第二弾 オムニマックス・バイブル序章

第二弾挿絵

01 素性の知らない女の子を守るナイト


「あの……落としましたよ……」
「え?あ、はい。……ありがとございます……それじゃ……」
 パタパタパタ……
 学校の廊下を少女が走っていく。
 二人の最初の会話はそれだけだった。
 少年の名前は桐垣 骰(きりがき りゅうさく)16歳。
 ごく普通に居る倭の国の少年だ。
 少女の名前は花桜 吹雪(はなざくら ふぶき)15歳。
 ごく普通の倭の国の少女――とは思えない容姿をしていた。
 和名を名乗ってはいるが、彼女の容姿は明らかに外国人のもの。
 帰化したとも考えられるが、それにしては倭国語がたどたどしかった。
 まだ、覚えたての様な感じだ。
 学年が一つ違うので、直接の面識は無いが、倭国人とは思えない鼻筋の通った容姿から気になっていた。
 見目良く、一見、気立ても良さそうな雰囲気だったので、何となく好感を持っていた。
 だが、なかなか話しかけるきっかけが見つけられなかった。
 彼女には友人らしい女生徒が雰囲気に反してあまり見受けられず、いつも、図書室などで、一人、読書をしている様な印象だった。
 倭国語を覚えているのか?とも思ったが、どうもそうでもなさそうだ。
 難しそうな本を訳しながら必死に読んでいるようだが、日常会話の勉強に適した本とは言えないからだ。
 容姿が美しいので、声をかける男子は多いが、彼女の態度はいつもどこか素っ気ない。
 諦める男子も居るが、それでもしつこく声をかける男子というのはどこにでも居る。
 絡まれているのを見かねて、つい、落としてもいないものを【落としましたよ】と言って、声をかけたのだ。
 しつこく声をかけていた男子は邪魔が入ったと思い、苦虫をかみつぶした様な顔をして去って行った。
 吹雪も去り、図書室には、ぽつんと骰だけが取り残される。
 骰は、
「やっちまったかな……」
 とつぶやいた。
 我ながら、キザなことをしたもんだと思うのだった。
 だけど、あの子が困っているのを黙って見ている事が出来なかった。
 骰なりの小さな正義感でとった行動だった。
 この時、彼はまさか助けた少女と深く関わって行くという事になるとは夢にも思って居なかった。
 この頃の骰は彼女だと思っていた女性に浮気をされていた。
 自分の事を棚に上げた元カノは骰の事を散々こき下ろし、彼を振った。
 純粋な恋愛をしていたと思っていた彼はショックを受けて、女性に対して、嫌悪感を抱き始めていた。
 女は汚い。
 女は狡い。
 女は悪い。
 女は醜い。
 女は嫌い。
 様々な女性を嫌う言葉が並ぶ。
 初恋だった彼はそのショックから立ち直れなかった。
 もう、倭国の女とは恋をしないと思っていた。
 そんな時、吹雪が入学してきた。
 見るからに倭国人とは違う容姿の彼女が。
 そこで、彼は夢を見る様になる。
 彼女だけは別だ。
 彼女だけは、まっさらな人間――女性だ。
 彼女だけは純粋だ。
 そう、勝手な幻想を抱くようになっていた。
 薄汚い女と一度、付き合ってしまった自分も汚れている。
 自分も含めて、彼女を穢(けが)してはならない。
 普通の女性が聞いたら気持ち悪いと思われるかも知れないが、それでも、女性に対する最後の砦として、骰の中で吹雪を清らかなものとして奉り上げられていた。
 自分はまるで、乙女の純潔を守るナイト――
 まるで、乙女を守る幻獣ユニコーン――
 のようなつもりでいた。
 それは骰の自分勝手な妄想だとは思いつつも、そう考えなければ、口汚い別れ話を経験してしまった繊細な思春期の少年のハートはバラバラになりそうだった。
 今回の件はその思いに従って、ちょこっと彼女に手を貸したに過ぎなかった。
 次の機会があっても、彼は同じ様に行動するだろう。
 次の機会が同じ様に無事に済まなくとも……。


02 啖呵切る


 骰は今日も黙って、遠くから、彼女を見る。
 彼女とは吹雪の事だ。
 彼女は今日も一人。
 友達でも出来れば、彼女の顔ももう少し明るくなるのだろうが、どこか寂しげな表情だった。
 十分、彼女を見た所で、彼は下校した。
 彼はストーカーではないので、彼女の家を突き止めるという事はしない。
 だが……
「お前は誰だ?何故、いつも姫を見ている?」
 と知らない女性に脅された。
 女性の口調から、【姫】とは吹雪の事を指すというのが何となく解る。
 骰は、
「あ、あんたこそ、誰だ?」
 と聞き返すが、その女性は、
「聞かれた事にだけ答えろ。お前は誰だ?」
 となおもつかみかかる。
 女性とは思えない力――恐らく、彼女は吹雪のボディーガードか何かだろう。
 逆らっても仕方が無いと判断した骰は、
「ぼ、僕の名前は桐垣 骰だ。彼女とは同じ学校の生徒だ。それ以外の何者でもない。彼女とも一言話しただけだ。彼女の事は少し気になっただけだ。嘘じゃ無い。本当だ。信じて欲しい」
 と言った。
 女性は、
「何故、気になったんだ?」
 と更に聞く。
 骰は、
「だって、見た目が倭国人じゃないじゃないか。あんたと一緒だ。だから気になったんだ。それより、あんたは誰だ?こっちが名乗ったんだからあんたも名乗ってくれ。それがこの国の礼儀ってもんだ」
 と答えた。
 女性は、
「普通の生徒だと言うのであれば、知らなくて良い世界というものがある。関わらない事を薦める」
 と言う。
 骰の頭の中では、
(まただ。だから、女ってやつは……)
 と怒りがこみ上げてきた。
 骰は、
「断る。僕は彼女のナイトになりたい」
 と啖呵を切った。
 女性は目をぱちくりとさせ、
「お前、自分が何を言っているのか、解っているのか?彼女はお前とは住む世界の違う人間だ。お前の様なもやしっ子がなんとか出来るような運命は背負っていない」
 と言った。
 だが、骰は後には引けない。
 吹雪を大切に思いたいという気持ちだけは嘘ではない。
 若気の至りと言われればそれまでだが、自分のリビドーに従い、一歩も引かない。
 女性は、
「お前じゃ役不足だ。邪魔だから、関わるな」
 と制する。
 だが、骰は、
「僕は男だ。脅しには屈しない」
 と突っぱねる。
 女性は、
「お前の度胸に免じて名乗ってやる。私の名前はジェルソミーナ・ノートン。私の方が本物のナイトだ。お前の出番は無い。私が彼女を守っている。これまでも、これからもずっとだ」
 と言った。
 女性の名前がジェルソミーナというのは解ったが、だからといって引く理由はない。
 骰は、
「一人より、二人の方が守れる事もある」
 と言った。
 女性改め、ジェルソミーナは、
「お前には無理だ。力も無ければ、気迫も感じられない。信念もなさそうだ。至って普通の生徒――それがお前だ」
 と言う。
 なおも骰とジェルソミーナの言い合いは続く。
「お前、お前言うな。僕には桐垣 骰という名前があると言っただろう。どこにでも居る一般人――何も特徴もない、ただ、普通の人間――あんたはそう僕を評価しているんだろ?」
「そうだ。違うとでも言うつもりか」
「違わない。今までの自分は確かにそうだ。ただ、何となくしか生きてこなかった。特に自慢出来る事も何もない。周りに流されて生きてきたつまらなかった人間だ。だが、これからは違う。大切なものを見つけた。それを守りたい。それだけは譲れない。何の特徴も無いのであれば、これから特徴を見つける。身につける。それで、文句は無いか?」
「ある。お前には無理だ。今までやってこなかった人間がこれから出来るとは思えない。変われないんだよ、お前は」
「変わる。変わってやる。何が何でも変わってやる」
「変われないと言っているだろう。この分からず屋め」
「解ってたまるか。このまま逃げたら僕の全てが終わってしまう。だから譲れないんだよ。どうしても……」
 なんとか、吹雪の事を諦めさせようとするジェルソミーナ。
 それに対して、骰は一歩も引かなかった。
 脅されても殴られても譲れなかった。
 何が彼をそうさせるのか?
 それは自分でも解らなかった。
 だけど、諦めたくなかった。
 吹雪自身に言われたのならともかく、どこの誰とも解らない相手に諦めろと言われて、諦める訳にはいかなかった。
 だからムキになった。
 駄々をこねた。
 諦めない骰に対して、ジェルソミーナは少し考える。
 吹雪に諦める様に言わせるか?
 だが、そんな事で吹雪の手を煩わせたくない。
 彼女には大事な役目があるのだ。
 こんなつまらない男にかまっている暇などない。
 そう考えた彼女は諦めさせるために、
「――解った。じゃあ、テストしてやる。それに合格したら、認めようじゃないか。だが、出来なかったら、姫の事は諦めろ。足手まといはいらないんだ」
 と言った。
 骰は、
「テストって何だよ?」
 と聞くが、ジェルソミーナは、
「怖じ気づいたのか?姫を守ると言ったくせに」
 と言う。
 骰は、
「やるよ。やってやるよ。そのテストってやつを。そして、あんたにも認めさせてやるよ」
 と啖呵を切った。
 ジェルソミーナは、
「良い度胸だ。ではそのテストを説明してやる――」
 と言って説明を始めるのだった。


03 テスト


 ジェルソミーナは、
「骰とか言ったな――お前、【オムニマックス・バイブル】というのは知っているか?」
 と聞いて来た。
 【オムニマックス・バイブル】――聞いた事の無い単語だ。
 だが、迂闊に知らないと言えば、そこで不合格にもなりかねないと思って、
「き、聞いた事はあるかも知れない……それが何だ?」
 と言った。
 ジェルソミーナは、
「――減点1だ。――別に知らない事で減点するつもりは無い。それより、嘘をついた事が問題だ。お前は姫に対して嘘で接するつもりか?」
 とにらみをつけた。
 骰はドキッとなり。
「ご、ごめん。知らないと言ったら不合格になるかと思ったから……」
 と言う。
 ジェルソミーナは【ふぅ……】とため息をつき、
「減点2だ。今度は言い訳か?それも男らしくない。――お前、ホント、ダメな奴だな。間違いを認める勇気も無いのか?」
 とバカにした様な口調になった。
 カァ〜っと来た骰は、
「もう、嘘はつかない。誠実に対応する。だからテストを説明しろ」
 と言った。
 もう、完全にけんか腰だ。
 ジェルソミーナは、
 バサッ
 ――っと、手帳を地面に投げ捨てた。
 骰はそれを拾って見る。
 だが、手帳には何も書かれていなかった。
 ジェルソミーナは予備用の手帳を捨てたのだ。
 骰は、
「……これは?」
 と聞く。
 ジェルソミーナは、
「何でも良い――どんな事を書いても良い。お前の知識でそれを埋めろ。その知識に姫が興味を示したら合格だ。全く興味を示さなかったら、お前はそこでお払い箱だ。姫にとってお前は全く必要のない人間だとそれで証明される」
 と言った。
 骰は、
「ど、どんな事でもって?」
 と言うが、ジェルソミーナは、
「それ以上聞く気か?それ以上、聞くのであれば、お前は指示を受けなければ何も出来ない人間だという事が解る。指示待ちしか出来ない人間は初めからいらない。合格したければ自分で考えろ」
 と突っぱねた。
 悔しいが確かにそうだ。
 指示を受けなければ何もできないのであれば、吹雪を守る事なんか出来やしない。
 骰は、
「解った。じゃあ、これだけは――、期限はいつまでだ?」
 と聞いた。
 ジェルソミーナは、
「期限は特に決めて居ない。お前が完成したと思った時に持ってこい。ただし、それまで、姫には近づくな。あえて期限を決めるとしたら、いつまでもここに居るとは限らないのでな。我々がここを去るまでがタイムリミットだ。リミットを超えたら追って来ても追い返す。それで良いな?」
 と答えた。
 骰は、
「解った。居なくなるまでだな」
 と言って、ジェルソミーナの所から去って行った。
 売り言葉に買い言葉だとしても、難しい問題になってきたなと思ったのだった。


04 何を埋めるか……


 ジェルソミーナから与えられたテスト――吹雪に近づくための試練――
 手帳を何かで埋める事。
 本人の解釈で簡単にも難しくもなる問題だった。
 書くものは全くの自由。
 だが、それを吹雪が興味を示さないと不合格となる。
 では、何を埋めれば良いのだろう?
 漫画とか描いて埋めれば良いのか?
 いや、無理だ。
 骰は漫画など描いた事が無い。
 万が一、漫画を描けたとしても面白いと思える漫画なんか考えた事もない。
 漫画を描いても吹雪は興味を示さないだろう。
 では、小説か?
 女子高生だから、【恋バナ】みないなストーリーを考えれば興味を持ってくれるかも知れない。
 だが、これも無理だ。
 女の子がウットリする様な物語など思いつかない。
 そもそもそんな話を考えられるのであれば、それを実戦しているし、元カノにこっぴどくフラれるような事にはならなかったかも知れない。
 だから、これもダメだ。
 では写真にするか?
 デジカメなどで綺麗に撮ってそれを手帳に貼り付けてはどうか?
 ――いや、これも恐らくダメだろう。
 手帳にベタベタ貼り付けたら、汚くなるだろうし、そもそもそんなものに吹雪が興味を示すとは思えない。
 では、何がある?
 思いつかない。
 何も思いつかない。
 早くも手詰まりだ。
 骰は途方に暮れる。
 だが、のんびりと途方に暮れている暇は無い。
 気持ちを切り替え、考える。
 考えるのを止めたら終わりだ。
 自分に出来る事を探して、それで興味を持ってもらうようにするんだ。
 女の子が興味あることって何だろう?
 おしゃれ?
 美味しいもの?
 よく解らない。
 女の子が興味を持ちそうな事が解らないからこそ、骰はモテないのだ。
 そうだ、噂話がある。
 ――そう、思う骰だが、そもそも噂話って何だ?という事になる。
 他の人の恋バナ?
 恋バナはさっきも苦手だって結論になった。
 他人の悪口?
 いや、ダメだ。
 彼女はそんな事をするような子じゃないと首を振る。
 またしても手詰まり感に襲われる。
 本当に何も出来ないんだなと自分の無力感に打ちのめされる。
 だけど、ここで諦めたら負けだ。
 後には何も残らない。
 むなしい人生だけが残される。
 世を儚んで――
 いやいやいや、そんなのは絶対に嫌だ。
 何かあるはずだ。
 何がある?
 解らない。
 それじゃダメだ。
 何かあるはずだ。
 あってくれ。
 まだ、考えていない事があるはずだ。
 何がある?
 何がある?
 何がある?
 頭の中で【何がある?】が連呼される。
 思いつかない。
 気分を変えよう。
 思いつく限りの事をやってみよう。
 あれもダメ……
 これもダメ……
 それもダメ……
 気分転換しようとしてもそっちに気持ちを持って行かれて何も浮かばない。
 どうすれば良いのだろう?
 ……そうだ、推理小説とか警察のドラマかなんかで、行き詰まったら最初の現場に戻るって鉄則があったはず。
 最初から考えるんだ。
 四苦八苦をしている骰。
 諦めたくないという気持ちだけで考え続けていた。
 頭に栄養を与えるため、糖分を取ろうと思って、アイスを箱買いする。
 全部、食べて、頭がキーンとしながらも最初から出来事を整理する。
 途中でお腹を壊すが、トイレの中で考え続ける。
 最初は、吹雪との出会い。
 これについては何も思いつかなかった。
 ただ、彼女が可愛いと思う印象しか無かった。
 続いて、彼女を見続けた時のことを考えた。
 これも何も思いつかなかった。
 ますます可愛いと思うくらいだった。
 次は、あの憎たらしいジェルソミーナに諦めろと脅された時の事を考えた。
 そもそも、このテストは彼女が出したものだから、ここから考えるのが正解なのかも知れない。
 彼女はなんて言った?
 それを整理する。
 お前には無理だと言われた。
 今、思い出してもムカつく。
 ――いや、それじゃダメだ。
 彼女の行動に何かしらヒントがあるかも知れないのだ。
 それを整理しよう。
 と考えを改める。
 彼女は使っていない手帳を捨てた。
 正確には直接ではないが、骰に渡したのだろう。
 そして、その手帳を骰の知識で埋めろと言った。
 埋めろ――そう言った。
 そして、それに吹雪が興味を示せば合格だと言われた。
 楽しませろとは言っていない。
 興味を持たせる事が大事なんだ。
 それは解った。
 なんか一つ前進した気分になった。
 ここだ。
 ここを整理すれば、何かヒントがありそうだ。
 そう思った骰は、ジェルソミーナの行動を整理した。
 他には何があった?
 ダメだ、ダメだ、使えない等の単語は連発された気はするが、他に印象に残っているものが……
 あった。
 彼女は、【オムニマックス・バイブル】って単語を言っていた。
 説明はされなかったが、その単語が吹雪にとって重要な意味を持つ様な事を確かに言っていた。
 これだ。
 これを調べよう。
 これを調べれば、何かが見えてくるかも知れない――
 悩みに悩んだ末、ようやく、骰は光明の様なものがほんの少し見えた気がした。
 まだ、終わりじゃ無い。
 まだ、出来る事がある。
 出来る事がある限り終わりじゃ無い。
 まだ、彼女を諦めなくて良いんだ。
 骰は奮い立つ。
 骰は、
「よし、やるぞぉ〜」
 とかけ声をあげた。
 思えば、初めてかも知れない。
 こんなに真剣になったのは。
 これで合格出来たからと言って、肝心の吹雪からはフラれるかも知れない。
 このテストはジェルソミーナが勝手に言っている事であって、彼女が言った事じゃ無い。
 それは解って居る。
 バカみたいな事をしているともどこかで思っている。
 でも止められない。
 止められない。
 自分にはこれしか無いから。
 彼女をつなぎ止める方法が今はこれしか無いから、諦められない。
 他人にはバカみたいな事に映っていても、骰にとっては真剣に向き合っている事だ。
 バカにしたければバカにすれば良い。
 一つの事に真剣になることの何が悪い?
 他の奴には、ばかばかしい事でも自分にとっては全てを賭けるだけの価値があることなんだ。
 奇跡を起こしてやる。
 その奇跡が自分にとっての特別な事の証明だ。
 ジェルソミーナにだって、凡庸な人間だって言わせやしない。
 これから起こす奇跡が自分にとっての特別な何かだ。
 行動するべき方向が解った骰は、思わずジャンプして転んだ。
 通行人達がクスッと笑う。
 笑いたければ笑えば良い。
 これから特別な事をやってやろうと思っているんだ。
 これから僕は特別な人間になるんだ。
 今に見ていろ。
 そう思うのだった。


05 トライアンドエラー


 骰はジェルソミーナの発した言葉――【オムニマックス・バイブル】について調べた。
 ネットなどで調べた結果、それは【存在しないもの】と出た。
 偽物はたくさんある。
 どれもが本物の【オムニマックス・バイブル】だと訴えているが、それは実は全部偽物で、物理的にあり得ないもの――それが、【オムニマックス・バイブル】と呼ばれるものだという事が解った。
 実際に存在していないものは探しようが無い。
 最初の内は、この【オムニマックス・バイブル】なるものを見つけるための方法なんかを考えてとも思っていたが、全く実在しないとされているものを見つける方法なんて思いつかない。
 またしても暗礁に乗り上げてしまった。
 行動してもすぐに行き詰まる。
 ダメでした。
 これは不正解。
 ここじゃないよ。
 違います。
 間違いだよ。
 ハッズレ〜。
 それらの単語が骰にとっての壁となって次々と立ちふさがる。
 まるで、諦めろ、お前には無理だと言われている様な気分だった。
 単語までが、僕には無理だと言うつもりかとふてくされる。
 ふてくされても何にもならないので、すぐに気持ちを切り替え、他の情報を探す。
 簡単に答えが見つかるのであれば、世の中、成功者であふれているはずだ。
 簡単には上手くいかないからこそ、その成功には価値があるのだ。
 大概の人は途中で諦める。
 それで結果にたどり着かない。
 だけど、成功者の誰かは言っている。
 諦めなかったものが結果にたどり着くと。
 今まではそれをバカにしていた側だった。
 諦めなかっただけで成功すれば世話はないと――そう、思っていた。
 だけど、今は違う。
 バカにした言葉にすがっている。
 それしかないとすがっている。
 諦めなかったら成功するという事をバカにしていた自分と、
 諦めなかったら成功するという言葉にすがっている自分――
 どっちがかっこよくてどっちがみっともないんだろう?
 骰は後者がかっこよくて、前者がみっともないと今は思っている。
 だから、諦めない。
 どこまでもやってやる。
 そんなつもりで調べていた。
 また、彼は考える。
 ネット検索しているけど、これだけで本当に答えにたどり着くのだろうか?
 ネットに出ていると言う事は他の誰かが答えを既に見つけているという事じゃないのか?
 だったら、ネットで検索しているだけじゃだめだ。
 他の方法も探さなくてはならない。
 何がある?
 図書館はどうだ?
 ダメだ。
 図書館もネットと同じだ。
 答えを出した人が他に居て、その答えが並べられているだけだ。
 また、考えを改める。
 骰はまた悩む。
 彼は気づいていない。
 彼が現在行っている事こそ、トライアンドエラー――成功者達が行っている行動の一つだと言う事を。
 彼は悩む。
 悩んで、
 悩んで、
 悩み続ける。
 答えは見つからない。
 だから、また、探す。
 探して、
 探して、
 探しまくる。
 それでも答えは見つからない。
 でもまた、新たな道を見つけて探し始める。
 彼は全く無駄な事――無意味な事をしているのだろうか?
 いや、違う。
 彼の行動をどこかで見てくれている者は必ずいるのだ。
 それが、すぐ結果に結びつくかどうかは解らない。
 あっという間か?
 それとも一週間後か?
 ひょっとしたら十年先か?
 あるいは死後になってか?
 それは解らない。
 運も必要だ。
 どんなに努力してもそれがすぐに結果に結びつくかどうかは運も関わってくる。
 だけど、諦めたらそこで全てが終わる。
 諦めなかったら、まだ、道は続いているのだ。
 どんなに見えない薄暗い道だとしても、
 どんなに細々とした頼りない道だとしても、
 どんなに凸凹な道だとしても、
 それは続いているのだ。
 骰は自覚を持っていないが、成功者がたどる道を少しずつ進んでいた。
 手帳はまだ、何も埋まっていない。
 埋まっていなくても、埋めるための素材を探して、彼はもがき続けた。


06 メモ帳に埋めたもの


 骰は答えを探し続けたが、それらしい答えも見つけられず、時間だけが過ぎて行った。
 焦る。
 慌てる。
 それでも見つからない。
 また、焦る。
 慌てる。
 ミスをする。
 悪循環。
 いつものパターンだ。
 彼はそうやっていつも失敗する。
 いつもだったらとっくに諦めている頃だろう。
 だけど、今回は違う。
 彼は諦めない。
 答えを模索し続ける。
 最近ではこれが少し楽しくなってきていた。
 答えは相変わらず見つからないが、あれこれ悩んでいると、突然、新たな道が見えたりする事があるからだ。
 道を見つけられれば、彼はまた、進む事が出来る。
 それが楽しく感じ初めていた。
 生き甲斐の様なものも感じ初めていた。
 答えが見つからないので吹雪には会えていない。
 それでも楽しかった。
 吹雪に会うために努力をし続けている自分が好きになってきた。
 今までの自分は大嫌いだった。
 だけど、今は少し好きになっている。
 変わりつつある自分が好きになり始めていた。
 趣味?
 仕事?
 それは解らない。
 だけど、やり甲斐のある何かを確かに自分はしている。
 今、この瞬間もだ。
 それが楽しかった。
 解らない何かを追っている。
 答えは見つからない。
 でも楽しい。
 何なんだろう、この気持ちは?
 答えは全く見つからない。
 【オムニマックス・バイブル】については全く解らないままだ。
 先が全く見えない。
 見えないけど、楽しい。
 何が楽しい?
 それはまだ、解らない。
 また、考える。
 答えはまた、見つからない。
 それを繰り返していく内に、何かが見えて来た。
 【オムニマックス・バイブル】じゃない。
 別の何かだ。
 ある時、それに気づいた骰はメモ帳にそれらを書き留めるのだった。
 気づいた時には、メモ帳はそれで埋まっていた。
 書いて見て、これで良いのか?
 とも思う。
 だが、今、自分に出来る事はこれしかない。
 そして、胸を張って、書けるのはこれしか無いのだ。
 早速、彼はジェルソミーナを探す。
 吹雪にメモ帳を渡してもらうためにだ。
 骰は、
「ジェルソミーナさん、居るんだろ?出て来てくれ。約束通り埋めてきた。テストしてくれ」
 と言って、声をかける。
 シーンとなる。
 ここには居ないのか?
 それとも時間がかかりすぎて、去ってしまったのか?
 まさか、吹雪も?
 そんな不安がよぎる。
 だが、しばらくすると……
「そんなに大声で叫ばなくても聞こえている。出来たのか?……見せて見ろ」
 と言って骰から手帳を受け取る。
 そして、パラパラと斜め読みする。
 しばらく考えた後、
「……本当にこれで良いのか?」
 と聞き返す。
 骰は、
「これが考えに考え抜いて出した答えだ。これでダメなら僕にはどうしようもない」
 と言った。
 ジェルソミーナは、
「私は彼女が興味を示す何かを埋めろと言ったんだぞ?」
 と言うが、骰は、
「僕は彼女の事をよく知らない。――それに、彼女も僕の事を知らない。だからこれが答えだ。判断するのはあなたじゃない。吹雪さんだ。違うか?」
 と言った。
 もう、手帳を渡された時の様に、自慢出来るものが何も無かった頼りなかった彼じゃ無い。
 立派に自慢出来るものを一つ持った自分だった。
 ジェルソミーナは、
「解った。彼女に見せよう。だが、後悔するなよ」
 と言った。
 骰は、
「しないさ。最初はそれが基本だ。だから間違ってない」
 と答える。
 自信満々だった。
 ジェルソミーナは首をかしげ、骰は自信満々。
 一体、彼は何を埋めたのだろう?
 その答えは、吹雪がそれを見た時、判明する。
 骰は直接会わせる訳にはいかないので、遠くで、ジェルソミーナが吹雪に手帳を見せるのを確認する。
 ジェルソミーナが渡さないで興味を示さなかったと言う可能性もあるので、確認だけはさせてもらえる事になったのだ。
 彼女が興味を持った様なら出て来て良いという事になっている。
 場所は、近くのカフェ。
 外に設置されたいすに並んで腰掛け、ジェルソミーナは吹雪に手帳を見せる。
 その光景を骰は、向かいのファストフード店で見ているという状況だ。
 ジェルソミーナは、
「姫様。私はつまらない約束をしてしまったのですが、聞いていただけますでしょうか?」
 と言った。
 吹雪は、
「あら、なんですか?ジェルソミーナの頼みなら聞きますよ」
 と答えた。
 人見知りの激しい彼女だが、ジェルソミーナには打ち解けているようだ。
 ジェルソミーナは、
「ある男が、しつこくつきまとっていてですね。それを追い払うために、約束をしたのです。私の手帳を渡して、何でも良いからそれを埋めろと言いました。姫様がそれに興味を示さなかったら、諦めろと伝えて――そして、その男は手帳を埋めてきました。何を書いたかと思えば……」
 と言った。
 吹雪は、
「見せてください」
 と手を出した。
 ジェルソミーナは、
「つまらないものですが……」
 と申し訳なさそうに渡した。
 それを受け取り、吹雪はそれを見て行く。
 一枚一枚、丁寧にページをめくり、見て行く。
 その姿を見ただけで、骰は感動だった。
 彼女が自分の書いたものを見ている。
 確かに見ている。
 それが何よりうれしかった。
 結果は二の次だった。
 しばらく読んだ吹雪は口を開く。
「つまらなくなんてないわ、ジェルソミーナ。これは素晴らしい文章よ。暖かみさえ感じます……」
 と言った。
 ジェルソミーナは、
「な、何故ですか?あの男はよりにもよって……」
 と言うが、吹雪は、
「その方は、自分の事を知ってもらってないからと言っていませんでしたか?」
 と言った。
 ジェルソミーナは、
「う……確かにそれは……」
 と言う。
 確かに、骰は言っていた。
 【吹雪は骰を知らず、骰も吹雪を知らない】と。
 吹雪に感動を覚えさせる文章――
 一体、骰は何を書いたのか?
 ――それは、彼が今まで彼女と会うために頑張った事、
 【オムニマックス・バイブル】を追い求め、四苦八苦した事、
 追い求めて行く内に、それが楽しさに変わった事などだ。
 彼が書いたものは自己紹介文だ。
 彼の事を知らない吹雪のために、自分の事を知ってもらえる文章。
 彼女と知り合うためにどれだけ、成長して来たかを客観的に分析した文章だった。
 文章としては物書きではないのでつたないと言わざるを得ない。
 だが、それでも、一つ一つ壁を乗り越えて行く様がきっちりと描かれていた。
 それは、吹雪が追い求めているものと共感出来る事でもある。
 【オムニマックス・バイブル】を追い求めるのにふさわしい姿勢が記されていた。
 彼女の態度を見た、骰はゆっくりとファストフード店を出る。
 そして、吹雪達の前に立ち、
「あの……初めまして……い、いや、初めましてじゃないか。今まで黙って見ていてすみませんでした。僕の名前は、桐垣 骰と言います。出来たらお友達になってください。お友達から始めさせてください」
 と言った。
 それを見た吹雪は、
「あなたはあの時の……」
 と言った。
 彼が、しつこい男達から彼女を守った事を覚えていてくれたのだ。
 そして、
「手帳の方ですね。私は、花桜 吹雪と申します。――良かった……いい人そうな方で……こちらこそ、よろしくお願いします。素敵な文章ですね」
 と言った。
 ジェルソミーナは、
「ひ、姫様……」
 と言うが後の祭り。
 吹雪は、
「あら、ジェルソミーナ――私が手帳の内容を気に入れば問題は無いのでしょう?私は気に入りましたよ。桐垣さんの人となりが解る素晴らしい文章でしたよ。この方の温かさが伝わりました」
 と言った。
 骰は、
「よろしく、ジェルソミーナさん」
 と言って改めて挨拶をした。
 ずいぶん、酷い仕打ちをされた気もするが、彼女は吹雪の護衛役でもある。
 吹雪を思っての行動なのは理解出来る。
 彼も吹雪を守りたいのだから。
 それに、吹雪と仲良くなるのであれば、彼女とも仲良くならねばならない。
 ジェルソミーナは、
「解った。私もナイトとして、約束した事は守る。だが、友人の一人として認めただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。解ったな」
 と言った。
 骰は、
「解りました」
 と言い、吹雪は、
「あら、お友達というのはフィフティーフィフティーな関係なのよ。認めるとか上から目線は良く無いわ」
 と突っ込んだ。
 ジェルソミーナは、
「ひ、姫様ぁ〜」
 と困った顔をした。
 結果的に追い払うつもりが、骰を吹雪に近づけてしまったことを後悔した。
 ジェルソミーナは、骰に、
 【後悔するなよ】
 と言った。
 だが、実際に後悔したのは彼女の方だった。
 こうなってしまっては仕方が無い。
 百歩譲って友人という事は認めようと彼女は思うのだった。
 だが、いくら友人とは言え、言える事と言えない事がある。
 吹雪が抱えている問題はごく普通の一般人である骰には荷が重いものでもある。
 友人であろうと言わなくて良いこともあるのだ。
 言えば、骰にも迷惑がかかるかも知れない。
 友人を思えばこそ、言わない。
 それは吹雪も同じ考えのはずだ。
 吹雪は友達を欲しがっていた。
 だけど、いつも一人で行動していた。
 だから、一人くらい、学校の友人が出来ても良いのでは無いか?
 そう、思う事にしたのだった。
 クラスメイトや同学年だったら、どうしようかと思うが、幸い、骰と吹雪は学年が違う。
 接触もそれほど多くは無いだろう。
 それだけが救いだ。
 ジェルソミーナはそういう風に考えて居た。
 まだ、心の中では、骰を本当の友人とは認めていないという事だ。
 それは吹雪を守るためでもある。
 頼りない仲間は足手まといにしかならない。
 彼女はそう考えているのだ。
 吹雪が抱えている問題はまだ動きを見せては居ない。
 だから、骰との友人関係も成立している。
 問題が動き出したら吹雪と共にそっと消えよう――
 彼女はそう考えていた。
 今はつかの間の学生生活を姫様に楽しんでいただこう。
 出来れば同性の友達が欲しかったが、贅沢は言っていられない。
 これで我慢しよう。
 頼りになる――かどうかはいささか怪しいが、話が出来る先輩が出来た事を姫様の護衛として、素直に喜ぼうという気持ちになっていた。
 度が過ぎれば、自分が止めに入れば済む事。
 後は、吹雪と骰に任せよう。
 ジェルソミーナの出した結論はそうなった。


07 夢?


 吹雪との友人関係が成立した放課後、一人、帰宅する骰の目の前が突然、真っ暗になる。
 そして、そのまま、意識が遠くなる。
 意識を失ってどれくらい経ったか解らない。
 気づくと、辺りは真っ暗なままだ。
 そこにボワッと白い光が三つほど光った。
 耳を澄ますと、しわがれた三つの声が話しをしているのが聞こえて来た。
「はてさて……どうしたものか……」
「寄りにも寄って、こんな小僧が選ばれるとは……」
「何も無い無能力者――だからこそ、これから何色にも染まる事が出来るという考えもある」
「確かに……」
「耐えられるのか、こやつに?」
「それはわからぬ。だが、彼は試練を一つ突破した」
「確かに可能性ゼロから道を切り開いたのは認めるが……」
 などと話している。
 話している内容が、何となく、ジェルソミーナに渡された手帳を骰が埋めた事だと思った。
 老人(?)達の話は続く。
「途中でくたばると言う事はないのか?」
「それも有り得る。だが、それも運命だ」
「僅かな可能性だけの存在……」
「我らでも先はわからぬ。やってみるしかあるまい……」
「大丈夫なのか、こやつで?」
「今まで大丈夫だと思われていた者がことごとく失敗したのだぞ」
「だからこそだ。今までに無い可能性をためそうじゃないか」
「今までで最も頼りない」
「それは解っている。だが、今までに居なかった素材である事には違い無い」
「確かに……では、様子を見るか」
「そうじゃな……」
 何やら、骰の事を好き勝手に評価しているようだ。
 そのまま、意識が再び遠のく……
 気づいた時には自分の部屋のベッドの上だった。
 夢?――なのか?
 一体、どこからどこまでが夢だったのか?
 吹雪と友達になったことも夢だったのか?
 不安に包まれる。
 あれは予知夢なのか?
 それとも悪夢?
 何かの予兆?
 何も解らない。
 ただ、これから何かが起きそうな感じのする夢だった。


続く。








登場キャラクター説明

001 桐垣 骰(きりがき りゅうさく)

 この物語の主人公。
 女性に不信感を持って居る倭の国の16歳の高校生。
 自分には何もない事で自分のことが大っ嫌いだったが、吹雪との出会いで、変わり始める。
 何も無かったが、自分をアピールする事に成功し、吹雪の友人だという事を認めさせる事に成功する。


002 花桜 吹雪(はなざくら ふぶき)

 この物語のヒロイン。
 倭の国に居て、和名だが容姿は外国人風で鼻筋の通った美人。
 ジェルソミーナには【姫様】と呼ばれている。
 まだ、倭の国に来て間もないのか片言の和国語を話していた。
 人を見る目は確かで、骰の人間性を見抜いた。
 15歳の高校生だが、【オムニマックス・バイブル】という謎の言葉に関する秘密を持って居る。


003 ジェルソミーナ・ノートン

 吹雪に仕える女性ナイト。
 骰に手帳を埋めろという試練を与える。
 吹雪の事を【姫様】と呼び、忠誠を誓っている。
 男勝りな性格で力も強い。
 護衛を任されるだけあり、能力はあるようだが、その力は未知数。