第一弾 フィアース・ハーツ序章

第一弾背景

01 憧れの女の子との会話


「宇田君、宇田 与粋(うだ よすい)君、ちゃんと聞いてますか?」
「え?あ、うん。聞いてるよ、片出……」
 宇田 与粋は緊張していた。
 密かに憧れていた同級生、片出 唯愛(かたいで ゆまな)と面と向かって話しているからだ。
 ろくに友達も居なかった与粋は唯一、【ちらかし ほうだい】というふざけた名前の男性とつるんでいた。
 【ちらかし】との想像力を使った遊びはどれも楽しかったし、気を許せるのはその男だけだと思って居た。
 【ちらかし】には結構、色んな事を相談したりしていた。
 だが、ある時、【ちらかし】は、
「宇田君、ちょっと旅に出てくるよ」
 と言って、彼の前から姿を消した。
 その【ちらかし】の代わりとして与粋の前に現れたのが唯愛だったのだ。
 片出 唯愛――容姿端麗、文武両道、美人で気立ても良いしスタイルも良いというスペシャルな彼女は当然と言えば当然なのだが、ものすごくモテる。
 想像力以外はこれと言って自信の無い与粋とはおよそ無縁と思える世界の人物だった。
 恋人など選びたい放題なくらいにモテるのに彼氏とかを作ったりもしないし、友達との付き合いもうわべだけという感じだったし、およそ、普通の男子が近づけない浮き世離れした高嶺の花としてとらえていた彼女が何故、自分に?という気持ちが先に立ってしまい、気が動転して、彼女の話に集中出来ない状態だった。
 唯愛は、
「もう、全然じゃない。【ちらかし】さんが行っちゃったのはそれは、ショックかも知れないけど私の話もちゃんと聞いて欲しいな」
 と言うが、違います。
 あなたにドキドキしているのですとは言えなかった。
 唯愛は、
「まぁ、良いわ。今日は挨拶だけだから。後、私だけじゃ不安だろうから、月曜日と火曜日は松里 陽維南(まつざと ひいな)さんが、水曜日と木曜日には浮東 海咲(ふとう みさき)さんが、金曜日と土曜日には単藤 心結羽(たんとう みゆう)さんがサブアシスタントとして来てもらう事になっているから、よろしくね」
 と言った。
 与粋は、
「え、あ、よ、よろしく……」
 と言ったが、頭の中はパニックだった。
 唯愛以外にも女の子のサポートがつくと言われているのだが、展開について行けない。
 女の子とは一切無縁だった自分に一体、何が起きているのか理解するのに時間がかかっていた。
 ふと、唯愛の長い髪をまとめた三つ編みを見つめる。
 ――まるでラプンツェルとは言わないまでもかなり長い。
 与粋は、
「あ、あの……髪……」
 と思わず聞いてしまった。
 唯愛は、
「あ、これ?願掛けなんだ。小さい頃から伸ばしているんだけどね、手入れとか結構、大変なんだよ」
 と答えた。
 与粋は彼女の事が聞けてうれしかった。
 続けて、
「眼鏡……」
 と言った。
 唯愛は、
「また、片言……ちょっとは打ち解けて欲しいな。これでもフレンドリーに話しているつもりなんだけどな。――眼鏡ね、ご推察の通り伊達眼鏡だよ。眼鏡が無いと落ち着かなくてね、それでつけてるんだ。だから度は入ってないよ。私の事も話すけど、もう少し、君の事も話して欲しいな。【ちらかし】さんから君は凄い才能があるって聞いていたから凄く期待しているんだよ、これでも」
 と笑いかけた。
 あぁ……そんな、天使のほほえみを向けられるとクラって来てしまいそうだと思う与粋だった。
 それに凄いと言われても与粋には妄想劇場くらいしか話せるものがない。
 今までは同性の【ちからし】だったから話せていたのだ。
 異性で、しかもドストライクの好みの女性である唯愛の前でなど話せない。
 話して聞かせて引かれでもしたら、立ち直れないと思う与粋だった。
 唯愛は、
「じゃあ、時間だから、もう行くね私。私は月曜日から土曜日までしっかりサポートするからよろしくね。じゃあ、またね」
 と言って帰って行った。
 後に残された唯愛の香りをスンスン嗅ぐ。
 あぁ……良い香りだ。
 唯愛と話せた興奮で、今夜は眠れないかも知れないなと思う与粋だった。
 と同時にもう少し話せたら良かったと後悔するのだった。
 唯愛にファストフード店に呼び出されてからの夢の様な時間は終わってしまった。
 ちょっとではあるが、彼女とデートした気分になれて幸せだった。
 勢いよく立ち上がる。
 すると、
「あいたぁ……」
 思わず、転んでしまった。
 だが、それも今までの時間を思えば痛くない。
 それくらい有頂天になっていた。
 まさに天にも昇る気持ちだった。
 リア充とはこういう気分をいつも感じているものなのか?という感想を持った。
 だが、彼は妄想ファイター。
 今日も帰ってから妄想に耽るのだった。


02 趣味の世界


 与粋は家に帰宅する。
 ここからが彼のフィールドだ。
 妄想するために帰宅の挨拶もそこそこに自分の部屋に籠もり、妄想の準備をする。
 だが、与粋の部屋には思わぬ侵入者がいた。
 与粋は、
「い、今更……」
 とつぶやいた。
 今更 なの(いまさら なの)――与粋の姉である。
 何故、名字が違うのか?
 それは与粋の父親となのの母親が再婚し、義姉弟になったからである。
 なのも本来は宇田 なのなのだが、彼女は旧姓の【今更】を名乗って居る。
 なのもかなりの美人であると言える。
 そんな彼女と義理の姉弟として一つ同じ屋根の下に暮らす――一見幸せそうに見える。
 だが、実際は違っていた。
 価値観のまるで違う異性との同居など、生き地獄でしかなかった。
 実際に宝の山だと思っている与粋の部屋を前にして、
「さっさと片付けてって言ってるでしょ、このゴミの山。恥ずかしくって彼氏も友達も呼べないじゃない」
 と言ってきた。
 彼女が【ゴミの山】と言っている物こそが、与粋が【ちらかし】と築き上げてきた友情の証であり、彼の優れた妄想力の産物だった。
 ペーパークラフトと粘土――この二つは与粋は少し得意で、この二つを使って想像力を具現化させていたのだ。
 そんな宝を前にしてなのは【ゴミ】という。
 彼女は現実主義者。
 想像の世界など、守備範囲外なのだ。
 与粋は、
「で、出て行ってくれ。ここは僕の空間だ」
 と言った。
 なのは、
「言われなくても出て行くわよ、こんな豚小屋」
 と返した。
 ――と、このように姉弟の仲は最悪――とてもじゃないがウハウハな展開になる事など想像もつかないのだ。
 与粋は唯愛との会話を改めて思い出す。
 彼女は確か、
「ねぇ、宇田君、うちに引っ越さない?」
 と言っていた。
 なんでも【ちらかし】さんが下宿していた部屋があり、彼が旅立ったので空いたから、与粋の妄想の世界を広げるために越してこないかと持ちかけてきたのだ。
 与粋の現在の部屋が六畳なのに対し、唯愛が用意したというのは十八畳の部屋が二つだという。
 どこのお金持ち様だ?と唯愛の事を思ったが、彼女は、
「君ほどの才能をくすぶらせておくのは惜しいよ。私の家の部屋で良かったら二つほど使ってくれないかな?もちろん、お家賃とかはいらないよ。条件としては、そうだな……私の事も手伝って欲しい――かな?」
 と言っていた。
 彼女が言うには彼女の妄想の材料はスケッチブックだという。
 【ちらかし】さんも含めて相談する相手が二人、その他に三人の友達に手伝ってもらっているらしいが、与粋が手伝ってくれるなら百人力だと言っていた。
 同じ美人でも唯愛となのでは、与粋への評価は月とすっぽんくらい違っていた。
 だが、大丈夫なのだろうか?
 【ちらかし】さんとの秘密だったはずの【ディプミラ】――唯愛は見る事が出来るのだろうか?
 【ディプミラ】――深い、深層心理という意味での【ディープ】と鏡という意味での【ミラー】、それを足して略して【ディプミラ】。
 この存在は想像力が豊かな者にしか見えないと言う。
 実際に、【ディプミラ】は与粋の部屋で遊び回っているのだが、その姿はなのには全く見えていないらしい。
 与粋と【ちらかし】さんだけが見えるゲームマスター――そう思っていたのだが、唯愛の話では彼女は【木能 くゆり(きのう くゆり)】という女性に7冊のスケッチブックを渡された時から見えているらしい。
 与粋で言えば、13束の紙と球状にしてある24色の粘土を指す。
 13束の紙と24色の粘土はRPG風に考えればボスキャラを作り出す素材となっていて、そこにたどり着くまでの冒険を他の紙や粘土を使ってゲームマスターの【ディプミラ】と遊ぶというものだ。
 【ディプミラ】は鏡の様な存在であり、プレイヤーとなる者の想像力が高いほど、【ディプミラ】の用意する敵などのレベルも跳ね上がる。
 唯愛はこのレベルが与粋は他のプレイヤーよりも飛び抜けて高いと評価してくれたのだ。
 通常は唯愛のように仲間(友達)を誘って遊ぶのだが、与粋は一人でやっていると尊敬さえしていた。
 実際には誘える友達が居なかっただけなのだが。
 唯愛の方はスケッチブックだから、恐らくイラストとかを描いて遊ぶのだろう。
 好きな女の子が自分の趣味を理解してくれるというのは大変うれしい事でもある。
 だが、趣味が趣味なだけになんだか照れくさいのだ。
 自分達だけの空間だと思って居た事が気になる女の子も共有していた。
 その事を思うと気恥ずかしくなる。
 だから、なのの悪態もそれほど気にならなかった。
 与粋はベッドに寝っ転がり、
「引っ越しかぁ……どうしようかな……」
 とつぶやいた。
 このままではなのに自分の居場所を排除されてしまう。
 そうなるくらいなら……
 与粋は本気で考えた。


03 自分の家での最後のプレイ


 与粋はなのを部屋から追い出すとドアを閉めて、自分の世界に没頭する。
 用意するのは今回は普通の紙とハサミだ。
 ハサミはすでに加工してもらっているが、新しく買って来た新品の紙はまだなので、【ディプミラ】に遊べる様に加工してもらう。
 【加工】とはどういう意味だろうか?
 それは彼の遊び道具であるペーパークラフトと粘土の内、ペーパークラフトと関係している。
 買って来た紙を【ディプミラ】の魔力の力を借りて、特別な紙に作り変えてもらう。
 その特別な紙を特別なハサミで切り、ペーパークラフトを作りあげるのだ。
 加工した紙1枚あたり出来るキャラクターの数は1。
 その作ったキャラクターを【ワールド・フィールド】と呼ばれる選んだページを開くと立体的になる大きな仕掛け絵本のようなものに配置する。
 それが冒険の舞台となる。
 与粋は想像力を駆使して、魅力的かつ、強そうなキャラクターを作って、【ワールド・フィールド】内を進み、敵を倒していくというものだ。
 一枚の紙を使って強いキャラクターを如何にして作るかと言うことと、それを使ってどう戦略を立てて行くかというのがこの【ペーパークラフト・バージョン】の楽しみ方になっている。
 敵となるキャラクターはゲームマスターである【ディプミラ】が用意する。
 【ワールド・フィールド】はページ毎に違った戦略が必要となる。
 通れない場所やワープ出来る場所、回復できる場所やお店等々、様々なマスがあるからだ。
 【ディプミラ】についても敵キャラは一枚あたり1キャラのルールの下で【ワールド・フィールド】上に配置する。
 今回のプレイでは与粋が使う紙は3枚イコール3キャラ、【ディプミラ】が使う紙は30枚イコール30キャラとなる。
 ゲームは【ディプミラ】が用意するボスキャラを倒すか敵を全滅させるかすれば勝ちで、プレイヤーキャラが全滅したら負けとなる。
 ペーパークラフトとして特別な13束の紙を使うという訳では無い通常のゲームでのプレイだ。
 特別な13束は、その時が来ないと反応しないし、使えないとの事だった。
 与粋は三枚の紙を使って想像力の具現化でもあるキャラクター達を【ワールド・フィールド】内に配置する。
 さあ、冒険の始まりだ。
 自分のターン毎にキャラクターを動かし、【ディプミラ】が操る30キャラと戦っていく。
 結果は惨敗。
 【ディプミラ】が操る30キャラの内、倒せた敵キャラクターは1キャラも居ない。
 まだ、【ディプミラ】が用意する牙城を崩せない。
 だが、また、明日だ。
 明日はどんな工夫をしてやろう……
 どうすれば、【ディプミラ】が操る敵キャラクターを倒せるだろう。
 それを考えるとワクワクしてくる。
 唯愛が言うには、倒されても倒されても後から後から新しいキャラクターを考えつくのは一つの才能らしい。
 大概は、自分の考えたキャラクターがどうやっても【ディプミラ】に敵わないと感じると諦めてしまうらしい。
 だが、与粋にとって、敵が強ければ強いほど、燃えるのだ。
 自分が考えもしなかった力を使われたりした時は興奮を覚える。
 簡単に勝てる勝負をしていても楽しくない。
 それよりは難攻不落の牙城を如何にして崩せるか?
 より強いキャラクター、より凄い戦略を考える事に集中する。
 与粋がこのペーパークラフトのゲームをやり始めて、【ディプミラ】に勝った事は一度もない。
 現在までに299戦299敗だ。
 全て負けている。
 だが、その299戦全てにおいて、別の工夫をして、また、別の戦略を立てて、与粋は【ディプミラ】との勝負をしていた。
 今回の敗北で記念すべき300戦300敗という事になる。
 負けはしたが、後悔はしてないし、これからも頑張るつもりでいた。
 だが、これが宇田家で出来る最後のプレイとなる事はその時、思いもしなかった。
 翌日、両親から、片付けなさいとの命令を受けた。
 なのが、両親にこのままだと人も呼べないと訴えたらしい。

 ペーパークラフトと粘土を片付ける――それは自分のアイデンティティー全てを否定される事と同じ意味だった。
 一気に奈落に突き落とされる与粋。
 何もかもが嫌になり、家を飛び出した。
 一心不乱に土手をかけずり回り、転げ落ちた。
 絶望感でいっぱいになり、死にたくなった。
 思わず、
「うぉ〜っ!」
 と叫んだ。
 叫ばずにはいられなかったからだ。
 そこへ、
「びっくりした。どうしたの?そんなに大声を出して……」
 と話しかける存在が。
 唯愛だった。
 彼女は、与粋に事情を聞いた。
 与粋は、半泣きになりながら、事情を話した。
 すると唯愛は、
「なら、ちょうど良いじゃない。うちへいらっしゃいよ」
 と言ってきた。
 年頃の男女が同じ屋根の下に暮らすのは問題があるし、その善意に甘える事は出来ないと断ろうとする与粋だったが、唯愛は、
「私はそんなにいい人じゃないよ。私にも下心があるんだよ。君に助けて欲しいんだ。――君じゃ無きゃだめだと思っている。だから、声をかけたんだよ。善意じゃない。だから、君と私の関係はフィフティーフィフティー。利害一致、ギブアンドテイクだよ」
 と言ってきた。
 与粋は、
「僕に出来る事なんて……」
 とつぶやいたが、唯愛は、
「君の趣味と君の諦めない姿勢。それが私にとっては答えなの。君の趣味は元々、私の……ううん、私の妹達の発想が元になっているの――だから、君の世界が壊されるという事は私も無関係じゃない。むしろ、困るの」
 とささやいた。
 無関係じゃない?
 困る?
 彼女の言っている意味が全くわからない。
 与粋は、
「言っている意味が全然……」
 と言った。
 唯愛は少し、悩んだが、
「――良いわ、ここじゃなんだし、――来て」
 と言って、与粋を自分の自宅に連れて行った。


04 片出 唯愛の秘密


 自宅と言っても屋敷と呼べるくらい大きな建物だった。
 何でも、彼女が勉強に集中出来るようにと屋敷をまるまる一棟買い与えられているそうで、この大きな屋敷の全ての部屋が彼女の部屋であるというから驚きだ。
 つくづく、与粋とは別世界の人間なんだなと思ったのだった。
 彼女の部屋の一つに招かれた与粋はそわそわする。
 なの以外の同年代の女の子の部屋など見た事も無かったからだ。
 部屋というには大きすぎたが、それでも女の子の部屋には違いない。
 お茶――と言っても紅茶を用意して来た唯愛は、
「こほんっ、では、昔話を始めます」
 と言って彼女の過去について話始めた。

 片出 唯愛――彼女もまた、与粋に負けないくらいの想像力豊かな夢見る少女だった。
 大金持ちの両親の一人娘として、何不自由無く育てられ蝶よ花よと育てられた。
 だが、彼女の誕生には知られてはいけない秘密があったのだ。――

 ある時期から、彼女には謎のささやき声が聞こえるようになった。
 それも一人じゃない。
 7人分だ。
 7人の知らない声が彼女に語りかけるようになっていた。
 幼い彼女はそれが妖精か何かだと思い込み、自身の想像力はさらに膨らんでいった。
 あるとき、それを両親に話して聞かせる。
 両親も喜ぶと思って話したのだ。
 だが、両親は喜ぶどころか青ざめて、
「良いかい、唯愛、その事は忘れなさい。そして、誰にも話しちゃダメだよ」
 と言って来た。
 夢見る少女、唯愛は、
「何故?何故なの?お父様?お母様?」
 と問い詰めたが話してくれなかった。
 だが、唯愛は諦められなかった。
 こんなにも楽しいことを共有出来る7つの声の事を忘れなきゃならないなんて、絶対間違っているとして、両親が隠している秘密を探ろうと両親の目を盗み、書斎にある本棚などを片っ端から探ったりしていた。
 それでも事実がわからず、困っていると、どこからか――新たにささやく声が――
 その声は今までの七つの声とは違っていたが、
「ここから出してくれたら事情を話してあげるよ」
 と言っていた。
 幼い彼女は、その新たな声が閉じ込められているという三面鏡を見つけて厳重にされていた封印を解き、開いた。
 そして出て来たのが【ディプミラ】だった。
 【ディプミラ】は様々な呪術や魔術などが寄り集まった集合体であり、両親はこの【ディプミラ】を鏡に閉じ込める事によって力を得、財を成したのだった。
 さらに、唯愛は【ディプミラ】の力を持った八つ子の一人として生まれてくるはずだったが、唯愛以外の七人の赤ん坊は母親のお腹の中で唯愛の体の中に吸収され、彼女は一人娘として誕生した。
 八人分の才能を持った天才児として。
 すべては、老後の安泰も考え、【ディプミラ】の力を利用して、両親がそう仕向けた事だった。
 解放された【ディプミラ】は唯愛の両親に復讐する。
 両親は【ディプミラ】によって、時を止められた。
 罰を受けた両親は眠り続ける運命となってしまったのだ。
 さらに【ディプミラ】の復讐は続く。
 唯愛の妹として誕生するはずだった七名の子供の魂をつかって、彼女に呪いのゲームを持ちかけてきたのだ。
 与粋がやっている遊びもその内の一つであり、彼女の7人妹の一人が提案しているゲームだという。
 元々、唯愛のものだったそれを祈祷師(きとうし)でもあった【ちらかし】さんによって、彼女から想像力の優れていた与粋に一部を移したというのだ。
 ペーパークラフトの特別な束が【13】あるのは【忌み】という意味での【13】であり、特別な粘土が【24】あるのは、【不死】という意味での【24】であるという。
 【13】と【24】という数字には【ディプミラ】による呪いの意味が込められているという。
 その特別な物の数が、唯愛の妹達が提供しているゲームの特徴だという。

 また、唯愛は特別な七冊のスケッチブックを所有していて、それは本当は趣味ではなく、その七冊には唯愛の妹達の顔などが、書かれて居るという。
 与粋に一つゲームが移った事で1冊のスケッチブックは白紙となっているらしい。
 【ちらかし】さんが旅に出たのは唯愛の呪いのゲームを肩代わりしてくれる存在を探すためでもある。
 そして、唯愛が与粋を気にかけていたのは、元々の原因が彼女にあるからだという事を聞かされた。
 俄には信じがたい話だったが、おもむろに、服を脱いで後ろを向いた彼女の背中を見た時、ちょっと信じる気持ちになった。
 彼女の背中には、うっすらと6つの顔が浮かんでいたからだ。
 人面瘡(じんめんそう、人面疽)と言うのだろうか?
 女の子の顔が六つ、彼女の背中に映し出されている。
 1つ消えているのはその1つが与粋の元に来ているからだろう。
 与粋自身は気づいていなかったが、彼の背中にも一つ、人面瘡のような痣がいつの間にか出来ていた。
 恐らく、【ちらかし】さんが与粋も気づかない内に何らかの処置をしていたのだろう。
 唯愛は、
「――引くよね。気持ち悪いよね。だけど、私にとってこれは切実な問題なの。今まで何人も呪いを移してもらったけど結局、ダメだった。唯一、大丈夫だったのはあなただけなの。お願い、助けてください。あなたしかいないの」
 と懇願した。
 自分がただの趣味だと思ってやっていたことが呪いだった――
 血の気が引く。
 あれだけ仲良かった【ちらかし】さんが実は唯愛からの回し者だったという事実にも驚いたが、趣味が呪いだったという衝撃の方が大きかった。

 また、【大丈夫だった】というのはどういう意味だろう?
 他にも誰か、彼女の受けた呪いを移した事があるのだろうか?
 与粋は、
「だけど、僕は【ディプミラ】とのゲームに勝った事ないし……」
 と言った。
 対【ディプミラ】戦の戦績は全戦全敗――それが彼の成績だ。
 唯愛は目を瞑り、また開くと、
「宇田君はただ、負けていた訳じゃないよね?他の人達は負けが続くとやる気を無くしてしまって【ディプミラ】から離れて行ってしまった。【ディプミラ】によって記憶を消去されて、それでおしまい。私が話をするまでもなく離れて行った。でも、あなたは違う。君は、何かやっているよね?」
 と言った。
 与粋はギクッとなった。
 図星だったからだ。
 確かに、いくらやってもどんなにうまくなっても負け続けるゲームなど誰でも止めたくなってしまうかも知れない。
 だが、与粋は負けながら、【ディプミラ】の癖などを研究し、それに対抗するキャラクターを作るためのメモなどを取っていた。
 【ディプミラ】との戦いを通して試してはダメ、試してはダメというのを繰り返し、とっておきとでも言うべきキャラクターを作るための資料にしているのだ。
 キャラクター名は決めている。
 自分の名前をとって、【与粋1世(よすいいっせい)】だ。
 【1世】としているのは、それから更に改良を加えていって、【2世】、【3世】と新しくしていくつもりだからだ。
 大体のキャラクター像――性格は決まっている。
 どこか、ひょうひょうとしていて、戦いとは無縁の様な性格をしているが、敵に対する警戒心は常人離れしていて、特別な力に対してものすごい対応力を持っているというキャラクターだ。
 イメージとしては固まっているが、その【特別な力に対してものすごい対応力を持っている】という部分を肯定させるため――説得力を持たせるための材料がまだ少し、足りないのだ。
 だから、それをキャラクター化する事が出来ていない。
 そのため、与粋は毎日、【ディプミラ】との通常対戦を繰り返し、【ディプミラ】の思考を読み取ろうとしていたのだ。
 だから、負けは負けでもただの負けではない。
 次につながるための【負け】を積み上げていたのだ。
 真の実力を示すのは今では無い――そう思うからこそ、与粋の闘志は消える事無く、負け続けていたのだ。
 唯愛は、
「【ちらかし】さんは言っていたわ。すぐに諦めてしまう様な者では万が一【一人目】を倒せたとしても【二人目】、【三人目】と続いて行く内に必ず途中でつぶれるって。【七人目】までたどり着けるのは、もしかしたら、世界中を探しても彼――つまり、あなた一人しかいないかも知れないって」
 と言った。
 【七人目】までと言っているのは彼女の体に吸収された7名の妹達の事を指しているのだろう。
 与粋は、
「そんなの買いかぶりだよ……」
 という言葉を飲み込んだ。
 その消極的な姿勢と言葉は彼女を絶望させ、彼女とのつながりを無くす、破滅の言葉だと思ったからだ。
 この言葉だけは言っちゃならないと必死で我慢した。
 その後も彼女の過去について与粋は黙って聞いた。

 話を聞いて見てもまだまだ、わからない事だらけだが、一つわかった事がある。
 それは唯愛は大変困っていて、そのことで自分に助けを求めているという事だ。
 少なくとも、今は、世界で一番頼りにされているのだ。
 呪いという言葉が出て来た以上、ゲームを続ければ、与粋にどんな災いがあるかも知れない。
 本当に彼女の買いかぶりで、与粋の力では無理かも知れない。
 与粋は男を試される時が来たと思った。
 与粋の正直な気持ちとしては、
 怖い。
 逃げたい。
 忘れたい。
 助けを求めたい。
 聞かなかったことにしたい。
 等々、後ろ向きな気持ちが数多く脳裏に焼き付いて来ている。
 だけど、心のどこかで、自分の力を試して見たいという気持ちもあった。
 もしかしたら、どこかの物語のヒーローの様にヒロインを助ける王子様的な役割が出来るかも知れないという気持ちも。
 与粋は、
「じ、時間をくれないか?まだ、僕の考えがまとまってないっていうか、形になっていないっていうか――まだ、僕が思っていることが本当に形になるのかわからないんだ。だから、力になれるかどうかが、今は……」
 という言葉を絞り出した。
 今の与粋が発せられる最大限の勇気だった。
 唯愛は、
「――うん、待ってる。まだ、具現化してないから、無責任にうんと言わないっていう君の優しさにはちょっとキュンってなったかもね」
 と言った。
 違います。
 単純にまだ、自信が無かっただけですとは言えなかった。
 唯愛は、
「思いを形にする手助けは、私も出来るだけしようと思っているよ。改めて言うけど、【ちらかし】さんが使っていた二つの部屋を宇田君に提供するわ。自由に使ってもらってかまわない。両親とも眠り続けているから、今は私がこの家の主人だし、引っ越し費用も私の方で持つわ」
 と言った。
 それを聞いて与粋はまた、考える。
 確かに今のままでは、与粋は自分の部屋を片付けなくてはならない。
 そうなると、ペーパークラフトと粘土も処分しなくてはならなくなる可能性が高い。
 そうなってしまえば、自分のアイデンティティーが一気に消え去ってしまうような気がする。
 生きていても仕方が無い――そう思えるくらいの絶望感が与粋を襲うかも知れない。
 だが、唯愛の提案を受け入れ、彼女の屋敷の部屋に引っ越す事が出来れば、今まで通り、いや、今まで以上に自分の世界を楽しむ事が出来るかも知れない。
 ただし、それには、唯愛を救うという使命も追加されるということになる。
 どんな呪いがあるのかもわからない。
 生きる意味を失うか、怖い思いをするか、そのどちらかの二択だ。
 答えは考えるまでも無かった。
 与粋は後者を――怖い思いをして唯愛を救う道を選んだ。
 自分の可能性を潰されるよりは自分の可能性を試したいからだ。
 与粋は、
「か、片出、よろしく」
 と言った。
 唯愛は、
「うん、宇田君、こちらこそよろしく」
 と言って、握手してきた。
 与粋は、
(や、やわらかい……)
 と彼女の手の感触に感動を覚えた。
 その気持ちがバレないように、パッと手を離したつもりになったが、唯愛は察したのか、首を傾けにっこりと笑って対応した。
 与粋は、
(ば、バレてる?)
 とハラハラした。
 実はあなたに思いを寄せていますとは、口が裂けても言えなかった。
 まだまだ、自分の気持ちを素直に表現するのが恥ずかしい年頃だったからだ。
 それをごまかすように、
「――そ、そうだ、引っ越すとなるとうちの親とかを説得しないといけない」
 と言った。
 唯愛は、
「なら、一緒に説得しに行きましょうか?」
 と答えた。
 それでは、まるで、両親に結婚の挨拶をするみたいだと想像すると顔が真っ赤になり湯気でも吹き出そうだった。
 唯愛は、
「どうしたの?熱でもあるの?横になる?」
 と心配したが、与粋は、
「いや、いやいや、大丈夫、大丈夫、親の説得は僕がやるから平気、平気、平気……」
 と言った。
 与粋の頭の中ではすでに唯愛と付き合っているという所まで変換されていたのだ。
 その気持ちが唯愛にバレて無いかと思って余計、真っ赤になったのだ。
 唯愛は、
「そうなの?じゃあ、引っ越しの日程とかを決めましょう。いつにする?」
 と言って来た。
 なんだか結婚式の日取りを決める様に思えて来た。
 与粋は自分だけドギマギしているのが恥ずかしくなった。
 ドキドキが止まらない。
 その後、与粋はどう行動したのかはっきり覚えていなかった。
 自分でも理解しない内に両親と義姉を説得し、引っ越しの手続きを整えた。
 全く説明になっていない説明をして、強引に引っ越しを納得させた様な気がするが、唯愛と同じ家で生活すると思うと気持ちばかりが先だってしまい、それに不都合だと思える事は思考から排除されて行った。
 気づいた時には、与粋の現住所は唯愛の現住所と同じになったのだった。
 これから、嬉し恥ずかしの共同生活が待っているのだろうか?


05 思っていたのと違う事


 与粋はこれから唯愛との二人っきりの共同生活が始まるのではないかと思って少し期待した。
 だが、思っていたのとは結構、違っていた。
 まず、【二人っきり】というのが大きな間違い――勘違いだった。
 大きな屋敷であるため、執事さんやメイドさんなどのスタッフも当然、いた。
 そうで無くては、ずっと部屋の掃除をしていてもしきれないくらい、この屋敷は広いのだ。
 メイドさん達は、与粋が学校に行っている間などに掃除をしてくれるが、どうしても隠しておきたいものなどがある場合はここを使って欲しいと大きな金庫を用意されている。
 もちろん、現金は入っていないが、他の人に秘密にしておきたいものなどがある場合はその金庫に隠せば良いという事になっている。
 また、元々、監視カメラもセットされていたが、与粋の要望で全部、撤去してもらっている。
 監視カメラなどに監視されての生活など、窮屈で息が詰まるからだ。
 また、居候も与粋一人では無かった。
 唯愛が後で紹介すると言っていた、松里 陽維南と浮東 海咲と単藤 心結羽の三人も与粋と同じように部屋を二つ割り当てられて住んでいるらしいのだ。
 彼女達は他県出身者で、一週間の内、二日ずつ、【ちらかし】さんともう一人、【くゆり】さんという女性の手伝いをするという事を条件に、住まわせてもらっているらしい。
 【ちらかし】さんは旅に出たが、それだと、唯愛にもしもの事があったら、対処が取れないという事で、【くゆり】さんは屋敷に残って居るらしい。
 時々、【ちらかし】さんとの連絡で、屋敷を離れる事もあるらしいが基本的には常駐していて、唯愛の相談を受けているらしい。
 この環境に与粋が加わるというのは【ちらかし】さんの立場に彼がなるという事で、サポート要員である三人の女の子が手伝うという意味も【ちらかし】さんの代わりに何かしら手伝ってもらうという事になるらしい。
 陽維南と海咲と心結羽の三人も特別な力を何かしら持っていて、それで、唯愛に選ばれているという事らしいが、詳しくはまだ聞かされていない。
 だが、三人は与粋の前に【ディプミラ】とのゲームをやっていた誰か達のサポートもやっていた経験があるらしいのは聞かされている。
 【ディプミラ】のゲームは基本的には一人用ではなく、複数の人数でやるものらしい。
 今まで一人でやっていた与粋の方が珍しいのだという。
 なので、これから、【ディプミラ】とのゲームをやる様になる時は、彼女達のサポートも得ることになるかも知れない。
 とは言うものの、まだ、紹介さえしてもらっていない。
 【くゆり】さんも加えて、自分が知らない女性が少なくとも四人、唯愛との共同生活をする屋敷で暮らしているという事が与粋の緊張を高めていた。
 女の子とろくに話したこともない与粋にとって、知らない女性が居るというだけで相当なプレッシャーになっていたのだ。
 唯愛との話ではほっぺたがとろけ落ちそうなデレ〜っとした生活になることを予想していたのだが、実際は、知らない誰かがいるという緊張感がまず先に立っていた。
 与粋は、
(お、思っていたのと違う……)
 と思った。
 思えば唯愛とも結構、認識の違いというのが目立っていた。
 彼女は与粋の事を高く評価していたが、実際の与粋はビクビクしていた。
 という様に思っている事がまるで違っていたので、当然、唯愛が抱いていた構想と与粋が抱いていた思惑も違ってくるのは仕方の無い事だった。
 ――何となく居心地の悪さを感じる。
 だが、とにかく、この環境に慣れなくてはならない。
 せっかく、自分の趣味を継続する場所を提供してもらったのだ。
 これを活かさなくては意味がない。
 それに、唯愛の両親の眠りを覚ましたり等彼女が困っている事を一つ一つ解決をして、彼女の気持ちを救うという結果を求められているのだ。
 何も出来ませんでしたではすまされないのだ。
 発想を高める環境を提供してもらった以上、それなりの結果を出さないと追い出されても文句は言えないのだ。
 それに――与粋は気づいていた。
 唯愛がまだ全てを話している訳ではないという事に。
 恐らく、与粋は唯愛が抱えている秘密のほんの入り口近くに立つことを認められただけに過ぎない。
 彼女を助けるヒーローになる可能性を示されただけに過ぎないのだ。
 本当のヒーローになるには、その前に立ちふさがる試練を突破しなくてはならない。
 その試練を突破して、ようやく本当のスタートラインに立てる――そんな所だろう。
 与粋から見た唯愛の印象は落ち着いている様に見えて、余裕のあるという雰囲気を演出してはいるが、その実、奥底では何か、もしくはいくつかの何かに対して酷く怯えているという事だ。
 今はその時ではないと、それを隠している――そんな気がしたのだ。
 ひょっとしたら、このゲームという形で参加しているものは全く別のものに様変わりするのかも知れない。
 彼女は、与粋の事はゲームのプレイヤーとしてではなく、想像力の面で評価していた。
 その事もひっかかる。
 プレイヤーとしての評価はどこか置き去りにされているような気がするのだ。
 確かに、プレイヤーとしては、全敗だから、評価の対象としてはお粗末なものになるのは仕方が無いのだが、彼女はその奥にある何か別の景色を見ている――そんな気がするのだ。
 そんな事などをいろいろと考えていた与粋は、
「いかん、いかん。集中、集中」
 と気持ちを切り替え、ペーパークラフトの制作に打ち込むのだった。
(もうちょっとなんだよな、とにかく……)
 と思った。
 【与粋1世】の完成までには後、少し要素を足せば、実現する。
 そう考えている。
 この【与粋1世】が完成する事によって何かが動く。
 そんな予感がする。
 その後、少しがなかなかひらめかない。
 そんなもどかしさを感じながら制作を続けていると、
「君が、宇田 与粋君?」
 という声がした。
「え?」
 と振り返るとやたら胸が大きい女性の姿が。
 何カップ?と聞きたくなるようなおっぱいを持つ女性は、
「あ、ごめんね、一応、ノックはしたんだけど、君、集中してたみたいだから。初めまして、【ちらかし】君から話は聞いているよ。私は【木能 くゆり】、【くゆり】お姉さんでも【おっぱい星人】でも好きに呼んでくれてかまわないよ」
 と言った。
 ドキッとなる与粋。
 自分の意識が【くゆり】の胸に集中していたのがバレたのかと思ったからだ。
 与粋は、
「い、いや、じゃあ、【くゆり】さんで……」
 と言った。
 これは、自分はおっぱいは気にしていませんとさりげなくアピールしたつもりになっていた。
 【くゆり】は、
「まぁ、思春期だもんね、これ(おっぱい)を気にするなというのが無理な話だね。私も、【ちらかし】君、同様に唯愛お嬢ちゃんのサポートっていうか、助けるためにここにいるって事になっているんだけど、正直、君があの子の王子様になれるかどうかはまだ未知数なんだよね。君自身、わかっている事だとは思うけど」
 と言った。
 そのものずばりだった。
 確かに、自分の可能性は未知数だった。
 自信はある。
 ものすごいものが出来るという自信は。
 だが、それ以上に与粋を待ち受けているものが何なのかが全くわからないというのが不安だった。
 何か、とんでもないものを相手にしようとしているのでは無いか?
 そんな不安が彼を襲っていた。
 その不安を言い当てられたのだ。
 与粋は、
「い、いや、その、あの……」
 と何かを言おうと思うが言葉が出ない。
 言葉が浮かんで来ないのだ。
 【くゆり】はわかってますと言いたげに、
「大丈夫、大丈夫、最初は誰だって不安だもんね。何があるかわからないし、誰も答えは教えてくれない。そんな状態に不安を持つなって方がおかしい。逆に私達としては今の君には怯えていてもらわなければ君を信じる事が出来ない。何にも怖い物が無いっていうお馬鹿さんには安心して姫君を任せられないからね。それよりは、常に恐れ、それをあがいてどうにかして払拭しようと言う考えの持ち主の方がまだ信じられる。君が相手にしようとしているのは君が思っているものよりもずっと、ずっと、強大かも知れない……」
 と言った。
 そのまま、与粋の表情を見ている。
 どうやら、彼をテストしているようだ。
 与粋が唯愛を任せられる様な男かどうか、見ているのだ。
 テストされているのは何となくわかるのだが、どう反応すれば正解なのかは全くわからない。
 愛想笑いを浮かべるべきか?
 それとも試すなと怒るべきか?
 怖がるべきか?
 泣くべきか?
 おどけるべきか?
 話題をそらすべきか?
 答えがわからない。
 どれも正解の様な気もするし、どれも不正解の様な気もする。
 結局、与粋は、両手で顔を隠し、
「僕はどんな答えを用意するべきか、今はわかりません。だからこれが今、出せる僕の答えです」
 と言った。
 それを見た【くゆり】は、
「なるほど……自分がどのような者になるかまだわからないから顔を隠す――うん、わかる。それも一つの答えだね。確かに君は他の人とは違った答えを導き出す可能性を持っているようだ。普通の人はそういう発想はしないんだよ。これは一つの才能だね。人が思いつかない事を思いつくというのは凄い力でもあるんだよ、それは理解しておいた方が良い。君はその力を持っているようだ【ちらかし】君や唯愛お嬢ちゃんが期待するのも何となくわかるよ、うん」
 と言った。
 与粋にはわからないが、どうやら彼女は彼女なりに与粋の事を理解し、納得をしたようだ。
 【くゆり】は、
「じゃあ、わからない事とかあったら、何でも相談してみてね。お姉さんが手取り足取り腰取り教えてあげちゃうから。なんなら夜の方の手ほどきも――とにかく、よろしくね、与粋くん?」
 と言ってウインクして部屋を退出した。
 あっけにとられて呆然とする与粋。
 彼女は、うぶな彼にとっては苦手なタイプの女性と言えるだろう。

 心拍数がまた上がる。
 ドキドキが止まらない。
 だが、まだ、一人、面識が無かった女性が現れただけなのだ。
 後、少なくとも三回、これと同じような状況になるかも知れないと思うと気が動転してきた。
 コンコン……
 とノックの音がする。
 与粋は、
「う、はぁいっ」
 と声が裏返った。
 入って来たのは唯愛だった。
「どうしたの?変な声出して?」
 と気遣ってくれたが、今はそれも恥ずかしい。
 与粋は、
「な、何でも無いよ、【くゆり】さんって人が入ってきただけ……」
 と言った。
 唯愛は、
「なんだ、もう来ちゃったの?宇田君に紹介するのは君が、この部屋の環境に慣れてからにしようと思っていたんだけど、【くゆり】さんはせっかちだから、来ちゃったみたいだね。どうだった?ちょっと変わった人だったでしょ?」
 と聞いてきた。
 与粋は、
「そ、そんな事……そ、そうだね。そうかもね。うん」
 と言った。
 唯愛は、彼の気持ちを知ってか知らずか、
「どうしたの?しどろもどろだよ?」
 と聞いてきたので、与粋は、
「て、テストされた……」
 と答えた。
「テスト?どんなテストだったの?」
「わ、よくわかんない?」
「わからないって?」
「よくわからないテストだった」
「ふーん、まぁよくわからない人だかね。それより、宇田君、食事は何かリクエストとかある?今日は、ご招待も兼ねて私が作るよ」
「え?か、片出が?」
「あ、なぁにぃ?私の手料理は食べられないとでも?ご心配無く、これでもちゃんと先生に教えてもらっています。そんなにまずくは無いと思うよ」
 と言った。
 違います。
 あなたの手料理を食べられるという事に驚いたんですとは言えなかった。
 まさか、屋敷に着いて早々に、好きな女の子の手料理をごちそうになれるとは夢にも思っていなかったのだ。
 思春期のうぶな男子の気持ちに対しては彼女は鈍いと言わざるを得ないだろう。
 自分の美しさ、愛らしさというものがわかっていない。
 それを自覚していないのであればちょっと天然が入っているとも言えるだろう。
 そんな彼女の魅力を一つ発見した与粋はちょっとうれしくなった。
 そして、与粋は、
「じゃ、じゃあ、カレーとラーメンを……」
 とリクエストした。
 唯愛は、
「えーっ?炭水化物に炭水化物でかぶせるの?私も同じメニューにしようと思っていたんだけど、それじゃ、太っちゃうわよ。これでも年頃の女の子なんだからね」
 と頬をぷくぅっと膨らませた。
 その姿がたまらなく、愛おしい。
 思わずギュウっとしたくなる衝動を必死で抑える。
 これを意識せずにやっているとしたら相当な罪作りな女の子だ。
 唯愛は、
「ちょっと待っててね、今作るから」
 と言って、部屋を出て行った。
 それからしばらくして、与粋の注文通り、カレーとラーメンを作って部屋まで運んで来た。
 材料に良い物を使っているというのもあるだろうが、美味しそうな匂いだけで、思わずよだれが出て来そうだ。
 唯愛は、人差し指を立てて、
「本当は食事はみんなと取るのが一番なんだろうけど、まだ紹介前だからね、今日は特別に部屋で食べる事を許可します」
 と言った。
 見ると、唯愛の分の食事も作って持ってきている。
 与粋は、
「か、片出もここで?」
 と言った。
 唯愛は、
「あ、なぁに、私は邪魔者だっていうの?」
 と言った。
「い、いや、邪魔って訳じゃ……」
「よろしくねって意味で一緒に食事を取ろうと思ったんだけど、ダメかな?」
「い、いや、良い……」
「そ、じゃあ、いただきましょう」
「う、うん……」
 ごくっとのどが鳴る。
 これが食事によるものなのか、それとも別の要因によるものなのかはわからない。
 その音が唯愛に聞こえないかどうかで更にドキドキした。
 どうやら、冗談では無く、本当に彼女も一緒に与粋の部屋で食事を取るつもりなのだろう。
 二人っきりの食事。
 まるで夫婦みたいだとまた、よからぬ妄想を膨らませる。

 唯愛はまだ与粋にも言えない秘密を持っている。
 本当の意味で彼女と打ち解けるのはそれを解決し目的を成し遂げた後だろう。
 今は一緒に食事が出来るだけでもうれしい。
 それが与粋の素直な感想だった。
 彼女との物語はこれからだ。
 まだ、始まってさえいないのだから。


続く。







登場キャラクター説明

001 宇田 与粋(うだ よすい)

 この物語の主人公。
 自分の事を【僕】と呼ぶ。
 気の弱い性格で、想像力以外に特に自慢出来る事は無い。
 趣味として、特別なペーパークラフトと粘土を使った遊びをしている。
 想像力の豊かな者にしか見えない【ディプミラ】を見る事が出来る。
 片出 唯愛(かたいで ゆまな)に恋心を抱いている。
 友達はほとんど居ない。
 唯愛に想像力を買われ、彼女が提供する部屋に引っ越す事になる。
 唯愛には想像力を高く評価されている。


002 片出 唯愛(かたいで ゆまな)

 この物語のメインヒロイン。
 幼い頃、謎の存在、【ディプミラ】の封印を解いてしまった事により、両親は時を止められ永遠の眠りについてしまっている。
 彼女は元々、【ディプミラ】の力を受け継ぐ八つ子の一人として生まれる予定だったが、母親の胎内で妹達を吸収し、一人娘として、誕生し、8人分の才能を持った天才児として生を受ける。
 が、吸収した7人の妹がやがて彼女の背中に人面瘡(じんめんそう)として浮かびあがり、彼女に呪いのゲームを持ちかけてくるようになる。
 助けて欲しいと与粋に救いを求めてくる。


003 【ちらかし ほうだい】

 与粋の親友の謎の青年。
 正体は、唯愛に雇われた祈祷師。
 唯愛の呪いを解くために、その才能を持った人間を探している。
 与粋を見つけ、近づき、彼に想像力を使った遊びを提供する。
 それが、唯愛の妹の一人のゲームであり、唯愛の背中の人面瘡の一つを彼女から与粋に移す。
 与粋以外の他の適応者を探すために、旅に出る。


004 今更 なの(いまさら なの)

 与粋の父親と彼女の母親が再婚し、与粋とは義理の姉弟となった女性。
 美人で気が強い。
 現実主義者であり、想像力を持った遊びに理解が無い。
 【ディプミラ】を見る事が出来ない女性で、与粋の部屋に居た【ディプミラ】に気づく事は無かった。
 与粋の趣味をゴミだと思っていて、彼氏や友達を呼ぶため、撤去を両親に訴える。
 それが、与粋が引っ越すきっかけとなる。


005 【ディプミラ】

 唯愛が呼び出してしまった謎の存在。
 深いという意味の【ディープ】と鏡を意味する【ミラー】――それを足して略したのが【ディプミラ】という名前の由来。
 与粋とはペーパークラフトを使ったゲームなどでゲームマスターをしている。
 300戦して、300勝しており、与粋に対して負け知らず。
 ペーパークラフトなどを特別な紙に加工する力を持っている。
 与粋とのゲームのゲームマスター以外にも何かあるようだが、それは現時点では不明。


006 木能 くゆり(きのう くゆり)

 【ちらかし ほうだい】と共に、唯愛の精神的サポートをしている女性。
 【ちらかし】が旅に出てしまったので、彼女は唯愛の屋敷に常駐して、面倒を見ている。
 与粋が唯愛を助けられるかを試す。
 ちょっとエッチなお姉さん。
 何かしら力を持っているようだが、現時点では不明。
 人を見る力を持っている。