第二章


00 呪いのビスクドール、パンドラ


2話挿絵1 神話の時代、数々の災厄を世に解き放ったとされるパンドラの箱──その飛び出した災厄をイメージして作られた13体の呪いのビスクドール パンドラ人形──
 それが人知れず日本に運ばれて来た。
 受け取ったのは魔女、パンドラだ。
「ふ、ふふ、ふふふふふ……本番はこれからよ……」
 魔女パンドラは不気味に笑う。
 このパンドラ人形1体1体に呪いの願掛けをしてそれが成就すると世界は滅びると言われている危険な物だ。
 それが、今、魔女パンドラの手に渡ったのだった。


01 何気ない日常


 松村 俊征(まつむら としゆき)は緊張していた。
 今日は初デートだからだ。
 俊征は前に出るという性格ではない。
 どちらかというと奥手だ。
 人付き合いも得意ではなかった。
 口下手でもある。
 一人称は【自分】でそれをからかわれた事もあるが、いつも何も反論できずにいた。
 そんな俊征は先日、ずっと思い続けていた女性に告白された。
 黛 玲於奈(まゆずみ れおな)──笑顔が素敵なショートカットの女性だった。
 両想いだったのは嬉しいが、告白は男の自分からした方が良かったのではと今でも思っていた。
 せめて、初デートではリードしたいと思うが、何分、デートなど生まれてこの方、したこともないので、何をどうすれば良いのかさっぱりわからなかった。
 そもそも、会話が続くのかどうかも心配だった。
 女の子と何を話せば良いのかわからないのだ。
 女の子が何に興味を持っているのかもわからない。
 特別な事で話せる事と言えば、従兄弟で大学生の松村榮一郎(まつむらえいいちろう)が、先日、パンドラと言う悪霊を祓ったという事くらいだが、果たしてその様な話を話しても良いのかどうかもわからない。
 下手をすれば引かれてしまうのではないかとも思っていた。
 初デートで悪霊の話というのもなんだか違う気がする。
 だけど、代わりの話題が用意できない。
 このままでは嫌われてしまうという焦りがあるが、元々口下手である俊征に話を作り出せる力はなかった。
 焦る、焦る、焦りまくる。
 だけど、何も解決策が思いつかない。
 そうこうしている内に待ち合わせの時間が近づいてくる。
 俊征は悪霊の話をするかしないかだけで、ずっと悩んでいた。
 そして、
「あ、待ったぁ?ごめんね、支度に時間かかっちゃって」
 と玲於奈がやって来てしまった。
 このままでは間が持たない。
 やむを得ず俊征は、
「あ、あの、自分、悪霊を退治して……」
 と言った。
 本当は【悪霊を退治した話を知っていて】と言いたかったのだが、緊張して、自分が退治したと言ってしまった。
 玲於奈は、
「すっごぉーい、俊君、悪霊祓い出来るの?」
 と言った。
 俊征は、
「い、いや、黛さん、自分ではなく……」
 と慌てて訂正するも、
「悪霊に取りつかれたら、助けてね」
 と言われ、
「……うん……」
 と言ってしまった。
 なし崩し的に自分は霊能者だと言ってしまった。
 確かに霊感はある。
 だが、従兄弟の榮一郎程ではない。
 また、祓えと言われても祓い方が解らないのだ。
 これは後で榮一郎に聞くしかないなと思うのだった。
 玲於奈は、
「それはそうと、【黛さん】はないんじゃないの?」
 と言った。
 俊征は意味が解らず、
「え?」
 と聞き返した。
 玲於奈は、
「私は【俊君】で俊君は、【黛さん】なの?なんだかよそよそしいよ。ちょっとショックだな。【玲於奈】とか【玲於奈ちゃん】とかでもいいから名前で呼んでほしいな」
 と言った。
 俊征は、
「そそそ、そんな、滅相もない……」
 と言った。
 自分に、彼女の名前を言う資格がないとでも言いたげだった。
 その慌てる姿を見た玲於奈は、
「ぷっ、なんだかおっかしー。まぁ良いわ。少しずつ、私に慣れてね」
 と言った。
 俊征が緊張しているのが解ったからだ。
 リードするつもりが、完全に彼女にリードされていた。
 また、ダメだったと落ち込む俊征に玲於奈は、
「あの……さ、裾を握ってもいいかな?」
 と照れくさそうに言った。
 俊征は、
「すすす、裾?」
 とどもった。
 一瞬、何のことを言っているのかわからなかったからだ。
 だが、少しして、彼女も手を握るのがまだ恥ずかしく、裾を握りたいと言ったという事に気づいた。
 良く見ると彼女も少し震えている。
 玲於奈は、
「だ、ダメ……かな?」
 と上目遣いで俊征を見て来た。
 俊征は、
「ど、どうぞ、よろしく……お願いします」
 と言った。
 お互い、初デート──初々しい反応だった。
 それからいろいろ回ったのだが、俊征は緊張しすぎて何をしたか覚えていなかった。
 ただ、彼女がそばにいるという事だけ意識していた。
 それだけ、彼にはいっぱいいっぱいだったのだ。


02 友達


 翌日、玲於奈は親友の大森 香月(おおもり かづき)にデートの報告をする。
 香月には、俊征に告白するためにいろいろと骨を折ってもらったので、初デートの状況を報告すると約束していたのだ。
 香月は、
「それでどうだったのよ、初デートは?」
 と聞いた。
 玲於奈は、
「う、うん……良かったよ。でも緊張したかな。二人とも」
 と答えた。
 俊征だけでなく、玲於奈もまた緊張していた。
 デートコースとしては、普通のカップルが回りそうなお決まりのコースばかりだったが、好きな相手と一緒に過ごすというだけで、彼女は満足していた。
 緊張はしていたが、デートの事を細かく覚えているだけ、俊征よりはましだと言える。
 香月は、
「次のデートはいつなの?」
 と聞いた。
 親友としては一緒に遊びたいところだが、彼氏とのデートの邪魔をするほど野暮ではない。
 あらかじめその日は予定から外そうと思っているのだ。
 玲於奈は、
「う、うん……次の日曜日かな?」
 と疑問形で答えた。
 実は、はっきりと決まっていなかったのだ。
 二人とも緊張で次の約束をしている余裕が無かったのだ。
 そのまま、分かれてしまったのだ。
 それを察した、香月は、
「しょうがないなぁ……今時、小学生でももう少しマシだよ。仕方がない、次は私も付き合ってあげる。ある程度したらフェードアウトするから、後は二人で頑張るのよ」
 と言った。
 途中までデートをエスコートしようというのである。
 そんな話をしていると、背後から誰かが声をかけてくる。
 玲於奈と香月の友達、船守 綾子(ふなもり あやこ)だった。
 玲於奈と香月は美人だが、どちらかというとおとなしめな感じの美人だが、綾子は派手なタイプの美人と言えた。
 それだけに男性経験も豊富だった。
 人の心が読めると豪語していて、誰が誰を好きというのは綾子に聞けばほぼ100パーセントの的中率で当たるらしい。
 綾子は、
「どうしたのお二人さん。恋の相談?なら私も混ぜて」
 と言ってきた。
 玲於奈は、
「じ、実は……」
 と話しかけようとするが、それを香月が制し、
「実はねぇ、この子、ストーカーにあっててさぁ」
 と適当な話をして、お茶を濁す事にした。
 理由は、綾子の悪癖だ。
 彼女は恋愛相談もするが、相手の男性を気に入ったら、その男性にアプローチをしかけてしまうという悪い癖があった。
2話挿絵2 他人の恋人が良く見えるというやつだ。
 奥手な俊征がなびくとも思えないが、一応、念には念を入れて、綾子には相談しない方が良いと判断したのだ。
 綾子は、
「ふぅ〜ん、まぁ良いか……」
 と言った。
 何となく、本題を避けているというのに気づいてそうな雰囲気だった。
 それならそれでと、ストーカーの話題に乗ることにした。
「ストーカーと言えばさぁ、あいつ……山木 愁作(やまき しゅうさく)ってやつ知ってる?あいつ、キモいよねぇ。絶対誰かのストーカーやってるよ」
 山木 愁作……聞いた事ない男性だ。
 クラスメイトにそんな男子が居たか?と玲於奈と香月は首を傾げた。
 彼女達が知らないのも無理はなかった。
 彼女は一度も山木と一緒のクラスになった事が無かった。
 少子化が叫ばれて久しいが、玲於奈達の学校は結構、生徒数がいるので、全員の名前を憶えていないのだ。
 何しろ、同学年だけで7クラスもあるのだ。
 全員を覚えていろという方が無理である。
 なぜ、綾子がそんな話をしたかと言うと、ひと月前、山木に告白されたが、こっぴどくフッてやったのだ。
 すると、その次の日から山木がおかしくなったのだ。
 まるで何かに憑りつかれたかのような表情をしていたらしい。
 綾子は身の危険を感じだし、何となく助けを求めようとしていたのだ。
 玲於奈は、
「その山木君っていう人に何かされたの?」
 と聞いてみる。
 綾子は、
「何かされたっていうかさぁ──キモいんだよね、あいつの鉛筆がさぁ」
 と言った。
 玲於奈と香月は、
「「鉛筆?」」
 と聞き返した。
 鉛筆が何だと言うんだ?──二人はそう思ったのだ。


03 パンドラの鉛筆


 二人の質問に対し綾子は、さも気持ち悪そうに、
「あいつさぁ、【パンドラの鉛筆】なんて使っているのよ」
 と言った。
 玲於奈と香月は、
「「【パンドラの鉛筆?】」」
 とやはりハモって聞き返した。
 綾子は、
「知らないの?今、ネットで売り出している【パンドラシリーズ】の一つよ。全部、呪いに関するアイテムばっかりで気持ち悪いのよ。【パンドラの鉛筆】はその中の一つで、1ダースじゃなくて13本で1セットにして売り出していて、その鉛筆を使い切ると呪いが成就したことになるっていうアイテムよ」
 と言った。
 香月は、
「詳しいわね。なんで知ってるの?」
 と聞いた。
 どうやら、少し地雷だったらしく、
「そ、それは、その……悪かったわね。ちょっと使おうと思って調べたことがあるのよ。それだけ、本当にそれだけよ。気持ち悪くって使わなかったんだから。本当よ、信じてよ」
 とむきになった。
 玲於奈は、
「解ったわ。信じるわ」
 と言った。
 綾子は、
「さすが、玲於奈。話が分かるわね。でさ、あいつ、授業の勉強にも【パンドラの鉛筆】を使っているんだけど、それ以外に、休み時間の度に、女の絵を描いてんのよ。気持ち悪いわよねぇ」
 と言って震え上がった。
 女の子の絵を描くのが気持ち悪い?
 ちょっと意味が解らなかった。
 漫画家とかイラストレーターを目指している人だっている訳だし、女の子の絵を練習しているのは山木に限らず、何人か、見たことがある。
 なので、山木だけを特別に嫌う理由にはならないような気がするのだ。
 フッた負い目なのか?とも思ったが、綾子の気持ち悪がり方は尋常ではないなと思うのだった。
 綾子の話では、元々、山木という男は絵が下手くそだったようだ。
 それが、【パンドラの鉛筆】を使うようになってみるみる絵が上達していて、その上達スピードが明らかにおかしいらしい。
 女の絵がうまいので、他の男子が山木に絵を描かせた。
 その時は、トイレから出たばかりだったらしく、山木は、【パンドラの鉛筆】を持っていなかった。
 代わりに他の男子は持って来ていたシャープペンシルで書かせたのだが、本当に同じ人物が描いたのか?と思うくらい下手だった。
 つまり、【パンドラの鉛筆】以外で描いた絵は上手ではなかったのだ。
 他の男子は、じゃあ、【パンドラの鉛筆】で描いた絵を一枚くれと言ったが山木は異常に反応して、それを拒否したという。
 コピーでも良いからという提案も頑なに拒否した。
 それがもとで喧嘩にもなったらしいが、最終的には、女の絵は誰の手にもわたらなかったらしい。
 そして、その後くらいから、山木は自分で描いた女の絵に話しかけるようになったらしい。
 それから、だんだん、山木の絵がみずみずしく見える様になったという。
 それに合わせるかのように、みるみる山木の精気が無くなっているようだと綾子は話していた。
 聞いてみると確かにちょっと不気味かも知れないと二人は思った。
 不安に思っていることを玲於奈達に話して満足したのか綾子は別の友達にこの話をしに向かった。
 玲於奈はちょっと考えて、
「……俊君の従兄弟さん、かなり霊能力が強いって言うし、俊君にお願いして、相談してみようか?」
 と言った。
 俊征は会話が無いので仕方なく話した事だったが、玲於奈はしっかりと覚えていたのだ。
 香月も
「そうだね、彼(俊征)の話に出て来た呪いの女の名前も【パンドラ】だったんでしょ?何かあるかも知れないし、一応、念のために相談した方が良いかもね。でもお金取られるんじゃない?この場合、綾子の依頼って事にする方が良くない?私達が直接、関わっている訳じゃないし……」
 と言った。
 下手な事に首を突っ込んで巻き込まれてしまったら、笑い話にもならないと思っているのだ。
 とにかく、綾子がお金を出すかどうかわからなかったので、ひとまず、俊征にそれとなく、従兄弟に聞いてみてもらえないかという事をお願いすることにした。


04 捜査


 玲於奈と香月は、俊征のクラスに行った。
 玲於奈と香月はC組、俊征はD組だった。
 ちなみに、綾子と山木は、G組という事になる。
 全員、高校2年生だ。
 大学までエスカレーター式の高校なので、あまり、受験勉強というのには熱心ではない学校だった。
 大学には、俊征の従兄弟である榮一郎達、霊能者集団が通っている。
 小中高大と同じ敷地内に建っているが、基本的に、特別な事でもない限り、高校生は高校のエリアを出てはならない。
 玲於奈は、
「松村君いるかな?」
 と俊征を呼び出してもらった。
 二人が付き合っているという事はまだ、あまり知られていないので、落ち着くまで、【松村君】、【黛さん】で通そうという事にしていた。
 俊征が出てきて、
「な、何かな黛さん……?」
 と聞いて来た。
 内心、この前のデートがまずかったのではとドキドキしていた。
 玲於奈が、
「えーと、あの……それが……」
 と言葉に迷っていたので後ろに控えていた香月が、
「あーもう……、松村君、悪いけど、ちょっと屋上に来てもらえない?」
 と言った。
 俊征は、友達(香月)を連れて別れ話でもされるのかと思って顔面蒼白だった。
 俊征は、
「じ、自分の何がいけなかったんでしょうか?」
 と聞いた。
 香月は、
「違うわよ。ちょっと相談に乗って欲しい事があるだけ。ここじゃなんだから、屋上でってだけ」
 と言った。
 それを聞いて少しほっとしたのか、俊征は、
「そ、そうですか、それは良かった……」
 と言ったが、玲於奈は、
「それが、あまり良い話じゃないんだ……」
 と言った。
 それを聞いて、また、俊征が慌てだし、
「ご、ごめんなさい。自分が悪かったです。ごめんなさい」
 と必死に謝りだした。
 香月が、
「だから、違うって言ってんでしょ。友達の悩みを相談したいのよ。従兄弟さん、霊能力者なんでしょ?私達にそういう知り合いいないから、出来たら相談に乗って欲しい──それだけ」
 と言った。
 それを聞いたクラスメイト達が、
「霊能者?」
 と騒ぎ出した。
 香月が、
「あぁ、もう……大騒ぎになるから、外で話したかったのに、しゃべっちゃったじゃないの」
 と言った。
 俊征は、すまなさそうに、
「す、すみません……」
 と言った。
 それを見た玲於奈が、
「あ、俊君が悪いわけじゃないの……」
 と言った。
 玲於奈もつい、【俊君】と言ってしまった。
 それに気づいてハッとするも、クラスメイト達が、
「ひょっとして、付き合ってるの?」
 と聞いて来た。
 別に恥ずかしい事ではないのだが、初々しい玲於奈と俊征にとってはまだ恥ずかしいらしく、二人は、教室を出て行ってしまった。
 香月は残ったクラスメイト達に、
「はいはい、あの二人はまだビギナーなんだから、暖かく見守ってあげてね」
 と言って、二人を追った。
 香月は、呪いの相談どころじゃないなと思うのだった。
2話挿絵3 二人が落ち着くのを待って、香月の方で、俊征に【パンドラ】に関する事を話した。
 とは言っても、呪いの全貌を知っている訳ではない。
 綾子から聞いた範囲内での事に過ぎなかった。
 事件らしい事件も起きていない。
 喧嘩があったくらいだ。
 そんな状態で、果たして、相談に乗ってくれるのかわからなかったので、榮一郎の従兄弟である俊征にそれとなく聞いてみてくれないか?と話した。
 俊征は、
「そ、それがもし、本当に【パンドラ】に関することなら榮一郎さんに聞いた方が良いかも知れないです。でも、榮一郎さんは大学生だから、理由も無く高校の敷地には入れないから、自分達で情報を集めるしかないかも知れないです」
 と言った。
 香月は、
「私達に捜査しろって事?」
 と聞いた。
 俊征は、
「そ、そうです。確証を持てないと榮一郎さんも動けないので……あの……偽物の【パンドラ】もいるみたいで、本物を真似て適当に噂を流しているだけっていうか……だから、全部の案件に対応出来なくて、本物だっていう確証がないと榮一郎さんも動けないっていうか……」
 と言った。
 玲於奈は、
「そうだね。確かに本物だっていう確証がないといちいち動いていられないもんね」
 と同調した。
 俊征は、
「と、とりあえず、榮一郎さんに、捜査のポイントとか聞いてみるよ。そのポイントをおさえたら、多分、栄一郎さんも相談を受けてくれるかも知れないし」
 と言った。
 自分にも多少、霊能力があるとは言えなかった。
 二人は【パンドラ】を倒したという榮一郎に期待しているのであって、自分ではないと思っているからだ。
 俊征は放課後、早速、榮一郎に会って事情を話した。
 残念ながら、榮一郎の方では別の【パンドラ】関係だと思われる事件を追っていて、今は手が離せない状態だったが、それでも、いくつかの見極めのポイントなどを話してくれた。
 それでも、話を聞くだけでも、かなり、【パンドラ】関係である可能性が高いから気を付けた方が良いと言ってくれた。
 榮一郎が疑ったのはやはり、山木の反応だった。
 聞く限りでは、山木の反応はかなり、【パンドラ】に汚染されてしまっている可能性が高かった。
 従兄弟の頼みだから、相談に乗ってやりたいところだが、現在、榮一郎が抱えている【パンドラ】の一件は、山場を迎えており、ここで手を放す訳にはいかなかった。
 翌日、俊征は、玲於奈と香月に榮一郎から聞いて来た事を話した。
 とは言え、現時点では俊征、玲於奈、香月は部外者であり、【パンドラの鉛筆】と関わっている当事者なのは山木とその話を玲於奈達にした綾子だ。
 山木は恐らく話せる状態にはないだろうから、事情は綾子に聞くしかない。
 だが、綾子が素直に全部話してくれるかどうかはわからない。
 彼女も身に迫る危険がもっと明らかになったら、相談してくるかも知れないが、今の時点では、何も実害がないのだ。
 ただ、不気味である──それだけなのだ。
 とにかく、綾子を中心にして、【パンドラ】関係かそうでないかを見極めていく必要がある、俊征達三人はそう思った。
 俊征達は、地道に調べて行ったが、これと言って山木に関する事は出てこない。
 しいて挙げるなら、学校の近くで連続通り魔が現れている事くらいだろうか。
 女性ばかりを狙う謎の通り魔──確かにこれも怖いが、【パンドラ】とは無関係──そう思っていた。
 だが、それが、間違いだった。
 知らず知らずの内に、ターゲットである本丸の綾子への危険が少しずつ、迫って来ていたのだ。
 学校の近くで起きている通り魔こそが山木であるという事には、その時の俊征達は気づいていなかった。
 狙われた女性にもある特徴があるという事に気づかなかったのだ。
 狙われていた女性の容姿はだんだん、綾子に近づいてきていたのだ。
 それは、山木のイラストの腕と同調していた。
 最初に襲われた女性はほんのかすり傷さえ負わされずにただ脅かされただけだった。
 容姿は決して美しいとは言えず、世間的に見ればブスと言われているような女性だった。
 次に襲われた女性は最初に襲われた女性よりも少しだけ顔が整っていた。
 突き倒されたが、傷らしい傷は追っていなかった。
 その次に襲われた女性はその前の女性よりも、もう少し、顔が整っていた。
 傷は、服を少し切られたが、なかった。
 という様に最初の内はなんだかわからなかったが、被害者が増えるにしたがって、だんだん、被害者の容姿が綾子の容姿に近づいてきていたのが解って来たのだ。
 また、被害者が受けた怪我の具合もだんだん、重くなっていっていた。
 最初の被害者が綾子と余りにもかけ離れた容姿だったので、全く気付かなかったのだが、警察の情報もわからないという事もあって気づかなかったのだ。
 そして、もう一つ特徴があった。
 被害者達は襲われた時の記憶がないのだ。
 防犯カメラにも一切、山木は映っておらず、ただ、現場に使い切った鉛筆がおかれていたのだ。
 ──そう、現場に置かれていた鉛筆は山木が購入した【パンドラの鉛筆】だった。
 山木は現場に【パンドラの鉛筆】を残して行ったのだ。
 通り魔事件の数が重なれば、当然、警察の方でも、その事に気づく。
 なので、その鉛筆の指紋を検出しようと試みたが、指紋は一切検出されなかった。
 また、【パンドラの鉛筆】を使い切ると鉛筆に刻印されている【パンドラ】の部分は消えてしまうため、普通の鉛筆と区別がつかなくなってしまっているため、警察の方では、【パンドラの鉛筆】が原因であるという事は突き止めていなかった。
 ただ、正体不明の不気味な通り魔が出現しているので、特に女性は一人で歩かない様にとおふれを出していた。
 そんな通り魔の被害者の数は10名に達していた。
 山木の【パンドラの鉛筆】の残り本数も3本となっている。
 そのころには被害者の容姿はかなり、綾子の容姿に近づいており、怪我も重症と言えた。
 このまま行けば、綾子の番が来たとしたら、彼女は殺されてしまうだろう。
 事は緊急を要していた。
 警察が被害者の顔の一覧を見せてくれれば一発で解るのだが、警察にも守秘義務というものがある。
 模倣犯が現れないとも限らないので、一般人に被害者の容姿の一覧を見せる訳にはいかないのだ。
 怪しいとは思いつつも手をこまねいている内にとうとう、11人目の被害者が出た。
 被害者は近くに住む綾子の親戚のおばさんだった。
 綾子が年を取ったらそんな感じになるのではないかと思われるくらい、彼女の容姿に似ていた。
 ここまでくるとさすがに警察の方も被害者の特徴に気づいていた。
 最初の被害者からだんだん、綾子の容姿に近づいているという事をだ。
 警察も綾子のおばに近い容姿を持つ女性に声をかけていた。
 次に狙われるのが、綾子のおばに近い容姿をしている女性だと気づいたのだ。
 綾子のおばに状況を聞きたいところだが、綾子のおばは意識不明の重体で意見を聞ける様な状態ではなかったため、綾子のおばに似た容姿を持つ女性に心当たりはないかと聞いて回ったのだ。

 綾子と綾子のおばの間には綾子の母がいる。
 綾子のおば→綾子の母→綾子とくれば、ちょうど、【パンドラの鉛筆】が無くなる13番目に綾子の番となるのだ。
 警察は当然、綾子と綾子の母にも事情を聞いてきた。
 綾子の母は全く心当たりがないと答えたが、綾子は山木が怪しいと答えた。
 綾子にとって、恐怖が現実のものとして目の前に現れた瞬間でもあった。
 本能的に、通り魔は山木がやっていると思ったのだ。
 そういう面では綾子の勘は鋭い。
 それは的を射ていた。
 だが、警察は証拠がなければ怪しいだけでは逮捕出来ないとして、綾子の訴えに耳を傾けなかった。
 綾子の話は一見、山木の怪しい行動を言っているだけで、それが、通り魔と結びつかないと判断されたのだ。
 警察としては、山木は少し知的障害のある生徒と判断されたのだ。
 綾子は、
「違うって、刑事さん。あいつだって、絶対、あいつがやったんだって、私、解るんだから。捜査してよ、お願いだから」
 と言ったが、刑事の方は、
「あのね、お嬢さん、警察としては、奇行をしている人間は犯人としてしょっぴけないの。何か、ひどい目にあわされたとかそういう事はないんでしょ?だったら逮捕はできません。
あんまり騒ぎすぎると、逆にあなたが訴えられる場合だってあるんだよ」
 と言って聞く耳を全くもたなかった。
 綾子は、
「もういい」
 と言って、すねたが、胸に残る大きな不安は消えない。
 誰に相談して良いのかもわからず、人知れず悩んでいた。
 俊征達に相談すれば良いのだが、彼女は表向き、何でもないと強がっていた。
 なので、押し迫っている恐怖を感じさせない行動を取っていたのだ。
 誰にも相談できずに時を過ごす。
 誰かに相談して、俊征達にたどり着いていれば、あるいは……
 そんなやりきれない思いが残る事件となろうとしていた。
 山木の方は病的なまでに痩せていた。
 担任教師は、
「山木、お前、無理して学校来なくてもいいんだぞ。ちょっと病院で見てもらえ。先生、良い病院、知っているんだ、良かったら……」
 と声をかけてくれたが、山木は、
「結構です。僕は健康ですよ。今までにないくらい気持ちが良いんです……」
 と担任教師の申し出を断った。
 そんな中、いつまでも好転しない心労から、綾子が倒れ、保健室に運ばれた。
 人づてに綾子が倒れた事を知った俊征達は、保健室に見舞いに行った。
 香月は、
「綾子、何かあったんでしょ?詳しく話して」
 と言った。
 今までは山木が気持ち悪いとは言っていたが、何かされたという事はなかった。
 だが、綾子の周りでは何かが確実に起きている。
 それだけは確信していた。
 綾子は、
「じ、実は……」
 とついに自分の身に起きている事を話し出した。
 おばが襲われ警察から事情聴取を受けた事を話したのだ。
 そこでようやく、謎が解けた。
 被害者はだんだん、綾子の容姿に近づいているという事が解ったのだ。
 その時、綾子のクラスの担任教師が、保健室に飛び込んできた。
 担任教師は、
「船守、こんな時にスマン。今、警察から電話があって、お母さん、通り魔に襲われたって……」
 と言った。
 それを聞いた綾子が、
「あぁ、お母さん……」
 と言って気を失った。
 綾子の母が襲われたことで被害者の数は12名となった。
 事態は一刻を争う状況になってきていた。
 香月は、
「先生、山木君はどうしました?」
 と聞いてみた。
 担任教師は、
「山木なら、帰したよ。そんなことより、船守のお母さんだ。かなり重体らしい。もしもの事もあるから、すまないが船守には起きてもらわないといけないと思うんだ。先生と警察まで行こう」
 と言った。
 どうやら、綾子の母はかなり危ないらしい。
 だが、これではっきりした。
 13番目のターゲットは綾子だ。
 そして、綾子の場合は間違いなく殺される。
 漠然としていたものがはっきりと明確な殺意となって見えて来た。
 俊征は、
「え、榮一郎さん、呼んで来る」
 と言った。
 これがかなりやばい状況だというのは俊征だけでなく、玲於奈や香月にだってわかった。 一刻も早く榮一郎に解決してもらわなければならないと判断したのだ。
 だが、遅すぎる。
 こんな状態になってからでは、いくら榮一郎でも対処が取れない。
 【パンドラ】の呪いと戦うにはそれなりの準備が必要だ。
 今回はその準備期間がまるでない。
 本物の呪いだとわかった時期が遅すぎたのだ。
 山木が13本目の鉛筆を使い切った時、呪いは成就する。
 俊征が榮一郎を呼びに行っている間、玲於奈と香月は綾子についている事にした。
 綾子の担任は彼女を起こした方が良いと言ったが、気を失ったばかりで無理矢理起こすのは可哀相だと言って、玲於奈達は反対した。
 仕方ないので、担任教師は詳しい事を聞きに一人で警察に向かった。
 山木の行方は解らない。
 だが、どこかで【パンドラの鉛筆】を使っているかも知れない。
 得体の知れない恐怖が玲於奈達を襲う。

 辺りを沈黙が支配する。
 心なしか、室温が何度か下がったような気がする。
 不安に思う、玲於奈と香月。
 香月は、
「な、何か話そうか?」
 と言った。
 何かを話さないと不安で仕方ないのだ。
 玲於奈も
「そうだね。そうしよっか」
 と言った。
 彼女も同じく不安だった。
 二人は綾子が寝ているベッドの側で、小声で話していた。
 あまり大きな声で喋ると綾子が起きてしまうかも知れないからだ。

 しばらく時が経った。
 俊征はようやく榮一郎を捕まえ、事情を話していた。
 それを聞いた榮一郎は、
「そうか、ゴメン。ほったらかしにしすぎた。すぐに行こう。案内してくれ」
 と言った。
 俊征は、
「こ、こっちです。榮一郎さん」
 と案内を開始した。
 そのころ、保健室では――
 コンコンコン……
 誰だろう?
 保健室のドアをノックする音がした。
 保険の先生?
 いや、違う。
 保険の先生は担任が、急病だと言っていた。
 代わりの先生が来ても良いはずなのに、来なかった。
 香月は、
「誰ですか?」
 とドアの向こうに向けて声をかけた。
 だが、返事はない。
 シーンという音だけが響いていた。
 今の時間だと、昼休みに入った頃だろうか?
 教室で騒いでいる声が聞こえてもおかしくないはずなのに、不思議と聞こえてこない。
 まるで、この保健室だけ、孤立してしまったかのようだ。
 玲於奈も、
「あの……空いてますよ。どなたですか?」
 と声をかけるがやはり返事がない。
 いたずらか?とも思ったが、再び、
 コンコンコン……
 という音がした。
 どうやら空けたくても空けられない事情があるのかも知れない。
 顔を見合わせそう考えた二人は、保健室の入り口のドアを開けた。
 香月は、
「どちら様ですか?」
 と言ったが、誰も保健室の入り口には立っていない。
 やはり、いたずらだったのか?と思って、首を傾げ、ドアを閉めようとした時、隣にいた玲於奈が、
「か、かづちゃん……あれ……」
 と震えながら声を発した。
 香月は、
「な、何?どうしたの玲於……」
 と言いかけ、ハッとなった。
 保健室の入り口の床に無造作に置かれた紙を見つけたからだ。
 女の絵が描かれた紙だった。
 その女の絵は不気味な笑顔で、保健室の中をのぞき込んでいるように見えた。
 思わず、バッとドアを閉める。
 香月は、
「み、見た?」
 と玲於奈に聞いてみた。
 玲於奈はコクコク頷き、
「う、うん……見た」
 と答えた。
 身体の奥底から震え上がる二人。
 キャーっと叫びたかったが、声が出ない。
 恐怖を通り越して腰が抜けてしまった。
 再び沈黙が支配する。
 玲於奈と香月は出来るだけ冷静に考えた。
 そうだ、これは悪戯だ。
 誰かがそっと、床に置いたんだ。
 私達を怖がらせようと思って――
 そう分析して、再び、ドアを開ける。
 今度はそぉ〜っとだ。
 慎重に慎重にそぉ〜っと開ける。
 香月は、
「あれ?」
 と言った。
 有るべき物が無かったからだ。
 さっきまでそこに置いてあった不気味な絵の事だ。
 玲於奈も
「ななな、何で無いの?」
 と怯えた口調で言った。
 香月は、出来るだけ平静を保ち、
「こ、これはドッキリよ。私達を脅かそうと思って仕掛けたのよ。私達がドアを閉めた時、そっと回収しただけよ」
 と言った。
 これは、自分で心霊現象ではないという事を確認しようとしている行動だった。
 そんな時、女の声で、
「みぃつけたぁ〜っ」
 という声が保健室に響いた。
 玲於奈と香月は、
「「きゃぁ〜っ」」
 と叫んだ。
 ついに恐怖が口から出たのだ。
 香月は、
「誰、誰なの?趣味が悪いわよ。で、出てきなさい」
 と言った。
 香月は習い事で空手もやっている。
 騙そうと思って居た人間が出てきたらお仕置きしてやろうと思った。
 だが、その思惑は通らない。
 誰も出てこないからだ。
 玲於奈は、
「ひ、人を呼ぶわよ。悪戯じゃすまされなくなるよ」
 と言った。
 早く、この恐怖から解放されたいと思って絞り出した言葉だ。
 これはドッキリじゃなければ、悪い夢だ。
 そんな事を考える玲於奈と香月に絶望が飛来する。
 ひらひらと保健室の天井近くを浮いているものがある。
 紙だ。
 恐らく、さっきの紙だ。
 だが、ここは保健室。
 風など吹くはずがない。
 紐か何かで吊して霊の仕業に見せかけてと一瞬、思うが、肝心の紐が見あたらない。
 じゃあ、手品だ。
 マジックで私達を脅かそうとしているんだ――そう思いたいが、紙の動きがあまりにも不自然だった。
 仕掛けか何かがあったとして、あんなにひらひらと不自然に動くものなんだろうか?
 最新の科学はそこまで発展して――などと悪霊を否定する理由を探すが、全て悉く否定される。
 直感で何となくわかってしまう。
 これはトリックではない。
 霊の仕業だと――
 だけど、どうしても認めたくないので、香月は、
「よ、幼稚な仕掛けね。解っているのよ。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね。私達が怖がっていると思ったら大間違いよ」
 と精一杯の虚勢を張る。
 だが、内心は漏らしそうなくらい怖かった。
 そんな玲於奈達の気持ちをあざ笑うかの様に、
「うふふふふふふふふふ……」
 という笑いが木霊する。
 保健室ではあり得ないくらいの反響音だ。
 それが、玲於奈達を更なる恐怖に駆り立てる。
 香月が、
「やめなさいって言ってるでしょ」
 と言うが涙目になっている。
 今すぐに逃げ出したい気持ちを必死で堪えている。
 このまま逃げ出せば、綾子の命がないかも知れない。
 そう考えると、どうしても逃げ出せなかった。
 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……
 歯がカチカチなる。
 震えが抑えられない。
 怖い。
 怖くてたまらない。
 助けて。
 助けて俊君――
 玲於奈は心の中で叫んだ。
 その時、
「だ、大丈夫?」
 という声と共に俊征が現れた。
 後ろには榮一郎も一緒だ。
 榮一郎は清めの塩を持ち出し、
「悪霊退散」
 と言って、紙に振りかけた。
 すると、紙から
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」
 という声が響き渡り、燃えだした。
 バチバチバチバチ……
 という音と共に、紙は燃え尽きる。
 香月は、
「お、お化けはどうなったんですか?」
 と初対面の榮一郎に聞いた。
 榮一郎は、
「これは、一部だ。呪いの本体じゃない。本体を探さなくてはならない」
 と言った。
 かなり焦っている表情だった。
 それだけ、事態が深刻な方向に向かって進んでいるようだ。
 榮一郎は、辺りをキョロキョロし、安全を確保すると、
「状況が知りたい――手短に、今まであったことを話してくれ」
 と玲於奈と香月に聞いた。
 この保健室であった心霊現象について聞こうと思ったからだ。
 その時、
「ひぃぃぃやぁぁぁぁっ」
 という悲鳴と共に、いつの間にか起きたのか綾子がベッドから飛び起きて、そのまま、保健室の外に駆けだして行った。
 不意を突かれた榮一郎は反応出来なかった。
 榮一郎は、
「まずい、彼女を追うんだ」
 と声をかけた。
 榮一郎は飛び起きた綾子に突き飛ばされて、保健室の椅子に脚をとられてしまったため、出遅れた。
 慌てて綾子を追う俊征達だが、綾子の走り去るスピードは本当に女子か?と思うくらい早かった。
 男子顔負けの猛スピードで廊下を走り去って行く。
 あっという間に引き離されてしまった。
 元々、彼女は足が速く無かったはずだ。
 それだけ、綾子を襲った恐怖が想像以上だったという事になるのだ。
 綾子が走り去った先には、大きな紙がまっていた。
 女生徒を包み込めてしまうくらいな大きな紙だ。
 どこから、そんな紙が?と思うくらいの紙の大きさだった。
 その大きな紙に描かれているのは、髪の長い女の絵だった。
 全身の姿が描かれていたが、まるでアニメーションの様にアップになり、女の胸元までが紙いっぱいの大きさとなる。
 紙に描かれた女の大きな口がぱかぁっと開き、そのまま、駆け込んできた綾子を飲み込んだ。
 もしゃもしゃもしゃ……
 という音がして、紙に描かれた女が綾子を吐きだした。
 吐き出された綾子はそれが綾子だとは解らないくらいにぐしゃぐしゃな状態で出てきた。
 物言わぬ、肉の塊となって出てきてしまった。
 人間を溶かしたらこんな感じになるのでは?と思うようなグロテスクな姿をしていた。
 言われなければ、これが綾子だとは誰も気づかない。
 大きな紙のもとに追いついたが、俊征達は呆然と立ちつくした。
 もう、どうしようもない状態になってしまったからだ。
 当然、絶命している。
 後から追いついた榮一郎も悔しそうに歯噛みする。
 力に慣れなかった事――
 すぐに相談に乗らなかった事を後悔した。
 それをあざ笑うかのような声が響く。

「これで一つ目……」

 これは、呪いの一つが成就した事を意味していた。
 呪いのビスクドール、パンドラ人形に呪いが一つ、込められた事を意味していた。
 どこから現れたのかビスクドールが一体、現れ、大きな紙を回収して消えた。
 後には、綾子の遺体と、最後の一本となった【パンドラの鉛筆】が残されていた。
 もちろん、使い切ったものだ。
 榮一郎は、俊征達に、
「君達に話しておきたい事がある――日本は今、未曾有の危機にある……」
 と神妙な面持ちで言った。
 綾子という友達はもう帰らない。
 後日、自宅の部屋で、首を吊っている山木の遺体も発見された。
 誰も幸福にならない不幸な結末だった。
 パンドラの呪いの恐怖が少しずつ俊征達に忍び寄って来ていた。


続く。




登場キャラクター説明

01 パンドラ
パンドラ
世界中に呪いの種を蒔く謎の女性。
現在日本に進出してきているとされている。
呪いが成就する事により出現する13体のビスクドールを集めている。











02 松村 俊征(まつむら としゆき)
松村俊征
松村榮一郎(まつむら えいいちろう)を従兄弟に持つ奥手な高校生。
黛 玲於奈(まゆずみ れおな)という彼女が出来たばかり。
多少、霊能力はあるが、うまく使いこなせていない。
口下手。











03 黛 玲於奈(まゆずみ れおな)
黛玲於奈
笑顔が素敵なショートカットの女性。
松村 俊征(まつむら としゆき)の彼女でもある。
霊能力は全く無いがパンドラ事件に関わって行く事になる。
高校生。











04 松村 榮一郎(まつむら えいいちろう)
松村榮一郎
松村 俊征(まつむら としゆき)の従兄弟の大学生。
優れた霊能力を持つ。
霊能力を活かしてパンドラ対策チームのリーダーをしている。













05 大森 香月(おおもり かづき)
大森香月
黛 玲於奈(まゆずみ れおな)の親友の高校生。
空手の有段者でもある。
気が強い性格。
頼りになる姉御肌だが、霊能力は無い。











06 船守 綾子(ふなもり あやこ)
船守綾子
黛 玲於奈(まゆずみ れおな)と大森 香月(おおもり かづき)の友達の高校生。
派手なタイプの美人。
パンドラの呪いにかかり、命を落とす事になる。











07 山木 愁作(やまき しゅうさく)
山木愁作
船守 綾子(ふなもり あやこ)のストーカー。
パンドラの呪いの力を借りて彼女を呪い殺す。
その後、パンドラの呪いにより遺体となって発見される。