ナイトメア
「なっちゃん、待ってよ」
親友の山口 友加里(やまぐち ゆかり)が野崎 尚緒(のざき なお)を追いかけて来た。
友加里だけではない、尚緒には友達が多い。
得意教科は国語。特に漢字。小テストではいつも満点を取る。
苦手教科は英語と数学。特に数学はいつも赤点ぎりぎりの成績だった。
スポーツはどちらかと言うと苦手。でも、鉄棒だけは得意だった。
彼氏は居たけど、二ヶ月前別れたばかり、原因は彼氏の浮気。
どうしても許せなくてこちらから別れ話を切り出していた。
だから、今はフリー。彼氏募集中だった。
どこにでもいそうな高校生、それが、尚緒だった。
「なっちゃん、髪切ったの?」
「まーねー!前の恋愛と一緒にロングヘアーとはバイバイってね、ゆかりんも切ったでしょ?」
「うん。ちょっと、気分転換にねー」
「似合ってるよ」
「なっちゃんもね!」
いつものようにどうって事ない会話をしながら下校する。
彼女達の通うのは私立 谷見世(やみよ)高等学校。
元々は、女子校だったのだが、昨年から、男子生徒を受け入れて共学になっていた。
ただ、共学といっても男女比は〇・五対九・五、男子生徒は二十人に一人の割合だった。
尚緒の元彼はその数少ない男子生徒の一人だったが、女癖が悪く、尚緒と別れた後は早くもとっかえひっかえ彼女を作っては別れていた。
「ねぇ、なっちゃん……」
「何?」
「後ろにさ、さっきからつけてる人いない?」
「え?」
「しっ、振り向かないで!」
「え?何処よ?」
「反対側の歩道を歩いているちょっと小太りの…」
「え、わかんないよ……何処よ」
「居るじゃない……よく見てよ!」
「だから、何処って?うーん、わかんないわ」
「もう、いい。帰る、私」
「ゴメン、だけど、本当に見えないんだって…」
「バイバイ、なっちゃん!」
「う、うん、またね、ゆかりん」
友加里と別れる尚緒。だが、それが彼女を見た最後になった。
翌朝、ホームレスがゴミをあさろうとしていた時に友加里と思われる惨殺死体が発見された。
はっきりしないのは首から上が無くなっていたためで、制服と生徒手帳から、それが、友加里のものであると断定された。
最後に会っていたのが、尚緒だったので、警察に呼ばれて事情聴取をされた。
その時、尚緒は確認出来なかったが、友加里が小太りの男を仕切りに気にしていた事を告げた。
「尚緒ちゃん、災難だったね、大丈夫?」
娘の帰りを待っていた母親が事情を聞かされて心配する。
「大丈夫じゃない……、気持ち悪い……。」
「そう、今日はもう休みなさい。お通夜今夜だって。辛いなら欠席しても……」
「いい、出る。ゆかりんと最後に話したの私だし、おばさんに言わないと…」
「無理しちゃだめよ……お通夜にはお母さんも一緒に行くからね」
「うん、ちょっと休んでるわ」
「そうしなさい。時間になったら起こすから……」
「わかった……」
尚緒はそのまま仮眠を取った。
「う、うあぁぁぁぁ……」
「尚緒ちゃん、尚緒ちゃん、しっかりして、尚緒ちゃん……」
「まま……」
「うなされていたわよ。大丈夫」
「う、うん、ちょっと怖い夢見たから……」
「そう、あんなショッキングな事があった後だもの仕方ないわ」
「水、ある?……」
「ちょっと待ってて……」
母親はコップに水を注ぎに行った。
尚緒は、友加里の生首が飛び回る夢を見た。
顔は悪魔のような形相だった。
冷や汗が出るほど怖かった。
友加里のお通夜はしめやかに行われた。
彼女の頭部はまだ、見つかっていない。
彼女の母親と弟は泣き崩れていた。
父親は犯人を見つけたらそのまま殺してしまうんじゃないかというくらいの形相だった。
お通夜の帰りに尚緒は怪しい男に会った。
「次はお前だ……」
その言葉だけをつぶやいていた。
尚緒に向けて言ったようなそうでないような……どちらにせよ、気持ちの悪い一言だった。
一瞬、友加里を殺した犯人かもとも思ったが友加里が気にしていた男とその男はあまりにも相貌が違っていた。
尚緒が見た男は背が高くひょろっとしていた。
尚緒は小太りの男が犯人だと思っているので、そのひょろっとした男はただの変質者…そう思っていた。
帰って来てから、尚緒は疲れていたもののなかなか寝付けなかった。
だが、次第に睡魔が出てきてやがて、眠りについた。
尚緒はまた、夢を見た。
またしても、嫌な夢だ。
夢の中にはお通夜の帰りに見たひょろっとした男がじっと立ってこちらを見ているという夢だった。
襲われた訳でもないし、何か嫌がらせを受けた訳でもない。
ただ、じっと立ってこちらを見ているだけだった。
だが、どうしようもない不快感が彼女を襲った。
直感的に、この男が自分に悪夢を運んでくると、
そう思った……
「なっちゃん、大丈夫?疲れた顔しているわよ……」
「……ありがと、るーちゃん。大丈夫、多分ね……」
友達のるーちゃん……一橋 琉生(いちはし るい)が心配して声をかけてくれた。
「犯人みっけたらみんなでボコろう!」
友達のちーちゃん……怐@千景(いいづか ちかげ)が犯人に対して怒りをあらわにする。
「そうだね、けつの穴に針千本入れちゃおう」
友達のりっちゃん……園田 立夏(そのだ りっか)もそれに同意する。
「りっちゃん、げひーん」
友達のあっちゃん……三田村 藍那(みたむら あいな)がちゃかす。
琉生、千景、立夏、藍那は尚緒と亡くなった友加里と同じ仲良しグループだった。
下校はなるべく、グループでというのが、学校内での決まりだった。
変質者がいるかもしれないから、一人での下校は避けることと言われていた。
「そう言えば、ゆかりんって亡くなる前、ちょっと変だったよね〜」
琉生が尚緒に話かける。琉生と尚緒は家が近いため、同じグループで下校していた。
「そう言えばそうね……何か、情緒不安定って言うか……時々、おかしな事言ってたりしてたね」
「ヤク決めてたとか?」
「まさか、そんな子じゃないって」
「わかんないよ?何処で出回っているかわかんないって言うし、クラスメイトの誰かはやっているかもよ?」
「そうかな?」
「そうよ、絶対4、5人はやっているって」
「ウソーっ?」
「ウソじゃないって」
「そーお?……あっ!」
会話の途中で尚緒は視線を感じ目を向けると……
いた!
ひょろっとして背の高いあの男が……
じっとこっちを見ている。
尚緒は琉生を置いて警察に駆け込んだ。
「お巡りさん、助けて下さい。怪しい男がいるんです」
本能が警告する。
あの男は危険だと……
だが……
「で?君の言う怪しい人は何処にいるんだね?」
「あそこです。ほら、こっち見ています」
「?何処だね?あの人かい?初老の…」
「違います。ほら、その左に…」
「だから、何処だね?お巡りさんには見えないんだが?」
「見えないんですか?」
「見えないから聞いているんだよ。そもそも、その男は君に何をしたんだね?痴漢かい?」
「違います、じっとこっちを見ているんです」
「ははっ、君ねぇ……見ているだけじゃお巡りさん、しょっ引けないんだよ」
警察官は取り合ってくれなかった。
「ちょっと、なっちゃん、置いていかないでよ」
そこへ、琉生が駆けつける。
「ご、ごめん、ちょっと怖くなって……」
尚緒は置いていってしまった琉生に詫びを入れる。
「君もその怪しい男を見たのかい?」
警察官が琉生に尋ねる。
「いえ、特には……。先日、友達が亡くなって、その友達も同じ様な事言っていたから、うつったんじゃないかなって思います。ちょっとナーバスになっているんですよ」
「違う、確かに見たってば……」
「君は疲れているんだよ。今日はもう帰ってゆっくり休みなさい。すっきりしたら、そんな不安は無くなるよ」
「違うんですって……」
「なっちゃん、良いから帰ろう。お巡りさんに迷惑だって……」
「るーちゃんも見たでしょ、あの怪しい男」
「疲れているんだって、なっちゃん……」
警察官も琉生も尚緒の言うことを信じてはくれなかった。
怪しい男は今もにやにやしながら、尚緒の事を見ているのに……
その夜、学校の右側の入り口から入ると頭に植木鉢が落ちてきて尚緒の頭に当たる夢を見た。
朝、起きた時、夢の内容は忘れてしまったが、悪夢を見た気持ちになった。
憂鬱な気持ちのまま朝ご飯を少しだけ食べたが、戻してしまった。
「おはよう、なっちゃん」
「…おはようあっちゃん…」
藍那が元気に声をかける。
だが、尚緒は元気が無い。
尚緒と藍那はそのまま、下駄箱で上履きに履き替えるために、正門玄関の右側の入り口にさしかかった時、昨晩見た悪夢がよみがえる。
「ごめん、あっちゃん、私、こっちから……」
左側の入り口から入ろうとすると……
ガチャン!
右側の入り口に植木鉢が落ちた。
「ひっ……」
青ざめる尚緒。
右に行っていたら尚緒に当たっていたかもしれない……。
悪夢が現実になりかけた……
フッと上を向くと……
「ごめーん、大丈夫だったぁ〜?」
上を向くと玄関の上の窓から掃除をしていたと思われる女生徒が声をかける。
友達の横山 江利(よこやま えり)だった。
彼女も尚緒とは仲が良かった。
横にいる里中 未来(さとなか みく)も同じ様に仲が良い。
二人に悪意は無い……と思うが……昨夜の夢ではしっかりと悪意のようなものを感じていた。
フッと校門の外を見ると……
まただ、また、あの男が覗いている……。
あの男の位置から植木鉢を落とす事は不可能……
不可能だとは思うが、それでも、無関係ではない……
そんな気がした。
女性としての生存本能がやっぱりあの男は危険だと告げている。
「どうしたの、なっちゃん?……危なかったね、植木鉢。当たらなくてよかったよ」
心配した藍那が尚緒をのぞき見る。
尚緒は血の気が引いていた。
「あっちゃん……、校門の外……何が見える?」
「何がって、今、パン屋さんの車が通りすぎたかな?後は人ん家しか見えないよ。他にはうちの生徒くらいしか……」
「背の高い……」
「工藤(くどう)先輩の事?それとも、敦(あつし)君の事?」
「……違う、怪しい人……」
「怪しい人?……って何処にもいないよ、そんな人……あっ、坂田(さかた)君のこと?彼、確かに怪しいねぇ」
坂田とはこの学校の男子生徒でおちゃらけるのが好きな男子だった。
変人と言われていたが、もちろん、尚緒の言う怪しい人とは違う……
「いい……わかった……」
尚緒は諦めた。
琉生や警察官同様に藍那にも見えないみたいだ……
その日は授業に集中出来なかった。
何をしていてもあの怪しい男と今朝の植木鉢が頭から離れない。
そして、友加里の生首のイメージも抜けない……
先生には三回も注意された。
が、上の空だった。
「ほんとにどうしたのよ、なっちゃん」
今日も琉生と一緒に下校する……。
だけど、彼女に尚緒の悩みはわからない……。
亡くなる前の友加里の気持ちが今になって、やっとわかった。
彼女も、家族も、周りの友達も先生も誰もわかってくれていなかったのだ。
身の危険を感じつつも誰もそれに気付かない……。
そんな不安の中、死んでいったのだ……。
「何でもない……、気分悪いから、まっすぐ帰るね……」
「えー、マークでコロンビアバーガー食べようと思ったのに……」
マークとはファーストフード店の名前。
コロンビアバーガーはそこの新製品だった。
寄り道したかったが元気の無い尚緒を見ていたら、一緒に行こうとは言えなかった。
その晩、尚緒はまた、夢を見た。
今度は下駄箱が倒れてくる夢だった。
彼女は下敷きになって足を折るという夢だった。
「嫌っ!」
彼女は飛び起きる。
起きてみると汗でびっしょりだった。
それでも浮かない顔のまま、登校する尚緒。
そして……
ガタン!
「きゃぁぁぁっ大丈夫?」
近くにいた千景が心配する。
尚緒は間一髪でよけられた。
「う、うん平気……わかってたし……」
「わかってたって?」
「ううん、何でもない……」
引きつった笑顔になった。
昨夜見た悪夢が現実になっている……
それでも、これまでの方はマシだった。
五回目の悪夢を見終わり現実となりなれてくるとあのひょろっとした男が再び姿を現した。
そして、すれ違いざまにこう告げた……
「今までのはほんの挨拶だ……。本番はこれからだ……けひひ……」
と。
そして、ニタァと気味の悪い笑い顔を見せた後、幽霊の様に掻き消えた。
尚緒はどうしようもなく不安にかられた。
その夜は眠りたくなくて、次々に友達に電話をかけまくった。
悪夢についての相談だった。
だが……
「気のせいだって……」
「違うよ、りっちゃん、必ず当たるんだよ、昨夜見た夢が!」
「デジャビュだよ、それは、気のせい、気のせい」
「気のせいじゃない、信じてりっちゃん」
「わかったわかった、信じたから、もう切るよ」
「信じてない」
「どうすれば良いのよ、いい加減にして!」
「ご、ごめん、……でも怖くて」
「枕元に見たい夢の写真を置くと悪夢を見なくなるって」
「ほんと?」
「さぁね、試したことないからね、ただ、そう聞いたことあるだけ。なっちゃんのは思いこみだからききめあるんじゃない?」
「そんな……」
立夏もまともに相手をしてくれない……
他の友達にかけても似たようなものだった。
その日の夢から、悪夢の内容が変わった。
立夏と藍那が内緒話で尚緒の悪口を言うという夢だった。
内緒話が尚緒にははっきり聞こえた。
「藍那も?ったく、しつこいのよね尚緒の奴」
「そうそう、うざいよね、尚緒ってさ」
「あんたが眠れないのなんて知らないってーの、勝手に起きていろって」
「尚緒のぐだらない話を聞かされて私、ドラマの良いシーン見逃しちゃったのよ。上履き隠しちゃおうか」
「良いね、それ」
聞きたくない言葉が頭に響く……
朝の目覚めは最悪だった。
今までにないくらい窶れた顔をしている。
それでも、朝、登校して行くと藍那と立夏が内緒話をしているような気がした。
何となくこちらを見て笑っている気がする。
それも嫌な笑い方だ。
藍那と立夏はそのまま、尚緒が下駄箱の所に行く前に教室に行ってしまった。
下駄箱を見ると上履きが無い。
昨夜の夢がフラッシュバックする……
「上履きかくしちゃおうか」
そんなまさか?
でも、夢では、確かに……
結局、探しても上履きは見つからず、仕方なくスリッパで教室に向かった。
教室に着くと立夏が話しかけて来た。
「おはよーなっちゃん、あれ?上履きどうしたの?」
「えっ?あ、う、うん……ちょっと……」
尚緒は立夏が隠したのでは?という気持ちを押し殺した。
偶然。
そう、偶然が重なっただけ……。
そう思うことにした。
そして、上履きはゴミ箱の中から発見された。
「誰よ、こんな真似したのは?」
藍那が怒る。
だけど、尚緒は……
(あなたとりっちゃんじゃないの?)
という気持ちを隠していた。
その日の夜も悪夢は続いた。
今度は琉生と千景だった。
「最近、尚緒の事見てると無性にムカツクんだよね〜」
「へぇ…実は私もなんだよね〜」
「じゃあ、ちーちゃん私、面白い事考えたんだけどさぁ、ノる?」
「何、何?」
「尚緒の体操着にさ、へへ、これ、糊、塗っちゃおうか」
「面白そう…じゃあ、私、これ、売店で買ったクリームパンのクリーム塗ったげる」
「どんな顔するかな?」
「私、泣き出す方に百円ね」
「良いね、じゃあ私二百円」
「それじゃあ賭けにならないじゃん」
「それもそうだ。マジうける〜」
やっぱり、友達二人の悪意が聞こえる。
次の日は体育があった。
先生に呼ばれ、所用をすませ、次の体育に合わせて着替えようと体操服を見るとそこには糊とカスタードクリームがべったりとついていた。
「ひゃっひゃっひゃっ」
下品な笑い声が聞こえる。
見ると千景だった。
琉生と話していて笑っているようだ。
友達が自分を嫌っている?
疑心暗鬼が自分を支配し始める。
段々、悪夢はエスカレートしていった。
そして、悪夢を見た翌日はネチネチとそれが現実になっていった。
おかしくなりそうだった。
「尚緒ちゃん、どうしたの?」
母親が尚緒を心配する。
「う、うん、ちょっと気分が悪くて……」
「そう……顔色悪いわね、今日は休んだら?」
「でも……うん…休む」
この日から尚緒の登校拒否が始まった。
友達が見舞いに来るが尚緒は会いたくないと誰とも会わなかった。
だが、学校に行かなくなったからといって尚緒の悪夢は終わらなかった。
尚緒の家の近くを通る人の悪口が聞こえて来る。
「ここの娘、引きこもりみたいだな……」
「苛められてるの?かわいそうだな……」
「苛められる方にも原因があるのかもよ」
自分の悪口を言っているように聞こえてくる。
尚緒は耳をふさぐ。
だが、それでも声が聞こえる。
もはや、夢と現実の区別がつかなかった。
電話が鳴る。
前の彼氏からだった。
出ると今付き合っている彼女と間違えて連絡したらしい……。
バカにしてるんだ。
そう思っていた。
被害妄想もエスカレートしていった。
そう、亡くなる前の友加里に状況が似てきていた。
夜寝ると悪夢を見ると思って昼間寝て夜は起きている事にしたが、それでも悪夢は続いた。
情緒不安定になり、家族にもあたるようになってしまった。
見かねた母親は尚緒は病院の精神科に連れて行って見てもらった
。
精神安定剤をもらい帰って来た。
だが、それでも、悪夢は終わらなかった。
手を変え品を変え、ひょろっとした薄気味の悪い男は尚緒に悪夢を運んでいった。
「来るなって言ってんでしょ!」
一人、部屋で尚緒が怒鳴る。
もちろん、尚緒の他に誰もいない。
「尚緒ちゃん……」
母親もどうしたら良いのかわからずノイローゼ気味になっていた。
父親は出張が多く、あまり家に帰らない。
尚緒の精神はかなり追い詰められていた…
「こんにちわ、おばさま、なっちゃんいます?」
再び、友達が尚緒を見舞いに来た。
「え、えぇ、いるにはいるんだけど……」
今の精神状態で友達に会わせて良いものか母親は迷う。
「私達、尚緒ちゃんに報告があるんです」
千景が母親に告げた。
その言葉を聞いて、母親はとりあえず、部屋に通すことにした。
「大分、まいっているから、あまり、刺激を与えないでね……」
母親は心配そうだった。
「大丈夫です。私達、尚緒ちゃんの悩みを解決に来たんです」
藍那はガッツポーズをとって見せた。
「やっほー、なっちゃん、元気ぃ?」
「こ、来ないで……」
部屋に入ると尚緒は怯えていた。
精神的にかなり参っている様子だった。
「なっちゃん、前に上履き隠されたり、糊とか、クリーム体操服につけられていた事あったよね〜。あれ、犯人わかったよ。用務員の長井(ながい)だったよ」
「うそよ!」
「それがね、ウソじゃないんだよ。不審者用の監視カメラにばっちり映ってたんだって」
「え?……」
「前にさ、なっちゃん、あいつの大事にしてた湯飲み、間違えて割っちゃったじゃん。あいつ、その事根に持ってて、嫌がらせしてたんだって」
「あいつ、クビになったからもう、学校来ても平気だよ」
犯人は長井という人間……
その事が尚緒の心を落ち着かせていった。
犯人は人間……
悪夢じゃない……
それが、その事が尚緒を安心させた。
少しずつだけど、不安が取れていく……。
その日は悪夢を見なかった。
それまで、毎日見ていたのにウソのように見なかった。
こんなにすっきりした朝は久しぶりだった。
「尚緒ちゃん、大丈夫?まだ、無理しなくても……」
「大丈夫。遅れを取り戻さないと落第しちゃうし、私、今日から頑張って学校行ってみるわ」
「無理しないでね。学校に行く事より、尚緒ちゃんの身体の方が大事なんだから」
「わかってる。ありがとね、まま」
尚緒は再び、学校に行く事にした。
「おはよう、なっちゃん」
「おはよう、るーちゃん」
「もう、良いの?」
「うん。ゴメンね、心配かけたね」
「一時はどうなるかと思ったよ」
「へへ、ソーリー」
「行こ、学校、遅れちゃうよ」
尚緒と琉生は学校に走って向かった。
尚緒は思った。
今までのは友加里の死のショックで一時的に鬱状態だったから、白昼夢でも見ていたんだ。
気のせい、気のせい……
そう、思った。
そう、思ったが……
「助かったと思ったか……?」
すれ違った小男が一言発した。
「!?」
尚緒は振り向く。
尚緒は見た。すれ違った小男の顔はあのひょろっとした気持ちの悪い男にそっくりだった。
ガクガクと震え出す……。
「尚緒ちゃん、尚緒ちゃん、しっかりして!どうしたの悲鳴なんかあげて」
気付くと母親に起こされていた。
今までのは夢?
「ま、まま……」
声を絞り出して母親を呼ぶ。
助けて欲しいがなんと言ったらいいのかわからない……
何処から何処までが夢なのか?
朝食を取る尚緒。
「ね、ねぇ……まま……」
「なぁに、尚緒ちゃん?」
「……ゆかりんって死んだんだよね?」
思えば友加里の死からおかしな事が始まっていた。
尚緒はこれまでの事を整理しようと母親に状況の確認を取る事にした。
だが、母親の答えは……
「何をバカな事、言っているの、亡くなったのは琉生ちゃんでしょ。友加里ちゃんとは昨日も一緒だったじゃない」
「え?」
亡くなったのは琉生?
ますます混乱する尚緒。
何処から何処までが本当のことだかわからなくなった……。
「尚緒ちゃん、朝よ〜起きなさい」
「え…?」
気付いたらまた、朝だった。
今度は母親に普通に起こされた。
「今日の調子はどう?歩けそう?」
「え?まま……何を言って……!!」
気付くと体中に鈍い痛みが走った。
全身擦り傷だらけだった。
「痛い……」
尚緒がうめく……。
母親の話だと、自分はいじめられっ子でクラスメイト達に階段から突き飛ばされたとのこと。
しかも、苛めていたのは聞いたこともない名前の生徒だった。
何でも、小学校の頃から苛められていたらしく、【友達】という言葉を利用して、いろいろやられていたらしい……。
だが、そんなのは全く記憶に無い。
聞けば自分には友加里や琉生達の様な友達はいないという……。
悩んでいると、また、目が覚めた。
次のシチュエーションが更に尚緒を襲う……。
それが、終わるとまた、次の悪夢が顔を出す。
尚緒はおかしくなりそうだった。
何百回繰り返しただろうか……
次ぎ、また、次ぎへと理解不能な環境に追い込まれる。
でも、それも終わるときが近づいた……。
「……ひとまず、これで一安心という所ですかね……」
気付くと、病室だった。
精神科の先生らしい人が自分を見てくれているらしい。
「あの……先生……」
「何かな?山口 友加里さん」
「え?」
気付いたら自分は野崎 尚緒ではなく山口 友加里になっていた。
いや、違う、元々、山口 友加里だったのだ。
何故か、自分は友達の尚緒だと思いこんでいた。
思いこまされていた。
友加里はある日、変質者に襲われた。
催眠術を使う変質者に……。
それは、非情に強力で、様々な悪夢が友加里を襲った。
ついに精神に異常を来し、精神科に運ばれたのだ。
やがて、変質者は捕まり、独学で覚えた催眠術で女性に悪戯をしていたと自供した。
独学だったので、完成度が低く、成功もすればかからずに逃げられたのも多かったらしい。
だが、友加里には必要以上に効果があり、怖くなった変質者は逃げたらしい。
「ゆっかりん!お見舞いに来たよ〜もう大丈夫?」
親友の尚緒が見舞いに来た。
「なっちゃん!うん、もう大丈夫。ごめんね、心配かけて……」
「聞いたよ〜変質者に変な暗示かけられてたんだって?」
「うん。でも、催眠療法っていうので、先生が治してくれてるから大丈夫よ。……すぐにとはいかないけどね……」
友加里に安息の日が訪れた……。
「……あなたが捕まった時は独学で学んだと言いなさい……」
「……はい、先生……」
「……あなたが目を醒ましたしたら、さっきまでの事は忘れてしまいます……はい!起きて」
「……袴田(はかまだ)先生、私、良くなりますよね?」
「えぇ、山口さん……あなたはもう悪夢に悩まされることはありません。あなたはね……」
精神科の袴田医師は次の傀儡……山口 友加里に暗示をかけた。
次の変質者にしたてあげるために……。
完。
登場キャラクター紹介
001 山口 友加里(やまぐち ゆかり)
悪夢にうなされる女の子その1。
002 野崎 尚緒(のざき なお)
悪夢にうなされる女の子その2。