第六弾 フィーリア・レーギス・ゲミヌス

第六弾挿絵

01 リーネア国の双子の姫

 僕の名前はパラボラ――今はしがないただの男だ。
 今は国中の男達が盛り上がっている。
 理由は簡単だ。
 光の姫と名高いリーネア国のレクタ姫の婿捜しで盛り上がっているからだ。
 リーネア国で僕以外の男が彼女に夢中なのは無理は無い。
 容姿の美しさもさる事ながら、彼女が起こしたとされる数々の奇跡は、この国の最大の伝説として語り継がれている。
 彼女は生きながらにして、若くして伝説になったのだから。
 その婿選びが平民である自分達にも及ぶと聞かされて浮かれないという方が無理があるだろう。
 だけど、僕は見てしまった。
 まるで太陽の光の様なレクタ姫には静かに光る月光の様な双子の妹が居たという事を。
 存在して居ないという事にされている哀れな妹姫の事を。
 華やかな印象のレクタ姫と違い、その双子の妹姫はおしとやかな印象だった。
 まるで、レクタ姫とは表と裏の関係にあるかの様に映るその妹姫の名前はクルワ姫というらしい。
 この国の王家では双子というのは災厄の象徴として忌み嫌われている。
 一般的な家庭では双子は認められてはいるが、王家に至っては双子であるという事は王国の消滅を意味していると言われている。
 そのため、王族に双子というのはあってはならないとされて来たのだ。
 殺す事は出来ない。
 殺せば、その事がきっかけで災いが降りかかると言われているからだ。
 それが理由で、クルワ姫は生まれてからずっと幽閉されて過ごしてきた。
 死ぬまで、ずっと地下牢の中で暮らしていく運命。
 それが彼女の定めだった。
 だが、運命の女神というのは悪戯好きのようだ。
 僕という存在という、ちょっかいを許したのだから。
 僕は元々、好きな子が居た。
 その子のためなら何でも出来ると思っていた。
 その好きな子にあることを言われた。
 王国にある双子の伝説を調べてきてくれと。
 僕が好きだった子は別の男のために双子の伝説を調べたかったらしいけど、彼女の事が好きだった僕は断れずに、王国に忍び込んだ。
 処刑されてしまうかもしれないのに。
 そして、地下にあると噂されている書物庫を探してうろついていたら、地下牢に幽閉されていたクルワ姫を見つけてしまった。
 と、同時に僕は背後から羽交い締めにされ、そのまま刺された。
 小太刀の様な物でブスッとね。
 王国側からしてみると、決して見てはならない者を見た侵入者って訳だ。
 目撃者を葬るかの様に、僕は腹に傷を負ったまま、クルワ姫の向かいにある牢屋に放置された。
 後は死ぬのを待つだけ――という具合に。
 だけど、僕は命を救われた。
 クルワ姫に。
 クルワ姫は不思議な光を放ち、僕の傷を癒やしてくれた。
 傷はたちまちふさがり、僕は一命を取り留めたんだ。
 その様子を城の人間が見ていた。
 すると、たちまち僕も腫れ物扱いだ。
 クルワ姫と同じく、僕も地下牢に幽閉されたのだ。
 クルワ姫は、
「ごめんなさい。私のために……」
 と泣いて謝った。
 僕を刺したのはクルワ姫を幽閉した連中なのに。
 彼女は関係無いのに、僕のために泣いてくれた。
 その時、僕は自分の思いの間違いに気づいたんだ。
 僕は、好きだった子のため、叶わぬ恋のために行動したんじゃない。
 彼女に、クルワ姫に逢うために、忍び込んだんだと。
 王国の双子の伝説という言葉に妙に惹かれていた気はしていたけど彼女を見て、そう確信した。
 僕は彼女と生きたい。
 そう思うようになったんだ。
 そんな事があってから、牢屋を通して僕とクルワ姫は話し相手という関係になったんだ。
 地上では僕は行方不明か、死亡扱いになっているとは思うけど、クルワ姫と話せるのならそれでかまわないやと思うようになったんだ。
 クルワ姫は本当におしとやかだった。 
 どんな仕草も麗しい感じがした。
 一度だけ、姉のレクタ姫を見た事があったけど、僕にとってはレクタ姫よりも目の前のクルワ姫の方がずっと良い――そう思えた。
 お嫁さんにするならレクタ姫より、クルワ姫の方だと僕なら断言出来る。
 レクタ姫は派手でかっこいいかも知れないけど、それは嘘にまみれた力だ。
 本当に不思議な力を持って活躍しているのはレクタ姫ではなく、クルワ姫の方だった。
 僕は牢屋ごしに直接、見ていたのだから間違いない。
 牢屋の中でクルワ姫が行った奇跡はそのまま、レクタ姫の手柄として民衆には伝わる事になる。
 僕も騙されていた。
 他の国から持ち帰った宝を復元させたり、失った足などを復活させていたのはレクタ姫じゃなくて、クルワ姫だったんだ。
 不測の事態が起きるとそれをクルワ姫の居る地下牢まで持っていってクルワ姫に奇跡の力を使わせて、それをレクタ姫の偉業として発表する。
 嘘ばかりだ。
 僕ならやってられない。
 ボイコットする所だ。
 だけど、優しい彼女はそうしない。
 黙って、奇跡を起こして、その手柄を双子の姉に渡すんだ。
 クルワ姫は、
「良いんですよ、これが私が生きている理由ですから」
 と言うが、僕は納得いかない。
 王国にとって都合の良い道具としてしか見られていないじゃないか。
 見ているこっちもつらい。
 どんなに頑張っても決して認められる事が無く、一生日陰の身。
 それじゃあ、余りにも彼女が可哀想じゃないか。
 王女なのに、逃げられない様に足かせまではめられて。
 不幸なのに彼女は言うんだ。
「誰にも認められないという事はありませんよ。だって、あなたは認めてくれているじゃありませんか?私はそれで満足ですよ」
 と。
 そんな事聞いたら、なんとかしてやりたくなるじゃないか。
 だけど、僕もクルワ姫と同じくとらわれの身。
 脱出する術は今の所、何も思いつかない。
 仮に思いついたとしてもクルワ姫はここを出ようとはしないだろう。
 彼女は自分の役目はこの地下牢で一生を終える事だと思っているから。
 そんなのは認めたくない。
 認めたくないけど、彼女を外へ連れ出す言葉が見つからない。
 彼女は言うんだ。
「あなただけでも、外に出してあげたいのですが……」
 と。
 自分の事は良いのか?
 自分はそれで本当に良いのか?
 僕はそう思ってしまう。
 だから、僕もこの地下牢を出て行こうとは思わない。
 僕が彼女のために出来る最大の貢献――それは彼女の話相手になってあげる事なのだから。
 僕とクルワ姫の事は別として、表の世界の物語は何かしら動いているようだ。
 だけど、今の僕らには関係ない。
 僕らは裏の世界に幽閉されているのだから。
 今の僕が掴める最大の幸せは今日もこうしてクルワ姫と話せる事くらいなのだから。


02 クルワ姫との会話


 僕は今日も目を覚ます。
 光もろくに届かないこの地下牢にわざわざ、小鳥が朝の訪れを教えて来てくれるのだ。
 心優しいクルワ姫は動物などからも好かれているようだ。
 毎日の様に地下牢に動物や鳥たちが遊びに来てくれるのだ。
 彼女はそれで、今まで寂しさを紛らわせていたらしい。
 僕がこの地下牢に来るまで、彼女の主な話相手は、この動物や鳥たちだったようだ。
 動物たちの言葉も多少わかる様で、彼女は外の世界の事も少し理解していたようだ。
 光の姫とされているレクタ姫の栄光は他国にもおよび、彼女への見合いの話は後を絶たなかったという。
 本当はその奇跡の力はみんなクルワ姫の力なのに、納得がいかない話だ。
 求婚の話が余りにもあるので、王国としては返事に困ってしまったようだ。
 そこで、リーネア王国としては一つの案を出した。
 それは、世界滅亡の危機に対して、最も活躍した者をレクタ姫は婿として迎えるというものだった。
 レクタ姫としてはどの王家に色よい返事を返しても、他の国には角が立つ。
 ならばと、平民も含めて、この時代、最も活躍した者と夫婦になるという建前を用意する事にしたのだ。
 恐らくはこれは出来レースであり、有力な王族などに、最も手柄を立てさせて、その王子と結婚するという筋書きなのだろう。
 この国の男達はそんな王家の目論見には気づかず、自分もレクタ姫と夫婦になれるかも知れないと盛り上がっているのだ。
 このことは、ここに幽閉されて居なければ知り得なかった事だ。
 下手をしたら、僕も踊らされた1人になっていたかも知れない。
 リーネア王国は大きな冒険を予定しているという。
 その冒険での手柄をレクタ姫の婿とする条件として。
 レクタ姫という餌につられた哀れな男達は命がけで手柄を取ろうと躍起になるだろう。
 全ては仕組まれている事なのに。
 おそらくは僕がされた様に、あらかじめ相手として選んでいる王子以外が手柄をあげれば人知れず暗殺されるのだろう。
 醜い。
 醜すぎる。
 王族とはそんなものなのか?
 僕は失望しかける。
 だけど、完全に失望しないのは目の前に敬愛出来る王族がいるからだ。
 クルワ姫という身も心も美しい本物の王族――本物の姫君がいるからだ。
 全ての者が認めなくても僕だけは認める。
 クルワ姫こそ、真の王族だと。
 その思いをクルワ姫に伝えると姫はいつも困った顔をする。
 彼女にとって見れば、非道を行っている王族もまた、自分の親族、家族だからだ。
 家族を悪く言われるのは彼女としても喜べないのだろう。
 例え、どんなに冷たい仕打ちをされていようと家族は家族。
 そんな優しい彼女だから、僕も今言った言葉を後悔する。
 彼女を悲しませてしまったと自分を責める。
 僕はバカだ。
 優しい彼女が家族の事を悪く思う訳がないじゃないか。
 どんなに悪人でも家族は家族。
 彼女にとってかけがえのない家族なんだから。
 彼女にとっては自分が涙を飲めば済むこと。
 だから、彼女は幽閉されたままなのだ。
 恐らく彼女の力を持ってすれば、牢屋を抜け出して、実力で、他の王族を黙らせる事など簡単な事だろう。
 だけど、彼女はしない。
 力のある存在の悪意は滅びを招く事だと知っているからだ。
 力を持っている自分はただ、黙ってとらわれの身になっていることが全てをまるくおさめることなのだと信じているのだ。
 恐らく、手柄をあげて、暗殺されそうになる者にも彼女は救いの手をさしのべるだろう。
 自分の事はさておき、他の者が幸せになる道を模索していく。
 なんでだ?
 なんで、こんなに優しい彼女が幸せになれない?
 彼女は今でも幸せだと言っている。
 生きているだけで幸せですと感謝の言葉を述べる。
 だけど、そんなのは本当の幸せじゃない。
 本当の幸せっていうのは自分も周りも本当に笑い合える関係を築けるって事だ。
 それ以外の幸せなんて偽者だ。
 僕は彼女を思って悔し涙を流す。
 それを見た彼女は言うんだ。
「私のために泣いてくれるんですね。ありがとう。それに困らせてごめんなさい」
 と。
 彼女のためになんとかしてやりたい。
 だけど、僕には力が無い。
 神様、力をください。
 このとらわれの身の不幸な姫君を救い出せる力をください。
 神に祈る事しか僕には出来なかった。
 それが今の自分の全てだった。


03 表の世界の24の扉


 僕が幽閉されてから1月は経っただろうか?
 あるいは2月か?
 周りが暗いので時間の感覚が良くわからない。
 だけど、それくらい経ったある日、表の世界では何やら動きがあった様だ。
 推測するに、レクタ姫との結婚をかけた冒険計画がいよいよ始動するのだろう。
 僕には関係ない。
 僕はレクタ姫よりも、クルワ姫の方が大事だからだ。
 レクタ姫の幸せよりもクルワ姫の幸せを考えたい。
 レクタ姫の事はどうでも良い。
 僕は、クルワ姫のためになる行動をしたいと彼女に伝えた。
 すると、彼女は少し悲しそうに、
「私だけではありません。姉もまた、宿命を背負っているのです。だから、姉のことを嫌わないであげてください」
 と言うのだった。
 クルワ姫が言うには、自分も確かにある宿命を背負ってはいるが、姉のレクタ姫もまた、別の宿命を背負っている。
 自分は力を持って生まれたが、姉にはそれがない。
 だから、味方が必要なのだと。
 どうか、自分を思ってくれるのであれば、姉を助けて欲しい――そう、言うのだ。
 それを聞いてしまうと切なくなってしまう。
 どんなに僕がクルワ姫を想おうと、その愛情は姉のために使って欲しいと彼女は言うのだ。
 頼って欲しいと願う僕に、クルワ姫は彼女と姉が背負った二つの宿命の話をしだしたのだった。
 クルワ姫の宿命は、【13の窓】と言い、姉のレクタ姫の宿命は【24の扉】だと言う。
 光と闇、表と裏の両方の宿命に打ち勝たねば、この世界は守られないという。
 僕はその後にクルワ姫の宿命の話も聞かせてもらえるという約束で、表のレクタ姫の宿命も聞く事にした。
 全ては、リーネア王国建国に始まった。
 王国の始まりとは多くは力を持っていた山賊、海賊等から発展していた。
 リーネア王国も王国となる前は空賊(くうぞく)と呼ばれる組織だった。
 リーネア空賊は代々、双子が長を務めていた。
 どちらかが死亡しても残った片割れが、子を産ませ、双子を擁立し、新たな長とする事で生きながらえて来た部族だった。
 そんなリーネア空賊は王位を掴むために、禁断とされていた光と闇、二つの禁忌に触れる行為をした。
 結果――リーネア空賊はリーネア王国として発展したが、同時に大いなる呪いを受け継いだ。
 リーネア王国に双子が生まれし時、その世界は光と闇の禁忌により滅ぼされる可能性があるという呪いだ。
 双子が誕生した時、その双子は光と闇の呪いを受け、その戦いにどちらかでも敗れれば、世界は滅びるというものだった。
 それ以降、リーネア王国に双子が生まれると秘密裏に処理してきたという。
 元々、双子が生まれやすい因子を持っているリーネア王国なので、双子が生まれると片方は殺されたり、生涯、幽閉されていたという。
 代々、力を持っていた方の双子を残して来たが、近年の研究でそれは反転する事になる。
 それは、力を持つという事は呪いとの戦いを早めるという事を意味しているという事でもある。
 故に力を持つ方を残せば、宿命の戦いが始まってしまうというものだった。
 故に、力を持って生まれたクルワ姫の方が幽閉されたのだ。
 今までは力を持っていない方の王族が殺害されていたのだが、力を持っている方を殺害すると王家の滅びを早めるとして、彼女は生かして幽閉されたのだ。
 殺害されてしまったり、生涯幽閉のまま終えた王族を想えば、自分は幸せな方だと彼女は言った。
 こうして、僕と話せるのだから、文句は無いと言う。
 だが、このままでは終わらない。
 先代の時に、光と闇の封印は解かれてしまった。
 もはや、戦うしかない――それは彼女も感じていた。
 だが、彼女は光と闇の呪いを同時に相手をする訳にはいかない。
 どうしても、片方の呪いは姉に一任するしかないのだ。
 自分には力がある。
 1人でも戦える。
 だが、姉はただの無力なプリンセスに過ぎない。
 彼女は誰かの助けが無ければただ殺されるだけだ。
 だから、クルワ姫は探していた。
 真実を見つめ、それでもレクタ姫に加勢してくれる者を。
 それが僕なんだと彼女は言うんだ。
 そんなの出来ないよ。
 僕は貴女に味方したいのに。
 貴女の力になりたいのに。
 それをするなと貴女は言うのか?
 クルワ姫は話を続ける。
 本題の一つ、レクタ姫が担当する事になる【24の扉】についてだ。
 この世界の地上には【24の扉】が用意されている。
 その【24の扉】から敵となる存在があふれ出てくるというものだった。
 敵の侵入を食い止めるには、それぞれの扉の奥に進み、扉を閉めるカギを持ち帰り、扉を閉めねばならない。
 扉の奥に入るという事は敵の本拠地に入るという事になる。
 ただの人間がそこに入ったら死ねと言っているようなものだ。
 だから、力を持った存在が必要だ。
 最低でも24名は。
 だから、レクタ姫は自身との結婚を餌にして、強者を募ったのだ。
 この世界の滅びの時を食い止めるには、【24の扉】を全て閉めねばならない。
 力を持っていないレクタ姫は自身を売る事しか出来ない。
 だから、そうしているのだ。
 不幸なのはクルワ姫だけではないのだ。
 政略結婚という宿命から逃れられない姉のレクタ姫もまた別の意味で不幸でもあると言えるのだ。
 だから、姉を助けて欲しい――そう、願われては助けるしかないじゃないですか。
 貴女の事も大切ですが、貴女の身内に降りかかる不幸を救って欲しいと願われたら、それを叶えるしかないじゃないですか。
 でもそれは、同時に貴女を見捨てるという事でもある。
 僕にそれを選択させるのですか、貴女は?
 僕は運命を呪った。
 ――約束です。
 貴女の背負った宿命も聞かせてください。
 僕は彼女にそう告げた。


04 裏の世界の13の窓


 クルワ姫が背負った宿命――それは、レクタ姫が光の呪いなのに対して、闇の呪いに当たる宿命だった。
 【13の窓】――そう呼ばれた呪いが彼女が背負った宿命だった。
 レクタ姫が背負った宿命【24の扉】と同様に、【13の窓】からも敵が攻めてくる。
 だが、【13の窓】から攻めてくるのは力の弱い存在のみだという。
 力の強い存在は窓からは飛び越えて来ることが出来ないと言う。
 だが、それでも窓を閉めるためのカギはやはり、【13の窓】の向こう側の奥にある。
 向こう側の奥には窓を飛び越えられないほど強大な力を持った恐ろしい存在が無数に隠れ潜んで居るという。
 窓を飛び越えて来るのは【24の扉】を飛び越えて来る存在と同レベル。
 つまり、窓の奥に居るのはそれを超えるレベルだと言う事だ。
 数こそは少ないけど、光の呪いである【24の扉】よりも危険な【13の窓】――それに大して貴女は1人で挑もうというのか?
 誰の助けも求めず――1人で寂しく、世界を守るために戦おうというのか?
 そんな事はさせられない。
 確かにレクタ姫は力が無いのかも知れない。
 他者に救いを求めねばならないのかも知れない。
 だけど、レクタ姫には人望があるじゃないか。
 彼女を助けたいという人間はたくさん居る。
 掃いて捨てるほどいるんだ。
 なのに、貴女には誰も居ない。
 存在さえ知られて居ないのだから当然だ。
 同じ顔をした貴女に味方をしようと言う者は僕を除けば、誰も居ないじゃ無いか。
 それでも貴女はレクタ姫につけと言うのか?
 それでは、余りにも貴女が可哀想過ぎる。
 貴女は酷いいじめをしている。
 貴女自身という存在をいじめ抜いている。
 確かに家族は大切かも知れない。
 だけど、それは貴女自身にだって言える事だ。
 貴女は貴女自身の命を粗末にしている。
 そんな事は僕は認められない。
 僕は貴女につきたい。
 それが、真実の気持ちだ。
 その気持ちは揺るがない。
 貴女を救っても誰も褒めないかも知れない。
 誰にも認められないかも知れない。
 だけど、僕が救いたいのは貴女だ。
 レクタ姫も助けないといけないかも知れないけど、まずは、貴女だ。
 貴女を救わず、レクタ姫を救っても僕には後悔が残るだけだ。
 それを解って欲しい。
 レクタ姫に味方はたくさん居る。
 だけど、貴女につけるのは今は僕しかいない。
 僕しかいないんだ。
 僕がいらないというのであれば、誰か他の味方をつけてくれ。
 誰の手助けも求めない貴女を放って置いて、レクタ姫への手助けは出来ない。
 僕はその事を必死に訴える。
 僕が必死に何か言っても、僕自身は囚われの身。
 何がどう変わるというものでもない。
 でも、貴女を助けたいという気持ちは変えられない。
 その事は貴女に解って欲しい。
 そう言う僕に貴女は悲しそうにほほえむ。
「お願いします。貴方さえ、姉を助けに行ってくださると思っていただければ、私は貴方をここから出す事も出来ると思います」
 と言い、なおも姉への助けを懇願する。
 僕は貴女を、
 貴女はお姉さんを思うが故に、意見はいつまで経っても平行線だった。
 優しい貴女だから助けたいという僕の気持ちは貴女にはいつまでも伝わらなかった。
 いや、伝わっているのかも知れない。
 伝わっていてなお、貴女はお姉さんのために、僕を送り出そうとしているんだ。
 貴女はそういう人だ。
 とても優しいから。
 自分より、まず他人を思う人だから。
 でも――
 でも――
 でも――自分を大切にして欲しい。
 自分を大切に出来ない人は本当の意味で他人を幸せにする事は出来ないんだと気づいて欲しいんだ。
 だって、現に僕を悲しませている。
 貴女が不幸になることによって、僕は絶望しようとしている。
 だから僕は不幸になりたくないという自分の気持ちに正直になる。
 僕は貴女を助けたいんだ。
 まずは、貴女を。
 どうか、その気持ちに気づいて欲しい。
 貴女が僕に懇願するように、僕も貴女に懇願する。
 どうか、自身の身を大切にしてください。
 お願いします。
 僕とクルワ姫の毎日の会話はこれだった。
 こればかりだった。
 話は一向に進展しない。
 それは、どちらも譲らないからだ。
 だけど、時が止まった僕たちを余所に外の世界では、表の世界では時は動き初めていた。
 レクタ姫は着実に【24の扉】を閉じるために必要な勇者達を集めている。
 貴女はその集めた勇者達では扉を閉めるための要素が足りない――そう、思っているのだろうという事は僕にも解る。
 解るけど、納得は出来ない。
 それが、貴女をひとりぼっちにする理由にはならないのだから。
 だから僕は貴女と口論する。
 一歩も引かない。
 優しい貴女を守るためなら、貴女に嫌われても良い。
 僕にとって優先させるべきは貴女の身の安全だ。
 貴女の命の確保だ。
 貴女の幸せだ。
 何度でも言ってやる。
 僕は貴女が大切だ。
 それ以外は二の次だ。
 僕は今日も貴女と意見を対立させる。
 その事は何も発展しない事だという事は解っていても退く訳にはいかない。
 貴女のために、そして、僕の気持ちのために、貴女を置き去りにする事は出来ないんだ。
 僕は今日も貴女と言い争う。
 優しい貴女を傷つけていると解っていてもそれは止められない。
 意見を引っ込めてもダメ。
 意見を通してもダメ。
 僕はどうしたら良いんだ?
 このまま、平行線をたどっても彼女を苦しめるだけだ。
 だから、僕は考える。
 何を選択するのがベストなのか?
 でも答えは出ない。
 昨日も、
 今日も答えは出ない。
 恐らく明日も明後日もだ。
 どうすれば答えが出る?
 何を決断すれば、答えになる?
 解らない。
 解らない。
 解らない。
 解らない事が僕を苦しめる。
 辛い。
 苦しい。
 切ない。
 貴女に嫌われて居ないのにそれでも貴女を思えば苦しくなる。
 どうにかなってしまいそうだ。
 いつ終わるとも解らない地獄の苦しみは貴女の言葉で一応の決着を見た。
 貴女は言った。
「ではこうしてください。貴方はまず、姉を助けていただけませんか?貴方がいない間、私は耐えます。貴方を待ちます。だから、貴方は姉の宿命を片付けてください。私はその後で結構です。貴方には無茶なお願いだと思うのですが、それで譲歩していただけないでしょうか?どうか、私を思ってくださるのであれば、どうか――」
 と。
 僕は考える。
 このまま、貴女と意見を対立させていても、状況は悪化するだけだ。
 好転などしない。
 むしろ、どちらも手遅れになるだろう。
 それならば、レクタ姫の宿命を解決させて、クルワ姫の宿命に馳せ参じれば、どちらも救えるかも知れない。
 だが、僕がレクタ姫の件に取りかかっている間、貴女はたった1人で耐えるというのか?
 耐えられるというのか?
 人知れず苦しみ、命を落とすのでは無いか?
 いや、違う。
 心優しい貴女の事だ。
 何が何でも、世界を救ってから、人知れず消えて行く道を選ぶのだろう。
 そんなのは嫌だ。
 そんな事はさせない。
 僕は貴女に生きていて欲しいんだ。
 笑って居て欲しいんだ。
 困った様な笑顔じゃない。
 心から笑って欲しいんだ。
 だから、僕が頑張るしかない。
 僕が、レクタ姫の宿命を片付けて、とんぼ返りで戻ってクルワ姫の宿命も片付けるんだ。
 それしか無いのであれば、それを選ぶしかない。
 選択肢の中では一番ましかも知れない。
 それでも、僕には辛い決断だ。
 貴女を1人にするという事が何より辛いのだ。
 僕は涙を流す。
 つぅっと頬を伝う涙を見てクルワ姫は、
「お優しい方ですね。私のために泣いてくださっているんですね。ありがとうございます。それで、私は戦えます。貴方を待つことが出来ます」
 と言い、優しくほほえむ。
 ――美しい。
 この世で最も美しい人間とは彼女の様な人の事を言うんだろう。
 お姫様として生まれたからじゃない。
 人の悪意に染まっていない非情に美しい心を持っているからだ。
 ギュッと抱きしめたい。
 僕の気持ちは貴女のものです。
 貴女だけのものですと誓いたい。
 だけど、今は出来ない。
 貴女のためだけに行動すると誓えば、レクタ姫への誠実さに欠ける。
 そうなれば、クルワ姫も悲しむのが解っているから。
 だから誓えないんだ。
 苦しい。
 苦しい。
 苦しい。
 本当に苦しい。
 行動すべきことが指ししめられてもなお、苦しいのは変わらない。
 この選択が本当に彼女のためになるのかも解らない。
 だから、苦しい。
 苦しい。
 苦しい。
 苦しみ続ける。
 また、涙が出る。
 クルワ姫は、
「泣かないでください。頑張ってみんなで幸せになれるようにしましょう」
 と言った。
 僕は、
「そ、その中に貴女も入っているんですね?絶対に入っているんですね?」
 と確認する。
 不幸なまま、死ぬなんて認められない。
 だから、僕は聞いたんだ。
 クルワ姫は、
「――はい。……ありがとうございます」
 と言った。
 僕は、
「約束ですよ。約束しましたよ。貴女も幸せになるべきだ。貴女こそ幸せになるべきだ。だって、今まで人のために生きてきたんだから。だったら、今度は貴女のために生きるべきだ。貴女こそ、幸せを手に入れるべきだ」
 と叫ぶ。
 クルワ姫は、
「姉のことをよろしくお願いします」
 そう言って、檻から出してくれた。
 やっぱりそうだ。
 彼女の力なら、いつでも檻から出ることは出来たんだ。
 僕を牢屋から出せたのがその証拠だ。
 出る力はあったのに出なかったのは彼女が優しいからだ。
 彼女が表舞台に出てくれば、民衆は不安にかられる。
 だから、日陰の身を選んだ。
 僕は確信する。
 この影の姫君こそ、真の聖女だ。
 汚れ無き魂だ。
 神様、見ているのであれば彼女に幸せをお与えください。
 そのためならば、この命、惜しくはありません。
 でも、死ぬわけにはいかない。
 僕が死ねばクルワ姫は悲しむだろうから。
 自分の事で彼女を悲しませられない。
 だから、僕も生きて帰るんだ。
 絶対に死なない。
 僕はそう、決意する。
 クルワ姫は王家の者に頼み込み、僕を幽閉から釈放してくれた。
 僕は自由の身となった。
 これからは、何でも出来る。
 クルワ姫を助ける事だって出来る。
 だけど、それはしない。
 クルワ姫との約束があるからだ。
 まずは、お姉さんのレクタ姫だ。
 活躍すれば、建前上はレクタ姫との婚礼が許される身となるだろう。
 だけど、裏があろうとなかろうと僕はそんな事には興味は無い。
 僕が本当に救い出したいのはクルワ姫だ。
 クルワ姫を助けるために、僕は死にもの狂いでレクタ姫の宿命を解決させる。
 本当の話はそれからだ。
 気持ちはハッキリしている。
 僕は、そのまま、レクタ姫の宿命となる【24の扉】への冒険に参加するための登録を済ませた。
 今の僕は牢屋に幽閉されていた頃の僕じゃ無い。
 クルワ姫に力をもらっている。
 勇者として活躍する力をもらっている。
 無駄にはしない。
 必ずや、【24の扉】全てを閉めてやる。
 全て閉めたら文句は言わせない。
 そのまま、クルワ姫への助けに向かわせてもらう。
 その後にあるかも知れない式典など、知った事か。
 そんな形式張った事に参加するよりも、クルワ姫の身の安全の方が何よりも大切だ。
 名誉などいらない。
 クルワ姫のためにならないのなら、そんなものいくらでも放棄してやる。
 僕は覚悟を決めた。
 やってやる。
 絶対に生き残ってやる。
 僕は【24の扉】の1つを閉めるための冒険に加わったのだ。


05 25番目の扉


 僕は【24の扉】の1つを閉めるための冒険に加わったと言ったが、実はすんなりと加われた訳じゃ無い。
 元々、幽閉の身だった僕だ。
 ただで王家の人間に信頼されろという方が無理な話だった。
 僕には一つ、レクタ姫の勇者となる前に試練が用意された。
 その試練とは、【24の扉】へのテストモデルをやれとのご命令がくだった。
 擬似的に【25番目の扉】を作りだし、他の勇者達が冒険の参考にするために僕はそこに1人で乗り込んでカギを取ってこないといけないらしい。
 もちろん、【25番目の扉】は擬似的なものなので、本物の【24の扉】と比べれば遙かにましな作りとなっているらしい。
 扉の概要(がいよう)を他の勇者へ伝えるための冒険をしてこいと言われたのだ。
 それが、僕がレクタ姫の勇者になるための条件だった。
 僕としては、それがクルワ姫を助ける事につながるなら受けるしかない。
 こうして、たった1人での疑似冒険に出るのだった。
 正直、怖い。
 怖くて、
 怖くて、
 怖くてたまらない。
 1人というのがこんなにも心細いのかと思ってしまう。
 だけど、この気持ちをクルワ姫も味わっているんだと思うとやるしかない。
 一刻も早く、クルワ姫をこの不安な気持ちから解放してあげたい。
 そう思えば、腹の奥から力が沸いてきた。
 僕は【25番目の扉】に手をかけた。
 【24の扉】からは怪物達が出始めているとの情報があるみたいだけど、【25番目の扉】はその分は省略されている。
 重要なのは【25番目の扉】の中のカギを取ってくるという行為だからだ。
 いつまでも扉の手前で足止めを喰らっていたら僕はテストモデルとしての役割を果たせない。
 だから、扉から出てくる怪物達という部分はカットされているんだ。
 僕は扉の中に入る。
 僕にはカメラも装備されている。
 ただ、カギを取ってくるのではなく、重要な部分を写真などに収めてこないといけないし、カギ以外にも必要なものは持ち帰らなければならない。
 それがこの【25番目の扉】の疑似冒険を面倒にさせているんだ。
 僕は慎重に足を踏み入れる。
 【25番目の扉】の中の敵は、本家である【24の扉】の中の敵の数の一割にも満たない敵しか居ないと言われた。
 だから、楽だろうと思われているが、それでもたった1人で撮影まで全てをやらないといけないのであれば、それは楽では無い。
 むしろ、普通に冒険している方が楽な感じもする。
 いや、文句は言うまい。
 せっかく、いずれはクルワ姫の役に立てるかもしれない道筋が見えて来たというのに、文句を言ったらバチが当たる。
 僕は僕に割り振られた役目を果たすために、調べることにした。
 慎重かつ早急に調べて見ると、【25番目の扉】の奥にも【24の扉】の奥と同じ特徴があることが解ってきた。
 それはプリンセスの物語が一つ、用意されているという事だ。
 【24の扉】に用意された物語は一つずつとは限らないけど、【25番目の扉】には1つだけ物語が用意されていた。
 扉の奥には母体となるプリンセスの物語が用意されており、そのプリンセスの物語の登場キャラクターとして、数多くの怪物達が出て来ているというものだった。
 【25番目の扉】の物語――
 ダナ姫の物語――
 ある時、ダナ姫というお姫様が誕生しました。
 ダナ姫の誕生に喜ぶ王族達。
 誕生パーティーは盛大に行われました。
 ところが、誕生パーティーが終わった時、1つの問題が発生しました。
 プリンセスが1人、消えたのです。
 そのプリンセスの関係者は必死に探しましたが、とうとう見つかりませんでした。
 いつしかそのプリンセスが居なくなった事も忘れて、物事は何も無かったように平穏を取り戻しました。
 1年が経ち、また、ダナ姫の誕生パーティーが開かれました。
 誕生パーティ−は多数の来賓を招き、またしても盛大に行われました。
 ところが、誕生パーティーが終わった時、またしても1つの問題が発生しました。
 もう1人、プリンセスが消えたのです。
 消えたプリンセスの関係者は必死に探しましたが、とうとう、そのプリンセスの所在も解らず終いでした。
 いつしかそのプリンセスが居なくなった事も忘れて、物事は何も無かったように鎮まり帰りました。
 また1年が経ち、またまた、ダナ姫の誕生パーティーが開かれました。
 誕生パーティーは更に盛大に行われ、大反響がありました。
 ところが、誕生パーティーが終わった時、三度、1つの問題が発生しました。
 さらにもう1人、プリンセスが消えたのです。
 今回消えたプリンセスの関係者もやはり必死に探しましたが、やはり、1年前と2年前の時と同様に所在は判明しませんでした。
 さすがに3人目のプリンセスが消えたというとおかしいと思うのが普通ですが、またしても誰も怪しまないで事が終わろうとしていました。
 来賓達が怪しまないというのは理由がありました。
 ダナ姫の親族は食事にある薬を混ぜていました。
 辛い事を記憶から消してしまうという薬です。
 その食事を食べた来賓達はプリンセスが消えるという辛い出来事も忘れる様になっていました。
 所が、ダナ姫の親族にとって、今回は予想外の出来事がありました。
 とある辺鄙(へんぴ)な国の王子がダナ姫の親族が用意した食事を一切取らなかったのです。
 その王子はその時、たまたま、お腹を壊しており、食事は食べるふりをしていたのです。
 ダナ姫の親族も辺鄙な国の王子なので、さして気にしていませんでした。
 そして、3人目のプリンセスが消えた事件が起きます。
 来賓達は慌てますが、やがて何事も無かったかの様に、静まり帰ります。
 辺鄙な国の王子がいくら訴えようと誰も気にしなくなりました。
 辺鄙な国の王子は、これは怪しいと思う様になります。
 辺鄙な国の王子は1年をかけてダナ姫の親族の事を調べ上げる事にしました。
 すると奇妙な事が解ってきました。
 誰もダナ姫というお姫様をその目で見た者が居ないという事です。
 ダナ姫の誕生パーティーは3回行われていますが、誰もダナ姫の姿を見た者はいません。
 最初のパーティーが0歳だとすると、生まれたばかりなので、パーティーには出席しないという事も考えられますが、3回目だと2歳です。
 顔くらいは出しても良いものの様にも思えます。
 他にも奇妙な事が解りました。
 ダナ姫の親族です。
 王族である以上、ルーツ、血統などが解る様なものですが、他の王家にもダナ姫の親族と血縁関係にある者はいません。
 ただ、ダナ姫の親族はかなり高貴な身分の王族とだけ認識していました。
 全く根拠がないのに認識させられていました。
 ここで、辺鄙な国の王子はダナ姫の親族の絡繰りが見えてきました。
 そして、十分、調べ上げた所で、また1年が経ち、4回目のダナ姫の誕生パーティーが行われる日になりました。
 当然の様に辺鄙な国の王子も招待されていました。
 ところが、王子は参加しない事にしました。
 王子は変装して、プリンセスとして誕生パーティーに参加する事に決めました。
 王子は元々、華奢で、見目美しい容姿をしていましたので、プリンセスと偽っても誰も疑わなかったのです。
 王子は王子の双子の妹として誕生パーティーに参加しました。
 今までは王子の代わりに王子の留守を守っていたけど、王子が体調を崩してしまったので、王子の名代で参りましたと言ったら、すんなりと通してくれました。
 王子の狙いは消えるプリンセスに選ばれる事です。
 そして、例年通り、パーティーが行われました。
 プリンセスのふりをしている王子は怪しい食事には手をつけません。
 これを食べたら、惑わされると解っているからです。
 そうとは知らないダナ姫の親族は来賓を見て回ります。
 今年の生け贄にふさわしい、美しいプリンセスを探して回ります。
 そして、プリンセスに変装している王子に目をつけました。
 今年はこのプリンセスにしよう。
 ――そう、決めました。
 王子は今年の生け贄としてダナ姫の親族に選ばれました。
 食事を取っているふりをしている王子の元にダナ姫の親族は近づきます。
 ダナ姫の親族は、
「もし……貴女に、ダナ姫が会いたいと申しているのですが、顔を見てもらえますか?」
 と言ってきた。
 プリンセスのふりをしている王子は黙ってコクンと頷きました。
 しゃべってしまうと彼が王子である事がバレてしまうからです。
 王子はダナ姫の親族に連れられて、1人、ダナ姫の寝室に連れて行かれました。
 ダナ姫の親族は、
「さぁ、顔を見てやってくださいな」
 と言って王子を促しました。
 王子がダナ姫と言われているものの近くに寄ると、そこには置物が置いてあるだけでした。
 本来であれば、プリンセスはこれに驚き、一瞬隙ができます。
 そこで、ダナ姫の親族が食い殺すという筋書きでした。
 でも王子は先刻承知です。
 ダナ姫など、元々、存在して居なかったという事を。
 ダナ姫の親族とは魔族が化けたものであるという事を。
 王子はスカートの中に隠し持っていた剣を取り出し、背後から襲って来たダナ姫の親族の心臓を一突きにしました。
 すると、
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……なぜ、解ったぁ〜……」
 とダナ姫の親族は叫びました。
 いえ、もうダナ姫の親族ではありません。
 正体を現し、悪魔の姿をさらしていました。
 王子は、
「私は食事を食べなかった。だから、お前達に騙されなかったんだ」
 と言います。
 ダナ姫の親族のふりをしていた悪魔は、
「口惜しや、口惜しや……」
 という言葉を残し、グズグズと消えて行きました。
 ダナ姫の親族のふりをしていた悪魔が消えると他の来賓達の目も覚めました。
 来賓達の中には消えてしまったプリンセスを悲しむ者もいます。
 所が、王子がプリンセスの衣を脱ぎ去り、本来の姿になると消えた3人のプリンセスは姿を現しました。
 悪魔が消えた事で、プリンセス達が戻って来たのです。
 辺鄙な国の王子はその消えていた3人のプリンセスの1人と結ばれて国を大きくしました。
 ――という物語だ。
 【25番目の扉】の奥の世界では、このダナ姫の物語にちなんだキャラクター達が出ている。
 この場合は、ダナ姫の親族に操られている来賓達をモデルとしたゾンビの様な敵と、ダナ姫の親族のふりをしている悪魔達をモデルとしたキャラクターが僕に襲いかかってくるようだ。
 テストモデルとしての僕の役目は、このダナ姫の物語が書かれている石板をカメラにおさめるという事と、敵のゾンビと悪魔の姿も写真におさめると言う事がまずあげられるだろう。
 今回に限っては倒す事が目的じゃない。
 参考資料となるものを写真に撮ってくることが大事なんだ。
 次はカギのありかだ。
 物語にちなんだ世界観になっているのであれば、恐らくは、辺鄙な国の王子がプリンセスに変装した時に招かれたダナ姫の寝室が怪しいだろう。
 だとすれば僕が目指すべきはお城の寝室だ。
 目的さえ、推測がつけば、長居するつもりはない。
 さっさとカギを取って来て、【25番目の扉】を閉じれば僕のテストモデルとしての役目を終える事が出来る。
 その後は【24の扉】も一つずつ閉めて行って、それから、本丸である【13の窓】だ。
 やるべき事は見えている。
 後は、一つずつこなして行くだけだ。
 僕は淡々と行動した。
 【25番目の扉】の奥の世界にある大きなお城を目指し、寝室を探した。
 すると、やはり、寝室だと思われる場所にそれを守る悪魔と共にカギは置いてあった。
 ダナ姫の置物があった場所にカギが置いてあった。
 僕は悪魔をかわし、必要な写真を撮ったら、すかさず、カギを奪うと一目散に扉の所に帰っていった。
 追ってくる悪魔達が扉にたどりつく前に扉を閉めてカギを閉める。
 完璧だ。
 僕は完璧に仕事をこなした。
 これがクルワ姫だったら、僕を褒め称えてくれただろう。
 彼女はとても優しいからね。
 平民出身の僕にだって分け隔て無く、褒める時はちゃんと褒めてくれるはず。
 レクタ姫は……
「ご苦労様ね。良いわ行っても……」
 との連れないお言葉だった。
 レクタ姫にとっては当然なのかも知れない。
 僕はレクタ姫の勇者として加わる資格を得るために冒険したに過ぎないのだから。
 出来て当たり前。
 完璧に出来ても感謝されることはない。
 当然の事としてとられているのだろう。
 失敗すれば逆に手ひどい仕置きがまっていたかも知れないけどね。
 でも、良いんだ。
 僕はレクタ姫に感謝されるためにやった訳じゃ無い。
 僕はクルワ姫のためにテストモデルを引き受けたんだ。
 その辺は僕もわきまえている。
 レクタ姫とはギブアンドテイクの関係で良い。
 貴女のための冒険はクリアするけど、その後はクルワ姫の冒険にも参加させてもらう。
 それだけは譲れない。
 そのために、僕は頑張るのだから。
 そのために、死にものぐるいで、レクタ姫の宿命にも手を貸すのだから。
 全てはあの心優しいプリンセスのため。
 あの悲しいお姫様に笑顔をプレゼントするためなのだから。
 僕はその思いを心の奥にしまった。
 表向きはレクタ姫のために命を差し出すふりをしなくてはならない。
 ダナ姫の物語の辺鄙な国の王子の様に自分の本当の目的を偽って行動しなくてはならない。
 真なる思いを秘めて、僕はレクタ姫の冒険に向かうのだった。


続く。







登場キャラクター説明

001 パラボラ

 この物語の主人公。
 平民出身の本来何の変哲も無い少年。
 好きな子のためにリーネア王国の城に忍び込み、幽閉されているクルワ姫と運命の出会いをする。
 心清き、クルワ姫のためならば、命を投げ出してもかまわないと思う様になる。
 しばらく、クルワ姫と向かい側の牢屋に幽閉されていたが、クルワ姫により、牢屋から出してもらい彼女の力をもらう。
 クルワ姫の冒険に参加するために、まずは、姉のレクタ姫への冒険にも参加する事になる。


002 リーネア・レクタ姫

 リーネア王国の双子の姫の姉の方。
 若くして生きながらに奇跡を起こす伝説の乙女として讃えられる。
 が、実は、その奇跡の力は妹のクルワ姫の力であるという事を民衆や他の王族に隠している。
 リーネア王国建国時の時の呪いにより、双子の姉として、光、表の呪いである【24の扉】を閉めるための冒険を宿命づけられている。
 妹と違い、何の力も持っていないので、自身が結婚するという言葉を餌にして強者を集う事になる。
 明るく派手な性格のプリンセスとされている。


003 リーネア・クルワ姫

 リーネア王国の双子の姫の妹の方。
 若くして生きながらに奇跡を起こす伝説の乙女として讃えられた姉、クルワ姫の偉業は実は彼女がやっていた。
 姉のため、民衆のため、自分は日陰の身でかまわないと幽閉される道を自ら選んでいる。
 パラボラに力を与えるが、それは自身への助けではなく、姉を助けて欲しいとの願いでの行動である。
 リーネア王国建国時の時の呪いにより、双子の妹として、闇、裏の呪いである【13の窓】を閉めるための冒険を宿命づけられている。
 控えめで、自分の事より他人を思う心優しい性格のプリンセスである。


004 ダナ姫

 レクタ姫が担当する表の冒険である【24の扉】を閉めるという冒険のために擬似的に用意された【25番目の扉】で設定された物語に登場するプリンセスとされている。
 実は、存在しておらず、魔族が存在していないプリンセスの誕生パーティーを利用して、プリンセスを1人ずつ食い殺すための餌として利用していたものに過ぎなかった。
 ダナ姫の寝室には代わりとなる置物が置かれていただけだった。