第003話


 十九 天使と悪魔



 香取秀彦と進藤留華だった。

「――ようやく本体のお出ましだね……」
「――正体を現しなさいヨメイビル……」
 俺には二人の言っている事が解らなかった。
 香取と進藤の二人は姫野に対して何かを言っている。
 それは解るけど、本体って何の事だ?俺にはさっぱり……

 そんな事を思っていると俄には信じられない事が起きた。

 【陰】、【昏】、【闇】、【斑】、【棘】、【朧】の六つの【呪いの七つ道具】が現れ、姫野から飛びだした【空】と合わさり姿形を変えていく……
 その姿は神話とかに出てきそうな悪魔……
 そう見えた。

 それだけじゃない……
 香取と進藤が重なりあい、一つの存在になって行く……
 こっちも神話ではおなじみの姿だ。
 そう……天使だ……

 天使と悪魔が俺の目の前に現れた。

 そうだ……悪霊が居るんだ……
 別に、天使や悪魔が居たって不思議じゃない……
 そして、天使と悪魔は俺の目の前で戦いを始めた。
 戦いと言ってもそれは歌合戦のようなものだった。
 天使が歌い出すと辺りは光がちりばめられていく。
 逆に悪魔が歌い出すと辺りは薄暗くなっていく。
 天使の歌詞は希望を語り……
 悪魔の歌詞は絶望を語っていく……
 俺は呆然と見ていたが、倫が両手のひらを重ね、膝を折り、祈るような姿勢を取る。
 続けて、勇作が、藤崎が、北村が同じ姿勢を取る。
 姫野の事が心配で側にいた生島も同じ姿勢を取る。
 最後に、俺も同じ姿勢をとり、ただ、姫野の無事だけを祈った。

(ぎゃああああああぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁっ……)
 祈りが通じたのか悪魔の力が次第に弱まって来る。
(皆さん……もう少しです)
 天使が俺たちに力を求めてくる。
 俺は力の限り、祈り続けた。
 気付いた時……俺は気を失っていて……

(悪魔は去りました……しばらくは大丈夫ですよ……)

 天使はそう、微笑んで、香取と進藤に戻った。
 しばらく……そう言うからにはまだ、終わりではないのだろう……
 だけど、とりあえずの脅威は去ったという事なのだろう……
 俺は情けない事に安心と解って腰を抜かしてしまった。



 二十 休息



 いっぺんにいろんな事があって俺は混乱していた。
 だけど、香取と進藤が説明してくれた。

 香取と進藤の中には天使ツイエルが半身ずつ入っているという事だった。
 ツイエルは悪魔ヨメイビルを追って天界から来たんだという。
 天界と言っても本当の天界では無く、イメージの世界での天界だとの事だった。
 時代の影で、詐欺師として処刑された女性の正しい心が生み出した世界だという……
 同じ様に、世の中を憎む気持ちがあり、イメージの世界での魔界を作り出し、そこから悪魔、ヨメイビルが生まれたという……

 そういや、ツイエルなんて天使やヨメイビルなんて悪魔、聞いたこともないなと思った。
 ツイエルは【潰える】、ヨメイビルは【嫁いびる】から来た言葉遊びのようなものか。
 どうせなら、ミカエルやサタンと言った有名な天使や悪魔が出てきたら迫力とか凄いんだろうけど、所詮、人のイメージから生まれた天使と悪魔……

 人、一人を不幸にするのが、せいぜいと言った所だろう……
 でも、俺たちにとってはかなり恐ろしい敵だった。
 実際に人も死んでいる……
 笑い事ではすまされないと俺は思う。

 ツイエルとヨメイビルを考えた女性の霊力はもの凄いものだったらしい。
 一人の女性の正しく有ろうとした姿が天使となり、世を憎む姿が悪魔となったのだ。
 今回の事件は天使と悪魔を作り出す、イメージの力というのを思い知った感じとなった。

 出来れば、もう、関わりたくない……

 だけど、香取達の話では天使と悪魔は表裏一体。
 自分達が存在する限り、悪魔もまた、存在する。
 悪魔はリセットされて、新たな力を持って再び、姫野に襲いかかって来る可能性があると言われた。
 つまり、香取と進藤の中にツイエルがいる限り、【呪いの七つ道具】もまた、復活し、牙を剥いてくるということだ。

 だけど、それは、それ。
 これは、これだ。
 今は、一時かも知れないけど、この平和を楽しもう。
 悪霊共が来たときは俺がまた、守ってやればいいんだから。

 俺はこの事件の勢いのまま、姫野に再度アタックした。
 返事は……
「まずは、お友達から始めましょう……」
 ――だった。
 だけど、その言葉には彼女の好意がかなり感じられた。
 いきなり、キスとかしちゃったけど、俺も姫野もお互いの事をまだ、よく知らない。
 少しずつ俺の事を姫野に知ってもらって、俺も姫野の事を理解していこう……

 そう思った。
「あ、そうそう……山下君……」
「な、何、姫野……って、いひゃい、いひゃい……」
 俺は、姫野に思いっきりほっぺたをつねられた。
「これは、私のファーストキスを奪った分……これでチャラにしてあげるわ。交際が決まってからしてよね、あーゆーことは」
 顔を赤く染めて姫野がぷくぅ〜と軽く怒ってみせる。
 でも、それが、怒ったふりなのは、俺でも解った。

 照れ隠しなのだろう――
 そんなところも可愛い……
 そう思う俺だった。
 あぁ……早く、姫野と恋人になりてぇ……
 まぁ……焦っても仕方ないか……
 のんびり行こう…少しずつ、姫野との仲を発展させて行こう……



 二十一 新学期



 俺たちは二年に進級した。
 香取と進藤の力で、俺たちは仲間内でみんな同じクラスになることが出来た。
 新しい友達も増え、次第に新しいクラスにもなじんでいった。
 姫野も段々、本来の明るさを取り戻していった。

 楽しかった……

 楽しかったが、姫野は一度、【呪いの七つ道具】に取り込まれ、【空】となった事もあり、まだまだ、安心は出来ない。
 それに、あいつら……ストーカー共がこれで終わりというのも信じていいものかどうか…。
 楽しさの影にいつかまた、悪霊共が現れるんじゃないかという不安は常につきまとっていた。
 【斑】は言っていた……
(お前らは何も解ってない……俺は何度でも出てくるぞ、何度でもなぁ……)
 と。

 現に、【斑】は消えて無かった。
 再び、俺たちの前に現れ、また、天使との戦いで消えた。
 だけど天使も言っていた。

(しばらくは大丈夫ですよ……)
 と。

 そう、しばらくなのだ……大丈夫なのは。
 また、復活するという事を示唆しているのだ……天使の言葉は。
 天使が生きているという事は悪魔も生きているという事なのだから。
 俺たちの戦いはまだ、終わりじゃないという事だ。

 ……そうは思っているんだけどな……
 正直、今の平和が何時までも続くような……
 そんな感じもしてる。
 姫野との何気ない普通の事を一緒にするのが楽しい……
 楽しくて仕方ない……

 そうだ……俺はますます、姫野の事が好きになってしまっていた。
 彼女と一緒にいたい……
 ずっと一緒に……
 離れたくない……
 その気持ちが強くなっていっている。
 これが恋というものなのだろうか……
 この前、姫野と手をつないでしまった。
 厳密には手が触れたというのが正しい解釈なのだろうけど……
 俺は、姫野と手を握り、一瞬が永遠の様にも感じた。
 そして、二人とも急に手を放した。
 何となく、お互いが意識しあっているのを感じる。
 姫野ももしかしたら、俺の事を……

 そんな甘い期待が俺を支配していく……
 それだけじゃない……
 姫野との接点を見つける度に、俺の胸は高鳴っていく。
 今なら、はっきりわかる……

 俺は姫野の事が好きだ。

 だが、俺はこの気持ちを素直に表現出来る程器用ではない。
 自分に対するもどかしさを日々後悔する。
 こんな気持ちを味わえるのも今だけかも知れないのに。
 また、悪霊共が襲ってくるかも知れないのに……
 俺は恋に狂いうかれてた。

 ……そして、また、やつらはやってくる……



 二十二 新たな悪夢…



 その日は突然、訪れた……
「……姫野……どうかしたか?」
 俺は姫野に尋ねた。
 姫野の顔が青かったから……
「山下くん……これ……」

 姫野が恐る恐る手渡したものは……
「この手紙は……」
【……ずっと見ているよ……】
 悪夢が再び姿を現した事を示すものだった。
「……あいつらは成仏したんじゃなかったの……?」
 姫野が震える声でつぶやく……

 香取と進藤は悪魔との戦いの後、こう言っていた。
「七つ道具はまだだけど、とりあえず、【田中重道】、【佐藤敏夫】、【鈴木美恩】、【山田翔馬】、【伊藤篤志】、【伊藤隆史】、【渡辺雅紀】の七人の魂は浄化出来たと思います」
「問題があるとすれば、姫野さんに思いを寄せる者はこの七人だけじゃないってことかな?」
 と。

 だから、少なくとも【呪いの七つ道具】が新たなる生け贄を見つけるまでは無事だと思っていた。
 あれは、死ぬと解っていて手にするような道具じゃない。
 命を失うと解っていて手に入れるようなバカがそんなに簡単に出るものじゃない……
 おれは、そう思っていた。
 だが、考えが甘かったようだ。

 それを示すように、悪夢を告げた手紙は跡形も無く消えてしまった。
 その手紙が普通の手紙では無いという事が確定してしまった。
「い……嫌よ……」
 姫野の顔が曇り、涙を浮かべる。
 また、姫野が辛い顔をしてしまった。
 今度は誰かが行方不明になったという話は聞かない……

 だから、誰が悪霊のストーカーになったのかは解らない。
 悪夢が復活したとなると姫野が再び、【空】になるという可能性も出てくる。
 正直、姫野が【空】になってしまうと俺達では手のうちようがない。

 くそ、誰だ、いったい……
「姫野……俺がまた、守るから……」
「山下くん……」
 俺は彼女の肩をそっと抱き寄せる事くらいしか出来なかった。
 悪夢は……やつらは……近い内に、また、姫野の前に現れる……
 そう、思うと、また、悪夢達に対する激しい怒りが俺を支配した。
 来るなら来やがれ、また、叩きのめしてやる……
 俺はそう自分で、自分を鼓舞するのだった。

(フフフフフフ……)
(くすくすくす……)
(ひひひひひ……)
(あははははは……)
(ししししし……)
(フッ……)
(へへへへへへ……)
 悪夢達の笑い声が響き渡り、姫野を更に怯えさせる……

 くそっ、やることが姑息なんだよ。
 ぶん殴ってやりたい!
 俺は再び、悪夢共との戦いの決意を腹に決めた。

 その日の内に、仲間を集め、今後の対策を打ち合わせした。
 今度は後手に回らないようにあらかじめ、対策を練っていこう……
 そう仲間内で決めていたからだ。
 悪夢に対して、先手を取る事は正直、難しいとは思う……
 だけど、後手に回る事は出来るだけ避けたいと考えてもいる。
 負けたら、姫野は持って行かれる……

 だから、絶対に負ける訳にはいかないんだ。
 何が何でも、追い払ってやる。
 俺に言える事はそれだけだ。



 二十三 旧【斑】の負の遺産



 倫達にも協力してもらって学校中調べてもらったけど、引きこもりや登校拒否者は何人かいたけど、行方不明者はやっぱり居なかった。

 登校拒否をしている人間も怪しいとは思ったけど、生存はしている訳で……【呪いの七つ道具】を手にして、死んだという話は聞かない。
 だけど、そもそも登校拒否をしている人間が姫野と接点があるかどうかと言えば、無いのではないだろうか?
 登校拒否と姫野へのストーキングが俺には結びつかないからだ。
 だからと言って、疑いが晴れたかというとそうでもない……
 どこかで姫野の事を知ってという事も考えられるからだ。
 姫野は美人だし、それが、何らかの形で、噂で広まっていても別におかしくは無いからだ。
 俺達には、天使……香取と進藤がいる訳だし、悪霊達に遅れを取るという事も無いと信じたいけど……

 やっぱり不安はぬぐえない。
 隠れていて先手を打つ事が出来るのは向こうだからだ。
 別の学校の生徒なのか……
 それとも、学生ではなく、先生とか……?
 それとも全く関係ない一般人……
 考えたらきりがない。
 俺は、焦りを感じていた。

 姫野を守りたいけど、俺にはその力が無い……
 その事実をまざまざと突きつけられているような気がして……己の無力を嘆くことしか出来ず、姫野が悲しんでいても安心させる術が無い……

 そんな自分に対しても怒りがこみ上げてくる。
 俺たちが焦る事…それは、敵にとっては好都合なのだろう…。
 だから、焦っちゃ駄目だ。
 焦ったら、敵の思うつぼだ……
 ……解っているんだ……
 ……解ってはいるけど、俺は……

 天使ツイエルの力を借りたくても悪魔ヨメイビルが出現しない限り、ツイエルも出ることはない。
 二つは対になる存在だからだ。
 だから、俺達だけで、何とかするしかないんだ。

 俺は悩みながら眠れない夜を過ごす事になった……
 そんな時、泊まりに来ていた倫が声をかけてきた。

「起きてる悟?……」
「何だ倫か……何だよ、こんな夜更けに……」
「ちょっといい?」
「悪いけど……俺、ちょっと考え事していて……」
「姫野さんの事でしょ?」
「姫野の事っていうか……姫野に取り憑いている新しい悪霊共の事だよ……正体が全然わからねぇ……何なんだあの声は?……」
「なら、丁度良いわ……多分、原因が突き止められたわ……」
「うそ?どうやって……」
「今日、泊まりに来たのはそれを知らせるためだったのよ」
「教えてくれ、何なんだ、奴らは……」
「もう少し待って……今は二十三時五十五分だから……後、五分で見られるようになるわ……パソコン立ち上げて待ってましょう」
「パソコン?」
「そうよ……」

 俺達は、五分待った。
 午前0時になった時、倫が何やら文字を打ち込んだ。

 そして、ネット上に浮かび上がる【姫野華玖耶オフィシャルサイト】の文字が……
 もちろん、この【オフィシャルサイト】というのは嘘だ。
 姫野の許可など得てはいない。
 こんなのはインチキだ。
 オフィシャルでも何でもない……単なるなりすましサイトだ。
 嫌、悪意がある分、なお質が悪い。

「……第四期会員募集中?」
「待って、順を追って説明するわ。これは、旧【斑】、【山田翔馬】が立ち上げたサイトよ」
「【斑】ってまだ、成仏してないのか、あの野郎……」
「いえ、多分、成仏はしたわ。今は別の何かが引き継いで午前0時から4時までの四時間だけ、このサイトを見れるようにしているのよ」
「なんだって?」
「削除要請をしたんだけど、このプロバイダとかは全く相手にしなかったわ。4時間しか出ないサイトなんて馬鹿げていると言ってね……それと、これ……似てると思わない?」
「……似ているって……あ……」

 俺が目にしたのは小さく書かれた天使と悪魔のイラストだった。
 天使と悪魔を描くのはそう珍しい事ではない。
 が、この天使と悪魔は天使ツイエルと悪魔ヨメイビルに酷似していた。
 まるで、見たことがあるように……
「恐らく、今度はツイエルとヨメイビルを生み出した女性が関わっているかそれに関する者が裏で糸を引いているか……かも知れないわね……」
「くそ、なんなんだ……」

(ふん……お前らは何も解ってない……俺は何度でも出てくるぞ、何度でもなぁ……) 

 俺の脳裏に旧【斑】、【山田翔馬】……奴の残した言葉が木霊する。
 くそっ…成仏してまで、こんな置きみやげまで用意しやがって……
 罵ってやりたくても当の本人はとっくに成仏ときたもんだ……



二十四 姫野華玖耶オフィシャルサイト



 倫と俺の話は続いた。

「あの時、聞こえた謎の声の正体なんだけど……恐らく、姫野華玖耶ファンクラブの第一期会員だと思うわ」
「第一期って、さっきの第四期会員のか?」
「そう……声は七つ聞こえた……つまり、【陰】、【昏】、【闇】、【斑】、【棘】、【朧】、【空】の七つ……基本的に一期につき、七人までしか会員になれない……そう思うの」
「じゃあ、第四期募集中って事は少なくともそれまでの三期分の二十一人が悪霊になっちまったって事か?」
「多分……違う…七つ道具は七つしかない。だから、第一期会員が悪霊になったから、第二期会員と第三期会員は恐らく待機……第一期会員が成仏したら、第二期会員が次の悪霊になる……そんな感じだと思うわ……」
「なるほど……そういう事か…なら、第一期の奴らをぶちのめして道具を回収してしまえば……」
 俺が、そう言った時、サイトを見ていた倫は……

「あ、ゴメン……違ったみたい……」
 と訂正した。

「何が違うんだ?」
「うん……このサイトを見ると【棘】の力を使った劣化コピーを新しい悪霊を使っている見たいだわ……劣化コピーだから、力自体はオリジナルより劣るけど……」
「……けどなんだ?」
「問題はオリジナルの方……劣化コピーで私達をひきつけている内に何かを企んでいるようなのよ……会員にはなれないから、詳しい事は解らないけど……オリジナルの方が出てきたら前以上の強敵になるかも知れないわね……」
「何を狙ってやがるんだ一体……」
「それは私には解らないわ……」
「どうすれば良い?」
「とにかく、このサイトも心霊現象の一つでしょうから、何が起きるか解らないわ。それなりの準備をして、出来るだけたくさんの仲間の立ち会いの下で除霊しましょう」
「そうだな」

 俺と倫は仲間達と一緒に次の夜、除霊をする事にした。
 姫野は何が起きるか解らないから別室で別の仲間と待機している。
「よし……0時になった……入るぞ」
 俺が、サイトに入る為に文字を入力した。
 そして、映し出される【姫野華玖耶オフィシャルサイト】の文字……
 横には【第四期会員募集終了しました】との文字が……

 くそっ……また、7人増えた……
 どいつもこいつも……死にたがりが……
 そして、除霊の準備をしている時、音声をオフにしていたはずなのに……

(ふふふ……見えているぞ……)

 との不気味な声が……
 その声に反応したかのように……
 サイトの中の【第四期会員募集終了しました】の文字が【第五期会員募集終了しました】の文字に変わった。

 そうかと思うと凄いスピードで【第六期】、【第七期】、【第八期】とどんどん期数が増えて行く。

「いけない、早く除霊を!!」
 香取が指示を出し、除霊をした。
 最後に見た募集終了期数は俺の目に狂いがなければ【第十三期】……
 少なくとも七×十三の九十一の悪霊及び、悪霊予備軍が出来た事になる……
 ったく、どいつもこいつも……
 何やってんだよ……死んでまで、姫野につきまとおうって奴がこんなにいるのか?

 それに、俺自身のふがいなさ……
 しっかりしなくちゃと思っていてもいつも後手後手に回る。
 そして、なめていた。
 悪霊共がまた来ても、またぶちのめせば良いと高をくくっていた。
 その結果、悪霊共は更なる力を手にしていた。
 その事も倫達から後から聞かされたというザマだ。

 どうしても攻めて来る方にアドバンテージがある……
 守る方はそれを考慮に入れて、万全の対策を取るしかない……
 俺の思い上がりが姫野をまた、危機にさらす……

 くそっ、くそっ、くそっ、くそっ……

「ゴメン……みんな……私のために……」
 隣の部屋から姫野が様子を見に来ていて俺たちに謝罪する。
「姫野は悪くないよ……」
「でも……」
「悪くないんだ……君は。……悪いのは悪霊共の方なんだ……」
「私が居なくなれば…」
 姫野は涙ぐみ考えが後ろ向きになる。
「君は悪くない……そんな事では君はまた【空】になってしまうよ。気をしっかりもって……」
 香取が慰める。
 その役を持って行かれてしまった。

 自分のバカさ加減を嘆くばかりで、全然姫野の事を考えてなかった。
 悔しい……
「みんな……ここはまず、目の前の脅威から片付ける事にしましょう。まずは、劣化コピーへの対応……そこから始めましょう」
 倫が指揮を取る。
 俺よりずっとしっかりしている……
 俺も負けないようにしっかりしないと。



 二十五 劣化コピー達



 翌日……

(姫野さん好きだぁ〜っ……)
「消えろぉ!」
 俺は、姫野に襲いかかって来た男の顔面にお札を貼った。
 今までのうっ憤を晴らす意味でも、俺は強めに貼り付けていった。
 男の好きだというのは旧【斑】が嫌がらせ目的で始めた学校の裏サイトで彼女の顔を見た人間が彼女に群がってきたのだろう。
 そして、そいつらが、【呪いの七つ道具】の劣化コピーとなったのだ。

 【劣化】というだけあって、今まで相手にしてきた悪霊よりは力は格段に劣っていた。
 俺でも、お札を使えば、十分、撃退出来る……
 そんなレベルだ。

 だが、九十一回これを繰り返さないといけない……
 数が多いという点がちょっとばかり厄介だった。

 何処から何人が現れるか解らないからだ。

 倫や香取達は、再び現れるであろう【オリジナル】達に対する対抗手段を色々考えているため、劣化コピーの相手は俺がメインでやることになっていた。
 そこに【オリジナル】が現れたら、すかさず、倫達に携帯で連絡を取るという手はずになっている。
 俺の方は……
 今、退治した奴で5体……
 先は長そうだ。
 だが、【劣化コピー】達は【オリジナル】と違い、特別な能力みたいなのはなさそうだ。
 ただ、姫野に向かって真っ直ぐにつっこんでくる……
 つっこんできて何をするつもりではないが、単調な行動だし悪霊同士のチームワークも全くなし、俺にとっては助かった状況でもある。
 いわゆる烏合の衆ってやつだな。

 いや……そうやって油断するのが駄目なんだ。
 こいつらは単なる時間稼ぎ……

 何か黒幕は考えているのかも知れない……
 何もないかも知れないけど、それが、手なんだ。
 何かあるのではないかと不安にさせて、俺達を心理的に追い詰めるための……
 そして、この事でも姫野の負担になっている……
 悔しいが、力をつけている間の姫野を追い詰める策としては十分に機能が果たされてしまっている……

 それにお札もタダじゃない……
 使っていく内にストックがなくなってしまうこともある……

「や、山下君……」
 いかん、姫野が不安がっている……
 今は集中して、悪霊を退治しないと……
「大丈夫だ、姫野、俺がついてる!」
「う、うん……」
 不安な気持ちを押し殺して俺と姫野は【劣化コピー】を退治していった。
 頼りない俺だが、【劣化コピー】程度に後れを取るつもりはない。

 順調に【劣化コピー】を退治していく俺達だったが、その途中で見たくないものを見た。
 それは、最初俺達には何だかわからなかった。
 が、それは、一目で、まがまがしいものだという事がわかるものだった。



 二十六 蠱毒(KODOKU)



「うわ……なんだこれ……」
「……ひどい……」
 俺と姫野は絶句した……
 たくさんの虫や動物達の死骸が大きな穴に敷き詰められていたからだ。

 ひどい異臭がした。
 見ているだけで吐き気をもよおす。
 それほど酷かった。
 【劣化コピー】達をかわしながら、迷い込んだ工場跡地……
 そこには、大きな穴が無造作に掘ってあってそこにたくさんの動物や虫の死骸がうじゃうじゃあった。

(やれやれ……見られてしまったか……使えないコピー達だ……)

 突然、声がした……。

「や、山下君……」
 姫野が不安がる。
 俺は姫野の肩をよせ……
「大丈夫!俺が何とかする」
 と精いっぱいの虚勢をはった。

(見つけたご褒美に調べる手間を省いてあげるよ……)

 声は特に慌てた風でもなく、落ち着いた口調で淡々と喋る。

(それは蠱毒(こどく)と言って呪いに使われる儀式の一つだよ……)
「お前がやったのか?」
(……そうだよ……我々は君達を過小評価していた……勝てる訳がないと……その結果、我々は一度、君達に敗れてしまった……)
「な、何者だ、お前?」
(……君達風に言えば、【悪霊】……【呪いの七つ道具】……【ストーカー】……そんな風に言えばいいのかな?)
「お、お前達は退治されたんじゃないのか?」
(【前の】はね……)
「なんで、私を狙うの?」
(それはそれぞれの理由があるからだよ……一概に一つとは言えないな……僕の理由だけに絞って言えば、君が可愛いからだよ)
「ど、どういう意味ですか?」
(基本的に可愛いものは壊したいんだよね、僕は……)
「ふ、ふざけるな、姫野を何だと思っているんだ?」
(可愛い【物】だよ、【物】……)
「ふ、ふざけ……」
(……てないよ、別に……僕は本気さ……他の六名もそれぞれの理由があって動いているんだろうね……)

 俺は戦慄した……
 前の奴らの方がよっぽどまともな考えを持っていた。
 こいつは性格が壊れている。

(姫野さぁ……ん)
(大好きだぁ……)
(結婚してくれぇ……)
 そんな時、また、新たな【劣化コピー】達が乗り込んで来た。

 くそっ……こんな時に……
 そう思ったのだが……

(うるさいなぁ……使えない【物】に用はないんだよ……)
 声がそう言うと【劣化コピー達】は霧散した。
 こいつは非情だ……
 仲間を仲間とも思っちゃいない……

 俺はそう思った。

 言うだけ言うと声は聞こえなくなった。
 後には震えて小さくなる姫野と肩を抱いて慰めようとしている俺だけがたくさんの死骸の下に残された。


登場キャラクター紹介

001 姫野 華玖耶(ひめの かぐや)

姫野華玖耶  このストーリーの一人目の主人公の少女。
 悪霊のストーカー達に狙われる事になる不幸な少女。















002 生島 すずね(いくしま すずね)

生島すずね 華玖耶の親友の少女。
 心優しい。

















003 山下 悟(やました さとる)

山下悟 このストーリーの二人目の主人公の少年。
 悪霊につきまとわれる華玖耶を守ろうとする。















004 北村 浩介(きたむら こうすけ)

北村浩介 華玖耶達の仲間の少年。
 霊感あり。

















005 藤崎 香奈美(ふじさき かなみ)

藤崎香奈美 華玖耶達の仲間の少女。
 霊感あり。

















006 香取 秀彦(かとり ひでひこ)

香取秀彦 華玖耶達の仲間の少年。
 霊感あり。

















007 鮫島 勇作(さめじま ゆうさく)

鮫島勇作 華玖耶達の仲間の少年。
 霊感あり。

















008 進藤 留華(しんどう るか)

進藤留華 華玖耶達の仲間の少女。
 霊感あり。

















009 真鍋 倫(まなべ りん)

真鍋倫 華玖耶達の仲間の少女。
 霊感あり。

















010 七つの悪夢【陰(かげ)】田中 重道(たなか しげみち)
  陰
 
 
 















  011 七つの悪夢【昏(くら)】佐藤 敏夫(さとう としお)

昏


















012 七つの悪夢【闇(やみ)】鈴木 美恩(すずき みおん)

闇


















013-1 七つの悪夢【棘(おどろ)】伊藤 篤志(いとう あつし)
伊藤篤志


















014 七つの悪夢【棘(おどろ)】伊藤 隆史(いとう たかし)
伊藤隆史


















015 七つの悪夢【斑(まだら)】山田 翔馬(やまだ しょうま)
斑


















016 七つの悪夢【朧(おぼろ)】渡辺 雅紀(わたなべ まさき)
朧


















017 七つの悪夢【空(うつろ)】?


018 天使ツイエル
天使ツイエル


















019 悪魔ヨメイビル
悪魔ヨメイビル


















020 七つの悪夢【新陰(しんかげ)】高橋 耕作(たかはし こうさく)
新陰


















021 七つの悪夢【新昏(しんくら)】小林 幸弘(こばやし ゆきひろ)
新昏


















022 七つの悪夢【新闇(しんやみ)】山本 光彦(やまもと みつひこ)
新闇


















023 七つの悪夢【新斑(しんまだら)】吉田 悦子(よしだ えつこ)
新斑


















024 七つの悪夢【新棘(しんおどろ)】加藤 栄二(かとう えいじ)
新棘


















025 七つの悪夢【新朧(しんおぼろ)】斉藤 芳樹(さいとう よしき)
新朧


















026 七つの悪夢【新空(しんうつろ)】中村 七緒(なかむら ななお)
新空


















027 中村 京子(なかむら きょうこ)
中村京子