第003話


第五章 連戦




 続く三戦目の相手は――

「しょ、勝者、北方 譲(きたかた ゆずる)。早く、タンカを」
「だ、ダメだ。事切れてる」
 北方 譲、殺人鬼だった。

 スカートの中に無数の凶器を隠し持つ女殺人鬼。
 今度の相手もただ者ではなかった。

 譲は一戦目、二戦目の相手をいずれも殺害している。
 その前のバトルロイヤルでも十五人殺していた。

 戦った相手を殺害する殺人狂――
 それが譲だった。
 戦いが終わると
「あなたが花梨さんですね。よろしくお願いしますぅ。私、北方 譲って言いますぅ」
 ブリブリっとした感じの挨拶をする。
 さっきまで、殺人を楽しんでいた人物と同一人物とはとても思えなかった。
 対戦相手は惨たらしい屍をさらしていた。

 正直、友達には絶対なりたくない相手だった。
 が、嘆いても十分後には戦う事になるのだ。

「おぉ、また、やばそうな相手じゃのう」
「問題はスカートの中の凶器を見極める事ね」
 花梨は覇仁と相談をする。
 思えば、今までろくな相談もしてこなかった。
 初めてじゃないだろうか、祖父と戦術を相談したのは。

 そして、花梨は譲との戦いに挑む事になるその直前に――
「その勝負、待ったぁ」
 思わぬ邪魔が入った。
 謎の女性が乱入してきて、何やらレフェリー達と話している。

 そして、その話は覇仁にも。

「何?何なの?」
 花梨は首を傾げた。
 彼女の疑問に答えるべく、覇仁がやって来て説明してくれた。

 乱入した謎の女性の名前は千佐子(ちさこ)――
 バトルロイヤルで最後に敗北した二人の内の一人だった。
 すっかり回復した千佐子は花梨では無く、自分がこのトーナメントに正式に参加する資格があると異議を申し立ててきたのだ。

 言われて見れば、千佐子が予選を通過したら、レースの方で三十三位だった花梨は自動的に失格となる。
 だが、花梨はトーナメントの一回戦、二回戦を勝利しているのだ。
 逆に考えれば、トーナメントを戦っていない千佐子にトーナメントを途中から参加する権利は無いとも思える。

 審判団は協議した。

 花梨を勝利させるか。
 それとも千佐子を勝利させるかでだ。
 または、二人とも資格不十分で、両者失格にするかという選択肢もある。

 協議は一時間以上に及んだ。
 それでも結論が出なかったため、花梨の次の対戦相手だった譲が提案する。
 それは――
「だったらその二人で戦わせて勝った方と私がやればいいだろう。なんなら二人いっぺんに私が殺してやっても良いんだけどさぁ」
 殺人鬼の提案。
 またされて、イライラしているのか先ほどのブリブリ感は微塵もない。

 レフェリーは次の対戦者である譲の意見を尊重し、臨時バトルとして、花梨対千佐子の戦いを決めた。

 どちらが進んでも、遺恨が残る。
 だったら、二人で決着をつけて勝った方が進めば良い。

 単純な理屈だった。
 花梨側も千佐子側も異論はない。
 こうしてエクストラマッチが行われた。

 対戦相手の千佐子の正体はゾンビ人間だった。
 倒れて復活すれば、するほどパワーが増すらしい。

 だから、バトルロイヤルで竜龍にやられた時より数段強くなっているとの事だ。
 だけど、花梨にとってはそんなの大して関係ない。

 突然、乱入して、つまらない茶々を入れて来た邪魔者をさっさと倒すだけだった。
 試合開始早々、ラッシュで千佐子を攻め立てる花梨だった。
 だが――

「利かないねぇ」
 倒しても倒しても千佐子は復活してくる。
 倒す度に防御力も戦闘力も跳ね上がってくる。
 最初は余裕だった花梨も徐々に追い詰められて来た感じがした。
「このこのこの……」
 花梨は攻撃を続ける。
 余計な勝負をする事が彼女の判断を鈍らせていた。

 それを見ていた覇仁は――

「見苦しいぞ、狼狽えるな、花梨」
 ちょっと格好いい感じに叫んだ。
「おじいちゃん……」
「倒しても復活する相手にはどうすれば良いか。お前なら解るだろう」
「倒しても復活する……か……」
 祖父の言葉に冷静さを取り戻す。

「何をしても無駄なんだよ」
 攻撃がやんだのをみて、攻勢に回る千佐子。
「~術、虚撃脚」
「利かないねぇ」
「虚撃脚」
「利かないって言ってるだろ」
「虚撃脚」
「しつこいんだよ」
 腕を大きく振り回し、それが花梨にヒットする。

 大きくダメージを負う花梨。
 それでも――

「虚撃脚」
「バカなのかい?利かないって何度も言ってるだろ」
「虚撃脚」
「………」
 相手にするのもバカらしく思った千佐子は黙々と攻撃を続けた。
 対抗する花梨は虚撃脚を続けていた。

 しばらく攻防が続いた時、虚撃脚の真の意味が伝わって来た。

「ば、バカな……」
「虚撃脚」
 明らかに、千佐子の戦闘能力が下がって来ている。
 試合開始時よりも数段弱くなってしまっていた。

 ~術、虚撃脚――
 それは逆属性の技だった。
 通常では相手を逆に回復させてしまうものだ。
 だが、倒れて回復する度に強くなる千佐子にはこれ以上無いくらいの有効な技だった。

 そして、千佐子の戦闘力が十分下がった後――

「~術、聖縛封印」
 聖属性の封印術で千佐子を封印した。

 これ以上ないくらいの見事な快勝だった。

 それを見ていた譲は――

「……やるじゃない。殺し甲斐がありそうだ」
 異次元スカートから取り出したダガーナイフで舌なめずりするのだった。

「おじいちゃん、勝ったよ」
 祖父に勝利の笑みを返す花梨。
「おねいさん、あんみつください」
 覇仁はいつものおちゃらけたもうろくじじいに戻っていた。
「おじいちゃんったら……」
 いざという時は頼りになる。
 そう思うと、怒れないのだった。
「おねいさん、メロンください」
「おじいちゃん、いい加減にしなさい」
「ワシはまだまだ食えるぞ。おねいさん、にくじゃがととまとかれぇと尾頭付きの鯛をください」
「お腹壊すわよ」
「ワシの胃袋を見くびるでない」
「もう……」
 いつものやりとりに戻った。

 そして――
「すぐに戦えるかい?」
 譲が話かけて来た。
「えぇ、お待たせして申し訳ない」
 花梨が答える。
 本当は疲労が残っているが、譲には参加を認めてもらった借りがあるので、彼女との戦いを待たせる訳にはいかない。
 花梨は連戦を決めた。

 そして、続けて譲との戦いが始まった。

 譲は戦闘態勢に入る。
 長いロングスカートがフワッと舞う。
 スカートの中はパンツ――ではなく異次元空間が広がっていった。

 北方 譲――元々は純真な心を持つ、普通の少女だったこの殺人鬼は、この異次元スカートを手にした時より人生の歯車が狂い初め、今では最悪の殺人鬼と呼ばれるようにまでなった。
 某アニメを見て感動した譲は幼い頃、何でも出せるアイテムに憧れを持つようになっていった。
 その願いを叶えてくれるのが神様だったなら、彼女は別の人生を歩んだかも知れないが、彼女にそのアイテムを提供したのは悪魔だった。
 何でも願いを叶えてくれるスカートはその代償に、本来あるべき人生を逆転させる呪いのアイテムだった。
 そのため、異次元スカートを手にした譲は人生が逆向きに傾き初め、誰からも愛される立場から誰からも忌み嫌われる立場へと逆転していった。
 その過程で、心はどんどん荒み、半年後には手を血に染めていた。
 一年後にはすっかり殺人鬼としての心を持っていた。
 人々の幸せのために使うと望んだアイテムは人々を恐怖のどん底にたたき落とすために使われたのだ。

 譲の本心では、殺人を止めたいのかも知れない。
 それは何となく表情が悲しそうに見えたからだ。

 花梨は~術、【風の便り】により、それを感じ取った。
 相手が殺人鬼と聞いて、対抗策を探る意味で使ったのだが、それとは関係ない情報が流れてきたのだ。
 これが、この術の欠点でもあった。
 知りたい事ではなく、勝手に情報を得るという力なので、どんな事が解るか技を使って見るまで解らないのだ。

「う〜ん……ちょっと、やりにくくなってしまった」
 花梨は譲の身の上が不幸に感じ取ってしまって、情けをかけたくなってしまう。
 本来は花も恥じらう乙女だった少女が、今では殺人が板についてしまった。
 前の戦いの件では譲の優しさを少しかいま見た気がしたのでなおさらだった。

 そんな花梨にお構いなしに譲は異次元スカートの中から取りだした拷問道具、殺人道具を使って、彼女を追い詰めて行く。
 ~術を使って何とか回避しているが、戦いにおいて、気後れしている状態では圧倒的に不利なのは明らかだった。

「こりゃ、何をしておる?相手は殺人鬼、遠慮してどうする」
 覇仁が檄を飛ばす。
「解ってるけど、でも……」
 花梨の言葉には迷いが見て取れる。
「戦いにおいて、入らぬ情けは相手に失礼じゃ。やれ、花梨」
 覇仁が更に言う。
「……わ、わかった」
 迷いはあったが、花梨にも佐和義と結婚したいという夢がある。
 間違っても殺人鬼に――殺人鬼になってしまった少女に嫁の座を取られる訳にはいかないのだ。
 花梨は攻撃に転じた。

 ~術を攻撃を回避するためにではなく、攻撃する為に使い出した。
「や、やるじゃない。でもこっちもやられる訳にはいかないんでね」
 譲も本気を出して来た。
 一進一退の攻防が続く。
 ~術対異次元スカートの戦いは今までの予選で見られたレベルの戦いを軽く凌駕していた。
 ベストマッチと呼んで良かったかも知れない。
 それだけ、両者の実力が近く、力が均衡していたのだ。

 それを見た覇仁は――
「うむ――ここらが今の花梨の限界か。まだ、若輩じゃし、早いと思っていたが、次から足枷を一つ取る必要があるようじゃの……」
 とつぶやいた。
 祖父はこのままではこの先の戦いに勝ち残れないと判断したのだ。
 この先の闘いはもっと強い女子が出てくる。
 そんな相手に今の花梨では力不足だと思ったのだ。

 そして、花梨と譲は一時間に及ぶ激闘を繰り広げた。

「はぁはぁはぁ……て、手強いですね……」
「はぁはぁ……あんた……こそ」
 お互いも体力的にも限界だった。
 次の一撃に全てを込めて決着をつけるしかない。
 そう二人とも判断した。

「はぁぁぁぁぁぁ……」
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
 お互い、息を整える。
 辺りが静寂に包まれる。
 嵐の前の静けさと言った感じだ。

 いつの間にか、出来た大勢の人だかりも緊張に包まれる。

 ごくっ……
 誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

 それを合図に、花梨と譲は相手に向かって突進する。

「くらえ、異次元ブラックホール」
 譲は最後の手段を取った。
 花梨を異次元スカートに取り込むつもりだ。

「~術【火】、秘奥義、ビッグバン・インフレーション」
 花梨も叫ぶ。
 【ビッグバン・インフレーション】とは彼女が考えた名前だ。
 そもそもビッグバンもインフレーションもそれ程、古い言葉ではない。
 元々は、【急爆風】という名前だったが、咄嗟の事で名前が出てこなかったので、思いついた言葉を言ったのだ。
 適当な術なので、名前も時々変わったりするのが、花梨の身につけた~術の特徴でもあった。

 名前こそ、適当につけられたが秘奥義と呼ぶだけあって、その勢いは凄まじく、譲の異次元スカートをちぎり取った。

「ぐぎゃああああああ……」
 異次元スカートに取り憑いて、力を得ていた無名の悪魔の断末魔が聞こえてきた。
 そして、譲から異次元スカートの呪縛が断ち切られる。

 正気に戻る譲。
 彼女は今まで犯してしまった殺人に後悔――はしなかった。
 すれてしまった性格は変えようが無く、これが地の性格として、すっかり定着してしまったのだ。
 だが、異次元スカートが無くなった今は、今までのように、殺害をする事は出来なくなった。

「とりあえず、礼を言っとくよ。あいつ、私の入浴中いつも覗いてたんで、いつか始末してやろうと思ってたんだ」
 譲が握手を求める。
「あいつって、悪魔の事ですか?」
 花梨が応じる。
 握手をしようとするその瞬間に、譲は花梨の手を甲の方から握り、そのまま、彼女を羽交い締めにした。
「な、何を?」
 花梨は気が動転する。
 友情が芽生えたように思ったが、そうではなかったのかと思った。

「負けたよ。私の負けだ。こいつは、あんたへの忠告。あんた、良い子ちゃんだから、意地の悪い女に卑怯な手を使われたら、負けちゃうかも知れないよ。どん欲に勝つ気持ちでいきなよ」
「イタタ……ず、随分、痛い忠告ですね。口で言えば解るのに」
「頭で解ってても仕方ねぇよ。身体で解らねぇとな」
「わ、解りましたからとりあえず、離してください」
「頑張れよ!」
 そういうと譲は花梨の背中をバンと叩いた。
「痛っ……いい加減にして……」
「じゃあな!」
 怒りかけた花梨が止まる。
 譲が寂しそうな顔をしたからだ。

 何で?と思ったがその疑問は祖父が教えてくれた。
「あのおなごは人を殺しすぎた。大富豪家の花嫁候補という肩書きが無くなった今、お上に捕まれば、死刑は免れまい。後は逃亡生活が待っておる」
「そんな……どうにかならないの?」
「ならんな。人の命はそれほど軽くはない」
「スカートに操られていただけなのに……」
「操られていただけだろうが、何だろうが、人を殺めていたのは事実。何ともならぬ」
「どうして……」
「それより、お前には更なる飛躍をしてもらうぞ」
「お、おじいちゃん、何を?」
「今は、眠るがよい」
 祖父は、花梨に当て身をした。
 花梨の意識は遠ざかった。
 その後の譲の行方は解らなかった。
 捕まったとも聞いていないので、逃亡を続けているのだろう。
 花梨が目を醒ました時には既に譲の姿はなかった。




第六章 予選トーナメント最終戦?




 関東予選ではベスト4になるまでトーナメント戦が行われるので、ベスト8に勝ち上がった今、後、一回勝てば、全国大会出場が決まる。
 最後の闘いは疲れを取る為に三日間の休暇が各選手に与えられた。
 花梨にも当然、同じだけの休暇時間が与えられた。
 敷地内を出ないのであれば、三日間は何をしていても良かった。
 体調を整えるためにゆっくり休む者も居れば、余暇を楽しく過ごすために娯楽施設に向かう者、食べあさる者など様々だった。

 花梨は一日目は疲れを取るために寝て過ごし、二日目は体力をつけるために、軽い運動と食事をして体調を整えた。
 三日目は午前中はレジャーなどを楽しんで、午後は明日の試合の為にイメージトレーニングをしようと思っていた。

 三日目の朝、レジャーに行こうと思っていた花梨の前に立ち塞がる影があった。
 それは――
「ぜぇはぁ……良かった。会えた。逃げよう、一緒に」
 佐和義だった。
「さ、佐和義君、どうしたの?汗びっしょりよ」
「軟禁状態だったけど、隙を見て抜け出してきたんだ。何とかここまでたどり着いたんだ。さぁ、一緒に……」
「う、うん……」
 花梨は嬉しさでいっぱいになった。
 佐和義が、自分に会いに来てくれた。
 それが本当に嬉しかった。
「と、とにかく、汗を流して。部屋にシャワーがあるからそれで。それからにしましょ」
「わ、わかった。すぐ出るから」
 汗だくの佐和義に少しでも休んでもらわないと一緒に逃げる事も出来ない。
 途中で、彼の体力が尽きるからだ。
 大富豪家の包囲網は体力が尽きた状態で抜け出せる程、甘くはないのは彼女もよく解っている。
 殺人鬼を花嫁候補に出来るくらいの権力があるのだ。
 花梨と佐和義を捕まえるのくらい、訳はないだろう。
 佐和義には体力を回復してもらってから――
 花梨はそう考えた。

「ふぅ……さっぱりした。さぁ、どこ行こうか?」
「うん、そうね……とにかく人目につかない通りを探して……」
「そうじゃない。デートをしよう」
「え?な、何を言っているの?こんな時に」
「こんな時だからさ。デートをしながらの方が身を隠せるよ。人を隠すには人の中が一番だからね」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。変装してお洒落して、一緒に楽しく過ごそう」
「ど、どうしたの、佐和義君?急に……」
 突然、積極的になる佐和義に戸惑う花梨。
 佐和義はこんな事を言う様な相手では無い――
 そうは、思うが花梨もこれまでの闘いで何となく、自分の性格が少し変わった様な気もする。
 佐和義の方も、強引に拉致されて、何かあったのかも知れない。
 そう思えば、この積極性も納得出来るかも知れない。
 花梨も女の子。
 こっちでリードするより、やっぱり、相手にリードしてもらいたいというのは乙女心としてある。
 行動的な佐和義に多少、戸惑いつつも、花梨は佐和義とのデートを楽しむ事にした。

 佐和義とのデートは本当に楽しかった。
 お洒落なカフェ。
 水族館。
 公園。
 遊園地。
 ランチ。
 彼との時間が花梨を癒していく。

 彼女は段々、トロンとしてきた。
 佐和義との甘い一時に酔っていく。
 このままずっと一緒にいたい。
 もう闘いなんてどうでも良いや。
 そんな考えが頭をよぎる。

 そんな状態の花梨達の前に現れたのは――

「そいつは偽者だよ」
「え?佐和義く……ん?……あれ?」
 二人目の佐和義だった。
 二人目の方には祖父の覇仁もついている。

 戸惑いを隠せない花梨。
 どちらが本物か解らない。
 そんな花梨に覇仁が告げる。

「らんちから帰ったら、こやつがしゃわー室で転がっておったのでな。よく解らんが一緒にお前を捜しておったのじゃ」
「え?どういう事、おじいちゃん?」
 祖父に問いかけるが、その答えは祖父にはわからない。
 代わりに二人目の佐和義が答えた。

「シャワー室で襲われたんだ、そいつに」
「え?え?」
 花梨は気が動転する。
 すると、シャワー室で本物と入れ替わっていたという事になる。
 偽者とずっとデートをしていたという事になるのだ。

「やれやれ、バレたか。もうちょっとだったのに、余計な事を……」
 一人目の佐和義が舌をペロッと出す。
 悪戯がバレた子供の様な表情だった。

「あ、あなた誰?何者?」
 花梨が一人目の佐和義から離れ、構える。

 一人目の佐和義の身体がぼやけ、やがて女性の姿に変わる。
「私は明日、あんたと当たるジャネットってもんだよ」
 その格好は見たことのあるものだった。
 中世の魔女――そんな姿だった。
「よくも……」
 花梨の表情が怒りに歪む。
「平和的に不戦敗を狙ったんだけどね。邪魔が入ってうまくいかなかったわ。ゴメンね。気持ちよく負けてもらうつもりだったんだけどね」
 譲の忠告が早くも的中することになった。
 相手がどんな手を使ってくるかも解らないのがこの大会なのだ。

 ジャネット――現代の魔術師、魔女が最後の相手だ。
 花梨の~術と違い、メジャーな能力である魔術の使い手だ。
 トーナメント最後の闘いは~術対魔術の闘いになる。

「この……」
 飛びかかろうとする花梨。
「よせ、試合で決着をつけるんじゃ」
 覇仁が止める。
「ふーふー」
「どーどーどー」
 まるで、興奮する牛を宥めるような状況だった。
 花梨が許せなかったのは佐和義を巻き込んだ事だった。
 人の気持ちを弄んだ事もだ。

 この女には絶対に負けたくない。
 その気持ちが強くなった。

 そして、佐和義はそのまま黒服の男達に連れ戻された。
 ジャネットが密告したのだ。

 花梨は悔しい気持ちが二倍になった。
 せっかくの二人の時間を台無しにされたのだ。
 無理もなかった。

 その夜、覇仁と次の闘いの相談をした。

「おじいちゃん、あの女には絶対に勝ちたい。何かないの?」
「うむ。実はの。北方 譲との闘いでお前の力の限界を悟ったワシは、足枷を一つ取る術を施した。【金】と【木】の封印解除術、【金なる木】で封印を一つ外したのじゃ」
「じゃあ、私、強くなるの?」
「解らぬ。三日の休息というのは都合がよいと思っておったのじゃが、今日、お前は著しく気を乱した。三日目の休息としては不十分じゃ」
「じゃあ、どうなるの?」
「乱れた気が初日だったならば、【電光石火】の術で一気に回復も可能じゃったが、三日目じゃからのぅ、りせっとされておって、さらなる三日の休息が必要じゃ」
「【電光石火の術】でどうにかならないの?」
「あの術はかかりの遅い術を早める術じゃ。早める時間が短ければ負担も少ないが、極端に早める場合は危険も伴うぞ」
「どうなるの?」
「おそらく、一時的にお前は逆に弱くなる」
「弱く?」
「なる。それでもやるか?」
「やる」
「弱くなっている間にお前は負けてしまうかも知れん。それでもやるのか?」
「だって、悔しいじゃない、このままじゃ。私、虚仮にされたんだよ」
「うむ、それはワシも悔しい」
「だから、お願い、おじいちゃん」
「痛みも伴うぞ」
「覚悟は出来てる」
「解った」

 その日、花梨は激痛で眠れなかった。
 睡眠不足で、更に負担がかかった。
 満身創痍の状態で、ジャネットとの闘いの日が来てしまった。

 全身が痛く、疲労がかえって貯まってしまった。
 この状態で戦えば、一発でやられてしまうかも知れない。
 だけど、好きな男子の前で、バカにされたのだ。
 ここで引いたら女がすたる。

「よし、行く」
 花梨は気合いを入れた。
 決戦場へと向かった。

 関東大会での予選最終戦は四戦行われる。
 ベスト8からベスト4に絞るのだから当然、四回闘いがある。
 その中でも花梨が譲との闘いが伸びたので、その分、三日間の休息は後ろにずれ込んだ。
 その為、花梨とジャネットの試合は最後の四戦目となった。
 その事を今は居ない譲に感謝するのだった。

 順番に、最終戦が行われて行く。
 誰が、全国大会に残ったか、最後まで解らない様にするために、最終戦に出る花梨とその身内の覇仁は他の試合を見ることは出来ない。
 控え室で黙って、他の試合が終わるのを待つしかなかった。

 一秒が数時間にも感じる緊張感が走る。
 泣いても笑ってもこの闘いが関東大会の最後の闘いになるのだ。
 全国大会では待っている友もいる。
 ここで涙を飲む訳にはいかないのだ。

 時間は刻、一刻と過ぎ、やがて、花梨の出番がやってきた。
「神田 花梨さん、準備お願いします」
 係員が呼びに来た。
「わかりました」
 花梨がリングに上がる。
 ジャネットはリング上で待っていた。

 関東大会最終戦、花梨対ジャネットの闘いの火ぶたは切って落とされようとしていた。
 ゴングが鳴る前にレフェリーが気になる事を言っていた。
 それは――
「それでは、最終戦を始めさせていただきますが、その前に、もしかしたらもう一戦していただく事になるかも知れませんのでそのおつもりで」
 という事だった。
「どういう事ですか?」
 と花梨が質問をしたが、「今は勝利する事だけをお考え下さい」との返事だった。

 【もう一戦】というのはどういう事だろうか。
 この戦いに勝てば、関東大会のベスト4に選ばれる。
 ベスト4はそのまま全国大会に出場出来るはずだから、さらに一回戦うという事の意味が解らない。
 が、意味が解らないものを気にしても仕方がない。
 気にはなるが、今はこの目の前のジャネットを倒さねばならない。
 花梨は戦いに集中する事にした。

「あのまま不戦勝になっておけば良かったと後悔することになるよ」
 ジャネットが挑発する。
「あの時、素直に謝っておけば良かったと後悔することになりますよ」
 花梨も舌戦では負けてない。
「このクソガキが……」
「じゃあ、あなたはおばはんですね」
「あぁ言えばこういう……」
「あなたに言われたくないです」
 花梨はジャネットの悪態にしっかりついていく。
 ギャラリーは悪口の言い合いにヒートアップして
「いいぞ、やれやれー」
「醜いねぇ、良いよ、良いよ」
 等と盛り立てた。
 が、祖父、覇仁は――
「やはり、余裕がないのう……」
 との一言だった。
 花梨が相手を怒らせて冷静さを奪って、隙を作るつもりでいると彼は見抜いていた。
 いつもならば冷静に対処するのに、このような戦法を取るという事はそれだけ花梨に余裕が無いという事なのだ。

 おそらく、このジャネットは前に戦った譲より実力は劣っている。
 魔女としての資質はそれ程高くないのは何となく解った。
 自身の魔法に自信があれば、小細工など使う必要が無いからだ。
 だが、ジャネットは譲との戦いを見ていたのか、リング以外の部分で決着をつけようと画策してきた。
 それは、まともに戦ったら花梨には勝てないという事が解ったからだろう。

 だが、今は条件が違っている。
 花梨は更なる飛躍を計るために、一時的に弱くなっている。
 単純なパワーで言えば、譲戦の半分も出ないだろう。
 だが、それをジャネットに気付かせてはいけない。
 それに気付かれたら、ジャネットは力が弱っている内に、一気にたたみかけてくるだろう。
 そうなったら、逆に花梨の方がまずい状態になる。
 だから、舌戦に持ち込んで、体力回復の時間を計っているのだ。
 おそらく、ジャネット戦でのスキルアップは望めないだろう。
 だけど、少しでも体力を戻してから戦いたいという気持ちだった。

(身体が重い……)

 花梨は全身からくるけだるさを必死で隠した。
 ジャネット攻略の糸口を見つけようと必死だった。

 舌戦は続いたが、ギャラリーが見飽きてきたのか――
「良いから戦えー」
「早くやれー」
 などのブーイングが飛んだ。

 そろそろ戦わなくちゃだめだろうと考えていると――
「あわてなさんなって、私は準備してたんだ。あのちんくしゃを追い詰めるための包囲網をねぇ」
 とジャネットが言ってきた。
「え?」
 時間稼ぎをしていたのは花梨だけではなかったのだ。
 ジャネットも舌戦をして花梨を追い詰めるためのトラップをずっとはっていたのだ。
「さぁて、レディース&ジェントルマン。ショーの始まりだよぉ」
 不敵に笑うジャネット。
「何?、何なの?」
 焦る花梨。

 次の瞬間、ジャネットの姿が掻き消える。
 今まで舌戦をしていたのは、ジャネットの作り出したイリュージョン。
 幻影だったのだ。

 気付いた時には後の祭り。
 ジャネットの猛攻が始まった。
 四方八方から、四代元素、火、水、風、地の属性魔法が嵐のように舞って、花梨に一斉に降り注ぐ。

「し、~術、土壁ぇ、きゃあああ」
 慌てて、【地】の術で防御するが、防ぎきれず、いくつか攻撃をもらってしまった。
 属性魔法の雨あられがやんだ後もジャネットの攻撃は続く。
 魔力の少ない彼女は抱えきれない程のサポートアイテムを大量に使っていた。
 戦いは手に持てる範囲の武器は認められているが、手に余る程の武器は認められていない。
 そのため、彼女はイリュージョンで周りの目を誤魔化し、せっせと、サポートアイテムの設置をしていたのだ。
 汚いと言えば汚い手だが、レフェリーの目を誤魔化した時点でそれは、有効となる。
 後は、手に持てない分を一気に使い切ってしまえば、後でなんとでも誤魔化せるのだ。

「はっはっはぁ〜、どうしたのぉ?もう虫の息じゃないの」
 高笑いするジャネット。
「はぁ、はぁ、はぁ……あなたにはこれくらいが丁度良いハンデです」
「口の減らないガキだね。じゃあ、望み通り、これくらいでおしまいにしてやるよ。トドメだよ」
「~術、水鏡盾」
「ぐ、ぐわぁ、な、何をした?」
 ジャネットが狼狽える。
 トドメのつもりが逆にダメージを負ったからだ。

 花梨は攻撃を受けながら、常にジャネットの攻撃を観察していた。
 彼女は光の反射を利用して、魔法を使っていた。
 光ならば、鏡で反射出来るのではないか?
 そこで、水の鏡を作り出して反射してみたのだ。

 狙い通り、ジャネットの魔法はサポートアイテムの力を借りているため、様々な属性を出せる。
 が、根幹の部分は全て、光の反射を利用して、魔力を出していた。
 それをサポートアイテムの力を借りて、属性変換していた。
 ならば、属性変換される前の光の状態の時に、鏡を当てれば、跳ね返ると読んだのだ。
 それで、【~術 水鏡盾】で鏡を作りだし、魔法変換を出す前に飛ばしてジャネットの至近距離で魔力を反射させたのだ。
 ジャネットの方は、魔力放出と同時に跳ね返され、魔力が暴発した状態になった。
 それで、ダメージを負ったのだ。
 ただ、それが、あまりにも早かったため、ジャネットの力量では分析出来なかったのだ。

 戦闘スキルで言えば花梨の方が数段上だったからこそ出来た芸当だった。

「ぐぐぐ、このガキ」
 大ダメージを負って、顔を歪めるジャネット。
 だが、ダメージ的には花梨よりは軽傷だった。
 それは、元々の魔力が少ないからこそ自分の受けたダメージが低かったからでしかない。
 本来であれば、ここで花梨と戦う資格のない選手、実力の足りない選手だった。
 だが、花梨に対してもそうしたように、小細工を使って、相手の選手を陥れて勝って来たに過ぎない。
 そんな事がいつまでも続く訳がない。
 圧倒的な実力の前にひれ伏す時が必ず来る。
 実力を誤魔化している者が天下を取る事はないのだ。
 いつか必ずボロが出て、負ける時が来る。
 それが、今回、花梨との戦いとなった。
 ただ、それだけの事だった。

 ダメージこそ、花梨の方が大きいが、それまで、戦って来た戦歴による根性が違う。
 薄っぺらに誤魔化して来た相手が敵う相手ではないのだ。

「~術、奥義……」
「ひ、ひぃ……」
 技を繰りだそうとする花梨にひるむジャネット。
 パアン!
「なんちゃって」
「きゅー」
 技でも何でもない、ただのネコ騙しでパンと両手を叩く花梨。
 その音があまりに大きかったので、そのショックでジャネットは気絶した。
 元々、小心者だったので、大げさなそぶりが彼女の気を失わせた。

「勝負あり、勝者、神田 花梨選手」

 かなりダメージは蓄積されたが、何とかジャネットも倒す事が出来た。
 この戦いの相手が、譲だったら、花梨は負けていただろう。
 運も味方につけて花梨は全国大会への切符を手に――

 しなかった。
 まだ、先があったのだ。


登場キャラクター紹介

001 神田 花梨(かんだ かりん)

神田花梨 この物語の主人公。
 ~術というペテン技を極めた女の子。
 佐和義との恋愛を成就させるために玉の輿バトルに参加することになる。
















002 神田 覇仁(かんだ はに)

神田覇仁 食い意地のはった花梨の祖父。
 ~術で美味しいものにありつこうと孫娘をたきつける。
 ~術を極めている。
















003 御祭 佐和義(おまつり さわよし)/大富豪 風彦(だいふごう かぜひこ)

御祭佐和義 大富豪風彦 花梨と恋愛関係になりつつある男子。
 突然、父親から大財閥、大富豪(だいふごう)家の三男風彦であると告げられ無理矢理跡継ぎを決める玉の輿バトルに関わる事になる。
















004 大富豪 花太郎(だいふごう はなたろう)

大富豪花太郎 大富豪(だいふごう)家の長男。



















005 大富豪 鳥助(だいふごう ちょうすけ)

大富豪鳥助 大富豪(だいふごう)家の次男。



















006 大富豪 月見(だいふごう つきみ)

大富豪月見 大富豪(だいふごう)家の三男。



















007 大富豪 華真生(だいふごう けまお)

大富豪華真生 大富豪(だいふごう)家現当主。
 息子達を無理矢理結婚させようとしている。



















008 フランソワ

フランソワ 2メートルの大女。
 花梨の最初の対戦相手。
 巨体の割には弱い。

















009 天神 結愛(てんじん ゆあ)

天神結愛 スーパー優等生。
 花梨と同じ学校に通う女生徒。
 佐和義と結婚を決意する。
 九州予選に参加する。

















010 祇園 綾里(ぎおん りょうり)

祇園綾里  大財閥の令嬢。
 花梨と同じ学校に通う女生徒。
 佐和義と結婚を決意する。
 関西予選に参加する。

















011 クリスチーヌ

クリスチーヌ  フランソワの友人。
 2メートル10センチの大女。
 見かけ倒し。

















012 リーファ

リーファ  元ダッチワイフの人造人間。
 ショートカットの女の子。
 高い身体能力を持っている。

















013 竜龍

竜龍  主の居なくなった元式神。
 その名の示すように龍の要素を色濃く持つ。

















014 ナオミ

ナオミ  ゴースト。
 成仏出来ずに玉の輿バトルに参加する。

















015 千佐子

千佐子  ゾンビ人間。
 花梨のトーナメント出場に異議を申し立てる。

















016 北方 譲(きたかた ゆずる)

北方譲  殺人鬼。
 異次元スカートを駆使して戦う。

















017 魔女ジャネット

魔女ジャネット  卑怯な手を使う魔女。
 実力的には分不相応な勝利を続けていた。

















018 ティアマト

ティアマト  古代兵器。
 敗者復活戦を勝ち上がって来た。

















019 サンディー・マーカー

サンディー・マーカー  アメリカ大会予選敗退者。
 日系人の友達に日本予選の事を聞いていた。