第四章


00 パンドラの勢力


4話挿絵1 4体ものビスクドールが出現してしまった事で焦る対策チーム。
 新人発掘とカリスマの擁立を最優先事項として動き出していた。
 だが、それは対策チーム達だけではない。
 パンドラ側もまた動きはじめていた。
 パンドラ側もまた、チームを組んで動きだそうとしていたのだ。
 では、その動き出そうとしているチームとは如何なる存在を指すのだろうか?
 それはパンドラ自身を頂点とし、幹部には出現したビスクドール。
 そのビスクドールのお世話係として任命された世の中に強い恨みを持つアウトロー達。
 それが組織するチームの事を指していた。
 世の中に呪いという病原菌をばらまこうとする後ろ向きな集団、それが、【パンドラドリーマー】だ。
 パンドラの呪いの第一世代の最大組織、【パンドラ】ディスティニーの正当な後継組織だった。
 世に不公平がある限り、災厄を望む思想家達は消えることはない。
 それが、【パンドラ】崇拝となり、悪夢の組織を再び作っていたのだ。
 今まではビスクドールが出現していなかったため、せいぜい誤情報を流すだけにとどまっていたが、ビスクドールが4体まで復活した事で勢いが増していたのだ。
 ビスクドールは4体まで復活しているので、そのお世話係とされるチームリーダーのアウトローの数も4名がいた。
 ビスクドールの出現が増えれば、このチームリーダーの数も同じだけ増える事になる。
 つまり、ビスクドールが増えるほど、この組織も大きくなっていくのだ。
 【パンドラドリーマー】達は積極的に【パンドラ】の呪いをばらまいていく行動を取っている。
 松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)達、対策チームもこの【パンドラドリーマー】の存在を認識し始め、対策を練ることにした。
 【パンドラドリーマー】達は表だった犯罪組織ではない。
 ただ、単に、【パンドラ】関連のアイテムなどをばらまいているだけだ。
 現行法では取り締まりにくい。
 なので、詐欺などの案件をなんとか立証してしょっ引くという方法をとることにしている。
 法の網をかいくぐって巧妙なやり口で人を不幸にしていく姑息な集団。
 正攻法だけでは対抗仕切れず、どうしても裏技や法ぎりぎりの手段を用いる事も余儀なくされていた。
 人に悪意をばらまいているのはわかるのにそれを立証する術がない。
 【パンドラ】ディスティニーの時は明確な殺人があったため、取り締まれたが、今回の【パンドラドリーマー】達は、直接手を下さない。
 あくまでも【パンドラ】のアイテムなどを被害者に提供するだけだ。
 だから、余計に始末が悪い。
 呪いを信じる人は信じない人よりも圧倒的に少ない。
 だから、どうしても、保護には限界があった。
 【パンドラ】はそれがわかっているから、そういう人間を集めて組織化しているのだ。
 始末の悪い悪霊だ。
 対策チームとしては、チームリーダーが持っているはずのビスクドールを奪って全て燃やしてしまうかして処分することが最大の対抗策と考えた。
 だが、【パンドラドリーマー】達もそれがわかっているから、なかなかビスクドールは表舞台に姿を現さなかった。
 呪いが成就した時に出現するビスクドールをその時に燃やせれば良いのでは?とも検討されたが、普段から火器を所持している訳にもいかずそれは却下された。
 対策チームが【パンドラドリーマー】に翻弄されている間にも【パンドラ】の呪いは浸透していく。


01 ポニーテールの少女


 岡島 和毅(おかじま ともき)は早朝、運動をしている。
 軽いウォーキングとランニングを混ぜた運動だ。
 目的はダイエットのため。
 だが、本音は違っていた。
4話挿絵2 気になる女の子が居るのだ。
 名前も何もかもわからない。
 ただ、ポニーテールをして走っている。
 和毅はそのポニーテールの少女について行く時だけ走っていて後は歩いていた。
 ポニーテールの少女が走る時は何故かいつも霧がかっている。
 だからなのか、いつも途中で見失うのだ。
 今日こそはと思っていても、日頃の運動不足がたたっているのか、いつも良いところで見失ってしまう。
 彼女は毎回違うコースを走るため、見つけようとしてもなかなか見つからない。
 何か法則性がわかれば、良いのだがなかなかわからなかった。
 消極的である和毅は一緒に走りませんかと声をかける事も出来ない。
 だから、まず、和毅は早起きして、町を歩き回る。
 毎回適当に歩いて、ポニーテールの少女を見つけた時、少し離れた位置を併走する。
 和毅は、少女が走るときに揺れる後ろ髪がたまらなく好きだった。
 ずっと彼女を追いかけたい。
 その思いで毎朝、運動に出ているが、ポニーテールの少女は見つかる時と見つからない時がある。
 町中を歩いて彼女が見つからなかった時は、諦めてとぼとぼと帰る。
 今日も空振り――これで三日続けて見つからない。
 彼女はもう走るのを止めてしまったのか?
 そんな事を考えると憂鬱になる。
 たかが三日。
 されど三日。
 会えなければ会えないほど、和毅の恋心は切ない吐息をはかせる。
 ポニーテールの少女には会えなかったが、妙な男には二日連続で会っていた。
 松村 俊征(まつむら としゆき)という高校生だ。
 同世代だと思うから声をかけて来たのかも知れないが、俊征は何でこんなタイプが自分に声をかけたのかと思うくらい口下手だった。
 苦手な会話を無理してやっている感がにじみ出ていた。
 俊征は妙な事を口走っていた。
 【あなたから【パンドラ】の気配がします。気をつけてください】
 と。
 あいにく【パンドラ】なんてものに縁はない。
 おそらく女の名前か何だろうが、生まれてこの方、和毅は、家族以外の女性とろくに話したことも無い。
 【パンドラ】を探したければ他をあたってくれ――そう思ったが、フとあることに気づく。
 【パンドラ】――PANDORA――
 この文字になんとなく、心当たりがあった。
 ――そう、ポニーテールの少女が通っているコースだ。
 最初に目撃した地点からだんだん右側に彼女が移動していたが、今まで彼女を目撃して消えたところまでを総合して考えて見ると、PANDという文字が走ったコースで描かれる。
 つまり、次に【O】の始まる位置で彼女を待っていれば、彼女は現れるかも知れない。
 和毅は、そう思って本来であれば不吉を予言する言葉に希望を得てしまった。
 だが、そうなると、俊征の存在が邪魔だった。
 彼は和毅をつけているのか、和毅が走り出すとついてくる。
 なので俊征をまく必要があった。
 だが、どうやって彼をまけば良いのだろう。
 残念ながら脂肪たっぷりの和毅よりもスタイルの良い俊征の方が運動能力はありそうだ。
 見つかったら追いつかれる。
 だから、隠れて行動する必要があった。
 和毅は知恵を絞る。
 そうだ、祖母の家に泊まろう。
 祖母はいつでも遊びに来てねと言ってくれている。
 人見知りの激しい和毅も祖母になら甘えられる。
 祖母の家に泊まって、祖母の家から運動に出よう。
 幸い、祖母の家は、少し離れているだけで、運動に使っているコースからそれほど離れていない。
 好きな人が居てその人のためと言えば祖母は心置きなく協力してくれるだろう。
 和毅はその日の内に、両親にしばらく、祖母の家に泊まりたいと言った。
 両親は何かあるのか?と尋ねたが、和毅は運動で使っているコースが祖母の家からの方が近いからそうしたいと言った。
 実際には和毅の家からの方が近いのだが、嘘も方便と思い、両親に嘘をついた。
 両親は和毅の脂肪の事が気になっていたので、痩せるためならばと了承し、祖母に電話で頼んでくれた。
 祖父は2年前に他界していたので、一人暮らしをしていた祖母の事も心配だったという事もあり、次の日から祖母の家から学校に通う事にもなった。
 ただ、移動を俊征にばれてしまったら、元も子もないので、こっそりと移動した。
 俊征もストーカーではないので、ずっと和毅に張り付いている訳にもいかず、彼は俊征を見失った。
 彼の行動が裏目に出てしまったという事になる。
 次の日の早朝、和毅は【O】の位置と思われる場所に向かった。
 まさかとは思ったが、本当にポニーテールの少女は居た。
 天にも昇る気持ちになる和毅。
 その少女の存在がおかしいとは夢にも思わない。
 彼にはそれが怪しいと思うだけの想像力が欠落していた。
 ポニーテールの少女は【O】の文字をなぞる様に一週するとまた、消えてしまった。
 和毅は、
「次は【R】か……」
 と言った。
 次に会うことも期待していた。
 翌日、和毅は【R】の位置にいた。
 【R】は一回では書けないため、複数会うことになる。
 そう考えながら【R】の開始位置に行くと、ポニーテールの少女は待っていた。
 今度は走っていない。
 立ち止まって待っていた。
 和毅は困ってしまう。
 和毅は走っている少女の後を追う事を楽しみにしていたのだ。
 走ってくれなくては、追いかける事が出来ない。
 それでも、なんとか準備運動をして立ち止まっていると少女の方が近づいてきた。
「きもいんだよ」
 とか言われるのでは無いかと思い、青ざめる和毅。
 だが、
「よく、会いますね。良かったら一緒に走りませんか?」
 と声をかけて来た。
 和毅は、
「そ、そうだ……ですね……」
 とどもってしまった。
 恥ずかしくなり赤面する。
 少女は
「シャイな方なんですね。私、そういう人、好きですよ」
 と言った。
 顔から湯気が出るほど真っ赤になる和毅。
 自分が何を言われているか頭で整理出来なかった。
 好意を持たれている?
 いや、自分にそんな魅力があるとも思えない。
 きっと裏があるんだ。
 なにか、裏が。
 いや、違う。
 彼女はそんな悪いことを考えるような人じゃない。
 きっと、天使のように澄み切った心の持ち主なんだ。
 そう言い聞かせ納得しようとする。
 少女は優しくエスコートする。
 ふらぁ〜っと有頂天になる和毅。
 もはや完全に少女の虜だった。
 少女と共に、【R】の文字を走りきる。
 少女は別れ際、
「明日もまっているわ。場所はわかるよね?」
 と言った。
 和毅は、
「う、うん……わかるだ……です……」
 と言った。
 しどろもどろの会話しか出来なかった併走だったが、それでも和毅にとっては人生最大の喜びとなった。
 そのまま、上の空で授業を受けて下校中に俊征が待ち伏せしていた。
 俊征は、
「居た……危険なんです。すぐにその女から離れてください」
 と言った。
 和毅は幸せな気分に水をさされた気持ちになり、
「おまえに何がわかる?あっちへ行け」
 と追い払った。
 おとなしい性格の和毅では珍しい光景だった。
 それだけ、身も心も【パンドラ】に浸食されているという事の裏返しでもあった。
 【パンドラ】ランナー――これが今回、俊征が遭遇した【パンドラ】だった。
 ポニーテールの少女は【パンドラ】ランナーの一人だったのだ。
 【パンドラ】ランナーは一人ではない。
 そのため、他の人員を割けずにいた。
 他の【パンドラ】ランナーには別のメンバーが担当していた。
 【パンドラ】ランナーの数は13名――、その全員が【PANDORA】の文字を完走した時、呪いが成就してしまう。
 それを阻止するためにチームが組まれたが、今回の人数は15人。
 その中に霊能力が無い黛 玲於奈(まゆずみ れおな)と大森 香月(おおもり かづき)も居るために彼女達は二人で組んで行動している。
 後、チームリーダーの小野寺勇治(おのでらゆうじ)は対応チーム同士の連絡係もやっている。
 なので、多少とは言え、霊能力のある俊征は単独行動で対処しなくてはならなかったのだ。
 【パンドラ】ランナーの呪力は【パンドラ】の呪いとしては弱い方だったので、レベルの高い霊能者は強い【パンドラ】に回されている。
 これくらいの呪いは、自分達で――そうは思うが、やはり、【パンドラ】の呪いに対して単独で挑むのはかなり怖かった。
 だが、誰かがやらねば、呪いが成就してしまう。
 弱かろうが何だろうが、【パンドラ】は【パンドラ】だ。
 呪いが成就してしまえば、またビスクドールを出現されてしまうことになるのだ。
 1つ1つ呪いの成就を防いで行くことが大切な事だった。
 勇治の連絡ではすでに11名の【パンドラ】ランナーが完走間近だという。
 担当している霊能者達のレベルが低く、押さえ切れていないというのが現状だった。
 勇治が出張ればなんとかなるかも知れないが、それだと、他のメンバー達との連絡が行われなくなる恐れがある。
 経験の浅い霊能者達が多く参加している【パンドラ】ランナーの対策チームは少しでも多く成就阻止の成功経験を積ませたいというのが勇治の本心だ。
 レベルの低い【パンドラ】に勝ったのと負けたのとではその後の【パンドラ】対策にも関わってくる。
 負けてしまえば良くて後方支援専門、下手をすると対策チームを去って行く事にもつながりかねない。
 だから、弱小【パンドラ】といえども気を抜ける相手ではなかった。
 なんとしてでも完全に封殺したいところだった。
 俊征もなんとか和毅に食い下がろうとしていた。
 【パンドラ】の呪いは被害者達の心の隙間につけいる事で呪いを成就に導こうとしている。
 なので、呪いの強弱にかかわらず、関わった被害者のタイプでも好転暗転はするのだ。
 俊征の場合は被害者のタイプが悪かった。
 早朝、最後の【A】の文字の場所と思われる位置で待っていた俊征は背後から棒の様な物で殴られ気絶した。
 犯人は和毅だった。
 【パンドラドリーマー】に入れ知恵されていて、俊征を襲ったのだ。
 邪魔者がいなくなったところで和毅は悠々とポニーテールの少女と併走した。
 【A】もまた、一回では書けないが、対策チームという邪魔者の気配を察知しているポニーテールの少女は事を急いだ。
「ねぇ……一度、別れて待ち合わせしない?【A】の最後の横棒を一緒に引くの。その時、私たちは結ばれるわ」
 と言った。
 意味のわからない言葉だ。
 一緒に走ったから結ばれる訳が無い。
 だが、どっぷり信じ切った和毅は、
「わ、わかった……です。あそこですね……」
 と言った。
 俊征が応答しないのに異変を感じた勇治が駆けつけたが、時すでに遅し、和毅は最後の一筆を自らの命と共に引いていた。
 ポニーテールの少女は本性を現し、
「ふふふ……まずは一人目……」
 と言って、和毅の首をはね飛ばした。
 和毅はそのまま、消えてしまった。
 一人目の犠牲者となってしまった。
 勇治に助け起こされた俊征は和毅の不幸を知って崩れ落ちる。
 結果、【パンドラ】ランナーの犠牲者は和毅一人だった。
 後の被害者は未然に防げたという報告が上がった。
 霊能力の無い玲於奈と香月でさえ防いでいたのだ。
 落ち込む、俊征。
 それを見た勇治は、
「こういう事もある。どんなに強い霊能力を持っていても雑魚以下の悪霊に負ける事だってあるんだ。完全な事なんかない。今回は運が無かったんだ。結果的には【パンドラ】ランナーは未遂に終わったんだ。それを良しとしよう」
 と言って慰めた。
 俊征は力なく、
「あ、ありがとうございます……善処します……」
 と言って頷いた。
 勇治は
「気にするなというのが無理かも知れないが、本当に気にしても仕方ないんだ」
 と慰めたが、俊征はほとんど聞いていなかった。


02 パーマの少女


 俊征が和毅に取り憑いているポニーテールの少女を追っていた頃、玲於奈と香月の親友コンビは石田 成安(いしだ なりやす)という少年をサポートしようとしていた。
 成安もまた、和毅と同様に【パンドラ】ランナーに魅入られた一人だった。
 成安に憑いている【パンドラ】ランナーは通称パーマの少女だった。
 軽くウェーブのかかったパーマ姿の少女――それが成安に取り憑いていた。
 どうやら、心理的に被害者の好みのタイプの姿に形を変える呪いであるらしい。
4話挿絵3 つまり、成安の好みの女性はパーマをかけた女性という事になる。
 成安の性格は和毅と違い、人見知りとかはせずに、人なつっこく話しかけたりするタイプと言えた。
 だが、パーマの少女もまた、早朝に現れ、【PANDORA】の文字をなぞっていった。
 ただ、成安はあまりおつむの方がよろしく無く、【PANDORA】のスペルを知らなかった。
 なので、何か文字をなぞっているような気がしてもそれが【PANDORA】だとは全く気づかなかった。
 それに対応するためか、パーマの少女は和毅の時よりも早く、成安に声をかけていた。
「一緒に走らない?」
 と。
 【パンドラ】ランナーも違えば、被害者のタイプも全く違う。
 だが、対応する対策チームもまた違うのだった。
 この件に対応するのは霊能力が全くない二人、玲於奈と香月だった。
 霊能力の無い彼女達は彼女達なりに対策を練ってきていた。
 【パンドラ】の呪いにある程度効果があると思われる塩などを装備して来ていたのだ。
 【パンドラ】ランナーに会ったら、そのまま、【パンドラ】ランナーに塩をぶっかける。
 そのつもりでいたのだ。
 霊能力が無いからと言って全く無力という訳では無い。
 使える手は他にもあるし、それらを駆使して行けば力の弱い【パンドラ】くらいならば、倒せる。
 そう思って行動していたし、実際にそれを体現してみせたのだった。
 勇治からの情報で、【パンドラ】ランナーは【PANDORA】の文字をなぞるという事がわかっていたので、後は先回りして、【パンドラ】ランナーが現れた時、塩をかける。
 幸い、口の軽い成安自身から自分が朝走っているコースを聞いていたので、準備は万全だった。
 成安が通りかかった頃、玲於奈と香月も出てきて、【パンドラ】ランナーであるパーマの少女を発見。
 いくつか確認して、それが【パンドラ】ランナーだと認識出来たところで攻撃開始。
 二人で行動していたので挟み撃ちも出来た。
 さすがに塩をかけただけでは少ししかダメージは与えられなかったが、ちりも積もれば山となる。
 見つけ次第、即座にぶっかけ回した効果が現れ、パーマの少女は、
「口惜しや……口惜しや……」
 という言葉と共に消滅していった。
 努力と根気とアイテムの勝利と言えた。
 結果、霊能力が全く無いにもかかわらず、二人は対策チームの中で最短で、【パンドラ】ランナーを葬り去ったという事になった。
 これは大快挙と言えた。
 玲於奈の恋人の俊征が唯一の失敗となってしまったので、手放しには喜べないが、それでも霊能力が全く無いから対抗出来ないという負のイメージは払拭できたことになる。
 落ち込んでいる俊征は元々霊能力がそれほど強い方では無い。
 戦力外になったからと言ってたいした損害にはならない。
 酷な様だが、トータルで考えれば勝利と言って良かった。
 玲於奈はその後、黙って俊征に寄り添い、
「つらかったね。大丈夫。私がついてる」
 と言って慰めた。
 俊征は、
「ありがとう……」
 とは言ったものの表情は辛そうだった。
 玲於奈達でさえ勝ったのに自分だけ負けたというのがやはり辛かった。


03 ペットショップ【パンドラ】


 対策チームの碓井 栄美(うすい えみ)と里村 翔子(さとむら しょうこ)が目をつけた店があった。
 ペットショップ【パンドラ】である。
 このペットショップ【パンドラ】に限らず、【パンドラ】の名前を冠した店が最近、多く開店していた。
 それは一重に【パンドラ】財団の関連ショップであると言える。
 【パンドラ】財団は組織としては大きすぎてなかなか手が出ないが、それでも【パンドラ】ショップの各個撃破をしていかないと【パンドラ】の被害者は増えるばかりだった。
 多くの【パンドラ】ショップが被害者を出しているが、それでも問題にならないのは【パンドラ】財団が政財界に大きな圧力をかけていると目されている。
 どうにかして【パンドラ】財団の悪事を暴きたいが、ネットなどで叫んでももみ消されてしまっていた。
 そのため、【パンドラ】財団本体には今は手は出ないが、それでも下部組織には対応していこうという方針で対策チームは進んでいた。
 栄美と翔子はその中からペットショップ【パンドラ】を敵対勢力として認識したのだった。
 ペットというからにはそんなに安くは無い。
 だが、このペットショップ【パンドラ】では、ペットの名前に【パンドラ】とつければ店頭価格の半値以下でペットを売ってくれるのだ。
 登録制になっており、ペットショップ【パンドラ】でパンドラという名前で登録すれば、他でそのペットをどう呼ぼうが全くかまわないという。
 どう考えても店側に利益は無い。
 ここが【パンドラ】の呪い関連の店であるという事を除けばだが。
 つまり、この店が【パンドラ】の呪いを成就させようとしている拠点の一つであるという事を物語っていた。
 栄美と翔子の友達も数人、このペットショップ【パンドラ】でペットを購入していた。
 最初はペットたちをラッキーとかメロディーなど、自分達の好きなように呼んでいたが、いつしか常に具合が悪い状態になり、ペットの事を【パンドラ】と呼ぶようになっていた。
 友人の一人がついに倒れ緊急搬送された。
 その時、栄美と翔子は原因がペットショップ【パンドラ】にあるという事を知り、友人の敵とばかりに乗り出したのだ。
 だが、店の中に入ると店で売られているペットたちはどれも普通の動物と言わざるを得なかった。
 霊能力がある二人から見ても邪悪な気配は微塵も感じさせない愛くるしい動物ばかりだった。
 友人達の飼っていたペット達とは明らかに違っていた。
 焦る二人。
 入院している友達の様態は日に日に悪くなっていた。
 衰弱が激しく、今にも亡くなってしまいそうなか細い呼吸にまでなってしまっている。
 事は急を要していた。
 ペットショップ【パンドラ】では、結局何も発見出来ず、二人は引き返した。
 原因がわからない二人は、入院している友達のペットを預かることにした。
 ペットの種類はマルチーズ――つまり犬だった。
 最初に紹介してもらった時とは同じ犬とは思えないほどどう猛になっていた。
 栄美と翔子は暴れるマルチーズをなんとか取り押さえ、体を見てみる。
 すると、毛の奥に隠れていてわからなかったが、人間の口紅の様な跡がそのマルチーズには残されていた。
 これだ。
 二人は確信する。
 ペットショップ【パンドラ】の店頭では普通に売られているペットだが、飼い主に渡される前にペットにこの口紅の跡をつけるのだ。
 そうするとペットを通して飼い主から精気をむしり取っていたのだ。
 そうとわかれば、早速、この口紅の跡を取ろうとマルチーズを聖水に近い水風呂に入れた。
 最初はギャンギャン騒いでいたマルチーズだが、その内、憑きものがとれるかのようにおとなしくなった。
 それと時を同じくして、次第に入院していた友達の様態も安定してきた。
 栄美と翔子はこの事実を店側に突きつけた。
 店は否定したが、変な病原菌でもばらまいているのではないかという噂が広がり、まもなくしてペットショップ【パンドラ】は閉店に追い込まれて言った。
 よく噂を利用する【パンドラ】の呪いだが、今回は逆に噂によって呪いの成就を阻んだ事になった。
 入院する者などが何人も出たが、死亡者はゼロ。
 【パンドラ】関係の事件としては大勝利とまではいかないまでも勝ったと言って良かった案件だった。
 栄美と翔子を中心として早めに行動をしたのが勝利の一因となったのだ。
 だが、【パンドラ】ショップは他にもある。
 栄美と翔子は次なる敵を探すのだった。


04 怪しい友達


 鳴海 温(なるみ のどか)は小学4年生。
 転校してきたばかりでなかなか友達が出来ないのが悩みな女の子だった。
 いつも一人で居ることが多い彼女は不審者に狙われやすいから友達を作って友達と一緒に行動しなさいと両親に言われているのだが、だからといってそんなに簡単に友達が作れれば彼女は困っていない。
 どうしても同じ教室の友達を作る事が出来なかった。
 そんな彼女だったが、ようやく友達と呼べる女の子が現れた。
 年は自分と同じくらい。
 だけど、どこの学校に通っているかわからない女の子だった。
 彼女も一人だという事を聞いた温は友達になろうと言った。
 見ず知らずの人についていっちゃいけませんと両親に言われている温だが、相手は自分と同じ年頃の女の子。
 怪しい人じゃないと思っていた。
 女の子は、自分のことを
「私は梶田 紀子(かじた のりこ)。だけど、私の事は【パンドラ】って呼んでもらえるとうれしいな」
 と自己紹介した。
 【梶田 紀子】のどの部分を取れば、【パンドラ】になるのかは全くわからなかったが、温は紀子の事を
「パンドラちゃん」
 と呼ぶことにした。
 紀子は、
「よろしくね、温ちゃん」
 と言った。
 あれ?私、自分の名前を名乗ったっけ?とも一瞬思ったのだが、さして気もせず、そのまま普通に友達として接することにした。
 温はニュースなどはあまり見ない。
 なので、行方不明の少女として【梶田 紀子】という女の子が居なくなっていたという事を知るよしもなかった。
 この【パンドラ】の名前は連鎖の【パンドラ】と言う。
 行方不明となった女の子の名前を名乗って、【パンドラ】として、新たなターゲットとなる女の子の友達になる。
 ターゲットとなるのはひとりぼっちの女の子ばかりだった。
 【梶田 紀子】は9人目の行方不明者の名前だった。
 温は10人目の行方不明者として狙われたのだ。
 この【パンドラ】の呪いは13人目が行方不明となった時点で成就する。
 呪いの力としては、【パンドラ】ランナーとそれほど大差ないほど弱いものではあるのだが、ターゲットと一対一で対応しているのと非常に小さな力のため、隠密性が高く、見つかりにくい【パンドラ】と言えた。
 犠牲者が9人目まで進んでいるのはそういった存在感の希薄さが招いていた事でもある。
 弱すぎて対策チームが気づかないのだ。
 現に、10人目の被害者である温のところに被害があった時点で、この【パンドラ】の呪いに気づいている対策チームのメンバーは一人も居なかった。
 このままでは、ひっそりと呪いが成就してしまう。
 最低でも13人目の被害者を出す前に発見しなくてはならない呪いでもあった。
 この呪いは、行方不明の友達と13日間友達で毎日あっていると被害者は次の行方不明者となる。
 その前に引き離す事が重要な呪いであった。
 そこへ現れたのは【パンドラ】ランナーの事件でショックを受けた俊征だった。
 一人だけ犠牲者を出してしまったという事で酷く落ち込み、一人でぷら〜っと歩いていたのだ。
 自分は役に立たない。
 誰も助ける事が出来ない。
 その事実が彼を苦しめていた。
 そんな彼だったが、立ち寄った公園で温と出会った。
 霊感のある俊征にはわかる。
 温は取り憑かれている。
 対策チームの報告では温の情報は無い。
 となると、認識されていない呪いではないか?というのはすぐに読み取れた。
 どうする?
 自分に対処出来るのか?
 その不安が彼の判断を鈍らせる。
 あれこれ悩んでいる内に温を見失ってしまった。
 まただ。
 また、自分の判断ミスで敵を逃がしてしまった。
 落ち込む俊征。
 だが、すぐに考えを変える。
 落ち込むのは俊征の勝手だ。
 だが、温は今、現在も呪いに犯されているのだ。
 早く助けなければ、次の犠牲者になるだろう。
 まだ、間に合う。
 その希望が俊征を動かしていた。
 必死で温を探す俊征。
 どこだ?
 こっちか?
 ここも違う。
 あっちか?
 あっちも違う。
 そっちか?
 そっちも違……いや、居た。
 名前はわかって居なかったが温に間違いなかった。
 まだ、手遅れじゃない。
 まだ、間に合う。
 俊征は声をかける。
 不審者と間違われるかも知れない。
 だが、そんなことを気にしている余裕は無かった。
 怪しまれても彼女を助けたいという気持ちが強かった。
 それから俊征の記憶は無い。
 よく覚えていない。
 とにかくがむしゃらに動いて、連鎖の【パンドラ】を退治したのだ。
 一人だけで解決した。
 そのことが俊征の自信につながった。
 自分でも出来るんだ。
 その事が素直にうれしかった。
 俊征は涙を流した。


05 【パンドラ】ジュース


 榮一郎はとある事件を追っていた。
 【パンドラ】ジュースに関する事件だ。
 【パンドラ】ジュースは一見、普通のジュースだ。
 オレンジ味、アップル味、グレープ味など、オーソドックスなタイプの味の清涼飲料水という事になっている。
 ジュースの名前も表向きは、ラッキーエンジェルジュースということになっている。
 そう、【パンドラ】ジュースではないのだ。
 では何故、【パンドラ】ジュースなのか?
 その答えは、栄養成分表記のところだ。
 栄養成分表記のところにスペースがあり、そのスペースのところに書かれているアルファベットをそろえて並び替えると【PANDORA】という文字ができあがるのだ。
 【PANDORA】の文字は薄く書かれているし、スペースのところ以外にもアルファベットがちりばめられたデザインになっているので、一見、ただの模様にも見える。
 だが、その栄養成分表記のスペースとそのジュースを飲んだ者達の症状がこれは【パンドラ】関係の呪いのアイテムだと言うことを如実に表現していた。
 【パンドラ】ジュースを飲んだ者は次第に性格が荒々しくなり、次第に事件を起こす様な性格へと変貌していく。
 すでに、【パンドラ】ジュースを飲んだ者達の事件は8件に及び、麻薬などが混入しているという噂も流れたので、警察の手が入り、成分分析をした。
 だが、怪しいところは発見されず、逆に安全だというお墨付きをもらってしまったようなものになってしまった。
 警察は、【パンドラ】ジュースを飲んだ者達の他の共通点を探しているという状況だった。
 警察に呪いだと言っても信じてもらえそうも無いので、対策チームで対応せざるを得ないという状況になっている。
 事件を起こした者の内、6件は殺人事件に発展しているのだ。
 【パンドラ】の呪いが【死】でカウントされると考えると、最低でも6名分の生け贄を出したことになる。
 他の2件も被害者が危篤状態なので、この2名も死亡したら、8名という事になってしまう恐れがある。
 呪いの種類によって被害者の数もまちまちだが、多い数字は13名、42名、666名の3つが考えられる。
 一番、怪しいのは犠牲者13名というパターンだ。
 この数が一番多いのだ。
 その事からも早急に対処しなくてはならないと推測出来た。
 怪しいのは十分承知しているのに証拠がないから、計画を阻止する事が出来ない。
 榮一郎はこの件を今回担当することになった。
 呪いの分析を始める。
 まず、この呪いは被害者が【パンドラ】ジュースを飲んだ者では無いという事だ。
 性格が変わってしまったという点から考えると被害者と言えなくも無いが、実際問題としては加害者側になってしまうという点では、通常の【パンドラ】の呪いと違ったタイプの呪いと言えるだろう。
 間接的な呪いとでも言うべきなのか?
 だが、加害者となってしまった者もその後の人生が大きく閉ざされてしまうことになる。
 不幸になる者を同時に二人以上出してしまうという事を考えると非常に厄介な呪いと言えるだろう。
 成分分析をしても何も怪しいところが検出出来なかったところを考えると、怪しいのはジュースそのものというよりも、むしろジュースを入れている缶に問題があると推測出来る。
 だが、缶自体にクレームをつけるのは難しい。
 ジュースの中味にならば、お腹を壊したなどの理由で立ち入り調査を入れてもらうきっかけなどを作ることも可能だろうが、缶であれば、話は変わる。
 缶で口を切ったとかそういう事でとも考えられるが、例え、缶自体を変えられても呪いの要素を取り除かなければ同じ事になる。
 新しい缶でも同じ処理をしてくるだろう。
 そうなればいたちごっこだ。
 何度もクレームをつければ逆にこっちが悪質クレーマーとして罰せられる可能性がある。
 つまり、この方法は使えない。
 使える方法としては、【パンドラ】ジュース自体をどうにかするよりも、【パンドラ】ジュースにより性格を変えられた、加害者をどうにかした方が良さそうだ。
 【パンドラ】ジュースは間接的な呪いなので、対処する側も間接的に対応した方が良いのではないか?という結論になった。
 よくよく調べて見ると、この【パンドラ】ジュースは相性があるようで、普通の人が【パンドラ】ジュースを飲んでも効果が無いようだ。
 ジュースなのだから手広く売ってしまえば、あっという間に呪いは広がるはずなのにそうならないのは、適応確率の低い呪いだからだろう。
 恐らくは潜在的に犯罪を起こしやすい人間が【パンドラ】ジュースを飲んだ時、内に秘めていた犯罪を犯そうとする気持ちが増幅されて犯罪を犯すことになるのだ。
 犯罪を犯すのが元々、そういう気持ちを持っていた者だから例え、【パンドラ】ジュースを飲んでも大して怪しまれない。
 そういうからくりなのだろう。
 現に、【パンドラ】ジュースを飲んで犯罪を犯した8人の素性を調べて見ると元々素行が悪かったり、大きな鬱憤がたまっていそうな生活をしている事が見て取れた。
 不満は誰にでもあるものだが、実際に犯罪を犯す様になる者は全体の人数からすると少ない。
 多少な悪事であれば、だれでも考えるだろうが、それが殺人にまでなってしまうような考えに至るものは少ない。
 飲んだ人間任せの呪い。
 だからこそ、始末が悪かった。
 呪いを解けば、飲んだ者が改心するかというと違うという事になるからだ。
 放っておいてもいつかは犯罪を犯す。
 そういう人間が前借りするかのように犯罪を犯す。
 ただ、それだけなのだ。
 相手が呪いであれば、榮一郎達でも対処出来る。
 だが、それが犯罪者であるのであれば、意味が変わってくる。
 呪いを解けても、それが殺人鬼だった場合は、榮一郎が襲われてもおかしくないのだ。
 悪意は【パンドラ】だけじゃ無い。
 他にも悪意、殺意は存在するという事だ。
 行動の仕方次第で、他の意味での危険もあり得るのだ。
 榮一郎は慎重に行動する。
 【パンドラ】ジュースを売っている店は一店舗しかない。
 【パンドラ】ジュースの虜になる者はこの店に買いに来るのだ。
 【パンドラ】ジュースの適応者以外は【パンドラ】ジュースの虜とはなり得ない。
 頻繁に来るのは虜になった者達だけなのだ。
 【パンドラ】ジュースを頻繁に買いに来る人間――それをマークすれば良い。
 榮一郎の判断はそうだった。
 だが、ここで問題が一つあった。
 それは、ここ数日、店を張っていて、【パンドラ】ジュースを頻繁に買ってくるのは3人居たのだ。
 榮一郎一人で3人同時には張りつけない。
 仲間に協力を仰ぎたいところだが、他のメンバーは他の呪いで忙しく、また、張り付く人間の凶暴性を考えると、危険な張り込みに仲間を巻き込めなかった。
 榮一郎は選択を迫られる。
 恐らく、呪いの種類から考えて、この【パンドラ】の呪いの呪力は小さい。
 小さいからこそ絡めてでこっそりと呪いの成就を狙っているのだ。
 だから、加害者となる人間の対処さえどうにかすれば、この呪いの終息に大きく進展するはずだ。
 榮一郎は自分の自己分析をする。
 自分のタイプを分析した。
 榮一郎は基本的に争いごとが好きでは無い。
 生まれてこの方喧嘩と呼べるようなものは数えるほどしか経験して来なかった。
 なので、絡まれてしまえば、榮一郎はやられてしまうだろう。
 喧嘩慣れしていない相手。
 それが、榮一郎一人でもなんとか出来るかもしれない相手と言える。
 次に、榮一郎は【パンドラ】ジュースの適応者3名の分析を始める。
 まだ、名前がわからないので仮にA、B、Cとする。
 Aは、筋肉質な男性。
 喧嘩はやるかどうかはわからないが、明らかに何か鍛えてそうだ。
 表情からもかなり気合いが入ったタイプと言えるだろう。
 Bは、長身の女性。
 いや、女性かどうかはよくわからない。
 ひょっとするとニューハーフかも知れない。
 喧嘩はやるかどうかはやはりわからない。
 だが、表情から推測するとかなり気の強いタイプと言えるだろう。
 Cは小太りの男性。
 一見すると一番対処が取りやすいタイプには見える。
 だが、こういうタイプは裏で何をやっているかわからない。
 ひょっとすると一番危険なタイプかも知れない。
 そう考えると誰も彼もが危ない様に思えてくる。
 そう――三人とも殺人を犯す要素が適応した者達なのだ。
 見た目に限らず、榮一郎の気づかない危険な要素があるかも知れないのだ。
 榮一郎の額から汗が流れ出る。
 この判断ミスで自分にも大きな危険が回ってくるかも知れないと思うと、震えが来る。
 誰だ。
 誰が良いんだ?
 わからない。
 判断ミスがそのまま危険につながるかも知れない。
 榮一郎は悩む。
 悩む。
 悩む。
 悩んでも答えが決められない。
 そうこうしている内に、三人が店を出て行ってしまう。
 決めなければいけないのに足がガクガク震えてしまう。
 こんなところ従兄弟の俊征達には見せられない。
 彼らは自分を頼りにしているのだから。
 だが、榮一郎もまた、人間なのだ。
 怖いものは怖い。
 それは仕方の無い事だ。
 怖さを取り払うために一生懸命に霊について調べてきた。
 だが、それでも限界はある。
 調べてもわからない事はあるし、霊以外の問題もこうして出てくるのだ。
 何もしなければ、行ってしまう。
 焦る榮一郎。

 悩みに悩んで張り込む相手を男性Cに選んで動きだそうとした時、意外な事が起きた。
「ちょっと、すみません。そこのお兄さん、ホコリついてますよ。パッパってね。あ、そこのお姉さん、これ、落としましたよ。それと、そこのおじさん、それ、ちょっと見せてもらって良いですか?私、それ、気になっていて――ちょっとで良いんで……」
 と一人の女子高生が、現れ、榮一郎が張り込もうと思っていた対象A、B、Cに次々と触れ、憑きものを落とす様に浄化していったのだ。
 榮一郎は誰か一人を張ろうと思っていたが、その女子高生は、三人とも完全に呪いを祓って見せたのだ。
 榮一郎は強い霊能力を持っているが、その女子高生は明らかにレベルが違う。
 仲間になれば明らかに対策チームのカリスマとして文句の無い力となる事を示して見せたのだ。
 榮一郎は、
「み、見つけた。勝利の女神……」
 とつぶやいた。


06 勝利の女神


 榮一郎は呪いの対象者A、B、Cの状態を確認する必要があったので、その間に女子高生を見失ってしまった。
 名前もわからない少女。
 だが、顔はしっかりと覚えた。
 探すんだ。
 その少女を。
 少なくとも、その少女は【パンドラ】対策の大きな柱の一つにはなる。
 榮一郎は心霊サークルのメンバーを集めて、その事を伝えた。
 対策チームは、その【勝利の女神】を探す事も重要な行動の一つとした。
 栄美は霊感占いが得意で、その占いによると、対策チームが勝利するには三本の柱が必要と出ていた。
 その三本の柱の一つとして、両手に光輝をまとう女神と言うのがあった。
 榮一郎が見たその少女は呪いの対象者に触れていた。
 触れることによって、邪気が取り除かれ、対象者達の気持ちが安らいでいった感じがした。
 特徴から見て、その少女が両手に光輝をまとう女神で間違いないだろう。
 女子高生だが、制服から考えて、俊征達とは別の学校の生徒だというのがわかって居る。
 メンバーに榮一郎が見た少女の制服の特徴を話し、調べて見ると、隣町の女子校の生徒だというのがわかった。
 中学生までなら地元から通っているという事も考えられるが、高校生ともなれば少し離れた場所から通っているという事も考えられる。
 だが、榮一郎が目撃したのは榮一郎達の住む町の店だ。
 時間から考えて、その近くから隣町の女子校に通っている生徒ではないかと考えられた。
 実家がこの町ならば、協力しやすいかもしれない。
 大学生である榮一郎達がわかるのはここまでだ。
 後は、俊征の彼女、玲於奈とその友達、香月の情報網が役に立ちそうだと思った。
 同じ女子高生同士、勝利の女神を見つける事と仲間に勧誘することを任せてみようという結論になった。
 早速、榮一郎は、俊征を通して玲於奈と香月を呼び出し、彼が見た少女の特徴を説明した。
 すると、香月は
「名前はわかんないけど、たぶん、あの子じゃないかな?」
 と言った。
 どうやら、心当たりがあるようだ。
 早速、香月は友達に電話して情報を集めてくれた。
 今は昔と違い、スマホなどがあるから、情報の伝達も早いのだ。
 期待に胸を膨らませる榮一郎。
 彼から見たその少女はまさに女神の様に映っていたのだ。
 絶望の淵から救い出してくれた女神のように。
 しばらく何人かに連絡を取った後、香月は、
「たぶん、榮一郎さんの言っている特徴があっていればの話だけど、花坂 里桜(はなさか りお)って子じゃないかな?その子、たった一人でおばさんの敵の悪霊を祓ったって言われているから……」
 と言った。
 榮一郎は、
「花坂 里桜……ちゃん……か……会ってみたいな」
 とつぶやく。
 香月は、
「んじゃ、会います?何ならアポ取りますよ」
 と言った。
 榮一郎は目をぱちくりする。
 会おうと思ってこんなに簡単に会えるものなのか?
 榮一郎は、
「ありがとう。とりあえず、会って、その子から敵を討ったっていう悪霊の件について話を聞いて見たい」
 と言った。
 話を聞いて見たいとは言ったが、それは会うためのきっかけに過ぎなかった。
 少女の姿は榮一郎の脳裏に深く焼き付いている。
 会えば、話を聞くまでも無く、里桜が【パンドラ】ジュース事件をあっという間に解決した少女なのかどうかはすぐにわかるはずだ。
 年下の少女に会うだけなのにこんなにわくわくしたのは生まれて初めてだった。
 それを見た俊征が、
「榮一郎さん、なんだかうれしそうですね……」
 と聞いてきた。
 普段感情を表に出さないようにしていたつもりだったが、人付き合いの苦手な俊征にまでわかるくらいに顔がゆがんでいたのかと思うとちょっと恥ずかしくなるのだった。
 本人に会ってみるまで女神かどうかはわからない。
 だが、可能性はかなり高い。
 【パンドラ】のビスクドールを4体も出現させてしまって落ち込みムードがとれなかった対策チームに大きな希望となってくれるかも知れないカリスマが現れた。
 香月は再び友達に連絡を取った。
 すると、向こうは会ってくれるという事で話しがついた。
 あんまり大人数で行っても相手が萎縮しても困る。
 なので、榮一郎と俊征、玲於奈と香月の4人で会うことにした。
 本人が確認出来たらその後で改めて他のメンバーにも紹介するという事にした。
 【パンドラ】との戦いは終わっていない。
 ここからが反撃だ。


続く。



登場キャラクター説明

01 パンドラ
パンドラ
世界中に呪いの種を蒔く謎の女性。
現在日本に進出してきているとされている。
呪いが成就する事により出現する13体のビスクドールを集めている。










02 松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)
松村榮一郎
松村 俊征(まつむら としゆき)の従兄弟の大学生。
優れた霊能力を持つ。
霊能力を活かしてパンドラ対策チームのリーダーをしている。












03 岡島 和毅(おかじま ともき)
岡島和毅
ふっくらとした男性。
ポニーテールの少女の事が気に入り、彼女の後を何となく走るようになる。
その少女がパンドラ・ランナーだとは気づいていない。
呪われて死亡する事になる。










04 松村 俊征(まつむら としゆき)
松村俊征
松村榮一郎(まつむら えいいちろう)を従兄弟に持つ奥手な高校生。
黛 玲於奈(まゆずみ れおな)という彼女が出来たばかり。
多少、霊能力はあるが、うまく使いこなせていない。
口下手。












05 黛 玲於奈(まゆずみ れおな)
黛玲於奈
笑顔が素敵なショートカットの女性。
松村 俊征(まつむら としゆき)の彼女でもある。
霊能力は全く無いがパンドラ事件に関わって行く事になる。
高校生。










06 大森 香月(おおもり かづき)
大森香月
黛 玲於奈(まゆずみ れおな)の親友の高校生。
空手の有段者でもある。
気が強い性格。
頼りになる姉御肌だが、霊能力は無い。












07 小野寺 勇治(おのでら ゆうじ)
小野寺勇治
松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)のパンドラ対策チームに所属する強力な霊能者。
チームリーダーを任される事もある。
手品が得意。
大学生。












08 石田 成安(いしだ なりやす)
石田成安
パーマの少女を追いかける軽い感じの男性。
パーマの少女の正体はパンドラ・ランナーだったが、黛 玲於奈(まゆずみ れおな)と大森 香月(おおもり かづき)コンビの活躍で命をつなぎ止める。












09 碓井 栄美(うすい えみ)
碓井栄美
松村 榮一郎と同じく大学生。
霊能者チームに在籍している。
里村 翔子(さとむら しょうこ)とよくペアを組む。
霊感占いが得意。









10 里村 翔子(さとむら しょうこ)
里村翔子 
松村 榮一郎と同じく大学生。
霊能者チームに在籍している。
碓井 栄美(うすい えみ)とよくペアを組む。












11 鳴海 温(なるみ のどか)
鳴海温
友達が出来ない事を悩む小学四年生。
パンドラに呪われる所を松村 俊征(まつむら としゆき)に助けられる。











12 梶田 紀子(かじた のりこ)
梶田紀子
鳴海 温(なるみ のどか)と友達になる謎の少女。
正体は、すでに行方不明になっていた9人目の犠牲者の名前を語ったパンドラ。












13 花坂 里桜(はなさか りお)
花坂里桜
霊能者チームの切り札となり得る碓井 栄美(うすい えみ)の霊感占いで預言された三柱の女神の一人。
両手に光輝をまとう女神と呼ばれている。
両の手のひらに超浄化作用があり、触るだけで悪霊を浄化出来る。