第一話 フィオナ・ジョンソン

00 語祖(ごそ)


 その口より紡がれる物語を実体化させる力を持つと呼ばれる話祖(わそ)――
 その話祖の日陰者(ひかげもの)として常に歴史の影に身を潜めし存在――
 話祖の紛い物として誕生し、紛い物としてその生涯を終える存在――それこそが語祖(ごそ)である。
 決して、目立ってはならない――
 目立てば本物に――話祖に消される。
 だから彼らは暗躍する。
 表舞台には登場せず、歴史の闇で蠢いている。


「どういう事なんだ?」
 大臣は動揺する。
 その男は三年も前に始末したのだから。
 もはや、居るはずの無い男なのだから。
 だが、この世を去ったはずの男は今も王国に恐怖を与え続けている。

 殺したはずの男はよりにもよって王国の姫君をたぶらかした。
 姫は男の虜となり、王国は傾きかけた。
 だから、王国は男を捕らえ、処刑した。
 だが、死の瞬間、男は自分を【語祖(ごそ)】と名乗った。
 【話祖(わそ)】の紛い物、偽者だ。
 本物には遙か遠く及ばない本物(話祖)を真似ただけの存在。
 だが、物語こそ作れはしないが、悪夢の存在を作り出せるのが語祖だ。
 王国を恨むその男は国を呪って死んでいった。
 王国は男が残した悪夢によって滅びた。

 語祖自身に大した力はない。
 人間と同レベル、強くてもその辺にゴロゴロいるようなモンスターレベルでしかない。
 だが、語祖の本質は違う。
 それの生み出すものにこそ本当の意味があるのだ。
 語祖を消しても悪夢は終わらない。
 男の残した悪夢が国を、世界を、星を、宇宙を滅ぼすのだ。
 希少種族である語祖は全宇宙に1500名に満たないとされている。
 だが、確かに存在するのだ、1500に満たない恐怖の存在は。
 たった1名の語祖が関わる全てを悪夢に誘う。
 そいつはいつ現れるか解らない。
 血縁関係ではない。
 ある時、突然変異で語祖となり存在し始めるのだ。
 未来において誕生するとされているクアンスティータ。
 その六番目の本体の所有する話祖の偽者である語祖は遙か太古から存在する。
 未来において存在する存在の偽者が過去にあるというのは矛盾であるが、クアンスティータならばありうる事でもある。
 なぜならクアンスティータは遙か太古から誕生が決まっている存在だからだ。
 先に誕生しようが何だろうが、同じ様な力を持つという事は偽者と呼ばれる事になる。
 それだけクアンスティータという存在は圧倒的な影響力をもっていた。
 偽者であろうが何だろうが、クアンスティータと関わるという事だけで、人々は心底震え上がるのだ。

 王国を滅ぼした男の生首は3000年の時を経て遺跡で発見される。
 死後3000年が経っているにもかかわらず、まるで生きているかの様な状態だった。
 男の身体は腐り落ちたが、生首だけは今も変わらず残っていたのだ。
 男は滅びた王国の文献から【カースネック】と呼ばれた。
 終わったはずの悪夢は人々の欲望により再び目を醒まそうとしていた。
 カースネックは絶世の美男子。
 この首をコレクションとして欲しい女は腐る程いる。
 発掘後、展示されていた美術館より何者かが持ち出すまで何日もかからなかった。

 恐怖は動き出す。
 餌食になるのは一体だれであろうか……?


01 呑気な家族


「見たまえ、地球が宝石のようだ」
 ジョンソン一家の主、トーマスが子供の様にはしゃいだ。
「ほほほ、本当、小さいわね〜あなた」
 婦人のレイラも隣で喜んでいる。
「別に興味ないわよ」
 彼氏と別れたばかりの長女メリッサは不機嫌そうに目を背けた。
「いつまでふてくされてるんだよ、姉さん。あんな、つまらない男を兄さんって呼ばなくて僕はせいせいしてるよ」
 トーマスの会社に次期社長の重役として入社していた長男ロイは姉を心配する。
「ごちゃごちゃ、うるせぇなぁー。今、良いとこ、なんだよぉ」
 この春、大学を卒業予定の次男ジョンは興味なさそうに携帯ゲームに熱中している。
「フィオナ、困っちゃう〜」
 末っ子で甘えん坊、次女のフィオナが一人、妄想遊びに酔いしれる。
 ここは宇宙船メリーゴーランド号。
 一家は宇宙旅行の真っ最中だった。
「金星には、いつ頃、着くのかね、キャプテン。ん?キャプテン?」
 地球を離れて、まる一日が過ぎ、トーマスは船のキャプテンに尋ねる。
 が、そのキャプテンは自動人形で作られた偽物だった。
 その時、宇宙船内のテレビが突然、付き、現社長のゴンザレスが移った。
「会長、楽しんでおられますかな?、宇宙のもくず旅行は?」
「おお、ゴンザレス君か。何、金星にはもくずがあるのかね?楽しんでおるよ。快適とまではいかんが、なかなか無重力というのも楽しいものだ」
「はは、相変わらず鈍いですなぁ、会長。そんなんだから、会社が傾きかけるのですよ」
「何を言っているのかね?」
「あなたという人は…」
 ゴンザレスは会社を立て直すために、邪魔なジョンソン一家を宇宙に捨てようとしていた。
 トーマスの呑気な性格とまるでない金銭感覚が会社を潰すと危機感を覚えていたのだ。
 会長の意見は神の言葉のようにおかしな提案が社長の意志を無視して採用されていく。
 会長の座から引きずり下ろそうにもなぜか、人望が厚く、どうにもならなかった。
 そこで、持ち上がったのが会長一家宇宙廃棄計画だった。
 ゴンザレスは宇宙船クルー等を抱き込み、計画を立てたのだ。
「どーすんだよ、親父ぃー。俺たち漂流しちまったじゃねーか」
 ジョンがまくし立てる。
「落ち着きなさい、ジョン。お父様が何とかしてくださるわ」
 レイラはジョンを落ち着かせようと夫に目をやる。
 トーマスは――
「そうだな――。これでは、私達は無職になってしまう。職につかなくてはいかんな……」
「父さん――何をおっしゃっているのか、僕にはわかりかねますが……」
「就職だよ、就職。このままでは全員路頭に迷うことになる」
 宇宙に捨てられたのに路頭に迷うもないとは思うのだが……というツッコミを入れたくなるロイだった。
「とにかく、これからは親も子もない。一家全員で力を合わせて職に就くんだ。フィオナ、お前も16になったんだからバイトしなさい、アルバイト」
「フィオナもぉ?」
「そうだ。16と言えばアルバイトも出来る年だ」
「え〜…」
「え〜じゃない、やりなさい。これは一家の家長としての命令だ」
 訳もわからない内に宇宙で就職することになったジョンソン一家。
 宇宙でやることはいっぱいある。
 宇宙人とのコミュニケーションのために言葉を覚えること。
 生活の基盤となる住む所を探すこと。
 自分達が食べられるものを探すこと。
 いろいろある。
 でも、この一家が抜けているのは宇宙船を地球に向けて出そうという発想が無かったことだった。

「うむ、私はジョンソン一家の大黒柱、トーマス・ジョンソンである。私を雇うなら今がお得だぞ」
 トーマスが面接を受ける。
 だけど、なんだか偉そうだった。
「ほほほ、嫌ですわね、私は本当はこんな事したくはないのですが、ほら、あれでしょう、たまには汗を流してみるのもねぇ…わかりますでしょ?」
 レイラも面接を受ける。
 だけど、面接受けに来て、したくないは無いと思う。
「お婿さんさがしに来ました。ただいま彼氏募集中です。結婚を前提におつきあいくださいね」
 メリッサも面接を受ける。
 何しに来たんだろう…?
「僕にはやるべきことがある。そのためのステップとしてここに来ました。僕は向上心が高いです」
 ロイも面接を受ける。
 会社を捨て石にでも考えているのだろうか…?
「か〜、だりぃ、うぜぇ、めんどくせぇ。とりあえず、俺様に仕事よこせ」
 ジョンも面接を受ける。
 ――ダメだこりゃ…
「フィオナ〜、ナイフとフォークより重たいもの持ったことなくてぇ〜、あ、でも十二単って着たこと有るんですよ〜すごいでしょ〜」
 フィオナも面接を受ける。
 ………。
 一家に共通して言えること。
 何しに来たんだあんたらは……という感想だった。
「言葉は通じると思ったんだが、なかなかうまくいかないな〜」
 トーマスは悩む。
「俺たちの価値がわかってねぇんだよ」
 ジョンは根拠のない自信を持っていた。
「とにかく職業安定所へ行こう。何かわかるかもしれない」
 ロイが長男らしくリーダーシップをとった。
 就活オンチ、ジョンソン一家の宇宙での就職活動は始まったばかり。
 これから、長く、つらい(?)就職活動が彼らを待っている。
 彼らは彼らのペースで就職先を探すのだろう。

 それではジョンソン一家の末娘、フィオナの就活を追っていく事にしよう。
「えーとぉ〜、これ何て読むんですかぁ?」
 フィオナは面接試験を受けている。
 試験中に問題の読み方を聞くのもあれだとは思うが、それよりも自分の立場がまるで解っていなかった。
 箱入り娘として隔離されて育った彼女は普通の人の常識が全くない。
 だから、宇宙での就職活動が異常だという認識はない。
 ただ、おうちがビンボーになってしまったから、お仕事をしなくてはならないという認識でしかない。
 彼女は超夢見がちな少女。
 ファンタジーやSFと現実の区別もいまいちついていないちょっとあれな女の子だ。
 彼女の他に面接試験を受けているのはみんな宇宙人。
 その状況にすっかりとけ込んでしまっていた。
「うーん、難しかったなぁ」
 フィオナは面接を受けたが今回もしっくりこない。
 最近は書類審査というのがあって、彼女はなかなか面接までたどりつけない。
 それでもやっと面接の機会を得たというので、面接試験を受けてみたが、この状態のままでは落ちるのは確実だろう。
 このままでは就職出来ないと思ったフィオナは職業訓練を受ける事にした。
 ただ、言葉がわからないため、どんな職業訓練を受けるのかわからない。
 彼女が受けた職業訓練――
 地球語に訳せば、【デンジャー・ハンター】と言ったところだろう。
 全く、何も知らない女の子がいきなり危険と隣り合わせのデンジャー・ハンターを志望した。
 フィオナはデンジャー・ハンターの適正調査を受ける事になった。
 自分が何をやっているのか全く解らない彼女は職安のスタッフに言われるままに適正審査を進めていった。
 適正審査の結果、素質ゼロ。
 このままでは全く役に立たないので、移植により肉体強化の必要がありと出た。
「そうですかぁ〜適正ゼロですかぁ。じゃあどうすればいいんですかぁ?」
「そうですねぇ。移植コースというのがありますが、どうされます?」
「じゃあ、それでお願いしますぅ。お金稼ぎたいんでぇ〜」
「本当に良いんですね?」
「良いんですぅ。なるべくたくさんお金になるやつにしてください〜」
「と、なると特別移植コースになりますが?」
「じゃあ、それでお願いしますぅ」
「親御さんの許可はとってこれますか?」
「大丈夫ですぅ。パパもママも頑張りなさいって言ってくれてますぅ」
「そうですか。大変ですが、大丈夫ですか?」
「大変ってどういう事ですか?」
「もの凄いという事です」
「凄いなら良いですよ」
 呑気に答えるフィオナ。
 本当に解っているのか?と首を傾げる職安所員。
 疑問に思いながらも特別移植コースの説明をした。
 大変、危険な移植をするので、一人一つが大原則。
 選択画面を見て項目が書かれたパネルを一つ押してオーケーボタンを押せば良い。
 くれぐれも複数のパネルを押さないように。
 と注意した。
 が、この脳天気お嬢様はそんな事が頭に入る筈もなく――
「うーん……どれにしようかな――あ、そうだ、ど・れ・に・し・よ・う・か・な・て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・りっと。はい、これ」
 適当にパネルを21個押してオーケーボタンを押してしまった。
 そう、彼女はパネルを押しながら選択したのだ。
 21項目もの特殊移植をした事など聞いたこともない前代未聞の不祥事だった。
 フィオナを一人で選択させたスタッフが後悔しても後の祭り。
 彼女の超改造手術は実行されてしまったのだった。
 21項目もの移植手術は想像を絶するものだったが、フィオナは苦しいけど、こんなものなのだろうと乗り切ってしまった。
 気づいた時には箸より重たい物を持ったことのない超戦士が誕生してしまった。
 前例に無い特別な存在となった彼女はその後、彼女をもっと強くしたいという協力者達がたくさん現れ、どんどん強く改造されていった。
 当の本人はこれを就職活動の一環だと思いこんでいたが、超有望株ルーキーとして名前だけがどんどん売れていった。
 そんな彼女は本当に危険な存在を倒すために派遣される超A級デンジャー・ハンターとして登録されてしまったのだった。
「訓練終了おめでとうございます。これからあなたには超A級の仕事が依頼される事もあるでしょう」
「超A級って事はお給料が良いんですかぁ?」
「はい。最低でも通常の仕事の5千倍以上の賃金がつきますよ」
「ほんとう?やったぁ。フィオナ、パパとママに言ってくる」
「いってらっしゃいませ」
 フィオナは職業訓練所を出た。
 両親に職業訓練が終わってバイトをするとたくさんお金が貰えるようになったと伝えるために。
 途中、ジョンにあったフィオナは彼に職業訓練が終わった事を伝えた。
「マジかよ、フィオナ。お前、就職決まったのか?」
「決まってないよ。まだ訓練が終わっただけだよぉ」
「へっ、だろうと思ったぜ。お前が俺より先に就職先決められるはずないもんなぁ」
「ジョンお兄ちゃんは決まったのぉ」
「俺は、まだ、本気じゃねぇんだ。俺が本気出したらやべぇぜ」
「ふーん。そうなんだ〜?」
「お前の貧弱な腕じゃ、百年経っても俺には追いつけないぜ」
 ジョンはそう言って、妹の二の腕をプニプニしようとしたが、妙な違和感を感じた。
 見た目はか弱いのだが、どうも二の腕がもの凄く硬くしなやかな感じがするのだ。
 前、触った時はこんな感じじゃ無かったのにと首を傾げる。
「もう、ジョンお兄ちゃん、それ、やめてって言ったじゃない」
 兄に二の腕を触られるのを嫌がったフィオナは兄をどけようと軽く押したつもりでいたのだが――
 ヒューン……
「ぶぉっ!」
 ジョンは遠くまで飛ばされてしまった。
 気づくと兄の姿が無い。
 フィオナは辺りを見回した。
「あれっ?ジョンお兄ちゃん、どこ行ったの?」
 自分が突き飛ばしたとは夢にも思わないフィオナは突然居なくなったジョンを捜した。
 見つからないので、いつもの気まぐれでジョンはどこかに行ってしまったと思うのだった。
 飛ばされた、ジョンは――
「ぐおおおおっいでぇ。何だ?何があったんだ?」
 とりあえず生きていた。
 自分がとてつもない猛者になったとは全く気づかないフィオナは就職活動を続けるのだった。


02 フィオナの初バイト


 フィオナは宇宙職業安定所に向かった。
 職業訓練もすんだので、新しい仕事を紹介してもらうためにだ。
「あのぉ〜、何か良いお仕事ありますかぁ〜?」
「フィオナ・ジョンソンさんですね。ありますよ、あなたにふさわしい仕事は数百万件はあります。プロフィールチェンジされて今回はじめてになりますよね?超A級デンジャーハントライセンスを正式に発行するには最低10回の実戦依頼成功が必要になります」
「10回ですかぁ?」
「はい。今のあなたは素質だけはありますが、実戦経験が皆無ですので、それなりに経験をつんでもらいませんと……」
「実戦依頼っていうのはぁ〜お金貰えるんですかぁ?」
「危険手当は出ますが、正式なお金ではありませんね。テスト期間みたいなものですからね。ライセンスが発行されれば、その10万倍以上の手当はでますよ」
「あ、すっごーい。じゃあ、フィオナ、10回頑張るぅ」
「最低10回です。成績が振るわなかったら、何十回も何百回もやることになりますよ」
「えぇ〜そんなのいやだぁ〜」
「頑張って良い成績を残して下さい。後、テスト期間の間は監察官がつきます。監察官は基本的に助けてはくれませんので、くれぐれもご注意下さい。また、監察官を死亡させてしまったら、ペナルティーを支払っていただく事になりますのでご理解下さい。ここまでで何かご質問は?」
「えーとぉ〜つまり、フィオナはぁ〜何をすれば良いのかな?」
「……大丈夫ですか?失礼ながら超A級デンジャーハンターとしては全くの場違いな方がいらっしゃっている気がするのですが、私の勘違いですかね?」
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。フィオナ頑張るから」
「とにかく、こちらで指定する最低10回の依頼をこなして下さい。解りましたか?」
「えーとぉ〜つまり、それがフィオナのアルバイトってやつなんでしょぉ〜?」
「アルバイト……あなたのおっしゃられている事は何となくニュアンスが違う気もしますが、おおむねそんなところです。働いていただいた分だけは賃金が出ますが、資格手当等は一切でませんので……」
 職安職員は淡々と説明をしていく。
 だが、フィオナはその説明の5%も理解していなかった。
 ただ、解らないというと給料が貰えないと思って。
「わかりましたぁ〜」
 と間延びした答えを返していた。
 箱入り娘のフィオナは解らなかったら聞くという姿勢も出来ていなかった。
 解らないものを解らないままそのまま通して何となく行動してしまう。
 それが、フィオナという少女だった。
 職安職員から監察官を紹介された。
「こちら、ナマコミーさんです。こう見えて一流の監察官なんですよ」
「初めましてナマコミーと言います」
 挨拶をするナマコミー。
「まぁ、生ゴミさんと言うんですかぁ?変わったお名前ですねぇ〜」
「生ゴミじゃなくてナマコミーです」
「あぁ、ごめんなさい、ナマコミーさんですね。フィオナ、覚えましたよぉ」
「………」
 ナマコミーはちょっとイラッとした。

 そのナマコミーはいわゆる人気監察官でもある。
 性別は無い。
 男性にも女性にもついていける様に監察官は無性であるか両性具有である方が望ましいとされている。
 ナマコミーは無性であり、男にも女にもなれる万能性型でもあった。
 今まで色んな特A級デンジャーハンターの卵達を見てきたが、フィオナのようなタイプは初めてだった。
 不安は十分あったが、もしかしたら逸材なのかもしれないと思った。
 逸材とういう者達は何処かしら普通の人と違った部分を持っているものだからだ。
 なんにしろ、実際に見てみないと何とも言えないというのがナマコミーの見解だった。

 そんなナマコミーとのコンビに必要な手続きをすませたフィオナに最初の依頼が飛び込んできた。
 フィオナに飛び込む依頼は全て特A級危険度の依頼ばかり。
 今回の依頼内容――
 それは3000年の時を経て復活した語祖の生首、カースネックの探索と消滅だった。
 語祖としてのレベルはとても低く、カースネック本体の戦闘能力は人間レベルである。
 だが、問題は語祖としての能力だ。
 どんな存在を考え出して解き放ったか解らないため、とんでもない強敵が現れるという場合もある。
 語祖の中でも弱い方だとは言え、その能力で国を滅ぼしているカースネック退治は特A級デンジャーハントに指定されていたのだ。
 フィオナとナマコミーは現在、カースネックが潜伏しているとされている惑星ジュバクへ向かったのだった。
 フィオナはアルバイト気分。
 危険意識はまるでない。
 トントン拍子にデンジャー・ハンターになったが、彼女はまだ就職活動をしているつもりなのだ。
 正式なアルバイトをするために必要な訓練をしているつもりだ。
 存在そのものがちぐはぐ、違和感の塊であるフィオナは何も考えず初仕事にただワクワクしていた。
 多くのデンジャー・ハンターを見てきたナマコミーだからこそフィオナの異質さは持っている雰囲気からすでに気づいていて、不安要素でもあり、また、これが転じて大化けする可能性も秘めている事を理解していた。
 宇宙では何が起きるか解らない事は日常茶飯事だ。
 だから、偶然が重なったとは言え、フィオナが特別な力を持つ事になった運もまた、力なのだ。
 そのため、ナマコミーはたまたまだだとか偶然だったとかで判断はしない。
 フィオナはちゃんと実力でこの力を身につけているのだから。
「生ゴミさん、生ゴミさん。見て下さい、ほら、あんなところに――」
 観光気分さえ抜ければの話ではあるのだが……

 惑星ジュバク――
 3000年前はホープレス王家が支配していた星だ。
 ホープレス王家の王女テイストがカースネックに魅入られ、やがて滅びの道をたどった過去を持つ。
 カースネックは4つの悪夢を生みだした。
 そのたった4つの存在に王国は滅ぼされた。
 その4名は大宇宙連合軍によって捕縛され、封印され、やがて消失したという。
 その4名が受けた封印は消滅封印という徐々に消滅していく封印だった。
 大宇宙連合軍も暇ではない。
 宇宙の平和を乱す輩は腐るほどいるのだ。
 たった1名の語祖の残した残りカス4名にいつまでも関わっていられないというのが本音だ。
 カースネックはこの4名はまだ生きていると思っている。
 なので、カースネックが虜にした女達を使ってその行方を追っているという情報を得ていた。
 カースネックの虜になると爪が黒くなると言われていて、その特徴を持つ女性がカースネックの4つの悪夢を探しているというタレコミが入ったのだ。
 カースネックの4つの悪夢が消滅したという情報は極秘になっている。
 カースネックの首の消滅が確認されていない状態だったので、いつ復活して4つの悪夢を探すのではないかとふんでいたので、一般的には情報は伏せられていたのだ。

 何故、情報を伏せられていたか――

 それは、カースネックが新たに悪夢を生み出さないようにするためにだ。
 語祖達にはそれぞれ悪夢となる存在を生み出せる容量が決まっている。
 その容量の大きさによって、語祖の格が決まるのだ。
 たった4名しか生み出せないカースネックは生みだした悪夢が完全消滅するまで、新たなる悪夢は生み出せない。
 これはカースネックを捕らえた時に測定しているので間違いの無い情報だった。
 五体満足であればその後、成長し、容量を増やすという事も考えられるが、それには脳と心臓が必要になる。
 首から下を切り離され、身体の方は消滅してしまっているカースネックはもはや容量が増えるという事もない。
 生みだした悪夢はカースネックとの関連消滅を防ぐため、完全に分離されているため、カースネックに従うという事以外は全くの自由だった。
 だからこそ、カースネックに4つの悪夢の消滅を悟らせてはならない。
 カースネックが自身の作り出した悪夢の消滅に気づくと気づかないとでは任務達成の難易度がまるで違ってくるのだ。

 ナマコミーとしてはこういった状況下でフィオナがどういった対応を取るかも見ることになる。
 臨機応変な対応をチェックするには丁度良い任務だ。
 難易度を低くした状態で倒すもよし、難易度を高くして、真っ向勝負で倒すもよし。
 だが、任務失敗は即、ライセンスの剥奪を意味する。
 大宇宙連合軍の手助けを借りてしまったら、失敗という事である。
 ナマコミーの助けは無い。
 あくまでもフィオナがどういう反応を見るテストだった。
 ナマコミーはカースネックの情報を渡す。
 後はこの情報をどう扱うかは彼女の自由だ。
 これは彼女の資質を見る任務でもあるのだ。

 フィオナは支給されたばかりの宇宙フォンを使った。
「もしもし、あ、ぱぱぁ?あのねぇ〜カースネックっていう人知ってる?え?知らないの?フィオナのアルバイトの人だよう。え?同僚?違う違う。え?上司?違う違う。フィオナが捕まえる人だよぉ」
 何をやっているんだ、こいつは……
 それがナマコミーの感想だった。
 電話の状況から察すると父親と電話をしているんだろうが、任務の極秘情報を父親が知っているわけないだろう。
 そんなことも解らないのか?
 そう思っているとフィオナは次の電話をかけたようだった。
「もしもし、あ、ままぁ?あのねぇ〜カースネックっていう人知ってる?」
 アホか。
 母親も知っている訳ないだろうが……
 そう思っていると――
「え?知っている?ほんと?良かったぁ」
 と言っていた。
 そう、母親のレイラは見栄っ張りなのだ。
 知らないなどとは口が裂けても言わない。
 フィオナはレイラのデタラメ情報を必死にメモっていた。
 無意味な行動をやめさせようと近づいたナマコミーが見たフィオナのメモには――
【●月×日晴れ 
 今日もフィオナはアルバイトを頑張ってます。
 ママから有力情報ってやつゲットです。
 三丁目のセントラルホテルのロビーでA5級のお肉を売っている人が情報を持っているそうでぇ〜すぅ。
 でも三丁目ってどこの三丁目だろうねぇ〜?
 フィオナ、わかんないから誰かに教えてもらおうっと】
 と書いてあった。
 何のキャラクターだか解らないがイラスト入りだ。
 ほぼ、絵日記と言って良いだろうが、全く無意味なメモだ。
「おい、そんな事は良いから、カースネックを探さないと」
 ナマコミーは捜査するように言う。
「あ、あの人に聞いてみよう。あ、すみませーん、カースネックっていう人知っていますかぁ?」
「聞いちゃいない……何なんだ――ったく」
 ナマコミーは愚痴をこぼした。
 解っている。
 解っているんだ。
 たまにはこういう常識では計れない行動をする者も居て、それが天才的な働きを示す事もあるという事は。
 だが、根が真面目なナマコミーはこういった連中との相性は悪い。
 理解出来ないというのが一番の原因だ。
 間違いなく、フィオナはこういうタイプだ。
 イライラしてはならない。
 ナマコミーは監察官なのだから。
 黙って、観察し、彼女が合格ラインに達する者かどうかを見極めるのだ。
 ナマコミーは自身のストレスと闘う事を決めた。

 そして、家族全員に無意味とも思える電話をかけたり、道行く人に一般人には知られていない情報を聞いて回るフィオナは有力情報にぶち当たる。
 そう、騒ぎだしたので、向こうから接触してきたのだ。
「女……貴様、何故、テウォイ様を追っている?」
 声をかけてきたのは空ろな目の女だ。
 爪は黒い。
 カースネックに魅入られた女だろう。
 恐らく、【テウォイ】というのはカースネックの本名だろう。
 カースネックは元々、大宇宙連合軍が決めた仮の名前だ。
「テウォイ?違いますよぉ。フィオナが追っている人はぁ、カースネックっていう人ですよぉ」
「バカ、察しろ、カースネックは仮名だ。おそらく、テウォイが本名なんだろう」
「あ、そうなんですかぁ?……あ、そうか、芸名だ。カースネックって芸名だったんですね」
「違う。仮名だ。本名が解らなかったから仮につけた名前だ」
「へー、そうなんですかぁ。勉強になりましたぁ」
 大丈夫か、こいつ……
 ナマコミーはそう思った。
「カースネックさん、あなたを逮捕しちゃいます。って、なんだか、刑事さんになったみたい、フィオナ、一回やって見たかったんだぁ」
「違う、デンジャー・ハンターだ。任務は逮捕じゃない。抹消、始末だ。任務を果たせミス、フィオナ」
「抹消と始末ってなんですかぁ?」
「倒すって事だ」
 などとやっている内に、女は逃げてしまった。
 4つの悪夢と合流出来ていないカースネックは慎重に行動している。
 首だけの状態の今は戦闘能力は皆無に等しい。
 ただ、女達を魅了し、操る事くらいしか出来ない。
 女も百パーセント魅了出来る訳ではない。
 身持ちの堅い女には効果が薄い。
 イケメン好きの女に効力が働く限定的な力だ。
 本体はむき出しの首の無力な存在に過ぎない。
 カースネックとは悪夢の消滅を悟らせないようにしながら、探し出すという騙しあいになるのが通常の流れなのだが……
「あ、メリッサお姉ちゃん?今ねぇ、カースネックって人を知っている人に会ったんだよぉ。カースネックって芸名だって。芸能人だよ、お姉ちゃん。昔はよく、うちにも来てたよねぇ。え?それより、男だ?いい男いない?うーん、フィオナ、そういうのわかんない。え?いい年なんだから、そういうの、もうやめなさいって?えー、フィオナ、これが普通だもん」
 とてもじゃないが、頭脳戦をやるような感じでは無かった。
 頭を使った仕事には全く向いていないというのが解った。
 後は、持ち前の運を頼りに真っ向勝負するしかないというのがナマコミーの出した審査結果だった。
 捜査は続く。
 続くのだが、――
「あ、これかわいー」
「あ、これ下さい」
「おいくらですかぁ」
 まるでリゾート地にでも来たかのようにはしゃぎ回り、あちこちでお土産を買いまくる。
 そのために宅配で自分の寮に土産を送っている。
 捜査のための準備金がみるみる無くなっていった。
「いい加減にしろ」
「生ゴミさん、どうしたんですか、急に?」
「生ゴミじゃねぇ、ナマコミーだ。あんた一体、どういうつもりだ?」
「どういうつもりって?」
「土産ばっかバカスカ買いあさりやがって――」
 ナマコミーは説教するつもりだった。
 その時
「あ、お嬢ちゃん、たくさん土産買ってくれたからおじさん、情報提供しちゃう。ここから東南に263キロ程、行った所にアジトらしいところがあるよ」
「あじとってなんですかぁ?お肉ですかぁ?」
「ううん、違うよ隠れている所だよ」
「ほんとですかぁ、ありがとうございますぅ」
「おじさんのほっぺにチュウしてくれたら、もっとすごいこと教えちゃうんだけどなぁ」
「え〜、ダメですよぉ。フィオナのぉ、キッスは将来、迎えに来てくれる王子様のためにとってあるの。だから、これなら良いですよぉ。チュ!」
 投げキッスをおじさんにするフィオナ。
「お嬢ちゃんには敵わないなぁ。じゃあ、特別に、これ、持っていくと良いかもよ」
 デレデレのおじさんがアイテムを渡す。
「こ、このスケベじじい……、って、これ、グラン・デス・ソードじゃねぇか。特別至宝(とくべつしほう)の――」
 ナマコミーは面食らった。
 ただのスケベ親父だと思っていたら、とんでもないスーパーアイテムを提供してきた。
「おじさん、昔、グラン・デス帝国ってところで、皇帝をしていたんだけど、もう引退したからお嬢ちゃんにあげるよ」
「ありがとう。じゃあ、あくしゅ!」
「はい、握手」
 グラン・デス帝国と言えば、この辺りの宇宙では敵無しとまで呼ばれた大帝国だった。
 その皇帝といえば、デッカイデーという皇帝がグラン・デス・ソードを使ってこの辺りを統治したという伝説が伝わっていた。
 という事は無く子も黙る伝説の皇帝がフィオナに手を貸すという事を意味していた。

 フィオナ――
 こいつはなんなんだ。
 何がこいつに味方をしているんだ?
 ナマコミーはフィオナに対して得体の知れない恐怖を抱いた。
「さぁ、生ゴミさん、フィオナ達も行きましょう」
 フィオナはにっこりと笑いかける。
 ナマコミーはこいつは魔性の女だ。
 そう思った。

 フィオナとナマコミーはデッカイデーに教えてもらった場所にたどり着いた。
 意表を突く登場に狼狽えるカースネック。
 まだ、何も準備が整っていないからだ。
 形勢はフィオナの絶対有利。
 グラン・デス・ソードがあれば、カースネックは一溜まりもない。

 だが、フィオナの事だ、どんな事をするかわからない。
 少なくとも悪夢四つが消滅している事を知られてはならない。
 ナマコミーはフィオナに口止めしようとした。
「ミス、フィオナ、解っていると思うが――」
 が、それが、仇となった。
「はい。カースネックさんには、悪夢っていうのが四つとも消えちゃったって事は内緒なんですよね。もちろん、フィオナは解っていますよ」
「ば、バカ、ここで言う奴があるか?」
「どうしたんですかぁ?」
 フィオナは事の重大さが解っていなかった。
 カースネックに悪夢が消えた事を知られてしまったのだ。
「なるほど、それは好都合だ」
 カースネックは口から四色のタンのようなものを出した。
 これが、カースネックの語祖としての能力だった。
「あぁ、きたないなぁ」
 フィオナは呑気だった。
 からんだタンを吐きだしたくらいにしか思っていない。
「悪夢は再び動き出す――」
 不敵に笑う生首。
「カースネックさん。冗談はやめて出てきて下さい」
 フィオナは首だけのカースネックは手品で身体を消していると勘違いしていた。
 どういう仕掛けになっているのか解らないので、ためしに、身体のあるはずの位置を丁度、持っていたグラン・デス・ソードで確かめる。
「すごぉーい。種も仕掛けも無いように見えるよ〜」
 身体が無いことを素直に驚くフィオナ。
 見事な手品を見ているようにしか感じていない。
 その時、フィオナの手元が狂って、グラン・デス・ソードの剣先がカースネックの首に当たった。
「おごぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
 グラン・デス・ソードの強大なパワーで、カースネックの首は跡形もなく消し飛んだ。
「あ、すごい、今度は全然見えなくなったよ。どこですかぁ、カースネックさぁん?」
 自分がカースネックを倒したとは夢にも思っていないフィオナはカースネックの行方を捜す。
 自覚無く、倒してしまった。
 が、カースネックの悪夢はカースネックの口から出た時点で、カースネックとは完全に分離されている。
 独自に動き、世に害をなしていくのだ。
 悪夢の一つが世に出ようと蠢く。
 カースネック本体は完全消滅してしまったが、彼の残した声が響き渡る。
 カースネックが作り出す悪夢はどこからとも無く聞こえるカースネックの声が、その存在を説明し、やがて実体化する。
 それが、語祖という存在だ。
 話祖の紛い物――
 本物には及ばなくてもその力による脅威は十分、周囲に絶望を運んで来る。
「――その者、悪食なりし、大怪物。喰らいし者を新たなる怪物へと導かん……その名はシャッフラー!」
 カースネックの吐きだした悪夢の一つが実体化する。
 カースネックの紹介はすんだ。
 悪夢の名前はシャッフラー。
 その能力は喰らった存在を新たな怪物へと変える事。
 シャッフラーはカースネックが身の回りの世話をさせていた虜にされた女達を一気に喰らう。
 バリバリバリ……
「もしゃもしゃもしゃ……」
 人の骨が砕ける音がする。
 それを見ていたフィオナは気を失う。
 スプラッター映画を見たような気分だった。
 悪趣味な手品を見たつもりだ。
 彼女には刺激が強すぎた。

 咄嗟に、気絶したフィオナを抱えてナマコミーはその場を離れた。
 つい、助けてしまった。
 フィオナのそういう雰囲気が彼女に味方をしているのだろう。
「起きろ、起きろ、ミス、フィオナ」
 ナマコミーはフィオナを起こした。
 とりあえず、目的のカースネックは始末したが、カースネックの残した新たな悪夢の始末は出来ていない。
 そのため、解き放たれたシャッフラーと残り三つの悪夢は野放し状態だ。
 任務としては失敗と言って良い。
 このまま、ナマコミーが大宇宙連合軍に連絡を入れれば、彼女の不合格は決まるだろう。
 だが、しかし、まて。
 彼女は持ち前の運で、カースネックを追い詰めた。
 自分がデンジャー・ハンターだと自覚していないから、ミスを犯し、カースネックの能力を解放させてしまったが、自覚したらかなり良いハンターになるのではないか?
 そんな考えが頭をよぎった。
 だが、それは審査とは関係ない。
「ダメだ、ダメだ、問題は、悪夢を逃がしてしまった事なんだ」
 首をふり、厳正に審査する事を決める。
 が、その時。
「ちょっと、近くまでよったもんでな。こいつの首持っていくかい?」
 と声をかける者が。
 さっきわかれたデッカイデーだった。
 心配で見に来て、ついでにシャッフラーの首を取ってきたのだ。
 シャッフラーは既に絶命していた。
 後は身体を消滅させるだけだ。

 続いて――

「あー、いたいた。ついそこで珍しいもの見つけたんだけど、お土産にどうだい?」
 見ると、フィオナが一緒に写真を撮った別の老人が瓶詰めにしたものを持ってきた。
 それは、まだ、実体化されてないカースネックの悪夢の一つだった。
「こいつは、捕まえて見たんだけど、気持ち悪いからその娘にあげるわ」
 今度は別の老婆が袋詰めにしてやはりカースネックの悪夢の一つを持って現れた。
「俺の好みじゃねぇな。その子にやるよ」
 屈強そうな男が声をかけてきた。
 もちろん、残る一つのカースネックの悪夢の一つを持ってきている。
 持ってきた者はみんなフィオナが無意味と思えた捜索活動をしていた時に触れ合った人達だった。
 どんな格好をしていても分け隔てなく接するフィオナに好感を持った、隠れた猛者達が彼女のファンとなり、彼女の為に手を貸してくれたのだ。

 カースネックの悪夢の一掃。
 これはフィオナが直接やった事ではない。
 だか、彼女の魅力が彼女と出会った人達の気持ちを動かしたのだ。
 これも彼女の力ではないだろうか?
 ナマコミーは悩む。
 直接的では無いにしろ彼女は解決したのだ。
 運や出会い、人脈も力の内。
 だが、まだ、彼女は実力で敵を倒していない。
 実力が伴わない者をデンジャー・ハンターとして、認める訳にはいかない。
 判断はこのミッションではつかない。
 とりあえず、保留。
 審査は後、最低でも9回はあるのだから、残る9回で判断すれば良い。
 それが、ナマコミーの出した結論だった。


03 特別テストと新たなる語祖達


 ナマコミーは納得がいかなかったので、回収したカースネックの三つの悪夢の情報を元に、特別テストを行う事にした。
 特別テストを受けるのはもちろん、フィオナである。
 任務に対する真剣さが足りないので、ここで修正しておこうということでだ。
 ナマコミーが用意した怪物の名前はトライギア。
 巨大な10本の腕を操る力。
 光る影の中に無数の怪物を取り込む力。
 液体化し打撃、斬撃による攻撃が一切きかない力。
 この三つの力を併せ持つ怪物だ。
 残念ながら、ナマコミーは語祖ではないので、圧倒的な力を持つ悪夢を作り出す事は出来ない。
 だけど、能力を一つずつ持たせる事は出来る。
 それによって、3つの悪夢の元が持つ、1つずつ合計3つの能力を持たせた怪物を作り上げた。
 要はこの怪物、トライギアを倒せば、一つ目のテストを合格した事にするとしたのだ。
「えー、フィオナ、バトル嫌いぃ。ダンスが良い」
 などと寝言を言っていたが、強制参加させた。

 結果は――
「やったぁ〜勝った、勝ったぁ〜」
 フィオナの圧勝だった。
 彼女がバトルへの参加の意欲を示した殺し文句、それは――
「バトルは痩せるぞ」
 ――だった。
 フィオナも女の子。
 体脂肪は気になる所だ。
 痩せられると聞いた乙女は戦うことをためらわなかった。
「ねぇねぇ、フィオナ、痩せた?どのくらい痩せた?」
「アホか。このレベルに勝ったくらいで、そんなに簡単に痩せるか。もっと強い相手に勝たねぇとやせねぇよ」
「えー嘘つきぃ〜」
「痩せるのは嘘じゃねぇ。ダイエットしたいんなら強い相手に勝てば良い」
「なるほど〜。フィオナ頑張っちゃうよ〜」
 フィオナはやる気を出した。
 適正はある。
 適正は……。
 後はやる気をどう継続させるかが問題だ。
 ナマコミーはそう分析した。
 いろいろあったが、フィオナは無事、一つ目のチェックをパスした。
 前途多難な予感はするが、なんとかギリギリセーフといった感じだ。

 一方、デッカイデーの元に1つの影が現れた。
「何者じゃ?貴様らは?」
 その影の正体は新たなる語祖だった。
「困るんだよねぇ。あんな数にも入ってないようなカスを倒したぐらいで語祖を倒したつもりになってもらっちゃ」
「カースネックの仲間か?」
「仲間ぁ?……あんなカス仲間なんかじゃねぇよ。あいつはどこのチームにも入れなかった言わば、はぐれ者だ。力も語祖としては最弱。首だけになって無様に生き残っているかと思えば、たたき起こされて潰されるなんて恥さらしも良いところだよ。あれを倒したくらいで語祖が弱いと思われたらたまらないからな」
「ふん、話祖に怯える弱小集団じゃないのか?」
「それだよ、それ、話祖はクアンスティータも関わる恐ろし過ぎる規格外の化け物だ。そんなのと比べられても困るんだよ」
「お前達など所詮、話祖の紛い物ではないか」
「違うね。話祖は話祖。語祖は語祖だ」
「話祖を真似た劣化コピーではないか」
「黙れ。お前らが話祖の偽者だと言うから俺達は隠れて生活するしか無くなったんじゃないか」
「真似は真似だろ?」
「殺してやるよ」
「程度が低いな。やはり、お前らは話祖には遠く及ばない」
「覚えとけ、俺の名前はシュギル。てめぇを跡形も無く消し去る男だ」
「頭悪いな。消えたら覚えても意味が無いだろうが」
「1瞬でいい。俺の名前を覚えて消えればそれでなぁ」
「簡単にはやられんぞ」
「俺達を舐めすぎなんだよぉ」
 デッカイデーとシュギルがぶつかる。
 勝負は一瞬でついた。
 シュギルはデッカイデーの首を持った。
「たかだか、地方帝国の皇帝ごときが俺に勝てると思っていたのか……」
 シュギルは毒づく。
 が、それを聞くべき相手は既に絶命していた。
 みんなで倒したカースネックは語祖の落ちこぼれに過ぎない。
 デッカイデーを倒したシュギルもまた、カースネックとそう変わりない小物に過ぎない。
 語祖とはもっと奥深く、強大な存在なのだ。
 フィオナの知らないところで、彼女は語祖に喧嘩を売った事になっていたのだ。
 語祖は名誉を守るために、今後、彼女をつけねらうだろう。
 フィオナに語祖の魔の手が伸びようとしていた。

 そんなフィオナだが――

「生ゴミさん、見て下さい。この制服可愛いと思いませんかぁ?」
 レストラン・ビューチホーのウェイトレスの制服を見て喜んでいた。
「テスト期間中は他の仕事はなるべく遠慮して下さいね。テストに影響があるといけないので――」
「えぇ〜。ウェイトレスできないのぉ〜?」
「10回のテストが終了したらいくらでもやってもらってかまいませんよ。だけど、お金稼ぎたいんでしょ。それにはデンジャー・ハンターやるのが一番ですよ」
「面倒くさぁ〜い、それ」
「面倒臭いって、あなたが希望したんでしょう」
「そうだけど、何か嫌」
「嫌じゃないでしょ、嫌じゃ、しっかりして下さい。次の任務ももう少しで来ますよ」
「えぇ〜、また、お仕事ぉ〜?フィオナ疲れたぁ〜」
「疲れたじゃないでしょうが。自覚が足りませんよ、自覚が」
「だって、お金は貯まらないし――」
「それはあなたが、バカスカお土産買うからでしょうが」
「だって、欲しかったんだもん」
「欲しかったじゃないでしょ。そんなことしていたら貯まるものも貯まりませんよ」
「地球に居たときはもっといっぱい買えたもん」
「地球って、あの地球ですか?あなた地球人なんですか?」
「そうだよ」
「まさか。地球人がこんな所に来る訳ないでしょうが」
「ホントだもん」
「また、あなたの寝言が始まった」
「信じてよぉ、ぶぅ〜」
「はいはい、信じますよぉ」
「あ、それは信じてない態度だよぉ〜」
 という感じで相変わらずのペースだった。
 ナマコミーも慣れてきたのか、フィオナの扱いは適当にあしらうのが一番だと思うようになっていった。
 こんな頼りない彼女だが、彼女は一歩一歩、確実にデンジャー・ハンターとなるべくスキルを積んでいったのだった。

続く。







登場キャラクター説明

001 フィオナ・ジョンソン
フィオナ・ジョンソン
 この物語の主人公でジョンソン一家の末娘、次女です。
 甘えん坊な性格で、超箱入り娘として、育った彼女は地球での常識が欠落しています。
 宇宙漂流後は就職活動で肉体改造を受けます。
 超A級のデンジャー・ハンター見習いとなりますが、彼女はバイト気分で敵と戦います。










002 トーマス・ジョンソン
トーマス・ジョンソン
 フィオナの父親でジョンソン一家の大黒柱です。
 とある企業で会長をしていましたが、社長によって、宇宙に一家まとめて捨てられてしまいます。
 フィオナの呆けた所は父親譲りでもあります。











003 レイラ・ジョンソン
レイラ・ジョンソン
 フィオナの母親でトーマスの妻です。
 見栄っ張りな性格で出来ない、解らないという事は決して認めたがらない性格です。
 トーマスに頼りっきりです。













004 メリッサ・ジョンソン
メリッサ・ジョンソン
 フィオナの姉でジョンソン家の長女です。
 結婚を意識してか、宇宙へ来ても彼氏を常に捜しています。
 いつも無休で彼氏募集中です。














005 ロイ・ジョンソン
ロイ・ジョンソン
 フィオナの上の兄でジョンソン家の長男です。
 世の中は自分の為に回っていると思っているおぼっちゃまです。
 全ての事は自分が成り上がるための踏み台と思っています。













006 ジョン・ジョンソン
ジョン・ジョンソン
 フィオナの下の兄でジョンソン家の次男です。
 俺様無敵と思っている放蕩息子です。
 フィオナは自分がいないとダメだと思っています。














007 ナマコミー
ナマコミー
 フィオナのデンジャー・ハンターとしての資質を審査するために派遣された監察官です。
 無性で、男にも女にもなれます。
 今まで関わった事のないタイプのフィオナに対して、多少苛つきつつも、彼女の才能を正統に評価していきます。












008 カースネック
カースネック
 最弱の語祖(ごそ)です。
 語祖とは言葉で恐怖の存在を作り出す存在の事です。
 話祖(わそ)という上位種が未来において存在しますが、その偽者とされています。
 3000年前に殺され首だけになって女達を操り生きていました。