュを止めさせなかった。

 レフェリーが試合を止めるかどうか迷いだした。
 このまま行けば、TKOでティアマトが勝てる。
 そう考えた時、一瞬の油断があった。

 そのチャンスを花梨は見逃さなかった。

「~術、プラマイゼロ」
 ~術、【無】の属性の秘奥義を繰り出した。
 覇仁がこの技を繰り出せば、名称は【~術、返礼掌】と叫ぶだろう。

「かはっ……」
 技をくらったティアマトの膝が折れる。
 そのまま、ダウンした。
 そして、動かない。
 何が起きたのか覇仁以外のギャラリーは解らなかった。

 返礼掌、プラマイゼロとはどのような技か?

 ――それは、受けた攻撃をそのまま相手に返すという技である。
 花梨はダメージを受けたふりをしながら、ティアマトの攻撃一つ一つを置換作業していた。
 置換作業――それは、ティアマトの攻撃をそのままティアマトに返すための変換作業の事だ。
 ティアマトの攻撃力が強ければ強い程、それはそのまま本人に返っていく。
 問題は、花梨が捌ききれない程の攻撃を受けてしまうことと、ティアマトに返す前にTKOになってしまうことだった。
 この技を放つには敵の油断が必要不可欠。
 それ無くしてこの技の成立はない。
 それどころか、ダメージがそのまま置換出来ずに花梨は取り返しのつかないダメージを受けてしまうかも知れなかったという正に背水の陣的な技であった。

 花梨は隙が出来る一瞬――それだけを信じて、攻撃を受け続けた。
 ただ、攻撃を受けるだけなら怪しまれるので、攻撃を避けきれなくなって、攻撃を受けたという演技までしたのだ。

 成功した、プラマイゼロによって、ティアマトは大ダメージを負った。
 それは、彼女が再び立ち上がるのを妨げる程、大きなものだった。

 意識を失ったティアマトを確認したレフェリーは花梨の腕を上げる。

「勝者、神田 花梨選手!」
 強敵だったが、何とか勝利し、全国大会出場権を得ることが出来た。
 安堵した花梨は腰が抜けてしまった。

 その戦いを見ていた覇仁は――
「うむ、あっぱれな戦いだった。じゃが、やはり、思うたより、選手のレベルは高そうじゃな。もう二、三歩は精進させねばなるまい」
 とつぶやいた。
 覇仁はこのままのレベルで、全国大会を勝ち抜けると思っていた。

 だが、選手のレベルは予想以上に高く、そのままのレベルだと近いうちに負ける可能性が考えられた。
 出し惜しみをしている場合ではなく、少しでも早く、完全な花梨にならねば、勝ち上がる事は不可能に近い事を悟った。

 花梨には全部で十の足枷をしている。
 今回はその内の一つを外して、更に修行をさせた。
 全部外せば、花梨の身体はついていけず、逆に身体を壊してしまう。

 だけど、全国大会までに、後、二つか三つ外しておいた方が良いと覇仁は思うのだった。
 出来れば、身体ができあがっていない若い花梨に身体の負担を強いる完全体にならせたくはなかったが、背に腹は替えられないという状況になってきたのだ。
 まだ見ぬ強豪が居るのは何となく推測がついた。
 全国大会までの一ヶ月の休息は丁度良い機会とも言えた。




第八章 佐和義




 花梨が壮絶な戦いを勝ち抜いている間、彼女の思い人、佐和義はどうしていたかというと――

 三人の兄弟とまだ、言い争っていた。
「僕には御祭 佐和義という名前があるっていってるだろ。風彦なんて名前じゃない」
 佐和義は他の三人に言い放つ。
 他の三人とは彼の異母兄弟、花太郎、鳥助、月見の三人のことだ。
「いい加減、諦めたらどうだい。ワタシ達三人は決めたんだよ」
 花太郎が佐和義をなだめる。
「何を言ってるんだ、鼻の下を伸ばしているだけじゃないか。見損なったよ、僕は。少なくとも同じ悩みを抱えていると思っていたんだけど、それは僕の勘違いだった」
「だってさぁ……」
 鳥助が鼻の下を伸ばしながらにんまりと笑い同意を求める。
「ねぇ……」
 月見が同意する。
 花太郎も同意見だ。
 反対しているのは風彦こと、佐和義だけだ。

 花太郎達三人が意見を変えて、大富豪家の後継者になる決意をしたのには理由があった。

 現在の家長、華真生が参加していた時の大会は実に九割以上がゴリラ、もしくはそれと似たような顔立ちの女性が参加した大会だった。
 勝ち上がってくるのは人間とは思えないような女性ばかり。
 それは華真生にとって恐怖以外の何者でもなかった。

 だが、今大会は違っていた。
 整形などが昔よりは抵抗なく、行われているというのもあるかも知れない。
 それをふまえても実に七割以上の参加者がいわゆる美人の分類に入る女性だった。
 さらに、各地の地方大会を勝ち上がって来た女性の九割近くが美人と聞いて、最初は反対していた、三人も意見をコロッと変えたのだ。
 全国大会を決める美人女性が勝ち上がる度に歓喜の声を上げて喜ぶようになった。

 大富豪家を継げるだけでなく、美人の嫁さんも娶れるのだから、文句を言う方、つまり、佐和義の反応の方がおかしいとも言える。

「僕は絶対、認めないからな、こんなふざけた大会」
 佐和義はかたくなに拒み続ける。
「そういうなよ、風彦、何で、地方大会から予選突破するのがベスト4、つまり4人か解るだろ?」
 鳥助が佐和義の肩を抱きながら囁く。
「知らないよ、そんなの」
 佐和義がそっぽを向く。
「なんだよ、気付いてないのか?各大会の4人の予選突破者から1人ずつ、俺達の嫁候補を選ぶんだよ。それで、優勝した女の子を選んだ奴が晴れて大富豪家の御当主様って訳だよ」
 花太郎が説明した。
「各地の予選大会は同時進行で行われてたからね。ボク達も全部の試合を把握できる訳じゃない。でも各大会につき、一人ずつ、許嫁を決めないといけない。誰を選ぶかでボク達も当主になれるか、家からほっぽり出されるかが決まるんだよ。運命がそれで決まると言っても良いね」
 月見が補足説明をする。
「ここだけの話なんだが、ここで選んだ女の子は優勝しなくても、他に選んだ誰かが優勝すれば、妾として子作りする事は出来る。親父もそうやって俺達を作ったんだよ。なぁ、良いだろ」
 鳥助がニヤニヤして言う。
「……下種の極みだな」
 佐和義は軽蔑して三人を見る。
「とにかく、風彦も参加してもらわないと勝負が成立しないんだよ」
 花太郎が無理にでも納得しろというような表情で言う。

「僕はこの娘と添い遂げたいんだ。他の子は関係ない」
 佐和義は勝ち上がって来た一人の選手の写真を指し示す。
 言わずと知れた花梨の事だ。

「解った、解った。関東大会の選手ではお前はそれを選べばいいよ」
 鳥助が言う。
「【それ】とか言うな、彼女は物じゃない」
 佐和義が怒鳴る。
「じゃあさ、風彦兄さんは他の大会は余った女の子を選択するって事で良いよね?」
 月見が言う。
 勝ち上がって来た残り一割の不美人を押しつける考えだ。
 最も実力がある選手が例え、不美人でもその選手一人さえ選んでしまえば、残りは美人の選手を囲う事も出来るという浅ましい考えだ。
 美人だけのハーレムを築こうと思っているようだ。
「とにかく、時間がねえんだ、全国大会の出場者だけでも一ヶ月以内に誰の許嫁か確定させておかねえとならねぇ」
 鳥助がワクワクしながら言った。
 全国大会の後には世界大会がある。
 大富豪家の嫁はその世界大会で優勝した選手が選ばれるのだ。
「じゃあ、風彦は余り物って事でワタシ達3人で決めるんで、君は休んでいて良いよ。後で、君の担当の子を教えるから」
 花太郎がシッシと追い払う様に佐和義に告げた。
「勝手にしろ」
 バアンとドアを叩いて、佐和義は部屋を出て行った。

「さて、邪魔物は消えたし、ボク達はお嫁さん選びとしゃれこみましょうかね」
 月見がにやつく。
「そうだな。――ったくよぉ、この状況を楽しまねえなんて、どっかおかしいんじゃねえの?」
 鳥助もにやつく。
「いない奴のことは良いよ。ここからが本番だ。どの大会から選ぶ?」
 花太郎もにやつく。

 色欲に負けてしまった3人が夜通し許嫁選びを楽しんだ。

 出て行った、佐和義は――

「花梨ちゃん……僕はどうしたら良いんだ?……」
 一人、落ち込んでいたが、同時に、花梨が勝ち残っていた事に安堵を覚えるのだった。




第九章 ライバル達




 激戦を乗り切った花梨だったが、それから一ヶ月、足枷を一気に二つ外し、修行で身体をいじめ抜いていた。
 理由はティアマトとの最後の戦いでのレベル以上の戦いが全国大会、その後の世界大会で繰り広げられる事が容易に想像がついたからだ。

 実は、花梨はエキシビジョンマッチ、無効試合で一敗していた。
 負けた相手はアメリカの一部、地区大会の予選トーナメント敗退者にだ。
 そう、予選通過者ではなく、予選敗退者に負けたのだ。
 そこで、花梨は世界のレベルの高さを思い知らされる事になったのだ。

 花梨を負かした女性の名前はサンディー・マーカー。
 カルフォルニア州の予選で日系人の選手に負けた選手だった。
 その日系人もその後の戦いで敗退している。
 だが、その日系人、トシコ・ホンダと仲良くなったサンディーは彼女がよく日本に行ってみたいと言っていた。
 その後、ちょうど、日本に行く機会が出来たので、関東大会を見学しに来日していたのだ。

 そこで、ティアマト同様にジャネット戦でのレベルの低さにがっかりしたのだ。

 その後、花梨はティアマトを下しているが、サンディーはそれでも納得せず、花梨に勝負を挑んできたのだ。
 結果は、ティアマト戦での疲労が残っていたとは言え、花梨の惨敗。
 サンディーは実力の半分も出さずに圧勝したのだ。
 彼女は去り際に――
「ジャパニーズ、てんで大したことないね。世界のレベルを舐めるな」
 と言い残し、去っていった。

 これは大和撫子としては、そのままにしておけない。
 駆けつけたDブロック代表のリーファがサンディーを止めてくれた。
 が、彼女は日本の大会に参加してはいるが、そもそも日本人ではない。
 世界各地の予選大会では何処でエントリーしても良いことになっている。
 つまり、例えば、日本人がアメリカでエントリーしても、アメリカ人が日本でエントリーしても良いのだ。
 サンディーは日本大会のレベルが低いとバカにしたのであって、日本人そのものをバカにしたつもりはなかった。
 が、【ジャパニーズ】という言葉を使った時点で、花梨は日本人がバカにされたととらえた。
 九州大会に出ている結愛や関西大会に出ている綾里が勝っていたら話は別だが、例え、リーファがサンディーを倒したとしても、それは、日本人が名誉を守った事にはならないだろう。
 日本人がバカにされたのなら日本人が勝たなくてはならない。
 が、その時の花梨にはその汚名を返上する力が無かった。

 悔しくて涙が出た。
 雪辱を晴らしたくてもサンディーは予選敗退者。
 世界大会に出る事はないのだ。
 悔しくても、どうしようもない事がある。

 だが、花梨はサンディー達を負かして出場を決めるアメリカ代表に勝つことで気持ちを晴らす事にした。
 それにより、目標は全国大会優勝から世界大会優勝へとシフトチェンジした。
 全国大会も通過点に過ぎない。
 日本人の誇りを取り戻す。
 大和撫子を舐めるな。
 その強い思いを秘めて、花梨は日々、精進していく事にしたのだ。

 イヤイヤ参加していた時と違い、やる気を出した花梨はメキメキと実力を上げていったのだった。
 もはや、同一人物が戦えるとして仮定して、ティアマトと戦って勝った時点の花梨に対して指一本で勝てるレベルにまで、極端にレベルアップしていた。
 本気を出した女の子はそこまで強くなれるのかと思うくらいに。

 アメリカ代表にかかわらず、世界大会に出場する選手はこれまでのレベルからは想像もつかないくらいにレベルが高い。
 そして、その前に、全国大会もあり、それも関東予選とは格段にレベル違いの相手が出揃う事になる。
 みんな予選を勝ち抜いた猛者ばかりだからだ。
 その猛者達の中で頂点に立った一名のみがアメリカ代表のいる世界大会にまで歩を進める事が出来る。

 道のりは険しく、そして、ひたすら長い――

 だけど、必ず勝ってやる。
 勝って、盛大に、佐和義との結婚式を開いてやる。
 花梨はそう思っていた。

 少し前までの恋に臆病な少女は何処にも居ない。

 彼は私のものだ。
 そう強く思って、どん欲に好きな男と勝ちにこだわる勝負の鬼がここにいた。
 結愛と綾里も力をつけ、それぞれの地方大会でベスト4に残ったという知らせを受けていた。
 リーファ、結愛、綾里……全国大会にも想像を超える力を持った戦士達がひしめいている。
 その強豪達との勝負を勝ち抜いて、トップを取らなくては日本代表にはなれない。

「佐和義君は私のもの。誰にも渡さない」
 花梨は遠吠えした。
「花梨よ、ご近所に迷惑じゃ。少し、声のとーんを落とせ」
「そうね。でも、おじいちゃん、私、やるわ」
「おお、そうか、そうか。ようやくやる気になったか。やる気なしには勝ち抜けんからのう。良い傾向じゃ」
「おじいちゃん、足りないから練習のメニュー追加して」
 花梨は闘志は燃えまくる。

「うるさい、静かにしろ」
 と近所の人が苦情に来るくらいに。
 今までは覇仁がそういうトラブルを運んできた。
 が、花梨も覇仁の孫娘。
 そういう血が流れているのだろう。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
 花梨は修行を続けるのだった。
 しばらくして、花梨達は住んでいたマンションのオーナーからうるさいと苦情が来たのだった。




第十章 いざ、全国大会へ




 ――拝啓、佐和義君。お元気ですか?

 私は元気でやっています。
 元気すぎて、マンションのオーナーさんから今度、暴れたら出て行ってもらいますと最後通告をもらったくらいです。

 佐和義君はどうされていますか?

 私は自身のレベルの低さを払拭するため、特訓に次ぐ特訓を続けています。
 あ、でも心配しないで下さい。
 無理はしてますが、身体は最低限、痛めないように気をつけています。
 特訓のしすぎで、身体を壊して、全国大会で負けたら意味がありませんからね。

 関東大会の予選では、良きライバルとの戦いがいくつかありました。
 みんなそれぞれ、一生懸命で、強い心を持った人達だと思います。

 ですが、先日、そんな私達の戦いをバカにされました。
 レベルが低いと言われました。

 とても悔しかったです。

 私を負かしたのは海外の予選大会で負けた選手だというのも悔しさに拍車をかけました。
 それに、これが、もし公式の戦いだったら、私はそこで敗退が決まっていたかと思うと、今でもぞっとします。
 おじいちゃんは負けて良かったと言います。
 このまま、勝ち続けていたら、私は増長し、大事な戦いで敗北していたからだと言ってくれました。
 負ける事で学ぶ事も多くあると言ってくれましたが、それでもやっぱり悔しいものは悔しいです。

 やられたら、やり返す。
 私は、その負けた相手に勝って世界大会に出場する代表者に勝つつもりでいます。
 どこまでも私は上を――頂点を目指します。
 優勝しなくちゃ、佐和義君とのお付き合いを認めてくれないのなら、優勝する――それだけです。
 認めないというのなら認めさせてやります。

 最初は、この大会に参加するのは嫌で嫌で仕方がありませんでした。
 佐和義君との仲をこんな大会に邪魔されたくなかったからです。
 でも、戦いを続けて行く内に、やっぱり、勝って、佐和義君と付き合いたい。
 そして、いつかは……
 と思う様になりました。

 これまでの私は臆病でした。
 でも、これからは貪欲に勝ちに行きます。
 勝って佐和義君を奪いに行きます。

 好きです、佐和義君。
 これから、貴方をもらうために、私は鬼になります。

 鬼になっても本心は貴方の事が大好きな女の子です。
 どうか、嫌いにならないで下さい。

 あなたの事が大好きな花梨より
 大好きな佐和義君へ

 かしこ――

 花梨は佐和義宛に手紙をしたためた。
 出しても彼には届かない手紙をだ。
 出しても途中で、誰かに阻まれるだろうから。

 大会出場者が、佐和義達、大富豪家の後継者達へのアプローチは禁止されている。
 それは、不正にもつながるからと運営委員で管理されているのだ。

 だから、手紙は出さない。
 ただ、自分の気持ちを確かめるために書いたのだ。

 出さない手紙だからこそ、本当の気持ちが書けた。
 本気を確かめる事が出来た。

 手紙を書くのは苦手で、普段、手紙を書けば、何度も何度も書き直すのだが、今回は一発――直し無しで、手紙を書き終えた。

 それだけ気持ちが整理されていたのだ。
 一点の曇りも無く、手紙を書き終えた。

 もう、迷いはない――
 優勝するために、戦い抜いて、勝ち上がっていくだけだ。

 パアン!
「よし、気合いが入った。行こうおじいちゃん」
 花梨は両頬を平手で叩き、気合いを入れ直して、全国大会に出場する為に出かけた。

 全国大会は日本一を決めるためにふさわしい舞台、富士山山頂で開会式が行われる。
 花梨と覇仁は新幹線に乗った。
「幕の内弁当は旨いのう。あ、焼き肉弁当、おかわり」
 覇仁は相変わらずだった。
「もう、おじいちゃんったら……」
 花梨は怒らない。
 ここまでこれたのは覇仁のお陰でもあるからだ。
 覇仁の助け無くして全国大会出場は無かった。
「焼き肉弁当と、鶏そぼろ弁当と、シュウマイ弁当とさんどいっち、それと、味噌カツ弁当と……」
 無かったのだが――
「おじいちゃん、いい加減にして!」
 限度を知らぬ祖父の食い意地に花梨がキレた。
「おぉ、いつもの花梨じゃのぅ。調子悪いのかと心配したぞ」
「もう……」
 これは覇仁なりに気を遣った事だった。
 お陰で気がいくらかまぎれた。
 こそっと祖父に感謝するのだった。


 ――全国大会――


 北海道大会四名
 東北大会四名
 関東大会四名
 中部大会四名
 関西大会四名
 中国大会四名
 四国大会四名
 九州・沖縄大会四名

 この合計、三十二名で戦いが行われる。

 その中に、花梨もリーファも結愛も綾里も混じっている。
 花梨はその中の頂点を目指すべくまた、新たな戦いに進むのだった。

「お姉さん、鰻重おかわり」
「おじいちゃんは黙ってて」

完。


登場キャラクター紹介

001 神田 花梨(かんだ かりん)

神田花梨 この物語の主人公。
 ~術というペテン技を極めた女の子。
 佐和義との恋愛を成就させるために玉の輿バトルに参加することになる。
















002 神田 覇仁(かんだ はに)

神田覇仁 食い意地のはった花梨の祖父。
 ~術で美味しいものにありつこうと孫娘をたきつける。
 ~術を極めている。
















003 御祭 佐和義(おまつり さわよし)/大富豪 風彦(だいふごう かぜひこ)

御祭佐和義 大富豪風彦 花梨と恋愛関係になりつつある男子。
 突然、父親から大財閥、大富豪(だいふごう)家の三男風彦であると告げられ無理矢理跡継ぎを決める玉の輿バトルに関わる事になる。
















004 大富豪 花太郎(だいふごう はなたろう)

大富豪花太郎 大富豪(だいふごう)家の長男。



















005 大富豪 鳥助(だいふごう ちょうすけ)

大富豪鳥助 大富豪(だいふごう)家の次男。



















006 大富豪 月見(だいふごう つきみ)

大富豪月見 大富豪(だいふごう)家の三男。



















007 大富豪 華真生(だいふごう けまお)

大富豪華真生 大富豪(だいふごう)家現当主。
 息子達を無理矢理結婚させようとしている。



















008 フランソワ

フランソワ 2メートルの大女。
 花梨の最初の対戦相手。
 巨体の割には弱い。

















009 天神 結愛(てんじん ゆあ)

天神結愛 スーパー優等生。
 花梨と同じ学校に通う女生徒。
 佐和義と結婚を決意する。
 九州予選に参加する。

















010 祇園 綾里(ぎおん りょうり)

祇園綾里  大財閥の令嬢。
 花梨と同じ学校に通う女生徒。
 佐和義と結婚を決意する。
 関西予選に参加する。

















011 クリスチーヌ

クリスチーヌ  フランソワの友人。
 2メートル10センチの大女。
 見かけ倒し。

















012 リーファ

リーファ  元ダッチワイフの人造人間。
 ショートカットの女の子。
 高い身体能力を持っている。

















013 竜龍

竜龍  主の居なくなった元式神。
 その名の示すように龍の要素を色濃く持つ。

















014 ナオミ

ナオミ  ゴースト。
 成仏出来ずに玉の輿バトルに参加する。

















015 千佐子

千佐子  ゾンビ人間。
 花梨のトーナメント出場に異議を申し立てる。

















016 北方 譲(きたかた ゆずる)

北方譲  殺人鬼。
 異次元スカートを駆使して戦う。

















017 魔女ジャネット

魔女ジャネット  卑怯な手を使う魔女。
 実力的には分不相応な勝利を続けていた。

















018 ティアマト

ティアマト  古代兵器。
 敗者復活戦を勝ち上がって来た。

















019 サンディー・マーカー

サンディー・マーカー  アメリカ大会予選敗退者。
 日系人の友達に日本予選の事を聞いていた。