第001話


序章 彼氏彼女の事情




「よく来てくれました、あなた達」
 大富豪家(だいふごうけ) 家長、華真生(けまお)に呼び出されて、四人の息子が顔を揃えた。
 長男 花太郎(はなたろう)。
 次男 鳥助(ちょうすけ)。
 四男 月見(つきみ)。
 そして、三男 風彦(かぜひこ)として招集された御祭 佐和義(おまつり さわよし)の四人だった。
 佐和義は今まで、母方の姓を名乗っていたが、突然、大富豪家の跡継ぎの一人だと言われ、それまでの人生を否定されて半ば拉致同然に連れて来られたのだ。
 他の三人の兄弟も同じだった。
 全員、正妻の子供ではなく、内縁の妻の子供だ。
 母方の姓を名乗って生活していたら、突然、大富豪家の御曹司だと言われ、連れて来られたのだ。
 華真生はしばらくの沈黙の末、思い口を開いた。
「実は、君達には許嫁がいる」
 四人は目をぱちくりした。
 いきなり、父と名乗った男が自分達に許嫁がいると言ってきたのだ。
「え?それはどういう……」
 花太郎が父に尋ねる。
「だから、君達には許嫁がいると言ったんだ。世界中に二百万人ほど」
「は?」
 父の言葉に疑問の言葉を放つ鳥助だった。
 他の三人も同じ気持ちだ。
 皇帝も真っ青な程の許嫁の数に二の句がつけない。
 仮に、全員と結婚しても、とてもじゃないが、全員と子作りなんか出来ない。
 それに日本じゃ重婚罪にとわれる。
 とても正気の沙汰とは思えない。
「むろん、全員と結婚する事は出来ない。大富豪家の家訓では世界一強い嫁を娶った者が大富豪家の跡取りとなる。私もそうして大富豪家を継いだ」
「すみません、僕には好きな人が」
 父の言葉に佐和義が反論する。
 風彦ではなく、佐和義として生きて来た時に出来た思いを寄せる女性がいるのだ。
「それは認められません。大富豪家の男児として生まれたからには一番強い女性と結婚するのが宿命」
「宿命って、そんな、人権無視して……」
 月見も不満だ。
 そりゃそうだ。
 何処の誰とも解らない、強そうな女の子と強制結婚させられると聞いて、納得しろという方が無理がある。
「――私だって嫌だったんだ。――でもそうした。逆らえなかったからだ。だから、お前達もそうしろー」
「そんな……」×4
 無茶苦茶な事を言う父。
 と、同時に奥の部屋から、ゴリラが服を着たような女性が顔を出した。
「うっほ」
「……妻だ」
「えぇ〜!」×4
 ゴリラとは言い過ぎかも知れないが、どう見ても類人猿にしか見えない奥さん。
 四人の息子はどよめいた。
「一番強かったら、例え、ゴリラだろうが、エイリアンだろうが、ロボットだろうが、恐竜だろうが、おかまちゃんだろうが、ミジンコだろうが、結婚しなくてはならない。それが大富豪家の掟だ」
「そんな、無茶苦茶なぁ〜」×4
 息だけはぴったりな息子達だった。
「お前達は二百万の嫁の中から好きな女性を選べ。何人でもかまわん。選んだ女性の中の誰かが一番強かったら、その女性を相手に選んでいた者が大富豪家の家長となる。良いな?」
「嫌です」×4
「黙れ。これは決まった事だ。はい、解散、各自、自分の許嫁を確保しておくように」
「俺は嫌だ」
 長助が叫ぶ。
「ワタシだっていやだ、君らで選べ」
 花太郎が叫ぶ。
「ボクだって嫌だ、誰かやってよ」
 月見が叫ぶ。
 続けて風彦も叫ぶ。
「僕には花梨(かりん)ちゃんていう好きな子がいるんだ」
「誰だよそれ?俺にだって好きな子くらい、いるぞ」
「ボクだってそうだ」
「ワタシもだ」
「僕は跡継ぎなんて興味ない。やるなら君達でやってくれよ」
「ふざけるな、俺だって嫌だ」
「自分だけ抜けるつもりか。ボクだって嫌だ」
「ワタシには持病が」
 四兄弟の醜い争いが続く。
 が、強面のお兄さん達が取り囲み、強制参加を余儀なくされる状況になっていた。


 ◆◇◆◇◆


「ならぬぞ、花梨。そのような優男との交際など――お前には許嫁がおる」
「何でよ、おじいちゃん。私、聞いてない」
 佐和義の思い人、神田 花梨(かんだ かりん)も問題を抱えていた。
「お前は、~者(しんじゃ)として、~術(しんじゅつ)使いとして、大富豪家の嫁になる義務がある。その男の事は忘れよ」
「忘れられる訳ないよ。せっかく両思いなのに。やっとそれが、わかったのに。なんで、私達の恋の邪魔をするの?おじいちゃんなんか馬に蹴られちゃえ」
「ならぬといったらならぬ。お前の母は、前大会の折、ゴリラに負けた。その雪辱を晴らすのじゃ」
「知らないよ。そんなの。ただ、良い暮らしがしたいだけじゃないの、おじいちゃんは?」

 ギクッ
 祖父は狼狽えた。
「な、何を言うか。ワシはすてえきを喰いたいとか、ほあぐらをほおばりたいとか、きゃびあをすすりたいとか、全く思うてはおらんぞ」
「思っているじゃない。なによそれ、食べ物ばっかりじゃない。絶対、おじいちゃんには合わないよ、それ。雑草でも食べてる方がお似合いだよ」
「祖父に向かって何という事を言うんじゃ。お前はワシがひもじい思いをしても良いというのか?」
「自分の事ばっかりじゃないの。おじいちゃんは孫娘がそんな不幸な結婚しても可哀相だとか思わないの?」
「玉の輿に乗れて羨ましいのぉ〜らっきぃじゃのぅと思うがの?」
「私は玉の輿になんて興味ないよ」
「人生、お金があると気持ち良いぞ」
「お金なんて無くても愛があれば良いモン」
「愛だけでは生きてはいけんぞ。やはり、先立つものがなくてはのう」
「なによ、それ?お金ならそんな所にたよらなくても稼げばいいじゃない」
「玉の輿に勝さる儲け話はない」
「話にならない」
「待つがよい」
「何よ?」
「嫌だったら別れれば良かろう。慰謝料をたっぷりふんだくって」
「孫の人生をなんだと思ってるのよ。嫌いよ、おじいちゃんなんて」
「待ってくれ、ワシはただ、でらっくすちょこれえとぱふぇを腹いっぱい喰いたいだけなんじゃ」
「お腹壊して死んじゃえ」
「酷い……ワシはこんなにも孫娘を思っているのに」
「嘘ばっかり」
 延々と繰り返される祖父と孫娘の喧嘩を聞いていても埒があかないので解説すると、

 簡単に言えば祖父、神田 覇仁(かんだ はに)は孫娘である花梨を大富豪家の花嫁決定戦に出場させようとしていた。
 最強の女となるべく、花梨は幼い頃から~術という技を学んでいた。

 ~術とは――
 その昔、火を起こした事から人々に神と崇められた者を先祖に持つ神田家が代々受け継いで来た一子相伝の技である。
 地・水・火・風・金・木・雷・聖・邪・無・虚の十一の基本の型があるとされているが、覇仁の先祖らしく、どこかから聞いてきたものの良いとこ取りして出来た、てきとーな技である。
 元々、神様として崇められたいという邪な気持ちのあった詐欺のようなふざけた技だったが、先祖の一人に超天才の血が混ざり、それを最強レベルにまで昇華させたのが現在の技となっている。

 普通の恋愛を望む、佐和義(風彦)と花梨――

 だが、周りの状況はそれを許してはくれなかったのだった。




第一章 いざ戦いの舞台へ




「か、花梨ちゃん……実は話が」
「佐和義君……実は私も」
 学校で再会した花梨と風彦はお互いの身に起きた事を話そうと思って放課後、花壇の所で待ち合わせした。
 いつもなら花壇にいるはずの園芸部の友達には席を外してもらっている。

「じ、実はぁ……」
「あ、あの……」
 先日両思いだとわかり、どちらかの告白まで秒読み段階にまで入っていた二人にとって、それぞれが話そうとしている内容は、どちらも現実味のない全く嘘くさい与太話でしかなかった。
 せっかく上手くいきかけているのに、その話をしたら全部ぶち壊しになってしまうような気がして話せなかった。
 実際には、二人とも大富豪家の花嫁選びの話なので、同じ事を思っているのだが、お互いがお互いを失うのが怖くて言い出せなかった。
 外野――野次馬達はいよいよ告白かと思って、それを隠れて見守っている。
「男ならいけ、佐和義」
「ファイト、花梨ちゃん」
 級友達にとっては二人の両思いという事については暗黙の了解で、後は順調に交際がスタートするのを温かく見守っている状態だった。
 二人が両思いだという事は衆知の事実。
 その事を知らないのは当の本人達だけだった。
 しばしの沈黙があった。
 嫌な汗がでる二人。

 ――こんなこと言えるかぁ――

 それが二人の本心だった。
 本人達が言わないので話が先に進まない――
 ――事は無かった。

 二人の気持ちは置いてきぼりに、事態が物語りの進行を先に進めるのだった。

「お前かぁ、俺様の相手ってのはぁ〜?」
 たっぱは二メートル以上あると思われる大柄の女がドカドカと花壇に踏み寄ってきた。
「ちょちょちょ、ちょっとあなた、花壇を踏み荒らさないで」
「てめぇか、花梨ってのは?俺様はお前の対戦相手のフランソワってもんだ」
「ふ、フランソワっていうより、どこかのアマゾネスさんって感じがするんだけど……」
「俺様の猛獣拳でお前を八つ裂きにしてやるぜ。それが嫌なら負けを認めろ」
「な、何を言っているの?私はあれには出ないと」
 挑戦者フランソワに対して、戦闘を拒否する花梨。
 だが、それを聞いていた佐和義は……
「ま、まさか、花梨ちゃん、あのアホな大会に……」
 とつぶやいた。
「アホな大会って、まさか、佐和義君、その事を?」
「僕の話もそのアホな大会で無理矢理嫁を取らされる事になったって言おうと」
「え?私はその大会に無理矢理参加させられるって話を」
「え?じ、じゃあ……」
「まさか……そうなの?」
「僕の本名は佐和義じゃなくて、風彦っていうらしい」
「えー!」
「こっちもえーだよ、どういう事?」
 フランソワの登場で二人はお互いがあり得ない話に関わっていたことを知る。
「俺様を無視するなぁ〜俺様はお前を倒してそこのもやしを婿に取って、世界の支配者様になってやるのよ。そんでもって、男をはべらせて逆ハーレム状態よ。ブ男は死刑。ぶわはははは」
「と、とにかく、この危ない人を何とかしないといけないわね。解りました。戦いましょう。貴女のような危険思想の人物に大富豪家の財力を渡す訳にはいかなさそうだし」
 花梨は成り行き上、フランソワと戦う事になった。

「花梨よ、ワシは信じておるぞ。必ずや、ワシにふかひれすぅぷをプレゼントしてくれると……」
 いつの間にか覇仁が出てきて、花梨を応援する。
「おじいちゃん、何処から湧いたの?どういう事、これ?」
「どういうことも何も、参加者二百万人を百万人にするためじゃ。まずはてきとうな相手を見つけてそいつを倒せば初戦突破じゃ。黙ってたら、お前は逃げ回るだろうから、相手はワシが見繕っておいた。感謝せぇ」
「何が感謝よ、勝手な事して、もう!」
「そいつは見かけ倒しじゃ。お前なら楽勝じゃ」
「何だと、ジジイ。この女を締め上げたら、次はお前をボロ雑巾にしてやる」
「おお、怖い、怖い。花梨よ。この老い先短いワシを救っておくれ」
「相手を怒らせてどうするのよ」
「いくぞ、獣王拳」
「猛獣拳とか言ってなかったっけ?」
「だまれ、喰らえ」
 突進してくるフランソワ。
 それをひらりと交わす花梨。

 ――弱い……この人……

 そう感じた。
 突進の仕方を見ても猪突猛進というか、止まれない。
 がたいのでかさに物を言わせて、突っ込んでいるだけだ。
 ~術を使えば余裕で勝てる。
 そう思ったのだが、出来れば、佐和義の前ではか弱い女の子でいたい乙女の気持ちもあった。
 だけど、少なくともこのフランソワには勝たなくてはならない。
 万が一、この人に権力と財力を与えたら、大変な事になる。
 ならば、どうやって勝つか。
 出来るだけ優雅に見える方が良い。
 それなら水だ。
 頭の中で整理がついて、彼女は~術を披露する。
「捕縛、水龍陣」
 彼女のかけ声に反応して、水の鎖がフランソワを絡め取る。
「う、ぐぐ、動けん」
「おぉ、あれは、その昔、ご先祖様が聖者と崇められるようになった水の力。水を自在に使い、干ばつ地帯でその力を発揮した」
「おじいちゃん、解説はいいから。それは置いておいて、フランソワさん、負けを認めなさい」
「誰が認めるか、俺様を放せ、ちんくしゃ」
「誰がちんくしゃよ。言うこと聞かない人にはこうよ」
 水龍陣の鎖を絞めた。
「きゅうぅ……」
 意外に可愛らしい声を上げて、フランソワは気絶した。
「勝者、神田 花梨」
 いつの間にか燕尾服を着た見るからに場違いな人が彼女の勝利を告げた。
 彼らはジャッジマンと呼ばれていた。
 それに呼応するかのように二つの声があがった。
「勝者、天神 結愛(てんじん ゆあ)」
「勝者、祇園 綾里(ぎおん りょうり)」
 と。
「え?」
 花梨は驚いた。
 自分達以外でも戦いが行われていたことに驚いたのだ。
「神田 花梨様、天神 結愛様、祇園 綾里様、以上がこの地区での初戦を制した方になります」
 ジャッジマンが宣言する。
 天神 結愛、祇園 綾里――
 どちらも聞いたことある名前だ。
 スーパー優等生と財閥の令嬢としてこの学校の生徒で知らない者はいない。
 その二人もこの馬鹿馬鹿しい玉の輿射止め大会に参加するというのだろうか?
 二人の実力は花梨も知っている。
 手加減して勝てる相手ではない。
 自分より強いかも知れない二人を挙げるとこの二人の名前が出るくらいだ。
「花梨、悪いけど、アタシも出るよ」
 天神 結愛が花梨に告げる。
「花梨様、ワタクシも出場いたしますので宜しくお願いいたします」
 祇園 綾里も宣言する。
「二人とも、何で?」
「事情が出来たとだけ言っておく」
「お察し下さいませ」
 ライバル三人は見つめ合う。
「お互いを切磋琢磨してっぺんを目指すが良い、花梨よ。……あ、極上鰻丼でもかまわんぞ」
「おじいちゃんは黙ってて」
「皆まで言うな、解っておる、松茸とアワビもセットでな」
「脱線するから黙っててってば」
「連れないのう」
「相変わらず愉快な爺さんだな、花梨、だが負けないぜ」
「おじいちゃんは関係ないよ結愛ちゃん。なんでなの?綾里ちゃんも」
「そいつはな……やい、御祭 佐和義、いや、大富豪風彦、アタシが優勝したら、アタシと結婚しやがれ」
「ふうえぇ、な、なんで?」
 傍観者のつもりで話を横で聞いていた佐和義に結愛の突然の告白。
 続けて――
「まぁ、先を越されましたわ。風彦様、ワタクシが優勝した暁には夫婦になっていただけますね?」
 綾里も告白する。
「あわわあわ……」
 佐和義はあまりに突然過ぎる展開になんと答えたらいいのか解らない。
「面白そう」
「女のバトルだ」
「てめぇ、佐和義、この裏切り者がぁ」
「なんで、あいつがもてるんだ?」
「ヤレヤレぇ」
 一人の男を巡って争う美少女三人に周りは騒ぎ出した。
 男子は佐和義に嫉妬の炎を燃やし、ヤジを入れ、
 女子は玉の輿を狙った女のバトルに盛り上がる。
「ここでは落ち着いて話しも出来ません。お車を用意しています。お三方、どうぞ、予選会場へ」
 ジャッジマンが車に案内した。
 車は金持ちしか乗らないような胴の長いリムジンだ。
 予選参加者全員の迎えが全てそうだとするととんでもなく金がかかっている。
「あ、こら、ワシを置いて行くな。ワシは花梨のせこんどじゃ」
「解りました。ではあなたもお乗り下さい」
「あ、ワシ、らんちは北京ダックでかまわんぞ」
「かしこまりました」
「おじーちゃん」
 予選に参加する三人とオマケの覇仁が車に乗る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、僕の話を聞いて――」
「ささ、風彦様はこちらへ」
「いや、待って、話を聞いて」
「申し訳ございません。華真生様より、有無を言わせるなとのご命令なので」
「いやだぁ〜放してくれぇ〜」
「申し訳ございません」
「うっ……」
 クロロホルムを嗅がされ眠らされる佐和義。
 もはや拉致と言ってよかった。
 佐和義は大富豪家のお屋敷の一つに軟禁され、花梨達三人は予選会場に向かった。
 もはや、佐和義や、花梨の意思など全く無視されていた。

 花梨達三人に限らず、世界中の許嫁達は予選会場を目指して、高級車やヘリコプター、ジェット機等で向かっていた。
 花梨達は車中では終始無言で過ごし、国立競技場に着いたと思ったら、くじを引かされ、それから三人別々の場所に向かった。
 おそらく、予選会場が別々なのだろう。
 花梨は二人から何故、この大会に参加したかの理由も聞けずに別れる事になってしまった。
 何だか気まずくって話せなかったが、こんな事なら車での移動中に聞いておくんだったと後悔する花梨だった。
 花梨は関東地区予選、結愛は九州地区予選、綾里は関西地区予選に向かった。
「花梨よ、あの二人なら予選を勝ち上がってくるであろう。本戦で気持ちを聞きだせば良かろう。あ、このちょこれぇと、美味いのぅ」
「……おじいちゃん、何のために来たの?」
「決まっておろう。大富豪家が出す食事にありつきに……いや、お前を大富豪家の嫁にするために来たのじゃ。あ、高級トリュフも食ってみたいのう。あ、完熟まんごぉはまだですかいのぅ?」
「おせんべでも食べてなさい」
「せんべぇは年寄りには堅いのじゃ。しかし、関東か……ならば、江戸前としゃれ込むかのう」
「じゃあ、飴玉でも舐めてれば」
「怒る事ないじゃろうが。年取ると食い物にしか興味がわかんのじゃ」
「普通は健康とかでしょ」
「ワシの場合は飲み食いなんじゃ」
「どんな年寄りよ」
 祖父と孫娘の漫才はしばらく続いた。
 が、いつまでも付き合っていたら埒があかないので物語りを進めよう。




第二章 関東予選




 関東予選の会場ではこの先、命を落とすことになろうとも依存はありませんという誓約書とふるい落とし予選の参加方法の選択をさせられた。
 ふるい落とし予選の参加方法は二択だった。
 一つはバトルロイヤル形式で、参加者全員が戦い、残り三十二名になるまで戦い続けるというもの。
 もう一つはアスレチックレース形式で上位三十二位にまで入るというものだった。
 この二つの戦いの生き残り六十四名で残る四名になるまでトーナメント方式で戦い、勝ち残った四名が全国大会へとコマを進める事になる。
 もし、選んだ方が三十二名以下の参加数だったら、その場でトーナメント戦への参加が認められるようになるので、花梨は慎重に選ぶ事にした。
 優勝者は佐和義と結婚する事になるかもしれないので、興味無いと言えば嘘になる。
 どこの馬の骨とも解らない女に佐和義を奪われたくないから、勝ち残りたいという気持ちもあった。
 辞退をするという選択は出来なかった。
 だから嫌々という気持ちもあるが、負けたくないという気持ちが強かった。
 花梨の技はスチャラカな~術。
 これで勝ち残れる可能性は無いかも知れない。
 が、母はこれで前大会をかなりの所まで勝ち抜いたという。
 それなら、花梨もひょっとしたら優勝出来るかもという気持ちもあった。
 勝つためには~術をギリギリまで披露せず、温存して戦う事だと考えた。
 そこで、バトルロイヤル形式なら嫌でも~術を出さざるを得ない事が多いが、アスレチックレース形式なら、あまり考えなくても体術とかで何とかなりそうだと判断した。
 花梨はアスレチックレース形式を選択した。

 実際の各ふるい落とし予選の参加率は――
 バトルロイヤル形式が七十三パーセント。
 アスレチックレース形式が二十七パーセントだった。

 花梨の選択は正解と言ってよかった。
 が、それでも、五千人以上がレースに参加する事になる。
 上位三十二位以内というのはなかなかに難しい順位だった。
 バトルロイヤル形式の方が花形予選なので、そのままの会場で行われ、花梨達アスレチックレース形式予選の参加者達は別の場所、東京湾のど真ん中に設置された特設レース場で障害物競走が行われる事になった。

「花梨よ。これより先は修羅の道。辛いことも多々あろう。ワシはここであぼがどばぁがぁを食して待っておるぞ」
「おじいちゃん、食べ過ぎは身体に毒よ」
「案ずるな。ワシの胃袋年齢は二十歳じゃ。まだまだいけるぞぃ」
「あっそ。まぁ良いわ。おじいちゃん、私、勝ってくるから。まずは一位取ってくるから」
「おぉ、いつになくやる気になったようじゃのう。どうしたんじゃいきなり?」
「私も佐和義君も家の都合に振り回されているけど、負けないもん。絶対に幸せになってやるんだから」
「ワシはしもふりが食べられれば文句はないぞ」
「やる気をそぐからそういう事、言わないで」
「うむ、何も言うまい。生キャラメルでも食べて黙っているとするか」
「……よし、気合い入った。言ってくる」
 祖父の世迷い言はスルーして自分なりに気合いを入れて、スタート地点に向かった。

 祖父とのやりとりをしていた関係で、スタートは良いポジションを取れなかった。
 大体、真ん中より少し後ろくらいの位置だろうか。
 こんな位置では話にならない。
 とにかく前に出なくては。
 トップを取って逃げ切るんだと自己暗示した。

 そして、いよいよスタートがせまる。

「3、2、1……」
 パアン!
 レースがスタートする。

 花梨は……

 転んでしまって一気に追い抜かれ、ビリになっていた。
 立ち上がろうにも、上から踏みつけられたりして、起き上がれなかった。
 ~術の地の力、地の陣を引いたので、ダメージは最小限に抑えられたが、余計な体力を使ってしまった。

 悪意のある誰かが彼女を転ばせたのだ。
 混雑していて殆ど解らなかったが、それだけは理解できた。

 だが、今はそんな事より、レースに戻ってどんどん、ごぼう抜きして行かなくては負けてしまう。
 花梨は気を取り直して、レースに参加した。
 花梨は~術、風の歩行を使い、どんどんスピードを上げた。
 初っぱなから~術全開。
 彼女の思惑とは全く違っていた。
 ~術を駆使しなくてはこのレースには勝てないと思った。

「とにかく、遅れを取り戻さないと……」
 花梨は急ぐ。
 そして、有象無象のレース参加者達を一気に抜き去って行った。
 元々、レース参加者達はバトルロイヤル形式への参加を避けた者達だ。
 レベルは低い方が多い。
 だが、花梨のライバルはそんなどうでも良い連中ではない。
 力を温存させる為に、レースの方に参加した参加者達も少なからず、いるはずだ。
 そういう者達はおそらく、上位に食い込むレース運びをしてくるはずだ。
 花梨が競うべきはむしろ、そういう猛者達だ。
 こす狡い下位の参加者達ではない。

 花梨はレースを分析する事にした。

 アスレチックレースは全百キロのコースだ。
 そこには障害物がたくさんある。
 それを乗り越えて一周二十キロ、それを五周すれば、ゴールとなる。
 一周過ぎる度に、バッチを一つもらう。
 四色のバッチをもらってゴールをくぐれば良いというレースだ。

 だが、これには一つ落とし穴がある。
 とにかく、バッチを四つ受け取ってゴールすれば良いので、バカ正直に五周する必要はないのだ。
 要は、四周目を通り過ぎた相手を襲ってバッチを四つ奪い、そのままゴールすれば一周でも百キロ走った事として認識される。
 当然、四周回った者より、一周目の者の方が体力も有り余っているだろうから周を重ねる程、襲われる危険性は高くなる。
 そう言った駆け引きもあるレースなのである。
 バトルロイヤルを避けられたからと言って決して、楽な予選ではないのだ。
 ずる賢い者は隠れてやり過ごし、トップで来る者を襲う準備に取りかかっているだろう。
 このレースはアスレチックレース。
 凶器になる物はあちこちに転がっているのだ。

 花梨はどうするか?

 それは正々堂々と五周回るという選択以外はあり得なかった。
 だまし討ちをしてまで勝ち上がろうという気持ちは微塵も無かった。
 時にはどんな手を使っても勝ち残ろうという気持ちも無かった。
 それは花梨の中の正義が許せなかったからだ。
 その辺りは男っぽい性格だった。

 だが、花梨の気持ちとは違い、襲って来ようとしている者もいる。

「あんたが、神田 花梨でしょ?」
「そうだけど、あなたは?」
 不意に現れ、レースで使われているタイヤを凶器代わりに持っている女が話しかけてきた。
 身長は二メートル十センチはある。
 かなり大柄な女だ。
 こんな知り合いはいない。
 誰?
 花梨は首を傾げる。

「私の親友がお世話になったわね」
「お世話した覚えはないんですけど。あなたの親友も知らないし」
「フランソワって言えば解るかしら?」
「解りませんが」
「ざけんな、あんたが、初戦で倒した相手だ。名前くらい覚えとけ」
「そう言えば、そんな名前の人がいたような……」
「ムカツク、ムカツク、ムカツクぅ」
 大柄の女は怒りを露わにした。
 基本的に花梨は尊敬出来ない行動をしている人間は覚えない様にしている。
 記憶には無いが、おそらくフランソワという者も大した相手ではないのだろう。
 そして、目の前に居る女も記憶には残らないだろう。
「私の名前はクリスチーヌ。お前を地獄に落とす者だ」
「そうですか?私に何かご用ですか?友達の復讐とか?」
「そうだ、復讐だ。スタートの時、お前をすっ転ばせてやったが、それだけじゃ面白くないと思ってな。どうせ、お前もトップの奴からバッチ奪ってゴールするんだろ?それじゃぁ転ばせた意味がねぇからな」
「……そうですか、あなたでしたか。私を転ばせた相手は。それと、あなたと一緒にしないで下さい。私はちゃんと五周してきます」
「口では何とでも言えるもんだね。あんたの実力じゃ勝ち上がるには他の奴から奪い取るしかないんだよ」
「どうやら目もかなりの節穴のようですね。確かに、このレースは妨害工作ありでしたね。邪魔なら排除しても良いという事ですね。覚悟は良いですか?」
「ざけんじゃねぇよ。おい、出てこい」
 クリスチーヌが叫ぶと三十人くらいの女達がゾロゾロと茂みから現れた。
 クリスチーヌ達の考えは隠れて体力を温存して、四周目の選手を襲って、バッチを奪ってゴールするというものだった。
「へへへ」
「ふふ」
「ははは」
 全員、嫌らしい笑みを浮かべている。
 どんなものにも正々堂々とプレイしている者を邪魔する、卑怯な輩という者はいる。
 この予選でもそう言った連中はいたという事だった。
 そして、トップの選手が四周目を通過するまでの間のウォーミングアップとして、全員で花梨を襲う事にしていたらしい。
 目的は彼女のリタイアという事だ。

「どこにでも腐った根性の持ち主っていうのはいるんですね」
 花梨は呆れ顔でつぶやいた。
「何とでも言えよ。友達のいないお前はこのままリタイアだ」
「勝ち上がる事を約束した友達はちゃんといます。それに、そんな掃き溜めの様な人間関係の友達など居ない方が遙かにましですよ」
「抜かせ、やれ」
 クリスチーヌの合図と共に一斉に襲いかかる刺客。
 ――が、~術、雷呪縛により、電気ショックが刺客達を襲い、動きが止まる。
「ぐ、が……」
「な、何した……?」
 刺客達は何が起きたのか解らない。
「覚えておいて下さい。ズルする人間は所詮、そこまでの人間だって事を。本当に上を目指す人間の足元にも及ばないという事を」
 三十人の刺客にも花梨は一歩も引かない。
 来るなら来いという姿勢だった。

 パチパチパチ……

 そんな時、後ろから手を叩く者が現れた。
 ショートカットのかなりの美少女だ。

「な、何だ、てめぇは……」
 クリスチーヌが咆える。
「ボクかい?ボクの名前はリーファ。人造人間さ」
 ボーイッシュな少女、リーファが名乗った。

 後続が追いついて来たのかと思ったが違った。
 リーファはバッチを一つしている。
 つまり、一周回ってきたのだ。

「まさか、こんなに早く?」
 花梨は驚いた。
 トップグループでもせいぜい、三分の一周を回った所くらいだろうと思っていたからだ。
 一周、二十キロと言ってもただの二十キロじゃないのだ。
 障害物が山ほどある二十キロだからだ。
「ボクはこういうの得意でね」
「す、すごい……」
「君も凄いと思うよ。三十二人に対して決して負けてない」
 結愛や綾里以外のライバルと対面した瞬間だった。

 それを邪魔する、余計な声が一つ。

「はっ、聞いた事あるよ、私、元々ダッチワイフ用に作られたんでしょ、あんた?」
 刺客の一人だった。
 クリスチーヌ同様、腐った目の持ち主だった。
「だから、何だい?――今は恩人の手で人造人間として生まれ変わって優勝を目指している」
「はぁ、あんたみたいなポンコツを天下の大富豪家が相手にする訳ないじゃない」
「それでも恩人の為に優勝を目指したいと思っている」
「万が一、優勝出来てもお払い箱よ、あんた何か……ぐ」
「ちょっとあなた、見苦しいので眠ってて下さい」
 花梨はリーファをバカにする選手に手刀を当てて気絶させた。

「ありがとうっていうべきなのかな?」
 リーファは、はにかんで見せた。
「いえ、私の方がありがとうです」
 花梨も笑顔で返した。
「どういう事かな?」
「正直、私、この大会、ろくでもない女ばかり参加しているって思っていました。でも、あなたは違う。何となくわかります。あなたと競えあえる事に誇りを持てます」
「こちらこそ。じゃあ、ボクは先に行って君が勝ち上がって来るのを待ってるよ」
「まだまだ、解りませんよ。私は一位を取るつもりです。あなたにも負けません」
「そうだね。まだ、解らないね」
 花梨とリーファの間に友情が芽生えそうな雰囲気だった。

「私らを無視するんじゃねぇ」
 またクリスチーヌが咆える。
 が、身体がしびれて動けない。
ヤレヤレといった感じで、花梨は~術、錬金鎖でクリスチーヌ達を縛りあげた。
 金属の鎖で壁に打ち付けたのでクリスチーヌ達の力では外せない。
 どんな言葉をのたまわろうが、もはや負け犬の遠吠えでしかなかった。
 このまま、レースが終わるまで壁に縛り付けられるという屈辱をクリスチーヌ達は味わう事になる。
 気絶や怪我によるリタイアより屈辱的な敗北だった。
 花梨とて、くだらない真似をする連中にかける情けは持ち合わせていない。

「覚えてろ、後で絶対ぶっ殺す」
「ほどけ!バカ野郎」
「くたばれ」
「死ね、クソ女」
「ファーック」
 罵詈雑言を浴びながら花梨とリーファはレースを再開した。
 リーファはこの騒動の間に二位と三位の選手に抜かれてしまった。
 彼女は一位でレースを終える為にダッシュした。
 花梨も同じペースでレースを進めるがリーファより一周、周回遅れをしているのだ。
 どの道、同じペースで行ってもリーファには勝てない。
 それに、ペースを上げたリーファにまた、差をつけられてしまった。
 おそらく、彼女は一位通過するだろう。
 後は、彼女とトーナメントで戦う為に三十二位以内に入るだけだと花梨は思った。

 その後も熾烈なレースは続いた。
 バッチを奪い合って、様々な妨害が入った。
 だが、それでも、花梨は着実に進んで行って、ついに、四つ目のバッチを受け取った。
 後、一周でゴールとなる。
 リーファはとっくにゴールしていた。
 もう、花梨の一位通過は無い。

 最後の一周。
 これが問題だ。
 同じく、最後の一周を競っている連中に勝つのはもちろん、バッチを奪いにくる不届き者とも戦わなくてはならない。
 体力的にも疲れもたまっている。
 逆に一週目で体力が有り余っている者もいるだろう。
 二周目から四周目の者もゴールをさせまいと立ち塞がってくるのは明白だった。
 なりふりなどかまっていられない状況が迫っているのだ。
 一番辛い一周になるのは間違いなかった。

 そして、コースの中央にある電光掲示板を見ると、既に二十六位までがゴールしていうるというのが解った。
 つまり、残るは後六名までしか勝ち残れないのだ。
 花梨はよりいっそう、気合いを入れた。
 最後の六席を巡っての熾烈な生存競争が始まったのだった。

登場キャラクター紹介

001 神田 花梨(かんだ かりん)

神田花梨 この物語の主人公。
 ~術というペテン技を極めた女の子。
 佐和義との恋愛を成就させるために玉の輿バトルに参加することになる。
















002 神田 覇仁(かんだ はに)

神田覇仁 食い意地のはった花梨の祖父。
 ~術で美味しいものにありつこうと孫娘をたきつける。
 ~術を極めている。
















003 御祭 佐和義(おまつり さわよし)/大富豪 風彦(だいふごう かぜひこ)

御祭佐和義 大富豪風彦 花梨と恋愛関係になりつつある男子。
 突然、父親から大財閥、大富豪(だいふごう)家の三男風彦であると告げられ無理矢理跡継ぎを決める玉の輿バトルに関わる事になる。
















004 大富豪 花太郎(だいふごう はなたろう)

大富豪花太郎 大富豪(だいふごう)家の長男。



















005 大富豪 鳥助(だいふごう ちょうすけ)

大富豪鳥助 大富豪(だいふごう)家の次男。



















006 大富豪 月見(だいふごう つきみ)

大富豪月見 大富豪(だいふごう)家の三男。



















007 大富豪 華真生(だいふごう けまお)

大富豪華真生 大富豪(だいふごう)家現当主。
 息子達を無理矢理結婚させようとしている。



















008 フランソワ

フランソワ 2メートルの大女。
 花梨の最初の対戦相手。
 巨体の割には弱い。

















009 天神 結愛(てんじん ゆあ)

天神結愛 スーパー優等生。
 花梨と同じ学校に通う女生徒。
 佐和義と結婚を決意する。
 九州予選に参加する。

















010 祇園 綾里(ぎおん りょうり)

祇園綾里  大財閥の令嬢。
 花梨と同じ学校に通う女生徒。
 佐和義と結婚を決意する。
 関西予選に参加する。

















011 クリスチーヌ

クリスチーヌ  フランソワの友人。
 2メートル10センチの大女。
 見かけ倒し。

















012 リーファ

リーファ  元ダッチワイフの人造人間。
 ショートカットの女の子。
 高い身体能力を持っている。

















013 竜龍

竜龍  主の居なくなった元式神。
 その名の示すように龍の要素を色濃く持つ。

















014 ナオミ

ナオミ  ゴースト。
 成仏出来ずに玉の輿バトルに参加する。

















015 千佐子

千佐子  ゾンビ人間。
 花梨のトーナメント出場に異議を申し立てる。

















016 北方 譲(きたかた ゆずる)

北方譲  殺人鬼。
 異次元スカートを駆使して戦う。

















017 魔女ジャネット

魔女ジャネット  卑怯な手を使う魔女。
 実力的には分不相応な勝利を続けていた。

















018 ティアマト

ティアマト  古代兵器。
 敗者復活戦を勝ち上がって来た。

















019 サンディー・マーカー

サンディー・マーカー  アメリカ大会予選敗退者。
 日系人の友達に日本予選の事を聞いていた。