第004話


二十七 新【陰】・【高橋耕作(たかはしこうさく)】
 


 帰ってから俺は倫達に相談した。
「そう……蠱毒……」
「知ってるのか倫?」
「そりゃ……多少はね。人を呪うための呪術よ、それ」
「聞いたよ、それ本人から……」
「どういう事?」

 俺は倫にこれまであったことを話した。

「そう……だとしたら、悪霊達は本来の力に加えて別の何かの呪い等の力を取りこもうとしているのかも知れないわ……呪いを融合させる事によって更に力をつけていると考えた方がいいみたいね……」
「そんな……」
「それは想定内だったから……私達も出来る限りの事はしているわ……そんなに心配しないで……」
「あ、あぁ……そうだったな……そっちの方は順調なのか?」
「――完璧と言う訳にはいかないけどそれなりにはね……こっちも準備に色々時間がかかるから悟囮としての役割はかなり重要でもあるのよ。向こうが隠れてやるようにこっちも隠れて行動をしないとね……だから、姫野さんと離れる必要があるんだけど……それだと姫野さんを守れない……だから、悟は必要不可欠な役をやっているのよ」
「……わかってる……力のない俺には囮くらいしか」
「…わかってないじゃない……今、姫野さんを守れるのはあんただけなのよ」
「あぁ……そうだな……わかった……」
「ちゃんと、しっかりしなさい、男の子でしょ!震えている女の子を守ってあげなくてどうするの?」
 俺は倫に慰められた。
 俺は何度めかの気持ちを奮い立たせた。

 翌日、気持を切り替えてまた、淡々と俺は姫野のそばで【劣化コピー】を祓っていく……
 祓った数も五十を過ぎた頃……

 そいつは現れた……
 新たなる悪霊の【オリジナル】……新【陰】の男だ。

 何の工夫も無く、正面から堂々と現れたところを考えると相当自信があるらしい……
 恐らく、新たな【陰】の能力ともう一つ……何かの力を手にしているんだろう……
 蠱毒の時の声の奴じゃない……
 別の奴だ。

(……俺の名前は【高橋耕作】……新たなる【陰】を拝命した……)
「単なるストーカーのお前の名前なんてどうでも良いよ……来たら退治する……ただ、それだけだ……」
 あれ……なんか自分でも妙に落ち着いているのがわかる。
 どうしちまったんだ、俺は……?
 本当なら、携帯で倫達に助けを呼ばないといけない危険な状態なのに……

 何となく……自分で倒せるんじゃないか……
 そんな気がする……

 多分、それは、【劣化コピー】を倒した事による、無意味な自信……
 そう……思うんだけど……
 何となく、こいつも倒せるんじゃないかという自信が湧いて来て仕方ない……
 早く……早く助けを呼ばなくちゃ……
 そうは思うんだけど……何故か助けを呼ぶ気にならない……

 【陰】の【高橋耕作】は陰に潜った……
 恐らく、影の中に潜れる能力なのだろう……

 ………

 冷静に敵の能力を分析している俺がいる……
 どうしちまったんだ一体……

 【陰】は影から突然姿を現し、俺に攻撃を仕掛ける。
 俺は難なくかわし、【陰】に怒りの鉄槌を下す。

(ぐわぁぁぁぁぁ……ば、ばかな、ばかなぁ……)

 驚きを隠せない【陰】の【高橋】なんたら……
 俺も驚いた……
 俺に、【オリジナル】と戦える力があるはず……

「どうやら、成功のようね……遠隔修行……」
 倫達が現れた。

 隠れてたのか……
「ど、どういう事だ、倫?……俺……どうしちまったんだ?」
「あんたは遠隔操作でずっと修行してたのよ……私達がずっとパワーを送ってね……もう一つ、自信を喪失していたあんたには自信をつけさせる必要があった……だから、あんた一人に【劣化コピー】の相手をさせて、自信をつけさせたのよ。荒療治だったけど、うまくいってよかったわ……」
「俺を騙したのか?」
「敵を欺くにはまず、味方からって言うでしょ。あんたには準備をしていると思ってもらって囮の役割もしてもらっていたって訳。前に言ったでしょ。あんたの役目が一番重要だって……全部、あんた中心に動いていたんだから……」
「な……」
「驚いている暇があったらとっとと倒しちゃいなさい。今のあんたなら簡単なはずよ」
「お、おう……わかった……」

 驚いている場合じゃなかった。
 まずは、この目の前の敵を倒さないと……

(ふざけるな……今のは油断しただけ……俺にはもう一つ力がある……)

「負け惜しみにしか聞こえないわよ悪霊さん」
 【陰】の強がりに倫がツッコミを入れる。

(俺はたくさんの悪霊を喰ったんだ……それによって無数の悪霊を自在に操る……)
 言い終わらない内に……
「そりゃ……ただの寄せ集めだろ……」
(ぎぎゃあぁぁぁぁぁぁぁあっ……)
 俺はとどめの一撃を入れた。
 どうやら、俺には悪霊を殴れる力が備わったらしい…。
 断末魔をあげ、【陰】は消えた。

 ――やった……やってやった……
 俺は勝ったんだ……
「姫野……俺……」
「山下君……かっこよかったよ……」

 俺は涙腺が緩み、思わず泣いてしまった。
 男泣きだ。

「はいはい……今のは敵が油断してたから勝てたのよ。次からはこんなに簡単にはいかないわよ。向こうも互角の力がある……そう思っていた方がいいわ」
 倫の言うとおりだ。
 ここで油断したら、また、後手に回っていた時と同じになる。
 俺達はまた、次の悪霊に備えて準備をしなくてはならない。
 同じ手は向こうには通じないだろうから……
 念には念を入れなくちゃならない……



 二十八 新【昏】・【小林幸弘(こばやしゆきひろ)】



 パチパチパチ……
 拍手をする音が響く……
 もう一体、……【オリジナル】が来ていたようだ。

 【陰】がやられるのを黙って見ていたようだ。
 やはり、奴らに仲間意識というものは無いようだ。

(……見事だったよ……私は【小林幸弘】だった者……【昏】の力を得し者)

「何で見捨てたんだ?……仲間じゃないのか?」
(仲間?……はっ、……何を言っているのやら……姫野さんを狙うのは少ない方が良いじゃないか……ライバルが減ってくれて逆に私は嬉しいよ)
「世の中に出回っている色んな作品では協力しあった方が勝つって相場が決まっているんだけど、知らないのか?」
(……私には力の無い者がただ慰め合っているようにしか見えないな……)
「【陰】を倒したのもその慰め合っているという力なんだけど……」
(……力は分断してしまえば意味はないさ、一人一人は弱者に過ぎないしね……)

 全く……こいつは……
「あんた……勘違いしているよ……」
(……何をだい?)
「確かにあんたの言うように、努力をしない人間達が集まって一人の才能のある人間を蹴落とそうとする事もあると思う……」
(……そう思うだろ……)
「だけど、これはそれとは違う……これは一人の困っている女の子の為にみんなが立ち上がって集めた力だ。そんな後ろ向きなものと一緒にするな!……知ってるか?困っている人を助けたいって気持ちが集まると、壊滅した町だって復興に向かうんだぜ!力の質は全く違うんだよ!」
(……なら……試してやる……私の力は……)
「知ってるさ、影でコソコソのぞき見る事だろ」
(違う……一人一人孤独な世界を作り出す事だ。どうだ、もう助けは呼べないぞ)

 勝ち誇る【昏】……
 だが……
「俺は決めたんだ……姫野を一人にしないって……」
 そう良いながら俺は姫野の手を握って放さなかった。

 やっぱりそうだ。
 手の感触がある。
 孤独な世界を作り出したんじゃない。
 姫野はずっと隣にいる。
 こんなのただの目くらましだ。

 視覚を操作して、一人だけになったと錯覚させているだけだ。
 こいつにそんな力はない……
 さっきの【陰】への勝利が俺に更なる自信をつけさせる。
 自信がついたという事は俺の潜在能力を更に引き出せるという事……
 俺は更に強くなる……

 負けてたまるかこんな奴らに……

 俺は怒っているんだ。
 寄って集って姫野を泣かせやがって……
 弱いハートで群がっているのはむしろお前達の方なんだよ!
 俺は冷静に状況を見極める。

 【昏】……こいつも大したことない……
 こいつは状況を把握するために【陰】との戦いを見ていた訳じゃない……
 ただ、見捨てただけなんだ……

 こいつにも多分、セカンド・アビリティー……第二の能力がある……
 だが、こいつは出し惜しみをしている……
 出すのを待っている必要なんかない……
 一気に倒してやる。

 俺は拳に聖気を込めて攻撃を仕掛けてきた【昏】にカウンターを浴びせる……

 いや、浴びせたように見えたのは気のせいだった。
 実際には空振りだった。

 こいつの力はまやかし……
 それに引っ掛かったんだ……
 冷静になれ……
 クールに事を運ぶんだ……
 
 俺は再び集中した。
 その間も姫野の手は放さない。
 姫野を心配させたくないからだ。
 こいつの行動は大体読める。
 姑息なこいつの事だ、死角から攻めて来るに違いない……
 だったら、自分の死角に意識を集中すればいい……

 案の定、死角から【昏】は攻めてきた。

「そこだ!」
(うぎゃああああぁぁぁぁあっ……)
 今度こそ俺はカウンターを決めた。

(当たってさえいれば……)
 負け惜しみをして【昏】の声も途絶えた。

 勝った……
 勝ったんだ……
 これで二連勝

 勝利の余韻にひたり……【昏】の見せていた目くらましが消えた時、俺は気持ちを改めた。

 それは、近くにあったはずの大木がズタズタに引き裂かれていたからだ。
 【昏】の言う通りだった……
 どうやらかまいたちかなんかの力を得ていたようだ。
 確かに、当たっていれば俺は死んでいた。
 大木は俺の身代わりになってくれたようなものだ……

 また、増長していた。
 これは俺の悪い癖だ。
 気持ちを改めないとまた、負け癖がついてしまう……

「やったわね、悟…すっかり見違えたわ。頼もしくなったわ」
 倫が珍しく褒めてくれた。
 倫は滅多な事では俺を褒めてくれない……
 自信持っていいのか……俺……

 だけど……
「いや、俺はまだまだだ……認めたくないけど敵は強い……そして、俺はまだまだ弱い……」
「それが解っただけでもあんたは成長しているって事よ。自信を持ちなさい。あんたは確かに強くなっているわ」

 俺はずっと不安だった。
 俺と姫野は釣り合わないんじゃないかって。
 俺に姫野はふさわしくないんじゃないかって。
 いつもその事を考えていて不安だった。

 だけど、今は少しだけ自信が持てた。



 二十九 新【闇】・【山本光彦(やまもとみつひこ)】



 三番目の悪夢……新たなる【闇】……【山本光彦】との対決はアイドル佐々木明美(ささsきあけみ)のコンサートに行く前日にあった。
 連日の恐怖にさらされ、意気消沈している姫野に何とか元気になってもらおうとコンサートのチケットを手に入れたんだ。
 正直、佐々木明美のファンという訳ではなかったのだが、テレビで困っているあなたを元気づける為に抽選で一名に招待するという企画があり、ダメ元で応募したら、当たった。

 こんな事もあるんだと思って姫野にプレゼントした。
 護衛のため、俺たちもバカ高いチケットを買って同行する事にした。
 九州であるというので、俺たちは前日にホテルにチェックインした。
 そのホテルに【山本光彦】が混じっていたのだ。

 こんなところまで来やがって……

 俺たちは異変に気付き、すぐに対応した。
 新しい【闇】は旧【斑】と同じように人から人へ移るタイプだった。

 怖いのはのり移られた人間の口の中に隠れているという事だった。
 操られている人間が口を開けたら中から顔が出ている姿は不気味以外の何者でもなかった。

 俺たちはうまく盛り塩による結界で【闇】を隔離した。
 その中で俺はトドメを刺すべく【闇】に迫っていった。
 だけど、素早く結界内を動く奴はヒットアンドウェイで攻撃を仕掛けては離れるのを繰り返してなかなか俺に反撃の隙を見せなかった。

 そして、奴のセカンド・アビリティーが明らかになる。
 奴は【覚(さとり)】という妖怪と融合しているのか人の心を読む事が出来るらしい。

 俺の攻撃が当たらないのもその為だったようだ。
 だが、【昏】にも言ったが俺には仲間がいる。

 仲間に暗示をかけてもらい、俺は仲間の操り人形と化し、仲間の操作で、俺は【闇】に必殺の一撃を与える事が出来た。

 チームワークの勝利だった。

 だが、喜びもつかの間……
 新たなる悪霊は俺たちが勝利に喜び、出来る隙を狙っていた。
 向こうもチームワークのようなものをやって来ていたんだ。



 三十 新【斑】・【吉田悦子(よしだえつこ)】



 そいつは【闇】を囮にずっと隙を窺っていた。
 姫野が結界から出てくるのを……
 そいつの名前は【吉田悦子】……メイクを取ったアイドル……佐々木明美本人だった。

 【吉田悦子】は【闇】の【山本光彦】をおだてて一緒に九州まで来ていたんだ。
 【吉田悦子】は【斑】…整形を繰り返すアイドルだった。
 旧【闇】も女だったから別にいてもおかしくはないとは思っていたけど、まさかアイドルだったとはな…

 姫野を糸で絡め取った【斑】はずるずると彼女を引っ張っていく。
 俺たちは全員でそれを引き留めにかかる。
 ……にしても何て力だ……

 俺たち全員と互角のパワーなんて……
 糸を使うという事はそれがこいつの二つ目の能力……
 恐らく【女郎蜘蛛】あたりとの融合を果たしたんだろう……
 妖怪の力を手に入れた悪霊達は更なる恐怖を姫野に植え付ける。

 放せよ、この糞女……
 姫野の精神はもう限界なんだ……
 お前達、ストーカー共のせいでな!

(ネットで見た時からずっと欲しかったのよ……貴女の鼻……目……唇……胸……取り放題じゃない……頂戴よ、それ全部……)

 ちっ……やっぱり狂ってやがる。
 ……にしても……切れね……なんて頑丈な糸なんだ……

「私に任せて、それっ!」
 藤崎が持ってきたバケツいっぱいの聖水をぶちまけ糸を溶かす。
(私の邪魔をするなぁ……人間が……)
「黙れ、妖怪!」
(妖怪じゃない……私はアイドル……そうアイドルなのよ……)
「自分の姿をよく見て見ろ化け物め……」
 【斑】は下半身が蜘蛛の様になっている自分の姿を見つめた。
(見ないで……見ないで……見るなっつってんだろうが……)

 逆上して襲いかかってくる……
 蜘蛛の糸を針金の様にして、それを剣山のように無数、棘を作り攻撃を仕掛けてくる。
 蜘蛛の糸を網の目の様にして俺たちを捕縛しようとする。
 蜘蛛の糸に毒を混ぜて来た様子もうかがえた。
 蜘蛛の糸を使った怒濤の攻撃が俺達を襲う。

 だけど、俺達もなんの用意もしてない訳じゃない……
 俺達の服には何枚ものお札が貼り付けられている。
 多少の防御力は上がっている。
 攻撃も俺達のコネを総動員して、色んな関係各所から様々なアイテムを貰い受けてきていた。
 ネットにはネットだ。
 俺達も悪霊退治の網を使って逆に【斑】を捕縛した。

 【斑】はたまらず悶絶する。
 そこへ俺が、最後の一撃を放つ。

(私はアイドルよ……アイドルなんだから……)

 それが、【斑】の最後の言葉だった。
 翌日、アイドル佐々木明美は山口敏江(やまぐちとしえ)というアイドルと入れ替わっていた。
 佐々木明美というアイドルは存在しなかった事になっていた。

 せっかくチケットを買ったので、俺達は山口敏江のコンサートを楽しんでから、帰郷した。



 三十一 新【棘】・【加藤栄二(かとうえいじ)】



 帰って早々……
 待ちかまえていたのは【棘】の【加藤栄二】だった。
 【劣化コピー】を作り出したのは奴だ。

 奴はお家芸の【劣化コピー】の数を更に増やして俺達に襲いかかって来た。
 だが、数々の修羅場をくぐって来た俺達の敵じゃなかった。
 自分でも驚くスピードで大量生産の【劣化コピー】共を片付けていった。

 そこで、奴はセカンド・アビリティーを使う。
 奴は、名だたる武将、剣客などの骸を取り込んでいた。

 これには俺達も苦戦した。
 向こうは、本物の戦場を経験した猛者だ。
 それらのゾンビやスケルトンが俺達に襲いかかった。
 素人の俺達が剣技等で勝てる訳がない。
 でも、それはあくまでも、ゾンビやスケルトンなどとまともに相手をすればという話だ。

 だったら、相手にしなければ良い。
 土地勘は俺達の方にあるんだ。
 向こうは【棘】によって俺達の町に無理矢理連れてこられた余所者に過ぎない。

 俺達は逃げ回り隙を見ながら【棘】に攻撃を仕掛ける事にした。
 【劣…化コピー】といい、ゾンビやスケルトンと言い、奴は他者を操る事には長けているけど、奴自身…【棘】本体の戦闘能力はそれほど高くないはず……
 なら、本体を潰してしまえば良い。

 本体さえ潰せば、ゾンビやスケルトンは消えて無くなるはずだ。
 こいつもちょろいもんだ……

 勝てる……勝てるぞ……
 俺達は……
 そう思っていたが……

 思わぬ邪魔が入った。

(いい気になってもらっては困るな……)

「お前……」
 俺は確信した。
 あの時の声の奴だ。
 あのイカレた奴がついに姿を現しやがった。
 何かの影が俺の一撃を止めた。

(僕の名前は【斉藤芳樹(さいとうよしき)】……道具で言えば【朧】になるかな……皆さん初めまして……おっと、そこの君と彼女は二度目だったよね……久しぶり……)

「――気をつけろみんな……こいつはこれまでの奴とひと味違う……」
「……こいつが例の声の奴か」
「そうだ、勇作……油断するなよ」
「わ……わかった」

 俺達は身構えた。
 少なくとも危なさで言えば、こいつは今までの奴とは格が違う……
 そんな気がしたからだ……

(ふーん……警戒しているねぇ……じゃぁ、とりあえず……こんなのを用意したんだけど……気に入って貰えるかな……?)

 奴が用意したもの……
 それは髪の毛のようなものだった。

 髪の毛?
 それに何の意味が……?

(集めるのに苦労したんだよ……これは君達の親類縁者の髪の毛だ……そしてこれは結構おなじみの呪いのわら人形……さて……これをどうするでしょう…)
「て……てめぇ……」
(誰が犠牲になるのかな……お父さん?お母さん?おじいちゃん?おばあちゃん?それとも従兄弟?……誰だろうね……)

 くそったれ……
 最悪の奴が最悪の物を手にしてた。
 親類を盾に取られちゃ俺達は何も出来ない……
 この卑怯者が……

「任せろ……」
 スピードには定評のある北村が【朧】から髪の毛を取り戻すために素早く動く……
(あ……残念……取られちゃったか……)
 意外な程、あっさりと取り返せた。

「早速浄化しよう……」
 俺達は取り返した髪の毛を念のため聖水で清めようとした。
 誰だ……
 一体誰の髪の毛だったんだ……

(ぎいやぁぁぁぁぁぁぁ……)

 突然、【棘】が苦しみ出す。

(あはははははは……最高だよ【棘】君……君の道化っぷりには……)
(……だ……騙したな……裏切りも……の……)
(酷いなぁ……一回助けてあげたじゃないか……それで貸し借りは無し……後はどうしようと僕の勝手じゃないか……)
(お……お前……最初から裏切るつもりで……)
(姫野華玖耶は僕のオモチャだからね……君の好きにさせるつもりはないよ……僕は君のオモチャの兵隊を作る力を借りたかっただけさ……ただ、それだけの関係だよ……)
(く………)
 【棘】の最期は聞き取れなかった……

 俺達の親類の髪の毛だと思っていたのは【棘】の髪の毛だったんだ。
 助けて潰す……反吐が出そうなやり口だ。
 こいつのやり口は特に好きになれない。



 三十二 新【朧】・【斉藤芳樹(さいとうよしき)】



「最低最悪だな……お前……」
(そうかな……利用出来るものは利用する……利口なやり方だと思うよ……)
「そうだな……お前、人間やめてるしな……人間の理屈は解らないか……」
(人間を超えちゃったからね……僕は……)
「超えてねぇよ、虫以下になったんだよ……」
(負け惜しみに聞こえるねぇ)
「次はお前の番だ覚悟しろ」
 俺の怒りはマックスを振り切った。
 こんな下種野郎にかける情けは微塵もない。
 徹底的に叩き潰してやる。

(さあ……ダンスパーティーの始まりだ……僕の用意した人形達と一緒に踊っておくれよ……)

 そういうと屋根の上から三十ちょっと位の影がフッと現れる。

(にゃ〜っ……)
(ふーっ……)
 猫?
 いや、違う……全員人間……女だ……
 いや……猫耳がある……化け猫か何かか……?
 尾が二つに分かれている……猫又かも知れない……

(紹介しよう……僕と関係を持った女の子達だよ……だけど……困った事に僕は一度遊んだオモチャに興味は無いんだ……使い道に困っちゃってね……始末しようかとも思ったんだけど【棘】君の力を借りて再利用する事に決めたんだ……ほらっ……リサイクルの時代だろ……僕もやってみたんだけど……どうかな?)
「お前が何処までも腐りきっているのだけは解ったよ」
(――そんな答えは求めちゃいないよ……僕は。……蠱毒で生き延びた猫を使ったんだよ……それで生まれたのが、この新しいオモチャ……化け猫シスターズさ……そうだな……君達を始末出来たらご褒美にハーレムでも作ってしばらくは遊んであげてもいい……優しいだろ……僕って)
「……もういい……黙れよお前……」
(そう言われると黙りたくなくなっちゃうなぁ……僕は……)
「くたばれ……」
(おっと……これ、なぁんだ…)

 俺の攻撃をかわした【朧】が見せたのはまたしても髪の毛だった。
 だから、どうした……
 虚仮威しはどうでもいいんだよ……

「ぐ……が……」
 突然、北村が苦しみ出す。
(取られたばかりじゃ悔しいからねぇ……僕もそこの人の髪の毛を掏(す)り取っておいたんだよ……うまいもんでしょ……)

 呪いのわら人形に北村の髪の毛を入れてわら人形の首を絞める【朧】……
 くそっ……抜け目ねぇ……
 狡猾過ぎるこいつは……

 北村を人質に取られた俺達の行動力は見るからに落ちていった。
 そこへ化け猫シスターズの攻撃が俺達を襲う……

 かつて無い大ピンチだった。
 為す術がない……
 どうすれば……

 諦められない……
 諦めたら……姫野は……

(あははははは……僕の勝ちだね……ん?……何だお前は……ぎゃああああぁぁぁぁぁ……)

 勝利を確信していた【朧】が更に現れた何かによって消滅させられた。
 あれは……



 三十三 新【空】・【中村七緒(なかむらしちお)】



 女だった……
 誰だ……一体……ま、まさか……

(【空】の【中村七緒】です……皆さん……)

 や……やっぱり最後の【空】か……
 前回の【空】は姫野自身……
 そして、最も厄介な相手でもあった。
 今回の【空】も恐らく、最も厄介な何かを持っている可能性が……

 現に、俺達があれだけ苦戦した【朧】を苦もなく倒してしまった。
 まさに最強の悪霊だ……

「みんな……気をつけろ、こいつは特に……」
 全員身構える……
 緊張が走る……
 最後にして最強の悪霊を前に……俺達はどう対応すれば……

(聞いて下さい……私の祖母の話です……)
「何かあるぞ……気をつけろ……」
(何もありません……私の祖母は天使ツイエルと悪魔ヨメイビルを造り出した霊能者でした……)

 ……何?……すると、こいつが……
(祖母の名前は【中村京子(なかむらきょうこ)】と言いました。悪魔の名前は同じですが、天使の名前は最初……カナエルでした……私にカナエルがツイエルに変わり時代を呪って死んでいった祖母の話をさせて下さい。そして、終わりにさせて下さい……)

 俺達は止まった……。
 そして、黙って【空】の話を聞き入った。
 【空】の話は一人の女性……中村京子の人生の話だった。
 霊能者として高く評価され幸せな気持ちで結婚したものの……
 姑の陰湿なイジメや夫との確執……それでも、子供のために必死で生きた女性の話だった。

 ここまでは良くある話……
 だが、それにマスコミも関わって彼女を不幸のどん底まで落としていった。
 霊能者の彼女を【詐欺師】と罵り、何処までも追い詰めていった。

 だが、それでも、彼女は希望を捨てなかった。
 子供達に天使カナエルが悪魔ヨメイビルを倒す話を繰り返し聞かせていった。
 カナエル……叶える……願いを叶えるから来ている天使。
 そう……彼女は希望を持っていた……
 最後に子供に裏切られるまでは……

 子供が父親と姑についた時、天使カナエルの物語は天使ツイエルに変わった。
 ツイエル……願いが潰えるという意味……

 彼女に希望が消えた瞬間だった。
 そして、彼女は亡くなった。
 世の中に……家族に絶望して……

 祖母の不幸を目の当たりにした祖母の子供……【空】の母は改心した。
 そして、【空】を産んでしばらくして仏門に入ったという……

 【空】は祖母を不幸にした母が……祖父が……曾祖母が許せなかった……
 だけど、今は……

 天使ツイエルの元に希望を持って祖母の生み出した悪夢と戦っている俺達の姿を見ていく内に……
 【空】はゼロに戻す決心をしたという……
 【空】……【空(から)】という意味もある……
 全てをゼロにする力は【空】にはあるのだから……

(姫野さん……皆さん……ごめんなさい……謝っても許してもらえないと思うけど……祖母は誰かに胸の内を聞いてもらいたかったんだと思います。私がその役目を果たしたかった……そして、ありがとう……聞いてもらって……さよなら……)

 そういうと……

 静かに【空】は消えていった……かに見えた。
 が……
「おばあちゃん……」
 【空】だった少女【中村七緒】は人として復活した。
 そうだ……彼女は何も悪いことをしていない。
 何もそのまま死ぬことはないんだ……

 彼女のおばあちゃん……【中村京子】は最後に奇跡を起こし、孫娘を復活させてくれたみたいだ。
 例外もあるだろうけど、【中村京子】の娘が母なら【中村七緒】……彼女の名字は中村ではないのかも知れない……彼女の父親の名字を名乗るのが多いのだから……

 それでも中村の姓を名乗っていたのは……彼女はずっとおばあちゃんの事を思い続けていたからかも知れない。

 こうして、一連の騒動が終わりを告げた。
 俺達の戦いは終わったんだ。



 三十四 そして…



「姫野さん……私……」
「中村さん……それはもう言いっこなしって事にしたでしょ」
「でも……」
「でももへちまもないわ。私は許すと決めたんだからそれで良いの」
「ありがとう……本当にありがとう」
 中村は姫野と友達になった。
 性格は本当に良い奴で俺も彼女なら安心だった。
 彼女は祖母の力をしのぐ霊能力が備わっているらしい……
 彼女が姫野のボディーガードになってくれるなら百人力だ。

 俺はというと……
「姫野……待ってくれ……」
「もう……ちゃんとしてよ……ダーリン」
「姫野の荷物重いよ、これ、何入っているの?」
「ひ・み・つ……」
「秘密って……」
「山下君おかし……」
「中村からも何か言ってくれよ」
「かぐやちゃんの彼氏になったからにはこれくらい当然です」
「生島、お前が言うな、なんでお前の荷物まで持たなくちゃならないんだ?」
「罰ゲームですよ姫野さんをいっぱい不安にさせた」
「中村ぁ……お前まで……」
「ダーリン、おいてっちゃうぞぉ〜」
「待てよ、姫野ぉ……」

 見ての通り、尻に敷かれている……
 だけど、俺は幸せだ。

 だって、こんなに可愛い彼女を持てたんだから…

 完。


登場キャラクター紹介

001 姫野 華玖耶(ひめの かぐや)

姫野華玖耶  このストーリーの一人目の主人公の少女。
 悪霊のストーカー達に狙われる事になる不幸な少女。















002 生島 すずね(いくしま すずね)

生島すずね 華玖耶の親友の少女。
 心優しい。

















003 山下 悟(やました さとる)

山下悟 このストーリーの二人目の主人公の少年。
 悪霊につきまとわれる華玖耶を守ろうとする。















004 北村 浩介(きたむら こうすけ)

北村浩介 華玖耶達の仲間の少年。
 霊感あり。

















005 藤崎 香奈美(ふじさき かなみ)

藤崎香奈美 華玖耶達の仲間の少女。
 霊感あり。

















006 香取 秀彦(かとり ひでひこ)

香取秀彦 華玖耶達の仲間の少年。
 霊感あり。

















007 鮫島 勇作(さめじま ゆうさく)

鮫島勇作 華玖耶達の仲間の少年。
 霊感あり。

















008 進藤 留華(しんどう るか)

進藤留華 華玖耶達の仲間の少女。
 霊感あり。

















009 真鍋 倫(まなべ りん)

真鍋倫 華玖耶達の仲間の少女。
 霊感あり。

















010 七つの悪夢【陰(かげ)】田中 重道(たなか しげみち)
  陰
 
 
 















  011 七つの悪夢【昏(くら)】佐藤 敏夫(さとう としお)

昏


















012 七つの悪夢【闇(やみ)】鈴木 美恩(すずき みおん)

闇


















013-1 七つの悪夢【棘(おどろ)】伊藤 篤志(いとう あつし)
伊藤篤志


















014 七つの悪夢【棘(おどろ)】伊藤 隆史(いとう たかし)
伊藤隆史


















015 七つの悪夢【斑(まだら)】山田 翔馬(やまだ しょうま)
斑


















016 七つの悪夢【朧(おぼろ)】渡辺 雅紀(わたなべ まさき)
朧


















017 七つの悪夢【空(うつろ)】?


018 天使ツイエル
天使ツイエル


















019 悪魔ヨメイビル
悪魔ヨメイビル


















020 七つの悪夢【新陰(しんかげ)】高橋 耕作(たかはし こうさく)
新陰


















021 七つの悪夢【新昏(しんくら)】小林 幸弘(こばやし ゆきひろ)
新昏


















022 七つの悪夢【新闇(しんやみ)】山本 光彦(やまもと みつひこ)
新闇


















023 七つの悪夢【新斑(しんまだら)】吉田 悦子(よしだ えつこ)
新斑


















024 七つの悪夢【新棘(しんおどろ)】加藤 栄二(かとう えいじ)
新棘


















025 七つの悪夢【新朧(しんおぼろ)】斉藤 芳樹(さいとう よしき)
新朧


















026 七つの悪夢【新空(しんうつろ)】中村 七緒(なかむら ななお)
新空


















027 中村 京子(なかむら きょうこ)
中村京子