第003話 王杯大会編その5


01 本戦トーナメント準決勝第1試合芦柄 吟侍VS陸 海空


 ディアマンテが、紗南架に敗れた事により、王杯大会エカテリーナ枠もベスト4が出そろった。
 吟侍がまだ、治療中なので、ソナタが代わりに抽選会に参加した。
 エカテリーナは、
「芦柄 吟侍はどうした?」
 とソナタに聞いてきた。
 ソナタは、
「今は都合が悪いの。私が代わりよ」
 と答えた。
「ふんっ、まぁよいわ。あやつと戦うのを楽しみにしておるぞ」
 事情の知らないエカテリーナは吟侍との対戦を楽しみにしていた。
 が、抽選の結果、
 準決勝第1試合は芦柄 吟侍VS陸 海空
 準決勝第2試合はエカテリーナ・シヌィルコVS紗南架
 という事になった。
 吟侍との闘いは決勝までお預けという形となった。
 だが、運命は、決勝戦は行われないという事になっている。
 次の試合、準決勝第1試合で運命は大きく動き出すことになるのだった。

 まずは、吟侍の回復だ。
 海空との試合の前までに回復しないと彼は不戦敗となる。
 試合開始まで、後、三時間を切った。
 レスティーの治療は続く。
 時間との闘いだった。
 ソナタは、
「吟侍……どうすんのよ……」
 気が気ではない。
 だが、タイムアップ15分前、
「ふぁ〜ぁ、よく寝た」
 と呑気な声で起き上がった。
「ちょっと、何がよく寝たよ」
 ソナタは文句を言う。
「悪りぃ、おそなちゃん。心配かけた」
 とほほ笑む吟侍。
「何よ、……大丈夫なの?」
「まぁ、何とかするさ、じゃ、行ってくる」
 と言って、一瞬にして、対決の舞台、超巨大超空洞ビッグヴォイドの中心にワープした。
「お主と戦う時が来ようとはな」
 海空が声をかける。
「これも何かの縁なのかもな」
 と返す吟侍。
 茶飲み友達として出会った二人だが、今は決勝進出をかけて戦うライバルともなる。
 対峙する二人。
 時間となり、勝負は始まった。
 得意の封印術で攻撃を仕掛ける海空。
 だが、それを全て、逆開放術(ぎゃくかいほうじゅつ)を駆使して、解除していく。
 今の吟侍には海空の封印術は全く無意味な術となっていた。
 その後も様々な奇策を披露する海空だが、それら全てを交わされてしまう。
 海空としては、切り札の【次元崩壊札(じげんほうかいふだ)】を使うしかなくなってしまった。
 だが、海空自身は気づいていないが、前の試合で、疑似的な【次元崩壊札】もどきでの失敗を吟侍は防いで見せている。
 まして、今の吟侍はその時からは信じられないくらいスキルアップを果たしている。
 例え本物の【次元崩壊札】であっても通用しないだろう。
 だが、海空が【次元崩壊札】を使うより前に事が動き出す。
 ドドドドドド……ドックン
 ものすごい轟音の胎動が聞こえたかと思うと、ゲストで来ていた宇宙のトップアイドル、アレマ(ニナ・ルベル)の様子が何かおかしくなってきた。
 苦しみだし、うずくまるアレマ。
 それに呼応するように、宇宙全体が揺れだした。
 宇宙の外側では無数の宇宙がどんどん一つに集まってきている。
 これは、12番の化獣(ばけもの)クアースリータが所有するとされているロスト・ネット・ワールドが作られようとしている現象だった。
 元々、既にある程度、できていたのだが、それが、クアースリータ誕生に合わせてさらに、ロスト・ネット・ワールドとして組みあがろうとしてきていた。
 吟侍のロスト・ワールドとは名前が近いがそれはまるで違う。
 ロスト・ネット・ワールドはクアンスティータを恐れる存在のほとんどがその姉(兄)であるクアースリータの属性となる事でその脅威から逃れようとすることで周辺の宇宙空間を引き連れて宇宙世界を形成していくというものだ。
 ロスト・ネット・ワールドの中心にはクアースリータの所有する真の宇宙世界があるが、その周りを取り囲むのがロスト・ネット・ワールドと呼ばれる宇宙空間の塊だ。
 そのロスト・ネット・ワールドが出来上がるという事は同時にクアースリータの誕生も意味していた。
 アレマ、いや、ニナ・ルベルの腹部が光だし、その中から、何やら、小さな手のようなものが顔を出す。
 ニナ・ルベルの近くで見ていた怪物ファーブラ・フィクタは、
「さぁ、生まれてこい。まずは、クアースリータ、お前からだ」
 と言って、歓喜した。
 とうとう、最強の双子が生まれて来ようとしていた。

 その異変の騒動を感じ、闘いをやめた吟侍と海空。
 もはや、闘っている場合ではない。
「なんだ、何があった?」
 海空は状況がよくわかっていなかった。
 吟侍は
「クアースリータが生まれようとしてるんだ」
 と説明した。
「く、クアースリータだと……?」
 海空は眉を顰める。
 海空は逆恨みの相手、クアンスティータ、その姉(兄)の誕生を知り、続けて生まれてくるであろうクアンスティータに切り札の【次元崩壊札】をぶつけるための準備をしようと思った。
 【次元崩壊札】は全部で7枚。
 七つの本体があるとされているクアンスティータに全てぶつけるために用意したものだ。
 だが、今はクアースリータが誕生しようとしている状態。
 まだ、クアンスティータではない。
「まだだ。まだだ」
 と気を落ち着かせる。
 それを見ていた吟侍は、
「やめとけ。徒労に終わる……」
 と言った。
「黙れ、俺はやるんだ。やってやる」
 海空は怒鳴る。
 自分の事を【拙僧】と呼んでいた時の海空ではない。
 やり場のない怒りをクアンスティータにぶつけようとしている。
 偽クアンスティータ達がその意思に反応する。
 海空の目の前に鳥の力を持つ、偽クアンスティータ、アウィス・クアンスティータが現れる。
「愚か者……」
 そうつぶやく、この偽クアンスティータからはこれまで感じたことのない途轍もないパワーが感じられた。
 今まで吟侍達が会ってきた偽クアンスティータ達の比じゃない。
 このアウィス・クアンスティータはこれまでのようなかけらではない、本物の偽クアンスティータだ。
 海空の強い邪念が偽クアンスティータ本体を引き寄せたのだ。
 アウィス・クアンスティータだけじゃない、他の9名の偽クアンスティータも全て本体が現れた。
 10名の偽クアンスティータに取り囲まれる吟侍と海空。
 大ピンチというやつだった。
 吟侍は偽クアンスティータ達に対して、
「海空はおいらが止める。だから、待ってくれ。お前たちだって、本物の誕生を前に血で汚したくはないだろう」
 と言った。
 吟侍は【答えの力】で偽クアンスティータ達に最も効果のあるキーワードを言った。
 偽物のクアンスティータ達にとって、【本物】とは絶対的なもの。
 例え、他の者からの言葉でも、【本物】を貶めるようなことは絶対にしない。
 偽クアンスティータ達の動きを止めて見せた吟侍を見た海空は、
「お、お主……」
 とつぶやいた。
 少し冷静になったようだ。


02 クアースリータ誕生


 海空の件は一旦、落ち着いたが、ニナ・ルベルの居た会場では大騒ぎになっていた。
 彼女の腹部から、光が出てそこから、赤子の手が出てきていて、さらにどんどん体が現れてくる。
 クアンスティータの双子の姉であり、兄である、クアースリータが誕生して来たのだ。
「オギャア、オギャア」
 と最初は泣いていたのだが、すぐに、知識を得た様子で、
「マぁマ……、パぁパ……」
 としゃべりだした。
 偽クアンスティータ達もびっくりの飛んでも無さすぎるパワーを感じた。
 余りにも大きなパワーなので、クアンスティータが生まれたと騒ぎになったのだ。
 ――そう、クアンスティータと間違う程のパワーをクアースリータは持っていたのだ。
 それこそ、今までの王杯大会エカテリーナ枠の試合など、全くの子供だましに思える程のパワーだった。
 時空重震(じくうちょうしん)と呼ばれる現象がある。
 それは時空間で起きる地震の事を指す。
 震源地に当たるものは震源流点(しんげんりゅうてん)と呼ばれる。
 地震が震度でその大きさを測るように、時空重震にも計る単位が存在する。
 それを重震度(ちょうしんど)と呼ぶ。
 今までの全歴史上、一番大きな時空重震は重震度7とされていて、怪物ファーブラ・フィクタが神話の時代に引き起こしたものとして記憶されている。
 それ以上の時空重震はクアンスティータが引き起こすと思われていたのだが、クアースリータが今まさに引き起こしていた。
 その重震度は9・7だ。
 どのくらいすごいと言うと、近くの存在はその存在を維持できず、分解されては元に戻るというのを繰り返す程、存在自体を揺らすものだ。
 震源流点近くに居る者はたまったものではない。
 クアンスティータにばかり目が行きがちだったが、クアースリータもぶっ飛び過ぎた化獣だった。
 怪物ファーブラ・フィクタは、
「良い子だ、クアースリータ。もうすぐお前の妹であり弟でもあるクアンスティータが生まれてくる。それまで、パパが相手をしてやろう」
 と言った。
 そして、王杯大会エカテリーナ枠の1回戦の試合の映像を映して見せた。
 見せた試合は、エカテリーナとカルン・ナーブ戦だ。
「ほーら、見てごらん。大きなボールだろ?キャッチボールっていうんだ。──パパとやってみようか」
 と言った。
 それは、カルン・ナーブが惑星を持って来て、エカテリーナと投げ合いをした時の事を指している。
「キャッキャ」
 と笑い、同じように惑星一つを手に引き寄せるクアースリータに、怪物ファーブラ・フィクタは、
「おーい、そんなにちっちゃくて良いのかい?材料はまだいっぱいあるぞ」
 と言った。
 するとクアースリータは1つの超銀河団全ての星を持って来て、一つに固めた。
 その大きさは見たこともないくらいバカでかい天体となった。
 離れた宇宙で見ている吟侍の目にもはっきり星の形が解る程の大きさだった。
 それを見た吟侍は、
「な、なんてこった。やりすぎだ……」
 とつぶやいた。
 クアースリータのスケールは吟侍が思っていたよりも遥かにでかかった。
 クアンスティータのスケールとして予想していたくらいのパワーを感じる。
 怪物ファーブラ・フィクタは、
「さぁ、キャッチボールだ。こっちに投げてごらん」
 と言った。
 クアースリータは超銀河団の星全ての塊の天体をものすごいスピードで投げた。
 星一つでさえ、エカテリーナ達にとっては激しいバトルとして投げていたのに、クアースリータにとっては無数の星の固まりを投げるという行為はただ遊んでいる事に過ぎないのだ。
 それを受け止める怪物ファーブラ・フィクタもまた、人知を超えた怪物だった。
「上手、上手、さあ、今度はパパの番だ」
 と怪物ファーブラ・フィクタは投げ返した。
 余りにも想像を超える事態に回りは何が起きたのか判断できないでいる。
 吟侍は瞬間移動で、クアースリータのところまで飛び、【答えの力】を使い、
 無数の星の固まりを分解して、元の超銀河団に戻した。
 そして、怪物ファーブラ・フィクタに向かい、
「あんまり、子供に無茶な遊び、教えんなよ」
 と言った。
 怪物ファーブラ・フィクタは
「俺の子だ。俺の教育方針にのっとって教育する。放っておいてもらおうか」
 と言った。
「お前は、親、失格だ。俺が導く」
「坊やのお前には、親は無理だ」
「お前はおいらなんだろ、だったら、おいらの子でもある」
「お前は、俺の魂の一部が転生しただけの存在だ、クアースリータは前世である俺が、ニナとこさえた子供だ。もちろん、続けて産まれてくるクアンスティータもな。お前の出る幕じゃねぇんだよ」
「お前の暴走はおいらが止める」
「やれるもんならやってみろ」
「馬鹿親が」
 怪物ファーブラ・フィクタと対峙する吟侍。
 敵は自分の前世であり、今までの敵とはまるで格が違う相手だ。
「クアースリータ、お前のおもちゃだ。遊んであげなさい」
 と怪物ファーブラ・フィクタは言った。
 すると、クアースリータがまっすぐ、吟侍の元に近づいてくる。
 近づいてきているのは赤ちゃんだ。
 だが、その迫力はこれまで味わってきたどの相手よりも凄い。
「あそぼ、あそぼ〜」
 クアースリータが出来たばかりのロスト・ネット・ワールドへの入り口の空間を広げる。
 瞬く間に吟侍が吸い込まれる。
 が、すぐに脱出してきた。
 【答えの力】で、このままロスト・ネット・ワールドで体力を消耗するのは得策ではないと出ていたからだ。
 ロスト・ネット・ワールドにはクアンスティータを恐れて隠れていたbQを名乗る存在が無数いた。
 この存在達は王杯大会に参加していたフテラ・ウラ、カルン・ナーブ、テスタ・ファッチャの実力よりも遥かに上だ。
 強すぎるが故に、それを超えるクアンスティータの事を理解して恐れ、今まで隠れていたのだ。
 まともに相手をしていたら、今の吟侍ですら、命がいくつあっても足りないくらいだ。
 だからこそ、ロスト・ネット・ワールドに取り込まれるのを吟侍は拒否した。
 ロスト・ネット・ワールドに取り込まれてしまっているとその間にクアンスティータの方も生まれてしまう。
 それだけは避けたかった。
 クアースリータをも超えるとされるクアンスティータがどのような存在であれ、誕生時に立ち会えなかったら、対処がそれだけ遅れてしまう。
 それは命取りとも言える状態になる。
 だから、ロスト・ネット・ワールド内で遊ぼうとしていたクアースリータの誘導を拒否したのだ。
 袖にされたクアースリータの方は、
「ぶぅ〜……」
 となんだか面白くない様子だった。
 クアースリータにとっては遊んでいるつもりなのだから、それを拒否されたのでムッときたのだ。
 そこへ、10名の偽クアンスティータ達が吟侍の後を追ってやってきた。
 イカとタコの力も取り込んでいる偽クアンスティータ、セーピア・ポリプス・クアンスティータは、
「クアースリータ様、ご生誕、おめでとうございます。我ら偽クアンスティータ一同、お喜び申し上げます」
 と言い、他の偽クアンスティータ達もお辞儀をした。
 それを見たクアースリータは、
「ほしい、ほしい」
 と言った。
 まだ、生まれていないクアンスティータには偽クアンスティータという存在がいるのに、自分にはいない事が面白くないのだ。
 それを理解した、怪物ファーブラ・フィクタは、
「お前にもいるぞ、ほら」
 と言った。
 すると、新たな10の影が現れる。
 その10の影はクアンスティータにとっての偽クアンスティータ。
 それと同じ関係となるクアースリータ・マネージャーズと言った。
 獣の力も合わさった、偽者のクアースリータ達。
 つまり、クアースリータのために動く10の偽クアースリータ達の事だ。
 自分にも同じ存在が居るとわかり、
「キャッキャッ」
 と笑うクアースリータ。
 10核の偽クアンスティータに10核のクアースリータ・マネージャーズ、怪物ファーブラ・フィクタにクアースリータ。
 とてもじゃないが、吟侍だけでどうにかなる相手では無かった。
 取り囲まれる吟侍。
「や、やべえな……」
 吟侍は【答えの力】で最も良い答えを模索する。
 この場を収めるにはどうしたら良いのか、その答えを探す。
 戦えば間違いなく負ける。
 さらに、この後、クアンスティータも生まれてくるのだ。
 怪物ファーブラ・フィクタは、
「どうした?余裕がなくなったな?」
 と言った。
 吟侍が追い詰められているのが解って言っているのだ。
 新風ネオ・エスクや王杯大会でしのぎを削ったライバル達全員の手を借りたとしても勝ち目は全くない。
 クアースリータのロストネットワールドからはクアースリータ12傑(けつ)やクアースリータ真従臣(しんじゅうしん)21と呼ばれる、クアースリータ配下最強とされる存在も顔を覗かせていた。
 八方ふさがりの絶体絶命。
 吟侍は正にその状態だった。
 【答えの力】──この力をもっと研ぎ澄ませば、クアンスティータに対抗できる程の力を持たせることが出来れば、この状況でも打開できるはずだが、今の吟侍では全くその域まで届かない。
 が、たった一つだけ、やってみる事にした。
 それは、【答えの力】による、クアンスティータの解析をする事、それによって、吟侍自身が【クアンスティータ化】すると言う方法だった。
 アピス・クアンスティータに敗れた時から考えていたことだったが、吟侍とルフォスがクアンスティータに対抗するには、クアンスティータになるしかない。
 そう考えていた。
 だが、それはとてつもなく難しい事。
 だから、それは最後の最後の手段──
 そう、考えていた。
 だが、この絶対的絶望の状況を回避するには、もうすぐ生まれて来ようとしているクアンスティータの力を借りる事。
 それ以外にないと判断したのだ。
 クアンスティータの強大過ぎる力を使う事が出来るかどうかはほとんど可能性が無いと思っても良い。
 言ってみれば自殺行為そのものだ。
 だが、この状況を何とかするには、そうするしかない。
 死中に活を求める、九死に一生を得るには、これしかないと思い、クアンスティータを産もうとしているニナ・ルベルの元にワープし、彼女のお腹に手をかざす。
 吟侍を追い詰めたと思って、すっかり油断していた怪物ファーブラ・フィクタの形相が変る。
「なんの真似だぁ」
 怒りの表情を浮かべる。
 が、待望のクアンスティータの影響を考えると彼も迂闊には手が出せない状況となった。
 吟侍は必死の思いでニナ・ルベルのお腹を通して、クアンスティータの情報を読み取ろうとした。
 吟侍の力ではクアンスティータが生まれるのは防げない。
 それは、ニナ・ルベルはクアンスティータの力によって守られているからだ。
 だが、生まれて来ようとしている今の状態は、クアンスティータの力がこの宇宙に出て来ようとしている。
 だったら、今しか、クアンスティータの力を読み取るチャンスはなかった。
 そして、吟侍は【クアンスティータ化(くあんすてぃーたか)】という力を手に入れた。
 吟侍の身体がクアンスティータの属性を持ち始める。
 だが、そのあまりにも膨大なパワーはすぐに消えて無くなった。
 あまりにも絶大に大きすぎたのだ。
 吟侍には耐えられない程のものだった。
 気を失う吟侍。
 だが──その吟侍に手を出せる者はその場に居なかった。
 クアースリータにとっては妹(弟)であるクアンスティータと同じ匂いを持ったものに手をかけるということは家族を傷つけるという事と同じ意味。
 それは怪物ファーブラ・フィクタにとっても同じこと。
 クアンスティータの一部を抜き取った吟侍を傷つけるという事はせっかく生まれて来ようとしているクアンスティータを傷つける事と同じ意味。
 偽クアンスティータ達やクアースリータ・マネージャーズ達にとっても上(怪物ファーブラ・フィクタ)の指示無しに手が出せない状況になった。
 クアンスティータが盾となる形で、吟侍はこの状況を回避したのだった。
 ここまでが、長いようで、この時間はクアースリータが生まれて、まだ、30分にも満たない間での出来事だった。
 この30分足らずの間に物事が劇的に動いたという事になる。


03 フェンディナ超覚醒


 ついに誕生してしまったクアースリータ。
 クアンスティータが誕生してしまったと(誤解による)大騒ぎとなっている現場からそう遠く離れていない場所では、吟侍の助っ人に向かおうとしていたフェンディナの前に一人の男が現れていた。
 現場には、ソナタ達も居る。
 その男から発する異様なエネルギーの前に緊張が走っていた。
 その男は、
「そんなに警戒しないで下さい。僕はフェンディナ嬢をスカウトに来ただけですよ」
 と言った。
 その言葉では、何を言っているのか理解出来なかった。
 男は尚も説明を続ける。
「僕の名前はクトゥーアル。赤いフードの男と呼ばれています。これは、あの有名な黒いフードの男、ソルテリアーさんの真似をしたものなんですけどね。え?知らない?参ったなぁ、そこから説明しないといけないんですか?」
 と言ってきた。
 その男クトゥーアルの説明を要約すると以下のようなものだった。

 まもなく、クアンスティータが誕生する。
 それによって、今まで隠れていた存在が我こそはbQだと言って騒ぎになる。
 クアンスティータ誕生祭とでも言うべきお祭り騒ぎ状態になるのだ。
 次々と塗り替えられていく、強者。
 今までの強者は弱者として追いやられていく事になっていく。
 だが、それらの新たな強者達もまた、本当の実力者ではない。
 それらの騒ぎが終わる頃、本当の実力者、【総全殿堂(そうぜんでんどう)】と呼ばれる存在が顔を出してくる事になる。
 【総全殿堂】とはクアンスティータを第一位とする、決して揺らぐことのないとされる、bQからbQ4の24の存在を指すという。
 24という数はクアンスティータの身体の数を意味しているため、その数が決められたのだという。
 惜しくも【総全殿堂】入りを果たせなかった実力者達を【次点座位(じてんざい)】と言い、そのトップに位置するのがQOH(クォーターオブハンドレッド)と呼ばれる4つの存在。
 QOHは100%を4等分したという意味があり、その4つの存在は互角であると言う。
 たった今、生まれたばかりであろうクアースリータもQOHの一角に分類されるという。
 ――そう、クアースリータでさえも【総全殿堂】には入っていないのである。
 クトゥーアルの話にあった【黒いフードの男、ソルテリアー】もQOHに属する存在。
 つまり、クアースリータと互角の力を持つ存在だという。
 ソルテリアーは元々、ある組織に属していたが、あまりにも強大過ぎる力を持つため、疎まれ力を認める者は殆ど皆無だったとされている。
 その男に憧れたのがクトゥーアルであり、ソルテリアーが別名【右目の男】と呼ばれているのに対して、彼は、別名【左目の男】とも呼ばれている。
 ソルテリアーのコスプレイヤーとも言うべき存在だ。

 話は複雑になるが、クトゥーアルは、【総全殿堂】制度を真似て、赤いフードの男、クトゥーアル殿堂制度を作ったという。
 それは【次点座位】の中から選抜して選び、十大殿堂(じゅうだいでんどう)と呼んでいるという。
 十大殿堂は十種類の頂点という意味でついた名称だ。
 フェンディナにはこの十大殿堂入りをしてもらいたいとスカウトに来たというのだ。
 【デュジル】や【ラクン・シュアル】と言った有力株にも袖にされている十大殿堂はインパクトの面で、【総全殿堂】に遙かに劣るため、フェンディナという才能を是非とも向かい入れたいという。
 だが、フェンディナ達にしてみれば、【総全殿堂】、【次点座位】、【QOH】、【黒いフードの男、ソルテリアー】、【赤いフードの男クトゥーアル】、【十大殿堂】、【デュジル】、【ラクン・シュアル】と次々に知らない単語が出てくるので、何を言っているのかさっぱり解らなかった。

 だが、何となく、クアンスティータの誕生によって、次々と何かが噴き出してくる。
 ただごとではない何かが始まろうとしている事だけは理解した。
 フェンディナは、
「残念ですが、ご希望には添えません。すみません、急いでますので、これで」
 と言って、吟侍の元に向かった。
 その場に残ったソナタはクトゥーアルに向かい、
「あんた、説明へたくそね。訳わかんない単語を並べたってこっちはさっぱり、わかんないのよ」
 と言った。
 クトゥーアルは、
「あまりにも我々のレベルとかけ離れていますのでね、説明するのも大変なんですよ」
 と苦笑した。
 ソナタは、
「なによ、私達のレベルが低過ぎるっていうの?」
 と食ってかかったが、クトゥーアルは、
「お気に障ったのならすみません。でも、事実ですよ」
 と言った。
 笑ってはいたが、クトゥーアルの目はまるで下等生物でも見て見下しているかのような
感じだった。
 ソナタはムッとしたが、目の前に居る男の力が想像出来ない程上だという事は肌で感じていたので、それ以上、言えなかった。
 クトゥーアルは、
「フェンディナ嬢に来ていただけないのであれば、仕方ありませんね、出直します」
 と言って去っていった。
 後に残されたソナタは、
「な、なんなのよ、あいつは……」
 とつぶやいた。
 口に出来るソナタはそれだけでも凄かった。
 隣に居た、那遠はあまりの迫力に気絶していたし、レスティーは無言だった。
 レスティーは吟侍の【答えの力】の一部を得ていたので、ここで喋るのは得策ではないと判断していたのだ。
 勝ち気なソナタにひたすら、関わっちゃダメというサインを送っていた。
 ただ、ソナタの方は全く気づいていなかったのではあるが。
 クアンスティータが生まれて来ようとしている時が迫るに従って、どんどん何かが動き出している。
 そんな状態だった。
 だが、クトゥーアルに誘われる程の力をフェンディナは得ていた。
 それも事実だった。
 また、クトゥーアルの口からどうやって、今まで実力者達が隠れていたかを知った。
 身体を分散させる、自ら封印して閉じこもる、疑似空間を作って中に入っている等々、様々な方法を使って身を隠していたのだ。
 だから途轍もない力があるにも関わらず、弱者達から感知されることなく隠れていられたのだった。
 真の最強者たるクアンスティータが誕生する前に姿を現すのは無粋とされる風潮が実力者達の間ではあったのだ。
 真打ちの登場を待っていたのだ。
 クアンスティータの誕生を祝うかの様に実力者達は本来の姿を取り戻し、はせ参じようとしている。
 それが、今の宇宙に広がる状況だった。
 隠れていた実力者達の登場により、今までの強者は弱者への席へと追いやられる事になる。
 それをクトゥーアルは言っていた。
 ソナタはクトゥーアルが去り、改めて、戦慄を覚えた。
 震えが来る――心の底から。
 今まで絵空事だと思っていたクアンスティータの誕生が近づきつつあるという事実を上手く飲み込めないでいた。
 気配を察知し、駆けつけたエカテリーナが、
「おい、何があった?」
 と尋ねたが、放心したかのように、ソナタは立ちつくしていた。

 また、フェンディナは気を失った吟侍の元に駆けつけた。
「す、すみません、吟侍さん、遅くなりました」
 と言って彼を抱えるも、吟侍の反応は無い。
 【クアンスティータ化】の影響で身体がついていかず、意識がない状態のままだった。
 フェンディナの前には、怪物ファーブラ・フィクタと生まれてそんなにたっていないクアースリータ。
 偽クアンスティータ10核に、クアースリータ・マネージャーズ10核がいる。
 いかにフェンディナと言えどもこの数を相手にすることは出来ない。
 また、少し離れた位置にニナ・ルベルが居る。
 彼女は続けて生まれて来るであろうクアンスティータを産む準備に入っている。
 ニナ・ルベルの中に、クアンスティータの波動を感じたフェンディナの身体は自身の中にある封印、フェンディナ・パズルを解いていった。
 その封印が解かれた事によって、10番の化獣ティルウムスが彼女の脳を浸食しながらも常に恐れていた存在、右の瞳のフェルディーナ、左の瞳のフェナクティーナが超覚醒した。
 それだけではない――フェンディナには更なる秘密が隠されていた。
 【別自分(べつじぶん)】とも言うべき、5つの別のフェンディナが姿を現す。
 クアンスティータは、クアースリータと双子であるが、それは第一本体だけであって、他の本体とは双子ではない。
 同じ様に、クアンスティータと同じ系統の身体を持つフェンディナは今までの身体はマカフシギ四姉妹の四女として、長女ロ・レリラル、次女ジェンヌ、三女ナシェルの妹として育ったが、三名の姉と血縁関係にない、別のフェンディナというのも存在する。
 それが、5つの【別自分】という存在になる。
 今までのフェンディナは、フェンディナ・マカフシギというが、他の5名のフェンディナは、フェンディナ・ミステリア、フェンディナ・エラーズ、フェンディナ・モークェン、フェンディナ・フェ・ナンディ、フェンディナ・ウェル・クァムドゥエスという別の姓を持っている。
 そして、フェンディナ・マカフシギが右の瞳のフェルディーナ、左の瞳のフェナクティーナという切り札を持っているように、
 フェンディナ・ミステリアは、右の瞳のフェンナッティヴァと左の瞳のフェルトクォマルーという切り札を、
 フェンディナ・エラーズは、右の瞳のフェマクーリと左の瞳のフェスギジャナイという切り札を、
 フェンディナ・モークェンは、右の瞳のフェタリフェッタリと左の瞳のフェテクレという切り札を、
 フェンディナ・フェ・ナンディは、右の瞳のヴェックァクと左の瞳のツィグァヴという切り札を、
 最強のフェンディナとされる、フェンディナ・ウェル・クァムドゥエスは、右の瞳のトゥウェンディモナと左の瞳のユァリクィッタという切り札を、
 それぞれ持っている。
 更に、フェンディナ・マカフシギには、10番の化獣ティルウムス以外にもアルクトツクァレルとウォク・フ・クァクという謎の存在が彼女には取り憑いている。
 出てくるにしても順を追って出てくるべき、フェンディナに隠されたものが一気に全て解放されて出てきた。
 それ程、ニナ・ルベルの腹に居るクアンスティータのパワーは飛び抜けていた。
 秘めていたパワーが一気に噴き出して来たフェンディナは思わず、出したものを全て引っ込めるように、また、1人のフェンディナ・マカフシギだけになった。
 フェンディナ自身も自分の身体の劇的過ぎる力に対応出来ずに戸惑ってしまっていた。
 異常事態中の異常事態、未曾有中の未曾有の事態。
 それが今だった。
「あ、ああ、あ……」
 自分の身体に起こっている急激な変化について行けなくてうめくフェンディナ。
 その光景を見ていた怪物ファーブラ・フィクタは、
「ほぅ、なかなかの逸材だ。この俺を圧倒する力を持っている……クアンスティータの引き立て役には丁度良い素材だな……」
 と言った。
 フェンディナの中に隠されている力は怪物ファーブラ・フィクタをも圧倒するものだった。
 にも関わらず、クアンスティータには遠く及ばない。
 それだけでも、クアンスティータが特別な化獣であると言える。
 クアンスティータは化獣は化獣でも終化稀(おばけ)とも呼ばれている。
 終化稀とは終わりを意味する稀な化獣とされ、化獣の中でもティアグラやルフォス等とは別格扱いをされているという事でもある。
 クアンスティータ誕生を前に次々と新しい単語、名称が出てきていた。

 吟侍同様に、フェンディナもまた、自身の急変化に対応出来ないでいる。
 間近でのフェンディナ急激変によって、気を失っていた吟侍が目を醒ます。
「う……」
「あ、ぎ、吟侍さぁん、どうしましょう……私……」
「ふぇ、フェンディナか……ど、どうなって……」
 状況を確認しようとするがフェンディナはパニックを起こしている。
 全てが急すぎる変化を起こしていた。
 これで状況を説明しろという方が無茶な話だった。
 色んな事が変わり過ぎている。
 怪物ファーブラ・フィクタは、
「よぉ、良い夢は見れたか?」
 と言った。
「胸くそ悪くなりそうなあいつ(怪物ファーブラ・フィクタ)が居るって事は、状況はまだ、最悪のままって事か……」
 吟侍は自分が気絶してからそれほど、時間が経って居ないことを理解した。
 怪物ファーブラ・フィクタが黙って、吟侍を見過ごしているとも思えない。
 吟侍の知らない内に何か色々あったのだと推測出来た。
 フェンディナからは、どう見ても吟侍と一緒にロスト・ワールドで鍛えていた頃よりも比べものにならない程のパワーを感じさせた。
 恐らく、クアンスティータ誕生を前にショックを受けて、内に隠されていた力が一挙に噴き出して来て、その急激な変化に対応が取れなかったのだろうと思った。
 吟侍もクアンスティータ化という無茶な方法をとって気絶したばかりだ。
 周囲の状況というのが急激過ぎる変化に対応が取れなくなっている。
 それもこの宇宙全体がその雰囲気に包まれている。
 各地で何かしらの事が同時多発的に起きている。
 【答えの力】はそう回答した。

 何て奴だ、クアンスティータってのは……
 誕生する前から怖いとか騒がれていたのにも驚きだが、いざ誕生するとなったら、まるで、静寂を保っていた湖に巨大な隕石でも落ちたかのような大騒ぎになっている。
 これで誕生しちまったら、どんな事になるんだ。
 と吟侍は思った。
(落ち着け……落ち着くんだ……)
 吟侍は平静を保とうとする。
「フェンディナ、聞いてくれ。ここは二人で何とか乗り切ろう。体勢を立て直すんだ。今のままじゃ、訳もわからないまま全部、終わっちまう」
「は、はい、吟侍さん」
 吟侍の声にフェンディナの方も少し落ち着きを取り戻した。
 今までは、フェンディナは少し遠い存在だった。
 お互い、化獣に身体を浸食されているという立場という共通点はあるものの、どう接したら良いのか解らず、一歩引いた間柄だった。
 だが、ルフォスの世界の中のロスト・ワールドでの冒険を切っ掛けに二人のコミュニケーションは十分に取れていた。

 怪物ファーブラ・フィクタは、偽クアンスティータ10核とクアースリータ・マネージャーズ10核に対して、クアンスティータを産もうとしているニナ・ルベルの警護を命じた。
 そして、自身はクアースリータと組んで、吟侍達とやり合うつもりだ。
 吟侍&フェンディナVS怪物ファーブラ・フィクタ&クアースリータの戦いが始まろうとしていた。
 強大なパワーを秘めるフェンディナとのコンビとは言え、相手が怪物ファーブラ・フィクタとクアースリータでは随分、分が悪過ぎるのは否めなかった。
 それでも、やるしかない。
 やらなければそこで、終わりだという気持ちが吟侍とフェンディナの気持ちを奮い立たせた。
 怪物ファーブラ・フィクタは
「いくぜ、身の程知らず共……」
 と言った。
 クアースリータは、
「あそぼ、あそぼ、あそぼーっ」
 と楽しそうだ。
 吟侍は、
「腹くくるしかねぇな」
 と覚悟を決めた。
 フェンディナは、
「お供します」
 と吟侍を助ける方向で動くつもりだ。
 しばしの沈黙の後、両者動き出す。


04 クアンスティータ誕生までの秒読み


 吟侍&フェンディナ、怪物ファーブラ・フィクタ&クアースリータがぶつかり合おうとするその瞬間、その四名を上回る強大な力で止めた者が居た。
 怪物ファーブラ・フィクタは、
「な、何だ、このパワーは?」
 と動揺する。
 信じられないと言った表情を浮かべている。
 吟侍も、
「ま、まさか……?」
 と動揺を隠せない。
 緊急事態に次ぐ緊急事態が続いた吟侍だが、これが一番驚いた様子だった。
 何故、驚いたか――
 それは、この戦いを強引に力でねじ伏せた者の姿が、彼の恋人、カノン・アナリーゼ・メロディアス第七皇女にそっくりだったからだ。
 カノン、お花ちゃんか――
 一瞬、そう思った吟侍だが、恋人である吟侍はそれをすぐに否定。
 そっくりな容姿をしているが、全くの別物。
 それはそう感じさせる存在だった。
「なぁに、してるの?」
 カノンそっくりなその存在はそう言った。
 声もカノンそっくりだ。
 だが、違う。
 これはカノンではない。
 彼女の正体は、クアンスティータ。
 偽者ではない、本物のクアンスティータだった。
 だが、本物のクアンスティータは今はまだ、ニナ・ルベルのお腹に居るはず。
 では、このクアンスティータはなんなのか?
 それは、側体(そくたい)と呼ばれるクアンスティータ――クアンスティータ・トルムドアという存在だった。
 偽者との違いは偽者がクアンスティータよりも前に種類を表す名称が来るのに対し、本物はクアースティータの名前の後に種類を現す名称がくる。
 トルムドアという名称が後に来ているこのクアンスティータは本物という事を意味していた。
 クアンスティータは七つの本体を持って産まれてくるとされている化獣だ。
 だが、クアンスティータは24の身体を持っているとされている。
 それは、ニナ達が産み落とす七つの身体の他にも17の身体があるという事を意味している。
 17の身体は側体と呼ばれ、七つの本体のサポートや封印をするために存在するのだ。
 側体にはそれぞれ、担当する本体があり、第一側体クアンスティータ・トルムドアは、これから、産まれて来る第一本体クアンスティータ・セレークトゥースをサポートする役目を持っているのだ。
 更に言えば、クアンスティータ・トルムドアは、惑星アクアを冒険中のカノンから生体データをコピーしていて、それを情報として、他の23のクアンスティータに彼女の生体データを送っているのだ。
 そのため、クアンスティータは、カノンの生体データを元に構成されて産まれてくるという事になる。
 そういう意味ではニナ達とは別の意味で、カノンもまた、クアンスティータの母であると言える。
 クアンスティータ・トルムドアがカノンそっくりなのは彼女の生体データを直接コピーしたからだった。
 本体のサポートをするための存在、側体が本体より、先に誕生しているのはごく自然な事と言える。
 本体と側体の見た目の違いは赤子として産まれて来る本体に対し、側体は今のカノンと同じ年頃の姿で赤子の姿ではないという事になる。

 妹(弟)であるクアンスティータ(・セレークトゥース)の側体とは言え、大人の姿をしているのを見た、クアースリータは自分の方がお姉ちゃん(お兄ちゃん)であるという事を誇示したいのか、急成長をして見せた。
 その姿は複合多重生命体であるクアンスティータの姉(兄)であるかのように、三つの姿に分裂した。
 大きくなり、更に分裂するという光景を目の当たりにする吟侍。
 だが、怪物ファーブラ・フィクタは一度面識があったかのように、
「おぉ、久しぶりだな、その姿は――今度は勝手に暴れるなよ」
 と言った。
 怪物ファーブラ・フィクタは以前、試験生誕(しけんせいたん)という形で、クアースリータを擬似的に誕生させていたことがあった。
 その時、大きくなった姿のクアースリータは暴れた。
 その暴走を彼は止めていたことがあったのだ。
 クアースリータの大きくなった三つの姿は、
 顔を司るクアースリータ・エファーキス、
 頭(理性)を司るクアースリータ・トプカ
 心臓(本能)を司るクアースリータ・ルコと言った。
 試験生誕時に暴れていたのはクアースリータ・ルコであり、怪物ファーブラ・フィクタも暴走を止めるのに一苦労したと言う。
 また、勝手に暴れられたらたまらないと怪物ファーブラ・フィクタは、
「クアースリータ。良い子だから1つに戻りなさい。パパからのお願いだ」
 と言った。
 甘えたい盛りのクアースリータは、また、一つの姿で赤子の姿に戻り、怪物ファーブラ・フィクタに頭を撫でられて喜んでいた。
 吟侍は、それよりもカノンにそっくりなクアンスティータ・トルムドアの事が気になっていた。
「なんで、あんた、お花ちゃんそっくりな……」
 吟侍は問いかける。
「ふふっ、知りたい?」
 クアースリータ・トルムドアは嬉しそうに微笑む。
 直接、カノンの生体情報を得ているため、カノンの気持ちを深く理解しているクアンスティータ・トルムドアは吟侍にかまいたいのだ。
 実は、戦いを止めに入ったのも、このままでは、吟侍が殺されてしまうと判断したからであった。
 怪物ファーブラ・フィクタとクアースリータは、自分が守る本体、クアンスティータ・セレークトゥースの家族であるし、
 吟侍は気になる相手でもある。
 フェンディナの事はおいておくとしても両者が争うのはクアンスティータ・トルムドアは面白くなかったのだ。
 クアンスティータ・トルムドアは、吟侍に向かい
「好き――好き、好き、大好き――」
 と声を上げる。
 カノン同様に吟侍の事が好きだという感情があふれてくるのだ。
 カノンとの違いはそれを自制できるかどうかで、クアンスティータ・トルムドアは自制が出来なかった。
 吟侍に腕を絡ませ、じゃれ合おうとするクアンスティータ・トルムドア。
 基本的には男でも女でもない、【おんこ】という性別だが、女性であるカノンの影響を強く受けているため、どちらかと言えば男性よりかは女性よりだった。
 胸の膨らみもある。
 吟侍にしてみればまるで、カノンにじゃれつかれているのではないかという錯覚を起こしていた。
 カノンとは違うとは解っていても、身体が、カノンと同じ感触を感じて反応してしまう。
 カノンはそんなにはしゃぐようなタイプではないためにこんなシチュエーションはあり得ないのだが、それでも、恋人とこんな風にじゃれ合いたいという願望は吟侍の中にもあった。
 それは、自分と近づくとカノンは体調を崩してしまうため、我慢して来たことだった。
 欲望が叶うというのもおかしな話だが、そういう意味では吟侍が夢に見た状況が今、別の形で実現していた。
 怪物ファーブラ・フィクタは、
「おい、側体でも、俺の子だ。あんまり、いちゃつくんじゃねぇ」
 と不機嫌な顔になった。
 いくら吟侍が自分の生まれ変わりの一部とは言っても他の男に自分の子供がじゃれつくのを見て面白い訳がなかった。
 戸惑う、吟侍だったが、カノンとの違う所を見つけた。
 いつの間に生えてきたのか、クアンスティータ・トルムドアにはしっぽが生えていた。
 このしっぽは千角尾(せんかくび)と呼ばれるものだった。
 対象者の最も弱い時間――例えば、その存在が産まれたばかりの赤ん坊の状態まで時を遡り(さかのぼり)攻撃を仕掛ける事も出来るしっぽ。
 つまり、クアンスティータがその気になれば、勝てる者など存在しないという事も意味している。
 その他にも新風ネオ・エスクの超兵器、【かかし】の元になった背花変(はいかへん)と呼ばれる万能細胞など、クアンスティータ・トルムドアにはクアンスティータであるという特徴があった。
 側体でもやはり、本物のクアンスティータ。
 ちゃんと、それらの特徴を有していた。
 クアンスティータと双子であるクアースリータにも同じ様な特徴があるのだが、どちらも出し入れ自由となっているので、引っ込めていたら、人間の赤ん坊と大差無い姿形をしている。

 クアンスティータ・トルムドアの乱入で騒動がストップしていた現場だったが、そこに新たな火種となる存在がたどり着いた。
 ついさっきまで、吟侍と王杯大会エカテリーナ枠準決勝第1試合を闘っていた破戒僧、陸 海空だった。
 決着がついていないまま、吟侍との戦いが中断され、吟侍が飛び去った方向に向かった所、クアンスティータを産みだそうとしているニナ・ルベルの近くまでやってきたのだ。
 だが、ニナ・ルベルには、偽クアンスティータやクアースリータ・マネージャーズが警護に当たっている。
 海空の実力では、どうすることも出来ない状況だ。
 だが、海空は、
「く、クアンスティータぁぁぁぁ……」
 と憎しみを込めた言葉を発生する。
 怪物ファーブラ・フィクタは、
「何だ、あのバカは?」
 と大して興味なさそうに海空を見た。
 海空の手には、彼の切り札、【次元崩壊札】が七枚全て握られている。
 吟侍は、彼が何かをしようと思っている事を察した。
「バカな事はやめろ!」
 と叫ぶが、逆恨みによる復讐心に駆られた海空の耳には入ってこない。
 七枚の【次元崩壊札】を一つにまとめ、それをクアンスティータに投げつける準備を始める海空。
 それを止めようと偽クアンスティータやクアースリータ・マネージャーズが動き出すが、怪物ファーブラ・フィクタに
「面白そうだからやらせておけ」
 と言って、止められた。
 怪物ファーブラ・フィクタは海空が絶望する顔を見るつもりでいるのだろう。
「あーっ……」
 ニナ・ルベルが声を上げる。
 いよいよ、最強の化獣、クアンスティータが産まれてくるまでの秒読みが始まった。
 クアースリータが産まれた時でさえ、この騒ぎ。
 クアンスティータが産まれて来る時は一体何があるのか?
 クアンスティータ・トルムドアにじゃれつかれている吟侍はトルムドアのパワーの前では、彼ではどうしようもないと理解した。
 【答えの力】でも答えが見つからない。
 そうして悩んでいる内にもカウントダウンは始まってしまっていた。
 クアースリータの時の様などうしようもない威圧感というのは不思議と感じない。
 感じないのだが、その感じないという事に吟侍は違和感を持っていた。
 この感じないという事が大問題なんだという事に気づいていた。
 海空はその事に気づかない。
 彼はそのまま、クアンスティータに【次元崩壊札】を投げつけるつもりでいる。
 それだけではない。
 宇宙そのものの構成要素が根こそぎ組み変わって来ている。
 その事に気づいているのが一体どれだけいるのであろうか。

 クアンスティータが産まれるまで後、100…99…98…97……


続く。






登場キャラクター説明


001 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)
芦柄吟侍
 ウェントス編の主人公であり、ファーブラ・フィクタのメイン主人公。
 子供の頃、故郷、セカンド・アースを襲った絶対者・アブソルーター達を追い払った事から英雄と呼ばれる。
 その時、心臓を貫かれるが、七番の化獣(ばけもの)ルフォスの核でそれを補い、以降、ルフォスの力を使える様になる。
 勇者としての格は他の冒険者達より上だが、それだけに、他のメンバーより、強い敵を引きつける。
 創作バトルを得意としていて、攻撃方法のバリエーションはやたら多い。
 敵からすると最も厄介な勇者である。
 ウェントスでの救出チームに参加する。
 しばらくソナタ達の成長を見守っていたがクアンスティータがらみで本気にならなくてはならない時が近づいて来ている。


002 ソナタ・リズム・メロディアス
ソナタ・リズム・メロディアス
 ウェントス編のヒロインの一人。
 吟侍(ぎんじ)の恋人、カノンの双子の姉であり、共に行けない彼女の代わりに吟侍と共にウェントスの救出チームに参加した。
 吟侍の事が好きだが隠している。
 メロディアス王家の第六王女でもある。
 王家最強術であるCV4という特殊能力を使う。
 CV4は4つの声霊、ソプラノ、アルト、テノール、バスを器に入れる事により、特殊な能力を持ったキャラクターゴーレムとして操る能力である。
 力不足を指摘されていたが、ルフォスの世界のウィンディス、ガラバート・バラガの助力により極端な力を得ることになる。
 第一段階として、女悪空魔(めあくま)マーシモの力の覚醒、第二段階として、全能者オムニーアの外宇宙へのアクセスという力を得ることになる。


003 ルフォス
ルフォス
 吟侍(ぎんじ)の心臓となった七番の化獣(ばけもの)。
 ネズミに近い容姿をしていて、最強の化獣である十三番、クアンスティータを異常に恐れていて、その恐怖に打ち勝つために、最も勇気を示した吟侍と命を同化する道を選んだ。
 ルフォス・ワールドという異世界をまるまる一つ所有していて、その世界のものは全て彼の戦力である。
 異世界には修行するスペースもあり、冒険者達の修行場として提供していた。
 異世界にある三つの核、マインドコア(心核)、スキルコア(技核)、ボディーコア(体核)を合わせる事により、新しい怪物等を生み出す事も出来る。
 ルフォス・ワールドはそれ以外にもロスト・ワールドという既に失われた世界をいくつも圧縮保存してある。
 ルフォス・ワールドには大物が隠れ住んでいる。


004 ウィンディス
ウィンディス
 元全能者オムニーア。
 吟侍(ぎんじ)と契約し、ルフォスの世界で管理者になった。
 ルフォスに依頼されて圧縮してあったロスト・ワールドという既に失われている世界の解凍作業をしている。
 様々な知識を持つ知恵者でもある。










005 陸 海空(りく かいくう)
陸海空
 吟侍達が冒険の途中で会った謎の僧侶風の男性。
 王杯大会エカテリーナ枠に出場出来る程の技量を持ちながら、勘が鋭い筈の吟侍にすらその力を悟らせなかった程の実力者。
 気さくな性格のようだが、実際にはどうなのかは不明。
 別の場所では鬼と呼ばれていた。
 自己封印(じこふういん)という自分に、かける封印を幾重にもしている。
 それは、クアンスティータ対策でもある。
 封印術を得意とする。








006 ニナ・ルベル
ニナ・ルベル
 空気のないところでも通る声、テレパス・ヴォイス、数千種類に及ぶ声質変化、1億オクターブを超える音階等の特徴を持つ宇宙のトップアイドル。
 が、正体はニナ・ルベルというクアンスティータを産む運命にある女性。
 いくつもの芸名を持っている。
 アレマという芸名を現在使っている。













007 怪物ファーブラ・フィクタ
怪物ファーブラ・フィクタ
 暗躍する神話の時代から生きる男。
 最強の化獣(ばけもの)クアンスティータの父でもあり、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)の前世でもある。














008 クアースリータ
クアースリータ
 ついに誕生した12番の化獣(ばけもの)。
 クアンスティータを恐れる存在が集まって出来たロスト・ネット・ワールドという宇宙世界を持つ。
 何でも特別な状態にするという力を持つ。
 その力の強大さは、誕生時に、最強の化獣クアンスティータが誕生したと勘違いされる程のもの。
 (第一本体)クアンスティータ・セレークトゥースの双子の姉であり兄でもある存在。
 性別はおんこというものになる。
 生まれたばかりで知識を得るなど、頭の回転は恐ろしく速いが、性格はてきとう。
 時空重震(じくうちょうしん)という時空間で起きる地震を引き起こし、重震度(ちょうしんど)はそれまでの記録を大きく上回る9・7を記録する。
 これは、震源地に当たる震源流点(しんげんりゅうてん)近くでは存在が存在を維持できず、分解と再生を繰り返す状態になってしまうほど巨大なものになる。




009 フェンディナ・マカフシギ
フェンディナ・マカフシギ
 3名の姉(ロ・レリラル、ジェンヌ、ナシェル)達と別れて一人旅をしていた全能者オムニーアの少女。
 戦闘向きではない大人しい性格だが、自身のポテンシャルは姉たちをも遙かにしのぐ。
 また、そのポテンシャルの高さ故に脳に10番の化獣(ばけもの)ティルウムスを宿す事になる。
 心臓に7番の化獣ルフォスを宿すという吟侍を探していた。
 吟侍にティルウムス以外の何か秘密があると思われている。
 潜在している力が覚醒すれば、偽クアンスティータよりも上回ると推測されている。
 脳を支配している筈のティルウムスが、すぐ下の両方の瞳より下を異常に警戒している。





010 クトゥーアル
クトゥーアル
 フェンディナをスカウトに来た、奥に潜む強者。
 赤いフードの男と呼ばれている。
 黒いフードの男、ソルテリアーと呼ばれる存在のコスプレイヤー(ソルテリアーが別名【右目の男】と呼ばれているのに対して、クトゥーアルは、別名【左目の男】とも呼ばれている)でもあり、【総全殿堂(そうぜんでんどう)】という真の強者の集まりに影響されて作った十大殿堂(じゅうだいでんどう)を作った。
 現時点ではソナタ達のレベルを遙かに上回るために会話が全くかみ合わない。








011 エカテリーナ・シヌィルコ
エカテリーナ・シヌィルコ
 風の惑星ウェントスに君臨している絶対者アブソルーターの一人。
 2番の化獣(ばけもの)フリーアローラをその子宮に宿しているため、アブソルーターの中では最強と呼ばれている。
 戦闘狂であり、奴隷達の支配よりも強い相手との戦いを求める。
 突然のトラブルで出会った吟侍の事を気に入った。
 王杯大会エカテリーナ枠は彼女のための大会であり、彼女のレベルに合った参加者だけが参加できる。










012 クアンスティータ・トルムドア
クアンスティータ・トルムドア
 第一本体クアンスティータ・セレークトゥースの従属である第一側体。
 本体であるセレークトゥースよりも先に誕生していた。
 (誕生というよりは突然、出現した状態)
 カノン・アナリーゼ・メロディアス第七皇女の生体データをスキャニングして、その生体情報を他のクアンスティータに送ったクアンスティータでもある。
 直接、生体データを取ったため、最もカノンに容姿が似ている。
 トルムドア・ワールドという宇宙世界を一つ所有している。
 その力は、怪物ファーブラ・フィクタ、クアースリータ、吟侍、フェンディナの動きをいっぺんに止める程、大きい。
 側体でも他の存在を圧倒する程、強大な力を持っている。
 千角尾(せんかくび)や背花変(はいかへん)のように、クアンスティータである特徴を持っている。
 カノンからの影響を強く受けていて、吟侍に対してイチャイチャしたいという気持ちが強くある。
 基本的には男でも女でもないおんこという性別だが、カノンから受けている影響が強いため、どちらかというと女性よりである。