第一章


1 発端

「…浩紀(ひろき)か?話があるんだ…来てくれないか…」
川瀬 浩紀(かわせ ひろき)は大して親しい訳ではなかったのだが、かなりの金持ちだと有名だった倉持 祥吾(くらもち しょうご)に呼び出されていた。

浩紀は苦学生。
北海道からはるばる上京して来たが、両親の仕送りだけでは、大学にも通えないので、日々をアルバイトに明け暮れる毎日だった。
それに対して、祥吾は両親からたくさんの小遣いをもらい、毎日、遊び歩いているような男だった。
毎日、高級時計やら宝石のびっしりついたブレスレットやらをとっかえひっかえで身につけていて、隣にいる女の子も同じように会う度に違っていた。
女の子達はみんな、祥吾自身というより彼の背後にあるお金に目が眩んだという感じだった。
本当の魅力とは少し違うとは思うが、彼の周りには常に、愛よりも財力というタイプの女の子が取り巻いていた。
それを自分はモテると信じている祥吾はその事を鼻にかけていた。
いわゆる鼻持ちならない相手…
正直、好きにはなれないタイプだった…

2 好きだった人

祥吾の周りには他のタイプの女の子もいた。
仕方なく、祥吾とくっついている女の子達だ…
珠貴 羽住(たまき はずみ)…
パンドラ01.01 彼女もそんな女の子の一人だった…

彼女は浩紀と一緒に上京して来た同郷の女の子であり、高校時代の彼女は、祥吾が親の借金をたてに無理矢理、祥吾ののフィアンセにさせられてしまった。
そして、彼女は祥吾との婚前旅行中、亡くなったと聞いた。
葬式にも呼んでもらえず、彼女の死を知ったのはずいぶん後になってからだった。
それも、人づてにだった。
しばらく、羽住とあっていないと思っていたらである…
その時のショックは今でも殆ど癒えていない…
本音を言えば、好きになれないどころか許せないタイプだった。

3 祥吾の最期

「何だよ…何か用かよ…」

祥吾の呼び出しに応じた浩紀は仏頂面で無愛想に用件を尋ねた。
「…彼女の…羽住が最期に持っていた形見なんだ…もらってくれないか…」
渡されたものは手のひらにおさまるような小さな物体だった。
「石棺…のミニチュア…か?」

そう思った。

縁起でもないと思ったが、ふと、祥吾の顔を見るとまるでもうすぐ死ぬかのように目の下に隈が出来て見るからに具合が悪そうだった。
まるで精気がない…そんな印象だった。

その事からもふざけて渡しているようには見えなかった。

「…もらってくれないか?」
繰り返し祥吾は言った。

浩紀は祥吾の事は気に入らなかったが、これは大好きだった羽住の形見だと思い、もらうことにした。

「わかったよ…もらうよ…用件はそれだけか?」

 もらうものはもらうがそれでも嫌いな男の前では笑顔になれない。
 迷惑この上ないというような不機嫌な顔で答える。
「…あぁ…それだけだ…もう、お前にも会うこともないと思う…じゃあな…」

パンドラ01.02 そう言い残し去っていった。

後で知ったのだが、祥吾の両親は事業に失敗、多額の借金を残し、首を吊ったとのことだった。

両親だけではなく親戚や友人も悉く亡くなっていたことも後で知った。

中には、殺人鬼に一家を皆殺しにされた者もいるらしい…

「羽住ぃ…今、行くよ…」

廃墟となったビルで祥吾は静かに瞳と自らの人生に幕を下ろした。



4 石棺の中

浩紀はアパートに帰ってから、しばらく、小さな石棺を眺めていた。

ずっと考えていた。

羽住は何でこんなものを残して死んだのだろう…

羽住は祥吾の事をどう思っていたのだろう…

出会った時は吐き気がするくらい嫌いだと言っていたのに…

そんな男と婚約、ついには命を落とすという人生だった。

辛かったろうに…

何の救いもない…

彼女の薄幸な運命を悲しみ、涙が出た。

しばらく石棺を見ていると何となくそれが妙に気になった。

そして、少しいじりだした。

すると、カコって音がして石棺の中が少し開き、中がのぞけた。
「!うぁ…!!」
中を覗いた浩紀は思わず、投げてしまった。

石棺の中にあるモノと目が合った気がしたからだ。

パンドラ01.03 小さなものなのに人の気配がする…

そんなバカな…

たばこの箱とそんなに変わらない大きさの石棺に人が入る訳がない…

気のせいかもしれないと思い、再び、石棺の隙間を除く。

小さな石棺の中にあったのは、ドクロ、しゃれこうべだった。
小さな骸骨が中に入っている。
しかも、何となく禍々しい感じがする。

「気持ち悪りぃ…何だこれ…」

浩紀は身体の内側から来る恐怖心を打ち消そうと大声を張り上げた。

怖くなって捨てようとも思ったが、羽住の形見であるこの石棺を捨てるのも偲びないので住人が共同で使っているアパートの物置にしまってしまおうと思った。

「ちゅう…」
「うぁ…何だ…ネズミか…脅かすなよ…」

物置をあけたとたんに出てきたネズミに少しビビったが、気を取り直して奥にしまって戸を閉めようと思った。
その時、ネズミが石棺の近くを通りかかったと思ったがフッと消えた。
心なしか石棺が大きくなったような気がした。
良く見たら、石棺がずれたままだった。
でも、何故か怖くて見に行けない…
浩紀は忘れることにして自分の部屋に戻った。

5 友達

「浩紀ぃ、今日、お前んとこ行っていいか?宴会やろ、宴会!」
「大介(だいすけ)か?無理だよ、俺、金ねぇし、割り勘なんだろ?」
「部屋、貸してくれたらお前はタダでいいよ!」
「マジで?じゃあ、オーケーだ。待ってるわー」
「そうだな、…やな事は忘れちまえ、新しい出会いもある。もしかしたら、お前を好きな物好きな女が近くにいっかもしれねーぜ」
「サンキュー、大介!羽住の事はもう良いんだ…」
「胸貸してやっからよ、でも、俺に惚れんなよ、俺にそっちの趣味はねーからよ」
「俺だってねぇよ。…ありがと…友達って良いな…」
「…何だよ、新たまって…、気持ち悪りぃな…」
「バーカ、何でもねぇよ」
「ちったぁ元気出たか?」
「ああ。出た、出た!」
浩紀の友達の大介が、アパートに来ることになった。大介の彼女の郁美(いくみ)に亮太(りょうた)と可憐(かれん)、恵里香(えりか)も来るらしい。
みんな、苦学生仲間だった。
みんな、地方からやってきて大学のサークルに入って仲良くなった友達だった。

パンドラ01.04 羽住を亡くしてショックを受けている浩紀のために集まってくれるという…

「じゃあ、一時間くらいで、あたしと大介、可憐と亮太が抜けるから、後は恵里香、上手くやってね〜」

郁美は恵里香を浩紀をくっつけようと躍起になっていた。

「わかった。ありがとね、郁美」

恵里香はずっと浩紀の事が好きだった。
だけど、浩紀には羽住がいたので、ちょっと尻込みしていた。
郁美達は奪っちゃえばいいのにとか言っていたが、恵里香は浩紀の性格はあんまり押しが強いとかえってどん引きされるとわかっていたから、きっかけがつかめないでいた。

だけど、最大のライバル、羽住はもういない…

これは、チャンスと大介達を巻き込んでずっと練っていた恋の大計画を実行に移すことにしたのだ。

6 消えていく…

大介達はすでに酔っていた。

酔った勢いで既成事実を作ってしまおうという作戦だったからだ。
あらかじめある程度、飲んで来たのだ。

「うぇ…、俺、吐きそ…」
「ちょっと、亮太ぁ、まだ、つぶれないでよ、これからなんだから…」
「そうだよ、大体、初っぱなから飲み過ぎなんだよ、お前は…」
「だって、しょうがねぇじゃん…俺、恵里香の事、好きだったんだから…」
「おいおい、だからって、邪魔しないでよ!」
「だれよ、こいつ誘ったのは…人選ミスじゃないの…」
「悪かったな、他にいなかったんだよ」

早くも、内輪もめをし始めていた。

五人は浩紀のアパートの下まで来た。
「ちょっと、これでも食べて、少し酔いをさまして来なさいよ」
可憐が亮太にフライドチキンを渡した。
「こんなの食ったら吐いちゃうよ、俺…」
「少し吐いて酔いをさませって言ってんのよ」
「ちぇっ、わかったよ、そう邪険にすんなよ」

亮太は他の四人を待たせて一人物置のある所まで来ていた。
とりあえず、立ち小便をするためだ。

見ると物置が少し開いている。
亮太は物置を覗いた。

すると、月明かりに照らされて小さな石棺が見えた。

何だろうと思って近づくとうっかり持っていたフライドチキンを落としてしまった。

だが、落ちたはずのフライドチキンが何処にもない。

フッと見ると、石棺が少し大きくなっていくように見えた。

もしかして、石棺が食べたのかな?と思った亮太はリュックに入れていたお菓子を石棺の隙間に放り込んだ。
やっぱり、石棺のところで食べ物が消えていた。
そして、少しずつ、石棺が大きくなった。
「おもしれー」
亮太は面白がって石棺にどんどん食べ物を放り込んでいったが、段々大きくなる石棺を見ていると次第に気味が悪くなり、物置から出ようと石棺に背を向けた。

シャーッ!!

そんな音がしたかと思うと…

パンドラ01.05 亮太という一人の人間は陰も形も無くなっていた。

彼もフッと消えたのだ。

「何やってんだよ、亮太ぁ」

大介が亮太の行った物置の方に近づいて来た。
いつまで待っても戻って来ないから呼びに来たのだ。
「そこか?」
物置が半開きになっているのを確認した大介は物置に近づいた。

シュッ!

すると黒い影のような手が飛び出し、一瞬で大介を飲み込んでしまった。

「ゴッ、ガッ、ゲッ…」

バキバキと骨が砕ける音がして、大介という人間も形を無くしていった…。

「ちょっとぉ〜いい加減にしてよね〜」
女子三人も物置の近くにやってきた。

が…

「ひっ!」

僅かに恵里香のみ悲鳴に近い声は出せたが三人とも石棺から生える無数の手に飲み込まれてしまった。

一晩で浩紀の友達五人が姿を消した。

「遅いな…大介達…」
浩紀はいつまで待ってもやってこない大介達にしびれを切らし、連絡を入れたがみんな携帯が通じ無かった。
メールも入れておいたが、返事が来ない。

全員電波の届かない所にいるらしかった。

結局、いつまで待っても誰も来ないので浩紀は寝てしまった。

7 その名はパンドラ…

「朝だよ、お・き・て!朝だよ〜起きなさぁ〜い!」

有名女優の声の目覚まし時計で浩紀は起きる。
朝はまだ、早い。夜も明けきっていない。
だが、苦学生である浩紀は新聞配達のバイトに行かなければならなかった。
フッと昨日、石棺を捨てた物置が気になり物置を見に行った。
「うっ…」
浩紀は思わずうなってしまった。
石棺が人がすっぽり入れるくらいまでに大きくなっていた。

辺りにはどす黒い血の様なものがびっしりとついていて物置は半壊していた。

どう見ても石棺が這い出し、物置を内側から破壊したようにしか見えなかった。

薄気味悪い石棺…。
中をそっと覗いてみる。
「!ちょっ…!」
パンドラ01.06 中には女性が入っていた。
裸だ。
長い髪の女が入っていた…
石棺を完全にあけてさわってみると死人のように冷たい。
慌てて石棺のふたを閉めようと思ったが誤って割ってしまった。
これでは、しっかり閉まらない。
あわてて、近くにおいてあったビニールシートにくるんで、女性の遺体と思われるものを二階の自分の部屋に運ぶ。
「落ち着け…落ち着くんだ…とにかく帰って来てからだ。帰って来てから考えよう」
気が動転していて、自分の行動も何をやっているのか理解出来ていなかった。

半分、錯乱していた浩紀はとりあえず新聞配達のバイトに出かけた。
一心不乱に働いた。

そして、大学の講義に出て、そのまま帰る気持ちになれず、夜までぶらぶらしてからアパートに戻った。

慌てて戻った。

遺体を部屋に放置したままだったからだ。

このまま誰かに見つかったら自分は犯罪者になってしまう…
そう、思ったからだ…。

そっと自分の部屋に戻ることにして部屋の前に来た。
すると、電気がついていた。
人の気配もする…
マズイ、誰かに見られたんだ…
逃げよう、何処へ?
そう、考えていたとき、ドアが開いて
「お帰りなさい。遅かったね…」
と声がした。
「!!」
浩紀は驚きを隠せなかった。
目の前で自分の帰りを待っていたのは紛れもなく、今朝まで遺体だった女だからだ…

「どうしたの?自分の家でしょ、入って」
女に促されて部屋に入る浩紀。
とまどいを隠せない。
「あ、あの…」
「あぁ、これ、借りちゃった。服が無かったからね。ゴメンね」
女は確かに浩紀のワイシャツを着ていた。
下着は着けていないようだ。
ドキドキする。ムラムラくる。
押し倒してしまいたい…。
よくよく見たらこの女は羽住に似ている…
パンドラ01.07 羽住を更に美しく、更に妖艶にした感じだった…。

「君は…」
浩紀は肌を合わせたい気持ちを必死で我慢していた。
それで、何とか言葉を紬だそう、この女のことを聞きだそうと思うが、言葉が続かない。
それを見かねたのか
「パンドラよ、よろしくね」
と名乗った。
が、パンドラという名前は不思議とこの女を見たときに思い浮かべたイメージにぴったりだった。
まるで、浩紀が自分で名付けたみたいに感じた。
それだけではない、パンドラは自己紹介を始めたが、それは、浩紀が聞こうと思っても言葉に出来ないでいた事ばかりでまるで、心の声を聞き取っているかのように答えていた。だが…君は何者なんだ?…という心の質問には答えなかった。

8 パンドラとの共同生活

パンドラ01.08 一通り、パンドラが自己紹介を終えた時を待っていたかのように浩紀はパンドラに覆い被さり、男と女の関係になった。

その時の浩紀はまるで獣のようにパンドラの身体を貪った。

それは、自分ではないかのように…。

「今日は早く帰れるの?」
「…あぁ、講義が終わったらまっすぐ帰るよ…」

浩紀はパンドラとの同棲生活をはじめていた。
物置に放置されていた石棺はいつの間にか無くなっていた。

よく考えれば、パンドラには不自然な点が多すぎる。

だが、肉欲におぼれている浩紀にはそれを全て無かったことにしていた。

抱いても抱いても抱き足りない…。

出来れば一日中、一緒にいたい…。

そう、思っていた。

「今日、近所で爺さんが亡くなったみたいだな。葬儀屋みたいなのが来てたわ」

新聞配達のバイトで浩紀が新聞を配るとポストの前で、新聞を待っていた老人が変死していたことをパンドラに伝えた。

気分はもう夫婦だ。

「…そう。…それより、これ…」
「え?どうしたの?これ…」

浩紀は軽く驚いた。軽く100万くらいは入っている封筒があったからだ。

「…田舎の両親が仕送りしてくれたの…。お金、必要なんでしょ?使って…」
「え…もらえないよ、こんなに…」
「もらって欲しいの…私とあなたの仲じゃない…」
「パンドラ…」
暖めあう二人。
パンドラも自分を愛しているんだと思った。

愛している、パンドラ…
いつまでも一緒にいよう…
浩紀はそう思った。

9 怪しいパンドラ

パンドラ01.09 パンドラにもらった100万円は全部は使わないで90万円は貯金に回した。
そして、毎月、1万円を食費に回すことにした。これで、大分楽になる。
バイトを一つ減らしても良いなと思った。
でも、二人の生活をもっと豊かにしたいから、少しはバイトをしなくてはならない。

「まだ、足りないの…?」
「いや、十分だよ。愛してるよ、パンドラ」
「私もよ…」

二人は今日も身体を重ねた。

「なんか、最近、知ってる人がよく亡くなるんだよなー…気持ち悪いよな…」
「…そんなことより…これ、見て」
「!どうしたの、これ?」
「時計でしょ?欲しかったんでしょ?」
「でも、これ、高いやつじゃん」
「…もらったの…」
「もらったの…って駄目だよ返してこよう」
「うそ。本当は拾ったの…」
「じゃあ、警察に…」
「…そう…」

パンドラの行動はどこかおかしい…。

まるで、行動の一つ一つを試しているようだった。

間違えるとウソだといって軌道修正しようとする。

それでも駄目だと押し黙る。

その繰り返しだった。

また、浩紀の周りでの亡くなる人の人数が異常と言って良いほど多かった。
今月に入って5人である。
だが、恋は盲目なのか、浩紀は気付かなかった。
いや、気付こうとしなかった。

「浩紀さん、あなたのお知り合い…全員知りたいな。あなたのことは何でも知りたいの…隠し事は無しにして…」
「全員か…ちょっと、全員は難しいんじゃないかな?遠くにいる人だっているし…」

そもそも、知り合い全員を教えると言うのは確かに無理な話だった。

知り合いと呼べる人ぐらいならあちこちにいるし…人間である以上、人と支え合って生きていかないといけないから行動範囲が広がれば自然と知り合いも増えてくる…。

どんなに仲の良い夫婦だって人生で出会った知り合いを全員知っているかと聞かれれば全員が否と答えるのではないだろうか。

10 怯えるパンドラ

「浩紀君、お願いがあるんだけど、良いかな?」
「え?何?」
「私ぃ、彼氏とぉ、ちょっと旅行に行きたいんだよねー。悪いんだけどぉー3日間だけ家のエンジェルにエサやっていて欲しいんだけどぉ…駄目かなぁ」
「あぁ、いいッスよ。3日くらいなら…」

浩紀はバイト仲間の亜紀(あき)から白い鳩を預かることにした。名前の通り、天使のような翼を持つ綺麗な鳩だった。
「パンドラにも見せてやろう。喜ぶかな?」
意気揚々として家路につく浩紀。

パンドラ01.10 「いやぁぁぁぁぁ!」
出迎えたパンドラは血相を変えて悲鳴をあげて後退った。
「どうしたんだ、パンドラ?」
「来ないでぇ!あっち行って!!」

駆け寄ろうとする浩紀が近づくのを拒むパンドラ。

(鳩?この鳩を嫌がっているのか?)

浩紀は鳩を玄関に置いてからパンドラに近寄った。
「殺して…あれを殺して!」
鳩を指さし、殺すように言うパンドラ。
「駄目だよ、あれは預かりモノだから、殺せないよ。それに殺すなんて言わないでよ」
「じゃあ、返してきて…」
「…わかったよ。パンドラがそんなに言うなら返してくるよ…」

鳩を嫌がるとは思わなかった。
鳥が苦手なのかな?

そう考えることにした。

その時、パンドラの背中が崩れかけていたのだが、鳩を遠ざけたらすぐにもどったので、浩紀は気付かなかった。

パンドラはポロポロと不自然な行動を見せている。

でも、やはり浩紀は気付かない。

パンドラに対する危険意識が欠落していた。

その日の内に鳩は亜紀に返した。

亜紀は残念がっていたが、仕方がないと言ってくれた。


だが、またしても旅行先で亜紀は彼氏と共に車で転落死した。

まただ。

また、浩紀の知り合いが亡くなった。

そして、その度にパンドラは美しく、そして魔性の魅力を感じさせるようになっていった。

11 救い手

「川瀬君…」
「え…何?、何ですか?」

突然、浩紀に話しかけたのは一つ上の先輩、松村榮一郎(まつむらえいいちろう)だった。

霊感が強いことで有名な先輩だった。

「その…、何て言うか…君の周りで大勢、知り合いが亡くなったりしていないかい?」

もちろん、図星だった。

浩紀の周りでは、認識しているだけでも、18人がここ2ヶ月の間に亡くなっている。
それも、殆どが変死だ。

「…いえ、…別に…」

浩紀はウソをついた。

パンドラがいれば何もいらない…。
そう思っていたのだ。
余計な詮索をされたくない。
そうも思っていた。

「大変、言いにくい事なんだけど、君にかなり強い、死相が出ているんだ。相当にヤバイ何かに取り憑かれている気がするんだ…。何か心当たりはないかい?」
「何もありません…。急いでいるんで、失礼します」
「そう………」
「ほんとに何もありませんから…じゃあ、これで…」
「………」
浩紀はそそくさとその場を後にした。
榮一郎先輩は黙って浩紀の後ろ姿を見ていた。
パンドラは怪しくなんかないんだ…。
そう思っていた。
だが、誰もパンドラだとは言っていない。
浩紀の頭の奥ではパンドラが怪しいと思っていたが、彼女への恋心がそれを邪魔していた。

12 追い詰められる浩紀

3ヶ月目には26人もの知り合いが亡くなり、その中には浩紀の父親と叔母も含まれていた。

その頃には浩紀に近づくと死ぬという噂が大学中に広まり、殆ど誰も彼に話しかけてこなくなっていった。

パンドラ01.11 それまで、苦しい生活をしながらとは言え、青春を謳歌していた頃の浩紀はもういない。

どんどん周囲から孤立していった。

それは人生が急速に色あせていくような感じだった。

そう、人生そのものを奪われているような感じだった。

変な噂がつきまとい、バイトは全部、クビになった。

おもしろ半分で都市伝説として、浩紀の事をネットで流した男も人知れず死んでいた。

浩紀の周りからパンドラ以外の人がどんどんいなくなっていった。

いつしか、浩紀はパンドラの入った石棺を渡して死んだ祥吾と同じ顔をしていた。
誰が見ても明らかにわかる死相がはっきりと出ていた。

「みんながね、パンドラの事、悪く言うんだ…」
「…そう…。」
「そんな奴ら…こっちから願い下げだ…」
「そうね…」
「パンドラ…君さえいれば、それで良い…」
「そうだね…」
パンドラにすがりつく浩紀。
パンドラは不気味に笑っている。
だが、浩紀はそれを美しい笑顔と認識してしまっている。
…重症だった。

13 パンドラ包囲網

「川瀬君。この前は悪かったね」

榮一郎先輩が再び声をかけた。

浩紀は怪訝顔で見返す。

もはやパンドラ以外誰も信用しないという目つきだった。

「何ですか、なんなんですか?俺、急いでいるんで…」

敵意に満ちた言葉で返す。

「それは悪かったね。実は、この前、変なこと言ったお詫びと言っちゃなんなんだけど、今度、僕の入っているマジックサークルで手品をやるんだ。良かったら、いや、是非、来てくれないか?」
「俺、彼女と暮らしているんで、そんな時間無いです…。いろいろやることがあって…」断ろうとする浩紀。
「なら、その彼女を連れて来ればいいよ。彼女を喜ばせたくないかい?」
「…それなら、考えて見ます」
パンドラが喜ぶなら…と思い、浩紀は参加をするかどうかを彼女に聞いて彼女が参加しても良いと言えばマジックを見ることにした。

「マジック?…そうね…面白そうね…。浩紀さんのお知り合いもたくさん来るのだろうし…」
「そうか。じゃあ、先輩に参加するって言うよ」
「ふふふ…楽しみね…」
「そうだね、楽しみだね」
「一人一人、お名前、教えてね、浩紀さんの知り合いは全部知りたいの…」
「あぁ、わかったよ」
パンドラもマジックショーの見学を認めた。
浩紀は解っていなかった。
名前をパンドラに教えて例え写真でも顔を見せたが最期、その知り合いには死が待っているという事を…。

日曜日になって使われなくなった学校の体育館でマジックショーは執り行われた。

空はよく晴れている。

絶好のデート日和だ。

パンドラ01.12 浩紀はパンドラを連れてやってきた。
「おぉ…」
体育館には他にもお客さんが来ていてパンドラのあまりの美しさにどよめきのような声が漏れた。
浩紀は優越感に浸っていた。
これが俺の彼女だと。

パンドラは体育館に来ている人間を一人一人見て回った。
まるで、これから食事でもとるかのように舌なめずりをしながら。

マジックショーの前に前座として、お笑いサークルの漫才などがあり、ほどよく和んだところで、今日のメイン、マジックショーが執り行われることになった。

マジシャンは榮一郎先輩の友人、小野寺勇治(おのでらゆうじ)先輩だった。
彼も榮一郎には及ばないが霊感が強いと言われていた。

カラカラと暗幕をかぶせた何かが客席の後ろと左右に運び込まれる。
浩紀はマジックの種か何かだと思った。
パンドラも同じように思っていた。
客席の後ろには榮一郎先輩が。
左側には碓井 栄美(うすい えみ)先輩が。
右側には里村 翔子(さとむら しょうこ)先輩がついた。全員霊感が強い事で有名な先輩だった。

そして、正面には勇治先輩がついて、彼はマジックショーを始めた。

次から次へと不思議な手品を披露する勇治先輩。
楽しい一時だった。
そして、ショーも大詰め、いよいよ、最後の大マジックを残すのみとなった。

「皆さん、楽しんでいただけましたでしょうか?残すところは最後の大マジック。なんと、美女を土塊に変えるというマジックです」
「おぉー」
「いいぞー」
「川瀬君、彼女、お借りしていいかな?」

客席の後ろにいた榮一郎先輩が浩紀に声をかける。

あぁ、パンドラでマジックをしてくれるんだ…。

そう、思った。

粋な事をしてくれると素直に喜んだ。
「…良いですよ。よろしくお願いします」
「…そう、良かった。本当に良かった」

榮一郎は大げさに喜んだ。

ちょっとオーバーだなと思ったが浩紀は殆ど気にもしなかった。

14 パンドラの最期

パンドラ01.13 「では、彼女さん、ちょっとよろしいでしょうか?お名前は?」
「ふふっ…パンドラよ。よろしくね…」

不敵な笑みを浮かべるパンドラ。
もうすぐあなたは私がいただくわよとでも言いたげな顔だった。
にっこりと笑う勇治。
パンドラは促されて勇治の元に近づいた。

「では、よろしくお願いします」
「ふふふ、今度はどんなマジックかしら…」
「ええ、単純な手品なんですよ。このシルクハットを叩くとですね…」

バタバタバタ…
勇治がステッキでシルクハットを叩くと中から鳩が飛び出した。
いたってシンプルな手品である。
だが…
「ぎぃやぁぁあぁぁぁぁっ!!」
パンドラはもがき、苦しみ出した。
すぐさま更に、勇治は服の中からありったけの鳩を出した。
全て白い鳩である。
「ひぃやぁぁぁぁぁっ…」
たまらず客席に逃げようとするパンドラ。
すると今度は観客達が隠し持っていた塩をパンドラに投げつける。
「な、何をするんだ!?」
浩紀は怒鳴る。
が、間髪入れずに客席の後方と左右に置かれたものから暗幕がとり外され中から大量の鳩が飛び出した。
四方から鳩が飛び出したことで、パンドラの逃げ場はなくなり、みるみる内に身体が崩れていく。

「何だ…なんなんだ…???」

浩紀は何が起きたのか解らない。

すると、榮一郎先輩達が説明を始めた。

「…この呪いを解くには、川瀬君、君からパンドラを引き離すための許可を君自身からもらわなければならなかったんだよ」

「それとパンドラが自ら名乗る事も必要だったの。弱点はいくつかあるみたいだけど、私達が知り得たモノはこのやり方だったのよ」
「この女は失われたはずの古代の呪術から生まれた悪鬼よ。だから、天使のイメージがある白い鳥や清めの塩等が苦手なの」
「騙して、悪かったね、でも、川瀬君、君を助けるにはこれしか無かったんだ。あのまま行くと君の知り合いは全て殺されて、君は絶望してひとりぼっちで死ぬことになっていたんだ。危ないところだったんだよ」
「そ、そんな…」
浩紀は腰を抜かした。

自分の理解を超える状況にただ呆然とするしかなかった。

最初は動揺していたが、パンドラがグズグズに崩れ去るとまるで憑きものが落ちたかのように、パンドラに対する愛情も執着も消えていた。

パンドラが死んでしまったのに悲しくもなんともない…。

それまで、パンドラ中心に生きていたのがウソのように完全にどうでもよくなっていた。

浩紀のアパートの畳の下に、無くなっていた思われた石棺がまるで植物の様に根付いていたが、塩を振りかけたらこの石棺も土塊にかえった。

浩紀は助かったのだ。

15 新たなるパンドラ

この呪術は無数の呪いの集合体だった。

まるで、神話のパンドラの箱のようにたくさんの呪いが集まって出来ている。

希望の光のようにそれぞれの呪いには弱点が必ず存在するがその呪いの種類は無数に存在する。
この呪術を仕掛けたのは現代の魔女、パンドラだった。

人の世、全てを憎み、人に不幸を撒き散らす魔女はまだ、どこかに存在する。

「すみませーん、写真撮ってくれませんか?」

ハネムーンで若い夫婦が凱旋門で写真を撮ってもらおうと女性に声をかけた。
外国語が不得意な夫婦は同じ日本人っぽい女性を見つけてお願いしたのだ。

「…良いですよ。…新婚旅行ですか?」
「えぇ、まぁ、二年の交際を経てようやくゴールインって感じです」
「…幸せですか?」
「そりゃあ、もう、こんなに幸せで良いのかって…あ、お願いします」
「…はい…、あ、このカメラ、壊れてますよ」
「え?おっかしいなー…、最新式のデジカメなんだけどな…あれ?本当だ、参ったなーどうしようかな…」
「…良かったら、これ使って下さい…」

女性はカメラを差し出した。

見たこともないカメラだった。

「いやぁ、悪いよ…それに操作方法とかわかんないし…」
「…これに住所とお名前を書いていただけますか?そうしたら、後で説明書をお送りいたします」
「…いや、悪いって…」
「…、いえ、私が壊したのかも知れないですので…それに、これは私から貴方方への結婚祝いだと思っていただければ…私は他にもカメラを持っていますし…」
「隆俊(たかとし)、良いじゃない、もらっちゃおうよ、私達のご祝儀としてさ」
「理彩(りさ)が、言うなら…じゃあ、ただでもらうのも何だからこれ、少ないけど…」
夫婦は女性にユーロで少しばかりの謝礼金を支払った。

会釈して去っていく女性。

隆俊は最後にもらったカメラのメーカー名を聞いたら女性は【パンドラ】というメーカーだと言い残した。

夫婦はその後、パンドラというカメラでいろんなものを撮しまくった。

しばらく楽しい時を過ごしたが、三日後、ヴェネチアで理彩は失踪した。

まるで神隠しにでもあったかのように。

隆俊は知らなかったが、パンドラで撮した写真にたまたま写り込んだ人達も少しずつ失踪を初めていた。

そして、理彩を探していた隆俊は偶然、エクソシストと知り合うことができ、失踪事件を解決することが出来た。

カメラのレンズに杭を打ち込むことで大半の失踪した人は衰弱してはいたものの、無事に帰って来たのだ。

だが、残念ながら、解決と言っても理彩だけは遺体となって帰ってきた。

無人のゴンドラにもがき苦しんだような形相で亡くなっていたという…

原因は写真にたくさん写り過ぎていたからだ。

エクソシストが退魔するころには生気を絞り取られ過ぎて命が尽きていたのだ。

パンドラのカメラ…この他にも姿形を変えて、パンドラという呪いは世界中に広まっていった。

「この詩、何か引き込まれるんだよね、ほら、この「あなたを虜にする」ってところ」
「知ってる、知ってる。パンドラって歌だろネットでも話題になっているよ」
「買いだね、これは」
「俺もダウンロードするわ〜」

パンドラという歌詞が広まっていく…

「ねぇ、携帯小説で、パンドラって話があるの知ってる?泣けるよねー」
「あぁ、切ねーよなぁ、俺も泣いちまったよ」
「続きが早く知りてー」
「本が出たら買うね、僕は」
「俺も、俺も!」

パンドラという携帯小説が広まっていく…

「守谷(もりや)ぁ、ゲームばっかしてねーで映画行くんだろ?」
「バカ、これ面白れーんだよ、お前もちょっとやってみろって」
「はぁ?俺、ゲーム嫌いだって…そうだな、面白いな…」

パンドラというゲームが広まっていく…

人々の生活に根付いた品物に姿形を変えて心の隙間に忍びよる…

それが、パンドラという呪いだった。

女性の姿をしているとは限らない…

ターゲットは不特定多数。
手当たり次第。

とにかく、人を殺すための呪いだった。

「よろしくね、学(まなぶ)君。これはお近づきのしるしってことで…」
「良いの、杏子(きょうこ)ちゃん?大事にするよ!」
「だーめ、パンドラって呼んでって言ってるでしょ?」
「そうだったね、でも何でパンドラなの?全然名前と違うじゃん」
「…パンとどら焼きが好きだからよ。だから、パンドラ。ね、おかしくないでしょ?」
「もっと良いのがあると思うんだけど、例えば…」
「いいの!パンドラが良いの!」
「わかったよ。パンドラちゃん」

今日もどこかでパンドラという名の悪意が忍び寄るかも知れない…

不自然に自分をパンドラとアピールする者がいたらご注意を!

今日もどこかで、災厄が降り注ぐ…

登場キャラクター説明

01 川瀬 浩紀(かわせ ひろき)
川瀬 浩紀
苦学生。好きだった女性と死別をし、パンドラと名乗る女性の虜となる青年。

















02 パンドラ
パンドラ01
浩紀(ひろき)に近づく謎の女性。
彼女の出現と共に謎の変死が相次ぐ。















03 松村榮一郎(まつむらえいいちろう)
松村 榮一郎
浩紀(ひろき)の学校の先輩。
霊能力があるとの噂が…。


















04 小野寺勇治(おのでらゆうじ)
小野寺 勇治
浩紀(ひろき)の学校の先輩。
手品が趣味という。
霊感があるとの噂が…。















05 碓井 栄美(うすい えみ)
碓井 栄美
浩紀(ひろき)の学校の先輩。
霊能者として学校では有名。













06 里村 翔子(さとむら しょうこ)
里村 翔子
浩紀(ひろき)の学校の先輩。
霊能者として学校では有名。