第三章


00 忍び寄る恐怖パンドラ


3話挿絵1 松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)は神妙な面持ちで、従兄弟の松村 俊征(まつむら としゆき)とその彼女、黛 玲於奈(まゆずみ れおな)、友達の大森 香月(おおもり かづき)に忍び寄る恐怖――パンドラについて話し出した。

 パンドラ――謎の女性の悪霊――呪い――
 単純にそう結びつけてとらえていた俊征達は、改めてパンドラへの恐怖を認識していくことになる。
 パンドラという悪霊は呪いの成就と共に現れる13体のビスクドールを集めている。
 13体の呪いビスクドールが揃う時、パンドラは悪霊として最強の力――邪神の力を手に入れ、世界を破滅に導くとされている。
 パンドラとは元々、非常に強力な呪力を持って生まれた女性のニックネームだった。
 あまりにも異質感を生まれ持っていたその女性は神話にあるありとあらゆる災厄を解放してしまった女性、パンドラをあだ名として与えられたのだ。
「この女はきっといろんな災厄を解放する邪悪な女だ」
 という悪意を込めてだ。
 だが、生前のパンドラは異質な雰囲気とは裏腹に心の優しい女性だったという。
 だまされても利用されても人を信じ続ける――そんな女性だったという。
 生前のパンドラ(本名は不明)を知るもの達は、今思えば、そんな女性だったと口々に答えていた。
 そんなパンドラは最悪な形での裏切りにあい、人間すべてを恨んで死んでいったという。
 一部の噂では殺されたというのもあり、殺された場所が最悪の心霊スポットで、複数の悪霊と混じりあい、パンドラは最悪の力を手に入れたとされているらしい。
 そんなパンドラは生前、ビスクドールを大変大切にしていたとされている。
 そのビスクドールの数は13体であり、そのため、彼女の忠実な下僕であるビスクドールがすべて復活すると、パンドラは最強の力を手に入れるとされているという。
 パンドラはすでに、生前の裏切り者等達に対して復讐を済ませている。
 そのため、一度は、成仏しかけたらしい。
 だが、興味本位で悪霊に近づく不届き者達のせいで、パンドラは最凶の力を持つ悪霊として復活した。
 今度はパンドラを直接迫害してきた者達への恨みではなく、見て見ぬふりをしたその他大勢の者達への恨み――つまり、人類すべてに対しての強い恨みを持って復活したのだ。
 一度、使い切って消えた13体のビスクドールの復活はパンドラが強く熱望していることでもある。
 一度目の復讐では、迫害してきた者達が対象だったため、強い悪霊レベルであったビスクドールの力だが、二度目となる今回の復讐は人類すべてに対してである。
 呪いは恨みの対象者の数に比例するため、一度目とは比較にならないほど、強大な力を手にすることになる。
 まさに、邪神の力を手にすることになるのだ。
 神の力を手に入れたパンドラに勝てる者など地球上には存在しない。
 それこそ、他の神の力でも借りない限り人類は死に絶えてしまう。
 その最悪の事態だけはなんとしてもさけなくてはならないのだ。
 榮一郎の話は俊征達が思っていたことよりも遙かに深刻なものだったと言える。
 あまりにもスケールが大きすぎて現実味がまるでなかった。
 悪霊を実際に目撃した俊征達だが、それを信じろと言われても俄には信じがたかった。
 だがしかし、信じようが信じまいが、パンドラは一つ目のビスクドールの復活を果たし、二つ目以降のビスクドールの復活に向けて動きだそうとしているのだ。
 やるやらないは本人達の自由。
 だが、やらなければ、それだけ、多くの不幸がまき散らされていき、確実に破滅へと、現実が進んでいくのだ。
 俊征は、
「あの……榮一郎さん……少し考えさせてもらっても……」
 と言った。
 榮一郎も
「現実味のない話だから信じろというのが無理な話かもしれないけど、僕たちは動いている。何か気づいたことがあった時だけでも何らかの情報を教えてもらえれば、それだけでもずいぶん助かる。無理に悪霊に近づくことも勧めない」
 と言った。
 榮一郎にとっても情報提供さえすれば、深入りするなという意味だろう。
 俊征達は、脱力感にとらわれ、その場で解散した。
 出来れば関わりたくはない。
 だけど、実際に遭遇したとき、見て見ぬふりを出来るかといわれると……


01 パンドラのタトゥー


「おい、何だ、そのタトゥーは?」
 宮崎 幸夫(みやざき ゆきお)は彼女である園田 章子(そのだ しょうこ)と行為の最中に見つけた彼女の入れ墨を見て声をかけた。
 気になったタトゥーの位置は左胸のすぐ下にあり、そういう行為をしないと確認出来ない位置にあった。
 幸夫は別にタトゥーが嫌いという訳ではなかったが、そのタトゥーが気になるデザインだったので思わず口を開いたのだ。
 実は幸夫は章子に内緒にしていることがあり、その秘密とタトゥーが深く関係していたのだ。
 その秘密とは幸夫がこれまで付き合ったことのある彼女達に関するものだ。
 幸夫と付き合った彼女は何人か死亡しているのだ。
 そして、その他の共通点として、死亡した彼女達には同じタトゥーが彫られていた。
 【パンドラ】と呼ばれるデザインのタトゥーだ。
 幸夫が彼女の体の【パンドラ】タトゥーを確認してから2週間以内に全員死亡しているのだ。
 つまり、この章子もまた、今から2週間以内に死亡することが運命づけられたということになるのだ。
 死亡する彼女は章子がもしそうなったなら5人目となる。
 今まで死亡した彼女達は死亡する前に幸夫と付き合っていた訳だから当然、警察に幸夫はマークされている。
3話挿絵2 今までの彼女の死亡推定時刻に幸夫はアリバイがあるので、今まで捕まらずにいたのだ。
 だが、これだけ、死亡が続くとさすがに嘱託殺人の疑いも出てくる。
 それに、なんとなくだが、幸夫には殺害動機のようなものがある。
 それが動機と呼べるかどうかはわからないが、彼女のタトゥーを確認してから幸夫は毎晩夢を見るようになる。
 彼女を殺す夢だ。
 怖くなって、彼女に話したりもしたが、信じてもらえず、自分に殺人衝動があるのではないかと思ったので、彼女が死亡すると思われる時刻にはかならず、アリバイを作っていた。
 そして、現実に彼女達は殺されてしまう。
 今まで殺された彼女達は全員、幸夫が夢で見た通りに殺されていたのだ。
 そして、刺し殺した夢を見た時は、現場に行かなくても翌朝起きてみると血糊がべったりと彼の体にこびりついていた。
 アリバイがあるため、調べられることはなかったが、その時に調べられていたら、一発で幸夫は犯人にされていただろう。
 そういう事情があるため、【パンドラ】タトゥーには必要以上に反応するのだ。
 だったら、彼女を作らなければ良いとも思うのだが、生来の女好きである幸夫は彼女なしという生活は生きている感じがしないのだ。
 だから、不幸があるとわかっていてもついつい、彼女を作ってしまう。
 女性と知り合ったら、ついつい、アドレスを聞いたりしたくなるのだ。
 幸夫は章子のタトゥーを確認した時、こう思う――
(この女とも終わりだな――来週頭あたりに別れるか――)
 と。
 これは幸夫にとっては優しさでもあった。
 例え、傍目には酷い男に映ってもだ。
 なぜならば、幸夫がタトゥーを確認してから二週間経つ前に別れれば、別れた彼女は死なないのだ。
 タトゥーを目撃してから二週間彼女で居続けるとその彼女は殺されてしまう。
 幸夫は失敗を繰り返し、そのことを学んでいた。
 だから、幸夫は別れを決意する。
 そんなことが続くから幸夫は本気で女性を愛せなくなってしまった。
 どんなに愛しても幸夫がタトゥーを確認してしまえば、別れなくてはならない。
 だから、いつも幸夫は体だけが目的のつきあいしかできなくなってしまっていた。
 必然と、身持ちの堅い女性は近寄らなくなり、体だけが目的でもオッケーという女性が近づいて来ることになる。
 幸夫は顔やスタイルもよく、運動も出来るため、幸夫の体が目的の女性が多く集まってくるのだ。
 幸夫自体は本気の恋愛を望んでいるが、望んでも望んでも、その愛は手に入らない。
 愛したいのに愛せない。
 それが幸夫の気持ちを落ち込ませていた。
 いつか本気で愛してしまった女性が現れるかもしれない。
 そうなったとき、幸夫はどうしたら良いのだろう?
 決してタトゥーは彫らないで欲しいと願うか?
 それとも、肉体関係には持って行かないか?
 それでも、普通に見える位置にタトゥーは彫れる。
 肉体関係にならなくても普通にタトゥーは見えてしまうこともありえるのだ。
 本気の恋愛が出来ずセフレの様な彼女だけを作っていくということを繰り返す。
 そのうち、幸夫は軽い男というレッテルが貼られ、軽い女が回りを囲むようになる。
 【パンドラ】のタトゥーが憎い――そう思うようになっていた。
 憎いが【パンドラ】のタトゥーを確認しなかったら、誰も死ぬようなことはない。
 そう思って油断していた。
 事は章子との別れ話で起こった。

「何でよ?なんで別れようなんていうのよ」
 章子が幸夫に詰め寄る。
 章子にとっては当然のことだ。
 何の前触れもなく、突然、別れようと言われて納得出来るわけがない。
 今まで別れた女性達は他にも二股三股はかけてそうな女性ばかりで、別れ話に対してもドライな気持ちで対応して、
「あ、そう……」
 とか、
「良いわよ、こっちももう飽きたし」
 などと言われて幸夫の方が拍子抜けするような感じだったが、章子は違っていた。
 粘着質タイプである彼女は幸夫に対して執着してきたのだ。
 それでも強引に別れるように持っていったら、彼女はストーカーと化した。
 至る所につきまとうようになり、幸夫は恐怖した。
 だが、タトゥーを確認してから二週間が経とうとしていたその夜、彼女は自宅の寝室で寝ていた幸夫にまたがり、彼の胸の下にシールを貼り付けた。
「うふふふ……これで私とおそろいよ」
 と不気味に笑う章子に対してはもはや嫌悪感しか抱かなくなっていた。
 警察に通報し、警官が彼女を連れて行った。
 翌朝から幸夫は章子の姿を見なくなった。
 人づてに聞いたところによると、警察に連れて行かれた夜にそのまま死亡したとの事だった。
 結局、はっきり別れられなかったから章子は死んでしまった。
 その事実が幸夫を苦しめる。
 だが、事態はそれよりも深刻なものへと変わっていた。
 章子が生前、幸夫に貼り付けたシールがこすってもこすってもはがれないのだ。
 何日かして、ようやくはがれたと思ったら、章子と同じように【パンドラ】のタトゥーが幸夫の体に刻み込まれていたのだ。
 まるで彫ったかのようにだ。
 元はただのシールだったはずなのに。
「ど、どうなるんだ、これ……?」
 幸夫は呆然とした。
 幸夫は恐怖した。
 幸夫の体の【パンドラ】タトゥーを確認してしまったら、幸夫自身が殺されるのではないかという予感がしたからだ。
 それから二週間あまりは引きこもり状態だった。
 殺される。
 殺される。
 殺される……。
 ただ、それだけが、幸夫の脳裏を支配した。
 だが、幸夫は二週間経っても殺される事はなかった。
 幸夫自身が殺される夢も見ていない。
 章子が死んで三週間が経った頃、なんとか安心することが出来た。
 幸夫は早速、新しい彼女を作った。
 だが、つきあい始めて二週間後につきあった彼女は死亡した。
 まだ、肉体関係も持っておらず、彼女の体にタトゥーも確認していなかったのにもかかわらずだ。
 たまたまだ。
 不幸が重なったから、これも【パンドラ】のタトゥーの呪いかと思っているだけだと思って、すぐに次の彼女もまた、二週間後に死亡した。
 そこで気づく。
 タトゥーが幸夫に彫られているため、付き合っただけで、二週間後に付き合った彼女は自動的に死ぬのだ。
 夢にも見なくなったから大丈夫だと思っていたが、違っていた。
 夢はみていたのだ。
 ただ、起きたとき、覚えていなかっただけなのだ。
 これで7人目の犠牲者という事になる。
 もう、誰ともつきあえない。
 ずっと一人でいるしかない。
 その恐怖が、幸夫を支配する。
 人生を儚んで自殺も考えた。
 だが、死ねなかった。
 まるで、羽でも生えたかのように飛び降り自殺しても無事だったり、焼身自殺を図っても体が燃えなかった。
 死にたいのに死ねない?
 訳のわからない恐怖が幸夫を襲う。
 そして、幸夫は人と付き合うのをやめた。
 だが、それでも不幸は続く。
 幸夫と付き合っていると吹聴して回っていた三人の女が発言してから二週間後に死亡したのだ。
 その事実だけが夢に現れ、幸夫に知らせてきた。
 十人目の女の死亡後に幸夫の脳裏に、
「あと……三人……」
 という声が響き渡った。
「もう、止めてくれ……」
 幸夫は叫ぶ。
 だが、それはむなしく響くだけだった。


02 救いの手


 絶望感に苛む幸夫に近づいてきた者がいた。
 松村 俊征だった。
「あの……すみません……何か悩み事とか……」
 と声をかける。
 俊征は幸夫がやっているバイトの後輩にあたり、勤務態度がおかしくなっていた幸夫を気にかけてくれたのだ。
 幸夫は、
「な、何でも無いよ。悪い、俊征……俺、今日、休むわ」
 と言って帰ろうとする。
 その時、俊征は、
「あの……変な事聞いて良いですか?――先輩の周りに【パンドラ】って名前の不吉そうな事ってないですかね?」
 と聞いてきた。
 俊征の性格は口下手で、積極的に声をかけるというタイプではないので、幸夫は眉をひそめた。
 幸夫は、
「どういう意味だ?」
 と聞き返した。
 もちろん、【パンドラ】という名前の不吉そうな事に心当たりはある。
 【パンドラ】タトゥーがそれにあたる。
 だが、それをなぜこの後輩が知っているかがわからない。
 何か裏があるのか?
 俺をだまそうとしているのか?
 そんな疑心暗鬼にかられる。
 そんな彼の気持ちを察したのか、俊征が説明を始めた。
 会話下手である俊征の説明はわかりにくく、とても聞けたものではないが、要約すると以下のようになる。
 俊征もまた、【パンドラ】に関する不吉な事件に巻き込まれた事がある。
 結局、【パンドラ】の呪いの一つが成就してしまった。
 【パンドラ】の呪いに対抗しようとしている人たちが居て、その内の一人が俊征の従兄弟である松村 榮一郎である。
 榮一郎達は大学で霊能力が強い仲間を集めていて、全国各地に【パンドラ】の呪いに対抗するべく動いている。
 【パンドラ】の呪いに遭遇したら一人で悩まず、必ず、専門家の指示を仰ぐ事が必要だ。
 等である。
 他にもいくつか説明したが、13体のビスクドールが揃うと世界が終わるかもしれないなどの情報は伏せておいた。
 それらの話を聞くと胡散臭さが増すから話さない方が良いと榮一郎に言われているからだ。
 【パンドラ】の呪いの被害者が出来るだけ、歩み寄りやすい情報だけを説明したつもりになっていた。
 だが、幸夫にとってはそれだけの情報でも怪しさは増すばかりで素直に頼むという訳には話が進まなかった。
 結局、
「知らねぇな、何の話だ?」
 と、とぼけられてそのまま帰られてしまった。
 幸夫には帰られたのだが、俊征は幸夫が何かの【パンドラ】の呪いに巻き込まれていると感じた。
 俊征もまた、僅かながら霊能力があるのだ。
 俊征から死相のようなものを感じ取っているからこそ、彼に声をかけたのだから。
 俊征は探偵でもないから、このまま幸夫をつけていっても巻かれるか見つかるかする恐れがある。
 そうなるとますます、幸夫は殻に閉じこもり俊征を警戒するだろう。
 こういう場合は、何もしないのが一番だ。
 焦らず、俊征が幸夫に感じた違和感などを榮一郎達に相談するのが最善の策であると言えた。
 増して、今は俊征もバイト中の身であるから勝手に抜け出す訳にもいかないのだ。
 俊征はバイトが終わるのを待って、家に帰ってから榮一郎に電話した。
 榮一郎は、
「わかった。だけど、今はちょっと都合が悪い場所にいるから、後で話し合おう。いつなら会える?」
 と言ってきた。
 俊征に限らず榮一郎にとっても話を聞く時間と場所は限られている。
 事が悪霊に関することだから、下手に話しをすれば、怪しまれる。
 周囲の目というのもあるのだ。
 信じる者だけ相手にしているという訳にもいかないから、周囲の雰囲気に合わせた行動をするのも普段は必要なのだ。
 その後の行動力にも関わる事だから大事な事でもある。
 俊征は翌日、榮一郎の家に行き、状況を話した。
 榮一郎は、
「わかった。こちらでも調べるよ。その幸夫先輩という人の写真かなんかあるかな?後、交友関係とどういう性格をした人か――わかる範囲でかまわないから教えてくれ。タイミングを見て、こちらからアプローチをしてみるよ」
 と言ってくれた。
 俊征は人付き合いが苦手だという事は従兄弟である榮一郎はよく理解していた。
 そんな俊征でもこれだけやってくれれば、十分、役に立っていると言えた。
 後は、幸夫の呪いの状態が、今から動いても間に合うかどうかという事だけだ。
 榮一郎達は、なるべく、幸夫の機嫌を損ねないように、幸夫に降りかかっている【パンドラ】の呪いの種類を見極めなくてはならない。
 どんなタイプの呪いなのかがわからなくては対処のとりようがない。
 このことは、【パンドラ】側にはかなり有利に事が運び、榮一郎達にとっては、それだけ不利になっている。
 【パンドラ】側は不特定多数の相手からランダムにターゲットを絞れるが、榮一郎達は、被害者を見つけ、さらに被害者の負担を極力減らす形で対処しなくてはならない。
 無理ゲーに近い事は十分にわかってはいるが、だからといって手をこまねいて何もしないわけにも行かない。
 不幸になる人がいるとわかっているのならそれを助けてあげるのが人の道。
 それが榮一郎達霊能者チームの信条だった。
 呪いには屈しない。
 悪霊の好きにはさせない。
 それを決意して行動していた。
 【パンドラ】を倒したからと言って誰かに褒められたり財を得たりする訳じゃない。
 逆に、下手をすれば【パンドラ】の呪いで殺されてしまうかもしれない。
 だけど、止めない。
 それは、榮一郎が生きる意味だから。
 正義は自分達の胸の中にある。
 仲間の多くも同じ気持ちだ。
 霊能力があるが故に危険な目にもあっている。
 だけど、それを他の霊能者達が助けてくれた。
 救いの手をさしのべてくれたのだ。
 自分たちも困っている人たちを助けてあげたい。
 その気持ちが強かった。
 死は確かに怖い。
 誰かが困っていても見て見ぬふりをすることも出来る。
 だけど、困っている時だけ助けてもらって、他の人たちが困っている時は何もしないでというのはかっこ悪いじゃないか。
 だから、榮一郎達は【パンドラ】撲滅に動く。
 呪いの怖さを少しでも払拭するために呪いに対する知識を集める。
 怖いから同じ気持ちの仲間を集める。
 情報を共有し合って、呪いに対抗する。
 知らんぷりして震えている事も出来るが、いつかは自分達が呪いの被害に遭うかもしれない。
 霊能力がある分、普通の人達より多くの確率で狙われることもあるだろう。
 だったら前に進むしかない。
 榮一郎達はそれらの気持ちで自分達を鼓舞しながら、行動している。
 バトンは俊征から榮一郎達に渡った。
 後は専門家の仕事だ。
 榮一郎は大学の心霊サークルで幸夫について話し合った。
3話挿絵3 心霊サークルこそ、霊能者チームの仮の姿だ。
 心霊現象に興味があって行動しているというのが普段の姿だ。
 だけど、悪霊に――特に【パンドラ】に困っている人が現れたら、チーム一丸となって行動するのだ。
 心霊サークルの人数は28人だ。
 他に外部スタッフが200人近くいる。
 それが霊能者チームの全勢力となる。
 霊能者チームはそれだけだが、同じような勢力とも協力関係にもあるので、世界中のチームを足せば三万人以上にはなるだろう。
 だが、基本的に【パンドラ】の呪いは日本に来ているので、日本のメンバーが主力となるだろう。
 今はネットの時代でもある。
 情報の共有スピードは以前のものとは比較にならなかった。
 問題は情報の正確性だ。
 きちんと裏をとって行動しなければ、誤情報に惑わされることにもつながる。
 その辺りの事はわかっている。
 他の呪いや他の【パンドラ】事件にさく人員も必要なため、今回、幸夫が関わっているとされる【パンドラ】事件に割り当てられた人数は、外部スタッフも含め、15人だった。
 15人でこの【パンドラ】に対抗しなくてはならないのだ。
 専門家とは言え、まだ、よくわかっていない【パンドラ】の呪いに回りから探っていくには人数的には少ない。
 だが、そうも言っていられない。
 幸夫の他にも悪霊で困っている人はたくさんいるのだ。
 15人が動いてくれているという事だけでも良しとすべきなのだ。
 15人は榮一郎を中心に動くことになる。
 15人の他に、俊征も情報係として参加することになっている。
 やはり、幸夫と同じバイトというのが大きい。
 出来る範囲内での協力は必要と言えた。


03 呪いの成就


 榮一郎達が裏で動いている間も【パンドラ】の呪いは少しずつじわじわと幸夫を追い詰めていた。
 社交的だった幸夫は見る影も無く、人間不信に陥っていた。
 パンドラの【パ】の文字を聞いたり見たりしただけで、必要以上にビクッと反応するようになった。
 大好物だった朝食のパンすら食べなくなっていた。
 【パン】という言葉が【パンドラ】を連想するからだ。
 こんな状態なので、救いの手であった俊征の言葉も警戒することになっていたのだ。
 誰も彼もが怪しく思えてしまう。
 幸夫は引きこもり状態になっていた。
 だが、引きこもっては居ても、本来、人と会話するのが大好きだった幸夫が室内で過ごす事にはなれなかった。
 外に出て人と話したいという欲求も出てくる。
 人が恋しいのだ。
 だけど、人が怖い。
 ならば、どうするか?
 答えはネットの世界にどっぷりはまったのだった。
 ネットゲームの世界にはまりだしたのだ。
 これであれば、チャットなどで、会話も出来るし、本人の顔もわからないから、付き合うという事もない。
 それにネット上で結婚式だってあげられる。
 そういう環境は幸夫の精神状態にぴったりとマッチした。
 幸夫はネットゲームで知り合った、見ず知らずのハンドルネーム【ピコット】と付き合う事にした。
 【ピコット】とはなんとなく趣味もあったし、実際に付き合う訳じゃないから大丈夫――そう考えていた。
 だが、【パンドラ】の呪いはそんなに生やさしいものではなかった。
 【ピコット】とネット上で付き合うことにして2週間が経過すると【ピコット】から連絡が来なくなった。
 また、二週間――そんな不安が出てきたが、翌日、【ピコット】から連絡が入りホッとした。
 そして、一日連絡が無かったから不安だった旨を伝えた。
 【ピコット】からは【改めて付き合いましょう】という言葉が返ってきて、幸夫は了承した。
 だが、その【改めて付き合いましょう】こそ、問題だったのだ。
 実は、【ピコット】――本名、吉住 ねね(よしずみ ねね)は付き合って二週間後、死亡していた。
 その【ピコット】のアドレスを不正に取得したのが、二代目【ピコット】――岸和田 絵馬(きしわだ えま)だった。
 つまり、二代目の【ピコット】と改めて付き合うという事になったのだ。
 ねねが11人目、絵馬が12人目という事になる。
 幸夫は知らず知らずの内に被害者を増やしているという事になったのだ。
 二代目【ピコット】からもきっちり二週間後に連絡が来なくなり、幸夫の脳裏に
「――あと一人……」
 という言葉が響いた。
 幸夫は
「な、なんで?」
 とパニックになる。
 自分の知らない内に、2人の人間を不幸にしていたことに気づき震え上がったのだ。
 ネットもだめ――
 その事実が幸夫を苦しめる。
 もう誰とも会えない。
 どうしようも無い。
 自暴自棄になる幸夫。
 生きていても仕方ないとさえ思えてくる。
 榮一郎達は俊征から幸夫がバイトにも出なくなったという事を聞いて焦っていた。
 なんとかしなくてはという事でできる限りの情報を集めた。
 それで得たのが、ネット上の【ピコット】というハンドルネームの情報だった。
 【ピコット】がなりすましの被害にあっていて、【ピコット】本人と【ピコット】のなりすましが、ハンドルネーム【ユッキー】に殺されたという噂が流れていた。
 よくよく調べて見るとそれが幸夫らしいというところまでつきとめていた。
 それまで調べた事を総合すると12人目の被害者を出している事がわかった。
 つまり、後一人犠牲になると【パンドラ】タトゥーの呪いが成就してしまうところまでわかったのだ。
 ここまで来てしまうと一刻を争う事になる。
 13人目の被害者を出さないように幸夫の周りの人間関係を手当たり次第探っていった。
 俊征にも幸夫に接触して欲しいと頼み、動いていた。
 ここで、榮一郎達は大きなミスをしていた。
 それは、13人目の被害者の事だ。
 13人目の被害者は幸夫と付き合う女性だと思い込んでいた。
 だが、違っていた。
 13人目ははじめから決まっていたのだ。
 園田 章子によって、幸夫の体に13人目として、彼自身が選ばれていたのだ。
 幸夫は世を儚み、ビルの屋上から飛び降りた。
 今度は死が邪魔をされることもなく、彼は死亡した。
 【パンドラ】タトゥーの呪いは幸夫が12人の死を悼み、13人目として、自ら死を選ぶ事によって成就する呪いだったのだ。
 幸夫の死により、現場に駆けつけた、榮一郎達霊能者チームに2体目のビスクドールが現れ、呪いの元となる幸夫の遺体を回収した。
「ふふふ……これで3体目……」
 という【パンドラ】の勝ち誇った声が響く。
 2体目ではなく――3体目――
 ――そう、榮一郎とは別のチームが担当していた【パンドラ】の呪いもまた、成就していたのだ。
 ほぼ同時に成就してしまっていたのだ。
 負けてしまった――そうとらえるべきなのか?
 それとも負けていないととるべきなのか?
 負けていないと思える要素としては、【パンドラ】の呪いの成就の比率によるものがある。
 確かに、3体のビスクドールを出してしまったが、その他の【パンドラ】の呪いは全て、シャットアウトしているのだ。
 パンドラの呪いが成就したのは数多の【パンドラ】事件の中の極一部、1パーセントにも満たない確率での成就なのだ。
 だからといって、素直には喜べない。
 パンドラは何度負けても、最終的に13回勝てば良いのだ。
 逆に榮一郎達は完全に防がなくてはならない。
 いつ終わるともわからない長い時をだ。
 元々分が悪過ぎる戦いなのだ。
 それに、【パンドラ】の呪いを防いだとは言っても、その途中で犠牲になった人達は帰って来ない。
 トータルで考えると【パンドラ】事件での被害者は世界で見ると、5桁に届こうとしているのだ。
 それだけの被害を出していながら公になっていないのは【パンドラ】の呪いがいかに強いかという事にもなるのだ。
 13体のビスクドールが揃う前だけで、それだけの被害者を出す力を持つ【パンドラ】が完全な力を得た時、世界が滅ぶという事は本当に現実味を帯びてくるだろう。
 焦燥感にとらわれる一同。
 事態は最悪の方向に向けて少しずつ進んでいた。


04 二つ目の呪いの報告


 榮一郎達は報告として二つ目の【パンドラ】の呪いについての報告を受けた。
 【パンドラ】タトゥーが三つ目となるので、二つ目の呪いについては関わっていないため、事後報告という事になる。
 二つ目の【パンドラ】の呪いは、通称、【パンドラ】シールと言った。
 オタクの男性用として開発された商品で、三層以上の構造になっているシールだ。
 いわゆる美少女物というシールで、一番下層は下着または水着の女性になっていて、その上の層の透明シールで服が配置されていて、下の下着姿のものと合わせると下の女性キャラクターが服を着ているように見える。
 さらに上の層はフードをかぶった様に見える透明のスケルトンシールが重ねられて売っている。
 フードをかぶっている状態では、どのキャラクターがというところまではわかるがどんな服を着ているかは買って袋をとるまではわからず、好きなキャラクターの全服装を集めてコンプリートすることを目的としたものだ。
 だが、服を着替えるという要素が女性にも受けて、女性でも集め出した事から路線変更し、男性用、女性用と分けて発売したら国民的ヒットになった商品だ。
 後で、変身要素も加えたり、野球拳の様にシールを取っていく遊びに転換したり、何かの擬人化をさせたりなどのバリエーションを増やしていくことによって広がっていった。
 このヒット商品に【パンドラ】が目をつけたのだ。
 コレクター達の気持ちを逆手に取って、呪いを広めていったのだ。
 実は、この【パンドラ】シール――最初はそんな名前では無かった。
 【エレクトラ】シールと呼ばれていた。
 シールのセンターとして、【エレクトラ】というキャラクターを人気の中心にして、やっていくつもりだったのだ。
 外部デザイナーも参加してもらって、シールの総選挙を行い、一位を取ったキャラクターが一年間、シールの代表という形になる。
 開発当初はエレクトラが一位をキープしていたので、しばらくは【エレクトラ】が一位を独占していた。
 外部デザイナー達もこぞって【エレクトラ】のデザインをしていたし、不動のセンターとして定着していた。
 だが、ある時、異変が起こった。
 謎のデザイナーによる新たなキャラクター、【パンドラ】の登場である。
 この【パンドラ】は瞬く間に人気を奪い去り、二位の【エレクトラ】に大差をつけて勝ったのだ。
 そして、【パンドラ】人気が高まり、外部デザイナー達は【エレクトラ】から【パンドラ】のデザインへと次々と鞍替えしていった。
 【パンドラ】のデザイナーが【エレクトラ】のデザイナーの10倍に達するまでになっていったが、不思議とそれらの外部デザイナーがデザインする【パンドラ】は人気が無かった。
 人気があったのは最初に投稿した謎のデザイナーによる【パンドラ】のデザインだった。
 ファンはその謎のデザイナーによる新作を待ち望む様になり、数少なく出回っている謎のデザイナーによる【パンドラ】のシールを巡り、度々殺し合いまで起きていた。
 その頃には【エレクトラ】シールから【パンドラ】シールに改名していた。
 何人も死亡しているのに、不思議とニュースで大きく取りざたされる事も無かったが、そこで、榮一郎とは別のチームの霊能者チームが動く事になった。
 割かれた人数は30人――榮一郎達の倍の人数だ。
 SNSなども駆使して情報をかき集め、対処していった。
 対策チームは原因が【パンドラ】というシールにあるというところまではつきとめていたものの、それがどんなシールかというところまではつきとめられずにいた。
 何しろ、【パンドラ】にシールの総数が666枚しかないらしいのだ。
 全部で666枚しかないとなるとレア中のレアだ。
 たった30人のチームでたどり着く訳がなかった。
 そうこうしている間に【パンドラ】シール関連の犠牲者達の数がどんどん増えて行った。
 犠牲者が600人を超えたところでカウントダウンが始まった。
 犠牲者が死亡した現場に【66】という数字が見つかり、【65】、【64】、【63】と数を減らしていった。
 警察も動いたが外部からの圧力があるのかうまく動けずにいたようだ。
 日本各地にその数字が発見されるので、単独犯とも思えず、犯人が全く絞れないまま、数がどんどん減っていった。
 これは誰かの悪戯だという意見も出てきて、捜査が混乱している内に、カウントは一桁を切ってしまった。
 そこで、ようやく、対策チームは殺害現場を発見することが出来たが、犯人はただのコレクター――犠牲者もただのコレクターだった。
 コレクター同士のシールの奪い合いによる殺害だった。
 他の事件との関連性は無いとも思われた。
 その時の犯人と他の事件の犠牲者の接点は全く無かった。
 強いてあげれば、同じシールのコレクターだという事くらいだった。
 つまり、それが、【パンドラ】シールの呪いだという事を物語っていた。
 対策チームはその後も【パンドラ】シールを追ったが手がかりらしい手がかりも得られずにとうとう犠牲者のところの数字が【0】を指した。
 そして、その現場に駆けつけた対策チームの前にビスクドールが現れ、
「ふふふ……これで2体目……」
 という声と共に、最後の犠牲者の遺体を回収した。
 2つ目の呪いはシールと同じ数、【666】人の犠牲者を出すことによって成就する呪いだったのだ。
 666人の犠牲者の内の大半は不審死として処理されたらしい。
 書類上【パンドラ】シール関係として処理された犠牲者の数は僅か五名だった。
 この世間の認識の甘さも【パンドラ】暗躍に一役買っていると言えた。
 だが、この呪いを公表すればパニックになる恐れがある。
 榮一郎達にとっても公表を了承する訳にはいかなかった。
 666人という犠牲者はこれまでの【パンドラ】事件で最大の数と言えた。
 そして2つ目と3つ目の呪いの成就がほぼ同じ時期にあったという事だけじゃなく、4つ目となる【パンドラ】の事件も同時進行で起きていた。
 3つ目の事件から十数時間後に4つ目の呪いも成就してしまったという報告が榮一郎達の元に届いた。
 ――3連敗――
 この事実が榮一郎達霊能者チームを慌てさせる。
 早急に人員の確保と個々のレベルの向上が必要であると言えた。
 優秀な人材を確保していかなければ、このままでは、【パンドラ】はますます力をつけていってしまう。
 最悪のシナリオも考えなくてはならなくなるかも知れない。
 俊征達にも参加してもらわなくてはならない事態になりつつある。
 その事実が、榮一郎を苦しめた。
 敵は待ってはくれない。
 呪いが成就する前に手を打たなくてはならないのだ。


05 四つ目の呪いの報告


 二つ目の呪いの報告を受けてからさほど時間も経っていないのに榮一郎は四つ目の呪いの報告を受ける事になった。
 正直、聞きたくない。
 敗北した事など、耳に入れたくはない。
 だが、負けは負け。
 敗北した事から学ぶ事もある。
 だから、嫌で嫌で仕方なくても聞く必要があった。
 明日の勝利を勝ち取るために。

 四つ目の【パンドラ】の呪いの名前は、【パンドラ】の彫刻だった。
 【パンドラ】と名付けられた女性の像――それが、四つ目の呪いの成就を引き起こした原因となった。
 もちろん、この【パンドラ】の彫刻の制作者は不明だ。
 【パンドラ】の彫刻は13体あり、犠牲者の数も13人という事になる。
 そういう意味では、榮一郎の関わった3つ目の呪い、【パンドラ】タトゥーと同じ犠牲者の数と言えた。
 やはり、この【パンドラ】の彫刻も怪しい魅力を醸し出していたらしい。
 呪いの成就と共に、【パンドラ】の彫刻は4体目のビスクドールに回収されて今は無いらしいが。
 彫刻なので舞台は美術館などではと思われがちだが、違っていた。
 舞台は公園の一角――そこにいきなり一夜にして【パンドラ】の彫刻が出現したという。
 13体あるので、13カ所の公園にいきなり現れたのだ。
 公園は子供達の遊び場でもある。
 昔と違い、不審者もいるから、親も公園にはついてくる。
 子供に付き添っている親たちの目からは少し異様に映っていた。
 何しろ、汚れた子供達の手でベタベタ触っても汚れ一つつかなかったのだ。
 不思議な像として認識されていた。
 大体の人達は近づかない。
 子供達は興味を持ったが、親が近づけさせなかった。
 それは人間としての生存本能からかもしれない。
 得体の知れないものには近寄らない方が良い。
 だが、時には例外もでる。
 美しい【パンドラ】の彫刻に魅せられて近づいてくる者も現れる。
 その僅かな変わり者達は、次第に【パンドラ】の彫刻を本物の人間として認識していく。
 彫刻なので動かないのだが、魅せられた者達は、【パンドラ】の彫刻と会話をしたり、触れあったりして、だんだん、親しげに、フレンドリーに、まるで恋人の様になっていく。
 周囲は変わり者を見る様な目で魅せられた者達を見て近づかないようになる。
 それで魅せられた者達が周囲の人間達から孤立していく事になる。
 そうなると魅せられた者達はますます【パンドラ】彫刻にのめり込む。
 やがて、魅せられた者達が完全に【パンドラ】彫刻に心全てを支配され、行方をくらませる。
 行方をくらませた魅せられた者達は【パンドラ】彫刻の中に取り込まれていて、その養分となっていた。
 対策チームは18人体制でやっていたが、【パンドラ】彫刻とは別の【パンドラ】絵画を追っていて、途中で【パンドラ】彫刻に気づいて対処したが遅かったのか呪いは成就してしまったのだ。
 【パンドラ】絵画も同じように公園に出現していたが、そっちはダミーだったことが後でわかっている。
 対策チームを【パンドラ】絵画に引きつけ、その間に【パンドラ】彫刻の呪いの侵攻を進めていくというやり口だった。
 対策チームは慌てて、確認した【パンドラ】彫刻を破壊した。
 すると中から、養分となりはてて、ミイラとなっていた魅せられた者の遺体が発見された。
 だが、【パンドラ】彫刻が破壊された事により、遺体だったはずの魅せられた者のミイラは奇跡的に息を吹き返し、事なきを得た。
 数体の【パンドラ】彫刻を壊したから呪いの成就とはならないと思っていたが、壊された分、他の公園に【パンドラ】彫刻が出現し、同じように犠牲者を作っていた。
 きっちり13名の犠牲者を出したところで4つ目の呪いが成就した。
 4体目のビスクドールが現れ、
「ふふふ……これで4体目……」
 という言葉をたまたま駆けつけていた対策チームのメンバーに告げ、その場にあった【パンドラ】彫刻を犠牲者ごと回収して消えたという。
 この4つ目の呪いの成就により、【パンドラ】の呪いが同時期に3つ成就した事になる。
 このまま、勢いをつけさせる訳にはいかなかった。
 負け続ける訳にはいかない。
 なんとか強い勝利のイメージを対策チームで共有する必要があった。


06 吉報


 負けのイメージを植え付ける訳にはいかない。
 なんとしても劇的に勝った。
 大逆転したなどの大きな勝利のイメージを対策チームで共有する必要があった。
 ほとんどの【パンドラ】事件では勝利しているので、探せば何か見つかるはず……
 そう考えた対策チームの主要メンバーは解決した【パンドラ】事件を総ざらいして良さそうな解決事件を見つける作業をした。
 新メンバーを迎える意味でも負け越しているイメージでいるわけにはいかない。
 なので、必要な作業でもあった。
 自分達の仲間をだましてでも勝利のイメージを共有させていかないと勝利はない。
 負のイメージはなんとしても払拭したかった。

 徹夜で今までの事件のデータを探していたら8年くらい前に起きた大勝利と言えるような事件のデータが残っていた。
 8年前ではあるが、これを今の時期に起きた事として、噂を広める事にした。
 8年前の事件は、【パンドラ】ディスティニーと呼ばれる、パンドラを崇拝していた組織を壊滅させたというものだった。
 8年前の事件なので、これは日本の事件ではなかった。
 【パンドラ】は世界中で猛威を振るっていた。
 当時、【パンドラ】の呪いに関わって生還した確率は97%だった。
 97%と言えば聞こえは良いかもしれないが、3%は生還出来なかったのである。
 事件の多さから考えるとこれはゆゆしき事態と言えた。
 海外でも同じように【パンドラ】の呪いに対する対策チームは次々に出来た。
 現在の外部スタッフの多さは、この時出来たチームが大きく貢献していると言って良かった。
 当時の【パンドラ】は第一世代であり、呪いの強さも今よりもずっと弱かった。
 8年前は第一世代の呪いが10体分のビスクドールを集めるまでに増えており、その時としては強大な力を得ていた。
 呪いの対象としては、【パンドラ】の元になった女性に悪意を持って接した者達の関係者がターゲットとなっており、関係者の関係者、そのまた関係者という形で犠牲者を増やしていた。
 呪いは6年前に一度成就し、復讐を果たした【パンドラ】の呪いは、不届き者が【パンドラ】の呪いを呼び起こし、蔓延させる事件を起こした4年前まで、一度は沈静化する。
 8年前という事で、第一世代の呪いのクライマックス近くでの事件と言うことになる。
 恨みの連鎖で組織化し、【パンドラ】を擁護する者達が組織を作り、復讐と名のつく、殺戮を始めたのだ。
 犠牲者の中には【パンドラ】と全く無関係だった者もいた。
 それは、【パンドラ】の呪いが完全ではなかったために、無関係な人達も【パンドラ】信者達の起こす事件に巻き込まれ犠牲になっていたのだ。
 ここまで来ると、呪いではなく、ただの殺人という事になる。
 そこで、当時の対策チームは、現地警察などと協力して、一斉摘発に乗り出したのだ。
 【パンドラ】信者達は当時、それほど、強い力を持っていなかった【パンドラ】の呪いの加護は得られずに、次々と捕まっていった。
 そして、摘発開始から、172日後に、【パンドラ】ディスティニーの最後の一人とされる人物が捕まり、組織は壊滅されたのだ。
 8年前という事もあり、当時の組織のメンバーの多くは生き残っているが、重大事件だったため、今もって全員が塀の中だ。
 つまり、事件の当事者達はいない。
 それを利用して、今回、海外で【パンドラ】崇拝者達の組織が壊滅したという情報を流す事にした。
 言ってみれば誤情報、嘘の情報になるが、当時からの参加者は意外と少ない。
 ほとんどのメンバーが、第二世代――世界を滅亡させる力を持って復活した【パンドラ】の呪いに脅威を感じ、世界を救うために寄り集まった者達なのだ。
 なので、だますという感じではない。
 あくまでも希望として、伝えたかった。
 だが、嘘とはいつかばれるもの――
 その時の不信が対策チームの不協和音となるかも知れない。
 それでも今は、希望にすがるしかないのだ。
 やれることは何でもやる。
 だが、やる気が無ければ何も進まない。
 対策チームには動いてもらわなくてはならないのだから。
 苦しい選択ではあるが、嘘の情報を対策チームの上層部は流すことにした。
 効果はあったような無かったような微妙な感じだった。
 当時の事件を知っている古参の参加者はすぐに嘘だと見抜き、対策チームの上層部に不信感をあらわにした。
 だが、その噂を信じて、絶望を希望に変える者も少なからずいるらしい。
 【それに救われました】
 【俺たちが必ず勝てると信じています】
 【正義は勝つ】
 【やってやる】
 【勝てますよね?】
 等の返信が帰ってきたからだ。
 一人でも希望に変えてくれる者が居る限り、誤情報の選択は間違いであったとは思いたくなかった。
 士気を上げなければ勝てる戦も勝てなくなる。
 これは、【パンドラ】の呪いとの戦だ。
 決して負ける訳にはいかない戦なんだ。
 きれい事だけで、勝てる戦などない。
 どんな手を使ってでも【パンドラ】の呪いに勝つ。
 【パンドラ】を駆逐する。
 その気持ちは全対策チームの総意であるのは間違いないのだから。
 8年前の事件を知る榮一郎もこの嘘に気づいていたが、あえて否定はしなかった。
 そういう必要があったと彼自身も思ったからだ。
 誰がつき始めた嘘かもわからないが、今はその嘘に乗っかろう。
 彼はそう、心に決めた。

 一晩、考え、榮一郎は、俊征達を呼び出した。
 今までは、出来るだけ関わるなという方向で伝えていた事を撤回しなくてはならない。
 今は少しでも力が欲しい。
 出来れば、俊征達にも積極的に【パンドラ】対策チームに参加して欲しいという事を伝えなくてはならない。
 苦渋の選択ではある。
 だが、言わなくてはならないのだ。
 そして、新たなメンバーを探して欲しいという事も伝えようと思っている。
 少しでも霊能力がある人間は仲間として迎え入れたい。
 霊能力がないものでも、サポートスタッフとして参加してもらいたい。
 つまり、霊能力の無い玲於奈や香月にも参加してもらいたいという事を伝える事になったのだ。
 玲於奈や香月は3つ目の呪いで被害にあっている。
 怖い目にあっているのだ。
 そんな彼女達に参加して欲しいというのは酷な話だ。
 だが、それでも、少しでも多くの手が必要なのだ。
 今は強力なカリスマとなるような特別に強い霊能力者が居ない。
 居ないというよりは見つかっていないというのが正しいだろう。
 一人か、二人だけでも、【パンドラ】の呪いに対する強い抵抗力を持つ霊能者を見つける事が出来れば、情勢も変わってくるのだろうが、今は、対策チームに不利に働いている。
 完全に負けた訳ではないが、劣勢というのは否めないだろう。
 たった、一つの呪いの成就でも対策チームを大きく落ち込ませる。
 それが、4回もあったのだ。
 落ち込むなというのが無理な話かも知れない。
 対策チームにとっては、メンバーの確保と大きな力を持つカリスマの擁立――それが、大きなテーマとなるだろう。
 榮一郎は、その旨を俊征と玲於奈や香月に話した。
 彼らは、少し黙り、首を縦に振った。
 彼らにとっても怖い事には違いないが、黙っていたら大変な事になるという事も十分承知していた。
 だから、【パンドラ】と戦う事になるだろうと思っていたのだ。
 榮一郎にお願いされた事により、決意し、了承したのだ。
 これにより、俊征達も正式に対策チームにメンバー入りした。


 続く。



登場キャラクター説明

01 松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)
松村榮一郎
松村 俊征(まつむら としゆき)の従兄弟の大学生。
優れた霊能力を持つ。
霊能力を活かしてパンドラ対策チームのリーダーをしている。












02 松村 俊征(まつむら としゆき)
松村俊征
松村榮一郎(まつむら えいいちろう)を従兄弟に持つ奥手な高校生。
黛 玲於奈(まゆずみ れおな)という彼女が出来たばかり。
多少、霊能力はあるが、うまく使いこなせていない。
口下手。












03 黛 玲於奈(まゆずみ れおな)
黛玲於奈
笑顔が素敵なショートカットの女性。
松村 俊征(まつむら としゆき)の彼女でもある。
霊能力は全く無いがパンドラ事件に関わって行く事になる。
高校生。











04 大森 香月(おおもり かづき)
大森香月
黛 玲於奈(まゆずみ れおな)の親友の高校生。
空手の有段者でもある。
気が強い性格。
頼りになる姉御肌だが、霊能力は無い。












05 パンドラ
パンドラ
世界中に呪いの種を蒔く謎の女性。
現在日本に進出してきているとされている。
呪いが成就する事により出現する13体のビスクドールを集めている。











06 宮崎 幸夫(みやざき ゆきお)
幸夫
パンドラ・タトゥーに魅入られた男性。
死の連鎖、タトゥーの呪いに悩まされ孤独となっていく。
松村 俊征(まつむら としゆき)のバイト先の先輩でもあった。












07 園田 章子(そのだ しょうこ)
園田章子
パンドラ・タトゥーをその身につけた呪われた女性。
宮崎 幸夫(みやざき ゆきお)と付き合うも死亡する事になった。
粘着質タイプで彼に執着していた。











08 吉住 ねね(よしずみ ねね)/ピコット
吉住ねね
ピコットというハンドルネームで宮崎 幸夫(みやざき ゆきお)とやりとりをしていた女性。
顔も知らない女性だが、ネットゲームで知り合い、意気投合し、ネット上だけで幸夫と付き合う事になったが、その後死亡する。
パンドラ・タトゥーの11人目の被害者。











09 岸和田 絵馬(きしわだ えま)/二代目ピコット
岸和田絵馬
初代ピコットの吉住 ねね(よしずみ ねね)が死亡した後、彼女になりすました二代目のピコット。
宮崎 幸夫(みやざき ゆきお)と改めて付き合う事を宣言したが、それが原因で死亡する事になる。
パンドラ・タトゥーの12人目の被害者。