第001話


 一 呪いの七つ道具



「――そして、二人は幸せになりましたとさ。めでたし、めでたし」
 今日もおばあちゃんは孫達に寝る前にお話を聞かせていた。
 彼女が語る物語はいつも、ハッピーエンド……。
 どこかユルい物語ばかりだった。
 それは彼女が夫と幸せな結婚をして、孫にも恵まれたという証でもあった。
 だが、大きくなってきた孫達は……
「また、ハッピーエンドぉ?」
「ばあちゃんの話はいつもワンパターンなんだよな」
「わくわくドキドキがたりないんだよな〜」
 おばあちゃんの話に飽きていた。

 おばあちゃんが話して聞かせられる物語の中に、ドキドキするようなストーリーが無いわけではない……
 でも、それは……
 おばあちゃんが実際に体験した実話だから……あまり良いストーリーではないから…話して聞かせるにはちょっと……

「ねーねー……ばーちゃん、ばーちゃん、もっとスリルのある話してよ、つまんねーんだよ、ばーちゃんの話は……」
「そーだよ、もっと怖い話とかさ…」
 孫達は好き勝手に言う。
 それが、毎日続くものだから、とうとう、おばあちゃんも観念したのか……
「やれやれ……仕方ないね……これはお前達に聞かせるのはあまり気が進まないんだけどね……ご希望通りそういう話をしようかね……」
 と、ため息をつきながらつぶやいた。

「なんだ、あるんじゃん、もったいぶんなよ、ばーちゃん」
「そーだよ、聞かせて聞かせて」
 孫達は興味津々だ。

「……じゃあ、あまり気乗りはしないが……怖かったらいつでもお言い……いつでも止めるからね……」
 おばあちゃんは渋々と言った感じで語り始めた。
 彼女の体験した七つの悪夢を……

 私がおじいさんと結ばれるために……おじいさんは七つの悪夢と戦ってくれた……
 男子は世の中に出ると七人の敵がいるというからね……
 おじいさんの場合、それが、全て、おばあさんにつきまとってくる何かだった……
 ただ、それだけの事さ……

 こういっちゃなんだけどね、私はもてたんだ。
 名前が、【姫野華玖耶(ひめのかぐや)】だったからね……
【かぐや姫】に名前が近いのもあって、言い寄ってきた相手に諦めてもらう時に、持ってくるのが困難な物を要求したんだよ。
 それが、【呪いの七つ道具】として、当時はやっていた【闇(やみ)】、【陰(かげ)】、【昏(くら)】、【棘(おどろ)】、【朧(おぼろ)】、【斑(まだら)】、【空(うつろ)】の七つさ。
 その後、それが、私とおじいさんを苦しめる事になるとも知らずにね……

「姫野さん……本当にそれを持ってきたら僕のものになってくれるんだね……」
「……えぇ……そうよ……でも、手に入れるのは無理だと思うから……」
「……絶対に手に入れてくるよ、待ってて……じゃっ……」
 【田中重道(たなかしげみち)】って言ったっけねぇ……
 その子はそう言って【呪いの七つ道具】の一つを探しに行ったんだよ……。
 探しに行っている間、誰にも私の事をとられないようにとでも思ったのかねぇ……
 周りに吹聴して回ってね……
 迷惑な話さ……
 それを聞いた、6人もそれぞれ別の【呪いの七つ道具】を探しに行ったんだからね……

 それからしばらくして、7人は行方不明になったんだ。
 【呪いの七つ道具】の力を手に入れるって事はこの世の人間を止めるって事だからね。
 私が原因で7人が死んだって噂が広まって私はその学校に居られなくなってしまったんだよ。
 そして、私は転校した……
 田舎から、私のことを誰も知らない都会へとね……
 でも、【呪いの七つ道具】は追いかけて来たんだよ……私の所へね……
 今で言うと【ストーカー】ってやつになるのかね?
 私は七人の不気味な力を持つ……悪霊のストーカー共に魅入られちまったんだよ。
 私の不幸はそれから始まったんだ……



 二 寮生活



 私は都立黄昏(たそがれ)高等学校に編入したんだよ。
 当時、出来たばかりの新設校で、全寮制の男女共学の高校だった。
 両親は地元に残っていたからね……親戚もいない私が都会で暮らすのにはありがたかった。

「姫野華玖耶って言います。田舎から出てきて右も左も解らないけど、どうか、皆さん、色々、教えてくださいね。よろしく」
「超可愛い」
「こっち向いて♪」
「あ〜ぁ、男子はこれだから……」
「美人が来た」
「はいはい、静かに、静粛に、静粛に…姫野、あそこのあいている席に座りなさい」
「はい……先生」
 私は転校生として、少しでも早くクラスメイトと打ち解けようと出来る限りの愛想をふりまいた。

 当時は、人に好かれる最高の手段だと思っていたからね。
 だけど、当然、そんな私を快く思わない人間も出てくる。
 特に、女生徒だね。
 女と嫉妬は切っても切れない関係だからね。
 私は嫉妬に狂った女生徒達の格好の餌食にされてしまったんだよ。

「今日から、この部屋でお世話になります、姫野です。よろしく」
「えー、お世話したくなーい」
「私もぉ〜」
「という訳で出て行ってくれないかな?」
「そ、そう言われても……」
「じゃあ、あなたのベッドはそこのクローゼットの中ね」
「そ、そんな……」
「私達は別に苛めているんじゃないのよ、ただ、貴女、綺麗だから、いっぱいお洋服で着飾れるように特等席を用意してあげようって思ってさぁ……」
「ぷっ、そりゃいい、そうよ、私達は親切で言ってあげているのよ。ありがたく思ってね」
「………」
「何、黙ってんのよ、何とか良いなよ」
「気にいらねぇンだよ、おめーよ」

 男の子の見ていないところでの女ってのは……

 私は早くもホームシックにあっちまったね。
 (田舎に戻りたい……)
 そう、思ったんだが、田舎に私の居場所はもう無い事も知っていたしね……
 我慢するしかなかったんだよ……
 私は寮生の女達とはある程度距離を取る事で何とか居場所を作ろうとしていた。

「姫野さ〜ん、重そうだね、持つよ」
「あ、ありがとう……あの……」
「私は生島(いくしま)すずね、よろしくね」
「あ〜ら、かぐや姫にゴキブリが寄って行ったわよ」
「ほんと、お似合いね〜嫌われ者同士くっついたって訳ね」
「ご、ごめんね……私と一緒じゃ……」
「……いいの……生島さん、あの……仲良くしましょ……」
「うん……私の事はすずねって呼んで」
「じゃあ、私はかぐやで……私で良かったらお友達に……」
「うん……よろしく……」
 幸い、私が来る前に苛めのターゲットにされていたすずねと仲良くなる事で孤独という絶望からは逃れる事が出来たんだ。
彼女は他の女に私に対して陰湿ないじめをするように言われていたんだけど、決して、そういう真似はしなかった。
 心の優しい子だったんだよ。
 すずねは、学校では男子にもゴキブリってからかわれていたけど、私といる事で、男子の方は少しずつ彼女に対して苛めなくなっていった。
 すずねと私はお互いが心の支えとなっていったんだ。
 私は男子の助けとかもあって、少しずつ居場所が出来て来たんだよ。
 特定の男子と付き合う事は出来なかったけどね。
 おそらく、特定の男子と付き合えば、その子以外の男子が敵に回る……
 そんな気がしていたんだろうね……

 高校生だからまだ、早い……

 そんな理由をつけて相変わらず交際の申し込みを断っていたんだよ。
 今、思えば、高校生で異性と付き合うなんて割と当たり前なのにね。
 だけど、自分の立場を守るために、私は決してイエスとは言えなかったんだ。

「ごめんね、私は高校の間は誰とも付き合おうとは思ってないの……」
「そっか……残念だ。でも、友達でいてくれよな」
「うん、それは喜んで」
「良かった……俺、告白して振られたら、姫野と気まずくなるんじゃないかって思ってさ……」
「ごめん……」
「い、いや、良いんだ。でさ、卒業したら……」
「……うん……考えておくよ……」
「ありがとう……あ…そうだ、あの噂は本当じゃないよな?」
「噂?」
「ゴッキー……生島とデキているっていう…」
「違う、違う、私は普通に男の子が好きだよ。すずねとは親友だと思っている。それだけだよ」
「そっか、なるほどな」
「そうそう、もう、嫌だなぁ――変な誤解しないでよ」
「悪い……姫野、男に興味無いんじゃないかって噂がさ」
「もう、取り消してよ、私は普通に男の子の事が好きです……って、何を言わせるのよ、恥ずかしいなぁもう」
「悪い、悪い、でも、姫野の事嫌いにならなくて良かったよ」
「嫌いって?」
「ひどいフラれかたされたら、嫌いになるかもじゃん?」
「そ、そう……なの?」
「でも、取り越し苦労だった……姫野はそんな奴じゃないもんな」
「そ、そうだよ……」
 男の子をフる時はいつも不安だった。
 いつか、嫌われてしまうんじゃないか……
 いつか、自分に危害を加えてくるんじゃないか……
 そう、思っていた……
 でも、そんな事よりも恐ろしいものが迫ってきていたんだよ。



三 願い事



「どうしたの?すずね……蒼い顔して……」
「ど、どうしよう、かぐやちゃん……」
「落ち着いて、何があったの」
「校長先生の部屋にあった大きな花瓶……割ったの私だって事にされちゃってて……」
「どういう事?」
「私じゃない、私じゃないの……」
 すずねは泣きながら私に救いを求めてきた。
 私は何とかしないとと思っていた。
 大きな花瓶の時価は数百万円。

 とても、私やすずねの家で払える金額じゃなかった。

 ――黄昏高校では当番制で校長室の掃除を順番に掃除する事になっている。
 すずねを苛めていた女が無理やり当番を代われと言ってきて、すずねが校長室に入るとすでに花瓶は割れていて、後から入って来た女がすずねが犯人だと喚き散らしたらしい。
 許せなかった。
 これはもう、犯罪と言って良い状況だ。
 濡れ衣を着せた女が割ったという証拠を何とかつかんで……
 そう思った時……
(証拠を持ってくればいいんだね?)

 という声が聞こえた気がしたんだよ。
 どこかで聞いた事があるような声……
 そんな気もしたけど、それどころではない私達は何とか対策を練ろうと必死だった。
 色々考えた結果、先生に本当の事を話して、何とかわかってもらおうという事になって、私はすずねと一緒に、職員室に向かった。
「あの、先生……」
「あぁ、姫野に生島か……どうした?」
「私じゃないんです」
「は?」
「あの…校長室の花瓶の事なんですけど……」
「あぁ、あれか、今、島田がこってり絞られているよ……とんでもない奴だ……」
 島田とはすずねに濡れ衣を着せた女の事だった。
 私達は状況がつかめないでいたので、先生に事情を聞いたんだよ。

 すると……

「島田の奴は自分が割った花瓶を生島がやったと嘘をついたんだよ。花瓶を割ったのもはしゃぎまわっていて割ったみたいだしな。反省の色もないようだし……今、停学を検討しているところだよ」
 と言ったんだよ。

 ますます、どういう事かわからないので、詳しく話を聞いてみると……
 事の一部始終がどういう訳か隠してあったビデオカメラに映っていたらしい……
 誰がどういう目的でビデオカメラを仕掛けたかはわからないという……
 今、思えば、この時からもう、すでに始まっていたんだ……
 私に付きまとう悪夢が忍び寄ってきていたんだね……
 だけど、私達は素直に喜んでしまった。
 天の助けだと思ってしまった。
 この時、悪夢の一つに勢いをつかせてしまったようだ。

(良かったね……僕も嬉しいよ……)

 悪夢は私の好意を受け取って力をつけた。
 悪夢の名前は【田中重道】――そう、私がかつてフッた男だった。
 別名、【陰】――そう、田中はその死と引き換えに【呪いの七つ道具】の一つと一体となっていたんだよ。

 その後も――
「かぐやちゃん……どうしよう……」
「大丈夫、私達には強い味方がいるじゃない」
「そうだね、また、足長さんにお願いしよう……」
「足長さん、足長さん……私達、また、困っていますので助けて下さい……」
(了解……)
「何だって?足長さん?」
「了解だって、だからもう大丈夫」
「やった……」

 私にしか聞こえないその声を【足長さん】――そう読んで【陰】の事を頼りにしていた……
 【足長さん】は【足長おじさん】から来ていたけど、実際にはもっと醜悪なものだった。
 【足長さん】は私達の願い事を聞いて、私に感謝されて行くことによって力をつけて行ったんだ……
 百八つ……その願いを【陰】が叶えた時、私はどうなっていたんだろう……

 今、考えてもゾッとする……

 願いに上下の差は無く、私はどんな些細な事でも【足長さん】に頼り、願いの数は一つ、また、一つと増えていったんだ。

「――なんだか、姫野の周りって暗くない?」
「――そうかな?気のせいじゃない?」
「そうかな……まぁ……良いか……」
「そうそう、気にしない……気にしない……」
 クラスメイトの何人かは私の異変に気付いていて、声をかけてくれていたんだけど、私達は全然、気付かなかった。

 気付いたのは二つ目の悪夢が私に近づいて来た時だった。
 その時、はじめて、私は【呪いの七つ道具】に狙われていた事を確信したんだ。



 四 黄昏刻…



「ごめんね〜すずね――ちょっと先生に頼まれ事しちゃってて……」
 私は先生に軽い頼まれ事をされて、教室に戻ったんだよ。
 普通の生徒はみんな教室を出ていていなかった。
 晩ご飯の用意してある寮に向かっている頃だろう。
 時は黄昏刻……
 日も暮れた時間帯だ。

(ごめんね――まだ、出てくるつもりはなかったんだけど――このままだと【陰】に君をとられちゃうから)

 教室の窓の所のカーテンがゆらりと動ごめき、少年が姿を見せた。

「えーと……あの……」
 私はその頃にはクラスメイトの顔と名前は一致するようになっていたからね……
 その少年は別のクラスの誰かだと思ったんだよ……
(僕の名前は【昏】――昔の名前は【佐藤敏夫】と言います)
 正直、【佐藤敏夫】って名前に心当たりは無かった……
 恐らく、田舎の学校で私に思いを寄せていた男子生徒の一人だったんだろう。
 【陰】である【田中重道】の言葉を聞いて、【呪いの七つ道具】の一つを探して行方不明になった男子の一人だと思う。

 何しろ、あっちじゃ、行方不明の7人の名前を確認している余裕も無かったからね。
 ただただ、七人も行方不明になったという事で私は疎まれていたから。

 【昏】は邪魔をしに来たんだね。
 このままじゃ私は【陰】のものになってしまう……
 【呪いの七つ道具】同士は私を狙っているという共通点はあってもお互いライバル同士だからね。
 私がどれかのものになってしまえば、他の6つのものにはならなくなる。
 だから、相手を牽制しに来たんだね。
「……もしかして……あなた……」
(【七つ道具】の一つを手にした貴女の婚約者です)
「……こ、婚約者って……」

 私は戦慄した。

 この時、初めて自分の置かれている状況を理解した。
(――もう、【陰】に願い事を言わないで欲しい……君はもう……五十四回も願い事を言っている……後、半分で、君はあいつのものになってしまう……)

 背筋がゾッとした。

 クラスメイトが私の周りが暗く見えるというのは気のせいなんかではなかった。
 私の影が私と同化してきていた。
 私の影は普通の人の半分の濃度まで薄くなり、その分、私の周りの雰囲気を暗くしていたのだ。
 今まで味わってきたイジメなどどうでもよくなった。
 もっと怖いものが私に狙いを定めて忍び寄って来ていたのだ。

(――彼女は僕のものだ――邪魔をするな【昏】)
(――いや、僕のものだ――邪魔をするな【陰】)
 フッと現われ、同じような台詞をはき出す【陰】と【昏】……
 同じように自分の事を【僕】と呼び、個性が見えない……
 全く同じ人間にも見える……
 だからこそ、余計に怖い……

 霊障というのだろうか。

 私は取り憑かれた事を理解してしまった。
 ラップ音が教室中に響き渡る。
 悪霊と悪霊が私を取り合ってにらみ合っている。
 私はどちらの味方も出来ない。
 どちらの餌食にもなりたくない。
 私は教室を飛びだした。

 そして、寮で待っていたすずねにすがりついた。
「遅かったね……どうしたの?顔が青いよ……」
「う、うん……あのさ、すずね……【足長さん】だけど……もう、願い事をするのはやめようよ……」
「え?……どうして?【足長さん】がいたら私達、無敵じゃない?」
「……あれは、そんな良いものじゃない……」
「何かあったの?」
「あれは、悪霊よ」
「………」
 私は無理を言ってすずねと同じ部屋で寝させてもらった。
 ずっと、すずねと抱き合って寝ていたけど、震えは止まらなかった……

 次の日、私は学校を休んだ。
 悪霊の居る教室に行きたく無かったからね……
 それを心配して、クラスメイト達が代わる代わるお見舞いに来てくれたんだけどクラスメイト達が全員帰った後で見つけた物に私は再び戦慄を覚えた。
 私が見つけた物……
 それは、クッションの下に隠されていた手紙だった。
 手紙には――
 【僕は、黄昏刻にしか姿を現せないけど、いつも、あなたを見ています。【昏】より愛しい貴女へ】
 とあった。
 手紙は私が見たのを確認した様に消えてしまったから、それが霊現象だということははっきりとわかった。
 見舞いに来たクラスメイトの中に【昏】が混じっていたんだよ。
 全くわからなかった。
 【昏】は普段、別の生徒になって私を見ていたんだ……ずっと……
 私はストーカーに狙われる恐怖と悪霊に取り憑かれる恐怖を同時に体験していた。
 それが、次々に増えていくんだ……
 気が狂いそうだったよ……



 五 第三の悪夢…



 もう、不安で不安で仕方なかったからね。
 とにかく、一人でも多く仲間を作ろうとしたよ。
 例え、それが、自分を苛めていた相手でもね。
 苛めている相手に取り入るには……
 それまで持っていたプライドを捨てれば良かったんだよ。
 今までは清楚に……可憐にと自分に言い聞かせていたけどね。
 プライドを捨てておどけて見せたんだよ。
 苛めていた女達の前でね……
 笑われたさ……大笑いされたよ……

 恥ずかしかった……

 穴があったら入りたかったねぇ……
 顔から火が出そうだったよ……最初はねぇ……
 でも、回数を重ねて行く内に、慣れてきたというか……気にならなくなったんだよ。
 自分はこういうキャラだったんだ……
 そう、言い聞かせてね……
 これで、今まで自分を取り巻いていた男子達は離れて行く…そう、思っていたんだけどねぇ……
 どういう訳か、魅力的に映っていたみたいでねぇ……

 私と仲良くなりたいっていう男子は以前より増えたんだよ……
 そして、女子とも少しずつ打ち解けていってねぇ。
 気付いたら友達に囲まれていたんだ。
 多くの友達を持てるというのは幸せな事なんだろうけど、当時の私はそれを盾の様に思っていた。
 私を悪霊から遠ざけるための鉄の盾だと……
 そんな気持ちでいたからか……本当の意味での心の安息は得られなかったんだよ。
 そんな不安定な状態でいる私に第三の悪夢も近づいてきたんだよ。

「【鈴木美恩(すずきみおん)】です。よろしくお願いします」
「鈴木さんね……よろしく……」
「いやね……鈴木さんなんて他人行儀な……みおんって呼んでよ、かぐや。私も転校生なの。転校生同士仲良くしましょうよ」
 隣のクラスの【鈴木美恩】が声をかけてきた。
 何でも、私と同じ時期に転入してきたという。

 彼女はどことなく雰囲気が私に似ていた。

 鈴木と言えば、何処にでもいそうな名字……
 でも、【美恩】と言う名前は早々あるものではない……
 この時、私は気付くべきだった。
 田舎の学校の時、私に告白をしてきた女子が居た事……
 その子の名前が【鈴木美恩】だったという事に……
 彼女は田舎の学校から追ってきたのだ……私を……悪夢に姿を変えて……

 だけど、私は気付かなかった……

 印象が田舎の時と印象がまるっきり違っていたからね。
 田舎の時の彼女は私とは似ても似つかない姿をしていたのだから……

 彼女は私に憧れていた……
 私になろうとしていた……
 私になり代わろうとしていた……
 ストーカーは異性だけとは限らない……
 同性のストーカーも存在する……

「あれ?……それ……」
「あ、解る?これ……良いでしょ……」
「それ……私も持って……」
「そうなの?知らなかったわ……」
「――なんか、かぐやちゃんとみおんさんって似てるね……」
「ありがとう……生島さん……私もどことなく似ているなって思っているんだ……」

 嘘だ……

 意識して真似しているんだ……
 私はそう思った。
 いつしか、みおんは私とすずねの間に入って来て、三人で昼食を食べるまでになっていた。
 すずねは純粋だから……疑う事を知らない……

 でも、私は違和感を感じていた……

 みおんがどことなく私につきまとって来た二つの悪夢、【陰】と【昏】に近いイメージの雰囲気を持っている感じがして、彼女と距離をおきたいんだけど、すずねがいるから……
 すずねが好感をもっているから……
 無下に避ける訳にもいかない……

 そう思っていた……
 でも、違っていた……
 すずねも違和感を感じていた。
 まるで、私が二人いるかのような違和感を……
 だけど、私と離れなくないから我慢をしていた。
 みおんを遠ざけるという事は私を遠ざける事と同じ感じがするから。
 お互いの本心を知らずに、私とすずねは相手のために我慢してみおんと行動を共にしていた。
 【陰】と【昏】に狙われていると思っている私にとって、友達という壁は二つの悪夢を遠ざける壁の様に思っていたから……

 少しでも、その壁が崩れるのは――
 特に、心の拠り所でもあったすずねと離れるのは嫌だったから……
 私は我慢した。
 息の詰まるような苦しい状況から助けてくれたのはまたしても【昏(くら)】だった。
 彼が私の居ない間に机に手紙を残していた。

 手紙の内容は……
 【全く……君は懲りないね……【陰】の次は【闇】だよ……女なんかに君を取られたくないよ……【昏】より貴女へ】
 だった。

 手紙はまた消えてしまったが、私はどこか安心した。

 やっぱり、みおんも【呪いの七つ道具】だったんだ。
 私はすずねを連れだって隣のクラスに向かった。
 そこで、そのクラスの生徒に確認をとった。
 確認した内容はこうだった。
「このクラスに【鈴木美恩】という女の子はいますか?」
「【鈴木美恩】?知らないな……このクラスにそんな女の子はいないよ……別のクラスと勘違いしているんじゃない?」
「アイドルか何か?」

 【鈴木美恩】は居なかった。
 隣のクラスから来たというのは真っ赤な嘘だったのだ。

(悔しい……もう少しだったのに……)

 女の声が私の耳に届いた。
 【鈴木美恩】の声だった。
 三つ目の悪夢、(【昏】からの情報によれば)【闇】は友達として近づいて来ていたのだ。
 そのまるで地獄の底から聞こえてくるような不気味な声に私は震え上がった。
 いっそ死んでしまおうか……
 死んで楽になろうか……
 そんなことまで考えるようになってしまった。
 後から考えると、これも霊障の一種なのだろう……



 六 三人の王子様



 私はとにかく、誰かに相談した方が良いと思った。
 でも、霊媒師などに頼めるような金銭的余裕はない。
 友達の中にそういう霊現象に詳しい人がいないかどうか藁にもすがる思いで聞いて回った。
 探せばいるもので、友達の中に六人、霊感のある人がいた。

 三人は女の子、三人は男の子だった。

 特に、男の子三人は私を救い出してくれる王子様に見えたんだよ。
 王子様に助け出されてしまったお姫様は王子様に心をときめかせてしまうってんじゃないけど……三人の中の誰かとなら恋人になっても……私はそう思ったよ。

 三人の中の一人に第四の悪夢が取り憑いているとも知らずにね……

「姫野華玖耶です……あの、どうかよろしくお願いします……」
「ははは、どうか、かしこまらないで……俺、北村浩介(きたむらこうすけ)って言います。よろしく」
「浩介、あんまりべたべたしない……私、藤崎香奈美(ふじさきかなみ)、よろしくね」
「僕は香取秀彦(かとりひでひこ)」
「鮫島勇作(さめじまゆうさく)っス」
「進藤留華(しんどうるか)よ」
「……真鍋倫(まなべりん)」
「生島すずねです。どうか、かぐやちゃんの事、よろしくお願いします」
 私とすずねは霊感のある六人と仲良くなった。

(うまく取り入ったな……)

 そんな声が聞こえた気がしたけど、霊感のある人間を六人も仲間に出来た事に喜んでいた。
 よく、考えれば、霊感がある=霊能力で悪霊を追い払えるという訳ではないのに……
 霊感のある六人と仲良くなってから、何となくそれまで近づいて来ていた三つの悪夢……【闇】の【鈴木美恩】、【陰】の【田中重道】、【昏】の【佐藤敏夫】は現れなくなっているような気がした。
 三つの悪夢にとっては四つ目の【斑】に対して警戒していただけなのだろうけど……
 私にはそれが、六人の力によるものだと勘違いしてすっかり安心しきっていた。
 そうしている間にも私はどんどん、【呪いの七つ道具】に包囲されて来ているのに……

「うーん……よく解らないけど、今のところ姫野さんに怪しい影は見えないな……」
「……そうね、私もそう思うわ……」
 私は北村君と藤崎さんが霊視というのを出来ると聞いて、見て貰っていた。
「そう?……でも、何かあったらお願いね」
「ははは、解った解った、何処からでも参上いたしますよ、姫」
「浩介、ふざけない。姫野さんは大まじめなんだから……」
「ごめん、ごめん……少しでも気持ちを和らげようと思ってさ」
「頼りないあんたじゃ、私でも不安だよ」
「……仲良いんですね」
「あー、私とこいつ?仲良いっていうか、幼馴染みの腐れ縁っていうかね…」
「そうそう、腐れ縁。恋人でも何でもないの。姫野さん、俺は、今、完全、フリーですよ。今ならお買い得です」
「姫野さんはあんた何か相手にしないわよ。ね〜姫野さん」
「え?あぁ、どうかな……」
「気を遣わなくても良いわよ。こいつなんかホイってフっちゃって良いわよ」
「あぁ……傷つくなぁ〜そーゆーの」
「ほら、無駄話は後々、ちゃんと霊視して」
「はいはい、わかりましたよ」

 北村君には好感が持てるけど、藤崎さんとの間には入っていけないかな……
 そんな感じに考えたりもしていた。
 恋人になれるかどうか値踏みしていた。
 それは、気持ちに余裕が出てきたからかもしれないね……
 私の近くには男女ペアで二人ずつ常についてくれていたし、女の子も一緒だから、お風呂やトイレにも一緒についてきて貰えたし、至れり尽くせりといった感じだった。
 その時の私にとって、これ以上望めない最高の環境だと思っていた。
「香取君……これは?」
「……そうだな……これは大丈夫だと思うよ……」
「ありがとう。進藤さん、これは?」
「それも大丈夫ね」
 女の子三人もそうだったけど、それくらい三人の男の子は頼もしく感じていた。
 細かい所に気がつくし、何となく影ながら守ってくれているような……
 そんなお姫様のような気持ちを味わっていた。
「鮫島君、お願い……」
「あいよ!任せとけ」
「真鍋さん、こっちお願い」
「……解った」
 学校でも、寮に帰ってからも、休日のプライベートも……公私問わず、一緒だった。
 すずねの事を忘れてしまうように……

「あら、すずねじゃない……どうしたの?こんな所で?」
「うん……かぐやちゃん、最近一緒に居られないなって思って……」
「そう……だった?ごめん、気付かなかったわ」
「そ、そうだよね、私なんか居ても居なくても……」
「あ、ご、ごめん……そんなつもりじゃ……」
 私は、大切な友達の事を忘れる所だった。
 黄昏高校に来て一番の親友になったすずねの事を……

(ちっ……間に合わなかったか……)
 そう、つぶやく声がした……

 そして、それを聞いた時、私は確信した……
 四つ目の何か――【斑】は私とすずねの間を裂こうとしていたのだ。
 思い返せば、すずねと行動を共にしようとしたとき、いつも誰かの邪魔が入っていた。
 まるで、すずねとの時間を奪うように……
 そう思った時、仲良くなった六人が急に怪しく見えてきた。

 誰が怪しいかは解らなかった……

 でも、それは、藤崎さんと進藤さんと真鍋さん……私とすずねを交えて女子会を開いた時に解った。
「ふ、藤崎さん、それ、本当?」
「うん、まぁね……元々は、私だけが霊感があったんだ。浩介、あいつ……私の霊感の事、ずっとバカにしててさ、自分も霊感出てきたら手のひら返したようにさ……」
「そうじゃなくて、北村君が霊感持ったのって最近なの?」
「えぇ、そうよ。あいつ背中に斑模様の痣が出来たと思ったら、急に、霊感持つようになってさ、私、驚いちゃったわよ。私しか見えてないものがあいつにも見えるんだから……」
「か、彼だ、彼が悪夢なんだ……」
「悪夢ぅ?――悪夢って霊の【呪いの七つ道具】の事?」
「そうです。斑模様って事は恐らく【斑】――多分、声からすると元は【山田翔馬】って男だと思います。最初に私につきまとったストーカーで、当時、停学になっています――あの男も悪夢の一つになってたんだ……」

 【山田翔馬】――この男は生前から、私を恐怖に陥れていた。

 私を怯えさせる事に生き甲斐を感じているような男だった。
 よく、小学生の男子なんかが、好きな女の子を苛めるような感じの――それがエスカレートしたストーカーだった……
 記憶に残っているのは私の実家のベッドの下に潜り込んでいて両親が警察に通報して……
「絶対に許さねぇ……」
 逆恨みをしたこの男はそう捨て台詞を残して、去っていった。
 そして、また、私の前に現れた。

 悪夢の一つ、【斑】として……

 恐らく、北村君の痣となって【山田翔馬】は私に復讐に来たのだ。
 私から、大切な友達を奪って私をひとりぼっちにするために……
 【斑】である【山田翔馬】は今まで現れた三つの悪夢とは違う点がある……
 それは、他の三つの悪夢は私に対する好意をもっているのに対し、【斑】は私に悪意、敵意を持っている悪夢だという事だ。
 北村君に取り憑いている事が解って、彼に女子みんなで会いにいった時、彼から斑模様の痣は消えていた。

 正体がばれて、消えてしまったのか……新たな宿主を捜しにいったのか……
 それは解らない……
 でも、北村君から霊能力がすっかり消えてしまった事が彼から、【斑】が去っていった事を意味していた。
「霊能力?……そんなの本当に信じてるの?それより、俺と付き合わない?」
 北村君は元の霊をバカにする男子に戻っていた。
 彼が私の王子様になる事はないだろう……

 私はそう思った。
 藤崎さんがいるから彼とも顔を合わせることもあるとは思うけど、彼はもう、戦力には鳴らないだろう。
 一緒に行動をしながら、彼の異変に気づけなかった香取君や鮫島君も王子様と思うには……
 私の気持ちは急に冷めてしまった。



 七 本当の王子様(おじいさん)



 北村君以外の五人からは相変わらず、ガードして貰っていた。
 【斑】に気づけなかったという点ではちょっと頼りないけど……
 それでも、いないよりはずっとまし……

 私はそう、思っていた。

 だから、心から安心する事は無くなっていた。
 いつ、友達のガードの隙間から悪夢達が忍び寄ってくるか解らない。
 そんな不安にかられていた。
 終始不安顔の私に惹き付けられたのか、それとも【斑】が去った事によって再び、近づいてきたのか……【昏】からと思われる手紙が私の机に入っていた。

 内容は……
 解らなかった。
 手にしたとたん、背後から来た男子に手を叩かれて手紙が消えてしまったからだ。
「……ゴメン、蚊かと思った…」
「う、うん、別に良いよ、それよりありがと……」
「別に……勘違いしただけだし……」
 その男子は去っていった。
「どうしたの?かぐやちゃん」
「すずね、あの人……」
「あぁ……あの人――B組の山下君……無愛想だけど、ちょっと良い感じでしょ。私、結構好きなんだよね、あぁいう感じの人……」
 山下悟(やましたさとる)――これが、おじいさんとの出会いだった。
 仲間と一緒に行動というタイプでは無かったから、知らなかったけど、彼も霊感が強かった。

 ほんと、無愛想でね……

 自分は関係ありませんよって感じ何だけど、さりげなく助けてくれて……
 それが本当に嬉しかった。
 でも、この時はまだ、好きって気持ちは無かったかな。
 少しずつ、私とおじいさんは惹かれあっていったんだよ。
 後で知ったんだが、六人の手が回らない所で、ちょこちょこと、私を助けてくれていたみたいなんだよね……

 おじいさんは口下手だから、それを知るのは何年も先なんだけどね。
 彼はB組……
 私はF組……
 クラスは離れていたし……彼と一緒に行動出来るようになるのは進級して二年になってからだね……
 クラス替えがあって、私はすずねと別のクラスになってしまった。

 でも、おじいさん……山下君と同じクラスになれたんだ。
 後は真鍋さんが同じクラスになったけど、他の友達とは別々のクラスになってしまった。
 真鍋さんもどちらかというと山下君と同じ無愛想だからね。
 ちょっと居心地は悪かったかな?
 でも、助けてくれる仲間だからね。
 私は真鍋さんと行動を共にする事が多くなった。
 と、言ってもすずねも隣のクラスだったからね。
 ちょくちょく遊びに来てはいたんだけどね。

 後、真鍋さんと山下君が似ているのは、実は二人は親戚関係で、霊感が強い人が多い、家系だったというのもあったね。
 真鍋さんの年の離れたお兄さんが。山下君のお父さんで、ご両親は既に離婚していて、彼は母方の姓を名乗ってっていう複雑な関係だったようだけどね。
 要するに、同い年だけど、叔母と甥の関係って事だね。
 だけどあんまりそっくりで思わず……

(おじいさんは奴じゃない……俺だよ……)

 ……え?何?今の……?
 ――えぇと……何処まで話したっけ……
 そ、そうだ、……五つ目の悪夢の話をしなくちゃ……
 でも……何かを忘れたような……
 き、気のせいよね……気のせい……


登場キャラクター紹介

001 姫野 華玖耶(ひめの かぐや)

姫野華玖耶  このストーリーの一人目の主人公の少女。
 悪霊のストーカー達に狙われる事になる不幸な少女。















002 生島 すずね(いくしま すずね)

生島すずね 華玖耶の親友の少女。
 心優しい。

















003 山下 悟(やました さとる)

山下悟 このストーリーの二人目の主人公の少年。
 悪霊につきまとわれる華玖耶を守ろうとする。















004 北村 浩介(きたむら こうすけ)

北村浩介 華玖耶達の仲間の少年。
 霊感あり。

















005 藤崎 香奈美(ふじさき かなみ)

藤崎香奈美 華玖耶達の仲間の少女。
 霊感あり。

















006 香取 秀彦(かとり ひでひこ)

香取秀彦 華玖耶達の仲間の少年。
 霊感あり。

















007 鮫島 勇作(さめじま ゆうさく)

鮫島勇作 華玖耶達の仲間の少年。
 霊感あり。

















008 進藤 留華(しんどう るか)

進藤留華 華玖耶達の仲間の少女。
 霊感あり。

















009 真鍋 倫(まなべ りん)

真鍋倫 華玖耶達の仲間の少女。
 霊感あり。

















010 七つの悪夢【陰(かげ)】田中 重道(たなか しげみち)
  陰
 
 
 















  011 七つの悪夢【昏(くら)】佐藤 敏夫(さとう としお)

昏


















012 七つの悪夢【闇(やみ)】鈴木 美恩(すずき みおん)

闇


















013-1 七つの悪夢【棘(おどろ)】伊藤 篤志(いとう あつし)
伊藤篤志


















014 七つの悪夢【棘(おどろ)】伊藤 隆史(いとう たかし)
伊藤隆史


















015 七つの悪夢【斑(まだら)】山田 翔馬(やまだ しょうま)
斑


















016 七つの悪夢【朧(おぼろ)】渡辺 雅紀(わたなべ まさき)
朧


















017 七つの悪夢【空(うつろ)】?


018 天使ツイエル
天使ツイエル


















019 悪魔ヨメイビル
悪魔ヨメイビル


















020 七つの悪夢【新陰(しんかげ)】高橋 耕作(たかはし こうさく)
新陰


















021 七つの悪夢【新昏(しんくら)】小林 幸弘(こばやし ゆきひろ)
新昏


















022 七つの悪夢【新闇(しんやみ)】山本 光彦(やまもと みつひこ)
新闇


















023 七つの悪夢【新斑(しんまだら)】吉田 悦子(よしだ えつこ)
新斑


















024 七つの悪夢【新棘(しんおどろ)】加藤 栄二(かとう えいじ)
新棘


















025 七つの悪夢【新朧(しんおぼろ)】斉藤 芳樹(さいとう よしき)
新朧


















026 七つの悪夢【新空(しんうつろ)】中村 七緒(なかむら ななお)
新空


















027 中村 京子(なかむら きょうこ)
中村京子